金利が引き上げられると家計にはプラスか?
3月の日銀金融政策決定会合において、黒田総裁時代に導入された異次元緩和が終了し金融引締めが開始されました。当然、金利が上昇します。ということで、一昨日、みずほリサーチ&テクノロジーズから「金利上昇は家計にとってプラスか」と第するリポートが明らかにされています。大雑把な結論として、金利上昇は家計所得の増加につながる、との試算結果が示されています。まず、リポートからポイントを3点引用すると以下の通りです。
- 今後、日銀が政策金利を本格的に引き上げる「金利のある世界」が実現したケースを想定し、家計に及ぶプラス・マイナス影響をシミュレーション
- 金利上昇に伴って家計の住宅ローン利払い負担が増すものの、預金・有価証券といった金融資産からの所得が増加し、全世帯平均では最大で差し引き7.7万円/年のメリットが生じる
- 一方、対象を負債保有世帯に限ると、若年層や低中所得層を中心に利払い負担増の悪影響が大きく、30~39歳世帯では差し引き55.5万円/年のデメリットが生じると試算される
要するに早い話が、家計全体では住宅ローンの利払いが負担増となる一方で、預貯金などの金融資産からの収入は増加し、差引きで家計全体にはプラスの所得増が生じる、という試算結果です。

まず、リポートから 住宅ローン利払い負担増の試算結果 のグラフを引用すると上の通りです。住宅ローン金利は、変動金利が昨年2023年の0.4%から今年2024年には1.0%に上昇し、2025年2.0%、2026年2.9%、2027年以降は3.1%に急上昇すると見込まれています。固定金利も2023年の1.8%から今年2024年には2.6%、2025年3.6%、2027年4.5%、2028年以降は4.6%に上昇すると予想されています。4-5年でシ払い負担は数倍に増加することになりますが、それを金額ベースに引き直したのが上のグラフです。今年2024年中は利上げ幅も小さく変動金利と固定金利を合計しても0.9兆円の負担増で済みますが、ゆくゆくは8兆円を超える負担増と試算されています。これでは、住宅投資が進みません。景気にも悪影響を及ぼす可能性すらあります。

続いて、リポートから 「金利のある世界」で家計が受ける平均的な影響 のグラフを引用すると上の通りです。横軸マイナスに伸びている棒グラフが先ほどの住宅ローン負担増であり、プラスの方に伸びているのが普通預金・定期預金の利子収入増や株式・投資信託配当増などで、色分けは判例の通りです。白丸がそれらを差し引いた純計となっていて、家計全体では金利引き上げは所得増の結果をもたらすと試算されているのが見て取れます。大雑把に、各年+5~10兆円の所得増と試算されています。

続いて、リポートから 負債保有世帯の年齢階級別の影響 のグラフを引用すると上の通りです。負債のある世帯だけの試算であって、夫妻のない世帯も含めたすべての世帯の試算結果ではありませんが、傾向としては大きな違いはないものと私は考えています。すなわち、30代や40代、あるいは、50代も含めた定年前の勤労世代では住宅ローンの負債があって利払い負担が重いのはいうまでもありません。他方で、引退世代は、私もそうでしたが、退職金で住宅ローンを完済し、その上、私はそうではありませんでしたが、何らかの金融資産を保有するケースも少なからず見受けられます。ですから、金利引上げは住宅ローンと金融資産の保有状況を考えると、大雑把に、勤労世代に不利で引退世代に有利な政策変更であると考えるべきです。
ということで、家計が制度部門別で純貸出、すなわち、貯蓄超過主体であるわけですから、金利引上げはプラスに作用します。当然です。なお、「2022年度(令和4年度)国民経済計算年次推計(フロー編)ポイント」によれば、貯蓄超過主体は家計のほか金融機関と非金融法人企業です。ちなみに、純借入の投資超過主体は政府と海外です。金利引上げで損するのはこの政府と海外です。
その上で、私はこのリポートにやや懐疑的な見方をしています。まず第1に、先ほど上げた世代間の不公平です。なお、私自身は世代間の不公平をゼロサムで考えているわけではありません。すなわち、現在の年金が賦課方式で運営され、現役の勤労世代の所得が増加すれば年金財政の財源が増え、引退世代の年金も豊かになります。逆は逆であり、1990年代後半からデフレに突入し、現役世代の所得が増加しなくなって、同時に、引退世代の年金も増えなくなっています。でも、今回の金利引上げは勤労世代に不利で、引退世代に有利な政策変更です。これは明らかです。第2に、このリポートでは金利上昇による景気悪化が考慮の対象外となっています。例えば、内閣府の「短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)の構造と乗数分析」によれば、短期金利が1%ポイント引き上げられるとGDP成長率は1年目△0.58%ポイント、2年目△0.57%ポイント、3年目△0.04%ポイント、それぞれ悪化するとのモデルのシミュレーション結果が示されています。みずほリサーチ&テクノロジーズのリポートでは政策金利が2023年度の△0.1%から最終到達値の2027年度には2.8%まで、+3%ポイント近い上昇が想定されています。成長率は△1.5~2.0%ポイントほど低下する可能性があります。現時点での日本の潜在成長率から考えると、この金利上昇により毎年マイナス成長が続いても不思議ではありません。そうなると、年間△10兆円近い所得が失われますから、2番目のグラフにある5~10兆円の家計の所得増は吹っ飛ぶ可能性も否定できません。
部分均衡的に住宅ローンの負担増と金融試算の収益増を差し引くと、あるいは、金利引上げは家計所得にプラスの結果をもたらすかもしれません。でも、一般均衡的に金利引上げによる景気悪化を考慮すれば、家計だけではなく、企業にも厳しい政策変更である可能性は否定できません。私は前々から主張しているように、金融引締めは何らかの景気悪化、すなわち、需要や賃上げの抑制をもたらすことを目的としています。その点は忘れるべきではありません。
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