今週の読書感想文は以下の通り大学の講義の参考に読んだ経済書4冊をはじめとして計10冊です。
まず、浅子和美・飯塚信夫・篠原総一[編]『新 入門・日本経済』(有斐閣)は、私が来年度4月からの講義で教科書として使う予定で、昨年2024年11月に新しい版が出ましたので授業資料作成の必要も含めてチェックしておきました。大守隆・増島稔[編]『日本経済読本[第23版]』(東洋経済)も、来年度4月からの授業の参考のためにやや斜めに読んでおきました。私も顔見知りの官庁出身者が多数執筆しています。釣雅雄『レクチャー&エクササイズ 日本経済論』(新生社)は、日本経済を題材にしてデータを用いたミクロ経済学とマクロ経済学の分析について解説していて、GoogleスプレッドシートやPythonを使った計算や練習問題も豊富に収録されています。宮本弘曉『私たちの日本経済』(有斐閣)は、今まで何度も言い尽くされてきた内容で、結局は生産性向上に議論を収束させている印象であり、控えめにいって常識的、有り体にいって平凡、といえます。坂本慎一『西田哲学の仏教と科学』(春秋社)は、臨済禅との関係が深いと考えられてきた西田哲学について、曼荼羅などの真言宗の現代教学との関係を探っていたり、数学や物理学とも関連付けて西田哲学の広がりを論じています。増山実『今夜、喫茶マチカネで』(集英社)は、大阪大学豊中キャンパス最寄りの阪急の駅前の商店街についての逸話を語る「待兼山奇談倶楽部」のお話を収録した形を取ったファンタジー小説です。小塩真司『「性格が悪い」とはどういうことか』(ちくま新書)は、ダークな性格についてマキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズム、サディズムの4大要素を上げ、社会的成功や恋愛あるいは家族関係における心理的特徴を分析しています。鈴木洋仁『京大思考』(宝島社新書)は、東京都知事選挙で小池知事に次ぐ2番目の得票を得た候補者を題材にして、「石丸伸二はなぜ嫌われてしまうのか」という副題で、その大きな理由として「京大思考」や「京大話法」を考えています。C. S. ルイス『ナルニア国物語1 ライオンと魔女』と『ナルニア国物語2 カスピアン王子と魔法の角笛』(新潮文庫)は、洋服ダンスからナルニア国に迷い込んだピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーの4人きょうだいが、ナルニア国のために、アスランとともに白い魔女と戦い、また、人間界での1年後に、正当な王の血を引くカスピアンや協力してくれるドワーフらとともに、王位を簒奪したミラーズに戦いを挑みます。
今年の新刊書読書は年が明けて先週までに29冊を読んでレビューし、本日の10冊も合わせて39冊となります。Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。なお、2月10日発売の『文藝春秋』2025年3月号を買い込みました。芥川賞受賞作2作品「DTOPIA」と「ゲーテはすべてを言った」の全文が掲載されています。選評とともに楽しみたいと思います。
![浅子和美・飯塚信夫・篠原総一[編]『新 入門・日本経済』(有斐閣) photo](http://pokemon.cocolog-nifty.com/dummy.gif)
まず、浅子和美・飯塚信夫・篠原総一[編]『新 入門・日本経済』(有斐閣)を読みました。編者は、それぞれ大学教授をお務めになったエコノミストです。実は、私は大学の授業では教科書を指定していて、この本の旧バージョンである同じ出版社と編者による『入門 日本経済[第6版]』を現在の大学に着任した2020年から使い続けてきましたが、昨年2024年11月になって新しいバージョンに改訂されたので、一応、来年度4月からの授業で教科書として使うべく目を通しておきました。どうでもいいことながら、10年以上も前に長崎大学に現役で出向していたころにも、この教科書の古い版を、たぶん、第3版か第4版を使っていた記憶があります。多分に意識されていることとは思いますが、大学のセメスターごと14-15回の授業で割り振りやすいような章構成になっています。前回の版は2020年3月という実にコロナ直前でしたので、今回はかなり大きく手を加えられています。ただ、日本経済の戦後の歩みが第Ⅱ部の発展編に回されてしまっていて、授業では章ごとに最初から追うのではなく、戦後の歴史を最初に持って来ようかとも考えていたりします。第Ⅰ部が企業、労働、社会保障、政府、金融、貿易と型通りに配置されていて、私には使いやすい教科書となっています。また、貿易に続く最後の方に以前の版では、農業、環境が置かれていたのですが、スッパリとなくなりました。はい。マクロエコノミストの私にはいい方向での改訂であると受け止めています。加えて、もう昔のお話ということなのだろうと思いますが、アベノミクスやその一端を担った黒田総裁当時の日銀の異次元緩和政策などもほぼ片隅に追いやられた印象です。いずれにせよ、私は授業では教科書を指定することにしています。その方が明らかに学習効果が上がって、コスパがいいからです。でも、私の周囲を見渡す限り、教科書を指定せずに、教員手作りのスライドやハンズアウトで授業を進める場合も少なくないように感じます。インターネット空間が発達して、役所の白書類なんかは手軽にpdfでダウンロードできるようになりましたし、「通商白書」なんぞは印刷版は出版すらされなくなって、ネットのpdfだけになりました。こういった流れは今後も進むものと思いますが、本棚に何冊か本が並んでいて、私のように60歳を大きく超えても大学のころの思い出を得られるのは悪くないと思います。とはいえ、教科書だけでは不足する部分もあるわけで、4月の春学期の開講までに大雑把な授業資料を作成しようと悪戦苦闘しているところです。今年の春休は忙しそうです。
![大守隆・増島稔[編]『日本経済読本[第23版]』(東洋経済) photo](http://pokemon.cocolog-nifty.com/dummy.gif)
次に、大守隆・増島稔[編]『日本経済読本[第23版]』(東洋経済)を読みました。編者は、いずれも経済企画庁・内閣府のエコノミスト経験者であり、各チャプターごとの著者もそういった人が並んでいる印象です。本書は出版社からご寄贈で送っていただき、今年2025年春学期からの授業準備で目を通しています。さすがに、というか、何というか、役所出身者らしく、理論的な詳しい解説というよりも、いろんな事実関係をいっぱい集めてきて、資料集的に使う分にはとても有益そうな気がします。15章構成ですので、いくぶんなりとも、大学での授業を意識していることは確かなのでしょうが、私にとってはこの本に即した授業というのは、やや荷が重い気がします。トピックが系統立って並んでいるわけではなく、それぞれのチャプターごとの著者がさまざまな事実関係や資料を集めてきているという印象です。編者は単純に集めただけで、本としての統一性というと大げさながら、何か芯を通しているわけではないような気がします。ただ、いろんな事実関係を集大成していますので、悪い表現ながら、つまみ食いをして、いくつかのパーツをもらってくる分には、とてもいろんなコンテンツを集めているだけに、助かる部分が大きいと感じています。私自身もそうなのですが、狭い分野での専門性が高いというよりも、幅広い分野におけるオールラウンドな経済学を幅広くこなすのが、官庁エコノミスト出身者のひとつの特徴であろうと思います。本書も情報量ではさすがのレベルに達しており、とても有益な読書でした。しっかりと、他の本も勉強して、4月からの授業に備えておきたいと思います。また、読むだけでなく、こういった本にインスパイアされて、授業資料の方もできるだけ情報量豊富に学生諸君に提供したいと思います。。

次に、釣雅雄『レクチャー&エクササイズ 日本経済論』(新生社)を読みました。著者は、武蔵大学経済学部教授です。本書は2023年の出版なのですが、今年2025年春学期からの授業準備で目を通しています。タイトル通り、かなり理論的な分析にも力が入っているようで、冒頭に現状分析、理論分析、数量分析から分析結果の発表に至る分析プロセスが示されています。また、物価指数の計算式や成長会計の微分による寄与度分解なども示されていて、理論を数式で持って表すことも回避しようとはしていません。時折、一般読者向けに「平易に」語ろうとして、かなりムリに数式を回避して、かえって話をややこしくしている本がありますが、本書は数式で書くべき部分はそれを回避せず数式で示している、という点で、少なくとも私には好感が持てました。こういった理論的な展開をキチンと示しておくと、予算規模がxx兆円で、雇用者のうちのxx%が製造業、などといった高校社会科的な経済学から距離をおいて新鮮に見える学生も少なくない気がします。本書は日本経済を初めて学ぶ初学者向けという見方もありますし、各テーマごとに練習問題も章末においてあり、ゼミなどでの補助教材という出版社のうたい文句ではありますが、むしろ公務員試験や資格試験向けの自習書としても意識されているのかもしれません。というのは、シラバス作成の補助的な解説も含まれているものの、7章構成となっていて、大学の大規模講義などの授業向けにはどうかという気がしますし、時折、Googleスプレッドシートの利用やPythonによるプログラミングも解説されていますので、補助教材もしくは自習者向けという印象を強く持ちます。一応、日本経済というよりも、日本経済を題材にしたマクロ経済の実践的な分析を行うための参考図書として位置づけられているのかもしれません。ですから、日本の物価についてマクロ経済学的な解説や分析はなされていますが、デフレについてはほとんど言及がありませんし、雇用や労働についても、日本的な雇用慣行、すなわち、長期雇用や年功賃金についてもほとんど無視されていて、日本の労働データを用いた分析が主となっています。でも、それはそれで、単に日本経済の特徴を暗記するという勉強とは違う目的で書かれているようですので、その点を承知の上で読み進む必要があります。

次に、宮本弘曉『私たちの日本経済』(有斐閣)を読みました。著者は、財務省研究所の研究官です。本書は2部構成であり、第Ⅰ部では問題編として現状分析が展開され、第Ⅱ部ではそういった問題をいかに解決するかが提案されています。要するに、スラッと日本経済を分析するのではなく、今までの日本経済、というか、バブル経済崩壊以降の長期低迷を続ける日本経済の問題点を分析し、それらをいかの解決するのか、という実に大上段に振りかぶった意図を持っています。ただ、結論としては労働生産性の向上というところに収束させている気がして、まあ、本書で示された解決策らしきものは、控えめにいって常識的、有り体にいえば従来説をなぞっただけで平凡そのもの、としか私の目には移りませんでした。こういった内容で満足する学生がそれほどいるとは思えませんが、1年生くらいであれば何とかなるのかもしれません。繰り返しになりますが、常識的といえば常識的な気がします。判り切っている日本経済の課題に対して、東大や京大や何やの大学教授が束になって取り組んで、もちろん、財務省や経済産業省や日銀などのエリート集団がさまざまな解決策を提示しても、まったく30年間、何も動かなかったわけですから、本書で示された常識的な解決策が、どこまで効果が期待できるかは私には不明です。私は中年男性を相手にする時なんかによくゴルフに例えるのですが、「ティーアップしてドライバーを振って、フェアウェイ真ん中に250ヤードくらい飛ばしましょう」では、何の解決にもならないわけです。それが出来ないからみんな困っていることを理解すべきです。特に、雇用や生産性については、このブログでも何度か書いてきましたが、本書でも生産性の向上を第Ⅱ部の第10章で眼目のひとつにしていて、そのためには雇用の流動化が必要という結論です。しかし、現在の日本経済での雇用の流動化は雇用主の方が雇用者を解雇するハードルを下げたいというだけであり、まったく何の解決にもなっていないという点を理解すべきです。雇用の流動化は高圧経済下で職を離れた労働者が希望する雇用条件にあった職を容易に見つけられる環境下でなければ、おそらく、縮小均衡に近い景気悪化を招くだけであり、現時点での労働分配率の低下と消費の停滞という悪しきスパイラルをさらに悪化させる可能性が高い、と気づいて欲しいと思います。ただ、最終章で教育について着目している点は私は高く評価したいと思います。もっとも、従来から日本では初等中等教育についてはOECDによるPISAの結果などを見ても十分な成果が上がっている一方で、おそらく、大学以降の高等教育のレベルで劣後している点は十分な焦点が当たっていない気がします。

次に、坂本慎一『西田哲学の仏教と科学』(春秋社)を読みました。著者は、PHP研究所の研究者です。本書は、タイトル通りに、西田哲学における仏教と科学という、一見して混じり合わない2つの要素について論じています。なお、後者の科学については、主として物理学と数学を念頭に置いているようです。私も京都大学の卒業生ですが、現在までの京都大学における代表的な知性としては、西田教授の哲学と湯川教授の物理学を上げることが出来ます。私はさすがに西田教授の方は年代的に重なるところがありませんでしたが、湯川教授は大阪万博の1970年に京都大学を退官していますので、私は小学校高学年のころに湯川先生の講演会を聞きに行った記憶があります。お話の内容はサッパリ思い出せません。話を戻して、西田教授の哲学は、論文「場所」で明らかにされた西田哲学と呼ばれ、私のような専門外の者からすれば臨済禅との関係性が示唆されていると考えていました。しかし、本書では、場所の論理は曼荼羅の影響が強く、三昧境の即身成仏という真言密教との関係を主張しています。智山大学で教鞭をとっていた西田教授の教え子の何人かから、そういった結果を引き出しています。そして、臨済禅との関係を主張する京都学派と近代真言教学に立つ智山大学に連なる智山学派を比較して、そういった結論を後づけているわけです。私はエコノミストであって、哲学は専門外ですので、西田哲学については、ありきたりな一般的理解があるだけで、仏教についても密教はまったく不案内で禅についても詳しくないので、何とも判りかねる部分は残りますが、本書の主張の一貫性は認められます。後半の数学ないし物理学との西田哲学の関係についてもよく似た理解で、湯川先生の理論の背景には西田哲学の場所の論理があるという可能性は十分認めことができます。当然、ヒトの意識を持って作り上げたものではない自然界の現象を解き明かそうとする試みですから、何らかの哲学的なバックグラウンドを感じるのは、ある意味で、自然なことではないかと思います。特に、西洋近代と接触を開始した時点で、経済学のようにまったく日本国内で発達していなかった学問体系に対して、和算は西洋数学と比較してもすでにかなりの水準に達しており、西田哲学と同じく、問題を立てて解いていくスタイルが和算から導かれるとする見方も出来ることは事実かと受け止めています。ただ、PHP研究所らしく、そこに松下幸之助の経営哲学まで持ち込むと、少し怪しいと感じる向きもあろうかと思います。西田哲学の大きな広がりを感じることが出来た読書でした。

次に、増山実『今夜、喫茶マチカネで』(集英社)を読みました。著者は、小説家なのですが、最近では第10回京都本大賞を受賞した『ジュリーの世界』の書名を聞いたことがあるだけで、誠に不勉強にして、私には初読の作家さんだと思います。舞台は阪急沿線で大阪大学豊中キャンパスの最寄り駅である待兼山の駅前商店街となっています。昭和29年1954年に両親が始めた1階の書店を兄が、2階の喫茶店を弟が継いでいましたが、阪急の駅名を変更して「待兼山」の名が消えるタイミングで閉店することとなります。残された数か月の間、月に1回毎月11日に喫茶店閉店後の夜9時から「待兼山奇談倶楽部」として、商店街にゆかりの人々が話をする企画が生まれます。その数回のお話をテーマとした連作短編集です。収録順にあらすじを取り上げると、まず、「待兼山ヘンジ」では、英国のストーンヘンジよろしく、待兼山の電車から年に1回だけ駅西口からまっすぐに延びる道路に夕陽が沈む日があり、待兼山ヘンジと呼ばれ、恋が叶うといいます。「ロッキー・ラクーン」では、商店街のカレー店のマスターが店名に取った競走馬のロッキーラクーンにまつわる話、特に、中央競馬を引退して地方競馬に移ってからの活躍を話します。「銭湯のピアニスト」では、阪大生だった女性が、ピアノを弾くクラブのアルバイトがだめになって経済的に困窮し、銭湯の待兼山温泉で住込みのアルバイトとして雇われ、夜遅くにピアノを弾かせてもらっていたところ、ストリッパーが大阪公園の1か月だけ泊まらせて欲しいといいだします。「ジェイクとあんかけうどん」では、能登屋食堂を息子夫婦と切り盛りする女将さんが、10年ほどの間いっしょに住んでいて帰国したフィリピン人のジェイクと亡くなったご主人の思い出話をします。「恋するマチカネワニ」では、書店・喫茶店の向かいのビルでバーを経営するゲイの男性が、小中学生のころに化石の発掘に連れて行ってもらっていた年上の兄貴分との話をします。「風をあつめて」では、米国のイラク空爆に対して駅前で抵抗の歌を歌っていた阪大の女子学生に対して、古老が終戦直後の労働争議の逸話を語るお話です。最後に、「青い橋」では、阪急電車の運転手を定年退職した常連が橋の袂にあるポストの色の違いに気づき、待兼山と石橋の違いを知るというファンタジーです。というか、最後のお話だけでなく、すべてがファンタジーなのですが、すべてについていいお話を集めてあります。世紀の変わり目のお話も少なくありませんが、昭和の話に感激するのは私のような年配者だけかもしれません。

次に、小塩真司『「性格が悪い」とはどういうことか』(ちくま新書)を読みました。著者は、早稲田大学文学学術院教授であり、ご専門はパーソナリティ心理学、発達心理学だそうです。タイトルにある「性格が悪い」というのは、スラッと理解すれば「意地悪」ということなのだろうと思って読み始めましたが、副題にあるようにダークな性格ということのようです。そして、そのダークな性格の3大要素がマキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズムであり、Dark Triadと呼ばれています。さらに、サディズムを加えた Dark Quad、さらにさらにで、自爆的性格のスパイトを加えて Dark Pentadなども紹介されています。そして、4要素のクアッドの特徴については、pp.32-33のテーブルに取りまとめてあります。私は怖いので自分自身に関してチェックはしていません。スパイトは少し聞き慣れませんが、クアッドの4要素についてはほのかに理解できるものと思います。こういったダークな性格というものを心理学的な観点から明らかにした後、ダークな性格とリーダーシップの関係、例えば、会社などで社会的成功者となるかどうかについて考え、さらに、恋愛や性的関係におけるダークな性格の人について取り上げています。例えば、マッチングアプリで荒らし行為をするとか、です。そして、ダークな性格の心理特性をHEXACO分析などで明らかにし、最後の2章では、ダークな性格が遺伝するのか、また、ダークな性格とは何なのか、あるいは、逆に「良い性格」とはどういったものか、についていくつかの考えを解き明かしています。本書で取り上げているダークな性格では、その趣旨から外在的な外に向かって現れるものが中心で、反社会的な行動につながる可能性が高いものが主となっています。でも、逆に、内在的な、いわゆる気分が落ち込む、というのもそれはそれで重要な気もします。私は、いわゆる心理学のビッグファイブについては、少しくらいの知識や情報がありましたが、ダークな性格に関するこういった分析は初めて接しました。また、本書ではダークな性格のネガな面を強調するだけではなく、ダークな性格とは反対のグリット=やり抜く力についても解説してくれています。幅広く性格の良し悪しについて考えさせられる読書でした。

次に、鈴木洋仁『京大思考』(宝島社新書)を読みました。著者は、神戸学院大学の准教授で、ご専門は歴史社会学だそうです。表紙画像に見える「石丸伸二」という個人名は東京都知事選挙で、現職の小池知事に次ぐ2番目の得票を上げ、蓮舫候補よりも得票したことで注目された候補者です。そして本書は「石丸伸二はなぜ嫌われてしまうのか」という副題で、その理由のひとつ、というか、大きな理由にタイトルの「京大思考」や「京大話法」を上げようとしています。でも、東京都知事選挙の結果を見る限り、それほど嫌われてもいない気もします。といったように、京大生が大好きな「そもそも論」をもって嫌われる理由を探ろうと試みています。はい。私は違うと思います。嫌われるのは、思考や話法ではなく、行政や政治的な思考そのものではないのでしょうか。という観点は本書では希薄であり、もっぱら話法や思考に特化した議論が続けられています。実は、私も本書の著者などと同じ京都大学の卒業生ですが、もっと合理的で、そもそも論ではコミュニケーションが成り立たない、少なくとも効率的なコミュニケーションは成り立たない、と考えています。小さい子どもの「どうして」と同じという受け止めです。しかし、私でも会話、というよりも問答のコミュニケーションが成り立たず、問いがおかしい、あるいは、問いに対する答えが意味をなしていない、と感じる場合がいくつかあります。数年前、ミスター・ドーナツでドーナツを買おうとすると「お召し上がりですか」と聞かれたことがあります。マニュアルでそうなっているのでしょう。私は目を白黒させて、ドーナツを食べずに鉢植えの肥料にでもするケースがあるのだろうかと考えてしまいました。でも、どうやら質問の趣旨は店内で食べるか、あるいは、持ち帰るか、という質問だったようです。その後、私は聞かれる前に先駆けてイートインかテイクアウトかを意思表示するようにしています。その後、マニュアルは改善されたのかどうか気にかかるところです。また、役所にいたころ、隣の部署の人に缶切りを借りに行ったところ、「この頃の缶詰は全部パッカンだから」といわれてしまいました。パッカンだから缶切りは必要ない、ということなのでしょうが、y/nで回答できることを理由を回答して済ませるというのは、効率悪いという気がします。その昔に、ご存命だった糸川博士がクイズ番組に出演して、問の趣旨をじっくりと確認していたことを記憶しています。言葉の定義次第で回答が異なる、ということなのでしょう。私は効率のいいコミュニケーションを求めがちで、その意味で、京大話法や京大思考は効率悪いと感じるのですが、効率悪くても正確なコミュニケーションが必要になることは十分ありえる点はいうまでもありません。


次に、C. S. ルイス『ナルニア国物語1 ライオンと魔女』と『ナルニア国物語2 カスピアン王子と魔法の角笛』(新潮文庫)を読みました。著者は1963年に没していますが、碩学の英文学者であり、英国のケンブリッジ大学教授を務めています。「ナルニア国物語」のシリーズが、今般、小澤身和子さんの訳しおろしにより全7巻とも新訳で新潮文庫から順次出版される運びのようです。ということで、今さら、多くを付け加えることはありません。第1巻である『ライオンと魔女』は、私は前にフルタイトルの「ライオンと魔女と洋服ダンス」のタイトルの本を読んだ記憶がありますが、ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーの4人きょうだいが疎開先の教授の家にある洋服ダンスからナルニア国に迷い込みます。ナルニア国は白い魔女が支配して、クリスマスも来ない冬が続いています。ライオンのアスランとともにきょうだい4人が、白い魔女からナルニア国を取り戻すべく戦いを挑みます。『カスピアン王子と魔法の角笛』は、アスランとともに白い魔女と戦った1年後、きょうだい4人はまたしてもナルニア国に不思議な角笛の力によって呼び寄せられます。人間界では1年でも、ナルニア国では何と1300年が経過しており、テルマールから侵略を受け王宮は廃墟となっていました。しかも、先の王の弟ミラーズが王を殺して、ナルニア国の王位を簒奪していました。きょうだい4人は、先の王の子で正当な王の血を引くカスピアンや協力してくれるドワーフらとともに、ミラーズに戦いを挑みます。
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