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2024年12月28日 (土)

今年最後の今週の読書は経済書のほか新書をがんばって計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、内田浩史『現代日本の金融システム』(慶應義塾大学出版会)は、金融システムの評価に関する視点や基準を示しつつ、日銀の黒田前総裁が導入した異次元緩和を強く批判しています。荻原浩『ワンダーランド急行』(日本経済新聞出版)はパラレルワールドに迷い込んだサラリーマンの物語です。諸富徹『税と社会保障』(平凡社新書)は社会保障の財源について、保険料と消費税の二者択一にとらわれずに別の財源についての議論を展開しています。山下慎一『社会保障のどこが問題か』(ちくま新書)は、憲法において労働=勤労を義務とした点について、「働かざる者食うべからず」の原則性について検討しています。山本謙三『異次元緩和の罪と罰』(講談社現代新書)は、まさに現在の建材論壇の時流に乗って、日銀のかつての異次元緩和を強く批判しています。布施祐仁『従属の代償』(講談社現代新書)は、安全保障の面で軍事的な観点から米軍に従属することの是非を論じています。
今年の新刊書読書は合わせて325冊となります。なお、このブログ以外でもFacebookやmixiやmixi2、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでもシェアする予定です。

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まず、内田浩史『現代日本の金融システム』(慶應義塾大学出版会)を読みました。著者は、神戸大学経済学部教授です。本書では前半で金融システムを評価する視点や基準などを提示した後、後半で現在の日本の金融システムを評価しようと試みています。実際には、第5章で1980年代後半から1990年代初のバブルの生成と崩壊を、第6章で1990年代初から2000年代初までくらいの不良債権と金融危機を、そして、第7-8章で1990年代から2010年代くらいまでの失われた30年の時期を、それぞれ分析対象としています。そして、とっても時流に乗っかっていることに、2013年から10年間の当時の黒田総裁による異次元緩和に対して強い批判を加えています。第2章が、少し専門的知識ないとムダに長く見えるのですが、金融システム評価のための理論的枠組を提示しています。ここでも指摘されているように、金融システムのもっとも重要な機能のひとつは決済といえます。でも、この点はそれほど本書では重視されていないようです。もうひとつは物価の安定を通じたマクロ経済の安定です。そして、本書や類書で忘れられているように見えてしまうのが、金融システムというのは日本経済のサブシステムのひとつである点です。本書でもそうなのですが、その昔に「原子力ムラ」というグループを揶揄するかのごとき言葉がありましたが、本書でも「金融ムラ」の視点が大きく打ち出されていて、せいぜいが黒田総裁当時の異次元緩和はデフレ脱却を達成できなかった、などの視点からのみ判断されていているきらいがあります。私が強く意識している経済のもっとも重要な目標のひとつは、実に幸いにもケインズ卿と同じで、雇用だと考えています。国民それぞれのスキルに応じてふさわしい内容の仕事で、日本国民としてふさわしい生活が送れる所得が得られることがもっとも重要なマクロ経済政策の要のひとつと私は考えているわけです。もちろん、黒田総裁のころにも賃金が低迷を続けたという点は事実ですし、賃金動向を背景にデフレ脱却が十分に達成できなかったのも事実といえます。ただ、サブシステムである金融だけを取り出して評価するような本書の視点は少し疑問を感じています。もちろん、現在の植田総裁の下で異次元緩和の修正が図られていて、繰り返しになりますが、その流れに乗っかった時流に聡い経済分析ですので、現時点での経済論壇を把握する点では大いにオススメです。

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次に、荻原浩『ワンダーランド急行』(日本経済新聞出版)を読みました。著者は、小説家です。本書は日経新聞の連載を単行本として出版しています。ということで、主人公はイベント企画会社のサラリーマンであり、結婚はしていますが、子どもはいません。ある日、通勤で向かう都心と反対方向の下り電車に乗ってしまいます。終着駅の駅前にあるよろずやのようなお店で食べ物とビールを買って、スーツ姿のまま山の中をさまようところまではいいのですが、戻ってくると誰もマスクをしておらず、どうもパラレルワールドに入り込んでしまっていました。主人公は何とか元の世界に戻るべく悪戦苦闘します。

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次に、諸富徹『税と社会保障』(平凡社新書)を読みました。著者は、京都大学経済学部教授です。本書では急速に進む少子高齢化の日本で、社会保障の財源をどのように確保するべきかに関して考察しています。日本では社会保障財源は、医療保険だけでなく、年金や介護も含めて保険料を主たる財源としている場合が少なくありません。大きな例外のひとつは生活保護なのですが、生活保護は最後のセーフティネットですから、税財源に頼るのは当然といえば当然です。もちろん、社会保険料だけでは財源として不足しますので、一般財源として税金が投入されているのは当然であり、その意味で、社会保障財源は社会保険料と税金、特に消費税の二者択一と考えられてきました。本書では、子育て支援政策の検討を通じて、この保険料と消費税の二択ではなく、資産課税の方向性の検討を加えています。詳細は読んでみてのお楽しみなのですが、日本では税制の累進度合いが非常に低くて、高所得者に有利な税制となっている点は、いわゆる「1億円の壁」として、申告所得が1億円を超えると逆に税率が低下する、という極めて不自然な状況からもうかがうことができます。私が授業で使っている範囲でも、OECD Growing Unequal (2008) なんかでも税制の不平等是正機能が弱いと指摘されているところです(例えば、p.112 Figure 4.6. Reduction in inequality due to public cash transfers)。その意味からも、社会保障財源に関して非常に適切な視点を提供する良書であり、大いにオススメです。

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次に、山下慎一『社会保障のどこが問題か』(ちくま新書)を読みました。著者は、福岡大学法学部教授です。社会保障がご専門なのだという印象を受けました。本書では、社会保障について2点の疑問を提示しています。第1に、自営業者と労働者=雇用者の扱いに違いがある点です。第2に、労働=勤労の義務と権利です。すなわち、社会保障のベネフィットを享受する前提としての「働かざる者食うべからず」の道徳的・倫理的な規範性です。第1の自営業者と雇用者の違いについては、本書でも明快に指摘していて、生産手段を持たない雇用者は解雇されたり、勤務先企業が倒産したりすると、それだけで生計の糧を失うわけですし、そうでなくても60歳とかの定年という制度も乗り越えがたく存在したりする一方で、自営業者は生産手段を自ら有していて、年齢的な制限もゆるく、自ら生産手段を持って働くことにより、社会保障への依存度は低い、と考えられます。しかし、第2の点については、例えば、極端な話として、現在の憲法が労働を国民の義務のひとつとして明示している限り、「働かざる者食うべからず」の規範が成立しかねず、もしそうだとすれば、これまた極端な話として、働いて所得を得ることが不可能な生活保護など例外を除いて、働ける人まで無条件で受給できるユニバーサルなベーシックインカム(BI)を社会保障制度のひとつとして取り入れるのは違憲と判断されかねません。とても興味ある議論だと思います。結論は読んでみてのお楽しみとしますが、とても示唆に富んだ議論が展開されています。

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次に、山本謙三『異次元緩和の罪と罰』(講談社現代新書)を読みました。著者は、日銀ご出身の方で、自ら団体を立ち上げているのではないか、と推察しています。ですから、本書では2013年からの当時の黒田総裁による異次元緩和に対して激しい批判が展開されています。ただ、新書というメディアの性格上からも、それほど経済学的に詰めた議論ではなく、2023年からの現在の植田総裁の下での異次元緩和の修正などの時流に乗った議論が展開されています。ですから、例えば、金融緩和と長らく継続して低金利を続ければ、ゾンビ企業の淘汰が進まずに生産性の低い企業を温存することになる、といった批判があった一方で、金利を引き上げれば倒産する企業が出て失業が増えかねない、といった論調で、専門的な見識ある読者がじっくりと読めば、いくつか矛盾する論点があるのではないか、という気すらします。ただ、時流に乗っかって異次元緩和を批判する本ですので、読んでおいて損はないかもしれません。私の方から、本書に関して3点指摘しておきたいと思います。第1に、本書でもそうなのですが、同じことをやるに際して、自分と同じサイドにいる人がやるのと、逆のサイドの人がやるのとで見方を変える人がいる点は注意すべきです。典型的には、ほぼほぼ1年前の能登地震やその後の能登地方の大雨被害などで、現地入りした人が、明確にいえば、どの政党の政治家が現地入りしたかで評価を変える人がいます。地震直後は現地入りを自粛すべきという見方があったりしましたが、支持政党の政治家であれば現地入りに賛成し、支持政党と真逆の政党の政治家であれば現地入りに反対する人は少なくなかった、というのが私の印象です。まあ、私の印象ですから、間違っているかもしれませんが、そう大きくは間違っていないと思います。第2に、これまた、同じ事象で評価が変わる場合があります。例えば、日銀の2%の物価目標ですが、黒田総裁のころには2%の物価目標が達成されない、といった批判が決して少なくなかった一方で、実際に物価が2%の上昇に達してしまうと、物価が高すぎるという批判に転じたケースが決して少なくなかった気がします。第3に、専門性が高いというのは決していいことばかりではないという点は理解しておくべきです。私は60歳の定年まで長らく国家公務員として、官庁エコノミストの仕事も経験してきましたが、ハッキリいって、一般論ながら政府官庁のエコノミストよりも中央銀行のエコノミストのほうが専門性高くて能力あるようなケースが多いと実感しています。日本だけに限りません。米国や欧州でもそういった印象を持っています。ただ、「原子力ムラ」とよく似た構造で、「金融ムラ」が形成されていて、金融だけを狭い視野で考えている場合も決してなくはありません。これは、金融だけではなく、財政も同じです。金融正常化と称した金利引上げとか、財政再建と称した増税とか、経済全体のスコープから遊離した議論がどこまで有効となるのかについては、少し眉にツバして眺めるべきである、というのが私の経験です。ただ、最後に、本書は繰り返しになりますが、実に時流に乗っかった議論です。今の経済論壇を把握するためにはとても有益な読書でした。

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次に、布施祐仁『従属の代償』(講談社現代新書)を読みました。著者は、ジャーナリストであり、ご専門分野は安全保障だそうです。私は経済学をホームグラウンドとするエコノミストであり、地政学や安全保障はまったくの専門外なのですが、少なくとも日本の軍事力、具体的には自衛隊が米国の戦略下に組み込まれ、場合によっては、例えば、台湾有事の際などには米軍の指揮命令下の入るのであろう、あくまで推測ながら、そのように考えています。逆に、日本の自衛隊が米軍による指揮から離れて、日本独自のシビリアン・コントロールに従って軍事行動を展開することはありえない、と考えています。ただ、そういった点について、例えば、本書p.94のイメージ図で日本の自衛隊とNATOた韓国軍との指揮構造を対比されると、改めて愕然とするものがあります。加えて、周辺のいくつかの国、中国や北朝鮮が核戦力を有するだけに、米国の「核の傘」に守られることも選択肢のひとつではないかと考えはするものの、主権者たる国民の1人として、キチンとした議論をした上での選択の結果なのかどうかも疑問です。ロシアがウクライナに侵攻し、中東は相変わらず不安定で、中国で習体制が独裁制を強めて台湾有事の確率が決して無視できない現在ながら、他方で、被団協がノーベル平和賞を受賞した年に、こういった問題を考えることも有意義ではないでしょうか。

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