今週の読書は地経学書をはじめとして計4冊!!!
今週の読書感想文は以下の通り、地経学書、安全保障に関する専門書、小説2冊で、うち1冊はミステリの計4冊です。お手軽に読める新書や文庫がなく、やや重厚な本が多かった上に、今週から大学の後期授業が本格的に始まって、読書量は少し減っているかもしれません。ただ、新刊書ではないので、このブログの読書感想文には取り上げませんが、太田愛『幻夏』(角川文庫)を読みましたので、Facebookでシェアしていたりします。
なお、今年の新刊書読書は、1~3月期に50冊、4~6月期に56冊、従って、今年前半の1~6月に106冊、そして、7~9月の夏休みに66冊、10月に入って先週が6冊で、今週が4冊ですので、今年に入ってから182冊となりました。11月早々には200冊に達することと思います。
まず、片田さおり『日本の地経学戦略』(日本経済新聞出版)です。著者は、一橋大学後出身の南カリフォルニア大学の研究者であり、英語の原題は Japan's New Regional Reality となっています。地経学=Geoeconomics はサブタイトルに Geoeconomic Strategy in the Asia-Pacific という形で入っています。原書は2020年の出版です。ということで、やや用語法などが私の感覚とは違うのですが、地経学のテキスト、というか、日本への応用ということで読んでみました。というのは、地経学ではなく、地政学として今世紀に入ってからの中国の台頭に関する分析はよく目にするのですが、地経学的な分析は十分ではないような気がするからです。用語法で少し違和感あるとしても、日本の場合は、地経学的には国家主導のリベラルな戦略への国際社会、というよりは、米国からの圧力を受けている、と本書では指摘しています。ここでの「リベラル」な戦略というのは、ネオリベとかに対置される用語ではなく、市場を活用した、とか、市場経済に基づく、といった形容詞に近くて、中国やロシアなどの権威主義的な政治体制の下での経済に対応しているようです。また、埋め込まれた=エンベッドされた重商主義というのも、実に的確に日本の地経学的なポジションを表していると受け止めています。いかにも、世界に出て稼いでこい、という感じです。そして、本書の指摘と私の感覚が一致するのは、地経学的な重要戦略は「世界に出て稼ぐ」ために国家間の経済交流、貿易という財・サービスの交易と資本移動に関するルールのセッティングである、という点です。TPPが当時のトランプ米国大統領により米国抜きでスタートした一方で、RCEPがかなり質の高い貿易投資協定として作用し始めています。こういった世界あるいは地域における経済活動の交流に関するルールの設定に対する関与、あるいは、場合によっては、単にナイーブに内外無差別のルールだけではなく、自国利益に沿ったルールのカッコ付きでの「押し付け」のできるパワーを保有するための戦略、ということです。古典派経済学的な自由貿易や自由な資本移動、というのも重要なのですが、それを、いわば口実として自国の都合を優先させたりするわけです。ただ、私は本書でやや物足りない点が3点あります。第1に、ODAをはじめとする国際開発援助を地経学的に以下に利用できるか、あるいは、利用するべきではないか、という点です。この国際開発援助については、中国がアフリカ諸国などに対してかなり強引に実行していて、スリランカなどでは借款が返済できずに検疫を中国に差し出している例があるとも報じられていたりします。私は日本が経済大国であることを授業で説明する際に、このODAの統計を示したりしています。地経学的な戦略でもひとつの指標として取り上げるべきではないかと考えています。第2に、サプライチェーンの形成です。レピュテーションも含めて、サステイナブルではないサプライチェーンの再構築は重要な問題だと思うのですが、サプライチェーンは企業任せ、でいいのか悪いのか、やや気にかかる点です。第3に、地政学的には覇権国に対して新興国が台頭するとツキディディスの罠によれば、武力衝突が生じる可能性が高まります。他方、地経学的に中国の台頭に対して米国はどのように反応するのか、あるいは、対応すべきなのか、本書では日本の地経学の分析ですから、ややスコープ外なのかもしれませんが、私は懸念しています。最後に、その昔の『レクサスとオリーブの木』では、マクドナルドが展開している国の間では武力衝突は起こらない、といった旨のグローバリズム礼賛が表明されていましたが、実際には、武力行使に及んだ国からはマクドナルドが撤退する、という事実がロシアのウクライナ侵攻により明らかにされました。地政学や地経学の戦略に関しては時々刻々とリアリティ=現実に基づいてアップデートされます。専門外とはいえ、武力行使がインフレや成長鈍化をもたらしているのも事実ですし、少し勉強しておきたい気がします。
次に、森本敏・小原凡司[編著]『台湾有事のシナリオ』(ミネルヴァ書房)です。編著者は、民間から貿易大臣も経験した研究者と笹川平和財団の研究者です。本書も笹川平和財団の研究会の成果を取りまとめています。地経学に関する専門書を読んだのに合わせる形で本書も読んでみました。ただ、コチラは安全保障の専門書であり、基本的な中国の台湾観から勉強する必要がありそうな気すらします。すなわち、私のような安全保障戦略のシロートですら、「ひとつの中国」という原則に基づいて、台湾が独立国としての国家主権を認められていない一方で、香港などでは一国二制度といいながら、実は、香港を権威主義的な中国化する動きが急ピッチで進んでいる、という事実は見知っています。ただ、1980年代までの米ソを筆頭とする東西冷戦が終了したのは、経済力に基づくソ連の崩壊であり、決して武力により社会主義体制が崩壊したわけではない、という事実も明らかです。ですから、本書のタイトルのように、台湾有事として武力により中国が名目的な「ひとつの中国」を達成する方向にある、という点は理解が進みにくくなっています。しかも、台湾のバックには米国の武力が控えている、というのも、なかなか直感的には理由が明らかではありません。ただ、その背景はあくまで安全保障戦略に基づく地政学的な理由であり、台湾が中国に「併合」されると、経済的には何が生じるのかは、本書のスコープ外となっています。すなわち、香港については権威主義的な中国政府の圧力が高まると金融市場としての魅力が一気に低下するわけで、台湾の製造業とは少し経済的な影響が異なる気がします。もちろん、製造業としても金融業ほどではないとしても、市場に基づく自由で分権的な生産体制のほうが効率的であることは間違いありませんが、香港金融市場の魅力が低下するとシンガポール市場が相対的に浮上する可能性があるのと同じように、台湾が生産力を低下させると別の製造業エリアが代替するだけ、という点から情報処理産業という面が強い金融業よりも製造業のほうが大体はスムーズ、と考えるのは私のようなシロートだけなんでしょうか。まあ、それは別としても、本書では台湾有事の経済的な影響はスコープ外となっていて、武力衝突に関する分析が本書では取り上げられています。戦力比較た軍事的な体制などについては、私は理解が及びませんでしたが、中国の軍事的かつ経済的な台頭を受けて、台湾海峡に緊張感が高まっているという事実は感じ取ることができました。でも、実際に武力衝突が生じれば、日本の戦略なんて独自視点はまったく考慮されず、自衛隊は米軍指揮下に入って、米軍の軍事戦略に100パーセント従う形で台湾有事に対応することになるんではないか、とシロートながら私は想像しています。でも、それなりのシナリオ分析は必要かもしれません。
次に、越谷オサム『たんぽぽ球場の決戦』(幻冬舎)です。著者は、ファンタジー・ノベルでデビューし、『陽だまりの彼女』文庫版がミリオンセラーとなった小説家なのですが、私は初読でした。表紙画像を見て理解できる通り、野球に関する小説です。埼玉県北あだち市を舞台にし、主人公は20代半ばのアルバイターなのですが、高校2年生まではいわゆる「超高校級」のピッチャーとして埼玉県内では大いに注目されていました。しかし、肩を壊して野球を止めた挫折してしまいました。ところが、20代半ばになって、市会議員をしている母親から勧められて野球チームを結成することになります。そして、主人公がとても社交性に欠けることから、主人公と同じ高校の同級生で野球部の主将も務めていた社交性バツグンのチームメイトにコーチ役の助っ人を頼み、2人で新チームを立ち上げます。何と募集のひとつの条件は野球で挫折した経験を上げていたりします。もちろん、大したチームが出来るわけではなく、老人とその孫とか、野球はマネージャーをやった経験があるだけという女子大生とか、まるっきり運動不足の大学生とか、いろいろとクセのある選手が、なんとか9人のチームが結成できるだけ集まります。他方で、主人公は高校時代にかなりの「ビッグマウス」であったらしく、他校の選手などから決して好意を持たれていたわけではなく、市営の河川敷球場のとなりのグラウンドで練習している草野球チームの主力投手から敵意むき出しで対応されたりします。そして、何と無謀にも、その草野球チームと対外試合を行うことになるわけです。まあ、タイトルの「決戦」というのはかなり大げさなのですが、許容範囲かもしれません。ただ、試合結果がやや疑問残るという読者もいるかも知れません。いかにも主人公チームの寄せた結果とみなす読者からは試合結果についての異議が出る可能性はあります。ギリギリ、ネタバレにならない範囲でこれくらいにしておきます。
最後に、東川篤哉『うまたん』(PHP研究所)です。著者は、『謎解きはディナーのあとで』がミリオンセラーとなったミステリ作家です。単なるミステリ作家ではなく、「ユーモア・ミステリ作家」というべきかもしれません。ということで、この作品もユーモア・ミステリなのですが、同時に、特殊設定ミステリでもあります。私が最近読んだ中では方丈貴恵の作品がとびっきりの特殊設定だったのですが、それはそれとして、この作品では人間の言葉を理解するウマが推理して謎解きをします。主人公は房総半島にある牧場、牧牧場(まきぽくじょう)の牧場主の娘のJK牧陽子で15歳、他方、推理の謎解きをするウマ15歳で、函館大賞典優勝のサラブレッド、名はルイスです。ユーモア・ミステリですので、ウマ探偵のスイスは主人公のことを「マキバ子」ちゃん、すなわち、牧陽子ではなく、牧場子と呼んだりします。まあ、重賞優勝馬ではないので種牡馬としてではなく、馬主のご厚意によりウシ中心の房総半島にある牧場で悠々の老後の生活を送っているという設定です。しかも、このウマ、ルイスが人間の言葉を理解し、人間の言葉をしゃべります。というか、正しく表現すれば、主人公の牧場主の娘だけが聞き取れる言葉をしゃべり、他方、人間の言葉はすべからく理解できたりします。我が家からもほど近い栗東のトレセンで長らく過ごしたせいか、コテコテの関西弁をしゃべります。この作品は短編5話から編まれており、うち2話では殺人が起こります。ウマ探偵ルイスが真相を解き明かして、主人公の牧陽子に話して聞かせ、然るべく事件が解決する、というストーリーです。収録短編作品のタイトルだけ列挙すれば、「馬の耳に殺人」、「馬も歩けば馬券に当たる」、「タテガミはおウマの命」、「大山鳴動して跳ね馬一頭」、「馬も歩けば泥棒に当たる」となります。殺人事件は1作めと3作めであり、私がもっとも評価する短編は4作目です。ルイスの事件の取りまとめが秀逸だったりします。
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