今週の読書は経済書や専門書をはじめとして計4冊!!!
今週の読書は、健康を分析した経済書のほか、ランキングやその他の選択理論についての教養書、また、新書に文庫本と計4冊です。なお、新刊でない読書として、P.G.ウッドハウスによるジーヴズのシリーズ2冊、すなわち、『ジーヴズの事件簿』才智縦横の巻/大胆不敵の巻 (文春文庫) 及び 本日の読書感想文で最後に取り上げたグレイス・ペイリーの別の2冊の短編集、すなわち、『最後の瞬間のすごく大きな変化』と『人生のちょっとした煩い』、いずれも村上春樹訳で文春文庫、については、Facebookでシェアしておきました。今年2021年に入ってからの新刊の読書数は、1月21冊、2月17冊、3月も17冊で、1~3月で合計55冊です。新刊書だけで年に200冊のペースのような気がします。新刊以外に主として文庫本で週2冊年100冊くらいでしょうか。
まず、小塩隆士『日本人の健康を社会科学で考える』(日本経済新聞出版) です。著者は、官界から学界に転じたエコノミストなんですが、私も含めて官庁エコノミストはマクロ経済分野が多いような気がするものの、著者はマイクロな選択の問題、特に医療や教育の経済学なんかを専門分野にしているように見えます。一橋大学がホームグラウンドです。ということで、医療に限定せずに日本人の健康について、厚生労働省の国民生活基礎調査や中高年者縦断調査という大規模データをもとにしたフォーマルな定量分析を基にした本です。本になる場合、ご自分の分析結果だけでなく、いわゆるサーベイとして、いろんな他のエコのミストの研究成果なども含めて分析結果を取りまとめることが多い気がするんですが、何と、本書はほぼほぼ著者ご自身の分析結果だけで完結しています。共同研究結果はいくつか含まれているものの、その研究成果の多さにややびっくりしました。ということで、医療経済ではなく、健康というテーマですから、ざっくりと、健康状態を分析対象とするわけで、数量的に把握ができる、あるいは、基数的な把握が困難でもディジットなyes or noのダミーとしてに把握ができる数量分析ですから、私がまったく信頼を置いていない市場価格の基数的な数量分析とは異なり、かなり私の考える経済学的に好ましい分析に近いものが仕上がっています。ただ、あくまで観測可能な数量に基づく分析ですので限界はありますし、いくつか媒介変数を考えているのはいいとしても、因果関係における媒介変数について少し誤解がある可能性も指摘しておきたいと思います。第1に、私は健康や医療については各人に何らかの観測不能な状態変数、スカラーや時系列変数に限らずベクトルも含めた何らかの状態変数があると考えており、それが観測可能なデータに現れていると考える方が自然だと認識しています。ですから、第2に、観測されたデータから何らかの観測不能な媒介データを通じて結果にたどり着くのではなく、むしろ、観測不能な固有のデータから観測可能な媒介データを経て結果となる健康状態にたどり着くのであろうと私は考えています。加えて、ホsんホで想定しているような厳密な内生性に基づく因果関係がどこまで政策的に有益かは疑問があります。例えば、低所得と喫煙と肥満と不健康は相互に因果関係を保ちつつ、強い相関関係を形成しています。特に、ビッグデータの時代にあってサンプルが大きい場合は、特に因果関係を重視しない相関関係で十分な場合も少なくありません。本書ではあくまで健康状態を最終的な分析対象にしていますから、その健康状態に至る原因の追求を重視しているのは理解できますが、健康・所得・社会的関係性などなどは相互に強く相関しており、その背後にある観測不能変数の分析とともに、相互関係の分析そのものが重要であり、因果関係はそこそこ考えておけば十分、という気がしないでもありません。でも、興味深い定量分析でした。一般読者向けですから多くの方にも判りやすいんではないかと思います。
次に、ペーテル・エールディ『ランキング』(日本評論社) です。著者は、ハンガリー出身で米国カラマズー大学の研究者をしています。英語の原題はそのままに Ranking であり、2020年オックスフォード大学出版局からの出版です。ということで、序数的なランキングと基数的なランキングについて簡単な説明を冒頭に置いた後、ランキングも含めた選択や意思決定に関する理論の議論が展開されています。ですから、経済学の分野のツベルスキー&カーネマンのプロスペクト理論などの経済心理学にも大いに関係しています。まず、ランキングについては、すべての項目の中から任意の2つを取り出したときにその優劣が常に決まるという「完全性」、2つのものが同等ではないという「非対称性」、AがBより上位にあり、BがCより上位にあるなら、AはCよりも常に上位でなくてはならないという「推移性」の3条件を満たす必要性があるわけですが、経済学的にはノーベル賞も受賞したアロー教授の不可能性定理などでは、社会的には推移律が成り立たない場合が想定されています。本書でもコンドルセのパラドックスとして紹介されています。単純にいえば、じゃんけんのように、勝ち負け、というか、選好の順位が循環するわけです。本書では登場しませんが、日本経済では鉄の三角形として知られていて、政治家が官僚に指揮命令権を持って優越し、官僚が民間企業に行政指導を行うなど優越し、しかし、民間企業は政治家に献金や票の取りまとめで優越する、という構図です。そして、こういったランキングの前提となる論理を展開しつつ人間の行動や認知について、社会心理学、政治学、計算機科学、行動経済学などの知見を総動員した議論が収録されており、見方によれば、ランキングに関する本ではなく、議論がアチコチに飛んでいて、やや収拾がつかなくなっている印象すらあります。例えば、ランキングが個人に対してだけでなく、社会的な影響力を持つというのはその通りですが、ランキングに限定せずにreputation=評判について話題が飛んでいたりします。この評判やランキングの客観性についても、批判がなされています。繰り返しになりますが、ランキングに限定せずに、ランキングをはじめとして、個人や社会の意思決定、あるいは、選択の問題を広く論じていると考えて読む方がいいと私は考えます。経済の分野から読めば、慶應義塾大学の坂井豊貴教授の社会的選択理論と通ずるところが大いにあると私は受け止めました。
次に、永濱利廣『経済危機はいつまで続くか』(平凡社新書) です。著者は、第一生命経済研のエコノミストです。昨年2020年10月の出版なのですが、やや情報が古くてアップデートされておらず、その点は残念ですが、日本経済に対する現状把握については正確であると感じました。2020年における新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミックの経済的な影響は、2008-09年のリーマン証券破綻後の経済ショックを上回るものがあり、日本のみならず世界的に大きなマイナス成長を記録しています。ただ、米国では積極的な財政支出の拡大によりGDPギャップが埋められて、物価も上昇を続けているわけですが、日本経済についてはまったく財政による需要の下支えが不足しています。本書でもその点は強調されています。米国、中国、欧州に加えて中東や石油関係も概観した後、日本経済についての分析が最後の方に置かれています。繰り返しになりますが、その分析はおおむね正確です。例えば、COVID-19の影響を受ける前に日本経済は2019年10月の消費税率引上げで大きな負のショックを受けていると分析されています。ただ、経済分野ですから、将来見通しはほとんどモノになっておらず、それは仕方ないと諦めるべきかもしれません。
最後に、グレイス・ペイリー『その日の後刻に』(文春文庫) です。著者は、ロシアから米国に移り住んだユダヤ人の短編小説家であり、邦訳は村上春樹によっています。17篇の短編にエッセイとインタビューを収録しています。この作者の3部作の最終巻であり、その前の2巻は『人生のちょっとした煩い』と『最後の瞬間のすごく大きな変化』で、ともに、村上春樹の邦訳です。邦訳書の出版順とオリジナルの出版順が違っているようなので、私はオリジナルの出版順に読んで、いずれにせよ、本書は3部作の3番めで、私は3冊とも読んでいます。本シリーズの邦訳出版中に著者は亡くなっています。邦訳者の村上春樹はノーベル文学賞の受賞も噂されるんですが、それにしては言葉の扱いが不適当で、「冥福」を祈る旨の記述が文庫本解説にあったりします。どうして、「冥福」が不適当かというと、本作品の作者はロシアから米国に移住したユダヤ人の社会主義者であり、ユダヤ、ロシア、社会主義・共産主義が3大テーマになっています。解説では、ロシア語と英語とイディッシュ語がミックスされた環境で生活した作者の生い立ちが明らかにされています。そして、この3要素とも日本人にはやや理解がはかどらないところかもしれません。特に、前2巻の『人生のちょっとした煩い』と『最後の瞬間のすごく大きな変化』ではなかったように記憶していますが、本書では割礼のお話が出てきます。このあたりは私にはサッパリ判りません。その意味で、とても濃厚、というか、クセのある短編小説です。でも、オーツやマンローなどのように、英語圏では広く知られた女性短編小説家であることは確かです。本書の著者のペイリーはすでに亡くなっていますが、マンローはノーベル文学賞を受賞しました。本書の邦訳者の村上春樹も日本人作家の中ではもっともノーベル文学賞に近いと噂されており、オーツも村上春樹と同じくらいノーベル賞に近い気がします。
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