新年初めの今週の読書は小説ばかり計3冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、方丈貴恵『少女には向かない完全犯罪』(講談社)は、臨死状態で幽霊として現れた完全犯罪請負人と小学6年生女子のコンビが犯人探しに取り組むミステリです。潮谷験『伯爵と三つの棺』(講談社)は、ナポレオン時代に三つ子のうちの誰が犯人か、またその犯行動機などを推理するミステリです。有栖川有栖ほか『慄く』(角川ホラー文庫)は、角川ホラー文庫30周年記念ソロジーの第3弾となります。
今年の新刊書読書は2025年が始まって、まずはこの3冊だけです。ただし、有吉佐和子『青い壺』(文春文庫)と小川洋子『ミーナの行進』(中公文庫)の2冊も読んでいます。新刊書ではないので、本日の読書感想文ブログには含めませんが、以下の3冊のレビューとともに、Facebookやmixiなどでシェアします。
まず、方丈貴恵『少女には向かない完全犯罪』(講談社)を読みました。著者は、京都大学ミステリ研究会ご出身のミステリ作家です。京都大学卒業ですので、私の後輩ということになります。すでに数冊の特殊設定ミステリを出版していて、私は知りうる限りすべて読んでいると思います。本書の主人公は2人、まず、30才男性の黒羽烏由宇は完全犯罪請負人として、被害者遺族に代わって法で裁けない犯罪者に復讐を請け負っていましたが、3月半ばに何者かによってビルの屋上から突き落とされ臨死状態となります。もう1人の三井音葉は小学6年生の女子で、黒羽烏由宇に仕事を依頼してようと接触していた三井海青・赫子夫妻の娘であり、この2人は黒羽烏由宇がビルから突き落とされた当日に、その当の黒羽烏由宇との待合せ場所で惨殺死体となって発見されています。ただ、死亡推定時刻から黒羽烏由宇は三井海青・赫子夫妻の殺害犯人でないとされます。すなわち、黒羽烏由宇の死亡推定時刻は三井海青・赫子夫妻の後、ということです。その3月半ばから4か月余りを経過した7月になって、黒羽烏由宇が臨死状態のまま幽霊になってしまいます。そして、三井音葉は極めてめずらしい例ながら、この幽霊を見ることや会話をすることができる、という設定です。幽霊とコミュニケーションを取れるのは、この小説の中では三井音葉です。しかも、今まで数人の幽霊と接してきた三井音葉の経験から、幽霊でこの世にとどまれるのは1週間というタイムリミットとなります。そして、単純にいえば、黒羽烏由宇が頭脳を働かせて推理し、三井音葉が手足となって動き回って、同一犯人と目される黒羽烏由宇と黒羽烏由宇は三井海青・赫子夫妻の殺害犯人を探すことになります。そして、推理の中で、いわゆるどんでん返し、というか、いくつかの解釈が可能な、本書でいうところの「多重解決」が披露されます。このあたりはミステリですので読んでみてのお楽しみ、ということになりますが、タイトルや殺害方法など、いくつかの古典的なミステリへのオマージュが込められていて、それはそれで本書の読書の楽しみのひとつかもしれません。でも、誠に残念ながら、私自身がホロヴィッツ『死はすぐそばに』の見事な多重解決のミステリを読んだところですので、さすがに最後の結末は、本書の作者にしてホロヴィッツには力及ばず、という気がしないでもありませんでした。
次に、潮谷験『伯爵と三つの棺』(講談社)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、すでに出版された作品の中で、私は純粋な悪が存在するかをテーマにした『スイッチ』を読んだことがあります。なお、タイトルは当然ながらフェル博士を主人公にしたジョン・ディクスン・カーの長編推理小説『三つの棺』を下敷きにしていることがうかがえます。でも、本書は密室トリックを応用している点は同じですが、不可能犯罪、というわけではありません。まず、時代と舞台は、フランス革命後のナポレオン時代ですから、19世紀初頭のヨーロッパ、一応、国土統一に向かってはいるものの、まだ大貴族の領土が群雄割拠しているに近い状態の継水半島という架空の地域です。大貴族の「群雄割拠」の一例としては、国家単位の警察機能が確立されておらず、大貴族のそれぞれの所領で貴族の家臣である公偵が捜査や逮捕などの警察機能を担っている、という設定です。主人公は大貴族であるD伯爵の家臣として書記を務めているクロという10代半ばか後半の男性です。D伯爵の書記ですので、D伯爵の行動や言動を書き留めておくのがお役目です。後に、クロはD伯爵家の使用人から外交官となって、自身も伯爵の爵位を授けられます。まず、物語の十数年前に、D伯爵ほどの上級貴族ではない下級貴族の女性が吟遊詩人との間に密通をして3人の子ども、というか、三つ子を私生児として生むというウワサになるですが、20年近く経過して、その三つ子の父親と目される吟遊詩人がナポレオン治世下のフランスの国会議員の代理として継水半島や、中でもD伯爵領やって来ることになります。そして、D伯爵領の要衝にある四つ首城を任されていたのが、このフランス国会議員の名代としてやって来る元・吟遊詩人を父とするといわれている三つ子なのですが、元・吟遊詩人がその四つ首城にやって来てすぐに殺害されてしまいます。犯人は明確に目撃されていて、三つ子のうちの誰かであることは間違いないのですが、何せ三つ子ですので顔貌だけでは見分けがつきません。という殺人事件を、D伯爵本人が、また、D伯爵領の警察機能を担う公偵が推理するというミステリです。時代背景として、諮問については英国のスコットランドヤードやフランスのパリ警視庁なんかで、かなり実用化が進められていますが、まだ本書の舞台である継水半島では利用できず、もちろん、DNA鑑定なんてまったくSF日開という時代ですので、かなり論理的な犯人特定がなされます。また、本書は、いくつかの真相があり得る多重解決のミステリとなっています。最近、私が読んだ中ではホロヴィッツ『死はすぐそばに』が、同じようにいくつかの真相があり得るミステリだったのですが、本書もかなり完成度高くて、ホロヴィッツ作品に近い仕上がりとなっています。
次に、有栖川有栖ほか『慄く』(角川ホラー文庫)を読みました。著者は、ホラー作家、ミステリ作家です。本書は角川ホラー文庫30周年を記念した「最恐の書き下ろしアンソロジー」の第3弾、すなわち、小野不由美ほか『潰える』と宮部みゆきほか『堕ちる』に続く作品となっています。収録作品は6話の短編であり、まず、有栖川有栖「アイソレーテッド・サークル」では、大学の探訪部が夏合宿で、UFOの目撃情報がある山に行くため、神隠し伝説のある山を通るのですが、一行は道に迷ってしまいます。何やら不明な施設に入りますが、そこに人間ならざる怪異が現れてしまうわけです。北沢陶「お家さん」では、明治末期か大正期くらいの時代設定で、大阪は船場の和薬問屋で、丁稚奉公することになった長吉は、意地悪な跡継ぎの嬢さんにいじめられるのですが、主人の母親であるお家やさんだけは「ええ子やな」といわれて可愛がられるようになりました。でも、そのお家さんには秘密があるわけです。背筋「窓から出すヮ」では、新人作家が次の作品のネタをなかなか決められずにいたところ、幽霊、妖怪っぽい一つ目小僧、タクシー運転手の怪談。怖いCMについての都市伝説、などなど、いくつかプロットを書き記していくうち、「窓から出すヮ」という奇妙なタイトルのブログ記事が目に留まります。いくつもの怪談が語られるうち、最後に恐るべき真相が明らかになります。怪談そのもののメタな構造がこの作者らしいと感じられます。私はこの作品がイチ推しです。櫛木理宇「追われる男」では、23歳の会社員である主人公=あなたは、飲み会で厭味な係長に絡まれ連れ出されて、ソープランドの外で係長とともに容貌魁偉な大男とトラブルを起こし、その得体の知れない凶暴な大男にひたすら追いかけられる、というシンプルなスリラーです。どうして主人公が二人称の「あなた」なのかがラストでポイントになります。貴志祐介「猫のいる風景」では、映像作家である叔父が、自宅のマンションに来た姪とたわいない会話を交わします。飼い猫のビグルとトレーグルの話、村上春樹の『ノルウェイの森』の話、そして自ら命を絶ったもう1人の姪の話などなど、高級なワインをグラスに注ぎつつ、叔父は自分の秘密に姪が気づいていると感じます。すなわち、姉の自殺に疑問を抱いた妹と秘密を抱えた叔父との心理戦が展開されるサスペンスホラーなのですが、姪の優秀さに叔父の方がまったくついていけずに、それほどサスペンスタッチになっていない気がしました。恩田陸「車窓」では、出張の帰路の新幹線での同僚の与太話から始まり、富士山の見えるころに車窓から見える「727」の謎看板にまつわるホラーです。ページ数は少ないのですが、濃密です。「窓から出すヮ」に続いての私の推しです。
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