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2022年8月31日 (水)

2か月連続の増産となった鉱工業生産指数(IIP)と名目で増加の続く商業販売統計と小幅に改善した消費者態度指数を考える!!!

本日は月末ということで、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が、それぞれ公表されています。IIPのヘッドラインとなる生産指数は季節調整済みの系列で前月から+1.0%の増産でした。また、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+2.4%増の13兆380億円でした。季節調整済み指数では前月から+0.8%増を記録しています。まず、日経新聞のサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を手短に引用すると以下の通りです。

鉱工業生産、7月1.0%上昇 基調判断は据え置き
経済産業省が31日発表した7月の鉱工業生産指数(2015年=100、季節調整済み)速報値は97.1となり、前月比1.0%上がった。上昇は2カ月連続。自動車工業や汎用・業務用機械工業、生産用機械工業などが上昇した。新型コロナウイルスの感染拡大を受けた中国・上海市での都市封鎖が6月に解除され、生産の回復が続いた。
QUICKが事前にまとめた民間エコノミスト予測の中心値は前月比0.5%低下だった。6月は中国のロックダウン解除を受け、9.2%増と大幅に上昇していた。「生産は一進一退」との基調判断を据え置いた。
小売販売額、7月2.4%増 増加は5カ月連続
経済産業省が31日発表した7月の商業動態統計(速報)によると、小売販売額は前年同月比2.4%増の13兆380億円だった。増加は5カ月連続。季節調整済みの前月比は0.8%増だった。
大型小売店の販売額は、百貨店とスーパーの合計が3.3%増の1兆7703億円だった。既存店ベースでは2.8%増だった。
コンビニエンスストアの販売額は3.4%増の1兆844億円だった。

いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2015年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)は前月と比べて▲0.5%の減産という予想でしたが、実績の+1.0%増は予想レンジの上限である+2.0%増を超えないとはいえ、増産と減産の符号が違いますので、それなりの結果だと私は受け止めています。ただし、引用した記事にもある通り、増産の主因は海外要因に起因します。経済産業省の解説サイトでは「部材供給不足の影響が緩和」による上昇と明記しています。特に、6月からの上海のロックダウン解除に起因するペントアップであると考えるべきであり、どこまでサステイナブルな回復かは不透明です。ですので、統計作成官庁である経済産業省でも基調判断を「一進一退」で据え置いています。また、先行きに関しては、製造工業生産予測指数によれば8月の増産も+5.5%増産が見込まれているのですが、上方バイアスを除去すると補正値では▲0.6%の減産との試算を経済産業省で出しています。足元の8月は減産の可能性があるとはいえ、6~7月統計では2か月連続で増産に転じたわけですし、7月統計から産業別に生産の増加への寄与度を見ると見ると、自動車工業+1.69%、汎用・業務用機械工業+0.64%、生産用機械工業+0.55%などと我が国のリーディング・インダストリーが並んでいます。他方で、電子部品・デバイス工業が大きく減産していますし、加えて、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の新規感染拡大はやや落ち着きつつあるとはいえ、米国の連邦準備制度理事会(FED)をはじめとして、先進国ではインフレ抑制のためにいっせいに金融引締めを強化しており、ウクライナ危機も相まって外需の動向が懸念されます。COVID-19感染拡大の国内要因とこれら海外要因を考えると、生産の先行きは不透明といわざるを得ません。

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続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整指数をそのままを、それぞれプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。ということで、上海のロックダウン解除などを受けて生産が回復を示している一方で、小売販売額は新型コロナウィルス感染症(COVI D-19)の新規感染が大きく増加している中で、前年同月比増加率のプラス幅は4~5月の+3%台からやや減速し、季節調整済みの系列では+1%を下回る伸びにとどまっています。季節調整済み指数の後方3か月移動平均で判断している経済産業省のリポートでは、7月までのトレンドで、この3か月後方移動平均が0.0%の横ばいで、基調判断を「緩やかな持ち直しの動き」で据え置いています。ただし、いつもの注意点ですが、2点指摘しておきたいと思います。すなわち、第1に、商業販売統計は物販が主であり、サービスは含まれていません。第2に、商業販売統計は名目値で計測されていますので、価格上昇があれば販売数量の増加なしでも販売額の上昇という結果になります。ですから、サービス業へのダメージの大きな新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の影響、さらに、足元での物価上昇の影響は、ともに過小評価されている可能性が十分あります。特に、後者のインフレの影響については、7月の消費者物価指数(CPI)のヘッドライン前年同月比上昇率は+2.6%に達しており、名目の小売業販売額の+2.4%増を上回っています。繰り返しになりますが、商業販売統計の小売業販売額はサービスを含まないので、単純にCPIでデフレートするのは適当ではありませんが、それでも、実質の小売業販売額はマイナスである可能性は十分あると考えるべきです。

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それから、本日、内閣府から8月の消費者態度指数が公表されています。前月から+2.3ポイント上昇し32.5を記録しています。指数を構成する4指標すべてが上昇を示していますが、「雇用環境」が+2.8ポイント上昇し37.1と、特に大きく前月から上昇しています。続いて、「暮らし向き」が+2.7ポイント上昇の31.1となり、ほかの2指標も前月から上昇しています。ただし、統計作成官庁である内閣府では、消費者マインドの基調判断を「弱含んでいる」で据え置いています。私は、この消費者態度指数の動きは新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染拡大とおおむね並行しているのではないか、と受け止めています。ということで、消費者態度指数のグラフは上の通りで、ピンクで示したやや薄い折れ線は訪問調査で実施され、最近時点のより濃い赤の折れ線は郵送調査で実施されています。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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2022年8月30日 (火)

緩やかながら改善を示す7月の雇用統計!!!

本日、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が公表されています。いずれも7月の統計です。失業率は前月から横ばいの2.6%を記録し、有効求人倍率は前月を+0.02ポイント上回って1.29倍に達しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を手短に引用すると以下の通りです。

有効求人倍率7カ月連続で上昇、7月1.29倍 失業率横ばい
厚生労働省が30日発表した7月の有効求人倍率(季節調整値)は1.29倍と前月に比べて0.02ポイント上昇した。7カ月連続で前月を上回った。持ち直しの傾向が続くが、新型コロナウイルスの感染拡大が本格化する前の水準には届いていない。総務省が同日発表した完全失業率は2.6%で前月と同じだった。
有効求人倍率は全国のハローワークで仕事を探す人1人あたり何件の求人があるかを示す。倍率が高いほど職を得やすい状況となる。
景気の先行指標とされる新規求人数は前月比12.8%増え、新規求人倍率は2.40倍と前月から0.16ポイント上がった。今後の消費回復への期待などから、業種別では宿泊、飲食サービスの伸びが大きい。運輸・郵便、製造業も増えた。
就業者数は6755万人と前年同月比で2万人減った。4カ月ぶりに減少した。

続いて、雇用統計のグラフは下の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。なお、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、失業率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前月から横ばいの2.6%と見込まれ、有効求人倍率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、前月から横ばいの1.27倍と見込まれていました。実績では、失業率は前月から横ばいで、有効求人倍率は市場予想より改善しています。いずれにせよ、足元の統計はやや鈍い動きながらも雇用は底堅いと私は評価しています。ただし、休業者について見ると、1月から3月にかけて、季節調整していない原系列の休業者数の前年同月差が、3か月連続で増加した一方で、逆に、4~6月には3か月連続で減少した後、直近で利用可能な7月統計では再び増加しています。これはひとつの懸念材料ですが、詳細は把握しきれていません。また、失業率が季節調整済みの系列で5月から直近統計の7月まで3か月連続で2.6%で横ばいを記録している一方で、一致指標の有効求人倍率や先行指標の新規求人数・新規求人倍率が改善を示していますので、失業率についてもここ3か月は遅行しているだけで改善方向に動く可能性は十分ある、と私は考えています。その意味からも、改善ペースは緩やかながらも、雇用は底堅いと私は評価しています。

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最後に、参考まで、上のグラフは雇用形態別有効求人倍率をプロットしています。少し見にくいかもしれませんが、正社員有効求人倍率は季節調整済みの系列で見て前月を+0.02ポイント上回り1.01倍と1倍を超えています。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染拡大から、正規職員の確保が進んでいましたが、正社員有効求人倍率が1倍を超えたのは雇用の改善のひとつの特徴と考えるべきです。もちろん、パートの有効求人倍率の方がまだまだ高いのも事実ながら、グラフからも見て取れるように、リセッション前には正社員とパートの間には有効求人倍率の乖離が0.7ポイントほどあったのに対して、現在では0.3ポイントほどに縮小しているもの事実です。

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2022年8月29日 (月)

リクルートによる7月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給やいかに?

明日8月30日の雇用統計の公表を前に、ごく簡単に、リクルートによる7月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給の調査結果を取り上げておきたいと思います。参照しているリポートは以下の通りです。計数は正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、以下の出典に直接当たって引用するようお願いします。

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まず、いつものグラフは上の通りです。アルバイト・パートの時給の方は、前年同月比で見て、今年2022年4月+1.5%増、5月+2.8%増、6月+1.8%増の後、7月も+1.2%増となっています。5月の+2.8%増がやや外れ値なのか、それとも、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染拡大とともにジワジワと上昇率が下がり始めているのか、やや物足りない伸びだという気がします。加えて、2020年1~4月のコロナ直前ないし初期には+3%を超える伸びを示したこともありましたので、この面からももう一弾の伸びを期待してしまいます。でも、時給の水準を見れば、昨年2021年年央からコンスタントに1,100円を上回る水準が続いており、かなり堅調な動きを示しています。最低賃金が時給当たりで約30円ほど上昇しますので、その影響がどのように出るか見極めたいと思います。他方、派遣スタッフの方は今年2022年4月+1.3%増、5月は横ばい、6月+0.8%増の後、7月は+1.5%増と、足元でやや伸びを高めています。
まず、アルバイト・パートの平均時給の前年同月比上昇率は、繰り返しになりますが、7月には+1.2%、+13円増加の1,126円を記録しています。職種別では、「営業系」(+69円、+5.6%)、「フード系」(+45円、+4.4%)、「製造・物流・清掃系」(+35円、+3.2%)、「事務系」(+19円、+1.5%)、「販売・サービス系」(+9円、+0.8%)、と多くの職種で増加を示していますが、「専門職系」(▲8円、▲0.6%)だけが前年同月比マイナスを記録しています。フード系は過去最高額だそうです。COVID-19の影響で営業の時短などがあっただけに、回復感も大きい気がします。なお、地域別でも関東・東海・関西のすべての地域でプラスとなっています。
続いて、三大都市圏全体の派遣スタッフの平均時給は、7月には+1.5%、+23円増加の1,591円になりました。職種別では、「クリエイティブ系」(+54円、+3.0%)、「製造・物流・清掃系」(+34円、+2.6%)、「医療介護・教育系」(+23円、+1.6%)、「オフィスワーク系」(+22円、+1.4%)、「営業・販売・サービス系」(+18円、+1.3%)、はプラスとなっている一方で、「IT・技術系」(▲12円、▲0.6%)だけがマイナスを記録しています。派遣スタッフの6つのカテゴリを詳しく見ると、「IT・技術系」の時給だけが2,000円を超えていて、段違いに高くなっていて、全体の平均を押し下げています。なお、地域別には、東海だけが前年同月比でマイナスながら、関東と関西はわずかながらプラスを記録しています。

基本的に、アルバイト・パートも派遣スタッフもお給料は堅調であり、足元では新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の新規感染者数や死者数が増加しているものの、7月までの順調な景気回復に伴う人手不足の広がりを感じさせる内容となっています。ただ、日本以外の多くの先進国ではインフレ率の高まりに対応して金利引上げなどの引締め政策に転じていることから、世界経済が景気後退の瀬戸際にあることは確実であり、また、国内でのCOVID-19の感染拡大もすごいので、今後の日本国内の雇用の先行きについては不透明であり、強い下振れ懸念が残ります。

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2022年8月28日 (日)

先週の読書は小説と新書で計4冊!!!

今週の新刊書読書の感想文は以下の通りです。感想文というよりも、読んだ本のリストに近いです。どうしても、ポパー『開かれた社会とその敵』に読書の中心がありましたので、感想文も軽めに済ませておきます。
なお、今年の新刊書読書は、1~3月期に50冊、4~6月期に56冊、従って、今年前半の1~6月に106冊、そして、7月23冊、8月に入って先週の4冊を含めて22冊、したがって、今年に入ってから147冊となりました。

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まず、羽生飛鳥『揺籃の都』(東京創元社)です。著者は、2018年「屍実盛」で第15回ミステリーズ! 新人賞を受賞してデビューしています。デビュー作と本作品はともに『平家物語』に題材を取った時代推理小説といえます。タイトルの都とは平清盛が無理やりに遷都した先の福原です。よからぬ風聞を流す青侍の捜索、清盛の部屋から消えた厳島神社の小長刀、厩舎の魔除けのサルの死、といった謎を清盛の異母弟であり、源氏と通じていた平頼盛が解き明かします。

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次に、山本康正 & ジェリー・チー『お金の未来』(講談社現代新書)です。著者は、よく判らないんですが、2人ともDXとかデジタル技術に関するコンサルなんだろうと思います。ということで、従来は法貨に限られていたマネー=お金について、暗号資産とかデジタルマネーについての解説書です。著者の1人が聞き役で、もうひとりが回答するという対話形式で展開されます。現在のデジタル技術とマネーの関係は、あくまで現時点であって、その後の進行方向も進行速度も予測がそれほど簡単ではなく、また、確実に年々情報が古くなるのですが、それでも、こういった入門書や解説書で追いかけるしかありません。来年には確実に情報が古くなっている可能性は指摘しておきたいと思います。

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次に、吉川肇子『リスクを考える』(ちくま新書)です。著者は、慶應義塾大学の研究者です。専門は組織進路学とか、社会心理学のマクロの心理学です。本書では、リスクについて、顕在化した際のハザード=ダメージと顕在化する確率の積で定義していて、リスクを評価するとか、評価する際のバイアスとかよりも、むしろ、リスク・コミュニケーションの方に重点を置いています。リスク・コミュニケーションとは、リスクをきちんと伝え、話し合い、共有すること、とインタラクティブな関係で捉えています。専門家や行政からの一方的な発信でなく、情報公開と透明性に基づく開かれた議論によって、初めてリスクは的確に理解され、よりよい社会が可能になる、と指摘しています。

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最後に、倉知淳『ドッペルゲンガーの銃』(文春文庫)です。著者は、私とほぼ同年代のベテランのミステリ作家です。「文豪の蔵」、表題作の「ドッペルゲンガーの銃」、「翼の生えた殺意」の3編からなる短編ミステリ集です。「文豪の蔵」と「翼の生えた殺意」は密室殺人事件、「ドッペルゲンガーの銃」はアリバイ・トリックに分類されると思います。この作者は、何となく、ユーモア・ミステリの印象があるのですが、この短編作品はいずれもガチガチの本格ミステリです。何と申しましょうかで、短編なのですが、3作品とも殺人事件です。キチンと論理的に解決されます。

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2022年8月27日 (土)

今週の読書はポパー『開かれた社会とその敵』だけ?

今週の新刊書の読書感想文は、別途ポストします。

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カール R. ポパー『開かれた社会とその敵』(未来社)を読みました。著者は、ドイツ出身の英国の社会科学者であり、ユダヤ人ですからナチスから逃れて、ニュージーランドに滞在している時に本書を書いています。1945年刊で、邦訳の底本は1950年の改訂版です。上巻=第1部は「プラトンの呪文」、下巻=第2部は「予言の大潮」と題されています。
内容は、よく知られたように、ファシズムと共産主義をいわゆる「左右の全体主義」として批判しています。すなわち、部族的・呪術的でタブーに満ちた「閉じた社会」と批判的な思考を持ち合理性による非暴力的改良を目指す「開かれた社会」とを対置し、上巻=第1部は「プラトンの呪文」においてプラトン、下巻=第2部は「予言の大潮」においてヘーゲルやマルクスに代表される歴史主義的な哲学が「閉じた社会」から「開かれた社会」への移行を阻害する、と主張しています。
専門外である私が読んだ印象では、哲学が時の政権に「阿諛追従」するという意味では、ファシズムにつながった、というのは真実としても、ヘーゲルやマルクスといった歴史主義的な哲学が共産主義につながるというのも、ある意味で、真実ながら、ファシズムと共産主義とを同列で集産主義として捉えるのは間違いだと考えます。共産主義はその前段階の社会主義で集産主義的であることは同意しますが、ファシズムが独裁主義という意味での集産主義であるかどうかが疑問だからです。ただ、この点は自信がありません。
第2に、歴史主義が共産主義につながるのは真実だと思います。しかし、本書が歴史主義を決定的に論破しているとはとても思えません。私は基本的に歴史主義に同意していて、生産力が向上する限り、経済学的な意味での希少性が減じるため、将来的には共産主義に移行します。伝統的な経済学でいうところの定常状態がこれに当たると考えています。ただし、その共産主義に至る前段階で、プロレタリア独裁の下でのマルクス主義的な社会主義が必然かどうかは不明です。

古典的な学術書であり、学術書らしく、注釈が多いです。上巻なんて、本文と同じくらいのページ数が私はそれなりに学術書は読み慣れているので、それほど注意深くではないとしても、注釈はちゃんと読みます。しかし、さすがに、「プラトンの『xx』も参照」くらいの注釈は読み飛ばしました。

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2022年8月26日 (金)

紀要論文を提出する!!!

大学の紀要に掲載してもらうべく論文を書き上げて提出しておきました。タイトルは大げさに、"Identifying Trough of Recent COVID-19 Recession in Japan: An Application of Dynamic Factor Model" としておきました。火曜日にグラフを示したように、経済活動のボリューム感の表現には失敗しているのですが、景気の転換点はそこそこ把握できています。

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上のテーブルは論文から Table 6: Peak and Trough Months of Business Cycle in Japan を引用しています。(1)は内閣府による政府公認の景気日付、(2)は景気動向指数農地の一致指数の転換点、(3)が私の推計結果の転換点です。下の2行はこの論文の転換点と上の(1)および(2)との乖離です。少なくとも、直近の景気の谷は2020年5月であった、という点で3つの指標は一致しています。
今年の論文は昨年と同じように英語で書いています。私は研究成果として論文を書いているだけでなく、大学院生への教材も兼ねています。この2年半で3人の大学院生の修士論文指導を終えましたが、何と、3人とも留学生です。従って、英語で書いた論文を読ませてレプリカを作らせるほうが指導としてはラクなわけです。知り合いの中には機械翻訳の信頼性に関して大きな疑問を持っている人もいるに入るのですが、私自身は機械翻訳をかなり信頼していて、Google翻訳DeepL翻訳を使っています。どちらかといえば、後者のDeepL翻訳の方の信頼性が高いと受け止めています。英語のサイトをザッと翻訳することもなくはないですが、私が英語の論文を書く場合は、日本語を英語に翻訳するのではなく、それなりに自分で英語の文章を書いて、その上で、機械翻訳で自分の英語を日本語に翻訳して、当然ながら、私自身が日本語ネイティブなものですから、機械翻訳した日本語をチェックしています。私は学生諸君や自分の子供達に、たぶん、20-30年後には外国語なんて出来なくても機械翻訳で十分な世界になるが、それまではダメだから外国語も十分勉強しておくように、と言っています。
同時に、ムダに数式を展開していて、大学院生指導に便利なように、その数式すべてに番号をつけるのですが、今年の論文では(EQ1)から(EQ32)まで、32の数式を展開してます。昨年の論文は(EQ12)までだったのですが、昨年のナンバリングはグループごとに付しており、例えば、(EQ1)には数式が4式入っていて、(EQ2)には6つある、という具合でしたので、数式32式というのは特別に多いとうわけではないような気がします。

ということで、研究は一段落させて、来週からさ来週にかけては大都会に出張して、新しい情報を仕入れるとともに、少しリフレッシュしてこようと予定しています。

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2022年8月25日 (木)

2か月連続で+2%を超えた7月の企業向けサービス価格指数(SPPI)上昇率をどう見るか?

本日、日銀から7月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は+2.1%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIも+1.4%の上昇を示しています。サービス物価指数ですので、国際商品市況における石油をはじめとする資源はモノであって含まれていませんが、こういった資源価格の上昇がジワジワと波及している印象です。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格、7月2.1%上昇 2カ月連続で2%台
日銀が25日発表した7月の企業向けサービス価格指数(2015年平均=100)は107.3と、前年同月比2.1%上昇した。指数は2001年3月以来、21年4カ月ぶりの高水準。上昇幅は6月から横ばいで、17カ月連続のプラスとなった。業種別では広告が上昇に寄与した。昨年は東京五輪中継の裏番組でテレビ広告収入の落ち込みがみられたため、その反動で押し上げられた。
リース・レンタルや不動産も上昇した。リースは対象となる物件価格の上昇が影響。不動産では賃料が売り上げに連動する店舗賃貸が、感染症の影響緩和を背景とした店舗の堅調な売り上げによって上昇した。日銀は足元の感染症再拡大に関しては「7月については大きな影響は聞かれなかった」という。
運輸・郵便は4.8%上昇した。これまでプラス幅を拡大してきたが、7月は燃料価格の下落などからプラス幅が縮小した。
調査対象となる146品目のうち価格が前年同月比で上昇したのは100品目、下落したのは19品目だった。

コンパクトによく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルはヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、下のパネルは日銀の公表資料の1枚目のグラフをマネして、国内価格のとサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。企業物価指数(PPI)とともに、企業向けサービス物価指数(SPPI)が着実に上昇トレンドにあるのが見て取れます。なお、影を付けた部分は、日銀公表資料にはありませんが、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、企業向けサービス価格指数(SPPI)の前年同月比上昇率の最近の推移は、昨年2021年3月にはその前年2020年の新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の影響の反動もあって、+0.7%の上昇となった後、2021年4月には+1.1%に上昇率が高まり、本日公表された今年2022年7月統計まで、17か月連続の前年同期比プラス、16か月連続で+1%以上の上昇率を続けていて、6月統計からはとうとう+2%に乗せました。最新の7月統計でも6月と同じ+2.1%の上昇率となっています。基本的には、石油をはじめとする資源価格の上昇がサービス価格にも波及したコストプッシュが主な要因と私は考えています。ですから、上のグラフでも、SPPIのうちヘッドラインの指数と国際運輸を除くコアSPPIの指数が、最近時点で少し乖離しているのが見て取れます。もちろん、ウクライナ危機の影響に加えて、新興国や途上国での景気回復に伴う資源需要の拡大もあります。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づく7月統計のヘッドライン上昇率+2.1%への寄与度で見ると、石油価格の影響が強い運輸・郵便が+0.77%、土木建築サービスや宿泊サービスなどの諸サービスが+0.57%、リース・レンタルが+0.26%、景気に敏感なやテレビ広告インターネット広告をはじめとする広告が+0.26%、などとなっています。また、寄与度ではなく大類別の系列の前年同月比上昇率で見ても、特に、運輸・郵便が+4.8%の上昇となったのは、エネルギー価格の上昇が主因であると考えるべきです。もちろん、資源価格のコストプッシュ以外にも、景気に敏感な広告の+5.4%、リース・レンタルの+3.5%の上昇などは、需要の盛り上がりによるディマンドプルの要素も大いに含まれている、と私は受け止めています。ですので、エネルギーなどの資源価格のコストプッシュだけでなく、国内需要面からもサービス価格は上昇基調にあると考えていいのかもしれません。

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2022年8月24日 (水)

上場企業の女性役員は増加しているのか?

昨日、8月23日付けで東京商工リサーチから「2021年度決算『女性役員比率』調査」の結果が明らかにされています。上場企業3,795社中、女性役員は641人増の3,575人で、役員に占める比率は9.0%に達し、昨年度の7.4%から大きく上昇しているものの、まだまだ低い水準にあります。

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まず、東京商工リサーチのサイトから、最近5年間における上場企業の女性役員数と比率の推移のグラフを引用すると上の通りです。繰り返しになりますが、上場企業における女性役員比率は9.0%で、昨年度の7.4%から1.6%ポイント上昇したものの、まだまだ低い水準と考えざるを得ません。一方、女性役員がゼロは1,443社で、上場企業全体の38.0%にとどまっていて、しかも、昨年度の45.7%から▲7.7%ポイント低下しています。

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続いて、東京商工リサーチのサイトから、最近3年間における上場企業の産業別女性役員比率の推移のグラフを引用すると上の通りです。東京商工リサーチの分類による10産業すべてで4年連続で女性役員比率が上昇しています。ふたたび、女性役員ゼロの企業に着目すると、不動産業の44.8%で女性役員がゼロであり、続いて、卸売業43.8%、運輸・情報通信業40.1%などとなっています。まあ、上のグラフの印象通りかという気がします。ただ、初めてすべての産業で50%を下回ったそうです。また、上場市場ごとの女性役員比率を見ると、東証プライムが11.4%、スタンダードが5.7%、グロースが9.2%などとなっています。

企業における女性役員比率をはじめとしたジェンダー・ギャップは日本がもっとも先進国の中で劣後している分野のひとつです。日本企業の競争力の低下の一因ではないか、と私は考えています。

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2022年8月23日 (火)

紀要論文向けの確率的景気指標の推計を終える!!!

毎年夏休みには細々と学術論文を書くことにしており、今年の夏休みは確率的景気指標の推計を試みていて、何とか、それなりの推計結果が出ました。内閣府で公表している景気動向指数のうちのCI一致指数と並べてプロットしたのが下のグラフです。

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推計したのは、いわゆるストック-ワトソン型の確率的景気指標です。すなわち、真の景気指標は観察不能である一方で、生産、雇用、所得、消費といった観察可能な一般的な経済指標に影響を及ぼしている、という考えに基づいて、観測不能変数を状態空間表現してカルマン・フィルターで解いています。まあ、これで理解できれば、とても頭がいいと言えるかもしれませんが、私もこれ以上に判りやすく説明する能力はありません。
上のグラフからも明らかな通り、やや難があるのは景気動向指数よりも動きが極端に大きく、ボリューム感を正確に表現しているとは思えない点です。でも、少なくとも、景気の山と谷についてはそこそこいいセンを行っていると自負しています。今年2022年7月19日に開催された第21回景気動向指数研究会では、第16循環の景気基準日付について、景気の山を2018年10月、景気の谷を2020年5月に確定していますが、この景気転換点は正しく推計されています。加えて、2011年3月の震災による景気の落ち込みも正確に捉えています。ただ、何のヒネリ、というか、新規のチャレンジはまったくなく、学術的な貢献がほぼほぼゼロであることは自覚しています。まあ、役所を定年退職した後にそこそこ名のある大学に教授職を得て、何となく学者のフリをして自己満足的に年1本だけ論文を書いている、ということなのかもしれません。

今週中に論文として完成させて提出し、9月発行予定の紀要に掲載してもらおうと考えています。

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2022年8月22日 (月)

心理学や行動経済学に関する疑問やいかに?

最近のnoteで科学としての心理学や行動経済学に関して、「心理学・行動経済学等の著名な研究論文が次々に追試失敗」と題するサイトを見かけました。主として、心理学の再現性なのですが、心理学にシロートの私でも知っているようなマシュマロ・テストとか、スタンフォード監獄実験も再現性がないとの研究成果が明らかにされています。その原因は、あからさまな捏造ではないとしても、疑わしい研究慣習(QRPs: questionable research practices)とされています。カーネマン教授は "A new etiquette for replication" と題した論文で注意を喚起していたりします。まあ、再現性に関しては、例のSTAP細胞に関する記憶がまだ私の頭には残っています。
従来から、私はいわゆる行動経済学や経済心理学については、やや複雑で一部に疑問を持っていたりします。例えば、ツベルスキー-カーネマンのプロスペクト理論などについては、文句なしに経済心理学の研究上の大きな成果であると受け止めている一方で、ナッジによってマイクロな経済行動、あるいは、何らかの選択に影響を及ぼそうとする行動科学については、倫理的な意味で疑問を感じています。商業的に、利潤最大化行動を取る企業がマーケティングによって自社製品の売上を伸ばそうという行動は、まあ、当然である一方で、個人の効用最大化行動に介入して、貯蓄促進くらいならともかく、臓器提供を進めようとする、それも、製薬会社から研究費を得て、そういった行動経済学の研究を進めることが適当かどうかについては、議論あるところではないか、と考えています。私が従来から考えている倫理的な疑問に加えて科学としての再現性に関する疑問も持ち上がっているわけです。

医学はともかく、開発経済学におけるランダム化比較試験(RCT)についても、同じような見方ができると私は考えています。かなり古いんですが、The Guardian紙の記事 "Buzzwords and tortuous impact studies won't fix a broken aid system" も同様に、RCTではマイクロな課題しか判断できない、との多くのエコノミストからの批判を収録しています。心理学や行動経済学は、もともと、いわゆる Hard Science ではない、という意見も無視できないものの、また、私はここまで高度な研究手法には関係薄いとはいえ、研究者の端くれとして心しておきたいとおもいます。

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2022年8月21日 (日)

ジャイアンツを3タテ快勝して4連勝!!!

  RHE
阪  神200101020 6160
読  売000000100 161

打線が小刻みに得点する中で、先発才木投手が7回途中までソロホームランの1失点に抑え、巨人に完勝して4連勝でした。
打線は活発です。初回に先制した後も、ほとんど長打がない中で、小刻みに得点を上げ、最終的には16安打の2ケタ安打でした。特に、コロナから復帰間もない大山選手が4安打2打点の上、2番から6番までがまんべんなく打点を上げています。投手陣も、繰り返しになりますが、先発才木投手が7回途中まで1失点に抑え、7回途中からリリーフに立った岩貞投手こそ少し打たれたものの、8回はセットアッパーの湯浅投手、9回はクローザーの岩崎投手が、ともに、ピシャリと締めてくれました。ヨソゴトながら、ジャイアンツ打線も3試合でソロホームラン2本の2得点というのは重症に見えます。

次の横浜戦も、
がんばれタイガース!

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2022年8月20日 (土)

夏休みの今週の読書は小説と新書ばかりで計7冊!!!

今週の読書感想文は以下の通りです。経済書はナシで、小説と新書ばかりの計6冊です。
なお、今年の新刊書読書は、1~3月期に50冊、4~6月期に56冊、従って、今年前半の1~6月に106冊、そして、7月23冊、8月に入って先々週5冊、先週6冊、今週は7冊ですから、今年に入ってから147冊となりました。年間200冊のペースを超えているかもしれません。なお、新刊書読書ではなく、古典を読む方はカール・ポパーの『開かれた社会とその敵』第1部プラトンの呪文を読み始めました。

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まず、伊坂幸太郎『ペッパーズ・ゴースト』(朝日新聞出版)です。著者は、私なんぞが紹介する必要のないくらいの売れっ子のミステリ作家です。出版社でも力が入っていて、特集サイトがあったりします。ということで、飛沫感染により他人の明日のことを少しだけ「事前上映」によって見ることが出来るという不思議な能力を持った中学校の国語教師を主人公にしてストーリーが進みます。この特殊能力は父親からの遺伝らしいです。そして、中学校の担任をしているクラスの女子生徒から自作の小説を渡されるのですが、そこではネコを虐待する人達に対する復讐、というか、懲罰を実行する2人組が登場します。実に、劇中劇のようないわゆるメタ構造になっているわけですが、sこはいかにも伊坂幸太郎作品らしく、その女子生徒の小説に登場する2人組が現実化して、というか、何というか、中学校教師の前に実際に現れ、別の男子生徒の父親である内閣情報調査室のエージェントを巻き込んで、大きな事件、自爆テロの被害者のサークルが企てる陰謀を未然に防ぐべく中学教師が奮闘する、というミステリです。さらに、そこに、野球の話が絡んだり、ニーチェの哲学、特に、永遠回帰が大きな役割を果たしたり、テレビのワイドショーの不埒なコメンテータが登場したりと、私ごときの読書感想文の範囲では扱い切れないくらい、とても複雑怪奇ながら、いかにもこの著者らしく、ジェットコースターに乗ったようなスリリングな展開が楽しめます。なお、タイトルとなっている「ペッパーズ・ゴースト」という用語はp.210に解説があり、劇場や映画の手法のひとつで、照明やガラスを使って別の場所の存在をあたかもそこにあるように登場させるものだそうです。女子生徒の小説に登場する2人組のことを指す意味で使われています。ついでながら、ニーチェの『ツァラトゥストラ』に見られる哲学が随所に登場するのですが、超人とか、永遠回帰とか、いろいろとニーチェ哲学についても、私のような教養の水準が低い読者向けなのか、何なのか、p.256あたりから、登場人物の会話という形で解説がなされています。出版社からして、新聞連載小説だったのかと思わせつつ、我が家で購読していながら記憶になかったのですが、書き下ろしのようです。繰り返しになりますが、ジェットコースターに載っているようなスピーディでスリリングな展開とともに、いろんな伏線がばらまかれて、それが終盤にかけて見事に回収される、という意味で、いかにも伊坂幸太郎らしいエンタメ小説に仕上がっています。私のように、この作者のファンであれば、控えめにいっても、読んでおいて損はないと思います。

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次に、今野敏『探花』(新潮社)です。著者は、これまた、警察ミステリの第一人者であり、日本でももっともポピュラーなミステリ作家の1人です。この作品は「隠蔽捜査」シリーズの第9巻ですが、途中に3.5巻とかがあって、10冊目ではないかと思います。ということで、警察庁のキャリア官僚であり、大森警察署長から前作の最後に神奈川県警の刑事部長に人事異動した竜崎を主人公に、同期入庁で警視庁の刑事部長であり、幼なじみでもある伊丹を配した警察ミステリです。この作品では、横須賀で起きた殺人事件が発端となります。この事件の目撃者が、現場からナイフを持った白人が逃走した、という目撃証言があったことから、米海軍の犯罪捜査局から特別捜査官が派遣されることになります。日経米国人で日本語にも流暢なこの特別捜査官が捜査本部に加わって、県警上層部からは敬遠されながらも着実に捜査が進みます。そこに、まったく別件で竜崎の長男が留学先のポーランドで逮捕連行されたとみられる動画がSNSにアップされ、竜崎は知り合いの外務省の官僚から情報を収集したりします。加えて、竜崎と伊丹の同期入庁のキャリア警察官僚で、同期入庁の中でトップの成績を収めた八島が福岡県警から神奈川県警警備部長に異動してきます。なお、入庁者の間の成績順位をこの作品中ではハンモックナンバーと称されていますが、キャリア公務員を定年退職した私なのですが、初めて聞き及びました。このハンモックナンバーの順で、昔の中国の官吏登用試験である科挙になぞらえて、1番が状元、2番が榜眼、そして、3番が探花であり、竜崎の合格順位を象徴させているようです。そして、ハンモックナンバー1番の八島は、昇進のために同期入庁者を遠慮なく追い落としたり、陥れたりする、という情報を竜崎は伊丹から仕入れるのですが、結局、殺人事件はその八島が一定の役割を果たして解決し、竜崎の倅の動画の件も解明されます。まあ、ハッピーエンドで終わる小説が多いんですから当然です。作品冒頭で波乱を予感させた米海軍との関係は、特段の悶着を生じることなく、平穏無事に捜査は進みます。竜崎と共同戦線を張って八島に仇なそうと考えていたらしい伊丹だけがややフラストレーションを残していたようで、「八島をやっつけようぜ」といって終わります。続巻が楽しみです。

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次に、窪美澄『夜に星を放つ』(文藝春秋)です。著者は、いうまでもなく小説家なんですが、この作品は先日の第167回直木賞受賞作品です。短編5話から編まれています。全体として、何らかの喪失感のようなものを持った登場人物が希望をつかむという意味で、とても前向きで肯定的な小説に仕上がっています。本のタイトルから理解できるように、星や星座がモチーフとして各短編に含まれています。ということで、「真夜中のアボカド」では、コロナ禍で世の中が一変した中で、30歳を過ぎた独身女性を主人公に、婚活アプリで出会った恋人との関係、30歳を前に早世した双子の妹の婚約者との交流を通して、人の別離の悲しみを描きつつ、その先にある希望を強く示唆しています。「銀紙色のアンタレス」では、男子高校生の主人公が夏休みに海から近い祖母の家に泊まりに来て、小さな赤ちゃんを抱いていた女の人が気になり強い関心を持ちます。他方で、高校は違うものの幼なじみの女子高校生が泊まりに来る、という、何だか三角関係のような高校生のほのかな恋心を暖かく描いています。「真珠星スピカ」では、交通事故で他界した母親が幽霊となって主人公の女子中学生の家に戻ってきて、無言のまま同居します。主人公は目がつり上がっていて狐女と呼ばれていじめにあいますが、霊感鋭い同級生から霊が憑いていることを見抜かれたり、学校で流行しているこっくりさんのお告げなどにより、クラスの同級生の態度が変わっていきます。「湿りの海」では、中年男性が主人公で、妻が別の男に恋して娘を連れて米国アリゾナに行ってしまったのですが、隣室に娘と同じくらいの年齢の女の子を連れたシングルマザーが引越してきて、日曜日はその母子といっしょに公園で遊んだりするようになります。このあたりの距離感の設定、というか、描写はとても感じがいいものでした。最後の「星の随に」では、小学生男子の主人公に継母、というか、新しいお母さんが来て、しかも、年の離れた弟まで出来ます。そして、学習塾からの帰りに部屋から閉め出されてしまいますが、同じマンションで絵を描くおばあさんが夕方から面倒を見てくれることになります。5編の短編のうち、3編が小学生、中学生、高校生で、それぞれの年代を代表するような意識や行動を見せます。それがかなり自然なものに私は受け取りました。まあ、私の子供のころ程は無邪気ではなく、意識が高く、情報も豊富なのだろうという気はします。それほど、単純なハッピーエンドではありませんが、たとえ誤解に基づく結論であっても、前向きな姿勢を感じ取れる作品でした。

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次に、佐野広実『誰かがこの町で』(講談社)です。著者は、江戸川乱歩賞受賞のミステリ作家であり、本書は江戸川乱歩賞受賞後の第1作です。ギリギリ東京通勤圏にあり、それなりの高級住宅街を舞台に、強力な忖度と同調圧力の下で、あからさまな違和感ある住民行動が見られるようになり、明白な犯罪行為がまかり通るようになった街における殺人事件を明らかにするミステリです。首都圏にある弁護士事務所に若い女性がやって来て、孤児で自分の出自を知りたく、事務所の主である女性弁護士の大学時代の友人の娘ではないか、と依頼します。小説の主人公となるのは、この弁護士事務所の調査員で、この事件と人生がシンクロしたりします。そして、依頼者の若い女性と主人公の調査員が事件の舞台となった町に乗り込んで現地調査を始めます。住宅地化される前からの、まあ、いわば土着の住民の協力を得つつ、弁護士の大学時代の友人であり、依頼者の両親かもしれない一家が、この新興住宅地でどのような事件に巻き込まれたかが徐々に明らかになります。その背景として、その町の異常性が浮き彫りにされます。町の住民はすべて品行方正で正しく、何らかの不都合はすべて町の外の侵入者の仕業であるとか、逆に、町の運営に非協力的な家族は追い出しかねないとか、現在の首都圏では潜在的には可能性は否定しないまでも、とても考えられないような町と住民の姿勢が恐ろしく感じられます。ミステリとしては、初めから真相がほのかに明らかにされている上に、タマネギの皮を剥くように徐々に真実が明らかにされるタイプのミステリであり、私が好きな展開なのですが、町と住民のありようがとても異常過ぎて、リアリティに欠ける印象を持ちました。ただ、ここまでではなくても、一部とはいえ、こういった雰囲気を持つ町はあるのではないか、という気もします。

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次に、嶋田博子『職業としての官僚』(岩波新書)です。著者は、人事院出身で、現在は京都大学の研究者です。私の知る限り、経済学や心理学にはミクロとマクロの2つのアプローチがあるのですが、大雑把に、本書でも統計から公務員制度を把握するマクロの観点と個別のインタビューによるミクロの公務員像を提供しようと試みています。ただ、私から見れば、少なくともミクロの公務員像の提供には失敗しています。すなわち、かなりの高位高官しかインタビューの対象にしていないからです。ですから、上司から部下を見た公務員像しかなくて、「私の若いころに比べて」といったお話に終止している気がします。私が公務員に就職した1980年代前半は、まだ週休2日制ではなく、私が記憶する限り、土曜日がお休みになったのは1991年からですし、中曽根内閣の時には人事院勧告が凍結されたりもしました。本書でも、p.65で労働三権の制限は公務労働者として一定の合理性を認めていますし、私もそう思うのですが、その労働権制限の代償措置としての人事院勧告が無視されるのは由々しきことだろうと思います。ただ、キャリアの公務員の場合、お給料を考える場合は大学時代の同窓生と比較になりますので、まあ、東大や京大の卒業生と比べるわけですので、もう少し欲しい気もしました。よく、教員給与が国民平均よりも高いのは大卒だから、という理由が上げられますし、キャリア公務員も同じかもしれません。最後に、本書を読む限り、公務員の実像はかなりアッサリとしか取り上げられておらず、少し物足りない気もします。

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次に、杉田弘毅『国際報道を問いなおす』(ちくま新書)です。著者は、共同通信のジャーナリストです。タイトルは国際報道ということで、海外情報一般へのアクセスを対象にしているように見えますが、エコノミストから見て経済情報は本書ではまったく無視されている気がします。でも、戦争や政治・外交などに着目した本書も十分迫力あります。私の知り合いはジャーナリストはエッセンシャルワーカーであり、リモート勤務では正しい報道は出来ない、という意見を持つ人もいて、本書でも同じ姿勢が示されている気がします。参考になったのは、第3章の米国のジャーナリスト対応です。親米的なジャーナリスト、というか、ジャーナリストに限らず文化人などで影響力ある人物に対する米国のアプローチは秀逸だという気がします。加えて、現在の日本でも問題になっているように、広告代理店と行政、あるいは、報道との関係についても考えさせられるものがありました。最後に、いつものテーマで権力との距離感についても、回答のない問かもしれませんが、ウォーターゲート事件に対する考え方などから、ジャーナリストとしての著者の矜持を見ることが出来た気がします。情報を持っている権力に近づいて情報を得るジャーナリストは、他方で、権力への忖度だけでなく、権力との同化まで起こす可能性があります。権力との一定の距離を保ち、緊張感ある報道が望まれます。

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次に、塚崎公義『大学の常識は、世間の非常識』(祥伝社新書)です。著者は、興銀勤務から大学の研究者に転じたエコノミストです。私も似たような職歴なのですが、経済系の場合、こういった実務経験教員が他の学問分野よりも多そうな気もします。私もそうです。私の場合はいかにも日本的な地方大学で、まったく国際化が進んでいないにもかかわらず、何故か外国人留学生をいっぱい受け入れてしまったため、留学大学院生ばっかり対応させられています。2年半で3人の外国人留学生の修士論文指導をしましたので、そろそろ解放されたいと思っています。そういった特殊技能がなければ、例えば、本書の著者の場合、地方大学で楽しく過ごすのは難しいかもしれません。すなわち、東大卒で興銀に入って、絵に書いたようなエリートコースに乗っていたと自負していたのでしょうが、九州の地方圏の大学に赴任して論文執筆で評価される中、その論文を書けず、博士号も持っていないとなれば、大学教員カーストでは下位に甘んじなければならず、大きなルサンチマンを感じていたのであろうと想像します。それが行間ににじみ出ています。私は年1本なりとも、査読なしの紀要論文なりとも、学術論文を書くようにしていますが、くだけた一般向け書籍は書けても、作法に則った論文は書けない人は多かろうと思います。それはそれで、訓練なのですが、本書の著者におかれましては、あまりにプライドが高くて、そういった作法を身につけるという観点がなく、独自の価値観のままに日々を過ごしたのではなかろうかという気がします。論文の作法という点では茶道と同じです。別にノドの乾きをいやすのであれば、七面倒な作法は必要ないのですが、それでもお作法を重視しなければならないケースはあります。それに対する理解がなく、ヘンにプライドばかりが高いと、本書の著者のような目に遭うハメに陥るんだと思います。私のような出世からほど遠かった公務員が、定年退職後に生まれ故郷に戻るのであればともかく、わざわざ地方大学に転職してヤな思いをするくらいなら、東京でエリート銀行員をしていた方がいいのに、と思ってしまいました。

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2022年8月19日 (金)

7月の消費者物価指数(CPI)は生鮮食品を除いて+2.4%に達する!!!

本日、総務省統計局から7月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の統計で見て前年同月比で+2.4%を記録しています。7年ぶりの+2%超の物価上昇が4月から4か月連続で続いています。ただし、エネルギー価格の高騰に伴うプラスですので、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率は+1.2%にとどまっています。まず、ものすごく長くなってしまいますが、日経新聞のサイトから統計を報じる記事を引用すると以下の通りです。

電気代や食パン上昇続く 7月消費者物価2.4%プラス
総務省が19日発表した7月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が102.2となり、前年同月比2.4%上昇した。消費増税の影響があった2014年12月(2.5%)以来、7年7カ月ぶりの上昇率で、4カ月連続で2%台となった。資源高や円安でエネルギーと食料品の上昇が続いている。
QUICKが事前にまとめた市場予想の中央値(2.4%)と同水準だった。上昇は11カ月連続となった。生鮮食品を含む総合指数は2.6%、生鮮食品とエネルギーを除く総合指数は1.2%それぞれ上昇した。
生鮮を除く総合の522品目のうち、上昇した品目は376、変化なしが45、低下が101だった。上昇品目は前月の365から増えた。
物価を押し上げたのは電気代などのエネルギーだ。上昇率は16.2%と、6月(16.5%)に引き続き2桁の伸びだった。エネルギーだけで総合指数を1.22ポイント押し上げた。
電気代は19.6%、都市ガス代は24.3%上昇し、ともに6月より伸び率が大きくなった。ガソリンの上昇率は8.3%で、原油価格の下落をうけて6月(12.2%)から伸びが鈍った。
食料は4.4%伸びた。6月の3.7%からインフレが加速した。生鮮食品は8.3%(6月は6.5%)上昇し、生鮮食品を除く食料でも3.7%(同3.2%)と、前月より伸びが拡大した。
食パンは12.6%、チョコレートは8.0%上昇した。メーカーが相次ぎ値上げする食用油は40.3%伸びた。たまねぎは71.2%、ウクライナ危機で輸送ルートの変更を余儀なくされたさけは21.9%、輸入品の牛肉は12.5%と、生活に身近な食品で物価上昇が続いている。
中国の都市封鎖(ロックダウン)による供給網(サプライチェーン)の混乱の影響もあって6月に7.5%上昇した家庭用耐久財は、7月は4.9%の上昇率だった。ただ、ルームエアコンは10.1%、一部メーカーが7月に値上げした携帯電話機は14.7%上昇するなど、原料高や輸送費の増大、円安が響く。
日本経済研究センターが10日にまとめた民間エコノミスト34人の予測平均では、消費者物価上昇率は、四半期ベースで22年7~9月期が2.28%、10~12月期が2.39%だ。年明けまで2%台で推移し、1%台に戻るのは23年4~6月期と予測する。
他の主要国では米国が7月に8.5%と、9.1%だった6月から低下したが、日本に比べればなお高水準にある。ユーロ圏は7月に8.9%と、6月(8.6%)からインフレが加速した。英国は7月に10.1%と2桁にのせ、1982年以来、約40年ぶりの水準に達した。

やたらと長くなりましたが、いつものように、よく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にもあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+2.4%の予想でしたので、ジャストミートしました。基本的に、ロシアによるウクライナ侵攻などによる資源とエネルギー価格の上昇による供給面からの物価上昇と考えるべきですが、もちろん、円安による輸入物価の上昇も一因です。すなわち、コストプッシュによるインフレであり、日銀金融政策による需要面からの物価上昇ではありません。CPIに占めるエネルギーのウェイトは1万分の712なのですが、7月統計におけるエネルギーの前年同月比上昇率は16.2%に達していて、ヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度は+1.22%あります。このエネルギーの寄与度+1.22%のうち、電気代が半分超の+0.68%ともっとも大きく、次いで、都市ガス代の+0.23%、ガソリン代の+0.18%などとなっています。ただし、エネルギー価格の上昇率は3月には20.8%であったものが、4月統計では+19.1%、5月統計では+17.1%、6月統計では+16.5%、そして、直近で利用可能な7月統計では+16.2%と、高止まりしつつも、ビミョーに上昇率は縮小しているように見えます。加えて、生鮮食品を除く食料の上昇率も4月統計+2.6%、5月統計+2.7%、6月統計+3.2%に続いて、7月も+3.7%の上昇を示しており、+0.83%の寄与となっています。

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物価目標について考えると、私は現在の+2%台くらいの物価上昇であれば、日銀のインフレ目標から大きな乖離がないわけですし、メディアでの物価上昇に関する批判的な論調はやや行き過ぎと考えています。引用した記事の最後のパラにも、英国ではインフレがとうとう2ケタ+10%に達した旨が報じられいるのも事実です。つい半年ほど前まで、黒田総裁以下の日銀は「インフレ目標が達成できない」という理由でメディアから批判されていましたが、コアCPI上昇率が+2%に達した現在では「物価上昇が大きすぎる」という理由で批判されているように見えます。こういったメディアの批判を強く考慮し過ぎると、日銀は金融政策運営の方向性を失いかねません。その意味で、私はメディアの報道リテラシーを強く疑っています。ですから、メディアの日銀批判の片棒をかつぐ気はまったくないのですが、ただ、国民一般から物価上昇がCPIの数字以上に大きく感じられている点について考えます。ひとつは、あまりに強いデフレ・マインドです。「物価は上がらない」という強い認識がまだまだ残っているわけで、実際にエネルギーや食料が値上げされると、ものすごく強いインパクトを感じてしまう可能性があります。もうひとつは、物価上昇は当然ながら一様ではないわけで、上のグラフは基礎的・選択的支出別と購入頻度別の消費者物価上昇率の推移をプロットしていますが、実に、最近時点では、基礎的支出品目のほうが選択的支出よりも上昇率が高くなっており、同時に、頻度で見ても月1回未満しか購入しない品目よりも月1回以上の品目で大きな値上がりを見せています。必要性高く、購入頻度も高い品目の価格上昇率が大きい訳で、いわゆる総合CPIよりも、生活実感としての物価上昇が大きく感じられる結果となっています。必ずしも同一ではありませんが、生活必需品に近い基礎的支出品目の7月の上昇率が+4.5%に達しているのに対して、選択的支出品目では+0.7%にしか過ぎません。また、月1回以上の頻度高く購入する品目の値上がりが+4.9%であるのに対して、月1回未満しか購入しない品目は+2.5%となっています。国民生活において必要性高く、しょっちゅう買い求める品目で値上がりが大きいわけですので、生活実感としては日銀の物価目標となっているコアCPIの+2.4%上昇よりも過大評価してしまうのは、仕方のないところかもしれません。

最後に、今後の物価見通しについて、今週月曜日の4-6月期GDP統計速報1次QEを受けたシンクタンクの経済通しを、そう系統的でなくパラパラと見ている限り、例えば、日本総研のリポートニッセイ基礎研のリポートなどでは、あくまで四半期ベースながら、今年後半にかけてでコアCPI上昇率が高まる可能性があり、ひょっとしたら、月次統計では+3%に達する可能性も否定できないながら、来年2023年半ばからコアCPI上昇率は再び+2%を下回る可能性が強く示唆されています。私も同じ方向性で日本経済を見ています。ただし、ウクライナ危機とか、コロナとか、経済外要因、さらに、海外経済の動向も含めて、不透明感はまだまだ大きいといわざるを得ません。

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2022年8月18日 (木)

物価高による倒産は増えているのか?

やや旧聞に属するトピックなのですが、8月8日付けで帝国データバンクから「『物価高倒産』動向調査」の結果が明らかにされています。広く報道されているように、国際商品市況における石油価格の高騰に加えて、ウッド・ショックとも呼ばれた木材価格の上昇もあって、資源価格が大きな上昇を示しています。この資源高に基づく物価高に起因する倒産が、2022年は7月までに116件、うち、7月だけで31件に上っています。リポートからいくつかグラフを引用しつつ簡単に見ておきたいと思います。

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まず、上のグラフはリポートから 物価高倒産 月別発生件数推移 を引用しています。調査開始の2018年1月から、今年2022年7月までに判明した「物価高倒産」は累計558件、大雑把に物価高倒産は年間100件ほどであり、年間の最大倒産件数も昨年2021年の138件でしたが、今年2022年は7月までですでに116件、うち、7月だけで31件ですから、足元の8月中にも昨年の138件を上回る可能性があります。なお、帝国データバンクでは「物価高倒産」を法的整理=倒産となった企業のうち、原油や燃料、原材料などの仕入れ価格の上昇、あるいは、取引先からの値下げ圧力などで価格転嫁できなかった値上げ難などにより、収益が維持できずに倒産した企業、と定義しています。価格転嫁の難しい中小企業での倒産が多く、2022年の物価高倒産116件の約8割が負債5億円未満の中小企業が占めています。

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まず、上のグラフはリポートから 物価高倒産 業種別 を引用しています。上のパネルにあるように、2022年の116件を業種別にみると、燃料高の影響が大きい運輸業の33件がトップで、全体の約3割を占め、以下、木材・資材高の余波を受けた建設業の27件、卸売業の18件の順となっています。また、下のパネルの業種詳細別にみると、運輸業の33件に続いて、総合工事の16件、このほか、小麦や油脂の世界的な価格上昇の影響が大きい飲食料品製造の11件、飲食料品卸売の9件、飲食料品小売の6件などとなっています。

繰り返しになりますが、価格交渉力の弱い中小企業の倒産が占める割合が高くなっています。最低賃金も引き上げられたことですし、政府の適切な中小企業支援が必要です。大企業の石油元売りに補助金を出して過去最高益にアシストするのではなく、こういった中小企業こそきめ細かな支援を届けるべきではないでしょうか?

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2022年8月17日 (水)

貿易赤字続く7月の貿易統計と持ち直しの動き続く6月の機械受注をどう見るか?

本日、財務省から7月の貿易統計が、また、内閣府から6月の機械受注が、それぞれ公表されています。貿易統計では、季節調整していない原系列で見て、輸出額が+19.0%増の8兆7528億円、輸入額は+47.2%増の10兆1895億円、差引き貿易収支は▲1兆4367億円の赤字となり、12か月連続で貿易赤字を計上しています。機械受注では、民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注が、季節調整済みの系列で見て前月比+0.9%増の9170億円となっています。まず、各統計のヘッドラインについて、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

貿易赤字7月最大の1兆4367億円 資源高で12カ月連続
財務省が17日発表した7月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は1兆4367億円の赤字だった。赤字額は7月としては最大だった。エネルギー価格の高騰や円安で輸入額は前年同月比47.2%増の10兆1895億円で、5カ月連続で過去最大を更新した。輸出額は19.0%増の8兆7528億円で過去最大だった。貿易赤字は12カ月連続となる。
6月の機械受注、前月比0.9%増 市場予想は1.3%増
内閣府が17日発表した6月の機械受注統計によると、民間設備投資の先行指標である「船舶・電力を除く民需」の受注額(季節調整済み)は前月比0.9%増の9170億円だった。QUICKがまとめた民間予測の中央値は1.3%増だった。
製造業は5.4%増、非製造業は0.0%減だった。前年同月比での「船舶・電力を除く民需」受注額(原数値)は6.5%増だった。内閣府は基調判断を「持ち直しの動きがみられる」で据え置いた。
同時に発表した4~6月期の四半期ベースでは前期比8.1%増だった。7~9月期は前期比1.8%減の見通し。
機械受注は機械メーカー280社が受注した生産設備用機械の金額を集計した統計。受注した機械は6カ月ほど後に納入されて設備投資額に計上されるため、設備投資の先行きを示す指標となる。

長くなりましたが、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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まず、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、▱.4兆円を超える貿易赤字が見込まれていましたので、実績の▲1兆3838億円の貿易赤字は、まあ、こんなもんという受止めです。季節調整していない原系列の統計で見て、昨年2021年8月から直近の貿易統計が利用可能な今年2022年7月までの12か月連続の貿易赤字なのですが、上のグラフに見られるように、季節調整済みの系列の貿易赤字は昨年2021年4月から始まっていて、従って、1年を超えて16か月連続となります。しかも、貿易赤字額がだんだんと拡大しているのが見て取れます。これも、グラフから明らかな通り、輸出額もそこそこ伸びているのですが、輸入が輸出を上回って拡大しているのが貿易赤字の原因です。もっとも、私の主張は従来から変わりなく、エネルギーや資源価格の上昇に伴う輸入額の増加に起因する貿易赤字であり、輸入は国内生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易赤字や経常赤字は悲観する必要はない、と考えています。
6月の貿易統計を品目別に少し詳しく見ると、すべて季節調整していない原系列の統計の前年同月比で見て、輸出では自動車の輸出が金額ベースで+13.7%増を記録しています。ただし、台数に基づく数量ベースで▲5.5%減となっており、為替の円安で円建ての販売単価が上昇していることがうかがえます。短期には、売上の増加が見込める一方で、より長い期間で考えれば価格上昇は競争力の低下につながる恐れもあります。ほかに我が国の主力輸出品の中で金額ベースと数量ベースが比較できる品目を見ると、半導体等電子部品のうちのICでも自動車と同じ傾向が見られ、金額ベースでは+24.8%増と伸びましたが、数量ベースでは▲7.0%減となっていますし、電算機類(含周辺機器)も金額ベースで+19.8%増ながら、数量ベースでは▲19.6%減を記録しています。ほかにも、一般機械のうちの原動機など、金額ベースでは伸びている一方で、数量ベースでは減少している輸出品がいくつかあります。輸入では、まず、国際商品市況での石油価格の上昇から原油及び粗油の輸入額が大きく増加しています。これも前年同月比で見て数量ベースでは+3.8%増にとどまっている一方で、金額ベースで+107.3%増と倍増以上に大きく価格水準の上昇で水増しされます。ほかの化石燃料については、液化天然ガス(LNG)も数量ベースでは▲0.4%減と減少しているものの、金額ベースでは+124.1%増と、お支払いの方は倍増しています。加えて、ワクチンを含む医薬品も増加しています。すなわち、前年同月比で見て数量ベースで+36.3%増を記録しています。でも、当然ながら、貿易赤字を抑制するために、ワクチン輸入を制限しようという意見は少数派ではないかと私は考えています。

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続いて、機械受注のグラフは上の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注で見て、前月比で+1.5%増の予想でした。もっとも、上で引用した記事のタイトルが「市場予想は1.3%増」となっていて、私は少し理解が及びませんでした。いずれにせよ、実績の+0.9%増はやや下振れた印象あるものの、増加という符号は変わりありませんので、まあ、想定の範囲内というところです。統計作成官庁である内閣府では基調判断を「持ち直しの動きがみられる」で据え置いています。ただし、先行きの機械受注については、やや解釈しがたい統計が出ていたりもします。すなわち、日銀短観や日本政策投資銀行の設備投資計画などを見る限り、本年度2022年度は設備投資が大きく伸びる結果が示されており、従って、機械受注も増加するハズと考えられるのですが、直近の4~6月期のコア機械受注が前期比で+8.1%増の高い伸びの実績を示した一方で、足元の7~9月期の見通しは逆に▲1.8%減となっており、この足元での機械受注の減少が一時的な停滞なのか、どうなのか、現時点での判断が難しいところです。

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2022年8月16日 (火)

お盆に考えるお年寄りの詐欺被害やいかに?

『AERA』8月15-22日号で高齢者の詐欺被害について特集していました。「自分はだまされない」9割超が抱く自信過剰が落とし穴 高齢者の詐欺被害を防ぐにはと題して、8月14日付けのAERA.dotでも報じられています。

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上の画像は、AERA.dotのサイトから 年代別人口10万対の被害件数 のグラフを引用しています。一目瞭然で、80歳代の被害が突出していて、それに次いで70歳代と90歳代ですから、要するに高齢者が被害にあいやすいわけです。まあ、何と申しましょうかで、一般的な、というか、常識的な認識と一致していると思います。記事では、自分は詐欺被害に遭うかもしれないという意識、すなわち、詐欺脆弱性認知が低い人、つまり自分はだまされないと思っている人の方が詐欺にあいやすいと指摘しています。そうかもしれません。それを示しているのが下のグラフで、同じAERA.dotのサイトから 詐欺被害に対する意識 をプロットしています。被害者の方が「詐欺に遭わないと思っていた」比率が高くて、逆に、「遭うかもしれないと思っていた」比率が低くなっています。もちろん、「自信過剰バイアス」もあるのでしょうが、高齢者ほど自宅に在宅している時間が長い、とか、携帯電話ではなく固定電話を使う比率が高い、といった点もあるのでしょうが、確かに高齢者が詐欺被害に遭遇するケースが多いのは事実なのだろうという気がします。

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我が家では、私もカミさんもすでに両親を亡くしていて、自分たち自身が高齢者の域に入っています。ですから、帰省の折に高齢の両親に注意喚起することは必要ありません。ただ、詐欺被害だけでなく、「自信過剰バイアス」はほぼほぼすべての高齢者に見られるところだという気もします。ですから、年齢による体力の低下や何らかの劣化については強硬に認めない高齢者が多いという気もします。私なんかは高齢化を大いに自覚し認識していて、髪の毛は薄くなるし、歯は抜けるし、皮膚はたるんでシワだらけ、といった見た目の劣化に加えて、耳は遠くなるし、動きは鈍くなるし、ホンの10年前の50台半ばには出来ていたことが、かなり出来なくなったきている点は自覚しています。年齢とともに、出来なくなることがいっぱいになり、高齢者は気難しいとか、機嫌が悪いように受け止められているのだろうと思います。私の大学のころの恩師が先年亡くなりましたが、奥様なんかからそういったことを聞き及びました。もっとも、大学の恩師と違って、私なんぞは若いころから出来ないことだらけでしたので、体力や能力の低下とともに不機嫌になるようなことはありませんが、確かに不便が大きくなるのは実感します。ですから、詐欺被害だけでなく、交通事故などにも気をつけたいと思います。

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2022年8月15日 (月)

コロナ前を回復した4-6月期GDP統計速報1次QEをどう見るか?

本日、内閣府から4~6月期のGDP統計速報2次QEが公表されています。季節調整済みの前期比成長率は+0.5%、年率では+2.2%とプラス成長を記録しています。3月下旬に新型コロナウィルス感染症(COVI D-19)の感染拡大防止のためのまん延防止等重点措置による行動制限が解除され、個人消費が伸びたことなどが要因です。また、実質GDPの実額は542兆円に達し、COVID-19パンデミック前の2019年10~12月期の540兆円を超えています。加えて、今年2022年1~3月期の成長率が+0.0%に上方改定されましたので、3四半期連続のプラス成長となりました。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

4-6月GDP年率2.2%増、3期連続プラス コロナ前回復
内閣府が15日発表した4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質の季節調整値で前期比0.5%増、年率換算で2.2%増だった。新型コロナウイルス対策のまん延防止等重点措置の解除で、個人消費が回復して全体を押し上げた。設備投資も伸びた。実質GDPの実額は542.1兆円と、コロナ前の2019年10~12月期(540.8兆円)を超えた。
成長率はQUICKがまとめた事前の市場予測の中心値(2.5%)は下回った。今回の遡及改定で1~3月期のGDPを年率0.5%減から0.1%増と修正した。この結果、4~6月期まで3四半期連続のプラス成長となる。
4~6月期は内需が0.5ポイント、外需が0.0ポイントのプラス寄与だった。内需の柱でGDPの半分以上を占める個人消費は前期比1.1%伸びた。外食や宿泊などのサービス消費は1.4%、自動車などの耐久財は0.3%、衣服などの半耐久財は3.9%それぞれ増えた。
1~3月期は首都圏などでまん延防止等重点措置が出て、個人消費が鈍っていた。重点措置は3月下旬に全面解除となり、4月下旬からの大型連休も3年ぶりに行動制限がなかった。
内需のもう一つの柱である設備投資は1.4%増で2四半期ぶりにプラスとなった。企業収益の改善をうけ、デジタル化に向けたソフトウエア投資が増えた。
住宅投資は1.9%減で4四半期連続のマイナスだった。建築資材の高騰で前期(1.4%減)よりマイナス幅が拡大した。
公共投資は0.9%増で1年半ぶりにプラスに転じた。21年度補正予算の執行が進んだとみられる。コロナワクチンの接種費用などを含む政府消費は0.5%増で、2四半期連続のプラスだった。
輸出は0.9%増えた。中国のロックダウン(都市封鎖)による混乱がありながら対アジア全体では持ち直した。輸入は原油や天然ガスなどの増加で0.7%増だった。輸出から輸入を差し引いた外需は2四半期ぶりのプラス寄与となった。
名目GDPは前期比0.3%増、年率1.1%増だった。家計の収入の動きを示す雇用者報酬は名目で前年同期比1.7%増えた。
21年度の実質GDPは2.3%増え、3年ぶりのプラス成長となった。年度でみるとGDPの実額は536.8兆円にとどまり、コロナ前の19年度(549.8兆円)に遠く及ばない。
不正処理のあった国土交通省の「建設工事受注動態統計」の訂正を踏まえて、18年度以降のGDPを修正した。18、19年度はプラス0.0ポイント、20、21年度は0.1ポイントの上方修正要因となった。内閣府の担当者は「影響は小さかった」と説明した。

ということで、いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事なんですが、次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で最初にお示しした内閣府のリンク先からお願いします。

需要項目2021/4-62021/7-92021/10-122022/1-32022/4-6
国内総生産GDP+0.5▲0.5+1.0+0.0+0.5
民間消費+0.4▲0.9+2.4+0.3+1.1
民間住宅+1.6▲1.8▲1.3▲1.4▲1.9
民間設備+1.2▲2.1+0.2▲0.3+1.4
民間在庫 *(+0.2)(+0.1)(▲0.1)(+0.5)(▲0.4)
公的需要+0.2+0.1▲1.0▲0.3+0.6
内需寄与度 *(+0.7)(▲0.7)(+0.9)(+0.5)(+0.5)
外需(純輸出)寄与度 *(▲0.2)(+0.2)(+0.0)(▲0.5)(+0.0)
輸出+3.0+0.0+0.6+0.9+0.9
輸入+4.4▲1.1+0.4+3.5+0.7
国内総所得 (GDI)▲0.1▲1.3+0.5▲0.4▲0.3
国民総所得 (GNI)▲0.1▲1.2+0.7▲0.0▲0.1
名目GDP▲0.2▲0.5+0.5+0.4+0.3
雇用者報酬 (実質)+0.4▲0.5+0.4▲0.1▲0.9
GDPデフレータ▲1.1▲1.1▲1.3▲0.5▲0.4
国内需要デフレータ+0.3+0.6+1.1+1.8+2.6

上のテーブルに加えて、いつもの需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された今年2022年4~6月期の最新データでは、前期比成長率がプラス成長を示し、GDPのコンポーネントのうち、赤の消費や水色の設備投資がプラス寄与している一方で、灰色の在庫のマイナス寄与が目立っています。在庫はマイナス寄与ながら、売残り在庫の解消が進んでいるとすれば、望ましい姿といえます。

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まず、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは前期比年率成長率が+2.5%でしたし、私のこのブログで先週金曜日に取りまとめたシンクタンクの1次QE予想でも年率+3%近い予想でしたので、実績である前期比+0.5%。前期比年率+2.2%の成長率というのは、プラス成長とはいえ少し物足りないと受け止める向きもありそうですが、先進国でインフレにより消費がダメージを受けている一方で、我が国ではデフレから完全に脱却できていないのが幸いした、というか、何というか、物価上昇が抑えられているのでプラス成長を記録した面がある、と考えるべきです。先進国では、例えば、米国では商務省経済分析局の統計によれば、前期比年率の実質GDP成長率で見て、2022年1~3月期▲0.9%、4~6月期▲1.6%と2四半期連続のマイナス成長で、テクニカルな景気後退に陥っています。それに比べて、我が国では3四半期連続のプラス成長を記録しているわけです。

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ただし、3四半期連続でプラス成長を記録したとはいえ、資源高と円安による交易条件悪化=所得流出は継続しています。上のグラフは、GDPと国民総所得(GNI)と交易利得をプロットしています。赤い折れ線のGDPと水色の折れ線の国民総所得(GNI)が左軸のスケールに対応し、黄緑の棒グラフの交易利得が右軸に対応します。注意すべきポイントは2点あります。第1に、確かに赤い折れ線のGDPはCOVID-19パンデミックに対して緊急事態宣言が出た2020年4~6月期を谷として、最近時点まで回復の右上がりを示していますが、水色のGNIは2020年10~12月期から横ばい、ないし、低下のトレンドを示しています。私が統計から確認したところでは、国内総所得(GDI)もGNIと同じような傾向を示しています。交易利得がマイナスとなっているのが原因です。そして、このGNIやGDIこそが国民生活の実感により近い指標であると考えるべきです。ですから、GDP成長率が3四半期連続でプラスながら、国民の実感としては経済は停滞ないしやや悪化していると受け止められている可能性が高いと私は考えています。第2に、引用した記事にあるように、確かに、今年2022年4~6月期の実質GDPの実額は542.1兆円で、COVID-19パンデミック直前である2019年10~12月期の540.8兆円を超えましたが、内閣府が明らかにしている景気基準日付に基づく第16循環の山であった2018年10~12月期の557.4兆円兆円にはまだ達していません。それが赤い折れ線で見て取れると思います。これまた、国民の実感としてそれほど経済が回復していない、という感覚につながっている可能性があります。まあ、平たく表現すれば、GDPの実額がコロナ前を回復したとはいえ、手放しでは喜べない、あるいは、それほどめでたいわけでもない、とうことです。繰り返しになりますが、この2点から考えて、資源高と円安による交易条件の悪化、所得の流出により国民の実感としては景気が停滞、ないし、悪化していると受け止められている可能性を経済政策の策定においては十分考慮すべきです。

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最後に、物価についてもう少し詳しく見ておくと、上のテーブルにある通り、GDPデフレータは低下している一方で、国内需要デフレータや民間消費デフレータは上昇しています。それをプロットしたのが上のグラフです。各デフレータの上昇率は季節調整していない原系列の前年同期比であり、凡例通り、赤い折れ線がGDPデフレータの前年同期比上昇率、水色が民間消費デフレータ、緑色が国内消費デフレータです。影をつけた期間は景気後退期です。見れば明らかな通り、GDPの控除項目である輸入の価格上昇に従ってGDPデフレータは低下する一方で、輸入価格の上昇が国内に波及してホームメード・インフレとなって民間消費デフレータや国内需要デフレータは上昇、となっているわけです。ここでも、GDPデフレータではなく、民間消費デフレータや国内需要デフレータの上昇が生活実感により近いインフレと国民の間で受け止められている、と考えるべきです。

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2022年8月14日 (日)

古典の読書に挑む夏休み!!!

昨日今日と、さらに、明日くらいからも少し夏休みの中の夏休み、というカンジで、少し古典の読書を考えています。
大学のころは、スミス『国富論』、マルクス『資本論』、ケインズ『雇用、利子及び貨幣の一般理論』などの古典を読んで、役所に入るときの最終面接で、今でいうガクチカで上げたりしたものですが、スノー『中国の赤い星』などは伏せておいたりしました。その後、サラリーマンになって時間的余裕がなくなり、それでも、サラリーマながら1か月くらいの一時帰国休暇のある海外赴任を経験したり、サラリーマンを定年退職して大学教員になって学生のころと変わらぬ夏休みが取れたり、などなど、何冊か古典を読んだ記憶があります。学術書や専門書だけでなく、小説も含めると順不同に、ルース・ベネディクト『菊と刀』、リースマン『孤独な群衆』、ハルバースタム『ベスト&ブライテスト』、ブルクハルト『イタリア・ルネッサンスの文化』、バジョット『ロンバート街』などなどが社会科学の専門書で、小説ではアイン・ランド『肩をすくめるアトラス』なんぞは古典ではないにしても大著であることは確かです。ただし、失敗したと思ったのは、ガルシア-マルケス『100年の孤独』です。30年ほど前の在チリ大使館に赴任する直前に日本橋の丸善でスペイン語原書を買い込んで、スペイン語圏のチリで読み切ったのはいいのですが、よくよく考えたら、サンティアゴではスペイン語書籍なんて溢れていて、南米はコロンビア人の作家であるガルシア-マルケスの作品なんて、極々お安くペーパーバックで買える、という事実を忘れていました。
今年の夏休みは、ポパー『開かれた社会とその敵』に挑戦しようかと考えています。第2次大戦中にニュージーランドで執筆され、よく知られたように、第1部「プラトンの呪文」、第2部「予言の大潮: ヘーゲル、マルクスとその余波」の2冊です。邦訳書は40年余り前の1980年の出版ですから、書店に並んでいるハズもなく、でも、古書店を探すだけの余力もなく、いつものように、図書館で借りることにしました。京都府内と滋賀県内で公立図書館の横断検索をかけましたが、さすがに、市町村立図書館で所蔵しているところは皆無でした。府立図書館と県立図書館でのみ所蔵です。ただ、さすがに、大学図書館では数校が所蔵しています。我が母校の京都大学や勤務先の立命館大学などです。

実は、かなり前からブローデル『地中海』も読みたいと考えていたのですが、調べると、『開かれた社会とその敵』よりもさらに所蔵館が少ないという現実を知りました。まあ、大学図書館では所蔵していますので、そう遠くない将来に、この10巻本にも挑戦したいと思います。私は2-3冊の本を並行して読む読書を平気でしますので、8月下旬から9月にかけて挑戦してみたいと思います。

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2022年8月13日 (土)

今週の読書は行動科学の心理学書をはじめとして計6冊!!!

今週の読書感想文は以下の通り、厳密には経済書はなしで計6冊です。ただし、最初の2冊上下巻は心理学的な観点から書かれているのですが、経済心理学や行動科学も含めた意味では経済書ともみなせるかもしれません。
まず、そのスティーブン・ピンカー『人はどこまで合理的か』上下(草思社)は、合理性の観点からフェイクミュースやポスト真実についての見方が参考になります。続いて、あさのあつこ『舞風のごとく』(文藝春秋)は、小舞藩シリーズの第3作であり、城下の大火の後始末から重大な真相が突き止められます。続いて、文藝春秋[編]『秋篠宮家と小室家』(文春新書)は、昨秋にご結婚されニューヨークに移られたご夫妻に関する『文藝春秋』や『週刊文春』の記事を編集しています。最後に、ジェフリー・ディーヴァー『フルスロットル』と『死亡告示』(文春文庫)は、2014年の英語版では1冊の短編集を邦訳の際に2冊に分割していて、この作者のリンカーン・ライムやキャサリン・ダンスといった有名なシリーズを含む短編集です。
なお、今週の6冊を含めて、今年に入ってから新刊書読書は計121冊となりました。年間200冊のペースを少し超えているのではないか、と思います。Facebookのアカウントが回復すれば、また、シェアしたいのですが、そうすると、またまたアカウントを止められるかもしれません。悩ましいところです。

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まず、スティーブン・ピンカー『人はどこまで合理的か』上下(草思社)です。著者は、米国ハーバード大学の心理学者であり、おそらく、私が知る限り、世界でももっとも影響力の強い心理学者の1人です。英語の原題は Rationality であり、2021年の出版です。ということで、私が興味をもつのは、ここ数週間で何冊か読みましたが、経済学的な合理的選択に関する考え方を明らかにするためです。著者は、合理性とは何かについての定義を下巻第6章p.16から7つの公理として上げています。第1に共約可能性、と称していますが、要するに完備性です。選好に関して、A>B、A<B、あるいは、AとBは無差別のいずれかが成り立つわけです。第2に推移率です。A>B、B>CならばA>Cなわけです。そして、いつも指摘しているように、マイクロな個人の合理的選択であれば、この推移率は成り立つのですが、社会的には推移率は成り立ちません。じゃんけんのグー、チョキ、パーのように3すくみ、4すくみ、あるいは、もっと、になってしまうわけです。第3に閉包、すなわち、選択の確率と余事象の確率が明らかとなる必要があります。第4に連結、すなわち、入れ子の確率となる可能性です。本書では、一定の確率で当たる宝くじの商品が、また一定の確率で当たる宝くじのようなもの、と表現しています。第5に独立性であり、これは明らかです。第6に一貫性で、少し難しいのですが、上巻で登場するリンダの職業のようなものです。すなわち、AとBの選択の際に、A>Bの選好であれば、100%確実にBを得ることよりも、Aを手に入れる1%とBになる確率99%であれば、後者の選択の方が選好される、ということです。最後の第7は交換可能性です。選好の順がA>B>Cである時、100%確実に中間選択のBを得られるケースに対して、AになるかCになるかが確率的に与えられた際に、100%確実のBと同じ効用水準のAとCの得られる確率の組合せが存在する、ということです。そして、独立性の公理を緩めたトベルスキー=カーネマンノプロスぺクト理論などが紹介されたりするわけです。大雑把に、上巻では合理性にマイナスとなるバイアスを説明し、特に、上巻から下巻にかけての第3章から第9章で合理性を発揮させるためのツール、相関関係と因果関係などを取り上げ、第10章から結論について言及しています。特に、第5章のベイズ推論の解説はとても判りやすくオススメです。結論としては、結論として合理性や何かの進歩により人類のwell-beingが向上したわけではない、としていて、合理性についての客観的な見方を示しています。また、本書がとても現代的だと私が感じたのは、フェイクニュースやポスト・トゥルース、というか、本書では「ポスト真実」と訳していますが、こういったものについて、メルシエの直感的 intuitive 信念と反省的 reflective 信念の分類、あるいは、ロバート・アベルソンらの説を援用した検証可能な信念 testable belief 遠い信念 distal berief などから「神話ゾーン」と「現実ゾーン」を考えている点です。オカルト、都市伝説なども含めて、フェイクニュースやポスト・トゥルースは「神話ゾーン」にあるのであって、そうでない合理的な思考の結果たどり着く結論、私がしばしば「健全な常識」と呼ぶものを「現実ゾーン」に置いて分類します。2016年の米国大統領選挙の際に、ヒラリー・クリントン上院議員がピザ店を拠点に児童売春をしている、というフェイクニュースは大いに流布されましたが、実際に銃器を持って当該のピザ店に児童の救出に向かったのは1人だけで、警察に届けた人は皆無だった、といった根拠などから、コノフェイクニュース、なのか、何なのか、はほぼほぼすべての米国民が「神話ゾーン」に置いて、日本語的には「眉につばして」聞いていたのだろうということです。都市伝説やオカルトについてはエンタメとして楽しむ向きが少なくない一方で、こういったフェイクニュースやポスト・トゥルースをエンターテインメントとしてのみ受け取っていたわけではないと想像しますが、それでも、エンタメではないとしても、遠いところにあって自分には関係ない情報として処理していたのかもしれません。それが、合理的な情報処理なのだろうという気はします。強くします。

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次に、あさのあつこ『舞風のごとく』(文藝春秋)です。著者は、小説家であり、「バッテリー」の青春小説のシリーズが有名ではないかと思います。この作者の作品の中では、私はどちらかというと時代小説をよく読んでいて、弥勒の月シリーズや小舞藩シリーズなどです。この作品は『火群のごとく』、『飛雲のごとく』に続く小舞藩シリーズの3冊目に当たります。シリーズの最初は元服前の12歳の少年だった新里林弥が、山坂半四郎とともに、前作では筆頭家樫井家の後嗣である透馬の側近として取り立てられるところで終わりました。この作品では、小舞藩における大火から始まります。新里林弥は前作で元服し、烏帽子親である元大目付の小和田から名をもらい、この作品では新里正近と名乗っています。妻を娶ったものの、この作品ではすでに離縁した後、という設定です。繰り返しになりますが、主人公の新里正近は山坂半四郎とともに筆頭家老家の後嗣の樫井透馬の側近であり、大火の後始末の領民救済に対して藩の執政の動きが鈍い点に立腹するとともに、理由を探ります。同時に、新里正近の兄嫁であった七緒は、新里家当主の結の丞の死後に落飾して尼寺である清照寺に入って恵心尼として、大火で焼け出された人の世話をしています。恵心尼の生家の姪に当たる千代も清照寺で罹災者の救済に当たっています。そして、この大火の原因が付け火=放火である疑いが持ち上がり、新里正近と樫井透馬らは調査を行います。小和田正近が隠居して遠雲に名を変えた元大目付を訪問して町方から情報を収集したり、派閥争いの敵方の生き残りの中老と接触したり、そして、最後には重大な事実を突き止めます。藩の執政の動きが鈍かった原因も明らかにされます。

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次に、文藝春秋[編]『秋篠宮家と小室家』(文春新書)です。タイトルからして、秋篠宮家のご長女であった眞子さまと小室圭さんのご結婚にまつわるトピックと理解できますが、まさにその通りであり、月刊誌の『文藝春秋』や『週刊文春』に掲載された記事や対談などを収録しています。初期にはご結婚に前向きで、結婚とは両性の合意によってのみ成り立つと規定している憲法に則った判断であった秋篠宮と宮妃両殿下の考えが、いわゆる「400万円の借金」なる小室家の金銭問題や国民の見方、あるいは、ご結婚相手の小室圭さんの経済力、はたまた、皇統の行方などに影響を受けたのか、また、何らかの疑問を感じたのか、徐々に反対に傾くとともに、妹宮の佳子さまが一貫して強く姉宮の眞子さまを支持していた点が明らかになっています。特に、姉妹宮の眞子さまや佳子さまが皇族からの離脱が結婚に基づく降嫁よって可能である、とお考え点などにつき、とても興味深く読みました。最後の章には「日本の女性には結婚以外の"飛び道具"がないから。」という言葉にも、やや悲しいものを感じてしまいました。でも、実は、私自身としては民主国家に王族はそれほど必要ではない、と考えています。左派リベラルの中でもかなり極左に近い考えかもしれませんが、然るべき段階で天皇は退位し、宮家は廃止するのも一案、そして、その天皇家や宮家の動向については国民の意見により判断する、ということです。さすがに、国外追放やましてや死刑、なんて極論は持っていません。あくまで国民の判断、ということですから、国民の支持に基づいて天皇制は存続、という結果もアリだと思います。ただ、こういった宮家のゴタゴタを見ると、あるいは、本書のスコープの外ながら、英国王室のサセックス公爵ヘンリー王子ご夫妻なんかの動向を見るにつけ、やっぱり、王族なんて民主主義国家には必要ないんではないか、という気にさせられることも確かです。ただ、私なんぞの支持ではなく、もちろん、天皇皇后両陛下や上皇上皇后をはじめとするその他の天皇のご家族や宮家の方々の意思や意見などではさらさらなく、国民の支持が天皇家の唯一の存続理由である点は、何度でも強調しておきたいと思います。

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最後に、ジェフリー・ディーヴァー『フルスロットル』『死亡告示』(文春文庫)です。著者は、米国のミステリ作家であり、現時点で世界でもっとも売れているミステリ作家の1人だと思います。2冊とも短編集なのですが、どうして、この2冊をいっしょにしたかといえば、もともと英語の原書は1冊だからです。原題は Trouble in Mind であり、2014年の出版です。ということで、この作者の短編集で邦訳され出版されているのは、前作の『クリスマス・プレゼント』と『ポーカー・ゲーム』であり、私はどちらも読んでいたりしますが、いずれも文春文庫から出ていて、英語の原題が TwistedMore Twisted であり、まさに、この著者のミステリの特徴である「どんでん返し」を大きな特徴としていました。逆に、この『フルスロットル』と『死亡告示』はそれほどのどんでん返しはありません。まったくないわけではないのですが、大きな特徴ではない、というわけです。収録作品は、『フルスロットル』では、キャサリン・ダンスの登場するタイトル編「フルスロットル」、「ゲーム」、「バンプ」、リンカーン・ライムの「教科書どおりの犯罪」、ジョン・ペラムの「パラダイス」、そして、「30秒」であり、『死亡告示』では、「プロット」、「カウンセラー」、「兵器」、「和解」、ライムの登場するタイトル作の「死亡告示」、そして、「永遠」です。ややネタバレ気味なのですが、収録短編のうちでタイトル作品としている「フルスロットル」と「死亡告示」はいずれも犯人に対する反則気味の騙しを含んでいます。私の感想としては、『フルスロットル』ではリンカーン・ライムの「教科書どおりの犯罪」が面白かったです。ライムが書いた犯罪捜査の教科書をなぞるような事件をライム自身が解決に導きます。『死亡告示』では最後の「永遠」を評価します。文庫本ながら200ページをラクに超える長さであり、もはや長編ミステリとしても通用するくらいです。数学オタクの刑事とクマのような大男の刑事のデコボコ刑事コンビがありえないような確率で発生する心中事件を殺人として立件します。ほかにも、ややオカルト的な、というか、ホラーのような要素を含んだミステリもあり、評価は分かれるところですが、私のようにこの作者のミステリのファンであれば、控えめにいっても、読んでおいてソンはないと思います。

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2022年8月12日 (金)

4-6月期GDP統計速報1次QEの予想は年率+3%くらいの高成長か?

先月末の鉱工業生産指数(IIP)や商業販売統計をはじめとして、必要な統計がほぼ出そろって、明週月曜日の8月15日に4~6月期GDP統計速報1次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる1次QE予想が出そろっています。今年2022年の1~3月期には、まん延防止等重点措置が3月下旬に解除されるまで、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のオミクロン型変異株の感染拡大のために行動制限が残っていましたので、1~3月期の成長率はマイナス成長でした。従って、4~6月期にはリバウンドによるプラス成長が予想されています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下の表の通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、足元の7~9月期から先行きの景気動向について重視して拾おうとしています。以下のテーブルの下の方の三菱系2機関を除いて、さすがに、多くのシンクタンクが7~9月期以降の見通しに言及しています。その中でも特に、大和総研とみずほリサーチ&テクノロジーズが詳細であり、私の方でも意識的に長々と引用しています。いずれにせよ、詳細な情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
日本総研+0.9%
(+3.6%)
7~9月期を展望すると、プラス成長が続く見通し。足元で感染者数が再び増加に転じているものの、人出の落ち込みは限定的であり、個人消費は緩やかに回復する見込み。企業収益が高水準で推移するほか、供給制約の緩和により生産が回復する製造業を中心に設備投資も増勢を維持する見込み。
大和総研+0.6%
(+2.4%)
2022年7-9月期の日本経済は、感染が再拡大する中でも行動制限が回避されるとの想定の下、サービス消費を中心に個人消費の回復が継続するだろう。輸出や設備投資に加え、政府消費も増加することで、メインシナリオでは実質GDPは高めのプラス成長(前期比年率+6.8%)になると見込んでいる。ただし、厳しい外部環境の中で新規感染者数が急増しており、下振れリスクは大きい。
個人消費は、経済活動の正常化が進む中で2四半期連続の増加が見込まれる。サービス消費や、家電を中心に耐久財消費が増加しよう。小売店・娯楽施設の人出は夏休みの国内旅行需要の回復もあって8、9月にかけて増加するとみている。
なお、自動車生産は7-9月期に増加すると見込んでいるものの、小幅な増加に留まるだろう。トヨタ自動車は半導体不足や仕入先での感染者の発生を受けて、7月と8月の国内生産台数を年初の計画から引き下げた。少なくとも夏場はこうした供給制約が継続するとみられ、7-9月期にペントアップ(繰越)需要に対応した大幅な挽回生産は期待しにくい。
住宅投資は緩やかな増加傾向が続こう。引き続き、住宅価格の上昇は住宅投資の重しとなるものの、住宅ローン減税の制度変更に伴う反動減が一巡することで持ち直すとみられる。
設備投資は増加傾向が続くだろう。機械設備への投資は緩やかに増加するとみている。機械設備投資に先行する機械受注は均して見ると増加傾向にある。ただし、米欧中央銀行の利上げや中国での「ゼロコロナ政策」による世界経済の減速懸念などに加え、感染再拡大の影響で、足元では先行き不透明感が強まっており、企業の投資意欲に影響を及ぼす可能性がある。他方、グリーン化、デジタル化に関連したソフトウェア投資や研究・開発投資は底堅く推移するとみられ、設備投資全体を下支えしよう。
公共投資は、緩やかな回復が続くだろう。前述した「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」の執行が下支えするものの、人手不足や資材価格の高騰が影響することで、回復ペースは緩やかなものとなろう。政府消費は、医療費の増加により回復傾向が続こう。
輸出は緩やかながら増加基調に転じるとみている。中国では経済活動の正常化が進むことで部品調達難の緩和が進み、自動車輸出などが持ち直すだろう。他方、米国では財消費が鈍化し、欧州ではウクライナ危機に関連してエネルギーの供給難に直面している。米欧の景気後退懸念が強まる中、当該地域向けの輸出に与える影響を注視する必要がある。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+0.5%
(+2.1%)
7~9月期については、感染第7波を受けて消費行動が慎重化し、対人サービスを中心に個人消費の回復が再び足踏みするとみられる。
7月に入り全国的に感染者数が急増し、1日当たりの新規感染者数は第6波ピークを大幅に超過している。政府は現時点で行動制限には否定的な立場であるが、日本全国でみた小売・娯楽モビリティは7月に回復が一服しており、ワクチン未接種者や子育て世帯(ワクチンを接種していない子どもと同居する親)、重症化した場合の死亡リスクが相対的に高い高齢者を中心に自主的に外出を自粛する動きが広がっているとみられる。
欧州主要国は感染急増から概ね1カ月程度でピークアウトしていることを踏まえると、日本の感染ピークは8月初旬頃になる可能性が高い。また、ワクチン普及や治療薬の活用等を受けて、日本の新型コロナ死亡率は第6波で0.1%台まで低下し、季節性インフルエンザの死亡率に接近している。入院者数・重症者数の増勢も緩やかであり、行動制限を伴う強い感染対策を実施するハードルは政治的にも高い状況となっていることを踏まえれば、まん延防止等重点措置のような行動制限が広い範囲で再度実施される可能性は小さい。感染増に伴う行動慎重化で7~8月にかけて人出は減少するとみられるが、1~2月の第6波ほどの落ち込みには至らないだろう(ただし、政府による行動制限がない中で、感染ピークアウト後も感染者数が高止まる可能性がある。新規感染者数の3割強が10代以下である点を踏まえると、若年者の3回目ワクチン接種率の引き上げが、医療ひっ迫回避に向けた課題となるだろう)。
物価高は引き続き個人消費の回復の阻害要因になる見込みだが、コロナ禍で積み上がった超過貯蓄(コロナ禍前(2019年)対比でみた家計貯蓄の増分は50兆円超)が消費の原資となり物価高の影響をある程度和らげることが期待できることから、個人消費が大きく腰折れするまでには至らないだろう。ただし、超過貯蓄の大半は高所得者層が蓄積しており、貯蓄が増えておらずバッファーが薄い低所得者層は物価高が消費抑制につながりやすい。生活必需品以外の支出削減を余儀なくされる状況が続き、個人消費を下押しするであろう。
個人消費が足踏みする一方、上海のロックダウンの影響が和らいだことで生産・輸出がプラスで推移するほか、設備投資や公共投資も引き続き増加が見込まれる。4~6月期の押し下げ要因となった自動車生産(半導体不足や中国ロックダウンの影響がなかった場合と比べて▲2割弱の減産となり、4~6月期のGDPを▲0.9%押し下げたと試算)については、中国のロックダウンによる影響が緩和される一方、ゼロコロナ政策の継続による中国経済の回復ペースの鈍さや半導体等の供給制約などを受けて、回復ペースは緩やかになる(ばん回生産は限定的)とみている。
以上を踏まえ、現時点で7~9月期は年率+2%台半ば程度のプラス成長を予測している。
ニッセイ基礎研+0.8%
(+3.2%)
7月に入ってから新型コロナウイルスの新規陽性者数は急増しているが、政府は今のところ特別な行動制限を課していない。物価高による家計の実質購買力低下が下押し要因となるものの、行動制限がなければ消費性向の引き上げによって個人消費の回復基調は維持されるだろう。米国をはじめとして海外経済が減速しているため、輸出が景気の牽引役となることは当面期待できないが、民間消費を中心とした国内需要の増加を主因として7-9月期もプラス成長となることが予想される。
第一生命経済研+0.7%
(+3.0%)
先行きについては、新型コロナウイルスの感染急拡大、物価上昇による実質購買力の抑制、海外景気の減速等、懸念材料が山積みであり、とても楽観できる状況にはない。特に海外景気については要警戒であり、急ピッチで進められている金融引き締めの悪影響が今後本格化することで、世界経済の減速感が今後一段と強まることは避けられないだろう。世界経済がリセッションの瀬戸際に立たされるなか、日本が無傷でいられるはずもない。次第に日本の輸出にも相応の悪影響が及ぶとみられ、景気は下押しされる可能性が高い。世界経済の下振れ幅如何では、日本が景気後退に陥る可能性も否定できないだろう。
伊藤忠総研+0.4%
(+1.8%)
続く7~9月期も、個人消費の持ち直しや設備投資の拡大が続くことで前期比プラス成長を維持し、経済活動の水準はようやくコロナ前を回復すると予想する。しかしながら、コロナ感染再拡大へ政府の対応のほか、ウクライナ情勢、欧米中銀の金融政策に対する市場の混乱、利上げが続く欧米景気の先行き、中国の再ロックダウンリスク、米中対立激化など、不透明要因は多数。夏場の個人消費や企業の投資マインド、輸出の動きが想定通りとなるか予断を許さない状況。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+0.8%
(+3.4%)
2022年4~6月期の実質GDP成長率は、前期比+0.8%(年率換算+3.4%)とプラス成長に転じたと予想される。オミクロン株の感染が収束したことで対面型サービスを中心に個人消費が順調に増加したことが全体を押し上げた。また、公共投資が前期比プラスに転じたことや、輸入の落ち込みによって外需寄与度がプラスとなったことも影響した。
三菱総研+0.7%
(+2.8%)
2022年4-6月期の実質GDPは、季節調整済前期比+0.7%(年率+2.8%)と2四半期ぶりのプラス成長を予測する。

ということで、4~6月期の成長率はプラスに転じて、しかも、1~3月期の前期比▲0.1%、前期比年率▲0.5%を上回る高成長と、ほぼほぼすべてのシンクタンクで見方が一致しています。大雑把に、前期比で+1%近く、前期比年率であれば+3%程度の成長率を見込んでいるシンクタンクが多いようです。他方で、私が興味ある足元の7~9月期については、引き続き2四半期連続でプラス成長が見込まれている一方で、楽観的な見通しと悲観的な見通しに分かれているように見受けられます。まず、消費については、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染拡大に伴って、政府や地方公共団体による行動制限が実施されるかどうか、あるいは、公的な行動制限なしでも消費者が自主的な外出手控えなどを実施するかどうか、さらに、消費に影響を及ぼす大きな要因として現在の物価上昇の動向がどうなるか、というあたりで見方が分かれます。もうひとつは輸出、というか、外需の動向です。中国のゼロ・コロナ政策や米国や欧州でのインフレ封じ込めのための金融引締めによる景気への影響についての見方も少し違いがあるようです。当然、消費と輸出=外需の動向の組合せもありますし、先行きは不透明なところです。ただし、どちらかというと、内需の消費よりも外需の方が影響力が大きそうで、従って、外需次第で日本経済もリセッションに陥る可能性が高まるのはいうまでもありません。
最後に、下のグラフはニッセイ基礎研のリポートから引用しています。

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2022年8月11日 (木)

夏休みに経済学的な合理性について考える!!!

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明後日の土曜日の恒例にしている読書感想文で詳細に紹介しますが、スティーブン・ピンカー『人はどこまで合理的か』上下(草思社)を読んでいます。現時点ではまだ読み終わっていません。ピンカー教授はよく知られたように米国ハーバード大学の心理学の大家であり、おそらく、世界でもっとも著名かつ影響力ある心理学者の1人といえます。そのような著名な心理学者に私ごときが言及できる範囲で、今日のところはせいぜい、経済学的な合理性について考えておきたいと思います。
ということで、私の考える経済学的な合理性の重要なポイントは損得勘定=コスト-ベネフィットと無差別性です。広く知られているように、経済学は損得について考えるのが得意であり、特に後者の得をするために有益な学問分野であるとみなされています。エコノミストの中にはこのような見方を否定する人もいますが、私は経済学とは損得の考えを基礎にしている部分があると考えています。ですから、米国シカゴ大学的、あるいは、もっといえばベッカー教授的なコスト-ベネフィットを考えるのはムリなことではありません。すなわち、一例を示せば、駐車場の料金と駐車違反をして支払う反則金の期待値の間の裁定行為ともいえます。駐車料金が3,000円で、駐車違反の反則金は5,000円ながら、駐車違反が露見する確率が½だとすれば、法律違反をものともせずに違法駐車に走るのが合理的と、すべてではないとしても何人かのエコノミストは考えるわけです。もちろん、違法性の認識はあるわけですので、すべての犯罪、あるいは、違法行為に関して損得を考えるというわけではありません。私の場合だけかもしれませんが、深夜の道路で車が来ない際の信号無視とかで、他の人に迷惑をかけないという範囲で、ある意味、軽微な違法行為に限定されるのではないか、と考えています。窃盗で他の人の財産権を侵害したり、ましてや、殺人で他の人の生存を抹消し基本的人権を否定するのはもっての外であることはいうまでもありません。ですから、深夜の自動車の来ない交差点における信号無視に戻ると、違法行為が発覚しないという確率を仮に100%とすれば、交通法規を遵守するという満足感から得られる効用と早く目的地に着けるという効用を比較した上で、信号無視をするかどうかを判断するのが合理的、と考えることになります。露見する確率が100%でないなら、露見した場合のマイナスの効用と確率も考慮すべきですが、ここでは簡便のために無視しておきます。このエコノミスト的な合理性の観点からすれば、決して信号無視をしない優良な歩行者は、おそらく、時間の節約よりも法律遵守に大きな効用を見出しているのだろうと見なされます。
もうひとつのキーポイントは無差別性です。その昔、ある研究所に勤務していて忘年会でビンゴがあったのですが、配布されたビンゴカードをビンゴが始まる前に交換したところ、不正行為であるとの意見を持つ人がいました。ビンゴが始まる前のビンゴカードはどれも無差別で、すなわち、無差別とは同じ確率でビンゴになるわけで、ですからゲームが始まる前にカードを交換することは何ら問題がない、と私は考えるのですが、そうでないとみなす人もいるわけで、私は理解できませんでした。もちろん、ゲームが始まって数字がひとつでも明らかになると、例外的なケース、すなわち、どちらのビンゴカードも同じ場所の同じ数字が開くとか、逆に、どちらのカードにもまったくない数字が出る、とかの例外的なケースを別にすれば、この事前の無差別性は消滅します。つまり、ゲームが始まる前はカードがどれも無差別であるがゆえに、ランダムに配布されるわけです。事後に無差別性が消滅する逆のケースとして、ピンカー教授の『人はどこまで合理的か』は確率のトピックとしてモンティ・ホール問題を冒頭においていますが、ゲームが始まって司会者=モンティがゲストに選ばれなかった方のドアのひとつを開くと、残りのドアはゲストが選んだドアも含めて無差別ではなくなります。この残された2枚のドアを無差別であると誤解する人も、その昔はいたりしたわけです。ですから、どの段階まで部差別なままで、どの段階から無差別でなくなるのか、についても重要です。
最後に、合理性とはやや関係が薄いのですが、ピンカー教授の『人はどこまで合理的か』上巻最後の第5章でベイズ推論について秀逸な解説を見かけました。私が取り上げたいと思うのはサングラスの例です。すなわち、私が移り住んだ地方圏ではほとんどサングラスをかけている人を見かけません。サングラスの普及率が低いわけで、この理由について、つい先日、「サングラスをかけていると目が不自由だと誤解されるから」という意見を聞き及びました。ホントかどうか知りませんが、タモリあたりからの類推なのだとの主張でした。ベイズ的な確率計算やそれに基づくベイズ推論の詳細はいくらでも解説書があるでしょうから省略するとして、極々簡単にいえば、新型コロナウィルス感染症(COVI D-19)のパンデミック初期に強調されたPCR検査の軽視に関する検査結果の偽陽性率の高さの議論と同じです。すなわち、パンデミックとはいえ、初期段階で感染者が少ないと、検査結果が陽性でも偽陽性である確率が高くなるわけです。例えば、WikiPediaのベイズ推計のサイトでは、検査をした場合、感染者の99%が陽性となり、非感染者の95%が陰性となる検査であっても、検査対象者の0.1%しか実際の感染者がいない場合、検査結果が陽性であった人が偽陽性である確率は実に98.1%に上る、という計算例を示しています。ですから、こういったベイズ推計・推論を考える際に、私が決定的に重要だと思うのは、ピンカー教授も指摘しているように基準率の概念です。検査例でいえば0.1%の感染者の割合です。そもそも、そういった事象が社会全体でどれだけの確率で観察されるのか、という基準率を無視すれば、ベイズ推論からかけ離れた結論を得てしまうことになります。私からすれば、この基準率というのがかなり「常識」に近い概念といえます。やや乱暴なお話ですが、単なる数値例ということでいえば、サングラスの着用と目の障害の関係を検査結果の陽性と実際の感染に置き換えれば、ごく簡単に理解できます。サングラスを着用していても目が不自由でなければ偽陽性、というわけです。先ほどの数値例でいえば、目の不自由な人がサングラスをする確率が99%、目が不自由でない人がサングラスをしない確率が95%、そして、目の不自由な人は0.1%、という数値例では、サングラスをしていても目が不自由でない確率は98.1%、ということになります。特に、私のように自転車で走っているライダーが目が不自由なケースはまれではないか、という気がします。でも、こういった基準率を念頭に置かずに推論・推計している人が多い、特に地方圏には多い、ということなのかもしれません。私自身は、地方圏では別の理由でサングラスが普及していない可能性も充分あるような気がしますが、それは別の話題となります。

今週前半には前期の成績のインプットを終え、かなり本格的に夏休みに入りました。特に、今日の祝日から来週前半のお盆は、我が大学では教員だけでなく事務職員も夏休みを取る人が多いと聞き及んでいます。お盆を終えたら、年1本だけ書く紀要論文のため研究にもいそしみたいと思います。

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2022年8月10日 (水)

7月企業物価指数(PPI)は前年比で+8.6%の上昇を記録!!!

本日、日銀から7月の企業物価 (PPI) が公表されています。ヘッドラインとなる国内物価の前年同月比上昇率は+8.6%まで上昇幅が拡大しました。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業物価、7月8.6%上昇 17カ月連続で前年超え
日銀が10日発表した7月の企業物価指数(速報値、2020年平均=100)は114.5と、前年同月比8.6%上昇した。前年の水準を上回るのは17カ月連続。6月の上昇率(9.4%)からは鈍化したが、1980年12月以来の高い伸びが続く。ロシアによるウクライナ侵攻に伴う供給制約への懸念で原材料価格が高止まりし、円安が拍車をかける構図だ。
7月の指数は調査を開始した1960年以降で最も高かった。上昇率は民間予測の中央値である8.4%を0.2ポイント上回った。6月の上昇率は先月発表時点の9.2%から9.4%に、4月も9.9%から10.0%に上方修正された。
公表した515品目のうち、上昇したのは8割にあたる418品目だった。品目別では鉄鋼(27.2%)や石油・石炭製品(14.7%)、金属製品(11.1%)、化学製品(10.9%)、非鉄金属(9.8%)の上昇率が目立つ。飲食料品(5.5%)、繊維製品(5.3%)など消費者に近い商品にも値上げが広がっている。
7月の外国為替市場では円が一時、1㌦=139円台まで下落して140円台に迫った。円ベースの輸入物価の上昇率は48.0%とドルなど契約通貨ベース(25.4%)を大きく上回り、円安が物価の押し上げ材料となっている。円ベースの輸出物価の上昇率は19.1%、契約通貨ベースは4.7%だった。
円相場は足元で1㌦=135円前後で推移している。ウクライナ情勢の先行きも見えない中で国内企業の価格転嫁の動きは当面続くとみられる。ただ、メーカーが値上げの理由としていた原材料高は下落に転じつつある。品目別では石油・石炭製品の指数が前月比で2.3%下落した。化学製品、非鉄金属も前月より下落しており、物価上昇の伸びは鈍りつつある。

とても長くなりましたが、いつもの通り、包括的に取りまとめられています。続いて、企業物価(PPI)上昇率のグラフは下の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率は+8.4%と見込まれていましたので、実績の+8.6%はやや上振れしたとはいえ、ほぼコンセンサスの範囲かという気がします。PPI上昇の要因は主として3点あり、とりあえずの現象面では、コストプッシュが大きな要因となっています。すなわち、第1に、国際商品市況の石油価格をはじめとする資源価格の上昇、さらに、第2に、我が国製造業のサプライチェーンにおける半導体などの供給制約が上げられます。第3に、コストプッシュとデマンドプルの両面から、為替レートが減価している円安要因です。
品目別には、引用した記事で最初に上げられている鉄鋼よりも木材・木製品が前年同月比で+29.8%ともっとも上昇率が高く、それ以降は記事通りであり、鉄鋼+27.2%、石油・石炭製品+14.7%、金属製品+11.1%、化学製品+10.9%、非鉄金属+9.8%などとなっています。ただし、これらは国内物価における品目の動きであり、焦点のひとつとなっている原油について円建ての輸入物価で見ると、5月+93.3%、6月+104.5%、7月+99.0%と、ほぼ昨年から2倍の価格となっています。そして、特に地方圏における国民生活ではガソリン価格の高騰などの影響を受けているとの声が聞かれますが、8月6日付けの日経新聞では総合商社の4~6月期決算が取り上げられており、「総合商社7社の2022年4~6月期決算が5日、出そろった。資源高などを追い風に伊藤忠商事を除く6社が前年同期比で最終増益となり、4~6月として最高益を更新した。」と報じています。かなり前の記事ながら、同じ日経新聞の5月13日付けの記事でも、「石油元売り3社の2022年3月期連結決算が13日、出そろった。ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源高を受け、純利益は3社とも過去最高を更新した。」と報じています。
どうでしょうか。何かがおかしいとは感じませんでしょうか。大都市近郊ほど公共交通機関が整備されておらず自家用車に依存する比重が大きい地方圏では、国際商品市況での資源価格高の影響を受けてガソリン価格高騰による国民生活へのダメージが広がる一方で、総合商社や石油元売りなどの大企業の中には資源高で大儲けをしている企業があったりするわけです。先週土曜日8月6日の読書感想文でバルファキス『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』を取り上げましたが、こういった社会システムこそ「クソったれ資本主義」のひとつの特徴と考えるのは私だけでしょうか?

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2022年8月 9日 (火)

「建設総合統計」の不正は34.5兆円の過大計上と判明!!!

5月13日のブログでも取り上げましたが、「建設総合統計」の不正に関するプレスリリースが先週金曜日の8月5日に国土交通省から出ています。「建設工事受注動態統計調査の不適切処理に係る遡及改定について」と題して、以下のテーブルが収録されています。

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タイトル通り、「訂正前の公表値-訂正後の数値」が年度ごとに兆円単位で示されています。真ん中の行の受注統計受注高合計は数兆円の不正額が並んでいて、合計すると30兆円を超えます。年度によっては年間5兆円を超える額の不正計上があり、GDP比で1%程度にも達します。これに対して、GDP統計を作成している内閣府では「『建設総合統計』の遡及改定に伴う対応予定について」と題するアナウンスメントを公表していて、この国土交通省の改定結果を来週8月15日公表の4~6月期のGDP統計速報1次QEに反映させる、としています。私は現時点でシンクタンクなどから明らかにされた1次QE予想を取りまとめているところなのですが、果たしてどれくらいの影響があるものなのでしょうか?

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2022年8月 8日 (月)

大きく悪化した7月の景気ウォッチャーと赤字に転じた6月の経常収支をどう見るか?

本日、内閣府から7月の景気ウォッチャーが、また、財務省から6月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から▲9.1ポイント低下の43.8、先行き判断DIも▲4.8ポイント低下の42.8と、いずれも悪化しています。また、経常収支は、季節調整していない原系列で▲1324億円の赤字を計上しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。ただし、景気ウォッチャーについては最初の3パラだけ、経常収支については最後の2パラだけを引用しています。

7月の街角景気、2カ月連続低下 「持ち直し足踏み」
内閣府が8日発表した7月の景気ウオッチャー調査(街角景気)は、3カ月前と比べた現状判断指数(DI、季節調整値)が43.8と、前月比9.1ポイント低下した。低下は2カ月連続。新型コロナウイルスの新規感染者の急増が影響した。原材料や食料品の価格高騰も影を落とす。
調査期間は7月25~31日。好不況の分かれ目となる50を4カ月ぶりに下回った。内閣府は現状の景気の基調判断を前月の「緩やかに持ち直している」から「持ち直しに足踏みがみられる」に下方修正した。
家計動向関連のDIは42.6と10.8ポイント低下した。飲食関連は前月の62.0から半分以下の30.8まで落ち込んだ。
経常黒字3兆5057億円、22年上期 8年ぶり低水準
6月単月の経常収支は1324億円の赤字だった。経常赤字は1月以来、5カ月ぶりとなる。
貿易収支の赤字傾向は足元でも変わっていない。貿易収支は1兆1140億円の赤字と、8カ月連続で赤字だった。輸出は前年同月比20.4%増の8兆5831億円、輸入は49.2%増の9兆6970億円といずれも最多となった。輸入額が輸出額を上回る構図が鮮明になってきている。

短いながら、よく取りまとめられている印象です。続いて、景気ウォッチャーのグラフは下の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしており、色分けは凡例の通りです。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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現状判断DIは、ここ半年ほどを見れば、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染拡大にほぼ従う形で、やや荒っぽい動きを示しています。上のグラフの通りです。すなわち、3月21日でまん延防止等重点措置の行動制限が終了した後、4月50.4、5月54.0、6月52.9と50丁の水準が続いたものの、最近時点での感染拡大により7月は43.8へ大きく悪化しました。先行き判断DIもよく似た動きながら、さすがに先行きを的確に想定して、6月DIはすでに50を割り込んだ47.6を記録していました。こういった動きを反映して、統計作成官庁である内閣府では、引用した記事にもある通り、基調判断を6月の「緩やかに持ち直している」から、「持ち直しに足踏みがみられる」と半ノッチ下方修正しています。現状判断DIに戻って7月の統計を6月からの前月差で少し詳しく見ると、家計動向関連が▲10.8ポイントと企業動向関連の▲3.7ポイントよりも大きく落ちていて、中でも、飲食関連が▲31.2ポイントの低下となっています。いかにも、COVID-19の感染拡大の影響といえます。何度か、このブログでも明らかにしているように、消費は所得とマインドの影響が大きく出ます。書牘はボーナスなどがそこそこ出たとしても、マインドはCOVID-19次第ということですから、エコノミストの手におえません。

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続いて、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。季節調整をしていない原系列の統計で見て、6月統計では今年1月以来の経常赤字を記録しています。6月経常収支の内訳は、国際商品市況における資源価格の高騰などを受けて、貿易収支が▲1兆7475億円の赤字、サービスと合わせて貿易・サービス収支が▲1兆6644億円の赤字を計上しています。1次所得収支がやや縮小したため、経常収支が▲1324億円の赤字に転じ、繰り返しになりますが、1月以来の赤字となっています。ただし、季節調整済みの系列では経常収支は5月統計こそ+82億円まで黒字が縮小しましたが、6月には+8383億円の黒字に戻しています。ウクライナ危機以前の+1兆円の黒字に比べれば縮小したとはいえ、パンデミックや戦争や円安であってなお黒字を計上しているのは1次所得収支の黒字、その基は海外資産の賜といえます。ただ、いつものことながら、国際商品市況で石油をはじめとする資源価格が値上がりしていますので、資源に乏しい日本では輸入額が増加するのは当然であり、消費や生産のために必要な輸入をためらう必要はまったくなく、経常赤字や貿易赤字は何の問題もない、と私は考えていますので、付け加えておきます。

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2022年8月 7日 (日)

打撃戦を制して逆転で広島にもカード勝ち越し!!!

  RHE
阪  神020030020 7161
広  島022100000 5130

先発ガンケル投手がめずらしくKOされたものの、打線が粘り強く反撃して広島に逆転勝ちでした。
序盤に先制するもすぐに逆転され、苦しい試合展開でしたが、5回には外国人選手の連続ホームランで追いつき、終盤8回に上位打線で逆転しました。投手陣はガンケル投手が打ち込まれた後、小刻みな継投で広島打線をかわして、最後の9回は岩崎投手ではなくケラー投手がクローザーとして登板し3人斬りで締めました。オールスター明け3カード連続の勝ち越しです。

次の横浜戦も、
がんばれタイガース!

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2022年8月 6日 (土)

今週の読書は芥川賞作品をはじめとしていろいろ読んで計5冊!!!

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ヤニス・バルファキス『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』(講談社)は、財政危機の折にギリシアの財務大臣をしていたエコノミストによる経済を題材にしたSF小説です。続いて、鳥谷敬『明日、野球やめます』(集英社)は長らく阪神タイガースの遊撃手として活躍し、2000本安打を達成した名選手による自伝的なエッセイです。高瀬準子『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)は第167回芥川賞を受賞した純文学であり、著者は私の勤務大学の文学部OGです。川上未映子『春のこわいもの』(新潮社)も芥川賞作家による短編集です。最後に、松岡圭祐『ミッキーマウスの憂鬱ふたたび』(新潮文庫)は東京ディズニー・リゾートの舞台裏での人間関係を題材にしたエンタメ小説です。「ふたたび」なしの方も私は読んだ記憶があります。
なお、今週の5冊を含めて、今年に入ってから新刊書読書は計121冊となりました。年間200冊のペースを少し超えています。

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まず、ヤニス・バルファキス『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』(講談社)です。著者は、ギリシア出身のエコノミストであり、特に、2015年にはギリシャ債務危機のさなかにチプラス政権の財務大臣に就任し、緊縮財政策を迫るEUに対して大幅な債務減免を主張し注目を集めています。その際のノンフィクションが『黒い匣』であり、私は2019年4月にご寄贈いただいて読んで、このブログに読書感想文をポストしています。また、『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』と『わたしたちを救う経済学』についても読んでいます。ということで、本書は、正しくいえば経済書ではなくSF小説です。すなわち、2008年のリーマン・ショックで世界が分岐し、その分岐先のパラレル・ワールドである「公平で正しい民主主義」が実現した2025年にいるもう1人の自分と遭遇するところから始まります。主要な登場人物は、コチラ側では3人、アチラ側との接点を見出していしまうエンジニアの男性、急進左派の女性、そして、リバタリアンの女性エコノミスト、となります。コチラ側では、最後の女性の子供が登場したりします。また、リーマン・ショックで分岐したアチラ側には、コチラ側の人物と同じDNAをもっていて対応する人物がいるようです。要するに、分岐した後のアチラ側の経済社会では、旧ソ連時代のようなモノバンク、すなわち、商業銀行が機能していなくて、すべての金融取引が中央銀行によってなされます。中央銀行により一律のベーシックインカムが支給されます。そして、株式会社はあるのですが、株式市場はなく、社員が1人1株1票を持ちます。データ取引規制により巨大テック企業GAFAは消滅しています。仕事は、株式会社の中でなされますが、ピラミッド型の組織ではなくタスクに応じて適切な仕事相手とチームを組んで基本給は社員全員が同額を支給されます。しかもこういった大きな変革が暴力的な革命を景気としているわけではなく、とても民主的な方法で改革がなされています。しかも、この社会は市場で資源配分を行っていて、決して中央司令経済ではない、という意味で資本主義社会といえます。日本のように特定のカルト教団が選挙で票の割振りをするような社会では実現可能性はとても低いと思いますが、あるいは、社会主義ならざる次の資本主義、どこかの国の総理がいうような「新しい資本主義」として可能性はゼロではないかもしれません。ただし、私が最後に強調したいのは、民主主義の下であっても大きな社会経済変革のためには、過半数の賛同を得る必要は必ずしもないという点です。よく「3.5%ルール」といわれるものです。以下の米国ハーバード大学の論文やBBCやEconomist誌の報道をご参考まで。最後の最後に繰り返しますが、あくまでSF的な経済小説です。


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次に、鳥谷敬『明日、野球やめます』(集英社)です。著者は、我が国野球界でも最高の遊撃手の1人として早稲田大学や阪神タイガースなどで活躍し、昨年のシーズンオフにロッテを最後に引退した野球選手です。私は2016年3月に前著の『キャプテンシー』(角川新書)を読んでこのブログに読書感想文をポストしています。ということで、阪神からロッテに移籍した際の経緯から始まって、プロ野球の世界での活動を振り返り、さらに、家庭や個人的な活動についても触れています。私がもっとも印象に残っているのは、ほかの多くの野球ファンと同じで、WBC台湾戦の9回の「鳥谷の二盗」でしょう。今でも、動画サイトのどこかに残っているような気がします。阪神の遊撃手としては、牛若丸と称された吉田義男が有名なのですが、私とは世代が違って、阪神のショートといえば鳥谷敬でした。しかし、私個人としては、阪神の選手としてもっとも好きだったのは、何といっても、江夏豊です。次は、掛布雅之ですかね。本書に戻って、鳥谷敬の場合はメジャーとの契約がものにならず、結局、阪神に残留する歳の契約もおかしなものになって、高学年俸のために阪神でのプレーを継続することが出来なくなったという悲劇があります。そのあたりは、さすがに露骨には取り上げられていませんが、行間を読むに忍びないものがあります。監督をはじめとする首脳陣や球団フロントに対しては、阪神タイガースとはゴタゴタのある球団ですから、私は鳥谷敬に同情的です。プロ野球選手であるからには、試合に出られなければ評価されないという、鳥谷哲学のような言葉が何回か繰り返されています。私はまったく違う世界に住んでいるのですが、阪神ファンとして深く理解を示したいと思います。

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次に、高瀬準子『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)です。著者は、本作品で第167回芥川賞を受賞しています。私の勤務大学の文学部のご出身なもので、生協で買い求めようとしたのですが、ずっと売切れ状態が続いていて、カミさんに近くの本屋で買ってもらいました。私に続いて、カミさんも本書を読んでいるのではないかと思います。京都ジャンクション(JCT)という文芸グループのご出身らしいのですが、我が母校の京都大学ミス研より少し知名度が落ちるかもしれません。まあ、知っているのは本学関係者くらいのような気がします。本書は150ページほどで短編でも長編でもなく、まあ、中編といったところです。小説の舞台は東京近郊の大手企業の支店であり、冒頭で支店長が社員を連れてランチに出かけるなど、タイトルから容易に想像される通り、ものを食べるシーンがいっぱいあります。ストーリーは主人公の男女2人の視点で進められます。職場でソツなく働きながらも食には大きなこだわりなくカップ麺を常食している男性の二谷、そして、その2期後輩で仕事への熱意も能力も十分な女性の押尾の2人に加えて、この2人の中間、すなわち、二谷の1期後輩で押尾の1期先輩の芦川という女性がジョーカーの役割を果たし、支店次長の藤とパートの女性を合わせて主要な登場人物は5人です。二谷のマンションに週末いりびたっていた芦川が、結構な頻度でお菓子を作って職場で配り始めるところから、ビミョーな雰囲気が出て物語が本格的に始まります。日本のサラリーマンらしく、職場での同調圧力が強い中で、二谷と押尾がホンネを隠しつつこのお菓子の配布にアクションを起こします。お仕事のお話はあまり出てこないのですが、もちろん、仕事からもストレスあるでしょうし、仕事以外でも職場でのいわゆる人間関係などからストレスが大いに感じられます。そして、そのストレスからやや切ない行動に走る主人公2人、なわけです。特に、二谷の行動については嫌悪感を示す読者がいそうな一方で、私と同じく深く理解する読者もいそうな気がします。

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次に、川上未映子『春のこわいもの』(新潮社)です。著者は、私がもっとも期待する純文学作家の1人であり、当然に芥川賞受賞作家です。本作品は長さがまったく異なる短編6作品を収録しています。タイトルだけを羅列すると、「青かける青」、「あなたの鼻がもう少し高ければ」、「花瓶」、「淋しくなったら電話をかけて」、「ブルー。インク」、「娘について」となります。私が読んだ限りでは、ongoingで継続しているものの、2020年春から始まった新型コロナウィルス感染症(COVI D-19)のパンデミックが春のこわいもの、という気がします。そして、そのパンデミックとともに東京から関西に引越した我が身としては、東京を思い起こさせる作品が「あなたの鼻がもう少し高ければ」と「娘について」です。「あなたの鼻がもう少し高ければ」はクレオパトラに関するパスカルの名言 "Le nez de Cléopâtre: s'il eût été plus court, toute la face de la terre aurait été changée." を基にしていますが、ありふれた容貌の女性が東京ではレストランのウェイトレスにも凄い美人がいる点を強調しますし、「娘について」は東京で共同生活を送っていた高校の同級生2人が主たる登場人物で、高卒で母子家庭に育った主人公が作家になった一方で、地方の素封家の家で育った友人が舞台女優になれずに帰郷する、というストーリーです。主人公の女性が友人の母親と交わす電話での会話が印象的です。この作品が最も長くて、それなりの力作だと思いますが、私は本書の中ではもっともいい出来だと考えているのは、実に淡々と筆を進めている「淋しくなったら電話をかけて」だったりします。周囲の状況を観察しつつ、あるいは、評価しつつ、「あなたは」という書き方で読者に対して語りかけています。この作品だけでなく、ほかの短編でもSNSがしきりと登場しますが、この「淋しくなったら電話をかけて」ではタイトルになっていたりします。ラストの唐突感が何ともいえずに印象的です。

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最後に、松岡圭祐『ミッキーマウスの憂鬱ふたたび』(新潮文庫)です。著者は、私も好きなエンタメ作家で、「万能鑑定士Q」のシリーズなんかも読んだことがあります。本書のタイトルにあるように「ふたたび」ですので、「ふたたび」なしの前編が十数年前に出版されています。私も読んでいます。本書もディズニー・リゾート、というか、ディズニー・シーの方ではなくディズニー・ランドの方ですが、社員と準社員=アルバイト、さらに、準社員の中での「カースト」的なランクなどにも配慮して、そうでありながらも、夢を追うストーリーに仕上がっています。「ふたたび」なしの前編で主人公であった後藤少年が社員としてご夫人とともに登場して、両作品のつながりも示されています。前作ではミッキー・マウスのスーツが紛失し発見され回収されるところがクライマックスだったのですが、本作では高校を卒業したばかりの19歳の少女が主人公となります。ディズニー・ランドに準社員=アルバイトとして採用されるも、カストーディアルキャスト=掃除スタッフとして働きつつ、アンバサダーを目指す、という前作と同様の青春小説です。最後は『車輪の下』ほどではないにしても夢がかなわない終わり方をするのですが、前作と比較して、主人公のキャラの造形が弱い気がします。主人公の他には、シニアスタッフの年配男性とディズニー・ランド内のカラスの駆除に猟友会が関係しているとの陰謀論を追求する男性の同僚の2人が主たる登場人物なのですが、この2人のキャラがそれなりに強烈なだけに、逆に、主人公のキャラが弱い気がします。前作と同じで、ディズニー・リゾートのバックステージは謎に包まれていて、どこまでが取材した事実に基づくのか、それとも、完全にフィクションなのか、私には何とも判断がつきかねますが、それなりに納得する部分も少なくありません。そのあたりも読ませどころかもしれません。

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2022年8月 5日 (金)

米国雇用統計に見る雇用拡大はどこまで続くのか?

日本時間の今夜、米国労働省から7月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は昨年2021年から着実にプラスを記録していましたが、直近の7月統計では+528千人増となり、失業率は前月から▲0.1%ポイント低下の3.5%を記録しています。まず、長くなりますが、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を7パラ引用すると以下の通りです。

Economy adds 528,000 jobs in July as hiring surges despite high inflation. US recovers all jobs lost in COVID.
U.S. employers added a booming 528,000 jobs in July as the labor market now has recovered all 22 million jobs lost in the pandemic and continued to defy soaring inflation, rising interest rates and a slowing economy.
The unemployment rate fell from 3.6% to 3.5%, matching a 50-year low, the Labor Department said Friday.
Economists had estimated that 250,000 jobs were added last month, according to a Bloomberg survey.
Inflation hit a 40-year high of 9.1% in June, keeping the Federal Reserve on course to aggressively raise interest rates. The higher prices and borrowing costs have led consumers and businesses to slow spending and stoked recession fears.
Friday's blockbuster report all but assures the Fed will hike its key rate by three-quarters of a percentage for a third straight meeting and could even consider a full percentage point move. Besides the blockbuster payroll gains, average hourly earnings rose 15 cents to $32.27, pushing the annual gain from 5.1% to 5.2%.
But the labor market has shrugged off the turmoil, adding an average of about 380,000 jobs a month from March through June. Amid persistent pandemic-related worker shortages, companies have been hesitant to let workers go and continued to add staffers to meet the demands of a reopening economy.
Last week, however, initial jobless claims, a gauge of layoffs, rose to the highest level since November based on a four-week moving average. Tech giants such as Oracle, Amazon, Netflix and Robinhood have all announced significant job cuts recently.

コンパクトによく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたんですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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米国の雇用は、非農業部門雇用者数から見ても、失業率から見ても、引き続き堅調と考えるべきです。しかし、インフレ高進に対応して連邦準備制度理事会(FED)が極めて急速な利上げを実行していますので、ひとまず、景気には急ブレーキがかかりつつあり、このままリセッションまで突き進むことを危惧する見方も少なくないようです。特に、引用した記事の3番めのパラにあるように、Bloomberg による市場の事前コンセンサスでは+250千人程度の雇用増との見通しだったのですが、実績はその2倍を超えて528千人増ですから、現時点では、雇用統計には金融引締めの効果はまだ現れていません。ただし、個別には雇用動向に変化が見られることも確かで、引用した記事の7番目の最後のパラにあるように、新規失業保険申請件数が増加に転じており、加えて、個別企業のトピックとしては、大手IT企業など、すなわち、、オラクル、アマゾン、ネットフリックス、ロビンフッド・マーケッツなどが雇用削減に踏み切ることを明らかにしています。

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労働需要がタイトですから、引用した記事の5番目のパラにあるように、時間当たり賃金上昇率も+5%を超えて高まっています。上のグラフは、米国における時間当たり賃金と消費者物価のそれぞれの前年同期比上昇率をプロットしています。米国では消費者物価指数(CPI)は労働省が作成していて、直近で利用可能な最新月は時間当たり賃金が7月、消費者物価指数は6月で1か月のズレがあります。見れば明らかな通り、賃金上昇率と消費者物価上昇率の間でそれほど強い相関が見られるわけではないのですが、消費者物価上昇率は米国では2ケタ近くに迫っていて、日本とは大きく状況が異なっています。ただ、石油価格がかなり低下してきていますので、現在の物価上昇が今後も長く続くと考えるエコノミストは少数派と考えるべきです。例えば、私は石油価格は指標となるWTI先物については、Bloombergのサイトでチェックしているのですが、本日の段階ではすでにバレル当たり90ドルを下回っており、一時は120ドルを超えていた水準から下がって来ていて、ロシアのウクライナ進行が始まる前の2月末時点で90ドルであったことを考え合わせると、特に高価格と考えるかどうかは見方が分かれると思います。

私自身は米国経済はこのまま景気後退=リセッションに進む可能性が高い、と考えていますが、日本経済は中国の動向の影響の方が強くなっていることから、米国のリセッションからデカップリングされる可能性はまだ残されていると期待しています。ただ、中国はゼロ・コロナ政策ですので、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染拡大次第、という面はあります。

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6月の景気動向指数は上昇を示し景気判断は「拡大」で据え置き!!!

本日、内閣府から6月の景気動向指数公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数が前月から▲0.6ポイント下降の100.6を示した一方で、CI一致指数は+4.1ポイント上昇の99.0を記録しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

6月の景気一致指数、4.1ポイント上昇 基調判断は据え置き
内閣府が5日発表した6月の景気動向指数(CI、2015年=100)速報値は、景気の現状を示す一致指数が前月比4.1ポイント上昇の99.0となった。QUICKがまとめた市場予想の中央値は3.5ポイント上昇だった。数カ月後の景気を示す先行指数は0.6ポイント低下の100.6だった。
内閣府は、一致指数の動きから機械的に求める景気の基調判断を「改善を示している」に据え置いた。
CIは指数を構成する経済指標の動きを統合して算出する。月ごとの景気変動の大きさやテンポを示す。

コンパクトによく取りまとめられた記事だという気がします。次に、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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ということで、6月統計についてCI一致指数を構成する系列を詳しく見ると、プラスの寄与が大きい順に、耐久消費財出荷指数+1.03ポイント、鉱工業用生産財出荷指数+0.89ポイント、生産指数(鉱工業)+0.88ポイント、投資財出荷指数(除輸送機械)+0.64ポイント、などとなっています。他方、マイナス寄与は労働投入量指数(調査産業計)と商業販売額(小売業)(前年同月比)だけであり、ともに寄与度は▲0.01となっています。引用した記事にもあるように、基調判断は「改善」で据え置かれています。景気動向については、中国のゼロコロナ政策による上海のロックダウンなどにより輸出が停滞してCI一致指数は5月統計ではこの影響で出荷や生産がマイナスに転じました。しかし、輸出は中国でのロックダウンが6月から解除されたことにより回復に転じ、6月段階では、というか、現在でも、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の国内新規感染者数の拡大による行動制限を伴う措置が取られているわけではありません。ですから、私自身は国内のインフレや円安の景気への影響については楽観的です。もっとも、先行きの景気について考えると、ウクライナ危機は長引きそうだと報じられていますし、欧米をはじめとする各国ではインフレ対応のために金融政策が引締めに転じていて、先週公表された国際通貨基金(IMF)の「経済見通し改定版」World Economic Outlook Update では、"measures of economic uncertainty and concerns regarding an oncoming recession have increased in recent months. Estimates of the probability of recession have also increased." と評価しており、世界経済は景気後退の瀬戸際にある、というのも事実です。こういった下振れリスクが大きい点は、明確に先行指数に現れており、決して忘れるべきではありません。

最後に、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは+3.3ポイントの上昇とされていましたが、実績では+4.1ポイントの上昇でした。景気動向指数については、内閣府のサイトで極めて明確に作成方法が公開されており、実は、私も毎年1本の紀要論文をこの夏休みに書こうとしており、この景気動向指数の作成方法についても取り上げる予定なのですが、どうして計算間違いが起こるのか、謎です。

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2022年8月 4日 (木)

内閣府「満足度・生活の質に関する調査報告書 2022」やいかに?

やや旧聞に属するトピックですが、7月29日に内閣府から「満足度・生活の質に関する調査報告書 2022」が公表されています。2019年5月に第1次報告書が公表されてから、このリポートで5回目になります。私はエコノミストとして、主観的な満足度は経済政策の目標としては疑問を感じつつも、客観的な指標によるWell-beingについては政策目標になり得る、と感じています。このリポートは、そのうちの主観的な満足度なのですが、性別・年齢別・地域別などのセグメントに従った分析がなされていますので、ごく簡単に図表とともに見ておきたいと思います。

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まず、上のグラフは、リポート p.3 図表1-1-1 生活満足度の推移と前回調査からの変化 (男女別) を引用しています。見れば明らかな通り、女性の満足度は常に男性を上回っています。幸福度・満足度に関する調査では、日本に限らず先進国では女性が男性を上回るケースが多いと私は受け止めています。また、加えて、女性の満足度は今回調査では前回から改善しており、その改善度合いは10%水準で統計的に有意に改善しています。男性は前回調査から悪化しているのですが、統計的には有意ではありません。

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続いて、上のグラフは、リポート p.4 図表1-1-2 生活満足度の推移と前回調査からの変化 (年齢階層別) を引用しています。年齢階層としては、若年層(15-39歳)、ミドル層(40-64歳)、高齢層(65-89歳)にカテゴライズされています。これまた、見れば明らかな通り、ミドル層で満足度がもっとも低く、若年層がミドル層よりやや満足度が高い一方で、高齢層の満足度が年齢別ではもっとも高くなっています。この年令階層別の結果も多くの先進国に共通していて、日本に限定したことではありません。ただ、日本の高齢層は、おそらく私の想像では社会保障などの面から、先進国の中でももっとも恵まれていて、年齢階層別でも満足度が飛び抜けて高い点は忘れるべきではありません。政治的にシルバー民主主義で強い権力を発揮し、それでも、年金が少ないとの不満があったりするのですが、総合的な生活の満足度が高い点は従来から明らかです。ただし、前回調査からの改善度合いということになれば、ミドル層の改善幅が大きく、統計的にも5%水準で有意になっています。

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続いて、上のグラフは、リポート p.4 図表1-1-3 生活満足度の推移と前回調査からの変化 (地域別) を引用しています。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染拡大によって、東京圏の一都三県はややイレギュラーな動きを示していますが、いわゆる3大都市圏の満足度が地方圏を上回っています。生活の利便性などを考慮すると、まあ、そうなんだろうという気がします。通常は、ブロック別、例えば、近畿とか九州とか、の分類なのですが、満足度や生活の質に関する調査に関しては、都市圏と地方圏で分類するのも一案かという気がします。強くします。

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最後に、上のグラフは、リポート p.13 図表1-2-4 SNS上の利用頻度・交流人数と満足度 を引用しています。大雑把に、SNSを利用している人の方が満足度が高いといえそうです。加えて、SNSの利用が多い方が、すなわち、SNSの利用頻度が年1回である場合と比べてより頻度が高い方が、また、SNS上の交流人数が多い方が生活満足度及び社会とのつながり満足度は緩やかに高まるようですが、天井があるようで、月に1回程度の利用や交流人数20~29人で幸福度の改善は頭打ちとなっているように見えます。

繰り返しになりますが、政策目標として主観的な幸福度が適当かどうかについて、私は疑問を持っています。もしもそうならば、オキシトシンだか、セロトニンだかの幸福ホルモンの分泌を促す政策が最優先課題とされるべきです。他方で、客観的なWell-being、例えば、所得や資産残高、失業率や労働時間、住宅の広さ、犯罪発生件数/率、高等教育の普及率、平均寿命・健康寿命、などなどは政策目標として適切なものがいっぱいあって、それらを総合的に計測できる指標の開発が望まれます。もちろん、GDP成長率は重要なのですが、カバレッジはそう広くなく、成長率だけが経済政策の目標ではない点は忘れるべきではありません。

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2022年8月 3日 (水)

「経済財政白書」第3章を読む!!!

3日目、「経済財政白書」を取り上げる最後は、第3章に着目したいと思います。第3章では投資が分析されています。これで、一応、「経済財政白書」については終結としておきます。

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まず、上のグラフは、「経済財政白書」 p.205 第3-1-9図 デジタル化の進捗度と売上高の関係 を引用しています。投資の中でもDX=デジタル・トランスフォーメーションへの投資を分析しようと試みています。これも見れば明らかなのですが、デジタル化上位企業は下位企業に比べて売上の伸びが大きい、ないし、売上の減少幅が小さい、という結果が示されています。ただし、因果関係の方向には一定の注意が必要です。すなわち、デジタル化が進捗した企業ほど同業他社対比で業績が好調である、という因果関係なのか、逆に、業績が好調であることがデジタル化の進捗を促進している、という方向なのか、それほど厳密な因果分析は行われていないような気がします。

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続いて、上のグラフは、「経済財政白書」 p.220 第3-2-7図 電源構成の推移 を引用しています。投資の目的には最初に取り上げたDXとともに脱炭素化投資も大きな流れとなっています。しかし、我が国の場合、石炭火力発電がまだ大きな割合を占めるとともに、最近時点でもまだ増加を示しています。当然のように、再生可能エネルギーへの転換も進んでいません。こういった電源構成を見極めつつ、必要な投資が行われるような政策措置が必要です。そして、「経済財政白書」 p.219 で「安全性の確保を前提とした原子力発電の持続的な活用の検討を進めることも重要」、とシラッと主張していますが、安全性の前提となる地震や津波は予想し難く、私は原子力の利用を科学的見地から進めるのはとても難しいと感じています。

以上。3日間に渡って、極めて大雑把ながら、本年度2022年度の「経済財政白書」を概観してみました。私の見方に合致する部分、そうでない部分、いろいろとありますが、今年も可能な範囲で後期の演習などで取り上げるつもりです。

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2022年8月 2日 (火)

「経済財政白書」第2章を読む!!!

昨日に続いて、「経済財政白書」第2章からいくつかグラフを取り上げたいと思います。第2章では雇用が分析されています。

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まず、上のグラフは、「経済財政白書」 p.107 第2-1-6図 1人当たり名目賃金の要因分解 を引用しています。日本経済がデフレに陥った1990年代後半からアベノミクスの始まる2012年位まで時給の伸びは確かに停滞していましたが、アベノミクスが始まった2013年からは時給の伸びが高まっていることが見て取れます。しかし、この時給の伸びを打ち消しているのが構成比と1人当たり労働時間です。すなわち、非正規雇用の拡大です。構成比というのは、賃金水準の低い非正規雇用者数が女性や高齢者を中心に増加していることが要因であり、労働時間は当然にパートタイムの増加が原因です。時給の伸びを雇用の非正規化が相殺しており、この賃金動向はまさにアベノミクスのひとつの特徴と考えるべきです。

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続いて、上のグラフは、「経済財政白書」 p.183 第2-3-19図 全世帯の所得分布 (再分配前と再分配後の比較) を引用しています。同じ p.183 で左側の2019年度の所得分布を評価して、「再分配後は100万円未満や700万円以上の世帯の割合が低下する一方、100万円から600万円までの世帯の割合が上昇しており、再分配機能は引き続き機能している」と指摘していますが、私はこのグラフこそデフレの弊害を示していると受け止めています。すなわち、1994年度と2019年度の25年間のうちのほぼ20年間はデフレであったわけですが、再分配後の所得階層のピークが左に、すなわち、所得の低い方にシフトしていて、再分配後の所得の中央値は120万円あまりも低下しています。アベノミクスにおける分配政策の軽視ないし欠如がこれに拍車をかけている可能性があります。

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最後に、最低賃金の議論が大詰めを迎えていますが、上のグラフは中央最低賃金審議会目安に関する小委員会(第2回)資料のうちの資料4 賃金分布に関する資料 から、滋賀県の一般労働者(上、p.16)と短時間労働者(下、p.29)を引用しています。見れば明らかですが、一般労働者の方は時給1,200~1,300円くらいのところに分布のピークがありますが、短時間労働者=パートタイマーは圧倒的に最低賃金に近いところにピークがあります。もちろん、新古典派的な経済学の理論から、限界生産性が最低賃金に達しない労働者の失業が発生するという可能性は否定できませんし、そういった実証結果もありますが、他方で、最低賃金が所得を増加させ、貧困解消や格差是正に有効であるという結果も少なくありません。最初のグラフで見たように、労働時間要因というのは明らかにパートターマー、非正規雇用の増加が一因となっています。従って、広く報じられている「30円」というのはいかにも小幅な気がしますが、賃金負担の厳しい中小企業への適切な支援を実施しつつ、最低賃金の大幅な上昇がなされることを私は期待しています。

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2022年8月 1日 (月)

「経済財政白書」第1章を読む!!!

先週金曜日の7月29日に、内閣府から本年度2022年度の「経済財政白書」が閣議に提出されています。副題は「人への投資を原動力とする成長と分配の好循環実現へ」となっています。一昨年2020年が「コロナ危機: 日本経済変革のラストチャンス」、昨年2021年が「レジリエントな日本経済へ: 強さと柔軟性を持つ経済社会に向けた変革の加速」でしたので、少しずつ現在の岸田内閣の経済政策の方針が明らかにされている気がします。ということで、もう8月の夏休みも目前で、本日から3日間に渡って第1章から第3章までをごく簡単に図表とともに取り上げておきたいと思います。まず、本日は、第1章の現状分析編です。

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まず、上のグラフは、「経済財政白書」 p.33 第1-1-12図 半導体の供給制約の影響 を引用しています。現在の我が国経済は景気の持ち直しの動きが続いており、物価上昇率も日銀の物価目標である+2%にほぼ沿った動きを示していますので、不況下のインフレというスタグフレーションの状態ではありません。しかし、生産については需要サイドの要因とともに供給サイドの要因、特に上のグラフに示されているような半導体の供給制約を受けた輸送機械(自動車)生産の停滞が目立っています。

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続いて、上のグラフは、「経済財政白書」 p.57 コラム1-4図(1)過去の石油価格上昇時と比較したマクロ経済指標の動向 を引用しています。石油価格に起因する過去の激しい物価上昇の例として、第1次と第2次の石油危機、2007年からリーマン・ショック直前までの時期、そして、現在の足元2022年と4つの時期のマクロ経済指標を比較しています。最も物価上昇が激しく、しかも景気後退が生じたという意味で、第1次石油危機の時はスタグフレーションと考えられますが、現在の足元の経済は欧米主要先進国よりは物価上昇率も低く、失業率も上昇する兆しを見せていません。

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続いて、上のグラフは、「経済財政白書」 pp.71-72 第1-2-11図 賃金上昇率と物価上昇率、労働生産性の関係 を引用しています。1990年代後半のデフレ突入を境にして物価上昇率と賃金上昇率の関係が逆転しています。加えて、生産性が伸びているほどには賃金が上がっていないことも確認できます。その大きな要因のひとつは、労働分配率の低下です。「経済財政白書」では、「2%程度の持続的・安定的な物価上昇率とそれに見合った賃金上昇率という新たな価格体系に円滑に移行していくことが必要である。こうしたマクロ経済面での課題に対処していくためには、賃金引上げの社会的雰囲気を醸成していくとともに、経済や物価動向等に関するデータやエビデンスを踏まえ、適正な賃上げの在り方を官民で共有していくことが必要である。」(p.73) と分析していますが、賃金水準は労使の間で決められるものであって政府が介入する余地が小さいことから、歯切れの悪い表現となっています。

ついでながら、最後の賃金と物価の新たな価格体系への移行については、明らかに、労使間の交渉力の差が障害となっています。中でも、ナショナル・センターのひとつである連合は、現在の会長になってから労働組合としては大きく劣化したと私は考えています。

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