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2023年9月30日 (土)

今週の読書は経済学の学術書をはじめ計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、山本勲・石井加代子・樋口美雄[編]『コロナ禍と家計のレジリエンス格差』(慶應義塾大学出版会)は、コロナ禍における家計のダメージの大きさとそのダメージからの回復が家計の属性と同関係しているかを分析しています。証券税制研究会『日本の家計の資産形成』(中央経済社)は、家計における公的年金以外の収入を得るための資産形成を分析しています。アンソニー・ホロヴィッツ『ホロヴィッツ ホラー』(講談社)は、ジュブナイルの向けに10代の少年少女が主人公となって怖い体験をするというホラー短編9話を収録しています。養老孟司『老い方、死に方』(PHP新書)は、450万部に達した『バカの壁』の作者の解剖学者が4人の識者と対談し、アンチアイジングや認知症介護など、老いと死を考えます。ナンシー・フレイザー『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』(ちくま新書)は、マルクス主義の観点から資本主義を搾取だけでなく収奪の過程として分析します。北上次郎・日下三蔵・杉江松恋[編]『日本ハードボイルド全集 2』(創元推理文庫)は、「野獣死すべし」をはじめとする大藪春彦の比較的初期の作品を収録しています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊、その後、6~8月に76冊の後、今週ポストする6冊を入れて9月には34冊を読み、6~9月の新刊書読書は110冊、今年の新刊書の読書は合わせて154冊となります。交通事故による入院がありましたが、ひょっとしたら、今年も年間200冊に達するかもしれません。

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まず、山本勲・石井加代子・樋口美雄[編]『コロナ禍と家計のレジリエンス格差』(慶應義塾大学出版会)です。編者たちは、慶應義塾大学の研究者です。出版社からしてもほぼほぼ学術書と考えるべきですが、それほど小難しい計量経済分析を展開しているわけではありませんので、一般のビジネス・パーソンでもそれほど読みこなすのに苦労するとは思えません。ということで、コロナ禍を経験した後、その後の回復過程においてレジリエンスが注目されています。本書ではレジリエンスについて「何らかのショックや困難・脅威が生じた際に、素早く元の状態に回復できる力」と定義し、日本家系のコロナ禍からのレジリエンスを検証しています。本書は3部構成であり、第Ⅰ部 パンデミックで露呈したレジリエンスの重要性、第Ⅱ部 パンデミックに強い働き方・暮らし方、第Ⅲ部』家計のレジリエンス強化に向けて、となっています。データは、日本家計パネル調査(JHPS)とコロナのパンデミックに応じて実施された特別調査(JHPS-COVID)を用いています。いくつか特徴的なファクト・ファインディングがあります。まず、前提として、レジリエンスを考える前に、コロナのパンデミックに際して家計のダメージがあります。当然ながら、ダメージも、そのダメージからの回復過程におけるレジリエンスも、家計ごとに異なっていて一様であるはずもありません。加えて、容易に想像されるように、ダメージが大きかった家計のレジリエンスがはかばかしくないのは実感にも合致しています。これまた、容易に想像されるように、家計の属性的には、母子家庭をはじめとする女性が主たる稼得者となっているケース、低所得家計、非正規雇用や自営業、そして、産業別に考えると飲食や宿泊といった対面サービス、エッセンシャル業務の業種、などがダメージ大きくレジリエンスも弱かった可能性があります。例えば、在宅勤務はパンデミック下でも就業を継続できるという意味でレジリエンスの高い働き方といえますが、男性、正規雇用、対面を要しない産業、で採用され、レジリエンス格差が露呈したといえます。また、所得階層や正規雇用といった経済社会的な条件以外にも、勤勉性や粘り強さ、ポジティブ思考などがレジリエンスの高い要因として上げられています。加えて、低所得階層や自営業などではコロナのパンデミックに伴って、将来的な不確実性が大きくなり、所得減少以上に大きなショックとなっている分析結果が示されています。そして、政策インプリケーションとしては、医療制度をはじめとする社会保障の拡充や効率化、特定給付金をはじめとする各種の支援制度の迅速化・適正化、などなどがコロナ禍における家計のリスクや心理的な不安を縮小する上で重要な役割を果たした点が明らかにされています。また、こういった格差については、特に、ウェルビーイングに関してはパンデミック前のいわば平時のウェルビーイングはパンデミック後とかなりの相関があり、パンデミックの有無にかかわらず平常時からのウェルビーイングが重要であるという観点も示されています。1点だけ、私から指摘しておくと、ドイツとの比較分析はありましたが、データの制約が強いのは理解するものの、諸外国との比較は絶対に必要です。我が国のコロナ禍のひとつの特徴は、そもそも感染者数も感染による死者数も、諸外国と比較して決して多くなかったにもかかわらず、ショックはそれほど小さくなかった、という事実です。今後の研究に期待します。

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次に、証券税制研究会『日本の家計の資産形成』(中央経済社)です。著者は、証券経済研究所におかれた研究会組織ですし、それなりに、証券業界の提灯持ちのような分析ではありますが、例の金融庁のリポート「高齢社会における資産形成・管理」、そうです、老後資金に2000万円必要と指摘したリポートとともに、老後資産運営の観点も含んでいますので、簡単に見ておきました。まあ、提灯論文満載でNISAやiDeCoの推奨、さらに、貯蓄から投資への動きを進めようとする分析が主となっているのは当然です。その昔に、消費者金融の分析で、東京にある有名私大の先生方がライフサイクル仮説の一つの条件である流動性制約の解消に消費者金融が大きな役割を果たす、といった論文集を出版していましたが、そういった業界のポジションを反映する分析と考えつつ、眉に唾つけて読んだ方がいいと思います。なお、本書は4部構成であり、第1部 私的年金の役割、第2部 家計の資産形成と税、第3部 老後の資産形成のモデル分析、第4部 証券市場・個人投資家のデータ分析、となっています。本書のポジションを明確に表しているのは、基本的な認識であって、「公的年金だけでは老後資金が不足する」というものです。「老後資金2000万円」のリポートと同じ論旨なわけです。そういう基本認識なのであれば、私のような左派リベラルなエコノミストは「もっと年金をくれ」ということになるのですが、ネオリベな見方をすれば、あくまで自己責任で稼ぐ必要あるということになり、もっと働くか、資産運用する、という方向が示され、本書はそのうちの後者の資産運用を分析しているわけです。大きな特徴は、繰り返しになりますが、公的年金では不足するといいつつ、バックグラウンドでは成長が考えられているようで、労働市場参加を促して自ら生産に参加するか、あるいは、貯蓄を進めて成長資金を供給するか、という選択を迫っているように私には見えます。岸田内閣のひとつの看板政策である「資産所得倍増」の観点が盛り込まれていて、資産の少ない所得階層は資産運用が出来ないので、労働市場にとどまって働くべし、ということのようです。ですので、資産運用のひとつの形態で、最初は私的年金の分析から始まります。米国やカナダの退職者勘定(IRA)、特に確定拠出年金などが分析対象となります。そして、第2部以降ではさまざまな老後の資産運用が論じられています。基本的に、研究会を構成するメンバーが論文執筆を担当していますので、精粗区々の論文で成り立っています。第7章なんかは参考文献リストもなく、学術論文の体裁を外れているような気もします。これも繰り返しになりますが、消費者金融会社からそれなりの額の研究助成金をせしめて、ゼミの学生までも海外研修旅行に連れ回していた先生方の卒業生は、今はどうしているのでしょうか?

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次に、アンソニー・ホロヴィッツ『ホロヴィッツ ホラー』(講談社)です。著者は、英国のミステリ作家です。私もいくつか作品を読んでいます。本書は9話の短編から編まれており、この作者が得意とするジュブナイル作品となっています。すなわち、主人公はほぼほぼティーンエイジャーです。私の直感では、日本人でも小学生高学年生から中学生くらいが対象のような気がします。でも、年長者でも、B級ホラーや都市伝説的なホラーが好きな読者には気楽に楽しめると思います。収録作品タイトルは収録順に、「恐怖のバスタブ」、「殺人カメラ」、「スイスイスピーディ」、「深夜バス」、「ハリエットの恐ろしい夢」、「田舎のゲイリー」、「コンピューターゲームの仕事」、「黄色い顔の男」、「猿の耳」となります。「恐怖のバスタブ」では、アンティーク家具の趣味ある親が買ってきたバスタブが、実は、かつての殺人鬼のもので、主人公の少女がバスタブに尋常ならざるものを見ます。「殺人カメラ」では、主人公の少年が蚤の市で父親の誕生日プレゼントにアンティークなカメラを買いますが、このカメラで写真を撮るとその被写体に何かが起こります。「スイスイスピーディ」では、競馬の勝ち馬を予言するパソコンを主人公の少年が入手しますが、不良の年長者にカツアゲされて奪われてしまいます。「深夜バス」では、ハロウィンのパーティーから帰りが遅くなった主人公の少年が弟ともに乗り込んだ深夜バスの物語です。「ハリエットの恐ろしい夢」では、わがままな主人公の少女が父親の事業の失敗により従来の生活を送れないことから、ヨソにもらわれていって恐怖の体験をします。「田舎のゲイリー」では、母方のおばあさんの住む田舎に来た主人公の少年が帰れなくなってしまいます。本作だけは、私の理解がはかどりませんでした。「コンピューターゲームの仕事」では、日本でいうニートの少年が主人公で、コンピューター・ゲームの会社に雇われて仕事を始めるのですが、日常生活に異変が起こります。「黄色い顔の男」では、主人公がティーンのころを振り返って、駅に設置してあるセルフサービスの写真撮影をしたところ、4枚出来上がったうち見覚えのない写真が混じっていたのですが、その後、鉄道事故に遭遇して見覚えのない写真の正体を理解します。最後の「猿の耳」では、3つの願いを叶える猿の手ならぬ猿の耳は4つの願いを叶えるのですが、ビミョーに聞き間違えをして大変な事態を招きます。繰り返しになりますが、これは児童書です。でも、私はそれなりに楽しめました。

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次に、養老孟司『老い方、死に方』(PHP新書)です。著者は、『バカの壁』などでも有名な解剖学者です。本書は4章構成となっており、すべてが対談の結果を取りまとめた内容です。第1章は「自己を広げる練習」、と題して曹洞宗僧侶の南直哉師と、第2章は「ヒトはなぜ老いるのか」、と題して遺伝子学者の小林武彦教授と、第3章は「高齢化社会の生き方は地方に学べ」、と題して日本総研エコノミストの藻谷浩介氏と、そして、第4章は「介護社会を明るく生きる」、と題してエッセイストの阿川佐和子氏と、それぞれ対談しています。私自身はエコノミストですので、ついつい第3章に注目してしまいましたが、もうそろそろ都会と地方の二分法には限界が来ている気にさせられました。対談相手の主張に従って、地方は「里山資本主義」で、ネオリベでお金中心な都会と違う価値観がある、というのは、思い込みにしか過ぎないように私は考えています。例えば、「渡世の義理」の世界のヤクザや宗教、特に、新興宗教の世界はお金そのものです。統一教会が先祖の霊を持ち出して壺を高額で買わせるのが、もっともいい例ですし、ヤクザの世界も義理や何やといいながら、結局はカネの世界であって、それ以外の価値観は大きな影響はないように私は感じます。高齢化という意味では、確かに地方の方が都会の先を走っているように見えますが、それでは、地方の現在が都会に適用できるかといえば、私は疑問なしとしません。ただ、第3章で正鵠を得ていると考えるのがp.133であり、「経済学は旧式の学問で、常に生産のほうがボトルネックだった20世紀までに発展したものですから、生産ではなく消費のほうが足りないといういまの日本の状況を説明できません。」というのはまさにその通りです。ただ、逆から見て、その生産を下回る消費というのは都会のお話であって、地方では生産が、輸送や流通も含めた供給サイドが、いまだにボトルネックになっているように見えるのは私だけでしょうか。私はもう60代なかばの高齢者に入って、老い方や死に方を考えるために本書を読みましたが、それほど参考にはなりませんでした。

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次に、ナンシー・フレイザー『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』(ちくま新書)です。著者は、米国 New School for Social Research の研究者であり、私よりも10歳くらい年長であったと記憶しています。専門は政治学です。経済学ではありません。英語の原題は Cannibal Capitalism であり、2022年の出版です。原書のタイトルを直訳すれば、「共喰いの資本主義」ということになります。ということで、著者が明記していますが、資本主義についてマルクス主義の観点から批判的な議論を展開しています。すなわち、マルクス主義的にいえば、労働者を搾取して資本蓄積を進めるということになっているわけですが、本書では搾取とともに収奪にも重点を置いています。古典的な植民地からの収奪や人種や性などの差別的扱いから生じる収奪だけではなく、現代ではケア労働者の収奪、さらには自然に対する収奪が環境問題を生じている、といった点が明らかにされ、そういった収奪により民主主義が危機に瀕している、という議論が展開されています。そうした中で、基本的な議論として、私のような左派ではありながらも改良主義というか、何というか、資本主義が悪いというよりは現在の新自由主義的な政策、ネオリベが悪いんじゃあないの、という議論ではなく、根本的に資本主義がダメなのである、という結論という気がします。その点は私にはマルクス主義の根本が理解できていないので、十分にレビューすることができません。悪しからず。特に、環境問題については、私は現時点では未確認ながら、成長と環境負荷がデカップリングできれば、あくまで、デカップリングできれば、という前提ですが、成長を続けて希少性が減じる社会を達成できる可能性があると考えています。私自身は、本書でいう外部経済のような市場の不完全性だけでなく、長期の資源配分などにも適していないし、伝統的な主流派経済学が想定するほど市場の機能が優れているとは考えていません。しかしながら、同時に、本書のようにネオリベな新自由主義ではなく、そもそも資本主義がダメなのである、とまでは考えていません。そういった中途半端な私のスタンスからして、マルクス主義の色濃い本書の理解はなかなかはかどりませんでしたが、ひとつの参考意見としては傾聴に値すると考えてよさそうです。

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最後に、北上次郎・日下三蔵・杉江松恋[編]『日本ハードボイルド全集 2』(創元推理文庫)です。編者3人は、文芸評論家、編集者などです。このシリーズは現時点で7巻まで発行されており、第7巻だけが1作家1編の16話からなるアンソロジーなのですが、それ以外は各巻すべて同一著者の作品を収録しています。この第2巻は大藪春彦であり、順に、第1巻は生島治郎、第3巻は河野典生、第4巻は仁木悦子、第5巻は結城昌治、第6巻は都筑道夫、となっています。各巻では、各作家の割合と初期の作品を収録している印象です。この第2巻は、繰り返しになりますが、大藪春彦の初期の作品、すなわち、デビュー作である「野獣死すべし」から始まって、長編の『無法街の死』、さらに、「狙われた女」、「国道一号線」、「廃銃」、「黒革の手帖」、「乳房に拳銃」、「白い夏」、「殺してやる」、「暗い星の下に」が収録されています。冒頭収録のデビュー作である「野獣死すべし」があるいはもっとも有名かもしれません。かなりの程度に自伝的な内容であり、ソウルで生まれた後、徴兵された父と生き別れになりながらも日本に帰国し、東京の大学に入学し英文学教授の下請けで小説の翻訳をしつつ、暴力的かつ非合法な手段で資金を得て、米国の大学院に留学する、というのがストーリーなのですが、銃器がいっぱい出てきますし、それ以外にも暴力満載で、さらに、それらがグロテスクな表現で描写されています。ほかの収録作品も、ストーリーとか、プロットとかの展開ではなく、各シーンのグロで暴力的な描写が大きな特徴となっています。21世紀の現時点から考えれば、ほとんど理由のない暴力とすら感じられるかもしれません。当時の日本の現状をよく反映していて、銃器は欧米製、自動車も米国車中心に欧米製が頻出します。また、編者の1人である杉江松恋による巻末解説はとても充実しており、加えて、馳星周によるエッセイも収録されていて、私のようにハードボイルド作家としての大藪春彦についてそれほど情報がなくても、いっぱしのファンを気取ることができそうです。

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2023年9月29日 (金)

いっせいに公表された8月統計の鉱工業生産指数(IIP)と商業販売統計と雇用統計をどう見るか?

本日は、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が、また、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。いずれも8月統計です。IIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から横ばいでした。また、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+7.0%増の13兆3910億円を示した一方で、季節調整済み指数は前月から+0.1%の上昇を記録しています。失業率は前月から横ばいの2.7%を記録し、有効求人倍率も前月と同じ1.29倍となっています。まず、日経新聞のサイトロイターのサイトから各統計を報じる記事を引用すると以下の通りです。

8月鉱工業生産、前月から横ばい 生産「一進一退」で維持
経済産業省が29日発表した8月の鉱工業生産指数(2020年=100、季節調整済み)速報値は103.8となり、前月から横ばいだった。石油・石炭製品工業を中心に上昇した一方で、自動車工業などが振るわなかった。生産の基調判断は「一進一退」で据え置いた。
8月の生産は全15業種のうち、5業種が上昇した。一部企業で工場の定期修理後に稼働率が上がったことでガソリンなどの石油・石炭製品工業は前月比で5.5%伸びた。
電気・情報通信機械工業も1.0%上昇した。医療向けのX線装置などが押し上げた。
残る10業種は低下し、普通乗用車といった自動車工業は3.9%下がった。緩やかな回復傾向にあるものの、台風による工場稼働停止など特殊要因で生産が落ち込んだ。
データ通信に使うケーブル製品の不振が響き、鉄鋼・非鉄金属工業は1.9%低下した。輸送機械工業は3.0%下がった。
主要製造業の生産計画から算出する生産予測指数は9月について前月比5.8%の上昇と見込んだ。10月は3.8%伸びると予測している。
経産省の担当者は自動車関連の工場稼働停止といった特殊要因がなくなることから先行きは上昇する見通しだと説明するものの、海外景気の下振れによる生産計画の下方修正の可能性があるため注意が必要だとした。
小売販売額8月は7.0%増、食品・ガソリン値上げ 猛暑も寄与=経産省
経済産業省が29日に発表した8月の商業動態統計速報によると、小売業販売額(全店ベース)は前年比7.0%増となった。ロイターの事前予測調査では6.6%増が予想されていた。食品やガソリンの値上げに加えエアコンやアイスクリームなど猛暑関連需要も押し上げた。
<食品値上げと猛暑効果が寄与、コロナ需要は減少>
業種別では飲食料品が同9.4%増、自動車が9.0%増、燃料が7.9%増などだった。自動車は昨年、部品不足による納車の遅れがあり、その反動で増えた。
業態別では百貨店が同10.8%増、スーパーが5.1%増、コンビニエンスストアが6.3%増、家電大型店が3.9%増、ドラッグストアが7.6%増だった。外出機会の増加で百貨店は衣料品が伸びたほか外国人観光客向け(インバウンド)需要の回復も寄与した。スーパー、コンビニ、ドラッグストアでは食料品の値上げや、猛暑による飲料・アイスクリーム需要が押し上げた。家電も猛暑でエアコンや扇風機、冷蔵庫が伸びた。一方ドラッグストアは食品が伸びる一方マスクなどコロナ関連は減少した。
8月求人倍率、横ばいの1.29倍 失業率も2.7%で同率
厚生労働省が29日発表した8月の有効求人倍率(季節調整値)は1.29倍で前月と同じだった。実質賃金の伸び悩みで兼業や転職をめざす動きが活発な一方で、原材料高による収益悪化で製造業や建設業で求人を抑える動きも見られた。
総務省が同日発表した8月の完全失業率は2.7%で前月と同率だった。
有効求人倍率は全国のハローワークで仕事を探す人1人あたり何件の求人があるかを表す。8月の有効求職者数は前月から0.2%減、有効求人数は0.1%増とともに変動率は小幅で、求人倍率に変化はなかった。
景気の先行指標とされる新規求人数(原数値)は前年同月比で1.0%増えた。新型コロナウイルス禍からの経済活動の正常化を背景に、外国人を含む旅行客が増加するなどして宿泊・飲食サービス業が9.8%増えた。原材料高などの影響を受ける製造業は7.5%減少した。
完全失業者数は186万人で前年同月比5.1%増えた。就業者数は6773万人で0.3%伸び、13カ月連続の増加となった。男性は11万人減り、女性は33万人増えた。仕事に就かず職探しもしていない非労働人口は4056万人で前年同月から30万人減った。
会社などに雇われている雇用者のうち、正規の職員・従業員数は3637万人だった。前年同月比で1.3%増と2カ月ぶりに増加した。非正規は2114万人で0.3%減と3カ月ぶりに減少に転じた。

とてつもなく長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)は予測中央値で▲1.3%、上限で+0.4%の増産でしたので、実績の前月比横ばいはコンセンサスよりもやや上振れしているとはいえ、レンジ内ということで大きなサプライズはありませんでした。ただし、上のグラフでも明らかな通り、まさに、生産は横ばい状態が続いていて、前々月から統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断を「生産は一進一退で推移している」と、それまでの「緩やかな持ち直しの動き」から1ノッチ下方修正し、今月もこれを維持しています。ただ、製造工業生産予測指数を見ると、引用した記事にもある通り、足元の9月は補正なしで+5.8%の増産、上方バイアスを除去した補正後でも+3.7%の増産となっていて、先行きも決して悪くありません。8月統計の生産は、経済産業省の解説サイトによれば、「石油・石炭製品工業等が上昇する一方で、自動車工業等が低下したことなどから、全体として横ばい」ということになっています。石油・石炭製品工業では、ガソリンや灯油について生産設備の定期修理の完了などを受けて上昇しており、自動車工業については8月下旬のトヨタの工場停止の影響が乗用車などに出たものと考えられます。いずれにせよ、欧米先進国ではインフレ抑制のために金融引締めを継続していることから、海外経済の減速は事実であり、輸出に一定の依存をする生産には無視できない影響があります。ただ、自動車生産への半導体部品供給の制約などもあって、内外の需要要因とともに、供給要因も総合的に考え合わせる必要があります。なお、1点だけ指摘しておくと、9月26日に明らかにされたピーターソン国際経済研究所(PIIP)の経済見通しでは "PIIE projects global economy poised for soft landing" と見込んでおり、米国経済、ひいては、世界経済のソフトランディングについては悲観論と楽観論が入り混じっている印象です。

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続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数をそのまま、それぞれプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。見れば明らかな通り、小売業販売に示された国内需要は堅調な動きを続けています。季節調整済み指数の後方3か月移動平均により、かなり機械的に判断している経済産業省のリポートでは、この3か月後方移動平均の前月比が+0.5%の上昇、繰り返しになりますが、後方移動平均を取らない8月統計の前月比が+0.1%の上昇にとどまっているものの、「上昇傾向」で据え置いています。さらに、消費者物価指数(CPI)との関係では、今年2023年8月統計ではヘッドライン上昇率も生鮮食品を除くコア上昇率も、前年同月比で+3%超を記録していますが、小売業販売額の8月統計の+7%の増加は軽くインフレ率を超えていて、実質でも小売業販売額は前年同月比でプラスになっている可能性が十分あります。もちろん、引用した記事にもあるように、食品やガソリンなどの値上げにより名目値が伸び、また、猛暑需要の影響もあったことは確実です。ただ、通常は、インフレの高進と同時に消費の停滞も生じるのですが、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより小売業販売額の伸びが支えられている可能性がありますので、国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性が否定できません。私の直感ながら、引用した記事にもあるように、百貨店やドラッグストアの伸びがスーパーなどよりも高いのがインバウンドの象徴のような気もします。いずれにせよ、物価上昇率の落ち着きにより名目ベースでの小売業販売額の伸びは鈍化する可能性があります。したがって、後の方で取り上げる消費者態度指数に見る消費者マインドはインフレにより悪化を始めており、賃金の伸びがどこまで消費を支えるかがポイントになります。

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続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。なお、影を付けた部分は景気後退期を示しています。失業率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前月から改善の2.6%と見込まれ、有効求人倍率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスは、前月から悪化の1.28倍と見込まれていました。実績では、失業率も有効求人倍率も横ばいでしたが、予測レンジの範囲内でしたし、総合的に見て、「こんなもん」という気がします。いずれにせよ、足元の統計は改善がやや鈍い面もあるとはいえ、雇用は底堅いと私は評価しています。季節調整済みのマクロの統計で見て、昨年2022年年末12月から直近の8月統計までの半年少々で、人口減少局面に入って久しい中で労働力人口は+35万人増加し、就業者は+24万人増、雇用者にいたっては+43万人増となっていて、逆に、非労働力人口は▲39万人の減少です。完全失業者は+14万人増加していますが、積極的な職探しの結果の増加も含まれているわけですから、すべてがネガな失業者増ではない、と想像しています。就業者の内訳として雇用形態を見ると、正規が+43万人増の一方で、非正規が▲9万人減少していますから、質的な雇用も改善しています。ただし、雇用の先行きに関しては、それほど楽観できるわけではありません。というのも、インフレ抑制を目指した先進各国の金融引締めから世界経済は停滞色を今後強めると考えられますから、輸出への影響から生産が鈍化し、たとえ人口減少下での人手不足が広がっているとはいえ、生産からの派生需要である雇用にも影響が及ぶ可能性は否定できません。他方で、繰り返しになりますが、ピーターソン国際経済研究所のように、米国経済をはじめとして、インフレ抑制に成功してソフトランディングの可能性も強調され始めており、楽観的ではないとしても、それほど悲観的になる必要もないと思いっています。

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最後に、本日、内閣府から9月の消費者態度指数が公表されています。9月統計では、前月から▲1.0ポイント低下し35.2を記録しています。消費者態度指数を構成する5項目の消費者意識指標すべてが前月差で見て低下しており、「雇用環境」が▲1.6ポイント低下し41.1、「耐久消費財の買い時判断」が▲1.0ポイント低下し29.0、「暮らし向き」が▲0.9ポイント低下し32.0、「収入の増え方」が▲0.3ポイント低下し38.7となっています。先月8月統計から2か月連続の低下であり、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「改善に向けた動きがみられる」から「改善に向けた動きに足踏みがみられる」に半ノッチ下方修正しています。

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2023年9月28日 (木)

経済学を勉強する学生は性差別論者なのだろうか?

経済学のトップ・ジャーナルのひとつである Review of Economics and Statistics に、チリにおける大規模調査データに基づき経済学の学生の間で助成に対する偏見が強いという論文 "Does Economics Make You Sexist?" が掲載されるということが明らかにされています。まず、論文のサイテーションは以下の通りです。

Review of Economics and Statistics のサイトからAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
We provide direct evidence on explicit and implicit biases against women among students in economics relative to other fields. We conducted a large scale survey among undergraduates in Chile, among both entering first-year students and students in years 2 and above, combining a wide battery of measures to create an index of gender bias. Economics students are more biased than students in other fields. There is some evidence that economics students are more biased already upon entry, before exposure to economics classes. The gap becomes more pronounced among students in years 2 and above, especially for male students.

やや、うさん臭い気がするのはチリというお国柄です。もう30年も昔のことながら、私は1990年代前半に3年間在チリ大使館に外交官として勤務し、おそらく、平均的な日本人よりもチリについてはよく知っているつもりですが、いかにもラテン的なマッチョの国です。女性には親切に接するのですが、まあ、「慇懃無礼」という言葉があり、男性が女性を「保護」するという傾向がある点は否定できません。それはともかく、ジャーナルにアクセプトされたバージョンは購読者しか入手できないようなので、NBERワーキングペーパーからひとつだけテーブル Table 5: Are economic students more sexist than other students? を引用すると以下の通りです。

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テーブスルの最初の方の行にある IAT というのは Implicit Association Test であり、性別からして学習ないし研究上の女性と科学の関係、あるいはキャリアとしての科学・工学的な職業と女性の関係を表しています。ビジネスと経済学の学生(B&E students)と他の学生の差分を計測していて、ビジネス・経済学の学生が明らかに性的な偏見が強い点が統計的に明らかにされています。
ただ、あくまで、日本の大学の経済学の教員としての私の言い訳なのですが、この調査は1年生と2年性を対象にした調査の結果に基づいています。ですから、Abstractの最後から2センテンス目にも明記されているように "economics students are more biased already upon entry, before exposure to economics classes" すなわち、経済学の授業を受ける前の段階ですでに偏見が強い、ということです。ですから、経済学を勉強したから性的偏見が強くなるというわけではなく、性的偏見が強い学生がビジネスや経済学の勉強をする傾向がある、ということかもしれません。

願わくは、経済学を勉強して性的偏見が解消されんことを!

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2023年9月27日 (水)

今年のノーベル経済学賞やいかに?

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今年もノーベル賞の季節を迎えました。来週10月2日からの週はノーベル賞ウィークであり、以下の公表予定となっています。

10月2日(月)
生理学・医学賞
10月3日(火)
物理学賞
10月4日(水)
化学賞
10月5日(木)
文学賞
10月6日(金)
平和賞
10月9日(月)
経済学賞

ノーベル賞のうちの科学部門との相関が高いといわれるCitation Laureates 2023が9月21日に明らかにされています。科学部門ですから、文学賞と平和賞は入っていません。ただ、生理学・医学賞と物理学賞と化学賞については、私の専門外もはなはだしいので、経済学賞については以下の通りとなっています。

nameaffiliationmotivation
Edward L. GlaeserFred and Eleanor Glimp Professor of Economics and the Chairman of the Department of Economics, Harvard University, Cambridge, MassachusettsFor penetrating analysis and insights on urban economics and the city as an engine of growth
Thomas PikettyProfessor at EHESS and at the Paris School of Economics, ParisFor research on income and wealth inequality and its consequences
Emmanuel SaezProfessor of Economics, University of California, Berkeley, California
Gabriel ZucmanProfessor of Economics, Paris School of Economics and Ecole Normale Supérieure - PSL; Associate Professor of Economics, University of California, Berkeley, California
Raj ChettyWilliam A. Ackman Professor of Economics and Director of Opportunity Insights, Harvard University, Cambridge, MassachusettsFor understanding the determinants of economic opportunity and identifying policies to increase social mobility

おそらく、最も知られているのは、『21世紀の資本』などの格差・不平等研究で有名なピケティ教授、サエズ教授、ズックマン教授ではないでしょうか。所得と富の不平等の研究による貢献が上げられています。恥ずかしながら、グレイザー教授の都市経済学、チェティ教授の機会の決定要因については、ほとんど何も知りません。チェッティ教授が10年ほど前にジョン・ベイツ・クラーク・メダルを授与されたことくらいしか知りません。ズックマン教授は今年のクラーク・メダルの受賞者です。
私自身としては、今年の夏休みの研究により紀要論文を取りまとめましたので、政府財政や公的債務のサステナビリティに関する研究による貢献で、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のジェームズ・ハミルトン教授とか、国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストも務めたマサチューセッツ工科大学(MIT)のオリヴィエ・ブランシャール教授とか、を推しておきたいと思います。

最後の最後に、科学部門以外で、やっぱり、文学賞が気にかかります。村上春樹は今年こそ授賞されるのでしょうか?

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2023年9月26日 (火)

ふたたび前年比+2%の上昇を見せた企業向けサービス価格指数(SPPI)をどう見るか?

本日、日銀から8月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は+2.1%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIは+2.2%の上昇を示しています。ヘッドライン上昇率は先月7月統計の+1.7%から上昇幅が再加速しています。また、30か月連続の前年比プラスを継続しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格、8月2.1%上昇 旅行回復し11カ月ぶり水準
日銀が26日発表した8月の企業向けサービス価格指数(2015年平均=100)は109.3と、前年同月比で2.1%上昇した。上昇幅は7月の1.7%から拡大し11カ月ぶりに2%台の水準を回復した。海運市況の改善などから運輸・郵便が上昇した。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格変動を表す。指数は30カ月連続で前年同月を上回った。調査対象となる146品目のうち価格が前年同月比で上昇したのは95品目、下落は23品目だった。
運輸・郵便が前年同月比0.5%上昇し、プラスに転じた。外航貨物輸送が22年に大きく下落していた反動で回復した影響が大きかった。新型コロナウイルスの感染症法上の扱いが5類に移行してから初の夏休みで旅行需要が大きく回復し、国内航空旅客輸送や貸し切りバスも値上がりした。
7月はマイナス1.4%だった広告も前年同月比0.6%上昇した。コロナの影響緩和でテレビ広告の出稿が増えたほか、酒税法改正を前にアルコール飲料の出稿も多かった。

コンパクトによく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルはヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、下のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格のとサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。企業物価指数(PPI)とともに、企業向けサービス物価指数(SPPI)が着実に上昇トレンドにあるのが見て取れます。なお、影を付けた部分は、日銀公表資料にはありませんが、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、企業向けサービス価格指数(SPPI)の前年同月比上昇率の昨年2022年以降の推移は、2022年9月に上昇率のピークである+2.1%をつけてから、ジワジワと上昇率は低下し今年2023年に入って6月統計で+1.5%まで縮小した後、先月7月統計で+1.7%と上昇幅を拡大し、本日公表された8月統計では+2.1%と再加速しました。再加速したとはいえ、大雑把な流れとしては、+2%ほどの上昇率が継続しているようにも見えます。もちろん、+2%前後の上昇率はデフレに慣れきった国民マインドからすれば、かなり高いインフレと映っている可能性が高い、と私は受け止めています。ただし、インフレ率は高いながら、物価上昇がさらに加速するわけではないんではないか、と私は考えています。ヘッドラインSPPI上昇率にせよ、国際運輸を除いたコアSPPIにせよ、日銀の物価目標とほぼマッチする+2%程度となっています。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて8月統計のヘッドライン上昇率+2.1%への寄与度で見ると、引用した記事にもある通り、インバウンド需要に支えられた宿泊サービスや機械修理、洗濯などの諸サービスが+0.93%ともっとも大きな寄与を示し、ほかに、ソフトウェア開発や情報処理・提供サービスやインターネット附随サービスなどの情報通信が+0.52%、リース・レンタルが+0.26%、その他の不動産賃貸や不動産仲介・管理や事務所賃貸などの不動産が+0.13%などとなっています。ただし、SPPI上昇率再加速の背景となっている石油価格の影響が大きい道路旅客輸送や国内航空旅客輸送や鉄道旅客輸送などの運輸・郵便が+0.09%のプラス寄与に回帰しています。もっとも、引用した記事では「海運市況の改善」もあると報じています。いずれにせよ、寄与度ではなく大類別の系列の前年同月比上昇率で見ても、運輸・郵便は先月7月統計の▲0.4%の下落から、今月8月統計では+0.5%と、上昇に転じています。現在の物価上昇については、エネルギーなどの資源価格からの波及に加えて、インバウンドも含めて需要サイドからの圧力による物価上昇も始まりつつある一方で、エネルギー価格の動向にも注意が必要、という段階に達したと考えるべきです。

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2023年9月25日 (月)

9月調査の日銀短観の業況判断DIはやや改善の予想か?

来週月曜日10月2日の公表を控えて、シンクタンクから9月調査の日銀短観予想が出そろっています。いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、ネット上でオープンに公開されているリポートに限って、大企業製造業/非製造業の業況判断DIと全規模全産業の設備投資計画を取りまとめると下のテーブルの通りです。設備投資計画は今年度2023年度です。ただ、全規模全産業の設備投資計画の予想を出していないシンクタンクについては、適宜代替の予想を取っています。ヘッドラインは私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しましたが、可能な範囲で、先行き経済動向に注目しました。短観では先行きの業況判断なども調査していますが、シンクタンクにより大きく見方が異なっています。注目です。より詳細な情報にご興味ある向きは左側の機関名にリンクを張ってあります。リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開くか、ダウンロード出来ると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちに Acrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名大企業製造業
大企業非製造業
<設備投資計画>
ヘッドライン
6月調査 (最近)+5
+23
<+11.8%>
n.a.
日本総研+5
+24
<+11.2%>
先行き(12月調査)は、全規模・全産業で9月調査から+1%ポイントの改善を予想。製造業では、シリコンサイクルの底入れや、米国経済の軟着陸への期待の高まりなどから景況感は小幅に改善すると予想。非製造業では、対面型サービス業を中心に景況感は良好な状態を維持する見込み。中国政府による日本への団体旅行解禁に伴い、低迷していた中国からの訪日客が増加する見通し。ただし、原発処理水をめぐる政治面の動きが、中国の訪日観光ムードに水を差すリスクには留意が必要。
大和総研+5
+24
<+12.3%>
9月日銀短観では、大企業製造業の業況判断DI(先行き)は+6%pt(最近からの変化幅: +1%pt)、同非製造業は+23%pt(同: ▲1%pt)を予想する。
大企業製造業では、挽回生産の継続が予想される「自動車」の業況判断DI(先行き)が上昇するとみている。他方で、「はん用機械」や「生産用機械」の業況判断DI(先行き)は低下を見込む。中国経済の下振れによる事業環境の悪化などに対する警戒感が強まっている可能性がある。
大企業非製造業については、「小売」の業況判断DI(先行き)の低下を見込む。インバウンド消費は増加が続くと見込まれるが、物価高による消費への悪影響に対する警戒感が強まっているとみられる。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+6
+25
<+12.5%>
大企業・製造業の業況判断DIの先行きは、海外経済の減速懸念を背景に1ポイントの悪化を予測する。中国では若年層を中心に雇用環境の改善が遅れており、消費者マインドが下押しされている。不動産市場の調整が続いていることも、中国経済の先行きに対する不安を強めている。米国経済についても、今後は利上げや銀行の貸し出し態度厳格化の影響が徐々に実体経済に波及し、減速感が強まる可能性がある。また、欧州経済はユーロ圏総合PMIの悪化傾向が続くなど弱含んでおり、インフレ・高金利の影響で先行きの需要はさらに低迷する可能性がある。こうした輸出環境を巡る不透明感が先行き判断の慎重さにつながるであろう。
大企業・非製造業の業況判断DIの先行きは横ばいを予想する。旅行・宿泊等のサービス消費は未だ回復途上であり、緩やかな増加が続くとみられる。一方で、財消費はコロナ禍での巣ごもり需要の反動や家計の節約意識の残存により、先行きは鈍化するだろう。インバウンドについては、中国以外の国からの訪日客は既にコロナ禍前を上回る水準まで回復が進んでいるため、この先も大幅増が続くとは見込みがたい。中国人観光客は日本政府観光局(JNTO)の「訪日外客統計」によれば、7月時点でコロナ前対比3割程度の水準にとどまる。8月に団体旅行が解禁されたことを追い風に回復が見込まれるものの、前述の通り中国の雇用環境・消費マインドが悪化していることに加え、日本の原子力発電所の処理水を巡る問題によって訪日中国客の動向には不透明感が強まっている。
ニッセイ基礎研+6
+25
<+12.9%>
先行きの景況感については総じて悪化が示されると予想している。製造業では、自動車の挽回生産への期待が支えになるものの、利上げに伴う欧米経済の悪化や中国経済の回復の遅れ、足元の原油高・円安進行による原材料価格の再上昇などへの警戒感がやや優勢となる可能性が高い。
また、非製造業では、物価上昇に伴う国内消費の腰折れや人手不足の深刻化、原材料価格の再上昇などへの警戒感が台頭し、先行きに対する慎重な見方が示されると見ている。
第一生命経済研+7
+24
<大企業製造業+18.5%>
10月2日に発表される日銀短観の9月調査は、大企業・製造業の業況DIが前回比+2ポイントの改善になると予想する。前回6月の+4ポイント(6月5→9月予想7)に比べると小幅だが、一旦底を打った製造業の改善が2期連続で続くかたちだ。引き続き、半導体不足が緩和した自動車の改善が続くだろう。
三菱総研+6
+24
<+11.3%>
先行きの業況判断DI(大企業)は、製造業+5%ポイント(9月時点から▲1%ポイント低下)、非製造業+24%ポイント(同横ばい)を予測する。2023年終盤にかけて米国経済減速に伴う輸出の停滞を予想していることから、製造業の業況悪化を見込む。非製造業では、輸出の停滞が卸売などの関連業種の業況を下押しする一方、賃金上昇を背景とした個人消費の回復が下支えとなるだろう。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+8
+24
<大企業全産業+14.3%>
日銀短観(2023年9月調査)における大企業製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査(同年6月調査)から3ポイント改善の8と予測する。素材業種ではエネルギー価格の下落を受けた交易条件の改善が総じて業況感の改善に寄与するほか、加工業種でも半導体不足の緩和により生産が持ち直している自動車等を中心に改善が続くとみられる。先行きは、半導体需要の持ち直しにも期待され、3ポイント改善の11と楽観的な見通しになると予測する。
大企業非製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査から1ポイント改善の24と予測する。原油価格の下落や電気料金の値上げがプラスに働く電気・ガスのほか、経済活動の正常化が進む中で、宿泊・飲食業等の対面型サービス業を中心に業況感は改善するだろう。先行きは、物価上昇による需要減やコスト増、人手不足の深刻化による悪影響等が懸念され、2ポイント悪化の22と慎重な見通しになると予測する。
農林中金総研+7
+26
<+12.0%>
先行きに関しては、欧米の金融引き締めの長期化による世界的な景気後退への警戒が高いほか、足元の円安や原油高によるコスト高止まりが収益圧迫につながるとの懸念も強いとみられ、全般的に景況感の悪化を見込むと予想される。以上から、製造業では大企業が5、中小企業が▲5と、非製造業でも大企業が24、中小企業は12 と、いずれも今回予測から▲2 ポイントの悪化予想となるだろう。
明治安田総研+5
+21
<+12.4%>
先行きDIに関しては、企業が海外景気の動向をどう見ているかがポイントとなる。まず、米国景気はソフトランディングの範疇に収まる可能性が高まっているとの評価が一般的だが、米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げの効果が時間差を置いて顕在化するとみられることから、需要減への不安を抱えている企業が多いとみられる。中国では、深刻化する不動産不況に対し、住宅購入時の頭金比率引き下げなどの規制緩和や、住宅ローン金利の引き下げなどの支援策が相次いで講じられているが、需要を喚起する効果は限定的とみる向きが多い。デリスキングの動きが強まるなか、輸出も失速しており、今後の中国景気への不安は高まっているとみられる。国内の物価上昇ペースは徐々に鈍るとみられるものの、海外景気への不安が上回ることで、9月の先行きDIについては、大企業・製造業は1ポイント悪化の+4、中小企業・製造業は2ポイント悪化の▲9と、いずれも悪化を見込む。

見ての通りで、9月調査の日銀短観に示される企業マインドは、ほぼ横ばい、ないし、小幅に改善する可能性が示唆されています。足元も、先行きも、昨年から今年前半にかけて半導体部品などの供給制約が現れた自動車がマインドを支えている印象です。地域別には、インフレ抑制のために金融引締めを継続している欧米先進国とともに、中国についても決して楽観できません。ただ、輸出先としての中国はともかく、インバウンドについては先行き増加を見込んで企業マインド改善につながっているようです。先行きに関しては、シンクタンクの予想ではなく、私自身の感触では、欧米先進国や中国の景気動向を別にしても、2点ほど不透明な部分があります。第1に、政府の経済対策と来年度予算における税制改正の方向です。経済対策が物足りないと見なされ、来年度にそれなりの規模の増税が盛り込まれるとすれば、企業マインドは決して楽観できません。第2に、石油価格の動向です。私はWTIくらいしか見ていませんが、昨年年央に一度ピークを打ったように見える一方で、足元で価格が上昇する動きも見せています。サウジアラビアが減産を継続しているものの、中国の景気も減速していて、私のようなシロートからすれば需給バランスがビミョーに見えます。設備投資計画についても、6月調査から大きな変更ないという予想が多い気がします。
最後に、下のグラフは三菱UFJリサーチ&コンサルティングのリポートから業況判断DIの推移を引用しています。

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2023年9月24日 (日)

大学への通勤路近くにあるパインアメの工場の写真

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今日ではなく、一昨日の金曜日なのですが、パインアメの工場の近くを通りました。
大学に行く際の通勤路の近くに工場があることは前々から認識していましたが、阪神タイガースの岡田監督の好物と知ったのは割と最近です。パインアメの袋のウラには、たぶん本社であろう大阪の住所とともに、滋賀県内の製造工場の住所があると思います。アレではなく、それです。

まあ、何はともあれ、
がんばれタイガース!

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2023年9月23日 (土)

龍虎同盟のためにもヤクルトに快勝

  RHE
阪  神403100010 9140
ヤクルト000200010 352

初回から猛虎打線が爆発しヤクルトに快勝でした。
中盤5回には、近本外野手に代打を送って高梨投手との対戦を回避する慎重さを見せました。ここでデッドボールを食らっては、クライマックスシリーズや日本シリーズにも影響が出かねません。まあ、代打に送られたのが横浜戦でエスコバー投手から頭部死球を受けた島田選手というのは、ちょっとどうかという気もしますが、まあ、近本選手には代えられません。今日はドラゴンズが勝っていたので、最下位争いのスワローズとの差はわずかに0.5ゲームとなりました。龍虎同盟に基づいて広島戦でがんばってくれたドラゴンズのために価値ある勝利だった気がします。

クライマックスシリーズも、日本シリーズも、
がんばれタイガース!

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今週の読書は経済書に小説や新書を合わせて計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ベンジャミン・ホー『信頼の経済学』(慶應義塾大学出版会)は、経済の基盤をなす信頼についてゲーム論を援用しつつ分析しています。池井戸潤『ハヤブサ消防団』(集英社)は、父親の郷里の田舎に移住したミステリ作家の周囲で起こる事件の謎を解き明かすミステリです。宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)は、大津に住む女子中学生・高校生を主人公に「滋賀愛」あふれる小説です。安藤寿康『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書)は、双子研究の成果も踏まえて教育よりも遺伝が強力である点を明らかにしています。島田裕巳『帝国と宗教』(講談社現代新書)は、世界的な帝国における宗教の役割を歴史的に明らかにしています。最後に、加納朋子『二百十番館にようこそ』(文春文庫)は、ニートの若者が遺産相続した保養所のある離島に送り込まれて、移住してくる仲間を探して生活を成り立たせます。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊、その後、6~8月に76冊の後、今週ポストする6冊を入れて9月には28冊を読み、今年の新刊書の読書は合わせて148冊となります。
なお、新刊書読書ではありませんが、50年近く前に出版された堺屋太一『団塊の世代』を読んでいます。Facebookでシェアしてあります。

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まず、ベンジャミン・ホー『信頼の経済学』(慶應義塾大学出版会)です。著者は、米国ヴァッサー大学の研究者であり、専門は行動経済学だそうです。どうでもいいことながら、私はヴァッサー大学といえば米国東海岸のアイビー・リーグにも相当するくらいの名門女子大学といわれるセヴン・シスターズの一角だと思っていたのですが、とうの大昔から共学化されているようです。英語の原題は Why Trust Matters であり、2021年の出版です。ということで、本書は出版社からして基本的に学術書なのですが、著者は行動経済学の専門とはいえゲーム理論をもって信頼の経済学を展開していますので、それほど難しい内容ではありません。私はゲーム理論やマイクロな経済学はまったくの専門外なのですが、読んでいて十分に理解できました。ただ、最近の全米経済研究所(NBER)のワーキングペーパーとして私が読んだ "Mistrust, Misperception, and Misunderstanding: Imperfect Information and Conflict Dynamics" で取り上げられているような国際関係の分析に用いられる one-shot security dilemma/spiral model などではなく、個人の意思決定、すなわち、ミクロ経済学の理論で行動や選択を主眼にしています。ですので、最初に生物学的な基礎として、オキシトシンといった脳内分泌物質のお話から始まります。私の苦手な分野です。ただ、貨幣が市場取引において一般的な受容性を持つ点とか、信頼の重要性は経済学でも重要ですから、そういった分析は本書でも十分なされています。私の場合、基本的に、信頼という個人的、あるいは、集団的な認識の問題ではなく、経済学においては情報の問題として分析されるべきだと考えています。この情報本質論については、本書では実にサラッとしか言及されていません。ミクロ経済学にせよ、マクロ経済学にせよ、経済学で考える経済主体は個人ないし家計と企業と政府が国内経済主体となり、海外経済主体も開放経済では考えます。身近な個人、親戚とか大学の同級生とかについては情報が十分あるので高い信頼を置いて少額であればお金を貸したりするわけですが、見知らぬ個人には気軽にお金を貸せないわけです。また、ほぼ常にホームバイアスがあって、国産食品は情報量が豊富で安心安全という信頼感がある一方で、情報が不足しがちな輸入食品は国産食品に安心安全の点で及ばなかったりするわけです。そして、これは本書で指摘している点ですが、取引における情報が大きく偏って非対称であれば市場取引そのものが成立しないケースもあるわけです。米国財務長官のイエレン女史のご亭主であるアカロフ教授の研究の成果であり、ノーベル賞が授賞されています。ただ、本書では専門家に対する信頼とか、さまざまな観点から信頼の経済学を議論しています。経済社会のオンライ家、というか、デジタル化が進んで、今まで会ったこともなければ、名前も知らない個人や企業とコンタクトを取る機会も少なくない中で、スムーズな関係を築くためにも信頼関係が重要であることはいうまでもありません。ただ、直感的にあるいは経験的に思考して行動しているだけではなく、それなりの信頼に関する理論的なバックグラウンドも必要です。そういった意味も含めて、大きな国際関係などではなくもっと身近なところの信頼を考える上で、なかなかいい良書だと思います。

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次に、池井戸潤『ハヤブサ消防団』(集英社)です。著者は、いうまでもなく小説家であり、『下町ロケット』で第直木賞を受賞しています。日本で一番売れている小説家の1人といっていいと思います。本書はテレビ朝日系にてドラマ化されています。もう放送は終わったにもかかわらず、交通事故で入院中に図書館の予約が回って来たようで、予約を取り直して読んでみました。ということで、まず、本書は作者の思惑は別として、私はミステリとして読みました。すなわち、作品の主人公がそもそもミステリ作家で、自然豊かな田舎に移住してきたところ、連続放火事件が発生し、さらに、死人まで出るわけですから、いわゆる名探偵という存在は明確ではないものの、動機や犯人探しなどからしてミステリと呼ぶにふさわしい気がします。少なくとも、以前の半沢直樹シリーズのような企業小説ではありませんし、「アリバイ」という言葉も登場します。そして、振り返れば、前作の『アルルカンと道化師』についても、半沢直樹シリーズながら、どうしてあの出版社をIT長者が熱心に買収したがるのか、という動機の点はミステリみたく読むことも可能であったのだろう、と今さらながらに思い返しています。本書に戻ると、亡父の故郷のハヤブサ地区にミステリ作家が移り住んで来て、地元の人の誘いで居酒屋を訪れて消防団に勧誘され入団する、というところからストーリーが始まります。そのハヤブサ地区で不審な火事が立て続けに起こるわけです。その合間に、というか、ヤクザとも関わりあるとウワサされていた問題児の青年が滝で死体で発見されたり、保険金目当てや怨恨からの放火という見方が出る中で、太陽光発電会社による土地買収や、その太陽光発電会社というのは実は新興宗教のフロント会社であったとか、いろいろと事情が入り組む中で、少しずつ事件の真相が明らかになっていきます。その意味で、最後に名探偵が一気に事件を解決するわけではなく、少しずつ真実が明らかにされるタイプのミステリで、私は評価しています。ただし、新興宗教の信者が地区の中の誰なのか、あるいは、信者でないまでも教団と関係する人物は誰なのか、といった謎も出て来て、これには私も大きく驚きました。最後に、ドラマを見逃して公開しているのは、新興宗教の教団が売りつけるロレーヌの十字架によく似た地区の名門家の家紋がどんなのであったのかをビジュアルに見ておきたかった気がします。私は、一応、カトリック国の南米チリに3年間外交官として滞在してお仕事していましたので、ロレーヌ十字は知っています。ロレーヌ十字はこの作品には明記されていたかどうか覚えていないのですが、フランス愛国の象徴で、たぶん、ハンガリー十字がロレーヌから伝わったのであろうといわれています。ですから、というか、何というか、ハンガリー十字も横2本です。なお、チリ人の中で日本でもっとも名前を知られているであろうピノチェト将軍はフランス系です。十字架に戻ると、ほかに、モラビア十字もあったと記憶しています。繰り返しになりますが、ハヤブサ地区の名門家の家紋も、したがって、横2本なのだろうと想像しています。最後の最後に、まったくこの作品とは関係ないながら、最近のドラマでは「VIVANT」を熱心に見ていました。でも、スパイ、というか、公安のお仕事はともかく、自衛隊のスパイはああなんだろうか、と思ってしまいました。

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次に、宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)です。著者は、小説家なんでしょうが、私は不勉強にして、この作品が初読でした。私は出身からして京都本はフィクションもノンフィクションも年間何冊か読むのですが、現住地である滋賀本は初めて読むのではないかと思います。まあ、有名な琵琶湖が舞台になった小説であれば、万城目学『偉大なる、しゅららぼん』とかは読んでいます。ほかにもありそうです。それはともかく、作者は私の後輩であり、経済学部ではありませんが、京都大学のOGです。当然、滋賀県在住です。主人公は成瀬あかりであり、この作品の中で女子中学生から女子高生に成長します。大津市内のにおの浜から膳所駅に向かうときめき坂野マンションに両親と住んでいます。また、全部ではないものの、語り手はあかりと同じマンションに住む幼馴染みの島崎みゆきであり、みゆきは「成瀬あかり史」の大部分を間近で見てきたという自負でもって、成瀬あかりを見守るのが自分の務めだと考えていたりします。そうです、この作品を読めば理解できると思いますが、「成瀬あかり史」を残すのは人類に対する重要な責務と島崎まゆみは考えていて、私もまったく同感です。ただ、誠に残念ながら、島崎みゆきは成瀬あかりとは違う高校に進学し、さらに、父親のお仕事の都合で高校を卒業したら東京に引越すことが決定しているようです。主人公の成瀬あかりは、県内トップ校である膳所高校に進学し、本書では高校進学当初は東大を目指していて、東京まで出向いてオープン・キャンパスのイベントに出席したりしていたのですが、最終的には京都大学志望で落ち着いています。私も小説を読んで余りに感動して、レビューの順番がとっちらかっていますが、収録されているのは強く関連する短編6話です。短編タイトルは、「ありがとう西武大津店」、「膳所から来ました」、「階段は走らない」、「線がつながる」、「レッツゴーミシガン」、「ときめき江州音頭」となります。冒頭の短編では、コロナ禍の中で閉店する西武大津店を地元テレビ局が毎夕中継することになり、その中継に映るために出かける成瀬あかり、そして、時々くっついて行く島崎まゆみ、しかし、テレビ局スタッフからは完全無視されながら、地元民のお客さんの記憶に残る、というストーリーです。ほかに、2話目では漫才コンビの登竜門であるM-1に成瀬あかりが島崎まゆみとともに挑戦したりします。3話は飛ばして、4話では違う高校に進学した島崎まゆみに代わって同じ膳所高校の同級生である大貫かえでの視点からストーリーが進み、東大のオープン・キャンパスに参加します。第5話では、膳所高校の競技かるた部、というか、膳所高校では「部」ではなく「班」と呼ぶのですが、競技かるたの全国大会が滋賀県で開催され、広島代表の男子高校生の視点からストーリーが進み、成瀬あかりがこの広島の男子高校生を外輪船ミシガンで接待したりします。最終話では、成瀬あかりの普段の生活の一端が明らかにされ、地元の夏祭りにM-1に挑戦した島崎まゆみとともに司会として参画したりします。ほかにも、メインのテーマではないですが、ひと月に1センチ伸びるといわれる髪の毛の伸び方を実測するために坊主頭にしてみたり、200歳まで生きるといい出したり、まあ、要するに、成瀬あかりは、決して羽目を外すことなくお行儀よくて、学校の成績も東大を目指すくらいですのでトップクラスなのですが、通常の感覚からすれば、やや変人、変わり者、という印象が得られるかもしれません。言葉も関西弁ではありませんから、川上未映子や綿矢りさの小説のようなテンポいい会話は出てきません。でも、私の目には極めて合理的な行動・思考に基づいているのだと見えます。ですから、繰り返しになりますが、学校の成績は飛び抜けて優秀です。私が読んだ範囲で、ほかの小説で成瀬あかりと同じようなキャラを探すとすれば、今野敏「隠蔽捜査」シリーズの竜崎伸也がやや近いか、あるいは、竜崎伸也をもっと極端に合理的にしたような存在が成瀬あかりか、という気がします。最後に、成瀬あかりは作者と同じ、というか、私とも同じ京都大学に進学することが想定されます。ぜひ、私が滋賀県民である間に続編を読みたいと思います。強く思います。

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次に、安藤寿康『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書)です。著者は、慶應義塾大学の名誉教授、研究者であり、専門は行動遺伝学だそうです。実は同じ著者が、『能力はどのように遺伝するのか 「生まれつき」と「努力」のあいだ』というタイトルでブルーバックスから、本書と同じように双子研究の成果を踏まえて、より専門的な議論を展開しています。しかし、ブルーバックスの方をパラパラとめくると、私のような頭の回転の鈍い読者には難しすぎて、本書を当たってみました。ということで、ブルーバックスの方も本書も、いずれもそのタイトルは極めて議論を呼ぶ疑問点であり、私の直感からすれば、信念として、あくまで信念として、遺伝的要素よりも教育や環境の方が重要、と考えている日本国民が多いと実感しています。その意味で、私は少数派です。そして、本書の結論も少数派の私と似通っています。例えば、あくまで思考実験なのですが、ヒトとチンパンジーはDNAでは2%ほどの違いしかないといわれていますが、ヒトとチンパンジーの認知能力の差を教育で埋められると考えている読者はほとんどいないと思います。まあ、ヒトとチンパンジーの例は良くないんじゃないの、という考え方には半分くらい賛成しますが、ブルーバックスの広告には、大谷翔平と一般人の遺伝子は99.9%まで同じ、とありましたから、この0.1%の差を教育や訓練・努力で解消することがどこまで可能かは、考えて見る価値があるような気がします。ヒトとチンパンジー、あるいは、大谷翔平と一般人の比較から類推するに、遺伝的な要素というものは極めて強力に生物に作用している点は認めざるを得ないと私は考えています。本書では、繰り返しになりますが、双子研究の成果を踏まえて、さらに、実例を豊富に引いて、遺伝的な要因が極めて大きい点を強調しています。昨年の流行語に「親ガチャ」がありましたが、これは生活環境だけでなく、遺伝も含むと解釈するほうがよさそうです。そういった遺伝の要素も踏まえて、本書後半では親としてできることが何かについても考察を進めています。私は決して親としては遺伝子を子に伝えて終わり、というわけではないと考えており、遺伝子に沿った環境を整備することも重要であることはいうまでもありません。ただ、本書のタイトルに沿って考えると、教育は遺伝には勝てない、というのが本書の結論であり、私も同意します。たぶん、科学的根拠なく信念だけで、本書の結論に反対する向きは少なくないんだろうと想像します。加えて、経済社会が自由になれば遺伝的要素がより明確に発揮される場が整うことになり、権威主義的あるいは全体主義的な国家よりも民主主義体制の方が遺伝的要素が強く開放される点も忘れるべきではありません。米国の例ながら、上位の社会階層においては学力や知能に遺伝の影響が出やすく、逆は逆、という研究成果も本書では明らかにしています。ひょっとしたら、民主主義体制で自由が拡大すれば遺伝的な要因により格差が拡大する可能性すらあるわけです。ですから、エコノミストとしていえるのは、右派的な機会の平等というのは決して十分ではなく、事後的な結果についても格差を縮小する政策が必要である、ということです。しかし、他方で、本書のスコープがイながら、社会階層が低いクラスの方が結果ではなく機会の平等に賛成しがち、という研究成果もあり、悩ましいところです。

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次に、島田裕巳『帝国と宗教』(講談社現代新書)です。著者は、日本女子大学の教授をしていた研究者であり、専門は宗教史です。ということで、本書では帝国の宗教を歴史的に解き明かしています。帝国の表舞台である政治や外交の裏側には宗教が控えているわけです。ということで、歴史的にはまずローマ帝国のキリスト教、中華帝国の華夷思想、儒教の易姓革命、仏教などなど、イスラム教のオスマン帝国とムガル帝国、そして、海の帝国たる米国のキリスト教、などなどとなります。まず、歴史的に帝国とは不断の領土拡大を目指すと強調し、なぜなら、技術革新などの緩慢な古代から中世においては領土を拡大して税を獲得する必要がある、と解説します。その帝国拡大の背景に宗教があるわけです。ただ、同時に、宗教には社会秩序維持の機能とその逆の秩序破壊の機能の両面があると主張し、それが帝国の興亡につながっている、ということです。まず、ローマ帝国のキリスト教については、アレクサンドロス大王の世界制覇に続いて帝国が出来なかったひとつの根拠として宗教の不在が上げられ、まず、ローマ帝国では皇帝に対する個人崇拝から宗教が始まったとし、それが4世紀末にはキリスト教がローマ帝国の国教となるわけです。中国については、基本的に、中華思想とそれに基づく朝貢貿易などを外交の基礎に置きつつ、内政では儒教思想が統治の中心に据えられました。そして、これも秩序の維持と破壊の両面を持っていて、後者が易姓革命に当たるのはいうまでもありません。中国の帝国の中でも征服王朝というのがいくつかあり、典型的にはモンゴル民族の元がそうで、中華民国成立直前の清も漢民族ではありません。元については、モンゴル人という遊牧民に由来することから、寺院のような建物を立てて崇拝の中心にすることはなく、宗教的には寛容と見なされる一方で、白蓮教徒の乱で滅亡するわけです。イスラム教については、いわゆる聖と俗の区別がなく、聖職者という存在がありません。それがオスマン帝国やサラセン帝国やムガル帝国の基礎となっていたわけです。私が宗教について従来からとても不思議に思っていた点のひとつが、キリスト教における異端の迫害や極端には魔女狩りなどの強烈な宗教的行為です。これは統治の手段として利用するのであれば、これくらいに強烈な方法も必要なのかもしれない、というふうに私は受け取りました。最後に、立論はかなりいい加減で、恣意的ですらあります。おもしろおかしい歴史書として、私のようにヒマ潰しのために読むのであればともかく、真面目な批判に耐える本ではありません。ハッキリいって、新書としてはレベルが低いです。中国の宗教に関しては特にそうです。

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最後に、加納朋子『二百十番館にようこそ』(文春文庫)です。著者は、日常の謎を解き明かすストーリーが得意なミステリ作家です。殺人事件が出てこないなど、ノックスの十戒では許容されないかもしれませんが、本書でも謎解きめいたストーリー構成となっています。ということで、就活に失敗し、オンラインゲームに熱中して「ネトゲ廃人」となった主人公が、とうとう親からも見放され、叔父が遺産相続で残した離島の社員研修施設だか、保養所だかに放り出されて、オンラインゲーム仲間などといっしょに生活する、流行りの言葉でいえばシェアハウスする、というのがストーリーです。ハッキリいって、有川浩の『フリーター、家を買う。』の二番煎じ小説であることは明らかで、タイトルの210は日本的に「ニート」とも読める、ということで主人公が名付けます。高齢者ばかりの離島に、まず、呼び寄せる、というか、やって来るのはオンラインゲームの知り合いではなく、ひどいマザコンでこれも親から見放されつつある東大卒の気弱な青年です。この青年に主人公はオンラインゲームを教えこみます。そして、次の移住者は産婦人科医に嫌気が差した元医者の青年です。そして、最後には筋肉隆々のマッチョな体型の体育会系の青年が加わります。そして、最後には、『フリーター、家を買う。』とまったく同じ結末で、主人公はそれなりに安定した収入のある職業に就くことになります。周囲の高齢者との交流がうまく出来すぎていて、東京から滋賀県に引越した私が少し悩まされているような田舎っぽい閉鎖性というものが微塵もなく、小説らしい作為的非現実的な「作り」を感じます。主人公の次に島に来た東大での青年がどうして母親に送り込まれて来たのか、については軽い日常的な謎という作者得意の謎解きの要素が含まれていますが、ミステリというにはそれらしくない気がします。こういった出来過ぎのストーリー展開は、おそらく、好きな読者もいるのでしょうが、私には少し馴染めませんでした。ただし、お約束通りのハッピーエンドですので、小中学生向きにはいいんではないか、でも、私のようなひねくれた高齢者にはどうだろうか、という気がします。

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2023年9月22日 (金)

相変わらず+3%を超える8月の消費者物価指数(CPI)上昇率をどう見るか?

本日、総務省統計局から8月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の統計で見て前年同月比で+3.1%を記録しています。前年比プラスの上昇は24か月連続で、+3%以上のインフレも1年12か月連続ですから、日銀のインフレ目標を大きく上回る高い上昇率での推移が続いています。ヘッドライン上昇率も+3.2%に達している一方で、エネルギー価格の高騰が一巡したことから、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率は+4.3で高止まりしています。コアCPIはもちろん、エネルギーと生鮮食品を除くコアコアCPIでも、ヘッドラインCPIでも、日銀のインフレ目標である+2%を超えています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者物価、8月3.1%上昇 伸び横ばいで高止まり
総務省が22日発表した8月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が105.7となり、前年同月比3.1%上昇した。伸びは7月から横ばいだった。食品やガソリンなどが押し上げ、上昇率は12カ月連続で3%以上での推移となった。
QUICKが事前にまとめた市場予想の中央値の3.0%を上回った。上昇は24カ月連続となる。日銀の物価目標である2%を上回る水準での推移が続く。生鮮食品を含む総合指数は3.2%上昇した。
生鮮食品とエネルギーを除く総合指数は4.3%上がった。伸びは7月から横ばいだった。5月に並び、1981年6月の4.5%以来となる高い上昇率が続いている。
総務省は政府の電気・ガス料金の抑制策がなければ、生鮮食品を除く総合が4.1%上昇だったと試算した。政策効果で伸びは1.0ポイント程度抑えられたとみる。
モノとサービスに分けて上げ幅をみると、公共サービス以外の一般サービスは2.5%上昇した。7月の2.4%から伸びが加速した。消費税増税の影響があった1997年10月に並び、25年10カ月ぶりの上昇率となる。
品目別では電気代が前年同月比20.9%低下した。7月の16.6%から下げを拡大し、比較可能な1971年1月以降で最大のマイナス幅となった。都市ガス代も13.9%下がった。
電気代や都市ガス代は政府の抑制策が押し下げる構図が続く。液化天然ガス(LNG)など燃料価格の下落もマイナスに寄与した。燃料価格は燃料費調整制度により数カ月遅れて電気代に反映する。
政府が石油元売りなどへの補助金を段階的に縮小していたガソリンは7.5%上がった。7月の1.1%プラスから伸びは大幅に拡大した。エネルギーは全体では9.8%マイナスだった。
生鮮食品を除く食料は9.2%プラスだった。伸びは5月から4カ月連続で横ばいで高い上昇率が続く。原材料費の値上がりや物流コストの高騰でアイスクリームは12.7%、炭酸飲料は16.7%それぞれ上昇した。
新型コロナウイルス禍からの回復で観光需要の増加が続き、宿泊料は18.1%上がった。7月の15.1%から伸びは大きくなった。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にもあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+3.0%の予想でしたので、実績の+3.1%の上昇率はやや上振れたとはいえ、特段のサプライズはありませんでした。まず、エネルギー価格については、2月統計から前年同月比マイナスに転じていて、本日発表された8月統計では前年同月比で▲9.8%に達し、ヘッドライン上昇率に対する寄与度も▲0.84%の大きさを示しています。総務省統計局の公表資料によれば、政府による「電気・ガス価格激変緩和対策事業」の寄与度は▲0.99%、内訳として、電気代▲0.83%、都市ガス代▲0.16%との試算結果を示しています。したがって、こういった政府の対策がなければ、エネルギー価格はインフレに対して小幅ながらプラス寄与していたわけです。他方で、政府のガソリン補助金が7月から縮減された影響で、6月統計で前年同月比▲1.6%だったガソリン価格は7月統計で+1.1%の上昇に転じ、本日公表の8月統計では+7.5%の上昇を示しています。また、食料については生鮮食品を除く食料が8月統計では7月統計と同じ+9.2%の上昇となっていて、寄与度が+2.08%の大きさに達しています。ですから、エネルギーに代わって食料がインフレの主役となった感があります。さらに細かく食料の内訳をヘッドライン上昇率に対する寄与度で見ると、からあげなどの調理食品が+0.34%、アイスクリームなどの菓子類が+0.28%、メディアでの注目度も高い鶏卵などの乳卵類が+0.27%、外食ハンバーガーなどの外食が+0.25%、などなどとなっています。

最後に、このインフレに対する政策として、一部に為替政策を割り当てる議論を見かけます。すなわち、金融引締めにより日米間の金利差を縮小させて円高を誘導し、輸入比率の高いエネルギー価格などの引下げを目指す、という方向性です。ハッキリいって、経済政策の割当問題としてメチャクチャなので、あまり真剣に議論したくもないのですが、為替政策を物価に割り当てるのは明らかに間違いであることは指摘しておきたいと思います。すなわち、円高誘導で物価が抑制されるのは事実かもしれませんが、貿易などを通じた景気へのダメージの方が大き過ぎるわけです。

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2023年9月21日 (木)

米国経済学会 Climate policies around the world やいかに?

やや旧聞に属するトピックかもしれませんが、米国経済学会 American Economic Association による Research Highlight に9月13日付けで Climate policies around the world と題する記事が掲載されています。Journal of Economic Perspectives という学術誌に掲載されている Carbon Border Adjustments, Climate Clubs, and Subsidy Races When Climate Policies Vary からの記事となっています。まず、この論文のサイテーションは以下の通りです。

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まず、論文から p.140 Figure 1 Carbon Pricing Coverage and Price Level by Jurisdiction を引用すると上の通りです。横軸が炭素価格システムのカバレッジ、縦軸が炭素価格、となっています。円の大きさは炭素排出量です。本来であれば、カバレッジが広くて右にあり、炭素排出抑制の観点からは炭素価格が高くて上にある、すなわち、右上にプロットされているのが望ましい、という見方が成り立ちます。しかし、例えば日本はカバレッジが70%超と広いものの、実行的に炭素価格をそれほど引き上げているわけではなく、温室効果ガス排出にはそれほど効果的ではない、ように見えます。もっとひどいのは中国であり、温室効果ガス排出量が多いにもかかわらず、カバレッジが狭い上に炭素価格も低い水準にあり、より効果的なシステムを必要としているように見えます。

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続いて、論文から p.145 Figure 3 Public Investment in Clean Energy by Country and Policy Type, 2020-2021 を引用すると上の通りです。最近時点で、日本のクリーン・エネルギー投資がとても低い水準にとどまっているのが見て取れます。G7クラスの主要欧米先進国はもとより、中国やインドにすら後塵を拝しています。

私はもともと我が国における2050年カーボン・ニュートラルはかなりハードルが高いと感じていましたが、ホントに達成できるのでしょうか。私は2050年には軽く90歳を超えますから、存命している可能性はとても低いのですが、何とか人類の明るい未来のために、温室効果ガス排出の抑制には成功して欲しいと願っています。

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2023年9月20日 (水)

日刊スポーツ「あなたが選ぶMVP」の結果やいかに?

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日刊スポーツで「あなたが選ぶMVP」と題して、読者などに対してアンケート調査を実施していましたが、その結果が日刊スポーツのサイトで明らかにされています。上のグラフの通りです。総得票数は2326のうち、リードオフマンで得点圏打率も高い近本光司外野手の442票がトップ、クローザー岩崎優投手414票、不動の4番バッター大山悠輔内野手376票、ローテーションの中心の村上頌樹投手307票、梅野捕手の離脱後に扇の要を務める坂本誠志郎捕手293票と続き、過半数に達するような圧倒的トップがいなくて、票が割れる形となっています。このトップ5人で1832票と全投票80%近くを占めています。まあ、こんなもんですかね、と私は受け止めています。

クライマックスシリーズも、日本シリーズも、
がんばれタイガース!

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「OECD 経済見通し中間報告」やいかに?

昨日、経済協力開発機構(OECD)から「OECD 経済見通し中間報告」OECD Economic Outlook Interim Report September 2023 が公表されています。ヘッドラインとなる世界の成長率見通しは、6月時点の見通しと比較して、今年2023年は+3.0%と+0.3%ポイント上方修正されたものの、逆に、来年2024年は+2.7%と▲0.2%ポイント下方改定されています。まず、OECD のサイトの、何と12項目もあるSummaryから最初の2点だけ引用すると以下の通りです。

Summary
  • After a stronger-than-expected start to 2023, helped by lower energy prices and the reopening of China, global growth is expected to moderate. The impact of tighter monetary policy is becoming increasingly visible, business and consumer confidence have turned down, and the rebound in China has faded.
  • Global GDP growth is projected to remain sub-par in 2023 and 2024, at 3% and 2.7% respectively, held back by the macroeconomic policy tightening needed to rein in inflation.

こういった国際機関のリポートを紹介するのは、私のこのブログの特徴のひとつですので、グラフを引用しつつ簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、OECDのサイトから GDP projected growth rates for 2023 and 2024 を引用すると上の通りです。足元の2023年の成長率は stronger-than-expected 期待を上回つ力強さがあったと評価しています。エネ次価格の落ち着きや中国のゼロコロナ政策の終了などが要因です。しかし、インフレ抑制のための金融引締めが進められるとともに企業や消費者のマインドが悪化し、中国の反動増の勢いも減衰しつつある、などの要因から来年は成長率はやや低下するとの予想です。

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続いて、OECDのサイトから Inflation remains too high in most economies を引用すると上の通りです。インフレ率はヘッドラインではなく、コアCPI上昇率です。ヘッドラインの物価上昇率はエネルギー価格の低下とともに縮小しつつありますが、他方で、エネルギーと食料を除くコアCPI上昇率はまだそれほど低下の兆しを見せていません。コスト上昇の波及が進み、すべてではないものの、一部のセクターでは企業収益が価格を押し上げている影響が残っています。

こういった経済社会環境の下、政策の向かうべき方向として、財政政策については金利上昇による債務負担の増加や高齢化、気候変動、国防などの支出増加圧力があることから、財政余力を確保するための短期的な取組みの強化と信頼できる中期財政計画が必要であると指摘しています。同時に、投資、生産性、労働参加を促進し、加えて、世界貿易拡大の必要性を強調しています。

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目を国内に転ずると、本日、財務省から8月の貿易統計が公表されています。統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見て、輸出額が▲0.8%減の7兆9943億円に対して、輸入額は▲137.8%減の8兆9248億円、差引き貿易収支は▲9305億円の赤字を記録しています。輸出額を見ると輸送用機器が前年同月比で+25.6%増となった一方で、一般機械が▲9.6%減を記録しています。輸入では鉱物性燃料が▲36.6%減となるなど、資源高の落ち着きに従って輸入が輸出に比べて減少しています。グラフは上の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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2023年9月19日 (火)

リクルートのリポート「2023年度 最低賃金改定の影響に関する調査レポート」を読む

先週金曜日の9月15日にリクルートから8月時点での「2023年度 最低賃金改定の影響に関する調査レポート」が明らかにされています。ざっくりいうと、リクルートのジョブズリサーチセンターが毎月調査発表している「アルバイト・パート募集時平均時給調査」のデータを基に、厚生労働省の「令和5年度 地域別最低賃金額答申状況」と照らし合わせて、最低賃金改定の影響を調べた結果です。

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広く報じられているように、2023年度は中央最低賃金審議会より39~41円の引き上げが目安として答申され、最終的には39~47円の引き上げが決まりました。この結果、全国加重平均では43円引き上げられて1,004円となっています。ということで、まず、リポートから 最低賃金(全国加重平均)の推移 のグラフを引用すると上の通りです。繰り返しになりますが、全国平均でまだ時給1,000円をようやく超えたばかりで、かなり渋い水準です。しかも、1,500円に引き上げるのには2030年代半ばまで10年余りの期間をかけると岸田総理が明らかにしていますので、ちょっと世界標準からほど遠い印象です。まあ、それはそれとして、8月時点で改定後最低賃金を下回る求人の割合を確認してみると、全国で34.5%に達しています。最低賃金は10月から施行されますので、逆から見て、この34.5%の求人案件は最低賃金に合わせて賃上げがなされるわけです。

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リポートから 8月時点で改定後最低賃金を下回る求人の割合 のグラフを引用すると上の通りです。上のパネルはエリア別、下は職種別となっています。私の方で結合させています。繰り返しになりますが、全国平均で34.5%の未達率でしたが、見ての通りで、関西では40%超となっており、次いで北海道が高い、という結果となっています。都道府県別では、兵庫48.5%、神奈川47.9%、新潟44.0%、愛知40.7%、京都40.1%の5府県が40%を上回っています。職種別でも見ての通りなのですが、未達率は「販売・サービス系」で43.8%ともっとも高く、「フード系」37.4%、「製造・物流・清掃系」30.1%が30%を上回っています。

直感的には、雇用の需給が緩和しているエリアや職種ほど賃金が低く、その意味で、最低賃金を下回る未達率が高いと考えられます。でも、繰り返しになりますが、逆から見れば、そういったエリアや職種では最低賃金の施行により賃上げの恩恵がある、ということも忘れるべきではありません。

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2023年9月18日 (月)

Osaka Jazz Channel による Afro Blue

昨日に続いて、お気に入りの Osaka Jazz Channel にアップされている Afro Blue です。誰の作曲なのかは、私は知りませんが、有名なのは1963年にコルトレーンがバードランドで演奏した Live at Birdland の演奏です。私もこのアルバムは持っています。ただ、コルトレーンの演奏の前にアビー・リンカーンが歌っていて、1959年のアルバムに収録されています。アビー・リンカーンはジャズ・ドラマーとして有名なマックス・ローチの奥さまであり、当時は米国でケネディ政権の直前ながら、大いに盛り上がっていた公民権運動にも熱心に取り組んでいました。マックス・ローチが We Insist というタイトルのアルバムを発表したのも1960年でした。広く知られている通り、1955年のローザ・パークス事件に由来するバス・ボイコット運動が始まり、1960年代前半まで続く公民権運動が始まっています。コルトレーンの演奏で有名な三拍子ジャズ、ということで、昨日に続いての選曲です。なお、この演奏のパーソネルは以下の通りです。

Piano
小林 沙桜里 Saori Kobayashi
Bass
畠山令 Ryo Hatakeyama
Drums
久家貴志 Takashi Kuge

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2023年9月17日 (日)

Osaka Jazz Channel による My Favorite Things

お気に入りの Osaka Jazz Channel にアップされている My Favorite Things です。ミュージカルの Sound of Music の中でジュリー・アンドリューズが歌っています。でも、ジャズファンであれば、圧倒的にコルトレーンの演奏だと考えています。今や、ジャズのスタンダードとして多くのジャズメンにより演奏されるようになっています。三拍子のワルツ曲です。2021年4月の収録で、この演奏のパーソネルは以下の通りです。

Piano
小林 沙桜里 Saori Kobayashi
Bass
宮野友巴 Yuu Miyano
Drums
久家貴志 Takashi Kuge

この曲ではないのですが、私はこのトリオの演奏に「誰がリーダーですか?」と質問のコメントをしてみました。ドラマーの久家貴志氏が、このトリオのリーダーであり、同時に、Osaka Jazz Channel のプロデューサーだという回答でした。ですので、彼がすべてのビデオにドラマーとして出演しているそうです。何ら、ご参考まで。

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2023年9月16日 (土)

今週の読書は経済書3冊をはじめとして計8冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、宮本弘曉『日本の財政政策効果』(日本経済新聞出版)では、我が国の財政政策の影響について、特に労働市場にも焦点を当てつつ実証的な分析がなされています。佐藤寛[編]『戦後日本の開発経験』(明石書店)では、開発社会学を用いて戦後日本の経済開発/発展について、特に、炭鉱・農村・公衆衛生の3分野に焦点を当てつつ分析されています。前田裕之『データにのまれる経済学』(日本評論社)では、現在の経済学の研究が理論研究ではなくデータ分析に偏重しているのではないか、という危惧が明らかにされています。荻原博子『マイナ保険証の罠』(文春新書)では、政府の推進するマイナ保険証にさまざまな観点から強く反対しています。飯田一史『「若者の読書離れ」というウソ』(平凡社新書)では、主として10代の若者は決して読書離れしていないと統計的に明らかにしつつ、読書の傾向などを分析しています。エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』、『ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人』、『ポー傑作選3 ブラックユーモア編 Xだらけの社説』(いずれも角川文庫)では、ポーのホラー、ミステリ、ユーモアといった短編を浩瀚に収録しています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊、交通事故による入院の後、6~8月に76冊の後、9月に入って先週先々週合わせて14冊、今週ポストする8冊を合わせて142冊となります。

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まず、宮本弘曉『日本の財政政策効果』(日本経済新聞出版)です。著者は、東京都立大学の研究者です。国際通貨基金(IMF)などの勤務経験もあるようです。本書は2部構成になっていて、第Ⅰ部が財政政策効果の決定要因、第Ⅱ部が財政政策と労働市場、ということで、いずれにせよマクロ経済学の分析です。本書はほぼほぼ学術書と考えるべきであり、それなりに難解な数式を用いたモデルが提示された上で、そのモデルに沿って然るべく定量分析がなされています。定量分析に用いられているツールは、構造VAR=SVARとDSGEモデルです。ただ、DSGEモデルには失業を許容する変更が加えられています。分析目的からして、当然です。ですので、大学院生から研究者や政策当局の担当者などを対象にしていると考えるべきで、一般のビジネスパーソンには少し敷居が高いかもしれません。本書では、財政乗数について分析した後、第3章の高齢化と財政政策に関するフォーマルな定量分析では、高齢化が進んだ経済では財政政策の効果が低下すると結論しています。当然ながら、経済活動に携わる、という意味での現役世代の比率が低いのが高齢化社会ですので、財政政策に限らず、高齢化社会ではおそらく金融政策も含めて政策効果は低下します。景気に敏感ではない年金を主たる所得とする引退世代の比率が高くなると政策効果は低下します。公共投資の分析でもガバナンスと労働市場の柔軟性が重要との結論です。ひとつ有益だったのは、財政政策の効果はジェンダー平等に寄与する、という結論です。p.102から4つの要因をあげていますが、私は3つ目のピンクカラー職と呼ばれる職種への労働需要増が財政ショックによりもたらされ、4番目のパートタイム雇用を通じた労働需要増が女性雇用の拡大をもたらす、という経路が重要と考えます。ただし、本書では何ら考えられていないようですが、逆に、財政再建を進める緊縮財政が実施されて、ネガティブな財政ショックが生じた場合、女性雇用へも同様にネガな影響が発生し、あるいは、ジェンダー平等が阻害される可能性も、この分析の裏側には存在する、と考えるべきです。その観点からも、たとえ公的債務が大きく積み上がっているとしても、緊縮財政は回避すべきと私は考えています。第Ⅱ部では財政政策と雇用や労働市場に関する定量的な分析がなされていて、理論的には、というか、実証的にも、離職や就職がない静的であるモデルを用いるのか、あるいは、そうでないのか、が少しビミョーに結果に影響します。おそらく、現実の経済社会ではほぼほぼすべての労働市場における決定や選択が内生的に行われると考えるべきですので、分析結果にはより慎重な検討が必要です。最後に、本書p.172で指摘されているように、失業分析に関しては両方向のインパクトがあり得ますので、DSGEモデルを用いる場合、パラメータの設定がセンシティブになります。通常、理論的なカリブレーションや定評ある既存研究から設定されるわけですが、場合によっては、恣意的な分析結果を導くことも可能かもしれません。私は役所の研究所でDSGEモデルではなく、もっと旧来型の計量経済モデルを用いた分析にも従事した経験がありますが、「モデルを用いた定量分析の結果」というと、無条件に有り難がる、というか、否定し難い雰囲気を出せるのですが、それなりに批判的な視点も持ち合わせる必要があります。

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次に、佐藤寛[編]『戦後日本の開発経験』(明石書店)です。編者は、アジア経済研究所の名誉研究員ということでアジ研のOBの方かもしれません。ということで、本書は開発経済学ではなく、開発社会学の観点から戦後日本の開発/発展を後付けています。分野としては、炭鉱・農村・公衆衛生の3分野に焦点を当てています。私は高度成長を準備した経済的な条件としては、日本に限らず、二重経済における労働移動と資本蓄積であると考えていて、一昨年の紀要論文 "Mathematical Analytics of Lewisian Dual-Economy Model : How Capital Accumulation and Labor Migration Promote Development" でも理論モデルで解析的に分析を加えています。本書は、私の論文のようなマクロ経済ではなく、もう少し地域に密着したマイクロな観点から日本の戦後経済発展を分析しています。ただ、本書では戦後日本は、自動詞的に、途上国から先進国に発展し、それには、他動詞的に、GHQをはじめとする米国による開発援助があった、との背景を考えています。私も基本的に同じなのですが、私の論文では自動詞的な発展を分析しています。他動詞的な開発については、本書でも言及されているロストウの経済発展段階説におけるビッグプッシュに先進国からの援助がどのように関わるか、という見方になると思います。ただ、ロストウ的な発展段階としては、一般的に、(1) 伝統社会、(2) 過渡期、(3) テイク・オフ、(4) 成熟期、(5) 高度大衆消費時代、をたどるということになっていて、日本は20世紀初頭にはテイクオフを終えている、という見方もあることは確かです。その意味で、戦後日本の経済発展を途上国としての出発点に求めることはムリがある、という本書ケーススタディのインタビュー先のご意見も理解できます。でも、やっぱり、終戦直後の日本は援助を必要とする途上国であった、というのは、大筋で間違いではないと思います。その前提に立って、21世紀の現時点でも途上国から先進国に発展を遂げた国が少ない点は留意されるべきかと思います。すなわち、戦後の極めて典型的な例では、いわゆる西洋諸国、欧米以外のアジア・アフリカなどでの経済発展の成功例は日本くらいしかないという見方もできます。その意味では、本書に欠けている視点として、日本の成功例をいかにアジア・アフリカなどの途上国に応用するか、という点があります。和葦は経済学的に発展や開発を考えれば、日本の成功例は労働移動と資本蓄積にある、と考えているのですが、残念ながら、本書ではそういったスコープが見えません。

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次に、前田裕之『データにのまれる経済学』(日本評論社)です。著者は、日経新聞のジャーナリストから退職して経済関係の研究をされているようです。ということで、タイトルからも理解できるように、経済学の研究をざっくりと理論研究と実証研究に二分割すると、かつての理論研究中心から現在は実証研究、というか、データ分析が中心になっているが、それでいいのか、という問題意識だろうと思います。はい。私もそれに近い感覚を持っていて、特に、経済学においては第がウインレベルでプログラミングを勉強する必要があまりにも高く、それだけに、私のような大学院教育を受けていないエコノミストには難しい面がある点は認識されるべきです。でも、私自身はかなり初歩的な計量分析しか出来ませんが、それで十分という面もあり、現在の経済学研究がデータ偏重であるとまでは思っていません。ただ、私の場合はマクロ経済学の研究で、マクロ経済データ、ほとんどは政府や中央銀行の統計を用いていますが、あまりに独自データを有り難がる向きが少なくないことは確かにあります。ですから、一般にはまったく利用可能性がない政府統計の個票を活用するというのはまだしも、本書で指摘しているように、RCT(ランダム化比較実験)への偏重、特に、マイクロな開発経済学の援助案件の採択などにおけるRCTへの偏重はいかがなものかと思わないでもありません。もちろん、ヨソにないデータを集めるために、独自アンケートの実施については、WEBの活用でかなりコストが低下したことは確かです。しかし、RCTについては時間も金銭もかなりコストが高く、個人の研究者では大きな困難を伴います。本書で取り上げている順とは逆になりますが、因果関係についても本書の指摘には考えるところがあります。おそらく、現在の大学院教育では修士論文レベルでは、それほど因果関係を重視するわけではなく、むしろ相関関係でかなりの立論ができると思いますが、博士論文となれば外生性と内生性を厳密に理解し、因果関係を十分立証しないといけない、という雰囲気があることも確かです。私は困っている院生に対して、ビッグデータの時代なのだから因果関係も重要だが、相関関係で十分な場合もある、と助け船を出すことがあります。いかし、あまりに理論研究に偏重するのも好ましくないのは事実です。以前に取り上げた宇南山卓『現代日本の消費分析』にもあったように、消費の決定要因としてライフサイクル仮説モデルを信頼するあまり、フレイビン教授らの過剰反応の実証を否定するような方向は正しくないと考えます。ですから、本書でも認識されているように、経済学に限らず、理論モデルをデータで実証し、実証結果に沿ってモデルを修正する、というインタラクティブな研究が必要です。私もそうですが、大学院教育を受けていないエコノミストにはデータ分析やプログラミングのハードルが高いのは事実で、そういった難しさを著者が感じているのではないか、と下衆の勘ぐりを働かせてしまいました。しかし、繰り返しになりますが、理論研究と実証研究のどちらに偏重しているのかは、現時点では私はそれなりにバランスが取れていると理解しています。ただ、実証研究に沿った理論モデルの修正という作業を多くのエコノミストが苦手にしているのも事実かもしれません。

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次に、荻原博子『マイナ保険証の罠』(文春新書)です。著者は、経済ジャーナリストであり、引退世代に深く関係する年金や相続などに詳しいと私は理解しています。今年2023年7月には、老齢期に健康を維持する経済効果について論じた『5キロ痩せたら100万円』(PHP新書)を読書感想文で取り上げています。ということで、本書のタイトルから理解できるように、著者は強くマイナ保険証に反対し、現在の保険証の存続を求めています。私もまったく同感です。まず、私も知りませんでしたが、マイナンバーとマイナンバーカードは異なるものであるという点は、おそらく、ほぼほぼ国民に知られていないと思います。マイナンバーは国民もれなく付与し、政府が管理し、トラブルには政府が責任を持つ、という一方で、マイナンバーカードはあくまで取得は任意であり、本人に希望に応じて持ち、トラブルは自己責任、ということになります。こんなことを知っている国民は少ないと思います。私は60歳の定年まで国家公務員をしていて、役所に入る入館許可証、というか、その情報はマイナンバーカードに記録する、ということになっていましたので、マイナンバーカードを強制的に取得させられ、国家公務員としての関連情報をマイナンバーカードに記録し、役所の建物に入るための入館許可としてマイナンバーカードを出勤時は持って来なくてはなりませんでした。もう役所を辞めて随分経ちますが、たぶん、今でもそうなのだろうと想像しています。加えて、マイナンバーカードは任意取得ですので、「立法事実がない」点も本書では指摘しています。私は1990年代前半という大昔の30年前ですが、在チリ大使館勤務の外交官として3年余りチリで過ごした経験があります。チリでは身分証明書の携行が義務つけられていて、少なくとも私のような外交官は不逮捕などの外交官特権を有することを明らかにするために身分証明書を常に携行していました。でも、現在の日本国内においては、私のようなペーパードライバーであれば、運転免許証を携行することすらしていない人も決して少なくないと思います。私は大学のIDカードも研究室に置きっぱなしです。というのも、大学のIDカードには図書館の入館証の機能があって、それ以外にはキャンパス外で必要ないものですから、私のような図書館のヘビーユーザには家に忘れた時のダメージの方が大きいもので、研究室に置きっぱなしにしています。話を元に戻すと、マイナ保険証にしてしまうと介護施設で大きな混乱を生じる可能性があるとか、英国では国民IDカードがいったん2006年に法律ができながら、2010年には早々に廃止されたとか、一般にも広く報道されている事実が本書には詳しく集められています。私はほぼほぼ本書の著者に賛成で、マイナ保険証には強く反対です。ただ、1点だけ、やや踏み込み不足な点があります。というのは、政府がマイナ保険証をここまで強引に推進しようとするウラ事情です。おそらく、なにか巨大な利権が絡んでいるのか、それとも、政府に国民無視の姿勢が染み付いてしまっているのか、そのあたりも知りたい気がします。

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次に、飯田一史『「若者の読書離れ」というウソ』(平凡社新書)です。著者は、編集者の後に独立し、現在ではWEBカルチャーや出版産業などの論評をしているようです。本書を読んだきっかけは、実は、先週読んだ波木銅『万事快調 オール・グリーンズ』の主人公の北関東の田舎のJKである朴秀美がアトウッドの『侍女の物語』を読んでいて、大いにびっくりして、最近の中高生の読書事情を知りたくなって図書館から借りた次第です。本書では、著者は「当事者の声」を聞くインタビューというケーススタディに頼ることなく、マクロの統計を中心に中高生の読書について論じています。私はこういった姿勢は高く評価します。というのも、マーケティングなどの経営学の成功例のケーススタディを集めた本はいっぱいあるのですが、その裏側で失敗例が成功例よりケタ違いに多いのではないか、というのが私の疑問だからです。ということで、統計的な事実から2点上げると、第1に、本書のタイトルの疑問は否定されています。すなわち、中高生の読書は平均的に毎月1冊台であって、少なくともここ20年ほどで読書離れが進んだという事実はありません。他方で、この読書量が「読書離れではない」とまでいえるのかどうか、すなわち、その昔からずっと読書離れだったんではないか、という疑問は残ります。第2に、大人も含めて、日本人の不読率は40%から50%の間、というか、50%を少し下回る程度、というのも、ここ20年ほどで大きな変化はなく、繰り返しになりますが、中高生だけでなく、大人も同じくらいの不読率がある、ということになります。つまり、「近ごろの若いモンは、本を読まない」なんていっている人がいたとしても、実は、大人も若者と同じくらいに本を読まない人がいる、ということです。その上で、10代の小学校上級生から中高生くらいまでによく読まれている、あるいは、受け入れられやすい本の属性を分析しています。それは、第2章で読まれる本の「3大ニーズ」と「4つの型」で明らかにされています。その内容は読んでみてのお楽しみ、ということで、この書評では明らかにしませんが、第3章ではこの観点から、児童文学/児童書、ライトノベル、ボカロ小説、一般文芸、短篇集、ノンフィクション、エッセイの7つのカテゴリー/ジャンル別に、よく読まれている本が分析されています。ボカロ小説というジャンルは不勉強にして知りませんでした。初音ミクとポケモンがコラボして、「ポケミク」なんてハッシュタグの付いた画像がツイッタに大量にポストされているのは見かけました。ツインテールならざる初音ミクもいたりしました。それはともかく、ボカロが小説になっているのは初耳でした。最後の章で、今後の方向性や中高生のひとつ上の大学生の読書などが論じられています。結局、当然ながら、アトウッド『侍女の物語』はまったく言及されていませんでした。いくつか、私の視点を加えておくと、しつこいのですが、アトウッド『侍女の物語』のような海外文学がまったく取り上げられていません。それは、実際に中高生が読んでいない、ということもあるのだろうと思います。というのは、韓国エッセイなどはよく読まれているとして取り上げられているからです。他方で、もう10年とか15年も昔のことですが、我が家の倅どもが小学校高学年や中高生だったころ、『指輪物語』とか、その発展形ともいえる「ハリー・ポッター」のシリーズがよく読まれていた記憶があるのも事実です。現在、こういった中高生向けの海外文学がどうなっているのか、私はよく知りませんが、まったく息絶えたとも思えません。第2に、マンガとの関係が不明でした。いくつか、マンガからのノベライズ、例えば「名探偵コナン」のシリーズなどが言及されていましたが、マンガと文字の読書の間の関係が少し判りにくかった気がします。それにしても、10年ほど前に赴任した長崎大学では、『リアル鬼ごっこ』などの山田悠介作品が全盛期だった気がするのですが、今はすっかり下火になったとの分析もあり、時代の流れを感じました。

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次に、エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』『ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人』『ポー傑作選3 ブラックユーモア編 Xだらけの社説』(角川文庫)です。著者は、エドガー・アラン・ポーであり、私なんぞから紹介するまでもありません。邦訳者は、河合祥一郎であり、各巻末の作品解題ほかの解説も執筆しています。私の記憶が正しければ、ほぼ私と同年代60歳過ぎで東大の英文学研究者であり、シェークスピアがご専門ではなかったかと思います。ということで、3冊まとめてのズボラなご紹介で失礼します。3冊まとめてですので、どうしても長くなります。悪しからず。繰り返しになるかもしれませんが、各巻の巻末に詳細な作品解題が収録されており、私のような頭の回転が鈍い読者にも親切な本に仕上がっています。ものすごくたくさんの短編が収録されていて、いわゆる小説だけではなく、詩や評論・エッセイもあります。出版社のサイトからのコピペ、以下の通りの収録作品です。『黒猫』ポー傑作選1の収録作品は、「赤き死の仮面」The Masque of the Red Death (1842)、「ウィリアム・ウィルソン」William Wilson (1839)、「落とし穴と振り子」The Pit and the Pendulum (1842)、「大鴉」* The Raven (1845)、「黒猫」The Black Cat (1843)、「メエルシュトレエムに呑まれて」A Descent into the Maelstrom (1841)、「ユーラリー」* Eulalie (1845)、「モレラ」Morella (1835)、「アモンティリャードの酒樽」The Cask of Amontillado (1846)、「アッシャー家の崩壊」The Fall of the House of Usher (1839)、「早すぎた埋葬」The Premature Burial (1844)、「ヘレンへ」* To Helen (1831)、「リジーア」Ligeia (1838)、「跳び蛙」Hop-Frog (1849)となります。『モルグ街の殺人』ポー傑作選2の収録作品は、「モルグ街の殺人」The Murders in the Rue Morgue (1841)、「ベレニス」Berenice (1835)、「告げ口心臓」The Tell-Tale Heart (1843)、「鐘の音」* The Bells (1849)、「おまえが犯人だ」Thou Art the Man」 (1844)、「黄金郷(エルドラド)」* Eldorado (1849)、「黄金虫」The Gold Bug (1843)、「詐欺(ディドリング)- 精密科学としての考察」Diddling (1843)、「楕円形の肖像画」The Oval Portrait (1842)、「アナベル・リー」* Annabel Lee (1849)、「盗まれた手紙」The Purloined Letter (1844)となります。そして、最後の『Xだらけの社説』ポー傑作選3の収録作品は、「Xだらけの社説」X-ing Paragrab (1849)、「悪魔に首を賭けるな - 教訓のある話」Never Bet the Devil Your Head: A Tale with a Moral (1841)、「アクロスティック」* An Acrostic (c. 1829)、「煙に巻く」Mystfication (1837)、「一週間に日曜が三度」Three Sundays in a Week (1841)、「エリザベス」* Elizabeth (c. 1829)、「メッツェンガーシュタイン」Metzengerstein (1832)、「謎の人物」* An Enigma (1848)、「本能と理性 - 黒猫」** Instinct versus Reason: A Black Cat (1840)、「ヴァレンタインに捧ぐ」* A Valentine (1849)、「天邪鬼(あまのじゃく)」The Imp of the Perverse (1845)、「謎」* Enigma (1833)、「息の喪失 - 『ブラックウッド』誌のどこを探してもない作品」Loss of Breath: A Tale neither in nor our of 'Blackwood' (1833)、「ソネット - 科学へ寄せる」* Sonnet - To Science (1829)、「長方形の箱」The Oblong Box (1844)、「夢の中の夢」* A Dream Within a Dream (1849)、「構成の原理」** The Philosophy of Composition (1846)、「鋸山奇譚」A Tale of the Ragged Mountains (1844)、「海中の都(みやこ)」* The City in the Sea (1831)、「『ブラックウッド』誌流の作品の書き方/苦境」How to Write a Blackwood Artilce / A Predicament (1838)、「マージナリア」** Marginalia (1844-49)、「オムレット公爵」The Duc de L'Omlette (1832)、「独り」Alone (1829)となります。日本語タイトル後につけたアスタリスクひとつは詩であり、ふたつは評論ないしエッセイです。全部はムリですので、有名な作品だけ簡単に紹介しておくと、『黒猫』ポー傑作選1ではゴシックホラー編のサブタイトル通りの作品が収録されています。詩篇の「大鴉」では、各パラグラフの最後が "nevermore" = 「ありはせぬ」で終わっています。タイトル作の「黒猫」は、冥界の王であるプルートーと名付けられた黒猫と殺した妻を壁に塗り込めますが、当然に露見します。「アッシャー家の崩壊」ではアッシャー家の一族が息絶えて、語り手がアッシャー家を離れた直後に、文字通りに屋敷が崩壊します。『モルグ街の殺人』ポー傑作選2では怪奇ミステリー編ということで、ホラー調のミステリが収録されています。タイトル作である「モルグ街の殺人」は密室ミステリといえますが、事情聴取でイタリア語がどうしたとか、いろいろと情報を散りばめつつも、犯人がデュパンによって明らかにされると、大きく脱力して拍子抜けした読者は私だけではないと思います。「黄金虫」では、暗号トリックが解明されます。『Xだらけの社説』ポー傑作選3はブラックユーモア編であり、ホラーと紙一重のストーリーも収録されています。タイトル作である巻頭の「Xだらけの社説」は出版物で活字が足りなくなるとXの活字を代替に使い、まるで伏せ字のような社説を掲載する新聞を揶揄しています。「一週間に日曜が三度」では、金持ちの叔父が結婚を認める条件として、1週間に日曜日が3度ある週に結婚式を上げるよう申し渡された甥が、日付変更線を利用したトリックを思いつきます。ウンベルト・エーコの『前日島』と同じような発想だと記憶しています。評論の「構成の原理」では、知的・理性的・合理的に作品を構成すべきと考え、人間を超越した絶対的な価値を直感的に把握しようとする超絶主義に反対するポーの姿勢がよく理解できます。繰り返しになりますが、各巻に収録された作品の解題がとても詳細に各巻末に収録されていて、収録作品の出版年を見ても理解できるように、ポーの作品は200年ほど前の19世紀前半の社会背景の下に書かれているわけですので、こういった解説はとても読書の助けになります。また、各巻末の作品解題の他にも、第1巻『黒猫』の巻末には、「数奇なるポーの生涯」と題する解説や「エドガー・アラン・ポー年譜」が、また、第2巻『モルグ街の殺人』巻末には、「ポーの用語」と「ポーの死の謎に迫る」といった解説が、さらに、第3巻『Xだらけの社説』の巻末には、「ポーを読み解く人名辞典」と「ポーの文学闘争」と題する解説が、それぞれ置かれています。作品解題も含めて、すべて邦訳者である河合祥一郎氏によるものです。東大の英文学研究者による解説ですので、とても有益です。この3巻を読めば、私のような手抜きを得意とする読書ファンなら、いっぱしのポー作品のオーソリティを気取ることができるかもしれません。

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2023年9月15日 (金)

公立図書館への投資は何をもたらすのか?

米国経済学会 American Economic Association の発行する American Economic Journal の予告編で "The Returns to Public Library Investment" が取り上げられています。公立図書館への投資は何をもたらすのでしょうか。まず、米国経済学会のサイトから論文のアブストラクトを引用すると以下の通りです。

Abstract
Local governments spend over 12 billion dollars annually funding the operation of 15,427 public libraries in the United States, yet we know little about their effects. We use data describing the near-universe of public libraries to show that public library capital investment increases library visits, children's attendance at library events, and children's circulation by an average of 5-15% in the years following investment. Increases in library use translate into improved test scores in nearby school districts: a $200 or greater per student capital investment in local public libraries increases reading test scores by 0.01-0.04 standard deviations in subsequent years.

下線部は引用者による強調です。要するに、アブストのアブストで、投資後の数年間で図書館訪問者数、図書館イベントへの子供の出席数、および子供に対する貸出しが平均5~15%増加し、地元の公共図書館に生徒1人当たり200ドル以上の資本投資を行うと、その後の読解テストのスコアが標準偏差0.01~0.04上昇する、という結果を導いています。この論文は、ジャーナル掲載バージョンは学会員でなければ閲覧できないようですので、2021年にアップロードされているシカゴ連銀のサイトにあるワーキングペーパーを少し見てみました。

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まず、ワーキングペーパーから、Figure 1: Effect of capital expenditure shock on library use を引用すると上の通りです。アブストにあったように、(B)の子供たちへの貸出しと(C)子供たちのイベントへの参加がプラスの影響を受けています。影をつけてあるのは95%の信頼区間であり、ゼロをまたいでいませんから、明らかに統計的にプラスの影響を認めることが出来ます。ついでながら、(D)の図書館訪問者数もプラスの影響を受けています。

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続いて、ワーキングペーパーから、Figure 4: Impact of library capital spending shocks on child test scores を引用すると上の通りです。上のパネルの(A)が読解テスト、下の(B)が数学テストのそれぞれスコアの変化を見ています。残念ながら、下のパネルの(B)の数学テストの結果は、平均的にはプラスの結果が出ている年が多いものの、95%の信頼区間がゼロをまたいでいて、統計的に必ず正であるという有意性は認められませんでした。他方で、上の読解テストの方はスコアの上振れは決して大きくはないものの、少なくとも6-7年目には信頼区間がゼロから上にあって、統計的な有意性が認められます。まあ、図書館に対する投資ですので、数学よりも読解テストに効果ある、というのはもっともらしい気がします。

あくまで米国における研究成果であり、日本をはじめとするほかの国で同じ結果が得られるかどうかは不明ですが、とっても示唆に富んだ結果だと私は受け止めています。日本でも公立図書館への投資が増加して、設備や蔵書などが拡充されることを私は強く願っています。最後に、やや関連するところで、9月12日に OECD から Education at a Glance 2023 が公表されています。昨年の2022年版にはあった Total public expenditure on education のグラフが今年の2023年版にはありませんでした。ほかも含めて、ご参考まで。

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2023年9月14日 (木)

阪神タイガース18年ぶりのセリーグ優勝おめでとう

9月に入って負けなしの11連勝で、18年ぶりのセリーグ優勝です。ただただ感無量です。私は40年近く前の1985年のリーグ優勝、そして日本一も知っていますが、今日は今日とて、感激はひとしおです。誠におめでとうございます。

クライマックスシリーズも、日本シリーズも、
がんばれタイガース!

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足踏みがみられる7月の機械受注をどう見るか?

本日、内閣府から7月の機械受注が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注が、季節調整済みの系列で見て前月比▲1.1%減の8449億円となっています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから手短に引用すると以下の通りです。

機械受注7月1.1%減 2カ月ぶりマイナス、製造業が低調
内閣府が14日発表した7月の機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる「船舶・電力を除く民需」(季節調整済み)は前月比1.1%減の8449億円だった。マイナスは2カ月ぶりとなる。製造業からの発注が5.3%減って全体を押し下げた。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値の0.2%減を下回った。内閣府は全体の基調判断を9カ月連続で「足踏みがみられる」とした。

続いて、機械受注のグラフは下の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注で見て前月比▲0.6%減の予想でしたから、実績+2.7%増はやや下振れた印象です。引用した記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「足踏みがみられる」に据え置いています。9か月連続での基調判断の据え置きだそうです。上のグラフで見ても、トレンドとして下向きとなっている可能性が読み取れると思います。ただし、受注水準としてはまだ8,000億円をかなり上回っており決して低くはありません。「足踏み」という基調判断のひとつの根拠は、4~6月期の見通しでは、前期比+4.6%増の2兆7926億円と見込まれていたところ、実績では3.2%減の2兆5855億円にとどまりましたし、加えて、7~9月期の見通しは、製造業・非製造業ともに減少し、コア機械受注で見て▲2.6%減の2兆5,174億円と見込まれている点にあると私は考えています。特に、本日公表された7月統計では、船舶・電力を除く非製造業が季節調整済みの前月比で+1.3%増の4376億円であった一方で、製造業は▲5.3%減の4067億円と明暗が別れました。当然ながら、インフレが収束せずに金融引締めが継続されている欧米先進国への輸出への依存度が相対的に高い製造業では厳しい状況となっています。他方で、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染法上の分類変更から国民生活がパンデミック前に戻りつつあることから、インバウンドも含めて内需に依存する割合の高い非製造業は拡大の方向にあります。

9月11日に経団連が「令和6年度税制改正に関する提言」を明らかにした際に、「消費税については、(略)、社会保障財源としての重要性が高く、中長期的な視点からは、その引上げは有力な選択肢の1つである。」と指摘した点は、日経新聞朝日新聞などでも広く報じられました。非製造業よりも製造業の代表性の高い経団連は海外経済の減速の影響を大きく感じているのかもしれません。

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65歳の誕生日を迎える

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今日は私の65歳の誕生日です。
いよいよ高齢者の年齢に達しました。いつでも年金を申請できます。誕生月ですので「ねんきん定期便」が届いて、年金保険料の納付は40年を軽く超えているようです。ですので、そろそろお仕事をヤメにして隠居したいのですが、もう少し働き続けるような気もします。

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2023年9月13日 (水)

10連勝でマジック1となり明日はいよいよ優勝決めて胴上げか?

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読  売000000000 060
阪  神00400000x 480

9月に入って負けなしの10連勝で、マジック1です。
先発青柳投手は6回までゼロを並べ、今夜は佐藤輝選手のフランドスラムを7回からリリーフ陣がしっかり守って、ジャイアンツ打線を完封リレーでかわしました。いよいよ明日は自力でリーグ優勝を決めて、胴上げでしょうか?

明日は自力でも、
がんばれタイガース!

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高い上昇率続く8月の企業物価指数(PPI)をどう見るか?

本日、日銀から8月の企業物価 (PPI) が公表されています。PPIのヘッドラインとなる国内物価の前年同月比で+3.2%上昇したものの、上昇率は8か月連続で鈍化しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

8月の企業物価指数、3.2%上昇 伸びは8カ月連続鈍化
日銀が13日発表した8月の企業物価指数(速報値、2020年平均=100)は119.6と、前年同月比で3.2%上昇した。7月(3.4%)から0.2ポイント低下し、上昇率は8カ月連続で鈍化した。輸入物価の上昇を主因とする押し上げはピーク時より弱まってきたが、価格転嫁の進展や円安の影響で前年を上回る上昇が続いている。
企業物価指数は企業間で取引するモノの価格動向を示す。8月の上昇率は民間予測の中央値(3.2%)通りの結果となった。公表している515品目のうち431品目が値上がりした。
品目別にみると、石油・石炭製品が原油価格の上昇や政府のガソリン補助金の縮小を受けて上昇した。前年同月比7.5%上昇し、7月(1.8%)から大きく拡大した。飲食料品ではチョコレートや米菓などの品目で原材料コストの価格転嫁がみられ、8月は5.9%上昇した。
一方、電力・都市ガス・水道は燃料費調整単価の低下を反映して前年同月比10.9%の下落だった。日銀の試算によると、政府が2月から実施している電気・ガスの価格抑制策は企業物価指数の前年同月比を約0.6ポイント押し下げたという。
輸入物価は円ベースで前年同月比11.8%下落した。5カ月連続でマイナス圏となったが、7月(マイナス14.4%)より下落幅は縮まった。原油価格が上昇したことに加えて円安が進み、輸入物価の低下スピードが弱まっている。

注目の指標のひとつであり、やや長くなりましたが、包括的によく取りまとめられています。続いて、企業物価(PPI)上昇率のグラフは下の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率は+3.2%と見込まれていましたので、実績にジャストミートしました。引用した記事には、「伸び率は8カ月連続で鈍化」となっていますが、特に輸入物価は4月統計から前年同月比でマイナスに転じ、8月統計では輸入物価▲11.8%の下落となっています。私が調べた限りでも、輸入物価のうちの原油については、これも4月統計から前年同月比マイナスに転じており、8月統計でも▲21.1%の下落を記録しています。したがって、資源高などに起因する輸入物価の上昇から国内物価への波及がインフレの主役となる局面に入った、と私は考えています。消費者物価への反映も進んでいますし、企業間ではある意味で順調に価格転嫁が進んでいるという見方も成り立ちます。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価の前年同月比を少し詳しく見ると、ウッド・ショックとまでいわれた木材・木製品が反転して▲22.1%の大きな下落を記録しており、本日公表の8月統計から電力・都市ガス・水道も▲10.9%と下落幅を拡大しています。前年同月比で上昇している品目でも、農林水産物+8.3%、鉱産物が+2.7%の上昇のほか、窯業・土石製品+15.6%、パルプ・紙・同製品+14.2%、金属製品+8.0%、非鉄金属+6.7%、鉄鋼+2.2%となっていて、数か月前まで2ケタ上昇の品目がズラリと並んでいたころからは少し様相が違ってきています。もちろん、上昇率は鈍化しても、あるいは、マイナスに転じたとしても、価格水準としては高止まりしているわけですし、しばらくは国内での価格転嫁が進むでしょうから、決してインフレを軽視することはできません。特に、農林水産物はまだ2ケタ近い上昇率ですし、その影響から飲食料品についても+5.9%と高い上昇率を続けています。生活に不可欠な飲食料品ですので、政策的な対応は必要かと思いますが、エネルギーのように市場価格に直接的に介入するよりは、消費税率の引下げとか、所得の増加などで市場メカニズムを生かすのが望ましい、と私は考えています。

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続いて、本日、財務省から7~9月期の法人企業景気予測調査も公表されています。統計のヘッドラインとなる大企業全産業の景況感判断指数(BSI)は、足元の7~9月期には+5.8とプラスを記録した後、先行きの10~12月期にはさらに上昇して+7.3と予想されています。また、大企業や中小企業を含めた全産業の今年度2023年度の設備投資は前年度比+12.3%の増加が計画されています。法人企業景気予測調査のうち大企業の景況判断BSIのグラフは上の通りです。重なって少し見にくいかもしれませんが、赤と水色の折れ線の色分けは凡例の通り、濃い赤のラインが実績で、水色のラインが先行き予測です。影をつけた部分は、企業物価(PPI)と同じで、景気後退期を示しています。

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2023年9月12日 (火)

西勇輝投手が2安打完封でジャイアンツを下してマジック4

  RHE
読  売000000000 020
阪  神010000000 130

西勇輝投手のナイスピッチングでジャイアンツを下して、マジック4です。
先発西投手はほぼほぼ完璧なピッチングで、木浪選手の犠牲フライによる虎の子の1点を守って、ジャイアンツ打線をわずか2安打で完封しました。ただ、阪神打線もわずかに3安打に終わっています。わずかに2時間少々の息詰まる投手戦でした。

次のジャイアンツ戦も、
がんばれタイガース!

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テレワークと人工知能AIによる自動化が代替的か補完的か?

先月8月に公表されたNBERのワーキングペーパー "Are Software Automation and Teleworkers Substitutes? Preliminary Evidence from Japan" です。新型コロナウィルス(COVID-19)のパンデミック期におけるテレワークと人工知能AIによる自動化が代替的か、あるいは、補完的かを日本のデータに基づいて検証し、予備的な証拠 preliminary evidence としては補完的である、との結果を導いています。まず、サイテーションは以下の通りです。

次に、NBERのサイトからアブストラクトを引用すると以下の通りです。

ABSTRUCT
Digital technology is reshaping workplaces by enabling spatial separation of offices, known as telework, or remote intelligence (RI), and by facilitating automation of service sector tasks via artificial intelligence (AI). This paper is a first attempt to empirically investigate whether AI and RI are complements or substitutes in the service sector. It uses a worker-level panel of surveys collected from around 10,000 workers from pre-COVID-19 pandemic to late 2022, we find preliminary evidence that suggests that AI and RI are complements rather than substitutes. The evidence comes first from the positive correlation of investments in AI-promoting and RI-promoting software at the firm and worker level, and second from the positive correlation of workers' expectations regarding telework and software automation. The evidence is far from definitive but suggests that the complement-substitution question is a fruitful line for future research.

データは、COVID-19パンデミック前から2022年末までの労働者約1万人のパネルデータを使っています。pdfのペーパー本体からビジュアルなグラフを引用して簡単に見ておきたいと思います。

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まず、ワーキングペーパーから Figure 7: Usage in 2020 of software facilitating telework and task automation を引用すると上の通りです。横軸がテレワーク向けのソフトウェア、縦軸が自動化のソフトウェアの使用となっています。企業レベルでの投資額を取っています。労働者は職業別に分類されており、見ての通りで、ICTエンジニア、研究者、アドミ部門の労働者、などなどとなっていて、さらに大雑把に、オフィス労働者、現場労働者の3色に分けてプロットしてあります。見れば明らかなように、正の相関が観察されます。コーヒーとお砂糖のように、テレワークと自動化のうち片方が増えれば、もう一方も増えるということで、補完的な関係にある、と見なせます。これが、逆に、負の相関であれば、コーヒーが増えれば紅茶が減る、というように、代替的な関係となるのですが、リモートワーク向けのソフトと自動化用のソフトは正の相関があるわけです。

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続いて、ワーキングペーパーから Figure 9: Workers' expectations of telework and task automation in their jobs を引用すると上の通りです。こちらは、労働者レベルの期待のレベルで、これまた、横軸のテレワークと縦軸の自動化の間には正の相関があり、補完的である可能性が示唆されています。

繰り返しになりますが、まだ、予備的な証拠 preliminary evidence としては補完的である、というレベルですが、それはそれなりに興味深い結果が示されています。

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2023年9月11日 (月)

コペルニクス気候変動サービス(C3S)が今夏はもっとも暑かったと発表

やや旧聞に属するトピックですが、先週9月5日に、コペルニクス気候変動サービス(C3S)が今夏は記録的な暑さであった Summer 2023: the hottest on record と明らかにしています。まったくの専門外ですので、いくつかグラフだけ並べておきます。

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まず、コペルニクス気候変動サービス(C3S)のサイトから The 30 Waemest Boreal Summers (JJA) Globally を引用しています。夏季ということですので、夏と冬が逆の南半球を別にして、北方 boreal における JJA=June July August、すなわち、6~8月の過去30ケースの暑い夏を並べていますが、右端の今年2023年がかなり飛び抜けて暑かったことが見て取れると思います。

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次に、コペルニクス気候変動サービス(C3S)のサイトから Globa Surface Air Temperature Anomalies - August を引用しています。1940年から今年2023年まで80年あまりを時系列でプロットしています。6~8月から8月だけを取り出しても、徐々に気温が上がっているわけですが、中でも今年2023年の8月は+0.71℃と今までになく、これまた飛び抜けて高い気温を記録しています。

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最後に、同じ趣旨で、世界気象機関(WMO)のツイッタから Limiting warming to 1.5℃ and 2℃ involves rapid, deep and in most cases immediate Green House Gass emission reductions と題するグラフを引用しています。我が国は2050年のカーボンニュートラルを目標にしていますが、温暖化を 1.5℃ aと 2℃ にとどめる目標達成は2100年までかかっても決して容易ではないと考えさせられるグラフです。

まったくの専門外で、メディアの報道ではなく、1次資料を置いてあるサイトからグラフを引用しただけで失礼いたします。

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2023年9月10日 (日)

首位攻防戦で広島に3連勝してマジック5

  RHE
広  島000010000 143
阪  神00000104x 550

伊藤将司投手のナイスピッチングで首位攻防戦で広島を下して、マジック5です。
先発伊藤投手は8回をソロホームランの失点1に広島打線を抑え、一昨日の村上投手、昨日の大竹投手と合わせて10勝トリオが結成されました。最後は点差もあって岩貞投手が最終回を締めました。打つ方では、森下選手が6回に同点打を放ち、8回には代打の切り札糸原選手が決勝タイムリー、さらに満塁に強い木浪選手もタイムリーで、一気に4点差をつけました。この甲子園での直接対決3連戦を3連勝して、マジックは5まで減り、いよいよカウントダウンです。

次のジャイアンツ戦も、
がんばれタイガース!

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Osaka Jazz Channel による On Green Dolfin Street

お気に入りの Osaka Jazz Channel にアップされている On Green Dolfin Street です。1958年にコルトレーンやビル・エバンスを含むマイルス・デービスのコンボで録音されてからジャズのスタンダードとして多くのジャズメンにより演奏されるようになっています。この演奏のパーソネルは以下の通りです。

Piano
小林 沙桜里 Saori Kobayashi
Bass
宮野友巴 Yuu Miyano
Drums
久家貴志 Takashi Kuge

これも、ハッキリいって、真っ昼間に聞く曲ではないような気がします。ジャズの名曲は夜向きなのかもしれません。

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2023年9月 9日 (土)

今週の読書も経済書を2冊読んで計7冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、宇南山卓『現代日本の消費分析』(慶應義塾大学出版会)は、ライフサイクル仮説を中心に日本の消費を分析する学術書です。イングランド銀行『経済がよくわかる10章』(すばる舎)は、初学者にも読みやすい経済の解説書で、当然ながら、物価や金融について詳しいです。小川哲『地図と拳』(集英社)は、第168回直木賞を受賞した大作であり、20世紀前半の満州についての壮大な叙事詩を紡いでいます。山本博文『江戸の組織人』(朝日新書)は、現代の官庁や企業までつながる江戸期の幕府組織などを解説しています。染谷一『ギャンブル依存』(平凡社新書)では、読売新聞のジャーナリストがパチスロや競艇などのギャンブル依存に苦しむ人へ取材しています。波木銅『万事快調 オール・グリーンズ』(文春文庫)は、北関東の田舎の工業高校の女子高生を主人公にした痛快かつ疾走感のある青春物語です。坂上泉『へぼ侍』(文春文庫)では、明治維新で没落した武家の若い当主が志願して西南の役に出陣します。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊、6~7月に48冊、8月に27冊、そして、9月に入って先週7冊の後、今週ポストする7冊を合わせて133冊となります。年間150冊は軽く超えそうですが、交通事故による入院のために例年の200冊には届かないかもしれません。

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まず、宇南山卓『現代日本の消費分析』(慶應義塾大学出版会)です。著者は、京都大学の研究者であり、消費分析が専門です。私は総務省統計局で消費統計を担当していた経験がありますので、一応、それなりの面識があったりします。出版社からも容易に想像できるように、本書は完全な学術書であり、経済学部の上級生ないし大学院生、また、政策担当者やエコノミストを対象にしており、一般的なビジネスパーソンには少しハードルが高いかもしれません。副題が「ライフサイクル理論の現在地」となっているように、ライフサイクル仮説とその双子の兄弟のような恒常所得仮説について分析を加えつつ、それらに付随する消費のトピックも幅広く含んでいます。本書は5部構成であり、タイトルを羅列すると、第Ⅰ部 消費の決定理論、第Ⅱ部 ライフサイクル理論の検証と拡張、第Ⅲ部 現金給付の経済学、第Ⅳ部 家計収支の把握、第Ⅴ部 貯蓄の決定要因、となります。繰り返しになりますが、本書の中心を占めるのは消費の決定要因としてのライフサイクル仮説であり、これに強く関連する恒常所得仮説も取り上げられています。本書では、ケインズ的な限界消費性向と平均消費性向の異なる消費関数は、流動性制約下におけるライフサイクル仮説と変わるところないと結論していますが、Hall的なランダムウォーク仮説やFlavin的な過剰反応と行った実証研究からして、私はライフサイクル仮説がモデルとして適当かどうかはやや疑わしいと考えています。特に、Flavin的な過剰反応については、彼女の論文が出た際には私もほぼほぼ同時代人でしたので記憶にありますが、本書でも指摘しているように、ライフサイクル仮説が正しいという前提でFlavin教授の実証のアラ探しをしていたように思います。通常、理論モデルが現実にミートしなければ、理論モデルの方に現実に合わせて修正を加える、というのが科学的な学術議論なのですが、経済学が遅れた学問であるひとつの証拠として、理論モデルを擁護するあまり、理論モデルに合致しない実証結果を否定する、ないし、例えば、市場経済の効率性を実現するために実際の経済活動を理論モデルに近づける、といった本末転倒の学術活動が見られます。本書がそういった反科学的な方向に寄与しないことを私は願っています。ライフサイクル仮説のモデルを修正するとすれば、経済政策の変更に関するルーカス批判と同じで、消費と所得の一般均衡的なモデルが志向されるべきだと私は考えています。すなわち、消費と所得の相互作用、所得から消費への一方的なライフサイクル仮説ではなく、ケインズ的な所得が増加すれば消費が増加し、消費の増加に伴いさらに所得が増加するという乗数過程を的確に描写できるモデルが必要です。現時点で、ライフサイクル仮説がこういった消費と所得のリパーカッションを的確に表現するモデルであるとは、私は考えていません。最後に、本書はマクロ経済学的な消費を中心とする分析を展開しているわけですが、マイクロな消費についてももう少し分析が欲しかった気がします。マイクロな消費分析というと、少し用語が不適当かもしれませんが、支出対象別の消費に関する分析です。例えば、その昔は「エンゲル係数」なんて指標があって、食費への支出割合が低下するのが経済発展のひとつの指標、といった考えが経験的にありました。現在に当てはめると、教育費支出の多寡が生産性や賃金とどのような関係にあるのか、スマホなどの通信費への支出は幸福度と相関するのか、医療や衛生への支出と平均寿命・健康寿命との関係、などなどです。リアル・ビジネス・サイクル理論などにおけるマクロ経済学のミクロ経済学的な基礎については、私自身はまったく同意できませんが、消費のマイクロな支出先による国民生活や経済活動への影響については、今少し研究が進むことを願っています。

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次に、イングランド銀行『経済がよくわかる10章』(すばる舎)です。著者は、英国の中央銀行です。本書のクレジットでは「イングランド銀行」が著者となっているのですが、まさか全員で書いたわけもなく、ルパル・パテル & ジャック・ミーニングが著者として名前を上げられています。基礎的な経済学の入門書であり、第1章と第2章はマイクロな経済学、第3章で労働や賃金を取り上げてマクロ経済学への橋渡しとし、第4章からはマクロ経済学となります。イングランド銀行の出版物らしく、第6章からは物価や金融を詳しく取り上げています。ということで、本書からインスピレーションを得て、私の授業では、ミクロ経済学については制約条件の下での希少性ある財・サービスの選択の問題を対象とし、マクロ経済学では希少性ある資源の供給増加や分配の改善、あるいは、可能な範囲での制約条件の緩和を目指す、と教えています。まあ、経済学の定義なんて、教員が100人いれば100通りありそうな気はします。それはともかく、後半、というか、マクロ経済学の解説は秀逸です。第5章では経済成長を取り上げて、歴史的に経済、というか、国民生活は豊かになってきた姿を示し、第6章では貿易などの国際取引に焦点を当てています。そして、第6章からは中央銀行における経済学の中心的な役割の解説が始まります。すなわち、第6章では物価やインフレを考え、第7章ではお金、マネーとは何なのか、第8章では民間銀行や中央銀行の役割、そして、第9章ではリーマン・ショックから生じた金融危機の予測に失敗した際の女王からの質問やエコノミストの回答まで含めて、幅広く金融危機について言及し、最後の第10章ではマクロ経済政策、とくにサブプライム・バブル崩壊後の経済政策について解説を加えています。後半の各章では日本もしきりと取り上げられています。特に、第10章ではノッケのp.364から量的緩和などの非伝統的な金融政策の先頭を走った日本について詳しく言及されています。全体として、いかにも中央銀行らしく、検図理論を中心に据えたマクロ経済学の解説となっています。マネタリズムや古典派的な貨幣ヴェール論などについては貨幣の流通速度が変化することから否定的に言及されています。もちろん、金融政策が政府から独立した専門家によって中央銀行で運営され、財政政策は政府が管轄する、といった基礎的な事項についてもちゃんと把握できるように工夫されています。大学に入学したばかりの初学者はもちろん、高校生でも上級生で経済学や経営学の先行を視野に入れている生徒、さらに、就職して間もないビジネスパーソンなど、幅広い読者に有益な内容ではなかろうかと考えます。ただ、数式がほぼほぼ用いされていないのがいいのかどうか、私には不明です。

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次に、小川哲『地図と拳』(集英社)です。著者は、小説家であり、SFの作品も手がけています。というか、むしろ、SF作家とみなされているようです。広く報じられているように、この作品で第168回直木賞を受賞しています。この作品は、20世紀初頭から半ばまでのほぼ半世紀に渡り、中国東北部、当時「満州」と呼ばれた地域を舞台にした壮大な叙事詩といえます。私は、最近の直木賞受賞作では、あくまで私が読んだ中では、という意味ですが、北海道のアイヌを取り上げた川越宗一『熱源』が同様の壮大な叙事詩だと感じています。この作品も、ボリュームとしては『熱源』を上回っており、ただ、作品の出来としては私は『熱源』に軍配を上げますが、とても大きなスケールを感じます。どうでもいいことながら、『熱源』が直木賞に選出された第162回の選考会でもこの作者の『嘘と正典』がノミネートされています。ということで、とても長いストーリーなので、舞台は満州としても、主人公が誰なのか、というのは議論あるところかもしれません。朝日新聞のインタビューでは、作者自らが「あえていえば物語の主人公は李家鎮という都市ですね。」と回答していたりします。ただ、ストーリーの冒頭からほぼ最終盤まで、細川という男性がずっと出ずっぱりとなっています。細川は中国語の他にロシア語も堪能で、密偵の役目を帯びた陸軍士官の通訳として中国の満州に渡ります。そして、架空の満州の街である李家鎮を舞台にさまざまな人間模様が繰り広げられます。細川のほかに、ロシアの鉄道網拡大に伴って派遣された神父クラスニコフ、叔父にだまされて不毛の土地である李家鎮へと移住した孫悟空、地図に描かれた存在しない島を探して海を渡った須野、李家鎮の都市計画に携わった建築学科の学生である須野の倅、李家鎮の陸軍憲兵である安井、などなどです。そして、とっても詳細に書き込んでいます。歴史的な事実関係は私は詳しくありませんし、この作品でも歴史的な事実を下敷きにした小説ではないと理解していますが、SF作家の作品だけに、どこまでが歴史的事実で、どのあたりから架空のフィクションになるのか、を見極めるのも読書の楽しみのひとつかもしれません。なお、出版社の特設サイトに登場人物一覧や関連年表などがpdfファイルでアップされています。ボリュームある長編で視点の切り替りもいっぱいあるので、なかなか読み切るのは骨ですので、こういった関連資料は読書の助けになります。最後に、『熱源』に及ばないと私が判断した点は3点あり、第1に、満州の気象に関して、須野の倅が気温や湿度をピタリといい当てるにもかかわらず、『熱源』のようなリアリティを持って伝わってきませんでした。第2に、『熱源』における日本人とアイヌ人との関係が、この作品では日本人と現地の中国人、そして、満州人との関係が十分に捉えきれていない恨みがあります。また、第3に、ストーリーが最後に失速する感じがあります。したがって、ボリュームあるにもかかわらず、読後感が軽くてイマイチな読書だった雰囲気を持ってしまいます。その分、星1つ『熱源』の後塵を拝する気がします。

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次に、山本博文『江戸の組織人』(朝日新書)です。著者は、東京大学の史料編纂所などで歴史研究者をしていましたが、2020年に亡くなっています。副題が「現代企業も官僚機構も、すべて徳川幕府から始まった」となっているのですが、明治期以降の組織人についてはまったく言及がありません。ただ、この副題の通りなんだろうという気はします。ということで、基本的に、江戸幕府の組織とそこで働く主として高官について歴史的にひも解いています。現在にも通ずるような表現にて、キャリアの公務員とノンキャリアの公務員、といった具合です。おそらく、組織と組織人については、江戸期と現在で大きな変化はないものと思いますが、家柄と能力で比重の置き方が違っているのだろうと思います。江戸期には家柄と能力のうち、家柄の方に相対的に重きが置かれ、現在では本人の能力の方が重要、ということなのでしょう。もちろん、江戸期にも能力の要素が十分考慮されていた点は本書でも何度か強調しています。本書では言及ないのですが、現在でも家柄や出自がまったく無視されているわけではありません。それは公務員の勤務するお役所だけでなく、フツーの民間企業でも同じことだろうと思います。ただ、江戸期の方が現在よりも圧倒的に不平等の度合いが高く、したがって、出世した方が格段に収入などの面で有利になるので、出世競争は激しかったのだろうという気はします。ただ、本書では冒頭で士農工商を無視して、侍の士分と町民だけの二分法で始めていますが、現在でも江戸期のような士農工商は一部に残っている事実は忘れるべきではありません。すなわち、士農工商のうちの工商です。知っているビジネスマンは決して少ないとは思いませんが、工=製造業が上で、商=サービス業が下、という構図は残されています。典型的には、日本でトップの経営者団体である経団連ですが、会長は必ず製造業から出ます。銀行や商社から出ることは決してありません。これは基本的に江戸期の名残りといえます。というのは、工商だけで士農を別にすれば、お江戸は職人=製造業従事者の町であり、他方で、大坂は商人=サービス業の町です。ですので、江戸を大坂の上に位置させようとして、この序列が決められているのではないか、と私は訝っています。今でもものづくりや製造業を重視し、商業を卑しめる考えが広く残っているのは忘れるべきではありません。実は、経済学でもアミスやマルクスのころまでは製造業が圧倒的な中心を占めていて、サービス業が無視されていたのも事実です。組織人とは関係ありませんが、身分や序列に関しても江戸期の名残りが随所に見られるのは忘れない方がいいような気がします。

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次に、染谷一『ギャンブル依存』(平凡社新書)です。著者は、読売新聞のジャーナリストであり、医療・健康を中心に活動しているようです。本書では、タイトル通りにギャンブルに対する依存を取材により、その破滅的な典型例を紹介しています。6章構成となっており、5章まではパチスロ、競艇、宝くじ、パチンコ、闇カジノの実例を取材に基づいて明らかにしています。最後の第6章で本書を総括しています。ということで、平たくいえば、ギャンブルで身を持ち崩した実例、それもとびっきり悲惨な例を5人分取材しているわけです。依存症の対象はいっぱいあって、依存症というよりは「中毒」と呼ばれるものもあり、人口に膾炙しているのはアルコール依存症、あるいは、「アル中」と呼ばれるもので、タバコのニコチン中毒なども広く知られているのではないでしょうか。ただ、そういった物質への依存と違って、ギャンブルの場合はモロにお金の世界ですので、ギャンブルをする資金をショートすれば誰かから借りることになります。最後は、いわゆる消費者金融から借りて雪だるま式に借金が膨らむ、ということになります。本書では言及がありませんが、大王製紙の御曹司がラスベガスで散財したのは例外としても、サラリーマンが数百万円を超える借金をすれば返済はかなり困難となります。日本の消費者金融は独特のビジネスモデルで、厳しい取立てが、少なくとも以前はあったということは広く知られているのではないでしょうか。ある一定の限界を超えれば、仕事も家庭も破綻するわけです。しかも、ギャンブルについては、確率的に必ず胴元が儲かるシステムになっていることは、ほぼほぼ万人が認識していて、それでもギャンブルにのめり込むということは、なんらかのビョーキである可能性が示唆されています。経済学は合理的な経済人を前提にしていますので、基本的に、ギャンブルは排除されます。しかし、ギャンブルで金儲けをするのではなく、何らかの効用を見出す場合もあります。ストレス発散だったり、社交の一部として知り合いと親交を深める、とかの効用です。ただ、私を含めて、ギャンブル依存で人生が破綻するまでのめり込むというのは、なかなか理解できないことであり、203年秋には大阪に統合型リゾート(IR)という名のギャンブルをする場としてのカジノができるわけですし、こういった本で不足する情報を補っておくべきかもしれません。

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次に、波木銅『万事快調 オール・グリーンズ』(文春文庫)です。著者は、たぶん、小説家といっていいのだろうと思いますが、この作品は「弱冠21歳の現役大学生による松本清張賞受賞作」としてもてはやされました。今年になって文庫化されましたので、私もFacebookなどで話題になったこともあり読んでみました。主人公は北関東の「クソ田舎」にある工業高校に通う朴秀美というJK高校2年生です。朴はヒップホップとSF小説を心の逃げ場としています。というのも、工業高校のクラスは機械工業学科の生徒ばかりで、女子は3人しかいません。朴秀美のほかの女子は、朴と同じ陰キャの岩隈、そして、男子とフツーに接している陽キャの陸上部の矢口です。そして、何とこの3人がチームを結成して犯罪に手を染めます。すなわち、朴がひょんなことで入手した大麻の種子を栽培し、それを売りさばいて大金を手に入れるわけです。しかも、栽培するのは高校の屋上だったりします。このあたりまでは、普通に紹介されていますが、私が不思議だったのは高校生がどこまで大麻を楽しめる、というか、大麻を吸えるか、という点です。というのは、私や我が家の倅どもには大麻は無理な気がするからです。どうしてかといえば、大麻を吸うとすれば、少なくとも通常のやや重めのタバコは無理なく吸えなければ、とってもじゃないですが大麻なんて吸引できません。我が家では誰も喫煙しません。しかし、読み進んでみて、主人公の朴はヒップホップの仲間といっしょに缶チューハイは飲むし、タバコも吸うしで、大麻の栽培もそういった素地の上に構築されているんだと、作者の構成の鋭さに感心してしまいました。小説としては、Facebookなどで「痛快」という表現が使われていた気がするのですが、私はそれよりも若者らしい疾走感を感じました。何か、コトを成して痛快とか、爽快、というのではなく、やや方向はムチャだとしても精一杯突き進んでいる疾走感です。ただ、私も60代半ばですので、映画や音楽曲のタイトルがいっぱい出てくるのは閉口しました。半分も知りません。また、特に朴は読書家でかなり本を読みこなしています。おそらく、これは作者自身からくる人物造形だと思います。でも、現実の北関東の底辺高校生に当てはめてみると、むしろ、もっとゲームとアイドル/芸能人なんじゃないの、という気がします。もちろん、ゲームもある程度は登場しますが、やや違和感あるのは私だけでしょうか。あと、関西人の観点かもしれませんが、会話のテンポがよくない気がします。田舎の高校生だから仕方ないのかもしれませんが、会話がモッチャリしています。最後のオチもややビミョーです。ただ、今後の作品に期待したいと思います。大いに期待します。

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次に、坂上泉『へぼ侍』(文春文庫)です。著者は、小説家なんですが、2019年にこの作品で第26回松本清張賞を受賞してデビューしています。私は一昨年2021年に文庫化された作品を読んでいます。この作者の作品としては、ほかに、終戦直後の大阪を舞台にした『インビジブル』と返還直前の沖縄を舞台にした『渚の螢火』を私は読んでいますが、本作を含めてこの作者の長編小説はその3作品が出版されているだけだと思います。ということで、この作品も大阪を最初の舞台にしていますが、神戸から出向して西南の役の戦乱の舞台となった熊本なども主人公は出向いています。主人公は大坂詰めの武士の家のでなのですが、当然ながら明治維新で大きく没落し、大阪道修町の薬問屋で丁稚奉公を始め、17歳になった現在は手代になっています。そこの西南の役が起こり、武功を上げる最後のチャンスを逃すまいとして、政府軍の兵役に応募します。しかし、応募して主人公と同じ分隊に編成された兵は、一癖も二癖もある、というか、個性が強くて、そう大して兵隊として役立ちそうもない連中ばかりです。でも、分隊長に任命された主人公は仲間とともに神戸から出向し、熊本で戦い、まあ、歴史的事実ですから、政府軍の勝利に終わるわけです。この作者の作品のひとつの特徴で、本書には乃木希典、犬養毅、嘉納治五郎など同時代人が登場します。また、西郷札などの経済情勢をはじめ、軍事的な情報も含めて、西南の役当時の経済社会情勢がよく調べられており、大阪人の行動や意識などとともに楽しむことが出来ます。そういった細部の組立てとともに、ストーリーの大きな流れもキチンと筋立てられており、読んでいて強く引き込まれます。繰り返しになりますが、この作者が今までに出版した長編小説を、私は『渚の螢火』、『インビジブル』とこの『へぼ侍』と、出版とはまったく逆順に読んでしまいましたが、いずれも平均的な水準を十分にクリアしている立派な作品でした。これからもこの作者の作品に注目した位と思います。

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2023年9月 8日 (金)

首位攻防戦で広島を下してマジック10

  RHE
広  島000000010 160
阪  神11001001x 460

村上投手のナイスピッチングで首位攻防戦で広島を下して、マジック10です。
先発村上投手はさすがの防御率トップのピッチングで8回途中まで1失点を危なげなく広島打線を抑え、島本投手から最後は岩崎投手が締めました。打つ方では、初回に3番に戻った森下選手がいきなり先制ソロをレフトスタンドに叩き込み、2回にも佐藤輝選手がバックスクリーンに放り込みました。その後も着実に加点し、8回に村上投手が失点して降板した後には、不動の4番打者大山選手がタイムリーを放ちダメを押しました。マジック対象の広島との直接対決に勝ってマジックは10まで減り、いよいよカウントダウンが始まりそうです。

明日も、
がんばれタイガース!

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小幅に下方修正された4-6月期GDP統計速報2次QEをどう見るか?

本日、内閣府から7~9月期のGDP統計速報2次QEが公表されています。季節調整済みの前期比成長率は+1.2%、年率では+4.8%と、先月公表の1次QEの前期比+1.5%、前期比年率+6.0%から下方改定されています。なお、国内需要デフレータは季節調整していない原系列の前年同期比で+3.5%に達しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

GDP4.8%増に下方修正 4-6月改定値、設備投資下振れ
内閣府が8日発表した4~6月期の国内総生産(GDP)改定値は物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比1.2%増、年率換算で4.8%増だった。8月の速報値(前期比1.5%増、年率6.0%増)から下方修正となった。企業の設備投資が速報値から下振れし、前期比でマイナスに転じた。
3四半期連続のプラス成長は維持した。QUICKが事前にまとめた民間予測の中心値は、前期比1.3%増、年率5.5%増だった。
前期比年率の寄与度は内需がマイナス2.4ポイント、外需がプラス7.1ポイントだった。速報値では、それぞれマイナス1.2ポイント、プラス7.2ポイントだった。内需の寄与度が落ち込み、全体を押し下げた。
設備投資は速報値の前期比0.0%増から1.0%減に下方修正し、2四半期ぶりのマイナスになった。
1日に財務省が発表した4~6月期の法人企業統計などを反映した。全産業(金融・保険業を除く)の設備投資が、季節調整済みの前期比で1.2%減だった。製造業はプラスを維持したが、非製造業の投資がマイナスだった。
内需の柱である個人消費は速報値の前期比0.5%減から、改定値は0.6%減に下方修正となった。最新の消費関連統計を反映した結果、宿泊などのサービス消費が前期比0.3%増から0.1%増に縮んだ。食品などの非耐久財も前期比1.9%減から2.1%減となりマイナス幅を拡大した。
公共投資は速報値の前期比1.2%増から0.2%増に下方修正した。住宅投資は前期比1.9%増から2.0%増に上方修正した。
輸出は前期比3.2%増から3.1%増に下方修正した。輸入は前期比4.3%減から4.4%減となり、マイナス幅を広げた。輸入はGDPから控除する項目のため、マイナス幅が広がれば全体を押し上げる効果がある。
国内の総合的な物価動向を示すGDPデフレーターは前年同期比3.5%上昇した。速報値ではプラス3.4%だった。輸入物価の上昇が一服し、食品や生活用品など国内での価格転嫁が広がっている。
日本経済は一定の成長を維持しているものの、新型コロナウイルス禍から経済社会活動が正常化してきたことを考慮すると内需の勢いは弱い。資源価格の動向次第では世界経済にはインフレ再燃のリスクがくすぶる。世界経済が減速すれば、設備投資もさらに落ち込む恐れがある。

いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事となっています。次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で最初にお示しした内閣府のリンク先からお願いします。

需要項目2022/4-62022/7-92022/10-122023/1-32023/4-6
1次QE2次QE
国内総生産 (GDP)+1.3▲0.3+0.1+0.8+1.5+1.2
民間消費+1.8▲0.0+0.3+0.6▲0.5▲0.6
民間住宅▲1.8▲0.1+1.0+0.7+1.9+2.0
民間設備+2.0+1.5▲0.7+1.6+0.0▲1.0
民間在庫 *(▲0.2)(+0.1)(▲0.4)(+0.3)(▲0.2)(▲0.2)
公的需要+0.5▲0.0+0.3+0.3+0.3+0.1
内需寄与度 *(+1.2)(+0.3)(▲0.3)(+1.1)(▲0.3)(▲0.6)
外需寄与度 *(+0.1)(▲0.6)(+0.3)(▲0.3)(+1.8)(+1.8)
輸出+1.9+2.4+1.5▲3.8+3.2+3.1
輸入+1.1+5.5▲0.1▲2.3▲4.3▲4.4
国内総所得 (GDI)+0.5▲1.1+0.3+1.5+2.5+2.3
国民総所得 (GNI)+0.5▲0.6+1.0+0.3+2.6+2.3
名目GDP+1.1▲0.9+1.2+2.2+2.9+2.7
雇用者報酬▲0.5▲0.2▲0.5▲0.9+0.6+0.6
GDPデフレータ▲0.3▲0.4+1.2+2.0+3.4+3.5
内需デフレータ+2.7+3.2+3.4+2.8+2.3+2.4

上のテーブルに加えて、いつもの需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された4~6月期の最新データでは、前期比成長率がプラス成長を示し、GDPのコンポーネントのうち、黒の純輸出などがプラス寄与している一方で、赤色の民間消費や水色の設備投資などのマイナス寄与が目立っています。

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まず、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは前期比年率成長率が+5.5%でしたし、1次QEから下方修正されるのは幅広いコンセンサスがありましたので、実績の+4.8%はこんなもんと私は受け止めています。我が国でも他の先進国と同じようにインフレにより消費の伸びが大きく鈍化して、内需は前期比成長率+1.2%に対する寄与度で▲0.6%のマイナス寄与を示しています。内需寄与度▲0.6%のうち、実に▲0.4%が消費のマイナス寄与です。他方で、半導体などの供給制約が緩和され、生産が伸びた自動車などの輸出が増加した一方で、石油価格上昇などを受けて輸入が減少しており、外需寄与度が+1.8%と大きくなっています。内外需のバランスは決して好ましいとはいえないものの、結果的にプラス成長となり、しかも、昨年2022年10~12月期から3四半期連続のプラス成長ですので、基本的に、景気判断としては引き続き堅調と考えてよさそうです。しかも、引用した記事にもあるように、GDPの実額は実質年換算で558.6兆円と、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミック前のピークであった2019年7~9月期の557.4兆円を超えています。ただし、繰り返しになりますが、インフレなどによる内需の盛り上がりに欠ける内容であることは間違いありません。GDP成長率が1次QEから2次QEに向けて下振れした要因は内需、特に、消費と設備投資の下振れによるものです。季節調整済み系列の前期比で見て、消費は1次QEの▲0.5%減から2次QEでは▲0.6%減に、また、設備投資も+0.0%の横ばいから▲1.0%減へと、それぞれ下方修正されています。これは新しい統計を加えることにより下振れしたと解釈すべきであって、最新の指標になるほど悪化している可能性を汲み取るべきです。特に消費については、実質雇用者報酬の伸びが一昨年2021年10~12月期から今年2023年1~3月期まで6四半期連続で前期比マイナスを続けていたところ、ようやく4~6月期になって前期比で+0.6%増と、7四半期ぶりにプラスに転じたところです。賃上げによる雇用者報酬の増加が着実に進まないと、インフレによるダメージとともに消費への影響はさらに大きくなる可能性もあります。加えて、外需のプラス寄与の+1.8%についても、輸出増の寄与が+0.6%にとどまっている一方で、輸入減の寄与が+1.1%に上っており、これも好ましい経済の姿からは遠いといわざるを得ません。いずれにせよ、内需ではインフレとそれに追いつかない賃上げ、外需では輸出の増加による拡大方向ではなく輸入の減少による縮小方向での成長寄与など、今後の課題が明らかになったと私は受け止めています。

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最後に、本日、内閣府から8月の景気ウォッチャーが、また、財務省から7月の経常収支が、それぞれ公表されています。景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から▲0.8ポイント低下の53.6となった一方で、先行き判断DIも▲2.7ポイント低下の51.4を記録しています。また、経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+2兆7717億円の黒字を計上しています。

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2023年9月 7日 (木)

CI一致指数が6か月ぶりの下降を示した7月の景気動向指数をどう見るか?

本日、内閣府から7月の景気動向指数公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数が前月から▲1.2ポイント下降の107.6を示した一方で、CI一致指数は▲1.1ポイント下降の114.5を記録しています。CI一致指数の下降は6か月ぶりとなっています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから引用すると以下の通りです。

景気動向一致指数、7月は6カ月ぶりマイナス 生産悪化で
内閣府が7日公表した7月の景気動向指数(速報値、2020年=100)は、指標となる一致指数が前月から1.1ポイント低下の114.5と、6カ月ぶりのマイナスだった。
耐久消費財出荷指数や投資財出荷指数、鉱工業生産指数の悪化が響いた。自動車や半導体製造装置などの出荷、半導体製造装置や電子部品デバイスの生産が減少した。有効求人倍率の悪化も響いた。
先行指数は同1.2ポイント低下の107.6となり2カ月連続のマイナスだった。最終需要財在庫率指数の悪化や、新設住宅着工床面積の減少など主な要因。乗用車の出荷減や分譲住宅などの新設減少が影響した。
一致指数を踏まえた基調判断は「改善を示している」で据え置いた。3カ月移動平均が前月比でプラスを維持していることなどが理由。

とてもシンプルに取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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7月統計のCI一致指数については、6か月ぶりの下降となりましたが、3か月後方移動平均は6か月連続の上昇、7か月後方移動平均でも3か月連続の上昇ですので、統計作成官庁である内閣府が基調判断を「改善」で据え置いています。もっとも、CI先行指数を見る限り下降が続いている印象ですから、このブログで何度も繰り返しますが、我が国の景気回復・拡大は局面の後半に入っていると考えるべきです。ただし、明日公表予定の4~6月期GDP統計速報2次QEでは、外需により明らかにプラス成長を記録すると私は考えており、まだ足元から年末くらいの段階では景気後退には入らないのかもしれません。
ということで、CI一致指数を構成する系列を詳しく見ると、マイナスの寄与が大きい順に、耐久消費財出荷指数▲0.64ポイント、投資財出荷指数(除輸送機械)▲0.54ポイント、生産指数(鉱工業)▲0.35ポイント、などとなっており、逆に、プラス寄与が大きい系列は、輸出数量指数+0.45ポイント、商業販売額(小売業)(前年同月比)+0.16ポイントなどとなっています。引用した記事の通り、生産指数関係の指標がマイナスに寄与しています。景気の先行きについては、国内のインフレや円安の景気への影響などの国内要因はについては中立的、少なくとも、大きなマイナス要因とは考えていませんが、海外要因については、インバウンドを別にすれば、先進各国がインフレ対応のために金融政策が引締めを継続していてややマイナスかもしれない、と考えています。ただ、今年前半くらいまでは米国などは年内の景気後退局面入りがほぼほぼ確実と考えていましたが、ソフトランディングも十分可能、というふうに上方修正して考えていたりします。

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2023年9月 6日 (水)

才木投手が6回無失点7勝目でマジック13

  RHE
阪  神100000000 1111
中  日000000000 060

才木投手からの完封リレーで中日を下して、現時点でマジック14です。
初回のチャンスに3番に戻った森下選手がタイムリーを放ち、小野寺選手もよく走って先制点を上げます。でも、得点は両チームを通じてそれだけでした。サードコーチの藤本コーチの英断です。投げる方では、先発才木投手が6回無失点で7勝を上げ、石井投手、島本投手、桐敷投手、そして、最後は岩崎投手とつないで万全の完封リレーで5連勝でした。

甲子園に戻っての首位攻防の広島戦も、
がんばれタイガース!

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明後日公表の4-6月期GDP統計速報2次QEは外需依存の高成長ながら1次QEからわずかに下方修正か?

先週9月1日の法人企業統計をはじめとして、必要な統計がほぼ出そろって、明後日9月8日に4~6月期GDP統計速報2次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる2次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下の表の通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である4~6月期ではなく、足元の7~9月期から先行きの景気動向について重視して拾おうとしています。ただし、いつものように、2次QEですのでアッサリとした解説が多く、中には法人企業統計のオマケの扱いも少なくありません。例外はみずほリサーチ&テクノロジーズで、需要項目すべては取り上げきれませんので、消費だけにとどめてあります。いずれにせよ、詳細な情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
内閣府1次QE+1.5%
(+6.0%)
n.a.
日本総研+1.4%
(+5.6%)
4~6月期の実質GDP(2次QE)は、設備投資と公共投資が下方改定される見込み。その結果、成長率は前期比年率+5.6%(前期比+1.4%)と、1次QE(前期比年率+6.0%、前期比+1.5%)から下方改定されると予想。
大和総研+1.4%
(+5.6%)
4-6月期GDP2次速報(QE)(9月8日公表予定)では実質GDP成長率が前期比年率+5.6%と、1次速報(同+6.0%)から下方修正されると予想する。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+1.3%
(+5.3%)
7~9月期については、水力発電の反動減に伴い再び火力発電が増加するとみられ、4~6月期に大幅に減少したLNG・石油輸入も増加に転じる可能性が高い。外需が4~6月期の反動でマイナスに寄与して4四半期ぶりのマイナス成長になる公算が大きいが、経済活動全体としては回復基調が継続しているとの見方を変える必要はないだろう(輸入については、2024年にかけて原子力発電所の再稼働が進展し、電源構成に占める火力のシェアは徐々に低下する見込みであることから、10~12月期以降のLNG・石炭の輸入は増加しにくい状況が続くと予測している)。
内需については7~9月期以降は底堅い推移が見込まれる。個人消費については、実質賃金の前年比マイナス幅が縮小傾向で推移すると見込まれることが好材料だ。夏場にかけて中小企業を含めた賃上げの給与への反映が進展するほか、最低賃金の引上げや人事院勧告の公務員給与への反映が今年度後半にかけて押し上げ要因になることで、名目賃金は2%台半ば程度で推移するであろう。一方、輸入物価の低下を受けて食料品を中心に消費者物価の上昇率は年度後半にかけて鈍化する見通しだ(帝国データバンク「「食品主要195社」価格改定動向調査(2023年9月)」によれば、主要食品メーカーの値上げ品目数は2022年以降で初めて2カ月連続で前年同月から減少している)。
感染懸念の後退に加えて夏のボーナス増加が押し上げ要因となり、夏場のサービス消費は堅調に推移している模様である。JCB/ナウキャスト「JCB 消費 NOW」で対人サービス消費(新系列基準、みずほリサーチ&テクノロジーズによる季節調整値)の推移をみると、7月は外食・娯楽が牽引して2019年平均対比101.2%(6月対比+3.5%)とコロナ前を上回る水準まで回復している。お盆期間の主要交通機関の予約状況が順調であったことを踏まえれば、これまで回復が遅れ気味だった旅行・交通や宿泊についても、増加が期待できる。JTBの「2023年夏休み(7月15日~8月31日)の旅行動向」によれば、国内旅行者数はコロナ禍前と同水準まで回復するほか、国内旅行平均費用もコロナ禍前対比で1割弱の増加が見込まれている。前年に引き続き国内旅行は長期化・遠距離化が加速しているほか、同行者も近しい家族から友人・知人に拡大する傾向が続いており、コロナ禍前の観光風景に戻りつつある。主要企業の7月売上高(月次IRベース)も家電やドラッグストア、スーパー5 を中心に堅調に推移しており、猛暑による夏物消費も押し上げに寄与したとみられる。
ニッセイ基礎研+1.3%
(+5.1%)
9/8公表予定の23年4-6月期GDP2次速報では、実質GDPが前期比1.3%(前期比年率5.1%)となり、1次速報の前期比1.5%(前期比年率6.0%)から下方修正されるだろう。
第一生命経済研+1.4%
(+5.6%)
9月8日に内閣府から公表される2023年4-6期実質GDP(2次速報)は前期比年率+5.6%(前期比+1.4%)と、1次速報の前期比年率+6.0%(前期比+1.5%)から下方修正されると予想する。
伊藤忠総研+1.3%
(+5.1%)
4~6月期の実質GDP成長率(2次速報)は前期比+1.3%(年率+5.1%)と1次速報から下方修正される見通し。それでも高成長であり、内需拡大の一服を外需が補い景気回復が続く姿は不変。企業業績は順調に回復するも人件費の増加は控えめで賃上げ余地は大。賃金上昇が内需主導の景気回復を支える見込み。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+1.3%
(+5.4%)
2023年4~6月期の実質GDP成長率(2次速報値)は、前期比+1.3%(前期比年率換算+5.4%)と1次速報値の前期比+1.5%(年率換算+6.0%)から下方修正される見込みである。ただし、修正後もプラス幅は大きく、景気は緩やかに持ち直しているとの評価が維持されることになろう。
三菱総研+1.2%
(+4.7%)
2023年4-6月期の実質GDP成長率は、季調済前期比+1.2%(年率+4.7%)と、1次速報値(同+1.5%(年率+6.0%))から下方修正を予測する。
明治安田総研+1.3%
(+5.5%)
2023年4-6月期実質GDP成長率(2次速報)は前期比+1.3%(年率換算:+5.5%)と、1次速報の同+1.5%(同+6.0%)から下方修正を予想する。

見れば明らかな通り、4~6月期のGDP統計速報2次QEは、1次QEと大きな変更なく、外需に依存したプラス成長であり、1次QEからやや下方修正される、とのゆるやかなコンセンサスがあるようです。そして、足元の10~12月期は、おそらく、プラス成長を続けるものと見込まれています。みずほリサーチ&テクノロジーズのリポートではJCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」に言及されていますが、私の方でも東京財団政策研の9月1日付けの「GDPナウキャスティング」を確認すると、7~9月期の成長率は前期比で0.49%、年率1.98%との結果が示されています。しかし、その先、さらに、来年以降ということになると、決して楽観はできないと私は受け止めています。おそらく、米国をはじめとする欧米先進国はインフレ抑制のために金融引締を継続していて、米国などでは景気後退に入ることなくソフトランディングが期待されていますが、いずれにせよ、先進国だけでなく中国も含めて、先行き世界経済が減速することは明らかです。ある程度は内需が盛り返すことを期待できるものの、しかも、政府はたいして景気に寄与しない軍事費/防衛費の増加のために増税を実施して国民負担増を求める、ということになれば、先行き日本経済の見通しは決して明るくない、と考えざるを得ません。
最後に、下のグラフはみずほリサーチ&テクノロジーズのリポートから引用しています。

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2023年9月 5日 (火)

所得はスキルと働く場所のどちらに依存するのか?

昨日に続いての同じソースで、全米経済協会(NBER)から "Location, Location, Location" と題するワーキングペーパーが明らかにされています。まず、サイテーションは以下の通りです。

次に、NBERのサイトからアブストラクトを引用すると以下の通りです。なお、下線は引用者の私がつけています。

ABSTRACT
We use data from the Longitudinal Employer-Household Dynamics program to study the causal effects of location on earnings. Starting from a model with employer and employee fixed effects, we estimate the average earnings premiums associated with jobs in different commuting zones (CZs) and different CZ-industry pairs. About half of the variation in mean wages across CZs is attributable to differences in worker ability (as measured by their fixed effects); the other half is attributable to place effects. We show that the place effects from a richly specified cross sectional wage model overstate the causal effects of place (due to unobserved worker ability), while those from a model that simply adds person fixed effects understate the causal effects (due to unobserved heterogeneity in the premiums paid by different firms in the same CZ). Local industry agglomerations are associated with higher wages, but overall differences in industry composition and in CZ-specific returns to industries explain only a small fraction of average place effects. Estimating separate place effects for college and non-college workers, we find that the college wage gap is bigger in larger and higher-wage places, but that two-thirds of this variation is attributable to differences in the relative skills of the two groups in different places. Most of the remaining variation reflects the enhanced sorting of more educated workers to higher-paying industries in larger and higher-wage CZs. Finally, we find that local housing costs at least fully offset local pay premiums, implying that workers who move to larger CZs have no higher net-of-housing consumption.

要するに下線部の通りなのですが、"About half of the variation in mean wages across CZs is attributable to differences in worker ability (as measured by their fixed effects); the other half is attributable to place effects" CZ(Comuting Zone=通勤圏)間の平均賃金の変動の約半分は、労働者の能力の違い(固定効果で測定)に起因しています。 残りの半分は配置効果によるもの、ということです。平たくいえば、賃金の地域間格差の半分は労働者のスキルの差から発生し、残り半分は地域そのものから生じている。もちろん、米国のデータによる実証ですが、同じ結論が日本でも当てはまるとすれば、高賃金地域における労働者の高賃金はその地域、たぶん、東京あるいは首都圏、という高賃金通勤圏にいれば自動的にその労働者の賃金が高くなる、という結論を実証しています。小難しい計量経済学的な実証についてはスルーしますが、ビジュアルにワーキングペーパーの p.47 から Figure 1. Mean earnings before and after a change of CZs, by change in CZ mean earnings を引用すると以下の通りです。

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通勤圏(CZ)は4分位になっており、No.4がもっとも高賃金です。ですから、少し極端なケースを見れば、黒線で■のマーカーで示された 4 to 1 はもっとも高賃金の通勤圏からもっとも低賃金の通勤圏に引越して転職したケース、水色で+のマーカーで示された 1 to 4 はもっとも低賃金の通勤圏からもっとも高賃金の通勤圏への移動、の2ケースを見ます。労働者が転職で引越しただけですので、その引越した労働者の持つスキルは変化ないと考えてよさそうなのですが、高賃金通勤圏から低賃金通勤圏に移動した労働者の賃金は低下し、逆に、低賃金通勤圏から高賃金通勤圏に移動した労働者の賃金は上昇し、両者はクロスして逆転してしまっています。おそらく、同じ労働者ですからスキルに変化ないので地域特性により賃金が低下したり、上昇したりするわけです。これが、もしも、あくまでもしもですが、日本でも当てはまるのであれば、東京や首都圏に移動するだけで賃金が上昇する可能性があるわけです。それが次のグラフです。

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このワーキングペーパーによる推計結果ではないのですが、引用している論文のグラフが上の通りで、p.xiii の Appendix Figure 1. Wage changes for movers in and out of metropolitan areas (Glaeser and Mare, 2000) となります。もっとロコツに、metropolitan areas=首都圏へ入る移動と、逆に、首都圏から出る移動の2ケースをプロットしています。2種類のデータで実証されていて、首都圏に入る移動により賃金が上昇し、逆に、首都圏から出る移動により賃金が低下しています。

最後に、グラフなどは引用しませんが、このワーキングペーパーでは、アブストの2番めの下線部のように、"local housing costs at least fully offset local pay premiums" 各地域の住宅コストが地元の賃金プレミアムを完全に相殺している、と結論していて、高賃金地域に移動して高賃金を享受するとしても住宅コストは賃金プレミアムを相殺する水準、すなわち、ある意味では合理的に、設定されている、ということで、労働者が高賃金をすべて享受できるわけではない、ことを示しています。

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2023年9月 4日 (月)

やっぱり花粉症の影響は負の外部経済をもって広範に及ぶ

全米経済協会(NBER)から "Invisible Killer: Seasonal Allergies and Accidents" と題するワーキングペーパーが明らかにされています。まず、サイテーションは以下の通りです。

次に、NBERのサイトからアブストラクトを引用すると以下の通りです。なお、下線は引用者の私がつけています。

ABSTRACT
Although at least 400 million people suffer from seasonal allergies worldwide, the adverse effects of pollen on "non-health" outcomes, such as cognition and productivity, are relatively understudied. Using ambulance archives from Japan, we demonstrate that high pollen days are associated with increased accidents and injuries-one of the most extreme consequences of cognitive impairment. We find some evidence of avoidance behavior in buying allergy products but limited evidence in curtailing outdoor activity, implying that the cognitive risk of pollen exposure is discounted. Our results suggest that policymakers may wish to consider programs to raise public awareness of the risk and promote behavioral change.

要するに下線部の通りなのですが、"high pollen days are associated with increased accidents and injuries-one of the most extreme consequences of cognitive impairment" 花粉の多い日は認知障害の最も極端な結果のひとつである事故や怪我の増加が発生している、ということです。平たくいえば、花粉症の季節には交通事故なども増加する、という結論であり、花粉症は患者本人が苦しむだけではなく、外部経済効果をもって、広く経済社会にネガな効果をもたらす、ということを実証しています。小難しい計量経済学的な実証についてはスルーしますが、ビジュアルにワーキングペーパーの p.34 から Figure 6 - Pollen and the number of accidents を引用すると以下の通りです。

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パネルは見ての通り、A. All accidents、B. Traffic accidents、C. Work-related injuries、D. Sports injuries の4枚あります。実は、次の p.36 にも続きがあって、E. Fire accidents と F. Other accidents なのですが、都合により省略しました。いずれも横軸の花粉飛散量と交通事故などの事故発生件数とが正の相関を示しているのが見て取れると思います。というか、おそらくは相関関係ではなく、花粉飛散から事故件数への因果関係と理解すべきです。すなわち、交通事故でいえば、花粉が外生的に原因となり、交通事故が内生的に結果となっている因果関係が明らかです。交通事故が多発すれば、それが原因となって花粉の飛散を増加させる、という逆の因果は成り立たないことは、容易に理解できると思います。

ですから、繰り返しになりますが、花粉飛散は花粉症の患者が苦しむだけではなく、負の外部性があって広く経済社会や国民生活にネガな影響を及ぼしています。ワーキングペーパーの結論は "to consider programs to raise public awareness of the risk and promote behavioral change" ということなのですが、決して、リスク認識や行動変容の促進だけでなく、より強力な政府の介入が必要と考えるのは、私のようなヘビーな花粉症患者だけなのでしょうか?

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2023年9月 3日 (日)

伊藤投手が完投勝利でマジック15

  RHE
阪  神420001000 790
ヤクルト000000001 151

猛虎打線が初回から爆発し、先発伊藤投手がヤクルト打線を手玉に取って、マジック15でした。
初回のチャンスに5番佐藤輝選手が文句なしのスリーランを昨夜に続いてかっ飛ばし、2回にも着実に加点して、猛虎打線が2回までに6得点を上げます。大量リードをバックに先発伊藤投手はスイスイとゼロを並べ、最終回こそ失点しましたが、悠々と完投勝利でヤクルトを3タテしました。今夜は龍虎同盟により広島が破れ、マジックは一気に▲2減りました。

バンテリンドームでの中日戦も、
がんばれタイガース!

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Thomas Enhco Trio による You and the Night and the Music

先ほど言及したトマ・エンコのトリオによる You and the Night and the Music です。ライブではなく静止画で、Someday My Prince Will Come のアルバムジャケットです。そうです、このアルバムに収録されています。2009年のアルバムで、クレジットは以下の通りです。

Piano:
Thomas Enhco
Bass:
Joachim Govin
Drums:
Nicolas Charlier

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Keith Jarrett Trio による You and the Night and the Music

キース・ジャレットのトリオによる You and the Night and the Music です。1986年東京におけるライブです。パーソネルは以下の通りです。

Piano
Keith Jarrett
Bass
Gary Peacock
Drums
Jack DeJohnette

おそらく、ジャズ界のピアノ・トリオとしては歴史上でもっとも有名かつ高レベルであったろうと私は考えています。キース・ジャレット自身が "the trio" と自分で称しているのを聞いたことがあります。この曲をこのスピードで演奏できるのも素晴らしいと思います。この曲の同等の演奏はトマ・エンコのトリオくらいしか私は不勉強にして知りません。それにしても、ゲイリー・ピーコックはもう亡くなっていますし、キース・ジャレットももう演奏はできないといわれています。ラクに35年以上前の演奏で、3人とも若々しい限りですが、まだまだトップクラスの演奏と言えます。今聞いても何ら色あせるところはありません。

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2023年9月 2日 (土)

3回のビッグイニングを活かしてヤクルトを振り切りマジック17

  RHE
阪  神006000000 660
ヤクルト200100020 591

3回のビッグイニング一挙6点を活かして、終盤粘るヤクルトを振り切って連勝し、マジック17でした。
先発青柳投手は初回いきなり村上選手に先制ツーランを喫しますが、阪神は3回ビッグイニングを活かします。3番に入った小野寺選手のスリーベース、4番大山選手のフォアボールをはさんで、5番佐藤輝選手がスリーランをかっ飛ばし、一挙6点を挙げます。終盤追い上げられましたが、最後は岩崎投手がなんとか逃げ切りました。昨夜は龍虎同盟によりマジックが復活しましたが、今夜はさすがに最下位中日に頼るだけではなく、タイガースが自力でマジックを減らしています。

明日は3タテ目指して、
がんばれタイガース!

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今週の読書は米国を分析した経済書をはじめ計7冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、大橋陽・中本悟『現代アメリカ経済論』(日本評論社)は、現在の米国バイデン政権で進められている反トラスト政策の背景にある米国経済における独占の進行について分析しています。奥村皓一『転換するアメリカ新自由主義』(新日本出版)は、これも米国バイデン政権下で進められている新自由主義的な経済政策からの脱却について分析を加えています。島田荘司『ローズマリーのあまき香り』(講談社)は、1997年時点のストックホルム在住の御手洗潔が1977年に起こったニューヨークでの世界的バレリーナ殺害事件の謎を解き明かす本格派のミステリです。奥田祥子『シン・男がつらいよ』(朝日新書)は、右肩下がりの日本経済において「男らしさ」のジェンダー規範を具現化できず苦しむ男性について取りまとめています。泡坂妻夫『ダイヤル7をまわす時』(創元推理文庫)は、作者の生誕90周年を記念して再出版されたミステリ短編集です。最後に、泡坂妻夫『折鶴』(創元推理文庫)も同じで、それほどミステリ色の強くない短編を収録しています。
ということで、今年の新刊書読書は交通事故前の1~3月に44冊でしたが、先週8冊の後、今週ポストする冊を合わせて冊となります。

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まず、大橋陽・中本悟『現代アメリカ経済論』(日本評論社)です。編者は、いずれも私の勤務する大学の研究者であり、まあ、平たくいえば同僚です。本書の副題は「新しい独占のひろがり」となっています。広く報じられている通り、本書のいくつかの章で強調されていたように、2021年からの米国バイデン政権下で連邦取引委員会(Federal Trade Commission=FTC)の委員長にリナ・カーン女史が委員長に就任し、昨年2022年11月には Federal Trade Commission Act の Section 5 に関する Policy Statement として "Rigorous Enforcement" 「厳格な執行」を軸にした "Policy Statement Regarding the Scope of Unfair Methods of Competition Under Section 5 of the Federal Trade Commission Act Commission File No. P221202 " を公表しているだけに、極めてタイムリーな分析が提供されています。なお、本書は、3部構成であり、第Ⅰ部 現代アメリカ経済における新たな独占、第Ⅱ部 独占のグローバル・リーチの新展開、第Ⅲ部 独占と経済・規制政策論、となっています。私も米国の反トラスト政策は気になっていて、2年ほど前の2021年6月の読書感想文でティム・ウー『巨大企業の呪い』を取り上げましたので、その観点から読んでみました。ただ、やや未成熟な議論を展開している部分もあり、やや物足りない仕上がりとなっています。例えば、第2章の金融に関する分析において、プライベート・エクイティ(PE)によるメイン・ストリートの収奪に関しては、単に、党派や立場によって見解が様々、というだけでなく、何らかのPEの投資行動の評価基準を提起できるだけの分析が欲しかったと思います。厳密にはプライベート・エクイティとは異なりますが、いわゆる機関投資家におけるGFANZ (Glasgow Financial Alliance for Net Zero)のような動きもありますし、SDGsの観点も含めて金融の分析が欲しかった気がします。また、ITのビッグテック、GAFAなどの巨大な企業体によるデータの独占的な収集については、一定の分析がなされていますが、なぜか、エネルギー企業についてはスルーされています。その昔のAT&Tとともにスタンダード石油の分割でもってエネルギー企業の独占は終了したとは考えられません。シカゴ学派的な、というか、スティグラー教授の「規制の虜」は、私の直感ではエネルギー企業にもっともよく当てはまると思うのですが、本書のスコープに入っていない点は私には理解がはかどりませんでした。最後に、これも本書のスコープ外なのでしょうが、独占企業体での雇用について、第9章で高度人材について、また、第10章でインフレとの関係で取り上げられていますが、生産段階における独占企業による競争企業の収奪という企業間の関係だけではなく、企業と労働者の関係についても、何らかの特徴があるのかどうか、もう少し突っ込んだ分析が欲しかった気がします。でも、繰り返しになりますが、米国での競争促進政策は今後注目されるところであり、私も本書をはじめとして勉強しておきたいと思います。

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次に、奥村皓一『転換するアメリカ新自由主義』(新日本出版)です。著者は、東洋経済でジャーナリストであった後、大東文化大学や関東学院大学で研究者をしていました。本書は、2021年1月から始まった米国バイデン政権下でシカゴ学派の主導する新自由主義的な経済運営への反省から、1930年代の民主党ルーズベルト大統領の下でのニューディール政策のような資本主義の枠内での経済政策について分析しています。当然ながら、古典派経済学のような自由放任を排し、政府と経営者と労働者の共同による経済再生、大不況からの脱出ということになります。ただし、本書ではケインズ政策という表現はほとんど出てきません。やや不思議な気がしました。本書は3章構成であり、第1章のバイデン生還における脱新自由主義的経済政策を中心都市、第2章のIT巨人・GAFAMの解体的規制をめぐる攻防、に加え、第3章では金融危機における米国銀行システム崩壊とメガバンク再構築による金融寡頭制、となっています。私は読んでいて、第3章の位置づけや内容が本書のスコープと当関係するのか、理解がはかどりませんでした。申し訳ないながら、第3章をほぼほぼ無視して、第1章を中心に見ていくこととします。まず、米国経済の脱新自由主義については、私の理解では労働サイドのテコ入れが主たる制作集団であろうと考えています。広く知られた通り、1940年代後半の米軍を中心とする占領軍による日本経済の三大改革は、農地開放、財閥解体、労働民主化です。労使のバランスが1981年からの当時のレーガン政権により決定的に労働者に不利になるような政策が取られてきています。典型的には航空管制官1万人余りの解雇と代替者の雇用です。我が国では、1987年の三公社の民営化に伴う国労解体かもしれません。本書では、1935年ワグナー法の基本に立ち返るべくタスクフォースからの報告を求めた旨の分析が目を引きます。2009年からのオバマ大統領はウォール・ストリートの利益代表に近い経済政策により、その次のトランプ大統領への道を開いてしまいましたが、バイデン大統領は労働組合の復権に力を注いでいる印象です。ただ、これは政策的にどうこうというよりも、むしろ、人口動態的な人手不足、特に、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)後の労働市場への戻りの遅さも含めた人手不足が大きな要因となって、労使間の力関係のバランスを労働サイドに有利に作用した、と私は考えています。おそらく、その方向性を政策的にバックアップした、ということなのだろうと思います。長期的には日本や米国に限らず、労働組合の組織率が低下の方向にあることは事実ですが、日本でも西武百貨店池袋店の労働組合が米国ファンドへの売却を巡ってスト権を確立していることは広く報じられていますし、日本でも現在のような反動的な内閣のもとでも、何らの政策的支援を受けずに、少子高齢化や人口減少の流れの中で人手不足が進み、労使間のバランスが労働サイドに有利な方向に動いているのが実感できます。いずれにせよ、米国では脱新自由主義が意図して政策的に進み始めています。日本でも早くに脱新自由主義が進むことを私は願っています。

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次に、ジェイソン・ヒッケル『資本主義の次に来る世界』(東洋経済)です。著者は、エスワティニ(旧スワジランド)のご出身で英国王立芸術家協会のフェローであり、専門は経済人類学だそうです。英語の原題は Less Is More であり、2020年の出版です。本書では、人新世=anthropoceneないし資本新世=capitaloceneにおける生態系の破壊を防止するために、脱成長の必要性を分析しています。特に、資本主義の下で企業の行動原理は利潤の最大化ということですので、計画的陳腐化や不必要な買換を促進させようとする広告戦略などに基づく過剰な生産を減速させ、不要な労働から労働者を開放しすることを目的とした方向性が示されています。もちろん、完全雇用を維持するために労働時間を短縮し、また、フローの所得とストックの富=資産を公平に分配し、医療や教育や住宅などの公共サービスへのアクセスを拡充することも重視しています。ただ、過去の歴史を振り返り、植民地化による桎梏、あるいは、自然と人間という啓蒙主義における二元論などから説き起こし、マテリアル・フットプリントの考えの導入なども、とっても有益な方向性なのですが、具体的な方策への言及がほとんどありません。プラネタリ・バウンダリの考えはいいのですが、消費を地球が供給できる範囲に抑えるために、まず、計測の問題があり、次に、その実現のための方策が必要です。さらに、本書ではグリーン成長論を否定しています。成長と環境負荷のデカップリングが出来ないという前提なのですが、これについても計測が不十分ではないか、と私は考えています。おそらく、本書の主張はほぼほぼすべてが正しく、啓蒙主義的な二元論を脱するなら、自然からの収奪ができなくなれば労働からの収奪になる、というのもその通りなのだと思うのですが、もう少し具体的な計測と方向性が示されれば、さらに充実した主張になる気がします。私が常に主張しているのは、環境保護や生態系破壊の防止などは心がけとか気持ちの問題では解決しません。実際に実行力ある何らかの制度的な枠組みや規制がなければ、どうにもなりません。計測の問題にしても、GDPは一定の目的に即した指標であって、環境保護や生態系破壊防止のためには、GDPに代替する別の指標を考えねばなりません。それは、幸福指標ではないと私は考えています。気候変動防止や生態系保護の必要性を主張するのは簡単です。その実現のための計測と具体的な方策の提示が重要です。

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次に、島田荘司『ローズマリーのあまき香り』(講談社)です。著者は、私なんぞがいうまでもない本格ミステリの大御所です。本書は、その大御所の御手洗シリーズ最新刊であり、1997年の時点でスウェーデン在住の御手洗潔がその20年前1977年のニューヨークで起こった不可解な殺人事件の謎を解きます。その殺人事件とは、当時の世界トップであり、ナチスの絶滅収容所からの生き残ったという意味でも生きた伝説といえるバレリーナ、35歳と最盛期を迎えたフランチェスカ・クレスパンがニューヨークの劇場で上演された4幕もののバレエの主役を務めた際に、いわゆる楽屋の休憩室の密室で撲殺されます。死亡時刻から考えて、2幕と3幕の間の休憩時間に殺害されているのですが、彼女は最後まで、すなわち、3幕と4幕も踊っていることが多くの聴衆に目撃されています。この密室殺人と死亡時刻の謎が、実際に起ってから20年を経て、御手洗潔によって解明されるわけです。殺害場所は、ニューヨークのロックフェラー・センターを思わせる、というか、モデルにしたであろうウォールフェラー・センターです。そして、ユダヤ人とユダヤ教、もちろん、繰り返しになりますが、ナチスによる絶滅収容所、さらに、ナチスから逃れた後の旧ソ連における芸術家の待遇、また、ユダヤを代表するウォールフェラー一族の時刻までも十進法で表現する家法、などなど、島田荘司らしい数多くの奇想が盛り込まれています。最後には、もちろん、御手洗潔によってローズマリーの香りが現場に残されていたのかも明らかにされます。トリックについては疑問なくすべてが明らかにされるのですが、難点としては、「ノックスの10戒」や「ヴァン・ダインの20則」に、おそらく、抵触している可能性が高い点です。しかも、謎解きというよりは、私の感想としては力技です。ですので、騙された読者が、「なるほど」と感心するのか、それとも、「これは反則である」と感じるのかはビミョーなところかという気がします。ちなみに、私はフィフティ・フィフティで謎解きの鮮やかさに感激しつつも、どうも反則っぽいところが気がかりになった読後感でした。まあ、殺されたクレスパンのファーストネームのフランチェスカはイタリア人じゃないの、というのは別にします。

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次に、奥田祥子『シン・男がつらいよ』(朝日新書)です。著者は、読売新聞のジャーナリストを経て、現在は近畿大学の研究者を務めています。本書では何の言及もありませんでしたが、私は「プレジデント・オンライン」で同じ連載を一部見た記憶があります。5章構成となっており、4章までが取材の結果を取りまとめたルポ編で、最終5章が分析と解決のための考察編となっています。最初の4章では、女性に虐げられる男たち、男性に蔑まれる男たち、母親に操られる男たち、「親」の代償を払わされる男たち、とタイトルされていて、出世しなかったり、定年で権力を失ったり、マザコンで配偶者よりも母親を忖度したり、といった男性を取材し、それぞれをケーススタディしています。実際の取材例は本書を読むしかないのですが、私自身の経験に引き付けると、やや極端という気もします。私自身はキャリアの公務員として定年まで東京の本省で働いていましたから、平均的な民間企業よりも男女の性差はあまりなくて平等で、体育会的な要素はほぼほぼなく、営業のノルマやリストラなどはまったくない、という意味で、働きやすい良好な職場でした。私自身は上昇志向がほとんどないこともあって、平均以下の出世しかしませんでしたが、それほど不満はありませんでした。キャリアの場合は課長の上の局次長とか審議官まで出世する人が少なくない中で、課長止まりでしたので、繰り返しになりますが、キャリア公務員としては出世したのは平均以下でした。でも、キャリアですので、ノンキャリアも含めたすべての公務員の平均は軽く超えていたことも事実です。ですから、それなりに居心地がよかったのかもしれません。また、本書では何らかのハラスメントを受けたり、逆に、ハラスメントの加害者として告発されたり、といった例が散見されますが、そういった競争の激しさもそれほどなかった気がします。ですから、私のように出世は諦めてエコノミストとして経済学の勉強に励むべしという人事のはからいもあったのか、なかったのか、研究や調査の仕事をすることが多かった気もします。ただ、第5章で分析されているように、日本人男性の幸福度が国際的に低い水準にあることも確かで、中高年男性の生き難さが現れている可能性もあります。また、母親や父親からの影響という点に関しては、大学まで親元にいながら働き始めるに当たって東京に出る、という移動パターンでしたので、現在のように通信手段が多岐に渡って発達していたわけでもなく、公務員の仕事や役所についてほとんど情報のない親からの干渉はほとんどありませんでした。まあ、要するに時代が違うという面はありますし、私自身がそう気張らない性格とテンションの高くない職場でしたので、本書のような「つらい男たち」にはならなかったのかもしれません。

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最後に、泡坂妻夫『ダイヤル7をまわす時』(創元推理文庫)です。著者は、家業の紋章上絵師として働く一方で、ミステリ作家やマジシャンとしても活躍し、2009年に亡くなっています。この本と次の本はともに短編集であり、今年2023年になって作者の「生誕90周年記念」として再出版されています。この本はミステリ色が強く、次の本はミステリ色はほとんどありません。したがって、読書感想文を分けています。なお、最初の出版は『ダイヤル7をまわす時』は1985年に光文社から単行本が出ています。収録されている短編は、「ダイヤル7」、「芍薬に孔雀」、「飛んでくる声」、「可愛い動機」、「金津の切符」、「広重好み」、「青泉さん」となっています。ほぼほぼ表題作といえる「ダイヤル7」は、問題編と解答編で構成されたロジカルな犯人当てミステリとなっていて、抗争する暴力団の片方の組長が殺害されるのですが、何せ、1985年代前半の電話機ですので、ボタンではなくダイヤル式です。やや、今どきの若い読者には理解しにくいかもしれません。「芍薬に孔雀」は、客船内で口に靴にポケットに全身に稀覯モノのトランプのカードを詰め込まれた奇妙な死体の謎を解き明かします。「飛んでくる声」では、団地内で不思議に会話の声が反響して別棟の部屋に聞こえてしまい、殺人劇の解明へとつながります。「可愛い動機」では女性らしい動機から自動車を海に突っ込ませるという犯罪です。ラストの1行が鮮やかです。「金津の切符」はコレクター心理が読ませどころとなっています。倒叙ミステリなのですが、警察が解明するラストも興味深いところです。「広重好み」では、殺人事件は起こらず、なぜか、「広重」が名前に入る男性に興味を引かれる女性の謎に迫ります。最後の「青泉さん」では、小さな町で常連客しか来ない喫茶店に来るようになった画家の青泉さんが殺されますが、作品がすべて持ち去られるという謎が、殺人者の解明よりも重点を置かれています。

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最後に、泡坂妻夫『折鶴』(創元推理文庫)です。著者は、家業の上絵師として働く一方で、ミステリ作家やマジシャンとしても活躍し、2009年に亡くなっています。この短編集には、「忍火山恋唄」、「駈落」、「角館にて」、「折鶴」の4話が収録されています。ややミステリ色のある作品も含まれていますが、前作の『ダイヤル7をまわす時』がハッキリとミステリ短編集であったのに対して、この作品はかなり色合いが異なります。作者の「生誕90周年記念」として東京創元社からの再出版ですが、もともとは1988年に文藝春秋から単行本が出ています。第16回泉鏡花文学賞受賞作です。「忍火山恋唄」では、新内語りの名人の人生に絡んだ殺人事件と幽霊の怪談譚に本格ミステリの手法を加えているのですが、ミステリではなく人情話しとして私は読んでしまいました。「駈落」では、悉皆屋の男性が若かったころに経験したたった3日間の駈落事件が語られます。実は、大きなお釈迦様の手のひらでの操られた形で、最後には鮮やかなどんでん返しで終わります。「角館にて」では、男女の微妙な価値観や物の考え方のすれ違いが鮮やかに対比されています。ミステリ色の薄いこの作品の中でも、もっともミステリ色が薄い作品です。最後に、「折鶴」では、ミシンの導入により仕事が大きく変化する職人が主人公になります。投宿先で自分の名を騙られた主人公が、その謎の男の正体を名刺を渡した相手を回想しながら考えるという趣向で、ラストが鮮やかです。ミステリ色の薄いこの作品の中でも、謎解きという意味で、もっともミステリ色が濃い作品です。泡坂作品の中でも、どんでん返しはあるものの、よりしっとりとした大人の恋や人間関係を扱っている作品が多く、ミステリ色の強い作品と読後感がかなり違ってきます。

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2023年9月 1日 (金)

雇用者増が+200千人を下回り失業率も上昇した8月の米国雇用統計をどう見るか?

日本時間の今夜、米国労働省から8月の米国雇用統計が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、非農業部門雇用者数の前月差は本日公表の8月統計では+187千人増となり、失業率は前月から+0.3%ポイント上昇して3.8%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を最初の6パラ引用すると以下の通りです。

Jobs report: 187,000 jobs added in August as unemployment rises to 3.8%
Hiring unexpectedly picked up in August as employers added 187,000 jobs despite high interest rates and inflation but totals for the prior two months were revised down sharply.
The unemployment rate, which is calculated from a separate survey of households, rose from 3.5% to 3.8%, the Labor Department said Friday. That's mostly because of a surge of Americans into the labor force, which includes people working and looking for jobs.
Economists surveyed by Bloomberg had estimated that 168,000 jobs were added.
Yet payroll growth for June and July was revised down by a whopping total of 110,000, portraying a much weaker picture of employment growth over the summer than previously thought. And job gains in August were expected to be affected by several unusual crosscurrents, making it tough to discern if the latest numbers reflect overall hiring trends or one-offs.
Average hourly earnings rose 8 cents to $33.82, pushing down the yearly to increase 4.3% from 4.4%. That’s good news from the perspective of the Federal Reserve, which has been aggressively hiking interest rates to slow the labor market and tamp down annual pay increases to 3.5% to align with its 2% overall inflation target. Wage growth topped 5% last year amid severe labor shortages.
The Fed is weighing whether to raise rates again this month or hold them steady after lifting its key rate to a 22-year high of 5.25% to 5%.

よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが広がった2020年4月からの雇用統計は、やたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたんですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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ということで、引用した記事の3パラめにあるように、米国非農業部門雇用者の増加について市場の事前コンセンサスでは+168千人増くらいとされていただけに、実績の+187千人増はやや上振れしたとはいえ、ほぼ「こんなもん」と受け止められているようです。その背景には、8月当月の雇用者数は市場の事前コンセンサスよりも上振れしたとはいえ、ひとつの節目と見られている+200千人増を下回っていますし、その前の6月の雇用者数が+105千人増に、また、7月も+157千人増に、それぞれ下方修正されている点も考慮されています。要するに、上振れと下振れの入り混じった結果といえます。ただし、3%台の失業率は歴史的に低い水準を続けているわけですので、米国労働市場の過熱感は継続しているものの、人手不足に基づく賃上げ圧力は低下しつつあると考えるべきです。もちろん、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)により労働市場から退出した一定部分がまだ戻っていないという背景はありますし、インフレ高進に対応して連邦準備制度理事会(FED)が強力な金融引締めを継続しているのも事実です。ですので、ジャクソン・ホール会合でもパウエルFED議長は賃上げの勢いが鈍化しつつある点を指摘しています。

最後に、この夏は少しボケボケしていて、引用した記事の4パラめの "unusual crosscurrents" が何を指しているのが、実はよく判っていません。今週はかなり米国経済の本を読んで勉強したのですが、情けない限りです。

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利益ばかりが積み上がる4-6月期法人企業統計をどう見るか?

本日、財務省から4~6月期の法人企業統計が公表されています。統計のヘッドラインは、季節調整していない原系列の統計で、売上高は前年同期比+6.1%増の372兆5850億円だったものの、経常利益は▲2.8%減の22兆3768億円と8四半期ぶりのマイナスを記録しました。そして、設備投資は+7.7%増の12兆4417億円を記録しています。季節調整済みの系列で見ても原系列の統計と同じ基調であり、売上高と設備投資は前期比プラスながら、経常利益はマイナスとなっています。ただ、GDP統計の基礎となる設備投資については前期比+0.5%増にとどまっています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

4-6月設備投資1.2%減 法人企業統計、経常利益は最高
財務省が1日発表した4~6月期の法人企業統計によると、全産業(金融・保険業を除く)の設備投資は前年同期比4.5%増の11兆927億円だった。伸びは1~3月期の11.0%から鈍化した。季節調整済みの前期比でみると1.2%減だった。非製造業の減少が響いた。
全産業の経常利益は前年同期比11.6%増の31兆6061億円だった。統計上、さかのぼることができる1954年4~6月以降で過去最高となった。製造業、非製造業ともに増益を確保した。
経常利益を業種別に見ると、供給制約の緩和による増産のあった輸送用機械が前年同期比56.5%増えた。海外向けの受注が増えた生産用機械も29.9%のプラスだった。非製造業では人流の増加やインバウンド(訪日外国人)需要で客数が回復したサービス業が20.2%増加した。
設備投資は季節調整済みの前期比で製造業が1.2%増、非製造業が2.5%減だった。財務省は「設備投資は業種によってばらつきがみられるものの、全体では前年同期比で増加した」と総括した。
業種別にみると製造業は金属製品が前年同期比82.6%増、業務用機械が83.3%増だった。生産能力増強のための投資があった。情報通信機械は11.4%減った。売り上げの減少に伴い、設備投資計画を見直したとの声があった。
非製造業では物流施設や新規店舗の建設があった卸売業、小売業が22.4%増えた。前年に増えた反動で、不動産業は13.2%減った。前年にあった大型投資が終わった電気業も10.6%減った。
財務省は今回の法人企業統計について「景気が緩やかな持ち直しから回復へと進んでいる状況を反映した」と説明している。先行きでは海外景気の下振れや物価上昇の影響などを注視したいとの考えを示した。

いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がしますが、やや長くなってしまいました。次に、法人企業統計のヘッドラインに当たる売上高と経常利益と設備投資をプロットしたのが下のグラフです。色分けは凡例の通りです。ただし、グラフは季節調整済みの系列をプロットしています。季節調整していない原系列で記述された引用記事と少し印象が異なるかもしれません。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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ということで、法人企業統計の結果について、3つの要因が作用しています。すなわち、第1に、製造業、特に、自動車産業における半導体部品などの供給制約、第2に、金融引締めに転じている先進各国をはじめとする海外景気の動向、そして、第3に、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染法上の分類変更に伴う行動制限の撤廃、特に、インバウンドの動向、の3点です。加えて、売上高にせよ、営業利益や経常利益にせよ、名目で計測される統計ですので、インフレによる水増しの影響は無視できません。ですので、数量ベースの増産や設備投資増などにどこまで支えられているかは不明です。少し産業別に詳しく見ると、4~6月期の前年同期比で見て、供給制約が緩和された輸送機械が売上高でも経常利益でも大きな増収・増益となっています。他方、石油・石炭が売上高で大きな減収となっているのは、数量ベースというよりもエネルギー価格の動向に起因するものであろうと理解すべきです。また、政府からの補助金の影響が現れたのが電気業であり、昨年2022年は10~12月期まで営業利益も経常利益も赤字でしたが、今年2023年に入って1~3月期には黒字に転じ、4~6月期には営業利益も経常利益も1兆円を超える黒字を計上しています。
上のグラフを見ても理解できるように、売上高はリーマン・ショック直前のサブプライム・バブル期のピークには達していませんが、経常利益はとっくに過去最高益を突破しています。企業サイドからすればカッコ付きで「体質強化」といえるのかもしれませんが、従業員や消費者のサイドから考えれば、企業利益ばかり溜め込まれるのが、どこまで現在の日本経済に好ましいのかどうか、もちろん、日本経済がかつての高度成長期のように右肩上がりの拡大基調であればまだしも、トリックルダウンはほぼほぼ完全に否定され、ほとん経済成長なしに賃金も上がらない中で、企業部門ばかりが利益を積み上げるのが経済社会的に見ていいのかどうか、疑問と私は考えています。

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続いて、上のグラフは私の方で擬似的に試算した労働分配率及び設備投資とキャッシュフローの比率、さらに、利益剰余金、最後の4枚目は人件費と経常利益をそれぞれプロットしています。労働分配率は分子が人件費、分母は経常利益と人件費と減価償却費の和です。特別損益は無視しています。また、キャッシュフローは法人に対する実効税率を50%と仮置きして経常利益の半分と減価償却費の和でキャッシュフローを算出した上で、このキャッシュフローを分母に、分子はいうまでもなく設備投資そのものです。人件費と経常利益も額そのものです。利益剰余金を除いて、原系列の統計と後方4四半期移動平均をともにプロットしています。見れば明らかなんですが、コロナ禍の中でを経て労働分配率が大きく低下を示しています。設備投資/キャッシュフロー比率もようやく底ばいから上昇し始めたところです。他方で、ストック指標なので評価に注意が必要とはいえ、利益剰余金は伸びを高めています。また、4枚めのパネルにあるように、デフレに陥った1990年代後半から人件費が長らく停滞する中で、経常利益は過去最高水準を更新し続けています。繰り返しになりますが、勤労者の賃金が上がらない中で、企業収益だけが伸びるのが、ホントに国民にとって望ましい社会なのでしょうか、それとも、現在の経済社会は誰にとって望ましくなるようになっているのでしょうか?

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最後に、ずいぶんと前の7月26日付けの IMF Blog の Chart of the Week で、日米ではなく欧州の分析ながら、Europe's Inflation Outlook Depends on How Corporate Profits Absorb Wage Gains と題する記事がありました。そのサイトから上のグラフを引用しています。欧州のインフレを企業利益、労働コスト、税、輸入価格の4要因に分解していて、2022年からは企業利益の取り分が大きくなってインフレを加速させている、と分析しています。繰り返しになりますが、日米の分析ではないながら、昔の用語でいえば「便乗値上げ」のような形で企業がインフレにより利益を溜め込んでいる姿が浮き彫りになっています。本日の法人企業統計の過去最高の利益を見て、日本ではどうなのでしょうか、気がかりです。

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阪神タイガース今年2023年9月のカレンダーは藤浪晋太郎投手ほか

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今朝になって我が家のカレンダー をめくると、今年2023年9月の阪神タイガースのカレンダーは藤浪晋太郎投手ほかでした。大リーグでもご活躍とのこと、誠に懐かしく感じています。今日1日がいい日になるような気がしました。

がんばれタイガース!

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