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2024年8月31日 (土)

今週の読書は経済書のほかホラーもあって計7冊

今週の読書感想文は以下の通り、久しぶりに読んだ経済書をはじめ計7冊です。
今年の新刊書読書は1~7月に186冊を読んでレビューし、8月に入って先週までに計22冊、そして、8月最後に今週7冊をポストし、合わせて215冊となります。目標にしているわけでも何でもありませんが、年間300冊に達する勢いかもしれません。なお、Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。また、染井為人『悪い夏』も読んでいて、すでにFacebookとmixiでシェアしていますが、新刊書ではないと思いますので、本日の読書感想文には含めていません。

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まず、松尾匡『反緊縮社会主義論』(あけび書房)を読みました。著者は、私の同僚、すなわち、立命館大学経済学部の研究者です。本書は、基本的に、著者の主張に対する批判への再反論という形を取っており、はしがきにもある通り、書き下ろされている第7章と第8章を別にすれば、何らかの形で公表されたものを収録しています。ただし、私のように職場の同僚として著者のnoteのサイトをメーリングリストにしたがってプッシュ型配信を受けていたり、あるいは、学術雑誌をていねいに読んでいたりする人は極めて例外的でしょうから、まあ、初めて接する読者が多いのだろうと想像しています。私は官庁エコノミスト出身ですし、まさに、主流派の政府公認の経済学をもってお仕事してきたキャリアがほとんどですので、本書で展開されている経済学や経済学以外の部分をどこまで理解できたかはいささか自信がありません。というか、少なくとも、出版社のサイトに示されている目次でいって、第5章とその先はほぼチンプンカンプンです。まず、ワルラスの定義によれば、経済学は純粋経済学・応用経済学・社会経済学に分かれて、本書で展開されている経済学は社会経済学といえます。所有や税・財政、また富の分配に関する経済学です。同時に、正確ではないかもしれませんが、社会経済学とはかなりマルクス主義経済学に近い、あるいは、ほぼ同一の経済学を指す場合もあります。ということで、はなはだ不十分ながら、50年ほど前に大学で接したマルクス主義経済学に基づいて、私なりに少し考えたいと思います。すなわち、全体として私自身も支持できる経済学だと思うのですが、2点だけ指摘しておきます。まず、歴史観については、本書のタイトル通りにポスト資本主義を展望し、その上で、本書が標榜する社会主義を考えるのであれば、唯物史観が中心に据えられなければなりません。私自身は主流派エコノミストの端くれながら、素朴な理解として唯物史観的に生産力、すなわち、生産性ではなく、生産物の量は歴史的に一貫して増加していく、と考えています。そして、主流派経済学と折合いをつければ、生産力の増大とともに商品が希少性を減じて、いきなり最終形になだれ込むと、商品価格が限界的にゼロになって、各個人がフリーに商品を得ることが出来るのが共産主義社会だと考えています。その段階で「国家が死滅する」かどうかは私には難しくて判りません。もちろん、「晩期マルクス」の研究により脱成長論が地球環境との関係で注目されているのは理解していますが、私は疑問を感じています。その点からして、本書は長期の唯物史観ではなく、やや短期の視点に偏重しているきらいがあるような気がしないでもありません。ただ、景気循環の中で需要がより重要な要因であり、構造改革のように供給を重視するのは決して望ましい結果をもたらさない、という点は大いに賛同します。もうひとつは、民主的な参加と選択にもっと重点を置いてほしい気がします。冒頭の何章かで「リスク・決定・責任」のリンケージが強調されています。その通りだと思います。私は公務員だったころには、とても素直に、というか、半ば建前として、最後に国民は正しい選択をする、と信じていました。あるいは、信じているフリをしていました。でも、最近の自民党総裁選の報道を見ても、大きな失望しか感じません。たぶん、国民はまた正しい選択から目をそらされている、あるいは、そう仕向けられているような気がします。少し前までは、メディアと野党、加えて、ナショナルセンターとしての連合をはじめとする労働組合の劣化が原因だと考えていましたが、ひょっとしたら、国民のレベルそのものがそんなものかもしれないと感じ始めています。ただ、民主的な選択をする基礎として格差や不平等の是正は絶対に必要ですし、それも含めて、極めてラディカルな民主的な改革、情報操作などに惑わされることなく、ホントに国民が正しい選択を出来るような基礎が必要です。民主主義の大改革とは、学生によく説明する時には、「花咲舞のように考えて行動すること」だと私はいっています。すなわち、例の「忖度」をしたり、組織の論理とかに惑わされることなく、自分の信ずるところ、正義、あるいは、良心にのみ従って参加し、議論し、決定する、ということです。こういった民主主義の徹底というのは、おそらく、社会主義に先立つ資本主義の枠内での大改革であり、それがなければ、国民は社会主義を選択しないのではないか、という気がします。そして、教育の大きな目的のひとつは、特に高等教育は、そういった民主的な参加・議論・選択・決定のできる学生を社会人として輩出することなのだと思っています。

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まず、田中琢二『経済危機の100年』(東洋経済)を読みました。著者は、財務省ご出身で2019-2022年に国際通貨基金(IMF)日本代表理事を務めています。ですので、本書は、少なくとも戦後についてはIMF公式の歴史をなぞる形になっています。もちろん、1944年以前は、そもそも、国際通貨基金(IMF)が設立されていませんから、公式の歴史というのはありません。ということで、第1次世界大戦終了後の1920年くらいから直近コロナ禍くらいまでの世界経済の危機の歴史を概観しています。歴史の概観は8章までとなっていて、第9章と第10章で結論部分を構成している印象です。時代しては、第1章が第1次世界大戦から世界恐慌、第2章が第2次世界大戦終了の歳のブレトン・ウッズ体制の成立と1970年代における終焉、第3章はやや重複感あるも、1970年代の石油危機とスタグフレーション、第4章が980年代の中南米を中心とする累積債務問題、第5章がG7サミットなどを国際協調の進展と1985年のプラザ合意、第6章もメキシコのテキーラ危機とアジア通貨危機、第7章で21世紀初頭のドットコム・バブルからリーマン・ショックまで、第8章で新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミックとウクライナ戦争、となっています。それほど新しい視点を提供する本ではなく、今までの常識的な経済史をなぞっているだけなのですが、それはそれで歴史書として重宝しそうな気がします。おそらく、読者に想定しているのは一般ビジネスパーソンや学生であり、私のような研究者は含まれていない気がしますし、少なくとも学術書ではありません。一般向けに判りやすいとはいえ、学術書のような厳密さはなく、少なくともタイトルにある「危機」くらいは、何を持って危機としているのかの定義くらいは欲しかった気がします。少なくとも短期の景気循環ではなく、中長期の構造的なショックを想定しているのだろうと思いますが、ショックと危機は違う気もしますし、加えて、経済の中の内生的な要因も経済外の外生的な要因もゴッチャにして議論している印象があります。もうひとつは、IMFの公式の歴史に基づいているので仕方ないのかもしれませんが、ほぼほぼ金融に関する危機で終始しています。例外は1970年代の2度に渡る石油危機くらいのもので、COVID-19パンデミックも需要ショックなのか、供給ショックなのか、十分な分析はありません。従って、金融以外の実物経済の側面はほぼほぼスコープに入っていません。ドットコム・バブルはインターネットを含むITC技術に基づいている側面も無視できないのですが、そういったITC技術の活用による生産性の向上なんかはまったく無視されています。そして、金融ショックについても重要な観点が抜け落ちています。すなわち、不良債権の問題に著者は気づいていないようです。ドットコム・バブルやCOVID-19ショックでは、それほど不良債権が発生しませんでした。他方で、我が国の1990年代初頭のバブル経済崩壊では、そもそも、不良債権についての経験も乏しく、ましてや政策対応の難しさも理解できておらず、長々とバブル崩壊後の不況局面が継続しましたし、リーマン・ショック後のGreat Recessionでは長期不況=secular stagnation論まで飛び出して話題になったのは記憶に新しいところです。私は本書は経済書としてははなはだ不満が残る内容だといわざるを得ませんが、それでも、歴史書としてはそれなりの有益性があると感じています。その意味で、手元に置いておきたい本であり、学生諸君やビジネスパーソンにはオススメです。

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次に、藤森毅『教師増員論』(新日本出版社)を読みました。著者は、日本共産党文教委員会の責任者です。本書は、教員の重労働と人員不足の原因を探り、その対応策について議論しています。というか、その解決策・対応策は本書のタイトルそのままであり、教師を増員することでしかありえません。本書ではまず、歴史的にもっとも重要である1958年の「義務標準法」に関して、当時の雑誌に掲載された文部省職員の解説文から説き起こし、小学校では1日4コマを標準としていた事実を突き止めます。それが、なし崩し的に事実上1日6コマになって行く経緯が解き明かされています。実は、個人的な事情ながら、私が役所の定年退職後に採用された現在の勤務校では、大学の教員の持ちコマは週5コマを標準とする、という点が公募文書に明記されていました。はい、ハッキリいって、まったく守られていません。今年2023年3月の定年退職の後で特任教員としてお仕事を継続していますが、特任教員は週4コマが標準となっているものの、私はこの春学期は6コマ持っていました。10月からの秋学期でも5コマあります。初等中等教育の学校だけでなく、高等教育の大学でも教員は過剰な授業負担に苦しんでいるわけです。本書でも指摘しているように、ほかの行政分野であれば予算がなければ仕事にならないケースが少なくないのは明らかです。例えば、道路を敷設するとすれば工事費が必要なわけで、予算措置なければ道路はできません。しかし、教育現場はそういうムリが通りかねない素地がある点は理解すべきです。デジタル教育でタブレットを使う、ということになれば、タブレットを購入する予算は必要ですが、それ以外は現場の教員の努力以外の何物でもありません。生徒や学生のために理数系の教育の充実を図る、なんてのは、予算措置が皆無でも現場の教員の負担により達成すべき目標になってしまいかねないわけです。その上、現状でも教師の負担が限界に達していることは明らかです。では、どうするかというと、業務を減らすか、教師を増やすかどちらかしかないのは誰もが理解していると思います。現在の行政では、例えば、部活を外部委託するなどの業務負担の軽減を眼目として、あくまで教師の増員は認めないような姿勢と私は受け止めていますが、本書では、まさにタイトル通りに教師を増員すべきと指摘しています。例えば、部活については、単なるレクリエーション活動であって、生徒の気晴らしでしかないのであれば、外部委託もあり得るかもしれません。しかし、教育の一環である限りは教師が責任を持って進めるべきです。私が見ても、日本は教師はもとより、公務員も少なく、そのため、外部委託で大儲けしている企業がいっぱいあります。東京五輪なんかでも電通やパソナといった企業に丸投げしてカギカッコ付きの「ビジネスチャンス」を創出し、賄賂の可能性まで開拓しているのは広く報じられているところです。ですから、私も本書の指摘には大賛成であり、学校業務を減らす方向の解決策を志向するのではなく、教師を増員すべきだと考えます。外部委託で大儲けする機会を一部企業にもたらし、しかも、そこから政治献金やパーティー券の販売へといった還流を期待するのではなく、学生や生徒・児童の身になって考えれば、教育の質を維持するためにも、本書が指摘するように、教師の増員という結論が得られて当然だと思います。

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次に、楠谷佑『案山子の村の殺人』(東京創元社)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、クイーンや法月綸太郎・有栖川有栖よろしく、本作の中にも名前が出現します。しかも、これまた、クイーンや岡嶋二人などと同じで執筆担当とプロット担当の2人による分業体制を取っています。いとこの同い年で、しかも、同じ大学の同級生という執筆担当の宇月理久とプロット担当の篠倉真舟が主人公となります。特に、前者が本作のワトソン役で視点を提供します。この大学生作家のペンネームが楠谷佑なわけです。田舎の村を舞台にした執筆の取材のために、この2人のもうひとりの大学の同級生である秀島旅路に誘われて、奥秩父の宵待村、というか、秩父市宵待地区に出かけます。秀島旅路の実家がそこで地区唯一の旅館を経営しています。時期としては、大学の後期試験を終えた冬の終わりです。そこで殺人事件が起こるわけです。なお、タイトルにある案山子については、この宵待地区が専業の案山子製作者もいるほどの案山子で有名な地区であり、アチコチに案山子がいるとともに、特に、1件目の殺人事件で一定の役割を果たすことに由来します。1件目の殺人事件は、ボウガンから放たれた矢による殺人です。豪雪地帯ではないものの、雪が降って宵待地区は秩父警察の到着が大幅に遅れ、一時的にクローズド・サークルとなります。ただ、次の2件目の殺人事件のあたりで警察が到着します。加えて、1件目の殺人事件の現場はいわゆる雪密室となっていて、足跡から犯人を特定するどころか、殺害犯人が現場にどのように接近・離脱したのかも謎となります。続いて、2件目の殺人事件では、お忍びでやって来ていた秩父出身の有名シンガーソングライターが刺殺されます。この2件の殺人事件を大学生2人のミステリ作家、というか、ハッキリいえば、プロット担当の篠倉真舟が解明する、というわけです。そして、この作品が奮っているのは、いわゆる「読者への挑戦状」があることです。しかも、何と2回に渡って「読者への挑戦状」があったりします。もちろん、誰が犯人なのかの whodunnit に加えて、雪密室の howdunnit、さらに、動機の解明という意味での whydunnit などなど、いくつかの謎の解明が必要となります。はい。頭の回転の鈍い私にはサッパリ謎は解けませんでした。でも、実に実に、王道ミステリといえます。「読者への挑戦状」だけでなく、謎解きもとても論理的でていねいです。ただ、難をいえば、連続殺人事件とはいいつつも、たった2件だけで終わってしまう点です。3件目、4件目の殺人事件があった方が大がかりで読者受けはしそうな気もしますが、それは今後に期待するべきなのかもしれません。いずれにせよ、ミステリファンであれば押さえておきたいところで、かなりオススメです。

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次に、獅子吼れお『Q eND A』(角川ホラー文庫)を読みました。著者は、詳細不明でよく私には判らないのですが、取りあえず、小説家なのだろうと思います。本書はデスゲームが展開されるホラー小説であり、主としてゲームは早押しのクイズだったりします。高校生のAこと芦田叡は、気づくとデスゲームに巻き込まれていました。それが早押しのクイズであり、主催者はオラクルです。オラクルの正体はよく判らないのですが、地球外生命体で地球人よりもいっぱいいろんな能力がある、ということのようですから、まあ、ウルトラマンみたいな存在です。そのオラクルによって二十数人が集められて、無理やりデスゲームの早押しクイズに参加させられるわけです。参加者は、もともとのクイズ解答能力のほかに、オラクルにより異能が与えられます。例えば、A=Answerはクイズの答えがわかる; B=BANは指定した参加者の能力を一定時間無効にする; C=Counterは他の参加者がボタンを押す行動を予知し、その前にボタンを押すことができる; などです。そして、デスゲームですのでクイズの敗者は死にます。クイズの敗者だけでなく、異能を指摘されても死にますし、逆に、異能を指摘することに失敗しても死にます。主人公の芦田叡とその友人のほかに、クイズ王のQも参加しています。そして、極めて特殊な設定として、こういったオラクルのデスゲームから一般市民を守るために警察官が何人か参加しています。そして、警察官は人狼ゲームになぞらえて、クイズ王のQか、あるいは、A=Answerか、あるいは、その両方がオラクルによって仕込まれた「人狼」なのではないかと考えて、排除しようと試みます。まあ、ほかは村人なわけなのかもしれません。こういったルールに基づいてゲームが進められ、果たしてラストはどうなるのか、それは読んでいただくしかありません。私の頭の回転が鈍いせいか、あるいは、感性に問題があるのか、それほどの恐怖は感じませんでしたが、不可解なるものに対する違和感は大きかったです。ただ、その不可解なるもの正体がオラクルなわけで、しかも、このデスゲームのフィールドにおいてはオラクルが神の如き絶対者なわけですから、私のような根性なしは絶対者に従う羊のようなもので、抵抗する姿勢を示すような精神的に強い人なら、逆に恐怖をより強く感じるかもしれません。何かを論理的に解き明かそうと試みるのではなく、夏の夜に読むホラーとしてオススメです。

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次に、宮部みゆきほか『堕ちる』澤村伊智ほか『潰える』(角川ホラー文庫)を読みました。角川ホラー文庫30周年を記念して、サブタイトルとして「最恐の書き下ろしアンソロジー」ということで編まれています。出版社によればシリーズでもう1冊あって、『慄く』というタイトルらしいのですが、なぜか、12月出版とされています。たぶん、誰か原稿が間に合わない作者がいたのではないか、と私は想像しています。間違っているかもしれません。ということで、著者と合わせて、収録されている短編を順に取り上げると次の通りです。
まず、『堕ちる』です。宮部みゆき「あなたを連れてゆく」は15年前の房総が舞台となります。小学校3年生男子である主人公が夏休みに1人で房総にある親戚の家に預けられます。そこの子であるアキラはすごい美少女で、とんでもないものが見えたりします。新名智「竜狩人に祝福を」では、物語はまるでゲームのように場合分けがなされて進行します。人間を支配する竜=ドラゴンに対抗する竜殺し=dragon slayerの活動を中心に進みますが、実は最後は実社会に戻って大事件が起こります。芦花公園「月は空洞地球は平面惑星ニビルのアヌンナキ」では、小学生が河童に出会って願いを叶えてもらうところから始まりますが、実は、地球は宇宙人の高度生命体に支配されていたりします。内藤了「函」では、一等地にありながら幽霊屋敷の建つ不動産を相続した主人公が、相続のために必要な手数料を捻出するのに、アパートを退去して敷金の返却で充当したため、その幽霊屋敷に移り住むハメになります。もちろん、幽霊屋敷の祟りはタップリあって、なかなか不動産は換金できません。三津田信三「湯の中の顔」では、作家が湯治場にやってきて、近在の農民とは明らかに異なる年配男性から怪談のような小説の基になりそうな民話のたぐいを聞き、男性の小屋を訪れると、怪異に追いかけられます。しかし、この怪異は越えられないものがありました。小池真理子「オンリー・ユー - かけがえのないあなた」では、故人の資産処分で別荘地のマンションを訪れた司法書士事務所の女性がマンション管理人室にいた管理人の後妻と連れ子に歓待されます。その後、管理人が自殺して再びそのマンションを訪れた際に、管理人家族に関してとんでもない真実を知ります。
次に、『潰える』です。澤村伊智「ココノエ南新町店の真実」では、東京多摩地区郊外にある心霊スーパーにオカルト雑誌の取材が入ります。9時の閉店後に店内を取材したところ、はい、人に害なす者がいました。阿泉来堂「ニンゲン柱」は、主人公が市役所を辞めて専業作家になったもののスランプで筆が進まず、北海道に取材に出かけたところ、有名ホラー作家といっしょに地方の行事に遭遇し、とてもサスペンスフルな展開となります。特に、ラストが怖かったです。鈴木光司「魂の飛翔」は、この著者の代表作であり、日本でもっとも有名なホラー小説のひとつである「リング」のシリーズの前日譚となります。山村貞子の腹違いの妹に当たる佐々木芳枝は光明教団の開祖となります。しかし、実験で貞子のビデオにつながる念写をしようとすると、さまざまな妨害が入ったりします。大正時代と「リング」の1990年前後を行ったり来たりします。原浩「828の1」では、主人公の母親が老人ホームで、特に意味もなく「828の1」とつぶやくようになり、その謎の解明のために菩提寺の住職などに当たりますが、強烈に死の予感がします。一穂ミチ「にえたかどうだか」では、5歳の女の子と母親が主人公なのですが、引越し先にはホームレスすれすれの格好の女性が同じ階の住人としていたり、また、親子ともに友人もできなかったのですが、たまたま、同じマンションの住民で同じ年齢の女の子と母親と親しくなります。しかし、スピーカーのような情報通の高齢女性から真実を知らされます。小野不由美「風来たりて」は、石碑のあった丘というか、塚に一戸建て5戸の住宅開発がなされます。しかし、その場所は過去には刑場があったりして祟りが感じられます。
いずれの短編ホラーも力作そろいです。この季節、私はホラーを読むことも多いのですが、海外のキングやクーンツを別にして、また、「四谷怪談」や「番町皿屋敷」や「牡丹灯籠」に小泉八雲くらいまでの前近代の怪談も除いて、本邦に限定してのモダンホラー小説の中では、短編では小松左京「くだんのはは」や小林泰三「玩具修理者」、長編では小池真理子『墓地を見下ろす家』や鈴木光司『リング』とそのリリーズ、あるいは、貴志祐介『悪の教典』といったところを個人的に評価しています。幽霊や妖怪をはじめとする怪異な存在、あるいは、近代科学では解明できない超常現象、といったところも怖いのですが、私が一番怖いのは人間、それも頭のいい人間が残忍な行為に走ることです。その意味で、『悪の教典』はホントに怖いと思います。

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2024年8月30日 (金)

鉱工業生産指数(IIP)と商業販売統計と雇用統計から見る景気の現局面やいかに?

本日は月末閣議日ということで、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が、また、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。いずれも7月の統計です。IIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から+2.8%の増産でした。また、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+2.6%増の14兆3090億円を示し、季節調整済み指数は前月から+0.2%の上昇を記録しています。雇用統計の方は、失業率は前月から+0.2%ポイント上昇して2.7%と悪化した一方で、有効求人倍率は前月を+0.01ポイント上回って1.24倍と改善しています。まず、ロイターのサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

鉱工業生産、7月は前月比2.8%増 半導体製造装置など寄与
経済産業省が30日発表した7月鉱工業生産指数速報は前月比2.8%上昇となった。半導体製造装置などが寄与した。前月は「一進一退ながら弱含み」としていた基調判断は「一進一退」に引き上げた。基調判断引き上げは2023年3月以来1年4カ月ぶり。ロイターの事前予測調査の同3.3%上昇は下回った。
生産予測指数は8月が前月比2.2%上昇、9月が同3.3%低下となった。ただ、生産予測指数は上振れする傾向があり、これを補正した8月の試算値は前月比0.9%低下する見込み。メーカーの生産に影響を及ぼす可能性のある台風の影響も織り込まれていない。
今回、基調判断を上方修正したことについて、経産省は「在庫減少などを背景にした企業マインドの改善」を理由に挙げる。先行きは「慎重に注視する」(幹部)としている。
経産省は企業の生産計画の下方修正の動きなどから企業マインドを計測しており、緩やかに改善傾向が続いているとみている。
小売業販売額7月は前年比2.6%増、自動車など寄与し29カ月連続プラス
経済産業省が30日に発表した7月の商業動態統計速報によると、小売業販売額(全店ベース)は前年比2.6%増だった。ロイターの事前予測調査では2.9%増が予想されていた。値上げや自動車販売回復などが寄与し29カ月連続でプラスとなった。
もっとも、7月は前年と比べて休日数が2日少なかったことや、猛暑による外出控えが一部業種・業態には下押し要因だった。
<飲食料品、22カ月ぶりマイナスに>
業種別では無店舗小売りが前年比9.6%増、自動車が6.3%増、医薬品・化粧品が5.1%増などだった。値上げ効果でプラスが続いていた飲食料品は0.5%減と22カ月ぶりでマイナスとなった。「猛暑による外出控えが響いた」(経産省)。
業態別ではドラッグストアが前年比4.5%増、百貨店が5.1%増、家電大型専門店が1.6%増などだった。ドラッグストアはコメやアイスクリームなどの食品、スキンケア、メーク用品が伸びた。家電は猛暑でエアコンなどが好調だった。
一方、スーパーは0.1%のマイナスに転じた。外出控えなどが影響したと経産省ではみている。
7月完全失業率は2.7%に悪化、有効求人倍率1.24倍で前月から上昇
総務省が30日発表した7月の完全失業率(季節調整値)は2.7%で、前月(2.5%)から0.2ポイント上昇した。一方、厚生労働省が発表した7月の有効求人倍率(季節調整値)は1.24倍で、前月から上昇した。
完全失業率は、ロイターの事前予測調査で2.5%が予想されていた。実際の失業率は予想を上回った。有効求人倍率は、事前予測で1.23倍が見込まれていた。
総務省によると、7月の就業者数は季節調整値で6766万人と、前月に比べて20万人減少。完全失業者数は、前月に比べて11万人増加し187万人だった。
厚生労働省によると、7月の有効求人数は前月に比べて0.3%減。製造業や建設業など人手不足ではあるものの、原材料や光熱費の上昇が重荷となり求人を手控える傾向が続いている。
有効求職者数(同)は0.9%減だった。企業の賃上げの動きもあり、現在の職から転職を様子見する動きもあるいう。
有効求人倍率は、仕事を探している求職者1人当たり企業から何件の求人があるかを示す。今回は有効求人者数より有効求職者数の減少が大きかったため、有効求人倍率は上昇した。

長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にはある通り、ロイターによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)は+2.9%の増産が予想されていましたので、実績の前月比+2.6%の増産は、前月比プラスの増産とはいえ、やや物足りない印象です。しかしながら、引用した記事にもある通り、減産の大きな要因は自動車工業の認証不正の影響ですので、何とも先行きは不透明です。ただ、統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断については、1月に下方修正した「一進一退ながら弱含み」を本日公表の7月統計では上方改定して「弱含み」を削除し、単なる「一進一退」へ変更しています。また、先行きの生産については、製造工業生産予測指数を見ると、引用した記事にもある通り、足下の8月は補正なしで+2.2%の増産ながら、上方バイアスを除去した補正後では▲0.9%の減産と試算されています。加えて、9月も▲3.3%の減産との予想となっています。これらを単純に生産に当てはめると、7~9月期の生産は前期から小幅の減産にとどまる可能性が十分あります。経済産業省の解説サイトによれば、7月統計における生産は、電気・情報通信機械工業が+7.5%の増産で+0.64%の寄与度を示しています。加えて、生産用機械工業が+7.0%の増産、寄与度+0.57%、電子部品・デバイス工業でも+9.7%の増産、寄与度+0.56%、などとなっています。他方で、生産低下に寄与したのは、石油・石炭製品工業が▲7.6%の減産、寄与度▲0.13%のみとなっています。

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続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数をそのまま、それぞれプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。見れば明らかな通り、小売業販売は堅調な動きを続けています。しかし、小売業販売額の前年同月比は+2.6%の伸びを示していますが、引用した記事にある通り、ロイターでは+2.9%の伸びを市場の事前コンセンサスとしていましたので、やや物足りない印象を持つエコノミストもあろうかと思います。季節調整済み指数の後方3か月移動平均により、経済産業省のリポートでかなり機械的に判断している小売業販売額の基調判断は、本日公表の7月統計までの3か月後方移動平均の前月比が+0.8%の上昇となりましたので、基調判断が「上方傾向」で据え置かれています。少しさかのぼると、4月統計の「一進一退」から5月統計では「緩やかな上昇傾向」に、また、先月6月統計では「上昇傾向」と2か月連続の上方改定となった後、7月統計では据置きです。加えて、参考まで、消費者物価指数(CPI)との関係では、7月統計ではヘッドライン上昇率が+2.8%、生鮮食品を除くコア上昇率も+2.8%、コアCPI上昇率が+2.7%となっていますので、小売業販売額の7月統計の+2.6%の増加は、インフレ率をやや下回っている可能性があります。したがって、実質的な消費は伸びていない可能性があると考えるべきです。加えて、考慮しておくべき点は、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより、部分的なりとも小売業販売額の伸びが支えられている可能性です。引用した記事にある通り、国民生活に身近で頻度高い購入が想像されるスーパーでは猛暑による外出控えもあって、小幅ながら前年同月比マイナスであるのに対して、百貨店販売の伸びが大きくなっています。この点にインバウンド消費が現れている可能性がうかがえます。したがって、小売業販売額の伸びが国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性は考慮されるべきです。

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続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。記事にもある通り、ロイターでは失業率に関する事前コンセンサスは+0.1%ポイントの上昇、有効求人倍率は1.23倍が見込まれていました。人口減少局面下の人手不足を背景に、失業率も有効求人倍率もともに水準が高くて雇用は底堅い印象ながら、そろそろ改善局面を終えた可能性がある、と私は評価しています。ただ、それでも、7月統計で失業者数は前年同月比で+5万人増加していますが、内訳を見ると、非自発的な失業が▲2万人減少する一方で、自己都合による自発的な失業が+7万人増加しており、中身としては決して悪くない気がしています。もちろん、先行指標の新規求人数などを見る限り、そろそろ景気回復局面は最末期に近づいている可能性が高いと考えるべきです。先進各国が景気後退に陥らないソフトランディングのパスに乗っているにもかかわらず、我が国の雇用の改善が鈍っている印象を持つエコノミストは、おそらく、私だけではないと思います。ただ、あくまで雇用統計はまだら模様であり、人口減少下での人手不足は続くでしょうし、米国がソフトランディングの可能性を強めている限り、それほど急速な景気悪化が迫っているようにも見えません。

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2024年8月29日 (木)

8月の消費者態度指数は前月から横ばいで足踏み続く

本日、内閣府から8月の消費者態度指数が公表されています。8月統計では、前月比横ばいの36.7を記録しています。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者態度指数8月は前月比横ばいの36.7=内閣府
内閣府が29日に発表した8月消費動向調査によると、消費者態度指数(2人以上の世帯・季節調整値)は前月から横ばいの36.7だった。
内閣府は消費者態度指数の基調判断を「改善に足踏みがみられる」で据え置いた。
同指数を構成する4つの指標のうち、耐久消費財の買い時判断(前月比0.9ポイント増)と暮らし向き(同0.2ポイント増)が改善、収入の増え方(同0.7ポイント減)と雇用環境(同0.6ポイント減)が悪化した。
資産価値に関する意識指標は前月比5.3ポイント低下の40.0となり、コロナ禍初期の2020年3月以来のマイナス幅となった。8月はじめの急激な株安が影響した可能性があるとしている。
1年後の物価が上昇するとの回答は92.1%と7月の93.2%から低下した。特に物価が5%以上上昇するとの見通しが減少した。
2022年2月以来上昇するとの回答が9割を超えているが、2カ月連続のマイナスとなった。宿泊料金の値下げや台風による支出抑制などに影響された可能性があると内閣府はみている。

的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、消費者態度指数のグラフは下の通りです。ピンクで示したやや薄い折れ線は訪問調査で実施され、最近時点のより濃い赤の折れ線は郵送調査で実施されています。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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消費者態度指数は今後半年間の見通しについて質問するものであり、4項目の消費者意識指標から成っています。8月統計では、引用した記事にある通り、前月からすべての指標において下降しており、「耐久消費財の買い時判断」が+0.9ポイント上昇して30.9、「暮らし向き」が+0.2ポイント上昇して34.7となった一方で、「収入の増え方」が▲0.7ポイント低下し39.7、「雇用環境」も▲0.6ポイント低下し41.4となっています。消費者態度指数は、昨年2023年10月統計から6か月連続の上昇を記録した後、4-5月統計では2か月連続で低下し、その後、6-7月統計では逆に2か月連続で上昇した後、8月統計では前月比横ばいでした。引用した記事にもある通り、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「改善に足踏みがみられる」へと下方修正しています。5月統計で下方修正されてから4か月連続での「足踏み」です。年度始まりで物価改定が集中した4月、それに続く5月の2か月で大きく低下した後、まさに足踏みが続いています。
注目すべきは、引用した記事にもある通り、インフレを見込む割合が低下している点です。すなわち、物価上昇を見込む割合は、昨年2023年12月の91.6%を底に6月統計まで上昇を続け、6月に93.8%を記録した後、7月93.2%、直近の8月92.1%とジワジワと低下しています。もちろん、まだ90%を超えており、高い比率で物価上昇を見込む結果に変わりありません。ており、直近の2024年5月統計では93.5%に達しています。8月13日に公表された日本経済研究センターのESPフォーキャストに示されたエコノミストの見方でも、消費者物価上昇率は今年2024年7~9月期に+2.55%でピークとなり、その後も高止まりを続け、来年2025年4~6月期でも日銀物価目標をやや上回る+2.22%、2025年7~9月期になってようやく+2%を下回る+1.92%まで上昇率が縮小すると予想されており、しばらくは日銀の物価目標を上回るインフレが続く見込みです。したがって、消費者マインドもいくぶんなりとも物価に連動する時期がしばらく続く可能性が十分あります。

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2024年8月28日 (水)

リクルートによる7月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給やいかに?

明後日8月30日の雇用統計の公表を前に、ごく簡単に、リクルートによる3月のアルバイト・パートと派遣スタッフの募集時平均時給の調査結果を取り上げておきたいと思います。参照しているリポートは以下の通りです。計数は正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、以下の出典に直接当たって引用するようお願いします。

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いつものグラフは上の通りです。アルバイト・パートの募集時平均時給の方は、前年同月比で見て、4月+3.8%増から5月+3.1%増、6月+2.0%増とやや上昇幅が縮小していたのですが、直近で利用可能な7月には+2.6%増となりました。先週公表された消費者物価指数(CPI)上昇率が7月統計でヘッドライン+2.8%、生鮮食品を除くコア+2.7%でしたから、今年に入ってから、ようやくアルバイト・パートの賃金上昇が5月に物価上昇率に追いついて実質賃金がプラスに転じたものの、6-7月には再び上昇が減速したのではないか、と考えています。募集時平均時給の水準そのものは、2021年年央からコンスタントに1,100円を上回る水準が続いており、現在、報じられている最低賃金と比較しても、かなり堅調な動きを示しています。他方、派遣スタッフ募集時平均時給の方は、4月+1.7%増、5月+1.5%増、6月+1.3%増に続いて、7月も+2.5%増と、まずまず底堅い動きながら、CPI上昇率には追いついていません。アルバイト・パートの時給の方はここ何ヶ月か横ばいなのですが、最低賃金の決定とともに、少し上向くことを期待しています。
三大都市圏全体のアルバイト・パートの平均時給の前年同月比上昇率は、繰り返しになりますが、7月には前年同月より+2.6%、前年同月よりも+30円増加の1,185円を記録しています。職種別では前年同月と比べて伸びの大きい順に、「フード系」(+36円、+3.2%)、「販売・サービス系」(+35円、+3.1%)と「製造・物流・清掃系」(+36円、+3.1%)、まで平均よりも高い伸びを示していて、「事務系」(+24円、+2.0%)、「専門職系」(+15円、+1.1%)、「営業系」(+10円、+0.8%)は伸び率は小さいものの、すべての職種で前年同月比プラスとなっています。また、地域別でも関東・東海・関西のすべての三大都市圏で前年同月比プラスとなっています。
続いて、三大都市圏全体の派遣スタッフの平均時給は、7月には前年同月より+2.5%、+41円増加の1,668円になりました。職種別では、「製造・物流・清掃系」(+45円、+3.3%)、「オフィスワーク系」(+34円、+2.1%)、「営業・販売・サービス系」(+29円、+2.0%)、「医療介護・教育系」(+20円、+1.4%)、「クリエイティブ系」(+10円、+0.5%)の5業種は前年比でプラスの伸びを示しましたが、「IT・技術系」(▲32円、▲1.4%)だけは減少を示しています。なお、地域別では関東・東海・関西のすべての三大都市圏でプラスとなっています。

アルバイト・パートや派遣スタッフなどの非正規雇用は、従来から、低賃金労働であるとともに、「雇用の調整弁」のような不安定な役回りを演じてきました。直近で利用可能な7月で見ると、やっぱり、賃上げ率は消費者物価上昇率には届いていません。今後、最低賃金の議論が進む中で動向に注目しています。

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2024年8月27日 (火)

やや上昇幅が縮小した7月の企業向けサービス価格指数(SPPI)をどう見るか?

本日、日銀から7月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月からさらに加速して+2.8%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIについても同様に+2.7%の上昇を示しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格、7月2.8%上昇 人件費転嫁続く
日銀が27日発表した7月の企業向けサービス価格指数(2020年平均=100)は107.5と、前年同月比で2.8%上昇した。6月(3.1%上昇)から伸び率が0.3ポイント縮小し、2カ月ぶりの縮小となった。幅広い分野で価格改定が進んだ前年7月の反動で伸び率が縮小した。
ただ人件費転嫁の動きが続き、前月比では0.3%上昇した。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格動向を表す。例えば貨物輸送代金や、IT(情報技術)サービス料などで構成される。モノの価格の動きを示す企業物価指数とともに今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。
内訳をみると、宿泊サービスは前年同月比で13.5%上昇し、6月(26.8%上昇)から伸び率が大きく縮小した。インバウンド(訪日外国人)需要は堅調だが、前年7月に多くの自治体で全国旅行支援が終了し、価格が上昇した反動が出た。
ソフトウエア開発は2.7%上昇した。人件費の価格への転嫁が進んだ。一方で、人件費や機材費などの価格転嫁が進んだ前年7月の反動で6月(3.6%上昇)から伸び率が縮小した。
調査品目のうち、生産額に占める人件費のコストが高い業種(高人件費率サービス)は2.7%上昇し、低人件費率サービスも2.7%上昇した。調査対象の146品目のうち、価格が前年同月比で7月に上昇したのは114品目、下落は19品目だった。

もっとも注目されている物価指標のひとつですから、長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルから順に、ヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、真ん中のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格のとサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。一番下のパネルはヘッドラインSPPI上昇率の他に、日銀レビュー「企業向けサービス価格指数(SPPI)の人件費投入比率に基づく分類指数」で示された人件費投入比率に基づく分類指数のそれぞれの上昇率をプロットしています。影を付けた部分は、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、モノの方の企業物価指数(PPI)のトレンドはヘッドラインとなる国内物価指数で見る限り、上昇率としては2023年中に上昇の加速はいったん終了した後、最近時点で再加速が見られ、PPI国内物価指数の前年同月比上昇率は7月統計で+3.0%を示しています。他方、その名の通りのサービスの企業向けサービス物価指数(SPPI)は、指数水準として一貫して上昇を続けているのが見て取れます。企業向けサービス価格指数(SPPI)のヘッドラインの前年同月比上昇率は、昨年2023年7月に+2%まで加速し、今年2024年6月統計では+3.1%まで加速した後、本日公表された7月統計では+2.8%にやや上昇率が縮小しています。1年超の13か月連続で日銀物価目標である+2%以上の伸びを続けているわけです。もちろん、日銀の物価目標+2%は消費者物価指数(CPI)のうち生鮮食品を除いた総合で定義されるコアCPIの上昇率ですから、本日公表の企業向けサービス価格指数(PPI)とは構成要素が大きく異なります。しかいs,いずれにせよ、+2%前後の上昇率はデフレに慣れきった国民マインドからすれば、かなり高いインフレと映っている可能性があります。加えて、真ん中のパネルにプロットしたうち、モノの物価である企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価のグラフを見ても理解できるように、企業向けサービス価格指数(SPPI)で見てもインフレ率は高いながら、物価上昇がさらに加速する局面ではない可能性が高い、と私は考えています。また、人件費投入比率で分類した上昇率の違いをプロットした一番下のパネルを見ても、低人件費比率と高人件費比率のサービスの違いに大きな差はありません。引用した記事の通り、7月統計の前年同月比で見て、高人件費率サービスも低人件費率サービスもいずれも+2.7%の上昇となっています。ですので、引用した日経新聞の記事のタイトルの「人件費転嫁」というのは大きく間違っているわけではありませんが、人件費率に関係なく価格上昇が見られる点は忘れるべきではありません。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて7月統計のヘッドライン上昇率+2.7%への寄与度で見ると、機械修理や宿泊サービスや宿泊サービスなどの諸サービスが+1.35%ともっとも大きな寄与を示していて、ヘッドライン上昇率の半分を占めています。人件費以外も含めてコストアップが着実に価格に転嫁されているというのが多くのエコノミストの見方ではないでしょうか。ただし、諸サービスのうちの宿泊サービスは前年同月比で7月統計では+13.7%の上昇と、6月統計の+26.8%から大きく縮小しています。加えて、SPPI上昇率高止まりの背景となっている石油価格の影響が大きい道路貨物輸送や外航貨物輸送や旅行サービスなどの運輸・郵便が+0.44%、ほかに、ソフトウェア開発や情報処理・提供サービスやインターネット附随サービスといった情報通信が+0.33%、景気敏感項目とみなされている広告も+0.24%、などとなっています。

直感的には、消費者物価指数(CPI)上昇率も、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内物価上昇率も、そして、本日公表の企業向けサービス価格指数(SPPI)上昇率も、いずれも7月統計は前月6月統計を下回っていることは事実です。日本経済研究センター(JCER)が実施しているESPフォーキャストの8月調査結果によれば、消費者物価指数の上昇率はおおむねジワジワと縮小していって、ほぼ1年後の2025年7~9月期には日銀物価目標の+2%を下回ると予想されています。物価上昇が再加速するよりも、緩やかにインフレが収束する方向を見込んでいるエコノミストが多いのだろうと私は受け止めています。

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2024年8月26日 (月)

科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2024」に見る日本の研究力やいかに?

とても旧聞に属するトピックながら、8月9日に科学技術・学術政策研究所(NISTEP)から「科学技術指標 2024」が明らかにされています。もちろん、pdfによる全文リポートもアップロードされています。以下の新聞記事で私は見かけています。

まあ、要するに、朝日新聞の報道で見かけて取り上げているわけです。それはともかく、報告書は5章構成となっていて、以下の通りです。

第1章
研究開発費
第2章
高等教育と科学技術人材
第3章
高等教育と科学技術人材
第4章
研究開発のアウトプット
第5章
科学技術とイノベーション

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まず、第4章の研究開発のアウトプットに着目して、リポートp.139から【図表4-1-6】 国・地域別論文数、Top10%補正論文数、Top1%補正論文数:上位25 か国・地域 を引用すると上の通りです。朝日新聞の記事のタイトルにある「13位」というのは、上に並べた9枚のテーブルのうち、オレンジ色のヘッダになっている真ん中の段の一番右のTop10%補正論文数の順位を取っています。青いヘッダの上の段の一番左のテーブルでは、すべての論文数をカウントしていて、そこでは日本は2位なのですが、Top10%では13位に落ち、さらに、緑色のヘッダの下の段の一番右のTop1%でも12位を占めるに過ぎません。要するに、論文はいっぱい書かれているのですが、トップクラスの論文は少ないわけです。私自身もアカデミアとして論文を書いていますし、まあ、何と申しましょうかで「粗製乱造」に加担しているおそれは十分あります。

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その大きな原因のひとつとして、私は研究費の不足があると考えています。そこで、リポートp.17から【図表1-1-1】 主要国における研究開発費総額の推移 を引用すると上の通りです。タイトルの研究開発費総額というのは、企業における研究開発ヒト大学を合計しているからです。本調査による研究費の学徒OECD推計学が乖離しているのは別問題として、日本では研究開発費がほぼ横ばいで、少なくとも米国・中国2二強に加えてEU-27の欧州と比べても、ほとんど増えていない事実が見て取れます。韓国にも大いに追い上げられています。

こういった日本の研究力に関して、明らかに研究開発費の不足が研究力の向上を妨げていると考えるべきなのですが、果たして、研究開発の先にあるイノベーション、そして、さらにその先にある生産や経済成長について、このままでいいのかという議論はどこまでなされているのでしょうか?

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2024年8月25日 (日)

Osaka Jazz Channnel の Shiny Stockings を聞く

Osaka Jazz Channnel による Shiny Stockings の演奏です。もともとはカウント・ベイシーの曲で、しばしばエラ・フィッツジェラルドの歌唱とともに聞いた記憶がありますが、こんなに小さなコンボで、しかもこれほどゆったりと演奏されているのは初めて聞きました。こんな真っ昼間ではなく、'round midnight に聞くべき音楽だと思います。

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2024年8月24日 (土)

今週の読書はまたまは経済書なしで計6冊

今週の読書感想文は以下の通り経済書なしで教養書や小説など計6冊です。
今年の新刊書読書は1~7月に186冊を読んでレビューし、8月に入って先週までに計16冊をポストし、今週の6冊を合わせて計208冊となります。今後、Facebookやmixiなどでシェアする予定です。また、小松左京『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』(角川ホラー文庫)も読んでいて、すでにFacebookとmixiでシェアしていますが、新刊書ではないと思いますので、本日の読書感想文には含めていません。

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次に、養老孟司『時間をかけて考える』(毎日新聞出版)を読みました。著者は、解剖学者であるとともに、『バカの壁』などのベストセラーも書いていたりします。ということで、本書は上の表紙画像に見られるように、サブタイトルが「養老先生の読書術」となっていますが、実は、2007年から昨年2023年までに著者が毎日新聞の書評欄に書いていた書評を収録しています。まえがきにあるように、文学、というか、フィクションはほとんど取り上げられていません。大きな例外のひとつはスティーヴン・キング『悪霊の島』です。構成は3部構成となっていて、最初に意識の問題を中心に心と身体に着目し、続いてヒトを問題の中心に据えて自然と環境を論じ、最後に日常の視点から歴史と社会を取り上げています。繰り返しになりますが、2007年から2023年までですのでほぼ15年に渡る書評を収録しています。その意味も含めて、さすがに私にも大いに参考になりました。大いに参考になったひとつの要因は、ほぼほぼ私の読書と重なっていないからです。要するに、私が読まなかった本をたくさん取り上げてくれている、ということです。「フィクション」と切って捨てた文学がほとんど含まれていないのも一因かもしれません。主要なところでは、環境に関するアル・ゴア『不都合な真実』や鵜飼秀徳『無葬社会』、宮沢孝幸『京都大学おどろきのウイルス学講義』などが私の既読書だったくらいで、ほんとに重複が少なかった気がします。タイトルとなっている「時間をかけて考える」というのは、いかにも、カーネマン『ファスト&スロー』を思い起こさせますが、ヒューリスティックではなく熟慮の必要性を強調しているわけでもなく、要するに、読書で時間をかけて考えるということなのだろう、と私は受け止めています。ただ、読書についての本をレビューするのは私は最近少し困っていて、高い確率で「最近の若者は本を読まない」というご感想をいただきます。学校図書館協議会などが毎年行っている「学校読書調査」によれば、30年以上に渡って平均読書冊数は増加を続けていますし、逆に、不読者の割合は減少し続けています。そして、こういった明白なエビデンスを示しても、特に年輩の方なのかもしれませんが、その昔の表現を借りれば「壊れたレコード」のように「最近の若者は本を読まない」を繰り返します。インターネットが普及し、ゲームをはじめとして読書以外の余暇活動が選択肢としていっぱいある中で、今の小中高校生はホントに読書に熱心に取り組んでいます。本書に収録されているような新聞その他のメディアによる書評が大きな役割を果たしている可能性を指摘するとともに、私のこのブログやSNSなどにおけるブックレビューも少しくらいは役立っていると思いたい、という希望的観測を添えておきます。

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まず、マウンティングポリス『人生が整うマウンティング大全』(技術評論社)を読みました。著者は、マウンティング研究の分野における世界的第一人者だということです。不勉強にして、私は存じ上げませんでした。本書は4章構成であり、第1章でさまざまなマウンティングを解説しています。私自身の本書の読書はこの章が眼目だったといえます。ページ数的にも半分を超えます。その後の3章で、武器として人と組織を動かすマウンティング術、ビジネスに活かしイノヴェーションをもたらすマウンティング術、最後に、マウントフルネス、すなわち、マウンティングを活用した人生戦略、となります。私の眼目であったさまざまなマウンティングについてを中心にレビューすると、まず、マウンティングとは、要するに「自慢」のことだといえます。ですから、本書のp.168にあるように、学歴、年収、社会的地位、居住地、婚姻歴、教養、海外経験、子供の有無などについて、自分の優位性を相手に理解させることを目的とした情報提供、あるいは、おしゃべり、となります。しかし、第1章で、私が大いに驚いたのは、達観マウンティングなんてものがあったり、第2章では自虐マウンティングが出てきたりします。私自身は、周囲にいうのに、「飲み食いと着るものは特段のこだわりはない。マクドナルドと吉野家とユニクロで十分」というのがありますが、ひょとしたら、達観マウンティングなのかもしれません。しかし、私自身はマウンティングを取る意図はまったくありません。ほかもそうであり、たとえば、p.168にある最初の項目である学歴なんぞは、私ごとき京都大学経済学部ではお話にならないような職業に身を置いてきたわけです。京都大学がエライと思っているのは私の両親くらいのものでしたが、もう2人とも亡くなりました。恥ずかしながら、キャリアの国家公務員の半分以上は東大卒であることは、現在はともかく、私の就職した1980年代初めころは常識でした。公務員を定年退職してからも大学教員ですから、私のような4年生学部卒の学士号しか学位ないのは超低学歴と考えるべきです。少なくない大学教員が博士号を持っているのは広く知られている通りです。年収も、公務員や教員はそれほどの高給取りというわけではありません。ただ、私の場合、少なくとも公務員を定年退職して関西に移り住んだ時点から、居住地、特に海外勤務については自慢しようと思えば自慢できるような気がします。大学教員でも関西の大学教員は、海外はおろか、東京で働いた経験のある人すら決して多くありません。しかし、誠に残念ながら、周囲の大学教員がそれほど東京に関する地理的な情報を持たないためにマウンティングすらできない、というのが実情です。私は公務員のころに参事官の職階に上がって資格を得て、千葉の松戸から南青山に引越したのですが、松戸と南青山の違いを理解できる関西方面の大学教員はそれほど多くありません。たとえば、私の母は晩年に茅ヶ崎の妹の住まいからほど近い施設に入っていたのですが、関西人からすれば茅ヶ崎は東京の地理的な範疇に入ります。ですので、東京に住んでいた、という事実は重要かもしれませんが、その詳細は問われなかったりします。ついでながら、私はマウンティングのほかに、縄張りというものもほとんど意識しないので、生物学的なオスとして何か欠陥があるのかもしれません。でも、もうそれほど残された人生が長いわけでもないのでオッケーだと思っています。

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次に、貴志祐介『兎は薄氷に駆ける』(毎日新聞出版)を読みました。著者は、ホラーやSF小説などを中止とするエンタメ系の小説家です。私の京都大学経済学部の後輩なのですが、当然ながら、まったく面識はありません。なお、上の表紙画像には、ホラーやSFといった作者の作風を考慮してか、「リアルホラー」という謳い文句が帯にありますが、本書は少なくともホラーではありません。おそらく、私のつたない読書経験から考えれば法廷ミステリと考えるべきです。私の感想では、E.S.ガードナーによるペリー・メイスンのシリーズを思い起こさせるものがあります。なお、毎日新聞に連載されていたものを単行本に取りまとめていて、500ページ近い大作です。ということで、あらすじは、嵐の夜に資産家の独身男性が亡くなります。レストラン経営で得た資産の一部を注ぎ込んだクラッシクカーのマニアでしたが、キャブレターでガソリンをエンジンに送り込むクラシックカーのエンジンの不完全燃焼、ランオンと呼ばれる現象によりガレージ真上にあった寝室で一酸化中毒で亡くなります。事件か事故か、そこから始まり、警察は死亡した男性の唯一の遺産相続人である甥を逮捕し、長時間に及ぶ極めて厳しい取調べから自供を引き出して起訴し裁判となるわけです。亡くなった男性の兄がこの裁判における被告の父親なわけですが、この父親には交通事故に起因する軽い知的障害があり、15年前に資産家老女の殺人事件の犯人として逮捕され厳しい取調べにより自供しており、冤罪と疑わしい裁判の判決が確定した後に獄死しています。亡くなった資産家男性の甥で逮捕され裁判の被告となるのが日高英之で、15年前の日高英之の父親の事件の際と同じ本郷弁護士が弁護します。そして、本郷弁護士に調査のためアルバイトとして雇われた垂水謙介の視点でストーリーが進みます。日高英之の恋人の大政千春も垂水謙介の調査を手伝ったり、法廷で証言に立ったりします。まず、目を引くのは、警察の強引な取調べです。自白偏重の捜査が明らかです。これを逆手に取ったのが東野圭吾『沈黙のパレード』といえます。本書では200ページ過ぎあたりから裁判の法廷となり、警察と検察の黒星が積み重なってゆきます。また、陪席の女性判事補が少し被告寄りとも見える姿勢を示したりします。繰り返しになりますが、ペリー・メイスンのシリーズを彷彿とさせる法廷シーンです。たぶん、法廷ミステリですので、あらすじはここまでとしますが、これをミステリと考えるのであれば、いわゆる名探偵もので、名探偵がラストに関係者を集めて「アッ」と驚く結末を示すタイプのミステリではなく、私の好きなタイプ、すなわち、玉ねぎの皮をむくように徐々に真実が明らかにされていくタイプのミステリです。従って、ラストは決して驚愕のラストではないのですが、続編がある可能性を残して本書は終わります。実は、というか、何というか、この著者の代表作のひとつである『悪の教典』についても私はネットで蓮見の独白を見かけたことがあり、続編がある可能性が残されているものと認識しています。でも、本書はさらに強く続編の可能性が示唆されていると私は考えています。最後に、タイトルなのですが、薄氷を駆ける兎は日高英之です。そして、それを追う猟犬が警察や検察の法執行機関であり、ある意味で、冤罪の源です。そして、薄氷が割れて冷水に落ちるのは兎か、あるいは、猟犬か、もしも続編があれば明らかにされるのかもしれません。

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次に、染井為人『芸能界』(光文社)を読みました。著者は、2017年に『悪い夏』で第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞して作家デビューしています。北海道新聞のインタビューによれば、「ジュニアモデルのマネジャーなどとして芸能界に身を置いてきた」ということですので、芸能界のご経験があるようです。私は本書の前作の『黒い糸』に感激して、本書も読んでみました。ただ、『悪い夏』は未読です。本書は短編集であり、7話が収録されています。収録順にあらすじを紹介します。まず、「クランクアップ」では、25年在籍した事務所を落ちぶれて退所する俳優が中心となります。すなわち、相原恭二は売れっ子だった俳優なのですが、ファンを名乗る反社の男性からお酒を奢ってもらい、週刊誌にすっぱ抜かれて落ちぶれて事務所から独立しようとしますが、大きな罠が待ち構えています。「ファン」では、人気タレントを10年かけて育て上げた辣腕マネージャーが主人公です。すなわち、坂田純一は有名になった若手女優を育てた敏腕マネージャーなのですが、現在は新たに芸人と売り出し中のアイドルグループを担当しています。しかし、担当するタレントが次々に活動休止に追い込まれ、その背景にとんでもない事情が見え隠れします。「いいね」では、50歳にしてインスタにハマったベテラン女優が主人公です。すなわち、元アイドルの石川恵子は50歳を過ぎてインスタに目覚め、修正しまくった写真をポストして、いいねを集めることに熱中し、やがて暴走します。「終幕」では、若い男子が集うミュージカルを仕切る女性プロデューサーが主人公です。すなわち、叶野花江はイケメン男子たちをキャストにミュージカルを運営する女性プロデューサーなのですが、キャストたちをホストのように扱った上、自分に色目を使うキャストを特別扱いするようになり、結局、大きく転落します。「相方」では、容姿をイジるネタで30年笑いを取ってきた漫才コンビが主役となります。すなわち、容姿で笑いをとっていたコンビ「ミチノリ」なのですが、今ではルッキズムが批判され、コンプラ的にも容姿ネタはNGになり、かつてのように笑いを取れなくなったことに悩みます。かなりベタな展開です。「ほんの気の迷い」では、誹謗中傷に悩まされ孤独とたたかうアイドル俳優が主人公です。すなわち、栗原翔真は若手ナンバーワンの売れっ子俳優です。しかし、一部のアンチからナルシスト扱いされ誹謗中傷を受けています。また、家族にも問題があり、母親はカルト宗教に熱中し、弟は地元で俳優である兄の名前を使って女性たちと問題を起こしています。その中で、SNSでエゴサーチをした時、突然体調が悪くなってしまいタイヘンな事態に立ち至ります。「娘は女優」は、震災の町からデビューした中学生女子の父親が主人公となります。すなわち、村田幹一は福島の自転車屋を営んでいますが、大事な一人娘の皆愛が修学旅行先の東京で芸能事務所からスカウトされてしまいます。レッスンや何やで東京に行く機会が多くなり、勝手に芸名をつけたり、グラビアに出たりする娘に父親は猛反対、反発しますが、なぜ彼女がこんなふうに突き進むのかの理由がとてもよかったりします。本書も、『黒い糸』ほどではないものの、ややどす黒いものを感じる短編が多く収録されていますが、最後の「娘は女優」がとっても爽やかなラストなので読後感はよかったりします。近く、『悪い夏』の文庫本を借りる予定なので楽しみです。

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次に、米澤穂信『冬季限定ボンボンショコラ事件』(創元推理文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家です。本書は著者による小市民シリーズの作品であり、私は本書がシリーズ完結編である可能性を示唆する出版社の宣伝文句を見たような記憶があります。私のことですから、記憶は不確かです。なお、小市民シリーズはTVアニメになって、すでに7月から放送されているのではないかと思います。ということで、小市民シリーズですので小鳩常悟朗と小山内ゆきが主人公です、互恵関係にあるものの、恋愛関係にはない高校3年生の同級生です。そして、本書では3年前に2人が中学3年生だったころにさかのぼります。要するに、馴れ初め、というか、2人が知り合ったきっかけを明らかにするわけです。両方のストーリーが交互に語られますので、「現在編」と「3年前編」と名付けてレビューを進めます。ついでながら、現在編と3年前編のどちらも交通事故が大いに関係します。というのは、現在編ではクリスマス直前に小鳩常悟朗が交通事故にあい、年明けの大学受験を諦めざるを得ないほどの大ケガを負って入院します。他方、3年前編では中学校でも小鳩常悟朗と小山内ゆきの2人は同じ学校の生徒でした。そして、2人が通う中学校のバドミントン部員である日坂が交通事故にあいます。3年前編の交通事故は轢き逃げ犯が捕まっているのですが、被害者である日坂が事故時の同行者について隠し事をしていて、小鳩常悟朗が事故の真相を追いかけることになります。現在編の交通事故では轢き逃げ犯は捕まっておらず、小鳩常悟朗が入院していますので、小山内ゆきが調査を進めているのだろうと思いますが、ストーリーが基本的に小鳩常悟朗の視点で進みますので、それほど明確ではありません。なかなかに、驚愕のラストでした。3年前の事故と現在の事件を同時に調査し、当然ながらボリュームからしても大作ですし、以前の小市民シリーズでは日常の謎を扱っていて、ここまでの交通事故による大ケガという被害はなかった気がしますので、その意味でも完結編にふさわしい終わり方だったかもしれません。

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次に、エラリー・クイーン『境界の扉 日本カシドリの秘密』(角川文庫)を読みました。著者は、私なんぞが何かいうまでもない超有名なミステリ作家です。本書の舞台は主人公エラリーや父リチャードのホームグラウンドである米国ニューヨークです。ストーリーは、日本育ちの人気女流作家カレン・リースが文学賞受賞パーティーの直後、ニューヨーク中心部にある日本風邸宅で死体となって見つかります。カレンは癌研究の第一人者であるジョン・マクルーア博士と婚約中であり、文学賞受賞とも合わせて、作家としても個人としても幸福の絶頂にあると思われていました。カレンの死亡当時、マクルーア博士は大西洋を船で横断中であり、たまたま、エラリーと乗り合わせていました。カレンが亡くなった時、マクルーア博士の娘である20歳のエヴァがカレンの邸宅を訪れており、エヴァのいた部屋を通らなければカレンの部屋には行けない密室状態だったことから、唯一犯行が可能だったのはエヴァであることが推定されます。そして、なぜか、私立探偵のテリー・リングがリース邸に現れます。もちろん、エヴァ自身は無実を主張しますし、リングはエヴァの側に立って警察との対応をエヴァに教唆したりします。警察もエヴァを逮捕するには至りません。エラリーは、父親であるリチャード・クイーン警視をはじめとするニューヨーク市警と異なる見方を示し、さまざまな局面で対立しながら、事件の謎に挑みます。もちろん、事件の真相解明のためにカレン・リースの日本滞在時のいろいろな事実が解き明かされ、マクルーア博士やカレンとともに、その当時日本に滞在していたカレンの姉エスターやマクルーア博士の弟などの日本における動向についても明らかにされます。私立探偵のリングのほか、カレンが日本から連れてきたメイドのキヌメがエキゾチックな雰囲気を持って登場したりします。もちろん、最後にはエラリーが密室殺人の謎を解き明かします。驚愕のラストでした。なお、本書は越前敏弥さんの新訳により今年2024年年央に、他の国名シリーズなどと同じ角川文庫で出版されています。不勉強にして旧訳を読んでいないので比較はできませんが、とてもよくこなれた邦訳に仕上がっていると、私は受け止めています。

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2024年8月23日 (金)

京都国際、優勝おめでとう

京都国際、優勝おめでとうございます。

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でも、この夏の甲子園でもっとも私の印象に残ったのは、3回戦の大社-早実戦でした。動画で振り返っておきたいと思います。
9回


11回

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まだまだ+2%超えが続く消費者物価指数(CPI)上昇率をどう見るか?

本日、総務省統計局から7月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の前年同月比で見て、前月の+2.6%から小幅に上回り+2.7%を記録しています。日銀の物価目標である+2%以上の上昇は2022年4月から28か月、すなわち、2年余りの連続です。ヘッドライン上昇率も+2.8%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率も+1.9%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

7月の消費者物価、2.7%上昇 エネルギーが押し上げ
総務省が23日発表した7月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が108.3となり、前年同月と比べて2.7%上昇した。エネルギー関連が全体を押し上げ、伸び率は前の月から拡大した。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は2.7%の上昇だった。2年11カ月連続で前年同月を上回った。
エネルギーの上昇率は12.0%と前月の7.7%から拡大した。電気代は22.3%の上昇で、1981年3月以来の上昇幅となった。23年1月に始めた政府の電気・ガス料金の負担軽減策がいったん終了した影響が反映された。
食料は2.9%上昇した。このうち穀類は4.2%上昇し、外食需要の高まりでうるち米(コシヒカリを除く)が18.0%上がった。コメの値上がりの影響で、せんべいは16.1%上昇した。
一方で宿泊料の上昇率は10.3%と、前月の19.9%と比べ縮小した。携帯電話の通信料も上昇率は0.6%となり、前月の8.8%から縮小した。
生鮮食品とエネルギーを除く総合指数は1.9%上昇した。生鮮食品を含む総合指数は2.8%上昇した。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にもあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+2.7%ということでしたので、実績の+2.7%はジャストミートしました。品目別に消費者物価指数(CPI)上昇率を少し詳しく見ると、まず、生鮮食料を除く食料の上昇が継続しています。すなわち、先月6月統計では前年同月比+2.8%、寄与度+0.68%であったのが、今月7月統計ではそれぞれ+2.6%、+0.63%と引き続き高い伸びを示しています。次に、エネルギー価格については、4月統計から前年同月比で上昇に転じ、本日公表の7月統計では+12.0%まで上昇が加速しています。ヘッドライン上昇率に対する寄与度も6月統計の+0.59%から7月統計では+0.90%まで拡大しています。引用した記事のタイトルの通りといえます。6月統計から7月統計への上昇幅拡大の+0.1%ポイントに大きく寄与していることは明らかです。特に、インフレを大きく押し上げているのは電気代であり、ヘッドライン上昇率に対する寄与で何と+0.73%に達しています。これも引用した記事で指摘されている通りであり、政府の電気・ガス料金の負担軽減策がいったん終了した影響が出ています。
私が注目している食料について細かい内訳をヘッドライン上昇率に対する寄与度で見ると、コアCPI上昇率の外数ながら、生鮮食品が野菜・果物・魚介を合わせて+0.33%あり、うち生鮮果物が+0.10%、生鮮野菜が+0.09%の寄与をそれぞれ示しています。繰り返しになりますが、生鮮食品を除く食料の寄与度も+0.63%あります。コアCPIのカテゴリーの中でヘッドライン上昇率に対する寄与度を見ると、せんべいなどの菓子類が+0.11%、焼肉などの外食が+0.11%、豚肉などの肉類が+0.10%、コシヒカリを除くうるち米などの穀類が+0.09%、おにぎりなどの調理食品が+0.08%、などなどとなっています。サービスでは、宿泊料の+0.11%を含めて教養娯楽サービスの寄与度が+0.30%、コア財では引用した記事にも見られるルームエアコンなどの家庭用耐久財が0.06%、などといった寄与を示しています。

消費者物価指数とはなんの関係もないながら、甲子園で繰り広げられている夏の高校野球が決勝を迎えています。郷土の代表である京都国際高校を応援しているのですが、なかなか得点できず息詰まる投手戦となっています。
がんばれ京都国際高校!

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2024年8月22日 (木)

リクルートワークス研究所「『日本型雇用』のリアル」を読む

一昨日8月20日に、リクルートワークス研究所から「『日本型雇用』のリアル」と題するリポートが明らかにされています。Global Career Survey 2024 によって得られたデータを基にした分析です。まず、このリポートでは、いわゆる「日本型雇用」として以下の7点を上げています。


1
新卒一括採用
2
企業主導の人事異動
3
年功型賃金
4
OJTによる育成
5
幹部の内部登用
6
終身雇用
7
企業別労働組合

通常、特に1950-60年代の高度成長期に完成したと考えられている「日本型雇用」の大きな特徴は、上のテーブルでいう3と6と7の3点、すなわち、年功型賃金、終身雇用(長期雇用)、企業内組合であり、私は授業では第1の新卒一括採用もあわせて説明することもあります。
順に見ていくと、第1の新卒一括採用は、日本では大学(大学院)を卒業する前」と「大学(大学院)卒業後すぐ」を合わせて80%超を占めていて、これに次ぐドイツがせいぜい60%強ですので、新卒一括採用は日本の雇用の特徴といえる、と結論しています。続いて、企業主導の人事異動についても、「業務命令」による職種変更や勤務地変更の可能性と経験率からみて、日本の雇用の特徴といえる、と結論しています。ただし、第3の点である年功型賃金は日本の雇用の特徴といえない、と結論しています。

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上のグラフはリクルートのリポートから 【図表13】年収推移(年齢5歳刻み) を引用しています。見れば明らかですが、年齢や勤続年数に応じて年収が上昇する傾向は日本だけの特徴ではない上に、むしろ上昇のカーブが緩やかとすらいえるわけです。続いて、第4のOJTによる育成は日本の雇用の特徴ではない、また、第5の幹部の内部登用日本の雇用の特徴といえる、とそれぞれ結論しています。興味深いのは、第6の終身雇用は日本の雇用の特徴といえる、と分析しています。

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上のグラフはリクルートのリポートから 【図表21】今の会社の勤続年数(年代別、男女年代別) を引用しています。見れば明らかですが、勤続年数は10年以上の割合で見て中国を別にすれば欧米各国と比較して日本がもっとも長くなっています。最後に、企業別労働組合は日本の雇用の特徴といえる、と結論しています。日本では労働組合員のうち95%超が企業内労働組合に加入しているとのデータを示しており、まあ、私も企業内組合以外の組合員は見たことがありません。

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上のグラフはリクルートのリポートから 【図表26】7つの特徴からみた、日本の雇用の全体像 を引用すると上の通りです。私が重要と考える「日本型雇用」の4点、すなわち、新卒一括採用・年功型賃金・終身雇用(長期雇用)・企業別労働組合は合わせて30%余りを占めています。他方で、7つのポイントすべて当てはまらない雇用も40%強に上っています。

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上のグラフはリクルートのリポートから 【図表27】日本型雇用の7つの特徴の実態 を引用しています。本リポートのサマリといえます。

最後に、「日本型雇用」のいくつかの特徴のうち、少なくとも、終身雇用(長期雇用)と年功型賃金は補完的関係煮ると私は考えています。ただ、このリポートによれば、終身雇用(長期雇用)は日本型雇用に当てはまっている一方で、年功型賃金はそうではない、と結論しています。私は反対に年功型賃金はまだ日本的雇用の特徴のひとつだと考えています。しかし、現在の日本の賃金が余りに伸び悩んでいる、というか、まったく伸びなくなっているために、年功型賃金に見えずに横ばいで推移しているように見えているだけなのではないか、と考えていたりします。

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2024年8月21日 (水)

2か月ぶりに赤字を記録した7月の貿易統計をどう見るか?

本日、財務省から7月の貿易統計が公表されています。統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比+10.3%増の9兆6191億円に対して、輸入額は+16.6%増の10兆2410億円、差引き貿易収支は▲6218億円の赤字を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

7月の貿易収支、6218億円の赤字 2カ月ぶり
財務省が21日発表した7月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は6218億円の赤字だった。赤字は2カ月ぶり。医薬品や通信機などの輸入額が大幅に増え、赤字幅は前年同月比で10倍ほどに拡大した。
輸出額と輸入額はともに7月としては比較可能な1979年以降で最も大きかった。輸出額は9兆6191億円と10.3%増えた。増加は8カ月連続。輸入額は10兆2410億円で16.6%増と、4カ月連続の増加となった。
輸出は数量ベースで5.2%減少したが、円安などで金額は膨らんだ。輸出額を品目別に見ると半導体など電子部品が25.2%増、半導体の製造装置が27.8%増と伸びが大きかった。自動車は6.2%増だった。
地域別に見ると、米国が1兆9220億円と7.3%増、アジアが5兆944億円で15.3%増だった。
輸入額を品目別に見ると、医薬品が45.5%増で寄与が大きかった。米国からの高額医薬品の輸入が重なった。スマートフォンなどを含む通信機も47.1%増えた。
円安や資源高の影響も続く。原油の輸入は数量が8%減少した一方、金額は12.7%増と高水準が続く。原油はドル建て価格が1バレルあたり87.9ドルと前年同月から9.1%上がった。円建て価格にすると1キロリットルあたり8万8326円と22.5%の上昇だった。
地域別の輸入では米国が1兆1534億円と21.9%増えた。アジアは4兆9529億円で19.3%の増加だった。
貿易収支を季節調整値で見ると7552億円の赤字だった。赤字幅は前月比で7.9%縮小した。輸入は0.9%増の9兆8926億円、輸出は1.7%増の9兆1373億円だった。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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まず、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、▲2000億円を少し超える貿易赤字が見込まれていたのですが、実績の▲6000億円を超える赤字は、やや下振れした印象です。また、引用した記事の最後のパラにあるように、季節調整済みの系列で見ると、前月比で見て輸出が輸入を上回って増加しているため、貿易収支赤字は前月5月統計からやや縮小しています。なお、季節調整済み系列の貿易収支では、2021年6月から直近で利用可能な2024年7月統計まで、3年余り継続して赤字を記録しています。いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、輸入は国内の生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。そして、これも季節調整済みの系列で見て、貿易収支赤字がもっとも大きかったのは2022年年央であり、2022年7~10月の各月は貿易赤字が月次で▲2兆円を超えていました。7月統計の▲6000億円を超える貿易赤字も、特に、何の問題もないものと考えるべきです。
7月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油や液化天然ガス(LNG)の輸入額が再び増加となっています。すなわち、引用した記事でも指摘している通り、原油及び粗油はトンの数量ベースで▲8.0%減ながら、金額ベースでは+12.7%増となっています。数量ベースの減少を超えた単価の上昇があり、輸入額が増加しているわけです。引用した記事に従えば、原油はドル建て価格で+9.1%の上昇、円建て価格では何と+22.5%の上昇だそうです。液化天然ガス(LNG)についても、数量ベースの10.4%増を上回って、金額ベースでは+19.6%増となっています。原油と同様に、円建ての単価が上がっていることがうかがわれます。これらのエネルギー価格については、私はまったくの専門外ですので、日本総研「原油市場展望」(2024年8月)を見ると、先行きについて「年末にかけては、米欧などの主要国で利下げにより景気が上向くものの、OPECプラスの段階的な減産解除による供給増加により、価格下落圧力が優勢となる見込み。」と結論し、特に「中国需要の下振れが価格下落リスク」と指摘しています。いずれにせよ、先行き不透明です。また、ある意味で、エネルギーよりも注目されている食料について、穀物類はエネルギーと逆の動きを示しており、数量ベースのトン数では+5.8%増ながら、金額ベースでは▲5.0%減となっていて、穀物については単価が下落していることが見て取れます。また、引用した記事で指摘している医薬品については、前年同月比で+45.5%増を記録しています。
輸出に目を転ずると、輸送用機器・一般機械・電気機器といった我が国リーディング・インダストリーが輸出を牽引しています。すなわち、季節調整していない原系列の前年同月比で見て、自動車の輸出額は+6.2%増を記録し、輸出増+10.3%への寄与度は+1.1%となっています。ただし、数量ベースの輸出台数は▲7.0%減となっています。前年比での円安により円建て価格の上昇があったものと想像しています。数字だけ上げておくと、自動車を含む輸送機械の輸出額が前年同月比で+5.7%増を記録した一方で、一般機械も+5.0%増、電気機器も+14.2%増と我が国リーディング・インダストリーの輸出は先進各国のソフトランディングを受けて堅調に推移しているように見えます。

最後に繰り返しになりますが、先月7月2日付けの財務省「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」懇談会の報告書や、こういった財務省による議論の提灯持ちの日経記事「デジタル赤字、抜け出せず 日本は米テックの『小作人』」などの主張は、十分批判的に受け止めておく必要があります。

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2024年8月20日 (火)

帝国データバンク「猛暑に関する企業の動向アンケート」やいかに?

先週木曜日の8月15日に、帝国データバンクから「猛暑に関する企業の動向アンケート」の結果が明らかにされています。基本的に、夏が暑くて冬が寒いと経済的には売上増などに結びつきやすくなります。しかし、他方で、暑すぎたり寒すぎたりすれば外出控えが生じる可能性もあり、おそらく、猛暑の経済効果は逆U字カーブを描くんではないかと私は想像しています。ということで、帝国データバンクのサイトから調査結果の概要を3点引用すると以下の通りです。

調査結果
  1. 猛暑で売り上げが伸びた商品・サービスがある企業は11.4%。業界別では『小売』が3割でトップ
  2. 猛暑で売り上げが伸びた商品・サービスは『エアコン・空調関連』が最多。『食品関連』も目立つ
  3. 企業の約9割が猛暑対策を実施。暑さ対策グッズの支給やクールビズ、設備・備品の充実も上位に

コンパクトによく取りまとめられている印象です。帝国データバンクのリポートから図表を引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、帝国データバンクのリポートから 猛暑で売り上げが伸びた商品・サービスの有無 のグラフを引用すると上の通りです。10%余りの企業で猛暑効果があると回答し、特に、猛暑効果のある業界としては、小売が30.5%でトップ、次いで卸売が20.1%という結果が示されています。まあ、当然だろうと私は受け止めています。

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続いて、帝国データバンクのリポートから 猛暑で売り上げが伸びた商品・サービスの共起ネットワーク図 を引用すると上の通りです。「エアコン」や「清涼飲料水」が大きなハブになっているのが見て取れます。当然でしょう。また、グラフなどは引用しませんが、企業における猛暑対策についてもアンケートに含まれており、複数回答可の中で、「健康状態の把握」が47.9%でトップとなったほか、次いで「水分・塩分補給品や冷却商品の支給」が46.1%、「クールビズの実践(制服や作業服の変更などを含む)」が44.0%、「扇風機やサーキュレーターの活用」が43.3%と40%を超える回答となっています。こういった何らかの猛暑対策を行っている企業は89.7%を占めています。

繰り返しになりますが、猛暑をはじめとして夏が暑くて冬が寒いのは、それ自体として経済効果があると考えられますが、それも一定の限度内のお話で、気温と経済効果の関係は逆U字カーブの非線形であろうと私は想像しています。今年のような猛暑が続けば、逆U字カーブの減少局面に入りかねません。気候変動対策のいっそうの強化が必要です。

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2024年8月19日 (月)

金利引上げ局面における機械受注の動向やいかに?

本日、内閣府から6月の機械受注統計の結果が公表されています。民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注は、季節調整済みの系列で見て前月から+2.1%増加し8,761億円となっています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

4-6月の機械受注0.1%減、2四半期ぶりマイナス
内閣府が19日発表した4~6月期の機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる民需(船舶・電力を除く、季節調整済み)は前期比0.1%減の2兆6202億円だった。2四半期ぶりのマイナスになった。
船舶と電力を除く非製造業は3.7%減だった。製造業は2.8%増えた。
7~9月期の受注額見通しは前期比0.2%増だった。見込み通りなら2四半期ぶりのプラスとなる。
6月単月の民需は前月比2.1%増の8761億円だった。3カ月ぶりのプラスになった。QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は0.9%増だった。「持ち直しの動きに足踏みがみられる」との基調判断を据え置いた。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、機械受注のグラフは上の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注で見て前月比+0.9%増でしたので、実績の+2.1%増は予想レンジの上限+3.0%増の範囲ながら、やや上振れした印象です。したがって、というか、何というか、引用した記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「持ち直しの動きに足踏みがみられる」で据え置いています。設備投資については、日銀短観などで示されている企業マインドとしての意欲は底堅い一方で、設備投資が実行されているかどうかは、GDP統計や本日公表された機械受注などには一向に現れていません。すなわち、投資マインドと実績の乖離が激しくなっています。その理由について、私は十分には理解できていません。これだけ人手不足が続いている中で、設備投資の伸びもなく、したがって、DXやGXが進まないとすれば、日本企業は大丈夫なかどうか、とても不安が残ります。
すなわち、単月での振れの激しい統計ですので、コア機械受注を季節調整済みの系列で四半期でならして見ると、昨年2023年7~9月期の前期比▲1.4%減の2兆5458億円、10~12月期▲1.3%減の2兆5133億円、今年2024年に入って1~3月期+4.4%増の2兆6236億円、4~6月期▲0.1%減の2兆6202億円を記録しましたが、7~9月期の受注見通しは+0.2%増となっていて、2四半期連続でほぼほぼ横ばいと考えるべきです。ただし、四半期データとして公表されている達成率はコア機械受注で見て、まだ90%を少し上回っています。エコノミスト業界の経験則として、景気後退局面入りのひとつのシグナルである90%を下回るところまでは落ちていません。

私は従来から、米国経済がリセッションに陥ることなくソフトランディングに成功すれば、日本経済もそうそう簡単に景気後退にはならない、と主張してきましたが、日銀が利上げの方向を強く示唆し、年内にも再利上げがあると仮定すれば、米国経済がリセッションにならなくても、日本経済が勝手に景気後退局面を迎える可能性がある、と少し考えを改めつつあります。消費もさることながら、設備投資はより金利に敏感なことは多くのエコノミストのコンセンサスがあるところですので、先行きの動向を占う上で重要な指標となります。都合により、統計公表直後のファーストショットでポストしておきます。

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2024年8月18日 (日)

オバマ元米国大統領の今夏のReadinglistとPlaylist

米国のオバマ元大統領がオバマ財団のサイトに今夏の President Obama's favorite books and music of the summer として、ReadinglistとPlaylistを明らかにしています。以下の通りです。

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特段の説明能力もないので、以上です。ご参考まで。

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2024年8月17日 (土)

今週の読書も経済書なしで小説に絵本を加えて計5冊

今週の読書感想文は以下の通り、経済書なしで小説と絵本で計5冊です。
今年の新刊書読書は1~7月に186冊を読んでレビューし、8月に入って先週と先々週で計11冊をポストし、今週の5冊を合わせて計202冊となります。200冊を超えました。目標にしているわけでも何でもありませんが、年間300冊に達する勢いかもしれません。今後、Facebookやmixiなどでシェアする予定です。また、エラリー・クイーン『靴に棲む老婆』(ハヤカワ・ミステリ文庫)とサキ『けだものと超けだもの』(白水Uブックス)を読んで、Facebookとmixiでシェアしていますが、新刊書ではないと思いますので、本日の読書感想文には含めていません。

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まず、青崎有吾『地雷グリコ』(角川書店)を読みました。著者は、ミステリ作家です。ですので、本書はミステリに分類していいのだろうと私は解釈しています。もっとも、本書はゲームを中心に据えた連作短編集となっていて、タイトルを列挙すると、表題作の「地雷グリコ」に始まって、「坊主衰弱」、「自由律ジャンケン」、「だるまさんがかぞえた」、「フォールーム・ポーカー」となります。短編タイトルからある程度は想像できると思いますが、「地雷グリコ」はジャンケンをして勝った手に従って階段を登るグリコの変形で、特定の段の地雷があるわけです。「坊主衰弱」は百人一首かるたを使った坊主めくりの変形、「自由律ジャンケン」はグー/チョキ/パーにプレイヤーが違う手を加えたジャンケン、「だるまさんがかぞえた」はだるまさんが転んだの変形、「フォールーム・ポーカー」は3枚の手札を元にスートごとの部屋に入ってカード交換をするポーカーです。まあ、レビューで詳細に説明できるとも思えませんから、このあたりは読んでいただくしかありません。主要登場人物を敬称略で、主人公は都立頬白高校1年生のJK射守矢真兎です。勝負事やゲームにやたらと強いです。射守矢真兎の友人で同じ1年生の鉱田の視点でストーリーが進みます。ホームズ譚でいえば、ワトソン役です。頬白高校の生徒会から、最初の表題作「地雷グリコ」で射守矢真兎の相手プレイヤーとなり、その後、ゲームの審判を務めたりする3年生の椚迅人と会長の佐分利錵子もいます。そして、ラクロス部の塗辺はゲームをプレーするわけではありませんが、最初の「地雷グリコ」で審判を、最後の「フォールーム・ポーカー」でゲーム考案と審判をします。頬白高校以外では、第2話で主人公の射守矢真兎と勝負するかるたカフェのオーナーもいますが、もっとも重要なのは、射守矢真兎や鉱田と中学校の同級生で、首都圏屈指の名門校である星越高校に進んだ雨季田絵空です。ストーリーは、要するに、射守矢真兎がゲームに勝っていくということで、それはそれで単純です。各ゲームの設定については、おそらく、私よりも適切な解説者がネットにいっぱいいるのだろうと思いますので、ここでは省略します。私が本書のレビューでもっとも強調したいのは、第171回直木賞に関して一穂ミチ『ツミデミック』との対比です。私は、一穂ミチ『ツミデミック』が直木賞のレベルに達しているかどうか疑問だと考えていて、それは今も変わりありません。ただ、第171回直木賞の候補作の中で、私が聞き及んだ範囲での下馬評からすれば、本書の青崎有吾『地雷グリコ』が最有力、と考えていましたが、それはやや過大評価であったかもしれません。すなわち、本書で主人公の射守矢真兎がゲームに勝っていくのは、必ずしも論理的に、ロジカルな解決で勝っていくわけではなく、多分に心理戦を勝ち抜いた、ということなのだろうと思います。その上、ゲームが余りにマニアックです。ですから、こういったマニアックな作品が好きな読者は、メチャクチャ高く評価する気がします。ただ、一般的な読者はそうではないかもしれません。その意味で、本書が直木賞の選外となった可能性に思い至りました。繰り返しになりますが、だからといって、『ツミデミック』が直木賞のレベルに達していると考えるわけではありません。文学賞選考の難しいところかもしれません。ということで、文学賞を離れてゲームや勝負事の方に戻って、経済学にはゲーム理論というものがあります。そして最後に心理戦とは何の関係もなく、ジャンケンの必勝法、というか、ジャンケンにもっとも確率高く勝つための方法がゲーム理論から明らかにされています。さて、その意味で、すなわち、もっとも確率高くジャンケンに勝つための戦略とはいかに?

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次に、白川尚史『ファラオの密室』(宝島社)を読みました。著者は、マネックスグループ取締役兼執行役と本書で紹介されていますが、本書は第22回『このミステリーがすごい!』大賞における大賞受賞作です。ですので、というか、何というか、出版社では特設サイトを開設したりしています。ミステリなのですが、タイトルから容易に想像できるように、舞台は古代エジプトであり、いわゆる特殊設定ミステリです。何が特殊設定かというと、主人公の死者が蘇って謎解きをするわけです。ということで、あらすじは、主人公である神官書記であるセティの死後審判から始まります。すなわち、紀元前1300年代後半の古代エジプトにおいて、ピラミッドの崩落によりセティが亡くなるのですが、セティの死体にはナイフが胸に突き刺さっていました。そして、心臓に欠けがあるため冥界に入る審判を受けられない、といいわたされます。セティは自分自身で欠けた心臓を取り戻すために地上に舞い戻るのですが、当然ながら、生命力が十分ではないため、期限は3日しかありません。セティが調査を進める中で、もうひとつの大きな謎に直面します。というのは、棺に収められた先王のミイラが、密室状態であるピラミッドの玄室から消失し、外の大神殿で発見されます。これは、先王が唯一神アテン以外の信仰を禁じたため、その葬儀が否定したことを意味するのか、あるいは、アテン神の進行が間違っているのか、王宮でも、巷でも、信仰に基づく大混乱が生じます。タイムリミットが刻々と迫るなか、セティはピラミッド作りに駆り出されている奴隷の異国人少女カリなどの助力を得つつ、エジプトを救うため奮励努力するわけです。そして、先王のミイラが玄室から消失して外部に現れた謎は、何と申しましょうかで、まあまあそれなりに解けるのですが、セティ自身がナイフを突き立てられて死んだ謎には大きなどんでん返しが待っています。ちょっと私もびっくりしました。繰り返しになりますが、特殊設定ミステリであり、そのために少しファンタジーっぽい仕上がりになっています。そして、古代エジプトが舞台ですし王宮を巻き込んだ壮大なドラマともいえます。そういった要素が好きなミステリファンに大いにオススメします。

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次に、津村記久子『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版)を読みました。著者は、小説家であり、2009年に「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞を受賞しています。もう15年も前ですが、「ポトスライムの舟」は私も読みました。この作品は毎日新聞丹連載されていたものを単行本に取りまとめています。ということで、物語は1981年に始まり、1991年、2001年、2011年、2021年と10年おきに40年間を追います。最初の1981年、山下理佐は高校を卒業したばかりで、その10歳年下の妹である山下律は小学2年生から3年生に進級するところ、この2人の姉妹が家を出て独立した生活を始めるところからストーリーが始まります。どうして2人が家を出たかというと、それまで姉妹は離婚した母親と3人で暮らしていたのですが、母親に婚約者が現れて、山下理佐の短大進学のための入学金をその婚約者の事業資金に充てて、理佐が進学できなくなってしまった上に、妹の律が母親の婚約者から虐待されるからです。そして、山奥のそば屋で理佐が働き、住居も斡旋されて引越すわけです。そば屋では挽きたてのそば粉を使ってそばを作っているという評判で、そのそば粉を石臼で挽いている水車小屋があり、貴重な石臼が空挽きにならないように、そばの実が尽きると「空っぽ!」と叫ぶ賢いヨウムが飼われていて、そのヨウムがタイトルのネネです。ヨウムは50年ほど生きるといわれているらしく、姉妹が引越した時に10歳くらい、そして、エピローグの2021年には、ほぼほぼヨウムの平均寿命である50歳くらいに達している、という設定です。ある意味、とても奇妙に見えかねない姉妹が田舎の方で地域に溶け込み、姉は結婚し、妹がいったん大学進学を諦めながらも、働いて大学進学に必要な金額を貯めて大学進学を果たして就職する、などなど、必要な場面はとてもていねいに表現し、逆に、不必要なシーンは適当にカットし、決してストーリーを追うだけでなく、表現の美しさも含めて、とても上質な小説に仕上がっています。特に、カギカッコを使った直接話法と間接話法の書分け、律が幼少時にはひらがなで表現し、長じては漢字にする話法、などなど、表現の巧みさには舌を巻きました。ストーリーとしては、決して恵まれた家庭環境にない姉妹、また、類似の境遇の登場人物に対して、周囲の心温かな人々がさまざまな面から支援し、家族のあるべき形、あるいは、まあペットというには少し違うのかもしれませんが、ネネも含めた家族や仲間の重要性、緩やかな時間の流れ、都会にない自然の美しさ、などなどとともに、大学教員の私からすれば、教育と学習の重要性を深く感じさせる作品で、繰り返しになりますが、とても上質の仕上がりです。最初に書いたように、10年おきのストーリーですが、一見して理解できるように、最後の方は2011年は東日本大震災、2021年はコロナ、とまだ記憶に新しい時代背景も盛り込まれています。この作者特有のやや皮肉の効いたところ、不自然あるいは不穏当なところが影を潜めているのは、私には少し残念ですが、それを逆に評価する読者もいるかも知れません。私にとっての最大の難点は、ネネの好きな音楽がいっぱい登場するのですが、モダンジャッズ一辺倒の私にはほとんど馴染みがなかった点です。でも、私の大したこともない読書経験ながら、今年の純文学のナンバーワンの作品でとってもオススメです。

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次に、藤崎翔『みんなのヒーロー』(幻冬舎文庫)を読みました。著者は、芸人さんから小説家に転じたミステリ作家です。あらすじは、かつては特撮ヒーローのテレビ番組で主役を演じた主人公の堂城駿真は、今ではすっかり落ちぶれた俳優となっています。ある日、大麻を吸わせる店でセフレの女優と大麻をキメた後、帰り路で泥酔して道路に寝ていた老人を轢いて逃げてしてしまいます。警察の追求におびえていましたが、彼の熱狂的なファンである山路鞠子がその現場の動画を撮影していて、それを基に結婚を迫られます。その熱狂的なファンの山路鞠子が、何とも、ルッキズムに否定的な世の中とはいえ、飛び切り見た目が悪いわけです。でも背に腹は変えられず、堂城駿真は山路鞠子と結婚します。その歳の結婚に至るストーリーを山路鞠子が創作するわけですが、それを世間が評価してしまって、カップルでテレビ番組に出演したりして、まあ、芸人と同じパターンで堂城駿真が山路鞠子とともに売れ出してしまいます。コマーシャルも含めて収入も激増したりします。当然、結婚したわけで子供が出来ることになります。そのころ、堂城駿真は芸人枠ではない俳優として売れ出します。しかし、それほど人生が甘いわけでもなく、いろんな紆余曲折を経て、この作者らしくストーリーが二転三転します。ミステリですので、あらすじはこのあたりまでとします。この作者らしく、ストーリーが「波乱万丈」するだけでなく、表現も軽妙でスンナリと耳に入ってきます。実は、図書館の予約の関係で、出版順では同じ作者の『お梅は呪いたい』の前に、この作品を読んでしまいましたが、まあ、読む順はそれほど関係なさそうな気がします。時間潰しの読書にはぴったりです。

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次に、マーク・コラジョバンニ & ピーター・レイノルズ『挫折しそうなときは、左折しよう』(光村教育図書)を読みました。著者として上げておきましたが、文章をマーク・コラジョバンニが、絵をピーター・レイノルズが、それぞれ担当しているようです。そして、ついでながら、邦訳は米国イェール大学助教授の成田悠輔です。はい、お聞き及びの読者も少なくないと思いますが、昨年あたりに日本の少子高齢化問題をめぐって、「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」などの発言を繰り返し、ニューヨーク・タイムズなどの海外メディアも含めて、大いに批判されたのは記憶に残っている人も多いと思います。なお、英語の原題は When Things Aren't Going Right, Go Left であり、2023年の出版です。挫折と左折を組み合わせたタイトルですが、秀逸な邦訳だと思います。絵本の主人公、というか、たった1人の登場人物はやや年齢不詳ながら小学校高学年から中学生くらいの男の子です。うまくいかない時、その原因として心理的なものをいくつか上げています。すなわち、モヤモヤする悩み、オロオロする心配、ビクビク、イライラ、の4つです。それらを地面に置きてきたのですが、家への帰り道で左折し続けるとイライラが小さく、ビクビクは静かで、オロオロは落ち着いて、モヤモヤはいないも同じ、という状態になっていたので連れて帰ることにします。大きな教訓はタイトル通りであり、「挫折しそうになったら左折する」、あるいは、「電源オフ」という表現も使っていたりします。私が知る範囲では、昨年から今年にかけてそこそこはやった絵本だと思います。絵本ですから対象年齢層は低いのかもしれませんが、私のような60歳を大きく超えた大人でも十分楽しめ、また、タメになる絵本です。

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2024年8月16日 (金)

関西スーパーのカテゴリーに関する考察

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本格的な夏休みに入って、研究室で同僚教員とランチタイムに、関西圏スーパーのランクについてのおしゃべりをしています。上の画像は、どこから引用したのかは失念しましたが、アチコチで見かけるものだと思います。
我が家の近くに幅広く展開しているのは、県内に本社のある企業でも数少ない小売業で東証プライムに上場している企業のひとつである平和堂グループです。我が家からの徒歩圏内だけでも、平和堂、フレンドマート、アル・プラザの各種スーパーがあります。ほかにもいっぱいあるのですが、上の画像の底辺、というか最安値店について、さすがに、エコノミストですので、お話が弾んでいます。特に、業務スーパーについては価格もさることながら、少しばかり風変わりな商品の品揃えがあって、私も重宝しています。例えば、ミューズリーとかドライフルーツとかです。また、サンディは京都も含めて幅広く店舗展開していて、私も価格設定がかなりほかのスーパーとかなり違っていると感じています。最後に、買い物をしたことはありませんが、特権階級に分類されている ikari は、私は芦屋以外では神戸の三宮しか見たことがありません。京滋地区には店舗を展開していないのかもしれません。

東京にいたころは、駅前北口に西友と業務スーパーがあり、南口にはダイエーがありました。でも、我が家の引越し直前にダイエーは今年2024年になってMEGAドンキホーテに衣替えした、と風のウワサで聞き及んでいます。

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2024年8月15日 (木)

年率+3.1%成長となった4-6月期GDP統計1次QEをどう見るか?

本日、内閣府から4~6月期GDP統計速報1次QEが公表されています。季節調整済みの系列で前期比+0.8%増、年率換算で+3.1%増を記録しています。2四半期ぶりのプラス成長です。なお、なお、GDPデフレータは季節調整していない原系列の前年同期比で+3.6%、国内需要デフレータも+2.6%に達し、7四半期連続のプラスとなっています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

実質GDP3.1%増 4-6月、消費上昇で2四半期ぶりプラス
内閣府が15日発表した4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.8%増、年率換算で3.1%増だった。2四半期ぶりのプラス成長となった。自動車の品質不正問題の影響が一巡し、個人消費や設備投資が持ち直した。
QUICKが事前にまとめた民間予測の中心値の年率2.3%増を上回った。4~6月期の名目GDPは年換算で607兆円となり、初めて600兆円に達した。前期比1.8%増、年率換算で7.4%増と2四半期ぶりのプラスだった。
GDPの半分以上を占める個人消費は実質で前期比1.0%増で5四半期ぶりのプラスだった。ダイハツ工業などの品質不正の影響で止まっていた生産や出荷が再開し、前期からの反動で自動車の消費が回復した。
内閣府の担当者は「個人消費の上昇分の半分は自動車が占める」と説明した。自動車以外の耐久財でエアコンや携帯電話が堅調だったほか、外食や衣服向けの消費も上昇に寄与した。野菜や証券関連手数料など金融サービスはマイナスだった。
収入の動きを示す雇用者報酬は実質で前年同期比0.8%増加し、11四半期ぶりにプラスに転じた。国内の総合的な物価動向を示すGDPデフレーターは前年同期比3.0%上昇した。
消費に次ぐ民需の柱である設備投資も0.9%増と2四半期ぶりにプラスに転じた。ダイハツ工業の問題が解消し、商用車など普通乗用車向けの投資が増えた。業務用コンピューターやソフトウエア投資も伸びた。
輸出は1.4%増と2四半期ぶりに増加した。自動車の出荷が増えた。計算上は輸出に分類するインバウンド(訪日外国人)の日本国内での消費は前期比で4.2%のマイナスだった。イースター休暇が3月末までだったことが影響したとみられる。
輸入は前期比1.7%増で2四半期ぶりのプラスだった。業務用コンピューターが増えた。
前期比年率の寄与度は内需がプラス3.5ポイント、外需がマイナス0.4ポイントだった。内需のプラス寄与は5四半期ぶり、外需のマイナス寄与は2四半期連続となる。
民間住宅は1.6%増加した。貸家着工の増加が影響したとみられる。民間在庫変動の寄与度はマイナス0.1ポイントだった。公共投資は前期比4.5%増で4四半期ぶりに上昇した。政府最終消費は医療費の増加などで0.1%増えた。
実質GDPは前年同期比では0.8%のマイナスだった。伊藤忠総研の武田淳氏は「前期までの落ち込みの反動の域を脱していない」と指摘した。個人消費について「自動車生産の正常化によるところが大きく特にサービスが弱いため回復と言える状況にはない」と指摘した。

ということで、いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事なんですが、次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で最初にお示しした内閣府のリンク先からお願いします。

需要項目2023/4-62023/7-92023/10-122024/1-32024/4-6
国内総生産GDP+0.6▲1.0+0.1▲0.6+0.8
民間消費▲0.8▲0.3▲0.3▲0.6+0.8
民間住宅+1.4▲1.2▲1.1▲2.6+1.6
民間設備▲2.1▲0.1+2.1▲0.4+0.9
民間在庫 *(▲0.1)(▲0.5)(▲0.1)(+0.3)(▲0.1)
公的需要▲0.9+0.1▲0.4+0.1+0.8
内需寄与度 *(▲1.1)(▲0.7)(▲0.1)(▲0.1)(+0.9)
外需(純輸出)寄与度 *(+1.7)(▲0.3)(+0.2)(▲0.5)(▲0.1)
輸出+3.2+0.1+3.0▲4.6+1.4
輸入▲4.1+1.3+2.0▲2.5+1.7
国内総所得 (GDI)+1.1▲0.6+0.1▲0.7+0.8
国民総所得 (GNI)+1.4▲0.7+0.2▲0.6+1.3
名目GDP+2.0▲0.1+0.7▲0.2+1.8
雇用者報酬 (実質)▲0.4▲0.6+0.1+0.3+0.8
GDPデフレータ+3.7+5.2+3.9+3.4+3.0
国内需要デフレータ+2.7+2.5+2.1+2.3+2.4

上のテーブルに加えて、いつもの需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された4~6月期の最新データでは、前期比成長率がプラス成長を示し、灰色の在庫と黒の純輸出がマイナス寄与しているほかは、赤の消費をはじめとしてGDPの国内需要項目の多くのコンポーネントが軒並みプラス寄与しているのが見て取れます。

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まず、引用した記事にある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは前期比年率で+2.3%のプラスでしたから、予想レンジの上限が+3.0%とはいうことでしたので、やや上振れしたと私は受け止めています。季節調整済み系列の前期比伸び率で見て、GDP+0.8%増のうち、内需寄与度が+0.9%、外需寄与度が▲0.1%ですから、まあ、何と申しましょうかで、前期1~3月期から今期4~6月期への変化で見れば内需主導の成長といえます。また、外需のマイナス寄与についても、輸出入ともに伸びている中で、輸入の伸びが輸出を上回った結果としての純輸出のマイナス寄与です。内需では、特に、GDPコンポーネントとして最大シェアを占める消費が+0.6%の寄与を示しています。ただ、後のグラフで見るように、雇用者報酬が4~6月期は前期から見て増加したとはいえ、ここまで水準として低くなっている点には今後の先行きを考える上で注意すべきだろうと私は考えています。広く報じられている通り、1~3月期のマイナス成長の大きな要因であった自動車の品質不正問題に端を発する工場閉鎖や自動車の売行き不振から、4~6月期は反動によるプラス成長、と考えるべきです。従来から、私は日本経済が自動車のモノカルチャーに近い印象を持っていましたが、まさに、この私の印象を裏付ける形で悪い面が出てしまった気がします。今さらながらに、生産面での自動車産業のすそ野の広さや波及効果の大きさを実感し、需要面でも幅広い消費に及ぼす影響の強さを再認識させられた思いです。私自身としては、60歳の定年まで東京で公務員をしていて、公共交通の便利さから自動車とは縁遠く、逆に、住宅に同じような影響力の強さを感じていたのですが、やっぱり、自動車のモノカルチャーかもしれないと思い直しています。

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続いて、上のグラフはGDPデフレータ、消費デフレータ、国内需要デフレータのそれぞれの季節調整していない原系列データの前年同期比をプロットしています。影をつけた部分は景気後退期です。GDP統計の需要項目については季節調整済み系列の前期比や前期比年率で見るのに対して、伝統的に、デフレータ項目は季節調整していない原系列の前年同期比で見ることになっています。私には理由は不明ですが、あるいは、同じように季節調整していない原系列の前年同期比で見る消費者物価指数になぞらえているのかもしれません。ということで、上のグラフで見る通り、GDPデフレータで見たインフレは昨年2023年7~9月期にピークアウトしたようですし、消費デフレータや国内需要デフレータに基づくインフレは、さらにもう1四半期早い2023年4~6月期にピークアウトしているようです。ただ、GDPデフレータはまだ前年同期比+3.0%の上昇となっていますし、消費デフレータや国内需要デフレータでもまだ+2.4%のインフレです。日銀の物価目標は消費者物価指数(CPI)のうち生鮮食品を除くコアCPIで+2%ですから、計測基準が異なるとはいえ、物価上昇率は低下しているとはいえ、まだ、インフレは高止まりしていると考えるべきです。

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最後に、上のグラフは雇用者報酬の推移と非居住者家計の購入額、すなわち、インバウンド消費の推移をプロットしています。このそれぞれのグラフの傾きを見ると、消費を中心とする国内需要よりもインバウンドの方に先行き見込みがありそうな気がする人も少なくないかと思います。でも、グラフの縦軸をよく見てみれば理解がはかどるかもしれません。スケールがまったく異なるわけです。すなわち、2023年度に国内消費は322.9兆円、家計消費だけでも314.9兆円に達しています。最新データの4~6月期には国内の家計消費が72,719.9十億円に対して、インバウンドは1,527.7十億円にとどまっています。インバウンドは国内家計消費の2.1%にしか過ぎないわけです。もちろん、業種や地域性などさまざまな要因に左右されますが、マクロ経済政策として家計消費とインバウンドのどちらに重点を置くべきかということは明らかであろうと私は考えます。現在の岸田総理大臣が退陣することは広く報じられていますが、こういったマクロ経済政策の要点を理解する人に総理大臣になって欲しいと私は考えています。

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2024年8月14日 (水)

日本の総理大臣と米国大統領やいかに?

すでに広く報じられている通り、本日8月14日昼前に記者会見で岸田総理大臣が退陣する、すなわち、自民党総裁選に立候補しない考えを表明しています。
米国の11月の大統領選挙では、現職のバイデン大統領が民主党の指名投票から撤退し、ハリス副大統領が後継指名された上で、民主党の大統領候補に決まり、トランプ前大統領と米国大統領選挙でもデッドヒートを繰り広げています。
何分、私はエコノミストであって政治向きのお話は判りかねますが、日米両国民の選択を見守りたいと思います。

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4-6月期GDP統計速報1次QE予想を考える

必要な統計がほぼ出そろって、明日、4~6月期GDP統計速報1次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる1次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下のテーブルの通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である4~6月期ではなく、足元の7~9月期から先行きの景気動向を重視して拾おうとしています。いずれにせよ、詳細な情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
日本総研+0.5%
(+1.9%)
7~9月期の実質GDPも、内需主導で緩やかなプラス成長が続く見通し。春闘で妥結された賃上げの適用が広がることで、7~9月期には実質賃金が増加に転じると予想。所得環境の改善により個人消費が持ち直すほか、好調な企業収益を支えに設備投資も堅調に推移する見込み。
大和総研+0.6%
(+2.3%)
2024年7-9月期の日本経済は2四半期連続のプラス成長を見込んでいる。賃上げや定額減税による所得環境の改善や自動車の増産などが個人消費を押し上げよう。また、企業の高い投資意欲などを背景に設備投資も堅調に推移するとみられる。
個人消費は、持ち直しが加速すると予想する。2024年春闘賃上げ率は33年ぶりの高水準となったが、所定内給与に夏場にかけて反映されることや、定額減税が6~7月に集中して実施されることなどが所得環境を改善させるだろう。2年超にわたってマイナス圏で推移してきた実質賃金の前年比は、7-9月期にはプラスへと転じる見込みだ。また、国内の自動車生産体制がおおむね正常化したことで、今後は受注残に対応するための自動車の増産にも期待がかかる。受注残に相当する自動車のペントアップ(繰越)需要は、家計向けだけでも6月末で約25万台(約0.7兆円)と推計され、依然として高水準にある。
住宅投資は減少傾向が続くとみられる。住宅価格の高騰が続く中、持家を中心に軟調な推移が続く公算が大きい。
設備投資は増加が続くと予想する。日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(日銀短観)によると、6月調査時点における2024年度の設備投資計画(全規模全産業、除く土地、含むソフトウェア・研究開発)は前年度比+10.6%だった。6月調査時点としては比較的高水準を維持しており、企業の投資意欲は引き続き旺盛だ。2024 年度にはこれまで先送りしてきた更新投資や能力増強投資、人手不足に対応するための省力化投資などが徐々に発現しよう。デジタル化、グリーン化に関連したソフトウェア投資や研究開発投資も底堅く推移するとみられる。
公共投資は減少するとみられる。「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」の執行が下支えする一方、4-6月期に大きく増加した反動が表れよう。政府消費は医療費の増加などを受けて、小幅に増加するとみられる。 輸出は増加が続くと予想する。財輸出は、前述した自動車の増産やシリコンサイクルの回復局面入りなどを受けて増加しよう。サービス輸出は、インバウンド消費が堅調に推移する一方で、4-6月期に好調だった一部の業務用サービスにおける反動減などもあって減少するとみられる。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+0.7%
(+2.7%)
7~9月期も、海外経済減速が外需の重石になる一方で、個人消費や設備投資を中心に日本経済は回復が続く見通しだ。現時点で、年率+1%前半程度のプラス成長を予測している。
前述したとおり、高水準の賃上げ率を背景に、名目賃金(所定内給与)は夏場にかけて伸び率が一段と高まる可能性が高いことに加え、消費者物価については政府による「酷暑乗り切り緊急支援」を受けて電気代・ガス代の前年比上昇率が再び低下するため、実質賃金は改善に向かうことが見込まれる(9~10月頃には実質賃金は前年比プラスに転じると予測している)。夏のボーナスは高い伸びとなる見込みであるほか、政府による定額減税の効果も加わり、個人消費は増加傾向が継続すると予測する(なお、定額減税の効果については、減税分の2~3割が消費に回ると想定して2024年度GDPを0.1%程度押し上げると試算している。低所得世帯は相対的に限界消費性向が高いと考えられる一方、所得税の減税分を控除し切るまでに時間がかかるため、減税による効果が年度後半まで分散される点には留意が必要だ)。ただし、食料品等の身近な品目を中心とした物価上昇継続への懸念から家計の節約志5 向が高止まりすることが引き続き個人消費の回復ペースを下押しする要因になる見込みだ(例えば、旅行大手の調査によると、夏休みの総旅行者数(国内+海外)は前年比▲4.1%、総旅行消費額も前年比▲3.2%と減少が見込まれおり、旅行内容についても物価高が続く中で短日数・近場を志向する傾向が強まっている模様である)。
設備投資についても、前述したように2024年度の設備投資計画は堅調であり、資材価格高騰の一服等が先行きの押し上げ要因になるだろう。先行指標である機械受注(船舶・電力を除く民需)をみると4~5月は1~3月期平均対比でほぼ横ばい圏にとどまっているが、前述したように1~3月期が増加した反動が出た面もあるだろう。中期的な観点からは、中国・アジアの人件費上昇に伴う生産拠点としてのコスト優位性の低下、米中対立の深刻化・地政学的リスクの高まり(経済安全保障への関心の高まり)を背景としたグローバル・サプライチェーンの見直し、さらには近年の円安進行等が国内投資シフトを後押ししている面もあると考えられる。内閣府「企業行動に関するアンケート調査」(上場企業が調査対象)をみると、今後3年間の設備投資見通しは全産業で年度平均+6.8%と1990年(同+7.9%)以来の高い伸びとなっている。精密機械や輸送用機械等を中心に広がりつつある国内生産拠点の強化の動きが設備投資の持続的な押し上げ要因になろう。
一方、外需については当面力強い伸びは期待しにくい。海外経済の減速が引き続き財輸出の逆風になるだろう。米国経済は、個人消費や設備投資はいまだ堅調を維持しており、景気や雇用の大幅な悪化を伴う「ハードランディング」を懸念する状況ではないとみている。それでも、既往の金融引き締めの影響が企業部門(特に小売・レジャー・宿泊等の低生産性業種)を中心に徐々に顕在化することで、2024年後半にかけて緩やかな減速基調で推移すると予想している。家計部門についても、低所得層は高金利・インフレに加えて雇用環境の軟化が重石になり、個人消費が下押しされるだろう(7月地区連銀経済報告(ベージュブック)では「低所得層が低価格帯の小売業者を選ぶようになった」との報告もみられ、足元で消費者の価格志向は一段と高まっている模様である)。足元でハイテク株を中心に株価が急落していることも個人消費の下押し要因になり得るだろう。欧州経済については、7月のユーロ圏総合PMIをみると50.1と2か月連続で悪化しており、特に製造業の不振が継続している。先行きは、実質購買力の回復継続と利下げの影響を受けて年後半にかけて経済活動は徐々に回復に向かうとみられるものの、海外への生産拠点移管に伴うドイツを中心とした生産能力の低迷等を受けて、回復ペースは緩やかなものにとどまるだろう。7月の消費者信頼感は前月から小幅な改善にとどまり未だにコロナ禍前を下回る水準で低迷しており、長引く景6 気下振れ懸念が消費者マインドの重石になっているとみられる。さらに、中国経済は雇用・所得環境の低迷が個人消費を下押しする状況が続く見通しだ。現状は価格抑制を通じた輸出攻勢で内需の弱さを補う構図となっているが、EU・米国による対中輸入関税引上げ等の外圧やマージン圧縮による企業収益の悪化が輸出ドライブの減衰要因になるだろう。不動産不況の長期化も相まって、年後半も景気減速が続く見通しだ(なお、国家発展改革委員会・財政部による耐久消費財買い替え・設備更新の促進策拡大については既存財源を転用するものであり景気押し上げ効果は限定的であるとみられる)。こうした海外経済の動向を踏まえると、財輸出の力強い回復は当面期待しにくいだろう。
一方、インバウンド需要の回復は継続が見込まれる。夏場にかけて航空便数が拡大する見込みであり、円安傾向が継続すれば先行きも訪日外客数は緩やかな増加基調が続く可能性が高い。ただし、訪日外客数については、中国等からの訪日外客数は持ち直しの動きが継続しているものの全体としては増勢が徐々に一服しつつあるほか、一人当たり消費単価についても平均泊数(観光・レジャー目的)の縮小などを通じて高水準ながらも回復ペースが鈍化する可能性が高いだろう。
ニッセイ基礎研+0.8%
(+3.0%)
2024年4-6月期のプラス成長は、1-3月期の大幅な落ち込みの反動の側面が強く、景気が一進一退の状態から抜け出したとは言えない。日本経済の回復を確認するためには、7-9月期以降の動向を見極める必要がある。現時点では、7-9月期の実質GDPは6月に開始された所得税・住民税減税による可処分所得の増加が民間消費を押し上げることを主因として、前期比年率2%台後半のプラス成長を予想している。
第一生命経済研+0.6%
(+2.3%)
先行きについては、景気の緩やかな持ち直しを予想する。24年春闘での大幅賃上げが夏にかけて実際の給与に反映されることで、賃金上昇率は高まる可能性が高い。実質賃金も24年秋以降にはプラス転化が見込まれ、個人消費を取り巻く環境は徐々に改善するだろう。製造業部門の下押しが弱まることや底堅い企業収益を背景として設備投資も増加する可能性が高い。
もっとも、回復ペースはあくまで緩やかなものにとどまる。実質賃金はプラス転化するものの、物価の高止まりが続くことの影響で増加幅は抑制される可能性が高い。加えて、物価高の影響で消費マインドは停滞が続いており、実質賃金の増加や減税分の多くが貯蓄に回るリスクもある。コロナ禍からのリバウンドは既に終了していることもあり、消費の持ち直し度合いは限定的なものにとどまるだろう。景気は先行き改善を見込むも、加速感が出るには至らないとみている。
PwC Intelligence+0.5%
(+1.9%)
経済見通しを改定し、実質GDPは2024年度+0.1%、2025年度+0.8%を見込む。上記の2024年4-6月期GDP1次速報の予測、足元の経済状況に加えて、前回日本経済見通し第10号の出版後に公表された2024年1-3月期2次速報改定値の内容を含んでいる。2024年度は前回+0.5%から今回+0.1%へと0.4%ポイントの下方修正とした。要因の一つは輸出の減少である。
伊藤忠総研+1.0%
(+4.0%)
続く2024年7~9月期は、賃金上昇が一段と進む一方で物価上昇は鈍化、実質賃金が増加し、消費者マインドが改善、個人消費の拡大が加速しよう。設備投資は各種調査で今年度の強気の計画が確認されており、計画が実行に移されることで増加に転じる見込み。輸出は米国を中心に海外景気の減速が予想されるため伸び悩むものの、実質GDP成長率は内需主導で前期比プラス成長を維持すると予想する。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+0.2%
(+0.6%)
2024年4~6月期の実質GDP成長率(1次速報値)は、前期比+0.2%(前期比年率換算+0.6%)となり、2四半期ぶりのプラス成長に転じたと予想される。物価高によって節約志向が高まっているものの、一部自動車メーカーの品質不正問題によって停止していた自動車生産が回復したことに加え、賃金増加等による所得の改善を受けて個人消費が5四半期ぶりに前期比プラスに転じた可能性が高い。また、好調な業績を背景に企業の設備投資も増加したと考えられる。
三菱総研+0.5%
(+1.8%)
2024年4-6月期の実質GDPは、季節調整済前期比+0.5%(年率+1.8%)と、プラス成長転換を予測する。
明治安田総研+0.6%
(+2.5%)
先行きについては、賃金上昇に加え、秋口以降の物価上昇率鈍化に伴う実質所得のプラス転換が個人消費を押し上げると予想する。設備投資は、シリコン・サイクルの好転で半導体製造装置や半導体材料の増産のための投資需要増加が追い風になるとみる。一方、外需に関しては、当面軟調な推移が続くと見込む。インバウンドは引き続き下支え要因になるとみられるが、財輸出は中国景気が力強さを欠くことなどから低迷持続が見込まれ、2024年後半の日本景気の回復ペースは緩やかなものにとどまると予想する。

なお、テーブルにはありませんが、日経・QUICKが取りまとめた市場の事前コンセンサスは前期比年率で+2.3%と報じられています。テーブルを見れば明らかな通り、三菱リサーチ&コンサルティングがもっとも低い予想となっていて、それでも前期比+0.2%、前期比年率+0.6%のプラス成長と見込んでいます。もっとも高い成長を予想しているのは伊藤忠総研であり、年率で+4.0%となっています。私自身は直感的に前期比年率で+3%前後と考えています。ただし、今回の4~6月期にはほとんど影響はありませんが、金融政策が明らかに引締めに向かっていますし、為替相場も円高が続いていますので、金融政策の波及ラグを考えても、遅くとも年明けには金利引上げが成長率の重荷となるだろうと考えるべきです。もしも、今年中の12月とか、来年2025年早々に金利の再引上げがあれば、さらに先行き成長率の下押し要因となることはいうまでもありません。ただ、米国をはじめとする海外経済が景気後退を避けられるのであれば、すなわり、ソフトランディングに成功するのであれば、少なくとも、我が国が勝手に景気後退に陥ったとしても、経済へのダメージはそれほど大きくない可能性もゼロではありません。
最後に、下のグラフはニッセイ基礎研究所のリポートから引用しています。

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2024年8月13日 (火)

7月の企業物価指数(PPI)上昇率は+3%に達する

本日、日銀から7月の企業物価 (PPI) が公表されています。PPIのヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で+3.0%の上昇となり、先月6月統計からさらに上昇幅が拡大しました。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

国内企業物価、7月は前年比3.0%上昇に伸び加速 非鉄など寄与
日銀が13日に発表した7月の企業物価指数(CGPI)速報によると、国内企業物価指数は123.1となり、前年比3.0%上昇した。指数は比較可能な1980年以降で最高水準。非鉄金属などが押し上げ要因となった。伸び率は6月の2.9%から拡大し、2023年8月以来の大きな伸びが続いた。前月比では0.3%上昇だった。
ロイターがまとめた民間調査機関の予測中央値は前年比プラス3.0%だった。
前年比の上昇は41カ月連続。最も押し上げに寄与したのは「非鉄金属」で、前年比18.5%上昇。過去の銅・アルミニウム市況上昇の影響が反映された。
「電力・都市ガス・水道」は政府の電気・ガス価格激変緩和対策事業による値引きが終了した影響、飲食用品は原材料や包装資材、エネルギーなど諸コストの上昇を転嫁する動きで上昇した。
全515品目中、前年比で上昇したのは390品目、下落は105品目。日銀の担当者によると、今月は電気・ガス価格激変緩和対策事業終了などの影響を受けた電力・都市ガス、諸コストの上昇を転嫁する動きや天候不順などの影響が見られた農林水産物、食料品を中心に価格上昇がみられたという。

いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にもあるロイターによる予想でも、また、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、いずれも、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率は+3.0%と見込まれていましたのでジャストミートし、サプライズはありませんでした。国内物価の上昇幅が拡大した要因は、引用した記事にもある通り、政府による電気・ガスの補助金の影響です。6月検針分から補助金が半減し、7月検針分ではゼロとなっています。ただし、足元の8~10月には復活の予定です。また、輸入物価が2月から再び上昇に転じ、本日公表の7月統計では+10.8%の上昇と2ケタに達しています。引用した記事にもあるように、契約通貨ベースでの上昇を超えて円建て価格が上昇しています。ただし、原油価格の上昇も考慮すべきです。すなわち、企業物価指数のうちの輸入物価の原油価格の前年同月比を見ると、直近の7月統計では契約通貨建てで+9.2%、円建てで+22.2%の上昇と大きく値上がりしています。この差は円安に基づくということです。我が国では、金融政策を通じた需給関係などよりも、原油価格のパススルーが極端に大きいので、国内物価にも無視し得ない影響を及ぼしている可能性があります。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇率・下落率で少し詳しく見ると、電力・都市ガス・水道が7月には+6.7%と前月の横ばい±0%から大きく上昇に転じています。食料品の原料として重要な農林水産物も6月の+1.6%から7月は+4.0%と上昇幅を大きく拡大しています。したがって、飲食料品の上昇率も+2.6%と高止まりしており、ほかに、非鉄金属+18.5%が2ケタ上昇を示しています。ただし、石油・石炭製品は6月+4.6%から7月には+1.1%に上昇率を縮小しています。原油価格が大きな上昇を示している一方で、石油・石炭製品の価格の落ち着きは謎です。

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2024年8月12日 (月)

県立図書館に出かけた後ミスタードーナツでミニオンのドーナツで昼食

プールでひと泳ぎした後、今日の午後、我が勤務校よりもさらに山の上にある県立図書館に行って、マーク・コラジョバンニ & ピーター・レイノルズ『挫折しそうなときは、左折しよう』(光村教育図書)を借りてきました。
帰り道で、ショッピングモールに入っているミスタードーナツで遅めの昼食にします。昨年はポケモンとのコラボだったのですが、今年はミニオンのようです。昨年は、大学の同僚からポケモンのうちのピカチュウの写真を送りつけられましたので、コダックでお返ししておきましたので、今年は私の方が先手を打って、このミニオンの写真を送っておきました。ピカチュウ、コダック、ミニオンぜんぶ黄色だという気がします。

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2024年8月11日 (日)

新券に巡り合わないまま1か月を経過

広く知られているように、先月、日銀券、すなわち、紙幣が新しくなりました。新券です。しかし、私は未だにほとんど新券に巡り合っていません。新しい1000円札を一度お釣りで受け取ったことがあるだけで、ATMでも、買い物をしたお釣りでも、まったく新券を見ていません。信憑性薄いとは思いますが、日銀支店がないので県内に新券が出回らない、という説もあります。でも、関西では京阪神しか日銀支店がないので、奈良や和歌山でも新券の出回りが遅いんでしょうか。よく判りません。参考まで、日銀支店と事務所などの所在地です。日銀のサイトから引用しています。ちなみに、東京には支店があありませんが、本店があるからなんだろうと思います。

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2024年8月10日 (土)

四条木屋町の熱帯食堂で夕食

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昨夜、京都は四条木屋町にある熱帯食堂に行って夕食でした。私が頼んだのは、手前に写っているガドガドとナシゴレンでした。
店内ではインドネシア語が飛び交っていました。私はインドネシア語である、ということは理解しましたが、何をしゃべっているのかは理解できませんでした。
私が修士論文を指導しているインドネシア人院生とカミさんと私の3人です。院生は9月には学位を取得して卒業する予定です。

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今週の読書は経済経営書のほか計4冊にとどまる

今週の読書感想文は以下の通り4冊です。
8月に入って、年1本の論文を書くために参考文献をかなり大量に読み始めました。全部を完読しているわけではなく、サマリと結論部分だけで勝負している論文も少なくないのですが、それでも40本近い論文をリストアップしていて、たぶん、全部で参考文献は100本を超えると思います。ほとんどが英文論文ですので、まあ、サマリと結論だけでもそれなりの時間がかかるわけです。
ということで、今年の新刊書読書は1~6月に160冊を読んでレビューし、7月に入って計20冊をポストし、合わせて180冊となります。目標にしているわけでも何でもありませんが、年間300冊に達する勢いかもしれません。なお、Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。それから、この読書感想文のほかに、クイーン『ダブル・ダブル』を読みました。というのは、新刊書の『境界の扉-日本カシドリの秘密』の予約が回ってきそうで、これに先立つ『フォックス家の殺人』と『10日間の不思議』はすでに読んでいるのですが、『ダブル・ダブル』と『靴に棲む老婆』を新訳で読んでおこうと考えています。Facebookやmixiでレビューする予定です。たぶん、来週は『靴に棲む老婆』を読むのだろうと思います。

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まず、デロイト・トーマツ・グループ『価値循環が日本を動かす』『価値循環の成長戦略』(日経BP)を読みました。著者は、会計に軸足を置く世界的なコンサルティング・ファームです。2冊とも、「価値循環」というキーワードを設定していますが、『価値循環が日本を動かす』の方は一般的なマクロ経済分析も含めた日本経済の概観を捉え、昨年2023年3月の出版です。そして、『価値循環の成長戦略』の方は、本来の、というか、何というか、企業向けの成長戦略のような指針を示そうと試みています。どちあも、キーワードの「価値循環」のほかに、お決まりのように「人口減少」を日本経済停滞の原因に据えています。まあ、私も反対はしません。企業経営者から見れば、ある意味で、私のようなエコノミストは気楽なもので、GDPの規模が人口減少に応じて縮小しても、国民の豊かさである1人当たりGDPが増えていればOKであろう、という考えが成り立ちます。すなわち、GDPが成長しなくても、例えば、ゼロ成長の横ばいであっても、人口が減れば自動的に1人当たりGDPは増加します。GDPが縮小するとしても、人口減少ほどの減少率でなければ、これまた、1人当たりGDPは増加します。しかし、企業経営者からすれば、従業員1人当たりの売上が伸びているというのは評価の対象にはならないそうです。というのは、企業の経営指標はあくまで資本金とか資産当たりの売上とか利益であって、人口減少と歩調を合わせて資本金や資産が減少するわけではありません。資本金は自社株買いにより減少させることが可能ですが、企業資産、あるいは、そのうちの資本ストックは増加する一方です。ですので、企業業績もそれに従って増加させないといけないわけです。ということで、まず、『価値循環の成長戦略』において、価値循環の基本的な枠組みとして、4つのリソース、すなわち、ヒト、モノ、データ、カネを効果的に循環させる必要があると説きます。代表例として、ヒトの循環として、交流型人材循環、回遊型人材循環、グローバル型人材循環の3つ、モノの循環として、リペア・リユース・アップサイクルと地域集中型資源循環の2つ、データの循環として、顧客志向マーケティング、デマンドチェーンの構築、地域コミュニティの構築の3つ、カネの循環として、社会課題解決型投資とスタートアップ投資の2つをそれぞれ上げています。詳細は読んでいただくしかありませんが、社会課題解決型投資の一例として、気候変動に対処し1.5℃目標を達成することによる経済効果は388兆円と試算していたりします。続いて、『価値循環の成長戦略』では、4つのリソースを循環させる壁を取り払う点にも重点が置かれます。組織間の壁や意識や思い込みの壁としての「新品崇拝」などです。また、高成長企業の分析から、売上を数量×単価に分解し、共通化による頻度向上に基づく数量効果を得るためのライフライン化、そして、差異化による高価格化を得るアイコン化、そして、その中間を行くコンシェルジェ化の3つの成長戦略の方向を示します。それを実際に適用する市場として、7つの成長アジェンダを掲げます。すなわち、モビリティ、ヘルスケア、エネルギー、サーキュラーエコノミー、観光、メディア・エンターテインメント、半導体、となります。これも詳しくは読んでいただくしかありません。最後に、私の方から2点だけ指摘しておきたいと思います。まず第1に、いつもの主張ですが、こういったコンサルティングについてはどこまで再現性があるのかが不明です。本書に書いてあることは、成功企業からの抽出例で、それはそれでいいのですが、すべてのリンゴは木から落ちる一方で、本書の成功企業の実践例を試みたすべての企業が成功するかどうかは不明です。第2に、本書でも何度か指摘されている人材についてですが、私が従来から指摘しているのは、全体的な人的資本のレベルアップもさることながら、特に重要な3分野の人材、すなわち、グローバル人材、デジタル人材、グリーン人材の重要性です。そして、これらの人材が首都圏、特に東京に偏在していることの良し悪しを考える必要があります。私は東京で国家公務員として60歳の定年まで勤務していて、これらのグローバル人材、デジタル人材、グリーン人材は日本にはいっぱいいると考えてきました。でも、関西も京阪神から外れる地で暮らすと、大学教員にすらこういった人材が十分ではない恐れを感じています。東京にこういった人材が集中していることをどう評価するかについては、私自身でも今後もっと考えますが、少なくとも、東京以外にはグローバル人材、デジタル人材、グリーン人材が大きく不足している点は忘れるべきではありません。

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次に、染井為人『黒い糸』(角川書店)を読みました。著者は、『悪い夏』で第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞して作家デビューしています。ですので、ミステリ作家であろうと思います。本書も基本的にミステリであるのですが、横溝ばりにとても怖いお話に仕上がっています。舞台は主として千葉県松戸市です。はい、私もジャカルタから帰国した直後に何年か住んでいたことがあり、それなりに土地勘はあるのですが、もちろん、地理に詳しい必要はまったくありません。ストーリーは交互に2人視点から進められます。すなわち、松戸の結婚相談所でアドバイザーとして働くシングルマザーの平山亜紀とその息子である小太郎が通う旭ヶ丘小学校の6年のクラス担任の長谷川祐介です。時期は、小学6年生が卒業を控えた年明けから卒業式のある3月くらいまでなのですが、実は、この小学校ではその前年にクラスメイトの小堺櫻子という女児が失踪するという事件が起きていて、事件後に休職してしまった担任に替わって長谷川祐介が小太郎のクラスの担任を引き継いでいます。当然ながら、失踪した女児の両親から小学校へのプレッシャーは大きいといえます。平山亜紀の方の結婚相談所などに関連する主要登場人物は、DVが理由で別れた元夫とともに、なかなか成婚に至らない女性会員がいて、強いプレッシャーを受けていたりします。職場の同僚には土生謙臣がいて、この女性会員の担当を引き継いでくれます。ただ、結婚相談所の所長はそれほど業務上で頼りになるわけではありません。長谷川祐介の周辺や小学校サイドの主要登場人物は、まず、小学6年生のクラスの倉持莉世で、母親が熱心な信者という宗教2世かつ父親は左翼という複雑な家庭に育ちながら、とても大人びた考えをするしっかりものでクラス委員です。それから、長谷川祐介と同居している兄はたぶんポスドクで遺伝に詳しいという設定です。小堺櫻子に続く被害者は倉持莉世で、殺害されるわけではなく襲撃されて意識不明の重体で入院することになります。そして、小堺櫻子が行方不明になった際も、倉持莉世が襲撃された際も、どちらも直前までいっしょに行動していたのはクラスメイトの佐藤日向なのですが、倉持莉世は新たに担任になった長谷川祐介に対して襲撃される前に「小堺櫻子の事件の犯人は佐藤日向の母親の聖子」といわれたりしていました。何とも、やりきれない驚愕の真相でした。まあ、こういう結末もアリなのかと思いますが、小説中でもそうですが、ワイドショーでいっぱい取り上げられるのは当然な結末という気もします。ただ、意外性という観点からはとってもいい小説でした。小説の舞台となっている季節は冬から春先なのですが、この酷暑の季節に読むにふさわしいホラー調のミステリであり、最後はサスペンスフルな展開が待っています。本書がよかっただけに、デビュー作の『悪い夏』を読んでみたいと思います。強く思います。

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次に、三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)を読みました。著者は、文芸評論家だそうです。本書では、タイトル通りの問いに対して回答を試みています。ただ、歴史的にかなりさかのぼって、日本が近代化された明治維新からの読書について考察しています。すなわち、江戸期までは出自によって職業選択や立身出世が決まっていたのに対して、近代化が進んだ明治期から出自ではなく、教育、広い意味で職業訓練も含めた自己研鑽が職業選択や立身出世の大きな要因になり、その結果として、もともと日本では識字率が高かったわけですから、読書が盛んになった、と説き起こします。図書館が整備され、さらに、昭和期に入って改造社の円本「日本文学全集」が大いに売上げを伸ばしたりする経緯を解説します。そして、戦後になって、1950年代から教養ブームが始まり、文庫本や全集の普及、さらに、60年代に入って、源氏鶏太によるサラリーマン小説の流行、カッパ・ブックスなどの実用的な新書の登場などを概観し、ハウツー本や勉強術のベストセラーを紹介し、本が階級から開放され、広く読まれるようになった歴史的経緯を明らかにします。1970年代に入ると司馬遼太郎の本がブームになり、まさに代表作のひとつである『坂の上の雲』のように、国としての日本と自分自身の発展・成長のために読書も盛んとなります。ただ同時に、1970年代にはテレビ、特にカラーテレビも大いに普及し、読書の時間が削られるような気もするのですが、逆に、「テレビ売れ」の本もあったそうです。まあ、今もあるような気がします。さらに、首都圏や近畿圏では通勤時間が長くなり、電車で文庫本をよく習慣もできつつあったと指摘しています。1980年代には、ややピンボケ気味の解説ながら、カルチャーセンターに通う女性が増え、『サラダ記念日』や『キッチン』といった女性作家の作品が売れた、と解説しています。繰り返しになりますが、このあたりはややピンボケの印象で、私は少し疑問を感じないでもありません。1990年代はさくらももこと心理テストから概観し始め、私としてはピンボケ度がますます上がったようで心配したのですが、バブル経済の崩壊を経て、自己啓発書が売れたり、政治の時代から経済の時代へ入ったりといった経済社会的な背景を強調します。そして、読書は労働に対するノイズであると指摘し、ただ、自己啓発書はこのノイズを取り去る働きをすると主張しています。2000年代に入って、労働や仕事で自己実現、というのがキーワードになり、仕事がアイデンティティになる時代を迎えたと主張しています。私は、前からそうではなかったのか、という気もします。そして、本書の本題としては、インターネットの普及や仕事の上でのITCの活用などが急速に進んだ2000年代からインターネットは出来るが、読書はしないという流れが始まったということのようです。2010年代になり、1990年代から始まっていた新自由主義的な流れが強まって、ますます労働者に余裕がなくなった、という流れで本が止めなくなったと結論しています。このあたりは、長々とレビューしてしまいましたが、本書p.239にコンパクトなテーブルが掲載されています。終章では「半身社会」を推奨して、全身全霊をやめようと主張し、最後のあとがきで働きながら本を読むコツをいくつか上げています。私の感想ですが、読書という行為と日本の経済社会における勤労や立身出世を結びつけtなおは、当然としても、いい着眼だったと思います。ただ、インターネットがここまで普及した世の中で、読書が何のために必要なのかをもう少しじっくりと考えて欲しかった気がします。それだけに、やや上滑りの議論になってしまったかもしれません。

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2024年8月 9日 (金)

リクルートによる「2024年度 最低賃金改定の影響に関する調査レポート」を読む

一昨日8月7日に、リクルートのジョブズリサーチセンターから「2024年度 最低賃金改定の影響に関する調査レポート」が明らかにされています。
最低賃金については、広く報じられている通り、7月24日、中央最低賃金審議会にて引上げ額の目安が50円と答申されています。よく知られている通り、10月1日から改定された最低賃金が適用されることになります。こういった動きを受けて、想定される最低賃金を下回る可能性がある求人割合を6月時点でリクルートが調べた結果をリポートに取りまとめています。私も、リクルートの「アルバイト・パート募集時平均時給調査」を利用して非正規雇用の賃金の感触を掴んでいますが、まさに、こういったデータを基にした調査リポートとなります。結果として、最低賃金改定の引上げ額の目安が50円と例年に比べてやや大きかったものですから、今年度2024年度は全体としては39.9%の求人が想定される最低賃金を下回る可能性がある、との結論を得ています。
都道府県別には、大阪府が50.3%、神奈川県が50.1%、と過半数の求人が想定される最低賃金を下回ると考えられているほか、広島県48.8%、兵庫県48.7%、北海道47.6%などが高率となっています。下のグラフはリクルートのリポートから引用していますが、職種別では「販売・サービス系」で48.2%ともっとも高く、「フード系」43.1%、「製造・物流・清掃系」35.7%、の3職種で30%を超えています。

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私は早いタイミングで最低賃金を1500円以上に引き上げるべきであると考えていますが、今年度の50円の最低賃金引上げのインパクトもそれなりに大きいと受け止めています。保守的なエコノミストは、こういった最低賃金の引上げにより雇用が失われる、とホントに考えているのでしょうか?

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2024年8月 8日 (木)

2か月連続で上昇した7月の景気ウォッチャーと大きな黒字が続く6月の経常収支

本日、内閣府から7月の景気ウォッチャーが、また、財務省から6月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から+0.5ポイント上昇の47.5となった一方で、先行き判断DIも+0.4ポイント上昇の48.3を記録しています。また、経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+1兆5335億円の黒字の黒字を計上しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから記事を引用すると以下の通りです。

街角景気7月は0.5ポイント上昇、2カ月連続プラス 判断は維持
内閣府が8日に発表した7月の景気ウオッチャー調査は現状判断DIが47.5となり、前月から0.5ポイント上昇した。インバウンド需要や夏休みシーズンの旅行・観光が景況感を押し上げている一方、物価高が押し下げ要因となっている。猛暑は好悪両面に影響が出ている。
現状判断DIは2カ月連続で上昇したが、景気判断は「緩やかな回復基調が続いているものの、このところ弱さがみられる」で維持した。伸びが小幅だったことなどを踏まえた。
指数を構成する3部門はいずれも上向き。家計動向関連DIは0.2ポイント上昇の47.2、企業動向関連は1.4ポイント上昇の48.7、雇用関連は0.9ポイント上昇の47.1となった。
回答者からは「インバウンドの増加や夏休みに伴う需要により高稼働が続いている」(近畿=都市型ホテル)、「タオルの店頭販売が最も多くなる時期であり、今年も順調。特にインバウンド向け、土産品として手軽に購入できる小物の発注が多い」(四国=繊維工業)といったコメントが出ていた。
一方、「商品、サービスの値上がりが続き、節約志向がさらに強まっている」(東北=スーパー)、「用紙、インク代などの消耗資材価格が高騰。受注率も低下している(南関東=出版・印刷・同関連産業)との指摘もあった。
猛暑は、エアコンやアイスクリームなど季節商材の販売に追い風。定額減税やボーナス商戦で高額の耐久消費材の売れ行きもいいという。もっとも、気温が高くなったことで外出を控える動きなどマイナス面の影響もある。
2-3カ月先の景気の先行きに対する判断DIは前月から0.4ポイント上昇の48.3と、2カ月連続で上昇した。内閣府は先行きについて「価格上昇の影響などを懸念しつつも、緩やかな回復が続くとみている」とした。
調査期間は7月25日から31日。
経常収支6月は1兆5335億円の黒字、予想下回る黒字幅
財務省が8日発表した国際収支状況速報によると、6月の経常収支は1兆5335億円の黒字だった。ロイターが民間調査機関に行った事前調査の予測中央値は1兆7897億円程度の黒字で、公表された黒字幅は予想を下回った。
経常収支のうち貿易収支は黒字幅を拡大した。貿易収支を含む貿易・サービス収支は1805億円の黒字に転じた。第1次所得収支の黒字は1兆4737億円で、前年同月からは黒字幅を縮小した。第2次所得収支は1207億円の赤字だった。
併せて発表した2024年1月から6月までの暦年上期の経常黒字は12兆6817億円に積み上がった。

やや長くなりましたが、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気ウォッチャーのグラフは下の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしており、色分けは凡例の通りです。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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景気ウォッチャーの現状判断DIは、昨年2023年年末11~12月から今年2024年2月まで50を超える水準が続いていましたが、5月統計で45.7の底となった後、6月統計では47.0、本日公表の7月統計では47.5に上昇しています。長期的に平均すれば50を上回ることが少ない指標ですので、現在の水準は決して低くない点には注意が必要です。引用した記事にもあるように、7月統計では家計動向関連・企業動向関連・雇用関連の3部門ともに上昇しています。家計動向関連では、飲食関連では前月から低下し、小売関連も前月から横ばいでしたが、サービス関連と住宅関連は前月から上昇しています。小売関連は先行き判断DIもさらに落ちると予想されていて、インフレの影響がまだ残っているのか、猛暑で出歩かない影響も含めて、賃上げや定額減税の効果がまったく見られない印象です。企業動向関連では、家計部門での飲食関連や小売関連の停滞にもかかわらず、非製造業が前月から+2.5ポイント上昇したものの、製造業が▲0.2ポイント低下し、企業動向関連として+1.4ポイントの上昇を示しています。ただし、先行き判断DIでは製造業・非製造業ともに上向きの方向が予想されています。引用した記事にあるように、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「緩やかな回復基調が続いているものの、このところ弱さがみられる」で据え置いています。先行きについては、猛暑効果や定額減税への期待が見られると考えるべきです。
また、内閣府のリポート「景気の現状に対する判断理由等」の中から、百貨店業界で定額減税や賃上げに言及したものを取り上げると、「今月の売上はほぼ前年どおりで推移しているが、前年と比較して土曜日、日曜日がそれぞれ1日少ないため、やや下回る見通しである。天候の影響もあるが、買上客数が減少していることが要因である。4月からの再エネ賦課金引上げによる電気代の値上げなどにより客の節約志向がより一層強まっており、6月実施の定額減税効果もみられない(東京都)」といった見方がある一方で、「定額減税の実施やボーナス支給額の増加などの影響で、週末の客の動きが活発になっており、特に高額商品が好調である(東北)」といった見方もあり、私の直感的な印象ながら現在や賃上げは効果が小さい、といった意見が多かった気がします。

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続いて、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。引用した記事にもある通り、市場の事前コンセンサスは経常黒字は+1.8兆程度の黒字でしたので、実績の+1兆5335億円は予想をやや下回ったものの、大きなサプライズはありませんでした。6月時点では円安が進んでいましたので経常黒字が大きく膨らんでいます。しかし、貿易収支は季節調整済みの系列で見ると相変わらず赤字を計上しており、円安にもかかわらず赤字が縮小したにとどまっています。もちろん、経常収支にせよ、貿易収支にせよ、たとえ赤字であっても何ら悲観する必要はなく、資源に乏しい日本では消費や生産のために必要な輸入をためらうことなく、経常赤字や貿易赤字は何の問題もない、と私は考えていますので、付け加えておきます。加えて、先月7月2日に「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」報告書が公表されていますが、国際収支や経常収支に関して、それほど騒ぎ立てる必要もないと私は受け止めています。

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2024年8月 7日 (水)

自動車の認証不正を受けて6月の景気動向指数は大きく悪化

本日、内閣府から6月の景気動向指数が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数は前月から▲2.6ポイント下降の108.6を示し、CI一致指数も▲3.4ポイント下降の113.7を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから報道を引用すると以下の通りです。

景気一致指数6月3.4ポイント低下、生産減で4カ月ぶりマイナス
内閣府が7日発表した6月の景気動向指数速報(2020年=100)は、景気の現状を示す一致指数が前月比3.4ポイント低下の113.7と4カ月ぶりにマイナスとなった。基調判断は「下げ止まりを示している」との前月表現を据え置いた。
<マイナス幅コロナ禍2020年5月以来>
一致指数のマイナス幅はコロナ禍の2020年5月(7.3ポイント低下)以来の大きさ。指数構成する鉱工業生産や鉱工業生産出荷、卸売販売額などの指数が低下した。自動車認証不正による減産や半導体製造装置の輸出減など多くの業種での減産が響いた。
景気の先行きを示す先行指数も前月比2.6ポイント低下の108.6と2カ月ぶりに悪化した。マイナス幅は2020年4月(7.5ポイント低下)以来の大きさ。鉱工業用生産財在庫率や最終需要財在庫率、新設住宅着工床面積などが下押しした。自動車および関連部品の減産で自動車用ライトなどの在庫率が悪化した。

いつもながら、コンパクトかつ包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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6月統計のCI一致指数は4か月ぶりのの下降となりました。加えて、3か月後方移動平均の前月差も▲0.17ポイントの下降へと転じ、7か月後方移動平均の前月差も▲0.16ポイント下降しています。3か月後方移動平均は3か月ぶり、7か月後方移動平均は2か月振りの下降となりました。統計作成官庁である内閣府では基調判断を、先月5月統計で「下方への局面変化」から「下げ止まり」に上方改定していますが、今月も「下げ止まり」で据え置いています。なお、細かい点ながら、上方や下方への局面変化は7か月後方移動平均という長めのラグを考慮した判断基準なのですが、改善からの足踏みや悪化からの下げ止まりは3か月後方移動平均で判断されます。いずれにせよ、私は従来から、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そうすぐには日本経済が景気後退局面に入ることはないと考えていて、やや楽観的な見方かもしれませんが、最近の株式市場の動きは、逆に、米国が景気後退に陥る可能性が大きくなったので、日本株も落ち気味となっている、ということができようかと思います。加えて、景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありませんし、急速に進んだ円高の経済へ影響も考慮する必要があるのは当然です。
CI一致指数を構成する系列を前月差に対する寄与度に従って詳しく見ると、投資財出荷指数(除輸送機械)が▲1.16ポイント、生産指数(鉱工業)が▲0.66ポイント、鉱工業用生産財出荷指数が▲0.63ポイント、耐久消費財出荷指数も▲0.55ポイント、といった鉱工業生産・出荷に関係する系列が大きなマイナスの寄与であったほか、商業販売額(卸売業)(前年同月比)も▲0.56ポイントの寄与を示しています。引用した記事にもある通り、自動車産業の認証不正による減産が大きく影響していると考えられます。他方で、商業販売額(小売業)(前年同月比)は+0.12ポイントとわずかながらプラスの寄与を示しています。

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夏の高校野球開会式を見る

8時半からNHKで夏の甲子園高校野球、すなわち、第106回全国高等学校野球選手権大会の開会式を30分ほど見ていました。繰り返しになりますが、私はパリ五輪はそれほど大きな興味もなく、むしろ、甲子園の高校野球の方を関心高く見ています。
開会式で近畿勢の入場が始まって、奈良県の智弁学園のあたりから足並みが乱れているようにも見えて、いかにも関西人らしいという気がしないでもなかったのですが、京都代表京都国際高校の次が、滋賀県を飛ばして三重代表の菰野高校が入場してきたときはやや驚きました。特に、ご紹介はありませんでしたが、佐賀代表の有田工業高校とともに滋賀代表の滋賀学園高校は開会式直後の第1試合のために最後に回されたんだろうと思います。どうせ、ずっと待たされていてそう対して条件が大きく変わるわけではないのでしょうが、何となく、気を遣ってもらっているという気休めにはなるような気もします。まあ、ひねくれたジーサンの見方かもしれません。

昨日に引き続いて、
がんばれ高校球児!

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2024年8月 6日 (火)

明日から夏の甲子園高校野球が開幕

明日8月7日から第106回全国高等学校野球選手権大会が甲子園で始まります。下の朝日新聞号外の画像は、8月4日の組合せ抽選の結果です。

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真夏の炎天下、事故のないように願っています。
がんばれ高校球児!

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韓国経済に関する高齢化と移民受入れの分析

先月2024年7月にピーターソン国際経済研究所(PIIP)から、主として韓国経済の分析なのですが、移民を受け入れないと経済停滞を招く、という趣旨の Migration or Stagnation: Aging and Economic Growth in Korea Today, the World Tomorrow と題するワーキングペーパーが明らかにされています。まず、引用情報は以下の通りです。

続いて、論文のAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
South Korea faces an unprecedented economic crisis driven by rapid population aging, as it approaches a future of negative economic growth. This paper examines the full range of possible policy responses with the potential to restore dynamism to the Korean economy. Contrary to many prior analyses, I find that enhanced labor migration to Korea is necessary, sufficient, and feasible. Migration is necessary because in the best forecasts we have, no other class of policy has the quantitative potential to meaningfully offset aging. Migration is sufficient because enhanced temporary labor migration by itself would offset most of Korea's demographic drag on growth over the next 50 years. And migration is feasible because the levels of migration and timescale of the transition would resemble that already carried out by Malaysia and Australia. Many advanced economies will follow in Korea's demographic footsteps in decades to come, and have much to learn from the decisions that the Korean government makes now.

このAbstractにもあるように、今後50年の経済成長について分析を加えており、移民を受け入れない場合の経済的損失の推計をしています。私が「オヤっ」と思ったのは、韓国とともに推計されている日本の経済的損失が意外と小さい点です。

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上のグラフは、ワーキングペーパーから Figure 15: Loss of Income per Citizen due toAging, without Immigration: Korea compared to selected peer countries, 2024-2072 を引用しています。見れば明らかですが、約50年間で韓国は移民を受け入れなければ高齢化により市民1人当たりで▲20%超の経済的ロスを被ります。もっとも、OECD加盟国平均で▲10%近い経済的損失がありますし、米国も例外ではありません。ただ、日本についてはOECD平均よりも大きな高齢化による経済的損失を生じるものの、ドイツ、イタリア、スペイン、あるいは、中国よりも小さいと推計されています。日本は急速な高齢化により経済的損失が大きい、したがって、何らかの対策、移民とはいわないとしても、何らかの高齢化対策が必要といわれてきましたが、意外な推計結果ではなかろうか、と私は受け止めています。

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2024年8月 5日 (月)

「経済財政白書」を読む

先週金曜日8月2日に「経済財政白書」が公表されています。副題は「熱量あふれる新たな経済ステージへ」とされています。もちろん、pdfでもアップロードされています。まず、章立ての構成は以下の通りです。

第1章
マクロ経済の動向と課題
第1節
実体経済の動向
第2節
デフレに後戻りしない経済構造の構築
第2章
人手不足による成長制約を乗り越えるための課題
第1節
高まる人手不足感と企業部門の対応
第2節
労働移動に係る現状と課題
第3節
我が国における外国人労働者の現状と課題
第3章
ストックの力で豊かさを感じられる経済社会へ
第1節
家計の金融資産投資構造の現状と課題
第2節
住宅ストックの展望と課題
第3節
高齢者就業の現状と課題~知識と経験のストック活用に向けて~

全文で400ページをはるかに上回るボリュームですので、すべてに目を通すのは少し時間かかるような気もしますが、取りあえず、2点だけ図表を引用しつつ簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、上のグラフは「経済財政白書」p.110から、第1-2-20図 仕入価格判断DIと販売価格判断DIの関係 を引用しています。横軸には仕入れ価格判断DI、縦軸には販売価格判断DIが、それぞれ取られています。業種別に、加工系製造業、素材系製造業、非製造業に分割されていますが、いずれも、デフレ期には単純に下方シフトしているだけでなく、縦軸の切片が低下するとともに、傾きも緩やかになっています。最近時点の2020年以降では、デフレ期の状態からデフレ前の状態に戻ってきているのが見て取れます。これは、価格転嫁がデフレ以前に戻りつつあると考えられます。加えて、グラフは引用しませんが、サービス業でも人件費が販売価格に転嫁されつつあると結論されています。

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次に、上のグラフは「経済財政白書」p.294から、第3-3-4図 主要国の高齢者の労働参加率 を引用しています。第2章で人手不足による成長制約を分析した後、第3章では金融資産や住宅ストック、さらに、労働における高齢者などの知識と経験のストックを論じていますが、私が従来から主張しているように、日本ではすでに高齢者雇用がかなり進んでおり、韓国はともかく、主要な先進国の中では我が国の65-74歳の高齢者の労働参加率は際立って高い点を忘れるべきではありません。この高齢者の労働参加率の高さの背景には、高齢者の就業意欲の高さとともに、「経済財政白書」では決して指摘しませんが、所得の不足、生活の貧しさが一定の影響を及ぼしている可能性も否定できません。

今朝、銀行のATMで預金を引き下ろすと、初めて新券が出てきました。昨日の夕立では、スーパーのレジで支障が出て、電卓で計算して現金払いのみ、というところがあったように聞き及んでいます。さすがに法貨 legal tender は強い、と感じてしまいました。

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2024年8月 4日 (日)

パリ五輪には本校在学生や卒業生も出場

7月26日の開会式から始まったパリ五輪もたけなわ、残すところ後1週間となっています。オリンピックに引き続いて8月下旬からパラリンピックも開催されます。
私自身は、ほぼほぼオリンピックやパラリンピックには興味なく、ニュースのダイジェストで拝見するくらいです。もっとも、来年2025年の大阪万博はもっと関心なかったりします。

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そういった中で、パリ五輪には私の勤務校の在学生や卒業生が何人か出場していたりします。キャンパスにも応援の立て看があったりします。上の写真は、競歩で出場する3年生の柳井綾音選手をクローズアップしています。卒業生からも、セーリング、ホッケー女子、100mハードルの陸上競技、男子サッカーにそれぞれ出場するようです。以下のサイトの通りです。

オリンピックやパラリンピックには関心薄いながら、
がんばれ立命館大学!

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2024年8月 3日 (土)

8月最初の今週の読書は小説ばかりで計7冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
何と、経済書や教養書はまったくなく、小説ばかりで計7冊です。新訳の『老人と海』や新版の『百年の孤独』も読みました。
今年の新刊書読書は1~7月に186冊を読んでレビューし、8月に入って今週は7冊を取り上げたので、合わせて193冊となります。目標にしているわけでも何でもありませんが、年間300冊に達する勢いかもしれません。なお、Facebookやmixiのブックレビューなどでシェアする予定です。

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まず、夕木春央『サロメの断頭台』(講談社)を読みました。著者は、ミステリ作家です。現代モノの『方舟』で注目され、続く『十戒』は、私にはピンと来ませんでしたが、本書は大正時代を舞台とし、蓮野と井口のコンビを主人公とするシリーズです。ハッキリいって、私が高く評価する方のシリーズといえます。知っている人は知っていると思いますが、蓮野がホームズの役回りで探偵として謎解きをこなし、井口がワトソン役でストーリーは主として井口の視点から記述されます。あらすじは、その昔に井口の祖父が購入した置き時計を買い戻す件で、来日していたオランダ生まれで米国在住の大富豪のロデウィック氏から、井口の未公表の作品とそっくりな絵画を米国で見たと知らされます。井口が所属する芸術家グループである白鷗会のメンバーによる組織的な贋作政策の疑いがかかる中で、その問題の井口の作品のモデルとなった舞台女優が演じたワイルドの戯曲「サロメ」に見立てた連続殺人事件が起こります。ミステリですので、あらすじはここまでとします。謎解きは2段階に設定されていて、まず、殺人者は誰なのかの whodunnit があり、そのバックグラウンドとなる動機 whydunnit も、ともに蓮野が解明します。私は頭の回転が鈍いので、whodunnit も whydunnit も考えもつきませんでしたが、おそらく、後者のほうが謎、というか謎やその背景となる闇が深そうな気がします。とても大がかりで複雑なプロットの連続殺人であると感じましたし、ラストは凄惨です。タイトル通りに断頭台=ギロチンも登場したりします。

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次に、東野圭吾『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』(光文社)を読みました。著者は、日本でも有数の売れっ子のミステリ作家であり、湯川教授を主人公とするガリレオのシリーズが有名なのですが、本書は米国でも活躍したという元マジシャンの神尾武史を主人公とするシリーズ第2弾です、ちなみに、第1弾は『ブラック・ショーマンと名もなき街の殺人』でした。コチラも私は読んでいます。前作が長編であったのに対して、本書は6話からなる短編集です。主人公の神尾武史は恵比寿の近くで「トラップハンド」というバーのマスターをしています。前作でも登場した姪の神尾真世も随所に登場しますが、ややソンな役回りをさせられています。収録順にあらすじを紹介します。まず、神尾武史がマスターを務めるバーの名と同じ「トラップハンド」では、第6話でも登場する陣内美菜は婚活サイトで知り合った男性の「査定」を神尾武史にしてもらうべく、その男性とトラップハンドに来たのですが、神尾武史の機転、というか、適確な査定のお陰でとんでもない出来事から逃れます。「リノベの女」では、後妻に入った後、莫大な遺産を相続した上松和美がリノベを建築士の神尾真世に依頼し、トラップハンドを打合せの場所とします。しかし、そのリノベ依頼者の兄が打合せに乱入し、とんでもない事実が明るみに出たりします。「マボロシの女」では、妻子ある歯科医でジャズのウッドベース奏者でもある高藤智也と不倫関係にあった火野柚希なのですが、高藤智也が交通事故で亡くなります。その後、不倫相手ロスに陥った火野柚希が訪れたトラップハンドで、神尾武史から智也の知られざる過去を聞かされることになります。「相続人を宿す女」では、老夫婦の冨永夫妻から神尾真世に対して、交通事故で亡くなった息子の富永遥人が住んでいたマンションのリノベの依頼があるのですが、富永遥人の元妻が妊娠していてお腹の子に相続権がある可能性が示唆されます。「続・リノベの女」では、老人ホームのスタッフである石崎直孝が、入居者の末永久子から自殺したと聞き及んでいる娘の奈々恵を見たという知人の連絡を基に、その娘をを探して欲しい、と依頼を受け、知人が目撃した近くのトラップハンドを訪れます。最後の「査定する女」では、IT起業家の栗塚正章からリノベの依頼を受けた神尾真世が高級家具のショールームを訪れると、婚活サイトで知り合った男性の査定を繰り返している陣内美菜がスタッフとして現れ、無事に神尾武史の査定でも高評価を得た栗塚正章が陣内美菜を誘って結婚までたどり着くかと思われましたが、大きなどんでん返しが待っていました。ということで、大がかりなトラップがお好きな読者には最後の「査定する女」がオススメです。他方、何ともいえない人間的な温かみのあるストーリーを愛する読者には「相続人を宿す女」がオススメです。東野圭吾作品のうちガリレオのシリーズも短編と長編が混在しますが、このブラックショーマンのシリーズも短編と長編があり、あくまで私の好みながら、どちらのシリーズも私自身は短編作品が好きです。

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次に、一穂ミチ『ツミデミック』(光文社)を読みました。著者は、ミステリもモノにする小説家です。この作品は、ご存じの通り、第171回直木賞受賞作です。全部で6話から編まれている短編集です。コロナの時期をカバーしていて、タイトル通りに、罪に関する短編が多いのですが、必ずしも違法行為や犯罪とは限りませんし、私から見て罪には当たらない、あるいは、罪というよりはファンタジーに近いと感じる作品もありました。モロの幽霊が主人公の作品も含まれています。ということで、収録順にあらすじは以下の通りです。まず、「違う羽の鳥」では、大阪出身で大学を中退して居酒屋の呼び込みバイトをしている20歳の及川優斗が主人公です。バイト中に派手な格好の女性から逆ナンされるのですが、その女性は死んだはずの中学校の同級生である井上なぎさを名乗ります。「ロマンス☆」では、4歳の子供さゆみを持つ母親のゆりが主人公です。さゆみを連れて歩いていると、自転車に乗ったフードデリバリーサービスのイケメンとすれ違います。フードデリバリリーを無駄遣いであるとして好意的でない夫に隠れて、百合はイケメンと再会しないかと心待ちにして、ゲームでガチャを引くようにフードデリバリーを頼み続けます。「憐光」では、15年前の豪雨による水害で死んだ当時の女子高校生である松本唯の幽霊が主人公です。白骨が発見されたことを期に、高校の同級生の友人と担任の先生が実家を訪れるのに、幽霊としてついて行きます。そして、自分の死に関する真実を知ることになります。「特別縁故者」では、コロナ禍で失業した料理人の卜部恭一が主人公です。息子の隼が近所の金持ちのおじいさんに世話になったきっかけで、そのじいさんの特別縁故者になり、大金を得ることを目論みます。「祝福の歌」では、17歳の高校生の娘である菜花が妊娠したことに心を悩ませる父親の達郎が主人公です。実家の母親からマンションのお隣さんについて相談されます。妊娠して大きなお腹で、近く子供を産む予定だった奥さんの様子がおかしくなっていきます。「さざなみドライブ」では、SNSで知り合って自殺を図るグループの一員となった「キュウリ大嫌い」なるハンドルネームの男性が主人公です。自殺決行予定の場所にグループが着くと、すでに自動車が駐車していてドアに目張りまでしていたりします。結局、自殺を思いとどまることになります。ということで、私の読解力が不足しているのかもしれませんが、ハッキリいって、直木賞の水準の達しているのかどうか、やや怪しい気がしました。ここ数年の直木賞の中では、私は『熱源』が出色の出来であったと考えていますが、本書はとうていそのレベルには達しません。しかも、この作者の小説の中にはもっといい出来の作品があるような気がします。

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次に、石田祥『猫を処方いたします。』『猫を処方いたします。 2』(PHP文芸文庫)を読みました。著者は、小説家なのですが、この2冊は私は初読でした。しかも、遅読の私では当然なのですが、すでにシリーズ3作目も出版されていたりします。ちなみに、1冊目の『猫を処方いたします。』は2023年度の京都本大賞受賞作です。ですので、舞台は京都です。中京こころのびょういんにまつわる、実に不思議な物語、短編集です。シリーズ第1冊目には5話、シリーズ2作目には4話の短編が収録されています。中京こころのびょういんは、30前後の男性医師がニケ先生、20代半ばの女性看護師が千歳さん、ということになります。ニケ先生は心療内科ではないと否定していますが、心療内科に行くような、少し心を病み加減の人が行くびょういんです。そして、患者にはタイトル通りに猫が処方されます。猫を処方された患者はびっくりしますが、猫のあまりの可愛さに戸惑いながらもお世話をして癒やされ、少しずつ自分達も問題を解決できたり、場合によっては、周囲も巻き込んだ形でよい方へ変わっていく、という短編が収録されています。ただ、中京こころのびょういんが謎につつまれています。少しずつ明らかにされていくのですが、第2巻まででは全貌はまだ知れません。名前にヒントがあるようで、ニケというのは保護猫センターで働いている副センター長が飼っている猫の名前です。千歳というのは祇園の芸妓さんが飼っていて行方不明になった猫の名前です。未読はありますが、第3巻以降で謎解きがなされるのかも知れません。ということで、この小説にちなんで、猫の飼い方について少し考えました。すなわち、私は東京では集合住宅に住んでいたのですが、今では、東京だけでなく関西でも、そこそこのマンションでは小動物を飼うことは許容されているところが多いような気がします。ただ、本書にも見られるように、一戸建てでない集合住宅では、部屋飼いで外には出さない場合が多いような気がします。私は大学を卒業するまで暮らしていた両親の家では猫を飼っていた経験があります。一戸建てでしたので部屋飼いではなく、自由に外を行き来していました。私は、実は、猫を飼えるとすれば、こういった猫の自由に家の内外を行き来できるような環境の方が好ましいのではないか、と考えています。その根本はJ.S.ミルの『自由論』です。『自由論』では、あくまで、ナチュラルに生きることを重視していて、例えば、植物を剪定したトピアリーなどに対して大いに批判的です。私には、どうしても、現在の日本の特に集合住宅での猫の飼い方、外に出さない部屋飼いで、例えば、ノミなんかも完璧に駆除してあり、往々にしてメス猫については避妊手術すら済ませているような飼い方が、このトピアリー的でやや不自然な飼い方であるように思えてなりません。でも、現実問題として、そういったトピアリー的な飼い方の方が、猫の方も飼い主の方も幸福度が高いのだろうという点は理解していて、決して、こういう飼い方をしている飼い主さんを批判する気はありません。ただ、逆に、そういうトピアリー的な飼い方しか出来ないのであれば、私は諦らめた方がいいのだろうと受け止めています。本書を読んでいて、現代的な猫の飼い方についてまで考えが及んでしまいました。

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次に、ヘミングウェイ『老人と海』(角川文庫)を読みました。著者は、世界を代表する小説家です。英語の原題は The Old Man and the Sea であり、1952年の出版です。本書の功績により1953年にピュリツァー賞を受賞し、本書ほかの文学的な貢献により1953年にノーベル文学賞を受賞しています。本書は越前敏弥さんによる新訳であり、今年2024年1月に出版されています。登場人物はわずかに2人だけといえます。老漁師サンティアーゴと彼を慕う若者、マノーリンです。舞台は地上ではキューバのハバナですが、サンティアーゴが漁に出て多くの時間を過ごすのはカリブ海です。前半はマノーリンとサンティアーゴを中心とするハバナでの活動を追います。後半は、長らく、というか、84日間も魚が獲れなかったサンティアーゴが大物カジキと長時間に渡る格闘の末に釣り上げますが、漁港への帰路に次々とサメが襲撃し、銛やナイフも失い、カジキのほとんどを食い荒らされて帰港します。訳者あとがきで、今回の新訳では、ヘミングウェイの使った "boy" の訳に心を砕いたと表明しています。どう訳されているかは読んでみてのお楽しみですが、従来の邦訳本では「少年」とされていたようです。越前さんは年齢の想定とともに新訳語を充てています。私は邦訳者である越前さんの見方に賛成で、それは何かというと、ヘミングウェイのこの作品のバックグラウンドにはスペイン語の表現があるのだろう、という想定です。英語の "boy" をスペイン語に直訳すれば "muchacho" ということになりますが、少し年齢の想定を上げれば "joven" という可能性もあります。"joven" に当たる英語は私は不勉強にして知りません。あえていえば、"young man" かもしれませんが、そんな英語は聞いたことがありません。でも南米スペイン語圏では "muchacho" も "joven" もどちらもよく使います。ただ、絶対的な年齢のレンジで使うのではなく、相対的な年齢差でも使うような気がします。小中学生から高校生くらいまでであれば "muchacho" でしょうし、単純に絶対年齢を当てはめれば、20代なら "joven" となります。でも、私くらいの60歳をとうに過ぎたジーサンからすれば、30代やアラフォーに対しても "joven" でよさそうな気もします。難しいところです。でも、この越前訳の『老人と海』はオススメです。ぜひ、多くの方に手に取って読んでいただきたいと願っています。

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次に、ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(新潮文庫)を読みました。著者は、コロンビア生まれの小説家であり、主として本書による文芸上の貢献により1982年のノーベル文学賞を受賞しています。原書はスペイン語、原題は Cíen Años de Soledad であり、1967年の出版です。邦訳書は最初に1972年に新潮社から出版されています。今年2024年6月に新潮文庫から新装版が出版されました。おそらく、古今東西オールタイムベストの100冊に入ると考えるべき古典的名作小説です。私はすでに、新潮社の邦訳版とスペイン語の原書を読んでいます。30年以上も前の1990年代初頭に、在チリ大使館書記官を拝命して、日本橋丸善で高価な洋書を買ってチリに持ち込みました。でも、現地では非常に廉価なペーパーバックが1ケタ違いの安価な価格で売られていてガッカリした記憶があります。ということで、コロンビアの、おそらく、架空の集落であるマコンドを舞台にするブエンディア一家の物語です。すなわち、ホセ・アルカディオ・ブエンディア大佐とウルスラ・イグアランを始祖とするブエンディア一族が、コロンビアであろうと想定される南米のある場所に蜃気楼の村マコンドを創設します。そして、マコンドはさまざまな紆余曲折がありながら、もちろん、一時は隆盛を迎えながらも、やがて滅亡に至ります。その100年間を鋭い筆致で描き出しています。宗主国であるスペインに、そして、本国政府に、そういった権威に対して反逆し、抵抗を続けながらも、繁栄する街を築き上げ、しかし、結局は、権威筋に滅亡させられるわけです。私は南米に3年間住んで外交官の仕事をしていましたが、私が勤務していた大使館のあるチリには、当時1990年代初頭までに2人のノーベル文学賞受賞者がいました。1945年戦後直後にノーベル賞が復活した際の最初の受賞者は、チリの情熱的な女性詩人であるガブリエラ・ミストラルです。まあ、日本でなぞらえれば与謝野晶子のような存在です。この女性は別としても、1971年にノーベル文学賞を受賞し、ピノチェト将軍によるクー・デタ直後の1973年に亡くなったパブロ・ネルーダは、アジェンデ大統領から駐仏大使に任命されており、明らかに左翼連立政権支持者でした。ネルーダの死因については、毒殺されたとも報じられています。本書の作者のガルシア=マルケスもそうです。バリバリの反逆者、反体制派の左翼といえます。そして、本書では、都市としてのマコンドの盛衰とともに、ある意味で反逆者のカテゴリーに入るホセ・アルカディオ・ブエンディア大佐の一族から、何と、法王を輩出するという夢の実現を目指す物語でもあります。私の勝手な解釈でよければ、現在のフランシスコ法王はこれを実現した、と考えるカトリック教徒がいても不思議ではありません。繰り返しになりますが、世界を代表する名作小説です。私のようなラテンアメリカでの勤務経験者ではない多くの日本人には難解な部分もありますが、ぜひ、多くの方に手に取って読んでいただきたいと願っています。

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2024年8月 2日 (金)

7月の米国雇用統計は米国経済の過熱感の終息を示すのか?

日本時間の今夜、米国労働省から7月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は昨年2021年から着実にプラスを記録していましたが、6月統計では+179千人増、直近の7月統計では+114千人増となり、失業率は前月から+0.2%ポイント上昇して4.3%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を、中見出しを除いて、やや長めに8パラ引用すると以下の通りです。

Job report: Employers added just 114,000 jobs in July as unemployment jumped to 4.3%
U.S. hiring slowed substantially in July as employers added a disappointing 114,000 jobs amid historically high interest rates, persistent inflation and growing household financial stress.
The unemployment rate rose from 4.1% to 4.3%, highest since October 2021, the Labor Department said Friday. The rise along with the pullback in payroll gains and slowing wage growth bolsters the Federal Reserve's case for cutting interest rates in September,
Economists had estimated that 175,000 jobs were added last month, according to a Bloomberg survey.
The unexpected sharp rise in the jobless rate triggers the Sahm rule. It says that if unemployment, based on a three-month average, rises by at least a half percentage point over the past 12 months, the nation is probably in a recession.
While the rule has correctly predicted all U.S. recessions since the 1970s, many economists say this time is different. An immigration surge, along with the return of many Americans to the workforce after COVID, has caused unemployment to climb without the usual spread of layoffs because many people who are looking for jobs haven't yet landed positions.
Still, the rising unemployment rate underscores that the job market is weakening and it eventually could set off a downturn, says Wells Fargo economist Sarah House.
Average hourly pay rose 8 cents to $35.07, pushing down the yearly increase to 3.6%, the lowest since May 2021.
Wage growth generally has slowed as pandemic-related worker shortages have eased, and it's close to the 3.5% pace that aligns with the Federal Reserve's 2% inflation goal.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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ということで、米国の雇用は非農業部門雇用者の増加が、ひとつの目安とされる+200千人を大きく下回って、7月統計では+114千人を記録しています。なお、6月統計も先月の公表時には+206千人増だったものが、+179千人増に下方修正されています。失業率も+0.2%ポイント上昇して4.3%に達しました。引用した記事の3パラ目にあるように、Bloombergによる市場の事前コンセンサスでは+175千人という見方でしたので、記事でも "disappointing" 「失望」と表現しています。失業率については、昨秋あたりからウワサされていた "Sahm rule" サーム・ルールについて、引用した記事でも言及しています。すなわち、記事の4パラめにあるように、サーム・ルールとは失業率の後方3か月平均が過去12か月でもっとも低かった失業率を0.5%ポイント上回った時点で景気後退が始まっている確率が高い、とする経験則です。とすれば、先月6月統計までは米国雇用にはまだ過熱感が残っている、とみなされていたところ、今月7月統計を見る限り、サーム・ルールからすれば、すでに米国では景気後退が始まっていてもおかしくない、ということになります。なお、サーム・ルールのグラフはセントルイス連銀の提供する FRED のサイトに Real-time Sahm Rule Recession Indicator というタイトルで収録されています。

日銀が本格的な金融引締めを開始して、広く報じられている通り、円高と株安が進んでいます。私は米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、日本もそうそう景気後退に陥ることはなかろうと高をくくっていましたが、日銀がバリバリと金融引締めを進めて年内にも再利上げし、米国経済が、これまた、年内にも景気後退局面に入るとすれば、日本経済への影響が軽微であるわけがありません。
私は従来からメディアを中心とする日本の経済論調に異を唱えていて、まず、少し前まで物価目標の+2%が達成できないといっては当時の黒田日銀総裁を批判していたのが、消費者物価上昇率が+2%に達した途端、デフレ脱却未達成の批判を逆向きにして、インフレ抑制への政策転換の大合唱が始まります。確かに、2023年は消費者物価上昇率が+3%を超えましたが、その昔は「ビハインド・ザ・カーブ」容認の議論もありましたし、金融政策への批判がいかにアドホックなものか、強く実感しました。結果、インフレ抑制に日銀は舵を切り、為替の円安修正のための金利引上げに踏み切っています。金利引上げの結果として、円高に起因して、株安が進むだけではなく、実体経済にも影がさして、米国の景気後退に引きずられる形で日本も景気後退に陥れば、またまた、メディアの批判は逆噴射して景気拡大のための金融緩和の大合唱になる可能性があるんではないか、という気がしないでもありません。そういったメディアや内閣からの圧力に対して金融政策を適切に運営するために中央銀行の独立性が確保されているんではないのか、と考えるエコノミストは私だけではないと思いたいです。

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本格的な利上げと金融引締めを開始した日銀金融政策の帰結やいかに?

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一昨日7月31日の金融政策決定会合の後、日銀は「金融市場調節方針の変更および長期国債買入れの減額計画の決定について」を公表し、政策金利である無担保コールレート(オーバナイト物)を0.25%に引き上げ、さらに、長期国債の買入れ額については毎四半期4,000億円程度ずつ減額し、2026年1~3月に3兆円程度とする、と明らかにしています。要するに、金利を引き上げ、長期国債買入れについても減額し、本格的な金融引締めを開始したわけです。それを簡単に図表で解説したのが上の画像であり、日銀による「2024年7月金融政策決定会合での決定内容」を引用しています。
果たして、金融引締めの帰結がどうなるのか、極めて関心が高いところです。当然ながら、政策金利の引上げはイールドカーブに応じて、各種金利に波及します。そして、そのイールドカーブは長期国債の買入れ額が減額されることによりスティープになることが予想されます。金利が高くなると、当然ながら、貯蓄過剰主体が有利になり、投資家場主体が不利になります。借金をするとより高額の返済が必要になり、貸出をするとより多くの利子収入が得られるわけです。私は、ほぼほぼ常にマクロ経済的に景気がよくないのは貯蓄が過剰であって、投資が不足しているからであると考えています。家計部門だけでなく、企業部門まで貯蓄主体となっているのが日本経済停滞のひとつの原因です。マクロ経済の4部門、すなわち、家計部門、企業部門、政府部門、海外部門で貯蓄投資バランスはネットでキャンセルアウトしますので、家計も企業も貯蓄主体となれば、政府または海外が赤字となる必要があります。すなわち、政府は財政赤字を出し、海外は日本サイドから見れば経常収支が黒字となるわけです。しかも、昨日取り上げたように、政府の基礎的財政収支までが黒字になろうとしています。すべての経済主体が貯蓄投資バランス上で黒字を出すことは出来ません。貯蓄を増やそうとして合成の誤謬を生じて、かえって所得を減らしてしまう、というのがマクロ経済学の理論的帰結です。もうひとつ、マイクロ経済的には金利が引き上げられれば利ザヤを取るスケールが大きくなり、銀行の利益が大きく上がりします。特に、イールドカーブがスティープになって長短金利差が大きくなれば、家計などから短期資金を低い金利で預金を受け入れて、リスクを取るとはいえ、長期資金として高い金利で貸し出す銀行は大儲けです。でも、貸し出す先、というか、債券の形も含れば、借りるのは国内経済主体の中では政府ではなかろうかという気がします。でも、マクロ経済的に政府まで黒字になれば、おそらく、家計から過剰な貯蓄が吸い上げられて、家計がさらに貧しくなる可能性すらあります。
ただ、他方で考えるべきポイントはインフレであり、輸入物価を起点とするコストプッシュインフレの抑制をどのように政策的になしとげるか、という問題もあります。単純に考えて、円安はインフレを加速させるという意味で、マクロ経済的に考えると家計部門から企業部門、特に輸出企業部門に所得の移転を生じます。逆に、円高は輸出企業から輸入企業や家計へと所得が移転します。現状の円相場をどう見るかについては、均衡為替レート的な水準次第で意見が分かれるところかもしれませんが、やや円安が行き過ぎている状態である、との見方も成り立つ可能性が十分あります。その意味で、円安是正のための政策が必要とされている可能性は否定できません。ただし、金融政策を為替レートに割り当てることについては大きな疑問が残ります。植田総裁はエコノミストとしてホントのところどうお考えか、私には謎です。
これらを総合して、私は今回の金融引締めでは、企業では輸入企業と銀行部門が、また、家計では金融資産の蓄積が進んでいるという意味で、おそらく高齢者家計が得をして、逆に、輸出企業と現役世代の家計、特に住宅ローンを抱えている家計がソンをするような気がします。ただ、判らないのが資産価格や資産市場の動向、特に、首都圏の住宅価格の動向です。すでに、東京では億ションは普通のマンション、とすらいわれるくらいに住宅価格が上昇しています。こういった首都圏の住宅価格に対して金融引締めが抑制的に作用するのかどうか、それがマクロ経済的に望ましいかどうか、これも私には謎です。
最後の最後に、参考まで、私が見た範囲でのシンクタンクのリポートを2点だけ示しておきます。日銀金融政策の影響をやや過小評価している可能性があるような気がします。なお、ネット上で公開されていないリポートですが、SMBC日興証券株式調査部のリポートも似たような論調でした。

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2024年8月 1日 (木)

来年度2025年度に基礎的財政収支は黒字化する? それは歓迎すべきことか?

やや旧聞に属する話題ながら、今週月曜日7月29日の経済財政諮問会議に内閣府から「中長期の経済財政に関する試算」が提出されています。内閣府のサイトから、シナリオ別の2024年7月試算のポイントを3点引用すると以下の通りです。

2024年7月試算のポイント
  • 成長移行ケース: 全要素生産性(TFP)上昇率が過去40年平均の1.1%程度まで高まるシナリオ。2030年代以降も実質1%を安定的に上回る成長が確保(名目成長は中長期に2%台後半)。
  • 高成長実現ケース: TFP上昇率がデフレ状況に入る前の期間の平均1.4%程度まで高まるシナリオ。中長期的に実質2%程度、名目3%程度の成長。
  • 過去投影ケース: TFP上昇率が直近の景気循環の平均並み(0.5%程度)で将来にわたって推移するシナリオ。中長期的に実質0%台半ば、名目0%台後半の成長。

この前提のうち、GDP成長率のシナリオのグラフを内閣府のサイトから引用すると以下の通りです。なお、当然のことながら、リポートにはGDP成長率だけでなく、賃金上昇率、消費者物価上昇率、名目長期金利といった財政収支に影響を及ぼす主要な前提が示されています。

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GDP成長率の想定は上のグラフの通りなのですが、そのバックグラウンドには、なぜか資本ストック増加率が抜けている一方で、TFP上昇率と労働参加率があり、それらを基に成長会計から潜在成長率が推計されています。そして、「内閣府年央試算」に沿った成長が実現した後、マクロの需給がほぼ均衡する中で、実質GDP成長率が潜在成長率並みで推移する姿が想定されています。GDPに加えて、繰り返しになりますが、賃金上昇率や消費者物価上昇率や名目長期金利の想定もなされています。

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そして、その結果としてもっとも注目されたのが、基礎的財政収支(PB)の動向とそのPBに従って決まる公債等残高です。上のグラフの通りです。そもそも、すでに概算要求基準が決まっている2025年度予算案の想定からして、来年度2025年度に基礎的財政収支(PB)が黒字化すると見込まれていて、その後も着実に収支バランスないし黒字を見込んでいて、公債等残高は安定ないし低下する方向が試算されています。私自身は、こういった試算結果は、あくまで試算ですので、一定のモデルに基づいた試算ができるのは当然ですし、エコノミストとしてのお仕事の一環だと受け止めています。ただ、びっくりしたのは、メディアがいっせいに基礎的財政収支の黒字化について好意的に報道している点です。私が見た限りで以下の通りです。

ほぼほぼすべてのメディアで、2025年度に1.6兆円の税収増があり、基礎的財政収支が+0.8兆円の黒字になると報じています。たぶん、政府の発表そのままを垂れ流しているのだと思いますが、その後の社説などを見る限りでも、基礎的財政収支の黒字を危ぶむ意見はまったく見当たりません。日本のメディアは政府発表をそのまま報じて、財政黒字化のためであれば増税には好意的なのだと改めて知らされました。疑問すら出ないのでしょうか。

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