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2024年6月30日 (日)

To Serve His Country, President Biden Should Leave the Race

米国大統領選挙に向けたテレビ討論の結果を受けて、New York Times のエディトリアルから "To Serve His Country, President Biden Should Leave the Race" と題する論評が明らかにされています。はい。私も一応読みました。厳しい限りです。

他方、Philadelphia Inquirer には "To Serve His Country, Donald Trump Should Leave the Race" と題するエディトリアルが出ていたりします。
果たして、米国大統領選挙はどうなるのでしょうか?

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2024年6月29日 (土)

今週の読書は国際開発援助を取り上げた経済書をはじめとして計7冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、稲田十一『「一帯一路」を検証する』(明石書店)は、国際開発援助において被先進国である中国が対外援助の乗り出したネガティブな影響について分析しています。中野剛志ほか『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済)では、脱成長が新自由主義的な主張につながりかねない危険を背景にした議論です。長山靖生『SF少女マンガ全史』(筑摩選書)では、昭和黄金期のSF少女マンガの歴史を概観しています。三浦しをん『しんがりで寝ています』(集英社)は「BAILA」に掲載された日常生活に根ざすエッセイを収録しています。酒井順子[訳]『枕草子』上下(河出文庫)は、清少納言の古典を現在の人気女性エッセイストが読みやすい文章に現代訳しています。恒川光太郎『真夜中のたずねびと』(新潮文庫)は、社会の辺境にある微妙な主人公たちをややズレのある角度から捉えた短編集です。
ということで、今年の新刊書読書は1~5月に128冊の後、6月に入って先週までに25冊をレビューし、今週ポストする7冊を合わせて160冊となります。順次、Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでもシェアする予定です。

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まず、稲田十一『「一帯一路」を検証する』(明石書店)を読みました。著者は、世銀勤務のご経験もある専修大学のエコノミストです。本書では、タイトル通りに中国の体外経済協力について分析しています。いわゆる「一帯一路=Belt and Road Initiative」構想に基づく対外援助です。本書は3部構成になっており、第1部で国際的な潮流への影響を、第2部でインフラ開発における日中の競合について、そして、第3部でアフリカ開発における中国の援助のインパクトについて、それぞれ焦点を当てています。どうして「一帯一路」を押し進める中国の対外援助を取り上げるのかというと、本書でも指摘されている通り、国際開発援助体制においては先進国が経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)を通じて国際公共財としての開発援助を実施している一方で、中国はOECD加盟国ではありませんから、当然にDACでの議論とは無関係に非DACドナーとして自国の「国益」に応じて、国際社会の協調体制とはほぼほぼ無関係な対外援助を実施しており、その問題点がここ10年余りで浮き彫りになっているからです。例えば、中国は「内政不干渉」を旗印にして民主主義の価値については無頓着ですし、ひどいケースでは内戦下の国に対して政府軍を支援するような対外援助すら実施されていたことがある、という指摘も散見します。私は30年ほど前まで在チリ大使館で経済アタッシェをしていて、開発援助の業務にも携わりましたが、少なくとも、日本はOECD/DACのメンバーですし、独裁者ピノチェト将軍が大統領職にあったころには円借款による国際開発援助は行っていませんでした。ピノチェト将軍が大統領職を退いて民政移管してから円借款を始めています。しかし、中国は主としてアジア地域なのですが、平和と民主主義、あるいは2015年以降は国連決議によるSDGsといった国際的な規範を無視した開発援助を実施しています。加えて、スリランカのハンバントタ港がもっとも有名なのですが、債務削減と引換えに港の運営権が99年間もの長期にわたって中国企業に移管されてしまいました。典型的な「債務の罠=debt trap」であると考えるべきです。こういったムチャな開発援助の供与をはじめとして、中国の援助に対する批判が強いのは、いわゆる紐付き融資でないアンタイド化が進む中で、中国の開発援助は中国企業が受注し、その上、労働者まで中国人が送り込まれるという独特の方式に根ざす部分もあります。また、こういった中国の援助により提供されたインフラの質にしても決して悪くはないものの、契約の際に疑義があったインドネシアの高速鉄道の例などもあります。すなわち、中国案は財政負担を伴わないとされていたものの、結局、建設費が膨らんで財政負担が生じるなどの不透明な契約も指摘されています。その昔は、リビジョニストなどが「日本異質論」を振りまきましたし、私自身は中国異質論には距離を置いていますが、少なくとも本書を読む限りでは、対外援助においては中国のやり方がOECD/DACのメンバーである日本をはじめとする先進国とは大きく異なるという印象を持ちました。

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次に、中野剛志ほか『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済)を読みました。著者は、経済産業省ご勤務のエコノミスト、ほかに、評論家・作家、また、九州大学の政治学者、京都大学の経済思想史研究者であり、私には解説能力ありませんが、「令和の新教養」研究会(第1期)メンバーだそうです。この研究会で議論した結果を明らかにした東洋経済オンラインの「令和の新教養」などをもとに書籍化しています。ですので、必ずしも経済書という内容でなく、経済思想の背景に迫るという目的の方に重点が置かれている気もします。本書は3部構成であり、第Ⅰ部で岸田内閣発足直後に掲げられた成長と分配の好循環が可能化を取り上げ、第Ⅱ部で自由の旗手アメリカの行く末を考え、第Ⅲ部でコロナ禍以後の国家と世界を見通しています。ナショナリズムやリベラルといった思想史的な部分は私の専門外ですので、タイトルに即して、私が期待した経済に関する部分を中心に考えたいと思います。まず、新自由主義ですが、経済分野における政府の役割を小さくし、市場の役割を大きくするというのが旗印であり、市場における価格メカニズムによる資源配分がもっとも効率的である、という厚生経済学の第1定理に基づいています。でも、同時に、第2定理により、消費者の選好が局所非飽和性を満たし、かつ、選好の凸性などの条件が満たされれば、当初条件で政府が適切な所得分配を行えば任意のパレート効率的な資源配分を達成させることができる、というのもあります。いずれにせよ、一般的な理解通りに、市場による資源配分は政府による所得分配によって補完されねばならないのですが、後者の政府による所得分配をまったく無視しているのが新自由主義だと私は単純に理解しています。ですから、米国のレーガン政権期、英国のサッチャー内閣期、日本の小泉内閣期には格差が大きく拡大したわけです。その不平等の拡大により、私は個人の基本的人権の保証や自由の行使すら難しい場面が生じかねないので、新自由主義による格差拡大を政府が是正すべき局面に来ている、と考えています。そして、別のトピックとして脱成長があります。これは、地球環境の重視、あるいは、気候変動の緩和から発生していると私は見なしています。すなわち、人新世に入って産業革命の達成とともに、GDPの成長と環境負荷の増大が爆発的に生じ、人類の生存のために環境を保全する必要があり、今後ともGDPの成長に環境負荷の増大が連動するのであれば、GDP成長の方を諦めねばならない、というものです。日本では東大社研の斉藤准教授などが論客として有名ではないかと思います。私はこの脱成長については、GDPと環境負荷の連動性を遮断しデカップリングを可能とする技術的なブレークスルーが、今後可能ではなかろうか、と思っています。ただ、タイミングとして環境破壊のティッピング・ポイントまでに可能かどうかについては、いささか自信がありません。ですから、本書のタイトルの新自由主義と脱成長はかなり異質なものであり、その思想史的な背景としてナショナリズムやリベラリズムを基にごっちゃに論じるのが適当かどうか、はなはだ疑問です。ただ、本書を読んで、脱成長は経済成長を否定しているように見えながら、突き詰めていえば、新自由主義を正当化する議論につながりかねない、という意識は読み取れました。ただ、私の頭の回転が鈍いせいで、どうしてそうなるのかは十分に理解できたとは思えません。だれか、教えて下さい。

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次に、長山靖生『SF少女マンガ全史』(筑摩選書)を読みました。著者は、歯学部をご卒業の後、歯学博士号まで取得していますので、歯医者さんではないかと思いますが、その一方で、本書のテーマであるマンガなどのサブカルも含めた幅広い評論活動もしているようです。ということで、私も自分でも何を思ったのか、朝日新聞の書評で見かけた本が、大学の図書館の新刊書コーナーに置いてあったものですから、ついつい借りて読んでみました。何が書いてあるかは明らかであり、昭和期のSF少女マンガの歴史が書いてあるわけです。本書の冒頭で未指摘しているように、戦後1960年前後に、マンガ雑誌が発刊され始めます。1959年に『少年マガジン』と『少年サンデー』、1962年に『少女フレンド』、1963年に『マーガレット』などです。私は決して裕福な家に生まれ育ったわけではないので、こういった分厚な週刊マンガ雑誌を買ってもらえるわけではなく、したがって、ストイックにも大きな興味を示しませんでした。でも、その当時の少年少女らしく、決してマンガが嫌いであったわけではありません。本書では、第1章でSF少女マンガの歴史を概観し、第2章では山岸凉子先生や倉多江美、佐藤史生、水樹和佳を、第3章で山田ミネコ、大島弓子、竹宮恵子を、第4章では萩尾望都先生だけを取り上げた後、最終の第5章でややマイナーな岡田史子、内田善美、高野文子などなどを取り上げています。私の主観で「先生」をつけたり、敬称略でいったりしているのはご勘弁ください。本書冒頭では、マンガ専門誌『ぱふ』1982年3月号に掲載されたSFマンガの読者投票の結果を転載しています。第1位は萩尾望都先生の『スター・レッド』、第2位も萩尾望都先生の『11人いる!』+『東の地平 西の永遠』、第3位が水樹和佳『樹魔・伝説』、第4位も萩尾望都先生『百億の昼と千億の夜』、第5位高橋留美子『うる星やつら』となっています。少々飛ばして、第7位が竹宮恵子の『地球(テラ)へ...』、同率第9位に山岸凉子先生の『日出処の天子』が入っています。うち、私が読んでいるのは『百億の昼と千億の夜』と『日出処の天子』だけなのですが、本書でも強調されている通り、このランキングは決してSF少女マンガに限定しているわけではなく、少年少女を問わずオールタイムでのSFマンガを対象にした読者投票なのですが、実に少女マンガが第5位まで、まあ、『うる星やつら』は本書では取り上げられていませんから、SFかどうかは議論あるかもしれませんが、それも含めて1位から5位までは少女マンガが占めているわけです。オールタイムのSFマンガといえば、当然に『鉄腕アトム』が入るものと私は想像していましたが、トップテンにすらありません。私が小学校に入るころ、マンガというよりもアニメだったのかもしれませんが、悪者に殺された主人公の人格と記憶を再現したロボットが活躍する『エイトマン』、正太郎くんがリモコンで操る『鉄人28号』、主人公が乗る流星号が印象的だった『スーパージェッター』といったところが、SF少年マンガだった気がします。少なくとも、『うる星やつら』よりはSFだったと思います。しつこいですが、『うる星やつら』がSFならば、「ポケモン」もSFだという気がします。まったく、ブックレビューになっていませんが、ご興味ある方は限られると思います。でも、一読をオススメします。

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次に、三浦しをん『しんがりで寝ています』(集英社)を読みました。著者は、小説家、直木賞作家ですが、エッセイも数多く書いています。本書は、コロナ前の2019年6月号から約4年分の雑誌「BAILA」での連載に、書き下ろしを加えた全55編のエッセイを収録しています。同じ出版社が出している『のっけから失礼します』の続編となります。作者と同年代のエッセイストの酒井順子のエッセイが、性的な内容を含めたものを別にすれば、優等生が書いたような極めてよく下調べが行き届いているのに比べて、三浦しをんのエッセイは一部の例外を別にしてほとんど取材もへったくれもなく、日常生活の観察から生まれたもので、本書冒頭でも「十年一日の日常エッセイ」とか、「いくらなんでもアホすぎる一冊に仕上がってしまった」と書いているくらいです。酒井順子のエッセイにはほとんど家族は登場しませんが、三浦しをんのエッセイには父母や弟まで登場します。ちなみに、父親は『古事記』研究で有名な三浦佑之教授です。ということで、エッセイの中身は読んでいただくしかないのですが、三浦しをんの愛する対象に本書から新たにポケモンが加わっています。映画『名探偵ピカチュウ』を見て、すっかりポケモン、というか、ピカチュウの虜になったようです。いろいろとポケモングッズを買ったことも明らかにされています。私も「かわいいは無敵」という言葉を思い出してさいまいました。ポケモンのストーリー自体は、もう引退したさとしがピカチュウなどとともに旅をしてバトルを繰り返す、というもので、私はゲームとしては、というか、ボードゲームとしてカードを使ったポケモンカードゲームはやりますが、ニンテンドーのゲーム機によるポケモンゲームはやりません。ですので、バトルは無関係に、もっぱらかわいいポケモンの画像を鑑賞したり、グッスを集めたりしています。さるがに、本書で取り上げられている名探偵バージョンのピカチュウは大昔のものとなりましたが、最近では船乗りさん、というか、キャプテンピカチュウをアレンジしたグッズはいくつか買い求めています。私の居住する県内にはポケモンセンターがないので、京都に出た機会に四条烏丸近くのポケモンセンターを見たりしています。本書に戻って、もちろん、ポケモン以外にもEXILE系の音楽コンサートの模様、両親をはじめとする家族との交流、さらに、お仕事の編集者との関係や友人らとのお付き合いなどなど、日常生活や軽くお仕事に関係するエッセイなど、肩のこらないおバカなエッセイで満載です。でも、この作者の確かな表現力には感心します。暇つぶしにはうってつけです。

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次に、酒井順子[訳]『枕草子』上下(河出文庫)を読みました。著者は、何と申しましょうかで、清少納言なのですが、エッセイストの酒井順子が現代訳を試みています。上下合わせても600ページに満たないので、現在の製本技術からすれば上下巻にする意味がどこまであるかが疑問なのですが、コンパクトなることを尊べば分けるのも一案かという気がします。上巻は142段まで、下巻は318段まで、をそれぞれ収録しています。ということで、私は『源氏物語』については円地文子訳の現代訳を読んだのですが、『枕草子』については初めてでした。よく知られているように、『源氏物語』があはれをテーマにしたフィクションの小説であるのに対して、『枕草子』はおかしをテーマにしたノンフィクションのエッセイです。「春は曙」から始まります。エッセイというか、論評ですので、作者ご自身の価値判断に基づいて、いいものとよくないものを並べている段がいろいろとあったりします。ただ、私の直感的な印象では、好ましいものを並べているよりも、好ましくないものを並べている方が多いと感じました。不平不満が多い人物であったのか、それとも、冷笑的でシニカルな見方を示そうと試みていたのか、私は専門外ですので何ともいえません。よくいわれるように、『源氏物語』作者の紫式部が謙遜が過ぎて漢籍については無知であるかのように装っていたのに対して、清少納言は人口に膾炙した「香炉峰の雪」にもあるように、漢籍に詳しいことを隠そうともしていません。藤原行成との会話でも清少納言が漢籍を理解していることを十分に踏まえた会話が成立しています。漢字の「一」すら知らないことを装った紫式部とは違います。まあ、それだからこそ「知ったかぶり」といった評判が立ったのかもしれません。漢籍に加えて、お釈迦さまに関係する言葉も盛んに引用されています。漢籍については、当時の流行であったと推測される『白氏文集』から白楽天の漢詩が多い印象でした。訳者がとてもていねいに脚注をつけてくれているので、何らかの典籍に則った表現であることが、私のようなシロートにも容易に理解できるのが有り難い点です。こういった名文を見ていると、実は、私がかつて大学院入試で使った英文和訳の問題にあった、米国大統領のスピーチなどもそうなのですが、自分独自の言い回しや表現も重要だとは思うものの、過去の古典的な名文・名スピーチから的確に引用するということが出来るのも重要だという気がします。例えば、私のようなへっぽこなエコノミストが、インパクト・ファクターを議論するのもはばかられる大学の紀要に掲載する論文を書く際でも、2-3ページに渡って50くらいの参考文献リストを付けます。修士論文指導をしている院生には「最低でも100くらいは参考文献を読むように」といったアドバイスをすることも少なくありません。ちなみに、昨年の紀要論文 "An Essay on Public Debt Sustainability : Why Japanese Government Does Not Go Bankrupt?"には4ページほどに渡って70を超える参考文献をリストアップしています。小説である『源氏物語』には参考文献は不要かもしれませんが、エッセイであれば明示せずとも典籍に則った表現は必要なのであろう、という気がしました。強くしました。

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次に、恒川光太郎『真夜中のたずねびと』(新潮文庫)を読みました。著者は、どちらかといえば、私はホラー作家であると評価しています。それほど多くの作品を読んでいるわけではありませんが、角川ホラー文庫に収録されているデビュー作の『夜市』や『白昼夢の森の少女』は明らかにホラーです。そして、本書もややホラーがかってはいるのですが、ミステリと不条理ホラーの中間のようなテイストです。5話の短編からなる連作短編集であり、主人公は犯罪とかカルトとか異常な要素と社会の片隅や底辺に位置しています。私の趣味に合う、というか、とても共感できる世界観です。文章が極めて巧みで、情景が目に浮かぶようですし、現実からズレを生じて不気味でありながらも、何か身近な雰囲気を醸し出しています。収録順に、各短編のあらすじは以下の通りです。まず、「ずっと昔、あなたと二人で」では、災害孤児となりった少女アキが主人公です。占い師の老女に引き取られますが、老女が若いころに亡くして遺体を岩穴の奥にそのまま放置していて、その亡骸を掘り出しに行くことを要求されます。「母の肖像」では、殺人鬼の父親とそれに依存する母親の間に生まれた息子である河合一馬が主人公です。河合一馬が子供の時、父親に殺されそうになった母親を助けようとして警察に連絡し、その結果、父は警察が来るので逃亡して行方不明となり、薬物使用の罪で母は逮捕されてしまいます。河合一馬は大人になり自ら生計を立てるようになりますが、その主人公が人探し請負の女性を通して母から会いたいという連絡を受けます。「やがて夕暮れが夜に」では、あかりが16歳の高校生の時に、弟が起こした殺人事件のせいで、大学進学は当然のように諦め、それだけではなく、一家離散の憂き目にあい、加害者家族への容赦ないバッシングを避けるため山奥での生活を始めます。「さまよえる絵描きが、森へ」では、ふたたび河合一馬が登場し、旅先で知り合ったKENと名乗る、というか、ハンドルネームの男性から過去の人生を長々と打ち明けられます。すなわち、資産家の家に生まれて何不自由ない身でありながら、ひき逃げ事故を起こした後、残された母子に対する償いを考えている、といった内容で、KENを主人公としたお話に引き継がれます。最後の「真夜中の秘密」では、携帯電話の電波すら届きにくい山奥の家屋を相続してレンタル民家を経営する藤島が主人公です。ある日、死体を埋めに来た女性と出くわしてしまい、格闘の末に殺してしまったと思い、その女性の自宅まで遺体を運ぼうとするのですが、女性は死んでいたわけではなく生き返ってしまいます。藤島は自首を勧めますが、だんだんと事後共犯のような形になっていきます。繰り返しになりますが、現実から少し距離を置いた社会の辺境や底辺に位置する人々を描き出そうと試みています。しかも、通常のまっとうな生活からはみ出したような舞台設定です。でも、そのズレのある世界観というのがある意味で心地よく、とまではいわないとしても、身近な何処かにありそうな雰囲気をたたえています。でも、ある程度の読解力ないと読みこなせないおそれもあります。広く万人にオススメできる作品ではないかもしれませんが、好きな読者はめちゃくちゃに好きになる作品だという気がします。

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2024年6月28日 (金)

増産続く5月の鉱工業生産指数(IIP)と回復が鈍化している雇用統計をどう見るか?

本日は月末閣議日ということで、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)が、また、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。いずれも5月の統計です。IIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から+2.8%の増産でした。また、雇用統計では、失業率は前月から横ばいの2.6%を記録した一方で、有効求人倍率は前月を▲0.02ポイント下回って1.24倍となっています。まず、日経新聞のサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

鉱工業生産指数、5月2.8%上昇 2カ月ぶりプラス
経済産業省が28日に発表した5月の鉱工業生産指数(2020年=100、季節調整済み)速報値は103.6となり、前月比で2.8%上がった。自動車工業や電気・情報通信機械工業がけん引し、2カ月ぶりのプラスとなった。
QUICKがまとめた民間エコノミスト予測の中央値は前月比2.0%の上昇だった。28日の発表では、全15業種のうち13業種が上がった。基調判断は「一進一退ながら弱含み」を維持した。
伸びが最も大きかったのは、自動車工業で前月比18.1%上がった。ダイハツ工業などの認証不正問題で停止していた生産の再開が寄与した。自動車用電気照明器具やハイブリッド車に使うアルカリ蓄電池などの電気・情報通信機械工業も5.1%上がった。
コンベヤや一般用蒸気タービンなどの汎用・業務用機械工業は5.2%プラスとなった。5月にまとまった取引が集中した。
低下した2業種のうち、半導体製造装置や化学機械といった生産用機械工業は6.9%のマイナスだった。4月に顕著だった台湾や韓国への出荷が振るわなかった。
主要企業の生産計画から算出する生産予想指数は6月に前月比で4.8%の低下を見込む。企業の予測値は上振れしやすく、例年の傾向をふまえた補正値は6.0%のマイナスだ。7月の予測指数は3.6%のプラスを見込む。
経産省は「6月の生産予測指数では自動車の型式不正問題による出荷停止の影響が一定程度見込まれる」と分析する。
5月の有効求人倍率、1.24倍に低下 失業率は横ばい
厚生労働省が28日発表した5月の有効求人倍率(季節調整値)は1.24倍で、前月と比べ0.02ポイント低下した。物価上昇が続くなか、収入がより高い企業への転職や、掛け持ちの仕事を探す求職者が増えた。総務省が同日発表した5月の完全失業率は2.6%で、前月から横ばいだった。
有効求人倍率は全国のハローワークで職を探す人に対し、1人あたり何件の求人があるかを示す。5月の有効求人数は前月比0.1%増の236万2973人、有効求職者数は1.9%増の206万8269人だった。新規求職申込件数は1.4%増えた。
景気の先行指標とされる新規求人数(原数値)は前年同月から0.6%減少した。業種別にみると生活関連サービス・娯楽業(10.6%減)や製造業(7.4%減)で落ち込みが目立つ。厚労省によると、円安などに伴うコストの上昇を価格に転嫁できていない企業で、求人を手控える動きが出ているという。

長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にはある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)は予測中央値で+2.0%の増産でしたので、実績の前月比+2.8%の増産は、レンジ上限の+2.5%増を超えて大きく上振れした印象です。しかしながら、引用した記事にもある通り、何とも、自動車工業の動向が不透明です。すなわち、5月統計ではダイハツの認証不正からの挽回生産があったものの、トヨタやスズキなどの新たな認証不正の今後の動向がまったく私には判りません。ただ、統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断については、1月に下方修正した「一進一退ながら弱含み」を本日公表の6月統計でも据え置いています。また、先行きの生産については、製造工業生産予測指数を見ると、引用した記事にもある通り、足下の6月は補正なしで▲4.8%の減産、上方バイアスを除去した補正後では▲5.6%の大きな減産となっている一方で、7月は+3.6%の増産と見込まれています。この製造工業生産予測指数を製造工業以外にも単純に当てはめると、4~6月期の生産は前期比+2%増ほどになりますから、GDPもプラス成長の可能性が十分あります。鉱工業生産に戻って、経済産業省の解説サイトによれば、5月統計での生産は、引用した記事にもある通り、自動車工業では+18.1%の増産で、+2.24%の寄与度を示しています。加えて、電気・情報通信機械工業も+5.1%の増産、寄与度+0.42%、汎用・業務用機械工業でも+5.2%の増産、寄与度+0.38%、などとなっています。他方、減産は、生産用機械工業が▲6.9%の増産、寄与度▲0.66%、無機・有機化学工業も▲0.2%の減産で、寄与度▲0.01%となっています。

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続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。なお、失業率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前月から横ばいの2.6%と見込まれ、有効求人倍率に関する日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスも、前月から横ばいの1.26倍と見込まれていました。ジャストミートした失業率はともかく、有効求人倍率の予測レンジ下限は1.24倍でしたので、実績はレンジ下限ギリギリだったことになります。しかし、いずれにせよ、人口減少局面下の人手不足を背景に、失業率も有効求人倍率もともに水準が高くて雇用は底堅い印象ながら、5月統計に現れた雇用の改善は鈍い、と私は評価しています。例えば、季節調整していない原数値の前年同月比で見て、勤め先や事業の都合による離職者は減少している一方で、自発的な離職(自己都合)や新たに求職が増加していますので、一見すると好況期の離職・求職行動のように見えますが、まだ1を上回っているとはいえ有効求人倍率が低下していますし、新規求人数も減少している現状で、自発的とはいえ離職して新たな求職行動を取ることがどこまで合理的かは疑問が残ります。失業率は景気の遅行指標ですし、一致指標の有効求人倍率や先行指標の新規求人数などを見る限り、あるいは、そろそろ景気回復局面は最末期に近づいているのかもしれません。先進各国が景気後退に陥らないソフトランディングのパスに乗っているにもかかわらず、我が国の雇用の改善が緩やかな印象を持つのは、おあおらく、私だけではないと思います。

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2024年6月27日 (木)

順調に増加を続ける5月の商業販売統計は基調判断が上昇改定される

本日、経済産業省から5月の商業販売統計が公表されています。統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+3.0%増の13兆5040億円を示し、季節調整済み指数は前月から+1.7%の上昇を記録しています。まず、ロイターのサイトなどから各統計を報じる記事を引用すると以下の通りです。

小売業販売5月は前年比3%増、ドラッグストア好調やガソリン値上げで
経済産業省が27日公表した商業動態統計速報によると、5月の小売販売額(全店ベース)は前年比3.0%増の13兆5040億円となり27カ月連続で増加した。プラス幅は4月の2.0%から拡大した。ドラッグストアの販売好調やガソリン値上げなどが押し上げた。
ロイター集計の民間予測中央値2.0%増を上回った。
<ドラッグストアの飲料・菓子好調、スーパーは節約志向影響>
業種別の前年比は、ホームセンターや園芸などを含むその他小売業が7.1%増、機械器具小売(家電量販含む)や無店舗小売(ネット通販含む)がそれぞれ5.3%増など。ドラッグストア内の食品販売も含まれる医薬・化粧品は5.1%増。ガソリン値上げが寄与し燃料小売り業も4.5%増だった。一方、自動車は3.3%減少した。
業態別の前年比は、百貨店13.7%増、ドラッグストア6.6%増、コンビニ1.3%増、スーパー1.2%増などとなった。
ドラッグストアは、スーパーなどより値下げ率の大きい飲料や菓子が伸びたほか、インバウンド需要含めスキンケアなど化粧品販売が好調だった。一部地域でのコロナ流行もあり調剤も伸びたという。

的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは下の通りです。上のパネルは季節調整していない小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数をそのまま、それぞれプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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見れば明らかな通り、小売業販売は堅調な動きを続けています。季節調整済み指数の後方3か月移動平均により、経済産業省のリポートでかなり機械的に判断している小売業販売額の基調判断は、本日公表の5月統計までの3か月後方移動平均の前月比が+0.4%の上昇となりましたので、「緩やかな上昇傾向」と4月統計から上方改定されています。ただ、参考まで、消費者物価指数(CPI)との関係では、5月統計ではヘッドライン上昇率が+2.8%、生鮮食品を除くコア上昇率も+2.5%と、前年同月比で+2%台半ばから後半のインフレですので、小売業販売額の5月統計の+3.0%の前年同月比での増加は、インフレ率ギリギリです。したがって、実質的な消費はほとんど伸びていないと考えるべきです。考慮しておくべき点が2点あり、ひとつは、インフレにより名目販売額が膨らんでいる可能性です。もうひとつは、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより、部分的なりとも小売業販売額の伸びが支えられている可能性です。最初の点については、引用した記事にもある通り、「ガソリン値上げが寄与し燃料小売り業も4.5%増」と指摘しています。また、2番目の点についても、グラフは示しませんが、これもロイターの記事にある通り、国民生活に身近で頻度高い購入が想像されるスーパーやコンビニよりも、百貨店販売の伸びの方が大きくなっている点にインバウンド消費が現れている気がします。したがって、小売業販売額の伸びが国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性は考慮されるべきです。

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2024年6月26日 (水)

6月調査の日銀短観予想やいかに?

来週月曜日7月1日の公表を控えて、各シンクタンクから6月調査の日銀短観予想が出そろっています。いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、ネット上でオープンに公開されているリポートに限って、大企業製造業/非製造業の業況判断DIと全規模全産業の設備投資計画を取りまとめると下のテーブルの通りです。設備投資計画は今年度2024年度です。ただ、全規模全産業の設備投資計画の予想を出していないシンクタンクについては、適宜代替の予想を取っています。ヘッドラインは私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しましたが、可能な範囲で、先行き経済動向に注目しました。短観では先行きの業況判断なども調査していますが、シンクタンクにより大きく見方が異なっています。注目です。より詳細な情報にご興味ある向きは左側の機関名にリンクを張ってあります。リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開くか、ダウンロード出来ると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちに Acrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名大企業製造業
大企業非製造業
<設備投資計画>
ヘッドライン
3月調査 (最近)+11
+34
<+3.3>
n.a.
日本総研+11
+32
<+9.5%>
先行き(2024年9月調査)は、全規模・全産業で6月調査から横這いを予想。製造業では、自動車の生産回復や電子部品など財需要の循環的な回復が見込まれることから、関連業種を中心に小幅改善する見通し。非製造業は小幅な低下が見込まれるものの、高水準で推移する見通し。ただし、製造業、非製造業ともに人件費の増加や、物価上昇による消費低迷などへの懸念が企業マインドの重石となる可能性。
大和総研+11
+33
<+11.1%>
6月日銀短観では、大企業製造業の業況判断DI(先行き)は+12%pt(最近からの変化幅:+1%pt)、 同非製造業は+28%pt(同: ▲5%pt)を予想する。
大企業製造業では、「はん用機械」、「生産用機械」、「業務用機械」などの機械類において業況判断DI(先行き)の上昇を見込む。米国の底堅い民需や欧州における経済成長率の加速、中国の景気回復などを背景に資本財輸出が回復基調に転じるとみている。「鉄鋼」や「非鉄金属」など、関連する素材業種の業況判断DI(先行き)も改善するだろう。
大企業非製造業については、「卸売」や「対個人サービス」、「宿泊・飲食サービス」の業況判断DI(先行き)の低下を予想する。インバウンド消費の拡大が追い風となる一方、人手不足や時間外労働の上限規制への警戒感が強い状況が続くだろう。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+12
+33
<+12.0%>
大企業・製造業の業況判断DIの先行きは、1ポイントの改善を予測する。半導体関連産業は先行き、持ち直しの動きが継続すると想定される。また、6月に発覚した大手自動車メーカーの認証不正問題に伴う影響についても、今後は徐々にはく落するとみられ、景況感の改善要因になるだろう。
大企業・非製造業の業況判断DIの先行きも改善を予測する。春闘賃上げ率は日本労働組合総連合会(連合)の第6回集計時点で+5.08%と、昨年同期集計(+3.66%)対比で大幅に高まっている。夏場にかけて賃上げ分が徐々に所定内給与に反映されるほか、6月には定額減税も始まった。家計の購買力が高まることで、個人消費は増加に転じると期待される。こうした要因を背景に、非製造業の見通しも改善すると予測する。
ニッセイ基礎研+13
+33
<+12.6%>
先行きの景況感はバラツキが生じると予想。引き続き、円安に伴う原材料高への懸念が幅広く景況感の重石となるが、製造業では、自動車の挽回生産や半導体市場の回復期待が支えとなり、景況感の緩やかな持ち直し継続が示されると見ている。非製造業についても、大企業では定額減税や賃上げ効果による消費回復期待を受けて、景況感がやや改善するだろう。一方、中小企業では、人手不足への懸念が特に強いうえ、もともと先行きを慎重に見る傾向が強いだけに、今回も先行きにかけて悪化が示されると予想している。
第一生命経済研+10
+36
<大企業製造業18.2%>
6月調査の業況判断DI(大企業製造業)は、前回比▲1ポイントの悪化が予想される。自動車メーカーの検査不正が発覚して、それが出荷停止に響くことが大きい。
三菱総研+14
+34
<+11.2%>
先行きの業況判断DI(大企業)は、製造業+14%ポイント(6月時点から+1%ポイント上昇)、非製造業は+34%ポイント(同+1%ポイント上昇)を予測する。製造業は、半導体市場の回復を背景に、電気機械や生産用機械など関連業種の業況改善を見込む。非製造業は、24年春闘を受けた賃金上昇率の高まりから、個人消費が持ち直すことで、消費関連業種を中心に業況は改善するだろう。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+11
+35
<大企業全産業+15.7%>
大企業製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査から横ばいの11と予測する。半導体需要の回復が生産用機械等の改善に寄与する一方、海外景気の弱さや足元で判明した自動車の新たな品質不正が鉄鋼等の下押し材料となり、全体では一進一退が見込まれる。先行きは、種々の下押し要因の解消で、3ポイント改善の14と前向きな見通しになるだろう。
大企業非製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査から1ポイント改善の35と予測する。景況感は歴史的な水準まで高まっており、さらなる改善の余地は小さいものの、需要の回復が続く中で、対個人サービスや宿泊・飲食業等を中心に改善が続こう。先行きは、物価上昇による需要減やコスト増、人手不足の深刻化による悪影響等が懸念され、3ポイント悪化の32と慎重な見通しになるだろう。
農林中金総研+12
+35
<5.5%>
先行きに関しては、世界経済の低成長状態はしばらく続く半面、賃上げの高まりや所得税・住民税減税の効果への期待は高まっている。消費改善への期待感が民間企業設備投資などにも好影響を与えていくだろう。ただし、夏場にエネルギー高騰が想定されるほか、サービス産業では人件費増加分の価格転嫁が進展するかに対する懸念もあると思われる。以上から、製造業では大企業が13、中小企業が1と、ともに今回予測から+1ポイントの改善、一方の非製造業では大企業が33、中小企業が14と、今回予測からともに▲2ポイントの悪化となるだろう
明治安田総研+10
+35
<+9.4%>
9月の先行きDIに関しては、大企業・製造業は2ポイント改善の+12、中小企業・製造業は1ポイント改善の▲1と予想する。自動車メーカーの認証不正問題の影響一巡への期待や、半導体市場における需要回復などを追い風に改善すると予想する。

3月調査の日銀短観景況判断では、先行きについて大企業製造業は▲1ポイント低下して+10、大企業非製造業は▲7ポイント低下して+27との結果を得ていましたが、上のテーブルを見れば判るように、ほぼ横ばい圏内の動きと考えられます。製造業については、先進国経済がソフトランディングに向かっていたり、中国経済も回復の兆しを見せ始めていいるとはいえ、どちらもまだ力強さには欠ける一方で、自動車産業の認証不正の影響も徐々に剥落する可能性が高いと考えられます。非製造業では、需要面では定額減税や賃上げ効果から消費の伸びが期待でき、また、インバウンド消費も急速な勢いで回復しているとはいえ、人手不足や時間外労働規制の強化などの供給面での制約が懸念されているといった特徴があります。また、非製造業の供給制約は大企業よりも中小企業や零細企業といった規模の小さな企業に対するインパクトの方が強くなりがちな点も懸念されます。ですので、硬軟取り混ぜて、どちらに振れても大きな変化ではなく横ばい圏内、ということなのかもしれません。設備投資計画に関しては、日銀短観の統計としてのクセで、3月調査で低くスタートした後、6月調査で上方修正される可能性が高いと受け止められています。
最後に、下のグラフは三菱UFJリサーチ&コンサルティングのリポートから 業況判断DIの推移 を引用しています。

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2024年6月25日 (火)

企業向けサービス価格指数(SPPI)の上昇は人件費アップの転嫁ではない

本日、日銀から5月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月からさらに加速して+2.5%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIについても同様に+2.4%の上昇を示しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格、5月2.5%上昇 人件費転嫁続く
日銀が25日発表した5月の企業向けサービス価格指数(2020年平均=100)は106.9と、前年同月比2.5%上昇した。4月(2.7%)から伸び率が0.2ポイント縮小した。宿泊サービスの伸び率が縮小したが、幅広い分野で人件費上昇を価格に反映する動きが続いている。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格動向を表す。例えば貨物輸送代金や、IT(情報技術)サービス料などで構成される。モノの価格の動きを示す企業物価指数とともに今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。
5月から基準年を15年から20年に改定し、調査品目の見直しなども実施した。
内訳をみると、宿泊サービスは前年同月比で12.9%上昇した。23年5月に観光促進策「全国旅行支援」の割引が縮小し、伸び率が拡大していた反動で4月(21.2%)から伸び率が縮小した。ただインバウンド(訪日外国人)などの人流回復の影響で依然として高い水準を維持している。
廃棄物処理はエネルギーコストや人件費の上昇を転嫁する動きがあり、前年同月比5.8%上昇した。道路貨物輸送は物流の運転手が不足する「2024年問題」による人件費上昇などで2.9%上昇した。
外航貨物輸送は海運相場の上昇が影響し、前年同月比11.8%上昇した。
調査対象となる146品目のうち、価格が前年同月比で5月に上昇したのは109品目、下落は20品目だった。
基準改定に合わせて人件費の比率の高低でサービスを分類する新指数も公表した。高人件費率サービスの価格指数は前年同月比2.5%上昇し、低人件費率サービスも2.5%上昇した。

もっとも注目されている物価指標のひとつですから、長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルから順に、ヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、真ん中のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格のとサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。一番下のパネルはヘッドラインSPPI上昇率の他に、日銀レビュー「企業向けサービス価格指数(SPPI)の人件費投入比率に基づく分類指数」で示された人件費投入比率に基づく分類指数のそれぞれの上昇率をプロットしています。影を付けた部分は、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、モノの方の企業物価指数(PPI)のトレンドはヘッドラインとなる国内物価指数で見る限り、上昇率としては2023年中に上昇の加速はいったん終了したものの、最近時点で再加速は見られ、PPI国内物価指数の前年同月比上昇率は5月統計で+2.4%を示しています。他方、その名の通りのサービスの企業向けサービス物価指数(SPPI)は、指数水準として一貫して上昇を続けているのが見て取れます。企業向けサービス価格指数(SPPI)のヘッドラインの前年同月比上昇率は、今年2023年8月から+2%台まで加速し、本日公表された5月統計では+2.5%に達しています。11か月連続で+2%台の伸びを続けているわけです。+2%前後の上昇率はデフレに慣れきった国民マインドからすれば、かなり高いインフレと映っている可能性があるとは思いますが、日銀の物価目標、これは生鮮食品を除く消費者物価上昇率ですが、その物価目標の+2%から大きく離れているわけではないことも確かです。加えて、真ん中のパネルにプロットしたうち、モノの物価である企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価のグラフを見ても理解できるように、企業向けサービス価格指数(SPPI)で見てもインフレ率は高いながら、物価上昇がさらに加速する局面ではないんではないか、と私は考えています。すなわち、年度始まりの4月の価格改定に適した時期にコストアップ分などを転嫁する動きが見られた、ということではないかという気もします。また、人件費投入比率で分類した上昇率の違いをプロットした一番下にパネルを見ても、低人件費比率と高人件費比率のサービスの違いに大きな差はありません。昨年2023年から今年2024年にかけて、春闘賃上げ率が高まっていることを背景に、物価上昇は人件費の転嫁であるという実しやかな説が流れていますが、政策投資銀行のリポートでも「2023年以降では(物価)上昇要因のほとんどが企業収益の増加によるもの」と指摘しています。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて5月統計のヘッドライン上昇率+2.5%への寄与度で見ると、機械修理や宿泊サービスや廃棄物処理などの諸サービスが+1.23%ともっとも大きな寄与を示しています。コストアップが着実に価格に転嫁されているというのが多くのエコノミストの見方です。結果的に、ヘッドライン上昇率+2.5%の半分近くを占めています。また、引用した記事にもある通り、インバウンドの寄与もあり、宿泊サービスは前年同月比で+12.9%と、4月統計から上昇幅が縮小したとはいえ、依然として2ケタの高い上昇率です。加えて、SPPI上昇率高止まりの背景となっている石油価格の影響が大きい道路貨物輸送や外航貨物輸送や道路旅客輸送などの運輸・郵便が+0.49%、ほかに、ソフトウェア開発や情報処理・提供サービスや新聞といった情報通信が+0.30%、のプラス寄与となっています。

繰り返しになりますが、今回から日銀が公表するようになったSPPIの人件費投入比率に基づく分類指数を見ても、あるいは、引用した記事の最後のパラからも明らかなように、高人件費比率のサービスの上昇率が高いわけではありません。人件費の上昇が価格に転嫁されて物価上昇につながっているというのは、明らかに誤った情報です。メディアのリテラシーの低下を嘆いているエコノミストは私だけなのでしょうか?
最後に、日銀レビュー「企業向けサービス価格指数(SPPI)の人件費投入比率に基づく分類指数」で示されている高人件費サービスと低人件費サービスの分類 SPPIの人件費投入比率に基づく分類 を以下の通り示しておきます。ご参考まで。

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2024年6月24日 (月)

放漫経営による倒産が増加している?

昨日、6月23日、東京商工リサーチから「放漫経営による倒産が急増、経営者のモラル低下も」と題するコラムが明らかにされています。この中で、今年2024年5月の企業倒産はほぼ11年ぶりに1,000件を超えた中で、倒産の要因としては物価高や人手不足などが上げられている一方で、その影に隠れ「放漫経営」が急増している、と指摘しています。
東京商工リサーチでは、販売不振や他社倒産の余波、過小資本など10区分で倒産の主因を分類していて、その10区分に「放漫経営」があるそうです。下のグラフは、東京商工リサーチのサイトから 「放漫経営」年次推移 (1-5月) を引用しています。

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東京商工リサーチによれば、放漫経営は3パターンに分かれると指摘し、経験不足などの「事業上の失敗」、異業種への進出失敗などの「事業外の失敗」、融通手形などの「融手操作」だそうです。また、通常は、放漫経営の倒産は好況期に増える、と考えられてきました。すなわち、好調な業績を基に事業拡大を無計画で進めたり、余剰資金を投資で増やそうとして失敗したり、といったものです。しかし、コロナ期にゼロゼロ融資をはじめとする手厚い支援でコロナ・ショックをしのぎながら、支援縮小とともに放漫経営が顕在化し始めた、と東京商工リサーチでは指摘しています。明記はしていませんが、ゾンビ企業批判の一種ではないかと私は受け止めています。ゾンビ企業批判は金融緩和に反対する根拠のひとつですし、日銀が金融引締めを開始したタイミングでこういったゾンビ企業批判が注目されるのは当然です。

私は資本ストックの継続的な活用や労働力のスキルの維持に主眼をおいて、景気後退期の清算主義的な「企業淘汰論」には反対してきました。金融政策が引締めに転じ、防衛費=軍事費の大幅増加のための財源論で財政債権の強化も始まりかねない現時点で、財政と金融の緊縮や引締め政策に対する考え方をキチンとしておきたいと思います。

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2024年6月23日 (日)

京都府宇治市にポケふた出現

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新たに、京都府宇治市にポケふた2枚がやってきました。すでに、京都市内には4枚のポケふたがあって、私は東京から引越してきた翌年2021年のゴールデンウィークに自転車で回っています。今回は、宇治市内に2枚設置され、上の画像の通りです。3秒で入れ替わるようなgifアニメにしてあります。まず、我が家で購読している朝日新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

宇治市に「ポケふた」がやってきた! 市内2カ所に設置へ
アニメやゲームで人気の「ポケットモンスター」のキャラクターをマンホールのふたに描いた「ポケふた」2枚が京都府宇治市に設置されることになり、18日にお披露目された。
設置される場所は、京阪宇治駅に近い「お茶と宇治のまち歴史公園」内と、宇治川にかかる朝霧橋の東側。しばらくすれば、ゲームの「ポケモンGO」と連動して遊べるようになるという。
市内では今秋、任天堂の資料館「ニンテンドーミュージアム」が開館する。松村淳子市長は「ポケふたとあわせて市内を周遊してもらえれば」と話した。
ポケふたは、ポケモンを通じて日本各地の魅力を発信することを目的に、株式会社ポケモンが自治体に寄贈している。宇治の2枚を含めると全国で349枚になる。

私は、公務員を定年退職して現在の大学に再就職しました。子供達はもうすでに独立ていたので、カミさんと2人して東京のマイホームを売り払って関西に引越したのですが、その際、京都府宇治市に移り住みました。私の生まれ故郷だったからです。しかし、60歳を過ぎて通勤に体力を消耗するために、今の大学近くに再び引越したのですが、大学を辞める時が来れば、もう一度最初に引越した宇治の方に戻ろうと考えています。その宇治にポケふたが現れたのですから、ぜひとも見に行きたいと考えています。2枚とも宇治川沿いの宇治橋の近くのようです。大学退職後に戻ろうとしている我が家は、もう少し先の、というか、もう数キロ宇治川下流の観月橋寄りですが、それはともかく、自転車で瀬田川沿いに下れば2時間ほどではないかと思います。京都にいたころに、そのルートで逆に宇治から大津のポケふたを見に自転車を飛ばした記憶があります。現時点で、すでに梅雨入りしてしまいましたし、まだ大学の授業も1か月ほど続きますので、夏休みには自転車で県境を超えたいと思います。

なお、朝日新聞の記事にあるニンテンドーミュージアムですが、私はニンダイはフォローしていないものの、諸般の情報を総合すると、国道24号線の旧道に面したところだろうと思います。これも十分土地勘がありますので、そのうちに訪れたいと考えています。郷土愛はそれほど強くありませんが、ポケモン愛は強烈に持っているつもりです。

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2024年6月22日 (土)

今週の読書は経済学の学術書をはじめ計6冊

今週の読書感想文は以下の通り計6冊です。
まず、西村和雄・八木匡[編著]『学力と幸福の経済学』(日本経済新聞出版)では、大学生の学力低下を実証的に分析し、あわせて、学力と幸福度との関係についても考えています。細田衛士『循環経済』(岩波書店)は、Sraffa-von Neumann-Leontirf的な分析アプローチに基づき、循環経済のモデルを数式で表現してモデル分析を試みています。杉山大志[編著]『「脱炭素」が世界を救うの大嘘』(宝島社新書)は、SDGs、特に、脱炭素に強い疑問を呈しています。酒井敏『カオスなSDGs』(集英社新書)は、乱雑さが増していくというエントロピーの法則から考えて、そもそも、自然界はサステイナビリティを欠いている可能性も指摘します。有田芳生『誰も書かなかった統一教会』(集英社新書)は、安倍元総理の暗殺事件をモチーフに、統一教会と北朝鮮との関係、米国フレイザー委員会報告、「世界日報」編集局長襲撃事件、「赤報隊事件」の疑惑、を取り上げています。銀座百点[編]『おしゃべりな銀座』(文春文庫)は、1955年に日本で初めて発刊されたタウン誌『銀座百点』に掲載された47編のエッセイを加筆修正して収録しています。
ということで、今年の新刊書読書は1~5月に128冊の後、6月に入って先週までに19冊をレビューし、今週ポストする6冊を合わせて153冊となります。順次、Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。なお、新刊書読書ではないので、本日の読書感想文では取り上げてありませんが、米澤穂信『巴里マカロンの謎』(創元推理文庫)も読んでいます。米澤穂信による小市民シリーズの春夏秋冬四部作の完結編として『冬期限定ボンボンショコラ事件』が出版されて図書館で予約しているところ、直前刊で春夏秋冬から外れる『巴里マカロンの謎』もおさらいの意味で読みました。Facebookとmixiでシェアする予定です。

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次に、西村和雄・八木匡[編著]『学力と幸福の経済学』(日本経済新聞出版)を読みました。著者は、神戸大学と同志社大学の研究者です。本書では、現状における大学生の学力のレベルを測定し、ゆとり教育をはじめとする教育政策の帰結について分析し、また、幸福との関係について考えています。いくつか、ネット調査なども活用して独自データを収集し、フォーマルな定量分析をしている章もありますが、基本的に、私の専門分野である経済や本書が焦点を当てている教育は国民からみてとても身近なものであり、広く一般向けに判りやすい研究成果を収録しています。本書は4部構成であり、まず、第Ⅰ部で大学生の学力低下、特に数学力の現状を把握しようと試みています。結果として、数学力の低下が著しく、それはいわゆる文系学部だけでなく、理系学部においても数学力は大きく低下していることを実証しています。pp.32-33に学力調査で使用した21問の問題が掲載されています。小学生レベルから高校レベルまで、どのような正答率の分布かが示されています。そして、この学力低下の大きな原因がゆとり教育にあることが実証的に確認されています。そうかもしれません。ゆとり教育原因説は別にして、私も大学の授業で学生諸君の数学力については大いに悩まされています。第Ⅱ部では、数学をはじめとする学力が人生をかなり左右する、という結果が示されています。すなわち、数学の学力が高い人の所得が高い、とか、一般に認識されているのとは逆に、理系の大学卒の方が文系よりも所得が高い、とか、物理学への興味が高いと仕事ができる、とか、いろんな研究成果が示されています。加えて、一般入試以外の推薦入試、AO入試などの入試の多様化の成果に大きな疑問を呈しています。ただ、私自身はこの第Ⅰ部と第Ⅱ部の結論には少し疑問と異論があります。私の疑問と異論は後にして、第Ⅲ部では幸福度と家庭教育、広い意味での家庭教育について考え、子育てを支援型、厳格型、迎合型、放任型、虐待型に分類したうえで、子供の将来がどのようなものになるかを実証的に分析しようと試みています。最後の第Ⅲ部では、最近の行動経済学の成果も取り入れつつ、思考と行動のメカニズムを解明しようと試みています。コロナ期の外食や旅行についてガマンするか、ソーシャル・ディスタンスを取って実行するか、気にせず実行するか、における忍耐力の重要性などを論じています。分析の結果、自己決定の重要性がクローズアップされています。いろんな教育や学力に関する身近なトピックについて、ネット調査などを活用しつつ、さまざまな独自データを収集して定量分析がなされています。どこまで再現性があるかどうかについて、私はやや疑問なしとしませんが、とても貴重な分析結果であることは間違いありません。ただ、先に言及した第Ⅰ部に対する疑問は、OECDの実施するPISAとの関係です。PISAは3年おきにOECDが15歳の義務教育終了に近い時点の生徒の学力を国際比較を含めて把握するもので、国立教育政策研究所のリポート「PISA2022のポイント」なんかを見る限り、日本のスコアは決して悪くありません。数学なんかはトップクラスといえます。もちろん、PISAの高スコアと大学生の学力低下、すなわち、クロスセクションで日本の15歳の生徒の好成績と大学生の時系列的な学力低下は、決して大きく矛盾するものではありません。可能性としては4つほど考えられます。第1に、日本以上に先進各国の大学生が学力を落としている可能性です。第2に、15歳時点では世界のトップクラスでも、高校の3年間と大学の初期で大いに学力を落とす可能性です。第3に、15歳時点で低スコアだった生徒が多く大学に進学して、逆に、高スコアの生徒が大学に進学しない可能性です。第4に、PISAか本調査か、どちらかが間違っている可能性です。まず、第1の可能性は低かろうと推察されます。第3と第4も、取りあえずは除外することが出来るような気がします。問題は第2の可能性です。というのは、私の勤務校における実感にも合致し、かつ、国際比較した日本の労働者の生産性が低いという事実はかねてから指摘されている通りであり、義務教育を終えた優秀な日本の15歳に対して高校・大学、そして、職場で学力や生産性を上昇させないような何かがある可能性は排除できません。ただ、この点は私の専門外であり、指摘するにとどめておきます。さらに、第Ⅱ部の結論に関する異論は、相関関係と因果関係を、どうやら故意に混同した記述にしているような気がします。数学の学力が高い人が高所得になるのはあくまで相関関係であり、数学の学力が高いことが原因となって高所得をもたらしているのかどうかは、実証されているわけではありません。別の何らかの第3の要因があって、それが数学の学力を高め、同時に所得も高めている可能性があります。たぶん、そうだろうと思います。私は授業の中でいくつか質問をし、すでに授業で教えたハズの点とか、高校で習っていることとかを質問し、正答した学生には加点しています。加点を多く得る学生はリポートや定期試験でもいい点を取って、高い評価を得る場合が少なくないです。これは、加点を得るから最終的な評価点が高くなる、という因果ではなく、おそらく、もともと優秀だったり、授業に高い関心を持って臨んでいたりする学生が、教員である私の質問に正答して加点を得て、最終的にも高評価を得るんだろうと考えています。本書第Ⅱ部の数学や物理の学力と所得や仕事の能力の関係は、この順の因果関係ではなく、別の何らかの要因が数学や物理学の学力を高めていて、同時に、所得や仕事の能力も高くしているんだろうという気がします。それが何かを解明することなく、表面上の数学や物理の学力や好き嫌いだけを論じ得ることにも、意味がないことはありませんが、もう少し深い分析が必要そうな気がします。強くします。

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まず、細田衛士『循環経済』(岩波書店)を読みました。著者は、慶應義塾大学の研究者を経て、現在は東海大学の教授です。タイトルから明らかですが、一直線の生産-消費-廃棄ではなく、リサイクルやリユースの循環型経済に関するモデル分析に関する学術書です。学術書ですので、専門分野に詳しい学生ないし大学院生レベルの基礎知識は必要とし、一般ビジネスパーソンにはハードルが高く感じられる可能性があります。本書では、廃棄物については、結合生産物、すなわち、長期的な競争均衡において使用目的の明確な生産物とともに、長期的には使用を終えた段階で廃棄物が発生するという意味で、スラッファ的な結合生産物を考え、フォン-ノイマン的な鞍点均衡として不動点定理を用いた線形一般均衡モデルにより競争的な市場分析を行い、さらに、レオンティエフ的な線形の波及を考える、という意味のSraffa-von Neumann-Leontirf的な分析アプローチに基づき、循環経済のモデルを数式で表現してモデル分析を試みています。これだけでスンナリと理解できる人はとても頭がいいわけで、本書を読む必要すらないのかもしれません。ただ、基本は線形モデルですので、行列式の解法が多用されている一方で、微積分を用いた解析的な解法は出現しません。ですので、逆行列などが考えますが、まあ、極論すれば加減乗除の四則の範囲の数学ともいえますから、非線形の微分方程式の解法は必要ありません。まあ、それでも、ほぼほぼ数式を解くことによってモデルの解を求めますので、数式はいっぱい出てきます。ということで、本書は冒頭3章で、このSraffa-von Neumann-Leontirfモデルを理論的な基礎を提示しています。特に、第2章では産業系の廃棄物、第3章で家庭系の廃棄物について理論的基礎を明らかにしています。第4章以降では、こういった理論的基礎の上に、資源の循環利用に関する応用問題を散り上げています。まず、資源循環政策の同値性ということで、廃棄物の処理やリサイクルにかかるコストの負担については、生産物連鎖の上流で生産者が負担しても、下流で消費者が負担しても均衡条件に変わりはない、という点が示されます。ただ、これは合理的な生産者=企業や消費者を前提にしているわけで、少なくとも、消費者にコスト負担を求める方が不法廃棄が生じやすい、という点は広く合意があるものと思います。更に進んで、環境負荷の小さな財と大きな財の間の技術的選択において、コストミニマムの原則下で生産者=企業の選択と消費者=家計の選択が一致しないケースが分析されます。ただ、生産者にコスト負担を求めることにより、この矛盾は解消可能であることが明らかにされます。最後の方の章では環境配慮設計やいわゆるエコデザインの効果が分析されています。各章の結論の直前の節には数学付録が置かれている章もあり、ていねいに読み進む向きには大いに助けになりそうです。もちろん、一般常識で緩やかなコンセンサスある判断が多くを占めていて、それでも、理論モデルを用いた確認がなされているのは重要なポイントといえます。ホントは、データを用いて実証的な確認も欲しいところですが、それはないものねだりのような気がします。ただ、実践的には市場は長期に渡る財使用に基づく価格づけには失敗する可能性が高い、と私なんかはマイクロ経済学に疎いながらも想像していますので、市場均衡をここまで長期に引っ張ることが比較静学としても、どこまで可能なのかは疑問なしとしません。もちろん、それも分析対象としているモデル次第、といわれればそれまでです。最後に、どうでもいいことながら、スラッファの Production of Commodities by Means of Commodities は、その昔に京都大学の菱山教授による邦訳書があったと記憶している、というか、私は持っていたのですが、今はもう絶版になっているのでしょうか?

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次に、杉山大志[編著]『「脱炭素」が世界を救うの大嘘』(宝島社新書)を読みました。編者は、キャノングローバル戦略研究所の研究者です。実は、同じ出版社から池田清彦『SDGsの大嘘』が本書のほぼ1年前の2022年に出版されていて、私は2022年9月に読んでレビューしています。その続編というわけでもありませんが、やっぱり、SDGs、特に、脱炭素に強い疑問を呈しています。SDGsについて正面切って反対は難しいと私は感じているのですが、本書などでも強調されているのは、経済と環境のトレードオフです。SDGsは環境だけがコンポーネントになっているわけではなく、17のゴールと169のターゲットには、ゴール5のジェンダー平等、ゴール8の働きがいや経済成長、ゴール9の産業と技術革新の基盤などなど、モロに矛盾しかねないトレード・オフの関係にあるいくつかのゴールやターゲットが含まれています。ですので、本書ではカーボン・ニュートラルという、ある意味でもっとも人口に膾炙した目標、ゴール13の気候変動に焦点を当てています。ただ、相変わらず、陰謀論的な色彩が強くなっています。というのは、もっぱら、ステークホルダーのうちで「誰が得をするか」のトピックに終止している気がするからです。科学的に脱炭素が必要かどうかについて議論することなく、現在の脱炭素の方向性についての損得勘定で議論しても、私は底の浅い議論にしかならない気がしてなりません。というのも、私が知る限り、米国 Committee to Unleash Prosperity のリポート "Them vs. U.S.: The Two Americas and How the Nation’s Elite Is Out of Touch with Average Americans" というのがあるのですが、一般国民とElite1%とIvy League Graduatesで気候変動に対する考え方にかなり乖離があります。これは、2016年の英国のEU離脱、いわゆるBREXITの国民投票と同じで、一般国民と高学歴層の間に乖離がありました。米国の気候変動に関するアンケート調査では高学歴層が気候変動に強い関心を示し、$500のwill to payでも高い比率を示すなど、生活や経済に犠牲があっても気候変動に対処すべき、という考えが強いことが示されています。英国のBREXIT国民投票でも年齢が低いほど、また、学歴が高いほど、leaveではなくremainに投票しているとの結果がLSE blog "Would a more educated population have rejected Brexit?"などで明らかにされています。ですので、カギカッコ付きの「意識の低い一般国民」に対しては、我が国でもSDGs、特に、脱炭素については反対意見が強い影響力を持つ可能性があります。私も、かねてより、省エネとかで経済的な利得を得られるのであればSDGsや脱炭素が進むのは当然なのですが、$500のwill to payなどといった何らかの敬愛的な犠牲やロスを受けてでも脱炭素を進めようという意見がどこまで一般国民の間で支持されるかは、何とも自信がありません。ただ、一昔前であれば、間接民主制というのは国民の意見、すなわち、民意にバイアスあるのであれば、民意をそのまま単純に国政や外交などに反映させるのではなく、専門家の知見に基づいて一定のバイアスの是正も考慮すべきと、私は考えています。経済政策においては金融政策がある程度そういった考えで中央銀行の独立性を認めているわけです。気候変動についても、本書の見方は国民一般にはあるいは受入れられやすいかもしれませんが、一定のバイアスあるような気がしてなりません。

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次に、酒井敏『カオスなSDGs』(集英社新書)を読みました。著者は、京都大学の研究者から現在は静岡県立大学の副学長です。ご専門は地球流体力学だそうです。まず、本書でも表紙画像に見える副題からして、SDGsに対する疑問を出発点としています。例えば、SDGsは巷間注目されている脱炭素などの地球環境だけがコンポーネントになっているわけではなく、17のゴールと169のターゲットには、ゴール5のジェンダー平等、ゴール8の働きがいや経済成長、ゴール9の産業と技術革新の基盤などなど、モロに矛盾しかねないトレード・オフの関係にあるいくつかのゴールやターゲットが含まれています。といった観点をはじめとして、SDGsに対する疑問は、京都大学卒業生である筆者から、少しナナメ目線で「ルールは破られるためにある」という京都大学のよき伝統に従って指摘されています。まず、一般にも広くウワサされているように、SDGsとは先進国の都合を途上国や新興国に押し付けているだけではないのか、という疑問を呈しています。はい、この見方は私も判らないでもありません。人によっては、特に脱炭素などは、先進国をもっと絞り込んで西欧の見方であって、米国は必ずしも強く同意しているわけではない、という意見を持つ人も見かけたことがあります。さらに、著者は自然界のエントロピーの法則、いわゆる乱雑さが増していくという点から考えて、そもそも、自然界はサステイナビリティを欠いている可能性も指摘します。すなわち、自然界は本来サステイナブルではなく、そこの人類からサステイナビリティを持ち込む不自然さがある、ということなのかもしれません。ただし、私のようなシロートからすれば、自然界もサステイナブルであってくれた方が人類には好ましいわけで、本来サステイナブルでない自然界にサステイナビリティを無理にでも持ち込むのは一定の理由があるような気もします。本書では、さらに、複雑系やカオスの考えを持ち込んで、部分部分の相互作用によって、経済学、特にケインズ経済学で強調されるような「合成の誤謬」が生じる可能性も指摘しています。ただ、カオスに何らかの秩序をもたらすスケールフリーネットワークの考えも同時に指摘し、それでも、フィードバックループにより格差や不都合な部分が積み重なっていく可能性を指摘するのも忘れてはいません。また東西の文明論的な議論も示し、西洋人は自然をコントロールしようとする一方で、東洋人は変化する自然に適用しようとする、など、やや私には受け入れがたい部分もあります。でも、科学は因果関係により未来を予測することが出来るとはいっても、本書の著者も諦めているように、遠い未来を予測することはカオス理論からして出来ないことは明らかです。最後に、SDGsの中でもっとも注目度の高い脱炭素について、今年2024年6月4日に閣議決定された「エネルギー白書2024」 第3章 GX・カーボンニュートラルの実現に向けた課題と対応の 第1節 各国における気候変動対策・エネルギー政策の進捗と今後の対応 では、環境省の中央環境審議会第151回地球環境部会の資料1「国内外の最近の動向について」を引用して、我が国では2050年カーボンニュートラルの目標達成に関して、「日本では、温室効果ガスの削減が着実に進んでいる状況(オントラック)です」(p.60)と指摘する一方で、英国・ドイツ・フランス・EUについても進捗を評価していますが、ホントにこの脱炭素は実現可能なのでしょうか。気候変動は+1.5℃に抑えられるんでしょうか。

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次に、有田芳生『誰も書かなかった統一教会』(集英社新書)を読みました。著者は、国会議員も務めたジャーナリストです。タイトル通りの内容だと思いますが、私はこのテーマにそれほど詳しくないので、今まで誰も書かなかったのかどうかについては不明な部分を残しています。当然、現在は世界平和統一家庭連合と称している統一教会=勝共連合=原理研は一体であり、霊感商法などで集めた資金を基に、政界工作や何やに使っているわけですが、その統一協会をめぐるトピックとして、第1章から第3章まで、軽く歴史や安倍元総理との関係、日本の政界工作などについて解説した後、第4章から第7章までは日本の政界への侵食、北朝鮮との関係、米国フレイザー委員会報告、「世界日報」編集局長襲撃事件、「赤報隊事件」の疑惑、を取り上げ、最後の第8章で締めくくりとして安倍元総理との関係を再考しています。ほぼ2年前の2022年7月、山上徹也被告による安倍元総理の暗殺がモチーフになっていますので、第1章はその大和西大寺駅前での事件から始まります。そして、本書では安倍元総理の「家庭の価値を強調する」統一教会へのビデオメッセージに対して、家族が崩壊した山上被告が強く反応した可能性を指摘しています。北朝鮮との関係については、文鮮明教祖が当時の金日成主席の後、中曽根総理も屈服させた、という表現を使っています。私からすればおぞましい限りです。米国下院の調査に基づく報告書では、統一教会は宗教団体ではなく、準軍事組織に似た国際政党の特徴を備えた「Moon organization=文鮮明機関」と見なしているとしています。そして、この調査を率いたフレイザー下院議員の自宅は放火され、犯人は不明だそうです。また、統一教会の機関紙ながら、1980年に経営立直しのために編集局長に就任した副島局長の下で一般紙に舵を切って調査報道で売上を伸ばしたものの、1983年には世界日報本社ビルが襲撃され他事件について「文藝春秋」の記事などをもとに、フレイザー委員会報告の結論を裏付けています。赤報隊事件は1987年5月3日に朝日新聞阪神支局が襲撃され、小尻記者が死亡、犬飼記者も大ケガを負った事件です。本書では、この赤報隊事件の前に、英国下院の報告書で統一教会が小型の銃器さえ製造しているという旨の分析がなされていたり、統一教会の関係団体である幸世物産が散弾銃を2500丁も日本に輸入するという事実があり、国会でも質疑が行われ、当時の通産省が輸入貿易管理令に基づいて問題ないと答弁した一方で、警察庁の後藤田長官からは通産省とは異なるトーンの答弁があったと本書で指摘しています。これらの銃器と赤報隊事件との関連は何ともいえませんが、少なくとも、統一教会=勝共連合=原理研が赤報隊事件クラスの襲撃事件を起こす「能力」があった可能性を指摘しています。最後の第8章の安倍元総理と統一教会との関係については、もう、本書を読んでいただくしかありません。何とも、裏に潜む闇の部分が大きいと実感します。最後に、本書では統一協会の信者は公称の60万人にははるかに及ばず、数万人との推定を示していますが、これだけの信者数で国政選挙に大きな影響を及ぼすことが出来るのは私には大きな驚きです。

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次に、銀座百点[編]『おしゃべりな銀座』(文春文庫)を読みました。編者は、1955年に日本で初めて発刊されたタウン誌です。本書はそのタウン誌に掲載されたエッセイを加筆修正して収録しています。収録しているのは47編のエッセイであり、著者の50音順に収録されています。ただ、掲載されたのがもっとも遅いものでも2017年ですので、かなり年季を経ています。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のパンデミックのずっと前であり、今ではなくなってしまったお店もいくつか言及されています。執筆者は作家や小説家が多い印象です。地方在住の方もそれなりに含まれています。そして、場所柄か、ファッションと食べ物の話題が多い印象です。私自身に引きつけていえば、大学を卒業して就職してから東京に住み始めましたので、学生時代やさらにさかのぼった少年時代には銀座とは何の縁もありませんでした。今でも、私は基本的に「着るものと飲み食いするものにはこだわりがない」とうそぶいていますので、それほど銀座とは強い縁があるとは考えていません。60代も半ばに達した現在、ファッションはユニクロがあれば十分で、ほぼ上から下までユニクロで取りそろえていたりしますし、食べるものはカミサンの料理で満足しています。しかし、国家公務員として役所に勤め始めた20代のころは住んでいたのが西武新宿線沿線でしたので新宿駅から地下鉄の丸の内線に乗って霞が関に通っていました。判る人には判ると思うのですが、丸の内線で新宿から乗って、霞が関の次の駅が銀座です。ですので、一時期、私の人生からすればごく短い一時期ながら、定期券を霞が関までではなく銀座まで買って、銀座に出歩いていた時もありました。本書ではほとんど出てこなくて、たった1か所だけですが、文具の伊東屋への言及がありますが、私の銀座といえば、伊東屋と山野楽器とヤマハと機械時計のオーバーホールです。ファッション店とレストランはほぼほぼ興味の対象外でした。伊東屋だけに的を絞りつつ長々と脱線すると、大学を卒業た後、公務員として働き始め、何といっても、私自身は、事務官と技官に分ければ事務官ですし、文官と武官に分ければ文官ですので、やっぱり、筆記具には興味がありました。たぶん、クロム張りの一番安いクロスのボールペンを使い始めたころではないかと思います。その後、長い間、ウォーターマンのペンケースに3種類のペンセットを入れて使い回していました。まずはパーカーのインシグニアのほか、クロスのエボナイト張りのセットと欧州代表のモンブランです。10年ほど前に、現役出向で長崎大学に勤務していたころ、どこかのブランドの消せるボールペンを学生に教えてもらって使い始めてから、こういったブランド筆記具から離れていった気がします。60歳を超えて最近では生協の売店で研究費で買った使い捨てのボールペンで満足しています。脱線が長くなりましたが脱線を終えて、本書でも何人かから指摘されている通り、洋服やアクセサリーやといったファッション、あるいは、食べ物や飲み物などのハードだけではなく、雰囲気などといった意味のソフトを楽しむ場であることはいうまでもありません。そういった銀座の魅力を満喫できるエッセイ集です。

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2024年6月21日 (金)

インフレが加速した5月の消費者物価指数(CPI)をどう見るか?

本日、総務省統計局から5月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の統計で見て前年同月比で+2.2%を記録しています。日銀の物価目標である+2%以上の上昇は22か月連続、すなわち、2年あまりの連続です。ヘッドライン上昇率は+2.5%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率も+2.4%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者物価、5月2.5%上昇 エネルギー関連が押し上げ
総務省が21日発表した5月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が107.5となり、前年同月比2.5%上昇した。電気代が14.7%と大幅に上昇した。再生可能エネルギー普及のため国が上乗せする賦課金を引き上げた影響が出た。
前月の2.2%上昇から伸びが拡大した。QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は2.6%の上昇だった。2年9カ月連続で前年同月を上回った。
エネルギーの上昇率は7.2%と前月の0.1%から急拡大した。電気代が14.7%上昇となり、生鮮食品を除く指数の伸びを0.49ポイント押し上げた。16カ月ぶりにプラスに転じた。
電気代は物価高対策として進めてきた補助の影響で2023年2月以来、マイナスが続いていた。5月も補助事業による電気代の押し下げ効果がマイナス0.48ポイントあったものの、賦課金上昇の押し上げ効果が上回った。
補助事業は5月使用分から支援が半減し、6月使用分から支援がなくなる。電気代の家計への影響は今後さらに強まる。
生鮮食品とエネルギーを除く総合指数は2.1%上がった。生鮮食品を含む総合指数は2.8%上昇した。
食料は4.1%上昇だった。オレンジの原産国における不作の影響で果実ジュースが28.5%上昇したほか、輸入品の牛肉も円安などの影響で7.4%上がった。食料の上昇幅は前月の4.3%からは縮小した。
宿泊料も14.7%伸びたものの、前月の18.8%からは上昇幅が縮小した。前年5月に5連休があり宿泊料を押し上げた反動が出た。
全品目をモノとサービスに分けたうちのサービスは1.6%上昇だった。外食が2.8%上昇した。前月はそれぞれ1.7%、2.9%の上昇で伸び率が縮んだ。
総務省の担当者は外食について人件費を価格転嫁する動きを指摘しつつ、伸び率が鈍化した背景について「食料の上昇幅が縮小した影響が出た」と説明した。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にもあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+2.6%ということでしたので、実績の+2.5%はやや下振れたとはいうものの、先月4月統計の+2.2%から見れば少し上昇幅が拡大した印象です。品目別に消費者物価指数(CPI)を少し詳しく見ると、まず、生鮮食料を除く食料の上昇が継続しています。すなわち、先月4月統計では前年同月比+3.5%、寄与度+0.83%であったのが、今月5月統計ではそれぞれ+3.2%、+0.76%と引き続き高い伸びを示しています。次に、エネルギー価格については、昨年2023年2月統計から前年同月比マイナスに転じていたのですが、今年2024年3月統計では前年同月比で▲0.6%まで下落幅が縮小し、4月統計ではとうとう+0.1%と上昇に転じ、本日公表の5月統計では+7.2%まで上昇が加速しています。ヘッドライン上昇率に対する寄与度も4月統計の+0.01%から+0.54%まで拡大しています。4月統計から5月への上昇幅拡大の+0.3%ポイントを超える大きな寄与となっています。特に5月からインフレを大きく押し上げたのは電気代であり、ヘッドライン上昇率に対する寄与で何と+0.47%に達しています。これも引用した記事で指摘されている通りであり、今月5月から再生可能エネルギーのFIT制度・FIP制度における2024年度以降の買取価格等と2024年度の賦課金単価が、経済産業省のプレスリリースによれば1kw当たり3.49円と大幅に引き上げられているわけで、その影響が大きく物価に出ています。
食料について細かい内訳をヘッドライン上昇率に対する寄与度で見ると、コアCPI上昇率の外数ながら、生鮮食品が野菜・果物・魚介を合わせて+0.38%あり、うち生鮮野菜が+0.27%、生鮮果物が+0.13%の寄与をそれぞれ示しています。繰り返しになりますが、生鮮食品を除く食料の寄与度が+0.76%あります。コアCPIのカテゴリーの中でヘッドライン上昇率に対する寄与度を見ると、調理カレーなどの調理食品が+0.13%、うるち米などの穀類も+0.13%、せんべいなどの菓子類もやっぱり+0.13%、焼肉などの外食が+0.10%、飲料が+0.07%、などなどとなっています。サービスでは、外国パック旅行費などの教養娯楽サービスの寄与度が+0.35%、宿泊料も相変わらず+0.15%の寄与を示しています。

今春闘の賃上げを見ると、経団連による大手企業の集計では+5.58%に達しているものの、同じ経団連でも中小企業では+3.92%にとどまっており、連合の集計では+5.08%に達している一方で、これらの数字はほぼほぼ正規雇用に限定されていると考えられます。非正規雇用については、中央最低賃金審議会の議論が6月25日から始まる予定になっています。果たして、幅広い国民の実質所得は増加するのでしょうか。注目したいと思います。

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2024年6月20日 (木)

日本のジェンダーギャップを生活時間から考える

6月12日に世界経済フォーラム(WEF)から今年度2024年版の「ジェンダーギャップ報告書」Global Gendaer Gap Report 2024 が明らかにされて、先週金曜日のこのブログでも取り上げたところですが、私自身はいつも注目しているのは男女の生活時間の差です。世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ報告書」の少し前に、国際通貨基金(IMF)から IMF Gender Notes "Promoting Gender Equality and Tackling Demographic Challenges" が公表されています。もちろん、pdfファイルもアップロードされています。まず、引用情報は以下の通りです。

とても長いのですが、IMFのサイトからサマリーを引用すると以下の通りです。

Summary
Two broad contrasting demographic trends present challenges for economies globally: countries with aging populations, often advanced economies and increasingly emerging markets, anticipate a significant shrinking of the labor force, with implications for growth, economic stability, and public finances. Economies with rapidly growing populations, as is the case in many low-income and developing countries, will face a burgeoning young population entering the labor market in the next decades-a large potential to reap the demographic dividend if the right skills and economic and social conditions are in place. This note highlights how gender equality, in both cases, can serve as a stabilizing factor to rebalance demographic trends. As decisions regarding fertility, human capital investment, and labor force participation are interlinked, policies should aim at relaxing households’ time and resource constraints that condition these choices. This means that, in general, in advanced economies and emerging markets, policies should facilitate women’s work-life choices and boost female participation in the labor market, whereas policies in low-income and developing countries should focus on reforms that narrow gender gaps in opportunities and support human capital accumulation.

人口動態的に考えて、日本をはじめとする先進国など、高齢化が進んで労働力の減少が見込まれる国と低所得国や発展途上国など、人口が急速に増加する国において、"This note highlights how gender equality, in both cases, can serve as a stabilizing factor to rebalance demographic trends." どちらのケースでも男女平等が人口動態のトレンドのバランスを取り戻すための安定化要因として重視すべき、という結論です。私がとても興味を持ったのは男女間の生活時間の差であり、リポート p.13 から Figure 8. Time Use Gap (Male-Female) by Country by Activity, Minutes per Day を引用すると以下の通りです。

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黄色い棒グラフが家事で代表される無償労働=unpaid work であり、青いのが有償労働・学習=paid work or study です。男性から女性を差し引いていますので、有償労働のようにマイナスになっているのは女性が多くの時間を割いていて、プラスは逆に男性に多く割り当てられている、という意味です。日本では女性が無償労働に従事し、男性が外で働いて稼ぐ、という形になっています。無償労働と有償労働・学習の差はそれぞれ1日当りで180分=3時間ほどにもなります。この差が小さくて、したがって、グラフの下の方に位置している北欧3か国でも1日当り数十分あるのは事実ですが、日本ではこの差が北欧と比べると約3倍となっています。したがって、日本は生活時間から見て男女間の格差が極めて大きい国といわざるを得ません。

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この時間利用の男女差については、日本政府でも十分に認識されていて、私が授業で使っているグラフは上の通りなのですが、実は、2020年度の「男女共同参画白書」 p.45 図表1 男女別に見た生活時間(週全体平均)(1日当たり、国際比較) を引用しています。特に強調しているのは無償労働の男女比であり、先進国とは思えないほど女性に偏っていて、男性比5倍超の無償労働を女性は余儀なくされている、というのが読み取れます。

先週金曜日にはクズネット教授による世界各国の4分法を紹介しましたが、すでに3分法になっていて、日本とアルゼンチンは同じグループなのかもしれません。

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2024年6月19日 (水)

2か月連続の赤字を記録した5月の貿易統計をどう見るか?

本日、財務省から5月の貿易統計が公表されています。統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比+8.3%増の8兆9807億円に対して、輸入額は+8.3%増の9兆4432億円、差引き貿易収支は▲4625億円の赤字を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

貿易収支、5月は1兆2212億円の赤字 2カ月連続
財務省が19日発表した5月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は1兆2212億円の赤字だった。赤字は2カ月連続。自動車や半導体などの輸出が伸び、赤字幅は前年同月に比べて11.6%縮小した。
輸出額は8兆2766億円と13.5%増え、6カ月連続の増加となった。5月としては過去最高だった。輸入額は9兆4979億円で9.5%増えた。増加は2カ月連続。
輸出を品目別に見ると、自動車が13.6%増の1兆3129億円とけん引した。米国向けが好調だった。半導体関連の製造装置は45.9%増で、金額ベースで中国向けが55%を占めた。半導体など電子部品は24%増だった。
地域別に見ると米国が1兆7017億円と23.9%増、アジアが4兆4585億円で13.6%増だった。
円安や資源高により原油や石油製品などの輸入額は膨らんだ。品目別で見ると原油は9284億円で8.1%増えた。輸入量は8.5%減少しており、価格上昇による伸びが大きい。
原油はドル建て価格が1バレルあたり88.9ドルと前年同月から2.7%上がった。円建て価格は1キロリットルあたり8万6906円と18%上昇した。
地域別の輸入では米国が1兆2281億円と29.7%増えた。アジアは4兆4315億円で10%伸びた。
5月の貿易収支を季節調整値で見ると6182億円の赤字となった。赤字幅は前月比で6.3%拡大した。輸入は1.5%増の9兆5755億円、輸出は1.2%増の8兆9573億円だった。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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まず、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、▲1兆2000億円を超える貿易赤字が見込まれており、実績の▲1兆2212億円はほぼジャストミートした印象です。また、引用した記事の最後のパラにあるように、季節調整済みの系列で見て、輸出入ともに前月比で増加した一方で、結果として貿易収支赤字は前月4月統計からやや拡大しています。なお、季節調整済み系列の貿易収支では、2021年6月から直近で利用可能な2024年5月統計まで、36か月連続の赤字を記録しています。いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、輸入は国内の生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。そして、これも季節調整済みの系列で見て、貿易収支赤字がもっとも大きかったのは2022年年央であり、2022年7~10月の各月は貿易赤字が月次で▲2兆円を超えていました。最近時点での▲5000~7000億円の貿易赤字は、特に何の問題もないものと考えるべきです。
5月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油や液化天然ガス(LNG)の輸入額が再び増加となっています。すなわち、引用した記事にもあるように、原油及び粗油は数量ベースで▲8.5%減ながら、金額ベースでは+8.1%増となっています。数量ベースの減少を超えた単価の上昇があり、輸入額が増加しているわけです。引用した記事の5パラ目にある通りです。LNGについても、数量ベースでは+5.6%増、金額ベースでも+9.1%増となっています。数量の伸びを超えて金額が増えていますから、単価が上がっていることがうかがわれます。これらのエネルギー価格については、ガザ地域における紛争の拡大など、地政学的なリスクが先行き不透明です。また、ある意味で、エネルギーよりも注目されている食料について、穀物類は数量ベースのトン数では+7.5%増ながら、金額ベースでは▲2.3%減となっていて、エネルギーと違って穀物については単価が下落していることが見て取れます。輸出に目を転ずると、引用した記事にもある通り、輸送用機器の中の自動車が輸出を牽引しています。季節調整していない原系列の前年同月比で見て、数量ベースの輸出台数は▲1.4%減とわずかに減少したものの、金額ベースでは+13.6%増と2ケタ増を記録しています。円安による円建て価格の上昇があったものと想像しています。すなわち、外貨建て、例えば、米ドル建ての価格が大きく変更ないならば円建ての輸出単価は膨らむわけで、その分、輸出額は増加します。自動車を含む輸送機械が金額ベースの前年同月比で+16.9%増を記録した一方で、一般機械も+9.8%増、電気機器も+16.9%増と我が国リーディング・インダストリーの輸出は先進各国のソフトランディングで堅調に推移しています。

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2024年6月18日 (火)

大和総研リポート「『国債買入減額+利上げ』だけで長期金利は2%超えか」は何を主張しようとしているのか?

先週6月12日に大和総研から「『国債買入減額+利上げ』だけで長期金利は2%超えか」とダオするリポートが明らかにされています。まず、大和総研のサイトからサマリーを3点引用すると以下の通りです。

サマリー
  • 本稿では、国債買入額の減額ペースに関してシナリオ(月額5兆円、同4兆円、同3兆円)ごとに長期金利への上昇圧力を試算した。
  • いずれのシナリオにおいても、当面の間は、国債買入額の減額が長期金利に与える影響は限定的と見込まれる。だが、国債買入縮小による長期金利への上昇圧力は時間とともに強まっていくことには注意が必要だ。最終的な日本銀行の保有国債割合を10~30%と仮定すると、「国債買入縮小要因」と「短期金利引き上げ要因」だけで、長期金利は最終的には2%台半ばから3%程度まで押し上げられる可能性がある。
  • リスクシナリオとしては、財政リスクプレミアムの拡大が挙げられる。この抑制には、財政に対する信認を失わないことが必要だ。「金利のある世界」で政府が財政健全化を着実に進めることができるか否かが、金融システムの安定性に大きく関わる。

ものすごい試算結果をシラッとリポートしています。要するに、日銀の国債買入れ縮小で長期金利に上昇圧力がかかる上に、財政リスクも高まるので財政再建、すなわち、増税または歳出カットを着実に進めねばならない、ということを主張しています。日銀で金利引上げで金融引締めを実施しつつ、政府では財政も引き締める、ということです。景気後退リスクを一気に高めるポリシー・ミックスといえます。いったい、何のためにこのようなポリシー・ミックスを追求しようというのでしょうか。円安を回避してインフレを抑制するため、ということなのでしょうか。私は、金利上昇により、銀行業界が利ざやを得やすくする意図があるのではないか、と疑っています。もしも、メガバンクの利益のために国民生活や事業会社の経営を犠牲にするのであれば大いに疑問、という気がしないでもありません。下のグラフは、大和総研のリポートから 図表3: シナリオ別の長期金利の見通し を引用しています。

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最後に、大和総研のほかにも、私が目にした中で、SMBC日興証券からも同様のリポートをお送りいただいています。その分析では、長期金利は日銀の長期国債買い入れで▲1%ポイントほど押し下げられていると結論していて、市場の長期金利は1.5%超まで上昇すると試算し、そのあたりで安定すると仮定すれば、先行きの長期金利は政策金利次第、との見通しだそうです。ネットで広く公開されているリポートではなく、メールで個人宛に送られてきているので詳細は割愛します。

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2024年6月17日 (月)

3か月ぶりの前月比減を記録した4月の機械受注をどう見るか?

本日、内閣府から4月の機械受注統計の結果が公表されています。統計のヘッドラインについては、民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注が、季節調整済みの系列で見て前月比▲2.9%減の8,863億円となっています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

4月の機械受注2.9%減 3カ月ぶり、基調判断据え置き
内閣府が17日発表した4月の機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる民需(船舶・電力を除く、季節調整済み)は前月比2.9%減の8863億円だった。マイナスは3カ月ぶりだった。3月の製造業の一時的な受注増加の反動があったとみられる。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は3.0%減だった。基調判断は「持ち直しの動きがみられる」とし、前月から据え置いた。2~4月の3カ月平均でみると受注額は増加基調を維持していることを踏まえた。
製造業は11.3%減の4194億円で、3カ月ぶりの減少だった。17業種中、9業種が前月から減少した。
発注した業種ごとにみると「造船業」が79.7%減った。エンジンなど内燃機関や船舶などが押し下げた。汎用コンピューターなどを発注する「電気機械」は18.9%減だった。造船業を中心に3月は大型案件などがあり、大きく増えた反動で4月は減少した。
「自動車・同付属品」は6.8%増だった。足元は増加基調が続いている。6月にはトヨタ自動車やマツダなどの型式指定を巡る認証不正問題が新たに発覚した。内閣府の担当者は今後の影響について「今後注視する必要がある」と指摘した。
非製造業は5.9%増の4753億円で、2カ月ぶりに増えた。業種別では「金融業・保険業」からの受注が54.9%増で全体を押し上げた。
SMBC日興証券の薗部亮・エコノミストは「企業のデジタル化の推進を背景に、電子・通信機械の受注が増加しやすいとみられる」と指摘する。
「運輸業・郵便業」は15.6%増だった。道路車両や運搬機械などが押し上げた。「農林漁業」は26.6%増えた。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、機械受注のグラフは上の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事の最後にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注で見て前月比▲3.1%減でしたので、ほぼ実績も予想通りとなっています。引用した記事では「3.0%減」とありますが、日経新聞のサイトでは「3.1%減」の記事しか見つかりませんでした。念のため。
上のグラフで見ても、2月統計と3月統計の2か月連続の増加の後ですので、4月統計の前月比減を受けても、6か月後方移動平均でまだ増加トレンドとなっています。したがって、引用した記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「持ち直しの動きがみられる」で据え置いています。ただ、先行きが問題ないわけではなく不安が残っています。すなわち、コア機械受注の4~6月期の見通しは前期比で▲1.6%減の2兆5,810億円であり、製造業▲2.0%減、非製造業(除く船舶・電力)▲4.0%減といずれも減少すると見込まれています。また、引用した記事でも指摘していますが、自動車産業の認証不正の影響も何とも見通せません。ついでながら、グラフは示しませんが、四半期データでコア機械受注の達成率を見ると2023年7~9月期95.0%、10~12月期93.1%、そして、今年2024年1~3月期92.1%とジワジワと低下してきています。エコノミストの経験則として、この達成率が90%を下回ると景気後退局面入りのシグナル、と見なす向きもあります。
何度も繰り返していますが、景気回復局面もかなり後半の部ですので、欧米先進国がソフトランディングに成功するとしても、国内の政策要因、すなわち、金融引締めの強化や海外要因、例えば、中国の景気動向などから景気局面が転換して景気後退に陥る可能性は今や警戒水準に入った、と考えるべきです。

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2024年6月16日 (日)

前川外野手のグランドスラムを才木投手の力投で守り切る

  RHE
阪  神400000000 441
ソフトB000000100 150

初回早々に前川外野手のグランドスラムが飛び出し、この4点を才木投手の力投と桐敷投手から岩崎投手のリレーで守り切りました。
昨夜のゲームで、デッドボールを受けた木浪遊撃手が骨折で戦線離脱したにもかかわらず、それでも初回からデッドボールをぶつけてくるソフトバンク投手陣の品格を疑うのですが、キッチリと前川外野手がケリをつけてくれました。これが阪神の伝統です。思い起こせば、1985年の日本シリーズ、第何戦かは忘れましたが、松沼投手にデッドボールを受けて、しばらく立てなかった岡田選手が、次打者の初球に盗塁を決めて投手をにらみつけたことを鮮明に記憶しています。第2戦のバース選手のバックホームの次に鮮明な記憶です。勝負ごとですから、やられればやり返すのも重要です。この4点を、才木投手の7回1失点のナイスピッチングに続いて、桐敷投手と岩崎投手が守り切りました。才木投手はハーラートップの8勝目です。

交流戦最後の日本ハム戦も、
がんばれタイガース!

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Amazon に経済書のブックレビューを投稿する

毎週土曜日恒例の読書感想文ブログを基に、久し振りに、Amazon にブックレビューを投稿しました。順不同に、以下の経済書です。

  • 村田治『大学教育の経済分析』(日本評論社)
  • 高野剛『就職困難者の就労支援と在宅就業』(大阪市立大学出版会)
  • 飯田泰之『財政・金融政策の転換点』(中公新書)

なお、田中隆之『金融政策の大転換』(慶應義塾大学出版会)のレビューも投稿したつもりなのですが、なかなか掲載されません。さらについでながら、ずいぶんと前になりますが、経済書のカテゴリーでは、クィン・スロボディアン『グローバリスト: 帝国の終焉とネオリベラリズムの誕生』(白水社)とエドワード・チャンセラー『金利 「時間の価格」の物語』(日本経済新聞出版)のレビューも投稿しています。誠に残念ながら、スロボディアン『グローバリスト』のレビューは私の投稿だけで、その後は投稿がありません。チャンセラー『金利』については辛口で2ツ星としたのですが、その後、1件だけ投稿があり、何と厳しくも1ツ星だったようで、平均1.5星、というか、1ツ星半となっています。日銀が異次元緩和を終えて金融引締めを開始し、日本でも政策金利がゼロから離れたいいタイミングの出版だったので、もっとレビューがあってもよさそうに思うのですが、長々と書き連ねた私の最初のレビューがよくなかったのかもしれません。

この個人ブログと Facebook のほか、経済書については Amazon のブックレビューも活用したいと思います。無理やりながら、「読書感想文のブログ」に分類しておきます。

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2024年6月15日 (土)

今週の読書は経済学の学術書をはじめ計7冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、村田治『大学教育の経済分析』(日本評論社)は、人的資本理論とシグナリング理論などにより大学教育に関する経済分析を試みています。高野剛『就職困難者の就労支援と在宅就業』(大阪市立大学出版会)は、障害者やひとり親などの就職困難者の在宅就業に関して支援団体や就労者個人に対してとてもていねいな聞き取り調査を行っています。コロナのパンデミックで在宅ワークが普及する前の貴重な研究成果です。背筋『近畿地方のある場所について』(角川書店)は近畿地方のダム近くの山などを舞台とするホラー小説です。飯田泰之『財政・金融政策の転換点』(中公新書)は、統合政府における需要主導型の経済政策に関して、極めて斬新な政策論を展開しています。橘木俊詔『資本主義の宿命』(講談社現代新書)は、市場に基礎を置く資本主義では必ずしも十分に解決されない貧困や格差・不平等の問題の歴史的、あるいは、学派を超えた分析を試みています。佐野晋平『教育投資の経済学』(日経文庫)は、幅広い教育の効果や学校のあり方などに経済学的な手法による分析を試みています。秋木真『助手が予知できると、探偵が忙しい』(文春文庫)はヤングアダルト向けの軽いミステリ作品です。
ということで、今年の新刊書読書は1~5月に128冊の後、6月に入って先々週と先週に合わせて12冊をレビューし、今週ポストする7冊を含めると147冊となります。順次、Facebook や mixi などでシェアする予定です。

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まず、村田治『大学教育の経済分析』(日本評論社)を読みました。著者は、すでに退職しているのかもしれませんが、関西学院大学のエコノミストであり、学長もお務めになったと記憶しています。ご専門は公共経済学や財政学です。私も何度か、このエコノミストの論文を引用した記憶があります。なお、本書は出版社からしても、完全に学術書であり、一般ビジネスパーソンや教育関係者が読みこなすのは少し難しいかもしれません。本書は3部構成となっていて、第Ⅰ部で人的資本理論とシグナリング理論のそれぞれについて考え、第Ⅱ部では大学進学の決定要因を分析し、第Ⅲ部がメインとなっていて大学教育の経済効果を分析しています。ということで、マクロ経済学的に見た大学教育について経済学の視点から分析を試みています。本書の冒頭で明らかにされているように、大雑把に大学教育については人的資本、すなわち、生産性を高めるという観点からの分析がある一方で、シグナリング機能、すなわち、どこの大学を出ているかという情報を付加するのが主たる効果であって、それほど生産性には寄与していない、とする見方もあります。特に、長らく日本の大学教育は「レジャーランド化」した大学のイメージが強く、生産性には寄与していない可能性が取り沙汰されてきました。また、この2つの理論については政策インプリケーションが正反対であるのも指摘されている通りです。すなわち、人的資本の蓄積に効果があって生産性を高めるのであれば、補助金を出してでも多くの学生を大学で学ばせることが望ましい、という結論となります。でも、シグナリング機能が中心ということになれば、希少性を減じるような政策、多くの大学生を教育するような政策はそれほど価値がなく、むしろ、大学生は少なくてもOKという結論が導かれる可能性があります。ただし、第Ⅱ部と第Ⅲ部で分析されていて、一般にも広く理解されているように、大学教育の恩恵にあずかれるのが比較的所得の高い階層の子弟である、ということになれば、格差との関係がクローズアップされます。私自身は、政策対応という観点からは真逆の可能性のある2つの理論ながら、どちらのモデルも現実をよく説明している可能性があるとかんが得ています。すなわち、シグナリング機能というのは、裏付けのない純粋なシグナルを発信しているわけではなく、過去の実績から考えて、十分な人的資本を蓄積し生産性高い人材を輩出しているからこそシグナリング機能を発揮するわけで、人的資本に裏付けられたシグナリングとなっているハズです。ですから、というわけでもないのですが、関西私大の雄である関関同立の一角とはいえ、私の勤務校からは超優良企業、実例としては、トヨタと三菱商事にはここ10年ほどでまったく採用がないと聞き及んでいます。パナソニックは地域性からして何人か就職しているようですが、トヨタと三菱商事はまったく採用してくれないらしいのです。加えて、その昔に、ソニーが大学名の記入を求めない採用を始めたのですが、フタを開けてみると結果として、有名なブランド大学の学生ばかりの採用になってしまった、という都市伝説めいたウワサも聞き及んでいます。では、政策対応はどうするか、という問題となります。私自身は、単なる生産性という観点だけではなく、例えば幅広い外部経済効果があることから、大学教育に対しては何らかの助成措置が必要、と考えています。経済的な生産性への寄与にとどまらず、高学歴化が進めば、犯罪の減少や公衆衛生に関する効果、そして、何よりも貧困の回避のためには大学教育は有益だと考えます。ですから、シグナリング機能を重視して希少性を保とうとするがために新設大学の認可を凍結する、といったその昔の文部科学大臣のやり方には批判的です。

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次に、高野剛『就職困難者の就労支援と在宅就業』(大阪市立大学出版会)を読みました。著者は、立命館大学経済学部の研究者であり、すなわち、私の同僚教員です。私はとても尊敬しています。ということで、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミック前の2019年までを研究対象として、タイトル通りの就職困難者への支援と在宅就業について分析しています。本書は3部構成であり、第Ⅰ部で障害者を、第Ⅱ部でひとり親家庭を、第Ⅲ部で被災地域と過疎地域を、それぞれ対象としています。対象者と地域で分類しているので、やや重複感がないでもないのですが、いずれにせよ、何らかの要因により通常の工場やオフィスや商店などにおける労働に就職することが困難なケースに焦点を当てて、就職支援や在宅就業の実態について考えています。まず、雇用者と違う形態での在宅就業ですから、本書では「フリーランス」という言葉は使っていませんが、一部の例外を別にすれば、フリーランスと同じく雇用契約ではなく請負契約という形が無視できない割合を占めていて、もしも請負なのであれば、労働者保護の適用を受けませんし、最低賃金も適用されません。もともとが研究の対象とされているのが就職困難者なわけですので、就労、あるいは、就労の結果得られる所得についても不利な条件が重なります。ですので、適切な支援が必要とされるわけで、本書では、非常にていねいに支援団体の活動内容について調査を実施ています。例えば、Ⅰ部の障害者、第Ⅱ部のひとり親家庭のそれぞれに対する支援団体については、ビジネス志向型、当事者設立型、サポート型の3類型に分類し、それぞれの特徴を浮き彫りにしています。そして、支援の対象となっている障害者やひとり親についても、スノーボール・サンプリングというややトリッキーな、というか、統計局勤務経験のある私から見てのお話ですが、母集団が不明なケースに非確率的な抽出をするのは仕方ない気もしますが、各個人にていねいな聞取り調査を行っています。被災地域と過疎地域での在宅勤務についても、非常に多くの対象に対してヒアリング調査を実施ています。在宅就労ということであれば、私のような年代の人間からすれば、内職という言葉が思い浮かびます。京都であれば、今はもう考えられもしない任天堂が花札を作る過程で内職を発注していたことがありました。でも今はパソコン作業が中心になります。データ入力とか、ホームページ作成とか、DTPとかです。また、特にひとり親家庭の場合は洋服リフォームというのもあるようです。しかし、本書では洋服リフォームの職業訓練の講座には訓練手当が目当てだったり、また、高級外車で通う人とかを指摘して、やや批判的な見方も示しています。最後のあとがきで著者が記しているように、COVID-19パンデミックによりテレワーク・リモートワークは急速に普及しました。したがって、パンデミック前の在宅就労についての聞き取り調査はほぼほぼ不可能になってしまいました。それだけに、貴重な記録として本書の価値はとても高いと私は考えます。しかし、それだからこそ、残念な点を2点だけ指摘しておきたいと思います。第1に、ひとり親家庭、特に母子家庭の考察において、「母親に親権を認めないで父親に親権を認めるようにすれば、母子家庭の貧困問題は解決するという意見もある」(pp.231-232、p.383)とか、「夫婦の共同親権を認める方法も検討する必要があるだろう」(p.232、p.383)との指摘は、貧困と親権をここまでリンクさせるのはあまりにも軽率だとの批判は免れません。特に、共同親権については、実際に民法「改正」がなされてしまい、私を含めて非常に強い批判を持つ人は少なくないものと認識しています。第2に、クラウドソーシングについては、メアリー L. グレイ & シッダールタ・スリ『ゴースト・ワーク』などで、これまた、とても強い批判が展開されています。典型的には、アマゾンのメカニカル・ターク(Mターク)などです。本書ではこれを踏まえているのでしょうか。私が読んだ範囲では疑問なしとしません。最後に、強い疑問ではありませんが、ひとり親家庭、特に母子家庭で在宅就労を選択する理由として、「子どもといっしょにいたいから」といった趣旨の理由が少なからずあるような印象を受けましたが、保育所不足の問題はどこまで考慮されているのでしょうか。強い疑問ではありませんがやや気にかかるところです。

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次に、背筋『近畿地方のある場所について』(角川書店)を読みました。著者は、ホラー作家、というか、この作品でデビューしています。モキュメンタリー・ホラーといわれています。モキュメンタリー・ホラーとは、実録風に作られたフィクションのことで、ホラーの分野では小野不由美、三津田信三、芦沢央らの作品が有名です。ということで、繰り返しになりますが、この作品はモキュメンタリー・ホラー小説です。Twitterではやっていた掌編を書籍化しています。いろんなパターンの短編、文字起こし、ネット情報、記事、インタビューなどなどの形で収録していて、それがだんだんと謎に迫っているように見えて、何とも怖いです。表紙画像からして、我が家からほど近い琵琶湖を想像してしまいましたが、どこかのダム貯水池のようです。県名としては、滋賀県ではなく、奈良県が頻出します。極めて単純なあらすじで紹介すると、まっしろさん、ましらさま、山の神などは、私が読んだ限りでは同一の何か恐ろしいオカルト的な存在を指している存在が、人間の女性を嫁にしたがって、あるいは、柿で人を誘う、とかします。新種のUMAという説も紹介されています。はたまた、「赤い女」とか、「あきらくん」もご同様です。カルト教団かもしれないと示唆する部分もあります。そして、小沢くんが山へ向かうわけです。近畿地方のある場所は●5個で「●●●●●」と表記されます。ちゃんと数えていませんが、たぶん、ネットで短く公開されていた20余りの短文から構成されているのですが、それぞれの短文がとても緻密に表現されていて、その上、各短文の順番、というか、配置が絶妙にな。れています。逆に、どこかで大きく話が途切れることがないので、どこでひと休みするかのタイミングが図り難くなっていて、その上、モキュメンタリーだと理解して、フィクションなのだと判り切っているのですが、私のように近畿地方在住の読者の中には、一気に読み切るファンも少なくなさそうな気がします。フィクションであるにもかかわらず、ホントはどこかにこういった場所があるような気すらして、虚構と現実の境目が危うくなってしまいました。最後に、何ら、ご参考までなのですが、最後の袋とじになっている「取材資料」と称する画像は、私は見て失敗した気がします。見ない方がよかったかもしれません。でも、そんなわけには行かない読者ばっかりだと思います。

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次に、飯田泰之『財政・金融政策の転換点』(中公新書)を読みました。著者は、明治大学のエコノミストです。本書は4章構成であり、第1章で交際の負担に関する理論的な整理をし、需給ギャップがあり需要が潜在供給力を下回るのであれば、国債発行による財政支出拡大は、現在世代だけでなく、将来世代に対しても決して負担にならないと主張しています。第2章では、金利操作による伝統的な金融政策とそれ以外の非伝統的な金融政策の違いについて否定的な見方を示し、金融政策に対する効果をか投げれば、財政政策も同時に必要との結論に達しています。そして、第3章が決定的に重要なのですが、財政政策と金融政策の両方の政策手段の連動により長期的な成長の達成が可能となる政策運営を明らかにしています。すなわち、狭義の政府と中央銀行を合わせた統合政府の債務総額は財政政策で決定され、その内訳、というか、構成を決めることに対して金利を割り当てる、という政策論議です。そして、最後の第4章では、従来は短期的には需要を、長期的には供給を重視し、長期的に生産性を向上させる構造政策の重要性が指摘されてきましたが、本書では、生産性向上や供給サイドの強化をもたらすのは需要であると結論しています。はい。私も従来から需要サイドを重視するエコノミストでしたが、何分、頭の回転が鈍いので、ここまでクリアに議論を展開する能力にかけていました。その意味で、本書で展開されている議論に感激したところです。少し前までの私も含めて、本書で指摘するような高圧経済はサステイナビリティがないような意見が主だったと思いますが、本書ではタイトル通りに経済政策の転換を主張しています。特に、本書第3章で示されている統合政府による経済政策のモデルは極めてクリアであり、サムエルソン教授のような新古典派総合の easy money, tight budget とか、シムズ教授のような物価水準の財政理論(FTPL)なども視野にれつつ、逆に、現代貨幣理論(MMT)の財政政策に関するマニフェスト的な理論も必要とせず、主流派経済学の枠内で今後の財政政策と金融政策の連動による統合政府の政策の方向性を示しています。特に、第3章のごくごく簡単な数式を展開した統合政府モデルは鮮やかとすらいえます。加えて、ムリな中央集権に基づく政府の産業政策的な産業選別政策、まさに、経済産業省が志向するような政策のリスクについても的確に指摘されています。ともかく、1年の半分もまだ経過していませんが、ひょとしたら、今年の年間ベスト経済書かもしれません。新書といった一般に判りやすい媒体も結構なのですが、野口旭教授の『反緊縮の経済学』に次ぐような学術書に仕上げて欲しい気がします。大いに期待しています。

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次に、橘木俊詔『資本主義の宿命』(講談社現代新書)を読みました。著者は、京都大学をたぶん退職したエコノミストであり、貧困や格差の是正に重点を置いた研究をしています。ということで、本書ではピケティ教授の研究成果を踏まえて、効率性の重視に基礎を置く成長と公平性の重視に基礎を置く分配の重視のトレードオフについて議論を展開しています。同時に、この著者のいつもの論理ですが、市場の重視が行き過ぎている市場原理主義的な保守派の経済学と、ケインズ卿のマクロ経済学に始まる福祉国家的な方向と、さらに、マルクス主義経済学を対比させています。どこまで意味があるのかは不明ですが、某労働組合ナショナルセンターのトップは執拗に反共の姿勢を見せていますから、同じ志向を持っているのかもしれません。ただ、著者の理解は私も共有していてます。それは、日本はもはや「一億総中流」の格差が小さく、均質性の高い経済社会ではなく、先進国の中でも格差や貧困が大きい国のひとつとなっている、という事実認識です。そのうえで、もうひとつ共有しているのが、私だけではなく多くのエコノミストに共通して、市場では格差や貧困は解消されず、政府のマクロ経済政策による所得再分配が必要である、ということも同様です。そして、本書の結論は日本は福祉社会を実現できるし、そういう方向に進むべきである、というものです。ただ、ハッキリいって、本書ではその方向性を目指すべき理由、というか、判断材料がやや乏しい気もします。著者も手を変え品を変え、本書では経済史や経済学史まで引っ張り出して、従来からの主張を繰り返しています。したがって、本書の見方を支持するかどうかは、本書内で決まるのではなく、本書を読む前に決まっているような気がします。すなわち、新自由主義のネオリベな人は格差や貧困に関する本書の史的を読んだとしても、とても意見を変えそうにありません。逆に、私も含めてですが、もともとリベラルな平等感を持っている人は、本書を読まなくても貧困や格差に対する批判的な見方をしていることと思います。それにしても、本書では著者の漸進主義があまりにも徹底していてびっくりします。欧州が福祉国家で、そのうちの北欧が高福祉国家、中欧とフランスが中福祉国家、南欧が低福祉国家、そして、米国と日本は非福祉国家、というのはいいとしても、日本は「中福祉・中負担」から始めて、徐々にに「高福祉・高負担」を目指すというのは、どのくらいのタイムスパンでお考えになっているのかを知りたい気もします。少なくとも、そういっている間に生活困難者がさらに困窮することは、著者の視野に入っていないのかもしれません。マクロの集計量として中福祉だ、高福祉だというだけではなく、喫緊に必要な政策課題がどこにあるかも考えた方がいい気がしてなりません。

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次に、佐野晋平『教育投資の経済学』(日経文庫)を読みました。著者は、神戸大学のエコノミストです。文庫ということなのですが、やや縦長で、形はどう見ても新書だという気がします。それはともかく、本書では、大学教育だけではなく、広く子どもの教育一般についてのデータ分析の結果をサーベイしています。例えば、本書冒頭では、「いい大学を出ると給料は高いのか」、「幼少期にどんな習い事をすると子どもは伸びるのか」、「クラスサイズを小さくすることは効果があるのか」、「なぜ教員不足が生じているのか」、「授業料無償化はいいことなのか」といった例を上げています。ただ、私の目から見て最後の問いだけは価値判断を問うていますので、それは人により考えが違う、という気もします。本書は5章構成となっていて、第1章で教育投資のリターンを分析し、第2章ではスキル形成のための学校と家庭の役割を考え、第3章では学校の仕組みを経済学で解き明かし、第4章は教育政策を評価し、第5章で経済社会の変化に対応した教育のあり方を考えています。第1章は、基本的に、村田治『大学教育の経済分析』(日本評論社)と同じ問であり、人的資本形成とシグナリング理論で分析が進められています。私自身も、直感的に、子どもへの教育投資と自分への健康投資はリターンが高い、と認識しています。本書でも1年あたりの教育のリターンは10%に達する(p.38)と主張していたりします。銀行預金よりはよっぽどリターンが高いと考えるべきです。加えて、大学教育の普及率が高まると、教育を受けた人のリターンだけでなく、例えば、犯罪率の低下などの社会に広くスピルオーバーをもたらすので、教育の普及は望ましいと考えています。ただ、高度な教育を子どもに受けさせるためには家庭の条件がそれなりに必要です。東大生の家庭の平均所得が1000万円を超えているという統計もあります。その点で、どのような家庭のサポート、所得と資産が考えられるのかを分析しています。家庭における「しつけ」とかのお話ではありません。学校教育を経済学で考える場合、クラスサイズについて分析されることが多いのですが、日本でも縮小化の方向にあるものの、世界標準からすればまだ大きく、さらなる分析が求められている分野です。ただ、世界でもクラスサイズがテストスコアに及ぼす明確なエビデンスは少ないようです。教員の質の計測は難しい課題であり決め手に欠けますが、経験年数というのがひとつの代理変数の候補となります。本書では、教員の労働市場についても経済学的な分析を試みています。最後に、男女格差の縮小に向けた教育の課題や高齢化に対応した教育のあり方なども論じられてます。学校教育だけでなく、最近公表された政府の「骨太の方針」などにも示されている成人教育、リカレント教育なんかはこれから日本に根付くんでしょうか。

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次に、秋木真『助手が予知できると、探偵が忙しい』(文春文庫)を読みました。著者は、もちろん、作家なのですが、私は「怪盗レッド」のシリーズを知っているだけで、基本はヤングアダルト向けの作品が多いと受け止めています。この作品もそうで、大学祖卒業した後2年ほど会社勤めをしてから辞めて探偵を始めた、たぶん、20代の探偵である貝瀬歩とその探偵事務所のアルバイトの高校1年生のJKである桐野柚葉が主人公となったミステリの謎解きです。実は、このシリーズ第2弾が来月の7月の出版されることになっているらしいです。そこで少しシリーズ物ですので全体像を明らかにしておくと、まず、本書は連作短編3話から成っています。貝瀬探偵事務所があるのは所沢です。貝瀬歩は叔父の貝瀬泰三が2年前に亡くなって探偵事務所を引き継いでいます。叔父の後輩であった探偵で、今は探偵事務所の所長をしている谷原、また、貝瀬歩の大学時代の友人で今は埼玉県警の刑事をしている坂倉豊などがサポート役です。そのうち、タイトル通りに、アルバイトの桐野柚葉に予知能力があります。ということで、前置きナが長くなりましたが、まず、最初の第1話は、桐野柚葉がその能力により、自分自身が殺される場面を予知し、貝瀬探偵事務所に駆け込んできます。ストーカーの可能性を見据えて貝瀬歩が推理し、桐野柚葉が殺害されるのを防止しようと奮闘します。この第1話デ探偵への支払いが滞ることになるので、桐野柚葉が貝瀬探偵事務所でアルバイトとして働くとこになります。第2話では、アパートの隣人が怪しい会話をしているとの調査依頼を受け、桐野柚葉の予知能力も活用し、また、谷原の助力も得て、貝瀬歩が事件を解決します。第3話では、2年前の高校生のころに友人を交通事故で亡くした女子大生が、その死んだはずの友人、あるいは、その幽霊を見たという調査依頼を貝瀬歩が受けます。事故現場で再び幽霊が現れて、もう1度事故が起こりそうになりますが、貝瀬歩が謎を解決します。登場人物はいかにもヤングアダルト作品らしい年齢ですし、ミステリではあっても本格とはいい難い謎解きです。でも、時間つぶしにはピッタリかと思います。

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2024年6月14日 (金)

世界経済フォーラムによる「ジェンダーギャップ報告書」やいかに?

一昨日6月12日、ダボス会議を主催する世界経済フォーラム(WEF)から今年度2024年版の「ジェンダーギャップ報告書」Global Gendaer Gap Report 2024 が明らかにされています。日本はわずかに+0.001ポイントながら昨年からスコアを伸ばして0.647を記録し、調査対象146か国のうちの118位にランクされました。昨年ランクは125位でしたので、ホンのちょっぴりランクも上げました。下のカントリーノートはリポート p.217 から引用しています。

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この指数は経済、教育、健康、政治の4分野のコンポーネントからなり、満点は1.000です。まあ、今さらいうべき言葉もないのですが、昨年2023年は満点で世界のトップだった教育分野も今年2024年は▲0.003ポイント悪化して世界の47位に交代していますし、上のレーダーチャートから明らかなように、政治分野と経済分野のスコアが特に悪いことは明らかであり、政治分野は満点1.000に対してわずかに0.057だったりします。学校の100点満点のテストでいえば、わずかに5点とか、6点なわけです。私の勤務する大学では単位は認められません。その意味では、経済分野も100点満点の56点ですから、60点を必要とするので単位を落としています。

最近、大学で教員をしている役所の後輩がSNSに投稿したクズネット教授の言葉があります。すなわち、
"There are four kinds of countries in the world: developed countries, undeveloped countries, Japan and Argentina."
つまり、「世界には4種類の国があって、先進国はずっと先進国のままだし、後進国はずっと後進国のままである、例外は、後進国から先進国になった日本と先進国から後進国になったアルゼンチンである」という含意なのですが、私は後輩のSNSの投稿に対して、今世紀半ばにクズネッツ教授が生き返ったら、ご自分の誤りを認めて、以下のように言い直すだろう、とコメントしておきました。すなわち、
"There are three kinds of countries in the world: developed countries, undeveloped countries, and Japan and Argentina."

ここまでジェンダーギャップを放置すると、日本も遠からず undeveloped countries の仲間入りをするという気がします。ひょっとしたら、もうすでにそうなのかもしれません。

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長期国債買入れ減額を決定した日銀金融政策決定会合をどう見るか?

本日、日銀は金融政策決定会合において、現在月間6兆円程度としている長期国債の買入れ減額を決定した「当面の金融政策運営について」を発表しています。中村委員を除く賛成8名反対1名による議決です。
政策金利である無担保コール翌日物金利の誘導目は0~0.1%程度に据え置かれていますので、長期金利が上昇してイールドカーブがスティープになるということなのでしょう。なお、具体的な減額計画については次回金融政策決定会合に置いて決定するということです。それまでに、銀行、証券(セルサイド)、バイサイドの3グループに分けて「債券市場参加者会合」を開催し、先行きの日銀による国債買入れの運営について意見を聞く、という旨のドキュメントも金融市場局から明らかにされています。

私なんかから見れば、とても前のめりで金利引上げに対応しているように見えるのですが、もっと前のめりな日経新聞の報道によれば、次回の金融政策決定会合まで減額しないという趣旨なので「ハト派」の内容と受け止められて円安が進んでいる、という解釈のようです。景気拡大局面が後半に入っていますし、景気後退に転ずる確率は日銀金融政策に起因して少しずつ高まっていると感じているのは私だけなんでしょうか?

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2024年6月13日 (木)

順調な企業マインドの回復を見込む法人企業景気予測調査

本日、財務省から4~6月期の法人企業景気予測調査が公表されています。ヘッドラインとなる大企業全産業の景況感判断指数(BSI)は足元の4~6月期は+0.4とプラスに転じ、先行き7~9月期には+6.6、10~12月期には+6.8と、順調に回復すると見込まれています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

大企業景況感2期ぶりプラス 4-6月、サービス業が寄与
内閣府と財務省が13日発表した4~6月期の法人企業景気予測調査によると、大企業全産業の景況判断指数(BSI)はプラス0.4だった。1~3月期のマイナス0.02から2四半期ぶりのプラスとなった。ダイハツ工業などの自動車の品質不正問題の影響が一服した。人流の回復でサービス業などが景況感を押し上げた。
BSIは自社の景況が前の四半期より「上昇」と答えた企業の割合から「下降」の割合を引いた数値。今回の調査は5月15日が回答の基準日となる。トヨタ自動車やマツダなどで新たに発覚した自動車認証不正の影響は含まれていない。
大企業のうち製造業がマイナス1.0だった。業種別では自動車・同付属品製造業がマイナス3.0だった。一部メーカーの品質不正による自動車の生産や出荷の停止の影響を受けた1~3月期はマイナス23.8で、マイナス幅を大幅に縮めた。
非製造業はプラス1.1だった。新型コロナウイルス禍からの経済活動の正常化に伴う人流増加やインバウンド(訪日外国人)の回復で、7四半期連続のプラスとなった。サービス業はプラス5.6だった。
大企業や中小企業を含めた全産業の2024年度の設備投資は前年度比12.1%の増加見込みだった。財務省の担当者は今回の調査結果について「景気が緩やかに回復している状況を反映したものと考える」と総括した。
数値が大きいほど人手不足感が強いことを示す従業員数判断指数は、大企業の全産業でプラス25.7で、過去3番目に高い水準だった。
BSIの先行きは大企業全産業で7~9月期がプラス6.6、10~12月期はプラス6.8となり、改善が続く見通しだ。

いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、法人企業景気予測調査のうち大企業の景況判断BSIのグラフは下の通りです。重なって少し見にくいかもしれませんが、赤と水色の折れ線の色分けは凡例の通り、濃い赤のラインが実績で、水色のラインが先行き予測です。影をつけた部分は、企業物価(PPI)と同じで、景気後退期を示しています。

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自動車の品質不正問題が響いて、BSIのヘッドラインとなる大企業全産業で見て前期の1~3月期に瞬間風速で小さなマイナスをつけたものの、足元の4~6月期には+0.4と2四半期ぶりのプラスを記録し、その次の7~9月期には+6.6、10~12月期にも+6.8と、企業マインドは順調に回復する見通しが示されています。ただし、足元の4~6月期においても製造業は引き続き△1.0、非製造業+1.1とやや濃淡があります。その反動もあって、製造業は7~9月期+9.2、そして、10~10月期には+10.7と急速に回復する見込みです。非製造業も7~9月期+5.4、10~12月期+5.0ですから、決してマインドが弱くなっているようにも見えません。また、引用した記事にもあるように、雇用人員は引き続き大きな「不足気味」超を示しており、大企業全産業で見て6月末時点で+25.7の不足超、9月末で+22.6、12月末でも+20.7と大きな人手不足が継続する見通しです。設備投資計画は今年度2024年度に全規模全産業で+12.1%増が見込まれています。期待していいのではないかと思いますが、まだ、機械受注の統計やGDPに明確に反映されるまで至っていませんので、私自身は計画倒れになる可能性もまだ残っているものと認識しています。

果たして、7月1日公表予定の日銀短観やいかに?

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2024年6月12日 (水)

大きく上昇幅が拡大した5月の企業物価指数(PPI)国内物価をどう見るか?

本日、日銀から5月の企業物価 (PPI) が公表されています。PPIのヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で+2.4%の上昇となり、先月4月統計から大きく上昇幅が拡大しました。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業物価指数、5月2.4%上昇 4カ月連続で伸び率拡大
日銀が12日発表した5月の企業物価指数(速報値、2020年平均=100)は122.2と、前年同月比で2.4%上昇した。4月(1.1%上昇)から伸び率が1.3ポイント拡大した。4カ月連続で伸び率が拡大し、23年8月以来の高い伸びとなった。再生可能エネルギー普及のため国が電気代に上乗せしている賦課金や銅の価格上昇が押し上げ圧力となった。
企業物価指数は企業間で取引するモノの価格動向を示す。サービス価格の動向を示す企業向けサービス価格指数とともに今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。5月の上昇率は民間予測の中央値(2.0%上昇)より0.4ポイント高かった。
内訳をみると、電力・都市ガス・水道は燃料安を背景に前年同月比で7.4%下落し、4月(19.6%下落)からマイナス幅が大きく縮小した。
24年度からの再生エネ賦課金の値上がりは、指数全体で前年同月比0.7ポイントの押し上げ要因となった。銅を含む非鉄金属は20.7%上昇し、4月(11.8%上昇)から加速した。

いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率は+2.0%と見込まれていましたし、予想レンジの上限も+2.3%でしたので、このレンジを突破して上振れました。国内物価の上昇幅が拡大した要因は、政府による「電気・ガス価格激変緩和対策事業」が2月に終了した影響に加えて、引用した記事にある通り、再生可能エネルギー普及のため国が電気代に上乗せしている賦課金の影響もあります。すなわち、5月から再生可能エネルギーのFIT制度・FIP制度における2024年度以降の買取価格等と2024年度の賦課金単価が、経済産業省の発表によれば1kw当たり3.49円と大幅に引き上げられます。引用した記事に従えば、再生エネルギー賦課金の影響が国内物価上昇率+2.4%のうちの+0.7%ポイントの押上げ要因となっています。また、輸入物価が2月から再び上昇に転じ、4-5月には+6%を越える上昇率となっています。もちろん、引用した記事にもある円安は決して無視できないのですが、原油価格の上昇も考慮すべきです。すなわち、企業物価指数のうちの輸入物価の原油価格の円建ての前年同月比を見ると、2023年12月に+3.0%と再上昇に転じた後、1月+10.4%、2月+7.9%、3月+7.8%、4月は+19.2%、5月+18.1%の上昇と大きく値上がりしています。我が国では、金融政策を通じた需給関係などよりも、原油価格のパススルーが極端に大きいので、国内物価にも無視し得ない影響を及ぼしている可能性があります。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇率・下落率で少し詳しく見ると、電力・都市ガス・水道が▲7.4%の下落とマイナスを続けているのですが、4月統計では▲19.6%でしたので、下落幅が大きく縮小しています。食料品の原料として重要な農林水産物は+0.1%とわずかながら5月統計から上昇に転じています。飲食料品は+3.1%と高い伸びを続け、ほかに、非鉄金属+20.7%、窯業・土石製品+5.5%、石油・石炭製品+6.8%、などといった費目で+5%以上の上昇率を示しています。そして、価格上昇がかなり幅広い費目に及んでおり、生産用機器+4.0%、はん用機器+3.1%、情報通信機器+2.6%、電気機器+2.1%、などが+2%超の上昇率となっています。ある意味で、企業間で順調な価格転嫁が進んでいると見ることも出来ます。

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2024年6月11日 (火)

賃上げは消費や所得の上昇をもたらすか?

昨日6月10日、大和総研から「第221回日本経済予測 (改訂版)」と題するリポートが明らかにされており、その中で賃上げと消費拡大について分析されています。まず、大和総研のリポート p.20 実質賃金のイメージ を引用すると以下の通りです。

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すなわち、現在は①の状態にあって、実質賃金が低下しており、その背景には物価上昇と労働分配率の低下があるのですが、徐々に企業の賃金設定行動が変化して②に移行しつつあり、賃上げのモメンタムは強まっていることから、春闘も踏まえて実質賃金は今夏に上昇する見通しが強まっています。そして、③の段階に達すると、実質賃金が+1%増加すると、個人消費は+0.5%程度増加するとの試算結果を示しています。

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他方で、同じく昨日6月10日に、リクルートのワークス研から「春闘で問われる労働組合の真価」と題するコラムが明らかにされています。リクルートワークス研のサイトから 賃上げの構成要素と賃金との連動性 に関するグラフを引用すると上の通りです。

リクルートワークス研のコラムでは、春闘が賃上げに一定の役割を果たしていることは確かとしつつも、グラフに見られるように、「賃上げの妥結水準が1.5~2%に達しないと名目賃金の変動率がプラスにならない」と指摘しています。見れば明らかな通り、賃上げ率を定期昇給部分といわゆるベースアップ(ベア)部分に要素分解すると、後者のベアの部分が重要であることは明らかです。従業員個人ベースでは毎年の定期昇給があって、年功賃金のもとで昇給するとしても、マクロの消費に直結する所得総額、あるいは、企業の給与支払総額という点では、定期昇給だけでは増加せずベースアップが重要、と結論しています。加えて、私なんかが重視するポイントとして、春闘が大企業の正規労働者中心の視点で実施されている点も鋭く指摘しています。すなわち、大企業ではないという意味で中小企業が、また、正規労働者ではないという意味でパートや派遣をはじめとする非正規雇用が、それぞれ、春闘の重点からスッポリと抜け落ちており、しかも、そういった非正規雇用の割合が年々増加している点も忘れるべきではありません。

連合の「第6回回答集計結果」が先週の6月5日のプレスリリースで明らかにされていますが、「定昇相当込み賃上げ計」は加重平均で5.08%ながら、うち300人未満の中小組合は5%に達せず4.45%にとどまっています。非正規雇用に相当するであろう有期・短時間・契約等労働者の賃上げ額は、加重平均で時給わずかに62.70円、月額もたったの10,851円でしかありません。月額1万円余りですから、年間でわずかに12万円ほどです。こういった格差を是正するのも労働組合に期待される重要な役割のひとつであると考えるのは私だけではないと思います。

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2024年6月10日 (月)

1-3月期GDP統計速報2次QEはインフレの影響による消費の落ち込みによりマイナス成長

本日、内閣府から1~3月期GDP統計速報2次QEが公表されています。季節調整済みの系列で前期比△0.5%減、年率換算で▲1.8%減を記録しています。2四半期ぶりのマイナス成長ながら、1次QEからはわずかに上方改定されています。なお、なお、GDPデフレータは季節調整していない原系列の前年同期比で+3.4%、国内需要デフレータも+2.3%に達し、6四半期連続のプラスとなっています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

GDP年率1.8%減、1-3月改定値 設備投資が上振れ
内閣府が10日発表した1~3月期の国内総生産(GDP)改定値は物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.5%減、年換算で1.8%減だった。5月発表の速報値(前期比0.5%減、年率2.0%減)から上方修正した。直近の経済指標を反映した結果、設備投資が上振れした。
QUICKが事前にまとめた民間予測の中心値は前期比0.5%減、年率2.0%減だった。2四半期ぶりのマイナス成長は変わらなかった。
内閣府の担当者によると、品質不正問題による自動車の生産・出荷停止で消費や設備投資が落ち込む構図に変化はなかった。
内需の柱である個人消費は速報値の前期比0.7%減のまま変わらなかった。4四半期連続のマイナスだった。1~3月期は物価高が続き耐久財などの販売が振るわなかった。
消費に次ぐ柱の設備投資は前期比0.8%減から0.4%減に上方修正した。財務省が3日に公表した1~3月期の法人企業統計などを反映した。金融・保険業を除く全産業の設備投資が前年同期と比べて6.8%増えた。輸送用機械の生産体制の強化が進んだ。
民間在庫の寄与度は、5月発表の速報値のプラス0.2%から0.3%に拡大した。公共投資は速報値の前期比3.1%増から3.0%増に下方修正した。3四半期ぶりのプラスだった。政府最終消費支出は速報値の前期比0.2%増から変わらなかった。プラスは2四半期ぶりとなる。
輸出は前期比5.0%減から5.1%減に、輸入は前期比3.4%減から3.3%減になり、それぞれ小幅に修正した。
前期比年率の寄与度は内需がマイナス0.4%、外需がマイナス1.5%だった。速報値は内需マイナス0.6%、外需マイナス1.4%だった。
23年度の実質GDPは前年度比で1.2%増だった。速報値と変わらなかった。

ということで、いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事なんですが、次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で最初にお示しした内閣府のリンク先からお願いします。

需要項目2023/1-32023/4-62022/7-92023/10-122024/1-3
1次QE2次QE
国内総生産 (GDP)+1.1+1.0▲0.9+0.1▲0.5▲0.5
民間消費+0.7▲0.7▲0.3▲0.4▲0.7▲0.7
民間住宅+0.7+1.8▲0.9▲1.4▲2.5▲2.5
民間設備+2.4▲1.6▲0.2+1.9▲0.8▲0.4
民間在庫 *(+0.4)(▲0.1)(▲0.6)(▲0.1)(+0.2)(+0.3)
公的需要+0.2▲0.0+0.1▲0.1+0.8+0.8
内需寄与度 *(+1.2)(▲0.7)(▲0.8)(▲0.1)(▲0.2)(▲0.1)
外需寄与度 *(▲0.2)(+1.7)(▲0.1)(+0.2)(▲0.3)(▲0.4)
輸出▲2.4+3.8+0.3+2.8▲5.0▲5.1
輸入▲1.5▲3.6+0.9+1.8▲3.4▲3.3
国内総所得 (GDI)+1.6+1.6▲0.6+0.2▲0.5▲0.4
国民総所得 (GNI)+0.2+2.0▲0.8+0.2▲0.6▲0.6
名目GDP+2.2+2.5▲0.2+0.7+0.1+0.0
雇用者報酬▲1.5+0.4▲0.9+0.1▲0.4▲0.3
GDPデフレータ+2.3+3.7+5.2+3.9+3.6+3.4
内需デフレータ+3.2+2.7+2.5+2.1+2.6+2.3

上のテーブルに加えて、いつもの需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された1~3月期の最新データでは、前期比成長率がマイナス成長を示し、灰色の在庫のプラス寄与のほかは、消費や純輸出をはじめとしてGDPの需要項目のいろんなコンポーネントが軒並みマイナス寄与しているのが見て取れます。

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まず、引用した記事にある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは前期比年率で▲2.0%の減と、1次QEからほとんど変更ないとの予想でしたから、ほぼサプライズはありませんでした。季節調整済み系列の前期比伸び率で見て、GDP▲0.5%減のうち、内需寄与度が▲0.1%、外需寄与度が▲0.4%ですから、ともにマイナス寄与です。特に、GDPコンポーネントとして最大シェアを占める消費が▲0.3%の寄与を示しています。ただ、引用した記事にもある通り、前期比伸び率は1次QEと2次QEで変わらず▲0.7%なのですが、なぜか、寄与度は▲0.4%から▲0.3%に縮小しています。いずれにせよ、消費のトレンドが決して低下しているわけではなく、雇用者報酬が大きく低下していながらも消費は全体として底堅い、という印象を私は持っています。ですから、第1に強調したいのは、1~3月期の消費がマイナスになった最大の要因はインフレです。事実、名目の民間消費は前期比で+0.3%の伸びを示しています。インフレでディスカウントされて、実質消費が減少を記録しているわけです。加えて、第2に、自動車の品質不正問題に端を発する工場閉鎖も影響したと考えるべきです。従来から、私は日本経済が自動車のモノカルチャーに近い印象を持っていましたが、まさに、この私の印象を裏付ける形で悪い面が出てしまった気がします。今さらながらに、生産面での自動車産業のすそ野の広さや波及効果の大きさを実感し、需要面でも幅広い消費に及ぼす影響の強さを再認識させられた思いです。私自身としては、60歳の定年まで東京で公務員をしていて、公共交通の便利さから自動車とは縁遠かったのですが、やっぱり、自動車のモノカルチャーかもしれないと思い直しています。この1~3月期については、公的需要が前期比伸び率+0.8%、寄与度も+0.2%と日本経済を下支えしたようです。岸田総理を「増税メガネ」とか、揶揄する向きがあるようですが、今期に限っては公的需要が増加している点は評価できます。ただ、これは能登半島地震への災害復旧に伴う公的支出増がどうかは不明です。すなわち、2024年1月の「月例経済報告」の資料では石川・富山・新潟県におけるストックの毀損額を約1.1~2.6兆円と推計していて、公的需要の名目額は年率で150兆円余り、四半期で40兆円を少し下回る額です。能登半島地震によるストック毀損額が推計値の最大とすれば6%超に相当します。そのうちの0.8%分、ということになれば計算は合います。でも、実態は不明です。最後に、第3に、前期2023年10~12月期にイレギュラーな要因であった知的財産権の使用料等の受取りによるサービス輸出の大幅増の反動が純輸出に出ています。これもマイナス成長のひとつの要因です。

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GDP統計以外の経済指標に目を転ずると、本日、内閣府から5月の景気ウォッチャーが、また、財務省から4月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から▲1.7ポイント低下の45.7となり、先行き判断DIも▲2.2ポイント低下の46.3を記録しています。また、経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+2兆505億円の黒字を計上しています。それぞれのグラフは上の通りです。

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2024年6月 9日 (日)

才木投手のナイスピッチングで西武に3連勝

  RHE
西  武000000000 021
阪  神00000030x 3100

あわやノーヒットノーランかという、才木投手のナイスピッチングで西武に3連勝でした。楽天戦の3連敗を取り返した形です。
東西の鉄道対決という3連戦を興味を持って観戦していましたが、終わってみれば3連勝でした。今日の勝利は才木投手のピッチングに尽きます。7回までノーヒットピッチングでした。インタビューの「悔しいです」も理解できます。でも、8回のピッチングでヒットを打たれて、9回は岩崎投手に交替して完封リレーでした。才木投手はリーグトップの7勝目です。打つ方はやや影が薄く、それでも、ようやくラッキーセブンに1番中野二塁手、2番前川外野手の連続タイムリーで3点をもぎ取りました。一軍に昇格した佐藤輝選手は今日のゲームではいいところありませんでした。

関西ダービーのオリックス戦も、
がんばれタイガース!

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カッコいいものとカッコ悪いものについて考える

平野啓一郎の『「カッコいい」とは何か』の読書にインスパイアされて、私自身が「カッコいい」と考えているトップ3をリストアップしてみました。

まず、カッコいいもの No.1 は John Coltrane Quartert のアルバム Live at the Village Vanguard, 1961 に収録されている Softly as in a Morning Sunrise です。できれば、私の葬式のBGMにはこのアルバムを流して欲しいと希望しています。

2番めは、1985年の阪神タイガースで活躍し、三冠王を取りリーグ優勝や日本一に大きく貢献したランディ・バース選手、特に、日本シリーズ第2戦の守備で、辻選手のセイフティ・スクイズを素手で処理してバック・ホームし秋山選手をアウトにしたプレーです。

3番目は、建設途中の東京スカイツリーで働く労働者です。建設途中のスカイツリーには、自転車を飛ばして数回見に行っています。写真には働く労働者は入っていませんが、2012年5月の開業の1年余り前の2011年お正月に撮ったものです。完成まで残り100メートルほどです。

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最後に、「カッコ悪い」と感じるのは、我が家や大学の近くで頻繁に見かける歩道を走るロードバイクです。もはや成人の年齢に達した大学生がスポーツバイクの最上級であるロードバイクに乗って歩道をチンタラ走っているのは、バイクの選択を間違っていると思わざるを得ません。私でもクロスバイクで車道を走っているのですから、ロードバイクなら車道を軽快に走ればいいものを、そんなに歩道を走りたいのならママチャリかシティサイクルにでもしておけばいいのに、とついつい思ってしまいます。

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2024年6月 8日 (土)

今週の読書は経済書2冊をはじめ計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、田中隆之『金融政策の大転換』(慶應義塾大学出版会)は、実務的な側面を取り入れた解説を試みており、量的緩和はテイパリングしつつ長期金利を低位に誘導するという金融政策の可能性を探っています。ワルラス『社会経済学研究』(日本経済評論社)は、社会的富の理論を解き明かす純粋経済学、富の生産の理論を明らかにする応用経済学に続いて、所有権や税をはじめとして富の分配を研究する社会経済学について論じています。西原一幸『楷書の秘密』(勉誠社)は、字体規範あるいは正字体としての楷書の歴史を後づけるとともに楷書の秘密に迫っています。毛内拡『「頭がいい」とはどういうことか』(ちくま新書)は、脳科学の専門家が記憶力などの狭い意味だけでなく、体のスムーズな動きまで含めた脳の働きについて考えています。今野真二『日本語と漢字』(岩波新書)は、正書法のない日本語という言語が漢字とどう取り組んで来たのかについて『万葉集』や『平家物語』などから考えています。最後に、辻村深月ほか『時ひらく』(文春文庫)では、三越創業350年にちなんで、三越に関する短編を収録したアンソロジーです。
ということで、今年の新刊書読書は1~5月に128冊の後、6月に入って先週に6冊をレビューし、今週ポストする6冊を合わせて140冊となります。順次、Facebookなどでシェアする予定です。なお、2019年の出版ですから新刊書読書ではないので、本日の読書感想文には含めませんでしたが、別途、平野啓一郎『「カッコいい」とは何か』(講談社現代新書)も読みました。軽く想像される通り、毛内拡『「頭がいい」とはどういうことか』(ちくま新書)の読書にインスパイアされて読んでみました。すでに、AmazonとFacebookでレビューしておきました。

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次に、田中隆之『金融政策の大転換』(慶應義塾大学出版会)を読みました。著者は、長銀ご出身で現在は専修大学の研究者です。本書は、出版社からして学術書と考えるべきなのでしょうが、それほどハードルは高くないと思います。おそらく、経済学部生でなくても大学生レベルの基礎知識があれば読みこなせると思いますし、一般ビジネスパーソンでも十分な理解が可能だろうと思います。タイトルは物々しいのですが、金融政策に関する解説と考えて差し支えありません。ただし、出版時期が昨年2023年11月ですので、日銀が異次元緩和を終了する前のタイミングでしたので、実践的な日銀金融政策のホントの転換が盛り込まれておらず、しかも、本書の結論との関係でいえば、足元で長期金利が1%を超える勢いで上昇している点も考慮されていません。やや不運な時期の出版だったといえるかもしれません。ということで、冒頭第1章では伝統的な短期金利を操作目標とする金融政策について、歴史的な観点も含めた解説を置き、続いて、それに対して非伝統的な金融政策の様々な手段とメカニズムを解説しています。大量の資金供給、資産購入、フォワードガイダンス、対象分野を想定した貸出を誘導するタイプの資金供給、そして、マイナス金利です。コロナショックとその後の「新常態」=ニューノーマルを概観し、最後に、日銀の異次元緩和の特種性(「特殊性」ではなく、「特種性」という用語を使っています)と今後の方向性を議論しています。とてもよく取りまとめられています。学術書っぽくないのは、ひとつには、モデルではなく実務的な側面を取り入れた解説をしていることです。私が大学の授業で強調するのは、経済学は物理学などと同じで、観察される現実を対象にしつつも、分析を行うのはモデルである、という点です。しかし本書では、モデルではなく「ロジック」で議論を進めています。私は違和感を覚えましたが、確かに、そういった議論の進め方の方が判りやすい可能性はあります。それはともかく、コロナショックを経て、金融緩和局面を終えつつある現時点での先進各国の金融政策の実情を、本書では金融政策の新常態=ニューノーマルとして、「超過準備保有型金融政策」と考えています。超過準備があるということは量的緩和からの脱却がまだなされていないという意味だと考えるべきです。非伝統的金融政策についての評価は、私もかなりの程度に同意します。他国の中央銀行はともかく、日銀が実施した大量の資産購入による量的緩和は物価上昇=デフレ脱却にも、景気浮揚にも効果がかなり小さかった、と考えるべきです。少なくとも、2013年4月から始まった黒田バズーカ、というか、異次元緩和は2014年4月からの消費税率の5%から8%への引上げにより、その効果が吹っ飛んだといえます。ただ、現在まで続く公的債務の累増の基を作った前世紀末の小渕内閣や森内閣のころの財政拡大もそれほど効果あったとは考えにくいですから、官庁エコノミストとして経済政策の末端を担っていた私としては、いったいどうすればよかったのか、という疑問は残ります。その意味で、本書の最後の結論は、世上一般で議論されているような金利引上げや金融引締め一本槍ではなく、長期金利は1%程度に保ちつつ、量的緩和は終了して財政ファイナンスからは脱却する、という方向性を示しています。ただ、ティンバーゲンの定理からして、マーケット・オペレーションと金利を切り離すことが可能となるような政策手段が示されていません。昔懐かしの窓口規制でも復活させるのでしょうか。もう少し議論が深まればいいという気がします。

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まず、ワルラス『社会経済学研究』(日本経済評論社)を読みました。著者は、主として19世紀に研究活動していたフランス生まれのエコノミストであり、1870年から研究の拠点はスイスのローザンヌ・アカデミー(現在のローザンヌ大学)でした。1910年に亡くなっています。本書のフランス語の原題は Études d'économie sociale であり、1936年出版の第2版を訳出しています。ワルラスについては、一般均衡理論の研究により名高く、また、一般均衡理論を含む純粋経済学の研究のほか、応用経済学と本書の課題である社会経済学の3分野の研究を進めています。理由は不明ながら、本書の邦訳者の解説で取り上げている順は、純粋経済学-社会経済学-応用経済学、なのですが、当然ながら、ワルラスご本人は純粋経済学-応用経済学-社会経済学の順で言及しています。本書冒頭第Ⅰ部の「社会の一般理論」pp.27-28にあるように、交換価値と交換についての研究、すなわち、社会的富の理論を解き明かすのが純粋経済学であり、繰り返しになりますが、経済学の一般均衡理論がこれに含まれます。そして、農業、工業、商業、信用の有利な条件、すなわち、富の生産の理論を明らかにするのが応用経済学、最後に、本書で取り上げているように、所有や税に関する研究、すなわち、富の分配を研究するのが社会経済学、ということになります。なお、本書で繰り返し表明しているように、ワルラスは自分のことを「社会主義者」であると考えています。ただ、他方で、マルクス主義的な方向性は「共産主義」と呼んで、ご自分の「社会主義」から区別しようとしているように私には見えます。ついでながら、本書の訳者からも明らかにされていますが、ワルラスは純粋経済学についてはキチンと編集された教科書を書き上げていますが、応用経済学と社会経済学については関連する論文集として出版しています。ですから、本書も第Ⅰ部の社会理想の探求、第Ⅱ部の所有、第Ⅲ部の社会理想の実現、第Ⅳ部の税、の4部構成となっていますが、中身は関連する論文や講義資料となっていて、悪く表現すれば、関連論文の寄集めです。ただ、 Selected Writings なんてタイトルで出版されている論文集も決してないわけではなく、本書についても十分価値あるものだと私は受け止めています。マルクスにはエンゲルスという優秀な同僚がいて、マルクスも『資本論』は自分自身では第1巻しか出版できなかったのですが、第2巻と第3巻はエンゲルスの編集により出版しています。ワルラスにはマルクスの場合のエンゲルスに当たる人物がいなかった、ということなのだろうと思います。加えて、ワルラス自身については、ご活躍当時の評価がそれほど高くない一因は、現在とまったく反対で、数学や数式を使いすぎる、というものでした。本書の中では、第Ⅲ部の「土地の価格および国家によるその買上げの数学理論」で長々と数式を展開していますが、当時と現在の数学のレベルの差もあって、それほど難しい数学ではありません。せいぜいが現在では高校レベルの数学と考えられます。ただし、それなりに全国レベルの知名度を誇る私の勤務校でも、高校レベルの数学を身につけている経済学部生というのは決してマジョリティではない、と私は感じています。長々と前置きを書いてしまいましたが、中身は学術書、というか、学術論文を集めた論文集ですので、読みこなすのはそれほど簡単ではありません。でも、本書の特徴的な論点をいくつか上げておくと、社会主義者と自称するだけあって、まず、土地は国有制とし各個人のスタート時点で差がつかないように配慮すべきであると主張しています。ワルラス自身はフランス革命やナポレオン帝政の後の世代なのですが、英国などで見られる土地所有の不平等にも気を配っていたようです。そして、当時の標準的な比例税ではなく累進課税を主張しているケースが見受けられ、さらに、強烈にも、労働賃金に対しては課税すべきでないという意見を表明しています。最後に、所有や分配を考えますので「社会経済学」という用語はしばしば「マルクス主義経済学」と非常に似通った、あるいは、まったく同じ意味で使われる場合があります。しかし、本書では、社会経済学はあくまで社会経済学であって、マルクス主義経済学ではありません。

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次に、西原一幸『楷書の秘密』(勉誠社)を読みました。著者は、金城学院大学の名誉教授であり、ご専門は中国や日本の古代辞書だそうです。大学の図書館の新刊書コーナーに本書が置いてあり、私の興味範囲のタイトルで、しかも、1ページ目をチラリと見ると、私の書道のお師匠が口癖のように前衛書道を批判していた「大と犬と太」の一角の点の有無や位置の違いによる字としての区別が明記してあったので、ついつい借りてしまいました。それなりに面白い読書でした。5万字を超える数を誇る漢字が1300年に渡って一角の違いを保ち続けている点を強調し、正字体としての楷書の秘密を解き明かそうと試みています。まず、本書では日本の漢字は特に考えられていません。すなわち、漢字発祥の地である中国での漢字の中の楷書だけが考察の対象となっています。ですので、後述の通り、最後の結論は私は承服しかねます。それを別にすれば、本書冒頭の楷書の定義なのですが、どうしても行書や草書と比較して余りに明らかなので私も見逃していましたが、本書によれば、三節構造を取り、横線が右肩上がりであること、の2点だそうです。最初の三節構造というのは、「筆を下ろす、線を伸ばす、筆を止める」という明確な3つの節目があることを指します。そういえば、行書や草書は滑らかに丸みを帯びた運筆となります。しかし、これだけでは隷書と区別がつかないので第2の右上がりの横線が持ち出されます。隷書の横線は水平です。楷書の成立は隋唐の直前の六朝や北魏に求められ、日本における研究としては『干禄字書』を中心として異字体研究があります。しかし、1970年代以降、『正名要録』が発見され、『顔氏字様』や『S.388字様』などの研究が進められます。まあ、このあたりは研究史ですので私も軽く読み飛ばしています。私が知る限り、4世紀の王羲之やその末子である王献之まで遡らずとも、楷書の成立期である隋唐期は北魏の欧陽詢から褚遂良などのやや細身の楷書が中心であった、という点です。ですから、というか、何というか、私はお師匠の元に毎週土曜に通って、さして上達もしないながら、延々と欧陽詢の『九成宮醴泉銘』を練習し続けたわけです。しかし、本書では『顔氏字様』に見られるように、顔真卿の楷書、すなわち、やや太身の楷書こそが主流、という結論となっています。しかし、いずれにせよ、漢字は欧米のアルファベットなどに比べて、画数が多くて極めて複雑であることから、正体のほかに、俗体や世字、あるいは、通体などがいっぱいあることは明らかで、余りに正体に固執すると一般向けには判りにくくなり、逆に、通俗体にて記すと不正確になる、というトレードオフがあることは明らかです。唐代の玄宗時代末期の安史の乱から唐朝は傾いて、さまざまな場面で緩みを生じますが、字体規範という考え方も徐々に衰退します。しかし、最後の結論には私は異議を呈したいと思います。すなわち、本書に従えば、現代の楷書と考えるべきは中国の簡体字であると結論しています。これも、私のお師匠によれば、当然ながら漢字は表音文字ではなく表意文字であり、その文字の持つ意味を考慮しながら簡略化すべきであるところ、現在の中国が進めている漢字の簡略化は意味ではなく書き方を容易にするという観点が重きをなしていて、それでいいのか、ということになります。簡体字が現代の楷書である、とする本書の見解よりも、字の意味を考慮すべきというお師匠の考えに私は賛同しています。強く賛同します。

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次に、毛内拡『「頭がいい」とはどういうことか』(ちくま新書)を読みました。著者は、お茶の水大学の研究者です。冒頭のお断りにあるように、本書は頭がよくなるための、あるいは、頭がいい子を育てるためのハウツー本ではありません。脳科学、すなわち、脳の働きから「頭がいい」とはどういうことかを解明しようと試みています。まず、「頭がいい」ということを知性と結びつけて考えることを本書では否定しています。というか、軽く想像されるように、偏差値の高い大学、例えば、東大の入試に合格できる事をもって頭がいいというのとは否定されています。いわゆる「ギフテッド」を持ち出して、知性を学力などの認知能力だけでなく、非認知能力をはじめとする脳の持久力に求めています。それは同時に、AI時代に求められる知性でもある、ということだそうです。記憶力についても、短期記憶と長期記憶があり、また、自転車や水泳などのように長らく実践していなくても、いわゆる「体が覚えている」記憶もあります。手続き記憶というそうです。一般的には頭の働きとは考えられていないようなアーティストの感受性なども考察の対象とされています。また、ニューロンはすべて働いていて、脳の10%しか使っていないというのは俗説ながら、アストロサイト=グリア細胞が脳内の異物や不要物を排除していて、これが大いに働いているかどうかで差がつく場合があるそうです。そのほかにもいろいろと勉強になる点があったのですが、読者によって勉強になりそうなポイントは違うので、後は読んでいただくしかないのですが、私の方で1点だけ強調しておきたいのは、体の動きも「頭がいい」というカテゴリーで考えるべきという本書の主張です。すなわち、本書では、プロ野球のピッチャーが自分の望む球速を自由に設定し、例えば、143キロの球速でボールを投げることが出来る、といった例を示して、総合的な結果を示して体を動かすことが出来ることを脳の働きと考えています。そうかもしれません。ただ、初心者に対するレッスンではそうはいかないわけで、ゴルフのレッスンを受けて、いきなり、「ボールをティーアップしてドライバーをスイングし、フェアウェイのセンターに250ヤード飛ばしなさい」と指示されても、それができないからレッスンに通っているのであって、それが出来るためのもっと具体的な指示が欲しい、ということになります。例えば、脇を締めるとか、ボールから目を離さずヘッドアップしないとか、などなどです。要するに、私なんぞはそれが出来ないからゴルフに関しては「頭が悪い」ということになるのでしょう。

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次に、今野真二『日本語と漢字』(岩波新書)を読みました。著者は、清泉女子大学の研究者であり、ご専門は日本語学だそうです。著者によれば、言語学は、音声・音韻、語彙、統語=文法、文字・表記などの分野に分かれるそうです。このうち、語彙を考えると、日本語は50%近くが漢語からの借用だそうですが、英語も60%近くがフランス語やラテン語からの借用だそうです。ということで、本書は、日本人が感じとどのようにインタラクティブは取組みをなしてきたか、すなわち、漢字を日本語に取り入れ、日本語に反映させ、漢字を日本語に対応するものに作り変えてきたかを歴史的に後づけています。まあ、中国のメインランドにおける漢字に日本語のサイドから影響を及ぼした、という点は稀なのかもしれませんが、日本で使う漢字については一定の改変があったものと考えるべきです。特に、強調されているのは、表紙画像にも見える通り、日本語には正書法がないという観点です。決まった書き方が確立されていない、というか、今後とも確立される可能性はないものと考えるべきですから、ある意味で、混乱していて未熟な言語という見方もできます。その意味で、正書法がないというこの観点に興味を持てないと、つまらない読書になってしまう可能性があると考えられます。私が知る限りでは、正書法とは少し異なりますが、国語審議会で当用漢字を決めているのは確かなのですが、平仮名や片仮名については正書法があるとまでいうのは怪しいと思います。ちなみに、正書法とは定まった表記方法ですが、日本では、例えば、私の勤務先は「大学」と表記しても、「だいがく」と表記しても、「ダイガク」と表記してもOKです。英語であれば、"university"となるわけで、ほかの表現方法はあっても、ほかの表記方法はありません。別の表記をすると間違った綴りと見なされるわけです。前置きがとてつもなく長くなりましたが、本書では、第1章で『万葉集』、第2章で『平家物語』を取り上げた後、国学などに基づいて日本語のルネサンス期として第3章で江戸時代を取り上げます。特に、江戸期には書き言葉ではなく、話し言葉の『三国志演義』、『水滸伝』、『西遊記』などが鎖国下で日本に入ってきます。最後の第4章で辞書に載っている漢字、ということで北魏ないし初唐に完成した楷書について取り上げています。西原一幸『楷書の秘密』と同じような議論が展開されています。じつは、私にとって謎であったのは漢字の訓読みの成立なのですが、日本語の「よむ」という行為ないし動作を「読」の字に当てたり、あるいは、ほかの訓読みの漢字をどのように選択したのかについてはほとんど取り上げられていませんでした。やや残念です。

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次に、辻村深月ほか『時ひらく』(文春文庫)を読みました。何を思ったのか、創業350週年を迎えた老舗デパート三越にまつわる短編を集めたアンソロジーです。たぶん、表紙デザインは三越の包装紙をイメージしているような気がします。伊坂幸太郎作品だけは三越の中でも仙台店を舞台にしていますが、ほかの著者の作品はすべて日本橋本店を舞台にしています。収録順に簡単にあらすじを紹介します。まず、辻村深月「思い出エレベーター」は高校の制服の採寸に訪れた少年が主人公です。小さいころ、5歳くらいの時に、母や父の妹の叔母とともに祖父のお葬式のための服を買いに訪れた記憶が蘇ります。親子三代に渡って、結婚や出産やお葬式やと人生の節目で訪れる三越に家族の思い出が重なります。伊坂幸太郎「Have a nice day!」では、仙台店を舞台に、高校受験を控えた中学3年生の少女が主人公です。三越のライオンに他の人に見られずに跨がると夢が叶う、という伝説に従って、友人とロボットのような表情や感情の薄い担任教師と閉店間際の三越でライオンにまたがった際に、現実のものとは思えない場面を目にします。そして、10年後に三越のライオンが日本を、あるいは、世界を救います。阿川佐和子「雨あがりに」では、三越勤務経験ある継母に付き合って買い物に来た中堅遊具会社のグループリーダーの女性が主人公です。ランチの後、屋上でリモート会議に出席した後、母親が見当たらず館内放送をお願いしたところ、逆に呼び出されてしまいます。恩田陸「アニバーサリー」は、何と申しましょうかで、『熈代勝覧』絵巻の犬が主人公です。三越本店の地下道に展示してあるそうです。そして、在りし日のエリザベス女王、ダイアナ妃などの英国王室と三越の関係が語られます。ほかの短編作品にも登場するライオン像はもちろん、日本橋本テンの天女像、パイプオルガン、そして、壁のアンモナイトの化石、などなども取り上げられていて楽しく読めます。柚月麻子「七階から愛をこめて」はロシア人と日本人の両親から生まれたギタリスト/インスタグラマーの女性とバンドを組む男性が主人公です。現時点でもロシアのウクライナ侵略など十分に暗い世相なのですが、三越の食堂で昭和戦前期の女性の遺書が見つかったりします。東野圭吾「重命る」は、「かさなる」と読むようで、ガリレオのシリーズです。ですので湯川教授が主人公、草薙警部も登場します。隅田川で死体が発見された実業家男性の死にまつわる謎が解き明かされます。この死んだ男性が三越日本橋本店で訪問先に手土産を買うのですが、このアンソロジーに収録された短編の中では、もっとも三越とは縁遠いお話です。私自身は三越のない京都の生まれ育ちで、百貨店といえば京都発祥の丸物や高島屋でした。たぶん、大学を卒業して東京で就職してから初めて三越に行ったのだろうと記憶していますが、ひとつだけ三越にお世話になった思い出があります。2003年9月に一家4人で3年間過ごしたジャカルタから帰国し、その半年前の4月にジャカルタ日本人学校小学部に入学し小学1年生になっていた上の倅のためにランドセルを探したのですが、当時はどこにもありませんでした。今は夏休みとかのかなり早いタイミングで売り出されていると聞き及びますが、20年超前の当時は9月のタイミングではランドセルの入手が難しかったのです。しかし、三越、たぶん、日本橋本店ではなく銀座店ではなかったか、と記憶していますが、三越の倉庫には在庫があるといい、色は黒しか選べませんでしたが、三越ブランドのランドセルを買い求めました。ようやくランドセルを買えた時の倅のうれしそうな顔は忘れられません。三越に対してとても有り難いと感謝したものです。

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2024年6月 7日 (金)

米国雇用統計に見る米国労働市場の過熱感払拭には時間がかかるか?

日本時間の今夜、米国労働省から4月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は直近の5月統計では+272千人増となり、失業率は前月から+0.1%ポイント上昇して4.0%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を中見出しを除いてやや長めに7パラ引用すると以下の通りです。

Today's jobs report: US economy added booming 272,000 jobs in May, unemployment at 4%
Hiring accelerated in May as employers added a robust 272,000 jobs despite stubborn inflation, high interest rates and intensifying household financial strains.
The unemployment rate, which is calculated from a separate survey, rose from 3.9% to 4%, the highest since January 2022, the Labor Department said Friday.
Economists had estimated that 185,000 jobs were added last month, according to a Bloomberg survey.
Average hourly pay rose 14 cents to $34.91, pushing up the yearly increase to 4.1%.
Wage growth generally has downshifted as COVID-related labor shortages have eased, but it's still above the 3.5% clip that's consistent with the Federal Reserve's 2% inflation goal.
Many Americans, meanwhile, are benefiting because typical pay increases have outpaced inflation the past year, giving them more purchasing power.
The report will likely not be well received by a Federal Reserve looking for a slowdown in wage growth, which feeds into inflation.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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ということで、米国の雇用は非農業部門雇用者の増加が、ようやく、というか、何というか、ひとつの目安とされる+200千人を先月4月統計で下回りましたが、直近の5月統計では再び上回って272千人を記録しました。引用した記事の3パラ目にあるように、Bloomberg による市場の事前コンセンサスでは+185千人の雇用増を見込んでいましたので、大きく上振れた形です。ただ、失業率はわずかながら上昇して4.0%となっています。失業率は雇用統計の中では遅行指標とはいえ、心理的な影響も見逃せないところです。ただし、3月統計は前月差+315千人から+310千人に、また、4月統計も+175千人から+165千人に、それぞれ下方修正されています。しかし、米国労働市場の過熱感が払拭されるにはまだ時間がかかりそうです。
当然ながら、賃金の伸びもまだ高止まりを続けています。時間あたり賃金は5月統計では34.91ドルとなり、前年同月比で+4.1%の伸びを示しています。4月統計の+3.9%から伸びを高めているわけです。+2%のインフレ目標に相当する賃金上昇率は+3.5%と考えられており、まだ上回っている形です。ということで、下のグラフは米国の時間あたり賃金と消費者物価指数のそれぞれの前年同月比上昇率です。賃金の最新月は雇用統計と同じ5月ですが、消費者物価はまだ5月統計は公表されておらず、最新月は4月となっています。時間当たり賃金の伸びは緩やかな低下傾向にありますが、消費者物価上昇率な米国連邦準備制度理事会(FED)が目標とする+2%までは低下してきていません。次回の連邦公開市場委員会(FOMC)は来週の6月11~12日に開催される予定ですが、6月12日の消費者物価指数(CPI)の公表を受けて、どのような議論がなされるのでしょうか?

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2か月連続で前月から上昇した景気動向指数をどう見るか?

本日、内閣府から4月の景気動向指数が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数は前月から▲0.1ポイント下降の111.6を示し、CI一致指数は+1.0ポイント上昇の115.2を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから報道を引用すると以下の通りです。

景気動向一致指数、4月は前月比1.0ポイント上昇 2カ月連続プラス
内閣府が7日公表した4月の景気動向一致指数(速報値、2020年=100)は前月比1.0ポイント上昇の115.2と2カ月連続でプラスとなった。卸売販売額や耐久消費財出荷指数が押し上げた。
電気製品など機械器具、エネルギーなど鉱物・金属材料の輸入額が膨らんだ。1-2月に一部メーカーが生産停止していた自動車の出荷増も寄与した。鉱工業生産は航空機部品の減少などで指数を下押しした。
一方、先行指数は前月比0.1ポイント低下の111.6となり3カ月ぶりにマイナスだった。新規求人数や消費者態度指数が下押しした。物価の先高観が強まったことなどが影響した。
一致指数から機械的に決める基調判断は「下方への局面変化を示している」とし、前月から据え置いた。

いつもながら、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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4月統計のCI一致指数については、2か月連続の上昇となりました。さらに、3か月後方移動平均の前月差でも+0.77ポイントの上昇となり、4か月ぶりの上昇でした。ただし、7か月後方移動平均の前月差では▲0.06ポイント下降と引き続きマイナスを記録しています。引用した記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では基調判断を前月2月統計に続いて「下方への局面変化」で据え置いています。もっとも、私の直感ながら、自動車の品質不正問題による生産や出荷の停止といった経済外要因の影響が4月統計では剥落しましたので、基調判断が2か月連続で「下方への局面変化」であっても、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そうすぐには日本経済が景気後退局面に入ることはないのではないか、と考えています。ただし、ダイハツに続いてトヨタやスズキなどでも品質不正事案が生じていますので、先行きの影響については測りかねています。もちろん、景気回復・拡大局面の後半に入っている点についても忘れるべきではありません。
CI一致指数を構成する系列を前月差に対する寄与度に従って詳しく見ると、景気動向指数に大きなインパクトを有する生産指数(鉱工業)が、例のボーイング社製の小型機の減産の影響が出て、わずかにマイナス寄与したものの、商業販売額(卸売業)(前年同月比)が+0.69ポイントの大きな寄与を示しています。ほかに、耐久消費財出荷指数が+0.20ポイント、商業販売額(小売業)(前年同月比)が+0.17ポイント、投資財出荷指数(除輸送機械)が+0.16ポイント、などでプラス寄与を示しています。ただし、他方で、有効求人倍率(除学卒)が▲0.28ポイント、鉱工業用生産財出荷指数が▲0.10ポイント、などがマイナスの寄与を示しています。

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2024年6月 6日 (木)

1-3月期GDP統計速報2次QEは1次QEから小幅の改定か?

今週月曜日の法人企業統計をはじめとして、必要な統計がほぼ出そろって、来週6月10日に1~3月期GDP統計速報2次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる2次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下のテーブルの通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である1~3月期ではなく、足元の4~6月期から先行きの景気動向を重視して拾おうとしています。いつものように、みずほリサーチ&テクノロジーズからは長々と引用してしまいました。いずれにせよ、詳細な情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
内閣府1次QE▲0.5%
(▲2.0%)
n.a.
日本総研▲0.9%
(▲3.6%)
成長率は前期比年率▲3.6%(前期比▲0.9%)と、1次QE(前期比年率▲2.0%、前期比▲0.5%)からマイナス幅が拡大すると予想。ただし、春以降の緩やかな景気回復見通しには変更なし。
大和総研▲0.3%
(▲1.0%)
2024年1-3月期GDP2次速報(QE)(6月10日公表予定)では実質GDP成長率が前期比年率▲1.0%と、1次速報(同▲2.0%)から上方修正されると予想する。主因は民間在庫であり、前期比寄与度が+0.2%ptから+0.4%ptへと上方修正されるとみている。1次速報段階で仮置きされていた原材料在庫は減少する一方、電気機械や自動車・同附属品、運輸業、郵便業などの業種における仕掛品在庫の増加が寄与するだろう。
個人消費は3月分の基礎統計の実績が反映されるものの、1次速報値から変わらないとみている。設備投資は、1-3月期の法人企業統計の結果が反映されるものの、伸び率は据え置かれる見込みだ。また、政府消費は1次速報段階で公表されていなかった1、2月分の医療費実績が反映されるものの、1次速報値から変わらないと予想する。公共投資においては仮置きとなっていた3月分の実績が反映され、伸び率は前期比+4.6%へ上方修正されるだろう。
以上を受け、内需の前期比寄与度は0.0%ptと1次速報(▲0.2%pt)から上方修正されると予想する。2次速報では、一部自動車メーカーでの大幅減産もあって消費や輸出が下振れする一方、在庫の積み上がりが内需寄与度を押し上げると想定される。他方、サービス輸出における前期からの反動減といった特殊要因が成長率を抑制した姿が再確認されるだろう。
みずほリサーチ&テクノロジーズ▲0.5%
(▲2.1%)
一時的な下押し影響が一服する4~6月期は、プラス成長に転じるとみられる。自動車生産が持ち直すことに加え、春闘賃上げの効果が徐々に顕在化することが押し上げ要因になるだろう(ただし、自動車生産については、昨年末以上に稼働率を引き上げる余地は小さく、一時的な下押しが顕在化する前の水準には回復するとしても、それ以上の大幅な挽回生産は見込みにくい。4月時点の自動車生産は普通自動車が小幅に減少するなど想定より回復が鈍い印象であり、一部自動車メーカーの生産停止も重石になっているとみられる点には留意が必要だ)。
2024年の春闘については、高水準で推移する企業収益や人手不足の深刻化等を受けて、前年を大きく上回る賃上げ率が実現しそうな状況だ。連合構成組合の賃上げ回答(第5回集計)は5.17%と前年(2023年度同時期3.67%)を大幅に上回る高水準になっており、筆者が想定していた以上に強い数字だ(組合員数300人未満の中小企業も4.66%と第4回から下方修正されたものの、依然として高水準で「奮闘」しており、これも想定外の強さである)。人手確保を目的に中小企業でも賃上げに取り組む企業の裾野が広がっていることを確認できる内容であり、最終集計も前年を大きく上回る水準(賃上げ率は5%台、ベアは3%台)で着地する蓋然性が大きくなっている。高水準の賃上げ率を背景に、所定内給与も4月以降徐々に伸び率を高め、実質賃金は改善に向かうことが見込まれる(ただし、大企業中心の連合集計値と比して毎月勤労統計は中小企業の割合が高いため、名目賃金の伸び率はやや抑制される可能性が高い点には留意が必要である)。6月には定額減税が実施されるほか、生産回復に伴う自動車の国内販売持ち直し等も受けて、4~6月期の個人消費は増加に転じると予測している。
ただし、各種物価押し上げ要因により、物価上昇率が当面高止まることで賃上げによる押し上げ効果が減殺されてしまう点には注意が必要だ。再生可能エネルギー賦課金の引き上げや政府による電気代・ガス代支援策の終了を背景にエネルギー価格の再上昇が見込まれるほか、賃上げに伴う人件費の上昇はサービス物価を中心に物価押し上げ要因になる。いわゆる「2024年問題」の影響もあって運送業の人手不足深刻化により物流費の上昇が見込まれることに加え、昨秋以降の円安や原油価格上昇に伴う輸入物価再上昇によるコストプッシュ(いわゆる「第1の力」)が食料品など財価格の下げ渋りにつながる公算が大きくなっており、コアCPIベースのインフレ率は夏場にかけて前年比+2%台後半~+3%前後で推移する可能性が高まっている。持ち家の帰属家賃除く総合ベースでCPIは前年比+3%台前半~;半ば程度まで高まる可能性があり、実質賃金の前年比マイナスは当面継続すると見込まれることから、個人消費の回復ペースも抑制される可能性が高い(実際、内閣府「消費動向調査」における消費者態度指数は「暮らし向き」を中心に4月・5月と2か月連続で悪化しており、足元で生鮮食品の価格が高騰していることに加えて、円安進展や電気代上昇等を受けたインフレ再加速への懸念が家計の消費マインドを悪化させていることが示唆される)。また、サービスや半耐久財については、前述した1~3月期のうるう年要因の反動減が押し下げに働く可能性が高い点にも留意が必要だ。
設備投資についても、4~6月期はプラスに転じるとみている。日銀短観3月調査における2024年度の設備投資計画(全規模合計・全産業、ソフトウェア・研究開発を含む)は前年比+4.5%と、3月調査時点としては高い伸びとなった。資材価格高騰等を受けて2023年度に実行しきれなかった投資が2024年度に繰り越された面もあるが、自動車や化学、生産用機械(半導体製造装置含む)等では過去の実績を大きく上回る設備投資計画になっており、旺盛な企業の設備投資意欲が確認できる内容だ。先行指標である機械受注(船舶・電力を除く民需)をみても、1~3月期は前期比+4.4%と4四半期ぶりに増加している。需要業種別にみると、はん用・生産用機械器具、情報通信機械器具、電気機械器具向けの受注が大幅に増加しており、半導体関連産業やEV関連産業(電池等)向けの投資意欲が高まっている可能性が高いだろう。後述の海外経済減速が重石になる一方、DX・GX関連投資や人手不足対応の省力化投資も顕在化することで、先行きの設備投資は回復基調で推移するとみている。
輸出については、自動車生産の持ち直しが押し上げ要因になる一方、海外経済の減速が財輸出の逆風になるだろう。米国経済は、良好な雇用所得環境を背景に個人消費など内需は堅調な推移が続いている。それでも、これまでの金融引き締めの影響が企業部門を中心に徐々に顕在化することで、2024年前半にかけて景気は緩やかな減速基調で推移すると予想している。足元の経済指標をみると、後述のとおり雇用統計で労働需給の緩和が示唆されていることに加え、4月の実質個人消費は前月比▲0.1%と小幅に減少するなど、景気減速を示唆する材料も出てきている。大幅な減速には至らないとみているが、ここにきて金融引き締めの効果が徐々に顕在化しつつあるように思える。欧州経済については、実質賃金回復を背景に足元で個人消費に底打ちの兆しがみられる点が好材料である一方、金融引き締め効果の顕在化を受けて、2024年前半は軟調に推移する可能性が高い。中国企業との競争激化などを受けて低迷が長期化する自動車を中心に、生産の回復は鈍い状況だ。特にドイツでは、安価なロシア産ガスからの切り替えに伴う採算性の悪化等を受けた構造的な競争力の低下が今後も生産回復の足かせとなる可能性が高い。中国経済は、4月の小売売上高は横ばい、固定資産投資は小幅マイナスで推移するなど、内需は弱い動きが続いている。不動産市場は販売・投資ともに底ばいの動きが継続しているほか、新築住宅価格は前月比▲0.6%とマイナス幅が拡大しており、住宅価格下落に歯止めがかかっていない。政府は地方国有企業に住宅在庫の買い取りを促す支援策を発表したが、対策規模からすると在庫縮減等の効果は大きくないとみられる。シリコンサイクルについても、足元の半導体市場(出荷額)の回復は生成AI向け半導体の値上がり等による単価上昇が押し上げに寄与している面が大きく、PC・スマホなど最終製品の需要回復が遅れていることが日本の半導体関連輸出の重石になる可能性が高い。
こうした海外経済・シリコンサイクルの動向を踏まえれば、財輸出の力強い回復は当面期待しにくい。実際、4月の輸出数量をみると、欧州向けを中心に自動車が持ち直しているほか、半導体製造装置も均してみれば回復基調を維持している一方で、集積回路は2カ月連続の減少と盛り上がりに欠ける状況である(足元で特に中国向けの輸出が落ち込んでいる)。電子部品・デバイスの出荷内訳をみても、国内向け出荷に比べて輸出向け出荷の回復が鈍く、半導体関連輸出に過度な期待は禁物と言えよう。機械受注(外需)をみても、1~3月期は前期比▲4.7%と弱含んでおり、先行きの資本財輸出も伸び悩む可能性があるだろう。
一方、インバウンド需要の回復は継続が見込まれる。夏場にかけて航空便数が拡大する見込みであり、円安傾向が継続すれば先行きも訪日外客数は緩やかな増加基調が続く可能性が高い。ただし、訪日外客数については、中国からの訪日外客数は持ち直しの動きが継続しているものの全体としては増勢が一服しつつあるほか、一人当たり消費単価についても平均泊数(観光・レジャー目的)が徐々に縮小するなど、高水準ながらも回復ペースが鈍化する可能性が高い。また、中国方面の定期航空便数は2019年対比6割程度にとどまっており、中国からの訪日外客数が今後伸び悩んだ場合は訪日外客数全体の回復ペースが鈍いものになる可能性がある点には留意が必要だ。
さらに、政府の「デフレ完全脱却のための総合経済対策」、並びにその財源として成立した2023年度補正予算を受けて、防災・減災、国土強靭化の推進に係る公共事業が4~6月期も一段と進捗することが見込まれる。先行指標となる1~3月期の公共工事請負金額(みずほリサーチ&テクノロジーズによる季節調整値)は前期比+11.0%と大幅に増加しており、公共投資は増加傾向で推移しよう。
以上を踏まえ、4~6月期の日本経済は、海外経済の減速が輸出を下押しするものの、自動車生産が持ち直すほか、高水準の企業収益が賃金・設備投資に回ること等により内需が持ち直し、年率+2%程度のプラス成長になると現時点で予測している。
ニッセイ基礎研▲0.5%
(▲1.9%)
24年1-3月期GDP2次速報では、実質GDPが前期比▲0.5%(前期比年率▲1.9%)と予想する。1次速報の前期比▲0.5%(前期比年率▲2.0%)とほぼ変わらないだろう。
第一生命経済研▲0.5%
(▲2.1%)
先行きについては緩やかな持ち直しを予想している。1-3月期はマイナス成長となったが、4-6月期は自動車生産の正常化に伴ってリバウンドが予想され、プラス成長になるだろう。その先も、24年後半に実質賃金のプラス転化が見込まれることが下支えになり、個人消費は緩やかに持ち直すだろう。製造業部門の下押しが弱まることや底堅い企業収益を背景として設備投資も緩やかに増加する可能性が高い。これまで景気の足を引っ張ってきた内需に持ち直しの動きが出ることで、景況感も徐々に改善に向かうと予想する。
もっとも、物価上昇による実質購買力の抑制が消費の頭を押さえる状況は残る。①再エネ賦課金引き上げや負担軽減策終了によるエネルギー価格大幅上昇や、円安、人件費増分の価格転嫁が進むことで物価が上振れ、実質賃金の増加幅が限定的なものにとどまる可能性があること、②実質賃金の増加が貯蓄に回るリスクがあること、③コロナ禍からのリバウンドは既に終了していることなどを踏まえると、消費の先行きには不透明感が大きい。景気は先行き改善を見込むも、加速感が出るには至らないとみている。
伊藤忠総研▲0.5%
(▲2.1%)
1~3月期の実質GDP成長率(2次速報)は前期比▲0.5%(年率▲2.1%)と1次速報から若干下方修正の見通し。設備投資が大幅下方修正されるが、民間在庫投資や公共投資は上方修正される見込み。企業業績は好調、労働分配率は下げ止まりつつあり、今後は家計所得増による個人消費拡大と設備投資の復調に期待。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング▲0.6%
(▲1.6%)
2024年1~3月期の実質GDP成長率(2次速報値)は、前期比-0.6%(前期比年率換算-2.6%)と 1次速報値の前期比-0.5%(年率換算-2.0%)から下方修正される見込みである。ただし、1次速報からの修正は小幅であり、内需低迷を背景に景気が足踏み状態にあるとの判断を変更するほどの内容ではない。
三菱総研▲0.4%
(▲1.6%)
2024年1-3月期の実質GDP成長率は、季調済前期比▲0.4%(年率▲1.6%)と、1次速報値(同▲0.5%(年率▲2.0%))から上方修正を予測する。
明治安田総研▲0.5%
(▲2.0%)
1-3月期の実質GDP成長率は、能登半島地震や一部自動車メーカー等の認証不正問題に伴う出荷停止の影響もあって、2四半期ぶりのマイナスとなる可能性が高まった。もっとも、日本経済の先行きの見通しは改善しつつある。まず個人消費は、春闘における高めの賃上げが段階的に給与に反映されることや、定額減税など政府の経済対策が追い風となり、持ち直しに向かうと予想する。設備投資は、シリコン・サイクルの好転で半導体製造装置や半導体材料の増産のための投資が増加することなどが下支え要因になると見込む。輸出に関しては、中国景気の停滞が持続するほか、欧米景気の減速の影響で財輸出は低迷が予想される。ただし、インバウンド需要は引き続き下支え要因となるとみられ、2024年度の景気は回復基調で推移すると予想する。

多くのシンクタンクで強調されているように、設備投資が下方改定、在庫が上方改定ですので相殺して大きな変更はなし、という形になろうかと私も考えています。おそらく、わずかながらも上方改定であろうという気がするのですが、仕上がりがどうなるかは判りかねます。先行き日本経済について、基本的には、私も多くのシンクタンクと同じように、回復基調が継続されるものと期待していますが、リスクが2点あります。第1に、インフレのリスクです。エネルギーが高止まりしていて、さらに価格上昇が加速するようですと、コストプッシュインフレが続くとともに、日本政策投資銀行のリポートで指摘しているように、賃上げの転嫁ではなく企業の利潤拡大行動に伴ったインフレであるとすれば、消費が盛り上がらない危険が十分あります。第2に、自動車の認証不正問題です。ダイハツに端を発して、国土交通省が自動車工業各社に調査を指示した結果として把握されたようです。例えば、日経新聞のサイトによれば、トヨタについては年間13万台を生産する宮城大衡工場と岩手工場の計2ラインを当面停止すると報じられていますが、詳細が不明で現時点では評価のしようがありません。ダイハツだけでも1~3月期にあれほどのインパクトあったわけですので、業界トップのトヨタをはじめとして、ホンダ、マツダ、スズキ、ヤマハ発動機の5社に及ぶようですから、何とも計り知れません。私自身は先進各国のソフトランディングはほぼほぼ確定と考えていますが、この2点については下振れリスクを顕在化させる可能性が否定できません。。
最後に、下のグラフはみずほリサーチ&テクノロジーズのリポートから引用しています。

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2024年6月 5日 (水)

OECD Digital Economy Outlook 2024 に見る日本のAI研究の現状やいかに?

やや旧聞に属するトピックながら、経済協力開発機構(OECD)から OECD Digital Economy Outlook 2024 と題するリポートが公表されています。もちろん、pdfの全文リポートも読むことが出来ます。第1章でICTセクターの成長率などを概観した後、第2章で人工知能(AI)の将来を考えようとしています。その第2章のAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
The artificial intelligence (AI) landscape has evolved significantly since 1950 when Alan Turing first posed the question of whether machines can think. Today, AI is transforming societies and economies. It promises to generate productivity gains, improve well-being and help address global challenges, such as climate change, resource scarcity and health crises. Yet, the global adoption of AI raises questions related to trust, fairness, privacy, safety and accountability, among others. Advanced AI is prompting reflection on the future of work, leisure and society. This chapter examines current and expected AI technological developments, reflects on the opportunities and risks foresight experts anticipate, and provides a snapshot of how countries are implementing the OECD AI Principles. In so doing, it helps build a shared understanding of key opportunities and risks to ensure AI is trustworthy and used to benefit humanity and the planet.

読めば理解できるように、"key opportunities and risks" を強調しています。AIの活用はチャンスではあるが、リスクも伴う、という趣旨であることは明らかです。したがって、重要な研究テーマとして設定すべきである、と考えるのは私だけではないと思います。

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上のグラフは、リポートから、p.51 Figure 2.4. China, the European Union and the United States lead in the number of AI research publications, with India recently making strides および p.52 Figure 2.5. China's share of "high-impact" AI publications has steadily risen since 2000, notably overtaking the United States and European Union in 2019 を結合させて引用しています。タイトル通りですが、大雑把に、上のパネルはAIに関する研究成果の論文数、下のパネルはそのうちの高インパクト、すなわち、位置づけの高いジャーナルに掲載された論文のシェア、と考えられます。これまた、見ての通りで、そもそも、日本のAI研究の成果たる論文数はここ20年余りでそれほど伸びていない上に、高インパクトな論文はむしろ割合が低下すらしています。

将来を見据えたカーボン・プライシングで日本は大きく世界から遅れている一方で、AIに関する研究も進んでいません。日本の将来に対する悲観論にも一定の根拠があるのかもしれません。

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2024年6月 4日 (火)

世界銀行 State and Trends of Carbon Pricing 2024 に見る日本のカーボン・プライシングの現状やいかに?

やや旧聞に属するトピックながら、世界銀行から State and Trends of Carbon Pricing 2024 と題する年次リポートが公表されています。2023年にはカーボン・プライシングによる歳入が1040億ドルに達したことが明らかにされています。もちろん、pdfファイルの全文リポートもアップロードされています。

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上のグラフはpdfファイルの全文リポート p.25 から FIGURE 7 Prices and coverage across ETSs and carbon taxes, as of April 1, 2024 を引用しています。カーボン・プライシングには2種類あり、炭素税(CT)と排出権取引(ETSs)となりますが、その両方をプロットしています。少し薄い緑色でUS$63-127のレンジをカバーしているのは、2030 price range recommended by the High-Level Commission on Carbon Prices to limit temperature rise to well below 2℃ ということになります。左に見える赤い矢印は我が国の炭素税(CT)であり、世界的に見ても非常に低い税率となっています。右の上向きの青い矢印は東京が設定している排出権取引(STSs)ですが、これでもまだ推奨レンジのはるか下方でしかありません。いずれにせよ、我が国のカーボンニュートラルに向けたカーボン・プライシングは世界の中でも際立って遅れていることを改めて実感しました。

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2024年6月 3日 (月)

1-3月期法人企業統計では企業業績の伸びと投資や賃金の停滞が確認される

本日、財務省から1~3月期の法人企業統計が公表されています。統計のヘッドラインは、季節調整していない原系列の統計で、売上高は前年同期比+2.3%増の387兆4182億円だったものの、経常利益は+15.1%増の27兆4279億円に上っています。そして、設備投資は+6.8%増の17兆6628億円を記録しています。ただし、季節調整済みの系列で見ると原系列の統計とは逆に、GDP統計の基礎となる設備投資については前期比▲4.2%減となっています。まず、日経新聞のサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

経常利益15.1%増、サービスけん引 1-3月法人企業統計
財務省が3日発表した1~3月期の法人企業統計によると、全産業(金融・保険業を除く)の経常利益は27兆4279億円で、前年同期と比べて15.1%増えた。5四半期連続のプラスで、1~3月期としては過去最高額だった。サービス業は人出が回復した追い風を受けた。価格転嫁も進展した。
業種別の経常利益をみると非製造業は11.5%の増益だった。サービス業は29.9%、不動産業は55.6%それぞれ伸びた。人流回復によるオフィス需要や都心部の分譲マンション販売などが増加した。
製造業は23.0%の増益だった。自動車などの輸送用機械は33.1%伸び、全体を押し上げた。一部自動車メーカーで生産停止があったものの、円安の進行による為替差益や価格改定などの効果が出た。
全産業のソフトウエアを含む設備投資は17兆6628億円で、前年同期と比べて6.8%増えた。製造業・非製造業ともに前年同期を超えた。自動車や生産用機械などの生産体制の強化が進んだ。伸び幅は23年10~12月期の16.4%から縮んだ。季節調整済の前期比では4.2%縮んだ。
製造業では輸送用機械が25.7%、食料品が26.5%それぞれ増えた。生産体制や生産能力増強のための投資が進んだ。
非製造業では、運輸業・郵便業が11.5%のプラスだった。駅や空港関連施設の整備のための投資が進展した。サービス業は11.7%増えた。各社がDX(デジタルトランスフォーメーション)関連投資を進めていることを反映した。
財務省は今回の法人企業統計について「景気がゆるやかに回復している状況を反映したものと考えているが、海外の景気動向の下振れや物価上昇などの影響を含め今後とも企業の動向に注視していく」と説明した。

長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、法人企業統計のヘッドラインに当たる売上高と経常利益と設備投資をプロットしたのが下のグラフです。色分けは凡例の通りです。ただし、グラフは季節調整済みの系列をプロットしています。季節調整していない原系列で記述された引用記事と少し印象が異なるかもしれません。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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法人企業統計の結果について、引き続き、企業業績は好調を維持しており、まさに、それがこのところの株価に反映されているわけで、東証平均株価については3月下旬にバブル後最高値をつけて4万円を超えた後、4月半ばには37000円レベルに下落したものの、現時点では38000円を超える水準に回帰しています。ただ、他方で、株価はまだしも、住宅価格が大きく高騰しているのも報じられている通りです。もちろん、法人企業統計の売上高や営業利益・経常利益などはすべて名目値で計測されていますので、物価上昇による水増しを含んでいる点は忘れるべきではありません。ですので、数量ベースの増産や設備投資増などにどこまで支えられているかは、現時点では明らかではありません。来週のGDP統計速報2次QEを待つ必要があります。もうひとつ私の目についたのは、設備投資の動向です。上のグラフのうちの下のパネルで見て、昨年2023年10~12月期に跳ねてた後、直近で利用可能な今年2024年」1~3月期にはまたまた減少しています。前々から企業業績に比べて設備投資が出遅れているという印象があり、10~12月期には出遅れが解消され、特に、日銀短観や日本政策投資銀行の調査などによる設備投資計画とGDP統計の差が縮小される動きが始まった可能性を感じていたのですが、どうも怪しくなっってきています。いずれにせよ、昨年2023年5月にコロナの分類変更がありましたし、ダメージの大きかった非製造業、特にサービス業が回復してきています。売上や経常利益では産業別に見てサービス業や不動産業が上位に名を連ねています。バブルに向かう動きでなければいいと思ってしまいました。

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続いて、上のグラフは私の方で擬似的に試算した労働分配率及び設備投資とキャッシュフローの比率、さらに、利益剰余金、最後の4枚目は人件費と経常利益をそれぞれプロットしています。労働分配率は分子が人件費、分母は経常利益と人件費と減価償却費の和です。特別損益は無視しています。また、キャッシュフローは法人に対する実効税率を50%と仮置きして経常利益の半分と減価償却費の和でキャッシュフローを算出した上で、このキャッシュフローを分母に、分子はいうまでもなく設備投資そのものです。人件費と経常利益も額そのものです。利益剰余金を除いて、原系列の統計と後方4四半期移動平均をともにプロットしています。見れば明らかなんですが、コロナ禍を経て労働分配率が大きく低下を示しています。もう少し長い目で見れば、デフレに入るあたりの1990年代後半からほぼ一貫して労働分配率が低下を続けています。いろんな仮定を置いていますので評価は単純ではありませんが、デフレに入ったあたりの1990年代後半と比べて、▲20%ポイント近く労働分配率が低下していると考えるべきです。名目GDPが約550兆円として100兆円ほど労働者から企業に移転があった可能性が示唆されています。設備投資/キャッシュフロー比率も底ばいを続けています。設備投資の増加の勢いがしぼんでしまった可能性があるので、決して楽観的にはなれません。他方で、ストック指標なので評価に注意が必要とはいえ、利益剰余金は伸びを高めています。また、4枚めのパネルにあるように、デフレに陥った1990年代後半から人件費が長らく停滞する中で、経常利益は過去最高水準を更新し続けています。アベノミクスではトリックルダウンを想定していましたが、企業業績から勤労者の賃金へは滴り落ちてこなかった、というのがひとつの帰結といえます。あるいは、アベノミクスの「負の遺産」と呼ぶエコノミストもいるかもしれません。勤労者の賃金が上がらない中で、企業業績だけが伸びて株価が上昇するのが、ホントに国民にとって望ましい社会なのか、どうか、キチンと議論すべき段階に入っているように私は考えています。

最後に、本日の法人企業統計などを受けて、来週6月10日に内閣府から1~3月期のGDP統計速報2次QEが公表されます。1次QEでは小幅なマイナス成長でしたが、本日公表の法人企業統計を受けて設備投資は下方修正されることが確実であり、2次QEではより大きなマイナス成長となるものと私は予想しています。シンクタンクなどの2次QE予想については、日を改めて取り上げる予定です。

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2024年6月 2日 (日)

才木投手が完封して交流戦初勝利

  RHE
阪  神100000000 141
ロ ッ テ000000000 060

負け続けた交流戦ながら、才木投手が完封勝利でロッテを下しました。
打線はリードオフマンに起用された森下選手の先頭打者ホームランの1得点のみで、相変わらず貧打は解消されていません。NHKテレビの中継による野球観戦でしたが、ベンチから乗り出すようにグラウンドを見つめる今岡コーチの姿が印象的でした。ファームに落とされた佐藤輝選手といい、4番を外された大山選手といい、みんなが打てなくなっています。悪影響はリリーフ陣にも及び、2枚看板のクローザー2投手が同点に追いつかれたり、さらに、サヨナラ負けしたりが続いています。昨年も交流戦で負け越しましたが、今年はどうなることやら。

甲子園に戻っての楽天戦は、
がんばれタイガース!

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2024年6月 1日 (土)

今週の読書は古典派経済学の経済書や統計学の本のほか小説も含めて計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、トーマス・ゾーウェル『古典派経済学再考』(岩波書店)は、社会哲学、マクロとミクロ、方法論の観点から古典派経済学の真髄に迫ります。デイヴィッド・シュピーゲルハルター『統計学の極意』(草思社)は、それほど数式に頼らず豊富な実例について確率と統計から解説を試みています。原田泰『日本人の賃金を上げる唯一の方法』(PHP新書)は、国を上げて生産性向上を妨害している、と独特の語り口で解説しています。くわがきあゆ『レモンと殺人鬼』(宝島社文庫)は、とてもよく出来たサスペンスフルなミステリで、アット驚くラストが待ち構えています。宮内悠介『スペース金融道』(河出文庫)は、宇宙を舞台にした金融会社の取立て業務をコミカルに表現したSF小説です。中島京子ほか『いつか、アジアの街角で』(文春文庫)は、アジアにまつわる女性作家の短編を収録したアンソロジーです。
ということで、今年の新刊書読書は1~5月に128冊の後、6月に入って本日は6冊をレビューし合わせて134冊となります。順次、Facebookやmixi あるいは、気が向けばAmazonなどでシェアやレビューする予定です。

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まず、トーマス・ゾーウェル『古典派経済学再考』(岩波書店)を読みました。著者は、米国のエコノミストであり、現在はスタンフォード大学の研究者です。ご専門は経済学史、社会思想史だそうです。本書の英語の原題は Classical Economics Reconsidered であり、1974年の出版の後、1994年にペーパーバック版が出版されています。本書はペーパーバック版の邦訳です。ということで、本書ではタイトル通り、古典派経済学について4つの章から成り、4つの側面からの再評価を試みています。すなわち、社会哲学、マクロ経済学、ミクロ経済学、方法論の4章構成となっています。まず、社会哲学の冒頭章の中で、古典派経済学のスコープを論じていますが、これはそれほど難しくない気がします。重商主義を批判し否定したスミス『国富論』に始まって、リカードォが完成させた、と本書では考えていますが、要するに、ワルラスやジェヴォンズなどによる限界革命の前まで、ということになります。ほぼほぼ、異論ないところだろうと思います。ただ、本書ではマルクスも古典派経済学に含めています。第1章の社会哲学は、人口に膾炙した一言でいえば自由放任=レッセフェールということになります。他方、社会とは貴族社会と考えられているものの、土地所有からの地代については批判的ないし否定的な見方が提供されています。奴隷制についても個人的なリベラリズムから反対する古典派エコノミストは少なくないものの、経済学的な考えは明確ではないような気がします。続いて、第2章の古典派マクロ経済学の中心にはセイの法則が据えられています。そうです。供給が需要を作り出すというセイの法則です。ケインズが徹底的に否定したセイの法則です。私は誠に申し訳ないながら、このあたりの理解ははかどりませんでした。ただ、古典派経済学のマクロ経済学では成長の問題が重要であり、本書では言及されていませんが、ソロー=スワンの新古典派成長論につながるのであろうという点は理解しました。第3章のミクロ経済学で中心的な役割を果たすのは収穫逓減の法則です。ペティ=クラークの法則により、古典派経済学隆盛の時期は英国ですら第1次産業の従事者が過半であったろうと想像されますが、農業には典型的に収穫逓減の法則が成り立つ一方で、製造業では収穫一定ないし規模の経済が働きます。時代背景に従って、価格理論が発展してきたことが実感されます。最後の第4章の方法論は、私は少しムチャな気がしました。著者も、「古典派経済学自体は他と比べて殆ど語るべきものをもっていない」(p.101)と指摘しています。でも、モデル、因果律、数学の役割、科学、などについて論じています。本書はかなり難解な内容なのですが、この最後の第4章がもっとも難解です。

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次に、デイヴィッド・シュピーゲルハルター『統計学の極意』(草思社)を読みました。著者は、英国ケンブリッジ大学の研究者であり、医学統計学への貢献によりナイトを叙爵されています。本書の英語の原題は The Art of Statistics であり、2019年の出版です。ということで、本書は9章構成であり、著者の専門分野である医療統計や犯罪統計を例にして解説しています。したがって、私の専門分野である経済統計はほとんど現れません。9章を順に簡単に追うと、カテゴリーカルな質的データ、連続変数の数値データ、母集団と測定、因果関係、回帰分析による関係性のモデリング、アルゴリズムと分析・予測、標本の推定と信頼区間、確率、確率と統計の統合、となります。私は興が乗ると「統計と確率は基本的に同じ」と学生に説明することがありますが、本書でも最後の方は同じ考えにたった統計学の解説が行われています。それはともかかく、本書を読みこなすには高校レベルの数学の基礎は必要です。出版社のサイトでは「数式は最小限」という宣伝文句が見られますが、数式だけでなく数学の基礎知識は必要です。邦訳者も文学部の英文科のご出身とかではなく、お茶の水女子大学大学院理学研究科数学専攻修了の方だったりします。私が教えている経済学部生は、高校レベルの数学はすでに怪しい場合が少なくなく、専門家である高校の数学教師が出来なかったことを、大学の経済学の教師である私に出来るはずがないと諦めています。ただ、数式が少ないことは確かで、しかも、数式を延々と解いていく論文形式ではなく、実務的な問題や課題を中心に据えてトピックを展開していますので、判りやすい気はします。例えば、冒頭から、英国のシリアルキラーだった医師について、統計学ではどの段階で止めることが可能であったかの確率、というか、蓋然性を考えたり、近所に有名大手スーパーがあると住宅価格がどれくらい上がるかを考えたり、といったところです。いずれも統計的な確率分布で信頼性のある数字が推計される可能性があります。いずれにせよ、本書で取り上げているようなデータサイエンスはディープラーニングやそれに基づく人工知能(AI)といった最先端技術の基礎となることはいうまでもなく、そのような最先端技術を直接に扱ったり、仕事として従事したりするわけではないとしても、一般教養的に情報として持っておくことは必要です。加えて、類書でも散々指摘されているように、統計やグラフの書き方、あるいは、アンカーをどこに置いてしゃべるかなどで、人の受ける印象は一定程度変わってきますし、そういった情報操作的な手法に騙されないリテラシーも現代では必要です。ただ、Amazonのレビューを見ていると、極めて高い評価とそうでないものと両極端に分かれている気がします。ちょっと難しいかもしれませんが、理解できれば面白いと思います。でも、理解が及ばないと面白くないかもしれません。ビミョーな気はしますが、私は面白かったです。

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次に、原田泰『日本人の賃金を上げる唯一の方法』(PHP新書)を読みました。著者は、官庁エコノミスト出身で日銀政策委員も務め、現在は名古屋市立大学の研究者です。一応、私はこの著者との共著論文「日本の実質経済成長率は、なぜ 1970 年代に屈折したのか」を書いていたりします。ということで、本書のタイトルの質問に対する回答は、三段論法よろしく何段階かの論法になっているのですが、まず、第1段階は極めて常識的に生産性が上がらないから賃金が上がらない、ということに尽きます。しかし、第2段階でどうして生産性が上がらないかというと、政府や企業やメディアなどがこぞって生産性を向上させることを妨害している、というやや突飛な発想になります。ただ、その解決策は割合と常識的であって、高圧経済を達成して人手不足の経済を達成することが重要、ということになります。具体的な分析や政策的なインプリケーションは私自身の考えと一致する部分もあります。例えば、キャッチアップの余地がまだ大いに残されている、とか、日本は投資不足である、とかの本書の主張は私もほぼほぼ全面的に同意します。政府が成長戦略により成長率を高めることが難しい、というか、政府の成長戦略は成功することに対して否定的なのもご同様です。そんなことを政府ができるのであれば、目端の利いた民間企業がとっくにやっていると私は思います。その意味で、経済産業省の目指すような国家統制のもとでの経済成長に期待すべきではありません。財政赤字が成長の制約条件となるというロゴフ教授らの見方に反対であるというのも私は同じです。昨年の紀要論文 "An Essay on Public Debt Sustainability: Why Japanese Government Does Not Go Bankrupt?" で示したところです。ただ、本書の主張とは違う点も大いにあります。少なくとも所得分配を改善してより平等な所得を実現できれば、私は成長率は加速すると思っています。限界消費性向の高い低所得層に所得を分配すれば消費が伸びるのはかなり明らかだと思うのですが、本書では否定しています。もうひとつ異なっているのはアベノミクスの評価です。私は第2次安倍内閣発足直後の2013年の財政政策は評価しています。しかし、2014年と2019年と2度に渡った消費税率の引上げはどうしようもなく間違っていましたし、最近では2013年に就任した黒田日銀総裁による異次元緩和も少し疑問視し始めています。理由は簡単で、デフレ脱却が出来なかったという実績に加えて、コロナ後に東京の住宅価格が高騰するという副作用が大きく目につくようになった、と考えるからです。異次元緩和の最中、それも最近まで割合と金融緩和は高く評価していたのですが、最近になって少し評価を変更しつつあります。ケインズ卿と同じです。すなわち、"When the facts change, I change my mind - what do you do, sir?" ということです。

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次に、くわがきあゆ『レモンと殺人鬼』(宝島社文庫)を読みました。著者は、京都府ご出身の小説家ですが、専業の作家さんではないようなことを聞いた覚えがあります。記憶はやや不確かです。2021年に第8回「暮らしの小説大賞」を受賞した『焼けた釘』でデビューし、本作品は2023年の第21回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作です。ということで、主人公は小林美桜、大学事務室に派遣職員として働いています。10年前に、そこそこはやっていた洋食屋経営の父親恭司が通り魔の少年に殺されて、母親寛子も失踪し、妹の妃奈とは別の親戚に引き取られて、不遇な人生を歩んできています。その上、生命保険外交員だった妹の妃奈の遺体が発見され、しかも、その妃奈に保険金殺人のウワサが立ったりします。ちょうどそういったタイミングで、父親を殺害した当時14歳だった少年の佐神翔が10年を経て出所したりします。そういった中で、妹の潔白を信じて疑惑を晴らすべく、主人公が行動を開始します。大学内に協力してくれるジャーナリスト志望の経済学部4年生の渚丈太郎を見つけ、真相解明に乗り出します。ほかに、主人公が有償ボランティアという名の副業を始める学童クラブの後に子どもたちを預かるボランティア活動している農学研究科の院生である桐宮証平、大学事務室の同僚派遣職員である鹿沼公一、中学のころにいじめられた海野真凛は協力者の渚丈太郎の恋人であるとともに一緒にボランティア活動をしたりして気まずい思いをします。こういった登場人物に囲まれて、妹が付き合っていたレストラン経営者の銅森一星に話を聞きに行こうとしたり、その銅森一星の用心棒の金田拓也から妹の話を聞いたり、サスペンスフルなストーリーが展開します。基本的にミステリの謎解きですので、あらすじはここまでとします。でも、ミステリといいつつ、いわゆる謎解きに当たる名探偵は登場しません。最後の最後に、犯人が主人公を殺害しようとして真相が明らかにされるタイプのミステリです。私は頭の回転が鈍いので、意図的にミスリーディングな作者の展開にすっかり騙されましたが、私だけではなく騙される読者は少なくないものと思います。いろんな伏線がいっぱいばらまかれていて、最後には見事に回収され、衝撃的などんでん返しとなります。ただ、どこかに既視感がある気がしたのは、我孫子武丸『殺戮にいたる病』とプロットが似ています。名探偵が登場しない点も似ています。共通するのは読者をミスリードするバラバラな視点、アチコチと前後する時系列、それぞれの視点からの観察結果が記述され、そういったバラバラかつアチコチなストーリーが一気に加速してラストを迎えます。最近では、なかなか完成度の高いミステリ読書だったと感じています。オススメです。

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次に、宮内悠介『スペース金融道』(河出文庫)を読みました。著者は、ワセダミステリクラブ=通称ワセミスご出身のSF作家、ミステリ作家であり、SFでもミステリでもない昨年の『ラウリ・クースクを探して』で直木賞候補にノミネートされています。ということで、本書はタイトルのスペース=宇宙から容易に想像される通り、SF作品となります。主人公は金融会社である新星金融で働いていて、イスラム教徒であり量子金融工学の研究をしていた経験を持つユーセフの部下として取立て業務に携わっています。舞台は人類が最初に移住に成功した太陽系外の惑星、通称「二番街」であり、新星金融の二番街支社に所属しています。要するに、少し前までの日本の消費者金融と同じで、小売の資金を貸し付けては、かなり過酷に取り立てるわけです。「バクテリアだろうとエイリアンだろうと、返済さえしてくれるなら融資する。そのかわり高い利子をいただきます。」というのがモットーになっています。また、ユーセフが主人公に何度も復唱させる企業理念は「わたしたち新星金融は、多様なサーボスを通じて人と経済をつなぎ、豊かな明るい未来の実現を目指します。期日を守ってニコニコ返済」というのもありますし、取立てについては「宇宙だろうと深海だろうと、核融合炉内だろうと零下190度の惑星だろうと取り立てる。」と、ユーセフが何度も繰り返し発言します。本書は5章構成となっていて、表題章が冒頭に置かれているスペース金融道、続いて、スペース地獄篇、スペース蜃気楼、スペース珊瑚礁、スペース決算期、となります。舞台となる二番街では、いかにもSFらしく、人間よりも数の少ないマイノリティながらアンドロイドがいっぱいいて、実は、新星金融の主要な顧客はアンドロイドらしく、ユーセフと主人公が取り立てる対象はアンドロイドばっかりです。もちろん、マイノリティですのでアンドロイドは人間から差別を受けているのですが、なぜか、二番街の首相はアンドロイドのゲベイェフが選ばれていたりもします。そのアンドロイドに関して、アシモフが『われはロボット』をはじめとする一連のシリーズで設定したルール「ロボット工学の三原則」になぞらえて、新三原則が課されています。潜在的なスペックは人間よりもアンドロイドの方が高いわけですから、少なくとも知性の面で人間を超えないようなルール設定がなされているわけです。以下の通りです。

第1条
人格はスタンドアロンでなければならない
第2条
経験主義を重視しなければならない
第3条
グローバルな外部ネットワークにアクセスしてはならない

第1条は人格の複製や転写を禁じるもので、第3条は知識の面で制限するためです。第3条に基づいてアンドロイドはグローバルなwebへのアクセスが禁じられており、アンドロイドの間だけのネット空間である暗黒網=ダークウェブだけにアクセスしています。第2条は判りにくいものの、「黒猫が前を横切ると不吉の前兆」といったジンクス的なものを取り入れて、アンドロイドを人間っぽくすることを主眼としています。といった前提ばかりが長くなりましたが、主人公が上司のユーセフに振り回されつつ、回収額を超えるコストがかかっていそうな取立てをして、とても酷い目に合うわけです。なぜか、カジノで自分の臓器をチップに変えてポーカーをやったり、差別主義的な人間原理党の党首に祭り上げられて、人間票を分割してゲベイェフの再選のために犠牲になったり、というわけです。そのあたりは読んでいただくしかありませんが、とてもテンポのよい文章で、ユーモアのセンスも抜群ですので、とても楽しめる読書でした。

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次に、中島京子ほか『いつか、アジアの街角で』(文春文庫)を読みました。著者は、6人の女性作家です。収録順に、簡単にあらすじを追っておきたいと思います。まず、中島京子「隣に座るという運命について」の主人公は女子大生の真智です。知った人もいない大学生活が始まって、隣の席に座ったよしみで仲良くなった「よしんば」に誘われた文芸サークルで偶然に出会ったエイフクさんの名前の通りに台湾に思いが飛びます。桜庭一樹「月下老人」のタイトルは、台湾の民間信仰の縁結びの神様です。舞台は、大久保のイケメン通りにほど近い道明寺探偵屋なのですが、火事を出した台湾料理屋がそこに転がりこんできて、火事にまつわる誤解が解明されます。島本理生「停止する春」はややディストピアのストーリーです。東日本大震災から11年を経て、社内の「黙とうをささげます」の放送がなくなり、主人公は勤続15年になるのですが、会社を休みます。少し不安定な主人公の心の動きが気にかかります。大島真寿美「チャーチャンテン」は、台湾ではなく香港です。1997年夏の香港でお腹のなかにいた子は、2022年に東京で働くことになり、初めての東京勤務を心配した友人から会ってやってくれるように依頼されますが、まったく何の心配もなく、逆に、東京にある香港に擬した一角に連れて行ってもらいます。宮下奈都「石を拾う」は、タイトルの石ではなく、むしろ、マグマの方がふさわしいかもしれません。外国人の同級生に対する陰湿なイジメに、小学生の主人公の身体の中にある活火山が噴火します。でも、そのマグマが固まった火成岩を見て、主人公は地球はマグマで出来ていると感じます。角田光代「猫はじっとしていない」では、19年飼って1年前にいなくなった愛猫のタマ子が、夢の中に出てきて台湾にいると告げられた主人公は、もちろん、台湾に向かい、猫がいっぱいの猫村を訪れます。最後に、「チャーチャンテン」では、ラストに主人公が金髪にして出社して、周囲が仰け反ったり、「グエ」と声を上げたりするシーンがあります。実は、私も頭髪がさみしくなってきて、できれば、丸刈りにしたい、でも、何らかの差し障りがあるかもしれないので、息子の結婚式の後に丸刈りにする、という人生プランを持っています。早く結婚してくれないものかと待ち望んでいますが、まだ先は長そうな気がします。

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