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2024年1月 7日 (日)

今週の読書は年始に経済書なく計5冊

今年初めての読書感想文は以下の通りです。
まず、川上未映子『黄色い家』(中央公論新社)は、アラフォー女性と20歳前後の女性3人による4人の奇妙で合法違法ギリギリの生活を実にリアルに描き出したノワール小説です。奥田英朗『コメンテーター』(文藝春秋)は、17年振りに帰って来た精神科医伊良部医師のシリーズの短編集で、相変わらず、患者として伊良部医師を訪れた善良な人間が伊良部とマユミに振り回されつつも治療ははかどります。永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(新潮社)は、芝居小屋のある木挽町の仇討ちについて目撃者のモノローグから真相を明らかにしようと試みる時代小説です。小野不由美ほか『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』と鈴木光司ほか『影牢 現代ホラー小説傑作集』(角川ホラー文庫)は合わせて15人の豪華なホラー作家の執筆陣により、いわゆる怪物の出現しないモダンホラー短編を集めたアンソロジーです。
ということで、今年の新刊書読書は5冊から始まりました。

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まず、川上未映子『黄色い家』(中央公論新社)を読みました。著者は、芥川賞も受賞した作家です。本書については出版社も力を入れているのか特設サイトが開設されたりしています。通常、「黄色い家」といえば、ゴッホの絵画作品 La Maison Jaune だと思っていましたが、「朝日のあたる家」The House of the Rising Sun と同じで、何か特別な意味を含ませているのかもしれません。ということで、主人公は伊藤花という2020年時点でアラフォーの女性、結婚しているという言及はなく、総菜屋で働いています。ひょんなことで、母親と同年代の友人で、花からは20歳ほど年齢が上になる吉川黄美子が逮捕されたというニュースを見かけます。20年ほど前に、同年代の加藤蘭と玉森桃子とともに4人で暮らしていたことがあるので、まだ携帯電話に残っていた加藤蘭に連絡して相談したりしますが、加藤蘭は取り合ってもくれず、逆に、「若気の黒歴史」といわれて、警察に通報するなどを固く禁じられた上に、携帯電話の登録を消去するように要求されたりします。そして、ここから主人公である伊藤花の長い長い回顧が始まります。10代半ばの高校生であったころに始まり、世紀末1999年を過ぎて4人の共同生活が解消されるまでです。花は東村山のアパート暮らしの母子家庭から抜け出して、黄美子とともに三軒茶屋で生活を始めます。スナック「れもん」を経営し、キャバクラをやめた蘭もいっしょに生活するようになってともに働きます。高校生の桃子もその三軒茶屋の家に入り浸るようになって、事実上の4人での共同生活が始まります。アパートから一軒家に引越したりします。しかし、火事でスナックが焼けて収入の道が途絶え、不法行為で稼ぐようになります。最初はスキミングされた銀行の偽造カードを使った出し子だったのですが、スキマーを銀座の高級バーに設置して情報を入手する側に回ります。このあたりで、まあ、もともとが未成年でスナックで酒を飲んでいたころも、偽造カードでATMから出金していたのも違法ではあるのですが、小説としては、第10章のタイトルを「境界線」としているように、明らかに一線を越える活動を始めます。そして、伊藤花と加藤蘭と玉森桃子の3人は決裂し、共同生活が終わります。伊藤花は母親の死後、母親が借りていたアパートに住んで、現在の2020年を迎える、ということになります。出版社のセールストークでは「ノンストップ・クライム小説」ということで、確かに、600ページ余りの膨大なボリュームながら、一気に読むべき作品であろうという気はします。作者の力量だろうと思いますが、とても読みやすくてテンポよく、一気に読めます。ですので、「ノンストップ」の部分は了解です。でも、「クライム」かどうかは読者の見方によります。私は犯罪小説というよりはノワール小説ないし「貧困小説」に近いと受け止めました。ちらちらとみていた再放送の「VIVANT」でもそうでしたが、貧困がテロにつながる温床となるのと、まったく同じように、貧困が犯罪につながると考えるからです。今までの川上未映子の作品とは大いに異なる大作です。

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次に、奥田英朗『コメンテーター』(文藝春秋)を読みました。著者は、小説家です。アノ伊良部医師シリーズ第4弾です。もう、このシリーズは紹介するまでもないのですが、精神科医の伊良部が看護師のマユミとともに患者を振り回して大活躍する短編集です。出版社のサイトによれば、伊良部は17年ぶりの復活だそうです。ということで、収録短編はあらすじとともに以下の通りです。まず、「コメンテーター」では、コメンテーターが診察に来るのではなく、コロナ禍で精神科医のコメンテーターを探しているテレビ番組のスタッフが、ひょんなことから伊良部と会って、伊良部自身がテレビのコメンテーターになります。これまでのお決まりのパターンは、患者が伊良部の診察に来て、その患者が伊良部に振り回される、というのでしたが、少し展開が違っています。少し展開が違うのはもう1話あります。「ラジオ体操第2」では、煽り運転の被害にあった男性が過呼吸に陥り、伊良部のところに診察に来て、アンガー・マネージメントができていないと診断されます。同じシリーズである『空中ブランコ』の「ハリネズミ」の主人公である尖端恐怖症の猪野が元ヤクザとして登場します。「うっかり億万長者」は、デイトレードで億万長者になりながら、公園で犬に噛まれてしまい、伊良部のところに運び込まれます。伊良部はパニック障害と診断し、その上、億万長者と知って往診に精を出します。「ピアノ・レッスン」では、コンサート・ピアニストが広場恐怖症になり、飛行機はもちろん、新幹線での移動もままならなくなります。そして、なぜか、キーボード奏者の抜けたマユミのロックバンドに参加することになります。「パレード」では、山形から東京に出てきた大学生が、リモート授業から対面授業に切り替わっていく中で、異変を来して社交不安障害と診断されます。伊良部病院の関連の老人施設で中学生とともに、治療と称してボランティアをさせられます。総じて、伊良部の17年ぶりの復活を評価する読者が多いようで、私もその1人です。ただ、あらすじにも書きましたが、今まではすべて患者として伊良部にところにやってきて、その患者が伊良部に振り回される、というお決まりのパターンだったのですが、この作品では、表題作のように医者のコメンテーターを探してテレビ局からやってくる、とか、億万長者のもとに伊良部がせっせと往診するとか、今までにはないパターンも試みられていますし、以前の作品の患者で伊良部に振り回された人物が登場する例もあり、これも初めての試みではないかと思います。伊良部自身はほぼほぼ進化していないのですが、作者はいろいろと試行錯誤して、もちろん、時代背景からしてコロナのトピックも盛り込みながら、小説としては、ひょっとしたら、進化しているのかもしれません。いや、進化しているのだろうと思います。

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次に、永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(新潮社)を読みました。著者は、小説家です。本書についても直木賞受賞により出版社が力を入れているのか、特設サイトが開設されたりしています。ということで、芝居小屋のある木挽町で新春早々、ど派手に森田座裏通りで、伊能菊之助が仇とする作兵衛を討ち果たします。そして、本書では、菊之助の国元から侍が上京して、木挽町で目撃者から聞取りをする、その目撃者のモノローグで構成されています。最初は、木戸芸者の一八、次に、立師の与三郎、女形の衣装係のほたる、小道具職人の久蔵とその妻のお与根、筋書の金治といった、芝居小屋の関係者というわけです。こういった聞取りから、菊之助の仇討ちの実態が徐々に明らかになるとともに、芝居小屋の関係者の来し方の人生も浮き彫りになっていきます。そして、この仇討の真相が背景とともに明らかにされます。ですから、この作品は明らかにミステリと考えるべくです。ただ、誰がやったのかの whodunnit やどうやったのかの howdunnit は明らかに見えます。菊之助は作兵衛を討ち果たして首級まで上げていますから、何をやったのかの whatdunnit もご同様です。ですので、なぜやったのか whydunnit に意識を集中して読んでいたのですが、実は、もっと奥深い仇討であったことが明らかになります。なぜなら、木挽町の芝居小屋の関係者に当たった後、聞取りをした侍は国元に帰って、菊之助ご本人から真相を聞き出しているからです。驚くべき真相で、しかも、その前の芝居小屋関係者からの聞取りの中に、伏線が大いに仕込まれていることが明らかになります。私はこの作品はミステリだと思いますので、あらすじの紹介はここまでとします。最後に2点指摘しておきたいと思います。まず、「仇討ち」の表記についてです。少し前に読んだ長浦京『リボルバー・リリー』では、タイトルは「リボルバー」なのですが、小説の中では一貫して「リヴォルバー」と表記されていました。本作品もよく似ていてタイトルは「あだ討ち」ですが、小説の本文ではほぼほぼ一貫して「仇討ち」とされています。この書分けは理由があります。本書の最後で明らかにされます。なかなかの趣向だったと私は受け止めています。次に、関係者から聞取りを行ったモノローグにより真相を明らかにするという小説としての手法は、松井今朝子『吉原手引草』がすでに試みており、花魁失踪の謎を廓の関係者から聞いて回るという形で、十数年前の直木賞を受賞しています。ですから、この作品は時代小説の手法としては、まあ、悪いんですが、二番煎じです。その上、『吉原手引草』は私の記憶にある限り、10人をはるかに上回る聞取りをしていますが、この作品はそれほど手はこんでいません。それだけに、真相の鮮やかさに目を奪われます。一級のミステリに仕上がっています。

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次に、小野不由美ほか『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』鈴木光司ほか『影牢 現代ホラー小説傑作集』(角川ホラー文庫)を読みました。著者たちは、小説家です。全員がホラー小説に特化した小説家ではありませんが、そういう小説家も少なくない気がします。2冊合わせて15人の作家によるホラー短編小説のアンソロジーです。ということで、まず、収録されている短編の作者とタイトルほか、カッコ内は初出、にあらすじについては、以下の通りです。すなわち、まず、小野不由美ほか『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』(角川ホラー文庫)については、小野不由美「芙蓉忌」(『営繕かるかや怪異譚 その弐』角川文庫)は、うら若き女性の死霊に魅入られた男性の主人公の何ともいいがたい心理状態を実に巧みに描き出しています。続いて、山白朝子「子どもを沈める」(『私の頭が正常であったなら』角川文庫は、高校生のころにいじめて、結果的に自殺した同級生JKそっくりの顔の赤ん坊を産んでしまい、その赤ん坊を殺してしまうかつてのJKのいじめる側の悲劇を取り上げいます。続いて、恒川光太郎「死神と旅する女」(『無貌の神』角川文庫は、大正時代を舞台に、死神から命じられるままに殺人を繰り返す少女フジを主人公に、死神フジにが与えた分岐点を境に、大きな時代の流れを取り込んだスケール大きなホラーです。続いて、小林泰三「お祖父ちゃんの絵(『家に棲むもの』)角川ホラー文庫は、孫に語って聞かせる祖母のモノローグの形を取りながら、祖母自身の結婚や生活を狂気を持って明らかにします。続いて、澤村伊智「シュマシラ」(『ひとんち』光文社文庫は、播州のUMAといわれる猿の一種であるシュマシラを探すマニアが異界に入ってしまうタイプのホラーです。続いて、岩井志麻子「あまぞわい」(『ぼっけえ、きょうてえ』角川ホラー文庫は、作者得意の明治期の貧しい岡山を舞台にしたホラーで、漁師夫婦が網本家の倅を殺害した悲劇を題材にしています。最後の表題作で、辻村深月「七つのカップ」(『きのうの影踏み』角川文庫は、信号のない交差点の横断歩道で子供を交通事故で亡くした女性が、その交差点で通学の小学生を見守りつつ、石を詰めたカップを置くという行為に秘められた恐怖をテーマとして、現在の都市伝説にも通ずるホラーです。続いて、鈴木光司ほか『影牢 現代ホラー小説傑作集』(角川ホラー文庫)については、まず、鈴木光司「浮遊する水」(『仄暗い水の底から』角川ホラー文庫)は、お台場に引っ越した母子家庭の母親が、マンション屋上でキティちゃんのバッグを拾ったところから異変が始まり、水の味の異変から同じマンションで少し前に行方不明になった少女の事故について推理します。続いて、坂東眞砂子「猿祈願」(『屍の聲』集英社文庫)は、不倫の末に結婚・妊娠にたどり着いた女性が、夫の母親に挨拶に行った際に見たのぼり猿とくだり猿の本当の意味を知るホラーです。続いて表題作で、宮部みゆき「影牢」(『あやし』)は、江戸時代の蝋問屋を舞台に、堅実で繁盛していたお店が代替わりで大女将を座敷牢に入れ、だんだんと狂気に包まれていく中で、毒物により主人一家が死んでしまう過程を大番頭が八丁堀の与力に語るモノローグです。続いて、三津田信三「集まった四人」(『怪談のテープ起こし』集英社文庫)は、諸対面お3人と登山をすることになった主人公なのですが、そもそもリーダーとなる唯一の知り合いが来なくなり、そのまま異界に入り込むような体験をします。続いて、小池真理子「山荘奇譚」(『異形のものたち』角川ホラー文庫)は、大学のお恩師の葬式で立ち寄った甲府の鄙びた旅館に関する怪異を主人公の属するテレビ業界で別の会社の女性に知らせたところ、その女性が取材に行って行方不明になるという奇怪な経緯をたどります。続いて、綾辻行人「バースデー・プレゼント」(『眼球綺譚』角川文庫)は、クリスマスと同じ日に誕生日、それも今年は20歳の誕生日を迎える女性が、クリスマスパーティーで奇怪なプレゼントを受け取るという幻想的なホラーです。続いて、加門七海「迷(まよ)い子」(『美しい家』光文社文庫)は、初老に差し掛かる夫婦2人が皇居から東京駅の地下のあたりで、現在と戦中の時代を、また、あの世とこの世の境を彷徨います。続いて、有栖川有栖「赤い月、廃駅の上に」(『赤い月、廃駅の上に』)は、自転車旅に出た高校生が旅の連れ合いとともに寝袋で駅寝するのですが、この世のものではない存在に襲われます。2冊に収録されている短編計15話を一挙に紹介しましたので、とてつもなく長くなりました。いわゆるモダン・ホラーとして有名な作品ばかりで、私は既読の作品も少なからずあります。でも、再読して十分楽しめました。何といっても、角川書店はホラー小説に力を入れている出版社のひとつですし、その昔、私は角川書店のモニターになっていて、澤村伊智のデビュー作であり、第22回日本ホラー小説大賞を受賞した『ぼぎわんが、来る』は、出版前のゲラ擦りの段階で送っていただいて、それを読んで感想を送ったりした記憶もあります。この2冊については、モダン・ホラーとして、いわゆる「怪物」が出てこないホラー小説を中心に朝宮運河が編集しており、最後の解説も担当しています。一昨年2022年と昨年2023年には年末に「ベストホラー2022」と「ベストホラー2023」をツイッタ上で公表していたのを私は見かけています。ホラー小説のファンであれば、必読の2冊です。これがシリーズ的になって3冊目が出版されるのかどうか、私は不勉強にして知りませんが、もしも継続されるのであれば、版権の関係もあるとはいえ、貴志祐介と今邑彩の作品を収録すべくお願いしたいと思います。

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