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2023年2月11日 (土)

今週の読書は経済書をはじめとして計4冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、加藤雅俊『スタートアップの経済学』(有斐閣)は、イノベーションの期待大きいスタートアップ企業に関する教科書的な分析を取りまとめています。続いて、降田天『事件は終わった』(集英社)は、地下鉄内無差別殺人事件に関わった人々の後日譚を短編で収録するミステリです。続いて、軽部謙介『アフター・アベノミクス』(岩波新書)は、安倍内閣から菅内閣まで続いたアベノミクスについて金融政策から財政政策へのシフトをドキュメンタリとして追跡しています。最後に、神谷悠一『差別は思いやりでは解決しない』(集英社新書)は、LGBTQへの差別に関して、キチンとした制度的な担保が必要であって、思いやりや優しさでは解決しないと主張しています。そして、この4冊に加えて、今週は、アンソニー・ホロヴィッツ『その裁きは死』(創元推理文庫)と松尾由美『バルーン・タウンの殺人』、『バルーン・タウンの手品師』、『バルーン・タウンの手毬唄』(創元推理文庫)のバルーン・タウン3部作を読みました。新刊書ではないのでこのブログでは取り上げませんが、Facebookでシェアしたいと思います。というか、『その裁きは死』はすでにシェアしてあります。Facebokkでは続編が『殺しへのライン』というのは明記したつもりですが、「もう新作出てますよ」という残念なコメントをもちょうだいしたりしています。バルーン・タウン3部作は、たぶん、一気にFacebookでシェアするのではないか、と思います。
ということで、今年の新刊書読書は、先月1月中に20冊、そして、2月に入って先週の5冊と今週の4冊の計29冊となっています。

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まず、加藤雅俊『スタートアップの経済学』(有斐閣)です。著者は、関西学院大学の研究者です。通常の企業に関するマイクロな経済学と違って、スタートアップに関する経済学は、外部性や情報の非対称性が強く作用し、ある種の特別経済学を必要とします。もちろん、マクロ経済学におけるイノベーションについても、スタートアップ企業が担う部分が少なくないわけですから、ここでも通常の企業や産業に関する経済学とは別の経済学研究が進められるべきです。本書はそういったニーズに即してスタートアップの経済学に特化した研究成果を集めています。まず、スタートアップ企業では市場の失敗が通常の企業や産業と比べて大きいと私も認識しています。本書では「新規性の不利益」としています。というのは、おそらく、従来ある業態でのスタートアップというよりは、新しいニッチを探してのスタートアップに重点が置かれているためであろうと私は推測します。例えば、フランチャイジーとしてコンビニを新規に出店するとか、クリーニングの取次店を開くというスタートアップよりは、何らかのイノベーションを利用した新い製品とか、新しい製造方法に即した生産とか、いわゆるシュンペーター的なイノベーションを実用化するスタートアップに重点が置かれています。ですから、かなり外部性が大きいにもかかわらず市場では評価されず、また、新規性故に情報の非対称が大きい、といったことがあります。その上で、スタートアップ企業を起業するアントレプレナーの個人的な資質を論じ、スタートアップ企業を取り巻く企業環境について明らかにしています。ただ、本書でも指摘されているところですが、スタートアップ企業については成功例ばかりが注目される一方で、じつは、その背後には失敗して市場から退出するスタートアップが大量にある、という点は忘れるべきではありません。最も、本書では特に第8章で、スタートアップ企業の退出は決して常にバッド・ニュースであるわけではない、と指摘しています。そして、スタートアップに対する公的支援については、市場の失敗に起因する創業支援や資金不足に対する支援は、もちろん、あり得るとしても、企業のハードルを一律に低下させる公的支援については大いに否定的です。その意味で、アントレプレナーシップ教育の重要性が浮き彫りになります。日本では、リスクを取った挑戦ということが、積極的・肯定的な受け止めをなされず、むしろ、ギャンブルのようなムチャで好ましくない「暴挙」のようにみなされる意識が、デフレ経済下で高まっています。逆に、そいうか、それだけに、中央・地方の政府を上げてスタートアップ支援については大盤振る舞いされる傾向もあります。また、大企業のほうがイノベーションには有利であるとするシュンペーター仮説を無視して、スタートアップ企業に対して過大にイノベーションを期待する向きもあります。私自身はマクロ経済学を専門としていて、本書のようなマイクロな経済学はややや苦手なのですが、こういったキチンと学術的な分析を基にした議論がなされるよう期待したいと思います。ただ、ひとつだけ本書の難点を上げると、データ・研究成果ともにやや古いキライがあります。私は専門外だけに印象論となってしまいますが、「ホントにこれが最新データで、最新の研究論文なのか。もっと新しいのはないのか?」といった疑問を感じないでもない部分がいくつかありました。

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次に、降田天『事件は終わった』(集英社)です。著者は、ミステリ作家なのですが、その昔のエラリー・クイーンや岡嶋二人よろしく、執筆担当の鮎川颯とプロット担当の萩野瑛の2人による作家ユニットです。ということで、本書は12月20日という年の瀬も迫った折に起こった地下鉄内無差別殺人事件、すなわち、犯人がナイフで妊婦に切りつけようとして、止めに入った老人を刺殺するという事件について、冒頭の「00 事件」で短く紹介した後、その後日譚として始まります。「00 事件」を除いて6編の連作短編を収録してます。各短編でクローズアップされる事件関係者はまず、「01 音」では、一目散に事件現場から逃げ出したことをSNSにさらされて、その行為から非難されたことにより、職を失って引きこもりとなった20代の元サラリーマンは、毎日のように正体不明の音に悩まされます。続いて、「02 水の香」では、切りつけられた妊婦は幸いにも軽症ですみましたが、事件後に「霊が見える」といい出し、水の腐った匂いに悩まされます。続いて、「03 顔」では、事件発生の車両に乗っていたという高校テニス部員がケガを克服してインターハイに出場する過程を、同じ高校の報道部員が取材します。続いて、「04 英雄の鏡」は、私のような浅い読み方の読者は、少し理解に苦しんだのですが、ホストを主人公にしています。詳しく書くと叙述トリックのネタバレになりますのでヤメにしておきます。続いて、「05 扉」では、「03 顔」の高校テニス部員と報道部員が、未来を知ることが出来る「未来ドア」のインチキを暴きます。最後の、「06 壁の男」では妊婦を守って刺殺された老人が、どういった人となりで、なぜ妊婦を守ろうとしたのかの理由が明らかにされます。ということで、世間的には一般的にいって事件が終わった、と考えられるつつも、じつは、事件に何らかの形で関わった関係者には、決して事件は終わっていない、ということです。そして、私は、基本的に、ミステリとして読みましたが、隣接ジャンルで、かなり、オカルトやホラーの要素も含んでいます。でも、そういった超自然現象は、本書では科学で解明されます。そういった観点では、エドワード・ホックのサイモン・アークのシリーズに似ているかもしれません。

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次に、軽部謙介『アフター・アベノミクス』(岩波新書)です。著者は、時事通信をホームグラウンドとしていたジャーナリストです。岩波新書から、本書の前に『官僚たちのアベノミクス』、『ドキュメント 強権の経済政策』を出版していて、本書で3部作の完成、ということのようです。私自身は『官僚たちのアベノミクス』は既読ですが、『ドキュメント 強権の経済政策』は読んでいません。ということで、ジャーナリストによるアベノミクスの記録、といえそうです。そして、もちろん、アベノミクスが変化していったさまをあとづけています。ジャーナリストらしく、政治家の影響力を中心に変化の要因を考えていますので、客観的、というか、政策変更の背景となる経済動向については、それほど詳細な観察がなされているわけではないような印象を持ちました。あるいは、逆から見て、私は政策変更の背景の政治家の影響力についてはほぼ無視していますので、私の目から見て経済動向が軽視されているようにみえるだけかもしれません。ということで、私は政治家や官僚あるいは中央銀行幹部のインタラクティブな関係や影響力の行使などにはそれほど興味はありませんので、経済動向との関係で政策変更を考えると、何といっても本書でも指摘しているように、金融政策と財政政策のバランスだろうと考えます。2012年年末の政権交代から、本格的にアベノミクスが始まった2013年には、金融政策も財政政策も、どちらも脱デフレに向けて景気拡大的に運営されていた一方で、2014年4月に消費税率引上げが実施され、軽減品目無しで5%から8%になりました。そして、この緊縮的に運営された財政政策がアベノミクス最大の失敗であった、と私は考えています。ただ、本書でも指摘されているように、震災からの復興税の増税には国民が好意的であることが世論調査の結果などから明らかにされた点も政治的には考慮されたんだろうと思います。加えて、浜田教授をはじめとしてシムズ論文から「物価水準の財政理論」に関心が移ったのは事実かもしれません。でも、安倍内閣の後の菅内閣まで含めたアベノミクスを考えるとしても、私は2014年4月と2019年10月の2度に渡る消費税率引上げを見る限り、財政政策はアベノミクスのしたので緊縮的に運営された、と考えています。ですから、財政政策が緊縮的であっただけに、金融政策が過剰に緩和的に運営される必要があったと考えるべきです。ちょうど、来週に日銀総裁・副総裁の候補が国会に示されると報じられていますが、黒田総裁の異次元緩和という記入政策だけを取り出して議論するのではなく、アベノミクスの下で緊縮的に運営された財政政策とセットとして経済政策、アベノミクス、あるいは、現在の岸田内閣の下でのポストアベノミクスについて、評価する必要があります。

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最後に、神谷悠一『差別は思いやりでは解決しない』(集英社新書)です。著者は、LGBT法連合会事務局長ということですが、市民活動家のカテゴリーに当てはまるのではないか、と私は考えています。本書の副題が「ジェンダーやLGBTQから考える」となっており、いろんな差別がある中で、LGBTQから見た差別を中心に議論していますが、それ以外にも当てはまる論点が提示されていると私は考えています。LGBTQの問題に関しては、私自身はしす現だ~のヘテロセクシュアルであって、しかも、中年・初老の男性として、ある意味で、もっとも保守的と考えられるクラスに属しています。ですから、頑迷固陋な意見を持つ同僚や友人はいっぱいいます。ただ、私自身は基本的にリベラルなナチュラリストであって、ご本人や周囲がよければ構わない、と考えています。よく引用する文句は「いいじゃないの、幸せならば」だったりします。ただ、本書に関して2点付け加えたいと思います。第1に、私はエコノミストとして、大学生向けに経済学の授業をする際に、基本的に、「思いやりでは解決しない」と同じことをいっています。すなわち、「経済学とは政策科学であって、ひとのココロの問題ではない」ということです。小学生レベルであれば、「人のココロから憎しみがなくなれば戦争しない」なんてのもいいのですが、経済学を学ぶ大学生に対しては、キチンと制度的な対策や組織的な政策が必要と教えるべきだと私は考えています。反論する学生は今までいませんが、反論されたら、「交通安全を願うココロだけでは交通事故はなくならない。信号や横断歩道や速度制限などの交通ルールが必要」と回答します。第2に、総理秘書官の放言や辞任問題と関連して、岸田総理自身の「社会が変わってしまう」発言が問題視されていますが、私は別の意味で「社会を変えたい」という観点も必要と考えています。直接にLGBTQではないのですが、私は女性の管理職を大幅に降らすことが出来れば、日本の経済成長を大いに加速することが出来ると期待しています。それはまさに、「社会が変わるほどのインパクト」を持った大変革であるべきです。繰り返しになりますが、LGBTQには詳しくありませんが、まさに、保守的な人々が「社会が変わる」と思うくらいの大変革をもたらすインパクトある制度を構築する必要があるのではないか、と考えています。そうすれば、保守的な人々の「ココロ」の持ちようも変わると期待できます。

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