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2024年12月 7日 (土)

今週の読書は経済書2冊をはじめ海外ミステリもあって計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、関野満夫[編著]『日本財政の現状と課題』(中央大学出版部)は、中央大学経済研究所における研究成果を取りまとめています。神門善久『食料危機の経済学』(ミネルヴァ書房)は、食料危機というよりは、地下資源や化石燃料の大量消費を背景とした飽食暖衣の高度消費社会の実態を経済学の観点から捉え直そうと試みています。松沢裕作『歴史学はこう考える』(ちくま新書)は、いくつかの論文を例にして歴史学の考え方や記述方法について論じています。小沼廣幸『SDGsから考える世界の食料問題』(岩波ジュニア新書)は、農業分野の途上国への国際協力からSDGsのひとつのテーマである「誰ひとり取り残さない」を考える契機となります。アンソニー・ホロヴィッツ『死はすぐそばに』(創元推理文庫)は、ホーソーン-ホロヴィッツのシリーズ第5弾であり、ホーソーンの過去の事件に関する謎解きを展開しています。サイモン・モックラー『極夜の灰』(創元推理文庫)は、1967年の米ソ冷戦時代における米軍基地の火災の謎をCIAに招聘された精神科医が解き明かします。
今年の新刊書読書は1~11月に299冊を読んでレビューし、12月に入って今週は6冊をポストし、合わせて305冊となります。Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。

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まず、関野満夫[編著]『日本財政の現状と課題』(中央大学出版部)を読みました。編著者は、中央大学経済学部の教授であり、各チャプターの著者は中央大学経済研究所の客員研究員、また、大学やシンクタンクなどの研究員です。出版社からして、完全な学術書だと思ったのですが、何と申しましょうかで、小難しい計量経済学などはまったく使われておらず、ビジネスパーソンなどにもカジュアルに読める内容となっています。7章構成であり、第1章では、最近10年余りの第2次安倍政権から岸田内閣くらいまでの税制について制度改革などを跡づけるとともに、相変わらず、累進性などの格差是正機能が弱い点を批判しています。少し古い分析ながら、例えば、OECD の Growing Unequal?、特に、p.112 Figure 4.6. Reduction in inequality due to public cash transfers and household taxes のグラフを見れば、日本の財政や社会保障にほとんど格差是正機能がないことが理解できます。税制面ではほぼほぼゼロといって差し支えありません。同時に、この章では、法人税率の引下げを行っても、企業は内部留保を溜め込むばかりで設備投資には向かわないと批判しています。実に、もっともで私も大いに合意するところです。第2章では、2010年代から個人所得税が回復してきた背景を国税庁資料に基づいて分析しています。結論として、所得税のうちの源泉所得税、特に給与所得税の高額所得層の所得増加による部分が大きく、申告所得者の所得税においては配当や株式譲渡益、不動産譲渡益を得た富裕層からの累進課税が機能していない、と分析しています。第3章では、単年度会計主義の例外のひとつである繰越明許費について財政民主主義の観点から問題点を指摘しています。このあたりの制度論は私は詳しくないので、悪しからず。第4章は、都道府県への地方交付税配分について分析し、基準財政収入額が人口減少が大きいほど高い伸びとなっている一方で、人口増の都府県では基準財政収入額を上回る規模で基準財政需要額が増加していて、その結果、地方交付税は人口増の都府県グループにより多く配分されていると示唆しています。第5章は、水道事業の広域化に関して、批判的な議論も含めて概観し、特に、香川県水道事業の広域化が一定の成功と収めた、と結論しています。第6章は、我が国の財政の持続可能性をカナダと比較しつつ分析しています。私はこの分野で時系列分析に基づく論文も書いたことがありますが、この章の議論はやや散漫で、要するに、カナダは支出削減で財政再建に成功した、という事実を展開しています。特に、pp.156-57 においてGDP成長率を税収増で回帰している分析は、控えめにいっても、回帰式の左右が反対と考えるエコノミストが多そうな気がします。ハッキリいえば、大きな疑問が残る回帰式です。最後の第7章は、英国NHSのケーススタディにより、医療制度の改革に関する含意を引き出そうと試みています。

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次に、神門善久『食料危機の経済学』(ミネルヴァ書房)を読みました。著者は、明治学院大学経済学部の教授です。本書では、巷間ささやかれている食料危機の現実性について検討し、食料危機がやってくる可能性は低いと結論しています。その上で、地下資源や化石燃料の大量消費を背景とした飽食暖衣の高度消費社会の実態を経済学の観点から捉え直そうと試みています。そして、最終的には、農業の素地である自然と人間の共存のあり方について考察を巡らせています。ということなのですが、私なりにいくつかの論点を考えてみたいと思います。というのは、公務員としての定年後に、私が大学教員に採用されて東京から関西に引越してきたのは2020年4月に新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミックによる緊急事態宣言から2週間前でした。COVID-19パンデミックにより、私の勤務校の同僚の中には供給制約から食料不足、あるいは、本書の用語でいえば、食料危機になるのではないか、との見方もありました。私は大きく否定したのを記憶しています。もしも、食料危機になるのであれば、生産に起因するのではなく流通に起因する可能性の方がずっと高い、との意見を述べたことを覚えています。ですから、本書ではそれほど重点を置いていないフードロスの問題などにも目を配る必要を指摘したことも覚えています。いずれにせよ、本書も私の意見に比較的近く、食料危機になるとすれば、食料生産に必要なエネルギーが危機的な状況に陥る方が先であり、何といいましょうか、単独で農業生産が危機に陥ることはない、という主張です。はい。私もそう思います。ただ、農業生産に起因する食料危機と同じようにエネルギー危機もそうそうは起こらないという気はします。エネルギー危機に次いで、世界レベルでは水資源危機もあり得ると思いますが、さすがに、「瑞穂の国」である日本で水資源危機が世界の先頭を切って生じる可能性は低いと楽観しています。まあ、楽観的な性格なのかもしれません。本書のタイトルに帰って、経済学的な観点から食料危機が生じる点を体系的に解明したのは、本書でも指摘している通り、英国のマルサスです。有名な決まり文句に、「幾何級数的に増加する人口に、算術級数的にしか増加しない食料生産が追いつかない」というテーゼがあります。そして、おそらく、18世紀半ばくらいまではこのテーゼが正しかったと考えるべきです。その後、産業革命を経て人新世に入り、20世紀後半の緑の革命は、主として、種苗などの品種改良、灌漑、肥料や農機具の導入など工業製品の活用、などに基づいてエネルギーを大量に消費することにより農業生産=食料生産が拡大するとともに、腐敗のリスクが工業製品に比べて格段に大きい農産物の輸送が大きく改善されたことから食料危機が回避されるようになった、と私は理解しています。本書では、この私との共通理解にとどまらず、食料消費の背景にある高度消費社会についても大いに批判的な見方を示し、さらには、学校教育やAIとの共存か支配-非支配かといった論点まで幅広い議論が展開されています。そのあたりは読んでみてのお楽しみ、ということにいたします。極めて広範な議論を展開していて、私自身も賛同する部分が多くありオススメです。

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次に、松沢裕作『歴史学はこう考える』(ちくま新書)を読みました。著者は、慶應義塾大学経済学部の教授であり、ご専門は日本近代史ということなのですが、経済学部ですので経済史の授業を担当しているのかもしれません。ということで、本書では、いわゆる史料を発見して、その解釈に基づいて過去の出来事の是非や真実を突き止めようとする歴史学について議論しています。ただし、タイトルでは「こう考える」となっていますが、本書の主たる内容からして、「こう記述する」あるいは、「こう論文に書く」という方が本書の内容をより的確に表現しているような気がします。本書冒頭では、その当時の記録というべき史料を用いて、歴史学者が歴史について書くのは「目的外使用」であると表現していたりします。そして、本書では、政治史の題材として「征韓論政変の政治過程」、経済史の題材として「座繰製糸業の発展過程」、社会史の題材として「民衆運動の社会的願望」をそれぞれ取り上げて、それぞれの論文の適切な解説を試みています。ただし、それらの歴史学の論文の前提としてあるのはランケの歴史学であるという主張はその通りだと思います。私は京都大学経済学部ではマルクス主義的な歴史観に基づく西洋経済史をのゼミを選択し、ゼミに入る前に岩波文庫から出ていたランケの『世界史概観』を読んだ記憶があります。近代歴史学のモニュメントといえるランケの歴史学が、キリスト教的な視点や西洋中心史観などの制約はありつつも、近代的な歴史学の出発点となっている事実は否定できません。本書に戻って、3分野の歴史学の論文の解説については、歴史学にとどまらない科学的論文すべてに通ずる要素と歴史学特有の要素があると私は考えるのですが、そのような観点は本書の著者にはないようです。繰り返しになりますが、大学で経済史を勉強した身としては、歴史学と経済学の学際的な色彩ある学問分野ですので、両方に共通する視点と一方にしかない視点の両方を感じていたところです。経済史以外の経済学は一般的なほかの分野の科学と同じで、本書でも引用しているヴィンデルバントの用語を引いて法則定立的な学問であると考える一方で、歴史学は1回限りのイベントを扱う個性記述的な学問、という論点を提示しています。はい、そうだと思います。最後に、マルクス主義的な歴史観、すなわち、唯物史観は世界でも日本でもまだ一定の影響力を持っており、それは一定の正しさがあるからであろうと私は考えています。まあ、現在の資本主義経済から革命が起こって社会主義に移行するとか、最後に共産主義になるといった点は別にして、下部構造である生産がはかどるように、上部構造である文化や政治が変化する、という唯物史観は正しかろうと思いますし、1990年の米国大統領選挙で当時のクリントン候補が "It's the economy, stupid!" といったのは21世紀の現在でも一定通用すると考えています。まあ、唯物史観そのままではありませんが、経済的な下部構造に意識や文化や政治などが大きな影響を受けるというのは正しかろうと私は思います。もちろん、経済がすべてではありませんが、大きな影響、ある意味で、もっとも大きな影響力を経済関係が示しているのは自然な理解だろうと思います。

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次に、小沼廣幸『SDGsから考える世界の食料問題』(岩波ジュニア新書)を読みました。著者は、国連職員を長らくお務めになったということですが、ホームグラウンドは国際協力機構(JICA)のような書きぶりが目立っていました。私自身もJICAの長期専門家としてインドネシア政府に派遣されてジャカルタで家族とともに3年過ごしましていますので、少しは判る気がします。ということで、本書のタイトルはSDGsが全面に打ち出されているのですが、おそらく、編集者や出版社が考えたもので、本書の中身としては農業分野を中心とした途上国への国際協力について紹介されています。岩波ジュニア新書のシリーズですので、私のような大学の研究者ではなく、中高生とかの、私よりももっと若い世代を念頭に書かれているようです。本書に書かれているような農業分野の国際協力は、私はそれほど詳しくはありませんが、お説の通りで、被援助国のニーズと日本のような先進国を中心とする援助国の方針とが必ずしも一致しているとは限りません。農業だけではなく私の専門分野である経済については、本書でも指摘されているように、環境や労働条件やといった先進国標準の追求ではなく、とりあえず、豊かになる、すなわち、成長を目指す途上国ニーズが強いことは確かです。ただ、目先の成長という利益を追い求めるあまり、環境破壊やスウェットショップのような過酷な籠城条件、あるいは、チャイルドレーバーなどが許されるわけではありません。もちろん、先進国となった日本でも「女工哀史」の世界が現実にあったわけで、現実の歴史を否定することはできませんが、途上国が豊かになることを国際協力で手助けする際に、そういった望ましくない経済発展ルートをたどることなく、ここでSDGsが登場すべきなのですが、本書では残念ながら違う場面で登場し、「誰ひとり取り残すことのない」SDGsの精神が発揮されるべきだと私は考えています。「女工哀史」の世界は、アーシュラ K. ル-グィンの『風の十二方位』に収録されているヒューゴー賞受賞作の「オメラスから歩み去る人々」のように、誰かの犠牲の上に豊かな暮らしが可能となる世界であるような気がします。おそらく、私の専門分野である経済において、そういう世界は頭で考えるだけの抽象的なものだという気がしますが、農業分野ではもっと現実性を帯びるのだろうと思います。中高生には少し難しい観点かもしれませんが、決してグリーンウォッシュに陥ることなく、そういった経済発展、豊かになるとはどういうことか、「誰ひとり取り残さない」No one will be left behind をもう一度正面から考えるいい契機になると思います。

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次に、アンソニー・ホロヴィッツ『死はすぐそばに』(創元推理文庫)を読みました。著者は、英国のミステリ作家、ジュブナイル小説作家です。本書はホーソーンとホロヴィッツがコンビを組む第5作に当たります。英語の原題は Close to Death であり、2024年の出版です。ただ、シリーズ第5作とはいえ、これまでの4作と違って、現在進行形でホーソーンとホロヴィッツが事件解決、すなわち、謎解きに当たるのではなく、数年前にホーソーンが刑事をすでにヤメていた時で、ホロヴィッツがホーソーンと出会う前に、ホーソーンが取り組んだ事件の記録、報告書や関係者へのインタビューなどからホロヴィッツがミステリを書いている、という体裁を取っています。まあ、有り体にいえば、出版社との契約によりホロヴィッツは書かざるを得ない、という設定なんだろうと思います。ということで、舞台はロンドン西部のテムズ川沿いにある富裕層の数家族が住むリヴァービュー・クロースです。周囲を門で囲われていて、電動門扉からしか出入りができない高級住宅地です。昔の英国の村を思わせるこの住宅地で数軒の家族が穏やかに暮らしているところに、金融業界の大金持ちのケンワージー一家が引越してきます。亭主のジャイルズは、深夜に帰宅してチェスのグランドマスターであるシュトラウスの指し手ミスを誘い、しかも、ところ構わず自家用車を駐車して、医師のベレスフォードが急患を診られなかったりします。妻のリンダは犬が庭に入ってく来て粗相すると、書店経営の老婦人2人メイ・ウィンズロウとフィリス・ムーアに露骨に文句をいいます。ジャイルズ家の2人の腕白坊主はスケートボードで花壇をめちゃくちゃに荒らします。といったトラブル続きの中、とどめとしてジャイルズ家の庭にプールなどを作るという建設申請が市役所に出されます。そして、その6週間後に歯科医のブラウンの車庫にあったボーガンから放たれた矢でジャイルズ・ケンワージーが殺害されます。しかも、その翌日、ボーガンを所有していたブラウンが笑気ガスで自殺を遂げます。後悔する旨をしたためた遺書めいたメモが残されていました。警察はブラウンが殺人犯で、その後自殺した、というラインでチャッチャと幕引きを図ります。でも、ホーソーンはこの警察の見立てに疑問を持ち、これも警察を辞めたばかりの相棒のダドリーとともに真相究明に取り組むわけです。さて、結末やいかに、ということなのですが、もちろん、ミステリですので、あらすじはここまでとします。最後に、女子高生から卒業生となるピップを主人公とするホリー・ジャクソンの3部作の最終作品『卒業生には向かない真実』と同じで、英国における法執行機関、特に警察に対する強烈な不信を感じさせるミステリです。その点だけは強調しておきたいと思います。

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次に、サイモン・モックラー『極夜の灰』(創元推理文庫)を読みました。著者は、よく判らないのですが、出版社によれば、ケンブリッジ大学などの英国の大学を卒業した後、アーティスト、ミュージシャン、教師、公務員などさまざまな職種を経験し、2019年に児童書で作家デビューし、大人向けミステリである『極夜の灰』は米国でのデビュー作だそうです。はい。私は初読の作家さんでしたが、最初に書いておきます、本書はとてもいい作品です。謎解きや事実関係の解明という意味でミステリともいえますし、1967-68年の冷戦がもっとも悪化し、ベトナム戦争で米国内が揺れていた時期の米ソ間のスパイ小説ともいえます。まず、タイトルの「極夜」とは極地における白夜の反対で、冬季に1日中太陽が上らず夜が続くことです。舞台は米国の首都ワシントンDCなのですが、そもそものコトの起こりはグリーンランドにおける米国の秘密基地における火災事故/事件となります。繰り返しになりますが、本書で扱われている時期は1967年の暮れも押し迫った12月27日からストーリーが始まります。ニューヨークで開業している精神科医の主人公のジャック・ミラーが、CIAで働く知り合いのコティからの要請によりワシントンDCにやって来ます。北極圏にある陸軍基地で原因不明の火災が起こり、生き残った兵卒コナーに会って精神科医として真相を聞き出してほしいという要請です。火災では他に2人の下士官・兵士が死亡し、生き残ったコナーもまた重度の火傷を負っている上に、コナーは一部の記憶を失っていて、いったい何が起こったのか、そもそも、事故なのか何かの故意による事件なのか、そういった詳細が不明なわけです。グリーンランドの基地は閉鎖して撤収するところで、気象条件が悪くて飛行機が着陸できず、3人が最後に残されていたのですが、そのうちの1人がコナーで、コナーとは別の2人、すなわち、スティグラーとヘンリーが死亡しています。しかも、不可解なことに、死んだ2人のうち、1人の遺体は原型を止めずに完全に灰になっている一方で、もう1人はそこまで焼けていません。ジャックはコナーと面会するものの、精神科医としての判断は、コナーが嘘をついているという結論でした。火災以前にさかのぼって、何せ、CIAからの真相究明要請ですので、いろんな方法で事実関係を探り出し、最後には真相を解明し、実にハードボイルドにも主人公ジャック自身が体を張ったりもします。コナーの婚約者で、田舎から首都に出てきた可憐な女性も魅力的です。精神科医を主人公にしたハードボイルドなミステリ/スパイ小説というのは、ひょっとしたら無敵かもしれません。繰り返しになりますが、とてもいい作品です。ミステリーランキングで上位に入る可能性が十分あると私は予想しています。でも、外れたらごめんなさい。

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