コストアップで景況感が悪化した日銀短観をどう見るか?
本日、日銀から3月調査の短観が公表されています。ヘッドラインとなる大企業製造業の業況判断DIは昨年2021年12月調査から▲3ポイント悪化し+14となりました。悪化は2020年6月調査以来、実に7四半期ぶりです。また、本年度2022年度の設備投資計画が初めて明らかにされ、全規模全産業で前年度比+0.8%の増加が見込まれています。3月調査の設備投資計画がプラスでスタートするのは異例ではないかと思います。まず、ものすごく長くなりますが、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。
大企業の景況感悪化、資源高が重荷 3月日銀短観
日銀が1日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)で、大企業製造業の景況感を示す業況判断指数(DI)は3ポイント悪化しプラス14となった。悪化は2020年6月調査以来、7四半期ぶり。先行きはプラス9で、さらなる悪化を見込む。大企業非製造業も1ポイント低下し7期ぶりに悪化した。今回はロシアによるウクライナ侵攻後初の短観。地政学リスクの高まりや資源価格の高騰で企業マインドが急速に冷え込んでいる実態を反映した。
業況判断DIは景況感が「良い」と答えた企業の割合から「悪い」の割合を引いた値。3月調査の回答期間は2月24日~3月31日で基準日は3月11日。新型コロナウイルス対応の「まん延防止等重点措置」が全国的に発令されていた時期を含む。
日銀は、経済の実態を正確に把握するため調査対象の企業を4年ぶりに見直した。企業の入れ替えを考慮すると、21年12月調査の大企業製造業の業況判断DIはプラス18からプラス17に、大企業非製造業はプラス9からプラス10になる。
大企業の業況判断DIは製造業がプラス14と、QUICKが集計した民間エコノミスト予測の中央値を2ポイント上回った。悪化はコロナ禍でマイナス34まで悪化した20年6月調査以来、7期ぶり。
3月調査では原材料価格の上昇で、紙・パルプや窯業・土石製品、化学などの景況感の悪化が目立った。半導体不足の長期化に伴う「部材の調達難」を訴える企業も多く、新型コロナの変異型「オミクロン型」の感染再拡大による工場の稼働停止などで自動車生産が減少した。
大企業製造業の販売価格判断DI(「上昇」と答えた割合から「下落」を引いた値)はプラス24と前回調査から8ポイント上昇した。半面、原材料価格の高騰に伴い仕入れ価格判断DI(同)はプラス58と同9ポイント上昇。原材料高を販売価格に転嫁し切れていない構図も浮かび上がった。
大企業非製造業の業況判断DIはプラス9と、民間予想を4ポイント上回った。新型コロナの感染第6波の影響でサービス消費が大幅に落ち込んだ。対個人サービスや宿泊・飲食サービスを中心に業況が悪化した。
ロシアのウクライナ侵攻は先行きにも暗い影を落とす。3カ月後の見通しを示す先行き判断DIは、大企業製造業が5ポイント悪化のプラス9、大企業非製造業が2ポイント悪化のプラス7を見込む。
ウクライナとロシアの停戦協議がまとまる見通しは立っておらず、危機の長期化に伴う原材料価格の高止まりが製造業の景況感を押し下げている。非製造業はまん延防止等重点措置の解除で宿泊・飲食サービスが大幅な改善を見込むが、DIは依然マイナス圏に沈んだままだ。
市場の注目度が高い全規模全産業の2022年度の想定為替レートは1ドル=111円93銭だった。日銀は「足元の円安の動きが長期的に持続するものではないと判断しているようだ」と分析している。今後、想定を上回るペースで円安が加速すれば、調達コストの上昇を通じて企業収益を圧迫する懸念が強まる。
21年度の大企業製造業の設備投資計画は20年度と比べて7.9%増えた。22年度は8.4%増を見込む。気候変動対応やデジタルトランスフォーメーション(DX)などの分野では必要な投資を続ける。
とても長いんですが、いつもながら、適確にいろんなことを取りまとめた記事だという気がします。続いて、規模別・産業別の業況判断DIの推移は以下のグラフの通りです。上のパネルが製造業、下が非製造業で、それぞれ大企業・中堅企業・中小企業をプロットしています。色分けは凡例の通りです。なお、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

まず今週月曜日の3月28日付けのこのブログでも日銀短観予想を取り上げ、ヘッドラインとなる大企業製造業の業況判断DIは悪化するとはいえ、プラス領域にとどまり、私の実感としてはさすがに+10を下回るだろうとの見方を示しておきましたが、失礼しました。わずかに▲3ポイントの悪化にとどまるとは、加えて、大企業非製造業も▲2ポイントの悪化で済むとは、かなり企業マインドは底堅いと感じています。引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、同じく大企業製造業の業況判断DIが+12と予想されていて、実績はわずか+2ポイントとはいえ、この市場の事前コンセンサスも上回りました。ただし、先行き景況感についてはさすがに悪化が継続するという予想であり、大企業製造業では▲5ポイント悪化して、それでも、+9に、大企業非製造業でも▲2ポイント悪化して+7に、それぞれ先行き悪化を見込んでいます。企業マインドには新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染状況とロシアのウクライナ侵攻の影響が注目されましたが、改善にせよ悪化にせよ、企業マインドの背景には資源高によるコスト上昇、コロナの感染拡大、供給制約があるのではないか、と私は考えています。例えば、大企業製造業では先行きに関して、素材業種が▲12ポイントの大幅悪化を見込むのに対して、加工業種では先行きも悪化せず横ばいと予想しています。もちろん、資源高によるコスト上昇の他に、産業別に見れば、ウェイトの高い自動車の景況感が3月調査でほぼほぼ底を打って、供給制約の緩和から先行きの改善、しかも+14ポイントの大幅な改善を見込んでいる点も、素材業種と組立業種の先行きのマインドの動向を分ける要因のひとつであることは確かです。また、大企業非製造業の先行きの景況感悪化幅が▲2ポイントにとどまって、大企業製造業の▲5ポイントよりも小さい要因のひとつは、対人サービスと宿泊・飲食サービスが大企業に限らず、中堅企業や中小企業でも、コロナの感染拡大次第とはいえ、先行き大きく改善すると見込んでいるからです。

続いて、設備と雇用のそれぞれの過剰・不足の判断DIのグラフは上の通りです。経済学的な生産関数のインプットとなる資本と労働の代理変数である設備と雇用人員については、方向としてはいずれも不足感が広がる傾向にあります。DIの水準として、設備については、昨年2021年年央の+10くらいの過剰感はほぼほぼ解消され、不足感が広がる段階には達したといえます。他方、雇用人員についてはプラスに転ずることなく反転し、足元から目先では不足感が強まっている、ということになります。ただし、何度もこのブログで指摘しているように、賃金が上昇するという段階までの雇用人員の不足は生じていない、という点には注意が必要です。我が国人口がすでに減少過程にあるという事実が、かなり印象として強めに企業マインドに反映されている可能性があると私は考えています。ですから、マインドだけに不足感があって、経済実態としてどこまでホントに人手が不足しているのかは、私には謎です。賃金がサッパリ上がらないからそう思えて仕方がありません。加えて、コロナの感染拡大に起因する不透明感は設備と雇用についても同様です。

日銀短観の最後に、設備投資計画のグラフは上の通りです。日銀短観の設備投資計画のクセとして、3月調査時点ではまだ年度計画を決めている企業が少ないためか、3月にはマイナスか小さい伸び率で始まった後、6月調査で大きく上方修正され、景気がよければ、9月調査ではさらに上方修正され、さらに12月調査でも上方修正された後、その後は実績にかけて下方修正される、というのがあります。本日公表の3月調査では2022年度の設備投資計画は+0.8%増でしたが、上のグラフを見ても判るように、かなりの好況時でも3月調査がプラスからスタートするのはめずらしく、2022年度の設備投資は設備の不足感や人手不足への対応などから、期待できそうな気もします。もちろん、引用した記事にもあるように、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進のために、景気や業況から独立した設備需要も一定程度見込めるものと考えるべきです。ただし、大企業全産業の設備投資計画は+2.2%増からスタートし、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスの+2.6%増をやや下回りました。それほど大きな差ではありませんが、やや気にかかるところです。あるいは、大企業ほどDXが進んでいるので、やや小さめの計画になっているのかもしれません。いずれにせよ、全体としての印象では、人手不足もあって、設備投資は基本的に底堅いと考えていますが、最後の着地点がどうなるか、これまた、コロナとウクライナ危機の動向に照らして不透明です。
最後に、グラフには出来ませんが、引用した記事にもあるように事業計画の前提となっている想定為替レートは対米ドルで111.93円と、現時点での市場レートよりかなり円高となっています。基本的に、引用した記事にある日銀の見方と同じで、現在の120円レベルの円安が続かないとの企業のマインドが現れているものと私も考えています。ただ、輸出産業にとっては円高を想定しつつも、実際に円安になれば競争力が増す一方で、燃料をはじめとする資源多消費型産業の場合、逆にコストアップで経営が圧迫されるケースも考えられないわけではありません。円レートにも注意が必要です。
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