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2025年1月22日 (水)

消費停滞はインフレだけが原因ではない

先週1月17日、ニッセイ基礎研究所から「可処分所得を下押しする家計負担の増加」と題するリポートが明らかにされています。賃金が長期に渡って伸び悩む中で消費は持ち直しつつありますが、物価高を主因として低迷していることは事実です。ただ、このリポートでは物価高だけではなく税と社会保障負担の高まりについても着目しています。まず、6点示されているリポートの要旨から最初の4点を引用すると以下の通りです。

要旨
  1. 個人消費は持ち直しているものの、可処分所得の伸び悩みを主因として依然としてコロナ禍前の水準を下回っている。
  2. コロナ禍以降の実質可処分所得減少の主因は物価高であるが、税、社会負担を中心として家計負担が高まっていることも可処分所得の下押し要因となっている。
  3. 社会負担比率は1994年の13.5%から2023年の19.7%までほぼ一本調子で増加している。また、税負担比率は1994年の7.6%から2003年に5.8%まで低下した後、上昇傾向となり、2023年は7.4%となった。
  4. 家計の所得税額は給与を上回るペースで増えている。「民間給与実態統計調査」によれば、給与総額に占める所得税額の割合は2010年の3.86%から2023年には5.10%まで上昇した。各給与階級の税額割合が上昇していることに加え、税率が高い給与階級の給与所得者数の割合が高まっていることがその理由である。

実は、同じ日付の1月17日に開催された経済財政諮問会議に内閣府から提出された「中長期の経済財政に関する試算」では、何と、高成長実現ケースや成長移行ケースのみならず、過去投影ケースですら2026年度から国と地方のプライマリバランス(PB)のGDP比が黒字に転換するとの試算が示されていました。まあ、やむを得ないかもしれませんが、メディアはこぞって「2025年度黒字化の目標から後ズレ」を指摘しつつも、いかにもプライマリバランス(PB)の黒字化がめでたいような論調の報道を繰り広げていました。下は「中長期の経済財政に関する試算」から 国・地方のPB対GDP比 のグラフを引用しています。

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おそらく、私は数多いエコノミストの中でも財政収支の黒字化に対して呑気に構えている方であることは確実でしょうし、プライマリバランスとは別に、ニッセイ基礎研究所のリポートでは消費との関係で税や社会保障負担の増加が好ましいかどうかの議論に一石を投じているように見えます。ですので、簡単にグラフを引用しつつ取り上げておきたいと思います。

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上のグラフは、ニッセイ基礎研究所のリポートから 所得税額と税額割合の推移 を引用しています。一見して理解できるように、リーマン・ショック直後の2009年度を底にして、所得税額もその税率も上昇していることが見て取れます。しかも、これはグラフの描き方次第ではありますが、税率の上昇に従って、所得とは独立に、所得税額が増加しているように見えます。ようするに、リーマン・ショック以降の15年ほどの間、賃金や所得はそれほど増加していない一方で、税率が上昇して所得税額が増加している可能性があるわけです。

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続いて、上のグラフは、ニッセイ基礎研究所のリポートから 税額増加の要因分解(2010年→2023年) を引用しています。対象期間に所得税額は約5兆円増加していますが、この5兆円の変化に対する寄与で見て、給与総額変化要因が半分の2.5兆円を占めるものの、他方で、給与階級別の税額割合変化要因が1.3兆円、給与階級構成比変化要因が1.1兆円との試算結果が示されています。5兆円に上る税額増加の半分は賃金や所得の増加ですが、残り半分は税額割合の変化、すなわち、広い意味での税率の上昇ということです。この所得税額の増加は、プライマリバランスが黒字化に向かっている要因のひとつであることは明らかです。
したがって、ニッセイ基礎研究所のリポートでは、「名目所得の増加によってより高い税率が適用される課税所得区分に移行することで、実質的な増税となる『ブラケットクリープ』が生じている可能性」を指摘し、消費の回復のための実質可処分所得の増加が必要であり、そのためには、ブラケットクリープへの対応が求められる、と結論しています。
賃金がようやく上昇し始めたとはいえ、その分だけ、というか、ひょっとしたら、それ以上に、所得税や社会保障負担が増加したのでは消費の活性化は望めません。消費を犠牲にしたプライマリバランスの改善がどこまでめでたいか、必要か、についてはしっかりと議論する必要があります。

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