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2025年2月28日 (金)

3か月連続の減産となった鉱工業生産指数(IIP)と物価上昇見合いの増加を示す商業販売統計

本日は月末の閣議日ということで、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が、それぞれ公表されています。いずれも1月の統計です。IIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から▲1.1%の減産でした。3か月連続の減産となります。また、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+3.9%増の13兆6230億円を示し、季節調整済み指数は前月から+0.5%の上昇を記録しています。まず、ロイターのサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

鉱工業生産1月は前月比1.1%低下、3カ月連続マイナス
経済産業省が28日発表した1月の鉱工業生産指数速報は前月比1.1%低下と、3カ月連続のマイナスとなった。ロイターがまとめた事前予測は1.2%低下。
12月(確報値)の0.2%低下より大幅なマイナスだった。
業種別では、半導体製造装置が19.4%減少するなど、生産用機械のマイナス寄与が最も大きかった。スマートフォンで使うモス型メモリを含む電子部品・デバイスも5.4%減少し、下押し要因となった。
半面、自動車や鉄鋼・非鉄金属、化学は増産となった。
全15業種のうち9業種が低下、6業種が上昇。経済産業省は生産の基調判断を「一進一退」に据え置いた。
企業の生産計画から算出する予測指数は2月が前月比5.0%上昇、3月が同2.0%低下となった。
小売業販売額1月は前年比3.9%増、燃料・医薬伸びる=経産省
経済産業省が28日に発表した1月の商業動態統計速報によると、小売業販売額(全店ベース)は前年比3.9%増の13兆6230億円だった。ロイターの事前予測調査では4.0%増が予想されていた。 ガソリン価格上昇が押し上げたとみられるほか、ドラッグストアなどの販売増加が寄与した。
業種別の前年比はガソリンスタンドなどの燃料小売が8.7%増、ネット通販など無店舗小売が8.0%増、自動車が5.9%増、医薬品・化粧品が4.9%増、家電などの機械器具が2.8%増、織物・衣服が1.0%増、飲食料品が0.9%増だった。
業態別の前年比は、ドラッグストアが6.2%増と大きく伸びた。調剤医薬品、化粧品、食品のいずれも伸びた。このほか、家電大型専門店が5.0%増、百貨店が4.4%増、スーパーが4.1%増、コンビニエンスストアが4.1%増、ホームセンターが0.6%増だった。

2つの統計から取りましたので、やや長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にはある通り、ロイターによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)は▲1.2%の減産、また、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、同じく▲1.2%の減産が予想されていましたので、実績である▲1.1%と大きな差はなく、2か月ぶりの減産ですが、特段のサプライズはありません。統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断については、「一進一退」で据え置いています。先行きの生産については、製造工業生産予測指数を見ると、引用した記事にもある通り、足下の2月は補正なしで+5.0%の増産、3月は▲2.0%の減産なのですが、上方バイアスを除去した補正後では、2月の生産は+2.3%の減産と試算されています。1-2月の生産は中華圏の春節によるかく乱効果が無視できず、季節調整でこのかく乱要因が除去しきれていない印象を私は持っています。経済産業省の解説サイトによれば、1月統計における生産は、生産低下方向に寄与した産業として、生産用機械工業が前月比▲12.3%の減産で▲1.12%の寄与度を示したほか、電子部品・デバイス工業が▲5.4%の減産で▲0.32%の寄与度、電機・情報通信機械工業が△3.1%の減産で△0.27%の寄与度、などとなっています。他方で、生産上昇方向に寄与したのは、自動車工業が+6.9%の増産で+0.88%の寄与度、鉄鋼・非鉄金属工業が+2.3%の増産で+0.14%の寄与度、化学工業(除、無機・有機化学工業・医薬品)が2.7%の増産で+0.12%の寄与度、
広く報じられている通り、米国ではトランプ政権発足に伴って関税引上げを連発していて、輸出にいく分なりとも依存する我が国の生産の先行きは極めて不透明です。表明されている25%の米国関税の引上げが自動車工業などに及ぼす影響については、注視する必要があります。

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続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない原系列の小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数をそのまま、それぞれプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。小売業販売のヘッドラインは季節調整していない原系列の前年同月比で見るのがエコノミストの間での慣例なのですが、見れば明らかな通り、伸び率はまだプラスを維持しているものの、やや伸びに鈍化が見られます。季節調整済みの系列では停滞感が明らかとなっていて、昨年2024年9月△2.2%の減少、10月も△0.2%の後、11月こそ+1.9%と増加を示しましたが、12月統計では再び▲0.8%減、本日公表の今年2025年1月統計では+0.5%の伸びにとどまりました。引用した記事にある通り、ロイターでは季節調整していない原系列の小売業販売を前年同月比でみた伸びを+4.0%の市場の事前コンセンサスとしていましたので、実績の+3.9%増はほぼコンセンサス通りです。統計作成官庁である経済産業省では基調判断について、季節調整済み指数の後方3か月移動平均により、経済産業省のリポートでかなり機械的に判断していて、本日公表の1月統計までの3か月後方移動平均の前月比が+0.5%の上昇となりましたので、今月も「一進一退」で据え置かれています。昨年2024年9月の段階で「上方傾向」から「一進一退」と明確に1ノッチ下方修正した後、据置きを続けています。なぜか、鉱工業生産と同じ表現となっています。加えて、参考まで、消費者物価指数(CPI)との関係では、1月統計ではヘッドライン上昇率が+4.0%となっていますので、小売業販売額の1月統計の前年同月比+3.9%の増加は、インフレ率との関係はビミョーであり、実質消費はプラスか、マイナスか、きわどいところといえます。すなわち、小売業販売額の伸びはほぼほぼ物価上昇見合いと考えるべきです。さらに考慮しておくべき点は、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより、部分的なりとも小売業販売額の伸びが支えられている可能性です。したがって、小売業販売額の伸びが国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性は考慮されるべきです。

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2025年2月27日 (木)

総務省統計局「統計で見る都道府県のすがた 2025」

先週金曜日の2月21日に総務省統計局から「統計で見る都道府県のすがた 2025」が公表されています。人口・世帯、自然環境、経済基盤から始まって、当然ながら、都道府県別に12の分野の統計208指標を詳細に明らかにしています。都道府県版だけではなく、市町村版の「統計で見る市町村のすがた 2024」も昨年2024年6月に公表されています。大学はもちろん、中学校・高校にも、また、各地の図書館に蔵書していただきたい気がするのですが、pdfで気軽にダウンロードできますので、ソチラの方で十分なのかもしれません。

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2025年2月26日 (水)

紀要論文が掲載される

大部分の国民にはそれほど関係ないことながら、60歳を過ぎて年間1本しか書かなくなった学術論文 "Estimating Output Gap in Japan: A Latent Variable Approach" が紀要に掲載されたらしいです。引用情報は以下の通りです。

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上の画像は紀要雑誌の表紙です。2番目の論文が私の論文になります。何をしているかといえば、GDPギャップは内閣府や日銀において生産関数アプローチにより算出・公表されているのですが、本論文ではオークン係数やらフィリップス曲線やらを使って、GDPギャップを観測不能変数として状態空間モデルで表現し、カルマン・フィルターにより解いています。これだけでスンナリと理解できた人がいれば、とてもすごいのですが、これ以上ていねいな説明はめちゃくちゃ長くなります。

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2025年2月25日 (火)

1月の企業向けサービス価格指数(SPPI)は上昇率が+3.1%に加速

本日、日銀から1月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月2024年12月の+3.0%からわずかに拡大して+3.1%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIも前月から△0.1%ポイント縮小の+3.0%の上昇となっています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格、1月3.1%上昇 人件費転嫁続く
日銀が25日に発表した1月の企業向けサービス価格指数(速報値、2020年平均=100)は108.6と前年同月比で3.1%上昇した。伸び率は24年12月(3.0%上昇)から0.1ポイント拡大し、2カ月ぶりの水準となった。幅広い分野で人件費を価格に転嫁する動きが続いている。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格動向を表す。例えば貨物輸送代金や、IT(情報技術)サービス料などで構成される。モノの価格の動きを示す企業物価指数とともに、今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。今回、24年12月分の前年同月比上昇率は2.9%から3.0%に上方修正になった。
内訳をみると、宿泊サービスは16.8%上昇し24年12月(11.9%上昇)から伸び率が拡大した。1月末から春節(旧正月)が始まり、中国などアジア圏からの訪日客が増加したことが押し上げに寄与した。
外航貨物輸送は1.3%下落となり、24年12月(5.6%下落)からマイナス幅が縮小した。1月10日に米バイデン前政権下で発表されたロシア石油産業に対する経済制裁強化やトランプ政権の通商政策の不確実性を受け、外航タンカーの船舶確保を前倒しする動きがあった。それがスポット価格を押し上げた。ただ、燃料費の下落を背景に前年比でみると依然マイナス基調にある。
調査品目のうち、生産額に占める人件費のコストが高い業種(高人件費率サービス)は3.3%上昇し、低人件費率サービスも3.0%上昇した。調査対象の146品目のうち、価格が上昇したのは112品目、下落は17品目、不変は17品目だった。

もっとも注目されている物価指標のひとつですから、どうしても長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルから順に、ヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、真ん中のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格とサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。一番下のパネルはヘッドラインSPPI上昇率の他に、日銀レビュー「企業向けサービス価格指数(SPPI)の人件費投入比率に基づく分類指数」で示された人件費投入比率に基づく分類指数のそれぞれの上昇率をプロットしています。影を付けた部分は、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、モノの方の企業物価指数(PPI)のトレンドはヘッドラインとなる国内物価指数で見る限り、上昇率としては2023年中に上昇の加速はいったん終了したように見えたのですが、昨年2024年年央時点で再加速が見られ、PPI国内物価指数の前年同月比上昇率は1月統計で+4.2%に達しています。他方、本日公表された企業向けサービス物価指数(SPPI)は、指数水準として一貫して上昇を続けているのが見て取れます。企業向けサービス価格指数(SPPI)のヘッドラインの前年同月比上昇率は、昨年2024年6月に+3.2%まで加速し、その後、2024年9月に+2.8%を記録した以外は、本日公表の2025年1月まで+3%以上の上昇率を続けています。+3%を下回ったわけです。日銀物価目標の+2%を大きく上回って高止まりしていることは変わりありません。もちろん、日銀の物価目標+2%は消費者物価指数(CPI)のうち生鮮食品を除いた総合で定義されるコアCPIの上昇率ですから、本日公表の企業向けサービス価格指数(SPPI)とは指数を構成する品目もウェイトも大きく異なるものの、+3%近傍の上昇率はデフレに慣れきった国民マインドからすれば、かなり高いインフレと映っている可能性が高いと考えるべきです。人件費投入比率で分類した上昇率の違いをプロットした一番下のパネルを見ても、低人件費比率と高人件費比率のサービスの違いに大きな差はなく、広く人件費などのコストが価格に転嫁されている印象です。でも、引用した記事なんかでは、日経新聞の「人件費の転嫁」を強調したい意図が透けて見えます。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて1月統計のヘッドライン上昇率+3.1%への寄与度で見ると、機械修理や宿泊サービスや土木建築サービスなどの諸サービスが+1.66%ともっとも大きな寄与を示していて、ヘッドライン上昇率の半分超を占めています。諸サービスのうち、引用した記事にもあるように、宿泊サービスは12月の+11.9%の上昇から1月には+16.8%になりましたが、前月比では▲7.0%の下落となっています。いずれにせよ、中華圏の春節に伴うインバウンド需要もあって引き続き高止まりしています。加えて、SPPI上昇率高止まりの背景となっている項目として、10月から郵便料金が値上げされた郵便・信書便、石油価格の影響が大きい道路貨物輸送などの運輸・郵便が+0.55%、情報処理・提供サービスやソフトウェア開発やインターネット附随サービスといった情報通信が+0.31%、ほかに、不動産+0.24%、リース・レンタルも+0.17%などとなっています。

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2025年2月24日 (月)

もうすぐポケモンデー

もうすぐ、2月27日はポケモンデーです。
1996年2月27日は火曜日だったらしいんですが、「ポケモン」の最初のゲームソフトであるゲームボーイ用ソフト『ポケットモンスター 赤・緑』が発売されたのを記念しています。どちらかといえば、国内よりも海外で Pokémon Day としてより広く知れ渡っているような気がします。ゲーマーにはプレゼント有りだそうですが、私はゲームを楽しむわけではない不調法者だったりします。
下の画像は、やや古いファミ通のサイトから引用しています。まあ、「25」が入っているので、今年っぽくという趣旨です。

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2025年2月23日 (日)

ややしまりのない雑な試合ながら森下選手の復帰ホームランはさすがの当たり

  RHE
阪  神400011012 9181
中  日310000110 6121

【神】才木、ビーズリー、デュプランティエ、島本、伊藤将、 - 榮枝、藤田
【中】涌井、高橋宏、吉田、伊藤、橋本 - 石伊、宇佐見

本日のオープン戦第2戦は勝利でした。
やや、しまりのない雑な試合でしたが、復帰した森下選手がいきなりホームランはさすがです。この季節ですので調整段階ということで勝敗は度外視なんでしょうが、やっぱり、勝てばいい気分であることは確かです。

今季はリーグ優勝と日本一奪回目指して、
がんばれタイガース!

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2025年2月22日 (土)

今週の読書は大学の授業の参考にする経済書4冊のほか計10冊

今週の読書感想文は以下の通り大学の講義の参考に読んだ経済書4冊をはじめとして計10冊です。
まず、浅子和美・飯塚信夫・篠原総一[編]『新 入門・日本経済』(有斐閣)は、私が来年度4月からの講義で教科書として使う予定で、昨年2024年11月に新しい版が出ましたので授業資料作成の必要も含めてチェックしておきました。大守隆・増島稔[編]『日本経済読本[第23版]』(東洋経済)も、来年度4月からの授業の参考のためにやや斜めに読んでおきました。私も顔見知りの官庁出身者が多数執筆しています。釣雅雄『レクチャー&エクササイズ 日本経済論』(新生社)は、日本経済を題材にしてデータを用いたミクロ経済学とマクロ経済学の分析について解説していて、GoogleスプレッドシートやPythonを使った計算や練習問題も豊富に収録されています。宮本弘曉『私たちの日本経済』(有斐閣)は、今まで何度も言い尽くされてきた内容で、結局は生産性向上に議論を収束させている印象であり、控えめにいって常識的、有り体にいって平凡、といえます。坂本慎一『西田哲学の仏教と科学』(春秋社)は、臨済禅との関係が深いと考えられてきた西田哲学について、曼荼羅などの真言宗の現代教学との関係を探っていたり、数学や物理学とも関連付けて西田哲学の広がりを論じています。増山実『今夜、喫茶マチカネで』(集英社)は、大阪大学豊中キャンパス最寄りの阪急の駅前の商店街についての逸話を語る「待兼山奇談倶楽部」のお話を収録した形を取ったファンタジー小説です。小塩真司『「性格が悪い」とはどういうことか』(ちくま新書)は、ダークな性格についてマキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズム、サディズムの4大要素を上げ、社会的成功や恋愛あるいは家族関係における心理的特徴を分析しています。鈴木洋仁『京大思考』(宝島社新書)は、東京都知事選挙で小池知事に次ぐ2番目の得票を得た候補者を題材にして、「石丸伸二はなぜ嫌われてしまうのか」という副題で、その大きな理由として「京大思考」や「京大話法」を考えています。C. S. ルイス『ナルニア国物語1 ライオンと魔女』と『ナルニア国物語2 カスピアン王子と魔法の角笛』(新潮文庫)は、洋服ダンスからナルニア国に迷い込んだピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーの4人きょうだいが、ナルニア国のために、アスランとともに白い魔女と戦い、また、人間界での1年後に、正当な王の血を引くカスピアンや協力してくれるドワーフらとともに、王位を簒奪したミラーズに戦いを挑みます。
今年の新刊書読書は年が明けて先週までに29冊を読んでレビューし、本日の10冊も合わせて39冊となります。Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。なお、2月10日発売の『文藝春秋』2025年3月号を買い込みました。芥川賞受賞作2作品「DTOPIA」と「ゲーテはすべてを言った」の全文が掲載されています。選評とともに楽しみたいと思います。

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まず、浅子和美・飯塚信夫・篠原総一[編]『新 入門・日本経済』(有斐閣)を読みました。編者は、それぞれ大学教授をお務めになったエコノミストです。実は、私は大学の授業では教科書を指定していて、この本の旧バージョンである同じ出版社と編者による『入門 日本経済[第6版]』を現在の大学に着任した2020年から使い続けてきましたが、昨年2024年11月になって新しいバージョンに改訂されたので、一応、来年度4月からの授業で教科書として使うべく目を通しておきました。どうでもいいことながら、10年以上も前に長崎大学に現役で出向していたころにも、この教科書の古い版を、たぶん、第3版か第4版を使っていた記憶があります。多分に意識されていることとは思いますが、大学のセメスターごと14-15回の授業で割り振りやすいような章構成になっています。前回の版は2020年3月という実にコロナ直前でしたので、今回はかなり大きく手を加えられています。ただ、日本経済の戦後の歩みが第Ⅱ部の発展編に回されてしまっていて、授業では章ごとに最初から追うのではなく、戦後の歴史を最初に持って来ようかとも考えていたりします。第Ⅰ部が企業、労働、社会保障、政府、金融、貿易と型通りに配置されていて、私には使いやすい教科書となっています。また、貿易に続く最後の方に以前の版では、農業、環境が置かれていたのですが、スッパリとなくなりました。はい。マクロエコノミストの私にはいい方向での改訂であると受け止めています。加えて、もう昔のお話ということなのだろうと思いますが、アベノミクスやその一端を担った黒田総裁当時の日銀の異次元緩和政策などもほぼ片隅に追いやられた印象です。いずれにせよ、私は授業では教科書を指定することにしています。その方が明らかに学習効果が上がって、コスパがいいからです。でも、私の周囲を見渡す限り、教科書を指定せずに、教員手作りのスライドやハンズアウトで授業を進める場合も少なくないように感じます。インターネット空間が発達して、役所の白書類なんかは手軽にpdfでダウンロードできるようになりましたし、「通商白書」なんぞは印刷版は出版すらされなくなって、ネットのpdfだけになりました。こういった流れは今後も進むものと思いますが、本棚に何冊か本が並んでいて、私のように60歳を大きく超えても大学のころの思い出を得られるのは悪くないと思います。とはいえ、教科書だけでは不足する部分もあるわけで、4月の春学期の開講までに大雑把な授業資料を作成しようと悪戦苦闘しているところです。今年の春休は忙しそうです。

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次に、大守隆・増島稔[編]『日本経済読本[第23版]』(東洋経済)を読みました。編者は、いずれも経済企画庁・内閣府のエコノミスト経験者であり、各チャプターごとの著者もそういった人が並んでいる印象です。本書は出版社からご寄贈で送っていただき、今年2025年春学期からの授業準備で目を通しています。さすがに、というか、何というか、役所出身者らしく、理論的な詳しい解説というよりも、いろんな事実関係をいっぱい集めてきて、資料集的に使う分にはとても有益そうな気がします。15章構成ですので、いくぶんなりとも、大学での授業を意識していることは確かなのでしょうが、私にとってはこの本に即した授業というのは、やや荷が重い気がします。トピックが系統立って並んでいるわけではなく、それぞれのチャプターごとの著者がさまざまな事実関係や資料を集めてきているという印象です。編者は単純に集めただけで、本としての統一性というと大げさながら、何か芯を通しているわけではないような気がします。ただ、いろんな事実関係を集大成していますので、悪い表現ながら、つまみ食いをして、いくつかのパーツをもらってくる分には、とてもいろんなコンテンツを集めているだけに、助かる部分が大きいと感じています。私自身もそうなのですが、狭い分野での専門性が高いというよりも、幅広い分野におけるオールラウンドな経済学を幅広くこなすのが、官庁エコノミスト出身者のひとつの特徴であろうと思います。本書も情報量ではさすがのレベルに達しており、とても有益な読書でした。しっかりと、他の本も勉強して、4月からの授業に備えておきたいと思います。また、読むだけでなく、こういった本にインスパイアされて、授業資料の方もできるだけ情報量豊富に学生諸君に提供したいと思います。。

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次に、釣雅雄『レクチャー&エクササイズ 日本経済論』(新生社)を読みました。著者は、武蔵大学経済学部教授です。本書は2023年の出版なのですが、今年2025年春学期からの授業準備で目を通しています。タイトル通り、かなり理論的な分析にも力が入っているようで、冒頭に現状分析、理論分析、数量分析から分析結果の発表に至る分析プロセスが示されています。また、物価指数の計算式や成長会計の微分による寄与度分解なども示されていて、理論を数式で持って表すことも回避しようとはしていません。時折、一般読者向けに「平易に」語ろうとして、かなりムリに数式を回避して、かえって話をややこしくしている本がありますが、本書は数式で書くべき部分はそれを回避せず数式で示している、という点で、少なくとも私には好感が持てました。こういった理論的な展開をキチンと示しておくと、予算規模がxx兆円で、雇用者のうちのxx%が製造業、などといった高校社会科的な経済学から距離をおいて新鮮に見える学生も少なくない気がします。本書は日本経済を初めて学ぶ初学者向けという見方もありますし、各テーマごとに練習問題も章末においてあり、ゼミなどでの補助教材という出版社のうたい文句ではありますが、むしろ公務員試験や資格試験向けの自習書としても意識されているのかもしれません。というのは、シラバス作成の補助的な解説も含まれているものの、7章構成となっていて、大学の大規模講義などの授業向けにはどうかという気がしますし、時折、Googleスプレッドシートの利用やPythonによるプログラミングも解説されていますので、補助教材もしくは自習者向けという印象を強く持ちます。一応、日本経済というよりも、日本経済を題材にしたマクロ経済の実践的な分析を行うための参考図書として位置づけられているのかもしれません。ですから、日本の物価についてマクロ経済学的な解説や分析はなされていますが、デフレについてはほとんど言及がありませんし、雇用や労働についても、日本的な雇用慣行、すなわち、長期雇用や年功賃金についてもほとんど無視されていて、日本の労働データを用いた分析が主となっています。でも、それはそれで、単に日本経済の特徴を暗記するという勉強とは違う目的で書かれているようですので、その点を承知の上で読み進む必要があります。

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次に、宮本弘曉『私たちの日本経済』(有斐閣)を読みました。著者は、財務省研究所の研究官です。本書は2部構成であり、第Ⅰ部では問題編として現状分析が展開され、第Ⅱ部ではそういった問題をいかに解決するかが提案されています。要するに、スラッと日本経済を分析するのではなく、今までの日本経済、というか、バブル経済崩壊以降の長期低迷を続ける日本経済の問題点を分析し、それらをいかの解決するのか、という実に大上段に振りかぶった意図を持っています。ただ、結論としては労働生産性の向上というところに収束させている気がして、まあ、本書で示された解決策らしきものは、控えめにいって常識的、有り体にいえば従来説をなぞっただけで平凡そのもの、としか私の目には移りませんでした。こういった内容で満足する学生がそれほどいるとは思えませんが、1年生くらいであれば何とかなるのかもしれません。繰り返しになりますが、常識的といえば常識的な気がします。判り切っている日本経済の課題に対して、東大や京大や何やの大学教授が束になって取り組んで、もちろん、財務省や経済産業省や日銀などのエリート集団がさまざまな解決策を提示しても、まったく30年間、何も動かなかったわけですから、本書で示された常識的な解決策が、どこまで効果が期待できるかは私には不明です。私は中年男性を相手にする時なんかによくゴルフに例えるのですが、「ティーアップしてドライバーを振って、フェアウェイ真ん中に250ヤードくらい飛ばしましょう」では、何の解決にもならないわけです。それが出来ないからみんな困っていることを理解すべきです。特に、雇用や生産性については、このブログでも何度か書いてきましたが、本書でも生産性の向上を第Ⅱ部の第10章で眼目のひとつにしていて、そのためには雇用の流動化が必要という結論です。しかし、現在の日本経済での雇用の流動化は雇用主の方が雇用者を解雇するハードルを下げたいというだけであり、まったく何の解決にもなっていないという点を理解すべきです。雇用の流動化は高圧経済下で職を離れた労働者が希望する雇用条件にあった職を容易に見つけられる環境下でなければ、おそらく、縮小均衡に近い景気悪化を招くだけであり、現時点での労働分配率の低下と消費の停滞という悪しきスパイラルをさらに悪化させる可能性が高い、と気づいて欲しいと思います。ただ、最終章で教育について着目している点は私は高く評価したいと思います。もっとも、従来から日本では初等中等教育についてはOECDによるPISAの結果などを見ても十分な成果が上がっている一方で、おそらく、大学以降の高等教育のレベルで劣後している点は十分な焦点が当たっていない気がします。

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次に、坂本慎一『西田哲学の仏教と科学』(春秋社)を読みました。著者は、PHP研究所の研究者です。本書は、タイトル通りに、西田哲学における仏教と科学という、一見して混じり合わない2つの要素について論じています。なお、後者の科学については、主として物理学と数学を念頭に置いているようです。私も京都大学の卒業生ですが、現在までの京都大学における代表的な知性としては、西田教授の哲学と湯川教授の物理学を上げることが出来ます。私はさすがに西田教授の方は年代的に重なるところがありませんでしたが、湯川教授は大阪万博の1970年に京都大学を退官していますので、私は小学校高学年のころに湯川先生の講演会を聞きに行った記憶があります。お話の内容はサッパリ思い出せません。話を戻して、西田教授の哲学は、論文「場所」で明らかにされた西田哲学と呼ばれ、私のような専門外の者からすれば臨済禅との関係性が示唆されていると考えていました。しかし、本書では、場所の論理は曼荼羅の影響が強く、三昧境の即身成仏という真言密教との関係を主張しています。智山大学で教鞭をとっていた西田教授の教え子の何人かから、そういった結果を引き出しています。そして、臨済禅との関係を主張する京都学派と近代真言教学に立つ智山大学に連なる智山学派を比較して、そういった結論を後づけているわけです。私はエコノミストであって、哲学は専門外ですので、西田哲学については、ありきたりな一般的理解があるだけで、仏教についても密教はまったく不案内で禅についても詳しくないので、何とも判りかねる部分は残りますが、本書の主張の一貫性は認められます。後半の数学ないし物理学との西田哲学の関係についてもよく似た理解で、湯川先生の理論の背景には西田哲学の場所の論理があるという可能性は十分認めことができます。当然、ヒトの意識を持って作り上げたものではない自然界の現象を解き明かそうとする試みですから、何らかの哲学的なバックグラウンドを感じるのは、ある意味で、自然なことではないかと思います。特に、西洋近代と接触を開始した時点で、経済学のようにまったく日本国内で発達していなかった学問体系に対して、和算は西洋数学と比較してもすでにかなりの水準に達しており、西田哲学と同じく、問題を立てて解いていくスタイルが和算から導かれるとする見方も出来ることは事実かと受け止めています。ただ、PHP研究所らしく、そこに松下幸之助の経営哲学まで持ち込むと、少し怪しいと感じる向きもあろうかと思います。西田哲学の大きな広がりを感じることが出来た読書でした。

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次に、増山実『今夜、喫茶マチカネで』(集英社)を読みました。著者は、小説家なのですが、最近では第10回京都本大賞を受賞した『ジュリーの世界』の書名を聞いたことがあるだけで、誠に不勉強にして、私には初読の作家さんだと思います。舞台は阪急沿線で大阪大学豊中キャンパスの最寄り駅である待兼山の駅前商店街となっています。昭和29年1954年に両親が始めた1階の書店を兄が、2階の喫茶店を弟が継いでいましたが、阪急の駅名を変更して「待兼山」の名が消えるタイミングで閉店することとなります。残された数か月の間、月に1回毎月11日に喫茶店閉店後の夜9時から「待兼山奇談倶楽部」として、商店街にゆかりの人々が話をする企画が生まれます。その数回のお話をテーマとした連作短編集です。収録順にあらすじを取り上げると、まず、「待兼山ヘンジ」では、英国のストーンヘンジよろしく、待兼山の電車から年に1回だけ駅西口からまっすぐに延びる道路に夕陽が沈む日があり、待兼山ヘンジと呼ばれ、恋が叶うといいます。「ロッキー・ラクーン」では、商店街のカレー店のマスターが店名に取った競走馬のロッキーラクーンにまつわる話、特に、中央競馬を引退して地方競馬に移ってからの活躍を話します。「銭湯のピアニスト」では、阪大生だった女性が、ピアノを弾くクラブのアルバイトがだめになって経済的に困窮し、銭湯の待兼山温泉で住込みのアルバイトとして雇われ、夜遅くにピアノを弾かせてもらっていたところ、ストリッパーが大阪公園の1か月だけ泊まらせて欲しいといいだします。「ジェイクとあんかけうどん」では、能登屋食堂を息子夫婦と切り盛りする女将さんが、10年ほどの間いっしょに住んでいて帰国したフィリピン人のジェイクと亡くなったご主人の思い出話をします。「恋するマチカネワニ」では、書店・喫茶店の向かいのビルでバーを経営するゲイの男性が、小中学生のころに化石の発掘に連れて行ってもらっていた年上の兄貴分との話をします。「風をあつめて」では、米国のイラク空爆に対して駅前で抵抗の歌を歌っていた阪大の女子学生に対して、古老が終戦直後の労働争議の逸話を語るお話です。最後に、「青い橋」では、阪急電車の運転手を定年退職した常連が橋の袂にあるポストの色の違いに気づき、待兼山と石橋の違いを知るというファンタジーです。というか、最後のお話だけでなく、すべてがファンタジーなのですが、すべてについていいお話を集めてあります。世紀の変わり目のお話も少なくありませんが、昭和の話に感激するのは私のような年配者だけかもしれません。

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次に、小塩真司『「性格が悪い」とはどういうことか』(ちくま新書)を読みました。著者は、早稲田大学文学学術院教授であり、ご専門はパーソナリティ心理学、発達心理学だそうです。タイトルにある「性格が悪い」というのは、スラッと理解すれば「意地悪」ということなのだろうと思って読み始めましたが、副題にあるようにダークな性格ということのようです。そして、そのダークな性格の3大要素がマキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズムであり、Dark Triadと呼ばれています。さらに、サディズムを加えた Dark Quad、さらにさらにで、自爆的性格のスパイトを加えて Dark Pentadなども紹介されています。そして、4要素のクアッドの特徴については、pp.32-33のテーブルに取りまとめてあります。私は怖いので自分自身に関してチェックはしていません。スパイトは少し聞き慣れませんが、クアッドの4要素についてはほのかに理解できるものと思います。こういったダークな性格というものを心理学的な観点から明らかにした後、ダークな性格とリーダーシップの関係、例えば、会社などで社会的成功者となるかどうかについて考え、さらに、恋愛や性的関係におけるダークな性格の人について取り上げています。例えば、マッチングアプリで荒らし行為をするとか、です。そして、ダークな性格の心理特性をHEXACO分析などで明らかにし、最後の2章では、ダークな性格が遺伝するのか、また、ダークな性格とは何なのか、あるいは、逆に「良い性格」とはどういったものか、についていくつかの考えを解き明かしています。本書で取り上げているダークな性格では、その趣旨から外在的な外に向かって現れるものが中心で、反社会的な行動につながる可能性が高いものが主となっています。でも、逆に、内在的な、いわゆる気分が落ち込む、というのもそれはそれで重要な気もします。私は、いわゆる心理学のビッグファイブについては、少しくらいの知識や情報がありましたが、ダークな性格に関するこういった分析は初めて接しました。また、本書ではダークな性格のネガな面を強調するだけではなく、ダークな性格とは反対のグリット=やり抜く力についても解説してくれています。幅広く性格の良し悪しについて考えさせられる読書でした。

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次に、鈴木洋仁『京大思考』(宝島社新書)を読みました。著者は、神戸学院大学の准教授で、ご専門は歴史社会学だそうです。表紙画像に見える「石丸伸二」という個人名は東京都知事選挙で、現職の小池知事に次ぐ2番目の得票を上げ、蓮舫候補よりも得票したことで注目された候補者です。そして本書は「石丸伸二はなぜ嫌われてしまうのか」という副題で、その理由のひとつ、というか、大きな理由にタイトルの「京大思考」や「京大話法」を上げようとしています。でも、東京都知事選挙の結果を見る限り、それほど嫌われてもいない気もします。といったように、京大生が大好きな「そもそも論」をもって嫌われる理由を探ろうと試みています。はい。私は違うと思います。嫌われるのは、思考や話法ではなく、行政や政治的な思考そのものではないのでしょうか。という観点は本書では希薄であり、もっぱら話法や思考に特化した議論が続けられています。実は、私も本書の著者などと同じ京都大学の卒業生ですが、もっと合理的で、そもそも論ではコミュニケーションが成り立たない、少なくとも効率的なコミュニケーションは成り立たない、と考えています。小さい子どもの「どうして」と同じという受け止めです。しかし、私でも会話、というよりも問答のコミュニケーションが成り立たず、問いがおかしい、あるいは、問いに対する答えが意味をなしていない、と感じる場合がいくつかあります。数年前、ミスター・ドーナツでドーナツを買おうとすると「お召し上がりですか」と聞かれたことがあります。マニュアルでそうなっているのでしょう。私は目を白黒させて、ドーナツを食べずに鉢植えの肥料にでもするケースがあるのだろうかと考えてしまいました。でも、どうやら質問の趣旨は店内で食べるか、あるいは、持ち帰るか、という質問だったようです。その後、私は聞かれる前に先駆けてイートインかテイクアウトかを意思表示するようにしています。その後、マニュアルは改善されたのかどうか気にかかるところです。また、役所にいたころ、隣の部署の人に缶切りを借りに行ったところ、「この頃の缶詰は全部パッカンだから」といわれてしまいました。パッカンだから缶切りは必要ない、ということなのでしょうが、y/nで回答できることを理由を回答して済ませるというのは、効率悪いという気がします。その昔に、ご存命だった糸川博士がクイズ番組に出演して、問の趣旨をじっくりと確認していたことを記憶しています。言葉の定義次第で回答が異なる、ということなのでしょう。私は効率のいいコミュニケーションを求めがちで、その意味で、京大話法や京大思考は効率悪いと感じるのですが、効率悪くても正確なコミュニケーションが必要になることは十分ありえる点はいうまでもありません。

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次に、C. S. ルイス『ナルニア国物語1 ライオンと魔女』と『ナルニア国物語2 カスピアン王子と魔法の角笛』(新潮文庫)を読みました。著者は1963年に没していますが、碩学の英文学者であり、英国のケンブリッジ大学教授を務めています。「ナルニア国物語」のシリーズが、今般、小澤身和子さんの訳しおろしにより全7巻とも新訳で新潮文庫から順次出版される運びのようです。ということで、今さら、多くを付け加えることはありません。第1巻である『ライオンと魔女』は、私は前にフルタイトルの「ライオンと魔女と洋服ダンス」のタイトルの本を読んだ記憶がありますが、ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーの4人きょうだいが疎開先の教授の家にある洋服ダンスからナルニア国に迷い込みます。ナルニア国は白い魔女が支配して、クリスマスも来ない冬が続いています。ライオンのアスランとともにきょうだい4人が、白い魔女からナルニア国を取り戻すべく戦いを挑みます。『カスピアン王子と魔法の角笛』は、アスランとともに白い魔女と戦った1年後、きょうだい4人はまたしてもナルニア国に不思議な角笛の力によって呼び寄せられます。人間界では1年でも、ナルニア国では何と1300年が経過しており、テルマールから侵略を受け王宮は廃墟となっていました。しかも、先の王の弟ミラーズが王を殺して、ナルニア国の王位を簒奪していました。きょうだい4人は、先の王の子で正当な王の血を引くカスピアンや協力してくれるドワーフらとともに、ミラーズに戦いを挑みます。

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2025年2月21日 (金)

ヘッドライン上昇率が+4%に達した1月の消費者物価指数(CPI)をどうみるか?

本日、総務省統計局から1月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の前年同月比で見て、前月の+3.0%からさらに拡大して+3.2%を記録しています。3か月連続で上昇率が加速しています。日銀の物価目標である+2%以上の上昇は2022年4月から33か月、すなわち、2年半を超えて3年近くの間続いています。ヘッドライン上昇率も+4.0%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率も+2.5%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

1月の消費者物価3.2%上昇、コメは7割プラスで過去最大
総務省が21日発表した1月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合が109.8となり、前年同月と比べて3.2%上昇した。3カ月連続で伸び率が拡大した。生活実感に近い生鮮も含む総合は4.0%上昇し、2年ぶりに4%台となった。
QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は、生鮮食品を除く総合が3.1%上昇だった。
購入頻度の高い生鮮食品は21.9%上昇と04年11月以来の高い水準だった。生鮮野菜は36.0%上昇した。生育不良で出荷が減ったキャベツは約3倍、白菜は約2倍だった。昨年の猛暑の影響で生産量が減少したみかんは37.0%上昇だった。
生鮮食品を除く食料は5.1%上昇だった。24年夏ごろから価格上昇が目立つコメ類は25年1月に70.9%プラスと、比較可能な1971年1月以来最大の上昇幅となった。国産品の豚肉は6.6%上昇した。
原材料価格や人件費の上昇を受けて外食は3.1%プラスとなった。コメ類の価格高騰を背景に外食のすしは4.5%、おにぎりは9.2%それぞれ上昇した。コーヒー豆は主要原産国のブラジルの天候不良で出荷量が減少し、23.7%プラスだった。
エネルギーではガソリンが3.9%上昇と、前月の0.7%上昇と比べ拡大が目立つ。政府が実施するガソリン価格の高騰を抑える激変緩和措置の補助が縮小したことが背景にある。補助の目安が24年12月に175円から180円程度に、25年1月には185円程度に引き上げられた。
電気代は18.0%上昇、都市ガス代は9.6%プラスだった。エネルギー全体では10.8%プラスだった。
全体を商品などのモノと旅行や外食などのサービスに分けると、サービスは1.4%上昇と24年12月から0.2ポイント縮小した。外国パック旅行が1.9%プラス(24年12月は74.7%プラス)と伸び率が大幅に縮小したことが響いた。
外国パック旅行費は新型コロナウイルスの影響で調査が困難になり、一時調査を中断していた。そのため24年は実質的に20年の同じ月と比較して指数を算出していた。25年1月からはこうした新型コロナによる一時的な措置がなくなり、指数を押し下げた。
一方、宿泊料はインバウンド(訪日外国人)の旅行需要が拡大し、6.8%上昇と前月から伸び率が拡大した。一般サービスの家事関連サービスも3.1%プラスと上昇幅が拡大した。
モノは6.3%プラスと前月から伸びが拡大した。家庭用耐久財が3.9%上昇した。ルームエアコンの需要が拡大し売り上げ増加につながった。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にもある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+3.1%ということでしたので、実績の+3.2%はやや上振れした印象です。品目別に消費者物価指数(CPI)の前年同月比上昇率とヘッドライン上昇率に対する寄与度を少し詳しく見ると、まず、生鮮食品を除く食料価格の上昇が継続しています。すなわち、先月2024年12月統計では前年同月比+4.4%、ヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度+1.06%であったのが、1月統計ではそれぞれ+5.1%、+1.24%と、一段と高い伸びと寄与度を示しています。2024年12月統計のヘッドラインCPI上昇率+3.6%から今年2025年1月統計の+4.0%へと上昇率で見て+0.4%ポイントの拡大のうちの半分近くの+0.18%分は生鮮食品を除く食料が寄与しているわけです。加えて、引き続き、エネルギー価格も上昇しています。すなわち、エネルギー価格については12月統計で+10.1%の上昇率、寄与度+0.76%でしたが、本日公表の1月統計では上昇率+10.8%の高い上昇率となっていて、寄与度も+0.82%を示していますので、寄与度差は+0.06%ポイントに上ります。特に、インフレを押し上げているのは電気代であり、エネルギーの寄与度+0.82%のうち、実に電気代だけで寄与度は+0.59%に達しています。また、ガソリンも上昇率が加速しています。引用した記事で指摘されている通り、政府のガソリン価格の高騰を抑える激変緩和措置の補助が縮小したこともあって、12月の+0.7%の上昇から、1月は+3.9%になりました。
多くのエコノミストが注目している食料の細かい内訳について、前年同月比上昇率とヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度で見ると、繰り返しになりますが、生鮮食品を除く食料が上昇率+5.1%、寄与度+1.24%に上ります。その食料の中で、コアCPIの外数ながら、生鮮野菜が上昇率+36.0%、寄与度+0.71%、生鮮果物も上昇率+22.7%、寄与度+0.25%と大きくなっています。こういった生鮮食品を別にしても、コシヒカリを除くうるち米が上昇率+71.8%ととてつもないインフレとなっていて、寄与度も+0.26%あります。うるち米を含む穀類全体の寄与度は+0.42%に上ります。さすがに、農林水産省も備蓄米の放出にかじを切ったようですが、まだコメの品薄感は解消されていません。もちろん、価格の安定も見られません。主食に加えて、チョコレートなどの菓子類も上昇率+6.8%、寄与度+0.18%を示しており、コメ値上がりの余波を受けた外食が上昇率+3.1%、寄与度+0.15%、おにぎりなどの調理食品も上昇率+3.4%、寄与度+0.13%となり、コメとは別ながら、豚肉などの肉類も上昇率+5.5%、寄与度+0.14%、コーヒー豆などの飲料も上昇率+7.6%、寄与度0.13%、などなどと書き出せば切りがないほどです。統計でも確認できますが、私の実感としても、スーパーなどで1玉500円のキャベツ、1個150円のミカンを見かけることもめずらしくなくなった印象です。

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特に着目すべきは、コメ価格高騰にも見られるように、現在の物価上昇は所得の低い家計への打撃が大きい点です。上のグラフは、基礎的・選択的支出別消費者物価指数上昇率の推移をプロットしていますが、最近時点で、選択的支出の物価上昇率が落ち着き始めているのに対して、基礎的支出の価格高騰が激しくなっています。総務省統計局による「消費者物価指数のしくみと見方」によれば、基礎的支出の例として「米や野菜、家賃、電気代などのように必需性の高い品目」が上げられており、逆に、選択的支出として「ワインや外国パック旅行費」が上げられています。低所得の家計では必需的な支出の割合が高く、高所得家計では選択的な支出の割合が高いと想定されます。上のグラフからして、加えて、所得分位別統計から見ても、現在のインフレは低所得家計により大きなダメージを及ぼしている可能性が高いと考えるべきです。すなわち、総務省統計局からは、勤労者世帯の年間所得5分位階級別の物価上昇率が公表されており、私の方でチェックすると、5分位のうちのもっとも低所得である第Ⅰ分位家計の消費バスケットに対する物価上昇は1月統計で+4.0%であったのに対して、もっとも高所得家計の第Ⅴ分位は+3.5%でした。低所得家計がインフレにより苦しんでいることは明らかです。
ピケティ教授の『21世紀の資本』でも主張されていたように、1980年ころからの新自由主義的な経済政策の採用によって、英米だけでなく日本でも格差が拡大しており、21世紀になってそれが特に強く実感されるようになっています。電力会社や石油元売りに巨額の補助金を出すのではなく、低所得家計をはじめとする家計への適切なサポートが求められているのではないでしょうか。

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2025年2月20日 (木)

東京商工リサーチ「金融政策に関するアンケート」の結果やいかに?

今週月曜日の2月17日、東京商工リサーチから今年2025年2月調査の「金融政策に関するアンケート」の結果が明らかにされています。日銀が前のめりで「金融正常化」と称して金利引上げ姿勢を続ける中、貸し出す方の銀行業界は収益力向上でウハウハのニッコニコな一方で、借り入れる側の企業の金利上昇許容度についても見ておきたいところです。なお、過去の東京商工リサーチの同様調査は10月に公表されていて、このブログの12024年10月21日付けの記事で取り上げています。

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上のテーブルは、既存金利よりも引き上げられた場合の企業の許容度のテーブルを東京商工リサーチのサイトから引用しています。そして、これと対比するために、昨年2025年10月調査結果から同様のテーブルを引用すると以下の通りです。どう見るかは、ややビミョーなんですが、直観的には、+0.3%ポイントの小幅な引上げであれば「受け入れる」の割合が高まっている一方で、+0.5%ポイントのやや大きな引上げについては「受け入れる」の割合が減少しています。その分、「借入を断念する」と「他行へ調達を打診する」の割合が増加しているわけです。

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日銀政策金利の動向については、2月6日の長野県金融経済懇談会において田村審議委員が「2025年度後半には少なくとも1%程度まで短期金利を引き上げて」と発言しています。現時点での政策金利は0.5%程度であり、2025年度後半までに+0.5%ポイントほどの追加利上げの可能性が十分あると考えるべきです。そうなった際には、借り入れる側の企業がどのように反応するか、その反応に従って日本経済がどうのように推移するか、注意深く見守りたいと思います。

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2025年2月19日 (水)

大きな赤字を記録した1月の貿易統計と予想に反して減少した12月の機械受注

本日、財務省から1月の貿易統計が、また、内閣府から2024年12月の機械受注が、それぞれ公表されています。貿易統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比+7.2%増の7兆8637億円に対して、輸入額は+16.7%増の10兆6225億円、差引き貿易収支は▲2兆7587億円の赤字を計上しています。2か月振りの貿易赤字となっています。機械受注のうち民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注は、季節調整済みの系列で見て前月から▲1.2%減の8893億円と、3か月振りの前月比減少を記録しています。また、今年2025年1~3月期の受注見通しは前期比▲2.3%減と見込まれています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

貿易収支、1月は2.7兆円の赤字 2カ月ぶりマイナス
財務省が19日公表した1月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は2兆7587億円の赤字だった。2カ月ぶりに貿易赤字となった。赤字幅は前年同月に比べて56.2%増えた。
中国の春節(旧正月)の影響が赤字の要因になった。1月は例年、春節による連休期間の影響が出やすい。中国で物流や工場が止まり日本からの輸出が減る一方、春節前の在庫確保のため中国からの輸入は増える傾向にあり、今回も同様の動きがあった。
全体の輸入は前年同月比16.7%増の10兆6225億円、輸出は7.2%増の7兆8637億円だった。
対中国は輸入が18.3%増の2兆6165億円、輸出が6.2%減の1兆1732億円だった。スマートフォンなど通信機の輸入が増えた一方、半導体製造装置などの輸出が減った。
財務省は貿易赤字の総額が前年同月に比べて拡大した背景として、春節が昨年より早かったことをあげた。25年は1月28日~2月4日で、24年は2月10日~17日だった。
米国向けの輸出は8.1%増の1兆5393億円、輸入は5.3%増の1兆624億円だった。自動車の輸出は21.8%増の4388億円だった。輸出台数は約10万台で、24年12月(約14万台)や同11月(約11万台)より少なかった。
トランプ米大統領は18日、4月にも公表予定の輸入自動車への追加関税について「25%くらいになるだろう」と述べた。財務省は「トランプ政権の貿易政策の影響がどう出ているかを申し上げるのは困難だ」と説明した。
1月の為替レートは1ドル=157.20円と前年同月比9.2%の円安で、輸出入の金額を押し上げた。世界全体の輸出金額は4カ月連続で増加したものの、輸出数量指数は3カ月連続で減少した。
機械受注見通し、1-3月2.3%減 24年10-12月は2.9%増
内閣府が19日発表した機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる民需(船舶・電力を除く、季節調整済み)は1~3月期に前期比2.3%減の2兆5980億円となる見通しだ。製造業、非製造業ともに減少に転じ、2四半期ぶりのマイナスを見込む。2024年10~12月期の民需は同2.9%増の2兆6587億円だった。
1~3月期は製造業が2.8%減、非製造業(船舶・電力除く)が2.2%減となる見通しだ。農林中金総合研究所の南武志氏は「米トランプ政権の関税政策の行方を見極めようと、企業の間で設備投資を見送る動きが出始めた可能性がある」と指摘する。内閣府は減少に転じる理由について「把握していない」としている。
24年10~12月期は3四半期ぶりのプラスだった。製造業が11.9%増、非製造業(船舶・電力除く)が0.5%減だった。製造業では造船業やはん用・生産用機械業などで設備の受注があり、プラスに寄与した。非製造業ではリース業や情報サービス業で電子計算機などの受注があった。12月単月では前月比1.2%減少した。
機械受注の基調判断は2カ月連続で「持ち直しの動きがみられる」とした。24年10~12月の3カ月移動平均でみた民需がプラスだったことが判断理由という。実績を見通しで割った「達成率」は、船舶・電力除く民需が24年10~12月期に90.5%と、前期の91.9%から低下した。当初見込んでいた大型案件の受注が計上されなかった。
24年通年では前年比1.5%増の10兆5131億円だった。半導体市況の回復などを背景に、2年ぶりにプラスに転じた。外需や官公需なども含めた全体の受注総額は13.5%増の36兆2988億円だった。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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まず、引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、▲2兆円超の貿易赤字が見込まれていたのですが、実績の▲2.7兆円超の赤字は、予測レンジを超えて大きく下振れした印象です。また、記事には何の言及もありませんが、季節調整済みの系列で見ると、貿易赤字はこのところジワジワと縮小していて、昨年2024年12月統計ではわずかに△2000億円余りまで赤字が縮小していましたが、今年2025年1月統計では▲8500億円超に拡大しています。季節調整済みの系列では、1月統計では輸出が前月比で減少していたりします。なお、財務省のサイトで提供されているデータによれば、季節調整済み系列の貿易収支では、2021年6月から直近で利用可能な2025年1月統計まで、ほぼほぼ3年半に渡って継続して赤字を記録しています。ただし、いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、輸入は国内の生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。そして、これも季節調整済みの系列で見て、貿易収支赤字がもっとも大きかったのは2022年年央であり、2022年7~10月の各月は貿易赤字が月次で▲2兆円を超えていました。1月統計の▲2.7兆円ほどの貿易赤字は額としては大きく見えるものの、特に、何の問題もないものと考えるべきです。特に、毎年1月と2月は旧暦で日付が決まる中華圏の春節がいつになるかでかく乱要因が大きく、大きく統計が振れたからといって深刻に考える必要はありません。それよりも、米国のトランプ新大統領の関税政策による世界貿易のかく乱によって資源配分の最適化が損なわれる点の方が懸念されます。
本日公表された1月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により主要品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油が数量ベースで+9.8%増ながら、金額ベースでは+9.2%増とやや圧縮されている一方で、非鉄金属鉱は数量ベースで▲10.6%減ながら、金額ベースで+11.9%増を記録しています。銅をはじめとして商品市況の高騰が反映されています。エネルギーよりも注目されている食料品は金額ベースで+17.2%増と、大きく増加しています。輸出に目を転ずると、自動車が数量ベースで+1.0%増、金額ベースでも+10.5%増となっている一方で、電気機器が金額ベースで▲0.6%減、一般機械も+0.8%増とほぼ前年から横ばいとなっています。国別輸出の前年同月比もついでに見ておくと、中国向けは減少したものの、アジア向けの地域全体では+6.3%増となっています。米国向けは+7.5%増ながら、西欧向けが▲5.7%減などとなっています。輸出については、欧米先進国がソフトランディングするとすれば、トランプ政権の関税政策抜きで考えれば、先行き回復が見込めると考えるべきです。なお、日経新聞の記事によれば、野村総研への取材に基づいて、「仮に米国が日本車に25%の関税を上乗せした場合、日本の実質GDP(国内総生産)を2年間で0.2%ほど下押しすると試算」と報じています。

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続いて、機械受注のグラフは下の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。まず、引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、市場の事前コンセンサスは季節調整済みのコア機械受注で前月比+0.4%増でしたから、実績の▲1.2%減はレンジ内とはいえ、やや下振れした印象です。ただ、統計作成官庁である内閣府では、半ノッチ上方修正した先月2024年11月の「持ち直しの動きがみられる」で据え置いています。また、引用した記事でも注目しているように、1~3月期の見通しは季節調整済みの系列による前期比で▲2.3%減の2兆5980億円と集計されており、2四半期ぶりのマイナスを見込んでいます。振れの大きな指標ですので、何とも先行きは見通せません。ただ、先行きリスクは下方に厚いと私は考えており、特に、日銀が金利の追加引上げにご熱心ですので、すでに実行されている利上げの影響も同時にラグを伴って現れる可能性が十分あることから、金利に敏感な設備投資にはブレーキがかかることは明らかです。加えて、繰り返しになりますが、米国のトランプ政権の関税政策により先行き不透明さが増していることは当然です。さいごに、引用した記事にもあるように、昨年2024年10~12月期の達成率が90%スレスレにまで低下してきています。グラフは引用しませんが、エコノミストの経験則として、この達成率が90%を下回ると景気局面の転換、すなわち、景気後退期入りのシグナルのひとつとなり得る、と考えられてます。これはご参考です。

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2025年2月18日 (火)

帝国データバンク「初任給に関する企業の動向アンケート」の結果やいかに?

先週金曜日の2月14日、帝国データバンクから「初任給に関する企業の動向アンケート」の結果が明らかにされています。賃金引上げが続く中で、初任給も大きな影響を受けており、若年層の所得が増加するのではないかと私は期待しています。まず、帝国データバンクのサイトから調査結果(要旨)を引用すると以下の通りです。

調査結果(要旨)
2025年4月入社の新卒社員に支給する初任給を前年度から引き上げる企業の割合は71.0%と7割に達した。人材確保や物価高騰、最低賃金の上昇にあわせての対応が背景にある。引き上げ額の平均は全体で9,114円。一方で、29.0%の企業が初任給を引き上げないと回答した。
初任給額は「20万~25万円未満」が6割でトップとなった。初任給が『20万円未満』の企業割合は前年度より低下した。

すでに3回生の就活が始まっており、大学生に接する機会も多いところ、いくつかグラフを引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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引用した調査結果(要旨)にある通り、初任給を「引き上げる」と回答した企業の割合は71.0%、「引き上げない」は29.0%なのですが、帝国データバンクのサイトから 初任給引き上げ額 の分布を示すグラフを引用すると、上の通りです。やや左側に厚い分布となっていて、平均引上げ額は9,114円です。月額でこれくらい引き上げられれば十分消費増が期待できます。また、グラフは引用しませんが、全体で71.0%の「引き上げる」回答を企業規模別に見ると、大企業69.6%、中小企業71.4%、小規模企業62.2%となっています。中小企業は大企業よりも人手不足の逼迫度が高い、という日銀短観などの調査結果を裏付けています。でも、小規模企業については、帝国データバンクのサイトで「経営が苦しいため引き上げに踏み切れない企業は少なくなかった」と分析しています。

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続いて、帝国データバンクのサイトから 初任給の金額(2024年度と2025年度比較) の分布を示すグラフを引用すると、上の通りです。昨年度2024年から今年度2025年へのわずか1年の変化で、初任給20万円未満が▲10%ポイント近く減少し、その分20万円以上の割合が増加しています。30万円以上もジワリと増加している印象です。

最後に、アンケート調査のバイアスは指摘しておきたいと思います。すなわち、行為った調査の場合、「初任級を引き上げた」と胸を張って回答する企業がある一方で、初任給を引き上げない企業が回答を渋って、ついつい、初任給引上げの企業群にバイアスがかかる可能性は否定できません。ですので、アンケート調査に回答していない企業を含めれば、この調査結果は少し割り引いて考える必要あるかもしれません。

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2025年2月17日 (月)

2024年10-12月期GDP統計速報1次QEはちょっとびっくりの年率+2.8%成長

本日、内閣府から2024年10~12月期GDP統計速報1次QEが公表されています。季節調整済みの系列で前期比+0.7%増、年率換算で+2.8%増を記録しています。民間消費も設備投資も前期比プラスです。3四半期連続のプラス成長です。なお、GDPデフレータは季節調整していない原系列の前年同期比で+2.8%、国内需要デフレータも+2.3%に達し、GDPデフレータは9四半期連続、国内需要デフレータも15四半期連続のプラス、うち、最近13四半期では+2%超となっています。また、2024年通年のG成長率は前年比+0.1%増と、ギリギリながら4年連続でプラス成長を記録しています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

GDP、10-12月年率2.8%増 24年名目初の600兆円超え
内閣府が17日発表した2024年10~12月期の国内総生産(GDP)速報値は物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.7%増、年率換算で2.8%増だった。省エネ家電の販売増などが個人消費に寄与したほか、半導体関連を中心に設備投資も堅調だった。
24年通年の名目成長率は前年比で2.9%増、実額で609兆2887億円と過去最高となった。通年で初めて600兆円を超えた。
通年の実質成長率は前年比0.1%増と4年連続でプラス成長となった。ダイハツ工業など一部自動車メーカーで発覚した認証不正問題の影響で24年1~3月期にマイナスだったものの、3四半期連続でプラスを維持した。
24年10~12月期の成長率はQUICKが事前にまとめた民間予測の中心値の前期比年率1.0%増を上回った。
GDPの過半を占める個人消費は前期比0.1%増と、3四半期連続でプラスを確保した。東京都が24年10月に省エネ家電購入に関する補助制度を拡充したことなどから、冷蔵庫やエアコンなどの白物家電の購入が増えた。このほか、年末年始に長期休暇を取りやすい日並びだったことから宿泊需要も堅調だったという。
一方、前期に南海トラフ地震臨時情報が出されたことなどを受けて急増した清涼飲料水などの備蓄需要が一服したことや、物価高騰が続くコメや野菜などの消費も低調で、個人消費の押し下げ要因となった。
消費に次ぐ民間需要の柱である設備投資は0.5%増だった。国内で新工場の建設が進む半導体関連の需要がけん引する格好で、半導体製造装置の受注が好調だった。このほか、プラントエンジニアリング関連で新規の設備投資があったほか、ソフトウエア関連の設備投資も引き続き堅調に推移したという。
外需は輸出が1.1%増と3四半期連続でプラスだった。軽油などの石油関連製品が増えたほか、製薬会社が特許権などを譲渡し、サービス輸出も増えた。計算上は輸出に分類するインバウンド(訪日外国人)の日本国内での消費も引き続き好調だった。輸入は2.1%減だった。医薬品や電子部品などの輸入が減ったことから3四半期ぶりにマイナスに転じた。
赤沢亮正経済財政・再生相は速報値の結果を受け、談話を公表。日本経済の先行きについて「引き続き雇用・所得環境が改善する下で、景気の緩やかな回復が続くことが期待される」とする一方、「食料品など身近な品目の物価上昇の継続が、消費者マインドの下押しを通じて個人消費に与える影響に十分注意する必要がある」とした。

ということで、いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事なんですが、次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で最初にお示しした内閣府のリンク先からお願いします。

需要項目2023/10-122024/1-32024/4-62024/7-92024/10-12
国内総生産GDP▲1.0▲0.5+0.7+0.4+0.7
民間消費▲0.1▲0.5+0.7+0.7+0.1
民間住宅▲1.2▲2.8+1.4+0.5+0.1
民間設備+1.9▲0.4+1.1▲0.1+0.5
民間在庫 *(▲0.1)(+0.3)(▲0.0)(+0.2)(▲0.2)
公的需要▲0.3▲0.3+1.8▲0.1+0.1
内需寄与度 *(+0.0)(▲0.2)(+1.1)(+0.5)(▲0.1)
外需(純輸出)寄与度 *(▲0.1)(▲0.3)(▲0.3)(▲0.1)(+0.7)
輸出+2.8▲4.1+1.7+1.5+1.1
輸入+3.1▲2.8+3.0+2.0▲2.1
国内総所得 (GDI)▲0.2▲0.5+1.0+0.5+0.8
国民総所得 (GNI)+0.0▲0.5+1.4+0.5+0.4
名目GDP+0.3▲0.1+2.1+0.7+1.3
雇用者報酬 (実質)+0.1+0.4+0.9+0.4+1.5
GDPデフレータ+4.2+3.1+3.1+2.4+2.8
国内需要デフレータ+2.3+2.0+2.6+2.2+2.3

上のテーブルに加えて、いつもの需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された2024年10~12月期の最新データでは、前期比成長率がプラス成長を示し、黒の純輸出のほか、内需では赤の消費や水色の設備投資がプラス寄与しているほか、灰色の在庫やがマイナス寄与しているのが見て取れます。

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まず、引用した記事にある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前期比年率で+1.0%のプラスで、予想レンジの上限が+2.1%とはいうことでしたので、実績の年率+2.8%増は上限を突き抜けて上振れしたと私は受け止めています。ただし、中身は外需に依存した成長となっています。すなわち、季節調整済み系列の前期比伸び率で見て、GDP+0.7%増のうち、内需寄与度が▲0.1%、外需寄与度が+0.7%となっています。また、成長をけん引した外需のプラス寄与についても、輸出は伸びている一方で、GDPの控除項目である輸入については内需が奮わない中で減少しており、結果として純輸出の大きなプラス寄与となっています。内需では、特に、GDPコンポーネントとして最大シェアを占める消費が+0.1%とわずかながらプラス寄与を示しています。後のグラフで見るように、雇用者報酬が賃上げの影響でかなり上昇していますので、今年の春闘でも高水準の賃上げ続くようであれば、今後もかなり期待できます。加えて、年末ボーナスも消費増につながった、と私は考えています。目先の景気はそれほど悪くないと私は楽観しています。

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先週取りまとめた民間シンクタンクの1次QE予想では、多くのエコノミストが消費についてマイナスを予想していまいた。このブログで取り上げた中で、消費がプラスと予想していたリポートは PwC Intelligence三菱UFJリサーチ&コンサルティングだけでした。私も同じで、インフレと雇用者報酬の伸び悩みから2024年10~12月期の消費はマイナスと考えていました。それを覆されたのは、当然ながら、インフレの落ち着きと雇用者報酬の一段の伸びです。それをグラフにしたのが上の通りです。上のパネルが季節調整済み系列の雇用者報酬の年率の実額であり、下のパネルは季節調整していない原系列のデフレータの前期比上昇率です。2024年中に雇用者報酬は春闘に従って4~6月期にやや高い伸びを示した後、本日公表されたGDP統計の対象期間である10~12月期には大きく伸びています。私の直観的な想像ながら、年末ボーナスに起因するこのと考えられます。さらに、インフレもまだまだ日銀物価目標の+2%を上回っているとはいえ、国内需要デフレータや民間消費デフレータについては+2%台に徐々に落ち着きを取り戻しつつあります。ただ、盛んに報じられているコメ価格の高騰が、ほかの食料品価格とともに、今後の消費に及ぼす影響については、まだ未知数の部分があります。引用した記事の最後のパラにある通りであり、この点だけは注意が必要です。

それにしても、1次QEの高成長にはびっくりしました。2次QEでどうなるか、特に消費と設備投資について私は興味津々です。

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2025年2月16日 (日)

広島との練習試合は投手陣が打ち込まれて大敗

  RHE
広  島021070100 11131
阪  神000000000 050
【広】森、遠藤、鈴木健、河野 - 清水、持丸
【神】伊藤将、茨木、ベタンセス、石黒、松原、工藤、川原 - 梅野、藤田

昨日の楽天との練習試合は大勝だったようですが、今日の広島との練習試合は大敗でした。
まあ、この季節ですので調整段階ということで勝敗は度外視なんでしょうが、ここまでボロ負けだと課題も目につくのではないでしょうか。ベタンセス投手は球は速いがノーコンという荒削りな投手ながら、ほかの若手選手も含めて先が楽しみです。いずれにせよ、一昨年2023年のリーグ優勝や日本一を達成したころには見たこともない選手がいっぱい出ていましたし、特に、ピッチャーは3ケタ背番号が目立っていました。最後に、どうでもいいことながら、ホーム用のユニフォームの左胸から背番号がなくなったのは少し違和感ありました。まあ、そのうちに慣れると思います。

今季はリーグ優勝と日本一奪回目指して、
がんばれタイガース!

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2025年2月15日 (土)

今週の読書はミクロ経済学の学術書をはじめ計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、安達貴教『21世紀の市場と競争』(勁草書房)では、20世紀までの伝統的な経済学における競争だけではなく、というか、それを基礎にしつつも、21世紀の競争、デジタル経済やプラットフォームに関する競争理論を展開しています。ジェイコブ・ソール『<自由市場>の世界史』(作品社)では、冒頭で、自由市場、というか、自由市場思想とはフリードマン教授から引いて政府による介入か皆無であること、としてます。そして、歴史的にはキケロから説き起こして、欧州中世から近代の市場を考えています。自由市場とともに自由市場の思想の歴史も重要なポイントとなっています。櫻田智也『六色の蛹』(東京創元社)は、出版社の宣伝文句によれば、チェスタトンのブラウン神父や泡坂妻夫の亜愛一郎などのように、一種とぼけた雰囲気を持つ探偵役の魞沢泉を主人公とするミステリのシリーズ第3作の連作短編集です。前田裕之『景気はどうして実感しにくいのか』(ちくま新書)は、エコノミストの思考と国民の実感とのズレを考えていますが、経済学にも出来ることと出来ないことがあり、かなり的外れな印象を持ちました。林真理子『李王家の縁談』(中公文庫)は、皇族や朝鮮の李王家の縁談や結婚をテーマにしています。主人公、というか、視点を提供するのは美貌と聡明さで知られる梨本宮伊都子妃です。旧佐賀藩鍋島家の出身で、皇族の梨本宮守正王に嫁いでいます。有栖川有栖『砂男』(中公文庫)は、前口上とあとがきを別にすれば、単行本未収録の短編が6話収録されていて、学生アリスのシリーズ2話、作家アリスのシリーズ2話、そして、ノンシリーズも2話、となっています。
今年の新刊書読書は年が明けて先週までに23冊を読んでレビューし、本日の6冊も合わせて29冊となります。Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。

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まず、安達貴教『21世紀の市場と競争』(勁草書房)を読みました。著者は、京都大学経済学部の教授であり、ご専門は産業組織・競争政策などのマイクロな経済学ではないかと思います。本書は、冒頭で高校の社会科の教科書を引いたりていますが、完全な学術書ですので、その点は理解しておくべきです。ということで、本書では20世紀までの伝統的な経済学における競争だけではなく、というか、それを基礎にしつつも、21世紀の競争、上の表紙画像の副題にあるようなデジタル経済やプラットフォームに関する競争理論を展開しています。なお、知っている人は知っていると思いますが、昨年2024年10月ころから今年1月にかけて慶應義塾大学出版会から、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)の研究成果として、「怪獣化するプラットフォーム権力と法」の4巻シリーズが刊行されています。経済学ではなく政治学などが中心になった学際分野の研究成果だと思いますが、私はまだ手を伸ばせていません。取りあえず、本書でマイクロな競争政策について基礎的な勉強をしているところです。というのも、私はそもそも経済学においても深い専門的な学識があるわけではなく、基本的に、オールラウンダーなのですが、それでも本来の専門はマクロ経済学であり、マイクロな経済学はやや苦手としています。ですので、本書を読んで、もっとも感銘を受けたのは「競争市場」についての本書の見方です。すなわち、競争とは勝ち負けの競争とか、優劣的な印象を持たせた競争力とかではなく、市場支配力、もっといえば、市場価格への支配力を持たないくらいのスケールの経済主体がウジャウジャ存在している状態、と私は授業で教えており、本書も第1章で同じことを書いています。その上で、21世紀の市場、プラットフォを介した市場とは、日本的には楽天を思い起こせばいいのですが、楽天は基本的に自ら売買をしているわけではなく、いろんな業者にECサイトを提供し、そういった業者が楽天の会員となっている消費者に販売する場、すなわちこれがプラットフォームなわけで、その場を提供しているに過ぎません。楽天の場合はモノが多い気がしますが、もちろん、音楽配信サービスのApple MusicやSpotifyも同じだろうと思います。「思う」というのは、私はこれらのサービスを実は利用していないからです。楽天でも買い物をしたことがありません。それはさておき、こういったプラットフォームでは、業者と消費者の両面で競争を分析するというRochet and TiroleらのTwo-Sided Marketsの競争理論がすでに確立されていて、本書では、基本的にこれらをなぞりつつも、消費の外部性を取り入れた分析が展開されています。消費の外部性とは、他人の消費や社会的な消費に自分の消費が影響されることです。ですから、ECサイトで高評価の商品がさらに販売を伸ばす、なんてのは消費の外部性に基づいて分析可能なわけです。加えて、消費サイドでの規模の経済も分析しています。私自身はデフレ経済における価格の硬直性について少しだけ聞きかじったベッカー教授の逆需要曲線の理論、すなわち、超過需要があるにもかかわらず供給サイドが価格を引き上げようとしない理由が本来のマイクロな競争理論で活用されていて、プラットフォームやデジタル経済への活用が考えられている点が印象的でした。こういったプラットフォーム市場における競争政策に関して、私なんかは競争とともに消費者保護の観点から規制強化を念頭に考えるのですが、本書で展開されている議論はやや違っているように感じました。市場における自由意志による交換行為について、私なんかよりはやや過剰に重視している気がします。逆に、行動科学に基づいて企業が消費者に購買行動を誘導する可能性がやや軽視されている可能性があります。その意味で、政府の競争政策を考える上で少し気にかかります。私自身はは本書でいう「新ブラダイス派」のエコノミストなのかもしれません。最後に、繰り返しになりますが、本書は完全に学術書です。大学教員とはいえ、私ごときでは理解が及ばない部分もありました。高校の社会科教科書からお話を始めているからといって、決して軽く考えるべき読書対象ではありません。

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次に、ジェイコブ・ソール『<自由市場>の世界史』(作品社)を読みました。著者は、米国の南カリフォルニア大学の教授です。ただし、博士号は英国のケンブリッジ大学で取得しています。本書の英語の原題は Free Market であり、2022年の出版です。邦訳タイトルは本書の歴史分析の観点を入れていtるのだと思います。ですので、冒頭で、自由市場、というか、自由市場思想とはフリードマン教授から引いて政府による介入か皆無であること、としてます。そして、歴史的にはキケロから説き起こして、欧州中世から近代の市場を考えています。典型的にはオランダ、英国あるいはイングランド、そしてフランスです。ただ、自由市場とともに自由市場の思想の歴史も重要なポイントであり、本書でも思想史的な側面を取り上げている部分が少なくありません。その意味で、本書の目的のひとつとして、古代の自然や農耕に対する信念が、近代的な自由市場の理論にどのように発展したのかを後付けようと試みています。私自身は経済や市場を分析する際、まあ、そこまでさかのぼる必要はないと考えています。資本主義の大きな特徴として市場における交換、価格に基づく自由な市場における交換による資源配分の効率性を重視する場合が往々にしてありますが、私は単に価格に基づく市場における資源配分だけではなく、資本蓄積の進行による生産面も重視すべきだと考えています。ですから、その意味では、資本主義の出発点は産業革命である、と私は考えています。でもまあ、そうはいいつつも、本書のように西欧近代の幕開けとなったオランダの勃興、イングランドにおける産業革命の開始、そして、フランスにおける産業資本経済を基盤とした市民革命、などなどの歴史は重要です。オランダ、イングランド、フランスにおいて政府によりいかにして市場が整備され、資本主義経済が発展したのかは、それなりに読み応えがあります。ただ、私には本書第13章のアダム・スミスの登場により、道徳によって交換が支えられる市場という考えが、近代以降現在までの市場観を形成していると考えます。本書では、ハイエクとの対比においてスミス的な市場を「紳士的なプロセスの産物」(p.260)とも表現していて、私にはとても受け入れやすい市場観に見えます。最後に、本書では国家が市場に組み込まれている(たぶん、embedded)としていますが、市場を適切にマーケット・デザインするのは政府です。そう考えるのは、21世紀になってポストトゥルースの見方が現れているからで、市場とは情報であり、不適正な情報が出回るのを監視するのは政府の重要な役割のひとつだと私は考えています。

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次に、櫻田智也『六色の蛹』(東京創元社)を読みました。著者は、「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞し、受賞作を表題作にした連作短編集でデビューしており、本書は、出版社の宣伝文句によれば、チェスタトンのブラウン神父や泡坂妻夫の亜愛一郎などのように、一種とぼけた雰囲気を持つ探偵役の魞沢泉を主人公とするミステリのシリーズ第3作となります。私は3冊すべて読んでいたりします。主人公の謎解き探偵役の魞沢泉は昆虫好きで正体不明の青年です。本書もシリーズ前2作と同じように連作短編集で6話を収録しています。収録順にあらすじは以下の通りです。「白が揺れた」では、へぼ獲り名人について魞沢が寒那町の山中でへぼと呼ばれるクロスズメバチを追っていたところ、ハンターの串路と遭遇し、緊急事態を知らせるホイッスルを聞いて2人で駆けつけます。ホイッスルを吹いた三木本が見つけたのは、ライフルで撃たれたベテランハンターの梶川の死体でした。ちょうど、前日に梶川は誤射事件の講義を行っていたところでした。「赤の追憶」では、翠里が営むフラワーショップ「フルール・ドゥ・ヴェール」に季節外れのポインセチアがあるのを40代半ばの女性客が見つけます。しかし、それは1年前の予約の品であり、売れないと翠里は断ります。その後、「ミヤマクワガタ入荷しました」という張り紙を見てやって来た魞沢に対して、翠里が1年前に季節外れのポインセチアを探していた女子高生の話をします。「黒いレプリカ」では、函館市の工事現場で土器らしきものと人骨らしきものが発掘され、噴火湾歴史センター職員の甘内がアルバイトの魞沢とともに現地に赴きます。しかし、甘内が警察に通報したにもかかわらず、上司の作間部長が現場を荒らすようなマネまでします。「青い音」では、古林が文具店で懐かしいインク瓶を見つけたにもかかわらず、先に誰かに取られてしまいます。それがきっかけで魞沢と立ち話が始まり、偶然にも、2人とも同じコンサートに行くことを知り、近くのカフェでお茶しながら、古林が自分の生立ちや半生について語ります。「黄色い山」では、へぼ獲り名人が亡くなり、魞沢が三木本から連絡を受けて通夜と葬式にやって来ます。名人の希望により棺に名人自身が彫った木製の仏像を入れることになり、通夜の夜は魞沢と三木本と役所の錦課長の3人で名人の家で夜を過ごします。「白が揺れた」の続編です。「緑の再会」は、「赤の追憶」の後日譚であり、謎解きのミステリではありません。魞沢がフラワーショップ「フルール・ドゥ・ヴェール」を訪れますが、店主は前回訪れた時の店主から娘に交代していました。ということで、最後に、繰り返しになりますが、本書は魞沢泉を主人公とするミステリのシリーズ第3作となりますが、謎解きとしてもストーリーとしても段々とよくなっている気がします。相変わらず、短編にもかかわらず「人死に」が多くて、それほど「日常の謎」ではないのですが、読者をミスリードする作者のテクニックが向上しているのか、私の読み方が雑になっているのか、そのあたりは定かではないものの、私の評価は段々と上がってきています。ただし、難点とまではいえないのですが、昆虫や虫との関係が薄くなってきている気がします。私はそれでもOKなのですが、ビミョーに評価基準が異なる読者はいる可能性はあります。

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次に、前田裕之『景気はどうして実感しにくいのか』(ちくま新書)を読みました。著者は、日経新聞のジャーナリストから退職して経済関係の研究をされているようです。本書では、タイトルからして、私が末席に連なっているエコノミストや経済学者と呼ばれる専門家の考えと国民の実感の間にズレがあり、国民の幸福度とまではいわないにしても、満足度を高めることにエコノミストは失敗しているのではないか、という問題意識を基にしているのではないかと思います。はい、そういう部分は少なくないでしょうし、経済学というのはその意味で未成熟な学問分野であることは当然ですが、ただ、経済学にも出来ることと出来ないことがあります。景気循環を完全に安定化させることはムリ、というか、ひょっとしたら出来そうな気もしますが、コストが高すぎるでしょうし、「夢よ再び」で高度成長期のような10%成長を現在の日本経済がサステイナブルに継続できると考える人は少ないと思います。そもそも、経済学とは何らかの制約条件下で、あるいは、トレードオフある条件の下で、最適化を図るにはどうすればいいか、というミクロ経済学と、加えて、そういった制約条件を可能な範囲で緩和したり、最適化を図るための安定的な条件を整備したりするマクロ経済学から成っていて、自然科学が課された条件とそれほど変わりない制約がかかります。例えば、1日24時間という制約はどうしようもない場合がほとんどです。私はこの著者のご著書を何冊か読んだ記憶があり、最近では、3年前の2022年に『経済学の壁』(白水社)、そして、一昨年2023年に『データにのまれる経済学』(日本評論社)などをレビューしていて、何か、経済学に対する思い込み、私にはなかなか理解しにくい思い込みを持っている方だと感じてきましたが、本書も同じ印象です。経済学は経験科学であると同時に政策科学であって、後者の視点からは国民生活を豊かにすることができる学問分野です。ほかの自然科学も、基本的には同じなのですが、物理学や何やよりも経済学はもっと直接的に国民生活に安定や豊かさをもたらすものと期待できます。しかし、宇宙物理学がどれほど発達しても、ガンダムに登場するシャアではありませんが、小惑星が地球と衝突軌道にあっても、それを回避する方策は物理学ではなく、工学とか別の分野に求める必要がある点は理解すべきです。経済学は経済の現状を分析するとともに、経済をより国民のためによくなる方向に仕向けることが出来ます。しかし、制約条件はありますし、サステイナビリティも考慮せねばなりません。場合によっては、エコノミストの考えと採用される政策の間にもズレがある可能性は否定できません。エコノミストの思考を国民実感に近づけようとする試みはとても有益なものであるとともに必要であることは理解しますが、本書の指摘はかなり的外れです。

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次に、林真理子『李王家の縁談』(中公文庫)を読みました。著者は、マルチな才能を発揮している作家なのですが、現時点ではご出身の日大理事長としてお忙しいのかもしれないと勝手に想像しています。本書は、タイトル通りに、皇族や朝鮮の李王家の縁談や結婚をテーマにしています。主人公、というか、視点を提供するのは美貌と聡明さで知られる梨本宮伊都子妃です。旧佐賀藩鍋島家の出身で、まあ、いうまでもないですが、皇族の梨本宮守正王に嫁いでいます。そして、学習院女学院に通う長女の方子は、皇太子のお妃候補に上がっているのですが、皇太子妃には梨本宮の兄である久邇宮の長女の良子に決まります。後の昭和天皇皇后、香淳皇后なわけです。伊都子妃は方子の嫁ぎ先を大急ぎで探します。というのも、方子の結婚を皇太子と良子よりも先に整えなければ、方子が皇太子のお妃に選ばれなかった皇女というレッテルが張られてしまうからです。ですので、梨本宮伊都子妃は李王家の王世子である李垠との縁談を進めます。最初は渋った方子なのですが、周囲の説得もあって縁談に前向きになります。そして、結婚に至り、さらに、世間一般としては戦争が始まって終戦を迎えるわけです。ということで、私のような一般庶民には想像もできないような高貴な方々の日常生活や結婚について、小説とはいえ、垣間見ることが出来ます。「政略結婚」といえそうな気がしますが、戦国時代や武士の世の中であった当時の敵と味方に分かれて争ったり、あるいは、人質のような扱いを受けたりという意味での政略結婚ではありません。当時の朝鮮の李王家は皇族に次ぐ格を保持し、宮廷費も莫大なものであったとされています。本書に登場する紀尾井町にあった李王家の邸宅は、私が知る限り、赤坂プリンスの旧舘ではなかったかと記憶していますが、お屋敷の中でスキーが出来たと本書にあります。最後に、梨本宮伊都子妃は1976年に没するまで90歳超の長命ですので、戦後の皇室や李王家の様子もそれなりに取り上げられています。宮廷費の支給がかなり細ったのはいうまでもありませんし、昭和天皇の皇太子であった現在の上皇のご成婚についても、当然ながら皇族としての見方が提供されています。なお、昨年2024年12月に出版された『皇后は闘うことにした』が本書の続編のような位置づけで、やはり皇室に取材した小説、というか、短編集となっています。そのうちに、気が向いたら読みたいと考えています。ご参考まで。

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次に、有栖川有栖『砂男』(中公文庫)を読みました。著者は、本格ミステリ作家であり、大学の推理研部長である江神が謎解きをする学生アリスのシリーズと火村が事件解決に当たる作家アリスのシリーズが有名です。本書には、前口上とあとがきを別にすれば、単行本未収録の短編が6話収録されていて、学生アリスのシリーズ2話、作家アリスのシリーズ2話、そして、ノンシリーズも2話、となっています。順にあらすじを紹介すると、「女か猫か」は学生アリスのシリーズであり、したがって、江神が謎解きの探偵役となります。女子大生3人のガールズバンドの作詞を担当する男性が、バンドの1人の家で3人の女性陣とは別に離れ一晩過ごした際に、密室状態の離れで頬にネコの引っかき傷を作ってしまう謎を推理します。「推理研VSパズル研」も学生アリスのシリーズであり、同じ大学のパズル研から出題された論理的な思考で解けるパズル問題に、江神たち推理研のメンバーが面目をかけて挑み、正解を得るのはもちろん、単なる正解を超えてストーリーを完成させようと試みます。「ミステリ作家とその弟子」はノンシリーズであり、出版社の編集者の女性が作家の家を訪れ、作家と住み込みの弟子との間に交わされる会話、というか、問答、特に『ウサギとカメ』の謎について聞いたりしますが、最後に大きな事件が待っています。「海より深い川」は作家アリスのシリーズであり、したがって、火村が謎解きの探偵役となります。タイトルは海に身投げして死んだ男性が残した言葉であり、これに込められた男性の思いや男性の死から展開される謎を火村が解き明かします。それほどボリュームはありませんが、深くて切ない社会性を含んでいます。私はこの作品にもっとも感銘を受けました。表題作の「砂男」は、口裂け女の次に広まった砂男の都市伝説のようにして社会学の大学教授が殺害されます。都市伝説通りに、死体には砂がかけられていて、さらに、後日、殺害された自宅の周囲にも砂がまかれました。火村がこの殺人事件を解決します。「小さな謎、解きます」は、祖母が占いを廃業したスペースで街角探偵社という名で探偵業を始めた青年が、小学4年生の甥っ子とともに、大学生が持ち込んだ引っかけに満ちた推理小説同好会の問題に取り組んだり、名曲テネシー・ワルツを怖いと感じる女性の謎を考えたりします。

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2025年2月14日 (金)

来週公表予定の2024年10-12月期GDP統計速報1次QEの予想やいかに?

鉱工業生産指数(IIP)や家計調査や商業販売統計をはじめとして必要な統計がほぼ出そろって、来週月曜日2月17日に、昨年2024年10~12月期GDP統計速報1次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる1次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下のテーブルの通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である10~12月期ではなく、足元の1~3月期から先行きの景気動向を重視して拾おうとしています。明示的に言及しているのはみずほリサーチ&テクノロジーズと明治安田総研くらいのものでした。特に前者については長々と引用してあります。いずれにせよ、詳細な情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
日本総研+0.3%
(+1.3%)
2025年1~3月期の実質GDPも前期比年率+1%前後のプラス成長を予想。所得環境の改善や政府の電気・ガス代抑制策の再開などを背景に、個人消費は前期比プラスに復する見通し。好調な企業収益を支えに設備投資も堅調に推移する見込み。
大和総研+0.3%
(+1.4%)
2025年1-3月期の日本経済は4四半期連続のプラス成長を見込んでいる。設備投資には10-12月期に伸びた反動が表れる一方、所得環境の継続的な改善が個人消費の回復を後押しするほか、インバウンド消費の堅調な増加にも期待ができよう。
個人消費は、増加に転じると予想する。厚生労働省「毎月勤労統計調査」によれば、実質賃金(就業形態計・現金給与総額)は2024年6月に前年比+1.1%と27カ月ぶりにプラスへと転換し、7月も同+0.3%とプラス圏で着地した。8~10月はマイナス圏で推移したものの、11月には再びプラス圏(同+0.5%)に浮上するなど、総じて見れば2023年初からの改善傾向が継続している。1-3月期は、エネルギー高対策の再開・延長が実施され、物価上昇が抑制されることなども背景に、実質賃金の上昇が続くとみられる。2024年10月分(支給は12月)から始まった年1.3兆円規模の児童手当の拡充も所得環境の改善を促し、個人消費を押し上げよう。
住宅投資は横ばい圏で推移するとみられる。前述した通り、住宅着工戸数の減少には歯止めがかかったものの、持ち直しの動きは鈍い。住宅価格の高騰が需要を下押しする展開が続くとみられる。
設備投資は、10-12月期に増加した反動から、伸び悩むと予想する。ただし、企業の高い投資意欲を背景に小幅な減少にとどまり、高水準を維持しよう。日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(日銀短観)によると、12月調査時点1における2024年度の設備投資計画(全規模全産業、除く土地、含むソフトウェア・研究開発)は前年度比+10.0%だった。12月調査時点としては比較的高水準を維持しており、企業の投資意欲は引き続き旺盛だ。デジタル化、グリーン化に関連したソフトウェア投資や研究開発投資も底堅く推移するとみられる。
公共投資は横ばい圏で推移するとみられる。4-6月期に上振れした影響の剥落が一巡する中で、「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」の執行が下支えを続けると見込んでいる。他方、政府消費は10-12月期の反動もあり増加すると予想する。
輸出は増加が続くとみられる。財輸出は半導体市況の回復などを背景に、増加を続けるとみている。サービス輸出は、10-12月期に上振れした一部の業務サービスにおける反動減が重しとなる一方、インバウンド消費は堅調に増加しよう。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+0.2%
(+0.6%)
1~3月期の経済活動についても回復の加速は見込みにくいとみている。
まず、外需については引き続き景気の牽引役は期待しにくい。米国経済は既往の高金利の余波等で減速が見込まれるほか、中国経済も不動産部門の調整長期化・消費の低迷継続が予想される。米国や中国の景気減速に加え、中国輸出の第三国市場への進出拡大と中国企業の競争力向上による輸入代替の動きも日本の輸出にとって逆風になる可能性が高いだろう。また、世界の半導体市場は堅調に推移しているものの、AIブームを受けた価格の押し上げによる面が大きく、高金利下でスマホ・PCの出荷台数は(循環的には回復局面にあるものの)力強さを欠くとみられ、日本の輸出増加にはつながりにくいだろう。インバウンド需要についても、訪日外客数の増勢が一服に向かう可能性が高く、これまでのような回復ペースは期待しにくくなってきている(既にタイ・マレーシアなど一部の国は2019年同月を下回っている。中国からの訪日客についても、国際定期便冬期スケジュールでは中国方面の便数はコロナ禍前対比76%となっている点を踏まえれば、目先はコロナ禍前対比7~8割程度の水準で一進一退となる可能性がある)。
また、トランプ大統領による政策運営については、2月1日からメキシコ・カナダに25%の関税、中国に10%追加関税を導入すると表明するなど、強硬な関税政策等が実施された場合の経済への影響が懸念されるところだ。トランプ大統領が就任以降に発出した大統領令・覚書を分野別にみると、移民政策、外交・安全保障政策、歳出削減に関するものが多く、共和党支持者の賛同率が高い政策に重点的に取り組んでいく姿勢が示されている(インフレへの懸念が根強い中、共和党支持者の中での関税引き上げに対する優先順位は高くない)。米国内のインフレに配慮する形で、関税はあくまで移民排斥・安全保障等の政策を遂行するための交渉材料に位置付けられているとすれば強硬な関税政策が回避される可能性も考えられるが、トランプ大統領の政策運営については不確実性が大きいため引き続き状況を注視する必要がある。2月1日からメキシコ・カナダに関税が課された場合、日系現地法人に大きな影響が生じる点には留意が必要だ(日系現地法人の中南米からの北米向け売上の約75%は輸送機械であり、みずほリサーチ&テクノロジーズは、メキシコ・カナダに25%の関税が課せられた場合は自動車産業で0.6兆円程度のコスト上昇影響が生じると試算している)。日本企業は、交渉次第で高関税が課されるリスクがあるカナダ・メキシコ・中国を中心にサプライチェーンへの影響を踏まえた対応の検討が迫られる。
国内に目を転じると、物価高の継続を受けた実質賃金の改善の鈍さが個人消費の重石になるだろう。野菜・米類の価格高騰が続いていることに加え、既往の円安、人手不足に起因する物流費・人件費の上昇を受けた幅広い食料品の価格上昇が家計の節約志向を強めることが予想される。エネルギー分野でも、政府による電気・ガス代補助が再開される一方、燃料油価格の激変緩和措置が縮小されることが物価の押し上げ要因となる。名目賃金は前年比+3%程度での推移が続くことが見込まれるが、CPI(持家の帰属家賃を除く総合)の伸びが上回り、1~3月期の実質賃金は前年比マイナスでの推移が見込まれる(1月の東京都区部の持家の帰属家賃を除く総合CPIの前年比をみても+4.1%と伸び幅が拡大している)。1月の消費者態度指数をみても「暮らし向き」を中心にさらに低下しており、消費マインドの弱さが目立つ。1~3月期の個人消費は鈍い動きとなる可能性が高いだろう。
一方、設備投資については、引き続き増加を見込んでいる。先行指標をみると、10~11月の機械受注(実質ベース)、受注ソフトウェア売上高(実質ベース)、建設着工床面積(非居住用)はいずれも増加している。前述したように価格転嫁の進展やインバウンド需要の増加が企業の投資余力を下支えしているほか、DX・GX関連投資や人手不足対応の省力化投資も設備投資の押し上げ要因になっているとみられる。グローバル・サプライチェーンの見直しや近年の円安進行、政府による補助等を受けて半導体関連・電池業種等では国内生産拠点強化の動きがみられることも持続的な押し上げ要因になろう。
以上を踏まえ、1~3月期は現時点で年率+0%台半ば程度のプラス成長を予測している。高水準の企業収益が賃金や設備投資に回ることで、内需を中心に日本経済は回復基調で推移するとの見方は維持しているが、実質賃金の低迷は引き続き個人消費・GDPの回復の重石になるだろう。
ニッセイ基礎研+0.3%
(+1.0%)
2024年10-12月期は3四半期連続のプラス成長となったが、民間消費は3四半期ぶりの減少となり、依然としてコロナ禍前(2019年平均)の水準を▲1%程度下回っている。消費活動の正常化にはまだ距離がある。現時点では、2025年1-3月期の実質GDPは前期比年率1%程度のプラス成長を予想しているが、物価の上振れなどを要因として、引き続き民間消費を中心に下振れリスクは高い。
第一生命経済研+0.2%
(+1.0%)
GDP成長率は3四半期連続のプラス成長が予想され、前年比でも2四半期連続でプラスとなる見込みである。景気は緩やかに持ち直していると言って良いだろう。
PwC Intelligence+0.3%
(+1.4%)
2024年10-12月期の実質GDP(1次速報)は前期比+0.3%、年率換算では+1.4%を見込む。
伊藤忠総研+0.4%
(+1.6%)
続く2025年1~3月期も、輸出が堅調に推移する見通し。設備投資が景気の回復を背景に増勢を維持するとみられる中、物価上昇の鈍化や実質賃金の増加を反映して個人消費が持ち直す見込みで、内需が実質GDP成長率を一段と押し上げると予想する。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+0.4%
(+1.7%)
2024年10~12月期の実質GDP成長率(1次速報値)は、前期比+0.4%(前期比年率換算+1.7%)と予想される。3四半期連続でのプラス成長であり、景気は緩やかな持ち直しを続けていることが示されよう。個人消費が横ばいにとどまるものの、設備投資が底堅く増加し、輸入の減少で外需寄与度が4四半期ぶりにプラスとなることが、全体の伸びを押し上げた。
三菱総研+0.3%
(+1.4%)
2024年10-12月期の実質GDPは、季節調整済前期比+0.3%(年率+1.4%)と、3四半期連続のプラスを予測する。
明治安田総研+0.3%
(+1.1%)
先行きについて、まず個人消費は、春闘における高い水準の賃上げ率が期待できそうだが、食品を中心とする物価高が下押し要因となり、緩やかな回復にとどまると予想する。設備投資は、日銀短観など各種調査で見られるとおり計画は強く、良好な企業業績を追い風に底堅い推移が続くと見込む。一方、住宅投資は、住宅価格の高止まりと住宅ローン金利の上昇が引き続き足枷になるとみる。外需にも景気の牽引役は期待しづらい。インバウンド需要は下支え要因となるものの、中国景気が力強さを欠くことなどから財輸出は停滞気味の推移が見込まれ、日本の景気は緩慢な回復が続くと予想する。
農中総研+0.2%
(+0.6%)
10~12月期のGDPについて、実質成長率は前期比0.2%(同年率換算 0.6%)と、7~9月期(0.3%、1.2%)から鈍化するものの、3期連続のプラスと予想する。前年比は0.4%と2期連続のプラスが見込まれる。名目成長率も前期比0.3%(同年率1.0%)と3期連続のプラスとなるだろう。とはいえ、デフレギャップが存在する中で「潜在成長率」並みの成長率にとどまることから、GDPで見る限り、景気は足踏みに近い動きだったと評価できる。

ということで、季節調整済み系列の前期比年率で+1%前後という緩やかなコンセンサスが見られます。3四半期連続のプラス成長ということになります。なお、日本経済研究センターによるESPフォーキャストではエコノミストの平均値として+1.32%という結果が昨日2月13日に明らかにされています。基本的に外需と設備投資に支えられた成長であり、家計部門の消費や住宅投資はマイナス寄与という見方が多いと私は受け止めています。さらに、上のテーブスのヘッドラインに見られるように、足元の1~3月期もプラス成長が継続して、4四半期連続のプラス成長になる可能性が高いものの、成長率が加速するわけではない、という見方が多いようです。私自身は、直観的な予想ながら、昨年2024年10~12月期の年率成長率は、ESPフォーキャストのコンセンサスを少し下回っていて、プラスはプラスとしても+1%には届かない可能性が高い、その主因はデフレータの上昇である、と考えています。
最後に、下のグラフはニッセイ基礎研究所のリポートから引用しています。私の直観的な予想にもっとも近いと受け止めています。

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2025年2月13日 (木)

+4%台に上昇率が加速した1月の企業物価指数(PPI)

本日、日銀から1月の企業物価 (PPI) が公表されています。統計のヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で+4.2%の上昇となり、昨年2024年10月統計の+3.7%、11月統計の+3.8%、12月統計の+3.9%から、今年2025年1月統計でも上昇率は加速しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業物価指数、1月4.2%上昇 コメ高騰の影響続く
日銀が13日に発表した1月の企業物価指数(速報値、2020年平均=100)は125.3と前年同月比で4.2%上昇し、24年12月(3.9%上昇)から伸び率が拡大した。民間予測の中央値よりも0.2ポイント高く、23年6月(4.5%上昇)以来の大きさとなった。コメを含む農林水産物の高騰が続いていることが影響した。
企業物価指数は企業間で取引するモノの価格動向を示す。サービス価格の動向を示す企業向けサービス価格指数とともに消費者物価指数(CPI)に影響を与える。今回、24年12月分の前年同月比上昇率は3.8%から3.9%に上方修正になった。
1月の内訳を見ると、農林水産物が前年同月比で36.2%上昇と24年12月(32.9%上昇)から伸び率が拡大した。コメの価格高騰の影響が続いている。背景には、肥料や輸送費、人件費などの諸コストを価格に転嫁する動きがある。鳥インフルエンザにより鶏卵の価格が上昇したことも押し上げに寄与した。
電力・都市ガス・水道は11.1%上昇し、高い伸び率が続いている。再生可能エネルギーの普及のため国が電気代に上乗せしている再エネ賦課金が24年5月から引き上げられたことが前年同月比プラスに寄与した。
輸入物価指数は円ベースで2.3%上昇し、24年8月以来の高い伸び率となった。原油市況や為替が円安方向に動いた影響により全体が押し上げられた。
企業物価指数は1年7カ月ぶりの上昇率となったが、背景は大きく異なる。23年前半ごろはウクライナ情勢の悪化などによる原油価格の高騰が主因だった。

インフレ動向が注目される中で、やや長くなってしまいましたが、いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にあるように、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率について、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+4.0%、予測レンジの上限で+4.2%と見込まれていましたので、実績の+4.2%はレンジ上限は超えないもののギリギリで、かなり上振れた印象です。なお、ロイターの記事でも、ロイター調査による民間調査機関の予測中央値は+4.0%との結果が示されていました。国内物価の上昇幅が拡大したした要因は、引用した記事にもある通り、コメなどの農林水産物の価格上昇であり、農林水産物は前年同月比で見て昨年2024年12月の+32.9%をさらに超えて今年2025年1月は何と+36.2%の上昇を記録しています。もちろん、上のグラフにも見られるように、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年中には2ケタ上昇の月がありましたし、今さら+4%上昇で驚くエコノミストは少ないと思うのですが、引用した記事でも指摘しているように、2022年のインフレは石油などのエネルギー価格の上昇が主因であった一方で、昨年来の物価上昇はコメをはじめとする食料品の値上がりに起因していますから、企業間取引の価格とはいえ国民生活への影響も深刻度を増している可能性が高いと私は受け止めています。加えて、引用した記事にもある通り、2024年5月からの再生可能エネルギー発電促進賦課金が引き上げられ、あるいは、政府による「酷暑乗り切り緊急支援」による電気・ガスの補助金は11月検針分で終了し、などといった政府要因で物価を押し上げている点は見逃せません。ただ、電気・ガスの補助金は2月検針分から再開されます。また、為替相場では昨年2024年12月には一時的に円安がストップしたものの、今年2025年1月には再び円安が進んだ点も影響している可能性があります。すなわち、前月比で見て、2024年10月には+4.3%、11月にも+2.8%と対ドルで円安が進んだ後、12月はほぼ横ばいで▲0.1%となったものの、2025年1月には+1.8%の円安が進行しています。また、私自身が詳しくないので、エネルギー価格の参考として、日本総研「原油市場展望」(2025年2月)を見ておくと、1月前半のWTI原油先物価格は米国寒波や英米の対ロシア制裁強化の影響から、一時、バレル80ドル台に上昇したものの、中東ガザの停戦合意やトランプ米国大統領のサウジへの増産要請などから1月後半には70ドル台前半に下落し、「先行き、原油価格は60ドル台半ばに向けて下落する見通し。」ということになっています。ただ、米国のトランプ次期政権の環境・エネルギー政策にも注目すべきであることはいうまでもありません。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇率・下落率で少し詳しく見ると、まず繰り返しになりますが、農林水産物は12月の+32.9%から1月は+36.2%と上昇幅を拡大しています。これに伴って、飲食料品の上昇率も12月の+2.2%から1月は+2.9%と上昇率が加速しています。電力・都市ガス・水道も12月の+12.7%から1月は+11.1%と2ケタ上昇のまま高止まりしています。ほかに、銅市況の高騰などにより非鉄金属も12月の+12.7%から1月には+14.3%とと2ケタ上昇が加速しています。

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2025年2月12日 (水)

第一生命経済研究所リポート「エンゲル係数上昇の主因は家計の節約」に見る貧しい日本

先週2月7日に総務省統計局から昨年2024年家計調査の集計結果が公表され、一番目についたのがここ数年のエンゲル係数と消費性向の急激な上昇です。このうち、エンゲル係数の上昇について、一昨日2月10日、第一生命経済研究所から「エンゲル係数上昇の主因は家計の節約」と題するリポートが明らかにされています。図表を引用しつつ、簡単に取り上げておきたいと思います。

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まず、リポートから 急上昇するエンゲル係数 のグラフを引用すると上の通りです。実は、私が家計調査の担当課長をしていたのは2010-13年であり、私が担当課長を外れた途端、ということでもないのでしょうが、2010年代半ばからエンゲル係数が急上昇しているのが見て取れます。それまでは、ほぼ22%前後で安定していたのですが、昨年2024年には27%ほどまで、10年かけたとはいえ+5%ポイントの上昇を見せています。そして、このエンゲル係数の上昇をいくつかの要因に分解していて、消費性向の低下と食料品の相対価格の上昇が押上げ要因と指摘した上で、「賃上げや定額減税などに伴い可処分所得が増加したにもかかわらず、値上げに伴い節約志向が強まったことが推察される」と結論しています。

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続いて、リポートから 消費者物価と賃金の関係 のグラフを引用しています。食料やエネルギーなど国内供給が十分でなく輸入に依存する財の価格上昇、特に、円安と相まっての国内価格の上昇は悪い物価上昇と指摘し、ディマンドプルによる悪い物価上昇と対比し、名目賃金の上昇が食料やエネルギーの物価に追いついていないことを確認しています。

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続いて、リポートから 所得階層別食料・エネルギーの可処分所得比 のグラフを引用しています。家計調査によれば、可処分所得に占める食料・エネルギーの割合は、年収最上位20%の第Ⅴ分位世帯が27.6%程度であるのに対して、年収最下位20%の第Ⅰ分位世帯では51.2%程度であると指摘し、食料・絵ベルギー価格が相対的に上昇することにより、低所得家計の負担感が強まり、食料・エネルギー以外への支出が圧迫され、高所得家計との生活格差がいっそう拡大する、と結論しています。

エンゲル係数については、私も高校教育からの継続性を考慮して大学の授業でも言及しますが、おそらく、大学のはるか以前から教えられるもので、高いということは貧しいことの表れであり、豊かになれば低くなる、という判りやすい経済指標です。ですから、時系列的に貧しい家計や国が豊かになるとエンゲル係数は低下してゆきますし、横断的に貧しい家計や国よりも豊かな家計や国では低いという事実が観察される場合がほとんどです。極めて単純に考えて、エンゲル係数の推移を見る限り、ここ10年ほどで日本は貧しくなった、と結論できるのではないでしょうか。はい、リポートの結論は貧しくなって節約を余儀なくされている、ということなのかもしれません。

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2025年2月11日 (火)

インテージによる「バレンタインに関する調査結果」やいかに?

先週2月7日に総務省統計局から昨年2024年家計調査の集計結果が公表され、都道府県庁所在市+政令市の間で餃子やラーメン屋といった消費支出のランキングがアチコチの報道で取り上げられています。私は総務省統計局に出向して、2年半余りの間この家計調査の担当課長を務めていましたので、それなりに懐かしく拝見していました。
その消費動向のひとつとして、この季節の話題としてインテージから「バレンタインに関する調査結果」が先週2月8日に明らかにされています。カカオショックともいわれている値上がり圧力が生じており、今年のチョコレート事情を知りたいところです。まず、インテージのサイトから調査結果の[ポイント]を5点引用すると以下の通りです。

[ポイント]
  • バレンタインの予算(女性)は平均4,574円。前年比91.0%
  • 予算が減る理由、増える理由いずれも1位、2位は「チョコの値上がり」「物価高・円安」
  • 値上げは用意する女性67.3%の行動に影響。「価格帯が低いチョコ」「個数を減らす」「安く買える購入先」で対応
  • 「義理チョコ」は個人で用意するチョコ(前年比78.6%)、複数で用意するチョコ(前年比79.4%)いずれにおいても減少
  • 有職女性で職場の義理チョコに「参加したくない方だ」は84.2%。4年連続高水準で今年は調査開始以来最高

まず、会社などで何人かのグループではなく個人で用意する予算は、一昨年2023年3,750円から昨年2024年は5,024円と+34%増の大幅アップの後、今年2025年は4,574円と▲9%減と見込まれています。予算が増える理由/減る理由、いずれもトップと2番目は「チョコが値上がりしているから」と「物価高・円安だから」でした。カカオショックやコーヒーショックといった国際市場における商品価格の高騰に加え、昨秋あたりからコメ価格も上昇し、バレンタイン向けのチョコの価格弾力性の低い人はご予算アップ、価格弾力性の低い人は予算圧縮、ということなのだろうと思います。

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上のグラフは、インテージのサイトから、全国小売店パネル調査である小売店販売データSRIに基づいて、板チョコレートの平均個数単価推移 をプロットしています。2年ほど前の2023年2月ころまで100円程度であった単価が、昨年2024年暮れには150円近くに達するほろ、チョコレートが大きく値上がりしているのが見て取れます。

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上のグラフは、インテージのサイトから チョコレートが値上がりしていた場合の影響 を引用しています。チョコレート値上がりの影響があると回答したのは67.3%、すなわち、2/3に上っています。対応策としては、「価格帯が低いチョコを買う」が32.9%、「個数を減らす」が22.3%、「安く買える購入先で買う」が21.5%とトップスリーを占め、続いて、「自分チョコを減らす/やめる」が9.5%、「義理チョコを減らす/やめる」と「他のお菓子・スイーツを買う」がともに7.7%となっています。そして、義理チョコについては、「参加したくない方だ」が84.2%に上り、昨年2024年の82.2%から+2%ポイント増加しています。

私が役所を定年退職した際の研究所という職場は義理チョコなんてものを想像もできない質実剛健(?)な職場でしたし、現在の大学勤務もまったくご同様です。したがって、私は世のバレンタイ事情には疎いかもしれません。

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2025年2月10日 (月)

半ノッチ基調判断が下方修正された1月の景気ウォッチャーと貿易・サービス収支が黒字を記録した12月の経常収支

本日、内閣府から1月の景気ウォッチャーが、また、財務省から昨年2024年12月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から▲0.4ポイント低下の48.6となった一方で、先行き判断DIも𥬡.4ポイント低下の48.0を記録しています。また、経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+1兆0773億円の黒字を計上しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから記事を引用すると以下の通りです。

街角景気1月は0.4ポイント低下、食品価格上昇などでマインド悪化
内閣府が10日に発表した1月の景気ウオッチャー調査は現状判断DIが48.6となり、前月から0.4ポイント低下した。3カ月ぶりマイナス。引き続きインバウンドや観光関連が景況感の押し上げ要因となっている一方、物価高がマイナス要因となっている。景気判断は「緩やかな回復基調が続いている」で維持した。
指数を構成する3部門では、企業動向関連DIが0.3ポイント上昇した一方、家計動向関連が0.6ポイント、雇用関連が0.7ポイントそれぞれ低下した。
食料品や日用品など身近な商品の値上がりが人々の消費マインドを悪化させているとみられ、回答者からは「野菜や卵などが高くなったという声が多い。98円均一セールなどの商品に魅力がなくなっていることから、客の買物かごの中身が減ってきている」(中国=スーパー)との声が聞かれた。
企業関連では「運賃値上げの気運が高まってきている感はあるが、実現には至っていない。燃料をはじめとした資材価格の高騰が止まらない中、人手不足が更なる状況悪化を招き厳しい環境下にある」(南関東=輸送業)との指摘もあった。
2-3カ月先の景気の先行きに対する判断DIは前月から1.4ポイント低下の48.0と、2カ月連続で低下した。
内閣府は先行きについて「緩やかな回復が続くとみているものの、価格上昇の影響などに対する懸念がみられる」と表現を変更した。先月までの「価格上昇の影響などを懸念しつつも、緩やかな回復が続くとみている」から、文章の前後を入れ替えた。
内閣府の担当者は「回答者からの物価に関するコメント数が、先行きで多くなっている。コメントの内容もマイナス方向のものが多いということで、より回答者の見方を的確に表現した」と説明した。
大和証券のエコノミスト、鈴木雄大郎氏は「年後半にはインフレ率の鈍化を背景に実質賃金が改善して個人消費は回復することが予想されるが、コロナ後のリベンジ消費が一巡している様子もあり、力強さには欠ける動きとなる」と指摘。足元では人手不足倒産も増えており「街角景気が上向く可能性は低い」との見方を示した。
経常収支12月は1兆円、訪日客増で旅行収支の黒字拡大 24年は過去最高の黒字
財務省が10日発表した国際収支状況速報によると、12月の経常収支は1兆0773億円の黒字となった。ロイターが民間調査機関に行った事前調査の予測中央値を若干下回ったものの、堅調な所得収支や貿易黒字に支えられた。
海外証券投資や直接投資等からなる第1次所得収支は、証券投資収益が赤字幅を拡大したことから黒字幅を縮小したが、1兆2755億円の黒字となった。第2次所得収支は2401億円の赤字、貿易・サービス収支は419億円の黒字。
訪日外国人旅客者数が前年比27.6%増となり、旅行収支は前年比26.5%増の5521億円の黒字だった。旅行収支の黒字幅拡大でサービス収支の赤字が大幅に縮小した。
東日本大震災後、貿易収支の赤字化に伴い、経常収支も赤字に転落するのではないかと危惧されたが、2023年1月に2兆円超の赤字を記録した後は、円安と食料品、エネルギー、資源価格の高騰などによる貿易赤字にもかかわらず、海外への証券投資や直接投資からの収入に支えられ黒字が続いている。今後も第1次所得収支に支えられ黒字基調を保つとの見方が大勢で、財務省担当者は、経常収支が近い将来、赤字に転落する可能性は少ないと分析している。
農林中金総合研究所理事研究員の南武志氏は「経常収支は、国内の投資・貯蓄(IS)バランスの反映だといえる。巨額の経常黒字は、国内の投資不足・消費不足の表れ」と指摘し、今後少子高齢化が進むにつれて国内貯蓄が減少に転じる段階で黒字に下押し圧力がかかる可能性があるとしつつ、「向こう何年かで急減することはない」とみている。
2024年通年の経常黒字は前年比6兆6689億円増の29兆2615億円と過去最大を記録した。
第1次所得収支が黒字幅を前年比4兆円超拡大した。輸出額の増加が輸入額を上回り、貿易収支の赤字幅も2兆6019億円縮小し、3兆8990億円になった。為替は対ドルで前年比7.8%の円安で、保有する外貨を円換算した時の金額が膨らむ一方、子会社からの配当金や、海外金利の上昇で債券の利回りが上昇した。


やや長くなりましたが、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気ウォッチャーのグラフは下の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしており、色分けは凡例の通りです。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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景気ウォッチャーの現状判断DIは、最近では昨年2024年10月統計で47.0となった後、11月統計では48.6、12月統計では49.0、そして、本日公表の1月統計でも48.6と3か月ぶりの下低下となっています。家計動向関連が先月から▲0.6ポイント低下した一方で、企業動向関連は+0.3ポイント上昇を見せています。ただし、家計動向関連のうち飲食関連が前月から▲4.0ポイントと大きく低下しており、また、住宅関連も▲2.0ポイントの低下となっています。先行き判断DIでも家計動向関連のうちの住宅関連はさらに▲4.6ポイントの低下となっている一方で、飲食関連は+2.0ポイントの上昇が見込まれています。基本的には、飲食関連は物価高の影響と私は受け止めています。特に、外食のはコメ価格の高騰が大きな影響を及ぼしていると考えるべきです。加えて、コメ以外にも食料品価格の値上がりも激しくなっている点は広く報じられていることと思います。加えて、インフルエンザの流行で人出が少なかった点も上げられるかもしれません。さらに、住宅関連がここまで低迷しているのは、価格上昇に加えて、どこまで金利上昇が影響しているのか、やや気になるところです。また、企業動向関連については、現状判断DI、先行き判断DIともに製造業は前月差プラスで、逆に、非製造業は前月マイナスとなっています。ただ、現状判断DIの水準は家計動向関連で48.6、企業動向関連で48.9と、50に近くて高い水準を維持している点も見逃すべきではありません。長期的に平均すれば50を上回ることが少ない指標ですので、現在の水準は、マインドが決して悪い状態にあるわけではない点には注意が必要です。統計作成官庁である内閣府では基調判断を「景気は、緩やかな回復基調が続いている」の基本ラインは据え置いていますが、引用した記事にもあるように、ビミョーに懸念材料が明示されて、半ノッチ下方修正という印象です。先行きについては、価格上昇の懸念は大いに残っていて、最大の焦点となりそうです。また、内閣府の調査結果の中から、家計動向関連のうちの見方に着目すると、小売関連では「主要原材料、特に米やのりの値上げが過去最高となっており、価格転嫁せざるを得ず、それが販売数の減少につながっている (南関東-コンビニ)。」や住宅関連では「いつまでも建築資材等の価格上昇が止まらない。様々な物の価格が上昇し、利益が圧迫されている (近畿-住宅販売会社)。 」といったものが目につきました。

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続いて、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。季節調整していない原系列の統計では、引用した記事にもあるように、貿易・サービス収支が419億円の黒字を計上したようで、私が確認したところ、季節調整済みの系列でも久しぶりに2023年10月以来の黒字を計上しています。季節調整済み系列による貿易・サービス収支の黒字は、この2023年10月をさかのぼると、2021年3月ですので、ここまでさかのぼれば、超久しぶりといえます。ただ、この先の今年2025年1月統計や2月統計は中華圏の春節の時期次第で貿易・サービス収支が大きく振れますので、その点は注意が必要です。私が調べた範囲で、今年の春節は1月29日から2月にかかる期間となっています。お休みは1月28日から始まるそうです。ですので、1月統計と2月統計に何らかのかく乱要因が持ち込まれる可能性があります。さらに、引用した記事にもある通り、日本の経常収支は第1次所得収支が巨大な黒字を計上していますので、貿易・サービス収支が赤字であっても経常収支が赤字となることはほぼほぼ考えられません。ですので、経常収支にせよ、貿易収支・サービスにせよ、たとえ赤字であっても何ら悲観する必要はありません。エネルギーや資源に乏しい日本では消費や生産のために必要な輸入をためらうことなく、経常収支や貿易収支が赤字であっても何の問題もない、と私は考えていますので、付け加えておきます。

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2025年2月 9日 (日)

アセモグル教授のFTへの寄稿コラム

昨年のノーベル経済学賞受賞者の1人であるアセモグル教授が Financial TimesThe real threat to American prosperity と題するコラムを寄稿しています。かなり長文で難解な上に、当然ながら日本語ではなく英語ですし、もちろん、全文を引用するのはコピーライトの観点からも好ましくないので、私の感じたキーワードやキーとなるセンテンスをいくつか引用したいと思います。さらにさらにで、強調部分もハイライトしておきます。
まず、イーロン・マスク氏を政府効率化症のトップに据えた点について、"This didn't do much to improve the business environment or competitiveness, but further weakened oversight of corruption." と評価しています。そして、米国の "unexpected decline" は "The most significant was the crumbling of American institutions." であるとの結論です。
そして、米国の分断の起源として、"Economic growth in the US was rapid for most of the post-1980 era, but about half of the country didn't benefit much from this." としています。すなわち、人口の半分を占める大学卒業者は "robust growth" を経験した一方で、大学卒業未満の米国人の実質賃金は下がったとの指摘です。その上、この分断は "The flames of grievance were powerfully fanned by social media, which deepened polarisation." となったということです。
ここでトランプ大統領が登場し、"In this environment, Trump quickly transitioned from being a symptom to being a cause, repeatedly breaking with democratic norms and refusing to abide by the constraints that laws and precedents set on presidential behaviour." となってしまいます。日本の安倍総理の登場についても、こんな感じではなかったか、と評価する向きがあっても不思議ではありません。
最後に、アセモグル教授が2050年の近未来から現時点を振り返ると、ということで、いくつかディストピア的な米国の将来像、ひとまとめにして "America's collapse" を示しています。このあたりは読んでみてのお楽しみです。ただ、最後の方で、"Looking back from 2050, however, one thing is clear. This was all avoidable." と予想していると述べて、まだ間に合う可能性を示唆しています。

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2025年2月 8日 (土)

今週の読書はピケティ教授の平等に関する経済書をはじめ計8冊

今週の読書感想文は以下の通り計8冊です。
まず、トマ・ピケティ『平等についての小さな歴史』(みすず書房)では、10年ほど前の『21世紀の資本』で世界を席巻したエコノミストが、人類の進歩における平等の役割を論じ、続いて、平等へと進む歴史を概観し、最後のに平等の達成に向けた政策や目標を取り上げています。妹尾麻美『就活の社会学』(晃洋書房)では、聞き手への忖度に基づいて、企業やメディアが求める学生像に合わせて「やりたいこと」をいかにも自発的に語らされる就活を社会学的に分析しています。ブライアン・クラース『なぜ悪人が上に立つのか』(東洋経済)では、権力と指導者について論じていて、サイコパスのような独裁者が権力を握るのを防止し、模範的な指導者が権力に就くようにするための方策が10点に渡って提案されています。スティーヴン・キング『ビリー・サマーズ』上下(文藝春秋)では、主人公のビリーが40代半ばにして引退を決意し、自叙伝ともいえる小説を書き始める一方で、とても報酬のいい最後の仕事を請け負うところから物語がスタートします。朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班『限界の国立大学』(朝日新書)では、取材班が2004年に導入されて20年を迎える国立大学法人化の首尾につき、アンケートやインタビューを駆使した取材結果に照らし合わせて結論を得ようと試みています。竹中亨『大学改革』(中公新書)では、法人化されて20年を経過した国立大学を主たる対象として日本とドイツの大学改革について基本となる理念や理論的背景を含めて解釈と解説を試みています。鈴木俊幸『蔦屋重三郎』(平凡社新書)は、やっぱり、NHK大河ドラマのお勉強として読んでいまして、話題となっている蔦屋重三郎についての教養書です。特に、文化史の背景が詳しいです。
今年の新刊書読書は年が明けて先週までに16冊を読んでレビューし、本日の7冊も合わせて23冊となります。Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。なお、櫻田智也『蝉かえる』も読んだのですが、2020年出版で新刊書読書ではないと考えられますから今週のレビューには含めず、すでにFacebook、Twitter、mixi、mixi2で取り上げておきました。

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まず、トマ・ピケティ『平等についての小さな歴史』(みすず書房)を読みました。著者は、10年ほど前の『21世紀の資本』で世界を席巻したフランス人エコノミストです。本書のフランス語の原題は Une Brève Histoire De L'Égalité であり、2021年の出版です。本書は10章から成っており、冒頭の2章で人類の進歩における平等の役割を論じ、その後、タイトル通りに平等へと進む歴史を概観し、最後に平等の達成に向けた政策や目標を取り上げています。まず、分析の視角として、平等に関する、というか、不平等を形成してきた歴史の中で果たした闘争とパワーバランスの重要性に着眼しつつ、闘争とパワーバランスだけに不平等の是正や平等の達成を委ねる両極端な見方を排しています。かつて土地持ちといわれた不動産所有を基盤とする不平等から、マルクス主義的な生産手段所有を基盤とする不平等、そして、最近では金融資産所有を基盤とする不平等までを視野に入れ、もちろん、その上で不平等をもたらす要因として、所得、そして、その所得の基礎となる学歴、年齢、職業、性別、出身地あるいは出身国、などなどの要素をあげています。個人ではなく、国レベルの不平等については、当然、産業革命が起源となります。ポメランツ『大分岐』などを引いています。そして、経済社会基盤としては個人間では奴隷制、国レベルでは植民地主義などが不平等をもたらす歴史を概観しています。もちろん、歴史的に一直線に不平等が拡大してきたわけではなく、米国のリンカーン大統領による奴隷解放、その前の歴史的イベントとしてのフランス革命による身分制の廃止などがあります。しかしながら、現在の民主主義も、元はといえば、納税額などにより不平等を容認した選挙制度から始まっています。女性まで参政権を拡大したのはそう昔のことではありません。そして、本書では、第1次世界大戦が始まった1914年から欧米で新自由主義政権が相次いで樹立される1980年までを「大再分配」と名付けて第6章で分析しています。その主要な政策手段は、課税前所得の格差を縮小させる累進課税と社会国家を上げています。私はやや不案内なのですが、本書でいう「社会国家」というのは、福祉国家に近い概念と受け止めました。もっとも、それほど自信があるわけではありません。加えて、歴史的な事実として、累進課税が普及してもイノベーションや生産性向上が阻害されることはなかった、との分析結果を示しています。ただ、1980年ころから格差が拡大し始めます。基本的には、明記していませんが、新自由主義的な方向への政策転換が大きいと私は受け止めています。米国では、激しい反労働組合政策と最低賃金の下落を本書では上げています。加えて、教育の機会均等が事実上失われていて、高所得者の子弟が大学進学で極めて有利になっている事実を指摘しています。そして、それに対する対抗軸として、ベーシックインカムとグリーン・ニューディールに基盤を置く雇用政策を上げています。最後に、1点だけ指摘しておきたいと思います。すなわち、日本以外の欧米先進国では1980年以降に高所得者がさらに所得を増やす形で不平等化が進みました。他方、日本では低所得者がさらに所得を減らす形で不平等化が進んでいます。この点は忘れるべきではありません。ですから、日本ではピケティ教授が考える以上に、というか、欧米諸国以上にベーシックインカムとグリーン・ニューディールのための雇用政策が、特に低所得者層に有効である可能性が高い、と私は考えています。

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次に、妹尾麻美『就活の社会学』(晃洋書房)を読みました。著者は、追手門学院大学社会学部准教授です。タイトル通りに、社会学的な分析がなされており、統計的な、というか、数量分析よりも、インタビューによるケーススタディが中心です。本書では、自由応募による就職活動を対象にしています。ですから、教授が就職先を割り振るような形の就職活動は含まれていません。学生サイドの就職活動としては、ネット上でエントリーシートを提出し、面接に進む、という形が多いのだろうと想像しています。そして、いわゆる「ガクチカ」といわれる学生時代に力を入れた活動とともに、サブタイトルにあるように、就職してから「やりたいこと」も学生は語る必要があります。というか、学生は聞き手への忖度に基づいて、企業やメディアが求める学生像に合わせて「やりたいこと」をいかにも自発的に語らされる就活を社会学的に分析しています。ただ、日本では広くメンバーシップ型の就職であり、本書でも、学生の就職とは企業を選ぶことであって、企業の中で何の仕事をするかは学生ではなく企業が決める、というのも一面の真理があるのではないかと思います。別の見方で、その昔にいわれたことで、「やりたいこと」を永遠に探すのがフリーターである、という考え方も成り立つ余地があります。「やりたいこと」を語らされた上に、実際にやらされることは企業の方で決める、というのは大きな矛盾かもしれません。そういった中で、大学のキャリア教育についても目を向けられており、インタビューの対象にもなっています。ただし、キャリア教育政策が労働市場におけるキャリアの曖昧さを過度に想定している、という批判も明らかにしています。はい、私もそう思います。私自身は、キャリア教育を担当しているわけではありませんが、キャリア教育にどこまで意味があるのかは不明ながら、大学では必須とされている不思議を感じます。そして、本書では、最初から最後まで底流を流れているのは、ライフコースという見方です。かつては、大学を卒業するところにもかかわらず、ほとんど「白紙状態」で就職し、終身雇用とさえ呼ばれた長期雇用システムの下で、男性基幹社員は定年まで無限定に長時間働き、それには、家事や育児に加えて介護まで家庭を仕切ってくれる専業主婦の存在が不可欠でした。逆に、女性は限界的な役割を担う労働者として結婚や出産までの短期間だけ働き、結婚・出産後は夫を家庭から支える役割を期待されていました。そして、子育てや介護から開放されればパートタイムに出るわけです。しかし、グローバル化が進んで世界的な競争が激化し、日本企業の体力が低下している中で、こういった役割分担的な家庭は少数派となり、共働き世帯が専業主婦世帯の3倍に上るという現実もあります。加えて、そういった就業や家庭が変化し、就職活動が変容するのであれば、教育と就労の接点である大学教育も何らかの変化が避けられません。その意味で、とても参考になった読書でした。

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次に、ブライアン・クラース『なぜ悪人が上に立つのか』(東洋経済)を読みました。著者は、米国生まれで英国オックスフォード大学で博士号を取得し、現在はユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの国際政治学の准教授です。冒頭に難破船から助かって無人島にたどり着いた人々の同じようなグループに着目して、独裁的なリーダーが出現しておぞましい結果を招いた例と、階層なくフラットな関係で友好的な関係を維持して救助された例の2つを示し、実は、難破船から無人島にたどり着くグループではなく、実際の現実的な社会においては前者のケースが少なくない点が強調されます。その上で、3つの問と1グループの解答を示そうと試みています。問は、サイコパスのような人物が権力を握るのか、そうではなく、権力に就くとサイコパスのような独裁者になるのか、はたまた、市民がサイコパスのような人物を指導者に選んでしまうのか、という3点であり、当然ながら、サイコパスのような独裁者が権力を握るのを防止し、模範的な指導者が権力に就くようにするための方策が10点に渡って提案されています。はい。極めて示唆に富む多数の事例が引かれています。アフリカや中南米の独裁者、あるいは、米国の住宅管理組合=Home Owners Associationの管理者、そして、明示はされませんが、企業のCEOや管理職の中にも決して少なくなく存在すると示唆しています。私は私立大学の教員ですので、同業者の中には私立大学の理事長を上げる人がいそうな気がします。広く報じられたところでは、日大の理事長がそうでしたし、東京女子医大の理事長経験者も最近逮捕されたことはニュースになっていたりしました。そして、本書で上げられている防止策については、読んでみてのお楽しみなのですが、1点だけ私の考えを明らかにすれば、くじ引きに基づく民主主義がひとつの選択肢になる可能性があるのではないかと考えています。かつて西洋の古典古代でも実践されていたことがありますし、現在の投票による民主主義が、先の兵庫県知事選挙なんかを念頭に置いて、ホントに、本書の観点からして、好ましい結果をもたらしているかどうかは小さからぬ疑問があります。もちろん、SNSの悪影響もあ否定できません。でも、そうでなくても、日本の国会議員や総理大臣に世襲が極めて多いのは、国民の多くが感じているところではないでしょうか。民主的な投票で選ばれているから世襲もOK、という点は強調されて然るべきですが、どこまでホントに自由な投票かは疑問です。単に投票で選ばれているという形式的な点だけに着目すれば、中国だって、北朝鮮だって投票で選ばれているのではないか、という気がします。ですので、私自身は投票に100%の信頼を置いたり、投票以外の指導者選出方法を否定するのはひょっとしたら危険なのではないか、と考え始めています。マルクス主義的な暴力革命はまったく可能性がない上に、百害あって一利なし、といわざるを得ませんが、くじ引きにより指導者を選出する、あるいは、チェノウェス教授の『市民的抵抗』で示唆されているような直接的な行動、などなどを指導者選出のひとつの方策とする可能性も決して無条件に排除することができない、と考え始めています。ただ、本書の指摘通り、基本はチェック・アンド・バランスによる市民による指導者の監視がもっとも重要です。それだけに、監視される側の指導者とともに、監視する側の市民の教養やバランス感覚、常識的な判断能力などのリテラシーが問われるところではないか、と考えます。こういった基礎的なリテラシーの涵養のためにも大学が果たすべき役割は決して小さくないと思います。

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次に、スティーヴン・キング『ビリー・サマーズ』上下(文藝春秋)を読みました。著者は、ホラー小説の帝王とも呼ばれる小説家です。本書は、作家デビュー50周年記念の一環としての出版です。ホラーではなくて犯罪小説=クライム・ノベルと呼ぶべき作品で、近代物理学に反する現象や存在は出現しません。本書のタイトルは主人公の名前であり、ビリーは米軍の海兵隊を除隊してから殺し屋家業をしています。ただし、誰でも暗殺するというわけではなく、悪人しか標的にはしないというのがポリシーです。基本的に、ゴルゴ13と同じスナイパーと考えてよさそうです。そのビリーが40代半ばにして引退を決意し、自叙伝ともいえる小説を書き始める一方で、とても報酬のいい最後の仕事を請け負うところから物語がスタートします。そのため、小さな町に作家のフリをしながら潜伏して殺しの準備を進めることになりますが、この仕事にはなにかウラがあるような胡散臭さを嗅ぎつけて、ビリーは作家のフリに加えて、独自の逃走ルートのために、もうひとつの隠れ家的な潜伏先を設けて三重生活を送ることにします。すなわち、作家のフリをして原稿執筆するのは標的が護送されてくる裁判所の近くの依頼主が借りたオフィス、そして、ビリーの生活のために依頼主が借りた住宅、そして、依頼主から逃れる可能性も考えてビリーが別名で借りた別の住宅、ということになります。上巻の舞台はイリノイ州南部と示唆されます。すなわち、ミシシッピ川の東に位置して、北部と南部の分岐であるメイスン・ディクスン境界線のすぐ南にある小さな町で、標的となる人物が警察によって裁判所へ護送されてくる機会を待ちます。この際、ビリーはホントは極めて聡明であるにもかかわらず、「おバカなおいら」を演じます。依頼主が借りた住宅では、絵に書いたような米国的なご近所との交流がなされます。そして、依頼主のミッションを終えて、警察などの当局と依頼主の両方から逃亡を始めようとするビリーは、レイプされて死にそうな20歳そこそこのアリスを拾ってしまいます。そして、ビリーとアリスの2人組の逃亡劇が始まるわけです。この下巻の逃亡劇は怒涛のように展開します。そのあたりは読んでみてのお楽しみ、ということになります。ただ、出版社のうたい文句にあるように「キング史上最も美しいラストに涙せよ」というのは、出版社自身が宣伝文句にしているわけですので、ネタバレでも何でもないと思います。いや、さすがに圧巻の小説でした。上巻の緻密な構成と展開、下巻の一気に驀進するストーリー、上下巻とも300ページを超え、合わせて600ページ強あり、しかも、2段組でびっちり文字が各ページに埋め尽くされています。もともと、長くて詳細な記述の小説が得意な作者のキングではありますが、ボリュームに負けずに読み通すことは、この作品の場合は決して難しいことではないと思います。一気に読めます。

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次に、朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班『限界の国立大学』(朝日新書)を読みました。著者は、朝日新聞紙上とデジタル版でこの問題に関する特集記事を展開した取材班です。テーマは、いうまでもなく、2004年に導入されて20年を迎える国立大学法人化の首尾です。アンケートやインタビューを駆使した取材結果に照らし合わせた判定は明らかに失敗だった、という結論かと思いますが、その失敗の原因についてはもう少し掘り下げて欲しい気がして、私には物足りない部分が残りました。ただ、日本の場合は大学のクオリティは圧倒的に国立大学に分があって、私立大学は国立大学トップには叶わないわけですので、教育についても、研究についても国立大学を対象に検証や分析を試みるのは意味があると考えるべきです。ということで、一応、私は国立大学と私立大学の教員をどちらも経験しています。キャリアの国家公務員からの現役出向として長崎大学に2年間単身赴任しましたし、国家公務員を定年退職した後に現在の立命館大学でほぼ5年間のongoingの教員経験があります。長崎大学での経験はもう15年も前のことで、国立大学法人化がなされた数年後であり、毎年1%ずつ削減される運営費交付金の削減額もまだそれほど深刻な影響を及ぼしていなかった気がします。ただし、私がいずれも経済学部の教員でしたので理工学系の大規模な実験設備に資金が必要というわけではなく、ソフトウェアと書籍や何やを買うくらいで、研究費がとんでもなく不足したという記憶はありません。とんでもなく不足しているわけではありませんが、常に研究費の不足には悩まされていました。長崎大学のころにはテレビ局からお呼びがかかったにもかかわらず、旅費が捻出できずにテレビ出演がボツになった経験もあります。ただ、研究を離れて教育に目を向ければ、国立大学と私立大学で圧倒的に違うのはST比です。私立大学は学生がいっぱいいて、多くの授業のコマ数を担当せねばなりません。長崎大学在籍当時は運営費交付金の削減が進んでいなかったこともあって、非常勤教員や任期付教員はそれほどいませんでしたが、現在、こういったいわば大学教員の非正規雇用が進んでいるのは、運営費交付金が削減されたためであると同時に、国立大学の評価のひとつの項目に常勤教員1人当たりの研究成果があるのも関係している可能性があります。分母の常勤教員を減らしておけば、この評価項目は高くなったりするわけです。ただ、何といっても、国立大学の研究力がここまで落ちたのは、政府の「選択と集中」による研究費の分配であることは明らかです。基礎研究はかえりみられることなく、製品化に近い研究ばかりが重視され、大学の研究が企業に下請けになっている感があります。政府の文教・研究政策だけでなく、ひとつには、本書で掘り下げられていない企業の能力低下が上げられます。これほど利益剰余金を積み上げながら、研究開発の能力が中国や欧米先進国に比べて相対的に低下した企業が多数に上るのは、多くのビジネスマンが実感しているところではないでしょうか。そして、その企業の能力低下のツケを交付金削減の憂き目にあっている国立大学にツケ回ししているように見えます。他方で、政府、というか、「財務省が押し切る」という表現もあるものの、その責任の重大性が見逃されている気もします。この点ももっと掘り下げて欲しく、大学教員として物足りませんでした。もちろん、私大についてはまったく無視されています。本書p.37でも指摘しているように、国立大学86校には1兆円余の運営費交付金が配布されている一方で、学生数で3.6倍に上る620校ほどの私大には3000億円しか助成金が割り当てられていません。この現状も何とかして欲しいと考えている私大教員は私だけではないと思います。

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次に、竹中亨『大学改革』(中公新書)を読みました。著者は、大学改革支援・学位授与機構教授です。本書は、法人化されて20年を経過した国立大学を主たる対象として日本とドイツの大学改革について基本となる理念や理論的背景を含めて解釈と解説を試みています。本書の記載順を離れて、私なりに本書を解釈すると、まず、大学改革が1990年代、特に1990年代後半に国際的に盛り上がった背景には、いわゆるニュー・パブリック・マネジメント(NPM)の影響があると本書では指摘しています。さらに、その背景には大学のオープン化/パブリック化があります。すなわち、長らくエリート層の特権っぽく見えていた大学進学が一般市民、という表現もヘンなのですが、大学が広く中等教育終了者に開放されて、学齢期市民の約半分ほどが大学に進学することになります。高校については、その前から日本では実質的に進学率が100%近くに達していたのは広く知られている通りです。学齢期の半分が大学に進学するだけでなく、同時に、学齢期以外の市民にも広く開放されることになります。たとえな、学び直し=リカレント教育で社会人が、会社に勤務しながら、あるいは、会社の休みである週末や夜間を使って大学院に通う、ということも広がり始めたからで、したがって、国立大学の法人化や運営費交付金の削減をヤメにして、昔の形に戻っても問題は解決しない、と本書では指摘しています。ですので、クラークの三角形と呼ばれる国家規制/市場メカニズム/教授自治の3要素でコントロールする、あるいは、クラークの三角形を拡張した5累計からなるイコライザーでコントロールする必要があると論じます。このあたりは、エスピン-アンデルセンによる福祉レジーム論と通ずるものがあると私は感じました。それはともかく、日本があたかもお手本にしているかのような米国の大学は、東海岸のアイビーリーグをはじめとして、市場メカニズムにより私立大学をコントロールするわけですので、同じく私立のオックス-ブリッジが飛び抜けた存在となっている英国とともに、日本の国立大学に適用するのは難がありそうだというのはよく理解できると思います。ですので、ここで州立大学が少なくないドイツが登場するわけです。ただ、この先で、ドイツの大学と日本の大学のそれぞれの改革についての本書の議論は、私にはよく理解できませんでした。要するに、結果として、ドイツはうまくいっていて、日本は失敗である、というのは明らかなのですが、その原因が何であるのかは本書では十分に分析しきれていないきらいがあります。少なくとも、ドイツの大学評価は日本と比べて大雑把でゆるやか、というのは理解しましたが、それがなぜ日本とドイツを分けているのか、そのあたりの分析は十分でないと私は受け止めました。誰が見ても日本のトップ校である東京大学とに対して、本書でしばしば登場する鹿屋体育大学を同じ土俵で同じ尺度で評価するのは、明らかに間違っているのは理解します。本書が指摘するように、法人としての大学をいっしょくたにして同じ基準で評価するのは、義務教育と高等教育を同列に見てい謬見に基づくものであり、確かに批判に耐えないことと思いますが、逆に、ドイツはどうしてうまくいっているのか、単に評価が緩やかなだけなら、本書で否定しているような「昔に戻す」で十分ではないか、と私は受け止めてしまいました。たぶん、私の読み方が不足している可能性が高いとは思いますが、少し物足りない読書でした。


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次に、鈴木俊幸『蔦屋重三郎』(平凡社新書)を読みました。著者は、中央大学文学部教授であり、ご専門は近世文学や書籍文化史だそうです。本書は、やっぱり、NHK大河ドラマのお勉強として読んでいまして、話題となっている蔦屋重三郎についての教養書です。特に、文化史の背景が詳しいです。すなわち、蔦屋重三郎が活躍した18世紀後半の江戸には、喜多川歌麿、東洲斎写楽、山東京伝、大田南畝といった江戸文化を彩る浮世絵や文学の花形スターが相次いで登場し、一大旋風を巻き起こしました。これらのスターたちの作品を巧みに売り出し、ご本人のホームグラウンドでもある吉原とともに江戸文化の最先端を演出したのが、版元の「蔦重」こと蔦屋重三郎です。それまでのお江戸の文化といえば、17世紀末から18世紀初頭の元禄文化があったとはいえ、まだまだ、京や大坂といった上方文化には太刀打ちできず、上方からの「下りもの」を有り難がっていたりしました。ですから、江戸の中や近在で取れた産物は「下らない」ものだったわけです。しかし、蔦重が活躍した18世紀末になると江戸の地場の文化が花開きます。江戸っ子の文化が成立したともいえます。本書ではその中心として蔦重を、現代的な表現をすれば、仕掛け人=プロデューザーとして取り上げています。本書では、特に、絵画としての浮世絵とは別に、文学としての狂歌に注目していて、狂歌はそれまで読み捨てられていたものであるにもかかわらず、蔦重が編集して書籍として出版した成果に着目しています。読み捨てで終わらず出版したからこそ、現在まで残されているのはその通りです。ですから、「世の中に蚊ほどうるさきものは無しぶんぶといふて夜も寝られず」といった寛政の改革を皮肉った狂歌が現在の社会科の教科書に掲載されていたりするわけです。本書では、この寛政の改革に先立つ田沼時代に対して一定の評価をしており、学校教育における「悪者」という位置づけに対して批判的な見方を示しています。また、寛政の改革についても、田沼時代の反動としての緊縮財政だけでなく、教育改革、すなわち、学問レベルの向上を目指すもの、という面も強調しています。ですから、これも皮肉なのですが、寛政の改革による学問振興により、無学な武士が質素・倹約・齟齬といった漢字を覚えて喜んでいる、といった事実も指摘しています。NHK大河ドラマはさておいても、私は独身のころに吉原にほど近い東京の下町に住んでいましたので、なかなか、勉強になる読書でした。

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2025年2月 7日 (金)

1月の米国雇用統計とトランプ政権の政策動向やいかに?

日本時間の今夜、米国労働省から1月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は、2024年12月統計の+307千人増から今年2025年1月統計では+143千人増と減速した一方で、失業率は前月からわずかに低下して4.0%を記録しています。まず、Reuters のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事をやや長めに8パラ引用すると以下の通りです。

US job growth misses expectations in January; unemployment rate at 4.0%
U.S. job growth slowed more than expected in January, likely restrained by wildfires in California and cold weather across much of the country, but a 4.0% unemployment rate probably gives the Federal Reserve cover to hold off cutting interest rates at least until June.
Nonfarm payrolls increased by 143,000 jobs last month after rising by an upwardly revised 307,000 in December, the Labor Department's Bureau of Labor Statistics said in its closely watched employment report on Friday. The moderation in job gains was also payback after December's robust performance.
Economists had expected the establishment survey to show 170,000 jobs added, with estimates ranging from 60,000 to 250,000. The employment report was distorted by annual benchmark revisions, new population weights and updates to the seasonal adjustment factors, the model the government uses to strip out seasonal fluctuations from the data.
The final employment report under former President Joe Biden's administration showed slower job growth from April 2023 through March 2024 than had been reported.
Cutting through the noise, the healthy labor market narrative remained intact through January. The unemployment rate was at 4.0%. It is not directly comparable to December's 4.1% rate because of the new population controls, which only apply to January and upcoming reports, meaning a break in the series.
Average hourly earnings rose 0.5% after gaining 0.3% in December. Wages increased 4.1% in the 12 months through January after advancing 4.1% in December.
Labor market resilience is the driving force behind the economic expansion and has given the U.S. central bank room to pause rate cuts while policymakers assess the impact of the fiscal, trade and immigration policies of President Donald Trump's administration, viewed by economists as inflationary.
The Fed left its benchmark overnight interest rate unchanged in the 4.25%-4.50% range last month, having reduced it by 100 basis points since September, when it embarked on its policy easing cycle. The policy rate was hiked by 5.25 percentage points in 2022 and 2023 to tame inflation.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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ということで、ここまで詳細に報道記事を引用すると、もう十分にお腹いっぱいという気もします。米国の雇用は非農業部門雇用者の増加が、昨年2024年11-12月統計では大きく加速して11月+261千人、12月+307千人増を記録しています。11月12月ともに、先月の雇用統計公表時から;50千人ほど上方改定されていたりもします。ただし、引用した記事の3パラ目にあるように、市場の事前コンセンサスでは1月の雇用者増は+170千人程度と見込まれていまそたので、レンジは+60から+250千人増とはいうものの、実績の+143千人増は予想を下回っています。他方、失業率については、ほぼ安定的に推移しており、1月の4.0%は、昨年2024年11月の4.2%や12月の4.1%からさらに低下し、歴史的に低い水準を維持していると考えるべきです。だたし、雇用に関してはトランプ政権の政策動向が不透明な点が気がかりです。すなわち、不法移民の強制送還が大規模に実施されれば人手不足が強まる恐れがある一方で、政府職員の削減がどの程度進められるのかはまったくエコノミストの理解を超えています。米国国際開発庁(USAID)を閉鎖、というか、国務省と統合するなんて、インドネシアにJICA専門家として3年間派遣されていた私にはまったく理解不能です。日本であれば、中央省庁の再編があっても職員が解雇されることは考えられないのですが、米国では平気でありそうな気もしますし、トランプ政権でマスク長官が強行する可能性は十分あるような気もします。不法移民が従事していたjobに比べて、政府職員が果たしていた職責は、量的に比較しようもありませんし、質的には大きく違っていることと考えるのが妥当でしょう。まったく、今後の米国労働市場の動向は予想できません。
広く報じられているように、米国連邦準備制度理事会(FED)は1月28-29日の連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利の据え置きを決定した一方で、日銀の金融政策決定会合は1月23-24日の会合で再利上げに踏み切りました。先に8パラ引用したReuters の記事の9パラめは "Financial markets are expecting a rate cut in June." だったりします。日米の金融政策動向にも注目です。

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2か月ぶりに上昇した2024年12月の景気動向指数CI一致指数

本日、内閣府から昨年2024年12月の景気動向指数が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数は前月から+1.1ポイント上昇の108.9を示し、CI一致指数も+1.4ポイント上昇の116.8を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから報道を引用すると以下の通りです。

景気一致指数12月は1.4ポイント上昇、2カ月ぶりプラス 輸出改善
内閣府が7日公表した2024年12月の景気動向指数速報(2020年=100)によると、足元の景気を示す一致指数は前月比1.4ポイント上昇し116.8となった。指数の改善は2カ月ぶり。輸出や投資財出荷の改善が寄与した。先行指数も、在庫率指数や新規求人数の改善で前月比1.1ポイント高い108.9と2カ月ぶりに上昇した。
一致指数から一定のルールで機械的に決まる基調判断は「下げ止まりを示している」とした。8カ月連続で同じ表現を維持している。
一致指数を構成する経済指標のうち、「輸出数量指数」が米・欧・アジア向け輸出の増加で押し上げに寄与したほか、「投資財出荷指数」もクレーンや掘削機械の出荷増が押し上げた。「小売販売額」も、ネット通販やドラッグストアの好調が寄与した。
一方、「耐久消費財出荷指数」は自動車の生産減で指数を押し下げた。
先行指数は、投資財出荷の好調により「最終需要財在庫率指数」が改善したほか、「新規求人数」や「マネーストック」なども指数を押し上げた。

いつもながら、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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2024年12月統計のCI一致指数は2か月ぶりの改善となりました。3か月後方移動平均も4か月連続の上昇で+0.93ポイント上昇、ただ、7か月後方移動平均は▲0.06ポイントの下降となっています。ただ、統計作成官庁である内閣府では基調判断は、今月も「下げ止まり」で据え置いています。5月に変更されてから半年余り同じ基調判断で据置きです。なお、細かい点ながら、上方や下方への局面変化は7か月後方移動平均という長めのラグを考慮した判断基準なのですが、改善からの足踏み、あるいは、悪化からの下げ止まりは3か月後方移動平均で判断されます。ただ、「局面変化」は当該月に景気の山や谷があったことを示すわけではなく、景気の山や谷が「それ以前の数か月にあった可能性が高い」ことを示している、という点は注意が必要です。いずれにせよ、私は従来から、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そう簡単には日本経済が景気後退局面に入ることはないと考えていて、世間一般と比べるとやや楽観的な見方かもしれません。ただし、日本経済はすでに景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありませんし、多くのエコノミストが円高を展望して待ち望んでいる金融引締めの経済へ影響は、引き続き、考慮する必要があるのは当然です。
CI一致指数を構成する系列を前月差に対する寄与度に従って詳しく見ると、引用したロイターの記事にもあるように、輸出数量指数が+0.74ポイントともっとも大きな寄与を示したほか、投資財出荷指数(除輸送機械)が+0.31ポイント、商業販売額(小売業)(前年同月比)+0.12ポイント、などとなっています。他方、マイナスとなったのは耐久消費財出荷指数▲0.06ポイント、商業販売額(卸売業)(前年同月比)▲0.05ポイントだけでした。

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2025年2月 6日 (木)

明治安田総研リポート「失われた賃金は180兆円、内部留保増分の約半分」を読む

一昨日2月4日付けで、明治安田総研から「失われた賃金は180兆円、内部留保増分の約半分」と題するリポートが明らかにされています。まず、リポートからポイントを4点引用すると以下の通りです。

ポイント
  • 2000年以降の春闘賃上げ率は、従業員の頑張り(生産性)や労働市場のひっ迫具合に比して過小である
  • 企業の出し惜しみ分である「失われた賃金」は2000年以降で累計180兆円と推計され、内部留保増分の約半分
  • 一般労働者の所定内給与は月額9万円増の44万円だった可能性
  • 賃上げが定着していれば、2000年度以降の実質GDP年平均成長率は1.5%と試算でき、米国(2.2%)には及ばないものの、ユーロ圏(1.2%)を上回る。賃金の出し惜しみが日本の成長を妨げた可能性が高い

実にタイトル通りの内容で、引用したポイントも的確に経済的な事実を捉えており、というか、大学などではなく民間シンクタンクのリポートとして、ここまであからさまなリポートは私は初めて見た気がします。当然、私自身もエコノミストとして深く共感する部分がありますので、グラフを引用しつつ取り上げておきたいと思います。

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まず、リポートから (図表1)春闘賃上げ率の実績と推計結果 を引用すると上のグラフの通りです。グラフの中に、インフレモデルとデフレモデルというのが明記されています。すなわち、このリポートでは、「日本で金融危機があった1998年を境に構造変化が観察されたため、推計式は2本立てとなる。」との考えで、1975年から1998年までを対象期間とするインフレモデルを推計し、かつ、1999年から2023年までを対象とするデフレモデルを推計し、2本立てのモデルを推計外期間に適用して延長=外挿しています。当然ながら、インフレモデルは推計期間外の1999年から2023年までのデフレ期にはモデルによる理論値が実績にそれほどフィットしていないのが見て取れますが、何と、2023-24年には再び良好な実績へのフィットを取り戻しています。

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続いて、リポートから (図表3)所定内給与の経路 及び (図表4)企業の利益剰余金と失われた賃金 を引用すると上のグラフの通りです。この2枚のグラフでは、もしも、1999年から2023年までのデフレ期にインフレモデルの理論値を当てはめると、実績とどう違っているかを試算しています。上のパネルでは所定内給与に大きな差が出ている点が明らかにされていて、2024年の実績値である月額35万円は、インフレモデルを当てはめると理論値として44万円になっていてもおかしくない、という点を明らかにしています。そして、下のパネルでは失われた賃金を推計していて、利益剰余金と失われた賃金が左右でスケールが異なるので注意する必要がありますが、2000年度から2023年度にかけて積み上がった利益剰余金の差分+400兆円に対して、失われた賃金が▲180兆円に上るとの結果を得ています。階級対立史観を堅持するエコにミストであれば、利益剰余金の増分+400兆円のうち半分近い180兆円は労働者から搾取されたものである、と主張しても不思議ではありません。

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続いて、リポートから (図表6)実質GDPの経路 を引用すると上のグラフの通りです。このグラフでは、もしも、企業サイドが利益剰余金に回さずに賃金を+180兆円労働者に支払っていたらGDPがどのようなパスで成長したかという試算結果を明らかにしています。失われた賃金の累計▲180兆円のため、2024年度で見て▲120兆円分のGDP=付加価値が失われたとの試算結果です。したがって、リポートでは、最後の結論として「年平均成長率(2000~2024年度)は1.5%と、実績である0.6%の2.5倍に高まる。同期間の米国の伸び(2.2%)には及ばないものの、ユーロ圏の伸び(1.2%)を上回る。海外投資家からのROE改善圧力や先々の不況に備えたいという事情もあったにせよ、賃金の出し惜しみが日本の堅調な成長を妨げた可能性が高い。」

繰り返しになりますが、ここまであからさまに企業行動を日本経済の成長の妨げと指摘したリポートは、私は大学の研究者以外では見たことがありません。官庁リポートではありえないでしょう。要するに、日本経済の弱点は企業団体などが指摘するように、労働者の生産性が低いという点にあるのではなく、企業が利益剰余金を溜め込んで労働者の賃金支払を出し惜しんだ、という企業行動である、との結論です。低賃金も同様に生産性が低いからではなく、企業が賃金への支払いを出し惜しんだから、ということです。要するに、企業は労働者の首を絞めたつもりで、実は、自分で自分の首を絞めた、ということなのかもしれません。

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2025年2月 5日 (水)

2024年12月の毎月勤労統計に見る賃金の伸びやいかに?

本日、厚生労働省から2024年12月の毎月勤労統計が公表されています。従来からのサンプル・バイアスとともに、調査上の不手際もあって、統計としては大いに信頼性を損ね、このブログでも長らくパスしていたんですが、久しぶりに取り上げておきたいと思います。統計のヘッドラインとなる名目の現金給与総額は季節調整していない原数値の前年同月比で+4.8%増の61万9580円、消費者物価指数(CPI)上昇率が+4.2%でしたので、実質賃金は+0.6%増となっており、景気に敏感な所定外労働時間は季節調整済みの系列で前月から▲3.8%減となっています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

実質賃金12月0.6%増、賞与増が寄与 24年通年は0.2%減
厚生労働省が5日発表した2024年12月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)によると、物価変動の影響を除いた実質賃金は前年同月から0.6%増えた。プラスとなるのは2カ月連続だ。冬のボーナス支給額が増加したことが寄与した。
名目賃金を示す1人あたりの現金給与総額は61万9580円だった。伸び率は4.8%で、実質賃金の計算に用いる消費者物価指数(持ち家の家賃換算分を除く総合)の上昇率(4.2%)を上回った。名目賃金のうちボーナスを含む「特別に支払われた給与」が6.8%増の33万3918円とけん引した。
ボーナスの影響を除いた賃金は物価上昇の勢いに追いついていない。基本給や残業代を含む「きまって支給する給与」でみると、実質で1.5%下がった。厚労省の担当者は「3%を超える物価上昇率は(適切な水準よりも)やや高い」との見方を示した。
就業形態別では、正社員などフルタイムで働く一般労働者の現金給与総額は4.9%増の83万8606円だった。アルバイトなどパートタイム労働者の1時間あたり所定内給与は4.9%多い1380円となった。
厚労省が同日発表した2024年の実質賃金は、前年から0.2%減少した。マイナスとなるのは3年連続。ボーナスの支給がない月は実質賃金のマイナスが続き、通年でみると賃金の上昇が物価高に追いつかなかった。
1人あたりの現金給与総額は、2.9%増の34万8182円だった。伸び率は1991年以来、33年ぶりの大きさだ。きまって支給する給与は2%増の28万1990円。特別に支払われた給与は6万6192円で、伸び率は比較可能な2001年以降で最も高い6.9%に達した。

物価とともに賃金は注目の指標ですので、やや長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、毎月勤労統計のグラフは下の通りです。上のパネルは現金給与指数と実質賃金指数のそれぞれの前年同月比、下は景気に敏感な所定外労働時間指数の季節調整済みの系列、をプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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毎月勤労統計については、広く報じられた通り、不正事案として統計の信頼性に疑問を生じたことから、しばらく私の方では放置して注目の対象から外していましたが、一昨年2023年春闘に続いて、昨年2024年も大幅な賃上げがあったと考えられることから、賃金や労働時間に着目した毎月勤労統計を再び取り上げることにしました。なお、統計不正の最終的な報告については統計委員会から「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する追加報告書」などが出ています。
ということで、昨年の春闘の結果などを受けて、現金給与総額は季節調整していない原系列の前年同月比で4月+1.6%増、5月+2.0%増から、6月+4.5%増、7月+3.6%増と跳ね上がって、11月も+3.9%増、そして、本日公表された12月も+4.8%増となっています。ただし、12月現金給与指数の大きな上昇には好業績を背景としたボーナス分が寄与しており、今後の動向には留意が必要と考えるべきです。ボーナスの統計については、追って公表されると考えています。ですので、決まって支給する給与ベースで見ると、4月+1.6%増、5月+2.0%増、6月+2.1%増、7月+2.2%増、の後、少しすっ飛ばして、11月+2.5%増、12月+2.5%増と緩やかに上昇率を加速させているのが理解できます。ただ、足元で消費者物価指数(CPI)のヘッドライン上昇率が11月+2.9%、12月+3.6%ですので、インフレには到底及びません。ただ、日銀が物価目標の+2%を達成できれば、ボーナスや諸手当などを含めない「決まって支給する給与」のベースでも、何とか実質的な賃金がインフレを上回ることができる数字だという点は理解しておくべきです。加えて、ボーナスなどを加味すると、長らく前年同月比マイナスだった実質賃金の上昇率は11月+0.5%増、12月+0.6%増を記録しています。いずれにせよ、ボーナス要因が剥落する今年2025年1月以降の統計を慎重に見極めたいと思います。最後に、所定外労働時間指数、すなわち、残業についても、上のグラフに見られる通り、ジワジワと減少を示しています。景気拡大局面が後半に入っていることを実感させられるグラフかもしれません。

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2025年2月 4日 (火)

米国トランプ政権による関税引上げの影響はいかに?

先月1月20日にトランプ大統領が就任し、いよいよ今週からカナダとメキシコには25%、中国には追加で10%と大きな関税引上げ政策が行政命令により発動されるかと思っていたら、延期の報道が見られ、早くも世界経済が混乱に陥りかけているよう見えます。このトランプ2.0の関税政策の経済的影響については、昨年の段階で大和総研から日本経済には明確にマイナスの影響という試算結果が示されており、私を含む多くのエコノミストが緩やかに同意していたことと思いますが、先週になって、JETROアジア経済研究所から真逆の日本経済にプラスという試算結果が示されています。また、主要な眼目ではないながら、日本総研からもそれらしい試算が示されていて、これもマイナスという結果となっています。各シンクタンクの試算結果の引用元は以下の通りです。

また、web上でオープンにされている資料はありませんが、知り合いのエコノミストから送ってもらっているSMBC日興証券のリポート「トランプ関税による日米経済への影響」では、米国内の物価上昇に対する需要の価格弾力性や内閣府の短期マクロモデルの定数などから日本の実質GDPにはマイナスの影響があるとの大雑把な試算結果を示しています。はい、私もこれくらいの大雑把な感触なのですが、明らかに、トランプ2.0の関税政策は世界経済にも、日本経済にもネガな影響を及ぼすと考えるべきです。
米国の関税率の引上げについて理論的に考えれば、通常は、関税率が引き上げられた国、すなわち、カナダ、メキシコ、中国からの輸出が、そうでない国、日本をはじめとする多くのその他の国の輸出で代替されますので、その代替効果と、関税率の引上げが米国経済や関税率を引き上げられた国々、それに世界経済の所得を引き下げる所得効果の両方があります。日本経済への影響は、前者の代替効果がプラスで、後者の所得効果がマイナスとなり、符号は必ずしも確定しませんが、常識的に考えて、後者の所得効果によるマイナスの影響が大きく、トランプ2.0の関税引上げは日本経済にはネガな影響をもたらす、と私は考えています。

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ついでながら、この日本経済へのネガな影響は、世界各国の中でも日本は決して大きい方ではない、という点は強調しておきたいと思います。すなわち、上のグラフは学術論文から引用しているのですが、英国、フランス、ドイツといった西欧先進国の方が日本よりダメージが大きい、との試算結果が示されています。繰り返しになりますが、上のグラフを引用した学術論文は以下の通りです。

最後に、カナダ、メキシコ、中国に対する米国の関税率引上げは、実は、米国経済へのマイナスのインパクトを持ちます。基本的に、物価の上昇とそれに起因するGDP成長率への負の影響です。しかも、カナダからの輸入はともかく、中国やメキシコからの輸入は高所得家計よりも低所得家計に対するダメージが大きい点は十分理解できると思います。そういったいくつかの試算結果について、ピーターソン国際経済研究所(PIIE)によるPIIE Chartsと同様のものをTwitterのサイトに上げられているグラフを、私の視点からいくつか見繕ってつなぎ合わせると以下の通りです。ご参考まで。

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2025年2月 3日 (月)

2024年映画市場は前年からやや縮小も「邦高洋低」は変わらず

やや旧聞に属するトピックながら、先週水曜日の1月29日に日本映画製作者連盟から「2024年 日本映画産業統計」が明らかにされています。pdfファイルによる「2024年 全国映画概況」もアップロードされています。入場人員は155,535千人となり、前年比▲7.1%減、興行収入も221,482百万円と▲6.5%減でした。「邦高洋低」が続いており、邦画の興行収入は洋画のほぼ3倍です。しかも、2024年も邦画の興行収入が+5.1%増であったのに対し、洋画は▲30.2%減となっています。なお、150億円超えのトップは「名探偵コナン」シリーズでした。それをはじめとして、トップ5はすべて邦画で、朝日小学生新聞のサイトから引用すると以下の通りです。なお、洋画トップの興行収入を上げたのは、「インサイド・ヘッド2」53.6億円でした。

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2025年2月 2日 (日)

プロ野球一に球団が一斉にキャンプイン

いよいよ、球春です。
プロ野球12球団がいっせいに昨日2月1日からキャンプインしています。
我が阪神タイガースは沖縄県宜野座でのキャンプです。昨年はリーグ優勝を逃しましたが、今年はリーグ優勝と日本一を目指して、私も応援したいと思います。下の画像は、朝日新聞のサイトから引用しています。

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リーグ優勝と日本一目指して、
がんばれタイガース!

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2025年2月 1日 (土)

今週の読書は米国経済の学術書をはじめ計5冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、渋谷博史『アメリカ「小さな政府」のゆくえ』(勁草書房)では、米国の伝統的な「小さな政府」の観点からオバマ政権によるオバマ・ケアや世界の警察官からの撤退について財政政策とともに議論しています。レイ・カーツワイル『シンギュラリティはより近く』(NHK出版)では、冒頭の各章はAIの研究開発の現状について詳説し、続く章では生活面での大きな変化や雇用などの経済面へのAIの関わり、そして、最後にはリスクを考えています。村木嵐『まいまいつぶろ 御庭番耳目抄』(幻冬舎)は、前作『まいまいつぶろ』の続編であり、徳川家重と大岡忠光の主従から少し離れて、前作にも登場していた御庭番の万里こと青名半四郎が見聞きしたことについて取りまとめたという形式を取った5話の連作短編集となっています。水野和夫・島田裕巳『世界経済史講義』(ちくま新書)は、13世紀以降の経済の歴史を取りまとめていますが、経済活動をリターンを生む投資に限定しているようで、生産や流通、また、消費などの経済活動に視点が及んでいません。有栖川有栖『日本扇の謎』(講談社ノベルズ)では、京都府北部の舞鶴で中学校教師の藤枝未来が記憶喪失の武光颯一を見つけます。この青年は京都市内洛北の素封家一家、父親が著名な日本画家であるとの身元が判明し、実家に帰宅した後、出入りの女性画商である森沢幸恵が刺殺され住んでいた離れで発見され、武光颯一も失踪する、という謎を火村英生が解き明かします。
今年の新刊書読書は年が明けて先週までに10冊を読んでレビューし、本日の6冊も合わせて16冊となります。なお、Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。

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まず、渋谷博史『アメリカ「小さな政府」のゆくえ』(勁草書房)を読みました。著者は、東京大学教授なのですが、経済学部ではなく社会科学研究所をホームグラウンドとしたエコノミストであり、ご専門は福祉国家論やアメリカ財政論などです。本書は、出版社からして、ほぼほぼ完全に学術書と考えるべきです。ですので、専門外の私には少し難しかった点があるのは確かです。ということで、本書では、米国の伝統的な「小さな政府」の観点からオバマ政権によるオバマ・ケアや世界の警察官からの降板について財政政策とともに議論しています。すなわち、建国以来米国が構築し、維持してきた「小さな政府」が21世紀の現在、特に、明示的にはリーマン・ショック後の2009-17年のオバマ政権、2017-21年のトランプ政権、さらに、すでに終了した2021-25年のバイデン政権でどのように変容し、世界的な構造変化の中で対応してきたのか、について国家や政府を主として財政の観点から分析しようと試みています。いうまでもなく、「小さな政府」の基本にあるのは、国家や政府ではなく個人の自由を守るという米国建国以来の観点です。ただ、本書ではそれほど注目していませんが、連邦政府は小さくとも、州政府はそれなりのサイズを有する場合が少なくない、という連邦制国家についてももう少し言及が欲しかった気がします。そういった「小さな政府」の伝統の中で、本書で注目するのは、第1にオバマ政権期のいわゆるオバマ・ケア、すなわち、高齢者や障害者向けのメディケアと低所得者向けのメディケイドです。次いで、第2に、世界の警察官としての治安維持のための公共財の供給です。まず、第1の点に関して、現在のつい2週間ほど前に大統領に就任して開始された第2期トランプ政権では、議会の承認の必要なく大統領令で実行可能な政策が次々と矢継ぎ早に打ち出され、早々にバイデン前政権のリベラルな諸政策が否定されようとしていますし、新たな関税障壁などの導入も始まっています。ただ、決して忘れるべきでないのは、本書で注目しているオバマ・ケアについては、第1期トランプ政権で否定されなかったばかりではなく、現在まで寿命を長らえています。この理由として、本書ではオバマ・ケアは米国の自由の基盤に反するものではないとし、当時のオバマ大統領のスピーチから引用して「家族を養えるような仕事」に従事し、「病気になったからといって破産せずにすむ」制度の必要性をポイントに上げています。第2の点として、もはや「世界の警察官ではない」に関しては、もちろん、米国の相対的な国力の低下はあるとしても、オバマ政権期の国連常任理事国5か国間の平和的な外交に力点を置きつつ、そのバックグラウンドとして米国の軍事力を位置づける、という論理構成であると分析しています。ただ、この点については、現在の第2期トランプ政権では、報道ベースで私が知る限りでは「軍事費のGDP比5%」という主張もあるようですし、私にはまだよく整理がついていません。現在のトランプ政権では関税引上げを政策手段、というか、脅しや恫喝に近い取引材料として提示し、相手国からの譲歩を引き出す、という姿勢のように見えます。私は専門外ながら、関税引上げという政策手段は経済合理的な結果を得るためには、ひょっとしたら、一定の有効性ある可能性は否定しませんが、軍事行動については経済合理性の外にある可能性が高く、ロシアに対して関税引上げをテコにしてウクライナ侵略という目的を達成できるのかどうか、はなはだ疑問です。最後に、本書は現在の第2期トランプ政権はスコープに収めていませんが、今後の米国を考えるうえでとても参考になります。学術書としてハードル高いながら、それでもオススメです。

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次に、レイ・カーツワイル『シンギュラリティはより近く』(NHK出版)を読みました。著者は、Google者の主任研究員であり、AI研究開発の世界的権威だそうです。本書は、2005年に出版された Singularity Is Near の続編ともいうべきもので、英語の原題は Singularity Is Nearer であり、2024年の出版です。なお、Singularity Is Near の邦訳書タイトルは『ポスト・ヒューマン誕生』だそうです。勉強不足にして、私はこの前書は読んでいません。ということで、AI研究開発の世界的権威らしく、冒頭の各章はAIの研究開発の現状について詳説し、続く章では生活面での大きな変化や雇用などの経済面へのAIの関わり、そして、最後にはリスクを考えています。誠に不勉強ながら、特に本書の最初の方では専門外の私には理解が及ばないところが多かった気がします。そして、第4章の生活を取り上げたあたりから理解が進みます。以下、第5章は雇用や労働、第6章は健康と医療、そして、第7章と第8章では潜在的なリスクについて着目しています。繰り返しになりますが、本書冒頭の3章くらいまでは私の理解が及びませんでしたが、ほのかに、あくまで「ほのかに」ではありますが、「共創造」という用語を用いている点などから、埋込み型や接続型のAI活用が先行き想定されている、という点は理解したような気がします。ですので、埋込み型AIないしは接続型AIであれば、第6章の健康や医療は伊藤計劃の『ハーモニー』の世界に近くなるように想像しています。さかのぼって、第4章の生活に関しては、もはや大きな変化が生じていることは明らかです。それを現時点のGDPで計測しきれていないことも明白です。経済学的にいえば、ヘドニック型の測定ができていない、すなわち、性能の向上に見合った市場価値、というか、付加価値の計測に失敗している、ということになります。その昔のメインフレーム・コンピュータよりも格段に進歩した情報処理能力を持った携帯デバイスが、せいぜい数万円で買えるのですから、能力に比較して市場価値が大きく過小評価されているのは明らかであり、市場取引の価格に応じて積み上げられるGDPについても、それだけの生活の向上に見合った統計を弾き出していない点も認めざるを得ません。第5章の雇用については、基本的に英国オックスフォード大学のフレイ-オズボーンの研究成果に基づいた分析が展開されており、多くの雇用が失われる点は、これまた、明らかです。ただ、新たな雇用が生み出されたという歴史的な経験から、本書はそれほど悲観していません。新しい雇用が何かについては言及がありません。その昔に、馬車のタクシーで必要だったスキルと現在の自動車を運転するタクシーのスキルは、道路事情を把握するという限定的な一部は別にして、おそらく大きく異なりますし、将来的に自動運転が可能になった際のスキルはさらに大きく違ってくることは明らかで、現時点では想像できない、というのは理解すべきです。最後の第7-8章ではリスクについてリストアップしています。もっとも大きなリスクは、明らかに、グレイグー(英語ではgray goo)といえます。すなわち、本書で重視しているナノマシンのレベルのお話しながら、自己増殖するナノマシンがすべてのバイオマスを使ってメチャクチャに増殖して地上を覆い尽くす、というリスクです。私はどこまで現実性があるのかは判断できません。それよりも、人類よりも格段に知能が発達したAIが人間をペットにする、現在の人類とイヌ・ネコと同じような関係を個人的に想定しています。同じことながら、一昔前まで人類の役に立っていた輸送手段としてのウマと人類の関係です。ですので、想像力乏しい私にはイメージできないながら、AIの役に立つ人類の一部がAIに飼ってもらって生存のための食料ほかをAIから与えられる、という将来です。SNSで見る限り、私はいい飼い主のAIのペットになるのは悪くないと受け止めています。ただ、AIの役に立たなければ、野良イヌや野良ネコならぬ野良人間になって、保健所で殺処分される可能性は否定できません。AIは人類よりも慈悲深いとは思いませんが、殺処分なんかよりもずっと効率的な野良人間の処分を考えてくれることを期待するばかりです。

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次に、村木嵐『まいまいつぶろ 御庭番耳目抄』(光文社)を読みました。著者は、小説家であり、同じシリーズ前作の『まいまいつぶろ』でデビューしています。司馬遼太郎家の家事手伝い、とか、司馬遼太郎夫人である福田みどり氏の個人秘書を務めていたそうです。本書は、繰り返しになりますが、前作『まいまいつぶろ』の続編であり、徳川家重と大岡忠光の主従から少し離れて、前作にも登場していた御庭番の万里こと青名半四郎が見聞きしたことについて取りまとめたという形式を取った5話の連作短編集となっています。さすがに、前作と同じようなトピックも散見され、前作と比較すればかなり落ちると覚悟して読んだ方がいいと私は思います。第1話「将軍の母」では、タイトル通りに、8代将軍徳川吉宗の母である浄円院が主役となりなす。紀州から江戸に向かう浄円院に同行する青名半四郎は御庭番と見抜かれ、江戸到着後は孫の長福丸(後の徳川家重)を思う浄円院の心と行動が描かれます。第2話「背信の士」では、将軍徳川吉宗の享保の改革を推進した老中松平乗邑が主役となります。幕政改革には邁進した一方で、最後まで徳川家重廃嫡の立場を崩しませんでした。私はこの短編がもっとも評価高いと思います。第3話「次の将軍」は後の10代将軍、すなわち、徳川家重の嫡男竹千代、早くに元服した徳川家治が主人公となります。徳川家重の将軍就位にこの徳川家治の果たした役割は極めて大きく、この短編の眼目となります。8代将軍徳川吉宗は幼少の孫竹千代を可愛がり、その聡明さを見抜く一方で、徳川家重の実力にも気づいていて、その姿から学ぶように徳川家治を導きます。他方、徳川家重は徳川家治に対して祖父徳川吉宗から学ぶようにと申し渡します。第4話「寵臣の妻」では、タイトル通り、徳川家重の口となり通辞に専心してきた大岡忠光の妻の志乃が主人公となります。大岡忠光が禄高5000石に出世した翌年、志乃と13歳となった嫡男の大岡兵庫の母子2人が大岡越前守忠相の役宅に初めて招かれ、大岡忠光が江戸城内でどのような働きをしているのかを知ります。そして、紙1枚も受け取ってはならないという厳しい大岡忠光のいいつけを課された家の実情を明らかにしています。最後の第5話「勝手隠密」では、万里本人も主人公となります。やや複雑な短編ながら、後に大名や老中まで上り詰める田沼意次が登場し、その能力の高さが明らかにされ、大岡忠光が徳川家重の通辞役を辞する決意をした際、将来への伏線とした最後の行動、というか、訪問先も注目です。そして、タイトル通り、御庭番として徳川吉宗の死後にも、勝手隠密と自称して、さまざまなコトの成り行きを見つめてきた万里自身が浅草箕輪の寺社町の一隅に仕舞屋を借りて晩年の姿を明らかにして物語が終了します。当然ながら、本書だけを単独に評価するのは難しく、前作に続いて読むことは最低条件です。でも、これまた繰り返しになりますが、前作の裏話的な位置づけであり、前作からはやや落ちる、と覚悟して読むべき作品だと思います。

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次に、水野和夫・島田裕巳『世界経済史講義』(ちくま新書)を読みました。著者は、エコノミストと宗教家です。本書は、朝日カルチャーセンター新宿教室のオンライン講義を取りまとめたものです。対談ですので、ボリュームありますが、それほどの中身はなく、経済史の専門家による教養講座でもありませんし、軽く世界史の講義を経済の観点から流している、という印象です。近代歴史学を開始したランガー的な歴史学ではなく、ここ何年かの流行のグローバル・ヒストリーで地理的な連関を重視しているわけでもなく、聴講生のいろんな関心に沿ったトピックについて通俗的な歴史が語られています。ですので、学問的な正確性には欠ける気がしますが、とても一般教養としてはいいのではないかと思います。ただし、本書では、13世紀以降の経済の歴史を取りまとめていますが、経済活動をリターンを生む投資に限定しているようで、生産や流通、また、消費などの経済活動に視点が及んでいません。私は、経済学部生ならざる他学部生に対して大学で経済学を教える機会が多々あります。その際には各セメスターのなるべく早い回の授業で、経済とは何か、経済学とは何か、について解説しておくことにしています。本書では、冒頭第1章で経済の始まりとして13世紀を想定し、なぜそうなのかの解説に、「投資という概念を意識した経済活動」として、利子がつく、という観点から、経済とは投資に対するリターンを得る活動であり、経済学とは投資に対するリターンを考える学問である、というふうに私は読んでしまいました。まあ、それでも一般向けにはいいのでしょうが、せめて、生産や流通、あるいはその先にある消費についても目を配って欲しかった気がします。私が考えるに、経済学とは制約条件下での最適化行動の分析、典型的には1000円の予算で1個100円のミカンと1個200円のリンゴをどういった組合せで買うのが効用最大化という最適化をもたらすか、というミクロ経済学を基本とします。アダム・スミスらの古典派経済学者以来の業績です。ですので、最適化行動という観点から、結婚する・しない、あるいは、誰と結婚する、いつ結婚する、といったベッカー的な分析も可能です。もちろん、2人の相手とは結婚できない、という制約条件が課されるわけです。その上で、マクロ経済学では、制約条件をいかにして緩めることができるか、先ほどの例でいうと、予算制約1000円ならば所得を増やして1200円とか1500円とかにして、その分、豊かな消費生活ができるようにする、あるいは、予算制約が時とともに大きく変動せずに安定的な消費生活が計画できるようにする、はたまた、ミカンやリンゴの単価が合理的な経済行動を考えるする際に混乱をもたらすほど大幅に上昇や下落しないように物価の安定を図る、などといった観点を持込みました。主として、マクロ経済学の観点を切り開いたのはケインズ卿の業績といえます。ですので、帝国と国民国家との関係にそれほど目を向ける必要はないように私は思います。生産・流通・消費、あるいは、生産能力の拡大という観点での投資といった経済活動の歴史をもう少していねいに見るべきであって、金融活動、そして、金融の観点からの投資とそれに対するリターンだけが経済ではありませんし、その歴史が経済史というわけでもありません。ただ、繰り返しになりますが、経済学や学問としての経済史ならざる一般教養、あるいは、時間つぶしの読書としてはいいセン行っていると思います。

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次に、有栖川有栖『日本扇の謎』(講談社ノベルズ)を読みました。著者は、本格推理作家であり、自身のペンネームを主人公とする学生アリスと作家アリスのシリーズが有名です。本書は後者の作家アリスの国名シリーズ最新作であり、謎解きの名探偵は英都大学准教授の火村英生となります。国名シリーズ第10作ということのようです。たぶん、私は国名シリーズはすべて読んでいると思います。忘れているのもいくつかありそうですが、一応、すべて読んでいるのだろうと思います。ということで、本書は、京都府北部の舞鶴で中学校教師の藤枝未来が記憶喪失の武光颯一を見つけます。この青年は京都市内洛北の素封家一家、父親が著名な日本画家であるとの身元が判明し、実家に帰宅した後、出入りの女性画商である森沢幸恵が刺殺され住んでいた離れで発見され、武光颯一も失踪する、という謎を火村英生が解き明かします。まず、藤枝未来が発見した際に、武光颯一の唯一の所持品が日本扇であり、亡くなった父親の富士山の絵があしらってあり、そこから身元が判明します。本書のタイトルの所以です。武光颯一は一浪した後の大学受験の直前に家出し、6年8か月に渡って行方不明となっていて、しかも、舞鶴で発見された時は記憶喪失状にありました。洛北の実家に戻って離れで生活していましたが、著名な日本画家であった父親の存命のころからの出入りの画商である森沢幸恵が刺殺されて、その離れで発見されます。しかも、その離れは密室状態でした。しかもしかもで、その上に、せっかく家出した失踪状態から実家に戻ったばかりの武光颯一が再び行方不明になってしまいます。しかも、またまた、日本扇もいっしょになくなっています。ほとんど、何の手がかりもないながら、武光颯一が家出していた6年半余りの間を知る関係者が現れ、後半は急展開でストーリーが進みます。もちろん、最後はすべての謎を火村英生が解き明かします。当然です。でも、ミステリ作品でもありますし、そのあたりは読んでみてのお楽しみです。最後に、この国名シリーズではないのですが、同じ火村英生の作家アリスのミステリ作品で、前作の『捜査線上の夕映え』あたりでも感じたことながら、論理的な決定性に欠けるミステリ作品のように思う読者がいそうです。私はエコノミストですから5%の統計的有意水準で帰無仮説が棄却されればOKなのですが、本格ミステリ作品のファンの中には物足りなさを感じる読者もいるかもしれません。本書では、特に、火村英生が一堂を集めて謎解きを開始するに当たって明示的に「つじつまを合わせる」という表現をしています。ですので、火村英生が提示するのは、逆から考えて、もっとも蓋然性が高い事件の真相であり、100%の論理性は犯人の自白などからしか得られない、ということになります。繰り返しになりますが、私はエコのミストですので、これでOKです。例えば、宇宙人の存在、というか、正確にはホモ・サピエンス誕生以降の宇宙人から地球や人類へのコンタクトはなかったと私は考えていますが、100%の確度での証明は事実上不可能です。存在や可能性をゼロとするのは、いわゆる「悪魔の証明」ですからムリがあり、確率的に5%とかで有意に帰無仮説が棄却されれば十分と考えます。その意味で、本書も私的にはOKなのですが、物足りないと感じる読者がいる可能性は否定できません。

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