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2022年4月23日 (土)

今週の読書は経済経営に関する専門書やノンフィクションを中心に計4冊!!!

今週の読書感想文は以下の通り、時代小説1冊のほかは、かなりの程度に経済や経済学に関係する本を3冊、合わせて4冊の読書でした。
林宜嗣・林亮輔[編著]『地域データ分析入門』(日本評論社)は、地域経済に関するデータ分析を解説しており、EBPMに基づく政策決定の重要性も指摘しています。地域経済だけでなく、幅広く活用できると思います。マット・ジョンソン&プリンス・ギューマン『「欲しい!」はこうしてつくられる』(白揚社)は、マーケティングと脳科学に関して議論しています。果たして、消費者の購買意欲はどこまでマーケターによってバイアスをかけられているのでしょうか。消費者選択はホントに消費者の自発的な意思によるものなのでしょうか、宣伝によっていかようにもにも変更されるものなのでしょうか。吉野家的な「生娘シャブ漬け戦略」はどこまで成功するのでしょうか。砂原浩太朗『黛家の兄弟』(講談社)は典型的な時代小説です。この作者の作品は昨年の『高瀬庄左衛門御留書』に次いで2冊めの読書となります。世襲で安泰ながら凡庸な藩主そっちのけで家臣が権力闘争・派閥抗争を繰り広げます。最後に、マイケル・ルイス『後悔の経済学』(文春文庫)では、行動経済学のトベルスキー教授とカーネマン教授の業績がノンフィクション作家の手によって明らかにされます。多くの人は伝統的な経済学が想定するような合理性を十分には持ち得ないものだと感じます。
本年2022年に入って、新刊書読書は今週の4冊を含めて計63冊とややスローペースです。ただし、何とか年間200冊には達するんではないか、と考えています。年間200冊は目標とかではなく、価値観抜きの単なる予想です。なお、このブログで取り上げた読書感想文は、順次、可能なものからFacebookでシェアする予定です、といか、すでに先走りしてシェアしてある本もあったりします。悪しからず。

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まず、林宜嗣・林亮輔[編著]『地域データ分析入門』(日本評論社) です。編著者は、株式会社EBPM研究所代表取締役と甲南大学経済学部の研究者であり、チャプターごとの著者もそれぞれの分野の研究者となっています。本書はタイトル通りの内容であって、4部全13章の構成となっています。基礎編となっているPart1では、データの収集からデータの見方・使い方、さらにアンケート調査とか、回帰分析の基礎を取り扱っています。続くPart2では、現状把握のための分析手法に着目し、回帰分析を応用しつつ、地域問題の決定要因や将来予測を考え、シフト・シェア分析やSWOT分析から地域経済の構造や特徴の把握に進みます。そして、Part3では、政策効果把握のための分析手法を取り上げ、産業連関分析による経済波及効果の推計、費用便益分析によるプロジェクトのコスト・パフォーマンスの検証、差の差の分析による政策効果の把握について議論しています。最後のPart4ではEBPMの適用事例のケーススタディとして、コロナ後の経済ではやや後景に退いたものの、観光政策立案について考察を進めています。ということで、私のようにページを折って順々に読み進むのもいいのですが、その後は、手元に置いておいて辞書的に使うのも一案かと思います。私は国家公務員あるいは大学教員として、40年近いキャリアの大部分を首都、まあ、東京かサンティアゴかジャカルタか、でお仕事してきて、今の関西に引越す前に首都以外の地方勤務をした経験は、長崎大学の2年間しかありません。一応、地域学会に所属して、学会誌に査読論文を掲載してもらったりしていますが、実は、地域経済分析はかなり苦手だったりします。その一因は、中央政府の運営と違って地方政府の政策立案においては、単に公共財的な純粋な政府活動だけではなく、民間企業的な視点が必要になる場合が多いからです。典型的にはバスなどの交通機関、あるいは、観光インフラなどです。これらの民間企業的な運営を要する事業に関しては、やっぱり、本書で展開しているようなEBPMの視点は欠かせません。ただ、本書で取り上げている視点は地域データ分析に限定されることはありません。かなり幅広い応用ができる方法論を展開しているといえます。ただ、民間企業的な視点を含めた地域経済の視点で、まあ、地域経済に限定しませんが、かなり高い頻度で間違っているのは将来予測です。将来の需要予測をとても甘く見ていて、結局のところ赤字になって税金をムダに投入する、というハメに陥るケースが少なくないと考えるべきです。そのあたりは本書では何ら言及がありません。やや、残念な部分です。

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次に、マット・ジョンソン&プリンス・ギューマン『「欲しい!」はこうしてつくられる』(白揚社) です。著者は、どちらも米国ハルト・インターナショナル・ビジネススクールの研究者です。ただ、脳科学者とか、ニューロ・マーケティングとかが専門分野で、心理学的な要素とともに脳科学に基づくマーケティング理論が展開されています。マーケティングですから、いかに商品を売り込むか、買わせるか、というのが重要な視点であり、最近話題になったマーケティングでいえば、例の吉野家の「生娘シャブ漬け戦略」なわけで、マーケティングに対しては否定的な見方が少なくありません。でも、本書はマーケティングに対してそれほど否定的ではありません。まあ、当然です。そして、脳科学が応用されているのはどうしてかといえば、心理学的に説明できる範囲はある一方で、心理学では説明できず脳科学の経験的な法則を利用するマーケティングがあるからで、本書ではそういったマーケティングも紹介されています。例えば、上の表紙画像にもある通り、食べ物に対して食欲をそそるのは赤とかオレンジとか黄色であって、青は逆に食欲を削ぐ、といった脳の働きは統計的に把握されているものの、なぜそうなのか、という点は解明されていません。でも、脳科学的に解明されていなくてもマーケティングには応用できるわけで、あらゆる情報が商品の売込みに使われます。小手先のセールスマンのテクニックも数多く紹介されていますが、脳科学の深くてまだ解明されていない応用も含んでいます。食べ物の話題を続けると、本書冒頭では、我々消費者がレストランで食べているのはメニューであって、ソムリエのようなワインの専門家でも高価なワインに騙される、といった事実が紹介されています。特に、コカコーラ=コークに対する需要はマーケティングによって作り出されたものであって、ブラインドテストをすれば他のコーラ飲料と違いはない、と指摘しています。価格的にも、ディスプレイのイチ的にも真ん中の商品を選ぶ傾向とか、カーネマン教授の『ファスト&スロー』でいうところの間違いやすいシステム1が即座に判断する範囲で商品選択をさせて、じっくりと正確に考えるシステム2の登場前に買わせてしまう例とか、果たして、消費者はホントに自分の選好に従って商品選択をしているのだろうか、という疑いすら持ちます。そして、私の大きな疑問は、もともと消費者に由来する商品選択の傾向をマーケティングは拡大、というか、その意欲を強めてセールスまで結びつけるのか、それとも、消費者の嗜好はマーケティングによって自由自在に捻じ曲げられているのか、という点です。たぶん、両方あるのでしょうが、後者の例も少なくないものと考えるべきかもしれません。

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次に、砂原浩太朗『黛家の兄弟』(講談社) です。著者は、時代小説作家です。上の表紙画像に見られる通り、『高瀬庄左衛門御留書』の作家であり、私はこの前作も読んでいます。前作とともに、神山藩シリーズの第2作ですから、本書も江戸時代を舞台にしています。ただ、前作が郡方の下級武士を主人公としているのに対して、この作品では藩政の重鎮をなす筆頭国家老を務める黛家の倅3人のうちの三男が主人公です。さらに、2部構成というのも前作と同じなのですが、前作が第2部はわずかに第1部の1年後であった一方で、本作では13年後とかなり時間を置いています。でも、典型的な時代小説です。というのは、私の考える時代小説というのは江戸時代における侍=武士を主人公とし、それなりに武士の表芸である剣術をたしなむ一方で、世襲で安泰ながら凡庸な藩主を支える藩政の執政がお家騒動に近い政変を繰り返す、というものです。もちろん、私が高く評価している周防秋の作品のように、古典古代を舞台にしている時代小説も好きですし、武士でなく町人を主人公にした髙田郁なんかの時代小説もいいのですが、やっぱり、この作品のように江戸時代の武士を主人公にして、領民の生活を顧みることなく、また、凡庸な藩主を差し置いて、家臣が藩政の場での権力闘争や派閥抗争に明け暮れている時代小説が好きだったりします。ということで、主人公は筆頭国家老の家に生まれながら三男ということで跡継ぎにななれないながらも、藩を支えるもうひとつの重要な家柄である大目付の黒沢家に婿入りします。でも、次席の国家老の策略により筆頭国家老の父や長男が政権から遠ざけられていくわけです。そして、容易に想像されるように、最後は主人公の黛家が権力闘争に勝つわけです。村上春樹『うずまき猫のみつけかた』だったと思うのですが、「一に足腰、二に文体」というのがあります。私はこの作者の足腰については情報を持ち合わせませんが、前作も文体とか、用語とか、言葉遣いなどがいかにも時代小説によくマッチしている点を評価しています。逆に、ストーリーの展開とか人物のキャラとかは、ハッキリいって、この作者の時代小説は評価しません。前作も、この作品もそうです。この作品については、藩主と家老との縁組がここまで頻繁に行われるのかが疑問です。加えて、その時代の息遣いが感じられません。どの時代でもいいんじゃない、という気すらします。さらに、私の評価する文体とか用語の選択についても、いくつか、もちろんすべてではありませんが、いくつかの瑕疵があります。例えば、第1に、時代小説ですから、倅で統一してほしかったです。息子というのはいただけません。第2に、藩侯はまだいいのですが、藩公というのはいかがでしょうか。しかも、両方入り混じっていたりします。第3に、上級武家ですから襲名めいて父親の名を継ぐのはいいのですが、作者自身も混乱している部分があります。p.400では、清左衛門と織部正が同一人物を指してしまっています。ハッキリいって、この作者には時代小説の構成=ストーリーやキャラ作りはそれほどの力量を示せていないだけに、文体や用語などで細部をゆるがせにせず、時代小説を仕上げてほしかった気がします。

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最後に、マイケル・ルイス『後悔の経済学』(文春文庫) です。著者は、ノンフィクション作家であり、私は映画化もされた『マネー・ボール』ほかを読んだ記憶があります。この著者の作品の中では、『マネー・ボール』がもっとも有名なのではないかと思います。米国大リーグのオークランド・アスレチックスにおいて「セイバーメトリクス」の利用に基づくチーム編成を行ったビリー・ビーンGMを取り上げています。本書では、行動経済学と呼ばれ、心理学の要素を経済学に取り入れたトベルスキー/カーネマンの2人のエコノミストを主人公にしています。私を含めた多くのエコノミストは、トベルスキー教授も、もしもご存命であれば、当然、カーネマン教授とともにノーベル賞を授与されていた、と考えています。単行本として文藝春秋社から『かくて行動経済学は生まれり』というタイトルで出版されたものが文庫化されて、このタイトルに変更されています。カーネマン教授の方は2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。ということで、トベルスキー/カーネマンの業績でもっとも有名なのはプロスペクト理論です。伝統的、かつ、主流派の経済学が想定する超合理的な経済人の期待効用仮説に対して、心理学に基づく不確実性ある場合の意思決定モデルのひとつであり、本書のタイトル通りに、プラスの期待効用とマイナスの期待損失は非対称的であって、マイナスの損失を回避し公開を少なくするような決定がなされる、というのが結論です。実際の人間行動は経済学が想定するようには合理的ではなく、2種類の認知バイアスを含んでいます。ひとつはアレのパラドックスに代表されるような確率に対する反応が線形でないバイアスです。もう一つは富の水準ではなく富の変化量から効用を得るというバイアスです。まあ、論じ始めればキリがないのでプロスペクト理論については、本書でもそう深入りはしていません。ただ、超合理的な経済人の仮定は、今では多くのエコノミストによって否定されている点は事実です。ただし、私の属している大学教育の場などでは、教育的な簡便さの観点から合理性の仮定を置く場合が少なくないことも事実です。教育の世界では合理的な経済人を前提にしつつも、最先端の理論や実証的な経済学の研究の世界では、実際の経済活動は人々の限定的な合理性の上に成り立っている、との考えが普及しているわけです。ただし、最後に、トベルスキー/カーネマンの2人自身も限定合理性の世界で行動しています。すなわち、2人はユダヤ人であり、イスラエスの出身です。ですから、何度か軍事出動しています。通常の経済学で想定される比較優位理論に基づけば、ノーベル経済学賞を受賞するほどの頭脳であれば、軍事行動に参加するのではなく別の方向からのイスラエルへの貢献ができるのではないか、という気がしますが、この2人は第4次中東戦争が始まれば躊躇なくイスラエル軍に身を投じています。まあ、合理性なんてそんなもん、と考えるべきなのかもしれません。

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