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2022年7月16日 (土)

今週の読書はやや疑問の残る経済書など計4冊!!!

今週の読書感想文は以下の通りの計4冊です。
まず、チャールズ・グッドハート & マノジ・プラダン『人口大逆転』(日本経済新聞出版)では、人口の高齢化に従ってディスインフレないしデフレに終止符が打たれてインフレと金利上昇局面が始まり、平均で見た国別の格差が縮小する、と主張しますが、人口高齢化で世界をリードしている日本の現状をうまく説明し切れていないと私は考えます。清水和巳『経済学と合理性』(岩波書店)は、マクロ経済学のミクロ的基礎付に挑戦していますが、私の目からすれば疑問が残ります。エマニュエル・トッド『第3次世界大戦はもう始まっている』(文春新書)では、ウクライナ支持とロシア非難に大きく偏っている日本や欧米の論調に対して別の視点を提供しています。最後に、まさきとしか『彼女が最後に見たものは』(小学館文庫)は複雑な殺人事件の背景を三ツ矢刑事が解き明かします。
なお、今週の4冊を含めて、今年に入ってから新刊書読書は計125冊となりました。新刊書読書だけでなく、太田愛『犯罪者』上下(角川文庫)、山田宗樹『聖者は海に還る』(幻冬舎文庫)、松岡圭祐『ミッキーマウスの憂鬱』(新潮文庫)も読みました。できれば、Facebookでシェアしたかったのですが、コミュニティ規定違反だそうでアカウントが制限されてダメでした。

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まず、チャールズ・グッドハート & マノジ・プラダン『人口大逆転』(日本経済新聞出版)です。著者は、英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの名誉教授であるエコノミストと投資銀行の実務家です。英語の原題は The Great Demographic Reversal であり、邦題はそのまんまだという気がします。2020年の出版です。ということで、人口の高齢化により現在までのディスインフレないしデフレ、さらに、不平等の拡大などの経済動向が逆転する、という点に主眼をおいた経済書です。キトンと学術文献を抑えていて、なおかつ、文章が判りやすい良書です。まず、今週に入ってから、7月11日の世界人口デイに合わせて国連から World Population Prospects 2022 が公表され、例えば、来年2023年にはインドの人口が中国を抜くとか、今年2022年11月15日には世界人口が80億人に達する、などの見込みが広く報じられています。そして、平均寿命の延伸も同時に見込まれています。経済学的には人口の高齢化が進むと、本書の主張のようにインフレ圧力が高まり、同時に、不平等が緩和される、ということになります。まず、簡単な方はディスインフレないしデフレが、人口の高齢化に伴って、インフレの方に転換します。同時に、インフレ圧力とともに金利にも上昇圧力がかかります。これは明らかです。本書でも指摘しているように、退職年齢がかなり固定的であるのに対して平均寿命の延伸が進みますから、引退期間が長くなります。引退期間では生産をせずに消費だけをしますから、供給の伸びに比べて需要の伸びの方が大きくなる傾向があります。ですから、経済学的な需要と供給の関係に従って価格は上昇する方向に転換します。加えて、医療費などの高級サービスへの需要も引退期間には一段と高まります。ただし、本書の著者も気づいているのですが、世界の先進国の中でもっとも高齢化が進んでいる日本で、もっともデフレが深刻となっていて、一向にインフレ圧力が高まらないのも事実です。本書では9章を章ごとこの問題の解明に当てています。海外直接投資などの資本の流出、失業率に見えるほど労働のスラックは少なくない、などを上げていますが、私の目から見て、インフレ圧力や金利上昇に関する日本例外論の論証は明らかに失敗しています。他方、やや判りにくいのは不平等の緩和です。というのは、本書でいう「不平等の縮小」というのはあくまで国別で見た inter-nation な不平等の縮小であって、別の表現をすれば成長の収束 convergence という意味です。ですから、国の中で見た intra-nation な不平等は拡大すると本書でも考えています。ピケティ教授と同じで資本収益率が成長率や賃金上昇率を上回るとともに、教育で代理される人的資本の収益率が上昇するからです。高学歴者が有利になるわけです。加えて、市場集中度=独占が進んできているのも労働との交渉力に影響を及ぼして格差拡大の一因となることを本書では示唆しています。そして、最終的には、この人口の高齢化の影響に対する政策対応として、土地課税をはじめとする税制、マクロ経済政策などを上げていますが、これまた、それほど説得力ありません。最後に、繰り返しとなりますが、人口の高齢化に伴ってインフレ圧力の高まりと金利上昇が見込まれるのは、経済理論的にまったく間違っていません。しかし、人口高齢化の先頭に立っている日本でそうなっていないというパズルがあるわけですから、日本例外論をキチンと成り立たせるか、あるいは、この先、日本もこのインフレ圧力の増大というトレンドに乗ることを論証して欲しかった気がします。

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次に、清水和巳『経済学と合理性』(岩波書店)です。著者は、早稲田大学の研究者であり、本書は岩波書店のシリーズ ソーシャル・サイエンスの中の1冊として発行されています。ということで、本書は200ページに満たないコンパクトな本ながら、いわゆるマクロ経済学のミクロ的基礎づけ、しかのも、合理性に基づくミクロ的基礎づけを目指しています。まず、合理性については、6月25日付けの読書感想文で取り上げたダニエル・ハウスマン『経済学の哲学入門』とかなり似通ったマイクロな見方を示しています。すなわち、『経済学の哲学入門』では、すべての選択肢の間で効用の順序付けが出来るという意味での完備性と順番が逆転することがない推移性を満たすと合理的な選択、ということになり、加えて文脈からの独立性と選択の決定性を4条件としているのですが、本書では決定性は含めておらず、完備性と推移性と独立性の3条件を持って合理的と見なしています。ただ、マイクロな経済学における合理性とマクロ経済の合理性で決定的に異なるのは、マクロ経済では推移律が成り立たないことです。例えば、熊谷尚夫先生の「経済学の範囲と方法」においては、p.8において「個人の場合には選好順位についての推移性(transitivity)を想定してよい理由があるのに反して、社会的厚生関数が社会状態に対する個々人の任意の選好から合成されるべきものと考えるかぎり、独裁や全員一致のような例外を別にすれば、社会的厚生関数が推移性をもちえないであろうということはむしろ明白であるように思う」と指摘しています。アローの不可能性定理からして、マクロ経済分野においては合理的な選択は成り立たないわけですので、本書でも指摘している通り、マクロエコノミストとして私はマクロ経済学のミクロ的基礎付は、可能であればそれに越したことはないが、少なくとも必要不可欠とは考えませんし、基礎付けができなくても仕方がない、くらいに受け止めています。私の受け止めで考えるべきもうひとつの要因は、いわゆるルーカス批判です。マクロ経済においては、ひょっとしたら、マイクロ経済もそうなのかもしれませんが、政策変更によるパラメータの変化がついて回ります。そして、ルーカス批判はマクロ経済学のミクロ的基礎付の根拠ともされるわけですが、はたして、カリブレーションによってルーカス批判がクリアできるのかどうか、本書では言及ありません。最後に、予測を考える場合、基本は何らかの微分方程式体系があってパラメータが頑健であるとすれば、初期値が決まれば先行きは決まってしまう可能性があります。経済学ではありませんが、物理学におけるラプラスの悪魔なんかがそうです。ただ、物理学では不確定性定理により、ラプラスの悪魔は存在しないことが明確になった一方で、経済学においてはルーカス批判で指摘されたようにパラメータが必ずしも頑健ではないわけです。従って、本書でも指摘しているように、解析的にエレガントに微分方程式体系が解けないのであれば、リカーシブに、というか、本書ではシミュレーションに縒りと表現していますが、同じで、先行きを考える必要がありますが、パラメータが確定しないシミュレーション二どこまで信頼性を置くべきか、カリブレーションでどこまで補えるか、についても考える必要があります。マクロ経済学をミクロ的に基礎づけるというのは、大きなチャレンジなのですが、必要性が疑わしい上にムリスジな気すらします。

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次に、エマニュエル・トッド『第3次世界大戦はもう始まっている』(文春新書)です。著者は、フランスの歴史人口学者・家族人類学者です。そして、EUによる統合は欧州のドイツ化であり明確に反対の姿勢を示しています。ということで、本書は『文藝春秋』2022年5月号の「日本核武装のすすめ」を中心にいくつかの論考を収録しています。そして、日本を始めとして欧米などのメディアではロシアのウクライナ侵攻を強く避難し、ロシアに対する批判が極めて優勢となっている中で、別の角度からの視点を提供するものとなっています。すなわち、2014年のウクライナにおけるユーロマイダン革命は民主主義的な方法によらずに親EU派が政権をクーデタにより掌握したと主張し、ロシアによるクリミア編入に対する理解を示しています。加えて、その前に欧米から繰り返し主張された「NATOは東方に拡大しない」という方針が保護にされた点を重視し、これまた、ロシア寄りの見方を示しています。このあたりはミアシャイマー教授の見方を支持する形で示されています。そして、ミアシャイマー教授とは違う見方を示しているのが、「死活問題」意識であり、ミアシャイマー教授はウクライナ危機はロシアにとって死活問題である一方で、米国から見れば遠い国の問題であり、いかなる犠牲を払っってでも勝利を目指すロシアの方が優位に立っている、との見込みを示していますが、本書では米国にとっても死活問題であり、ミアシャイマー教授の説は成り立たない、と主張しています。私ははなはだ専門外であって、何ともいえません。ただ、本書の結論で、「核の共有」も「核の傘」も幻想にすぎないから、日本も核武装すべし、という結論には同意できかねます。同意できるのは、ウクライナ危機の現状を見るにつけ、英米から軍事支援を受けているとはいえ、ウクライナを制圧できないロシアの軍事力が、実は、大したことなかった、という軍事力の見方、さらに、中国などの一部の例外を除いて世界各国から経済制裁を受けているにもかかわらず、ロシアの経済が崩壊していないという意味で、ロシア経済の底力を認めざるをえない、という経済面での事実関係の2点です。いずれにせよ、日本や欧米ではメディアの主張はかなり一方的で、ウクライナに対する同情を引き立てて、難民受け入れなんかで極めて異例の措置を大きく報じる一方で、ロシアに対する非難一辺倒であるように私には見えます。それはそれで理解しますが、本書のような逆の視点を提供するジャーナリズムの必要性も理解すべきではないか、と考えています。

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最後に、まさきとしか『彼女が最後に見たものは』(小学館文庫)です。著者は、ミステリ作家であり、私は前作の『あの日、君は何をした』も読みました。前作と同じく警視庁捜査1課の三ツ矢秀平と戸塚警察署の田所岳斗がコンビを組んで事件解明に当たります。前作では、何ともいえないジョーカーがいて、事件をややこしくしていたのですが、本作品はそういったジョーカーはいません。ただ、事件が入り組んでいて複雑な点においては、前作を上回っている気がします。ということで、まず、クリスマスイブの夜に新宿の空きビルの1階で50代女性の遺体が発見されます。そして、その女性の指紋が、千葉で男性が刺殺された未解決事件の現場で採取された指紋と一致します。女性はホームレスでした。そして、千葉で殺された男性は公務員であり、この女性が生活保護を申請した際の窓口担当者として、いわゆる悪名高き「水際作戦」で生活保護申請を受け付けない仕事ぶりでした。さらに、この女性の夫がトラックにひかれて死んでいたのですが、実は、ひかれる直前にクモ膜下出血で死んでいて、ただ、ひいたトラックの運転手もこの一連の事件に関係してきたりします。生活保護申請でも判る通り、警察官を別にすれば、生活が苦しい登場人物が多い気もして、また、そうでない生活保護担当で役所の公務員だった男性は殺されたりしています。かなり複雑に絡み合った人間関係を解きほぐして、三ツ矢が全貌を解明します。ただし、ケーサツ的に物証があるわけではない点は、やや弱点と受け止める読者もいるかも知れません。他方で、その昔の警察ミステリ的に動機を重視し、やや行ったり来たりは当然あるものの、時系列的な事実関係の進行を解き明かす手法は魅力的です。特に、巻末の解説にもあるように、この作品は決して「イヤミス」ではなく、人間のいやらしさをえぐり出しつつも、本来人が持つ人間性に対する前向きかつ肯定的な暖かさを感じます。人間にとって幸福とは何か、について考えさせられるところがありました。続巻があれば、また読みたいと思います。

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