今週の読書は米国経済の格差の暗黒面をえぐる経済書をはじめ計5冊!!!
今週の読書は、経済書のほか、小説と気楽なエッセイ、さらに、社会心理学の新書など、以下の通りの計5冊です。これらの中でも、特に、万城目学『ヒトコブラクダ層ぜっと』上下は大学の生協で買い求めました。東野圭吾の『白鳥とコウモリ』以来ではないかという気がします。なお、いつもお示ししている本年の読書の進行ですが、このブログで取り上げた新刊書だけで、1~3月期に56冊、4~6月も同じく56冊、今日取り上げたものを含めて7~8月で40冊、これらを合計して151冊になりました。
まず、アンガス・ディートン & アン・ケース『絶望死のアメリカ』(みすず書房) です。著者はどちらも米国のエコノミストであり、ディートン教授はノーベル経済学賞を受賞しています。英語の原題は Deaths of Despair and the Future of Capitalism であり、2020年の出版です。一言でいえば、米国における死のエピデミックについて論じています。すなわち、中年の白人アメリカ人の自殺率が急速に増えていることから、先進国では、というか、世界を見渡しても考えられないように、米国の中年白人の平均寿命が低下している事実を分析しようと試みています。そして、その原因は自殺、薬物、アルコール、クオリティの低い医療制度、そして、何よりも貧困や格差の拡大があると指摘しています。米国における経済的な不平等は、私の理解によれば、金持ちが一層金持ちになっていくことで拡大した一方で、日本では低所得層がさらに低所得に陥ることで拡大している、との定説を受入れてきたのですが、本書では、低所得層を犠牲にした形で高所得につながっていると指摘されています。加えて、巨大デジタル企業による独占の進行、語ローバル化による移民の受け入れなどについても論じられています。そのうえで、最終第16章で医療制度の改革、労働組合とコーポレートガバナンス、累進税制とユニバーサルなベーシックインカムの導入、反トラスト政策の推進、レントシーキングの防止策、教育制度の改善、などについていくつかの例を示しています。私も大学に来て愕然とさせられたのですが、格差の上の方にいる人は成功すればすべて自分の能力に起因すると考えて、逆に失敗すれば運が悪かった、ということになるわけですので、格差の上の方にいる人に格差是正を進めようというインセンティブはまったくありません。反対に、私のような格差の下の方にいる人間は成功すれば運がよかった結果で、失敗すれば実力通りとみなされ、格差の上の方にいる人たちに対して反旗を翻して格差是正を進めるパワーは生まれようはずもありません。私のように、役所でも大学でも格差の最底辺にいる人間は、格差の上の方の人間から自慢話を聞かされたり、エラそうにアレせいコレせいと指示を受けたり、そういった対象としかみなされていません。自己責任と能力主義、ひょっとしたら、この2つがガンだと思い始めている今日このごろです。
まず、万城目学『ヒトコブラクダ層ぜっと』上下(幻冬舎) です。著者は、私の後輩に当たる京都大学出身のエンタメ作家です。従って、というか、何というか、京都・奈良・大阪・琵琶湖などの関西圏を舞台とする小説が多かったのですが、この作品ではとうとうメソポタミアに進出します。しかも、メソポタミアの神話の世界だったりします。主人公は榎土3兄弟、というか、3つ子の梵天、梵地、梵人です。この3人には特殊能力があります。少し省略して、3人が自衛隊に入隊してイラクのPKO活動に従事し、神話の世界に入り込んでミッションを成し遂げる、ということなのですが、何せ、上下巻で総ページ数がラクに900ページに達するにもかかわらず、ストーリーの展開がまったく想像を超えた万城目ワールドを形成していて、大いに引き込まれて一気に面白く読めてしまいます。イラクでのPKO活動ですから、当然に自衛隊の上司の士官が登場し、それも女性の広報担当3尉がオリンピックに挑戦しようかという射撃の名手だったりし、同時に、米国海兵隊のツワモノも登場します。そして、メソポタミアの姉妹神、ライオンを従えた神のミッションに挑戦させられ、成し遂げます。成し遂げたからには、それなりのご褒美もあったりします。この作者の作品らしく、ファンタジーの要素がかなり大きく、タイトルにある「ぜっと」はゾンビのzだったりして、砂漠に古代メソポタミアのゾンビ兵も現れます。そこに、超近代的なドローンやロケットランチャーなどで偵察・通信したり、攻撃したりするわけです。本書は、私にしてはめずらしく買い込みました。でも、その値打ちはあったと思います。
次に、酒井順子『ガラスの50代』(講談社) です。著者は、『負け犬の遠吠え』で有名なエッセイストです。Webマガジン「ミモレ」に連載されていたのを単行本化しています。いつもの通り、よく下調べされたていねいなエッセイと私は受け止めています。本書は、更年期に関する体調の変化など、女性にかなり話題が限定されているものの、少なくともカミさんを理解しようとする場合には役立ちそうな気もしました。50代の女性として、何と申しましょうか、がんばるべきところと、がんばり過ぎるとイタくなるところ、特に女性のそういった部分に関しては、私にはなかなか判断が難しいのですが、実に明快に指摘されています。若くありたいという男女を問わず人間誰でも感じる欲望と、逆に、年齢相応に、という大人の対応と、私はすでに60代に突入してしまいましたが、50代というのはそのあたりの分岐点なのかもしれません。同年代の女性を理解する手がかりとして、あるいは、年配女性の理解を深める手段として、またまた、単なる暇つぶしに、この著者のエッセイはいつでも役に立ちます。
最後に、藤田政博『バイアスとは何か』(ちくま新書) です。著者は、関西大学の社会心理学の研究者です。心理学には、私の知る限り、マイクロな臨床心理学とマクロな社会心理学があるのですが、本書は後者の社会心理学であり、経済学とも接点が深く、本書ではツベルスキー&カーネマンの理論を中心に取り上げています。バイアスというテーマですが、私が感じた限りでは、広く認識論まで及んでいて、余りにバイアスについて論じていると不可知論まで陥ってしまいそうな気もしましたが、新書ですのでそこまでの深みはありません。ただ、本書で特徴的なのは、そういったバイアスを学問的、というか、理論的に明らかにするだけでなく、どうすればバイアスを回避できるのか、あるいは、バイアスを回避できないとすれば、どのように共存するのか、付き合っていくのか、といった点が最後のパートに含まれていることだと思います。しかも、よくある年寄の感想や実感めいたものではなく、キチンと学問的に検証された方法が明らかにされており、巻末の参考文献も役に立ちます。
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