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2023年6月30日 (金)

4か月ぶりに減産に転じた5月の鉱工業生産指数(IIP)と堅調に推移する雇用統計の先行きをどう見るか?

本日は、月末閣議日ということで、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)が、また、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。いずれも5月統計です。IIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から▲1.6%の減産でした。雇用統計では、失業率は前月から横ばいの2.6%を記録し、有効求人倍率は前月から▲0.01ポイント悪化して1.31倍となっています。まず、日経新聞のサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

5月の鉱工業生産、1.6%低下 4カ月ぶり悪化
経済産業省が30日発表した5月の鉱工業生産指数(2020年=100、季節調整済み)速報値は103.8となり、前月から1.6%低下した。低下は4カ月ぶり。半導体などの部材不足で自動車工業の生産が大きく減った。
4月の確報値から、算定の基準値を20年の平均に変えた。これまでは15年を基準としていた。20年は新型コロナウイルス流行の影響で生産が落ち込んでいたため、15年を基準とするよりも指数が上振れしやすくなる。
生産の基調判断は前月と同じで「緩やかな持ち直しの動き」とした。足元で部材不足は続くものの、回復する見通しがある。
全15業種のうち12業種で下落した。普通乗用車や軽トラックといった自動車工業が8.9%減った。ブレーキ用など半導体の部材不足が影響し、生産や輸出が鈍った。
リチウムイオン蓄電池などの電気・情報通信機械工業は4.4%減だった。車載用の蓄電池の海外輸出が減った。ポリエチレンなどの無機・有機化学工業は4.6%減、トランジスタなどの電子部品・デバイス工業は4%減だった。
3業種が上昇し、生産用機械工業が3.6%増えた。半導体製造装置の需要が国内外で伸びているためだ。繊維機械も海外輸出が増えた。航空機部品などの輸送機械工業も3.6%増えた。コロナ禍での行動制限が緩和し、航空機の需要が戻ってきている。
主要企業の生産計画から算出する生産予測指数は6月を前月比5.6%増と見込んだ。7月は前月比で0.6%減と予測する。
5月の求人倍率、1.31倍に低下 失業率は横ばいの2.6%
厚生労働省が30日発表した5月の有効求人倍率(季節調整値)は1.31倍で前月から0.01ポイント下がった。低下は2カ月ぶり。原材料高による収益悪化で、製造業や建設業で求人を控える動きがあった。
総務省が同日発表した5月の完全失業率は2.6%で、前月と同じだった。
有効求人倍率は全国のハローワークで仕事を探す人1人あたり何件の求人があるかを示す。5月は有効求人数が前月から0.7%減少した。有効求職者数は前月から0.1%増えており、求人倍率の低下につながった。
景気の先行指標とされる新規求人数(原数値)は前年同月比で3.8%増えた。新型コロナウイルスの5類移行を受け、サービス業で求人が活発になっている。新規求人数は宿泊・飲食サービス業が13.5%、卸売業・小売業が5.5%それぞれ増えた。
労働時間規制の強化によってトラック運転手の不足が懸念される「2024年問題」を前に、運輸・郵便業も3.5%増加した。
就業者数は6745万人と前年同月比で0.2%増えた。男性は3697万人で0.2%減少、女性は3047万人で0.7%増加となった。
会社などに雇われている雇用者のうち、正規の職員・従業員数は3655万人と前年同月比で0.8%増え、2カ月連続で増加した。非正規は2074万人で0.1%減と、2カ月連続の減少となった。
完全失業者数は188万人と前年同月比で1.6%減った。

とてつもなく長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2015年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にもある通り、先月の4月統計の各方から指数の基準を2020年にアップデートしています。というのも、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)は予測中央値で▲1.0%、下限で▲3.0%の減産でしたので、実績の▲1.6%減はコンセンサスよりもやや下振れしているのは、基準改定の影響もあり得ると私は考えているからあです。統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断を「緩やかな持ち直しの動き」で据え置いています。ただし、先行きについては決して楽観できません。欧米先進国ではインフレ抑制のために急激な金融引締を進めており、海外景気は大きく減速しています。私は生産の先行きについては内外の需要要因が大きいと私は考えています。しかし、経済産業省の解説サイトでは、5月統計の解説で「これまでの上昇の反動に加えて、部材供給不足の影響などを受けて、自動車工業等が低下したことなど」と解説していて、供給サイドからの減産の側面が強調されているように見受けられます。もちろん、製造工業生産予測指数を見ると、足元の6月は補正なしで+5.6%の増産、上方バイアスを除去した補正値でも+3.4%の増産と、それぞれ予想されていますが、輸出の占める割合の高い鉱工業生産ですから海外経済の減速は、先行きを考える上で要注意です。

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続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。なお、影を付けた部分は鉱工業生産指数(IIP)と同じで景気後退期を示しています。まず、失業率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前月から横ばいの2.6%と見込まれ、有効求人倍率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスも、これまた、前月から横ばい1.32倍と見込まれていました。ともに前月から横ばいと予想されていましたが、実績では、失業率はコンセンサス通りながら、有効求人倍率は市場予想からやや下振れしました。ただし、総合的に見て、「こんなもん」という気がします。いずれにせよ、足元の統計はやや鈍い面もあるとはいえ、雇用は底堅いと私は評価しています。季節調整済みのマクロの統計で見て、昨年2022年年末12月かた直近の5月統計まで、人口減少局面に入って久しい中で労働力人口は+14万人増加し、就業者も+10万人増、うち雇用者は+25万人増となっていて、逆に、非労働力人口は▲20万人の減少です。完全失業者は+6万人増加していますが、積極的な職探しの結果ではないかと想像しています。また、季節調整していない原系列の統計ながら、休業者数に着目すると、今年2023年に入ってから休業者は前年同月比で減少を続けています。マイクロに見て産業別では、雇用の先行指標とみなされている新規求人数で新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染法上の分類変更などを背景に宿泊業・飲食サービス業では前年同月比で+13.5%増と大きく伸びており、さらに、その+13.5%の内訳でもパートタイムの+13.1%増に対してパートを除く常用雇用は+14.3%増ですから、質的な中身も決して悪くないと考えるべきです。

ただし、雇用の先行きに関しては、それほど楽観できるわけではありません。というのも、インフレ抑制を目指した先進各国の金融引締めから世界経済は停滞色を今後強めると考えられますから、輸出への影響から生産が鈍化し、たとえ人口減少下での人手不足が広がっているとはいえ、生産からの派生需要である雇用にも影響が及ぶ可能性は否定できません。エコノミストの直感ながら、我が国景気は回復ないし拡大局面の後半期に入っている可能性が高い、と考えられるからです。

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2023年6月29日 (木)

ポストコロナで商業販売統計は増加が続き、消費者態度指数に見るマインドも持ち直し続く

本日は、経済産業省から5月の商業販売統計が公表されています。統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+5.7%増の13兆1040億円でした。前年同月比上昇率は15か月連続のプラスだそうです。また、季節調整済み指数では前月から+1.3%の増加を記録しています。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

小売業販売、5月は前年比+5.7% ドラッグストア好調で15カ月連続増
経済産業省が29日公表した5月の商業動態統計速報によると小売販売額は前年比5.7%増の13兆1040億円となり、15カ月連続でプラスを確保した。プラス幅は4月の5.1%から拡大。ドラッグストアや百貨店の販売増が続いている。ロイター集計の民間予測は同5.4%増だった。
業種別の前年比は、自動車小売業が19.1%増、医薬品・化粧品小売業が10.8%増、その他小売業が7.2%増、飲食料品6.6%増など。
自動車は部品不足の響いた前年の反動で伸びた。飲食料品は価格上昇の影響で8カ月連続でプラスとなった。
業態別の前年比ではドラッグストアが9.0%増、コンビニエンスストアが5.5%増、百貨店が5.3%増だった。
ドラッグストアは飲料品や鶏卵、花粉症関連、紙製品などが、価格上昇の影響もあり伸びた。
一方、家電大型専門店は4.7%減だった。エアコンやテレビの販売不振が続いており、ネット配信などの浸透で、テレビは「構造的に縮小傾向にある」という。

いつものように、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは下の通りです。季節調整していない小売業販売額の前年同月比増減率をプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。なお、統計の基準が2020年に変更され、季節調整指数の遡及統計がまだ利用できず、もう少し待つ必要があるようです。

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小売業販売額は、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が感染法上の5類に分類変更がなされて、国内でも外出する機会が増えるとともに、中国以外の各国からのインバウンドも順調に伸びており、堅調に推移しています。季節調整済み指数の後方3か月移動平均でかなり機械的に判断している経済産業省のリポートでは、5月までのトレンドで、この3か月後方移動平均の前月比が+0.2%の上昇、繰り返しになりますが、広報移動平均を取らない5月統計の前月比が+1.3%となり、「上昇傾向」としています。加えて、消費者物価指数(CPI)との関係では、今年2023年5月統計では前年同月比で+3%超の上昇率となっていますが、小売業販売額の5月統計の5.7%の増加は軽くインフレ率を超えていて、実質でも小売業販売額は前年同月比でプラスになっている可能性があります。通常は、インフレの高進と同時に消費の停滞も生じるのですが、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより小売業販売額の伸びが支えられてい可能性があります。ですから、国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性が否定できません。他方で、石油価格が完全に反転したことを受けて、燃料小売業販売額が5月統計の前年同月比では▲1.8%の下落を示しています。おそらく、数量ベースではさらに停滞感が強まっている可能性が強いと私は考えています。

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最後に、本日、内閣府から6月の消費者態度指数が公表されています。6月統計では、前月から+0.2ポイント上昇し36.2を記録しています。指数を構成する4指標のうち、2指標が上昇しています。すなわち、「収入の増え方」が+1.0ポイント上昇し38.9、「雇用環境」が+0.3ポイント上昇し43.1、他方で、「耐久消費財の買い時判断」は▲0.4ポイント低下し29.9を記録し、「暮らし向き」が前月から横ばいの32.9となっています。「収入の増え方」も「雇用環境」も改善しているにもかかわらず、「暮らし向き」が横ばいなのは明確に物価上昇が原因です。たぶん、「耐久消費財の買い時判断」についても、いく分なりとも物価上昇の影響が見られると私は考えています。統計作成官庁である内閣府では、消費者マインドの基調判断について、先月から「持ち直している」で据え置いています。

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2023年6月28日 (水)

6月調査の日銀短観予想では7四半期ぶりの景況感の改善を見込む

来週月曜日7月3日の公表を控えて、シンクタンクから6月調査の日銀短観予想が出そろっています。いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、ネット上でオープンに公開されているリポートに限って、大企業製造業/非製造業の業況判断DIと全規模全産業の設備投資計画を取りまとめると下のテーブルの通りです。設備投資計画は今年度2023年度です。ただ、全規模全産業の設備投資計画の予想を出していないシンクタンクについては、適宜代替の予想を取っています。ヘッドラインは私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しましたが、可能な範囲で、先行き経済動向に注目しました。短観では先行きの業況判断なども調査していますが、シンクタンクにより大きく見方が異なっています。注目です。より詳細な情報にご興味ある向きは左側の機関名にリンクを張ってあります。リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開くか、ダウンロード出来ると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちに Acrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名大企業製造業
大企業非製造業
<設備投資計画>
ヘッドライン
3月調査 (最近)+1
+20
<+3.9%>
n.a.
日本総研+3
+22
<+10.6%>
先行き(9月調査)は、全規模・全産業で6月調査から+1%ポイントの小幅な上昇を予想。製造業では、海外景気の減速による需要の鈍化が景況感を下押しする一方、自動車生産の増加が景況感を下支えする見通し。非製造業では、引き続き訪日外国人の増加が見込まれるほか、国内の行楽需要も強く、対面型サービスを中心に景況感は良好となる見通し。
大和総研+6
+22
<+9.7%>
大企業製造業では、挽回生産の継続が予想される「自動車」の業況判断DI(先行き)が上昇するとみている。更に、自動車産業における増産への期待感が、「鉄鋼」などの関連業種の業況判断DI(先行き)を押し上げるとみている。
大企業非製造業については、「小売」の業況判断DI(先行き)の低下を見込む。物価高が家計の購買力を低下させることへの警戒感が強まっているとみられる。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+2
+22
<+8.8%>
大企業・製造業の業況判断DIの先行きは2ポイントの改善を予測する。欧米経済は根強いインフレ圧力を受けた金融引き締めの影響で、当面は弱い動きが予想され、輸出の先行き見通しは明るくない。しかし、輸入物価の低下が先行きの企業の収益環境改善に寄与するほか、供給制約の緩和により高水準の自動車生産が続くことが改善要因となろう。
大企業・非製造業の業況判断DIの先行きは1ポイントの改善を予想する。国内のサービス消費については、感染分類の変更や春闘賃上げ率の高まりを背景に、回復傾向での推移が続く見通しだ。インバウンドについては、多くの国からの訪日客は既にコロナ禍前に近い水準まで回復が進んだものの、中国人旅行客の回復は道半ばであるため、今後の増加への期待は強い。
ニッセイ基礎研+6
+23
<+10.7%>
先行きの景況感については総じて小幅な悪化が示されると予想している。もともと、短観においては、足元の景況感が改善する際には、先行きにかけて弱含みやすいという統計上のクセがある。また、そうした事情を除いたとしても、製造業では利上げに伴う欧米経済の悪化や中国経済の回復の遅れ、米中対立、原材料価格の再上昇などへの警戒感が先行きにかけてのマインドを圧迫しそうだ。一方で、自動車の挽回生産への期待が支えになるだろう。
非製造業でも、原材料価格の再上昇に加え、物価高に伴う国内消費の下振れや人手不足の深刻化などへの警戒感から、先行きに対する慎重な見方が台頭しやすいだろう。
第一生命経済研+2
+23
<大企業製造業+12.3%>
7月3日に発表される日銀短観の6月調査では、大企業・製造業の業況判断DIが前回比+1ポイント改善すると予想される。これは、自動車生産において半導体不足が改善してきているからだ。
三菱総研+4
+21
<+9.1%>
先行きの業況判断DI(大企業)は、製造業+5%ポイント(6月時点から+1%ポイント上昇)、非製造業+22%ポイント(同+1%ポイント上昇)と、いずれも改善を予測する。製造業では、引き続き自動車が業況改善を牽引するだろう。ただし、米欧経済減速により輸出が下押しされ、改善幅は小幅にとどまるとみる。非製造業では、抑制されていたサービス消費の回復に加え、賃金上昇による消費押し上げも見込まれることから、業況改善が続くと見込む。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+1
+22
<大企業全産業+8.4%>
大企業製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査(同年3月調査)から横ばいの1と予測する。世界経済の減速を受けて化学や生産用機械等の業況感は悪化する一方、半導体不足の緩和により自動車の業況感が大きく改善し、6四半期ぶりに悪化に歯止めが掛かろう。先行きは、原油価格の下落を受けた交易条件の改善や自動車生産の持ち直しが期待され、2ポイント改善の3と楽観的な見通しになると予測する。
農林中金総研+3
+24
<+4.2%>
先行きに関しては、引き続きコスト高止まりによる値上げの動きが収益圧迫につながるとの懸念が強いほか、欧米での本格的な金融引き締めによる世界的な景気後退への警戒などが景況悪化につながるとみられる。以上から、製造業では大企業が1、中小企業が▲8と、今回予測からそれぞれ▲2ポイント、▲3ポイントの悪化予想と見込む。非製造業も大企業が22、中小企業は8と、今回予測からそれぞれ▲2ポイント、▲3ポイントの悪化予想を見込む。
明治安田総研+2
+21
<+9.3%>
6月の先行きDIについては、大企業・製造業は+4、中小企業・製造業は▲3と、いずれも2ポイント改善を見込む。中国景気の回復ペースの鈍さに加え、米国では金融引き締めの影響が浸透することで、海外景気は徐々に減速すると見込まれる。一方で、供給制約の改善傾向は続くとみられるほか、エネルギーや穀物などの一次産品価格が落ち着いた推移に転じていることから、内需のプラス要因が外需のマイナス要因を上回る形で、先行きの業況は改善したと予想する。

大雑把に平均的な日銀短観予想を見ると、ヘッドラインとなる大企業製造業の業況判断DIが7四半期ぶりに改善するとの予想が多くなっています。ただし、その改善幅は決して大きくなく、せいぜいが1~2ポイントとの予想になっています。大企業製造業の業況判断DIが改善する大きな要因は、世界的なインフレの沈静化に伴う輸入物価の落ち着きが収益構造を改善する点に加えて、我が国のリーディング・インダストリーである自動車産業などで半導体などの供給制約が緩和されることです。ただし、先行きについては、そのインフレ沈静化のコストとして金融引締めが及ぼす先進国をはじめとする世界景気の停滞が懸念されます。非製造業においても、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の分類変更に伴うサービス消費の拡大やインバウンド消費の回復に支えられて、それなりに景況感は回復しているものの、先行きについては物価高による消費停滞の可能性、人手不足といった供給サイドの要因に加えて、インバウンド需要についても中国からの観光客の動向といった懸念が残り、少なくとも一直線の景況感の改善を見込むエコノミストは少ないように私は感じます。一昨日に日銀から公表された企業向けサービス価格指数(SPPI)を見ても、エネルギー価格からの波及や需要に支えられた物価上昇も始まっているように私は感じていますが、賃金上昇と消費増加の好循環の拡大が望まれます。
最後に、下のグラフは三菱UFJリサーチ&コンサルティングのリポートから業況判断DIの推移を引用しています。

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2023年6月27日 (火)

リクルートによる5月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給やいかに?

今週金曜日6月30日の雇用統計の公表を前に、ごく簡単に、リクルートによる9月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給の調査結果を取り上げておきたいと思います。参照しているリポートは以下の通りです。計数は正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、以下の出典に直接当たって引用するようお願いします。

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まず、いつものグラフは上の通りです。アルバイト・パートの時給の方は、前年同月比で見て、今年2023年に入って1月+2.9%増の後、2月から4月まで3か月連続で+2.1%増でしたが、5月は+2.4%増と順調に伸びています。ただし、+3%を超える消費者物価指数(CPI)の上昇率には追いついておらず、実質賃金はマイナスと想像されますので、もう一弾の伸びを期待してしまいます。でも、時給の水準を見れば、一昨年2021年年央からコンスタントに1,100円を上回る水準が続いており、かなり堅調な動きを示しています。他方、派遣スタッフの方は3月+3.4%増、4月+2.3%増の後、5月は+5.4%増とジャンプしました。CPI上昇率は上回っているものも、アルバイト・パートと違って派遣スタッフの統計はやや不安定な動きを示す場合があるので、今後とも少し気をつける必要があります。
まず、三大都市圏全体のアルバイト・パートの平均時給の前年同月比上昇率は、繰り返しになりますが、5月には前年同月より2.4%、+27円増加の1,150円を記録しています。職種別では、「フード系」(+56円、+5.3%)、「製造・物流・清掃系」(+34円、+3.0%)、「販売・サービス系」(+26円、+2.4%)、「専門職系」(18円、+1.3%)で上昇を示した一方で、「事務系」(▲31円、▲2.5%)、「営業系」(▲58円、▲4.6%)、では減少しています。「販売・サービス系」と「フード系」では三大都市圏全体で過去最高額を更新しています。なお、地域別では関東・東海・関西のすべての三大都市圏でプラスとなっています。
続いて、三大都市圏全体の派遣スタッフの平均時給は、5月には前年同月より+5.4%、+85円増加の1,646円になりました。職種別では、「IT・技術系」(+158円、+7.5%)、「クリエイティブ系」(+72円、+3.9%)、「製造・物流・清掃系」(+48円、+3.6%)、「医療介護・教育系」(+46円、+3.2%)、「営業・販売・サービス系」(+26円、+1.8%)、「オフィスワーク系」(+18円、+1.2%)、とすべてプラスとなっています。「IT・技術系」では6か月連続で過去最高額を更新しています。なお、地域別でも関東・東海・関西のすべての三大都市圏でプラスとなっています。

基本的に、アルバイト・パートも派遣スタッフもお給料は堅調といえますが、物価上昇を下回っていて実質賃金は減少していると考えるべきです。加えて、日本以外の多くの先進国ではインフレ率の高まりに対応して金利引上げなどの金融引締め政策に転じていることから、世界経済が景気後退の瀬戸際にあることは確実であり、雇用の先行きについては下振れリスクが存在する点は忘れるべきではありません。

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2023年6月26日 (月)

+1%台半ばの上昇が続く5月の企業向けサービス価格指数(SPPI)をどう見るか?

本日、日銀から5月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は+1.6%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIは+1.9%の上昇を示しています。サービス物価指数ですので、国際商品市況における石油をはじめとする資源はモノであって含まれていませんが、こういった資源価格の上昇がジワジワと波及している印象です。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格、5月1.6%上昇 訪日客増が寄与
日銀が26日発表した5月の企業向けサービス価格指数(2015年平均=100)は108.5と前年同月比1.6%上昇した。27カ月連続で前年同月を上回った。伸び率は前月と同じだった。訪日外国人(インバウンド)の増加で宿泊サービスの需要が増えた。大型連休で飛行機や新幹線を使った移動が増えたことも、指数を押し上げた。
宿泊サービスは前年比で38.4%上昇し、過去最高の伸び率だった。ダイナミックプライシング(変動価格制)を導入する企業が増えていることも、宿泊費の上昇につながった。鉄道運賃の改定も影響した。
リース・レンタルも物件価格の上昇で、同4.6%上がった。
一方、運輸・郵便は0.7%下落した。ウクライナ侵攻に伴う原油価格の高騰が一服し、外航海運や国際航空貨物の運賃が下がった。
調査対象となる146品目のうち、価格が前年同月比で上昇したのは98品目、下落したのは22品目だった。

コンパクトによく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルはヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、下のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格のとサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。企業物価指数(PPI)とともに、企業向けサービス物価指数(SPPI)が着実に上昇トレンドにあるのが見て取れます。なお、影を付けた部分は、日銀公表資料にはありませんが、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、企業向けサービス価格指数(SPPI)の前年同月比上昇率の2022年以降の推移は、2022年6月に上昇率のピークである+2.1%をつけ、その後も、7月と9月は+2.0%を記録しましたが、本日公表された5月統計では+1.6%と、ジワジワと上昇幅を縮小させているように見えます。もちろん、前年同期比プラスは2年超の27か月の連続となっていますし、+1%台半ばの上昇率はデフレに慣れきった国民マインドからすれば、かなり高いインフレと映っている可能性が高い、と私は受け止めています。ただし、インフレ率は高止まりしつつも、物価上昇が加速するという時期は脱したといえそうです。しかも、繰り返しになりますが、ヘッドラインSPPI上昇率は日銀の物価目標に届かない+1%台半ばです。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて5月統計のヘッドライン上昇率+1.6%への寄与度で見ると、引用した記事にもある通り、インバウンド需要に支えられた宿泊サービスや機械修理や土木建築サービスなどの諸サービスが+0.96%と大きな寄与を示し、ほかに、リース・レンタルが+0.35%、情報処理・提供サービスやソフトウェア開発やインターネット附随サービスなどの情報通信が+0.15%、その他の不動産賃貸や不動産仲介・管理や事務所賃貸などの不動産が+0.12%などとなっています。逆に、石油価格の影響が大きい外航貨物輸送や国際航空貨物輸送や国内航空貨物輸送などの運輸・郵便は▲0.11%のマイナス寄与となっています。寄与度ではなく大類別の系列の前年同月比上昇率で見ても、運輸・郵便は▲0.7%の下落となっています。エネルギー価格の上昇はほぼ反転したように見えます。他方で、現在の物価上昇については、エネルギーなどの資源価格の波及に加えて、需要サイドからの圧力による物価上昇も始まりつつある、と考えるべきです。

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2023年6月25日 (日)

横浜に3タテされて交流戦から5連敗でとうとう首位陥落

  RHE
阪  神000020100 371
横  浜01201100x 5110

横浜に3タテされて交流戦から5連敗し、首位陥落でした。
先発の才木投手は序盤から横浜に押されに押されて、結局、5回までに4失点し、6回にもリリーフの石井投手が失点しました。打線は2点差まで追いすがりましたが、最後は届きませんでした。5回のチャンスには2軍落ちした佐藤輝選手に代わって5番サードに入った糸原選手が凡退しましたし、7回も6番でスタメン入りしたルーキー森下選手には荷が重かったかもしれません。まあ、何と申しましょうかで、交流戦から大失速ですね。

甲子園に戻って中日戦は、
がんばれタイガース!

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2023年6月24日 (土)

今週の読書は財政政策に関する経済の学術書をはじめとして計5冊

今週の読書感想文は以下の通りです。退院後に初めて本格的な経済書を読みました。
まず、オリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』(日本経済新聞出版)では、従来財政収支黒字にこだわった議論がなされてきた財政のサステイナビリティに関して、利子率と成長率に着目した理論を展開しています。一穂ミチ『光のとこにいてね』(文藝春秋)は2人の女性の出会いと別れを切なく描き出しています。長野正孝『古代史のテクノロジー』(PHP新書)では古代日本の歴史について鉄中心史観のような考え方が展開されています。兼本浩祐『普通という異常』(講談社現代新書)では、ADHDやASDではない健常発達者について、正常とか普通とかはホントにそうなのかを考えています。最後に、戸川安宣 [編]『世界推理短編傑作集6』(創元推理文庫)では、20世紀なかばまでの傑作短編推理小説を集めた第5巻までの傑作集の補遺となっています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊でしたが、退院後の今月が本日分を合わせて19冊、合計63冊となります。

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まず、オリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』(日本経済新聞出版)です。著者は、マサチューセッツ工科大学(MIT)名誉教授であり、国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストの経験もありますし、そのうちにノーベル経済学賞を受賞する可能性も十分あり、世界のトップレベルのエコノミストの1人です。英語の原題は Fiscal Policy under Low Interest Rates であり、2022年の出版です。本書は、米国経済学会の会長講演の論文 "Public Debt and Low Interest Rates" を基に、財政赤字の持続可能性について論じています。実は、私も長崎大学の紀要論文「財政の持続可能性に関する考察」で同じような視点を取り上げているのですが、まあ、何と申しましょうかでエコノミストとしての格が違いすぎますので、比較もできません。ということで、前置きが長くなりましたが、財政の持続可能性については、大昔の1940年代にドーマー教授が提唱したドーマー方程式、とか、ドーマー条件といわれるものがあり、基礎的財政収支=プライマリバランスが黒字であるか、利子率が成長率よりも低ければ、財政のサステイナビリティが確保され、公的債務のGDP比は低下する、というものです。しかし、日本の議論が典型的ですが、学界でも長らく前者のプライマリバランスの黒字化だけが注目されていて、利子率と成長率の関係についてはほぼほぼ無視されていました。しかし、本書では無視されていた利子率と成長率との関係に着目し、財政政策のあり方を論じています。現在の岸田内閣でも、私はそもそも軍事費の拡大には反対ですが、少子化対策などの財源先送りの再出拡大策が議論されており、本書も今後注目が集まることは明らかです。だから、ではないのですが、実は、私自身の今年の夏休みの論文は財政のサステイナビリティについて書き始めており、英語の原書をひも解いていたのですが、早速にこの訳書を入手して作業が格段はかどるようになって大助かりです。でも、逆に考えると、完全な学術書ですので、一般ビジネスパーソンにどこまでオススメできるかは自信がありません。財務省のエコノミストなんかは読むけど無視するのかもしれませんし、逆に、大いに取り込もうとするのかもしれません。いずれにせよ、現代貨幣理論(MMT)のような極端な議論でなくても、反緊縮の理論的基礎は主流派経済学のスコープで十分得られる、と私は考えていますし、本書はその信念を裏付ける学術的な研究成果だと受け止めています。最後に、今年2023年まだ半ばで、しかも、さらのその半分を病院で過ごして経済書のフォローが十分ではないながら、それでも、私は本書を今年のベスト経済書に推すと思います。

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次に、一穂ミチ『光のとこにいてね』(文藝春秋)です。著者は、ミステリもモノにする作家さんです。私は不勉強にして、『スモールワールズ』しか読んだことがありません。この作品は昨年2022年下期の直木賞にノミネートされています。ということで、女性2人の物語、と読む人が多そうな気がしますが、私は母親と娘の関係を描き出しているというふうに読みました。それはともかく、同い年の小瀧結珠(後に結婚して藤野結珠)と校倉果遠(後に結婚して果遠)の2人を軸にストーリーが展開されます。3部構成であり、第1部は2人が古びた団地で出会う少額2年生のころ、第2部が高校1年生のころ、そして、最後の第3部が30歳手前の29歳のころ、ということになります。医者の父や医学生の兄がいる何不自由ない家庭で育ちながら、自分を評価してくれない母に対するやや歪んだ感情から抜けきれない結珠とシングルマザーの家庭で生活し、結珠と同じお嬢様女子校に入学しながらも、すぐに結珠と別れてしまう果遠でした。たぶ、この2人の出会いと別れの繰り返しに涙する読者も多いことと思います。でも、繰り返しになりますが、この作品は母と娘の関係性に着目して私は読みました。誠に残念ながら、私は男ですので母にも娘にもなれませんし、そういった視線から読むと、ある意味で、不自然極まりない設定の小説ではないか、という気すらします。でも、魔法使いの男の子の成長物語が世界的にヒットして映画化もされる世の中ですので、こういった現実離れした世界を楽しむのもいいかもしれません。

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次に、長野正孝『古代史のテクノロジー』(PHP新書)です。著者は、国土交通省の技官で港湾技術研究所のご出身です。古代史について何冊かの著書をモノにしていて、たぶん、私はまったく読んでいませんが、鉄中心史観のようなものを展開している印象です。本書でも、古代のテクノロジーに関しては冒頭の第1章で縄文時代の三内丸山遺跡の縄文タワー、古墳時代の河内・大和大運河、奈良時代の平城京の基礎となった水プロジェクトについて取り上げているだけで、第2章以降は古代史について持論を展開しているだけのような気もします。まあ、我が国を出て朝鮮半島や中国大陸との交渉に当たったのは国家としての正式な外交使節ではなく、通商に携わった証人である、というのは、何となく理解できるわけですし、繰り返しになりますが、鉄中心史観もまあいいと思います。そして、最終章の古代のテクノロジーでは川の氾濫は防ぎきれず、古代人は治水を考慮していなかった、というのも、まずまず、いいセン行っていると思います。鉄中心史観に加えて、水に関する着目もいいのではないかと思います。ただ、タイトルに引かれて余りにも期待を膨らませない方がいいと思うだけです。

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次に、兼本浩祐『普通という異常』(講談社現代新書)です。著者は、愛知医科大学の精神科の研究者です。タイトルのごとく、本書ではいわゆる正常とか普通とかについて、ニューロティピカル症候群や健常発達症候群として捉え、その特徴をADHDやASDと対比させ、また、現在のSNSでの「いいね」を求める承認欲求を交えつつ明らかにしようと試みています。ひとつだけ、経済学というよりは経営学的に承認欲求を研究したケースとして、マズローの5段解説がありますが、これについては本書では認識が及んでいないようですので、あくまで、精神医学的な解説となっています。すなわち、生活臨床を引いての「色、金、名誉」を目指す通常の思考や行動のパターンに収まりきらない、という意味での異常を考えるだけではなく、いろんなトピック、例えば、テレビのリアリティ番組「あざとくて何が悪いの?」から派生したあざとかわいいを考えたり、著者自身のディズニー不感症とか、はては、ADHDはノマド的で、そうでない健常者は定住民的、といった判りやすい部分も少なくなく、それ相応に工夫はされています。しかs,トピックの飛び方が極めてマチマチで、関連性なく話題が並べられている上に、本としての構成も下手くそです。ホントに編集者がチェックしているのでしょうか、という疑問すらあります。ですから、パートパートを拾い読みする分にはいいのかもしれませんが、系統的な理解を得用とすると、少し骨かもしれません。


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次に、戸川安宣 [編]『世界推理短編傑作集6』(創元推理文庫)です。著者は、ミステリの編集者であり、東京創元社社長も務めたことがあります。このシリーズは5巻まで読んで、その5巻までは、基本的に、江戸川乱歩の編集、ということになっていたのですが、その補遺として本書も編まれています。収録短編は、エミール・ガボリオ「バティニョールの老人」、ニコラス・カーター「ディキンスン夫人の謎」、M. P. シール「エドマンズベリー僧院の宝石」、E. W. ホーナング「仮装芝居」、オルダス・ハックスリー「ジョコンダの微笑」、レイモンド・チャンドラー「雨の殺人者」、パール S. バック「身代金」、ジョルジュ・シムノン「メグレのパイプ」、イーヴリン・ウォー「戦術の演習」、ハリイ・ケメルマン「9マイルは遠すぎる」、E. S. ガードナー「緋の接吻」、ロバート・アーサー「51番目の密室またはMWAの殺人」、マイケル・イネス「死者の靴」、となっています。短編としてはチョー有名なケメルマンの「9マイルは遠すぎる」とか、あるいは、ミステリの世界では有名なチャンドラー、シムノン、ガードナーなどの作品も収録されています。もちろん、シムノン作品はメグレ警部が主人公ですし、ガードナー作品は弁護士メイスンの法廷シーンが見せ場です。意外と思われるのは、ハックスリーやバックの作品が収録されているところですが、少なくとも、バックの「身代金」はその昔から有名なミステリと見なされていたようです。私は不勉強にして知りませんでしたので、ご参考まで。

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2023年6月23日 (金)

高い上昇率が続く5月統計の消費者物価指数(CPI)の先行きをどう見るか?

本日、総務省統計局から5月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の統計で見て前年同月比で+3.2%を記録しています。前年比プラスは21か月連続で、高い上昇率での推移が続いています。ヘッドライン上昇率も+3.2%に達している一方で、エネルギー価格の高騰が一巡したことから、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率は+4.3%に達しています。コアCPIはもちろん、エネルギーと生鮮食品を除くコアコアCPIでも日銀のインフレ目標である+2%を超えています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者物価、5月3.2%上昇 食品や宿泊が伸び高止まり
総務省が23日発表した5月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が104.8となり、前年同月比で3.2%上昇した。プラスは21カ月連続で、高水準での推移が続く。食品といった生活必需品や宿泊料の値上がりが全体を押し上げ、物価上昇の品目も増えた。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値の3.1%を上回った。再生可能エネルギー発電促進賦課金の引き下げや燃料価格の下落があった電気代が押し下げ、4月の3.4%からは伸び幅が縮小した。日銀の物価目標である2%を上回る状況が続く。生鮮食品を含む総合指数は3.2%上昇した。
生鮮食品とエネルギーを除く総合指数は4.3%上昇し、プラス幅が前月から0.2ポイント拡大した。伸びの拡大は12カ月連続となる。第2次石油危機の影響で物価が上昇した1981年6月の4.5%以来41年11カ月ぶりの高い上昇率となった。
品目別では生鮮食品を除く食料が9.2%プラスだった。75年10月の9.9%以来47年7カ月ぶりの上昇幅となる。原材料価格や物流コストの上昇で、アイスクリームが10.1%上昇した。4月に価格改定のあったヨーグルトも11.3%伸びた。
日用品も値上げが続き洗濯用洗剤が19.9%上がった。宿泊料は9.2%伸びた。政府の観光支援促進策「全国旅行支援」の効果が続く一方で、新型コロナウイルス禍からの経済社会活動の正常化で観光需要が増えて価格が上昇した。
17.1%マイナスだった電気代を中心にエネルギーは8.2%低下した。都市ガス代も1.4%上昇と4月の5.0%プラスから伸びが縮小した。
総務省の試算では、電気・都市ガス料金の抑制策と全国旅行支援をあわせた政策効果は、生鮮食品を除く総合の前年同月比伸び率を1.0ポイント押し下げた。単純計算すると、政策効果がなければ前年同月比で4.2%の上昇だったことになる。
生鮮食品を除く総合を構成する522品目のうち前年同月より上がったのは438品目、変化なしは43品目、下がったのは41品目だった。4月は433品目が上昇しており、物価上昇の裾野が広がっている。
日本経済研究センターがまとめた民間エコノミスト36人の予測平均では4~6月期の生鮮食品を除く総合の前年同期比が3.24%プラスで、前回調査から0.31ポイント引き上げた。2024年4~6月期も同2.01%伸びると予測する。足元では再び進行する円安が輸入価格の上昇圧力にもつながり、物価は高止まりが続く可能性がある。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長くなりましたが、いつものように、よく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にもあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+3.1%の予想でしたので、実績の3.2%の上昇率はコンセンサスを上回ったとはいえ、ほぼほぼ予想通りと考えられます。エネルギー価格については、2月統計から前年比マイナスに転じていて、今日発表された5月統計では前年同月比で▲8.2%に達し、ヘッドライン上昇率に対する寄与度も▲0.69%の大きさを示しています。5月統計でインフレ率が縮小した背景はエネルギー価格とともに、4月の年度始まりの際の価格改定の反動もあると私は考えています。いずれにせよ、私が交通事故で入院していた間にインフレの主役はエネルギーから食料に完全に交代しました。5月統計のヘッドライン上昇率+3.2%に対する寄与で見て、繰り返しになりますが、エネルギーが▲0.69%であるのに対して、食料は生鮮食品を含めれば+2.29%に達しています。さらに細かく食料の内訳を寄与度で見ると、からあげなどの調理食品が+0.34%、外食ハンバーガーなどの外食が+0.30%、チョコレートなどの菓子類が+0.27%、そしてメディアでの注目度も高い鶏卵などの乳卵類が+0.22%、国産豚肉などの肉類も+0.21%、などなどとなっています。
ただし、現在のインフレ目標+2%を超える物価上昇率はそれほど長続きしません。6月統計では電力各社の値上げが実施されたり、また、政府のガソリン補助金が縮減されたりするため、一時的に上昇率が高まる可能性が高いものの、その後は徐々にインフレ率は縮小していくものと予想するエコノミストが多いと私は受け止めています。私もそうです。私以外にも、例えば、日本経済研究センター(JCER)によるEPSフォーキャストでは今年2023年7~9月期には+2.77%と+3%を下回り、その後、緩やかに上昇率を低下させ、ほぼ1年後の来年2024年4~6月期には+2.01%と日銀の物価目標である+2%近傍まで低下し、その後、+2%を下回る、と予想されています。他にも、ニッセイ基礎研究所のリポートによれば、「コアCPI上昇率は財価格の上昇ペース鈍化を主因として、秋頃には2%台に鈍化するが、日銀が物価安定の目標としている2%を割り込むのは24年入り後となることが予想される。」と日本経済研究センターのESPフォーキャストと同じように、2024年になれば日銀物価目標の2%を下回る、という見方を提供しています。

繰り返しになりますが、物価上昇率は今後1年くらいかけて日銀のインフレ目標に近づくとはいえ、食料の価格上昇は大きく国民生活を圧迫します。ですので、生計費の上昇に見合った賃金上昇が必要であることは当然です。加えて、エネルギーや食品やといった輸入品価格の上昇に頼ったインフレではなく、物価が上がれば賃金も上がるという意味で、デフレ脱却の力強い後押しにも賃金上昇は欠かせません。

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2023年6月22日 (木)

世界経済フォーラムの Global Gender Gap Report 2023 に見る日本の男女平等はなぜ進まないのか?

昨日6月21日、ダボス会議を主催する世界経済フォーラムから Global Gender Gap Report 2023 が明らかにされています。もちろん、pdfの全文リポートもアップされています。もうすでに広く報じられているところですから、改めて取り上げるまでもありませんが、我が日本は調査対象の146か国中の125位、昨年の116位からさらに順位を落としています。

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リポート p.217 から日本の国別プロファイルを引用すると上の通りです。男女が完全に平等とした場合を1スコアが0.647、順位が125位となっています。スコアを政治、経済、教育、健康の4つのセグメントに分割した場合のチャートがあり、教育と健康はまだいいとしても、企業の女性管理職や役員が少ない、また、国会議員の女性比率が低い、などの理由で政治と経済の分野で極端に低いスコアとなっています。先進国感でも決定的にスコアが低くなっています。例えば、このスコアを2006年から時系列データとしてプロットした主要7カ国の男女平等達成率の推移のグラフを朝日新聞のサイトから引用すると下の通りです。

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従来からの私の主張を2点だけ繰り返しておきたいと思います。第1に、多様性の欠如が我が国経済の最大の弱点のひとつであり、女性を管理職や役員に無理矢理にでも登用すれば、日本経済の活力がかなりの程度に戻り、成長率も回復すると考えるべきです。しかし、既得権勢力の中年男性の反対が強いことは認識しています。第2に、女性活躍の拡大だけでなく、いろんな課題を解決するためには、意識改革などの人のココロの問題では解決しません。制度的な裏付けや場合によっては強制力も必要です。少なくとも、このままでは経済的には日本が先進国から滑り落ちる日も遠くないと危惧しています。20世紀から今世紀にかけての世界経済で先進国から経済が後退した例としてはアルゼンチンに続いて日本が2国目となる可能性すらあります。

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ゼミ募集に学生の応募があってうれしい

私の勤務校では、2年生の後期から2年半に渡ってゼミで勉強することになっています。したがって、年度前半のこの時期に2年生に向けて後期からのゼミ募集が始まっています。
ゼミの定員は1学年で20人程度と目されており、人気ゼミの先生方の中には1次募集で20人強を決めてしまう場合もあるのですが、今まで私のゼミは最終募集まで粘って、それでも数名の学生を確保するにとどまっています。特に、今年は1次募集の締切まで私は交通事故で入院を余儀なくされており、ゼミ説明会などの広報活動がまったくできなかったこともあって、極めて深刻に受け止めていましたが、それでも、数少ないながら応募の学生が何人かいてくれて、今年後期から来年度・さ来年度にもゼミが存続することになりました。
とても素直にうれしいと感じています。

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2023年6月21日 (水)

コロナからの回復期に国際協力の資金援助はどこまで効果があったか?

昨日に続いて、これまた旧聞に属するトピックながら、先週6月14日のIMF BlogのChart of the Week, How Financing Can Boost Low-Income Countries' Resilience to Shocks に注目します。
私が体力の回復に努めていた間の今年2023年4月にIMFから World Economic Outlook, April 2023: A Rocky Recovery が公刊されています。しかし、2020年の新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のパンデミック以降の低所得国の経済は思わしくなく、経済見通しも下方修正となっている点を指摘し、特に、"To boost economic growth and put them back on a path to income convergence with advanced economies, we estimate that low-income countries need an additional $440 billion of financing through 2026 from all available sources." と強調しています。その上で、以下のようなグラフを示しています。

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4枚のパネルを順に見ていくと、すべてが何らかの意味でCOVID-19で大きなダメージを受けているわけで、まず、左上のパネルは交通や移動のセクター、右上は小売やレクリエーション、左下が夜間照明、そして、右下が総合的な経済活動となっています。たしかに、上段の2つのパネルで示された交通・移動や小売・レクリエーションのセクターは、何らかの資金援助を受けている方(funded)が回復が速いペースで進んでいる、というのは明らかです。しかし、右下の総合的な経済活動の指数を見ると、資金援助を受けているかどうかで大きな差はないようにも見えます。分析では、IMFからの資金供与が10%増えると経済活動指数が0.2%ポイント向上する、すなわち、"An illustrative 10 percent increase in IMF financing was associated with a 0.2 percentage point increase in economic activity, on average over the course of the pandemic" と指摘していますが、COVID-19のダメージの大きなセクターでは効果が大きい一方で、総合的にはこの程度なのかもしれません。

最後に、一応、念のためですが、IMF Blogのサイトではグラフが動画(昔のFlash Videoみたい?)で提供されているので、上の画像はTwitterのサイトから引用しています。なお、こういった試算を行っているのは以下のリファレンスです。ご参考まで。

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2023年6月20日 (火)

東京商工リサーチ「企業の花粉症影響」アンケート調査の結果やいかに?

やや旧聞に属する話題ながら、先週6月14日に東京商工リサーチから「企業の花粉症影響」アンケート調査の結果が明らかにされています。まず、東京商工リサーチのサイトから花粉症の悪影響に関する質問への回答のグラフを引用すると以下の通りです。

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花粉症の悪影響は、何といっても、「従業員の作業効率の低下」であり1,565社中の1,425社、すなわち、91.0%に上っています。私もヘビーな花粉症なので、よく判ります。今でこそいい抗アレルギー剤を服用していて影響はかなり軽減されていますが、オフィスの席に座っていても、くしゃみと鼻水で仕事にならないこともありました。政府では、花粉症に関する関係閣僚会議を設置してこの国民病を克服しようと努力しているようですが、私の命ある間に何とかして欲しいものです。

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2023年6月19日 (月)

帝国データバンク「企業の想定為替レートに関する動向調査」の結果やいかに?

先週金曜日の6月16日に帝国データバンクから「企業の想定為替レートに関する動向調査」の結果が明らかにされています。企業が業績見通しを作成する際の想定レートに関する調査結果です。実勢の市場レートは、現在、1米ドル=140円前後になっていますが、この調査結果では127.61円となっています。まず、帝国データバンクのサイトから調査結果の要旨を3点引用すると以下の通りです。

調査結果
  1. 想定為替レートは平均1ドル=127.61円
  2. 業界間の想定為替レートの違いは最大7.44円差
  3. 「直接輸入」だけを行う企業は「直接輸出」だけの企業より1.60円の円安水準を想定

もちろん、全文リポートもアップされていますので、グラフを引用しつつ簡単に取り上げておきたいと思います。

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ということで、上のグラフはリポートから 想定為替レートの分布状況 を引用しています。繰り返しになりますが、平均は1米ドル=127.61円なのですが、モード=最頻値、メディアン=中央値ともに130円となっています。上のヒストグラムからも1米ドル=130円をはさむレンジを想定する企業が多いのが見て取れると思います。もちろん、業種によって輸入・輸出の占める割合が違いますし、企業ごとに保守的に、というか、厳し目に見るか、あるいは楽観的に見るかの違いもありますので、一概には何ともいえませんが、業種別に見て、卸売と金融が129円台を想定している一方で、建設と運輸・倉庫が120円台前半と想定していて、もっとも円安水準の卸売ともっとも円高水準の建設で7.44円の差があります。また、海外との取引が決して少なくない製造業では127.97円とほぼ平均に近い水準が想定されています。最後に、繰り返しになりますが、市場の実勢為替レートが140円前後である中で、企業は市場レートよりも少し円高水準を想定しているわけで、今後の為替相場の動向が気がかりです。

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2023年6月18日 (日)

エっ、奨学金の返済が動機の自殺が増えている?

本日の朝日新聞朝刊の1面トップの記事を見て愕然としました。奨学金を得て進学したはいいのですが、その奨学金の返済ができずに自殺するケースが昨年2022年に10件に達したことから、自殺者統計で原因や動機に奨学金返還の項目が加わったことを報じています。まず、朝日新聞のサイトから記事の最初のパラだけを引用すると以下の通りです。

自殺の動機「奨学金の返済苦」、22年は10人 氷山の一角との声も
2022年の自殺者のうち、理由の一つとして奨学金の返還を苦にしたと考えられる人が10人いたことが、警察庁などのまとめでわかった。自殺者の統計が同年から見直され、原因や動機に奨学金返還の項目が加わったことで初めて明らかになった。国は、返す必要のない給付型奨学金の拡充などを打ち出しているが、識者や支援者は「いま返還している人への施策が必要」「人数は氷山の一角だ」と指摘する。

続いて、同じく朝日新聞のサイトから自殺者数の推移と2022年の統計から新らしく入った主な項目の画像を引用すると以下の通りです。

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私は大学教員ですから、当然に、初等・中等教育よりも奨学金を得て進学している学生が多いことは実感しています。しかし、後年に返済が必要な貸与型が少なくなく、朝日新聞の記事では「人によっては、返還額は1千万円前後になることもある。」と指摘しています。広く知られている通り、大学の授業料はここ50年ほどで急激に上昇しています。文部科学省の資料にある通りです。私のころは国立大学で年間96,000円でした。私の父親はデスクワークなんてしたこともないような労働者階級でしたが、国立大学の授業料を払えるくらいのお給料はもらっていたのだろうと思います。しかも、私より2-3年前の年代では国立大学の授業料は年間36,000円でした。その時代でもほぼほぼ無料に近い感覚だったろうと思います。しかし、現在では国立大学授業料は年間50万円を軽く超え、私立大学に至っては100万円に近づいています。
経済学的に考えて、2点指摘しておきたいと思います。第1に、少なくない先進国で大学教育が無償化されている一方で、我が国では大学教育はかなり高額な授業料負担が伴うと理解されていますが、実は、私の少し前、でも今から考えれば50年前まで国立大学の授業料は年間36,000円に抑えられていました。当時の感覚でも、ほぼ無償に近い水準だったと私は記憶しています。繰り返しになりますが、私の世代の年間96,000円もかなり「格安」と受け止められていました。私くらいまでの世代であれば、国立大学で無償に近い大学教育が受けられていたわけです。しかし、第2に、我が国で大学教育の授業料負担が可能であったのは長期雇用と補完的な年功賃金のおかげです。すなわち、年功賃金によって子供が大学進学するころにお給料が増えて、大学教育の授業料が払えてしまっていたわけです。でも、この長期雇用と年功賃金が崩壊し非正規雇用が大きく拡大したにもかかわらず、大学授業料は上がり続けているわけです。もしも、政策的に雇用の流動化を進めるのであれば、高等教育の授業料負担は大きく軽減されなければなりません。そうでなければ、政策的な整合性が確保できません。

私はエコノミストとして、また、いくつかの経験的にも、大学教育が貧困からの脱出や格差の是正に役立つことを強く主張しています。そのためには、大学教育の負担を低く抑えるか、あるいは、大学教育の負担をできるだけのお給料が支払われるか、どちらかが必要です。

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2023年6月17日 (土)

土壇場にクローザーの岩崎投手が打たれてソフトバンクに逆転負け

  RHE
ソフトB000010203 691
阪  神010300000 471

中盤までリードしながら、逃げ切りに失敗してソフトバンクに逆転負けでした。先発の大竹投手は安定したピッチングで6回を投げきって1失点でしたが、7回にリリーフした及川投手がフォアボールの後にツーランを浴びて、さらに、9回に登板したクローザーの岩崎投手がとうとう逆転されてしまいました。逆に、そのウラの阪神の攻撃はアッサリと三者凡退でゲームセットでした。

明日の交流戦最終戦は、
がんばれタイガース!

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2023年6月16日 (金)

遅ればせながら山中千尋の Ballads を聞く

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本日のアルバムは山中千尋の Ballads です。私の入院中の3月に新しいアルバム Today Is Another Day がすでにリリースされています。日本でのアルバム発売ですので、初回限定盤とか、いろんなバージョンがあるのだと思いますが、私が聞いたのはジャケット通りの通常版です。ということで、その通常版の収録曲は以下の16曲です。
01 For Heaven's Sake
02 Smoke Gets in Your Eyes
03 Good Morning Heartache
04 Danny Boy
05 This Masquerade
06 Old Folks
07 On the Shore
08 I Love You, Porgy
09 Can't Take My Eys off You
10 Ruby, My Dear
11 Dove
12 Caught in the Rain
13 I Can't Get Started
14 Orleans
15 Abide with Me
16 Thank you Baby

お恥ずかしくも、2021年録音・発売のアルバムを2年近く経過した今ごろになって聞いていたりします。新アルバムがすでに出ているのは前述の通りです。本アルバムは、タイトル通りに、バラードを集めたアルバムです。4曲目の Danny Boy と10曲目の Ruby, My Dear と13曲目の I Can't Get Started には、ごていねいにも「新録音」と注がつけられています。私は、Danny Boy と Ruby, My Dear については、聞いた記憶があるのですが、I Can't Get Started は記憶にありませんでした。
このピアニスト山中千尋は、一応、小曽根真や上原ひろみなどと並んで、日本を代表するジャズピアニストの1人と私は考えているのですが、どうも音楽の方向性が定まらないように私には見えます。よくいえば、いろんな可能性を探っているのかもしれません。ただ、バラードで全曲を固めるピアニストではない、と私は考えています。もっとアップテンポで躍動的な曲が持ち味だという気もします。その意味で、このピアニストのアルバムの中で、私がもっとも愛聴するのはマイナーレーベル最後の Madrigal と、メジャーレーベル移籍後最初にリリースした Outside by the Swing です。したがって、というか、何というか、このアルバムはそれほど高い評価はいたしかねます。でも、まあ、私のようなズボラなファンであっても、このピアニストのファンであれば、発売から少々お時間が経過していても聞いておくべきアルバムかもしれません。私もウォークマンに入れておこうかと考えています。

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2023年6月11日 (日)

新しいランニングシューズを買ってトレーニングに励む

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先週、近くの靴屋、そうです、靴屋であってスポーツ・ショップではありません、その靴屋でミズノのランニングシューズを買い求めました。今日、初めてジムで使ってみました。上の写真では明確ではないのですが、かなり鮮やかなイエローです。ジム用のシューズは今までミズノばっかりを買いつないできています。私の足の形から、どうしてもリーボックは合わず、アディダスかミズノが多いような気がします。何となく、企業イメージでナイキには手が伸びません。
JRの駅から職場のキャンパスまでバスではなく、徒歩で歩くことを想定して、時速5キロのスピードで45分間、3.5キロあまりを少し傾斜をつけてランニングマシンで歩いてみたり、エアロバイクを1時間25キロほど漕いでみたりしています。どこまで体力が回復するのか、やや不安は残ります。体重は戻りそうもありません。

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2023年6月10日 (土)

今週の読書はまたまた軽めに計5冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、あをにまる『今昔奈良物語集』(角川書店)は古典を基に奈良に即したパロディにした短編を収録した短編集です、単行本はこれだけで、あと4冊は新書になります。斎藤幸平『ゼロからの『資本論』』(NHK出版新書)は晩期マルクスをひも解いて物質代謝の理解から脱成長によるサステイナビリティの改善の道筋を示しています。貞包英之『消費社会を問いなおす』(ちくま新書)では、労働と消費のデカップリングのためのベーシックインカムについて論じています。恒川惠一『新興国は世界を変えるか』(中公新書)では、経済力を背景に存在感を増している新興国のプレゼンス向上が自由主義的国際主義の世界を変えるかどうかを考えています。最後に、石破茂ほか『自民党という絶望』(宝島社新書)では様々な観点から政権党であり続ける自民党に関する批判的見方を提供しています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊でしたが、先週8冊の後、今週ポストする5冊を合わせて57冊となります。順次、Facebookでシェアするなど進めたいと思います。

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まず、あをにまる『今昔奈良物語集』(角川書店)です。著者は、主としてネット小説を手がけている作家ということです。本書巻尾には「奈良県出身、在住」としかありませんが。当然ながら、何らかのより強いつながりがあるのだろうと私は想像しています。本書は古典を基に奈良に即したパロディにした短編を収録した短編集です。収録されている作品とその元となる古典は、順に、「走れ黒須」(太宰治『走れメロス』)、「奈良島太郎」(『浦島太郎』)、「二十歳」(菊池寛『形』)、「ファンキー竹取物語」(『竹取物語』)、「大和の桜の満開の下」(坂口安吾『桜の森の満開の下』)、「古都路」(夏目漱石『こころ』)、「三文の徳」(芥川龍之介『薮の中』)、「若草山月記」(中島敦『山月記』)、「どん銀行員」(新美南吉『ごんぎつね』)、「うみなし」(宮澤賢治『やまなし』)、「耳成浩一の話」(小泉八雲『耳無芳一の話』)、となっています。冒頭作は、大阪のぼったくりバーの料金を払えずに、友人を残して奈良まで支払手段を取りに帰り、友人を救助すべく夜明け前の道を急ぐ、というものです。私自身は、「どん銀行員」を面白く読みました。鈍で大した仕事もしていないように見える銀行員が、実は、とても重要な役割を果たしている、という作品です。私自身は京都から近鉄に乗って奈良にある中学・高校に6年間通っていましたから、土地勘がありますし奈良にはそれなりの思い入れもあります。でも、京都よりも古いことですし、多くの読者が楽しめる作品に仕上がっていると思います。

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次に、斎藤幸平『ゼロからの『資本論』』(NHK出版新書)です。著者は、集英社新書の『人新世の「資本論」』などで注目されているマルキストです。私の目から見て、エコノミストというよりは哲学者に近い印象を持ちますが、私のような主流派に属するエコノミストから見ると、マルキストはそういう人が多いのかもしれません。本書は、2021年1月にNHKで放送され好評だった「100分de名著 カール・マルクス『資本論』」を基にしています。大昔ながら、一応、私は『資本論』全3巻を読んでいて、公務員試験の2次試験の面接でも隠すことなく明らかにした記憶があり、その上で採用されて官庁エコノミストをしたりしました。ですから、「ゼロから」をつけられると少し抵抗がなくもないのですが、まあ、ほぼほぼゼロだというとこは認めます。そして、本書では、『資本論』だけに依拠するのではなく、この著者が盛んに主張しているように、後期ないし晩期マルクスの物質代謝を軸にして、従来の史的唯物論から脱却したマルクス主義を展開しています。その主眼は、史的唯物のような一直線の成長ではなく、むしろ脱成長を軸に置き、それと環境との調和、あるいは、経済と環境のサステイナビリティを両立させる方向性です。私はマルクス主義そのものにそもそも詳しくないですし、加えて、一般的理解の先にある晩期マルクスの主張はまったく不案内ですが、現在のネオリベな資本主義の前を展望する経済社会体制として、マルクス主義的な社会主義や共産主義は十分可能性がある、と考えていて、でも、私はまったく詳しくない、とも自覚しています。その意味で、大いに勉強になりました。

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次に、貞包英之『消費社会を問いなおす』(ちくま新書)です。著者は、立教大学の研究者であり、専門は経済学ではなく社会学です。ですから、本書では「消費社会」について、かなりの程度に経済学的な観点を踏まえつつ、でも、社会学的に消費者の選択という観点から考えています。もっとも、経済学でも選択の問題はよりロジカルに考えますから、むしろ、社会学的に消費の限界を考えていて、その限界の解決を思考している、と私は受け止めています。そして、本書で指摘している消費の限界は2点あり、経済と環境です。経済という点でいえば、格差・不平等とか不公平の拡大があり、環境については、もはやいうまでもありません。新書ながら限界の解決策を思考しているのが本書の立派なところで、解決のためにベーシックインカムを主張しています。すなわち、ベーシックインカムによって勤労/労働と消費のデカップリングが可能になる、というわけです。私には、この論点、というか、労働と消費のデカップリングがどこまで重要なのかが十分に理解できませんでした。加えて、消費の分析が甘い気がします。というのは、ネットの普及・発達によるSNSや通販が消費に及ぼす影響、あるいは、消費者への影響がほとんど分析されていません。ここはもう少し掘り下げた分析が欲しかったところです。

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次に、恒川惠一『新興国は世界を変えるか』(中公新書)です。著者は、政策研究大学院大学(GRIPS)の研究者でしたが、私よりもさらに10歳ほど年長ですから、一線は退いているのではないかと想像しています。専門は比較政治学、国際関係論です。実は、もう15年ほど前に私が長崎大学の教員だったころ、国際開発機構(JICA)研究所の非常勤の特別研究員をしていたのですが、その時のJICA研の所長ではなかったか、と記憶しています。本書では、高い成長率に示されているような経済力を背景に存在感を増している新興国、BRICSをはじめとする新興国について、政治経済的に福祉国家の志向、民主化の行方、あるいは、国際関係への関与、などを概観しつつ、本書のタイトルである「新興国は世界を変えるか」について考察を進めています。そして、中でも「世界を変える」というのは、本書p.199に示されているように、2つの次元、すなわち、民主主義と権威主義、そして、国際協調と自国中心を考え、先進国中心の世界は自由主義的国際主義、すなわち、民主主義に基づく国際協調であった一方で、国家主義的自国主義に変貌していく可能性を指しています。そして、少なくとも現時点では、そのリスクは大きくないと楽観的な結論を示しています。私も基本的にこの結論には賛成なのですが、他方で、本書のスコープ外ながら、視点を新興国から先進国の方に移動させると、米国のトランプ前大統領、あるいは、イタリアのメローニ首相、あるいは、欧州のいくつかのポピュリスト党の伸長などは新興国側からではなく、先進国側からの自由主義的国際主義へのリスクになりそうな気もします。

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次に、石破茂ほか『自民党という絶望』(宝島社新書)です。著者は、上の表紙画像に小さく見える9名であり、終章を別にすれば9章から構成されています。ただ、著者、というのは完全に正確なわけではなく、むしろ、対談でインタビューを受けている方々、ということになります。長くなりますが、少タイトルと著者を羅列すると、第1章 "空気"という妖怪に支配される防衛政策-石破茂(自民党・衆議院議員)、第2章 反日カルトと自民党、銃弾が撃ち抜いた半世紀の蜜月-鈴木エイト(ジャーナリスト)、第3章 理念なき「対米従属」で権力にしがみついてきた自民党-白井聡(政治学者・京都精華大学准教授)、第4章 永田町を跋扈する「質の悪い右翼もどき」たち-古谷経衡(作家)、第5章 "野望"実現のために暴走し続けたアベノミクスの大罪-浜矩子(経済学者)、第6章 「デジタル後進国」脱却を阻む、政治家のアナログ思考-野口悠紀雄(経済学者)、第7章 食の安全保障を完全無視の日本は「真っ先に飢える」-鈴木宣弘(経済学者・東京大学大学院農学生命科学研究科教授)、第8章 自民党における派閥は今や“選挙互助会”に-井上寿一(歴史学者・学習院大学教授)、第9章 小泉・竹中「新自由主義」の"罪と罰"-亀井静香(元自民党政調会長)、ということになります。基本的に、今世紀に入ってからの自民党政権、特に長期政権を維持した安倍内閣のころの自民党が主として取り上げられている印象です。終章では、サルトーリ教授の「1党優位性」の概念を示しつつ、自民党政権が続いた点について考察を加えています。特に、現在の岸田内閣については、安倍内閣や菅内閣と基本的に差はない、とする多くの識者の意見は、私もその通りだと感じています。ただ、私は特に今世紀に入ってからの連立与党である公明党の果たした役割が抜けている気がしてなりません。「統一協会」問題での存在感のなさは少し不思議でした。加えて、自民党のコインのウラに当たる野党、特に2009年に政権交代を果たした当時の民主党政権のひどいパフォーマンスについて、もう少し取り上げて欲しかった気がします。でも、そういった点を割り引いても、本書は自民党政権の理解に大いに役立つと私は受け止めていますし、多くの読者が読んでおいて損はない、と考えています。

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2023年6月 4日 (日)

才木浩人投手が佐々木朗希投手に投げ勝ってロッテに連勝

  RHE
ロ ッ テ000000000 030
阪  神00000110x 250

息詰まる投手戦でしたが、才木投手が完封でロッテに連勝でした。
両リーグ首位チームの対決は、タイガースが才木浩人投手、マリーンズが佐々木朗希投手とパワーピッチャーによるハイレベルな投手戦で幕を開けました。しかし、阪神は6回に大山選手のタイムリーで先制し、続くラッキーセブンには女房役の梅野捕手のソロホームランで追加点を奪い、才木投手は3安打12三振の力投でした。ピンチらしいピンチは9回だけだったような気がします。わずかに2時間半ほどで試合が終わってしまいました。

明日も、
がんばれタイガース!

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2023年6月 3日 (土)

交通事故から退院した今週の読書感想文は経済書はなく計9冊

今週の読書感想文は以下の通り計9冊です。入院中や退院直後に読んだ本ばかりで、経済書や教養書はなく、小説の単行本と文庫本が中心となっています。
まず、安倍晋三ほか『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)です。今さら言うまでもなく、昨夏に暗殺された元総理大臣の回顧録です。そして、小説を3冊、村上春樹『街とその不確かな壁』(新潮社)は我が国を代表する小説家が6年ぶりに出版した新作長編小説です。ここまで入院中に読み、以下は退院後に読みました。すなわち、今野敏『審議官 隠蔽捜査9.5』(新潮社)はミステリ作家による警察小説のシリーズのスピンオフ短編集です。麻耶雄嵩『化石少女と7つの冒険』(徳間書店)もミステリ作家による高校を舞台にした学園ミステリです。新書は2冊で、源河亨『「美味しい」とは何か』(中公新書)は食から美学を考えており、「浦上克哉『もしかして認知症?』(PHP新書)はコロナ禍で懸念される認知症について豊富な情報が詰め込まれています。最後に、文庫本は3冊でアンソニー・ホロヴィッツ『殺しへのライン』(創元推理文庫)は探偵ダニエル・ホーソーンの謎解きを作家であるアンソニー・ホロヴィッツが取りまとめるシリーズ第3巻最新刊であり、ピーター・トレメイン『昏き聖母』上下(創元推理文庫)は7世紀のアイルランドを舞台にした修道女フィデルマのシリーズ最新邦訳です。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊でしたが、入院によるブランクが3か月近くあり、今週ポストする9冊を合わせて53冊となります。年半分が過ぎて、例年の年間新刊書読書200冊はムリそうです。せめて、100冊の大台には乗せておきたいと希望しています。ただ、今週の読書感想文は、経済書がなく退院したばかりでもあり、軽いレビューで失礼しておきます。

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まず、安倍晋三ほか『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)です。著者は、元総理大臣とインタビュアーのジャーナリストです。安倍晋三元総理は、繰り返しになりますが、昨年2023年7月8日の選挙演説中に暗殺されています。当たり前ですが、それ以前にジャーナリスト2人、すなわち、橋本五郎・尾山宏が聞き取った36時間に渡るインタビューを編集して収録しています。第1章が辞任直前の2020年を取り上げているほかは、第2章で第1次内閣当時までの2003-12年、さらに、第3章では第2次内閣の発足した2013年、などなど、基本的に時系列での章別構成となっています。第1章とともに、第6章だけは例外で、第6章では海外首脳の評価に当てられています。私はエコノミストですので、本書で多くの紙幅が割かれている外交関係は、まあ、外交官経験があるとはいえ、専門外ながら、ひとつの読ませどころとなっているように感じました。ジャーナリストが聞き取ったインタビューを編集した結果ですので、安倍元総理の自画自賛的な部分や一方的な解釈も見受けられ、特に、「財務省陰謀論」的な主張など、それなりに読み進むには注意を要すると感じる読者もいそうな気がします。なお、本書は交通事故にあった時点でリュックに持っていて、半分くらいを読み終えていましたが、入院中にもう一度最初から読み返しました。

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次に、村上春樹『街とその不確かな壁』(新潮社)です。著者は、日本を代表する作家の1人であり、最近ではノーベル文学賞候補に上げられることもあります。といった大作家ですので、出版社も特設サイトを開設したりしています。17歳と16歳の高校生男女のカップルから始まって、男子高校生のその後のあり方を主人公に壁の中と外とでストーリーが進みます。主人公のほか、実態上の私設図書館のオーナー運営者であった子易さん、あるいは、イエローサブマリンのヨットパーカを着て図書館に通い詰めていた少年、特徴的な登場人物によって物語が彩られます。読者によっては、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のパラレル・ワールドを思い出す人がいそうな気がします。私はこの作家の大ファンですし、まさに、「村上ワールド」全開といったこの作品はとても好きになりました。『海辺のカフカ』や最近の作品である『1Q84』、あるいは、『騎士団長殺し』などに見られた暴力的な描写もほとんどありません。これも私には好ましい点でした。最後に、私はタイトルも発表されていない2月の時点で大学生協に発注し、入院中にお見舞いに来てくれた同僚教員に持ってきてもらいました。感謝申し上げます。

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次に、今野敏『審議官 隠蔽捜査9.5』(新潮社)です。著者は、日本でもっとも売れているミステリ作家の1人であり小説小説がひとつの特徴と考える読者も多いと思います。タイトル通り、「隠蔽捜査」シリーズのスピンオフ短編集です。2字ないし3字の漢字のタイトルを持つ9篇の短編から編まれています。このシリーズでは竜崎と伊丹の2人の警察キャリア官僚が登場しますが、伊丹の方は一貫して警視庁刑事部長である一方で、竜崎の方は警視庁大森署長だったり、神奈川県警刑事部長だったりします。しかし、竜崎は主人公ですが、伊丹の方は本書にはほとんど登場しません。相変わらず、竜崎のウルトラ合理的な姿勢が強調されています。しかし、その中にあって、本書の表題作となっている短編の「審議官」では、仕事をスムーズに運ぶために、というか、面倒を回避するために、竜崎が格上である先輩の警察庁審議官を持ち上げるような面を見せたりします。ただ、これも合理的な理由からなされている点が強調されています。私のようにこのシリーズのファンであれば、読んでおくべきだという気がします。

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次に、麻耶雄嵩『化石少女と7つの冒険』(徳間書店)です。著者は、我が母校の京都大学ミス研出身のミステリ作家です。私と同年代に近い京大ミス研出身作家である綾辻行人や法月綸太郎などから10年ほど後輩ではないかと思います。舞台は京都市北部にあるお嬢様お坊っちゃまの通う私立ペルム学園で、主人公はタイトルにある化石少女、すなわち、古生物部の部長である神舞まりあ、高校3年生です。ミステリの謎解きを試みる探偵役です。そして、主人公をサポートするのは同じ古生物部の1年下の高校2年生の桑島彰、まりあの「従僕クン」となります。なお、本書には2014年出版の前作『化石少女』があり、前作では主人公の神舞まりあは高校2年生、桑島彰は高校1年生でしたので、10年近くを経て学年をひとつ進めたことになります。ペルム学園の古生物部には、1年生から高萩双葉が新入部員として加わります。前作では、部員の少ない「過疎部」として生徒会から古生物部が目をつけられていて、とてもあり得なくも毎月のように殺人事件が頻発するペルム学園で、廃部を回避すべく生徒会役員を犯人に見立てた主人公神舞まりあの推理を桑島彰が否定しまくる、というものでしたが、この作品でも前作と同じように、毎月のようにペルム学園で殺人事件が起こります。ただ、まりあが京都府内で恐竜の化石を発見したり、その話題性で大学への推薦入学が早々に決まったりという動きもあります。加えて、前作では真相が明らかにされない事件がいっぱいだったのですが。この作品では真相が明らかになる事件も少なくありません。私のようにこの作家のファンであれば、読んでおいて損はないと思います。

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次に、源河亨『「美味しい」とは何か』(中公新書)です。著者は、九州大学の研究者であり、専門は哲学や美学です。本書では、いわゆる味覚について、甘いとか、しょっぱいとかの客観性ある表現ではなく、多分に主観的な要素を含む「美味しい」について、哲学や美学の観点から考察を進めています。甘いとか、辛いとかの記述的判断ではなく、「美味しい」あるいはその逆の「不味い」というのは評価的判断であることから、主観的な要素もあると私は考えますが、文化に根ざす客観性という概念を用いて、著者は食における美学的な表現を展開します。もちろん、他方で、食の芸術性についても考えていて、絵画や音楽といった「高級芸術」に比べて食については「定休芸術」、ないし、芸術ではないとする見解を否定し、同時に、食の芸術性は単なる味覚と嗅覚だけではなく、見た目の視覚や歯触り口当たりなどの触覚なども含めたマルチ・モーダルな観点から評価できる、と主張しています。確かに、私は花粉症の季節にはほぼほぼ嗅覚を失いますが、匂いを感じない時期に色を見ずに果実ジュースを飲むと、何なのか、まったく判らず、美味しさも大きく低減するのを経験することがあります。やや理屈っぽい内容ですが、普段から食べている食品について、より深く考える一助となります。

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次に、浦上克哉『もしかして認知症?』(PHP新書)です。著者は、鳥取大学医学部の研究者であり、認知症学会の代表理事だそうです。認知症は発症してしまったら根治は不可能に近く、せいぜいが進行を遅らせるくらいしか出来ないと巷間よくいわれており、さらに、ここ3年ほどのコロナ禍の中で外部との交流なども不十分となり、本書で指摘されるまでもなく、認知症のリスクが高まっていることは明らかです。本書では、認知症発症の前の軽度認知障害を克服して、認知症に進まないために必要な情報を提供するとともに、鳥取ローカルでのいくつかの社会実験的な試みを基に、認知症について包括的に論じています。ただ、惜しむらくは、こういった医学専門家の著書にありがちな点で、認知症さえ防止できればそれ以外の疾病は問題とするに及ばず、に近い感覚が読み取れます。総合的な健康という観点が少し希薄な点が残念です。でも、認知症一点張りの本書とともに、読者の方で自分自身の総合的な健康をバランスよく考える一助には十分なります。

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最後に、アンソニー・ホロヴィッツ『殺しへのライン』(創元推理文庫)(創元推理文庫)です。英語の原題は A line to Kill となっていて、2021年の出版です。作者は、『カササギ殺人事件』などで著名な英国のミステリ作家です。この作品は、探偵ダニエル・ホーソーンの事件解決を作家のアンソニー・ホロヴィッツが記述するというシリーズであり、『メインテーマは殺人』と『その裁きは死』に続く第3作です。第4作はすでに英国で出版されていて、タイトルは The Twist of a Knife と巻末の解説で紹介されています。本書では、まだ出版されていない第2巻のプロモーションのためにチャンネル諸島のオルダニー島で開催される文芸フェスにホーソーンとホロヴィッツが行ったところ、島内で連続殺人事件が発生し、島在住の大富豪でオンライン・カジノの経営者で、島に送電線を通す事業も手がけ、さらに、文芸フェスのスポンサーでもある人物とその妻が殺されます。犯人当てとともに動機の解明もテーマとなります。ただ、ミステリとしての謎解きは前作の『その裁きは死』の方が出来がよかったと私は感じました。ご参考まで。

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最後に、ピーター・トレメイン『昏き聖母』上下(創元推理文庫)です。英語の原題は Our Lady of Darkness であり、2000年の出版です。作者は、英国の推理小説作家で「修道女フィデルマ」のシリーズ最新邦訳です。本書では、フィデルマのもっとも親しい友人の1人、というか、このシリーズではフィデルマの相棒を務めているサクソン人修道士のエイダルフが、フィデルマの兄王が統治するモアン王国と緊張関係にあるラーハン王国で殺人の罪に問われて有罪判決を受け、処刑の前日に救助に向かう、というところからストーリーが始まります。フィデルマはモアン王国から同行してきた武官らとともに調査を進め、エイダルフの無実を明らかにすべく事件の真相に迫ります。いつもながら、非常に合理的かつクリアな謎解きで、私の好きなミステリのシリーズのひとつです。

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