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2023年7月31日 (月)

生産が増産を示した鉱工業生産指数(IIP)と堅調な動きが続く商業販売統計の先行きをどう見るか?

本日は、経済産業省から6月の鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が公表されています。IIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から+2.0%の増産でした。また、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+5.9%増の13兆2250億円を示した一方で、季節調整済み指数は前月から▲0.4%の減少を記録しています。まず、日経新聞のサイトロイターのサイトから各統計を報じる記事を引用すると以下の通りです。

鉱工業生産、6月は2.0%上昇 2カ月ぶり改善
経済産業省が31日発表した6月の鉱工業生産指数(2020年=100、季節調整済み)速報値は105.3となり、前月から2.0%上がった。上昇は2カ月ぶり。電子部品・デバイス工業や自動車工業がけん引した。
生産の基調判断は5月と変わらず「緩やかな持ち直しの動き」で維持した。企業の生産計画はこれから上昇する見通しだ。
全15業種のうち10業種が上昇した。コンデンサなどの電子部品・デバイス工業が6.8%上昇した。スマホ向けの需要が伸び、海外への輸出が増えた。半導体メモリーは5月の生産が少なかった反動があった。
普通トラックを中心に自動車工業は6.1%上がった。ギアやシャシー(車台)といった自動車部品が伸びた。トラックの生産も増え、輸出が好調だった。小型乗用車は半導体不足で生産が振るわなかった。
汎用・業務用機械工業は2.3%上昇した。新商品の投入を背景にカメラの生産が増えた。化学工業や金属製品工業もそれぞれ上がった。
残る5業種は低下した。ガソリンや軽油といった石油・石炭製品工業が5.3%下がった。パルプ・紙・紙加工品工業も2.1%低下した。
主要企業の生産計画から算出する生産予測指数は7月について前月比で0.2%の低下を見込んだ。8月は1.1%上昇と予測する。
小売販売6月は+5.9%、自動車など好調で16カ月連続増 値上げも影響
経済産業省が31日に発表した6月の商業動態統計速報によると、小売業販売額(全店ベース)は前年比5.9%増となった。自動車や飲食料品が好調で、値上げの影響もあって16カ月連続で増加した。
ロイターの事前予測でも5.9%増と予想されていた。
業種別では、自動車が前年比19.3%増、医薬品・化粧品が9.5%増、その他小売業が7.6%増、飲食料品6.8%増などとなった。指数押し上げにもっとも寄与したのは自動車と飲食料品で、「価格上昇も影響した」(経産省)という。
一方、燃料は3.9%減、電気製品などの機械器具小売りは3.6%減だった。
業態別の前月比では、ドラッグストアが9.5%増、百貨店が5.8%増、スーパーが3.8%増、コンビニが3.6%増。
ドラッグストアは食品・ペット用品・医薬品いずれも好調だった。百貨店は高額品が好調で、外国人旅行客向けも復調した。スーパーは飲食料品、コンビニは加工食品が伸びた。
家電大型専門店は6.3%減となった。高温だった昨年の反動でエアコンの販売が振るわなかったほか、テレビや録画装置の需要減少が続いている。

長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)は予測中央値で+2.4%、下限で+1.5%の増産でしたので、実績の+2.0%の増産はコンセンサスよりもやや下振れしているとはいえ、レンジ内ということでサプライズはありませんでした。ですので、統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断を「緩やかな持ち直しの動き」で据え置いています。ただし、先行きについては決して楽観できません。欧米先進国ではインフレ抑制のために急激な金融引締を継続しており、海外景気は減速しており、輸出にいく分なりとも依存する生産には無視できない影響があります。ただ、自動車生産への半導体部品供給の制約などもあって、内外の需要要因とともに、供給要因も総合的に考え合わせる必要があります。特に、経済産業省の解説サイトを見る限り、6月統計の増産への寄与でもっとも大きいのは自動車工業であり、+0.80%の寄与を示しています。同様に、出荷の前月比+1.5%増への寄与についても、自動車工業が+0.94%の大きさを示しています。ですから、内外の堅調な需要を受けた自動車工業の増産がどこまで継続するかはやや不透明です。例えば、製造工業生産予測指数を見ると、足元の7月は補正なしで▲0.2%の減産、上方バイアスを除去した補正値なら▲2.7%の減産ですので、部品供給の制約とともに、輸出の占める割合の高い鉱工業生産ですから海外経済の減速は、先行きを考える上で要注意です。

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続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数をそのまま、それぞれプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。見れば明らかな通り、小売業販売に示された国内需要は堅調な動きを続けています。季節調整済み指数の後方3か月移動平均により、かなり機械的に判断している経済産業省のリポートでは、5月までのトレンドで、この3か月後方移動平均の前月比が0.0%の横ばい、繰り返しになりますが、広報移動平均を取らない6月統計の前月比が▲0.4%減となり、「上昇傾向」で据え置いています。さらに、消費者物価指数(CPI)との関係では、今年2023年6月統計では前年同月比で+3%超の上昇率となっていますが、小売業販売額の6月統計の5.9%の増加は軽くインフレ率を超えていて、実質でも小売業販売額は前年同月比でプラスになっている可能性があります。ただし、通常は、インフレの高進と同時に消費の停滞も生じるのですが、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより小売業販売額の伸びが支えられている可能性がありますので、国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性が否定できません。もちろん、引用した記事にあるような自動車の販売増はインバウンドではない可能性が高いのは明らかです。他方で、石油価格が完全に反転したことを受けて、燃料小売業販売額が6月統計の前年同月比では▲3.9%の減少を示しています。おそらく、数量ベースではさらに停滞感が強まっている可能性が強い、と私は考えています。いずれにせよ、物価上昇率の落ち着きにより名目ベースでの小売業販売額の伸びは鈍化する可能性があります。したがって、後に詳しく見る消費者マインドは悪くないので、賃金の伸びがどこまで消費を支えるかがポイントになります。

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最後に、本日、内閣府から7月の消費者態度指数が公表されています。7月統計では、前月から+0.9ポイント上昇し37.1を記録しています。指数を構成する4指標すべてが上昇しています。すなわち、前月からの上昇幅の大きい順に、「耐久消費財の買い時判断」が+1.2ポイント上昇し31.1、「暮らし向き」が+1.0ポイント上昇し33.9、「雇用環境」が+0.9ポイント上昇し44.0、「収入の増え方」が+0.3ポイント上昇し39.2となっています。「暮らし向き」が前月差+1.0と大きく上昇している一方で、「収入の増え方」が+0.3ポイントの上昇にとどまっています。物価上昇の影響の現れ方にやや不思議な気がします。「耐久消費財の買い時判断」についても、同様の感想を持ちます。ただ、統計に現れた消費者マインドは明らかに上向きですので、統計作成官庁である内閣府では基調判断について、先月までの「持ち直している」から、明確に1ノッチ引き上げて「改善に向けた動きがみられる」に上方改定しています。グラフを見ても、昨年暮れを底に消費者マインドがかなりのテンポで改善しているのが見て取れます。

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2023年7月30日 (日)

年金決定請求書が届く

今週明後日から8月に入り、いよいよ、私はさ来月の9月で65歳の誕生日を迎えます。ということで、60歳の定年まで勤務していた関係で、国家公務員共済組合から年金決定請求書が届きました。請求書といっても、共済から私に対して請求されるのではなく、私が年金支給を請求するための書式のようです。
もっとも、来年3月には現在の勤務校の定年を迎え、それまでは、公務員のころに比べて見劣りするとはいえ正規職員にふさわしいお給料をもらっていますし、うまく立ち回れば、来年4月以降についても、一般の民間企業の定年後再雇用に当たるシステムとして、特任教授のポストにありつけるかもしれませんので、取りあえず、年金繰下げで少し様子を見ようと考えています。でも、ハッキリいって、うれしいです。これで、自分で自覚しているように能力的に見劣りがしたり、あるいは、可能性として何らかの不始末があったりして、クビになっても路頭に迷うことがない安心感があります。もちろん、国家公務員として60歳の定年まで働き、今もって大学教員として働き続けて、それなりの年金保険料を収め続けている結果ではありますが、ある意味で、やっぱり、日本は高齢者でいることがオトクな経済社会なのだろうという気がしてなりません。
すなわち、日本に生まれて、子供であっても、働き盛りで子育てをしていても、もちろん、高齢者になっても、すべての世代の人びとが、あるいは、健康でも病気でも怪我でも、すべての健康状態の人びとが、等しく安心できる経済社会が現状達成されていない気がしてなりません。自己責任ばかりが強調されるのではなく、社会全体で支え合うシステムが構築されていない悲しさを感じるのは、私だけなのでしょうか?

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2023年7月29日 (土)

広島との首位攻防第2戦は延長戦で引分に終わる

 十一十二 RHE
広  島001000010000 2101
阪  神100001000000 2101

広島との首位攻防第2戦は延長戦で引分でした。
結果は勝利にはつながりませんでしたが、青柳投手が安定した投球を見せてくれて7回1失点でまとめましたし、佐藤輝選手も復調を思わせるソロホームランでした。

明日も、
がんばれタイガース!

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今週の読書は歴史から見た本格的な経済書やミステリをはじめとして計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、バリー・アイケングリーン & アスマー・エル=ガナイニー & ルイ・エステベス & クリス・ジェイムズ・ミッチェナー『国家の債務を擁護する』(日本経済新聞出版)は、歴史的な観点から国家の債務の有用性について、戦費の調達やインフラ整備、あるいは、福祉国家の構築などの観点から論じています。なお、監訳者は東京大学経済学部で経済史を担当する岡崎哲二教授です。三上真寛『景気把握のためのビジネス・エコノミクス』(学文社)は、初学者ないし一般ビジネスパーソン向けに日本経済の景気動向の把握に関する実務的な情報を提供してくれます。方丈貴恵『アミュレット・ホテル』(光文社)は、我が母校の京大のミス研出身のミステリ作家の作品であり、犯罪者ご用達のホテルで生じる殺人事件の謎解きをしています。伏尾美紀『数学の女王』(講談社)は、第67回江戸川乱歩賞を受賞してデビューしたミステリ作家の受賞後第1作で、札幌の新設大学における爆破事件の謎解きなのですが、ハッキリいって期待外れの駄作でした。稲田和浩『落語に学ぶ老いのヒント』(平凡社新書)では、必ずしも落語からの出典に限らず、幅広い古典芸能から高齢気に入る生活上のヒントなどを解き明かします。最後に、エリカ・ルース・ノイバウアー『メナハウス・ホテルの殺人』(創元推理文庫)は、アガサ賞最優秀デビュー長編賞受賞のミステリで、エジプトの高級ホテルにおける殺人事件の謎解きをします。6冊の新刊書読書のうち、3冊がミステリであり、夏休みに向けてミステリの読書が増えそうな予感がしています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊でしたが、6月に19冊、7月中に今日の分まで含めて29冊となり、合計92冊となります。今年は年間200冊には届きそうもありません。

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まず、バリー・アイケングリーン & アスマー・エル=ガナイニー & ルイ・エステベス & クリス・ジェイムズ・ミッチェナー『国家の債務を擁護する』(日本経済新聞出版)です。著者は、メディアなどでも人気の歴史研究者と国際通貨基金(IMF)の現役及びOG/OGの研究者です。監訳者は東京大学経済学部で経済史を担当している岡崎哲二教授です。ということで、ほぼ1か月前の6月24日の読書感想文で取り上げたオリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』とおなじように、政府債務について経済厚生などのポジティブな面を歴史的観点から後付けています。すなわち、中世のハプスブルグ家の没落から始まったオランダや英国の勃興とともに、その近世、いわゆるアーリー・モダンの時期の戦費調達に国債発行や借入れの果たした役割から始まって、産業革命前後からのインフラ、特に鉄道の整備に政府債務や借入れが資金調達に用いられ、また、20世紀前半は再び戦費調達の必要が生じた後、第2次世界大戦後の福祉国家の構築にも国家債務が役立った、と歴史を後付けています。一般に、日本ではメディアのナラティブで政府の債務は好ましくないものとされ、国債残高が積み上がるとデフォルトの可能性が示唆され、果ては、ハイパー・インフレ、資本の国外逃避(キャピタル・フライト)、極端な円安の進行などなど、とても否定的な視点が提供されています。しかし、先週取り上げた森永卓郎『ザイム真理教』もそうですし、もちろん、ブランシャール『21世紀の財政政策』も同じですが、政府債務は十分有用性があり、決していたずらに忌避する必要はない、という考えが浸透しつつあります。私も基本的には同じであり、検図経済学の基本にある需要不足の場合は政府支出でGDPギャップを埋める、というのは合理的な経済学的結論だと受け止めています。本書でも、第7章補遺で経済学におけるドーマー条件と同じような、というか、ドーマー条件に外貨建て国際を評価する際の為替調整などを含む調整項をつけて、3条件で債務のサステイナビリティを分析しています。すなわち、ドーマー条件と同じ基礎的財政収支(プライマリー・バランス)、及び、利子率と成長率の差、そして、本書独自の調整項です。日本では、7月27日に公表された内閣府による「中長期の経済財政に関する試算」でも、基礎的財政収支の黒字化を政府の財政運営の目標のひとつとし、これに偏重した政策が実行されています。本書では違う視点を提供しており、例えば、1990年代初頭のバブル崩壊後の債務の積み上がりについては、財政政策への過度の依存ではなく、経済が回復の兆しを見せるたびに政府は緊縮財政に走ったため、成長が低迷して歳入が落ち込んで、債務残高のGDP比が上昇した、との分析を示しています。今では、この理解がかなり多くのエコノミストに浸透していると私は考えています。加えて、国債発行や債務残高の積み上がりに関して、現代貨幣理論(MMT)を持ち出して、主権国家として通貨発行権を持つ中央銀行があり、変動相場制を採用している国では政府債務は無条件にサステイナブルである、という考えも示されていますが、私はこのような異端の経済学(heterodox economics)を持ち出さなくても、現在の主流派経済学の枠内で、十分に国債発行や政府債務の有用性を指摘できる理論的な枠組みは整っていると考えています。いずれにせよ、国債発行や債務のパイルアップに関する間違った志向を正すべきタイミングに達しているのではないでしょうか。

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次に、三上真寛『景気把握のためのビジネス・エコノミクス』(学文社)です。著者は、明治大学の研究者です。所属は経営学部とのことですが、本書ではタイトル通りにビジネス・パーソンや大学の学部性向けの入門編の経済学を解説していると考えてよさそうです。2部構成となっていて、前半では日本における景気動向の現状把握など、後半で経済政策に関して論じています。私は大学の授業で、日本経済における企業の役割を考える際に、極めて大雑把ながら、供給サイドあるいはミクロ経済学的にはイノベーションの実現などの能動的な役割が期待されている一方で、需要サイドあるいはマクロ経済学的には景気動向に売上げが左右されルド度合いの強い受け身的な存在、と教えています。本書では前者の供給サイドやミクロ経済学ではなく、後者のパッシブな需要サイドやマクロ経済学に焦点が当てられていると考えています。その意味で、基礎的なマクロ経済学を学んだ経済学部生やビジネスの初歩について理解できているビジネス・パーソンなどには、なかなか判りやすくて、さらに、実用的な良書だと思います。さすがに、日本経済にも大きな影響を及ぼす米国や欧州などの海外経済動向には目が向いていませんが、初歩的なマクロ経済学についてもていねいに解説されている上に、政府や日銀が公表するマクロ経済統計についても多くの紙幅が割かれており、新聞などのメディアでは不十分な理解しか得られない点も十分に考慮されている印象です。私は大学で「日本経済論」を教えていることから、こういった参考文献的な書籍も目を通しておきたい方なもので、本書などにも興味があります。本書については、大学の授業における教科書としてはやや物足りないかもしれませんが、学生や若い世代のビジネス・パーソンが独学する上では有益な教材と受け止めています。最後の最後に、とっても好ましい良書であるという前提で、ひとつだけ難点を指摘すれば、第5章冒頭の雇用量の決定要因いついては、あまりにもマイクロ経済学的な説明に終止しています。家計サイドにおける収入を得る労働と効用を得られるレジャーの間の代替関係で家計からの労働供給を説明するのは古典派経済学からの伝統であり、それはそれでいいのですが、それだけではケインズ経済学的な非自発的失業が抜け落ちることになります。マクロ経済学の視点からの失業は同じ章の少し後に出て来ますが、少し整合性にかける説明であり、本書で独習するとすれば混乱を来す可能性がある点は忘れるべきではないと感じました。

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次に、方丈貴恵『アミュレット・ホテル』(光文社)です。著者は、京都大学ミス研ご出身のミステリ作家であり、その意味で、かなり年齢は離れていますが、綾辻行人や法月綸太郎や麻耶雄嵩などの後輩ということになります。京都大学出身という点では私の後輩でもあります。ですので、私はやや極端なまでにこの作者を強く強く推しています。長編作品としてはすでに3冊を出版しており、鮎川哲也賞を受賞したデビュー作から順に『時空旅行者の砂時計』、『孤島の来訪者』、『名探偵に甘美なる死を』ということになります。この作品に至るまでの3作品はすべて東京創元社からの出版であり、三部作とでもいうべきで、竜泉家の一族シリーズとして独特の特殊設定ミステリに仕上がっています。すなわち、タイムリープにより過去が改変されて、いわゆるタイム・パラドックスが起こったり、時空の裂け目から変身ができる極めて特殊な異次元人が殺人を実行したり、VRで事件解決に当たったり、といったものです。しかし、この『アミュレット・ホテル』は犯罪者ご用達の特殊なホテル、ただし犯罪者の中でも大物の上級犯罪者だけが使える会員制の高級ホテルを舞台にしているものの、21世紀における物理学の成果を無視するような特殊な設定はありません。その舞台がタイトルとなっているアミュレット・ホテルです。4章構成で、長編というよりは連作短編集とみなした方が自然です。第1章のエピソード1の次に、その事前譚であるエピソード0が第2章に配されていて、後は、普通に第3章と第4章なのですが、第4章ではホテル開業のころの事件の解決も示されてます。ということで、前置きが長くなりましたが、本書の舞台となるアミュレット・ホテルのルールは2つだけ、すなわち、(1) ホテルに損害を与えない、(2) ホテルの敷地内で傷害・殺人事件を起こさない、ということです。まあ、第2点を考慮すれば窃盗や詐欺などは構わない、ということなのだろうと思います。しかし、犯罪者ご用達ですので殺人事件が起こるわけです。そして、第2章エピソード0に結果としてホテルに探偵として採用された桐生が謎解きをします。私は60歳の定年まで長らく国家公務員として働いていましたので、犯罪者の世界は皆目見当がつきませんし、ミステリにネタバレは禁物ですので、これ以上は詳細は控えますが、少し酷かもしれませんが、この作家の作品の中では全3作からは少し落ちる気がします。というか、私には前作の『名探偵に甘美なる死を』の方がよかったと思います。謎解きの質に加えて、登場人物のセリフにも、また、地の文にも説明調が多過ぎる気がします。最後に、冒頭の第1章エピソード1は芥川龍之介の短編「薮の中」を踏まえたミステリです。というか、もっといえば、芥川作品が典拠とした『今昔物語』の巻29第23話「具妻行丹波国男 於大江山被縛語 (妻を具して丹波国に行く男、大江山において縛らるること)」を踏まえています。最近、あをにまる『今昔奈良物語集』を読んだところでしたので、私はすぐに判りました。この点を指摘している書評があれば、もしあれば、かなり教養ある書評者だと思います。と、自分で自慢しておきます。

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次に、伏尾美紀『数学の女王』(講談社)です。著者は、「北緯43度のコールドケース」で第67回江戸川乱歩賞を獲得し、デビューしたミステリ作家です。私はこのデビュー作を読んでいて、今年2023年3月4日付けの読書感想文でチラリと紹介しています。でも、読んだ時点で新作ではなかったので読書感想文はFacebookでシェアしただけです。この『数学の女王』は江戸川乱歩賞受賞後の第1作、ということになります。結論からいうと、前作からは大きく落ちます。前作では数年前の女児誘拐事件と絡めて、実に見事な謎解きがなされ、ミステリとしては上質の出来に仕上がっていましたが、何せ、若年性痴呆症まで含めて、いっぱいのトピックを詰め込み過ぎたので、謎解きを主眼とするミステリ小説としてはいいとしても、書物、というか、小説としてはそれほど評価できなかったのですが、最新作の本書はジェンダー・バイアスなどの社会性あるトピックはうまく処理されているものの、ミステリとしての謎解きは実に低レベルといわざるを得ません。主人公は前作と同じで、社会科学の博士号を持ち、北海道警察に勤務する警察官である沢村依理子です。そして、本作品の事件は札幌市内の新設大学院大学で発生した爆弾爆破事件です。何が起こったのか、という事件に関する whatdunnit は爆破事件ということで明らかで、howdunnit についても鑑識などの科学捜査から明らかですので、ミステリとしては whodunnit と whydunnit が焦点となります。そして、ミステリとしては、余りに登場人物が少なく、犯人候補がほとんどいませんから、whodunnit はそれほど考えなくてもすぐに判ってしまいます。その点で何ら意外性はありません。著者の方にも読者をミスリードしようとする意図は感じられません。ですから、whydunnit を中心にしたミステリと受け止めるべきなのですが、冒頭からジェンダー・バイアスが声高に盛り込まれていて、まあ、そうなんだろうという理解に達するには大きな障害はありません。これも、伏線を張っているつもりなのかもしれませんが、あるいは、ネタバレに近い伏線の張り方に見る読者もいそうです。私にとっての読ませどころは、むしろ、爆破事件やミステリの謎解きとは関係なく、主人公の大学院のころの恋人の回想であった気がします。次回作に期待します。

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次に、稲田和浩『落語に学ぶ老いのヒント』(平凡社新書)です。著者は、大道芸能脚本家と紹介されていて、本文中に落語の新作噺も扱っているような記述があります。本書は6章構成であり、第1章 <ご隠居>になるには、第2章 働く老人たち、第3章 女たちの老後、第4章 人生の終焉、第5章 最期まで健康に生きるには、第6章 第二の人生における職業、第7章 大江戸長寿録、となっています。タイトル通りに落語から題材を引いているのは第5章までで、最後の2章は落語とはあまり関係ありません。でも、第5章までは落語ですので、長屋の八つぁん、クマさんとご隠居がいろいろと会話を交わす場面が想像され、なかなかに示唆に富む内容となっています。第6章は伊能忠敬、歌川広重、大田南畝(蜀山人)、清水次郎長が取り上げられ、第6章は文字通りに男女別に長寿だった人々のリストとなっています。老後とは、私の考える範囲では、時間を持て余すことであって、何をするのか、どこに行くのかで老後生活の豊かさが決まるような気がします。実は、我が家でも、私はまだ正規雇用の身分を保持していて、それなりに労働時間があって、お給料も公務員のころから考えれば見劣りするものの、来年3月の2度めの定年まではそれなりに正規職員のお給料をもらっています。しかし、我が家では気軽に東京から京都、そして現在の大学至近地まで引越したウラには事情があって、子供たちが2人とも独立しているわけです。ですから、専業主婦のカミさんは掃除や洗濯や料理といった私の世話はなくもないのですが、ものすごく自由時間を持て余しています。その上で、知り合いもなく、土地勘にも欠ける地で、少し前までのコロナの時代には気ままな外出もできず、時間を持て余していたりして、私も自分自身の老後を考えて反面教師的に観察していたりします。本書では「人生100年時代」を標榜していますが、さすがに、私はそこまで長生きはできないと予想するものの、現実として長い老後をいかに過ごすのか、少しずつ考えを進めたいと思います。

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最後に、エリカ・ルース・ノイバウアー『メナハウス・ホテルの殺人』(創元推理文庫)です。著者は、軍隊・警察に続いて、高校教師を経験した後に作家となり、この作品でアガサ賞最優秀デビュー長編賞を受賞しています。この作品では、1920年代半ばのエジプトの首都カイロの郊外にあるメナハウス・ホテルを舞台としています。ストーリーとしては、米国人未亡人が主人公で、22歳で戦争未亡人となった現在30歳の主人公はアパー・ミドルの階層に属しているのですが、結婚により上流階級の仲間入りをした叔母の付添いでメナハウス・ホテルに滞在して、リゾートライフを堪能しています。でも、ミステリですので、当然、殺人事件が起こり、第1発見者となった主人公は、現地警察の警部から疑いをかけられ、真犯人を探すべく奔走する、ということになります。助力してくれるのは同じホテルに滞在している自称銀行家です。しかし、そうこうしているうちに、主人公への殺人疑惑は薄れたものの、第2の殺人事件が起こったりします。そして、ストーリーが進行していくうちに、次々と主人公や主人公の叔母の黒歴史が明らかにされていきます。どうして、エジプトが舞台に設定されているのかについても明快な理由が明かされます。どうも、明確な名探偵は存在せず、ストーリーの展開とともに少しずつ謎解き、というか、真相が明らかになっていくタイプの、いわば、私の好きなタイプのミステリで、最後の最後に名探偵が推理を展開してどんでん返しがある、というタイプのミステリではありません。ミステリとしてはかなり上質の出来栄えであり、約100年ほど前の遠い異国の地を舞台にしていることから生ずる違和感もありません。なお、すでに同じ作者の第2作『ウェッジフィールド館の殺人』も邦訳・出版されていますので、私は楽しみにしています。

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2023年7月28日 (金)

日銀はとうとう大規模金融緩和を終了し引締めに方向転換

本日、日銀で開催されていた金融政策決定会合が終了し、「展望リポート」が公表されています。政策委員の大勢見通しのテーブルは上の通りです。前回4月の「展望リポート」から生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI上昇率の欄が一番右に見えます。ということで、もっとも注目された物価見通しは、生鮮食品を除くコアCPIで本年度2023年度には+2.5%と物価目標の+2%を超えるという結果が示されています。

     
  実質GDP消費者物価指数
(除く生鮮食品)
(参考)
消費者物価指数
(除く生鮮食品・エネルギー)
 2023年度+1.2 ~ +1.5
<+1.3>
+2.4 ~ +2.7
< +2.5>
+3.1 ~ +3.3
< +3.2>
 4月時点の見通し+1.1 ~ +1.5
<+1.4>
+1.7 ~ +2.0
< +1.8>
+2.5 ~ +2.7
< +2.5>
 2024年度+1.0 ~ +1.3
<+1.2>
+1.8 ~ +2.2
<+1.9>
+1.5 ~ +2.0
<+1.7>
 4月時点の見通し+1.0 ~ +1.3
<+1.2>
+1.8 ~ +2.1
<+2.0>
+1.5 ~ +1.8
<+1.7>
 2025年度+1.0 ~ +1.2
<+1.0>
+1.6 ~ +2.0
<+1.6>
+1.8 ~ +2.2
<+1.8>
 4月時点の見通し+1.0 ~ +1.1
<+1.0>
+1.6 ~ +1.9
<+1.6>
+1.8 ~ +2.0
<+1.8>

この物価見通しを前提に、金融政策は大規模な異次元緩和から引締めに方向転換の判断が示されています。8-1の投票結果で、中村委員だけが反対票を投じたのですが、法人企業統計を確認した後での政策変更という意見らしく、時期の問題だけの反対票であり金融政策変更そのものは反対ではなさそうです。
すなわち、アベノミクスの第1の矢はとうとう地に落ちてしまいました。もちろん、物価上昇率の見通しがインフレ目標の+2%を超えている、というのが主眼なんでしょうが、広く報じられている通り、米国では連邦準備制度理事会(FED)が、また、英国でもイングランド銀行(BOE)が、さらに欧州中央銀行(ECB)も、それぞれ、すでに金利引上げを再開ないし継続しています。にもかかわらず、為替は1ドル140円ほどで持ちこたえていたのですが、黒田総裁家での異次元緩和に幕を引くべく就任した植田総裁ですので、早くも金融政策の方向転換がなされたわけです。なお、実際の金融政策変更は、イールドカーブ・コントロールにおいて長期金利の変動幅の上限を+0.5%に据え置くものの、実際には柔軟化を図り、指値オペを従来の上限+0.5%から+1.0%に引き上げる、というものです。日銀資料からその政策変更を示す概念図を引用すると下の通りです。

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この「柔軟化」によって、10年もの国債のイールドは実際には+1%に張り付くことになります。金利上昇圧力が強まるのは目に見えています。私は、物価上昇は一時的であって、先に示した日銀審議委員の大勢見通しにも示されているように、来年度2024年度には生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)上昇率は+2%を下回る可能性が十分あり、さ来年度の2025年度には確実に下回る、と考えています。そのころには、また大規模緩和に戻るのでしょうか。金融政策はかなりラグが長い点は考慮されているとしても、日銀のお手並み拝見です。金融政策の次の段階が政府と日銀のアコードに示されている物価目標の撤廃でないことを願っています。

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2023年7月27日 (木)

国際通貨基金(IMF)「世界経済見通しアップデート2023年7月」やいかに?

一昨日7月25日に国際通貨基金(IMF)から「世界経済見通しアップデート」World Economic Outlook Update か公表されています。副題は Near-Term Resilience, Persistent Challenges となっており、成長率見通しこそ4月時点から上方修正されていますが、世界経済の先行きに関してやや下方リスクを強調した慎重な内容となっています。なお、当然ながら、pdfの全文リポートもアップロードされています。まず、IMFのサイトから成長率見通しの総括表を引用すると以下の通りです。

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ということで、世界経済の成長率見通しは2023年、2024年とも+3.0%と見込まれています。4月の見通しでは、2023年2.8%、2024年+3.0%とされていましたから、今年2023年についてやや上方修正されたことになります。大雑把に、先進国で+0.2%ポイント、新興国・途上国でも+0.1%ポイントの上方修正です。ただし、2022年の実績は+3.5%成長でしたので、成長率は減速していると考えるべきです。日本については、2022年の+1.0%成長から今年2023年+1.4%、2024年+1.0%と成長率はやや加速する見通しです。加えて、2023年については4月の見通しよりも+0.1%ポイント上方修正されています。新興国・途上国については、アジア地域では2022年+4.5%成長から2023年には+5.3%に加速する見込みです。これは、先進国における金融引締めなどにより石油価格が下落する恩恵といえます。すなわち、2022年には+39%上昇した石油価格は、2023年には▲21%下落するとの前提が置かれています。ですから、逆に、中東と中央アジアでは2022年+5.4%成長率が2023年には+2.5%に減速すると予想されています。

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次に、注目のインフレについては、IMF Blogのサイトから Headline inflation のグラフを引用すると上の通りです。クルーグマン教授の Team Transitory ではないのですが、現在ないし少し前までのインフレは収束すると見込まれています。ただ、上のグラフを見ても理解できるように、時間が経過して見通しを修正するたびに、インフレ収束のテンポが緩やかになっているように見えます。IMF Blogのサイトでは、インフレのカギは、"labor market developments and wage-profit dynamics" の2点を上げています。このブログでも7月4日付けの記事で欧州のインフレについて取り上げましたが、IMFは企業利益を問題視しているのかもしれません。しかし、いずれにせよ、インフレ率は2022年の+8.7%から2023年には+6.8%に低下し、来年2023年にはさらに+5.2%と、緩やかながら上昇幅を縮小させると見込まれています。特に先進国では、2022年の+7.3%から2023年+4.7、2024年+2.8%と急速にインフレ率は低下し、日本も含めて多くの国でのインフレ目標である+2%に近づくと見込まれています。

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2023年7月26日 (水)

上昇率が+1.2%に縮小した6月の企業向けサービス価格指数(SPPI)をどう見るか?

本日、日銀から6月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は+1.2%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIは+1.7%の上昇を示しています。ヘッドライン上昇率は先月5月統計の+1.7%から上昇幅を縮小させていますが、2年余り28か月連続の前年比プラスを継続しています。また、石油価格の影響の大きな国際運輸を除くコアSPPIの上昇も先月5月統計の+2.0%から6月統計では+1.7%に縮小しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格、6月1.2%上昇 伸び率は縮小
日銀が26日発表した6月の企業向けサービス価格指数(2015年平均=100)は108.4と、前年同月比1.2%上昇した。28カ月連続でプラスだった。宿泊サービスなど諸サービスが上昇した。ただ伸び率は0.5ポイント縮まった。企業が出稿を控えたことを理由に広告価格が下落した。
広告は前年同月比で2.9%のマイナスだった。コスト高が続くもとで企業が出稿を控える動きが目立った。宿泊サービスはインバウンド(訪日外国人)の回復の影響で30.8%上昇したが、プラス幅は前月(41.9%)に比べ縮小した。
運輸・郵便は前年同月比0.9%下落した。燃料価格の上昇やウクライナ情勢による影響が一服し、外航貨物や国際航空貨物の輸送価格が下がった。人件費の上昇などを反映したタクシーはプラスに効いた。
調査対象となる146品目のうち、価格が前年同月比で上昇したのは97品目、下落したのは23品目だった。

コンパクトによく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルはヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、下のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格のとサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。企業物価指数(PPI)とともに、企業向けサービス物価指数(SPPI)が着実に上昇トレンドにあるのが見て取れます。なお、影を付けた部分は、日銀公表資料にはありませんが、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、企業向けサービス価格指数(SPPI)の前年同月比上昇率の昨年2022年以降の推移は、2022年6月に上昇率のピークである+2.1%をつけ、その後も、今年2023年に入って先月5月統計まで+1%台後半を記録していましたが、本日公表された6月統計では+1.2%と、ジワジワと上昇幅を縮小させているように見えます。もちろん、+1%を超える上昇率はデフレに慣れきった国民マインドからすれば、かなり高いインフレと映っている可能性が高い、と私は受け止めています。ただし、インフレ率は高いながら、物価上昇が加速するわけではなく、むしろ、上昇幅を縮小させる段階に入った、といえそうです。しかも、繰り返しになりますが、ヘッドラインSPPI上昇率は日銀の物価目標に届かない+1%台に過ぎません。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて6月統計のヘッドライン上昇率+1.2%への寄与度で見ると、引用した記事にもある通り、インバウンド需要に支えられた宿泊サービスや機械修理、土木建築サービスなどの諸サービスが+0.92%と大きな寄与を示し、ほかに、リース・レンタルが+0.31%、ソフトウェア開発や情報処理・提供サービスやインターネット附随サービスなどの情報通信が+0.19%、その他の不動産賃貸や不動産仲介・管理や事務所賃貸などの不動産が+0.09%などとなっています。逆に、石油価格の影響が大きい外航貨物輸送や国際航空貨物輸送、国内航空貨物輸送などの運輸・郵便は▲0.14%のマイナス寄与となっています。寄与度ではなく大類別の系列の前年同月比上昇率で見ても、運輸・郵便は▲0.9%の下落となっています。また、マイナス寄与の中に、テレビ広告やインターネット広告、新聞広告などの広告も▲0.14%のマイナス寄与、大類別の系列の前年同月比で▲2.9%となっています。広告は景気敏感指標だけに、注視したいと思います。エネルギー価格の上昇はほぼ反転したように見えます。他方で、現在の物価上昇については、エネルギーなどの資源価格の波及に加えて、インバウンドも含めて需要サイドからの圧力による物価上昇も始まりつつある、と考えるべきです。

最後に、昨日、国際通貨基金(IMF)から「世界経済見通しアップデート」World Economic Outlook Update か公表されています。日を改めて取り上げたいと思います。

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2023年7月25日 (火)

やっぱり英語ネイティブでない研究者はツラい

7月18日付けの Nature News に "The true cost of science's language barrier for non-native English speakers" と題する記事が掲載されています。紹介されている論文は以下のリファレンスです。ファースト・オーサーのアマノさんというのは、オーストラリアのブリスベンにあるクイーンズランド大学環境学部所属で、日本人であると記事で紹介されています。

Nature News のサイトから記事の3パラめと4パラめだけ引用すると以下の通りです。

The true cost of science's language barrier for non-native English speakers
Amano and his colleagues polled 908 environmental scientists from 8 countries, each of whom had authored at least one peer-reviewed paper in English. Some of the participants were from countries where a moderate proportion of people are proficient in English (Bolivia, Spain and Ukraine), whereas others were from countries where proficiency in English is uncommon (Bangladesh, Japan and Nepal). Their answers were compared with those from people in countries where English is the official language (Nigeria and the United Kingdom).
The team found that among scientists who had published only one paper in English, those from countries with generally low English proficiency spent a median of 29.8% more time writing it than did native speakers; those from countries with moderate English proficiency spent a median of 50.6% more time. Similarly, the researchers found that those from countries with generally low English proficiency spend a median of 90.8% more time reading scientific articles than do native speakers. They also learnt that non-native speakers spend more time preparing to give oral presentations at international conferences, and that many avoid this type of commitment owing to language barriers.

引用した1パラめにあるような調査方法で、2パラめの結果を導いているわけです。すなわち、英語のネイティブと比べて非ネイティブの研究者は、勉強、というか、関係する論文を読むのに90.8%多い時間を費やし、論文を書くにも50.6%増しの時間を費やしたりするわけです。さらに、これだけ時間をかけて論文を書き上げても、査読で却下される確率が高く、却下されなくても修正を求められる可能性も極めて大きく、論文をプレゼンしたり、学会発表するにも時間がかかる、というわけです。そういった細々とした不利益を、何と、学術論文としては極めてめずらしくもハードル競走のイラストで示しています。論文の Fig 5. に Estimated disadvantages for non-native English speakers when conducting different scientific activities というタイトルで以下のように示されています。

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明らかに、英語ネイティブに比べて日本人をはじめとする非ネイティブは、国際的な舞台で研究者として活躍しようとすれば、ものすごく不利なのですが、逆に、日本人の中で競うとすれば、やっぱり英語が出来た方が断然有利、というのも明らかです。特に、東京や首都圏以外の大学などの研究機関ではその差が大きい、というのは私が身をもって経験しました。
経済学に限定する必要はないのですが、一応、「経済評論の日記」に分類しておきます。

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2023年7月24日 (月)

明治安田総研のリポート「上昇を続ける国民負担率」を読む

先週7月19日の水曜日に明治安田総研から「上昇を続ける国民負担率」と題するリポートが明らかにされています。先月終わりに、いくつかのニュースで税収が3年連続で過去最高を記録し、昨年度は70兆円超え、といったのがありましたし、まさに、国民負担は上がり続けています。先日の読書感想文では森永卓郎『ザイム真理教』を紹介したところですし、このリポートも簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、リポートから 国民負担率(対国民所得)の推移 のグラフを引用すると上の通りです。凡例の通りで、租税負担と社会保障負担の合計と参考までに財政赤字に伴う潜在的負担もプロットしてあります。特に、何のヒネリもなく財務省サイト「負担率に関する資料」のデータの通りです。バブル末期の1990年度には租税負担率27.7%、社会保障負担率10.6%の合計35.4%だったのが、2010年度は租税負担率は21.4%と低下したものの、社会保障負担率が15.8%に上昇し、合計37.2%となっています。そして、足元の2023年度は租税負担率が28.1%に上昇し、社会保障負担率は18.7%と大きく上昇し、合計46.8%と、近年は国民負担率が50%近くに達しています。なお、財政赤字を含めた潜在的負担率はコロナの2020年度から軽く50%を超えています。

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続いて、リポートから 主要国の再分配前後のジニ係数 及び 主要国の再分配後相対的貧困率 を引用すると上の通りです。上のパネルに示されたジニ係数は不平等の度合いを測っていて、英米に比べればまだ平等の度合いが高いものの、大陸欧州、特に北欧と比べれば再分配前はフランスやドイツよりも低かったジニ係数が、再分配後は逆転していて、折れ線で示されている再分配による改善度がもっとも小さくなっているのが見て取れます。加えて、したのパネルに示された相対的貧困率についても、日本は再分配後でありながらも、英国を上回っていて、米国に次いで高い貧困率となっています。50%近い国民負担を求めておきながら、再分配による格差是正や貧困解消の効果が小さいわけです。

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最後は、私が作成して授業で使っているグラフです。いずれも政府の支出の一定の分野についてGDP比を取ってもので、上のパネルは社会支出のうちの家族向けの額、下は公共投資です。カッコ内に示してあるように、上のグラフは福祉国家の度合いを示し、下のグラフは土建国家の度合いを示している、と学生諸君には教えています。最近はあまりアップデートしていないのですが、おおよその傾向は把握できると思います。すなわち、今世紀初頭まで、我が国では国民負担を求めて徴収した税金と社会保障負担を、家族向けの社会支出で国民に還元するのではなく、公共事業を通じて分配していたわけです。今世紀に入ってから、日本の土建国家ぶりは改善されつつありますが、まだ、欧州各国には及びません。そして、公共事業を通じた再分配に対して不満があることから、日本では増税に対する反対が根強いわけです。政府への信任も、例えば、経済協力開発機構(OECD)の Trust in Government のデータなんかを見ると、決して高くないのが理解できます。

最後に、言及した財務省サイト「負担率に関する資料」は、おそらく、このリポートのデータソースの一部をなしていると思いますし、大学生くらいの夏休みの宿題には参考になるかもしれません。

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2023年7月23日 (日)

先進各国の最低賃金はどうなっているのか?

7月12日に経済協力開発機構(OECD)の Employment Outlook 2023 のInfographicを取り上げましたが、OECDのtwitterで最低賃金のグラフを見かけました。OECDのtwitterサイトから引用すると以下の通りです。

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明記してあるように、2020年12月から今年2023年5月までの累積の最低賃金の名目引上げ率とインフレ率を考慮した実質伸び率をプロットしてあります。グラフの中の一番下の日本に着目すると、物価上昇率が欧米先進国ほど高いわけではないとはいえ、最低賃金の名目伸び率はこのグラフに取り上げられた国の中でもっとも低くなっていますし、実質伸び率でもほぼゼロに近い、という結果になっています。そろそろ、最低賃金が厚生労働省の審議会で議論され始めています。大幅な最低賃金引上げが必要です。

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2023年7月22日 (土)

今週の読書は経済書2冊のほか計6冊

今週の読書感想文は以下の通り、難解な学術論文である経済書と軽めの経済書のほか、生成型AIのリスクに関する新書など計6冊です。
まず、マーク・フローベイ『社会厚生の測り方 Beyond GDP』(日本評論社)は、フランスのエコノミストがGDPに代わる経済指標を模索し等価所得アプローチを提唱しています。森永卓郎『ザイム真理教』(フォレスト出版)は、財務省による財政均衡主義について強い批判を展開しています。平和博『チャットGPT vs. 人類』(文春新書)は、生成型AIと人類の関係についてプライバシーの侵害や雇用の消失を例に考えています。佐伯泰英『荒ぶるや』と『奔れ空也』(文春文庫)は、「空也十番勝負」の締めくくりの第9話と第10話であり、坂崎空也が武者修行を終えます。最後に、夏山かほる『新・紫式部日記』(PHP文芸文庫)は、平安期におけるとても上質な宮廷物語に挑戦しています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊でしたが、6月に19冊、7月に入って先週までに17冊の後、今週ポストする6冊を合わせて86冊となります。今年は年間150冊くらいかもしれません。
なお、新刊書読書ではないので、本日の読書感想文では取り上げませんが、三浦しをんのエッセイ『のっけから失礼します』(集英社)と松本清張『砂の器』上下(新潮文庫)を読みました。『砂の器』は再読ですし、まあいいとしても、『のっけから失礼します』は相変わらずおバカなエッセイ炸裂で楽しめましたので、Facebookあたりでシェアするかもしれません。

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まず、マーク・フローベイ『社会厚生の測り方 Beyond GDP』(日本評論社)です。著者は、フランスのパリ・スクール・オブ・エコノミクスの研究者であり、本書は学術論文である Fleurbaey, Marc. (2009) "Beyond GDP: The Quest for a Measure of Social Welfare." Journal of Economic Literature 47(4), December 2009, pp.1029-75 の全訳に訳者の解説などを加えた出版となっています。その昔から主張されているように、GDPは市場で取引される財の付加価値を集計したものであり、市場取引だけでは計測できない経済的厚生をどう扱うかは経済統計の大きな課題となっています。本書では、等価所得アプローチを取り、経済的厚生の個人間比較を行って、分配に配慮した経済社会的評価を行うことを推奨しています。と簡単にいうと、それだけなのですが、これだけで理解できる人はかなり頭がいいということになります。ハッキリいって、かなり難解な学術論文を邦訳していますので、訳者の解説やコラムがあっても、もちろん、そう簡単に理解できるものではありません。一般のビジネスパーソンを読者に想定するには少しムリがあるような気がします。例えば、判りやすい例でいうと、p.69の確実性等価があります。確率½で100万円、残りの確率½でゼロのギャンブルと、100%確実にもらえる50万円は、合理的な確率の上では等価と考えるべきですが、実際の人々の選択では、後者の確実な50万円が選択されます。ですから、後者は例えば30万円のディスカウントすれば等価と考えることができますが、こういった個人間で評価の異なる比較をどこまで可能なのかが、私には疑問です。ただ、本書では、環境などを考慮に入れた補正GDPについても、あるいは、セン教授の提唱した潜在能力アプローチも、そして、もちろん、国民総幸福量といった指標も、すべて否定的に取り上げています。私も基本的にこれらの点は同意するのですが、本書をはじめとして抜け落ちている視点をひとつだけ指摘しておきたいと思います。それは、雇用の視点です。現在のGDPは批判が絶えませんが、雇用との関係は良好です。例えば、本書ではストックが喪失した場合に、例えば、地震で道路が損壊した場合など、そのストックの修復に費やす市場取引がGDPに計上される計算方法に対して疑問を呈していますが、私は道路が地震で損壊したら、その修復のためにGDPが増加するわけで、そして、そのGDPの増加は雇用と結びついているわけですから、経済指標を雇用との関係で考えるとすれば、決して、GDPが有用性を失うことはない、と考えています。何か宙に浮いたような社会的な厚生を議論するのもいいのですが、雇用を重視する私のようなエコノミストには、GDPは雇用との連動性が高いだけに、まだまだ有用な経済指標であると強調しておきたいと思います。

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次に、森永卓郎『ザイム真理教』(フォレスト出版)です。著者は、テレビなどのメディアでもご活躍のエコノミストです。本書は、財政均衡主義に拘泥する財務省について強い調子で批判を加えています。まず、著者が当時の専売公社、今のJTに入社した当時の財務省との折衝から始まって、ザイム真理教を宗教的な教義、でも、カルトと指摘しています。特に興味深いのは第4章でアベノミクスの失敗の原因を消費税率の引上げと指摘している点です。私もまったく賛成です。さらに、強力なメディアなどのサポーターを得て、公務員をはじめとするザイム真理教の「教祖」や幹部の優雅な生活を暴き、最後に、現在の岸田内閣は財務省の傀儡であると糾弾しています。これまた、私もほぼほぼ大部分に賛成です。残念ながら、理論的な財政均衡主義に対する反論はほとんどありませんが、インフレで持って財政の規模をインプリシットに考える、という点は現代貨幣理論(MMT)と通ずるものがあると私は理解しています。そして、実は、私が戦慄したのは最後のあとがきです。pp.189-90のパラ4行をそのまま引用すると、「本書は2022年末から2023年の年初にかけて一気に骨格を作り上げた。その後、できあがった現行を大手出版社数社に持ち込んだ。ところが、軒並み出版を断られたのだ。『ここの表現がまずい』といった話ではなく、そもそもこのテーマの本を出すこと自体ができないというのだ。」とあります。著名なエコノミストにしては、失礼ながら、あまり聞き慣れない出版社からの本だと感じたのは、こういった背景があったのかもしれません。安倍内閣から始まって、現在の岸田内閣でも政権批判に関して言論の自由度が大きく低下していると私は危惧しているのですが、コト財政均衡主義に関してはさらに厳しい言論統制が待っているのかもしれません。というのは、日本に限らず世界の先進国の多くで、財政均衡主義というのは、右派や保守派ではなく、むしろ、左派やリベラルで「信仰」されているからです。政府の規模の大きさとしては、確かに、右派や保守派で「小さな政府」を標榜するわけで、左派リベラルは「大きな政府」を容認するように私は受け止めていますが、その政府の規模ではなく財政収支という点では、むしろ、左派リベラルの方が財政均衡主義を「信奉」し、逆に緊縮財政を志向しかねない危うさを私は感じています。それだけに、本書のような財政均衡主義に対する反論は左派からも右派からも批判にさらされる可能性があります。ただ、最後に、本書で指摘している点、まあ、公務員に対する批判はともかくとして、財政均衡主義がほとんど何の意味もない点については、広く理解が進むことを願っています。

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次に、平和博『チャットGPT vs. 人類』(文春新書)です。著者は、ジャーナリスト出身で、現在は桜美林大学の研究者です。実に、タイトルがとても正確なので、私もついつい手に取って読み始めてしまいました。本書では、GPT-2くらいのバージョンから話が始まって、GPT-3、GPT-3.5、そして現在のGPT-4くらいまでをカバーしています。AIの影響が大きいのは、軽く想像されるように、学校とメディアです。特に、私が勤務する大学教育のレベルでは、例えば、リポート作成にAIが活用されると、学習の達成度は測れませんし、果たして、人類が頭を使ってAIを使いこなすという教育と、人類がAIに回答を作成するよう依頼する教育と、どちらを実践しているのか、まったく不明になります。ここは混乱するのですが、何かの目標に向かって、例えば、売上げ目標達成のためにAIを活用して戦略を練る、というのはOKなのですが、その目標が授業のリポート作成だったりすると困ったことになるわけです。今年から急に持ち上がった点ですので、大学教育の現場でも試行錯誤で決定打はなく、しばらく混乱は続きそうな気もします。ということで、私自身の身近な困惑は別にして、果たして、AIは人類とどのような関係になるのか、という点が本書の中心です。ただ、やや本質からズレを生じている気はしました。すなわち、AIが「もっともらしいデタラメ」、あるいは、はっきりとしたフェイクニュースを作成し始める、という事実はいくつかありますし、プライバシーが侵害されるという心配ももっともです。そして、こういった観点から本書で指摘されているプライバシーの侵害、企業秘密の漏出、雇用の消失、犯罪への悪用といったリスクだけではない、と覚悟すべきです。すなわち、こういった本書で指摘されているリスクは、あくまでAIが悪用されるリスクであって、例えば、ウマから自動車に交通手段が切り替わった際に、交通事故が増えた、という点だけに本書は着目している危惧があります。私はむしろAIの暴走がもっとも大きなリスクだと考えています。今までの技術革新では、自動車や電話やテレビが、自分から暴走することはなく、それらを製造する、あるいは、利用する人類の不手際がリスクの源泉だったわけですが、AIの場合はAIそのものが暴走してリスクの源泉となる可能性が十分あります。人類のサイドからすれば「暴走」ですが、AIのサイドからすれば「進化」なのかもしれませんが、それはともかく、その暴走あるいは進化したAIに人類は太刀打ちできない可能性が高いと私は考えています。その上、本書では経済社会面だけに着目していますが、軍事面を考えると暴走・進化したAIが人類を滅亡させる、そこまでいわないとしても、人類がその規模を大きく縮小させる可能性も私は否定できないと考えています。

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次に、佐伯泰英『荒ぶるや』『奔れ空也』(文春文庫)です。著者は、小説家であり、この2冊は「空也十番勝負」のシリーズを締めくくる第9話と第10話となっています。出版社も力を入れているようで、特設サイトが開設されていたりします。時代は徳川期の寛政年間、西暦でいえば1800年前後となり、主人公の坂崎空也は江戸の神保小路で剣道場主をしている坂崎磐音の嫡男であり、その坂崎家の郷里がある九州から武者修行に出ています。まず、薩摩に入り、九州を北上して長崎から、何と、上海に渡ったりした後、山陽道を西へ向かい、京都から武者修行の最終地と決めた姥捨へと向かいます。第9話となる『荒ぶるや』では、京都の素人芝居で、祇園の舞妓さん扮する牛若丸・義経に対する武蔵坊弁慶を空也が演じたりします。最終第10話『奔れ空也』では、京都から奈良に向かう途中で小間物屋のご隠居とともに柳生の庄を訪ねたりします。そして、サブタイトルになっている「空也十番勝負」が繰り広げられ、もちろん、空也は勝負に勝って生き残ります。私は空也の父の坂崎磐音を主人公にした「居眠り磐音江戸草紙」のころからのファンで、磐音を主人公にするシリーズは全51話を読み切っています。この空也のシリーズは、何となく、もう読まないかも、と思っていたのですが、やっぱり、時代小説好きは変わりなく全話を読み切りました。なお、どうでもいいことながら、作者はもともとが時代小説の専門ではないのですが、こういったシリーズに味をしめたのか、あとがきで続編がありそうな含みを持たせています。

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最後に、夏山かほる『新・紫式部日記』(PHP文芸文庫)です。著者は、本書の巻末の紹介では短く「主婦」とされているのですが、学歴としては九州大学大学院博士後期課程に学んでいますし、本書で日経小説大賞を受賞して作家デビューを果たしています。本書は2019年に日本経済新聞出版社から単行本で出版され、今年になってPHP文芸文庫からペーパーバックのバージョンが出版されています。ということながら、広く知られている通り、『紫式部日記』というのは存在します。本家本元の紫式部ご本人が書いています。当然です。なお、私自身は円地文子の現代訳で『源氏物語』を読んでいますが、本書の基となった『紫式部日記』は読んでいません。そして、紫式部というのは『源氏物語』の作者であり、来年のNHK大河ドラマで吉高由里子を主演とし「光る君へ」と題して放送される予定と聞き及んでいます。何と、その新板の『新・紫式部日記』なわけです。ストーリーはもう明らかなのですが、本書では紫式部ではなく、多くの場合、藤原道長より与えられた藤式部で登場しますが、紫式部は学問の家にまれ育って漢籍にも親しみながら、父が政変により失脚して一家は凋落します。しかし、途中まで書き綴った『源氏物語』が評判となって藤原道長の目に止まり、お抱えの物語作者として後宮に招聘され、中宮彰子に仕えることになります。帝の彰子へのお渡りを増やそうという目論見です。まだまだ、亡くなった先の中宮の定子の評判が高い中で彰子を支えて、さらに、物語の執筆も進めるという役回りを負い、さらに、紫式部自身が妊娠・出産を経る中で、藤原道長が権謀術数を駆使して権力を握る深謀に巻き込まれたりします。もちろん、この小説はフィクションであって、決して歴史に忠実に書かれているわけではない点は理解していますが、実に緻密かつ狡猾に練り上げられています。フィクションであることは理解していながらも、かなり上質の「宮廷物語」ではなかろうか、と思って読み進んでいました。

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2023年7月21日 (金)

上昇率がやや加速した6月の消費者物価指数(CPI)をどう見るか?

本日、総務省統計局から6月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の統計で見て前年同月比で+3.3%を記録しています。前年比プラスは22か月連続で、日銀のインフレ目標を大きく上回る高い上昇率での推移が続いています。ヘッドライン上昇率も+3.3%に達している一方で、エネルギー価格の高騰が一巡したことから、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率は+4.2%に達しています。コアCPIはもちろん、エネルギーと生鮮食品を除くコアコアCPIでも日銀のインフレ目標である+2%を超えています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者物価指数、6月3.3%上昇 2ヵ月ぶり伸び率拡大
総務省が21日発表した6月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が105.0となり、前年同月比で3.3%上昇した。伸び率は2カ月ぶりに拡大した。電気代の値上げが押し上げ、食品高も続いている。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値の3.3%と同じだった。プラスは22カ月連続。日銀の物価目標である2%を上回る状況が続く。
生鮮食品を含む総合指数は3.3%上昇した。米国の6月の総合指数は3.0%プラスで、上昇率は日米で逆転した。
生鮮食品とエネルギーを除く総合指数は4.2%上がった。伸び率は5月から0.1ポイント縮小した。指数の伸びが前月を下回ったのは22年1月以来17カ月ぶりとなる。
総務省は政府の電気・ガス料金の抑制策と観光支援策「全国旅行支援」がともになければ、生鮮食品を除く総合が4.4%上昇だったと試算した。単純計算すると、政策効果で伸びは1.1ポイント抑えられた。
品目別で見ると、エネルギーは前年同月比で6.6%低下した。5月から下落幅が1.6ポイント縮んだ。電気代は12.4%の低下で、5月は17.1%マイナスだった。大手電力7社が6月に家庭向けの電気料金を引き上げたことが影響した。政府の電気・ガス料金の抑制策により、水準としてはマイナスで推移する。
生鮮食品を除く食料は9.2%上昇した。伸び率は5月から横ばいで、1975年10月の9.9%以来となる高水準にある。
鳥インフルエンザや飼料高の影響があった鶏卵は35.7%上昇した。原材料や資材の価格上昇で炭酸飲料は17.4%上がった。
日用品でも洗濯用洗剤が18.4%上昇している。新型コロナウイルス禍からの経済活動の正常化で宿泊料は5.5%伸びた。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長くなりましたが、いつものように、よく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にもあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+3.3%の予想でしたので、実績の3.3%の上昇率はジャストミートでした。まず、エネルギー価格については、2月統計から前年比マイナスに転じていて、今日発表された6月統計では前年同月比で▲6.6%に達し、ヘッドライン上昇率に対する寄与度も▲0.56%の大きさを示しています。ただし、6月統計でインフレ率が5月統計から+0.1%ポイント拡大した背景はエネルギー価格にあります。すなわち、5月統計ではエネルギーの寄与度が▲0.69%あったのですが、6月統計では▲0.56%へと+0.13%ポイントの寄与度差となっています。先月のCPI統計公表時に指摘した通り、6月からは電力各社の値上げが実施されたり、また、政府のガソリン補助金が縮減された影響です。他方で、食料がインフレの主役となった感があり、変動の大きな生鮮食品を除く食料は5月統計でも6月統計でも前年同月比で+9.2%と、2ケタに迫る上昇率を示し、ヘッドライン上昇率に対する寄与度も+2.07%に達しています。さらに細かく食料の内訳を寄与度で見ると、からあげなどの調理食品が+0.36%、外食ハンバーガーなどの外食が+0.28%、アイスクリームなどの菓子類が+0.26%、そしてメディアでの注目度も高い鶏卵などの乳卵類が+0.22%、国産豚肉などの肉類も+0.19%、などなどとなっています。

最後に、従来から主張しているように、現在のインフレ目標+2%を超える物価上昇率はそれほど長続きしません。日本だけでなく、世界的なコンテクストにおいてインフレが長引くことなない、と私は考えています。日本国内のインフレについては、日本経済研究センター(JCER)によるEPSフォーキャストでは今年2023年7~9月期には+2.76%と+3%を下回り、その後、緩やかに上昇率を低下させ、ほぼ1年後の来年2024年4~6月期には+2.10%と日銀の物価目標である+2%近傍まで低下し、その後、+2%を下回る、と予想されています。繰り返しになりますが、6月統計で消費者物価上昇率が5月統計から加速したのは、電力各社の値上げが実施されたり、また、政府のガソリン補助金が縮減された影響です。ですので、足元で上昇率が高まったからといって、インフレが再加速する可能性はほとんどないと考えるべきです。

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2023年7月20日 (木)

ほぼ2年ぶりに貿易黒字を計上した6月の貿易統計をどう見るか?

本日、財務省から6月の貿易統計が公表されています。季節調整していない原系列で見て、輸出額が+1.5%増の8兆7440億円に対して、輸入額は▲12.9%減の8兆7010億円、差引き貿易収支は+430億円の黒字となり、一昨年2021年8月から先月まで続いていた貿易赤字なんですが、6月統計ではほぼ2年近くの23か月ぶりに黒字を計上しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

貿易収支23カ月ぶり黒字 6月、輸入額が減少
財務省が20日発表した6月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は430億円の黒字だった。黒字は23カ月ぶり。資源価格の高騰が一服して原油などの輸入額が減少し、半導体不足の緩和で自動車などの輸出額が増えた。輸入額は3カ月連続で前年同月を下回った。
2023年上期(1~6月)の貿易収支は6兆9603億円の赤字だった。赤字額は前年同期比で12.9%減少した。半期ベースの赤字は4期連続。自動車の生産が勢いを増し、輸出の総額が47兆3539億円と3.1%伸びた。
6月単月の輸入は8兆7010億円で前年同月比で12.9%減少した。原粗油が36.2%減の7399億円、液化天然ガス(LNG)が33.2%減の3943億円で輸入額を押し下げた。サウジアラビアやオーストラリアからの輸入が減った。
原粗油はドル建て価格が前年同月を29.8%下回った。為替レートは6.8%の円安になっているものの、円建て価格も25.0%下がった。世界銀行によると、2023年6月のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の月平均価格は1バレルあたり70.2ドルで、前年同月の114.5ドルから38.7%下がっている。
輸出は8兆7440億円で前年同月比で1.5%伸びた。増加は28カ月連続。自動車が49.7%増の1兆5677億円で、額は単月で過去最大となった。半導体等製造装置は2881億円で17.7%減った。
輸出を地域別で見ると、米国向けが1兆7387億円で前年同期比で11.7%増えた。増加は21カ月連続。自動車が5231億円と56.5%増え、全体を引き上げた。
中国向けは1兆5183億円で11.0%減少した。減少は7カ月連続。鉄鋼が405億円で30.2%減っている。欧州連合(EU)向けは9181億円と15.0%増加した。自動車が1883億円と78.8%伸びた。EUとの貿易収支は262億円の赤字で、赤字幅は81.3%縮小した。
6月単月の貿易収支を季節調整値で見ると、5532億円の赤字だった。輸入が前月比で0.5%増の8兆8224億円、輸出が3.3%増の8兆2692億円だった。貿易収支の赤字幅は28.2%縮小した。

2023年上期1~6月期の統計にも着目した内容で長くなっていますが、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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まず、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、▲500億円近い貿易赤字が見込まれていたのですが、実績の+400億円あまりの貿易黒字となり、貿易赤字から黒字への転換とはいえ、大きなサプライズない印象です。加えて、引用した記事の最後のパラにもあるように、季節調整していない原系列の統計で見て、まだ5月統計でも貿易赤字は継続しているわけで、赤字幅は縮小したとはいえ▲5000億円を超えています。季節調整していない原系列の統計で見ても、季節調整済みの系列で見ても、グラフから明らかな通り、輸出額はそれほど大きく伸びているわけではなく、輸入が大きく減少したのが貿易収支の黒字転換の原因です。円安も一時に比べて落ち着きを取り戻しているのは多くのエコノミストの意見が一致するところです。ですので、私の主張は従来から変わりなく、貿易収支が赤字であれ黒字であれ、輸入は国内生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら考慮する必要はない、と考えています。
6月の貿易統計は引用した記事にも少し言及されていますが、品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油や液化天然ガス(LNG)の輸入額が大きく減少しています。単価と数量のいずれでも減少していると考えられます。すなわち、原油及び粗油は数量ベースで▲14.8%なのですが、金額ベースでは▲36.2%減となっています。LNGも同じで数量ベースでは▲22.0%減であるにかかわらず、金額ベースでは▲33.2%減となっています。価格は国際商品市況で決まる部分が大きく、そこでの価格低下なのですが、少し前までの価格上昇局面でこういったエネルギー価格に応じて省エネが進みましたので、価格と数量の両面で輸入が減少していると考えるべきです。少しタイムラグを置いて、価格低下に見合った輸入の増加が生じる可能性は否定できません。加えて、食料品のうちの穀物類も数量ベースのトン数では▲15.5%減であるにも関わらず、金額ベースでは▲20.1%減と価格と数量のいずれでも輸入が減少しています。輸出に着目すると、輸送用機器の中の自動車は季節調整していない原系列の前年同月比で数量ベースの輸出台数は+30.6%増、金額ベースでは+49.7%増と伸びています。自動車の輸出増は半導体部品などの供給制約の緩和による生産の回復が寄与しています。ですので、というか何というか、いずれも金額ベースの前年同月比で見て、一般機械▲1.5%減、電気機器▲6.3%減と、自動車以外の我が国リーディング・インダストリーの輸出はやや停滞しています。これは、先進各国がインフレ抑制のために金融引締めを継続していて、景気が停滞していることが背景にあります。ただ、輸出額が北米や西欧向けで大きく減少しているわけではありません。むしろ、6月統計を見る限り、ゼロコロナ政策を継続している中国への輸出額の減少が大きく、前年同月比で▲11.0%減と2ケタ減を記録しています。

来月8月15日には4~6月期のGDP統計速報1次QEが公表される予定となっています。6月の貿易収支が季節調整していない原系列の統計ながら黒字に転換したことに現れているように、この4~6月期にはGDP成長率に対して外需がそれ相応のプラス寄与をしている可能性が高い、と私は考えています。

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梅雨が明けたらしい

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近畿は梅雨明けらしい。上の画像はウェザーニュースのサイトから引用しています。

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2023年7月19日 (水)

女性役員比率と労働生産性・イノベーションの関係の実証的なエビデンスはあるのか?

やや旧分に属するトピックなのですが、先週水曜日の7月12日に科学技術・学術政策研究所(NISTEP)から「女性役員比率の労働生産性へ与える効果及びイノベーション実現との関係」と題するリポートが明らかにされています。もちろん、pdfの全文リポートもアップロードされています。まず、リポートの概要を NISTEP のサイトから引用すると以下の通りです。

概要
我が国では、男女平等社会の実現に向け多くの課題がある。本稿では、女性役員比率の労働生産性へ与える効果及びイノベーション実現との関係について、調べている。具体的には、労働生産性と女性役員比率との間の逆因果の関係を取り除いた上で、女性役員比率の上昇が与える労働生産性への効果を調べている。また、後段では、女性役員比率とプロダクト・イノベーション実現又はビジネス・プロセス・イノベーション実現のどちらとより相関があるかについて調べている。分析の結果、女性役員比率は労働生産性を有意に向上させ、またビジネス・プロセス・イノベーション実現と相関があることが分かった。

私は労働政策研究・研修機構(JILPT)という国立研究機関に勤務していた経験があるものの、NISTEP というこの研究機関についてはまったく不明で、「リポート」と称していて、「ディスカッションペーパー」とか、「ワーキングペーパー」ではないので、査読ジャーナルに投稿する予定はないのか、という気もしますが、まあ、女性の管理職や役員が増えるとどうなるのか、という私が従来から気にかかっているテーマに沿っていますので、推計結果のテーブルとともに、簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、NISTEP のサイトから 女性役員比率が労働生産性へ与えた効果分析の結果 のテーブルを引用すると上の通りです。データとしては、東洋経済から出版されているデータを主として使っているようです。企業単位のパネルデータだそうです。すなわち、逆にいうと、事業所単位ではないデータです。そのパネルデータについて、女性役員比率と労働生産性の2本の同時方程式をコントロール・ファンクション・アプローチを用いて推計した結果です。本筋ではないので軽く流しておきますが、直感的に、コントロール・ファンクション・アプローチとは操作変数法に似ていて因果関係をコントロールする、と考えていいと思います。加えて、上のテーブルでは実に簡略に「コントロール」としか表記されていませんが、リポートをよく読めば、資本装備率、従業者数、30歳従業者賃金、無形資産比率、DEレシオ、従業者平均年齢、女性管理職比率、女性従業者比率前がコントロール変数として同時方程式に含められています。その際、従業員平均年齢以外は対数を取っています。ということで、とてつもなく前置きが長くなりましたが、ダイナミック推計である Arellano-Bond の方法による GMM 推計結果が逆符号で、かつ、パラメータの有意性もありません。リポートでは、系列相関が原因と指摘しています。ただ、それ以外はそれなりの有意性を示していて、女性役員比率が上がれば労働生産性にポジティブな影響を及ぼす、という結果が導かれていることは明らかです。もっと定量的に表現すると、女性役員比率が+10%上昇すれば、労働生産性が+0.86%から+1.39%ほど上昇する、ということになります。

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続いて、NISTEP のサイトから 女性役員とイノベーション実現との関係の分析結果 のテーブルを引用すると上の通りです。イノベーションには、プロダクト・イノベーションとビジネス・プロセス・イノベーションを考慮し、それぞれが実現した際に1を取るダミー変数に対してProbitモデルを想定した回帰分析を試みています。上のテーブルにもコントロール変数は一部しか明示されておらず、明示されている従業者数、30歳従業者賃金、無形資産比率、のほかに、女性管理職比率、女性従業者比率、DEレシオがそれぞれ対数を取ってコントロール変数として含められているようです。ということで、これも前置きが長くなりましたが、統計的な有意性から見て、女性役員比率はプロダクト・イノベーションには寄与していないものの、プロダクト・イノベーションとビジネス・プロセス・イノベーションにはいく分なりとも寄与している、という結果が導かれています。このプロダクト・イノベーションとビジネス・プロセス・イノベーションへの寄与という結果は、労働生産性向上を促す、という分析結果と十分整合的と私は受け止めています。ただ、女性はプロダクト・イノベーションには寄与していないのね、という結果は、リポートが指摘しているように「プロダクト・イノベーション実現に重要となるSTEM人材が女性に少ない」という現実を反映している可能性がある一方で、逆に、日本の産業構造がまだまだ重厚長大で女性の活躍する分野と親和性がない可能性もあるかもしれません。まあ、私には謎です。

いずれにせよ、企業の役員や管理職に女性をもっと登用すれば、おそらく、飛躍的に日本の生産性や何やが向上すると私が考えているのは、従来から指摘している通りです。そして、まったく根拠も示すことなく「女性登用はダメ」を主張する既得権益男性が多いことも承知しています。加えて、私はヘーゲリアンですから、企業において女性登用が量的に進めば質的な何かの変化が生じると予想しています。現時点では謎ですが、そういった質的変化を目指して量的な積重ねを促すような制度的裏付けが必要です。

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2023年7月18日 (火)

MMD研究所による「2023年マイナンバーカードに関する実態調査」やいかに?

やや旧聞に属するトピックながら、先週木曜日の7月13日にMMD研究所から「2023年マイナンバーカードに関する実態調査」の結果が明らかにされています。朝日新聞の記事「内閣支持、下落37% マイナ対応「評価せず」68% 朝日新聞社世論調査」に見るように、現在の岸田内閣の支持率低下の一因としてマイナンバーカードのゴリ押しが上げられているように、なかなかに興味深い視点が含まれている気がします。グラフとともに簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、グラフは引用しませんが、マイナンバーカードの保有状況についての回答は、「マイナンバーカードを持っている」73.8%、「マイナンバーカードを持っていないが、現在申請中である」3.3%、「マイナンバーカードを持っていたが返納した」1.1%、「マイナンバーカードを持っておらず、申請も行っていない」13.4%、となっています。そして、MMD研究所のサイトから マイナンバーカードの使用用途 への回答結果のグラフを引用すると上の通りです。過半の53.0%が「マイナポイント申請」と回答しており、次いで「本人確認書類(身分証明書)として使用」が26.1%に上っています。しかし、「一切使用していない」も24.5%あったりします。

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続いて、MMD研究所のサイトから 「マイナ保険証」一体化 への賛否wp淘汰結果のグラフは上の通りです。「マイナ保険証」に一体化することについて聞いたところ、「賛成」が11.1%、「やや賛成」が13.7%と合わせて24.9%が賛成と回答している一方で、「反対」が27.8%、「やや反対」が13.4%の合わせて41.2%に達しています。加えて、「賛成でも反対でもない」が34%を占めています。まあ、どうとも取れる結果だという気がしますが、単純に見ると「反対」+「やや反対」合計41.2%が「賛成」+「やや賛成」合計24.9%の1.5倍を超えていることは明らかです。このあたりに内閣支持率の低下が現れていると考えるべきでしょう。なお、これもグラフは引用しませんが、マイナンバーカードに関するトラブルについては、「トラブルを経験したことがある」が6.6%、「トラブルは経験したことがない」が89.3%と回答しています。このトラブル経験6.6%も多いと見るか、少ないと見るか、ビミョーなところかという気がします。

最後に、私自身はマイナンバーカードを持っています。当然です。というのは、国家公務員は役所のビルに入る身分証明書代わりにマイナンバーカードを取得して、それを入門ゲートにかざしてオフィスに向かう、というシステムになっていたからです。来年9月の誕生日まで有効なのですが、返却しようかと考えないでもありません。

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2023年7月17日 (月)

留学生院生の引率に加わって祇園祭の山鉾巡行に出向く

今日は、前祭の方の祇園祭の山鉾巡行です。昨年と同じように、留学生院生の引率に加わって見学に行ってきました。

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まず、上の写真は、山鉾巡航のくじ引きに関係なく、常に先頭を切る長刀鉾です。どこから撮っているかというと、これも去年と同じように、河原町通り沿いです。御池通りから少し三条通り寄りに下った東側から山鉾巡行を拝見しています。山鉾巡行は9時半スタートなのですが、河原町通りを北上して御池通り近くに達するのに1時間近くかかります。そのころには西側の歩道は陽が当たるようになってしまいます。ですから写真は逆光になりますが、仕方ないところです。

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河原町通りの東側はどうなっているかというと、上の写真の通りです。長刀鉾が近づくころにはモロに太陽を浴びるわけですので、舞妓さんたち向けに赤い番傘が差しかけられています。海水浴場に見かけるような「パラソル」といってもいいくらいの大きさです。でも、その番傘からはみ出して長刀鉾をよく見ようという舞妓さんもいたりします。舞妓さんを留学生諸君に英語で伝えるのが困難を極めたのですが、まあ、格好からして「ゲイシャガール」のカテゴリーに入る女性なんだろうと理解してもらうのが精一杯でした。

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団扇がいろいろと配布されていたのですが、我らが一行には鉾配置図のある団扇が配られました。左下をよく見ると、京都総評作成になるもので、反対側には「最低賃金1,500円」が標榜されています。私なんぞを採用してくれた大学らしいと感じ入ってしまいました。

最後に、どうでもいいことながら、私は経済学部のバングラデシュ人とその友人の理工学部のインド人の2人の留学生としゃべっている機会が多かったのですが、世界標準となっている首を縦に振る "yes" ではない Indian Nod をやってくれと頼んで、本場インド人の Indian Nod を間近で見てきました。そうです。7月8日付けの読書感想文のうちの中島京子『やさしい猫』で言及した「スリランカ人のイエス」という首の動きです。ただ、その留学生にいわせると、この首を左右に振るのは "sometime 'yes,' but sometime 'no'" だそうです。しっかり見て動きは理解しましたが、その意味するところはまだのままです。

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2023年7月16日 (日)

危険な暑さの今日は出歩かず家で読書に励む

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今日は関西では猛暑日確定のようです。上の画像はまさにヒートマップそのもので、日本気象協会のサイトから引用しています。ウェザーニュースのサイトでは、本日10時の時点ですでに大阪では気温が32.8℃を記録したと伝えています。
私は、当然ながら、平日はお仕事に出かけ、週末の土日や祝日の休日はジムに通って、昼食でファストフードに入って、午後はそのまま読書をしてと、夕方まで外出しているパターンが多く、家に終日こもることはほぼほぼありません。風邪などの病気もほとんどなく、1日家にいるのは、1年間で片手で数えるくらいですが、今日は、病気でもないにもかかわらず、家にこもっています。

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2023年7月15日 (土)

ウィンブルド女子決勝をテレビ観戦する

ウィンブルドン女子シングルス決勝をテレビ観戦しました。ボンドロゥソバ選手がノーシードから勝ち上がって優勝でした。私自身は、昨年のファイナリストのオンス・ジャバー選手を応援していたのですが、誠に残念でした。どうも、ボンドロゥソバ選手の腕の入れ墨に馴染めないんですよね…

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今週の読書はノーベル賞エコノミストの経済書をはじめとして計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ウィリアム・ノードハウス『グリーン経済学』(みすず書房)は、気候変動の経済学でノーベル経済学賞を受賞したエコノミストによる「グリーン」な経済に関する考察ですが、ハッキリいって、ものすごく物足りない内容です。ウィリアム・クイン & ジョン D. ターナー『バブルの世界史』(日本経済新聞出版)は、英国の歴史家がバブルの歴史を「良いバブル」もある、との観点から取りまとめています。早見和真『笑うマトリョーシカ』(文藝春秋)は、高校の同級生2人の友情を裏切り、また、虚々実々の政治の舞台裏を描き出そうと試みています。藤井薫『人事ガチャの秘密』(中公新書ラクレ)は、企業における人事の要諦について解説しています。鈴木大介『ネット右翼になった父』(講談社現代新書)は、死の直前にネット右翼的な傾向を示した父親について、一般的な観点と家族独特の観点から解釈を試みています。最後に、文藝春秋[編]『水木しげるロード全妖怪図鑑』(文春新書)は、鳥取県境港の水木しげるロードに配置された177体の妖怪のブロンズ像などを写真とともに紹介しています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊、6月に19冊、7月に入って先週までに11冊の後、今週ポストする6冊を合わせて80冊となります。交通事故で3か月近く入院した影響で、今年の読書は200冊には届きません。

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まず、ウィリアム・ノードハウス『グリーン経済学』(みすず書房)です。著者は、米国イェール大学の研究者であり、2018年に気候変動をマクロ経済学に組み込んだ功績によりノーベル経済学賞を受賞しています。英語の原題は The Spirit of Green であり、2021年の出版です。ということで、とっても期待して読み始めたのですが、やや期待外れでした。本書では、「グリーン」の本質について冒頭序文p.3で持続可能性に置いていますが、読み進むとそうでもないように思います。何か極端ではない中庸の政策を志向しているとしか私には思えませんでした。他方で、何度も繰り返して気候変動については2050年のカーボンニュートラルは達成不可能、という著者の見通しを明らかにしています。カーボンニュートラルの達成が難しく見えるのであれば、もっとドラスティックな政策を志向すべきではないのか、というのが私の見方です。ただ、その萌芽的な観点は提示されており、例えば、炭素価格については米国の現行の炭素税による価格設定が低すぎて、さらに大幅に引き上げる必要について議論しています。温暖化ガスの排出規制については、どうしても経済学的なインセンティブに頼って、直接的な輝空性を避ける方向性が先進各国で示されていますが、2つの方策があります。すなわち、排出権市場と炭素税です。排出権市場では炭素排出の量的な確実性はありますが、炭素価格の見通しが不確実で、ビジネス活動には不透明ですし、政府の歳入に裨益することもありません。ですから、私は圧倒的に炭素税に好意的なのですが、その観点は本書でも共有されています。もうひとつ、私は訳書にいた折にGDP統計の不十分な面について研究していて、主たる眼目はシェアリング・エコノミーの補足だったのですが、本書では当然ながら環境への影響を加味したGDP統計について議論しています。そして、私も同意する結論が導かれています。すなわち、確かに環境への影響を考慮すればGDPの水準としては現在の統計で補足されている水準をかなり下回る付加価値額しか計上されないであろうが、時系列的に考えると、つまりGDPの額ではなく成長率で見ると、1970年代くらいを底にして地球環境は改善されてきている可能性が高く、成長率は現在のGDP統計で計測したものよりも高くなる可能性が高い、と結論しています。私は少しだけ目から鱗が落ちる思いでした。環境を考慮すると現在のGDP統計は過大評価されている、というのは頭に入っていましたが、成長率に引き直すと別のお話になり、ここ数十年で地球環境は改善されており、おそらく、日本国内でも各種の環境数値はよくなっているでしょうから、成長率については現行GDP統計で過小評価されている可能性がある、というのは納得できました。最後に、もう一度同じ結論の繰り返しですが、環境経済学でノーベル賞を受賞したエコノミストの本ながら、余りに過大な期待を持って読むのはオススメできません。

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次に、ウィリアム・クイン & ジョン D. ターナー『バブルの世界史』(日本経済新聞出版)です。著者2人は、英国北アイルランドにあるクイーンズ・ユニバーシティ・ベルファストの金融史の研究者です。英語の原題は Boom and Bust であり、2020年の出版です。まず、私はブームとバブルは違うものだと考えているのですが、本書ではほぼほぼ同じと考えられているようで、でも、私の考えるブームとは異なるバブルについての歴史を収録しています。本書はあくまで歴史書であり、その意味で、エピソードを選び出して並べているだけに見えます。決してバブル経済に関する分析が豊富に入っているわけではありません。ということで、冒頭第1章でいくつかの基礎的な著者たちの考えが取りまとめられています。p.13ではバブル・トライアングルとして、燃焼になぞらえて、燃焼の酸素に当たるのが金融の市場性、つまり、市場で売買できる流動性の付与、そして、燃料に当たるのが通貨と信用、これは当然でしょう。そして、燃焼の熱に相当するのが投機、さらに、火花となって火をつけるのは技術革新と政府の政策、と定式化しています。そのうえで、本書で取り上げるバブルの一覧がp.23に上げられています。当然、1929年の暗黒の木曜日におけるニューヨーク株式市場の崩壊に始まる世界恐慌も、1980年代後半の我が国のバブルも、そして、21世紀初頭の米国のサブプライム・バブルも含まれています。私自身はエコノミストとして少し異論がないわけではないのですが、最近の研究を踏まえると、本書が指摘する少し異質な2点は認めざるを得ません。すなわち、バブルは予測できる、とバブルには良いバブルと悪いバブルがある、という点です。まず、予測可能性については、いかにも予防原則を取る欧州らしい見方ではありますが、最初に引用したバブル・トライアングルの要素がそろうとバブルになる可能性がある、という軽い理解で私はスルーしました。本書の何処かにバブル発生の必要十分条件という言葉があったやに記憶していますが、まあ、そこまでのエビデンスはないと軽く考えておきます。そして、悪いバブルと良いバブルについては、各章で歴史上のバブルを取り上げる結論として考察されています。例えば、今世紀初頭の米国を震源とするITのドットコムバブルについては、技術革新を促進した可能性と不良債権が発生せずに経済への打撃が小さかった点を評価して、良いバブルに分類されています。なお、日本の1980年代後半のバブル経済については、第8章のタイトル「政治の意図的バブル興し」に典型的に現れているように、政府の政策、この場合は中央銀行たる日銀の政策によって生じたと結論されています。もっとも、日本人エコノミストである私の目から見て、政策的なバブル発生というのはいっぱいあります。米国のサブプライム・バブルにしても、「グリーンスパン・プット」により生じたわけですし、本書でも火花としては技術革新とともに政府の政策が上げられています。加えて、ITドットコムバブルの時期に設立されたり、企業活動が飛躍的に活発になったりした例として、GAFAなどを上げている一方で、日本のバブル経済の時期にはそういった例はあまりないと、本書では結論していますが、私はユニクロを持ち出して反論したいと思います。

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次に、早見和真『笑うマトリョーシカ』(文藝春秋)です。著者は、もちろん、小説家なのですが、たぶん、作品の中で私が読んだ記憶があるのは『店長がバカすぎて』だけのような気がします。ということで、この作品は、40代の若き官房長官誕生をプロローグに置き、その前の段階を高校の入学のころにさかのぼって、愛媛県にある西日本でも有数の男子単学の私立の進学校における友人関係から始めます。清家一郎と鈴木俊哉に、さらに、佐々木光一の3人の高校同級生の友人関係、特に東京から愛媛に来た前2者の関係に焦点が当てられます。高校の生徒会長選挙から始まって、表に立って候補者となる清家一郎とそれを支える秘書役の鈴木俊哉、そして、それに協力する佐々木光一、という図式です。大学生の学生生活を経て、27歳で清家が国政選挙に立候補して当選し、衆議院議員となります。その後はトントン拍子に出世して47歳で官房長官となります。そのころ、全国紙の文化部に所属する30歳そこそこの女性記者がインタビューに来て、「この男はニセモノだ。誰かの操り人形にすぎない」と感じ、彼の過去を暴くために動き始め、次々と不審な事実を暴き出す、というストーリーです。国会議員となる清家が大学の卒論で取り上げたハヌッセンに着目し、ハニッセンがヒトラーをスピーチライターとして操っていたように、秘書の鈴木が清家を操っているのではないか、と見立てるのですが、清家を取り巻く女性にも着目し、さらに、事故で不審死を遂げた故人にも着目し、でいろいろと政治家の裏側の事情が明らかになっていきます。そして、ラストはとても驚かされますが、ものすごく秀逸な終わり方です。もちろん、途中までは、人を操るという点で少し物足りない部分もあり、特に、小説としてはとてもおもしろそうなプロットなのですが、果たしてそこまで実態がなくて他人に操られる人物が政治家になれるのか、それも、官房長官といった重責をこなせるのか、という基本となる点とともに、実務的な面でも、操っている人物と操られている政治家がどのような連絡を取っているのか、といった疑問が残ります。ミステリ作家の中山七里の「作家刑事毒島」シリーズでも、人を操って殺人をさせたり、あるいは、もっと入り組んでいて、二重に人を操って、すなわち、操った人がさらに人を操って殺人をさせる、といったプロットがありましたが、私は、まあ、犯罪レベルであればともかく、政治のレベルでは小説の中だけにあるんだろうという気がしました。ただ、繰り返しになりますが、ラストは秀逸です。

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次に、藤井薫『人事ガチャの秘密』(中公新書ラクレ)です。著者は、パーソル総研シンクタンク本部の研究者です。本書では、人事ガチャ、配属ガチャ、上司ガチャ、などと称して人事に関する不満がある中で、どういった観点から人事担当部局が人事の配属や昇進などを決めているのか、という解説を試みています。主たる読者層としては就活を迎えた大学生から入社10年目の30代前半くらいまでの総合職を想定しているようです。まあ、私のような定年退職者は想定外なのですが、就活に臨む大学生を相手にする教員ですし、加えて、私は公務員のころに人並み以下の出世しかしませんでしたので、興味を持って読んでみました。本書では、入社後10年で平均的に3つのポジションを人事異動するパターンが多いとしつつも、場合によってはまったく10年間人事異動ないケースもあると指摘しています。公務員は、おそらく、平均的な民間企業よりは人事異動のサイクルが短いといえます。ひとつには、いわゆる癒着を防止するためです。ですから、私自身の10年目くらいまでを振り返ると、5つのポジションを回りました。平均で2年なわけです。しかも、その5つのポジションには海外勤務、大使館勤務も含まれています。ですから、人事担当部署を経験したこともありませんし、私自身の経験は度外視した方がよさそうな気がします。そして、本書の指摘で目が開かれたのは、ミドルパフォーマーには目が行き届いていない可能性です。人事担当部署としても、役員候補のようなトップエリートは、もちろん、それなりの配慮を持って育成に努めるのでしょうし、私のような不出来な職員に対しては尻を叩くなどの必要があるのかもしれませんが、その中間的なミドルパフォーマーは放っておかれるのかもしれません。いろんな人事のからくりを知ることができましたが、定年退職前に知っていたところで、少なくとも私の場合は何の役にも立たなかった可能性が高い、と感じていしまいました。

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次に、鈴木大介『ネット右翼になった父』(講談社現代新書)です。著者は、ルポライターであり、貧困に題材を取った著書が多いと紹介されています。本書では、いろいろとあるルポのうちで、私にはどうしても馴染めない「私小説」的な自分の家族をルポしています。タイトルの通りです。すなわち、ヘイトスピーチによく出るようなスラングを口にしたり、いかにもネトウヨなYouTubeチャンネルを視聴したり、あるいは、とっても右翼的で反韓反中なのになぜか旧統一協会だけは許容するような雑誌を広げたり、といった死の直前の父親について事実を確認するとともに、その心情の変化などを考察しています。まあ、読み始める前から想像豊かな読者には理解できると思いますが、決して父親はネトウヨになったわけではない、という結論を探し求めているような気がします。著者のネトウヨの見方がそれはそれで参考になります。すなわち、p.72にあるように、① 盲目的な安倍晋三応援団、② 思想の柔軟性を失った人たち、③ ファクトチェックを失った人たち、① 言論のアウトプッが壊れた人たち、という4点なのですが、今はもうほとんど見かけなくなりましたが、①を別の方向にすれば、トロツキスト的な左翼もこれらの条件に一部なりとも合致しそうな気がします。こういった観点も含めて、一般論は第3章までで、第4章からは自分の家族に対する楽屋落ち、というか、手前味噌的なパートに入ります。まあ、第3章までは一定の参考になるかと思います。最後に、私の考える保守派とは、歴史の流れを止めようとする人たちで、歴史の流れに沿って人類を前進めようとするのが保守の反対の進歩派、そして、保守からさらに強硬に歴史の流れを反対にしようと試みているのが反動派、だと思っています。歴史はそれほど単純に進むわけではありませんし、循環的な動きだけで進歩するわけではないことも少なくありません。しかも、極めて東洋的、というか、中国的な歴史観でははありますが、円環的に進む、というか、円環的なので進まない、という見方もあります。大雑把に進歩派を左翼、反動派と保守派をいっしょにして右翼と呼んでいる気がしますが、私自身は進歩派でいたいと考えています。

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最後に、文藝春秋[編]『水木しげるロード全妖怪図鑑』(文春新書)です。編者のほかに、境港観光協会が協力し、水木プロダクションが監修しています。見開きで一方のページに妖怪のブロンズ増のカラー写真が、そして、もう一方のページにその解説が配置されています。フルカラー写真集といえますから、350ページを超えるボリュームでこのお値段は安いと感じました。取り上げている妖怪は境港の水木しげるロードに配置されている177体のブロンズ製の妖怪像となっています。177体の妖怪像はもとはといえば、かなり無秩序に存在していたらしいのですが、水木しげるロードに移築され、1~51が水木マンガの世界、52~58が森にすむ妖怪たち、59~78が神仏・吉凶を司る妖怪たち、79~148が身近なところにひそむ妖怪たち、そして最後の149~177が家にすむ妖怪たち、とみごとに分類されています。これらに加えて、隠岐島のブロンズ像もも何点か収録されています。ただし、すべてが妖怪というわけではなく、隠岐島の最初のブロンズ像は踊る水木しげる先生だったりします。私はこの分野に詳しくないので、ほぼほぼ知らない妖怪ばっかりなのですが、水木しげる先生の作品に登場するような愛嬌のある妖怪も少なくありません。私は決して水木しげる先生の作品、例えば、「ゲゲゲの鬼太郎」などの熱烈なファン、というわけではありませんし、境港のこういった場所を訪ねたこともありませんが、それでも本書は十分楽しめましたし、ファンであればぜひとも抑えておきたいところです。

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2023年7月14日 (金)

ナイターもポケモンもない金曜の夜は…

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やっぱり、この季節でありながら、金曜日の夜にナイターがないのは少し寂しい気がする。東京にいたころは、金曜日にはポケモンのアニメがあったのだが、関西ではヘンな時間帯にしかポケモンがみられないのはもっと困る。ポスターは Biglobe News のサイトから引用しています。

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経済産業研究所ディスカッションペーパー「男女の賃金情報開示施策: 女性活躍推進法に基づく男女の賃金差異の算出・公表に関する論点整理」を読む

今月7月に入ってから、経済産業研究所から「男女の賃金情報開示施策: 女性活躍推進法に基づく男女の賃金差異の算出・公表に関する論点整理」と題する原ひろみ教授のディスカッションペーパーが明らかにされています。マイクロな労働経済学は私の専門外で、原教授クラスになれば私の理解の及ばない手法も採用されているように感じますが、一応、関心の高い分野ですので図表を引用しつつ簡単に見ておきたいと思います。

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まず、ディスカッションペーパーから 賃金差異の分布 のグラフを引用すると上の通りです。ディスカッションペーパーのタイトルからしてやや不可解な部分が私にはあるのですが、「格差」という用語と「差異」という用語を2種類使っていて、女性が男性の何%の賃金を得ているかという差異の数字が大きいと格差は小さいということで、逆に、この差異を表すパーセンテージが小さく、女性が男性よりも少ない賃となっている場合は格差が大きい、ということのようですが、どうしてこういう用語を使い分けるのかは私には理解できませんでした。まあ、それはともかく、男女間の賃金格差のヒストグラムから、賃金差異で60%台がもっとも多くなっているのが見て取れます。なお、分布は労働者ではなく事業所単位となっています。そして、平均ではなく中位値で比較して男女感の賃金格差は27.3%となっています。別のソースからの推計で見ても、男女感の賃金格差が30%程度というのは私の実感に合致しています。例えば、7月13日付けの日経新聞の記事「日本企業、男女の賃金格差は平均3割 金融・保険が最大」では、女性活躍推進法の省令改正で義務付けられた男女の賃金格差の開示の政府データベースに基づいて約7100社のデータから男女の賃金格差を30.4%と試算しています。
また、グラフは引用しませんが、企業規模別に見て、どの企業規模に属していても非正規労働者の賃金格差は正規労働者よりも大きくなっています。そして、規模別に見て、従業員5000人以上の大企業では、もう少し小さめのほかの規模の企業と比較して正規労働者の男女賃金差異はもっとも大きく、すなわち、男女の賃金格差が小さくなっている一方で、非正規労働者の賃金差異がもっとも小さく、男女格差が大きいことが明らかにされています。興味深い観点だと思うのは私だけでしょうか。

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そして、男女の賃金差異の値が大きく格差が小さい産業と、逆に、差異が小さく格差が大きい産業のそれぞれ上位3位と、その賃金差異のパーセンテージを取りまとめたテーブルを引用すると上の通りです。私の直感として熟練と男女賃金格差は逆U字カーブを描く、すなわち、非常に高い熟練を必要とする産業と、逆に、ほとんど熟練を必要としない産業の男女賃金格差が小さく、中レベルの熟練を必要とする産業で格差が大きい、のではないか、と予想していたのですが、大雑把にそうなっている気がします。ディスカッションペーパーには言及がないので、産業ではなく職種に置き換えて少し解説しておくと、極めて高い熟練を必要とする職種、例えば、医師とか弁護士とかでは男女間格差がほとんどない可能性については直感的に理解できると思います。逆もまた然りで、外食産業のカウンターやコンビニのレジとかで外国人を見かけるのと同じ理由で、男女間格差が生じる可能性は少ない気がします。その間にあって中途半端、という表現はよくないかもしれませんが、それほど高くもなく低くもないレベルの熟練を必要とする職種、例えば、オフィスの事務仕事などでは、おそらく、ほとんど理由のつかない男女差別に近い格差が生じているように感じます。繰り返しになりますが、あくまで、エコノミストとしての私の直感で特に実証的な裏付けはありません。

最後に、ディスカッションペーパーでは人的資本の男女差で説明できない賃金格差について、Firpo-Fortin-Lemieux (FFL) 分解という要因分解の手法を適用して推計を試みています。その結果、男女間賃金格差27.3%のうちの半分以上を占める0.148(14.8%)が人的資本の男女差で説明できない、という結論に達しています。あるいは、これが「男女差別」といえる部分なのかもしれません。もちろん、そういう用語を使いたくなくて、非合理的とか、別の用語を使うエコノミストもいるかも知れませんが、どちらにしても、高度成長期とかの昔ではなく、ごく最近のデータを使った推計でも人的資本からは説明できない男女間賃金格差は依然として存在しており、しかも、それは無視できない大きさである、と考えるべきです。世界経済フォーラムで算出している男女のジェンダーギャップ指数で日本が低ランクである要因のひとつです。

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2023年7月13日 (木)

農林中金総研リポート「家計における酒類の年間購入額の推移と今後について」やいかに?

今週月曜日の7月10日に農林中金総研から「家計における酒類の年間購入額の推移と今後について」と題するわずか2ページのリポートが明らかにされています。実は、まったくの私事ながら、私も60代半ばに至ってそろそろ禁酒を志向すべき時期ではないかと考え少し注目してしまいました。

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まず、リポートから 酒類の購入額の推移 のグラフを引用すると上の通りです。もともとのデータは総務省統計局の家計調査です。見れば明らかな通り、20年余り昔の2000年には家計は毎年50,000円近い、正確には49,994円を酒類に支出していたのですが、最近の統計では45,000円を下回っています。ただし、私が調べた限りでは、総世帯ではかなり統計が違っていて、2000年は43,997円だったのが、2022年には38,419円まで減少しています。もちろん、22年間で5,000円くらい減少したという姿は変わりありませんし、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミックの2020年に一時的に酒類への支出が増加したのも同じです。下のパネルでは酒の種類別の購入額が示されています。清酒は一貫して減少していますが、焼酎もここ10年余りは減少し、代わって、発泡酒・ビール風アルコール飲料、チューハイ・カクテル、ワインなどが増加しています。私もいわゆる新ジャンルとか第3のビールといわれるものを中心に飲んでいたりします。ほかには、経済連携協定(EPA)で関税が引き下げられてお安くなったワインも、かつて大使館勤務で3年間滞在したチリワインなどの、これまたお安いワインを飲むことがあります。

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続いて、リポートから 酒税改正(平成29年度改正)による税率の変化 のグラフを引用すると上の通りです。よくいわれるように、酒類は、特に、ビールなどは価格の無視できない部分が税金となっています。かつては新ジャンルとか第3のビールとホンモノのビールには350㎖当たりで50円近い差があったのですが、今年2023年10月からは15円ほどに縮小し、さらに、3年後の2026年からは税率が一本化されてさがなくなってしまいます。清酒とワインも今年2023年10月から税率が一本化されます。当然ながら、ホンモノのビールや清酒には有利な価格改定がなされ、逆に、新ジャンルとか第3のビールやワインには不利となることが誰の目から見ても明らかに予想されます。

こういった税率変更に伴う価格動向も見極めながら、早めに、というか、税率変更が予定されている今年10月の前に禁酒に踏み切ろうか、と私は考えないでもありません。交通事故で入院していた時には退院したら酒が飲める、としか思わなかったのですが、私は日本人にしては宗教的にまあ敬虔で、経済的にはとても合理的だと自負しています。夏の暑さが過ぎる前に考えたいと思います。

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2023年7月12日 (水)

OECD「雇用見通し2023」のInfographic

昨日7月11日に、経済協力開発機構(OECD)から OECD Employment Outlook 2023 が公表されています。今年のリポートのテーマは Artificial Intelligence and the Labour Market となっていて、雇用に関する量的、あるいは、賃金などの現状分析に続いてAIの影響の分析が続いています。一応、簡単にInfographだけ取り上げておきたいと思います。下の画像はリポートのp.15から引用しています。

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テーマが人工知能(AI)が労働市場に及ぼす影響ということで、Infographの真ん中と下の段の4枚がその関係のグラフとなっています。中段左のパネルのグラフのタイトルは "
High-skill jobs are the most exposed to advances in artificial intelligence" であり、熟練度の高い労働がAIに代替される可能性が大きいとの分析結果が示されています。つまり、管理職や経営者やエンジニアの方が、ゴミ処理や清掃などの労働者よりもAIに代替されるリスクが大きい、ということです。

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そろそろ下降局面に入りそうな機械受注と上昇率はピークアウトしたもののインフレ続く企業物価指数(PPI)

本日、内閣府から5月の機械受注が、また、日銀から6月の企業物価 (PPI) が、それぞれ公表されています。機械受注では、民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注が、季節調整済みの系列で見て前月比▲7.6%減の8,315億円となっていて、PPIのヘッドラインとなる国内物価の前年同月比で+4.1%上昇したものの、伸び率は6か月連続で鈍化しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

機械受注、5月7.6%減 2カ月ぶりマイナス
内閣府が12日発表した5月の機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる「船舶・電力を除く民需」(季節調整済み)は前月比7.6%減の8315億円だった。マイナスは2カ月ぶりとなる。非製造業からの発注が19.4%減って全体を押し下げた。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値(1.0%増)を下回った。内閣府は全体の基調判断を7カ月連続で「足踏みがみられる」とした。
業種別では非製造業が2カ月ぶりにマイナスとなった。4月はプラスだった金融業・保険業や運輸業・郵便業からの受注が反動でマイナスに転じた。
金融業・保険業は42.2%減、運輸業・郵便業が13.5%減だった。大型コンピューターといった電子計算機などの需要が低下した。
製造業は3.2%増と3カ月ぶりにプラスだった。造船業が約7.9倍伸びた。エンジンなど内燃機関が寄与した。
単月のぶれを除くために算出した3月から5月の3カ月移動平均は前期に比べて2.1%マイナスだった。
企業物価指数、6月4.1%上昇 伸びは6カ月連続鈍化
日銀が12日発表した6月の企業物価指数(速報値、2020年平均=100)は119.0と、前年同月比で4.1%上昇した。伸び率は6カ月連続で鈍化した。輸入物価上昇による押し上げ圧力が弱まるなかでも、消費者により近い品目を中心に価格転嫁の動きが続いている。
企業物価指数は企業間で取引するモノの価格動向を示す。6月の上昇率は民間予測の中央値である4.3%を0.2ポイント下回った。

いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、機械受注のグラフは下の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注で見て前月比+1.1%増の予想でしたから、実績の▲7.6%減は大きく下振れた印象です。統計作成官庁である内閣府では基調判断を「足踏みがみられる」に据え置いています。7か月連続での基調判断の据え置きだそうです。上のグラフで見ても、トレンドとして下向きとなっている可能性が読み取れると思います。ただし、受注水準としてはまだ8,000億円を超えており決して低くはなく、また、4~6月期の見通しでは、前期比+4.6%増の2兆7926億円と見込まれていますので、海外景気が停滞していることを反映していることは確かですが、もともとが振れの激しい統計でもありますし、トレンドとして反転したかどうかはもう少し見極めたい気もします。ただ、そう強気に構えながらも、1~3月期の見通しでは前期比+4.3%増と見込まれていたにもかかわらず、実績では+2.6%増とやや下振れたことも事実ですし、景気局面が回復ないし拡大の後半に差しかかっていることも事実ですから、機械受注のような先行指標は下向きに反転したとしてもおかしくないと考えるのも自然かと思います。5月統計について産業別に少しだけ詳しく見ると、製造業が+3.2%増の4,230億円であった一方で、船舶と電力を除く非製造業は▲19.4%減の3,934億円となっています。非製造業をさらに細かく見ると、金融業・保険業が▲42.2%減、リース業が▲24.8%減、卸売業・小売業が▲19.5%減、運輸業・郵便業が▲13.5%減などとなっています。

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引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率は+4.3%と見込まれていましたので、実績の+4.1%はややこれを下回ったと私は受け止めています。引用した記事には、「伸び率は6カ月連続で鈍化」となっていますが、特に輸入物価は4月養鶏から前年同月比でマイナスに転じ、6月統計では▲11.3%の下落となっています。私が調べた限りでも、輸入物価のうちの原油については、これも4月統計から前年同月比マイナスに転じており、6月統計では▲27.9%まで下落幅を拡大しています。6月統計の時点ではまだ1ドル140円ほどの円安が続いていましたが、足元ではやや円高が進行しており、先行きいっそうの輸入物価の下落が数か月は続くものと私は見込んでいます。したがって、今後は、資源高などに起因する輸入物価の上昇から国内物価への波及がインフレの主役となる局面に入ると私は考えています。消費者物価への反映も進んでいますし、企業間ではある意味で順調に価格転嫁が進んでいるという見方も成り立ちます。
国内物価の前年同月比を少し詳しく見ると、ウッド・ショックとまでいわれた木材・木製品が▲22.2%の大きな下落を記録している一方で、電力・都市ガス・水道+5.3%、鉱産物+10.9%のほか、パルプ・紙・同製品+15.7%、窯業・土石製品+15.6%、金属製品+9.4%、鉄鋼+7.8%となっていて、数か月前まで2ケタ上昇の品目がズラリと並んでいたころからは少し様相が違ってきています。もちろん、上昇率は鈍化しても、あるいは、マイナスに転じたとしても、価格としては高止まりしているわけですし、しばらくは国内での価格転嫁が進むでしょうから、決してインフレを軽視することはできません。特に、農林水産物はまだ+10.0%の上昇率ですし、その影響から飲食料品についても+7.4%と高い上昇率を続けています。生活に不可欠な飲食料品ですので、政策的な対応は必要かと思いますが、市場価格に直接的に介入するよりは、消費税率の引き下げとか、所得の増加などが市場メカニズムを生かした望ましい政策と私は考えています。

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2023年7月11日 (火)

今さらながらに「通商白書2023」に見るインフレの分析やいかに?

今さらながらで旧聞に属するトピックなのですが、先月6月27日に経済産業省から「通商白書2023」が公表されています。動向編、構造編、施策編の3部構成となっており、第Ⅰ部では世界経済の動向と課題、第Ⅱ部では日本経済が抱える課題について分析しており、第Ⅲ部では通商分野に係る政府の取組みについて報告しています。いつもながら興味深い分析で目白押しなのですが、特に、、私が興味を引かれたのが第Ⅰ部同行編の第2章のインフレに関する極めて初歩的な分析です。

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まず、「通商白書2023」p.79から 需要曲線と供給曲線から見た価格変動メカニズム(イメージ) と インフレ抑制に向けた方策 の2つのグラフを引用すると上の通りです。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミック前の均衡から3段階の均衡点の移動が表されています。すなわち、① パンデミックで需要、供給ともに減少、② 徐々に需要が回復するも供給は戻らず、③ ロシアによるウクライナ侵略で供給制約が高まる、ということになります。たぶん、②の段階で供給もいく分なりとも戻ったのでしょうが、「通商白書2023」では無視できる範囲と考えているようで、そのように作図されています。まあ、この②の段階での供給サイドの軽視はいいとしても、問題は下のパネルのインフレ抑制に向けた方策で、金融引締めによる需要の抑制とともに、設備投資の促進による供給サイドの強化は、同時には成り立たないのではないか、という気がしてなりません。

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その無理やりさは、上のグラフ 労働者一人当たり資本ストック・全要素生産性のインフレ抑制効果 への導入なのだと思います。これも「通商白書2023」p.81から引用しています。明らかに、労働者1人当たり資本ストック=資本装備率とインフレの間には負の相関があり、さらに、全要素生産性とインフレの間にも負の相関があることから、資本装備率を高めて、全要素生産性(TFP)を高めることのインフレ抑制効果を強調しようとしているようです。これはこれで正しいのですが、このグラフの直後のp.81にある要因分解ふうの式が妙ちくりんです。最終的には、「労働生産性は全要素生産性と、資本装備率と資本分配率の積に分解することができる。」としていて、これまた、それはその通りなのですが、わざわざ②と③の式を持ち出さなくても、①の式から労働生産性が全要素生産性と資本分配率と資本装備率の積に分解されることは、初歩的な経済学で習うような気もします。加えて、この要因分解からすれば、資本分配率を高めれば労働生産性が高まる、という結果が得られます。残念ながら、資本分配率と労働生産性のグラフは「通商白書2023」には取り上げられていないようです。この資本分配率とインフレの関係は何らかの政策インプリケーションをもたせようと意図されているのでしょうか? 私には謎です。

インフレ抑制のためには労働生産性を引き上げることが必要です。それが単位労働コストの引き下げをもたらすからです。そして、先週の読書感想文で取り上げた『入門・日本の経済成長』でも明らかにされていたように、労働生産性が伸びないのは投資が進まずに労働者あたりの資本ストックが増えないという要因も大いに関係しています。繰り返しになりますが、低賃金が資本と労働の間で資本蓄積に対してネガな要因となって投資が進まず、投資が進まないために資本装備率が上昇せずに労働生産性が向上せず、またまた、この労働生産性の低さが低賃金をもたらす、という極めて低レベルな悪循環に陥っているわけです。ここ数年ないし10年ほどで資本装備率が主要国で低下しているのは『入門・日本の経済成長』p.74のグラフにもある通り日本だけです。生産性を高めるためには資本分配率ではなく労働の資本装備率を引き上げる事が必要で、そのためには投資が必要で、その投資を促進するためには金融を引き締めたり、円高を目指したりするのは真逆の政策だと私は感じています。

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2023年7月10日 (月)

DIが50超の高い水準続く景気ウォッチャーと資源高前に戻りつつある経常収支

本日、内閣府から6月の景気ウォッチャーが、また、財務省から5月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から▲1.4ポイント低下の53.6となった一方で、先行き判断DIも▲1.6ポイント低下の52.8を記録しています。また、経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+1兆8624億円の黒字を計上しています。まず、NHKのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

6月の景気ウォッチャー調査 5か月ぶり低下 飲食など景況感悪化
働く人に景気の実感を聞く内閣府の6月の景気ウォッチャー調査は、人出の増加のペースに落ち着きがみられ、小売りや飲食の景況感が悪化したことなどから、景気の現状を示す指数は5か月ぶりに低下しました。
この調査は、先月25日から月末にかけて働く人たち2000人余りを対象に3か月前と比べた景気の実感を聞いて、指数にしています。
それによりますと、景気の現状を示す指数は53.6と、前の月を1.4ポイント下回り、5か月ぶりに低下しました。
内閣府は、
▽新型コロナの感染症法上の位置づけが「5類」に移行したことなどに伴った人出の増加のペースにこのところ落ち着きがみられ小売りや飲食の景況感が悪化したことや、
▽エアコンなどの家電の売り上げが減少したことなどが要因だとしています。
調査の中で、
▽中国地方のコンビニからは「前年の同じ時期と比べて来店者が減少する日もあり、脱コロナの効果が薄れつつある」とか、
▽南関東の人材派遣会社からは「サービス業に対する求職者がおらず、人手不足が続いている」という声が聞かれたということです。
一方、2か月から3か月先の景気の先行きを示す指数は52.8と前の月を1.6ポイント下回り、2か月連続で低下しています。
経常黒字2.4倍の1兆8624億円 5月の国際収支
財務省が10日発表した5月の国際収支統計(速報)によると、海外とのモノやサービスなどの取引状況を表す経常収支は1兆8624億円の黒字だった。黒字は4カ月連続で、前年同月の2.4倍になった。資源高の一服により輸入額は減少。貿易赤字が縮小し経常黒字を下支えした。
経常収支は輸出から輸入を差し引いた貿易収支や、外国との投資のやり取りを示す第1次所得収支、旅行収支を含むサービス収支などで構成する。
貿易収支は1兆1867億円の赤字と、前年同月から赤字幅は7514億円縮小した。輸出額は2.8%減の7兆2412億円と、27カ月ぶりに減少に転じた。景気回復の勢いが鈍化する中国など海外経済の減速が響いた。
輸入額は10.2%減の8兆4279億円だった。商品別にみると原油を含む原粗油が21.7%減、液化天然ガス(LNG)が31.6%減だった。
エネルギー価格の低下が影響した。5月の原油の輸入価格はドルベースで1バレルあたり86ドル33セントと19.9%下落。円ベースで1キロリットルあたり7万3504円と16.1%下がった。
第一次所得収支の黒字は17%増の3兆6319億円だった。5月としては比較可能な1985年以降で最大だった。製薬や自動車といった産業で海外子会社からの配当金といった直接投資収益が伸びた。海外の金利上昇を受けて債券利子の受け取りも増えた。
サービス収支の赤字は2409億円と赤字幅が590億円拡大した。インターネット広告などのマーケティング費用の支払い増加などにより「その他サービス収支」の赤字幅が拡大した。訪日外国人の消費額から日本人が海外で使った金額を引いた旅行収支は2744億円の黒字と前年同月の8.5倍に達した。

長くなってしまいましたが、よく取りまとめられている印象です。続いて、景気ウォッチャーのグラフは下の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしており、色分けは凡例の通りです。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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現状判断DIは、今年2023年に入ってから、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染拡大防止のための行動制限が徐々にフェイドアウトするとともに、ウクライナ戦争に伴う資源高もほぼ昨年2022年11月ころにピークを過ぎたことから、先月5月までは緩やかな上昇を見せていました。ただ、6月統計については、COVID-19の感染法上の扱いが5月の連休明けに5類へ移行され、行動制限の緩和がほぼほぼ終了するとともに、景気の改善テンポに一服感が出始め、前月比でマイナスに転じています。先行き判断DIについては、すでに、先月5月統計でピークとなっており、6月統計では2か月連続の低下を記録しています。ただ、現状判断DIも、先行き判断DIも、ともに50をかなり大きく上回っており高い水準にあると私は受け止めています。統計作成官庁である内閣府もよく似た見方なのか、基調判断は基本的に据え置かれています。すなわち、途中のゴニョゴニョは別にして、冒頭では「景気は、緩やかに回復している。」とし、先行きのゴニョゴニョを飛ばすと「先行きについては、(途中省略)、緩やかな回復が続くとみている。」とまとめています。現状判断DIも、先行き判断DIも、家計動向関連では小売関連と飲食関連がともに前月から低下し、サービス関連と住宅関連はプラスとなっています。企業動向関連でも、現状判断DI・先行き判断DIともに製造業も非製造業も前月から低下を示しています。景気判断理由について近畿を見ると、「ゴールデンウィーク明けから、徐々に販売数量が減少している。大きく落ち込んでいるわけではないが、値上げの影響などが少しずつ出てきている(食品)。」とか、「インフレが続くなか、実質的な可処分所得が増えていないため、衣料雑貨などに消費が回ってこない(履物製造業)。」といったインフレ関連の意見に私は目が止まってしまいました。厚生労働省の公表する毎月勤労統計でも実質賃金がサッパリ上がっていないので当然です。また、私の直感ながら、近畿圏では賃金動向とともに、中国のゼロコロナ政策の動向に左右されるインバウンド消費の影響がどうなるのか、今後の注目点だと考えています。

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続いて、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。2011年3月の東日本大震災と福島第一原発の影響を脱したと考えられる2015年以降で経常赤字を記録したのは、季節調整済みの系列で見て昨年2022年10月統計▲3419億円だけです。もちろん、ウクライナ戦争後の資源価格の上昇が大きな要因です。ただし、赤字ではないとしても、経常黒字の水準は大きく縮小してたのですが、その経常赤字を計上した2022年10月の翌月の11月には+1兆6,045億円の黒字に転じていますし、その後、直近の2023年5月統計までほぼほぼ一貫して経常黒字は+1兆円を超えています。私は経常赤字についてもなんら悲観する必要はなく、資源に乏しい日本では消費や生産のために必要な輸入をためらうことなく、経常赤字や貿易赤字は何の問題もない、と私は考えていますので、付け加えておきます。

 【2023年4月判断】前回との比較【2023年7月判断】
北海道緩やかに持ち直している緩やかに持ち直している
東北一部に弱さがみられるものの、基調としては緩やかに持ち直している一部に弱さがみられるものの、基調としては緩やかに持ち直している
北陸持ち直している持ち直している
関東甲信越資源高の影響などを受けつつも、感染症の影響が和らぐもとで、持ち直している持ち直している
東海緩やかに持ち直している持ち直している
近畿一部に弱めの動きがみられるものの、感染症抑制と経済活動の両立が進むもとで、持ち直している一部に弱めの動きがみられるものの、持ち直している
中国緩やかに持ち直している持ち直している
四国緩やかに持ち直している緩やかに持ち直している
九州・沖縄持ち直している緩やかに回復している

最後に、本日、日銀支店長会議にて「地域経済報告 - さくらレポート (2023年7月)」が公表されています。総括表となるテーブルだけ上のように示しておきます。

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2023年7月 9日 (日)

ルーキー森下の決勝ホームランでヤクルトに競り勝つ

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ヤクルト000000000 070
阪  神00000001x 150

ルーキー森下選手の決勝ホームランでヤクルトに競り勝ちました。
なかなか緊張感あふれる投手でしたが、西純矢投手はランナーを出しながらも要所を締め、8回の岩貞投手と9回の岩崎投手は貫禄のピッチングで完封リレーを完成させました。打線は相変わらず湿りがちで、特に、佐藤輝選手は私のようなシロート目から見てもまったく打てそうになかったのですが、8回ウラの先頭打者で立った森下選手が初球を叩いて決勝ホームランでした。プロ入り初ホームランだそうです。ヒーローインタビューで初々しいというよりも、とても冷静に受け答えしていたのが印象的でした。もっとも、さすがに、岩崎投手のウィットに飛んだ受け答えの域に達するにはもう少し時間がかかるかもしれません。

次の横浜戦も、
がんばれタイガース!

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2023年7月 8日 (土)

今週の読書は日本の経済成長に関する経済書をはじめ計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、平口良司『入門・日本の経済成長』(日本経済新聞出版)は、標準的なマクロ経済学を基に成長論の基礎とその日本への応用を試みています。中島京子『やさしい猫』(中央公論新社)は、スリランカ人に対する入管当局の差別的・非人道的な扱いを直木賞作家が取り上げています。堤未果『デジタル・ファシズム』(NHK出版新書)と『堤未果のショック・ドクトリン』(幻冬舎新書)は、気鋭の国際ジャーナリストがデジタル化の推進に置いて、あるいは、震災やコロナといった惨事に便乗してネオリベな政策で国民が犠牲にされる様子を的確な取材でルポしています。現代ビジネス[編]『日本の死角』(講談社現代新書)は、日本や日本人について常識とされていたり、固定観念になっている理解を改めて考え直そうと試みています。最後に、辻田真佐憲『「戦前」の正体』(講談社現代新書)は、神話であって実在しない神武天皇や神功皇后などのナラティブから戦前とは何だったのかを考えています。なお、中島京子『やさしい猫』(中央公論新社)と堤未果『デジタル・ファシズム』(NHK出版新書)については、2年ほど前の出版なのですが、まあ、新刊書読書として含めています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊、6月に19冊の後、7月に入って先週は5冊、さらに今週も6冊、ということで、合わせて74冊となります。今年は交通事故による入院で、新刊書読書はたぶん例年の200冊には達しない気がします。

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まず、平口良司『入門・日本の経済成長』(日本経済新聞出版)です。著者は、明治大学の研究者であり、専門はマクロ経済学です。経済成長に関してのタイトル通りの入門書であり、3部構成となっています。特に、第3部では日本経済の現状から高齢化、教育、マクロ政策、環境の4つの課題をから解明しようと試みています。しかし、こういった4課題だけに着目しているわけではなく、第1部では、コブ-ダグラス型の生産関数を基に、ソロー-スワンの新古典派成長理論、マンキューらの定量分析、また、ローマーらの内生的成長理論と幅広く、かつ、標準的な成長論を取り上げています。続く第2部では、特に生産性や格差の議論がよく取りまとめられている印象です。ただし、金融については Arcand らによる有名な "Too much fimance?" という金融過剰の問題はバブル経済との関係で、次の第3部の日本経済との関連で手短に触れられているに過ぎません。そして、最終第3部では最初の4課題に即して日本経済の成長について論じられています。私は、大学の授業でGDPの3ステージと称して、GDP=人口×(労働者数/人口)×(GDP/労働者数)の要因分解を示し、GDPとは人口と人口当たり労働者数と労働者当たりGDP=労働生産性の積であり、人口が増え、専業主婦や高齢者が労働に参加する割合を高め、労働生産性が上がればGDPの成長も促進される、と教えています。しかし、他方で、経営者がいうように、賃金が上がらないのは労働生産性が伸びないからである、ということはあるとしても、本書でも指摘しているように、労働生産性が伸びないのは投資が進まずに労働者あたりの資本ストックが増えないという要因も大いに関係しています。そして、投資が進まず資本ストックが増えないのは、元に戻って、賃金が上がらず相対的に資本よりも労働のほうが安価であるからです。賃金と生産性と投資が悪循環を来しているわけです。その当たりの突破口をどこに見出すか、本書では必ずしも明確ではありません。もちろん、生産性は需要の伸びに大いに依存しますので、経済政策によってGDPギャップを埋めて労働生産性を上げる、というのがひとつあります。金利を下げるなどによって投資を促して労働生産性を上げる、という手もあります。ややトリッキーですが、賃金を上げて相対的に有利になった投資を促進する、という手すら考えられます。さまざまな方策が考えられる中で、本書p.219から指摘している通り、脱成長論には疑問もいっぱいあります。ということで、やや取りとめありませんでしたが、基本的に、本書では主流派的な経済成長論をしっかりと論じています。その意味で好著、良書と考えられます。ただ、影付きの数式がやたらと日本語になっていて、かえって見にくい、という点は減点材料かもしれません。学部3-4年生くらいからビジネスパーソンまで幅広くオススメできます。

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次に、中島京子『やさしい猫』(中央公論新社)です。著者は、小説家であり、2010年に『小さいおうち』で直木賞を受賞しています。本、というよりも、今年2023年6月24日(土)を第1回として夜の10時から同名のタイトルでNHKドラマとして放送されています。全5回だそうです。実は、本書は2年前の出版であって、私の基準からする新刊書とはいいがたいのですが、ドラマで話題になっていることも考慮して、新刊書読書として取り上げました。悪しからず。ということで、本書では、我が国の入管制度についての鋭い批判が展開されています。もちろん、バックグラウンドとして、名古屋入管の施設でスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが亡くなった事件を思い浮かべる読者も多いと思います。物語は、東京で決して豊かではないながらも穏やかな生活を送っていた母子家庭において、大震災のボランティア活動から知り合ったスリランカ男性との家庭生活を守るための入管当局との闘いです。主人公は保育士ミユキさんの娘であるマヤさんで、この主人公が小学4年生の時に、震災ボランティアで現地入りしたミユキさんが、8歳年下の自動車整備工でスリランカ人のクマさんと知り合ったところからストーリーが始まります。ストーリーは主人公のマヤが誰かに語りかける形を取っています。最後にこの点は謎解きされます。なお、マヤの父親はマヤが3歳の時に病没して、震災ボランティアからいろいろあって、保育園でのスリランカデーといった催しもあって、ミユキさんとクマさんが同棲して結婚することになりますが、その6月に予定されていた結婚式の直前にクマさんの勤める工場が倒産してクマさんが失業し、そのあたりからおかしくなり始めます。クマさんは4月に失業しながら、ミユキさんに打ち明けることができず、就労機会を求めたアルバイトしたりします。そうこうしているうちに、クマさんのビザが9月に失効します。それでも、ミユキさんとクマさんは12月に結婚を役所に届けます。そして、入管当局に配偶者としてのビザ申請に行こうとして、品川駅から入管に向かうところで警官に職務質問され、オーバーステイの不法滞在で逮捕されてしまいます。ミユキさんとクマさんの結婚はビザ取得のための偽装ではないか、という見方に基づいています。そして、クマさんが入管に収容され強制送還が決定されながら、ミユキさんは主人公のマヤがハムスター先生と呼ぶ恵弁護士を雇って裁判に訴え、もちろん、ハッピーエンドで滞在許可を取り付ける、というストーリーです。主人公のマヤは高校3年生になっています。本書の中でほぼ10年近くが経過するわけです。とても心温まるとともに、日本の入管当局に対する大きな疑問が発生します。入管当局だけでなく、日本人にあまねく広がっている外国人差別、特に、白人の欧米人はいいとしても、アジア人に対する大きな差別というのは、私の心を暗くしました。最後に、どうでもいいことながら、クマさんのする頭の動きで、本書で「スリランカ人のイエス」と呼ばれている動きは、私の知る限り、スリランカ人というよりは、Indian Nod として知られているものではないか、という気がしています。ちゃんとドラマを見ていないので不明です。

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次に、堤未果『デジタル・ファシズム』(NHK出版新書)です。著者は、気鋭の国際ジャーナリストです。本書では、コロナ禍の下でデジタル化の推進という美名に隠れて、怒涛のような「売国ビジネス」が進んでいる実態を明らかにしようと試みています。その「売国ビジネス」3項目に基づいて、行政、金融、教育の3部構成としています。デジタル庁の創設からデジタル化が進められ、現在のマイナンバーカードにつながっている点は広く知られている通りだと思います。さらに、健康保険証の廃止と相まって大混乱を来しそうな予感がするのは私だけではなかろうと思います。地方再生やスマートシティの推進でも、国内の巨大資本とともに外資の暗躍が見られます。金融でも、キャッシュレス化の推進という名目を上げて、クレジットカードはもちろん、QRコード決済などが進められようとしています。もちろん、高額紙幣が犯罪に悪用されかねないのは可能性としてあるとしても、IT企業がこぞってQRコード決済に乗り出す現状を不思議に感じている人も少なくないと思います。さらに、教育については、タブレットを生徒や学生に配布してオンライン教育を進める必要がどこまであるのか、それよりも過酷な教員の働き方を見るにつけ、タブレットを購入するよりも教員増の方に予算を振り向ける方がいいんではないか、と思うのも私だけではないと感じています。そして、こういったデジタル化の裏側に巨大な利権があり、しかも、国内企業だけではなく、海外資本にこういった利権を提供しようとしている政府の姿が本著で浮き彫りになっています。ネオリベな政策の下で、ポジな面だけが強調されて進められているデジタル化について、ネガな面も含めて評価し、デジタル化の推進が国家統制やファシズムにつながらないように監視する必要性が痛感されました。なによりも、国家や国家の運営をあずかる政府のシステムは「三権分立」に象徴されるように、性悪説に立った制度設計がなされる必要があり、デジタル化についても、事故の可能性を含めて、国民に不利益をもたらさないような方向性が求められることは再確認しておきたいと思います。なお、本書の次に先週取り上げた『ルポ 食が壊れる』が来て、そして、さらに次に『堤未果のショック・ドクトリン』が公刊にされています。

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次に、堤未果『堤未果のショック・ドクトリン』(幻冬舎新書)です。著者は、前所前書と同じで注目の国際ジャーナリストです。本書にもあるように、「ショック・ドクトリン」とはカナダ人ジャーナリストのナオミ・クラインの著書のタイトルに基づいており、テロや大災害などの惨事が発生した際に、恐怖で国民が思考停止しているところに政府や巨大資本が、どさくさ紛れに過激なネオリベ政策を推し進める悪魔の手法のことで、日本語訳としては「惨事便乗型資本主義」と訳されることもあります。ということで、我が国でも2011年の大震災、そして、2019年末、というか、本格的には2020年からの新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミックなどに乗じてネオリベな政策が推し進められ、現在では、その総仕上げとして防衛費=軍事費の倍増やマイナンバーカードの健康保険証との紐づけなどが着々と進行していることは、広く報じられているとおりかと思います。本書ではp.43で、死産災害などに加えて、政府自らがショックを起こすという観点も含めて、以下の5段階で示しています。すなわち、① ショックを起こす、② 政府とマスコミが恐怖を煽る、③ 国民がパニックで思考停止する、④ シカゴ学派の息のかかった政府が、過激な新自由主義政策を導入する、⑤ 多国籍企業と外資の投資形が、国と国民の試算を略奪する、という具合です。そして、こういった手法で日本を絡め取る具合的な動きが3章に渡って展開されています。マイナンバーカードによる国民監視、コロナ・ショックに乗じた外資製薬会社の丸儲け、そして、SDGsや環境重視の先に見えるディストピア、です。最後のSDGsなんかは反論の難しいところなのだという気がしますが、キチンとした取材に基づいて法外な利権の存在を浮き彫りにしています。ただ、本書で強調されすぎているのは「日本vs外資」という構図です。どうしても、我が国支配層の対米従属が強いので、こういった見方になりがちですし、私も部分的にはしょうがないとは思うのですが、「国民vs巨大資本」という見方に早く修正することが必要です。この巨大資本の典型、というか、一部が外資なだけであって、国内巨大資本も含めた国民収奪の構図を見逃すリスクがあると思ってしまいました。

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次に、現代ビジネス[編]『日本の死角』(講談社現代新書)です。編者は、201年創刊のビジネスメディアだそうです。タイトルは「死角」となっていますが、むしろ、日本に関する固定観念や常識に対する疑問を提示し、必要に応じて反論することを趣旨としているようないがします。その固定観念の一例が本書冒頭のpp.3-4にあり、日本の集団主義、衰退、非婚、移動しない、学校のいじめ、などなどとなっています。簡単に編者のサイトからコピペで内容を羅列すると以下の通りです: 「日本人は集団主義」のウソ 中国で見た「日本衰退の理由」 なぜ若者は結婚しないのか? 「ハーバード式・シリコンバレー式教育」の落とし穴 日本の学校から「いじめが絶対なくならない構造」 地方で拡大する「移動格差」 「死後離婚・夫婦別墓」の時代 「中国の論理」に染まるエリート学生たち 若者にとって「個性的」が否定の言葉である理由 なぜご飯は「悪魔」になったのか? 「ていねいな暮らし」ブームと「余裕なき日本社会」 災害大国の避難場所が「体育館」であることの違和感 女性に大人気「フクロウカフェ」のあぶない実態 性暴力加害者と被害者が対面したらどうなるのか? アフリカ人と結婚した学者が考える「差別とは何か」 “褐色肌・金髪・青い眼”のモデルが問う「日本社会の価値観」、となります。まあ、何と申しましょうかで、精粗区々という表現がピッタリなのですが、私が秀逸と感じた分析は、移動に関して「『移動できる者』と『できない者』の二極化が進んでいる。かならずしも地方から出る必要がなくなるなかで、都会に向かう者は学歴や資産、あるいは自分自身に対するある種無謀な自信を持った特殊な者に限られているのである。」といった部分とか、中国に関する見方で「そしてこの国(引用者注: 中国を指す)は、身体を動かせる若い労働力にあふれている。つまり、老齢をむかえて思うように身体が動かなくなった日本がいまの中国から新しく学べることは、おそらく何もない。」といったところでしょうか。加えて、若者考で、空気を読んで周囲から浮きたくないセンチメントとか、いじめ考で、学校というものの定義の変化なども読んでおくべきポイントだという気がします。ただ、そうでなくて参考にもならないパートもいっぱいありますので、そのあたりは読者のセンスが試されるところかもしれません。

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最後に、辻田真佐憲『「戦前」の正体』(講談社現代新書)です。著者は、評論家・近現代史研究者、となっています。本書中で半藤一利のことが歴史研究者と出てきますので、大学などの研究機関の研究者というわけではないのかもしれません。ということで、やや期待外れでしたが、「戦前」について神話から解き明かそうと試みていて、まさに神話の範囲で実在の疑わしい神武天皇とか神功皇后とかにさかのぼって、さらに、徳川期末期の国学などの「研究成果」を基に、日本が神国であって世界を統べるべき、という思想がどのように生まれたのか、についていろいろと事実関係を集めてきています。それを総称して、本書冒頭のp.7では、「いうなれば本書は、神話を通じて『教養としての戦前』を探る試みだ。」ということになっています。まあ、何と申しましょうかで、私にも何となく、教養としての明治維新、とか、教養としての大正デモクラシー、というのは理解できる気がしますが、「教養としての戦前」というのは、本書p.253の八紘一宇が「時代をあらわしたことば」とされて、中身がはっきりしないわりには反対しづらい、といったふうに受け止められる用語としてチェ維持されているような、同じ感触の言葉、ということになりそうな気がします。でも、ひとつだけ残念だったのは、冒頭にタモリの「新しい戦前」を引いておきながら、「教養としての戦前」を探る最後の結論として、現在の「新しい戦前」という見方が当てはまるのかどうか、あるいは、当てはまるのはどの点で、当てはまらないのはどの点か、といった考察は欲しかった気がします。本書では「上からの統制」とともに、「下からの参加」についても目配りしており、実に、今の政府の強引なネオリベ政策の展開と、それを「下から」支えるネトウヨの動きは、まさに「新しい戦前」と言い得る要素を持っている、と私は見ていますので、私の見方が適当なのかどうか、気にかかるところです。

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2023年7月 7日 (金)

雇用の過熱感残る6月の米国雇用統計をどう見るか?

日本時間の今夜、米国労働省から6月の米国雇用統計が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、非農業部門雇用者数の前月差は直近の6月統計でも+209千人増となり、失業率は前月からさらに▲0.1%ポイント低下して3.6%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を手短に5パラだけ引用すると以下の通りです。

June jobs report live updates: 209,000 jobs added as unemployment falls to 3.6%
Hiring slowed but remained sturdy in June as U.S. employers added 209,000 jobs despite inflation, high interest rates and nagging recession fears.
The unemployment rate fell from 3.7% to 3.6%, the Labor Department said Friday. That's the highest since October.
Economists had estimated that 225,000 jobs were added last month.
Payroll gains for April and May were revised down by a total of 110,000, depicting somewhat weaker hiring in spring than believed. The May rise in jobs was downgraded to 306,000 from 339,000The report will likely be well received by a Federal Reserve seeking to cool job and wage growth to tamp down inflation. Still, last month’s employment gains were and pay increases picked up, developments that could prompt the Fed to resume its aggressive interest rate hiking campaign in a few weeks after pausing in June.

よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが広がった2020年4月からの雇用統計は、やたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたんですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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ということで、引用した記事の3パラめにあるように、米国非農業部門雇用者の増加について市場の事前コンセンサスでは+225千人増、あるいは、+200千人増を少し上回るくらいとされていただけに、実績の+209千人増はほぼ「こんなもん」もしくはやや下振れ、と受け止められているようです。下振れ説の背景には、5月の統計が速報値の+339千人増から+309千人増に下方修正されている点も考慮されています。ただし、失業率も少し跳ねた前月から低下して3%台半ばのここ50年来の水準を続けているわけですので、米国労働市場の過熱感は継続していると考えるべきです。もちろん、インフレ高進に対応して連邦準備制度理事会(FED)が強力な金融引締めを実施していますが、先月6月の連邦公開市場委員会(FOMC)では1回だけなのかどうか、利上げを見送っています。金融引締めの効果を見極めたいところなのですが、現状ではさらなる引締めが必要という見方が優勢となりそうな気がしています。ただ、雇用に加熱感が残っているのは、引締めが不足しているのか、それとも、ラグが残っているのか、もう少し見極めたいという気がします。

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5月統計の景気動向指数は「改善」で据え置かれたままでいいのだろうか?

本日、内閣府から5月の景気動向指数公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数が前月から+1.4ポイント上昇の109.5を示した一方で、CI一致指数は▲0.4ポイント下降の113.8を記録しています。まず、Yahoo!のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

景気一致指数5月は2カ月ぶりマイナス、生産・輸出が下押し
[東京 7日 ロイター] - 内閣府が7日公表した5月の景気動向指数速報(2020年=100)は、指標となる一致指数が前月比0.4ポイント低下の113.8となり2カ月ぶりのマイナスとなった。鉱工業生産、輸出数量、有効求人倍率などが下押しした。自動車などの生産、米国向け輸出数量が落ち込んだ。
指数から一定の基準で自動的に決まる基調判断は、4月改定値時点の「改善を示している」で据え置いた。4月速報値では「足踏み」だったが鉱工業生産の基準改定を反映した改訂の結果、判断を引き上げていた。
先行指数は前月比1.4ポイント上昇の109.5となり2カ月連続のプラスだった。新設住宅着工床面積や東証株価指数、鉱工業用生産在庫率指数の改善が寄与した。
今回から基準年が2015年から2020年に変更された。

いつもながら、動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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5月統計のCI一致指数については、当月のCIが下降している上に、3か月後方移動平均でも7か月後方移動平均でも、ともに下降しています。それでも、一致指数の基調判断が「改善」に据え置かれているのは、3か月後方移動平均のマイナス幅が1標準偏差分に達していないから、ということです。基調判断は機械的に行われているので仕方ありませんが、現在の景気局面に関しては、以前から私が主張しているように、明らかに回復ないし拡大局面の後半に入っており、インフレ抑制から先進各国が金融引締めを続けて世界経済が停滞している中で、我が国景気も風前の灯、というか、いつ景気後退局面に入ってもおかしくない、と私は受け止めています。
という前提で、CI一致指数を構成する系列を詳しく見ると、マイナスの寄与が大きい順に、生産指数(鉱工業)▲0.28ポイント、輸出数量指数▲0.25ポイント、鉱工業用生産財出荷指数▲0.23ポイントなどとなっています。他方、プラス寄与は、大きなものでは耐久消費財出荷指数+0.18ポイント、投資財出荷指数(除輸送機械)+0.14ポイントなどが上げられます。景気の先行きについては、国内のインフレや円安の景気への影響などの国内要因はについては中立的、少なくとも、大きなマイナス要因とは考えていませんが、海外要因については、欧米をはじめとする各国ではインフレ対応のために金融政策が引締めを継続していて、米国をはじめとして先進国では景気後退に向かっている可能性が十分あります。景気動向指数の観点からして、生産指数や輸出数量指数が大きなマイナス寄与を示している点に現れています。ですから、全体としては、我が国景気の先行きリスクは中立というよりも下方に厚い可能性があると考えるべきです。

最後に、本日公表された統計からCIの基準年が2015年から2020年に変更されています。詳細は内閣府の公表資料「『景気動向指数』におけるCIの基準年変更等について」で明らかにされています。

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2023年7月 6日 (木)

電動キックボードはどこまで安全か?

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広く報じられているように、7月1日から改正道路交通法が施行され、電動キックボードが自転車並みの扱いとなっています。まず、朝日新聞のサイトから関連する記事を引用すると以下の通りです。

電動キックボード「自転車並み」スタート 新ルール周知、初日に催し
改正道路交通法が1日施行され、電動キックボードが「自転車並み」の扱いとなった。最高速度が時速20キロを超えない車体は16歳以上であれば運転免許不要で、車道左側や自転車レーンを走行する。最高速度同6キロ以下に制御された車体は、自転車通行可の歩道や路側帯を走行できる。ヘルメット着用は努力義務だ。
利用者の増加が見込まれるが、違反や事故の増加が懸念され、貸し出しや販売の現場では新ルール周知を図る。1日午前は雨天で利用者は少なかったが、東京都渋谷区では貸出事業者らが新ルールを説明するイベントを開催。警視庁渋谷署員がチラシを配り、「ルールを守って安全に使ってください」と呼びかけた。
「ビックカメラ新宿東口店」(東京都新宿区)では、新ルールが適用される車体の販売が始まった。購入者は年齢確認と交通ルールを確認する動画を視聴する。購入した会社員の西田裕介さん(35)は「昼休みに徒歩では行きづらかった店へも行ける。車と並走することになるので、周りに注意しながら走りたい」と話した。

私の移動範囲で見かけるようになるかどうか、実際に見かけるようになるまで、このブログで取り上げるのを待っていたのですが、まったく見かけません。たぶん、UberEatsと同じでもっと都会でないとダメなのかもしれません。なお、政府広報のサイトでも「電動キックボードに関する交通ルールを確認しましょう!」と題して詳細な広報にこれ務めている印象です。また、書き漏らしていましたが、一番上の画像もこの政府広報のサイトから引用しています。
私がフォローしているSNSやwebサイトを見る限り、この電動キックボードへのユルユルの規制に対しては反対意見が強いように受け止めています。私も基本的に大きな懸念を共有しています。一番の懸念は車道か、歩道かの通行場所です。時速20キロまで出る場合は車道通行で、時速6キロまでしか出ない場合は歩道通行も可、ということのようですが、私は断言します。ほぼほぼすべての電動キックボードは歩道を走るようになります。特に関西では確実に電動キックボードは歩道しか走らなくなると思います。自転車を見ている限り断言できます。何と、私が見る範囲ではロードバイクですら歩道を走っています。歩道を走りたいのなら、というか、歩道を走ることを優先するのであれば、ロードバイク以外の選択もあるのに、と思わざるを得ません。
それはさておき、車道を走るのであれば自転車や電動キックボードは被害者となるケースが多くなると考えられますが、歩道を走る自転車や電動キックボードは逆に加害者となって歩行者にケガを負わせるケースが増えると考えるのが自然です。ですから、道路交通法による規制をこのようにするのであれば、電動キックボードにもっと高額な保険加入を義務付けるべきだと思います。まあ、一番は欧州のような予防原則に立った規制のあり方を模索すべきと思うのですが、イノベーションの妨げになる可能性を重視して、製造者=企業優先の政策をとる米国や日本では後追いの政策を取らざるを得ませんから、事故が起こったあとの処理が円滑にできるような政策が必要です。ちなみに、私の勤務校では大学正門前の自転車は置き場に自転車を置けるステッカーを配布するには、対人で1億円の保険に入ってなければならない、と決めています。こういった保険加入義務化の条例を、特に関西圏の府県は整備すべき、と私は考えます。

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2023年7月 5日 (水)

帝国データバンクによる「『食品主要195社』価格改定動向調査 (2023年7月)」やいかに?

やや旧聞に属する話題かもしれませんが、先週金曜日の6月30日に帝国データバンクから「『食品主要195社』価格改定動向調査 (2023年7月)」と題するリポートが明らかにされています。日本国内の物価上昇はすでにエネルギーの影響によるインフレは反転して食料に主役が移ってきており、食品価格の動向は大きな注目を集めています。まず、帝国データバンクのサイトから調査結果の概要を3点引用すると以下の通りです。

調査結果
  1. 7月中に年3万品目へ到達 値下げや価格据え置きも年内1000品目に迫る
  2. 今年の食品値上げ、前年を超える 10月に再び5000品目超えも
  3. 7月は「パン」 1500品目超の一斉値上げ 年間では5食品分野で前年を上回る

pdfの全文リポートからグラフを引用しつつ簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、リポートから 2023年の食品値上げ (6月30日9時) 品目数/月別 のグラフを引用すると上の通りです。足元の2023年年央6-7月は、それぞれ、3,500品目を超える食料の値上げが実施ないし計画されています。年度替わりの4月の5,000品目超には及びませんが、値上げのペースは引き続き高水準で推移しているといわざるを得ません。ただ、具体的な数字には示されていませんが、帝国データバンクの分析によれば、値上げ後に店頭での売れ行きが伸び悩む食品も出始めるなど、値上げに対する消費者マインドは寛容さを失いつつあるようで、値上げについていけない消費者の「値上げ疲れ」や「生活防衛」志向を受け、メーカー側でもコストアップ分を都度価格へ転嫁する「値上げ」の勢いは前年ほどの力強さがみられない、と結論しています。先日、6月23日に総務省統計局から消費者物価指数(CPI)が公表された際に着目したESPフォーキャストでも、インフレは徐々に沈静化の方向にあり、来年2024年年央には日銀のインフレ目標+2%程度の達して、さらに上昇率は縮小を続ける、というエコノミストの緩やかなコンセンサスが示されていますから、帝国データバンクの分析においても十分整合性ある、と私は受け止めています。

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続いて、リポートから 2023年の値上げ原因別 のグラフを引用すると上の通りです。これは従来通りで、「原材料高」と「エネルギー」が現時点では大きな値上げの要因となっています。ただし、これらに次いで、「包装・資材」と「物流」も注目すべきです。すなわち、SDGsの推進のためのプラスチック製包装資材からの切替え、あるいは、トラック運転手の働き方に根ざす「物流2024年問題」などへの対応費用についても、この先の値上げ要因としてクローズアップされる可能性が十分あります。また、図表は引用しませんが、主な食品分野の価格改定の動向を概観すると、2023年7 月の値上げは、「パン」が全食品分野で1578品目と最多だった点が報告されています。次いで、「加工食品」ではパックごはんやレトルトカレーなどが中心に836品目の値上げが予定されているほか、「調味料」もめんつゆ製品やスパイス製品など619品目値上げ、「菓子」はチョコレート菓子や焼き菓子、ポテトチップス関連製品を中心に242品目の値上げ、などとなっています。

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最後に、昨日7月4日、厚生労働省から「国民生活基礎調査」(2022年調査)の概況が公表されています。上のグラフはそのうちの相対的貧困率の推移をプロットしています。先進国が加盟する国際機関である経済協力開発機構(OECD)の加盟国平均は10%少々ですから、我が国の15%を上回る水準はかなり高いと感じざるを得ません。加えて、1人親世帯では40%を大きく上回る貧困率となっており、食品価格の値上げが生活に重くのしかかっているといわざるを得ません。

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2023年7月 4日 (火)

賃上げと企業利益とインフレの関係を考える IMF Blog やいかに?

とても旧聞に属する話題かもしれませんが、先週月曜日の6月26日の IMF Blog で Europe's Inflation Outlook Depends on How Corporate Profits Absorb Wage Gains と題する記事が先週の Chart of the Week として掲載されています。

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上のグラフも IMF Blog のサイトから引用しています。IMFの分析によれば、"Rising corporate profits account for almost half the increase in Europe's inflation over the past two years as companies increased prices by more than spiking costs of imported energy." すなわち、欧州企業は輸入エネルギーの高騰した価格以上の値上げをしたために、ここ2年間の欧州のインフレの上昇のほぼ半分は企業利益の増加に帰せられる、ということです。もちろん、労働者はインフレに見合う賃金上昇を求めているわけで、"companies may have to accept a smaller profit share if inflation is to remain on track to reach the European Central Bank's 2-percent target in 2025" 欧州中央銀行(ECB)のインフレ目標である+2%に到達する起動を維持するためには、企業に対する利益分配はより小さくならねばならない、と結論しています。
もちろん、この分析は欧州経済に対するものであって、日本や米国では欧州とは違う経済状況であるという点は忘れるべきではありません。しかしながら、ウクライナ戦争から激しくなった輸入物価の上昇に対する反応しては、基本的に、世界中で同じことがいえます。すなわち、私は決してマルキストではありませんが、物価上昇を中央銀行のインフレ目標の範囲にアンカーしようとすれば、企業と労働者の間には何らかの階級対立に近い関係があって、両者の取り分はゼロサムになる可能性があります。ネオリベな経済政策の下で、株価が経済政策運営のターゲットのように見なされたり、トリクルダウンの思想に基づいてまず企業利益を優先する方向性が打ち出されたりしていましたが、今こそ、IMFのお考えに基づいて、でもないのでしょうが、企業利益への配分を労働者よりも優先して考えるのはヤメにすべき時期に差しかかっている、と私も思います。

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最後に、とてもこじつけなのですが、上のInfoGraphは経済協力開発機構(OECD)のサイトから引用しています。何のInfoGraphかといえば、Beyond Applause? Improving Working Conditions in Long-Term Care と題するリポートを簡単に1枚の画像で説明しようとするInfoGraphです。何のリポートかというと、タイトル通り、Long-Term Care、すなわち、介護で働く労働者の労働条件については、単に拍手を送って称えるだけでなく、キチンと待遇改善がなされねばならない、という趣旨です。私がこのブログで何度も指摘しているように、ココロや優しい気持ち、あるいは、拍手で称えるだけではダメなんです。ちゃんと制度的、あるいは法令に基づく手当が必要です。ということで、このInfoGraphの2行目の左側のパネルに注目です。OECDのような国際機関に加盟する先進国でも、平均時給で見て介護職は▲12%も低くなっています。おそらく、直感的には日本ではもっと低い気がしているのは私だけではないと思います。介護職といった重要なエッセンシャルワーカーのお給料を引き上げるためにも、企業優遇の政策を改める必要がある、という点をやや強引に付け加えておきたいと思います。

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2023年7月 3日 (月)

7四半期ぶりにヘッドラインとなる大企業製造業の業況判断DIが改善した6月調査の日銀短観をどう見るか?

本日、日銀から6月調査の短観が公表されています。ヘッドラインとなる大企業製造業の業況判断DIは3月調査から+4ポイント改善して+5、また、大企業非製造業も+3ポイント下以前の+23となりました。大企業製造業では7四半期ぶりの改善だそうです。また、本年度2023年度の設備投資計画は全規模全産業で前年度比+11.8%の大幅な増加が見込まれています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

大企業製造業の景況感、7四半期ぶり改善 日銀6月短観
日銀が3日発表した6月の全国企業短期経済観測調査(短観)で、大企業製造業の景況感を示す業況判断指数(DI)は、前回の3月調査から4ポイント改善してプラス5だった。7四半期ぶりに改善に転じた。供給制約の影響が和らいだ。大企業非製造業は新型コロナウイルス禍から経済回復が進みプラス23と前回から3ポイント改善した。
業況判断DIは景況感が「良い」と答えた企業の割合から「悪い」の割合を引いた値。6月調査の回答期間は5月29日~6月30日、回答基準日は6月13日だった。
大企業製造業の業況判断DIはプラス5と、QUICKが集計した市場予想の中央値(プラス3)を2ポイント上回った。半導体不足などの供給制約が緩和し、生産が回復している自動車がプラス5と前回から14ポイント改善した。資源価格やエネルギー価格の上昇も一服した。石油・石炭製品はマイナス6と40ポイント改善した。
一方、海外経済の減速で需要が低迷し、電気機械は前回から1ポイント悪化のプラス2となった。生産用機械もプラス20と前回から4ポイント悪化した。
先行きは大企業製造業全体でプラス9と足元からさらに4ポイントの改善を見込む。全体では価格転嫁が進んでいることや原材料コスト高の一服から好調となりそうだが、海外経済への懸念は根強く、一部業種では悪化予想もみられる。
非製造業は経済活動の正常化で景況感の改善が続く。大企業非製造業の業況判断DIはプラス23と、市場予想の中央値(プラス22)を1ポイント上回った。5四半期連続で改善した。
コロナ禍で落ち込んだ対個人サービスは、4ポイント改善のプラス28だった。訪日外国人(インバウンド)の増加で宿泊・飲食サービスは36ポイントと大きく改善しプラス36だった。改善幅、水準ともに2004年の調査開始以来最大となった。
先行きは大企業非製造業全体でプラス20と3ポイントの悪化を見込む。人手不足から来る人件費の上昇や、物価高で消費を手控える動きが広がる懸念が今後の景況感に影響しているもようだ。
販売価格が「上昇」と答えた割合から「下落」の割合を引いた販売価格判断DIは、大企業製造業でプラス34と3ポイント悪化した。仕入れ価格判断DIは大企業製造業が8ポイント悪化のプラス52だった。
いずれも2四半期連続の悪化となったが、水準はなお高い。日銀の担当者は「原材料の上昇を転嫁する動きはまだあり、もうしばらく動向を見ていく必要がありそうだ」と分析する。
物価上昇率の見通しは、全規模全産業の1年後の見通し平均で前回調査からわずかに低下し前年比2.6%上昇となった。3年後の見通しは2.2%、5年後の見通しは2.1%と、いずれも政府・日銀が掲げる2%の物価目標を上回って推移するとみる。

いつもながら、適確にいろんなことを取りまとめた記事だという気がします。続いて、規模別・産業別の業況判断DIの推移は以下のグラフの通りです。上のパネルが製造業、下が非製造業で、それぞれ大企業・中堅企業・中小企業をプロットしています。色分けは凡例の通りです。なお、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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先週水曜日の6月28日、日銀短観予想を取りまとめた際にも書いたように、業況判断DIに関しては7四半期ぶりに改善との予想であり、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、大企業製造業が前回3月調査から+2ポイント改善の+3、非製造業も同じく+2ポイント改善の+22、となっています。実績としては、短観のヘッドラインとなる大企業製造業の業況判断DIが3月調査から+4ポイント改善、また、大企業非製造業でも+3ポイントの改善となりました。足元については小幅に上振れした印象なのです。ただし、先行きの景況感については、製造業については大企業・中堅企業・中小企業のすべての規模で、改善の方向が示唆されている一方で、非製造業では逆に大企業・中堅企業・中小企業のすべての規模で悪化が見込まれています。業種別に先行き景況感の方向性のバラツキが大きいと私は受け止めています。まず、製造業では、部品の供給制約緩和などにより自動車産業が上向きとなっていたり、総じて原材料価格の落ち着きによる先行き景況感の改善が見られる一方で、欧米先進国での中央銀行による利上げや金融引締めによる景気後退懸念が引き続き強まっているようです。同時に、中国のゼロコロナ政策の方向性も定まらず、輸出への影響が懸念されます。また、非製造業でもインフレによる消費の停滞といった需要面や人手不足の供給面で先行きの懸念が大きいのではないか、と私は考えています。

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続いて、設備と雇用のそれぞれの過剰・不足の判断DIのグラフは上の通りです。経済学的な生産関数のインプットとなる資本と労働の代理変数である設備と雇用人員については、方向としては過剰感の払拭と不足感の拡大が見られます。特に、雇用人員については足元から目先では不足感が強まっている、ということになります。ただし、何度もこのブログで指摘しているように、賃金が上昇するという段階までの雇用人員の不足は生じていない、という点には注意が必要です。すなわち、不足しているのは低賃金労働者であって、賃金や待遇のいい decent job においてはそれほど人手不足が広がっているわけではないのではないか、と私は想像しています。加えて、我が国人口がすでに減少過程にあるという事実が、かなり印象として強めに企業マインドに反映されている可能性があります。ですから、マインドだけに不足感があって、経済実態として decent job も含めた意味で、どこまでホントに人手が不足しているのかは、私には謎です。賃金がサッパリ上がらないからそう思えて仕方がありません。加えて、海外需要の方向や中国のゼロコロナ政策の動向に起因する不透明感は設備と雇用についても同様です。

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日銀短観の最後に、設備投資計画のグラフは上の通りです。設備投資計画に関しては、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、大企業全産業で+10.1%増となっています。実績は大企業全産業の設備投資計画は+13.4%でしたので少し上振れました。日銀短観の設備投資計画のクセとして、年度始まりの前の3月時点ではまだ年度計画を決めている企業が少ないためか、3月調査ではマイナスか小さい伸び率で始まった後、6月調査で大きく上方修正され、景気がよければ、9月調査ではさらに上方修正され、さらに12月調査でも上方修正された後、その後は実績にかけて下方修正される、というのがあります。その意味で、3月調査では本年度2023年度の設備投資計画は全規模全産業で+3.9%増と、かなり高い水準から始まって、6月調査で+11.8%増と大きく情報修正されていますので、まあ、通常の動きの範囲ではなかろうか、と私は受け止めています。現時点では最後の着地点がどうなるか、これまた、先進国の金融引締めと景気動向を考え合わせると不透明です。

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2023年7月 2日 (日)

私は好きですピカチュウのヘルメット

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ピカチュウ・ヘルメットです。横浜でポケモンとのコラボだったそうです。
まあ、プロ野球ファンというのは中年以降のオッサンが多く、私のようにポケモンに対する深い理解がない人も少なくないということで、一部には評判が悪かったやに聞き及びますが、私は好きです。大好きです。

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勝ち切れずにジャイアンツと引き分け

 十一十二 RHE
阪  神000200000000 250
読  売100100000000 250

チャンスありながら決定打なくジャイアンツと引き分けでした。
今日も緊張感あふれる試合でしたが、打線が湿りがちで得点力が落ちていて、勝ち切れませんでした。先発才木投手はよくないながら、ジャイアンツ打線をフェンスギリギリのいかにも東京ドームらしいソロホームラン2本に抑えていただけに、打線の得点力が問題です。

次の広島戦は、
がんばれタイガース!

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2023年7月 1日 (土)

わずかに4安打でもジャイアンツに競り勝つ

  RHE
阪  神000100002 340
読  売000000000 041

昨夜はよく知らない選手にホームランを打たれてサヨナラ負けを喫しましたが、今日は伊藤将投手がジャイアンツの菅野投手に投げ勝ちました。
実に緊張感あふれる投手戦でしたが、4回ツーアウトから大山選手が先制ホームランをかっ飛ばし、9回にはノイジー選手のタイムリーなどで2点をダメ押ししました。先発伊藤投手は7回を無失点、リリーフの岩貞投手と岩崎投手もそれぞれ1イニングを三者凡退でピシャリと抑え切りました。6月は少し調子を落としましたが、7月スタートは上々です。

明日もカード勝ち越し目指して、
がんばれタイガース!

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今週の読書はボリュームたっぷりの経済書のほか計5冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、伊藤隆敏・星岳雄『日本経済論』(東洋経済)は、日本経済に関して主として海外学生・院生を対象にした英語版のテキストの邦訳書です。講談社[編]『黒猫を飼い始めた』(講談社)は、タイトルの1文を冒頭に配置するショートショートの作品で、主としてミステリ作家26人の作品集です。荻原博子『5キロ痩せたら100万円』(PHP新書)は、経済ジャーナリストが老齢期に健康を維持する経済効果について論じています。堤未果『ルポ 食が壊れる』(文春新書)は、気鋭の国際ジャーナリストが単に遺伝子組換え食品(GM)などの安全性にとどまらず、食料安全保障や広く農業や食糧生産の経営上の問題について問題提起しています。最後に、源川真希『東京史』(ちくま新書)は、日本近現代史を専門とする歴史学者が7つの視点から東京の近現代史をひも解いています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊、6月に19冊の後、7月初めてポストする今週の5冊を合わせて68冊となります。どうでもいいことながら、現在の大学に転職して3年余り、この3年間のうち最初の2年間は1本10万円クラスのソフトウェア購入で研究費のそれなりの部分が飛び、昨年度はiPadを買ったり東京に出張したりで研究費を使っていましたが、今年度はしっかり本を買いたいと思っています。

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まず、伊藤隆敏・星岳雄『日本経済論』(東洋経済)です。著者は、米国コロンビア大学と東京大学の研究者です。本書は、この著者達2人が英語で出版した The Japanese Economy (MIT Press) を日本語に邦訳したもので、英語の原書は2020年の出版です。もっというなら、本書は第2版=Second Edition であり、英語の初版は伊藤教授の単著であり、1992年の出版です。ですから、初版本は日本のバブル崩壊のころまでしかスコープに収めていませんでしたので、ハッキリいって、現時点では使い物にならず改訂版が待たれていたところでした。私も実は英語の原著の方を先に購入して、邦訳版は今年になってから買い求めました。日本経済の財政・金融、あるいは、産業と雇用などの幅広い分野に渡って解説を加えています。ということで、本書は、おそらく、日本人ではない大学生ないし大学院生であって、しかも、基礎的なマイクロとマクロの、特に後者のマクロな経済学の基礎ができている学生・院生に日本経済を講義する際の教科書といえます。私も、同じような科目を大学で教えていて、しかも、英語の授業と日本語の授業の療法を担当していますので、学部3-4年生から大学院修士課程院生くらいを対象にした英語の日本経済を教える教科書がそれほどないことは承知しています。たぶん、本書が出る前は、Flath教授による同じタイトルの The Japanese Economy (Oxford University Press) が唯一の選択肢に近く、フラス教授の本は第3版が2014年でした。どうでもいいことながら、フラス教授の本の第4版は2022年に、着実にアップデートされています。ちなみに、もっとどうでもいいことながら、昨年までフラス教授は私の大学における同僚で、フラス教授が論文指導していた大学院生の博士論文審査の副査を私は依頼されたこともあります。フラス教授の本の第4版はまだ手元にないのですが、いずれにせよ、伊藤教授と星教授のこの本も、フラス教授の本も、海外の学生や院生に対して日本経済を系統的に教えるいい教科書であることは間違いありません。ただ、どちらも、どのレベルかと質問されると少し迷います。おそらく、日本でのトップレベル校、東大や京大をはじめとして一橋大学なんかを含むトップ校では十分学部3-4年生のレベルでしょうが、もっと下位校であれば大学院修士課程のレベルかも知れません。政府の「経済財政白書」と同じか、少し高レベルくらいですから、ビジネスパーソンにも大いに参考にできる部分があると思います。ただし、何と申しましょうかで、なかなかのボリュームです。600ページ近くに渡って小難しい文章が続いています。大学で同じような科目を教えている私が読了するのに足かけ3日かかっています。その点は書き忘れないでおこうと思っています。

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次に、講談社[編]『黒猫を飼い始めた』(講談社)です。編者は講談社なのですが、著者はいっぱいいて、26人のミステリ作家がショートショートを提供しています。しかも、すべてのショートショートの書き出しは、本書のタイトル「黒猫を飼い始めた」となっている、という趣向です。作品はすべて、会員制読書倶楽部である Mephisto Readers Club(MRC)で配信=公開されたショートショートです。一応、著者とタイトルを収録順に書き連ねておきます。すなわち、潮谷験「妻の黒猫」、紙城境介「灰中さんは黙っていてくれる」、結城真一郎「イメチェン」、斜線堂有紀「Buried with my CAAAAAT.」、辻真先「天使と悪魔のチマ」、一穂ミチ「レモンの目」、宮西真冬「メールが届いたとき私は」、柾木政宗「メイにまっしぐら」、真下みこと「ミミのお食事」、似鳥鶏「神の両側で猫を飼う」、周木律「黒猫の暗号」、犬飼ねこそぎ「スフィンクスの謎かけ」、青崎有吾「飽くまで」、小野寺史宜「猫飼人」、高田崇史「晦日の月猫」、紺野天龍「ヒトに関するいくつかの考察」、杉山幌「そして黒猫を見つけた」、原田ひ香「ササミ」、森川智喜「キーワードは黒猫」、河村拓哉「冷たい牢獄より」、秋竹サラダ「アリサ先輩」、矢部嵩「登美子の足音」、朱野帰子「会社に行きたくない田中さん」、方丈貴恵「ゲラが来た」、三津田信三「独り暮らしの母」、そして、円居挽「黒猫はなにを見たか」となります。収録作品数があまりにも多いので全部は紹介しきれませんが、なかなかの秀作ぞろいです。ただし、宮西作品とか三津田作品のように、ホントに黒猫なのか、と疑わしい作品もあるにはあったりします。加えて、黒猫に関するストーリー上の濃淡もあります。例えば、黒猫を飼い始めたがすぐに手放して、飽きっぽさのひとつの例示にとどめている青崎作品もあれば、黒猫が殺人事件の解決に密接に関係している円居作品もあったりします。また、夏目漱石の『吾輩は猫である』よろしく、黒猫の視点を取り入れた紺野作品、あるいは、完全なSFの似鳥作品、はたまた、時代小説の高田作品なども含まれています。スミマセン。全部は紹介しきれません。

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次に、荻原博子『5キロ痩せたら100万円』(PHP新書)です。著者は、老後資金などについて詳しいジャーナリストです。タイトル通りに、主としてややメタボ気味な高齢者に対して、体重をコントロールして健康を維持すれば経済的にも大いに節約できる、という内容となっています。かなりの程度に著者自身の経験も取り入れられています。はい。私もその通りだと考えています。すなわち、私はそれなりになの通った大学の経済学部の教授として、投資に関するお話をせがまれることがあり、かなりリターンの確度高くて、しかも、多くのエコノミストの同意する投資を2種類紹介しています。第1に、教育投資です。そして、第2に、子供の教育を終えるころから始めるべき健康投資です。本書はその後者の健康投資にスポットを当てていて、中身も適当であると私は考えています。ただ、これらの教育投資と健康投資については、そのリターンが投資者ご本人に戻ってこないという恨みはあります。教育投資の方は多くの場合は自分の子供にリターンが戻りますので、まあ、いいとしても、健康投資は健康保険組合とか政府に利する部分が大きいというのは事実です。本書のタイトルのうち、「100万円」のリターンがあるとしても、健康保険自己負担が30%だとすれば、投資したご本人には30万円戻るだけで、残りの70万円は健康保険組合とか政府に持っていかれてしまう、というのも事実です。ただ、そうだからといって不健康な生活習慣を止められないのは、結局、大きなマイナスのリターンとなって自分に帰って来ますので、やっぱり、それなりの健康投資は必要です。最後に、健康投資より教育投資について、教育は親の愛情であると反論を受ける場合もありますが、いつも私が主張しているように、ココロや気持ちの問題ではコトは解決しません。交通安全と同じです。必要な投資をケチらないことが重要です。

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次に、堤未果『ルポ 食が壊れる』(文春新書)です。著者は、国際ジャーナリストとして、極めて鋭い視点を提供してくれています。実は、本書の前にも『デジタル・ファシズム』(NHK出版新書)という、これも現在進行形で進められている「売国ビジネス」、すなわち、GAFAをはじめとするをはじめ米国と中国などの巨大テック資本が、行政、金融、教育といった極めて重要であり、市場化されていない日本の心臓部を狙った攻勢を仕かけているという新書を読みました。デジタル庁の設置に始まって、地方再生と結びついたスーパーシティ、金融分野のキャッシュレス化、さらにオンライン教育、ときて、現在の健康保険証の紐づけに至るマイナンバーカードのゴリ押しまで幅広くカバーしています。少し前の本だったので、この新刊書の読書感想文には取り上げていませんが、さらに、本書の続編で『堤未果のショック・ドクトリン』(幻冬舎新書)もすでに出版されており、私はもう購入していて、いかにもナオミ・クラインによる『ショック・ドクトリン』になぞらえた新書もあります。近く私も読んで読書感想文をポストしたいと思っています。その2冊の間で、本書はやや地味な印象なのですが、半導体供給などでJSRに資本テコ入れが図られたりして、経済安全保障が注目される中で置き去りにされがちな食料安全保障の分野のルポを取りまとめています。私も勤務する大学の授業で取り上げますが、広く知られているように、日本は食料自給率が極めて低く、食料安全保障に不安を覚えているエコノミストは私だけではないと思います。単に、安全性に特化した消費者団体的な視点で、遺伝子組換え食品(GM)やゲノム編集食品だけではなく、経営的な支配力の観点も本書では重視しています。また、本書から離れても、ラトガーズ大学のグループによる論文で、朝日新聞のサイトでも報じたように、「核の冬」というやや極端な状況ながら、食料危機が生じれば我が国で非常に多くの餓死者が出るという研究成果もあります。食料の未来を考える上で、本書も大いに参考にすべきと私は考えています。


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最後に、源川真希『東京史』(ちくま新書)です。著者は、首都大学東京の歴史研究者です。日本の近現代史がご専門ということです。本書は7章構成になっていて、破壊と再生、帝都/首都とインフラ、近代都市における民衆、自治と政治、工業化とその後の脱工業化、繁華街などでの娯楽、山の手と下町といった高低の感覚、から明治維新以降の東京の近現代史を展開しています。私も大学卒業後、60歳の定年まで海外勤務などの例外を除けば、ほぼほぼ東京で公務員をしていたわけですが、やっぱり、東京の特殊性というものを実感しています。その辺の感覚は関西地場の人々とはかなり違っていると認識せざるを得ません。実は、少し前に勤務校の新任教員との交流ということでセミナーに参加し、東京における建築の高さ規制がどのような経済ロスを生じているか、というテーマのセミナーだったのですが、そこでも「東京は特殊か?」という議論が出てきて、私の実感として目いっぱい特殊である、と発言しておきました。そして、勤務校でのセミナーは最近時点での分析だったのですが、おそらく、東京特殊論は明治維新よりももっとさかのぼって徳川期の元禄あたりから当てはまるのではないか、私は考えています。もで、徳川期には京と大坂という江戸よりもっと特殊な都市空間がありましたので、その意味で、東京が帝都/首都として特殊になったのは明治維新以降かもしれません。例えば、現在放送中のNHK朝ドラ「らんまん」に関して、私の好きな関西在住の女性ミステリ作家がツイートしていて、主人公の姉の綾と結婚して実家高知の造り酒屋を継ぐ竹雄について、「竹雄、東京にいたことが、着こなしや振る舞いのスマートさにつながっていて、この先彼が違う道を歩いても、それが彼の武器になっていくのがわかる。」というのがありました。まさにその通りだと思います。ですから、私は学生や院生の諸君に対して就職するにせよ、研究を続けるにせよ、1度でいいから東京の空気に触れておくのも一案である、と示唆しています。その昔の中世ドイツに「都市の空気は自由にする」"Stadtluft macht frei." というのがありましたが、そこまで極端、あるいは、制度的ではないとしても、東京にはそれに近いものがあるような気がします。

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