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2025年5月31日 (土)

今週の読書は経済の学術書など計8冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、安達貴教『不完全競争の経済学に向けて』(勁草書房)では、市場支配力を有する経済主体が存在する不完全競争市場の分析について市場支配力アプローチを取り、ミクロ経済的な課税や広告や金融、あるいは、競争政策や消費者政策への応用を試みようとしています。森永卓郎『保身の経済学』(フォレスト出版)は、今年2025年1月に亡くなった経済アナリストが教育現場、職場、金融村、大手メディア、ザイム真理教、立憲民主党、官僚、若者といったさまざまな保身について、何らの忖度なしに解き明かそうと試みています。ユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史』上下(河出書房新社)は、情報ネットワークの視点から人類史を問い直し、民主主義が全体主義に取って代わられるのを防止し、また、AIがテロリストなどに悪用されて文明世界が壊滅するのを防ぐにはどうすればいいか、などについて議論を進めようとしています。新川帆立『目には目を』(角川書店)では、幼い我が子を殺された母親が加害者の少年を殺害し復讐を果たすのですが、少年法の精神により実名や居住地などの不明な加害者の情報をどのように入手したかを女性ジャーナリストが明らかにしようと試みるミステリです。原田泰『検証 異次元緩和』(ちくま新書)は、アベノミクスの3本の矢のうちの中心的存在であった金融緩和について、その経済的な効果と副作用について検証し、異次元緩和は成長や雇用には効果があったことは確かであると結論し、日銀財務状況などの副作用を否定しています。吉田敏浩『ルポ 軍事優先社会』(岩波新書)は、岸田内閣から始まった大軍拡、軍事費膨張、米日軍事一体化について詳細な取材を基に報告するとともに、軍事優先の下で削減される社会保障も併せて議論しています。飯田一史『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』(平凡社新書)は、出版社-取次-書店という書籍流通の中で、消費者への接点となる町の本屋さんについて、書籍流通の特殊性などを基に、いかに書店経営が成り立たなくなったかを歴史的に後付けています。
今年の新刊書読書は1~4月に99冊を読んでレビューし、5月に入って先週までの30冊と合わせて計129冊、さらに今週の8冊を加えて137冊となります。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2などでシェアしたいと考えています。

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まず、安達貴教『不完全競争の経済学に向けて』(勁草書房)を読みました。著者は、私の母校である京都大学経済学部の教授であり、ご専門は産業組織論、競争政策、応用ミクロ経済学、実証ミクロ経済学だそうです。本書は完全なミクロ経済学の学術書であり、数式を展開した理論モデルを用いて分析を進めようとしています。私はどちらかといえばマクロ経済学が専門分野ですので、十分に理解したかどうかはそれほど自信ないものの、オールラウンドなエコノミストでありたいと望んでいますので、マイクロな経済学についても手を伸ばしてみました。本書は、タイトル通りに、不完全競争をテーマにしていますので、何らかの市場支配力を持つ経済主体が存在する市場を分析対象にしています。そして、4部構成であり、まず、第Ⅰ部で後述のような市場支配力指数アプローチの基礎、第Ⅱ部と第Ⅲ部でその応用や拡張、最後に、第Ⅳ部で垂直構造、というか、一般均衡への拡張が論じられています。本書では不完全競争市場を考える際に、マクロ経済学と相通ずるものとして、市場競争を総体的な水準で捉えようとするシカゴ学派的な「シカゴ価格理論」(CPT)にもいくぶんなりとも近い部分があります。ただ、未読ながら最近では『競争なきアメリカ』といった本があるものの、日本よりも競争政策にとても敏感な米国の古典派的な経済学にも通ずるミクロ経済書は、それなりに価値あると考えています。ということで、本書では第Ⅰ部にて本書の基礎的なツールである「市場支配力指数」を解説し、本書全体でこの市場支配力指数によるアプローチを取っています。すなわち、市場支配力を持った経済主体のいない完全競争市場と、逆に、独占を考えた後に、ゲーム理論を応用して不完全競争を理解しようと試みています。ですから、本書で考える市場支配力指数の経済学というのは、ゼロで完全競争市場を、そして、100で独占市場を、それぞれ両極端に含む市場分析といえます。コストのパススルーや租税負担の帰着などを含めた完全競争と不完全競争の比較が p.49 の表3.1に示されています。そういった基礎の上に、第Ⅱ部と第Ⅲ部で課税や広告や金融、あるいは、競争政策や消費者政策への応用が分析され、最後に、一般均衡に通ずる理論的基礎付けがなされています。理論モデルの分析からは、まずまず常識的な結論が導かれています。すなわち、貸出市場の市場支配力が強まれば預金金利が低下し、逆に、預金市場の市場支配力が強まれば貸出金利が上昇する、あるいは、垂直的な取引関係の中で、小売業者の数が減少すれば卸売価格が低下する、などです。後者の小売と卸売の関係は交渉を伴う垂直的関係における分析でも市場支配力指数アプローチが有効であることが示されているといえます。もちろん、市場支配力の上昇は資本分配率を上昇させ、経営者や資本家の所得を増加させるとの分析結果も示されています。ですので、ミクロ経済学では従来は完全競争からの逸脱という意味で市場の失敗の中で取り扱われてきた不完全競争を連続変数によるオペレーションで扱えるようにするという市場支配力指数アプローチの有効性が概ね示されているように私は受け止めました。ただ、繰り返しになりますが、完全な学術書であり、一般ビジネスパーソンや学部学生レベルでは理解を超える部分がいっぱいあると思います。

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次に、森永卓郎『保身の経済学』(フォレスト出版)を読みました。著者は、今年2025年1月に亡くなった経済アナリストです。この方の著書をいくつか読んできたのですが、本書で私も一区切りとしたいと考えています。本書は、タイトル通りに保身を経済学の視点から考えているのですが、8章から成っており、順に、教育現場、職場、金融村、大手メディア、ザイム真理教、立憲民主党、官僚、若者、がそれぞれ取り上げられています。私の興味の赴くままに、まず、教育現場ではマニュアル化された教育が槍玉に上がっています。私も大学教員として、初等・中等教育までの指導要領に則った教育が、その後の大学における自由な発想や批判的な思考の妨げになっていて、大学生が大学段階での教育を十分に享受できない一因となっているように受け止めています。でも、本書では、企業がブランド大学の学生の採用に傾いたり、学生の方でも大企業志向が強かったり、という点を「保身」と捉えています。まあ、そうかもしれません。職場に至っては、本来あるべき企業活動よりも上司の意向に沿った業務遂行が「保身」であると指弾されています。ただ、この点については私は不案内で、上司に従う部下がよくない、というよりは、企業活動を歪める業務指揮を取る上司の方がよくないのであって、その上司は保身のために部下に業務命令、というか指示を出しているわけではないような気がしてしまいました。ここでは、ご本人の経験から三和総研の例が持ち出されています。それから、金融村では「株が下がるとはいえない」のは一面の真理であって、株の営業をしている場合はそうなのですが、株よりも人数としてはグッと少ないものの債権の営業をしている場合もあり、金利の動きに対しては株と債券は逆に動くわけですので、まあ、ようするに、金融村に限らず、いわゆるポジショントークをしている、ということなのだろうと思います。そして、私の考えでは、特に、罪が重いと感じるのはメディアの保身です。大手限定ではなく、メディアは国家権力と一定の緊張関係にあるべきであると私は考えるのですが、NHKから始まって、多くのメディアが国家権力に逆らうことなく、政府・与党の情報垂流しの「御用メディア」に成り果てているように感じています。最近では、国家権力だけではなく、ジャニーズ事務所のような芸能界権力にまで抵抗することなく、海外メディアの情報をキャリーするしかないように見受けられます。挙げ句の果てには、国民にキチンと情報が伝わらずに、したがって、国民が正しい判断を下すことの妨げになっているような気がしてなりません。「保身」というよりは、ほぼほぼ権力に対する忖度の塊になってしまい、「社会の木鐸」としての役割を果たしているメディアは、私の見たところ「赤旗」と週刊文春くらいしかないように思えてしまいます。ですから、権力のサイドでは、例えば、万博事務局などでは、「赤旗」記者に取材させまいと記者証の発行を長らく拒んでいたりするわけです。ザイム真理教をはじめとする官僚はいうに及びません。私は60歳の定年までキャリアの国家公務員として長らく働いていましたので、身にしみて理解できる部分が少なくありませんでした。そのあたりや若者の保身については、読んでみてのお楽しみです。

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次に、ユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史』上下(河出書房新社)を読みました。著者は、イスラエルにあるヘブライ大学歴史学部教授であり、10年ほど前の『サピエンス全史』で世界に読者を得たと記憶しています。ただ、その後の『ホモデウス』や『21 Lessons』なども私は読んでいますが、それほど感心はしません。本書もやや期待外れでした。本書の英語の原題は NEXUS であり、2024年の出版です。まず、日本語タイトルは「情報の人類史」となっていて、これはこれで正確です。ただ、英語の副題は A Brief History of Information Networks from the Stone Age to AI であり、本書は情報ネットワークの歴史ではないので、情報の歴史という意味で日本語タイトルの方がより正確であり、本邦出版社は十分理解しているのだろうと私は認識しています。ということで、本書は情報の歴史であり、まず、タブレットに、そして、すぐ後には紙に情報が記録されるところから始まり、それが官僚によって管理され、支配されるところから歪み始めて、無謬性が付加される、と論じています。そして、その無謬性に立脚して全体主義が生まれ、一定の基礎の上で民主主義を凌駕して世界を戦争に巻き込む、という歴史観です。ネットワークとどこまで関連するのかは私には不明でした。ただ、この著者の歴史観、最初のベストセラーである『サピエンス全史』で明らかにされた人間のつながりの重視、協力する動物としての人間=ホモサピエンスという視点は本書でも受け継がれており、共同主観的現実が歴史の原動力であるという観点を提供しています。私はこの歴史観には賛同しません。うがってみれば、共同主観的歴史観の前から指摘されていた2つの歴史観、すなわち、主観的現実に立脚する唯心論と客観的現実に立脚する唯物論の対立から生まれる弁証法的な共同主観的現実を提示しているように私は受け止めたのですが、ナラティブとしての物語を代表する共同主観的現実には、あくまで主観的現実が入り込んでおり、私自身は客観的現実に即した唯物論が正しいと考えています。ビッグバンから始まる宇宙の歴史の大部分、そうです、圧倒的大部分の歴史は共同主観的現実ではなく客観的現実でしかありえません。具体例としては、小惑星が地球に衝突して恐竜が絶滅したのは主観的現実とも、共同主観的現実とも何の関係もなく、あくまで客観的現実です。加えて、本書では何らネットワークを問題にしていません。情報は死蔵されている限りは何の歴史的役割も持ち得ません。何らかのネットワークに乗って流通することが重要です。その意味で、私は古典古代から中世にかけては図書館が、そして、活版印刷が発明された後の近世ないし近代ではメディアが重要な役割を果たすと考えています。ところが、本書では図書館や印刷についての言及はまったくなしに、いきなり飛んでAIになってしまいます。ですから、本邦でも注目されたのはAIがテロリストによって悪用されて世界が壊滅する、というわけのわからないシナリオです。ただ、何と申しましょうかで、私はこの結論には賛同します。賛成であるが故に、歴史的にていねいに解明して欲しかった気がします。AIについては、そう遠くない将来に明らかに人間の総合的な認知能力を超えることが予想されますから、AI開発については明らかにブレーキをかけるべきであると考えます。ストップしてもいいかもしれません。なぜなら、本書の第5章の表現でいえば、「完全なる統制」は人間の側からAIに対しては近い将来に不可能にあり、その逆方向の統制がなされる可能性が極めて高いからです。この結論のために、本書を長々と読む必要はまったくなかった、と読み終えて気付かされた次第です。いずれにせよ、この著者の本はそれほど頻度高く出版されるわけではないので、今後も読み続けるような気がしますが、経済史についてはアイケングリーン教授の本をさらに重視するようになる予感があります。はい、予感です。

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次に、新川帆立『目には目を』(角川書店)を読みました。著者は、弁護士として活動していたミステリ作家です。コンスタントにミステリの新作を発表しています。本書の主人公はジャーナリストの仮谷苑子であり、彼女が取材を進めて真相に近づくという体裁のミステリ、というふうに私は読みました。まず、N少年院のミドリ班に所属していた少年の触法事実が明らかにされます。少年ですから触法であって、犯罪とはいわないのでしょうが、まあ、一般的に判りやすく犯罪といっていいのかもしれません。そのミドリ班に所属していた少年たちが少年院を退院した後、そのうちの1人である少年Aが田村美雪によってメッタ刺しにされて殺害されます。この殺人事件は謎でもなんでもありません。実は、犯人の田村美雪は少年Aによって幼い我が子を殺されており、その復讐が実行されたわけです。犯人が田村美雪であるとすぐに特定されて逮捕され、裁判により無期懲役の刑が確定します。その裁判で、被告の田村美雪は何らの反省の姿勢も見せず、「目には目を」というハンムラビ法典を実行しているわけです。ただ、被害者として殺害された少年Aは少年法の精神により実名が公表されないばかりか、居住地などの情報も一切伏せられているわけですから、誰かが少年Aに関する情報を田村美雪に流したことになります。この少年Aに関する情報を田村美雪に伝えた少年Bを特定するのが解明すべきミステリの謎、ということになります。そして、主人公の仮谷苑子が少年Aと同じ時期にN少年院ミドリ班に属していた少年A以外の6人に関して取材を進めるわけです。少年たち本人への取材に加えて、少年院の青柳主任、あるいは、必要に応じて少年たちの家族、さらに、少年たちの犯罪の被害者なども取材対象としています。ミステリですので、あらすじはここまでとしますが、なかなかに興味深いストーリー展開で、まあ、途中の紆余曲折の大波にしては、ラストは穏当な結末が用意されています。ミステリとしては評価が分かれると思います。おそらく、この作者の実績としての今までの作品群から考えても、高く評価する人が圧倒的に多いと思いますが、私はそう高く評価しません。やはり、復讐というテーマが暗くて重いことに加えて、実に穏当なラストで収束するからです。幼い我が子の復讐で殺人を実行した田村美雪の犯行に対比すればするほど、ラストはつまんないと私は感じました。逆に、このラストを安心して読む読者も多そうですし、そういった読者はこの作品を高く評価するんではないか、と私は想像します。ただ、はやりの作家さんですから読んでおいて損はありません。その意味で、オススメです。

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次に、原田泰『検証 異次元緩和』(ちくま新書)を読みました。著者は、私もよく知る官庁エコノミストご出身で、現在は名古屋商科大学ビジネススクール教授を務めています。私の上司だったこともあり、したがって、共著論文もあったりします。本書は著者が日本銀行政策委員会審議委員としての経験を持ち、当時の黒田総裁が進めた異次元緩和を積極的に支えた立場からの検証結果を取りまとめています。です7から、当然ながら、異次元緩和を悪く書いているハズもありません。よかった点を列挙して、よくなかった点は言及されていません。雇用は改善されました。これは明らかです。異次元緩和の否定論者は雇用が増加したとはいえ、非正規雇用の増加であった点を強調しますが、本書ではそれを否定しています。私は両方とも成り立ちうる点を指摘しておきたいと思います。ただ、賃金が上昇しなかった点は異次元緩和否定論者に近いです。そして、財政赤字については明らかに低金利の維持という点で貢献しています。指数関数的な債務の累増、いわゆる雪だるま的な債務の増加を抑止するのに低金利は大いに役立ちました。同様に、株価の維持や上昇にも貢献しているハズですが、その点は本書ではそれほど強調されていません。しかし、金融市場の緩和によって資金調達が容易に運んだことは当然で、企業倒産の抑止に役立っています。ただ、これらの点で反論する向きはモラルハザードの観点を強調していて、そこには一定の理解を示すべきです。いずれにせよ、異次元緩和否定論の根拠を批判している本書の根拠は明白であり、特にターゲットのひとつにされている山本謙三『異次元緩和の罪と罰』に比較して、本書の方がずっと説得力あると私は受け止めています。特に、日銀財務状況に対する副作用との批判は、本書の指摘と同じで、私はまったく的外れだと受け止めています。最後に、1点だけ本書が取り上げていない異次元緩和の副作用、というか、否定的な側面は住宅価格です。特に東京の住宅価格は異次元緩和によってメチャメチャな上昇を見せました。もはや一般的なサラリーマンが東京で然るべき住宅を購入することは不可能になっています。その昔に「億ション」といえば、贅を極めた豪華マンションでしたが、現在ではごくフツーのマンションが1億円では買えなくなっています。思い起こせば、1980年代後半のバブル経済が破綻したのは、当時いわれていた「年収の5倍で住宅が買えない」という点が大きく批判されたため引締めが始まったのが引き金になりました。バブル崩壊から35年を経て、異次元緩和の最大の副作用は住宅価格に現れました。もちろん、中央銀行が政策目標とすべきは物価であって、資産価格ではないという議論はあり得ますが、中央銀行がバブルやバブル崩壊に対応するのであれば、住宅価格にも目を配るべきです。しかも、住宅は教育や医療とともに国民の権利のひとつであり、どこまで市場での供給に依存すべきかは疑問、と私は考えていますが、いまだに多くの国民は自己責任で住宅を買うべきと認識しているようです。その住宅が一般的なサラリーマンには手の届かない価格になってしまっています。この副作用をいかにして解決するかは現時点で誰も指摘していません。国政選挙の争点にすらなりません。こういった点が私には大いに疑問です。

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次に、吉田敏浩『ルポ 軍事優先社会』(岩波新書)を読みました。著者は、ジャーナリストであり、本書は岩波の月刊誌『世界』などに掲載されていた記事を取りまとめています。「国家安全保障戦略」、「国家防衛政略」、「防衛力整備計画」を本書では「安保三文書」と呼び、2022年12月に当時の岸田内閣において決定され、その後、岸田内閣によって強力に軍拡と軍事費膨張、米日軍事一体化が進められてきたと主張し、それらを軍事や安全保障の面からだけでなく、軍事優先のために切り捨てられる社会保障などもあわせて本書でルポしています。まず、台湾有事や中国との武力衝突を想定した九州から沖縄・南西諸島の軍事化が進んでいる現実を詳細にリポートしています。特に、弾薬庫の増強が特徴としてあげられています。本書でも言及されていますが、私の生まれ故郷の京都府南部には祝園弾薬庫があります。弾薬庫とは自然の地形を利用して弾薬を備蓄する施設であり、当たり前ですが、敵の標的になるような目立つ建物があるわけではありません。それだけに、地域住民などの目にもさらされることなく、拡充が進められているのは脅威といえます。こういう形で地域の軍事化が進められ、軍産学複合体の利益が図られている点が詳細に報告されています。おそらく、学術会議法案の審議が衆議院に次いで参議院で始まっていますが、明らかに、こういった学術の軍事化の先にあるものであり、それを本書ではていねいに提示しています。それから、まさか日本で徴兵制が復活するなんてことはあり得ないと考える国民が大多数だろうと私は想像していますが、第2章では、所得などのメリットを強調した経済的徴兵制が事実上始まっている可能性も指摘しています。加えて、軍事費の増加の影で社会保障、特に生活保護が削減されている点も詳細な取材に基づいて明らかにされています。特に、私が不安を感じるのは、日米合同委員会などの米国のコントロール下で、軍事面を中心に日本の対米従属が強まっている可能性です。私は安全保障や軍事面はそれほど詳しくありませんが、経済面では最近の日米間税交渉なんて、報道に接する限りでも、とても対等平等な交渉が出来ているようには見えません。米国の意向に沿ってオスプレイを飛ばし、自衛隊は米軍の指揮監督下に置かれ、科学や学術まで軍事優先で米国に利用されるとなれば、もはや日本は独立国の体をなしません。本書では指摘されていませんが、特に日本では司法の独立性が低くて、内閣の方針を追認するだけの役割しか果たしておらず、最近、米国の国際貿易裁判所がトランプ関税の差止めを命じる判決を出したような役割はまったく期待できません。全国の地方公共団体の中で政府の方針に異議を唱えている沖縄県も裁判で芳しい結果を得ているようには見えません。これまた、本書では取り上げていませんが、メディアの対抗力、権力との一定の緊張関係もまったく失われつつあります。軍事面を中心に対米従属を強める政府を押し止めるには一体どうすればいいのか、本書はこういった大きな課題を突きつけるルポだったと思います。

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次に、飯田一史『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』(平凡社新書)を読みました。著者は、編集者を務めた後に独立し、現在ではWEBカルチャーや出版産業などの論評をしているようです。同じ作者が同じ出版社から出している『「若者の読書離れ」というウソ』を私は2年ほど前に読んだ記憶があります。この事実を、おそらく、高齢の方々は認めたくないでしょうが、若者が読書離れしていないという事実は決して間違っていません。ということで、本書では、ソフトウェアである読書ではなく、ハードウェアの書店、それもネット販売などではなく町の書店について歴史的に振り返っています。カバーしているのは、基本的に、新刊書を販売する書店であり、古書店は含みませんが、雑誌などのメディアを考える際は駅のスタンドなども含めています。誰の目から見ても、町の本屋が減っていることは明らかです。私が勤務する立命館大学のびわこくさつキャンパスのJR線の最寄り駅である南草津駅では、昨年だったか、駅ビルに本屋がオープンしたのですが、こういった動きは大きな例外といえます。その町の本屋の経営について、よく指摘されるのが不合理な出版流通の現状です。本書でも指摘しているように、本屋さんには本の入荷に関して自主的な経営判断をする余地が少なくなっています。出版社というメーカーがあるのはよく知られた通りですが、日本では取次と呼ばれるいわば本の卸売業者が出版社と書店をつないでいて、この取次が配本を事実上決めているという事実があります。すなわち、書店サイドで頼んでもいないのに、取次が見計らい配本でもって書店に本を配本し、定価で売れなければ返品する、というシステムです。定価販売という再販制度についても本書では取り上げています。文化振興のためという名目が嘘っぱちに近いと指摘していて、はい、私もそう思います。要するに、賞味期限間際の食品を、本部が値引き販売させてくれない、というコンビニの問題と同じで、例えば、新刊が出た後の前週の週刊誌を値引き販売したり、あるいは、在庫一掃セールなんかでも書店の裁量で値引き販売できないわけです。量の面からは取次が見計らい配本で書店の自主性が奪われ、価格の面からも定価販売で値引きも出来ない、という営業自由の原則に照らしてどうか、と思わせるような経営を強いられているのが実情というわけです。その上、日本の書店の粗利益率=粗利は20%強しかなく、先進各国の中でも利幅が小さくなっています。もちろん、ネット販売のシェア拡大、あるいは、そもそも、若者以外の年齢層の読書離れ、もちろん、人口減少などなど、書店の売上にネガな影響を及ぼす原因はいっぱいあります。今では廃止されたとはいえ、大店法もそうだったかもしれません。ただ、図書館で本をそろえて貸し出しても書店の売上が減るということはないとの指摘を紹介しています。いずれにせよ、日本では出版物に限らず、まだまだ、需要のバイサイドに比べて、供給のセルサイドが強い、という分野が決して少なくありません。かつての松下幸之助の「水道理論」が当てはまるわけです。金融なんかでも投資信託などの資金運用会社のバイサイドは、セルサイドの証券会社にいわれるままに金融商品を買わされているところがまだまだ残っていたりします。基本的に、私の経験でも途上国では掛売りがあったりする関係で、消費者よりもお店の方にアドバンテージがある場合が多く、大先進国の米国でも消費者がパワーを持ち始めたのは1960年代にラルフ・ネーダーが本格的に消費者運動を組織し始めてからだという気がします。その消費者とお店の力関係が、書籍流通においては取次と書店の間に現れている、と私は感じていしまいました。

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2025年5月30日 (金)

3か月ぶりの減産となった鉱工業生産指数(IIP)と伸びが鈍化した商業販売統計と堅調な雇用統計

本日は月末閣議日ということで、経済産業省から鉱工業生産指数(IIP)商業販売統計が、さらに、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。いずれも4月の統計です。IIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から▲0.9%の減産でした。3か月ぶりの減産となります。また、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+3.3%増の12兆9250億円を示し、季節調整済み指数は前月から+0.5%の上昇を記録しています。雇用統計のヘッドラインは、失業率は2.5%、有効求人倍率は1.26倍と、いずれも前月から横ばいでした。まず、ロイターのサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

鉱工業生産4月は3カ月ぶりマイナス、「一進一退」判断維持
経済産業省が30日発表した4月鉱工業生産指数速報は前月比0.9%低下と、3カ月ぶりのマイナスだった。ロイターの事前予測調査では同1.4%低下と予想されていたが、これより小幅な低下にとどまった。
経済産業省は生産の基調判断を「一進一退」に据え置いた。昨年7月に上方修正して以降、判断は据え置かれている。生産予測指数は5月が前月比9.0%上昇、6月が同3.4%低下だった。
4月の業種別では、フラットパネル・ディスプレイ製造装置や半導体製造装置の輸出減などで生産用機械が前月比8.7%減少したことが、電子部品・デバイス(5.4%増)、汎用・業務用機械(3.4%増)、無機・有機化学(3.1%増)の増加分を打ち消した。自動車の生産指数は1.1%低下と、3月の5.9%からマイナス幅が縮小した。
同省の担当者はトランプ関税について「大勢に影響は出ていない」と述べた上で「引き続き注視していく」考えを改めて示した。
伊藤忠総研マクロ経済センター長の宮崎浩氏は、生産予測を分析した上で、自動車に関してトランプ関税に伴うマイナスの影響は出ていない、とみる。情報、電気機械、情報通信機械等、輸出関連のハイテクセクターをみても先行きに対して過度に悲観的な動きは出ていない、と言う。
ただ、同氏は「少し気になるのは在庫。生産が減少基調になる時は、先に在庫が積み上がって出荷が落ち込む局面が出て来る。4月になっても出荷が伸び悩む中で、在庫も高水準で横ばいになっており、在庫調整の動きが出てこないかどうかが今後の注目点だ」と付け加えた。
小売業販売額4月は前年比3.3%増、食品値上げが押し上げ
経済産業省が30日に発表した4月の商業動態統計速報によると、小売業販売額(全店ベース)は前年比3.3%増の12兆9250億円となった。ロイターの事前予測調査では3.1%増が予想されていた。前年の反動で自動車販売が増えたほか、コメなど食品値上げの影響でスーパーやドラッグストアの販売が押し上げた。業種別でみた前年比は、自動車が9.5%増、織物・衣服が5.9%増、燃料4.4%増、医薬・化粧品4.1%増、機械器具とその他小売業がそれぞれ3.4%増、無店舗小売り業が2.1%増、飲食料品が1.7%増だった。各種商品小売業は5.2%減。
前年比の増額で寄与度が最も大きかった業種は、前年の認証不正問題の反動で増えた自動車、次いでその他小売業、飲食料品、医薬・化粧品、燃料などの順だった。
業態別の前年比は、ドラッグストア6.8%増、スーパー5.6%増、コンビニ3.4%増、家電大型専門店1.1%増だった。ドラッグストアはコメなど食品販売や調剤薬品が好調だった。スーパーは食品全般の値上げが押し上げた。一方、百貨店は4.9%減、ホームセンターは0.5%減にとどまった。百貨店はインバウンド関連が減少、ホームセンターは新生活者向けの収納品などのまとめ買い需要の減少が響いた。
完全失業率4月は2.5%、有効求人倍率1.26倍 ともに前月と同水準
政府が30日に発表した4月の雇用関連指標は完全失業率が季節調整値で2.5%と前月から横ばいだった。有効求人倍率は1.26倍で、前月と同水準だった。
ロイターの事前予測調査で完全失業率は2.5%、有効求人倍率は1.26倍が見込まれていた。
総務省によると、4月の就業者数(原数値)は6796万人と、前年同月比で46万人増加。正規の職員・従業員数は3709万人と比較可能な2013年以降で過去最多となった。非正規の職員・従業員から正規への移動や、学生などの就職などが挙げられるという。
総務省の担当者は、就業者数が高水準で推移していることや、完全失業率が低位で安定していることを踏まえると「現在の雇用情勢は悪くない」とみている。
<有効求人数、有効求職数とも増加>
厚生労働省によると、4月の有効求人数(季節調整値)は前月に比べ0.3%増加した。製造業や建設業など人手不足の業種で新規求人数が増加。医療・福祉の需要拡大で求人が増加傾向にあるという。
有効求職者数(同)は0.2%増加。物価高騰による先行き不安などから求職活動を始めたり、ダブルワークの職を探したりする動きがあったという。

3つの統計から取りましたので、やたらと長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にはある通り、ロイターによる市場の事前コンセンサスでは、鉱工業生産指数(IIP)▲1.4%の減産、また、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、同程度の△1.5%の減産が予想されていましたので、実績である▲0.9%は市場予想を上回りました。統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断については、「一進一退」で据え置いています。昨年2024年7月から10か月連続で据え置かれています。先行きの生産については、製造工業生産予測指数を見ると、足下の5月は補正なしで+9.0%の増産、ただし、翌6月は▲3.4%の減産となっています。上方バイアスを除去した補正後でも、5月の生産は+5.2%の増産と試算されています。経済産業省の解説サイトによれば、4月統計における生産は、減産方向に寄与したのは、生産用機械工業が前月比▲8.7%の減産で▲0.80%の寄与度を示したほか、自動車を除く輸送機械工業が▲7.0%の減産で▲0.20%の寄与度、金属製品工業が▲3.7%の減産で▲0.15%の寄与度などとなっており、他方、増産方向に寄与したのが、電子部品・デバイス工業が+5.4%の増産で+0.33%の寄与度、汎用・業務用機械工業が+3.4%の増産で+0.23%の寄与度、無機・有機化学工業が+3.1%の増産で+0.14%の寄与度、などとなっています。
広く報じられている通り、米国ではトランプ政権発足に伴って関税引上げを連発しています。日米交渉が進められているものの、自動車工業をはじめとして輸出に依存する部分も決して無視できないことから、我が国の生産の先行きは極めて不透明となっています。ダウンサイドリスクを顕在化させかねない先行き懸念材料、もっとも大きな懸念材料のひとつといえます。

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続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない原系列の小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数を小売業販売のヘッドラインは季節調整していない原系列の前年同月比で見るのがエコノミストの間での慣例なのですが、見れば明らかな通り、伸び率はまだプラスを維持しているものの、やや伸びに鈍化が見られます。季節調整済みの系列では停滞感が明らかとなっていて、1月こそ+1.2%増の伸びを示したものの、2月統計+0.4%増の後、3月統計では▲1.2%減となり、本日公表の4月統計でも+0.5%の増加にとどまりました。引用した記事にある通り、ロイターでは季節調整していない原系列の小売業販売を前年同月比でみた伸びについて、市場の事前コンセンサスでは+3.1%増でしたので、実績の+3.3%増は少し上振れた印象です。統計作成官庁である経済産業省では基調判断について、季節調整済み指数の後方3か月移動平均により機械的に判断していて、本日公表の4月統計までの3か月後方移動平均の前月比が▲0.1%の低下となりましたので、2月からの「緩やかな上昇傾向」で据え置いています。加えて、参考まで、消費者物価指数(CPI)との関係では、4月統計ではヘッドライン上昇率が+3.6%となっていますので、小売業販売額の4月統計の前年同月比+3.3%の増加は、インフレ率をやや下回っており、実質消費はマイナスの可能性が高いといえます。さらに考慮しておくべき点は、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより、部分的なりとも小売業販売額の伸びが支えられている可能性です。したがって、小売業販売額の伸びが国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性は考慮されるべきです。

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続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、失業率が2.5%有効求人倍率は1.26倍でしたし、引用した記事でも、失業率は2.5%、有効求人倍率は1.26倍が見込まれていました。本日公表された実績で、失業率が2.5%、有効求人倍率が1.26倍、というのは、市場の事前コンセンサスにジャストミートしました。人口減少局面下の人手不足を背景に、失業率・有効求人倍率ともに雇用の底堅さを示す水準が続いています。ただし、そろそろ景気回復局面は後半期に入っている可能性が高いと考えるべきですし、その意味で、いっそうの雇用改善は難しいのかもしれません。雇用の先行指標とされている新規求人数については4月統計で増加を示していますが、万博開催で警備業の求人が多くなったことなどで「その他のサービス業」が原系列の統計で前年同月比8.3%増となっていたりしますので、どこまで持続性があるかは不明です。加えて、米国がソフトランディングに失敗して年内に景気後退局面に入る可能性が高まっており、いつまでも雇用の改善が続くわけではないと考えるべきです。

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2025年5月29日 (木)

6か月ぶりに上昇した5月の消費者態度指数

本日、内閣府から5月の消費者態度指数が公表されています。5月統計では、前月から+1.6ポイント上昇して32.8を記録しています。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者態度指数5月は1.6ポイント上昇の32.8、6カ月ぶり改善=内閣府
内閣府が29日に発表した5月消費動向調査によると、消費者態度指数(2人以上の世帯・季節調整値)は、前月から1.6ポイント上昇し、32.8となった。改善は昨年11月以来、6カ月ぶり。内閣府では米中関税合意などのニュースが一定の影響を与えた可能性があると推察している。
もっとも3カ月移動平均ベースでは前月比マイナス傾向が継続しているため、内閣府は消費者態度指数の基調判断を「弱含んでいる」に据え置いた。消費者態度指数を構成する4つの指標すべてが前月比で改善した。各指標の前月比の内訳は、「暮らし向き」が2.9ポイント、「雇用環境」が1.6ポイント、「耐久消費財の買い時判断」が1.2ポイント、「収入の増え方」が0.8ポイント改善した。1年後の物価見通しは回答者の93.6%が「上昇する」と回答し、前月の93.2%から0.4ポイント増えた。物価が5%以上上昇するとの回答比率は4月の60.0%から55.5%に低下する一方、5%未満、との回答比率が増加した。5%以上の物価上昇見通し割合が減少した背景として、ガソリンや生鮮野菜価格の下落、調査日直前のコメ価格低下などが影響したと内閣府は推察している。

いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、消費者態度指数のグラフは下の通りです。ピンクで示したやや薄い折れ線は訪問調査で実施され、最近時点のより濃い赤の折れ線は郵送調査で実施されています。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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消費者態度指数を構成する4項目の指標について前月差で詳しく見ると、「暮らし向き」が+2.9ポイント上昇し30.2、「雇用環境」が+1.6ポイント上昇して37.3、「耐久消費財の買い時判断」が+1.2ポイント上昇して25.4、「収入の増え方」も+0.8ポイント上昇して38.3と、消費者態度指数を構成する4項目すべてが上昇しました。統計作成官庁である内閣府では、基調判断を「弱含んでいる」で据え置いています。先月4月統計で従来の「足踏みがみられる」から、「弱含んでいる」に1ノッチ下方修正してから、本日公表の5月統計でも連続して「弱含んでいる」の判断です。私が従来から主張しているように、いくぶんなりとも、消費者マインドは物価上昇=インフレに連動している部分があります。総務省統計局による消費者物価指数(CPI)のヘッドライン上昇率は今年2025年に入ってからも1月+4.0%、2月+3.7%、3月+3.6%につづいて、4月も+3.6%と高止まりしています。依然として日銀物価目標の+2%を上回っていますが、今年2025年1月の+4.0%からは低下した印象もあります。インフレとデフレに関する消費行動は、1970年代前半の狂乱物価の時期は異常な例としても、1990年代後半にデフレに陥る前であれば、インフレになれば価格が引き上げられる前に購入するという消費者行動だったのですが、バブル経済崩壊後の長い長い景気低迷機を経て、物価上昇により消費者が買い控えをする行動が目につくように変化したのかもしれません。こういった消費者行動の経済分析が必要だという気がしています。
また、物価上昇に伴って注目を集めている1年後の物価見通しは、5%以上上昇するとの回答が55.5%を占める一方で、2%以上5%未満物価が上がるとの回答も29.9%に上っており、これらも含めた物価上昇を見込む割合は93.6%と高い水準が続いています。加えて、引用した記事の最後のパラにも現れているように、物価上昇予想は上昇率の高い方にややシフトしています。これも、最近の物価統計などで実績としてのCPI上昇率が加速している影響が現れている可能性が高いと考えるべきです。

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2025年5月28日 (水)

「観光白書」に見るインバウンド消費

昨日5月27日、国土交通省観光庁から「観光白書」が公表されています。観光立国推進基本計画に掲げる「国内交流拡大」に着目した分析を行っているようで、第3章のテーマ章は、日本人の国内旅行の活性化に向けて と題されていて、日経新聞「70代以上の7割「24年の宿泊旅行0回」、地方は9割が国内客 観光白書」NHK「"日本人の旅行は伸び悩み 対策を" 『観光白書』公表」では国内観光振興について報じられたりしていました。

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でも、やっぱり、私が注目したのはインバウンド消費であり、「観光白書」第I部から p.8 図表 I-9 訪日外国人旅行者による消費額の推移 を引用すると上の通りです。昨年2024年のインバウンド消費が大きな伸びを示しています。2024年の訪日外国人旅行者数が3,687万人で+47.1%増となっていて、人数ベースの伸び率+47.1%に見合うインバウンド消費額は7.8兆円ほどと計算されるのですが、それを上回って伸びています。要するに、単価が上がったということなのdすが、このグラフの直後の 図表 I-10 国籍・地域別の訪日外国人旅行消費額と構成比 によれば、2019年との比較ながら、中国人の構成比が36.8%から21.2%に大きく低下したことが示されています。中国以外の台湾、韓国、米国、香港が構成割合を伸ばしており、要するに、中国人はインバウンド消費の単価が低かった、ということなのかもしれません。

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2025年5月27日 (火)

高止まりする4月の企業向けサービス価格指数(SPPI)

本日、日銀から3月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月3月の+3.3%からわずかに縮小して+3.1%を記録し、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIの上昇率も前月から▲0.1%ポイント縮小して+3.3%の上昇となっています。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業向けサービス価格、4月3.1%上昇 人件費転嫁映す
日銀が27日に発表した4月の企業向けサービス価格指数(速報値、2020年平均=100)は110.5となり、前年同月に比べ3.1%上昇した。伸び率は3月(3.3%)から0.2ポイント低下したものの7カ月連続で3%台となった。人件費をサービス価格に反映する動きが続いている。
企業向けサービス価格指数は企業間で取引されるサービスの価格動向を表す。貨物輸送代金やIT(情報技術)サービス料などが含まれる。企業間取引のモノの価格動向を示す企業物価指数とともに、今後の消費者物価指数(CPI)に影響を与える。
日銀は今回の発表で3月分の前年同月比上昇率を3.1%から3.3%に遡及修正した。
4月分の内訳をみると、好調なインバウンド(訪日外国人)需要や、開催中の大阪・関西万博の影響で宿泊サービスは17.2%上昇した。一方、廃棄物処理サービスなどで人件費や運搬費の上昇を価格に転嫁する動きが一巡し、諸サービス全体の伸び率は4.3%と3月(4.5%上昇)より0.2ポイント鈍化した。
調査品目のうち、生産額に占める人件費のコストが高い業種(高人件費サービス)は3.5%上昇しており、3月(3.6%上昇)と同様に高い伸び率を維持している。人件費を価格に転嫁する動きは続いている。低人件費サービスは2.7%上昇し、3月(3.0%上昇)から伸び率が縮小した。
調査対象の146品目のうち、価格が上昇したのは114品目、下落18品目だった。14品目では価格が変わらなかった。

注目の物価指標だけに、やや長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルから順に、ヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、真ん中のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格とサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。一番下のパネルはヘッドラインSPPI上昇率の他に、日銀レビュー「企業向けサービス価格指数(SPPI)の人件費投入比率に基づく分類指数」で示された人件費投入比率に基づく分類指数のそれぞれの上昇率をプロットしています。影を付けた部分は、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、モノの方の企業物価指数(PPI)のトレンドはヘッドラインとなる国内物価指数で見る限り、上昇率としては2023年中に上昇の加速はいったん終了したように見えたのですが、昨年2024年年央時点で再加速が見られ、PPI国内物価指数の前年同月比上昇率は4月統計で+4.0%とまだ高止まりしています。昨年2024年12月から5か月連続での+4%台の上昇です。他方、本日公表された企業向けサービス物価指数(SPPI)は、指数水準としてコンスタントに上昇を続けている一方で、国内企業物価指数ほど上昇率=傾きが大きくないのが見て取れます。企業向けサービス価格指数(SPPI)のヘッドラインの前年同月比上昇率は、今年2025年1月に+3.5%の直近での上昇率のピークを記録してから、本日公表の2025年4月まで徐々に上昇率を縮小させていますが、まだ+3%台の上昇率を続けています。2024年10月からカウントしても7か月連続の+3%台の上昇率です。日銀物価目標の+2%を大きく上回って高止まりしているわけです。もちろん、日銀の物価目標+2%は消費者物価指数(CPI)のうち生鮮食品を除いた総合で定義されるコアCPIの上昇率ですから、本日公表の企業向けサービス価格指数(SPPI)とは指数を構成する品目もウェイトも大きく異なるものの、+3%近傍の上昇率はデフレに慣れきった国民や企業のマインドからすれば、かなり高い物価上昇と映っている可能性が高いと考えるべきです。人件費投入比率で分類した上昇率の違いをプロットした一番下のパネルを見ても、低人件費比率と高人件費比率のサービスの違いに大きな差はなく、人件費をはじめとして幅広くコストが価格に転嫁されている印象です。その意味では、政府や日銀のいう物価と賃金の好循環が実現しているともいえますが、実態としては、物価上昇が賃金上昇を上回っており、国民生活が実質ベースで苦しくなっているのは事実であるといわざるをえません。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて2月統計のヘッドラインSPPI上昇率+3.1%への寄与度で見ると、宿泊サービスや機械修理や土木建築サービスなどの諸サービスが+1.62%ともっとも大きな寄与を示していて、ヘッドライン上昇率の半分超を占めています。諸サービスのうち、引用した記事にもあるように、宿泊サービスは3月の+11.0%の上昇から4月には+17.2%になり、インバウンド需要もあって引き続き2ケタ上昇が続いています。加えて、ソフトウェア開発や情報処理・提供サービスやアクセスチャージなどといった情報通信が+0.52%、SPPI上昇率高止まりの背景となっている項目として、10月から郵便料金が値上げされた郵便・信書便、石油価格の影響が大きい道路貨物輸送さらに、サードパーティーロジスティクスなどの運輸・郵便が+0.46%、ほかに、不動産+0.23%、リース・レンタルも+0.09%、広告+0.07%などとなっています。

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2025年5月26日 (月)

今さらながらミラン文書を読む

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今さらながらなのですが、米国大統領経済指紋委員会(CEA)のスティーブン・ミラン委員長がハドゾンベイ・キャピタルに在籍していた昨年2024年11月の論文 A User's Guide to Restructuring the Global Trading System をナナメに読んでおきました。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

まず、やたらとなく長くなりますが、論文から Executive Summary を引用すると以下の通りです。

Executive Summary
The desire to reform the global trading system and put American industry on fairer ground vis-à-vis the rest of the world has been a consistent theme for President Trump for decades. We may be on the cusp of generational change in the international trade and financial systems.
The root of the economic imbalances lies in persistent dollar overvaluation that prevents the balancing of international trade, and this overvaluation is driven by inelastic demand for reserve assets. As global GDP grows, it becomes increasingly burdensome for the United States to finance the provision of reserve assets and the defense umbrella, as the manufacturing and tradeable sectors bear the brunt of the costs.
In this essay I attempt to catalogue some of the available tools for reshaping these systems, the tradeoffs that accompany the use of those tools, and policy options for minimizing side effects. This is not policy advocacy, but an attempt to understand the financial market consequences of potential significant changes in trade or financial policy.
Tariffs provide revenue, and if offset by currency adjustments, present minimal inflationary or otherwise adverse side effects, consistent with the experience in 2018-2019. While currency offset can inhibit adjustments to trade flows, it suggests that tariffs are ultimately financed by the tariffed nation, whose real purchasing power and wealth decline, and that the revenue raised improves burden sharing for reserve asset provision. Tariffs will likely be implemented in a manner deeply intertwined with national security concerns, and I discuss a variety of possible implementation schemes. I also discuss optimal tariff rates in the context of the rest of the U.S. taxation system.
Currency policy aimed at correcting the undervaluation of other nations' currencies brings an entirely different set of tradeoffs and potential implications. Historically, the United States has pursued multilateral approaches to currency adjustments. While many analysts believe there are no tools available to unilaterally address currency misvaluation, that is not true. I describe some potential avenues for both multilateral and unilateral currency adjustment strategies, as well as means of mitigating unwanted side effects.
Finally, I discuss a variety of financial market consequences of these policy tools, and possible sequencing.

次に、論文の章構成は以下の通りです。

Chapter 1
Introduction
Chapter 2
Theoretical Underpinnings
Chapter 3
Tariffs
Chapter 4
Currencies
Chapter 5
Market and Volatility Considerations
Chapter 6
Conclusion

ということで、タイトルもそうですし、最終章でも "This essay attempts to provide a user's guide: a survey of some tools, their economic and market consequences, and steps that can be taken to mitigate unwanted side effects." と明記してあるように、現在のトランプ大統領の当選に伴って、政権が取るべき対外政策の指針を提供しようと試みています。
主要には、トリフィンのジレンマの指摘する通り、基軸通貨としての米ドルは準備通貨として需要されることから過大評価をきたしており、その米ドルの過大評価が "Such overvaluation makes U.S. exports less competitive, U.S. imports cheaper, and handicaps American manufacturing. Manufacturing employment declines as factories close." という結果を招いている、と主張し、トランプ政権は米国の競争力を向上させるために、関税や通貨政策を活用する可能性がある、と示唆しています。そして、もちろん、トランプ政権はこれを実行に移しているわけです。
そして、関税は米国の貿易収支の改善を通じて、米ドルの増価をもたらしますが、輸出国通貨の減価で相殺され、パススルーが完全であればインフレをもたらさない可能性が示唆されています。さらに、規制緩和やエネルギー価格低下がインフレ抑制に役立つ可能性を考慮しています。加えて、"generating negotiating leverage for making deals." という面からも関税が活用できると指摘しています。まさに、そうしているわけです。
私は、基軸通貨の経済学については、アイケングリーン教授が『とてつもない特権』で明らかにしている点を正しいと考えています。米ドルを需要する国から通貨発行だけで見返りなしの輸入ができるのですから、とってもおトクだと思っています。しかし、その輸入が米国製造業の雇用減少をもたらしている、という主張です。

私はそれほど国際経済学や金融には詳しくないのですが、やや奇妙な経済学ではないか、という気がします。強くします。1980年代のレーガン大統領のころのラッファー曲線を当時のブッシュ副大統領が "voodoo economics" と呼んだという故事を思い出します。

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2025年5月25日 (日)

最終回に坂本捕手のツーベースで一気に突き放して中日に勝利

  RHE
阪  神000010004 5110
中  日000010000 163

【神】伊原、湯浅、岩崎 - 坂本
【広】松葉、勝野、マルテ、福 - 木下

終盤までロースコアの緊迫した試合でしたが、最終回に坂本捕手のツーベースで一気に突き放して中日に勝利でした。
昨夜は終盤に中日の方が粘り強さを見せましたが、今日は坂本捕手のスクイズで先制し、追いつかれた終盤には、またまた、坂本捕手のタイムリーで勝ち越しました。それにしても、ドラ17ルーキーの伊原投手は安定したピッチングを続けています。6回1失点で自責点はなしですから、すごい新人だと思います。

次の横浜戦も、
がんばれタイガース!

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2025年5月24日 (土)

今週の読書は森永卓郎の本をはじめ計8冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、森永卓郎『読んではいけない』(小学館)と『森永卓郎 最後の提言』(日本ジャーナル出版)は、週刊誌に掲載されていたコラムを単行本に取りまとめています。いわゆる「ザイム真理教」による緊縮財政を批判し、加えて、現在の日本の株式市場はバブルである可能性を指摘しています。スティーブン・レビツキー & ダニエル・ジブラット『少数派の横暴』(新潮社)は、20世紀末から約30年間一貫して少数派であった共和党がどうして民主党を押さえて政権を担う、あるいは、実質的な決定権を握ってきたのか、という問いとともに、現在のトランプ大統領が民主党を乗っ取った謎を解明しようと試みています。周防秋『恋する女帝』(中央公論新社)は、タイトルから容易に想像されるように、21歳で史上唯一の女性皇太子となり、即位した後に孝謙天皇、一度譲位し重祚した後の称徳天皇を主人公に、法王道鏡との恋路を描き出しています。ラストは驚くような結末が用意されています。慎泰俊『世界の貧困に挑む』(岩波新書)では、民間版の世界銀行を目指して、少額無担保融資を行うマイクロクレジットに加えて、決済、送金、貯蓄、保険などのユニバーサルな金融サービスを提供するマイクロファイナンスの会社により、貧困削減に取り組む活動が紹介されています。本田由紀[編著]『「東大卒」の研究』(ちくま新書)では、東大卒業生に対する詳細な調査を実施し、回答数は少なかったものの、地方出身の女子学生、東大生の学生生活、卒業後のキャリア形成、同じく卒業後の家族形成、そして、東大卒業生が社会をどう見ているか、などを解明しようと試みています。ピーター・トレメイン『風に散る煙』上下(創元推理文庫)は、7世紀のアイルランドの5王国のひとつであるモアン王国の王妹フィデルマがカンタベリーへの船旅の途上で時化にあって寄港した地の修道院長からの依頼により、エイダルフとともに謎の解明に挑みます。
今年の新刊書読書は1~4月に99冊を読んでレビューし、5月に入って先週までの22冊と合わせて121冊、さらに今週の8冊を加えて129冊となります。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2などでシェアしたいと考えています。なお、本日の9冊のほかに、西村京太郎『犯人は京阪宇治線に乗った』(小学館文庫)も読んでいます。いくつかのSNSにてブックレビューをポストする予定ですが、新刊書ではないと考えますので、本日の感想文には含めていません。

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まず、森永卓郎『読んではいけない』(小学館)と『森永卓郎 最後の提言』(日本ジャーナル出版)を読みました。著者は、経済アナリスト、獨協大学経済学部教授です。2023年12月にステージ4のがん告知を受け、今年2025年1月に亡くなっています。私は自分のことをエコノミストと自称する場合が多いのですが、この方は頑ななまでに「経済アナリスト」と紹介されていたような気がします。それはともかく、私はこの経済アナリストの最後の著作をできるだけ読もうと予定していて、この2冊と後はフォレスト出版による『保身の経済学』でほぼほぼ完了ではないか、と考えています。なお、本日取り上げる『読んではいけない』は『週刊ポスト』誌上の連載「よんではいけない」を中心に、また、『森永卓郎 最後の提言』は『週刊実話』誌上の「森永卓郎の"経済千夜一夜"物語」を、それぞれ取りまとめています。同じような時期の週刊誌上に連載されていたコラムですので、大きな違いはありませんが、前者の『読んではいけない』には最終章で、「真実を見抜く目を養う名著25選」を収録していて、全部ではないものの、部分的ながら参考になる価値ある名著が紹介されています。経済書だけではありません。両方の本はともに、基本的なラインは、いわゆる「ザイム真理教」による緊縮財政を批判し、財務省解体まで視野に入れつつ、加えて、現在の日本経済、特に株価はバブルである可能性を指摘し、したがって、株価の大暴落と令和不況の到来を予測していたりします。さすがに死を目前にして誰にも、どんな組織にも臆することなく、また、忖度することなく、日本の経済社会の闇を喝破しています。バブル崩壊と令和不況を見込んでいるわけですので、特に引退世代の投資に対して冷徹な目を持って臨んでいて、NISAやiDECOをはじめとして『投資依存症』ではかなりあからさまな不信感を表明しています。『森永卓郎 最後の提言』は、冒頭で社会保障をカットして防衛費=軍事費を増やすことを強く批判していますし、私のようなエコノミストの主張とも通ずる部分は少なくありません。そして、繰り返しになりますが、『読んではいけない』の最後に収録されている「真実を見抜く目を養う名著25選」のリストを見れば、著者が単なる極論や非現実的な意見を表明するだけのキワモノではなく、深い教養と自由な発想を持ったアナリストであったことが理解できると思います。ついでながら、我が同僚の立命館大学経済学部の松尾匡教授の『コロナショック・ドクトリン』もリストアップされています。

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次に、スティーブン・レビツキー & ダニエル・ジブラット『少数派の横暴』(新潮社)を読みました。著者は、2人とも米国ハーバード大学政治学教授であり、英語の原題は Tyranny of the Minority となっていて、2023年の出版です。なお、同じ2人の共著により同じ出版社から『民主主義の死に方』が2018年に出ていて、私は2018年12月にレビューしています。前著と同様に、トランプ大統領をはじめとするポピュリズムの台頭に対して、米国民主主義の危機を感じ、米国に焦点を当てた分析を展開しています。特に、大きな問いが2点あり、20世紀末から約30年間一貫して少数派であった共和党がどうして民主党を押さえて政権を担う、あるいは、実質的な決定権を握ってきたのか、という問いに加えて、その共和党がどうして現在のトランプ大統領に代表される「過激派」に牛耳られてきたのか、という問いです。もちろん、19世紀の南北戦争から米国政治史を説き起こし、奴隷解放で有名なリンカーン大統領のころには北部のリベラル層を代表していた共和党に対して、南部の保守層を代表していた民主党が、20世紀前半のローズベルト大統領によるニューディール政策のころから、いかにして逆転現象を生じ、1960年代のジョンソン政権でそれが決定的になったか、などについても分析した上で、この2つの問いに対して回答しようと試みています。その回答、というか、分析結果については読んでいただくしかありませんが、ひとつだけ将来への期待、や明るい見通しに関しては、2022年にハーバード大学政治研究所が実施した調査から、18歳から29歳のいわゆるZ世代の有権者の⅔が米国民主主義が「問題を抱えている」あるいは「破綻している」と回答した点を上げています。このZ世代の認識は著者たちと共通しているといえます。この問題や破綻の現実については、本書では人工妊娠中絶、銃規制、最低賃金引上げの3つの重要な問題について世論調査と議会や政府での議論の間できわめて重大な不整合がある点を指摘しています。すなわち、国民の声と政府や議会が一致していないわけです。我が国でいえば、明らかに夫婦別姓の議論になぞらえることができると思います。裁判制度、すなわち、日本では重大な政治的決定に対して裁判所が不関与を示すケースが多いのに対して、裁判所が民主主義の観点からの異議申立てを行って、緊張感を持った三権の独立が観察される場合が少なくない点など、日本にそのまま当てはめることは難しいかもしれませんが、米国だけでなく欧州も含めて世界的に民主主義が危機に向かっている中で、大いに参考となる読書でした。

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次に、周防秋『恋する女帝』(中央公論新社)を読みました。著者は、小説家であり、我が国における古典古代である奈良時代や平安時代の時代小説を私は高く評価しています。本書は『婦人公論』に連載されていたものを単行本に取りまとめています。主人公は、タイトルから軽く想像される通り、東大寺の大仏で知られる聖武天皇と光明皇后の子として生まれ、21歳で史上唯一の女性皇太子となり、即位した後に孝謙天皇、一度譲位し重祚した後の称徳天皇です。そして、恋した相手は、これまた、いうまでもなく法王道鏡です。下世話な話として、男女の肉欲の関係で両者の恋仲を考えようとする向きがないわけでもありませんが、本書はそういう解釈ではありません。この作品の中で女帝は「姫天皇」と呼ばれています。歴史的事実でそうなのかどうかは、私は知りません。孝謙天皇としては阿倍、称徳天皇としては高野、という通称も併せて用いられています。権謀術数渦巻く平城京、特に、天智天皇と天武天皇の兄弟の血統の争い、壬申の乱まで引き起こした背景の醜聞めいた話もいっぱい出てきます。天武天皇の妻であった持統天皇が、天智天皇の血統に皇統を渡すまいとした基礎に立ち、その皇統を継ぐ聖武天皇や孝謙天皇・称徳天皇なのですが、歴史的事実が明らかにしているように、称徳天皇の次代の天皇は光仁天皇であり、天武天皇の血統から兄である天智天皇の血統に移りました。そして、光仁天皇の次の桓武天皇が平城京から平安京に遷都するわけです。本書でも軽く言及されている通り、孝謙天皇より前の女帝は、史上最初の女帝であった推古天皇にせよ、天武天皇の妻であった持統天皇にせよ、現代風にいえば、ワンポイントリリーフであり、次の男帝までのつなぎ役だったわけですが、孝謙天皇は明らかに天智天皇の血統に天皇の座を渡すことを阻止するための本格的な天皇です。しかし、結果的には、称徳天皇の後には天智天皇の血統から天皇を出すこととなり、ある意味で、皇統争いが終結したわけです。そういった中で、道鏡に恋する女帝を支えたのは朝廷の中枢に位置した吉備真備とその娘の吉備由利であり、高位高官ではない人々としては女官の広虫、そして、広虫の養い子であるキメやアラが、実に、生き生きと描き出されています。そして、政治向きのお話は歴史などで明らかにされていますが、ラストは驚くべき結末を用意しています。私は不べんきょうにして知りませんが、ひょっとしたら、今までにもあったのかもしれません。それでも、この作者の想像力の豊かさを感じます。そのラストは読んでみてのお楽しみです。

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次に、慎泰俊『世界の貧困に挑む』(岩波新書)を読みました。著者は、民間版の世界銀行を目指して、2014年に五常・アンド・カンパニーを創業し、発展途上国で多くの低所得世帯に金融サービスを提供しているそうです。サブタイトルは「マイクロファイナンスの可能性」となっています。ただし、本書冒頭の序章でも明記しているように、世界から貧困を撲滅するためにはマイクロファイナンスが唯一の方法ではありませんし、もっとも有効な方法かどうかについても幅広いコンセンサスがあるとはいえず、あれかこれか、というわけではなく、どれも必要、という点に関しては私も同じ考えです。まず、本書のサブタイトルにはマイクロファイナンスとありますが、世界的に注目されたのは、現在のバングラデシュの大統領であるユヌス教授が始めたグラミン銀行であり、特に、2006年にノーベル平和賞を受賞して、一気に注目を集めたのは周知の事実です。ただ、グラミン銀行が始めたのはマイクロクレジットであり、いわゆる少額の無担保融資です。マイクロファイナンスはこのマイクロクレジットの少額無担保融資に加えて、決済、送金、貯蓄、保険などのユニバーサルな金融サービスを提供するものです。グローバルサウスの発展途上国では、銀行口座を開設することがそれほど容易ではありませんし、銀行口座を保有しない個人や家計もそれほどめずらしくもありません。ですから、幅広い金融サービスを提供するマイクロファイナンスは低所得層の経済活動を支援する上でとても有効な手段だというコンセンサスはあると思います。コンセンサスが必ずしも十分ではないのは、マイクロクレジットの有効性です。本書でも言及されているように、後にノーベル経済学賞を受賞したバーナジー&デュフローらがインドにおけるRCTを用いた研究によれば、家計の所得や消費にはマイクロクレジットは効果がないと結論されています。実は、私もグローバルサウスの経済発展のために、家計に対するマイクロクレジットがどこまで効果あるかには疑問を持っています。どうしてかというと、マイクロクレジットは零細な個人経営レベルの農業ほかの第1次産業向けが多い印象があり、所得弾性値が高くて経済発展とともに需要の伸びが見込めたり、海外への輸出に向いていたりする第2次産業や第3次産業の振興が必要ではないか、と考えているからです。でも繰り返しになりますが、決済、送金、貯蓄、保険などのユニバーサルな金融サービスを提供するマイクロファイナンスは経済発展に有効だというのは確かだろうと思います。

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次に、本田由紀[編著]『「東大卒」の研究』(ちくま新書)を読みました。編著者は、東京大学教育学研究科の教授であり、各チャプターの執筆者も東京大学の研究者や博士後期課程の大学院生です。すべての執筆者が女性のようです。本書は、東大卒業生約6万人に対して調査票を送付して、わずかに2437名からの回答を得て、大胆にも数量分析を試みています。本書でも「代表性がない」旨の記述ありますが、どこまで分析結果に統計的な有意性を見出すかは不明であり、加えて、東大卒業生の母集団情報についてもイマイチ不明ですので、一応、参考意見程度の情報ながら、今までになかった計量分析ですので興味あるところです。各チャプターでは、地方出身の女子学生、東大生の学生生活、卒業後のキャリア形成、同じく卒業後の家族形成、そして、東大卒業生が社会をどう見ているか、を扱っています。私自身は60歳の定年まで国家公務員をしていて、キャリアの国家公務員に東大卒業生が多いという事実は広く知られている通りです。私自身は京都大学の卒業生なのですが、親戚の中には国家公務員をしていたことから、私のことを東大卒だと勘違いしている叔父叔母もいたりするくらいです。ただ、本書では、東大は医者や弁護士といった専門職の卒業生を多く排出している、という分析結果を示しています。そうかも知れません。そして、本書で特徴的なのは、東大生、というか、その後の東大卒を地域と性別でいくつかのサブグループに分割して分析を進めている点です。すなわち、地域としては、首都圏と地方圏、そして、性別はいうまでもなく男女です。私の限られた経験からも、決してマジョリティというわけではありませんが、本書では首都圏ないし大都市圏の男子単学の中高一貫制の私立高校出身者が一定のウェイトを持っているという点が強調されています。典型的には、東京の開成高校とか麻布高校、あるいは、関西の灘高校などが想像されると思います。はい、東大でなく京大ですが、私もそうです。そういった認識の下に、冒頭のチャプターで地方出身の女子の東大生を対象にした分析がなされています。一般的に、男女ともに地方出身者が勉強をがんばる一方で、首都圏や大都市圏出身者はサークルなどの活動にも力を入れて、結局のところは、大差なく学生生活を終えるような結論が示されています。ただ、そういった男子校をはじめとするグループに対して、女性、あるいは、地方出身者などに門戸を開いてダイバーシティを進める重要性も強調されています。慎重な表現ながら、いわゆる「女子枠」の議論も盛り込まれています。終章では、逆に、東大卒業生が世間をどう見ているか、について、自己責任意識、再分配への支持、社会運動への関心、ジェンダーギャップ、の4点に関して、ISSP国際比較調査や内閣府の世論調査といった調査結果と比較した分析結果が示されています。そのあたりは、読んでみてのお楽しみです。何といっても、日本を牽引するエリートを多く排出している東大だけに、いくつか、興味ある結果が示されています。

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次に、ピーター・トレメイン『風に散る煙』上下(創元推理文庫)を読みました。著者は、英国のケルト学者、小説家です。7世紀アイルランドを舞台とし、修道女フィデルマを主人公とするシリーズが有名で、本書はシリーズの中の長編第10巻であり、いうまでもありませんが、最新刊です。私は邦訳されているシリーズは長編も短編もすべて読んでいると思います。フィデルマは、アイルランドの5王国のひとつであるモアン王国の王妹であり、ドーリィ=弁護士・裁判官の資格も持つ美貌の女性という設定です。この作品では、主人公のフィデルマがエイダルフとともに、カンタベリーに向かっていたのですが、乗っていた船が時化にあってウェールズにあるダヴェット王国沿岸の港のプルス・クライスに寄港することになります。フィデルマは聖デウィ修道院のトラフィン修道院長から食事に招かれ行ってみると、修道院長だけでなくダヴェット王国のグウラズィエン国王が来ていて、謎の解明を依頼されます。すなわち、スァンパデルン修道院という小さな修道院から修道士が全員消え失せてしまった怪異現象の捜査です。しかも、そのスァンパデルン修道院にはグウラズィエン国王の長男が修道士をしているといいます。フィデルマは捜査の権限を国王から委任されたという正式な文書をもらった上で、捜査に乗り出すことになります。ただ、フィデルマの同行者であるエイダルフはそれほど乗り気ではありません。というのも、ウェールズ人から見れば、多くのサクソン人はキリスト教徒ではなく異教徒であり、しばしば侵略を試みる蛮族という見方がされていて、要するに、サクソン人はダヴェット王国では歓迎されない、というか、明確に嫌われているからです。さらに、そのスァンパデルン修道院の修道士消失のほかにも、鍛冶屋の娘が殺された殺人事件、また、森に潜んでいる追い剥ぎの跳梁があったりもします。フィデルマとエイダルフの捜査により、きわめて大きな陰謀を背景にした事件の真実が明らかにされます。7世紀のアイルランドやウェールズですから、当然に科学捜査というのはありません。指紋の照合やDNA鑑定はありえない時代です。ですから、論理的な思考を基にして大胆な推論を繰り出して、証言や事実関係を集めた上で判断する謎解きです。ただ、私はこのシリーズが大好きで読んでいるんですが。人名や地名に加えて、職名などもまったく馴染みない用語がいっぱい飛び出しますので、ハッキリいって、読み進むのは苦労します。でも、ミステリとしてとってもいい出来であり、オススメです。

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2025年5月23日 (金)

2か月連続で上昇率が加速した4月の消費者物価指数(CPI)

本日、総務省統計局から4月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の前年同月比で見て、前月の+3.2%からさらに加速して+3.5%を記録しています。まだまだ+3%台のインフレが続いています。日銀の物価目標である+2%以上の上昇は2022年4月から37か月、すなわち、3年余り続いています。ヘッドライン上昇率も+3.6%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率も+3.0%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者物価指数、4月3.5%上昇 コメ類98.4%と過去最大の伸び
総務省が23日発表した4月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合が110.9となり、前年同月と比べて3.5%上昇した。3月の3.2%を上回り、2カ月連続で伸び率が拡大した。食料品の値上げなどが影響した。
3%台の上昇率は5カ月連続で、上昇は44カ月連続となった。QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は3.4%の上昇だった。
コメ類は98.4%上昇し、比較可能な1971年1月以降で最大の上げ幅となった。7カ月連続で過去最大の伸びを更新した。外食のすしは5.0%、おにぎりは18.1%それぞれ上がった。
4月は食品の値上げも目立った。アルコール大手各社が価格を引き上げたことで、ビールは4.6%のプラスだった。ビール風アルコール飲料は5.6%の上昇となった。
エネルギー全体は9.3%上昇と3月の6.6%から上昇幅が拡大した。内訳を見ると電気代は13.5%(3月は8.7%)、都市ガス代は4.7%(同2.0%)それぞれ上がった。ガソリンは6.6%上昇した。3月は6.0%のプラスだった。
授業料は9.5%下落した。内訳をみると、公立の高等学校授業料は94.1%、私立は10.6%それぞれ下がった。25年度からの高校無償化の対象拡大が押し下げに寄与した。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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引用した記事には、2パラめにあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+3.4%、ロイターの記事「全国コアCPI4月は+3.5%に加速、エネルギーや食品がけん引」でも+3.4%ということでしたので、実績の+3.5%の上昇率はやや上振れた印象です。また、エネルギー関連の価格については、政府の「電気・ガス料金負担軽減支援事業」による押下げ効果が含まれています。総務省統計局の公表資料によれば、ヘッドラインCPI上昇率への寄与度は▲0.17%、うち、電気代が▲0.15%、都市ガス代が▲0.03%との試算値が示されています。続いて、品目別に消費者物価指数(CPI)の前年同月比上昇率とヘッドライン上昇率に対する寄与度を少し詳しく見ると、まず、食料価格の上昇が引き続き大きくなっています。すなわち、先月3月統計では生鮮食品を除く食料の上昇率が前年同月比+6.2%、ヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度+1.49%であったのが、4月統計ではそれぞれ+7.0%、+1.68%と、一段と高い上昇率と寄与度を示しています。寄与度差は+0.19%ポイントあります。他方で、エネルギー価格も上昇しています。すなわち、エネルギー価格については3月統計で+6.6%の上昇率、寄与度+0.50%でしたが、本日公表の4月統計では上昇率+9.3%とさらに高い上昇率を示し、寄与度も+0.71%となっています。寄与度差は+0.21%ポイントあり、生鮮食品を除く食料とエネルギーだけで4月の上昇率を+0.4%ポイント押し上げたことになります。特に、食料の中で上昇率が大きいのはコメであり、生鮮食品を除く食料の寄与度+1.68%のうち、コシヒカリを除くうるち米だけで寄与度は+0.37%に達しています。また、電気代も高騰を続けており、3月統計の+8.7%の上昇から、4月はとうとう2ケタの+13.5%になりました。
多くのエコノミストが注目している食料の細かい内訳について、前年同月比上昇率とヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度で見ると、繰り返しになりますが、生鮮食品を除く食料が上昇率+7.0%、寄与度+1.68%に上ります。その食料の中で、これも繰り返しになりますが、コシヒカリを除くうるち米が+98.6%の上昇とほぼ2倍に値上がりしていて、寄与度も+0.37%あります。価格だけでなく、量も大いに不足しているように見受けられ、そもそも、スーパーなどの店頭で見かけなくなった気すらします。うるち米を含む穀類全体の寄与度は+0.63%に上ります。さすがに、農林水産省から備蓄米が放出されているのですが、現時点で価格の安定は見られません。下のグラフの通りです。主食のコメに加えて、カカオショックとも呼ばれたチョコレートなどの菓子類も上昇率+7.7%、寄与度+0.20%を示しており、コメ値上がりの余波を受けたおにぎりなどの調理食品が上昇率+5.3%、寄与度+0.20%、同様に外食も上昇率+4.1%、寄与度+0.20%と、それぞれ大きな価格高騰を見せています。ほかの食料でも、豚肉などの肉類が上昇率+5.0%、寄与度+0.13%、コーヒー豆などの飲料も上昇率+6.7%、寄与度0.12%、などなどと書き出せばキリがないほどです。何といっても、食料は国民生活に欠かせない基礎的な物資であり、価格の安定を目指す政策を望むとともに、価格上昇を上回る賃上げを目指した春闘の成果を期待しています。
最後に、総務省統計局の小売物価統計を元にした農林水産省資料から引用した コメの小売価格 のグラフは以下の通りです。4月時点での5kg当たりのコシヒカリの小売価格は対前年同月比+100.1%の4,770円となっています。ご参考まで。

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2025年5月22日 (木)

大型案件の一時的な需要で大きく増加した3月の機械受注

本日、内閣府から3月の機械受注が公表されています。機械受注のうち民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注は、季節調整済みの系列で見て前月から+13.0%増の1兆107億円と、2か月連続の前月比プラスを記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから引用すると以下の通りです。

機械受注3月は大型案件で13%増も「一時的需要」、判断は据え置き
内閣府が22日に発表した3月機械受注統計によると、設備投資の先行指標である船舶・電力を除いた民需の受注額(季節調整値)は、予想を大幅に上回る前月比13.0%増加の1兆0107億円だった。大型受注が入ったためで、伸び率、金額とも2008年1月以来の高水準。ただ、一時的な需要だとして基調判断は据え置かれた。
3月の受注は2カ月連続の増加。ロイターの事前予測調査では前月比1.6%減と予想されており、予想外の大幅増だった。前年同月比では8.4%増だった。
内閣府によると、3月は100億円超の大型案件が4件あった。化学機械でプラントに用いる機械が1件、造船で大型内燃機関である船のエンジンが2件、通信機で1件という。内閣府の担当者は「いずれも一時的な需要に過ぎないため、判断の上方修正にはつながらなかった」と説明。基調判断は「持ち直しの動きがみられる」に据え置いた。
米国の関税措置を受けた駆け込み需要などについては「3月時点で関税を先取りしたような動きはみられなかった。自動車も2月は落ちていたのが3月は戻しており、影響は来月以降、注視する必要がある」(内閣府の担当者)という。
機械受注のうち、製造業は前月比8.0%増。電気機械、汎用生産用機械、自動車・同部品の需要増が、非鉄金属、その他製造業、鉄鋼業の落ち込みを相殺した。
非製造業(除く船舶・電力)は同9.6%増だった。プラスに寄与したのはその他非製造業、金融保険業、通信業などで、運輸・郵便、卸売り・小売り、建設はマイナスに寄与した。
外需は前月比13.1%減少した。
同時に公表された2024年度の機械受注は前年度比3.7%増だった。1-3月期は前期比3.9%増で、4-6月期は2.1%減と落ち込みが予想されている。

長くなりましたが、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、機械受注のグラフは下の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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引用した記事では、「ロイターの事前予測調査では前月比1.6%減」とありますし、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも同じ前月比▲1.6%減でした。また、予測レンジ上限は+1.5%増でしたから、実績の+13.0%増はレンジ上限を超えて、大きく上振れした印象です。ただし、これまた記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では、100億円を超える大型案件が4件もあり、一時的な需要と判断して、基調判断を「持ち直しの動きがみられる」で据え置いています。季節調整済みの前月比で見て、製造業が+8.0%増であった一方で、船舶・電力除く非製造業は+9.6%増となっています。1~3月期のコア機械受注は前期比で+3.9%増の2兆7632億円でしたが、4~6月期見通しでは▲2.1%の減少に転ずると見込まれています。3月にあった4件の100億円超の大型案件を考慮すれば、▲2.1%減からさらに下振れする可能性も否定できません。
日銀短観などで示されたソフトデータの投資計画が着実な増加の方向を示している一方で、機械受注やGDPなどのハードデータで設備投資が増加していないという不整合があり、現時点ではまだ解消されているわけではないと私は考えています。人手不足は近い将来にはまだ続くことが歩く予想されますし、DXあるいはGXに向けた投資が盛り上がらないというのは、低迷する日本経済を象徴しているとはいえ、大きな懸念材料のひとつです。かつて、途上国では機械化が進まないのは人件費が安いからであるという議論が広く見受けられましたが、日本もそうなってしまうのでしょうか。でも、設備投資の今後の伸びを期待したいところですが、先行きについては決して楽観はできません。特に、米国のトランプ政権の関税政策により先行き不透明さが増していることは設備投資にはマイナス要因です。加えて、国内要因として、日銀が金利の追加引上げにご熱心ですので、すでに実行されている利上げの影響がラグを伴って現れる可能性も含めて、金利に敏感な設備投資には悪影響を及ぼすことは明らかです。3月統計では大型案件で機械受注が上振れ下とはいえ、先行きについては、リスクは下方に厚いと考えるべきです。

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2025年5月21日 (水)

3か月ぶりの赤字を計上した貿易統計をどう見るか?

本日、財務省から4月の貿易統計が公表されています。貿易統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比+2.0%増の9兆1571億円に対して、輸入額は▲0.6%減の1兆5781億円、差引き貿易収支は▲1158億円の赤字を計上しています。3か月ぶりの貿易赤字となっています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから引用すると以下の通りです。

貿易収支4月は1158億円の赤字、対米輸出は4カ月ぶり減少
財務省が21日発表した4月貿易統計速報は、貿易収支が1158億円の赤字だった。赤字は3カ月ぶり。輸出は7カ月連続で増加、輸入は2カ月ぶりに減少したものの、額は輸入が上回っており収支は赤字となった。対米輸出は1.8%減と4カ月ぶりに減少した。
輸出は前年比2.0%増え、金額ベースでは4月として過去最高だった。香港、アジア向けの半導体等電子部品や食料・医薬品がけん引した。
輸入は同2.2%減少。円が対ドルで前年比2.6%の上昇したことによる輸入コスト減少や原油価格の下落、石炭や原粗油の単価減少に下押しされた。
ロイターの事前調査では、貿易収支は2271億円の黒字と予想されていた。
SMBC日興証券日本担当シニアエコノミスト、宮前耕也氏は「もともと4月は輸出規模が縮小、黒字縮小や赤字化しやすい季節性があるが、今回の赤字化はややサプライズだった」と指摘。その上で、季節調整値では貿易収支は3月に比べて赤字が拡大しており、「(季節調整値で)輸出入とも減少したものの、輸出の減少幅の方が大きく、赤字拡大につながった」と分析している。
米国向け輸出は、自動車や建設・鉱山用機械、半導体等製造装置の需要がふるわなかった。自動車の車体数量は11.8%増と4カ月連続で増加したものの、金額ベースでは同4.8%減少し、全体を下押しした。
トランプ米政権が関税を発動してから初めての統計で、市場では駆け込み増や反動減などの影響が出るとの見方もあったが、財務省幹部は「そうした要因が確認できるほどの単月の振れではなかった」と説明。関税の影響は、単月ではなくもう少し長いスパンで見る必要があるとの見方を示した。
伊藤忠総研マクロ経済センター長の宮崎浩氏は「注目は、対米輸出の単価自体が下がっていること。輸出金額全体が減少しているのは、数量が減ったというよりは単価が下がったからといえる」と指摘する。「価格面である程度の配慮をしようとしても、結局、関税を含めれば米国内で販売価格が上がることに変わりはない。今後は、時間をかけて徐々に日本車の販売数量の減少として影響が出てくることが懸念材料だ」とみている。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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引用した記事で、ロイター調査の市場の事前コンセンサスとして、4月の貿易収支は+2271億円の黒字と予想されていたとありますが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも+2300億円と、+2000億円超の貿易黒字が見込まれていたところ、実績の▲1158億円の赤字は大きく下振れした印象です。季節調整済みの系列でも、3月の貿易赤字▲3000億円弱から4月は▲4000億円超に赤字が膨らんでいます。いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、輸入は国内の生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。固定為替相場制度を取っていた高度成長期のように、「国際収支の天井」を意識した政策運営は、現在の変動為替制度の下ではまったく必要なく、比較優位に基づいた貿易が実行されればいいと考えています。それよりも、米国のトランプ新大統領の関税政策による世界貿易のかく乱によって資源配分の最適化が損なわれる可能性の方がよほど懸念されます。赤澤大臣が米国の首都ワシントンDCにて日米交渉に当たっていますが、成行きが注目されます。
本日公表された4月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により主要品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油が数量ベースで+0.2%増、金額ベースで▲10.1%減となっています。エネルギーよりも注目されている食料品は金額ベースで+1.3%増と、輸入総額の▲2.2%減を超える伸び率で増加しています。特に、食料品のうちの穀物類は数量ベースで+4.5%増、金額ベースでも+3.6%増となっています。原料品のうちの非鉄金属鉱は数量ベースで▲1.6%減、金額ベースで▲5.8%減を記録しています。輸出に目を転ずると、輸送用機器のうちの自動車が数量ベースで▲0.6%減、金額ベースでも▲5.8%、一般機械も同じく▲0.5%減となっている一方で、電気機器が金額ベースで+6.1%増、と高い伸びを示しています。引用した記事では、「そうした要因が確認できるほどの単月のフレではなかった」と説明されていますが、トランプ関税発動前の駆込み輸出の可能性は否定できません。国別輸出の前年同月比もついでに見ておくと、中国向け輸出が前年同月比で▲0.6%減となったにもかかわらず、中国も含めたアジア向けの地域全体では+6.0%増の堅調な動きとなっています。ただし、米国向けは▲1.8%減、西欧向けも▲1.0%減などとなっています。繰り返しになりますが、今後の輸出については、米国トランプ政権の関税政策次第と考えるべきです。

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2025年5月20日 (火)

UNICEFによる子どものウェルビーイング調査結果やいかに?

ちょうど1週間前の5月20日、ユニセフから子どものウェルビーイングに関する UNICEF Innocenti Report Card 19 Child Well-Being in an Unpredictable World が公表されています。これと比較できる5年前のリポート UNICEF Innocenti Report Card 16 Worlds of Influence とともに引用情報を示すと以下の通りです。

これらのリポートを基に、日本の子どものウェルビーイングの世界におけるポジションを取りまとめたテーブル 子どもの幸福度 日本は14位 を教育新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

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見れば明らかなのですが、日本の総合順位は2020年リポートの38か国中20位から、2025年リポートでは36カ国中14位に上がっています。両年とも、Physical Health=身体的健康は世界でもピカ1なのですが、Mental Health=精神的健康の順位が30位より低く、大きな課題となっていることが明らかです。Skill=スキルについては着実に順位を上げています。精神的健康では、特に、15~19歳の自殺率が上昇しています。10万人当たりで見て、2020年リポートでは737人であったのが、2025年リポートでは10.41人に、5年間で何と3人もの自殺者増となっています。世界平均が6.24人ですので、大きく上回っています。15~19歳の自殺率は対象国中4番目の高さであるとも報告されています。また、国内統計を確認しても、厚生労働省・警察庁「令和6年中における自殺の状況」では、全体の自殺者が2023年21,837人から2024年には20,320人に減少しているにもかかわらず、小中高生の自殺は513人から529人に増加している実態を報告しています。
自殺の背景は何とも複雑としかいいようがなく、こども家庭庁でもこどもの自殺対策に力を入れているようですが、決め手に欠けるという評価もあるやに聞き及びます。何とも考えさせられるリポートでした。

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2025年5月19日 (月)

富裕層が気候変動に及ぼす影響は極めて大きい

富裕層が気候変動に極めて大きな影響を及ぼしていることを明らかにした "High-income groups disproportionately contribute to climate extremes worldwide" と題する論文が Nature Climate Change に掲載されています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、論文のAbstractをNature Climate Changeのサイトから引用すると以下の通りです。

Abstract
Climate injustice persists as those least responsible often bear the greatest impacts, both between and within countries. Here we show how GHG emissions from consumption and investments attributable to the wealthiest population groups have disproportionately influenced present-day climate change. We link emissions inequality over the period 1990-2020 to regional climate extremes using an emulator-based framework. We find that two-thirds (one-fifth) of warming is attributable to the wealthiest 10% (1%), meaning that individual contributions are 6.5 (20) times the average per capita contribution. For extreme events, the top 10% (1%) contributed 7 (26) times the average to increases in monthly 1-in-100-year heat extremes globally and 6 (17) times more to Amazon droughts. Emissions from the wealthiest 10% in the United States and China led to a two- to threefold increase in heat extremes across vulnerable regions. Quantifying the link between wealth disparities and climate impacts can assist in the discourse on climate equity and justice.

要するに、GMT=Global Mean Temperature、すなわち、平均気温で測定した地球温暖化の&frac32;はもっとも裕福な10%に、⅕はもっとも裕福な1%に起因していて、個人の寄与は1人当たりで、富裕な10%は平均の6.5倍、1%では20倍に達しています。ほか、アマゾンの干ばつに富裕な10%は6倍、1%に至っては17倍の寄与があります。

これらをビジュアルに示す論文の Fig. 2 | Attributed 1990-2020 GMT increases by emitter group を引用すると以下の通りです。

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左上のパネル a だけを簡単に取り上げておくと、先のAbstractにあった、個人の寄与は1人当たりで、富裕な10%は平均の6.5倍、1%では20倍に達している、という部分に相当しています。グラフではさらにトップ0.1%が76.5倍の寄与を示している点も明らかにしています。ですから、強力な累進課税によって税を徴収し、気候変動対策に充当することは、十分正当化されると考えるべきです。気候変動は低所得階層にこそ大きな影響を及ぼしますが、だからといって、課税に応益原則を適用したり、逆進的な消費税でもって地球温暖化や気候変動の対策を講じることは何の正当性もありません。炭素税も消費税と同じ逆進的な税であり、低所得層に負担が大きくなる点は忘れるべきではありません。

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2025年5月18日 (日)

広島に連勝して首位がため

  RHE
広  島000100000 141
阪  神00000210x 392

【広】玉村、森浦、島内、中崎 - 坂倉
【神】伊原、湯浅、桐敷、石井 - 坂本

広島に連勝して、首位がためでした。
昨日の試合と同じように、序盤の得点機はことごとく逃しましたが、6回に逆転し、ラッキーセブンにも追加点を上げて逃げ切りました。ドラ1ルーキー伊原投手は3勝目です。ただ、不可解だったのは、6回オモテの広島のホームスチール失敗です。得点圏打率トップの4番打者の打撃に期待するのが、私のような凡人の考えなのですが、あえてホームスチールに挑んだ理由を知りたい気がします。まさか、走者の判断ではありえないでしょうから、監督の指示なんだと思います。

次のジャイアンツ戦も、
がんばれタイガース!

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なぜ自民党は企業献金をやめられないのか?

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先週水曜日の5月14日付け東洋経済オンラインで、政治資金収支の報告書をITやAIを駆使してデータベース化したシンクタンク政策推進機構の資料を基に、政治献金する側のデータを可視化した調査結果が公表されています。上の画像の通りです。東洋経済オンラインのサイトから 「政策推進機構」が解析した企業や団体による献金の流れ を引用しています。
見れば明らかかなのですが、政治献金のほとんどが自民に向かっており、総額に占める割合は自民党向けが96%、総額は47.7億円に上ります。他党への献金より桁違いに多くなっています。この結果は主要5党ですが、おそらく、ここに入っていない日本共産党や社会民主党やれいわ新選組などは、ほぼほぼゼロと推測されますので、これで尽きているわけです。大口献金先の自民党が、企業献金禁止などの政治改革を進めようとするはずもありません。企業献金は明らかに賄賂なわけですが、その賄賂を受け取っているのが政権党である自民党なわけです。

国民の1人として、有権者の1人として、政治資金改革の一環で、私は賄賂である企業献金の禁止を強く求めます。

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2025年5月17日 (土)

今週の読書は新書と文庫をたくさん読んで計9冊

今週の読書感想文は以下の通り、新書と文庫をたくさん読んで計9冊です。
まず、メリッサ S. カーニー『なぜ子どもの将来に両親が重要なのか』(慶應義塾大学出版会)は、2人親世帯は1人親世帯よりも金銭的・非金銭的なリソースを子どもに提供できる能力が高い、という点を統計的に解明するとともに、結婚や10代の妊娠についても論じています。鹿島茂『古本屋の誕生』(草思社)では、江戸期の書店の発生から明治期以降の主として東京における古本屋の地理的・商業的・文化的な発展を、「知と文化の集積地」と本書で呼ぶところの古書街について、歴史的に後づけようと試みています。和田哲郎『バブルの後始末』(ちくま新書)は、1990年代に日銀職員として不良債権の処理やひいては金融機関の破綻処理の実務で携わった著者が、バブル崩壊後の金融機関の後始末について実名を明らかにしつつ歴史的に後づけています。海老原嗣生『静かな退職という働き方』(PHP新書)は、それほど出世を望まず、むしろ、期待される最低限の仕事をこなしておくだけの働き方について、行動指針のアドバイスや収入などのライフプランの情報、また、管理職に向けた対処の方法などについて取りまとめています。勅使川原真衣『学歴社会は誰のため』(PHP新書)では、卒業校の偏差値によるランク付けのようなものは、学歴のバックグラウンドに努力の蓄積があるとの想定の下、能力が高く、お給料をたくさん渡すに適した人材を評価するために会社の方で必要としている、と指摘しています。岩波明『高学歴発達障害』(文春新書)では、中高生、大学生、社会人などの人生のライフステージ別に高学歴や高IQのエリートが発達障害になるケースを実例に基づいて紹介し、再生へのポイントなどを示していますが、私はやや高学歴のエリートに対する偏見やバイアスを感じてしまいました。藤崎翔『お梅は次こそ呪いたい』(祥伝社文庫)は、戦国時代から蘇った呪いの人形であるお梅が前作からパワーアップして、お受験に挑戦する家庭、障害者のいる母子家庭、二世代住宅に暮らす家族、ファミレスのウェイトレスに片思いする男性、などを呪おうとしますが、前作と同じように真逆の結果を招きます。松下龍之介『一次元の挿し木』(宝島社文庫)は、ヒマラヤ山中の湖から発掘された200年前の人骨をDNA鑑定したところ、4年前に失踪して行方不明になった主人公の妹と完全一致したところからストーリーが始まり、巨大宗教団体や製薬会社などが関係する大きな陰謀の謎を解き明かそうと奮闘します。貴戸湊太『図書館に火をつけたら』(宝島社文庫)では、市立図書館の地下書庫が火事になり、焼死体が発見されるところからストーリーが始まり、小学生のころに図書館に居場所を見出していた幼馴染の3人が、殺人と放火の謎解きに挑戦します。
今年の新刊書読書は1~4月に99冊を読んでレビューし、5月に入って先週までの13冊と合わせて112冊、さらに今週の9冊を加えて121冊となります。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2などでシェアしたいと考えています。なお、本日の9冊のほかに、アガサ・クリスティ『検察側の証人』(創元推理文庫)も読んでいます。いくつかのSNSにてブックレビューをポストする予定ですが、新刊書ではないと考えますので、本日の感想文には含めていません。

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まず、メリッサ S. カーニー『なぜ子どもの将来に両親が重要なのか』(慶應義塾大学出版会)を読みました。著者は、米国メリーランド大学のニール・モスコウィッツ経済学教授を務めています。本書の英語の原題は The Two-Parent Privilege であり、2023年の出版です。ありふれた日本人からすれば、本書の主張はあまりにも明らかかもしれません。すなわち、両親がそろっている2人親世帯は、1人親世帯よりも金銭的・非金銭的リソースを子どもに提供できる能力が高い、という点を論じています。重要なのは、2人親世帯であるという点であって、1人親世帯であっても2人親世帯よりも所得が高い世帯はいっぱいありますが、所得だけに要因が還元されるのではなく、時間的な余裕の有無やロールモデルの提供も含めて、2人親世帯である点が重要という主張です。もちろん、2人親の性別がヘテロである必要はありません。すなわち、同性婚であっても2人親世帯である、という点が重要という結論です。そして、この結果、親の世代の家族の衰退が子どもの世代の経済格差を拡大させている、と指摘しています。加えて、さまざまなほかの論点を議論しています。すなわち、まず、学校にできることは限られているという事実です。家庭の重要性を強調しているわけです。ただ、家庭を持てる、すなわち、結婚できるかどうかは、これは日本でも同じように見受けられますが、所得も含めて男性の要因が大きく作用します。したがって、家庭を持てる男性である必要があります。大きな要因のひとつが所得であることはいうまでもありません。加えて、本書ではシングルマザーから貧困に陥って子どもへのリソースが十分でなくなる可能性を減じるために、10代での妊娠出産について分析しています。当時のオバマ大統領夫妻らによるキャンペーンもありましたが、テレビ番組の影響についても論じています。さらに、出生率低下については、米国でも子育てがあまりにたいへんである点を強調しています。日本も同じ、というか、もっと子育て環境が厳しい気もします。最後に、本書では米国のデータを中心に議論が進められていることから、日本における男性の家事や子育てに関する関与の小ささについて私は懸念しています。2人親家庭であっても、かつての高度成長期のように男性が企業で長時間労働を強いられ、女性に一方的に家事育児が押し付けられて、男性の家事や育児への関与がきわめて小さい経済社会であれば、2人親世帯である利点がいくぶんなりとも減じるおそれを私は感じます。もちろん、人類をはじめとして生物は単なる遺伝子の伝達役だけではなく、自分自身の人生について考えるべきであり、子どもがすべてというわけではない、という反論はあり得ると私も思います。逆に、親として子どもの幸福を願うというのはきわめて自然な感情であるこも当然です。一方で、個人としてそれほど子どもを考慮せず、子どもではなく自分の人生のためにリソースを使う、他方で、自分の人生を犠牲にしてでも子どもにリソースを提供する、という両極端の間のどこかに最適解があるのはいうまでもありませんし、それは個々人で異なるのだろうと私は受け止めています。

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次に、鹿島茂『古本屋の誕生』(草思社)を読みました。著者は、明治大学文学部名誉教授であり、フランス文学者、作家でもあります。本書では、まず、江戸期の書店の発生、ちょうどNHK大河ドラマでやっている蔦重の物語のように、書店がどのように成立したのかを概観した後、明治期以降の書店、というよりも古本屋の歴史を後づけようと試みています。まず、本については、出版、取次=流通、新刊書販売と古本販売の4業態を区別しています。ただ、私自身は、確かに日本では見かけないものの、外国では新刊書と古本を同じ店で同時に売っている例はいっぱい見かけています。ニューヨークのストランド書店なんかは完全にそうです。というか、それが世界の本屋さんの標準であって、日本のように新刊書と古本が明らかに別の業態で販売されているのが異例なのかもしれません。例えば、人口に膾炙したお話として、東京で本の街といえば神田神保町になります。でも、新刊書販売をしている書店と古本屋は、確かに別の業態として成立しているように見えます。まあ、それはともかく、明治期に入って徳川宗家の移動にしたがって旗本が大量に江戸から駿河に移ることになり、これまた大量の蔵書が処分され、それらが書籍をもっとも必要とする僧侶がいっぱい住んでいる増上寺周辺で古本街が成立した、と本書では指摘しています。したがって、当時は、芝神明町・日蔭町が東京随一の古本街だったようです。その後、大学の設立に伴って古本街も北に移動した、という見立てです。すなわち、当時は夜学中心でオフィス街の近くに大学が立地する必要があり、大学が集積していた神田・一橋地区に学生相手の古本屋が移動するとともに、新たに出版社が設立された、ということです。現在まで残っている主要な出版社として、有斐閣と三省堂を上げています。その後、大正期の関東大震災で古本需要が高まった、と分析しています。すなわち、新刊書の場合は出版=印刷、取次=流通、そして書店の三者がそろわないと消費者の手に渡らないわけですが、古本の場合は豊富な在庫をそのまま店頭に並べればOKなわけで、関東大震災で新刊書販売のいずれかの段階でダメージを受けたとしても、古本はすぐに消費者の手に届けることができた、とその利点を強調しています。終戦直後もご同様だったかもしれません。ただ、本書でも決して無視しているわけではなく、ある程度の考察を割いてはいますが、街中の書店が大きく減少してネット販売が無視できない割合を占め、加えて、古本に関しても、メルカリやBOOKOFFの果たす役割が大きくなっている点は事実として認めざるを得ません。最後に、本書には豊富に古本街の略図が収録されていて、ある程度の土地勘あれば、そういった地図を眺めているだけでも結構な情報を得られ、また、時間も潰せる気がします。

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次に、和田哲郎『バブルの後始末』(ちくま新書)を読みました。著者は、日銀のご出身であり、日銀退職後は野村総研などにお勤めだったようです。私よりも数歳年上で大雑把に70歳くらいです。1990年代は日銀においてバブル経済崩壊後の金融機関の破綻処理に明け暮れていた、などというご様子です。1990年代の不良債権の処理について、世界的にもほとんど経験のなかった未知の実務を手探りで進めていった経緯がよく理解できます。というよりも、ここまで人名にせよ、企業名にせよ、実名を明らかにしても大丈夫なのだろうか、と心配になるくらいに赤裸々に不良債権処理や金融機関の破綻処理などを歴史的に後づけています。そのあたりは読んでいただくしかありません。そして、最終的に、国民の間で人気の高かった、したがって、政治家の間でも受けのよかった懲罰的な金融機関の破綻処理によるハードランディングから、Too Big To Fail の原則に基づいて、公的資金注入というソフトランディングに方針変更される経緯を実例に基づいて把握することが出来ます。本書についても、全体を通してというよりも部分的ながら、日銀実務担当者として破綻処理というハードランディング処理に向かいながら、結局、当時の大蔵省の不見識によって破綻処理を誤った、と読める部分が少なからずあります。ただ、日本の金融当局の方針として、モラルハザードの防止の重視から国民経済や雇用の観点に立脚する Too Big To Fail の金融機関の救済に転じたことは事実であり、そのあたりが印象的でした。逆に、日銀の実務家による記録ですので、理論的にあるいは実証的に、どのように考えるべきかについてはほとんど分析がありません。カテゴリー分けして分類的な分析はあるとはいえ、エコノミストにはその意味で物足りない可能性もありますが、ここまで歴史的な実例を豊富に持ち出して事実関係を明らかにしていますので、一般的なビジネスパーソンには十分な読みごたえがあるものと推測します。最後に、私は大学院には進学せずに役所に就職して定年まで勤務し、アカデミックなコースを歩んだわけではないので、大学では「実務家教員」と呼ばれて、場面によってはディスられることも少なくありませんが、それでも、ここまで詳細な実務に携わったことはありません。せいぜいが、1980年代末のバブル経済期の金のペーパー商法で摘発された豊田商事事件を見知っているだけです。

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次に、海老原嗣生『静かな退職という働き方』(PHP新書)を読みました。著者は、リクルート系列の企業勤務を中心に、人材コンサルではないかと思います。日本では、その昔の高度成長期にいわゆる「エコノミックアニマル」とか、「モーレツ社員」というのがありましたし、バブル経済期にも「24時間戦えますか」なんて歌が流行ったりもしましたが、最近では、米国の "Quiet Quitting" を和訳した本書のタイトルのような働き方が出始めている、という内容です。すなわち、出世を目指して意欲的に働くのではなく、会議などでも発言を控えたりして、最低限やるべき業務をやるだけ、という働き方です。そして、本書では過剰な会社への奉仕を止めれば、逆に生産性が高まる、と指摘しています。もちろん、そういった背景には最近の「ワーク・ライフ・バランス」の重視や「働き方改革」などが大いに関係しているわけで、そういった経済社会の構造変化の分析もしています。その上で、「静かな退職」の実践についてのアドバイス、すなわち、行動指針や収入などのライフプランの情報に限らず、そういった職員や部下のいる管理職、あるいは、企業に向けた対処の方法などについても言及しています。日本の場合は特に職場での仕事に限らず、いろんなものに対して料金や見返り以上のオーバースペックを期待する場合が少なくありません。ホントは100の必要しかないのに、150や200のスペックを求めるのはムダとしかいいようがないのですが、そういったムダによりコストが高くなっている面もあり、低生産性につながっているとも考えられます。他方で、最近の新入社員の意識調査などによれば、出世を強く望んでいるふうでもなく、そういった仕事面だけでなく人生観や処世術の総体的な呼び方として「草食系」という表現があるのは広く知られている通りです。草食系までいかないとしても、コスパやタイパの重視はそういった方向と一致している動きだと考えるべきです。他方で、肉食系・モーレツ系の管理職なんかが、そういった草食系を扱いかねているのも事実かもしれません。最後に、私自身はキャリアの国家公務員として、役所で平均的なレベルに満たない出世しかできかったのですが、決して出世を望んでいなかったわけではなく、平均的には出世したいものだと常々考えていました。でも、ダメだったわけです。

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次に、勅使川原真衣『学歴社会は誰のため』(PHP新書)を読みました。著者は、組織開発専門家だそうです。はい、私にはよく理解できない種類の活動をされているような気がします。本書での問いは、学歴不要論などが何度か定期的に繰り返し浮上する一方で、学歴社会は一向になくなりそうもありませんし、誰のために、どういった組織のために学歴社会があるのかも不明ですから、そういった学歴を何らかの指標にするのはどういった必要からか、を問いとして考えています。ただ、いつも日本にある言葉の問題で、本書も高卒と大卒といった学歴による区別や差別、あるいは、順位付けを問題にしているのではなく、卒業校の偏差値によるそういったランク付けのようなものを問題にしているわけです。結論は本書で早々に示してあり、能力が高く、お給料をたくさん渡すに適した人材を評価するため、ということになります。そして、そういった学歴のバックグラウンドに努力の蓄積があると考えているわけです。がんばって努力したので、いい大学に入れたのではないか、という推測を成り立たせているわけです。私も大学教員ですので、学生諸君の就活には大いに利害関係があり、さまざまな情報に接していますが、かなり前に日本の超一流メーカー、国際的にも名の知れたメーカーで就活のエントリーシートに大学名を書くセルのないものを用意して、大学名によらない選考をしたところがありました。結果としては、私が確認したわけではなく、世間のウワサ程度の信憑性ながら、みごとに偏差値順による評価と同じだった、と聞き及んだことがあります。ですから、何がいいたいのかというと、就活の選考の結果として、企業の採用部門で評価するのは大学入学の際の偏差値ときわめて強い相関がある、ということです。これはある意味で当然の結果であり、卒業して就職する際に高く評価される大学がいい学生が集まって競争が激しく、偏差値が高い、という因果関係になるわけですから、就活から逆算された偏差値が出るのは不自然ではありません。ただ、規模の大きな企業で働くとすれば、何人かのグループで、あるいは、他の組織と協力して業務を進める必要があるわけで、そういった意味で、コミュ力というのも重要です。本書では、最後の方で学歴社会の弊害防止のために、現在のメンバーシップ型ではなく、業務を職務記述書などで明記するジョブ型の採用を今後の方向として推奨しているようです。私はこれは疑問です。単に採用方法を変えればいいというものではありません。本書のような小手先のお話ではなく、日本の雇用を根底から変更する可能性も視野に入れた本格的な議論が必要です。

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次に、岩波明『高学歴発達障害』(文春新書)を読みました。著者は、昭和大学医学部精神医学講座主任教授です。本書以外にも、発達障害についての著書があり、私も読んだ記憶があります。本書では、中高生、大学生、社会人、さらに、起業家やフリーランスといったライフステージ別に、おそらく、実際の医療行為を施した患者の実例を基にして、症状の例や治療・投薬の実際を紹介しています。終わりの方で、継続的に症状が改善しない例や治療困難な例を示しています。ただ、実例そのものではないにしても、実例に即した治療や投薬ですので、一般化された発達障害の議論ではなく、やや応用性に乏しい気がしました。特に、医者のいうことを聞かない、とか、思い込みが治療を阻害するとか、治療に当たる医者として、治療が長引いたり、難しくなったりする原因としては、ある意味で当然なのかもしれませんが、高学歴エリートだから医者のいうことを聞かない、とか、思い込みが激しい、といったニュアンスを感じさせるのは、私は少しバイアスを感じないでもなかったです。副題が「エリートたちの転落と再生」となっていて、各実例の最後に「再生のポイント」というのがあり、「転落」とか「再生」という言葉遣いがややどぎつい気もしました。加えて、「覗き見趣味」とまではいいませんが、タイトルからしても、ややキワモノっぽくしてありますし、高学歴のエリートであることが治療を難しくしているという明確な記述はそれほどありませんが、タイトルや副題からして誤解を生じさせる可能性が排除できません。その上、明確に断っているとはいえ、高学歴のエリートではないと考えられる例を基にした部分もあり、少し違和感を覚えました。小説であれば、発達障害の中でもADSとかサヴァンのポジな面を強調して、話を盛ることもひとつの手段であるのに対して、医者が症例を基にした新書ですので、話を盛るような逆バイアス的な記述を避けようというい意図は理解しますが、繰り返しになるものの、高学歴、あるいは、エリートだから発達障害が治療しにくい、治りにくい、といった暗示的な記述は避けるべきであり、私の気にかかった部分もあった点は指摘しておきたいと思います。本が売れりゃあいいってものではありません。

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次に、藤崎翔『お梅は次こそ呪いたい』(祥伝社文庫)を読みました。著者は、お笑い芸人から小説家に転身しています。本書は『お梅は呪いたい』の続編であり、戦国時代に作られた呪いの人形であるお梅なのですが、前作ではブランクが長くかったため、人間を呪うどころか、逆に幸福をもたらしてしまった、というコメディでした。続編である本書では、冒頭に解体された家屋にあった次郎丸という同じ呪いの人形から、新しく空中浮遊と胴体分離の能力を教示されます。従来からの瘴気も少しパワーアップされ、ネガな気分を増幅させる能力も駆使して、新たな標的に呪いをかけます。まず、第1に、有名私立小学校のお受験に挑む家族なのですが、両親は離婚寸前までいっていて、崩壊しかねない一家の「間者童を呪いたい」、そして、第2に、その一家のお受験の少女と仲のいい女の子、この少女は障害を持っているのですが、その少女と兄を抱える母子家庭の「母子家庭を呪いたい」と、それぞれの一家を呪うのですが、ことごとく失敗して逆に幸福をもたらしてしまうのは前作と同じ趣向です。そして次の第3に、二世帯住宅に居住する一家なのですが、母親が父と娘から邪険にされ、おばあさんのいる方に入り浸っている一家、となります。この「二世帯住宅で呪いたい」が、単にコミカルなだけではなく、実に劇的な真相解明がなされます。要するに、ミステリ仕立てになっているわけです。第4話の「恋患いで呪いたい」では、ランチによく行くファミレスのウェイトレスの女性に恋する男性の危機を救ってしまいます。これもミステリ仕立てになっています。詳細に、お梅ではなく作者が謎解きを展開します。最後の「しんがあそん某を呪いたい」では、一発だけヒットを飛ばしたシンガーソングライターの男性を呪おうとしますが、結局、というか、やっぱり、成功に導いてしまうわけです。明らかに前作よりも、お梅ではなく作者がパワーアップしています。ミステリ仕立ての謎解きがあったり、各話のリンケージがよくなって、前の短編の一部が次の短編の伏線になっていて回収されたり、あるいは、各話にチラホラ登場するテレビのワイドショーの司会者の沖原が重要な役割を果たしたり、もちろん、前作も十分に面白かったのですが、小説としてのクオリティが爆上がりだと思います。

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次に、松下龍之介『一次元の挿し木』(宝島社文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家なのですが、まだ専業作家ではないようで、第23回「このミステリがすごい!」大賞・文庫グランプリを受賞してデビューしています。当然、私は初読の作家さんでした。ということで、800人ほどの遺体が眠るヒマラヤ山中の標高5000メートルにあるループクンド湖で石見埼明彦が採掘した200年前の人骨のDNAが、4年前に失踪して行方不明になっている七瀬悠の妹である七瀬紫陽のDNAが一致したところからストーリーが始まります。古今東西トップテン入りするであろうSF名作『星を継ぐもの』を思わせる出だしです。主人公の七瀬悠は大学院で研究しており、石見埼明彦は指導教授です。遺伝子をキーワードにした科学SFっぽいミステリなので、瀬名秀明の『パラサイト・イブ』も思わせますし、さらに、巨大なカルト宗教教団も登場します。その教団の意を呈して動く怪物、あるいは、死神のような大男も登場します。もちろん、ミステリですから殺人事件が起きます。DNA鑑定結果に不審を持った七瀬悠が指導教授の石見埼明彦を訪ねると、石見崎教授は殺害されています。さらに、ループクンド湖での人骨の発掘に関わった調査員も次々と襲われ、研究室からは問題の人骨が盗まれてしまいます。七瀬悠は、行方不明の妹の生死の謎とDNAが一致する真相を突き止めるため、石見崎教授の姪を名乗る唯とともに調査を開始することになります。しかし、その調査の過程で巨大な宗教団体「樹木の会」や製薬会社が関わる陰謀、想像を絶するような大きな闇に巻き込まれていくことになります。謎解きは鮮やかですが、DNAが完全に一致するのですから、科学的・論理的に一卵性双生児でなければ、その理由はひとつだけですから、DNAの一致に関する謎がこの作品のもっとも重要な謎というわけではありません。ですから、石見崎教授をはじめとする、というか、石見崎教授以外にも死ぬ人が出てくるわけですが、そういった殺人事件の謎の解明が主たる謎解きとなります。でも、それらの背景にある極めて大きな謎については、まあ、読んでみてのお楽しみ、ということになります。繰り返しになりますが、出だしが『星を継ぐもの』みたいな雰囲気を出していますし、『パラサイト・イブ』っぽい部分もあります。加えて、最近の作品の中では、遺伝子関連という意味で『禁忌の子』を連想させる部分もあったりします。ただ、宗教団体の行動原理については、合理性を欠く可能性がありますので、注意が必要です。いい出来のミステリです。大いにオススメです。

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次に、貴戸湊太『図書館に火をつけたら』(宝島社文庫)を読みました。著者はミステリ作家なのですが、第18回「このミステリーがすごい!」大賞U-NEXT・カンテレ賞を受賞し、『そして、ユリコは一人になった』で2020年にデビューしています。宝島社文庫から出ている「認知心理検察官の捜査ファイル」シリーズも人気だそうです。ただ、不勉強にして私には初読の作家さんでした。ということで、千葉県にある七川市立図書館の地下書庫で大規模な火災が発生し、焼け跡から死体が発見されるところからストーリーが始まります。焼死と思われたその死体の頭部には何者かに殴られた痕があり、火災の前に殺人事件が起きていたことが発覚しますが、発見場所である七川市立図書館の地下書庫は事件当時、密室状態にあったことが明らかになります。主人公の瀬沼刑事が真相を探ることになります。実は、冒頭の挿話では小学校に馴染めずに図書館を居場所にしていた3人の小学生のお話が置かれています。小学6年生だった瀬沼貴博は刑事になり、5年生だった島津穂乃果は図書館司書として市立図書館で働いています。4年生だった畠山麟太郎は小説家を志望して調べ物でしょっちゅう図書館に来ます。この3人が協力して事件解決、謎解きに当たるわけです。そして、真相解明の前に「読者への挑戦状」が置かれています。真相解明は、ホームズ的な消去法にしたがってなされます。殺されたのが誰かは真相解明のずっと前に明らかになるものの、地下書庫はいかにして密室状態となったのか、誰が殺人犯なのか、などなど典型的なミステリといえます。図書館を舞台にしたミステリですので、馴染みやすい読者も少なくないだろうと思います。そして、その図書館の人間関係がていねいに記述されている上に、いかにも実際にありそうで親しみが持てます。人間関係の詳細は読んでみてのお楽しみです。ただ、謎解きに関しては、瀬沼刑事が示した犯人に対して、島津司書が異議を唱えたりしますので、少なくとも作中人物は混乱をきたしているように見えたりしなくもなく、読者ももたついた印象を持つかもしれません。ただ、死ぬのはたった1人ですし、しかも、密室殺人です。「読者への挑戦状」もあって、ミステリとしてではなく、別の面で小説としての完成度は高くてオススメです。

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2025年5月16日 (金)

4四半期ぶりにマイナス成長となった1-3月期のGDPをどう見るか?

本日、内閣府から1~3月期GDP統計速報1次QEが公表されています。季節調整済みの系列で前期比▲0.2%減、年率換算で▲0.7%減を記録しています。設備投資は前期比プラスとなったものの、民間消費はほぼゼロ成長です。4四半期ぶりのマイナス成長です。なお、GDPデフレータは季節調整していない原系列の前年同期比で+3.3%、国内需要デフレータも+2.7%に達し、GDPデフレータは10四半期連続、国内需要デフレータも16四半期連続のプラス、うち、最近14四半期では+2%超となっています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

1-3月GDP年率0.7%減、4四半期ぶりマイナス成長 消費力強さ欠く
内閣府が16日発表した1~3月期の国内総生産(GDP)速報値は物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.2%減、年率換算で0.7%減だった。2024年1~3月期以来、4四半期ぶりのマイナス成長となった。物価高によって個人消費が力強さに欠けた。
QUICKが事前にまとめた民間予測の中心値の年率0.2%減を下回った。
GDPの半分以上を占める個人消費は1~3月期は前期比0.04%増でほぼ横ばいだった。肉や魚などの食料品がマイナスとなった。24年夏ごろに備蓄需要が高まり好調だったパックご飯もマイナスだった。外食は天候に恵まれたこともあり、プラスだった。
輸出は0.6%減と4四半期ぶりにマイナスに転じた。知的財産権の使用料が減ったほか、24年10~12月期に大型の案件があった研究開発サービスの反動減があらわれた。モノの輸出の中では自動車が伸びた。米国の関税措置が発動される前の駆け込み需要が一定程度あったと考えられる。
増えるとGDP成長率にはマイナス寄与となる輸入は2.9%増と大きく増加し、成長率を押し下げた。ウェブサービスの利用料といった広告宣伝料が増えたほか、航空機や半導体関連もプラスだった。
前期比の成長率に対する寄与度をみると、内需がプラス0.7ポイント、外需がマイナス0.8ポイントだった。寄与度については内需のプラスは2四半期ぶり、外需のマイナスも2四半期ぶりだった。
個人消費に次ぐ民需の柱である設備投資は前期比1.4%増だった。研究開発やソフトウエア向けの投資が目立った。デジタルトランスフォーメーション(DX)向けの投資などが含まれるとみられる。公共投資は同0.4%減、政府消費は0.0%減となった。
1~3月期の収入の動きを示す実質の雇用者報酬は前年同期比1.0%増だった。24年10~12月期の3.2%増から縮小した。
赤沢亮正経済財政・再生相は16日、日本経済の先行きについて「米国の通商政策による景気の下振れリスクに十分留意する必要がある」と指摘した。「物価上昇の継続が消費者マインドの下振れなどを通じて個人消費に及ぼす影響も我が国の景気を下押しするリスクとなっている」と言及した。

ということで、いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事なんですが、次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。なお、雇用者報酬については2種類のデフレータで実質化されていてる計数が公表されていますが、このテーブルでは「家計最終消費支出(除く持ち家の帰属家賃及びFISIM)デフレーターで実質化」されている方を取っています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で内閣府のリンク先からお願いします。

需要項目2024/1-32024/4-62024/7-92024/10-122025/1-3
国内総生産GDP▲0.4+0.9+0.2+0.6▲0.2
民間消費▲0.6+0.8+0.7+0.1+0.0
民間住宅▲3.2+1.2+0.7▲0.2+1.2
民間設備▲1.1+1.4+0.1+0.8+1.4
民間在庫 *(+0.2)(+0.1)(+0.1)(▲0.3)(+0.3)
公的需要▲0.2+1.8▲0.1+0.0+0.0
内需寄与度 *(▲0.5)(+1.2)(+0.5)(▲0.1)(+0.7)
外需(純輸出)寄与度 *(+0.1)(▲0.3)(▲0.3)(+0.7)(▲0.8)
輸出▲3.6+1.5+1.2+1.7▲0.6
輸入▲3.7+2.7+2.2▲1.4+2.8
国内総所得 (GDI)▲0.4+1.3+0.3+0.7▲0.3
国民総所得 (GNI)▲0.5+1.8+0.4+0.3+0.2
名目GDP+0.0+2.4+0.5+1.2+0.8
雇用者報酬 (実質)+0.5+0.8+0.3+1.3▲0.9
GDPデフレータ+3.1+3.1+2.4+2.9+3.3
国内需要デフレータ+2.0+2.6+2.2+2.4+2.7

上のテーブルに加えて、いつもの需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された1~3月期の最新データでは、前期比成長率がマイナス成長を示し、内需では灰色の民間在庫や水色の民間設備がプラス寄与している一方で、黒の純輸出大きなマイナス寄与しているのが見て取れます。

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まず、引用した記事にある通り、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、前期比年率で△0.2%減のマイナス成長であり、予想レンジの上限が+0.8%ということでしたので、実績の年率▲0.7%減はやや下振れした印象ですが、大きなサプライズはなかったと私は受け止めています。ただし、引用した記事のあるように、内需のうちの消費が停滞しているのはその通りなのですが、年率換算しない季節調整済みの前期比で▲0.2%減の寄与度を見れば、内需寄与度が+0.7%、純輸出=外需寄与度が▲0.8%の和で▲0.2%のマイナス成長となっている点は忘れるべきではありません。すなわち、内需は消費が停滞したものの、設備投資の増加などによりプラス寄与していて、マイナス成長の大きな要因は純輸出にあり、しかも、輸出の停滞よりも輸入の増加に大きな原因がある、ということです。ただ、内需寄与度の+0.7%の半分は+0.3%の在庫の増加が占めていますので、いわゆる売残りが増えていることは事実です。そして、消費の停滞は明らかに物価上昇に起因しています。季節調整していない原系列の前年同期比で見て、GDPデフレータも国内需要デフレータも+3%近傍の上昇を示しており、特に、消費に関してはコメをはじめとする食料の値上がりが大きなダメージを及ぼしていると考えるべきです。ですので、民間消費は物価上昇を含む名目ベースで前期比+1.6%増となっているものの、物価上昇を除いた実質ベースでは+0.0%、すなわち、ほぼほぼ横ばいを示しています。他方、民間設備は前期比+1.4%増、前期比年率+5.8%増ですから、現時点で詳細は不明であるとしても、引用した記事で推測されているように、デジタルトランスフォーメーション(DX)関連の設備投資が出始めているのであれば、将来の日本経済にとって好材料と考えられます。

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設備投資から、もう一度、消費に目を向けるため、上のグラフは同じ縦軸のスケールで インバウンド消費(非居住者家計の購入)と国内民間消費 をプロットしています。どちらも季節調整済みの系列であり、年率換算してあります。縦軸の単位は兆円です。両者の差を際立たせるために、見た目はよろしくないのですが、意図的に縦長のグラフにしてあります。見れば明らかですが、水色の棒グラフの国内民間消費は約300兆円、赤のインバウンド消費は10兆円に満たない水準です。しかも、この1年の増加分を考えると、2024年1~3月期から本日公表された2025年1~3月期まで、国内民間消費は286,973.6十億円から291,686.4十億円へと+4712.8十億円、すなわち、+5兆円近く増加しています。他方で、インバウンド消費は6,137.7十億円から7,944.0十億円へと+1806.3十億円、すなわち、+2兆円弱の増加です。国内民間消費のボリュームがインバウンド消費を大きく超えていることは明らかであり、国民生活にとって重要なのはインバウンドではなく国内の民間消費であることはもっと明らかであろうと私は考えています。インバウンド消費で潤っている人たちの声が大きくて、サイレント・マジョリティが無視されがちな点は残念ですが、国内の民間消費が停滞している報道に接して、消費税率の引下げや将来の撤廃に向けた議論が進むことを願っています。

最後の最後に、日本経済研究セーターによる最新の5月調査のESPフォーキャスト調査では、1~3月期はマイナス成長に陥るものの、4~6月期には早くもプラス成長に回帰し、その後、緩やかに成長率が高まっていくという見方が示されました。しかし、私は4~6月期も2四半期連続でマイナス成長となる可能性が十分あると考えています。形式的には景気後退=リセッションと見なすエコノミストも出そうな気がします。

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2025年5月15日 (木)

外国人留学院生を連れて葵祭に行く

今日は、午後からカミさんといっしょに夫婦で京都に葵祭に出かけました。外国人留学院生の指導に当たっている先生からのお誘いでした。
下の写真は牛車です。斎王代の輿は撮りそびれてしまいました。

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高い伸びが続く4月の企業物価指数(PPI)

フォローを忘れていたのですが、昨日、日銀から4月の企業物価 (PPI) が公表されています。統計のヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で+4.2%の上昇となり、2月統計の+4.1%から上昇率がさらに拡大し、依然として高い伸びが続いています。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

国内企業物価4月は前年比+4.0%、伸び率は鈍化=日銀
日銀が14火に発表した4月の企業物価指数(CGPI)速報によると、国内企業物価指数は前年比でプラス4.0%となった。ロイターがまとめた民間調査機関の予測中央値も前年比プラス4.0%だった。前月比ではプラス0.2%で、前年比、前月比とも上昇率は前月を下回った。医薬品などの化学製品や亜鉛めっき鋼板などの鉄鋼が伸び率の鈍化に寄与した。
日銀担当者は、企業物価は落ち着いてきたが伸び率は過去と比較しても依然高いレベルにあると指摘。今後も不確実性の高い国際市況や地政学リスクに注意が必要だとしている。
企業物価指数の水準は126.3と8カ月連続で過去最高を更新。50カ月連続で前年比越えとなった。コメ、鶏卵といった農産物の価格高止まりに加え、再エネ賦課金や原材料コスト等の価格転嫁が上昇要因となっている。
輸出物価は契約通貨ベースで前月比0.3%の下落となった。乗用車や駆動・伝導操縦装置部品などで、移転価格調整や既往の為替円安を反映した。
輸入物価は契約通貨ベースで前月比0.6%の下落となった。石油・石炭・天然ガスはいずれも既往の市況下落を反映して大きく値下がりした。
515品目中、上昇は365、下落は130となり、差し引き235品目となった。3月は差し引き280品目だった。
トランプ関税については、日本企業もまだ情報収集をしている段階で、日銀としても、その直接的影響についてはまだ明確に把握しておらず、引き続き注視している、という。

インフレ動向が注目される中で、やや長くなってしまいましたが、いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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引用した記事にあるように、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率について、ロイターでは市場の事前こセンサスは+4.0%でしたが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも高止まりしている要因は、引用した記事にもある通り、コメなどの農林水産物とエネルギーであり、農林水産物は前年同月比で見て3月+39.1%の後、本日公表の4月統計では+42.2%と、猛烈な上昇を見せています。何分、コメなどは生活必需品の食料であって、企業間取引の価格とはいえ小売価格に波及することは当然ですから、国民生活への影響も深刻度を増している可能性が高いと私は受け止めています。ただし、為替相場では2月から4月まで3か月連続で円高が進んだ点は、金融政策当局の目論見通りかもしれません。すなわち、前月比で見て、1月には+1.8%の円安となったものの、2月には△2.9%、3月は▲1.8%、4月も△3.2%の円高が進んでいます。また、私自身が詳しくないので、エネルギー価格の参考として、日本総研「原油市場展望」(2025年5月)を見ておくと、「当面の原油価格は50ドル台半ばに向けて下落する見通し。」と指摘しています。円ベースの輸入物価指数の前年同月比は、今年に入って1月+2.2%の後、2月▲1.9%、3月▲1.5%、4月△2.6と下落を記録しており、国内物価の上昇は明らかにホームメードインフレの様相を呈してきています。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇率・下落率で少し詳しく見ると、まず繰り返しになりますが、農林水産物は3月の+39.1%から4月は+42.2%とさらに上昇幅を拡大しています。これに伴って、飲食料品の上昇率も3月の+3.4%から4月は+3.6%と加速しています。電力・都市ガス・水道も3月の+6.5%から、政府の補助金削減により4月は+10.1%と2ケタの高い上昇率が続いています。

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2025年5月14日 (水)

米国家計ではどれくらい大学学費を支払えるのか?

米国の全米経済調査会(NBER)から米国家計の大学学費支払い能力に関するワーキングペーパー "How Much Can Families Afford to Pay for College?" が明らかにされています。引用情報は以下の通りです。

次に、NBERのサイトから論文のABSTRACTを引用すると以下の通りです。

ABSTRACT
This paper studies families’ capacity to pay for college in the United States, focusing on changes over time and differences by race and socioeconomic status. I use data from the National Postsecondary Student Aid Study (NPSAS) to document changes over time in the Expected Family Contribution (EFC) from the Free Application for Federal Student Aid (FAFSA). The results suggest that the EFC has been rising over time, and that this has been driven primarily by families in the upper quartile of the income distribution. I then use data from the Panel Study of Income Dynamics (PSID) to calculate alternative measures of the ability to pay for college. I find that it is possible to alter the distribution of who pays what amount by changing details of the EFC calculation, but the extent of this depends on details of the implementation.

続いて、ワーキングペーパーから4分位別の学費支払い能力のグラフ Figure 1: Mean Expected Family Contribution by Family Income Quartile と Figure 3: Mean Expected Family Contribution by Racial or Ethnic Group を引用すると以下の通りです。

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見れば明らかですが、2010年以降の最近10~15年で4分位別ではもっとも所得の高い上位25%の家計で、また、白人とアジア人の家計で、それぞれの大学学費負担能力が高まっている一方で、所得4分位別の下位75%、あるいは、黒人とヒスパニックの家計では負担能力はまったく高まっていません。とても判りやすい形でハッキリと格差が拡大しているわけです。

日本でも、国立大学が法人化されてから大学の学費値上げが堂々と行われるようになり、昨年2024年3月には、中央教育審議会の高等教育の在り方に関する特別部会の第4回会合において慶應義塾の伊藤公平塾長が「国立大学の学納金を150万円、年程度に設定してもらいたい」と発言して大きな批判を浴びているところです。サンデル教授が『実力も運のうち 能力主義は正義か?』において、能力主義を批判し、特に、大学卒業者による無意識の差別を批判するのは理解できます。でも、他方で、大学教育は貧困から脱する有力な手段のひとつであり、大学の学費を低く抑えたり、無償にしたりすることにより不平等の是正に資することが可能であると私は考えます。まあ、私は大学教員ですので、一定のバイアスは認めますが、それでも、大学教育の利用可能性を広くし、国民経済の生産性を高めることは重要な課題のひとつであると考えるべきです。

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2025年5月13日 (火)

今週金曜日に公表予定の1-3月期GDP統計速報1次QEは小幅なマイナス成長か?

必要な統計がほぼ出そろって、今週金曜日5月16日に、1~3月期GDP統計速報1次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる1次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下のテーブルの通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である1~3月期ではなく、足元の4~6月期から先行きの景気動向を重視して拾おうとしています。基本的に、トランプ関税の経済的な影響などもあって、多くのシンクタンクが先行き経済について言及しています。例外は三菱UFJリサーチ&コンサルティングと農林中金総研くらいで、とくに、大和総研とみずほリサーチ&テクノロジーズのリポートでは詳細に分析していますので、長々と引用してあります。いずれにせよ、1次情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
日本総研▲0.1%
(▲0.3%)
4~6月期の実質GDPもマイナス成長を予想。食料品を中心に物価の騰勢が鈍化することで、個人消費は底堅く推移するものの、米国政府の関税引き上げを受けて、米国向けを中心に輸出が大きく減少。1~3月期の反動で機械投資も減少に転じる見込み。
大和総研+0.1%
(+0.5%)
2025年4-6月期の日本経済は、おおむね横ばいで推移すると見込んでいる。設備投資には 1-3月期まで2四半期連続で増加した反動が表れる一方で、所得環境の継続的な改善が個人消費の回復を後押しするとみられる。トランプ関税の発動を受けて財輸出は減少に転じ、輸出は横ばい圏で推移しよう。
個人消費は、増加が続くと予想する。前年に続き2025年春闘でも高水準の賃上げが実施され、その効果が一部表れることなどから、所得環境の改善が進むと見込んでいる。日本労働組合総連合会(連合)が4月17日に公表した第4回回答集計結果では、定期昇給相当込みの賃上げ率(加重平均)が5.37%と、前年同時期(5.20%)を上回った。例年、7月初めに公表される最終回答集計にかけて下方修正される傾向にはあるものの、賃上げ率は前年(5.10%)を上回り、5%台前半で着地する公算が大きい。また、5 月 22 日から実施される物価高対策(10 円/リットルのガソリン・軽油補助金、5 円/リットルの重油・灯油補助金)は物価上昇を抑制し、実質賃金を押し上げよう。
住宅投資は、住宅価格の高騰で需要が下押しされる展開が続く一方、1-3月期に着工が上振れした影響が引き続き反映されるとみられ、横ばい圏で推移しよう。
設備投資は、1-3月期まで2四半期連続で増加した反動や、トランプ関税の発動などによる先行き不透明感の強まりから減少に転じると予想する。
トランプ大統領は2月4日に中国に追加関税を課したのを手始めに、鉄鋼・自動車などへの品目別関税や57カ国・地域に対する相互関税を立て続けに導入してきた。今後も半導体などへの追加関税が予想されるほか、対米交渉の展開次第では、国・地域別の関税率が引き上げられる恐れもある。日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(日銀短観)の3月調査で2025年度の設備投資計画(全規模全産業、除く土地、含むソフトウェア・研究開発)が前年度比+2.2%と、前年同月調査(2024 年度計画で同+4.5%)を下回ったのもトランプ関税への警戒感が背景にあるとみられ、企業マインド・収益悪化に伴う設備投資の下振れリスクには注意を要する。
公共投資は、横ばい圏で推移すると予想する。前述した資材価格の高騰や建設業の人手不足が引き続き重しとなりそうだ。政府消費は、高齢化に伴う医療費増などにより増加を続けよう。
輸出は、横ばい圏で推移すると見込んでいる。財輸出はトランプ関税の発動を受けて減少に転じる一方、サービス輸出は、業務サービスが増加基調に復することなどから堅調に推移しよう。
みずほリサーチ&テクノロジーズ▲0.5%
(▲2.1%)
4~6月期の経済活動については、米国のトランプ政権による関税政策が下振れ材料となる。トランプ政権は、4月2日に世界各国からの輸入品に対する「相互関税」を発表し、全ての貿易相手国からの輸入品に対して一律10%、対米貿易黒字額が大きい国に対して20%~50%の追加関税を導入後、90日間の猶予期間を設定し、中国以外の国々の関税率を10%に引き下げた。一方、報復した中国に対しては追加関税を125%に引き上げたほか、一部品目(鉄鋼・アルミニウム、自動車)には個別の関税(25%)を導入している。
25%の追加関税が課せられる自動車関連を中心に当面は対米輸出が減少することは避けられないだろう。一律関税10%が課される品目についても輸出が一定程度下押しされるとみられるほか、一連の関税措置による世界経済の下振れにより、米国・中国を中心に幅広い国・地域への輸出に下押し圧力が生じる可能性が高い(特に、米国では企業マインド関連指標が悪化するなど、スタグフレーションへの懸念が強まっている状況だ)。現時点で、4~6月期は輸出や生産等が下押しされることで2期連続のマイナス成長になる可能性が高いとみている。
今後の日米交渉の動向に注目する必要があるが、日本に対して24%の相互関税が課せられた場合、みずほリサーチ&テクノロジーズによる機械的な試算では、関税率引き上げ・海外経済減速でGDPが▲0.9%Pt程度下押しされることが見込まれる(関税上昇による米国向け輸出の減少を通じた直接的なGDP下押し影響は▲0.64%Pt、海外経済の下振れに伴う間接的なGDP下押し影響は▲0.22%Pt)。主力産業の輸送用機器、設備機械、電気・電子機器、化学製品のほか、輸送需要減に伴う水上輸送に対して大きな負の影響が見込まれる。あくまで機械的な試算であり幅をもってみる必要があるが、2025年度のGDP成長率がゼロ近傍まで低下する可能性も否定できない計算となる。
一方、今後の交渉を経て関税率の引上げ幅が縮小されれば、日本経済は深刻な景気後退を回避できる公算が高まる(足元のトランプ政権の動向を踏まえると、相互関税については一定程度の譲歩が行われる可能性が高まっている印象だ)。その場合、2025年度の企業収益は原油安・円高進展がプラスに働く非製造業を中心に高水準を維持できる公算が大きくなり、2026年の春闘賃上げ率も(2025年対比では鈍化するものの)人手不足が継続する状況も相まって高めの伸びを維持する可能性が高まるだろう。日本銀行も(当面は様子見姿勢とみられるが)2025年度中に追加利上げを実施する可能性も高まると考えられる。引き続き、日米交渉やトランプ政権の政策の動向に注目したい。
ニッセイ基礎研▲0.2%
(▲0.9%)
4-6月期は米国の関税引き上げに伴い輸出、国内生産が大きく下押しされることは不可避と考えられる。国内需要の回復が緩やかにとどまる中で輸出が減少することから、現時点では4-6月期は2四半期連続のマイナス成長になると予想している。
第一生命経済研▲0.3%
(▲1.1%)
4-6月期以降はトランプ関税の悪影響が徐々に顕在化することが予想される。現状、景気腰折れまではメインシナリオとして予想してはいないものの、関税問題による下押し度合い次第では景気後退局面入りとなる可能性も否定できない状況である。
伊藤忠総研+0.1%
(+0.5%)
続く4~6月期も、トランプ関税の影響が本格化し輸出が下押しされるため、低成長が見込まれる。個人消費は高い賃上げの実現と円安・エネルギー高の修正による物価上昇の鈍化で伸びを高めるものの、純輸出(輸出-輸入)のマイナス寄与が続き、設備投資は先行きの不透明感から増勢加速を期待できない。その結果、景気の停滞感がより強まろう。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング▲0.1%
(▲0.2%)
2025年1~3月期の実質GDP成長率(1次速報値)は、前期比-0.1%(前期比年率換算-0.2%)と予想される。
明治安田総研▲0.0%
(▲0.2%)
先行きの日本経済は基本的に緩慢な回復が続くとみているが、トランプ政権の経済政策運営がリスクとなる。現在、相互関税は90日間の猶予期間に入っているが、自動車と鉄鋼・アルミについてはすでに関税が賦課されている。日米交渉の行方次第ではあるものの、今後は自動車を中心に生産や米国向け輸出の低迷が予想される。設備投資に関しては、省力化投資は底堅く推移するとみるが、外需の低迷が抑制要因になると見込まれる。また、住宅投資は、住宅価格の高止まりと住宅ローン金利の先高観が足枷となり、軟調な推移が続くとみる。個人消費は、今年の春闘で高水準の賃上げ率が見込まれるものの、食品を中心とする物価高が下押し要因になることで緩やかな回復にとどまると予想する。

はい。シンクタンクの間でも見方が分かれました。ゼロ近傍であろうという緩やかなコンセンサスはあるようにも見えますが、みずほリサーチ&テクノロジーズのように大きなマイナス成長を見込んでいるシンクタンクもあります。さらに、先行き見通しについても、春闘賃上げ率が高率となることから個人消費を中心にした内需は堅調に推移することが見込まれる一方で、米国の関税政策次第では輸出が停滞する可能性が高く、差し引きで、小幅なマイナス成長が続いて、2四半期連続のマイナス成長を私自身は予測していますし、私の直感に近いシンクタンクも少なくないものと考えています。ただ、あまりにも先行きの不確定要因が多い、というか、不透明なもので、何とも見通しが立てにくいことはいうまでもありません。
最後に、下のグラフは日本総研のリポートから引用しています。

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2025年5月12日 (月)

大きく悪化した4月の景気ウォッチャーと大きな黒字を計上した3月の経常収支

本日、内閣府から4月の景気ウォッチャーが、また、財務省から3月の経常収支が、それぞれ、公表されています。各統計のヘッドラインを見ると、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から▲2.5ポイント低下の42.6、先行き判断DIも▲2.5ポイント低下の42.7を記録しています。経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+3兆6781億円の黒字を計上しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから引用すると以下の通りです。

街角景気4月は2.5ポイント低下、「このところ回復に弱さみられる」へ下方修正
内閣府が12日に発表した4月の景気ウオッチャー調査で現状判断DIは42.6となり、前月から2.5ポイント低下した。米国の関税措置による悪影響が強く意識されている。4カ月連続で低下し、2022年2月(37.4)以来の低水準となった。ウオッチャーの見方は「このところ回復に弱さがみられる」に下方修正された。
指数を構成する3部門の全てがマイナスとなった。家計動向関連が前月から2.8ポイント、企業動向関連が1.7ポイント、雇用関連が1.9ポイントそれぞれ低下した。
2-3カ月先の景気の先行きに対する判断DIは、前月から2.5ポイント低下の42.7。5カ月連続で低下し、21年4月(41.8)以来の低水準となった。内閣府は先行きについて「賃上げへの期待がある一方、従前からみられる価格上昇の影響に加え、米国の通商政策の影響への懸念が強まっている」と表現を変更した。
調査期間は4月25日から30日。トランプ米政権の一連の関税措置の内容が明らかになった後に行われた。
米国は4月3日、輸入自動車に25%の追加関税を発動した。同5日、貿易相手国に「相互関税」の基本関税10%、同9日に国・地域ごとに設定した上乗せ分をそれぞれ発動した。その後、上乗せ部分については90日間の一時停止を発表した。
経常黒字、3月として過去最大、所得収支・貿易黒字がけん引=財務省
財務省が12日発表した国際収支状況速報によると、3月の経常収支は3兆6781億円の黒字だった。対外投資からの収益と貿易黒字が増加し、3月としては過去最大の黒字。ロイターが民間調査機関に行った事前調査の予測中央値は3兆6780億円程度の黒字だった。
比較可能な1985年以降で過去最大の経常黒字となった2月からはやや縮小したものの、海外保有資産からの収入を示す第1次所得収支に支えられ、前年同月比で黒字幅を拡大した。自動車や半導体等製造装置の輸出増などで貿易収支も5165億円の黒字と黒字幅を拡大し、サービス収支の192億円の赤字を相殺した。貿易・サービス収支は全体で4973億円の黒字だった。
第1次所得収支は前年同月から3129億円増えて3兆9202億円の黒字、第2次所得収支は1209億円減って7394億円の赤字だった。
米国が6日に発表した3月貿易収支は関税政策の駆け込み需要で過去最大の赤字だったが、財務省担当者は日本の貿易黒字が増加した要因について「判然としないためコメントしない」とした。
旅行収支は、堅調なインバウンド(訪日外国人)の伸長に支えられ、5561億円の黒字と、前年同月の4568億円から拡大した。
2024年度の経常収支は30兆3771億円と過去最大の黒字だった。第一次所得収支が41兆7114億円と過去最大の黒字、旅行収支も過去最大の黒字だった。

長くなりましたが、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気ウォッチャーのグラフは下の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしており、色分けは凡例の通りです。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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景気ウォッチャーの現状判断DIは、最近では2月統計で前月から大きく▲3.0ポイント低下して45.6となった後、3月統計でも▲0.5ポイント低下の45.1、本日公表の4月統計ではさらに▲2.5ポイント低下して42.6を記録しています。先行き判断DIも同様に大きな低下を見せており、4月統計は前月から▲2.5ポイント低下の42.7となっています。現状判断DIをより詳しく前月差で見ると、家計動向関連のうちの住宅関連が▲3.8ポイント、小売関連が▲3.5ポイント、サービス関連が▲1.7ポイント、それぞれ低下した一方で、飲食関連は+0.5ポイントの上昇と、わずかながら改善を見せています。基本的には物価上昇、特に食料の価格高騰の影響が家計関連のマインドに出ていたのですが、引用した記事にもあるように、調査時期から類推して、米国の関税政策の動向も影響している可能性があります。それにしても、コメ価格の高騰が大きな影響を及ぼしていると私は考えているのですが、1月統計から2月統計にかけて▲4.8ポイントの大きな低下を示した後、3月統計では+0.4ポイント、本日公表の4月統計でも+0.5ポイントの上昇を記録しています。謎です。また、住宅関連が4月統計で大きく低下しており、価格上昇に加えて、どこまで金利上昇が影響しているのか、やや気になるところです。企業動向関連については、現状判断DI、先行き判断DIともに製造業・非製造業どちらも前月差マイナスながら、製造業の先行き判断DIが前月から▲7.1ポイントの大きな低下を見せているのは、明らかに米国の関税政策の影響であると考えるべきです。統計作成官庁である内閣府では基調判断を「景気は、緩やかな回復基調が続いているものの、このところ弱さがみられる。」から「景気は、このところ回復に弱さがみられる。」と、先月から明確に1ノッチ下方修正しています。国際面での米国の通商政策とともに、国内では価格上昇の懸念は大いに残っていて、今後の動向が懸念されるところです。また、内閣府の調査結果の中から、家計動向関連に着目すると、小売関連では「食品価格などの値上げが続き、買い控えや選択消費の傾向がみられる (近畿=スーパー)。」といったものが目につきました。

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続いて、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。季節調整していない原系列の統計では、引用した記事にもあるように、貿易・サービス収支が+4973億円の黒字を計上したようです。ただし、私が注目している季節調整済みの系列に着目すると、2024年12月に2023年10月以来の黒字を計上した後、今年に入って、2025年1月、2月は赤字に戻っています。直近でデータが利用可能な3月は速報段階で▲5685億円の赤字を計上しています。さらに、引用した記事にもある通り、日本の経常収支は第1次所得収支が巨大な黒字を計上していますので、貿易・サービス収支が赤字であっても経常収支が赤字となることはほぼほぼ考えられません。はい。トランプ関税によって貿易収支の赤字が拡大したとしても、第1次所得収支で十分カバーできると考えるべきです。ですので、経常収支にせよ、貿易収支・サービスにせよ、たとえ赤字であっても何ら悲観する必要はありません。エネルギーや資源に乏しい日本では消費や生産のために必要な輸入をためらうことなく、経常収支や貿易収支が赤字であっても何の問題もない、逆に、経常黒字が大きくても特段めでたいわけでもない、と私は考えています。ただ、米国の関税政策の影響でやたらと変動幅が大きくなるのは避けた方がいいのは事実です。

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2025年5月11日 (日)

日本科学者会議主催「日本学術会議法人化法案の廃案をめざす緊急シンポジウム」に出席する

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そろそろ出かけて、今日の午後は、日本科学者会議主催「日本学術会議法人化法案の廃案をめざす緊急シンポジウム」に出席する予定です。京都駅からも歩ける距離にある龍谷大学大宮キャンパスでの開催です。
日本科学者会議は、我が国の人文・社会科学、自然科学全分野の科学者の意見をまとめ、国内外に対して発信する日本の代表機関です。戦後、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立され、戦前、学問の自由、研究の自由が奪われ、一部とはいえ、科学者のコミュニティが戦争に協力させられた歴史を踏まえて、軍事や安全保障にかかわる研究が、学問の自由や学術の健全な発展と一定の緊張関係にあることを反映しています。科学者コミュニティが追求すべきは、何よりも学術の健全な発展であり、それを通じて社会からの負託に応えることです。
去る5月9日に衆議院内閣委員会で採決された日本学術会議法案は、憲法が保障する「学問の自由」を毀損しかねません。すなわち、総理大臣が任命する監事や評価委員会、外部者でつくる会員選定助言委員会などを新設することにより、政府の強い監督下に置かれることから、活動や会員選考における独立性など、ナショナル・アカデミーが備えるべき要件が充足されないという重大な懸念があります。大学教育・研究に携わる者として見過ごすことはできません。
特に、現時点で、私は日本が法治国家として是正するべき極めて重大な法律違反事態が3つあると考えています。集団的自衛権、兵庫県政、そして、学術会議会員の任命拒否です。学問の自由を守り、日本学術会議の独立性を確保するため、法案の廃案と任命問題の解決を求めます。

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2025年5月10日 (土)

今週の読書は経済書のほか小説や文庫本まで計7冊

今週の読書感想文は以下の通り計7冊です。
まず、ブランコ・ミラノヴィッチ『不平等・所得格差の経済学』(明石書店)では、スミス、リカード、マルクスなど、経済的不平等や所得格差の思想について過去2世紀以上にわたる進化をたどり、最近の研究業績として、ピケティ教授の『21世紀の資本』の役割をきわめて高く評価しています。ジョン・ローマー『機会の平等』(勁草書房)では、機会の平等については「競技場を平準にする」ために、社会はなしうることをすべきであり、特に、不遇な社会的背景を持つ子供達は補償の教育により、ジョブをめぐる競争で必要とされるスキルを獲得できる、と結論しています。モーリッツ・アルテンリート『AI・機械の手足となる労働者』(白揚社)では、現代の工場、広い意味での工場における労働者の実態を明らかにしようと試みており、Eコマースにおける労働者、ゲーム労働者、クラウドワークやオンデマンドの労働者、そして、SNSの労働者などを取り上げています。伊坂幸太郎『楽園の楽園』(中央公論新社)は、作家のデビュー25年を記念した書下ろしの短編であり、強力な免疫を持った3人が世界の混乱を解決するために<天軸>の制作者である先生の行方を探し、その手がかりとなる「楽園」と名付けられた絵画を頼りに「楽園」を目指します。田中将人『平等とは何か』(中公新書)では、ロールズやスキャンロンの平等観を発展させて、実証研究ではなく規範研究の方法を取りつつ、政治哲学と思想史の知見から世界を覆う不平等について議論を展開し、「財産所有のデモクラシー」をひとつのヴィジョンとして提示しています。C.S. ルイス『ナルニア国物語4 銀の椅子と地底の国』(新潮文庫)では、ペペンシー4きょうだいのいとこであるユースティス・スクラブが学校の仲間と2人でナルニア国を訪れ、カスピアン王の息子であり、行方不明になっているリリアン王子を探しに、巨人国や地底国を冒険します。森見登美彦[訳]『竹取物語』(河出文庫)は、竹取の翁が竹から見つけ出したかぐや姫が絶世の美女となりながら、いい寄る求婚者たちに無理難題を課して退散させた後、月に帰ってゆく、という古典に現代訳をほどこし、森見ワールドを展開しています。
今年の新刊書読書は1~4月に99冊を読んでレビューし、5月に入って先週までの6冊と合わせて105冊、さらに今週の7冊を加えて112冊となります。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2でシェアしたいと考えています。なお、本日の7冊のほかに、ロバート・ロプレスティ『休日はコーヒーショップで謎解きを』(創元推理文庫)も読んでいます。すでに、いくつかのSNSにてブックレビューをポストしていますが、新刊書ではないと考えますので、本日の感想文には含めていません。

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まず、ブランコ・ミラノヴィッチ『不平等・所得格差の経済学』(明石書店)を読みました。著者は、所得格差研究で有名なルクセンブルク所得研究センター(LIS)の研究員です。本書の英語の原題は Visions of Inequality であり、2023年の出版です。本書では、経済的不平等や所得格差の思想について、過去2世紀以上にわたる進化をたどっています。7章構成のうちの6章までが歴史上の偉大なエコノミスト個々人を取り上げ、最後の章で冷戦期という不平等研究の暗黒期をタイトルにして、全体を総括している印象です。1~6章で焦点を当てているのは、重農主義のケネー、経済学の創設者とも目されるスミス、古典派経済学を完成させたリカード、そして、マルクス、ここまでが古典的な経済学に属するエコノミストであり、限界革命以降の新古典派経済学からパレートとクズネットが取り上げられています。まず、古典的な経済学の4人に関しては、本書でも指摘しているように、個人間や家計間の不平等ではなく階級間の不平等、すなわち、生産手段としての土地所有者である地主、資本設備の所有者である資本家、そして、生産手段を持たない労働者の3大階級の間の不平等に着目しています。もちろん、マルクスが少し例外的な視点を提供していますが、本書では冒頭に「規範的な見方を扱うことはしない」として、同時に、マルクスの価値理論が階級間の所得分配の不平等に影響するという分析はスコープ外として扱わないとしています。少し残念です。でもまあ、マルクス主義的な見方をすれば資本制が停止されない限り、不平等削減の方策は不徹底な「日和見主義」でしかない、とするものですから、まあ、理解できる気はします。私は不勉強にして、マルクスも含めた古典的経済学の範囲では、それほど大きな現代的含意を汲み取ることは出来ませんでした。その意味で、クズネッツは注目されます。いわゆるクズネッツの逆U字仮説、すなわち、経済成長の初期段階では不平等が拡大し、その後、不平等は縮小に転じる、という仮説を提示したことで不平等研究に大きな貢献をなしています。ただし、1980年くらいから現在までの新自由主義的な経済政策の下で、逆U字仮説ではなく、N字に近い歴史的経過をたどる、すなわち、不平等は再び拡大する可能性が認識されている点は指摘しておきたいと思います。それを明らかにしたのは、章として独立に取り上げられてはいませんがピケティ教授の功績です。最終章で連戦機が不平等研究の暗黒期だったというのは、東西の両陣営でイデオロギー的な経済学の支配があったからであると指摘しています。すなわち、資本主義では市場による資源配分と所有権の尊重、共産主義では生産手段の社会的所有が、それぞれもっとも重視され、いわゆる制度学派的な見地も含めて、こういった制度が重要であり、格差や不平等の問題が片隅に追いやられた、というわけです。共産主義体制下では統計に基づく経験主義ではなくイデオロギー的に考えられたフシがあります。例えば、私がJICAから統計の短期専門家としてポーランドに派遣された際には、共産主義政権下では定義的に失業は発生しないとして、経験的な統計を取らずに失業率はゼロとカウントしていたらしいです。逆に、資本主義世界では、不平等研究は思想的に望ましくないものとみなされて、研究資金の配分が少なかったり、ジャーナルにおける査読で不利に扱われたりしたと指摘しています。その観点も含めて、不平等研究の最近における画期としてピケティ教授の『21世紀の資本』の役割をきわめて高く評価しています。

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次に、ジョン・ローマー『機会の平等』(勁草書房)を読みました。著者は、米国イェール大学の政治学・経済学名誉教授であり、ご専門は数理マルクス主義経済学だそうです。立命館大学の吉原直毅特任教授と帝京大学経済学部の後藤玲子教授が巻末に解説を付しています。本書の英語の原題は Equality of Opportunity であり、1998年の出版です。冒頭では本書のよって立つ前提として、いくつかの点が強調されています。すなわち、著者は、結果の平等を志向するものではなく、機会の平等を支持していると明記されています。その上で、機会の平等については「競技場を平準にする」ために、社会はなしうることをすべきであり、特に、不遇な社会的背景を持つ子供達は補償の教育を受けることにより、より有利な子供時代を送った人々とのジョブをめぐる競争で必要とされるスキルを獲得できる、という結論です。ただし、教育を財政の観点からだけ見て、教育設備の平等を達成しても、そういったリソースを有効・効率的に用いる能力に差があることから、不十分である可能性を示唆しています。その上で、機会平等化を目指す政策(EOp)の下で、等しく努力している諸個人は最終的に等しい帰結に至るべきである、と結論しています。「等しい帰結」を求めているからといって、これは結果の平等を目指すものではありません。スタートラインを調整した上で、あくまで等しい努力をすれば等しい帰結を得るわけですから、努力水準に帰結は依存します。努力水準に依存せず等しい帰結に至るのであれば、結果の平等かもしれませんが、等しい努力水準が等しい帰結をもたらす、という点は忘れるべきではありません。ということで、第4章あたりから数理マルクス主義的な議論の展開が始まり、基本的に、平等性に関しては100分位の分布に沿う議論が展開され、数式を解くことにより結論が得られます。数式の展開を省略して結論だけを一部取り出すと、分析の結果、機会の平等政策(EOp)は、才能の分散が小さい場合は功利主義に接近し、才能の差が大きい場合はロールズ主義に近くなります。これは直感的にも理解できるところではないかと思います。ですので、成人になった後の収入と消費の有利性=アドバンテージに関する機会の平等をもたらすためには、子供のころに教育的資源をどのように配分するか、という機会の平等化政策(EOp)の結論は、教育的資源を将来の生産性に転換する能力の低い子供により厚く配分されるべきである、ということになります。おそらく、従来の、というか、新自由主義的な政策の観点からは、将来の生産性に転換する能力の高低にかかわらず教育資源は1人当たりで等しく配分されるのが機会の平等化政策(EOp)である、ということになるような気がしますが、本書では異なる結論が導かれています。これを一般化すれば、教育資源は同一の努力をする子供が、成人となった際に同一の稼得能力を有することになるように配分=投資されるべき(p.78)ということになります。結果の平等はあくまで努力水準を無視していますが、同一の努力であれば同一の結果を得られる、というところが重要なポイントです。その後、子供や教育を離れて、失業保険の議論などが展開されますが、それは読んでみてのお楽しみです。

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次に、モーリッツ・アルテンリート『AI・機械の手足となる労働者』(白揚社)を読みました。著者は、ドイツにあるフンボルト大学の研究員です。私が読んだ印象ではマルクス主義経済学の専門家ではないかと思います。邦訳書の底本となる原書の言語は明記されていませんが、米国のシカゴ大学出版局から2022年に出ている The Degital Factory に基づいて訳出されています。タイトルだけを見ると英語で書かれているように見えます。ということで、本書では、現代の工場、広い意味での工場における労働者の実態を明らかにしようと試みています。イントロダクションの第1章から始まって、第2章ではアマゾンなどのEコマースにおける労働者、第3章ではゲーム労働者、第4章ではクラウドワークやオンデマンド労働者、第5章ではSNSの労働者、第6章で結論を示すように広く工場としてのプラットフォーム労働を議論し、最終第7章がエピローグとなっている構成です。英語版はシカゴ大学出版局から出ているのですが、決してバリバリの学術書ではありません。まず、AI登場前の段階で、労働者が機械の手足となって働いているのは、それほど新しい現象ではありません。チャプリンの『モダン・タイムス』のころから、工場の主役は機械であって労働者ではありません。せいぜい、タイトル的にいえば「AI」が新たに加わっているだけです。全体を通じていえば、AIなども導入された現代の工場では、労働者はさまざまなデジタル技術で管理され、仕事内容は多くが熟練不要の単純労働で、フルタイムで働いてもパートタイムで働いても同じという意味で短時間労働と同等といえますし、日本でも指摘されている通り、「柔軟な労働」が可能となっています。したがって、必要とされる熟練の程度が低下し、労働の柔軟性が増すに従って雇用の安定は失われます。デジタルに基づいたフォード主義(フォーディズム)と科学的管理(テイラー主義)が生産の現場で専制的な指揮権を揮って労働者の管理に当たっていると考えるべきです。本書では、フレキシブル・ネオテイラー主義と呼んでいる例を紹介しています。しかも、「柔軟的」とされる働き方は雇用ですらない場合があって、デジタルなプラットフォームに集まるUberの運転手はUberに雇われているわけではありません。ほかのフリーランスに関しても同様です。Airbnbの部屋のオーナーが労働者でないのは判らなくもないのですが、Uberの運転手については、少なくとも、運転手とプラットフォーム企業が対等平等な役務提供に関する契約を持てるのかどうか、疑問が残ります。Uberの運転手やクラウド・ソーシングについては空間的にも労働者がオフィスや工場にとどまらずに分散している点もひとつの特徴です。我が国でも、連休谷間の2025年5月2日に厚生労働省で労働基準法における「労働者」に関する研究会の初会合が持たれています。労働基準法における最後の労働者の定義の改定は1980年ですから、50年近くを経て雇用と労働について大きく変化が見られるのは当然です。その上、コロナのパンデミックを経て、デジタルワークはますます広がりを見せています。日本と世界の今後の動向に注目するためにも基礎的な情報を提供してくれる良書だとオススメできます。

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次に、伊坂幸太郎『楽園の楽園』(中央公論新社)を読みました。著者は、日本でも有数の人気作家の1人だと思います。本書は、作家のデビュー25年を記念した書下ろしの短編であり、100ページに満たないボリュームです。人気作家の25周年ですから、この本の出版に関しては出版社でも力を入れているようで、特設サイトが開設されたりしています。応募期間は終了しましたが、登場人物3人のアクスタやポストカードセットなどのプレゼントがあった模様です。まず、本書はSF、というよりか、ファンタジーであり、特に植物のパワーを強調しています。同様に植物のパワーに着目するテーマを持った作品が時を同じくして、荻原浩『我らが緑の大地』が角川書店から出ていて、加えて、同じ角川書店から私も読んだ鈴木光司『ユビキタス』もホラー小説として出版されています。ここまで植物のパワーに着目した小説が立て続けに出るのは、ちょっと、不思議な気がします。めずらしいかもしれません。ということで、本書の舞台は近未来であり、人工知能<天軸>が暴走し、所在不明になってしまいます。各国の都市部で大規模な停電が発生し強毒性ウイルスが蔓延し、大きな地震が頻発するなど、世界が大混乱に陥り、逃げ出した人の乗った飛行機まで墜落する始末となります。この中で、<天軸>の制作者である先生の行方を探し、その手がかりとなる「楽園」と名付けられた絵画を頼りに、五十九彦=ごじゅくひこ、三瑚嬢=さんごじょう、蝶八隗=ちょうはっかい、の3人が、絵画に描かれた「楽園」にいると推測される<天軸>と先生を探す旅に出ます。要するに、楽園を目指す旅に出るわけです。このあたりは、明らかに三蔵法師の天竺旅行をテーマとする『西遊記』を踏まえているわけです。ただ、3人はある意味でスーパーマンであり、あらゆる感染症の免疫を持っているとともに、個々人も、五十九彦はスポーツ万能な少年、三瑚嬢はおしゃべりで頭の回転もいい少女、蝶八隗は食べ物関係の情報豊富な大柄な少年、という設定です。3人の姿は挿し絵に出てきます。その目的地の楽園は大樹がシンボルとなっていて、まあ、要するに、表紙画像のようなところというわけなんだろうと思います。そこで植物パワーに注目する思想的背景が出てきます。<天軸>をはじめとする人工知能=AIではなく、自然知能=NIという考え方も登場したりします。3人の旅の結果などは読んでいただくしかありませんが、ただ1点だけ、ボリューム的にページ数は少ないものの、非常に壮大なスケールの物語です。最後の最後に、「物語」に「ストーリー」というルビが振ってあるのですが、「ナラティブ」の方がいいような気がしました。

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次に、田中将人『平等とは何か』(中公新書)を読みました。著者は、岡山商科大学法学部の准教授です。ご専門は、政治哲学・政治思想史だそうです。ということで、その昔の「1億総中流」から、昨今の「親ガチャ」まで、平等・不平等や格差に関する流行語は大きく変化してきましたが、本書では、冒頭の第1章でそもそも不平等のどこが悪いのかを考えるとともに、日本の「失われた30年」を振り返り、政治哲学と思想史の知見から世界を覆う不平等について議論を展開しています。そして、本書は実証研究ではなく、規範研究の方法を取ります。これは、ミラノヴィッチ『不平等・所得格差の経済学』とは正反対の考え方です。そして、結論を先取りすれば、「財産所有のデモクラシー」をひとつのヴィジョンとして提示しています。ということで、まず、ロールズやスキャンロンの議論から不平等に反対する理由を4点上げています。すなわち、(1) 剥奪、(2) スティグマ化、(3) 不公平なゲーム、(4) 支配、となります。私はどちらかといえば、人間としての尊厳を重視するのですが、さすがに、政治学や政治思想史の視点からはこの4点に集約されるようです。ですから、その昔の自然がもたらす不運ではなく、社会に起因する不正義とみなされるようになってきているわけです。この4点の不平等への反対を反転させれば平等に対する支持理由となります。加えて、不平等を3種類に分類しています。もっとも大きな不平等は差別であり、許容されません。その次が格差であり、望ましくはないもののの、ゼロにすることは出来ず、一定の範囲で容認されます。最後の差異は承認される不平等で、これをなくそうとする試みは別の問題を生じることになります。私がもっとも注目したのは第4章の経済上の平等であり、ピケティ教授により世界的にも注目度が上昇しています。特に、日本では2010年代に入ると就職氷河期の世代がアンダークラスを形成するようになります。ベーシックインカムに関する本書の議論は、エコノミスト間の認識と少し違っている気が私にはしました。ベーシックインカムに関する議論に加えて、第5章の政治上の平等については、お読みいただくしかありませんが、一言だけ付け加えると、ここでもピケティ教授の用語が使われています。「バラモン左翼」です。能力競争に勝ち抜いて、リベラルな思想を持つビジネスパーソンなどです。ただ、私は、経済上の平等についてはフローとしての所得やストックの資産などが貨幣単位で計測できることから、不平等の是正はそれなりに可能であると考えるのですが、政治上の平等については影響力の差異をどのように計測するのか、というそもそものベースから不案内です。ですので、本書でも言及しているくじ引きによるロトクラシーに将来を見出しています。最後に、著者の言う「財産デモクラシー」については、財産が平等に行き渡るためにはフローの所得についても考える必要があります。その点は少し議論が不足している気がします。

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次に、C.S. ルイス『ナルニア国物語4 銀の椅子と地底の国』(新潮文庫)を読みました。著者は、アイルランド系の英国の小説家であるとともに、長らく英国ケンブリッジ大学の英文学教授を務めています。英語の原題は The Silver Chair であり、日本語タイトルにある地底の国は含まれていません。1953年の出版です。本書は、小澤身和子さんの訳し下ろしにより新潮文庫で復刊されているナルニア国物語のシリーズ第4巻です。本書では、ペペンシー4きょうだいのいとこであるユースティス・スクラブが学校の仲間と2人でナルニア国を訪れます。ユースティスの友人とは、学校でのいじめられっ子のジル・ポールです。いじめっ子に追われて学校の体育館裏に逃げ、そこにある扉から2人はナルニア国へと飛び込みます。ナルニア国ではすでに長い時間が経過していて、カスピアン王は晩年を迎えています。しかし、カスピアン王の息子であるリリアン王子は何年も前に魔女にさらわれて行方知れずになっていました。アスランからリリアン王子を探し出してカスピアン老王の元に連れ戻すというミッションをユースティスとジルが受けて冒険に旅立ちます。その際、アスランは4つの道しるべを示します。すなわち、(1) ユースティスが出会う懐かしい友人に挨拶する、(2) いにしえの巨人たちの廃墟となった都を目指す、(3) そこで、石に刻まれた言葉を実行する、(4) アスランの名にかけて、なにかしてほしいと頼む最初の人物こそが王子である、というものです。そして、2人はヌマヒョロリン族のドロナゲキとともにリリアン王子を探しに出かけます。巨人国の都であったハルファンから地底国に向かいます。タイトルになっている「銀の椅子」はリリアン王子が囚われて座らされていたものです。なお、巨人は、このナルニア国シリーズに限らず、ハリー・ポッターの物語などでも、決して、いいようには描かれていません。我が日本でも、特に、私の住む関西地方では巨人を嫌う人が多い印象です。ヌマヒョロリン族のドロナゲキは、ムーミンに出てくるスナフキンのような姿の挿し絵が挿入されています。ここで英語のお勉強ですが、ヌマヒョロリン族は Marsh-wiggle、であり、陰キャで悲観的な発言を繰り返しているドロナゲキは Puddleglum という名前です。ハリー・ポッターのシリーズについては、私は7巻中5冊までを英語の原書で読みましたが、ナルニア国物語などの子供向けの本から英語を勉強するのもいいんではないかと思います。

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次に、森見登美彦[訳]『竹取物語』(河出文庫)を読みました。現代訳者は、小説家であり、私は『有頂天家族』や『シャーロック・ホームズの凱旋』なんかを読んだ記憶があります。また、河出文庫のこの古典新訳コレクションのシリーズでは、酒井順子[訳]『枕草子』上下、円城塔[訳]『雨月物語』なんかを読んでいます。ということで、何分、「竹取物語」ですから、多くの日本人が見知っていることと思います。竹取の翁が光る竹を切ったら姫が現れ、家に連れ帰ればものすごいスピードで成長し、やがて絶世の美女に成長したかぐや姫は、いい寄る求婚者たちに無理難題を課して退散させた後、月に帰ってゆく、というストーリーは広く人口に膾炙しているところであり、本書でも何ら変更ありません。私は「竹取物語」を古語で読んだことはありませんが、例えば、2年ほど前に、あをにまる『今昔奈良物語集』に収録されている「ファンキー竹取物語」なんてのを読んだ記憶もあります。本書では、広く知られた「竹取物語」のストーリーを森見登美彦の小説の世界で表現しています。この訳者の小説のファンであれば押さえておくべきかと思います。

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2025年5月 9日 (金)

4か月ぶりにCI一致指数が悪化した3月の景気動向指数をどう見るか?

本日、内閣府から3月の景気動向指数が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数は前月から▲0.5ポイント下降の107.7を示し、CI一致指数も▲1.3ポイント下降の116.0を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから報道を引用すると以下の通りです。

景気一致指数3月は4カ月ぶりマイナス、部品工場事故による自動車減産響く
内閣府が9日公表した3月の景気動向指数速報(2020年=100)は、足元の景気を示す一致指数が前月比1.3ポイント低下の116.0と4カ月ぶりのマイナスとなった。自動車用ばね部品などを製造する中央発条(5992.T)の工場で3月に発生した爆発事故の影響で、自動車・同部品の生産・出荷が減少したため耐久財や鉱工業用生産財の出荷指数が下押しした。
一致指数を構成する景気指標のうち、投資財出荷指数や輸出数量指数もマイナス要因となった。コンベア出荷減や、アジア・米国向けの輸出減が響いた。
先行指数も前月比0.5ポイント低下の107.7と2カ月連続のマイナス。自動車や同部品の出荷減少により最終需要財在庫率指数が悪化したほか、マネーストックや消費者態度指数などが落ち込んだ。消費者態度指数は物価高により4カ月連続で前月比で悪化している。
一致指数から一定のルールで内閣府が決める基調判断は11カ月連続で「下げ止まりを示している」とした。

いつもながら、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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3月統計のCI一致指数は4か月ぶりの悪化となりました。3か月後方移動平均は5か月ぶりの前月比マイナスを記録した一方で、7か月後方移動平均は8か月連続の上昇で、3月統計では+0.28ポイント改善しています。しかし、統計作成官庁である内閣府では基調判断は、今月も「下げ止まり」で据え置いています。引用した記事にもある通り、5月に変更されてから11か月連続で同じ基調判断の据置きです。なお、細かい点ながら、上方や下方への局面変化は7か月後方移動平均という長めのラグを考慮した判断基準なのですが、改善からの足踏み、あるいは、悪化からの下げ止まりは3か月後方移動平均で判断されます。ただ、「局面変化」は当該月に景気の山や谷があったことを示すわけではなく、景気の山や谷が「それ以前の数か月にあった可能性が高い」ことを示しているに過ぎない、という点は注意が必要です。いずれにせよ、私は従来から、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そう簡単には日本経済が景気後退局面に入ることはないと考えていて、それはそれで正しいと今でも変わりありませんが、米国経済に関する前提が崩れつつある印象で、米国経済が年内にリセッションに入る可能性はかなり高まってきていると考えています。理由は、ほかのエコノミストとたぶん同じでトランプ政権が乱発している関税政策です。関税率引上げによって、米国経済においてインフレの加速と消費者心理の悪化の両面から消費を大きく押し下げる効果が強いと考えています。加えて、日本経済はすでに景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありませんし、多くのエコノミストが円高を展望して待ち望んでいる金融引締めの経済へ影響は明らかにネガであり、引き続き、注視する必要があるのは当然です。
CI一致指数を構成する系列を前月差に対する寄与度に従って詳しく見ると、引用したロイターの記事にもあるように出荷関係が下押ししており、耐久消費財出荷指数▲0.70ポイント、鉱工業用生産財出荷指数▲0.60ポイント、投資財出荷指数(除輸送機械)▲0.34ポイント、輸出数量指数▲0.32ポイント、などであり、他方、逆に前月差プラスとなったのは、有効求人倍率(除学卒)+0.32ポイント、商業販売額(小売業)(前年同月比)+0.23ポイント、などでした。ついでに、引用した記事にありますので、CI先行指数の下げ要因も数字を上げておくと、最終需要財在庫率指数(逆サイクル)▲0.50ポイント、マネーストック(M2)(前年同月比)▲0.35ポイント、消費者態度指数▲0.34ポイント、などとなっています。

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2025年5月 8日 (木)

富裕層減税の経済的帰結やいかに?

連休に読んだいくつかの学術論文の最後に、富裕層減税の経済的帰結 "The economic consequences of major tax cuts for the rich" を分析したものがあります。2022年の論文ですから、ものすごい最新論文というわけではありませんが、それなりに考えさせられる結論を導き出しています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

次に、論文を掲載したジャーナルのサイトからAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
The last 50 years has seen a dramatic decline in taxes on the rich across the advanced democracies. There is still fervent debate in both political and academic circles, however, about the economic consequences of this sweeping change in tax policy. This article contributes to this debate by utilizing a newly constructed indicator of taxes on the rich to identify all instances of major tax reductions on the rich in 18 Organisation for Economic Co-operation and Development (OECD) countries between 1965 and 2015. We then estimate the average effects of these major tax reforms on key macroeconomic aggregates. We find tax cuts for the rich lead to higher income inequality in both the short- and medium-term. In contrast, such reforms do not have any significant effect on economic growth or unemployment. Our results therefore provide strong evidence against the influential political-economic idea that tax cuts for the rich ‘trickle down’ to boost the wider economy.

要するに、富裕層減税は経済成長や失業には有意な影響をもたらすことはなく、すなわち、trickle down は生じなかった一方で、短期的にも中期的にも所得不平等拡大につながった、と結論しています。論文から Figure 3. Effects of major tax cuts for the rich on inequality, growth, and unemployment, 1965-2015 を引用すると以下の通りです。

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一番上のパネルの不平等は減税実施後に有意に拡大していますが、2-3枚目の成長と失業は特に有意な動きは見せず、シャドーで示された95%の信頼区間にはゼロを含んでいます。はい、私の直感と同じ結果です。でも、査読を経てジャーナルに掲載された論文で定量的に確認できているのは意義があると考えるべきです。

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2025年5月 7日 (水)

米国経済の景気後退はすでに始まっているのか?

米国トランプ政権による関税政策の乱発は世界経済に混乱を引き起こしており、そもそも、米国経済そのものに大きなダメージがあるとの指摘もありますが、実は、すでに米国経済は景気後退に陥っているのではないか、とする論文が明らかにされています。"Has the Recession Started?" と題するワーキングペーパーで、すでに査読を経てジャーナル掲載が決まっているようです。まず、引用情報は以下の通りです。

次に、ワーキングペーパーのサイトからAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
This paper develops a new rule to detect US recessions by combining data on job vacancies and unemployment. We first construct a new recession indicator: the minimum of the Sahm-rule indicator (the increase in the 3-month average of the unemployment rate above its 12-month low) and a vacancy analogue. The minimum indicator captures simultaneous rises in unemployment and declines in vacancies. We then set the recession threshold to 0.29 percentage points (pp), so a recession is detected whenever the minimum indicator crosses 0.29pp. This new rule detects recessions faster than the Sahm rule: with an average delay of 1.2 months instead of 2.7 months, and a maximum delay of 3 months instead of 7 months. It is also more robust: it identifies all 15 recessions since 1929 without false positives, whereas the Sahm rule breaks down before 1960. By adding a second threshold, we can also compute recession probabilities: values between 0.29pp and 0.81pp signal a probable recession; values above 0.81pp signal a certain recession. In December 2024, the minimum indicator is at 0.43pp, implying a recession probability of 27%. This recession risk was first detected in March 2024.

昨年あたりからエコノミストに注目され始めた Sahm rule、すなわち、失業率に注目して、過去3か月の失業率の平均が過去12か月ので最低だった失業率からどれだけ上昇したかに着目し、その上昇幅が0.5%ポイントあれば経験的に景気後退の兆候と見なす指標があり、本論文では、それに求人率を組み合わせた新指標を開発し、Michez rule と名付けています。この新指標は失業率の上昇と求人率の低下が同時に生じることを捉え、景気後退局面入の閾値を適切に設定することにより、的確な景気後退指標をして用いることができると主張しています。ひとつの比較として、Sahm rule よりも景気後退を検知する遅延期間が短く、さらに、Sahm rule では1960年以前では検知能力がほとんどない一方で、新たな Michez rule では1929年以降の15回の景気後退を誤検知なく特定できる、と主張しています。そして、経験的な閾値として0.29%ポイントを設定し、0.29%ポイントから0.81%ポイントの差があれば景気後退の可能性があり、0.81%ポイントであれば景気後退が確実であると結論しています。そして、以下のようなグラフを示しています。ワーキングペーパーの FIGURE 3. Michez rule in the United States, 1960-2024 を引用しています。

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ワーキングペーパーには算出式が展開されていますが、新指標の算出には最小値を求めるオペレーションはあるものの、微積分なんやといった小難しい式はほとんどありません。まあ、そうなのでしょう。我が国の景気動向指数について内閣府が示している「景気動向指数の利用の手引」なんかも、同様に、それほど難しいものではありません。この指標を最近の米国経済に当てはめると、2024年3月に初めて景気後退の可能性が検知され、2024年12月には0.43%ポイントの大きさに拡大し、その時点での景気後退の確率は27%であった、と算出しています。この結果をどう解釈するかは幅があると思いますが、ただ、景気後退局面入りが決定的になってはいないものの、現在のトランプ大統領就任前から景気後退の方向に向かっていた、あるいは、景気拡大ないし景気回復が後半局面にあった、ということは明らかだろうと私は受け止めています。

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2025年5月 6日 (火)

中国における認知能力と起業の相関やいかに?

英国の伝統ある経済学術誌 The Economic Journal に中国における認知能力=学力と起業志向の関係を分析した "Entrepreneurial Reluctance: Talent and Firm Creation in China" と題する論文が掲載されています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、ジャーナルのサイトからAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
This paper examines the correlation between cognitive ability and firm creation. Drawing on administrative college admission data and firm registration records in China, we investigate who had created firms by their mid-thirties. We find a clear pattern of entrepreneurial reluctance: given the same backgrounds, individuals with higher college entrance exam scores are less likely to create firms. Through an exploration of firm performance, alternative career trajectories and variations across regions, we propose an explanation: the ability represented by exam scores is useful across occupations, yet higher-scoring individuals are attracted to waged jobs, particularly those of the state sector.

要するに、中国では college entrance exam scores=大学入試のスコアが高いほど起業する可能性が低く、高得点者は賃金労働、特に、公務員に魅力を感じる、という結論です。下のグラフは論文から Fig. 1. Firm Creation versus College Entrance Exam Score を引用しています。

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左のパネル(a)は大学に入学しなかった学生も含めた推計結果であり、右の(b)が大学入学者だけのサンプルです。見て明らかな通り、大学入試のスコアと30代半ばまでに起業した比率の間には明らかな負の相関があります。なお、起業者は企業登録記録に基づいて算出されています。30代半ばまでに起業しなかったことが原因となって大学入試スコアが影響を受けることはほぼほぼ考えられませんから、大学入試スコアが原因で起業の方が結果となる因果関係が推測されます。ですので、中国では大学入試スコアがいい学生は起業する傾向が明らかに低いわけです。
ある意味で、起業はリスクを伴うビジネス行為であり、認知能力=学力が高い学生はリスク回避的に公務員を目指す、というのは理解できるところです。私は60歳の定年まで国家公務員をしていましたが、少なくとも、私くらいの世代までは高学力であることが推測される東大卒業者が大量に国家公務員に採用されていたのは歴史的事実だろうと思います。

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2025年5月 5日 (月)

経済産業省の若手新政策プロジェクト(PIVOT)による「デジタル経済レポート」を読む

先週水曜日の4月30日、経済産業省から若手新政策プロジェクト(PIVOT)による「デジタル経済レポート: データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略」が明らかにされています。もちろん、pdfの全文リポートもアップロードされています。
デジタル経済については経常収支のデジタル赤字に注目が集まっており、例えば、2023年8月10日、日銀レビュー「国際収支統計からみたサービス取引のグローバル化」とか、2024年7月2日、財務省から財務省「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」懇談会の報告書などが出ています。この経済産業省のリポートでも、冒頭でIMD World Competitiveness Ranking 2024 を引いて、ロボティクスや通信環境インフラなどはデジタル競争力ランキングが高い一方で、デジタル・技術スキルやビッグデータ活用などの競争力が低いと指摘しています。
私は国際収支におけるデジタル赤字はそれど気になりません。古典派経済学的なリカードによる比較優位はどこの国にも何かの産業に優位があることを示しています。もちろん、デジタル産業の競争力を高めたいというのは政府や中央銀行ならば、どの国でも期待するのかもしれません。ただ、そのあたりの競争力向上の誤解については、本リポートでも十分認識しているようで、第5章 戦略実行において日本企業、投資家、政府が抱えるギャップ において指摘しています。例えば論点2では、アプリケーション事業者は「デジタル小作人」ではないか、といった議論を展開しています。プラットフォーム企業に取り込まれてしまうという懸念です。いろいろと、私のようなデジタル経済のシロートには参考になりそうです。

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上のテーブルは、リポート p.48 から 表9 プラットフォームビジネスのグローバル市場における事例 を引用しています。デジタル経済でもっとも重要な役割を果たすプラットフォームビジネスです。まあ、私はこのあたりから勉強を始めようと思います。

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2025年5月 4日 (日)

3タテされるのと違って3タテするのは難しい

  RHE
ヤクルト000100301 5131
阪  神000100100 2100

【ヤ】石川、木澤、荘司、石山 - 古賀
【神】伊原、漆原、工藤、島本 - 坂本、梅野

ヤクルト石川投手を打てずに甲子園の連勝ストップでした。
ドラ1伊原投手も7回途中までよく投げましたが、打線の援護が足りませんでした。まあ、そうそう3タテするのは難しいのでしょう。

次のジャイアンツ戦は、
がんばれタイガース!

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2025年5月 3日 (土)

今週の読書はいろいろ読んで計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ヤニス・バルファキス『テクノ封建制』(集英社)では、資本主義の次に来るシステムは社会主義ではなく、デジタル取引プラットフォームが市場に取って代わるテクノ封建制であり、クラウド領主がレントを農奴から搾取するシステムはもう始まっていると指摘しています。小山大介・森本壮亮[編著]『変貌する日本経済』(鉱脈社)は、マルクス主義経済学の観点から縮小し衰退しつつある日本経済や格差が拡大している日本や世界経済を分析し、グローバル化に疑問を呈し、ベーシックインカムの是非について議論を展開しています。河村小百合+藤井亮二『持続不可能な財政』(講談社現代新書)では、現在の財政は持続可能ではないとし、30兆円単位の財政収支改善を提案していますが、財政収支を30兆円規模で改善するとどうなるかについては覚悟と良心でもって気合で乗り切れ、といわんばかりです。ドナルド E. ウェストレイク『うしろにご用心!』(新潮文庫)は、不運な大泥棒のドートマンダーが主人公になるシリーズで、故買屋のアーニー・オルブライトから依頼を受けて、投資家で大富豪のプレストン・フェアウェザーから美術品を盗もうと計画します。高野結史『バスカヴィル館の殺人』(宝島社文庫)は、前作『奇岩館の殺人』の続編であり、実際に殺人が行われる推理ゲームであり、顧客の大富豪が探偵となって殺人事件の謎解きに挑みますが、相変わらず、シナリオ通りには進みません。西村京太郎『SLやまぐち号殺人事件』(文春文庫)は作者の絶筆であり、SLやまぐち号の最後尾の客車5号車が山口と仁保の間の7.5キロを走行中に消失し、乗客32名が誘拐され、乗客の1人が死体で発見されます。十津川警部が謎解きに当たります。
今年の新刊書読書は先週までの1~3月に75冊を読んでレビューし、4月は24冊、5月に入って今週の6冊と合わせて105冊となります。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2でシェアしたいと考えています。なお、本日の6冊のほかに、ロバート・ロプレスティ『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』(創元推理文庫)も読んでいます。2019年に読んでいて再読です。すでに、いくつかのSNSにてブックレビューをポストしていますが、新刊書ではないと考えますので、本日の感想文には含めていません。

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まず、ヤニス・バルファキス『テクノ封建制』(集英社)を読みました。著者は、経済学者=エコノミストなのですが、経済政策の実践の場では、2015年のギリシア経済危機の際に財務大臣を務めています。本書の英語の原題は Technofeudalism であり、2023年の出版です。なお、本書は集英社のシリーズ・コモンの1冊として出版されており、本書に至るまでの既刊5冊のうち、斉藤幸平・松本拓也[編]『コモンの「自治」』とジェレミー・リフキン『レジリエンスの時代』は私も読んでいます。ということで、通常、というか、何というか、現在の資本主義の後には社会主義が来る、というのがマルクス主義の歴史観、唯物史観に基づく見方であり、私もその可能性は十分あると考えています。私のような不勉強なエコノミストだけではなく、例えば、日本でもイノベーション理論で人気の高いシュンペーター教授なんかも、資本主義はいつかは社会主義に取って代わられる、と考えていたように記憶しています。しかし、本書では資本主義の次に来るのは社会主義ではなく、テクノ封建制であると分析しています。というか、すでに、資本主義は死んでいて、テクノ封建制が始まっているとすら指摘していたりします。かつては、格差が大きく拡大し資本主義の存続ではなくコモンの拡大による社会主義的なシステムが主流になる可能性が十分あると、私なんかの凡庸なエコノミストは考えていたんですが、そうではない可能性を強く指摘しているわけです。資本主義における市場に対して、テクノ封建制ではデジタル取引プラットフォームが取って代わり、資本主義において企業が最大化するターゲットであった利潤ではなく、レントの追求に変質した、と主張しています。デジタル取引プラットフォームはかつての中世の「封建領地」になぞらえられ、私のような一般市民はその「封建領地」を耕す農奴なわけです。もちろん、対極にはテクノ封建領主=クラウド領主がいて、クラウド・レントを求めて農奴を搾取しているという構図です。軽く想像される通り、本書では明示されていませんが、GAFAMを想像すればいいわけで、アマゾンなどのデジタル・プラットフォームを基礎にしたEコマース、あるいは、SNSなどの経営者がクラウド領主に該当します。そして、世界経済に視野を拡大すれば、米国と中国がテクノ封建制の新たな土俵で覇権を争う冷戦が始まっているわけです。インターネットが提供するコモンズは、やや「お花畑」的に想像された自由で平等な世界を実現するのではなく、逆に、テクノ封建制を準備したに過ぎなかった、という評価です。このあたりまでは、直感的に理解できるところではないでしょうか。もちろん、その「変容」=メタモルフォーゼの詳細、そして、テクノ封建制の実態の解明、そして、何よりも本書が最終章で提示するテクノ封建制からの脱却=クラウドへの反乱、などなどにつては、お読みいただくしかありません。細かな論証については、決して学術的にコンセンサスを得られるものではない可能性が高いと私は受け止めていますが、現在の世界経済の現実を的確に説明できる可能性があり、専門家でなくても直感的な理解は十分可能だろうと思います。とても散文的で難解な表現も含まれていますが、本書の内容は多くのビジネスパーソンが日々接している現実経済を解明している部分が多々あると考えるべきであり、その意味で、とってもオススメです。

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次に、小山大介・森本壮亮[編著]『変貌する日本経済』(鉱脈社)を読みました。編著者2人は、それぞれ、京都橘大学経済学部准教授と立教大学経済学部准教授です。ほかの章ごとの分担執筆者も基本的にマルクス主義経済学のエコノミストではないかと思います。なお、『季刊 経済理論』第59巻第4号に書評が掲載されています。ご参考まで。実は、ゴールデンウィークの合間を縫って、私の勤務する立命館大学経済学部の研究会に出席したのですが、私以外はマルクス主義経済学のエコノミストで、他方、官庁エコノミスト出身の私はほぼほぼまったくマルクス主義経済学の専門性はなく、いわゆる「界隈」が違うのですが、実証分析や対象のエリアによっては理解できる部分もあります。本書は日本経済を対象にしていますので、今年度前期の授業が本格的に始まった段階で目を通してみました。まず、当然ながら、事実認識に大きな違いがあるわけではありません。すなわち、日本経済が縮小している、別の表現では、衰退している、という認識は変わりありません。この点は誰の目から見ても明らかです。さらに、日本のみならず世界で格差が拡大しつつあリ、格差拡大は決して好ましいことではない、という認識も共通しています。加えて、日本では格差拡大は雇用の劣化から生じている可能性が高い、という認識も同じではないか、という気がしています。ですので、かなり多くの分野でマルクス主義経済学と主流派経済学は同じ認識を共有し、同じ方向を向いていると考えても差し支えありません。しかし、主流派経済学との相違がまったくないわけではなく、いくつかの点に現れています。例えば、グローバル化がホントに日本経済に役立っていて、国民生活を豊かにするのか、という点に対しては本書は大いに疑問を呈しています。ただ、主流派経済学でもそういった見方が広がりつつあり、特に、米国トランプ政権がむやみな関税政策を振り回し始めて以来、ホントにグローバル化の進展が企業にもいいことだったのだろうか、という疑問が生じ始めている可能性はあります。マルクス主義経済学ではもっと脱成長の議論が盛んなのかと思っていましたが、主流派経済学と同じで日本経済が衰退しているのは決して好ましいことではなく、国民生活を豊かにするためには決して成長を諦めるべきではない、という認識は共通しているようです。もちろん、社会保障や福祉の観点からは主流派経済学よりもマルクス主義経済学の方が進んでいる可能性もあり、本書ではベーシックインカムについて章立てして議論をすることを試みています。もちろん、ベーシックインカム万能論では決してなく、その否定的な側面も指摘しています。それだけに、議論をきちんと進めようという姿勢も見えます。ただし、雇用を考えるチャプターでは、主流派経済学の本と同じように、日経連の『新時代の「日本的経営」』をまったく無視しています。ついでながら、第3章では置塩定理が援用されています。私にはもちろん、大学の学部レベルでは難しいのではないかと思いますが、実に判りやすくていねいに説明されているのが印象的でした。ちょっと、私には不慣れな分野だったかもしれませんが、「セカンドオピニオン」を求めるような気軽さで読んでみた次第です。

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次に、河村小百合+藤井亮二『持続不可能な財政』(講談社現代新書)を読みました。著者は、それぞれ、日銀から民間シンクタンクの日本総研に転じたエコノミストと参議院事務局を退職した白鴎大学法学部教授です。本書の意図は明らかであり、現在の財政赤字の継続は公的債務残高の累増を招いており、このままでは財政は持続可能ではなく、したがって、歳出削減または歳入増加により財政収支の改善を図るべきで、その財政収支改善幅は30兆円程度である、というものです。何度か書きましたが、はい、私は一応この方面では学術論文 "An Essay on Public Debt Sustainability: Why Japanese Government Does Not Go Bankrupt?" も書いていて、日本の財政は成長率と利子率の関係が動学的効率性を満たしておらず、その上、政府の基礎的財政収支改善努力もあって、財政はサステイナブルである、と結論しています。もちろん、本書は新書でのご議論であって学術論文のような正確性を問うものではありませんが、財政破綻したらたいへんなことになるとか、将来世代に負担を先送りするとかの、やや根拠が不確かで扇情的な議論は回避すべきだと私は考えています。ですから、私が論文で指摘したような公的債務のGDP比での安定を図るか、横断条件を満たすように国債をすべて償還することを考えるのか、などの議論はすっ飛ばしてもいいのですが、せめて、財政破綻のコストと30兆円の財政収支改善のネガな経済効果を比較するくらいの議論はあって然るべき、と私は考えます。そういう議論がなく、本書の隠し味は、日銀がこれから利上げする方向にあるので、それをサポートするように財政収支を改善するべし、という形で、アベノミクス期の逆回転を試みようとしているように見えてなりません。私が長らく見てきた中で、本書のような stirve the beast でもって、財政破綻回避を「錦の御旗」にしてある種の政策に対する拒否感を示すのは、村上靖彦『客観性の落とし穴』(ちくまプリマー新書)で示されていたように、過剰に客観的な根拠を求めてある種の政策に拒否感を示すのと、まったく同じだと考えるべきです。要するに、政策に反対する根拠が希薄であることを自覚しているため、財政破綻のおそれや客観的根拠の要求を持ち出しているとしか思えません。ですので、本書の第5部の最後の節のタイトルは 問われる"国全体の覚悟"と"日本人の良心" となっていて、覚悟と良心を持って30兆円の財政収支改善を気合で乗り切ることができるかのような表現になっています。エコノミストとしては、実に、悲しい限りです。

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次に、ドナルド E. ウェストレイク『うしろにご用心!』(新潮文庫)を読みました。著者は、米国のミステリ作家であり、多作なことでも有名です。著作は100冊を超え、米国探偵作家クラブ(MWA)賞を3度受賞しているそうです。多くの作品が映画化もされています。なお、この作品は本邦初訳です。この作者によるドートマンダーを主人公とするシリーズはユーモア・ミステリとして有名らしいのですが、私は2年半ほど前にこの著者の『ギャンブラーが多すぎる』を同じ新潮文庫で読んでいるものの、それはドートマンダー・シリーズではなく、不勉強にしてドートマンダーを主人公とするミステリは初読でした。参考ながら、巻末にドートマンダーのシリーズの著書が長編10冊超をはじめとしてリストアップされています。ということで、主人公は運の悪い大泥棒のジョン・ドートマンダーです。本作品では、付き合いは深いものの、それほど好感を持っているわけではない故買屋のアーニー・オルブライトからの依頼があり、ニューヨーク在住の投資家で大富豪のプレストン・フェアウェザーがコレクションしている美術品を盗み出すことを計画します。プレストン・フェアウェザーご本人はカリブ海のリゾートで休暇中なのですが、謎の美女が誘拐目的で接近してきます。大富豪のプレストン・フェアウェザーは露出度の高いビキニ水着のまま海に逃げ出して、ニューヨークの自宅を目指します。そして、帰り着いてぐっすり眠っているところにドートマンダーと仲間が盗みに入って大騒動となるわけです。なお、アムステルダム・アヴェニューにあって、ドートマンダーと仲間がいつも作戦会議に使う<OJ>という店、ロロというバーテンダーがいる店が、美術品の盗みとは直接関係ないながらも、まあ、キーポイントのひとつ、重要な要素となります。ドートマンダーの盗みの副産物といえるかもしれません。

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次に、高野結史『バスカヴィル館の殺人』(宝島社文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、半年ほど前に同じ出版社から出ている『奇岩館の殺人』を私は読んだ記憶があります。基本的に、繰り広げられるのはリアルな殺人を含む推理ゲーム「推理遊戯」であり、実際に殺人が実行されるゲームに富裕層の顧客が大金を払って探偵として謎解きを行い、運営スタッフが探偵をサポートしつつゲームを進行する、ということであり、設定は同じです。ですから、謎が難しすぎると顧客の探偵が解けませんし、簡単すぎると満足度が上がらない、というフェアウェイの狭いゲームです。前作ではカリブ海の孤島でしたが、本書では森の奥に立つ洋館、バスカヴィル館がクローズド・サークルとなります。タイトルのバスカヴィルは当然ながらホームズの長編小説のひとつから取られていて、火を吹く魔の犬にちなんで死体が焼却されるところからの命名のようです。前作と同じところは、運営サイドのシナリオから実際の進行がズレまくる点で、軌道修正に運営スタッフが大きな苦労をします。今回作品の新規な点としては、誰が探偵役なのかが判別しきれず、運営スタッフのうちの1人が早く謎を解かせたいにもかかわらず、なかなかヒントを提供する相手が特定できない点です。もうひとつは、米国本社から日本支社の支社長だか、支部長だか、に対する査察役が運営スタッフとして密かに加わって、いわば、スパイのような役割を担うところもポイントかと思います。このため、前作よりも謎が複雑になっていることはいうまでもなく、出版社のうたい文句によれば「多層ミステリ」ということになるのですが、それでも、2番煎じであることは明白であり、他の読者はともかく、私自身は前作の方の評価が高いと考えます。評価高い読者は、ひょっとしたら、前作を読まずに本作品を読んでいるのかもしれません。何となく、続編がさらにありそうな気がしないでもないのですが、私が編集者であればヤメにしたら、とアドバイスします。

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次に、西村京太郎『SLやまぐち号殺人事件』(文春文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家です。ほぼ3年前の2022年3月に亡くなっており、本書が絶筆といわれています。本書も、この著者の作品の一連のシリーズである十津川警部が主人公となります。ということで、舞台はタイトル通りに山口県であり、何と、SLやまぐち号の最後尾の客車5号車が山口と仁保の間の7.5キロを走行中に消失し、乗客32名が誘拐されます。乗客の中に東京に本社がある警備会社の社長が含まれており、身代金、というか、諸経費として請求された2億円をこの警備会社が株式売却により調達して支払ったことが明るみに出ます。しかし、乗客の1人の死体が発見されます。加えて、鉄道敷設の際の延長問題、さらには、もっと古い幕末の山口における歴史的事件などが怨念を伴って関係してきます。列車消失ミステリは、この作者の代表作のひとつである『ミステリー列車が消えた』もありますし、私が読んだ範囲内でも、島田荘司『水晶特急』とか、いっぱいあります。その意味で、それほど奇想天外でも奇抜でもないのですが、本書のミステリの肝は列車消失とともに、同じような列車内の殺人事件であるクリスティの『オリエント急行殺人事件』も緩やかな関連性を持っている点だと思います。絶筆という意味で記念すべき作品といえるかもしれませんが、あるいは、全盛期のサスペンスフルな展開は望めないと考えるべきかもしれませんし、評価はさまざまだと思います。ただ、ここまで大昔の怨念のようなものを持ち出されての謎解きでは、「どうして、今になって?」という疑問が生じるのはやむを得ません。10年後でもいいでしょうし、5年前であってもいいような事件だと受け止めるのは私だけなんでしょうか。

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2025年5月 2日 (金)

4月の米国雇用統計を受けた金融政策の方向やいかに?

日本時間の今夜、米国労働省から4月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は、3月統計の+185千人増から4月統計では+177千人増と小幅な減速を見せ、失業率は前月から横ばいの4.2%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事をコンパクトに4パラ引用だけすると以下の通りです。

April jobs report: Employers added robust 177,000 jobs as Trump's tariffs kicked in
U.S. hiring remained sturdy in April as the economy added 177,000 jobs despite jitters over President Donald Trump’s massive import tariffs and widening federal government layoffs.
But payroll gains for February and March were revised down sharply, at least partly offsetting the big jump last month.
The unemployment rate held steady at 4.2%, the Labor Department said Friday.
Ahead of the report, economists forecast 135,000 job gains, according to a Bloomberg survey.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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米国の雇用は非農業部門雇用者の増加が、2月の+102千人増から3月には185千人増に加速したものの、本日公表された4月統計では+177千人増にやや減速しました。加えて、前の2-3月の統計が下方修正されており、2月の伸びは+117千人増から+102千人増に、3月も+228千人増から+185千人増にそれぞれ改定されています。雇用統計の観点からは雇用の増加にはブレーキがかかり、トランプ政権の高関税政策とも相まって、景気後退懸念が大きくなる可能性が出ています。ただし、引用した記事にもあるように、Bloombergによる市場の事前コンセンサスは+135千人増でしたから、この市場予想からは上振れしていることになります。また、政府雇用は3月統計では+15千人増、4月統計でも+10千人増となっており、連邦政府職員が減少している一方で、州政府職員をはじめとする地方政府職員の増加で目立った影響は出ていません。
すでに、広く報じられている通り、1~3月期米国GDPはマイナス成長を記録しています。基本的には、関税引上げを前にした輸入の急増が主因ですが、もしも、トランプ政権の関税引上げ政策が実行されれば、年内に景気後退局面に貼る可能性が高まる一方で、インフレが加速することから、米国金融政策当局である連邦準備制度理事会(FED)による金融政策の舵取りが難しくなっています。

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3月の雇用統計では雇用は底堅いものの、さらに改善が続くわけではない

本日、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が公表されています。雇用業統計のヘッドラインは、失業率は前月から+0.1%ポイント上昇して2.5%、有効求人倍率は逆に前月から+0.02ポイント改善して1.26倍を記録しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

3月の求人倍率1.26倍、2カ月ぶり上昇 厚生労働省
厚生労働省が2日発表した3月の有効求人倍率(季節調整値)は1.26倍と前月から0.02ポイント上昇した。上昇は2カ月ぶり。好調なインバウンド(訪日外国人)消費への対応で宿泊・飲食業の求人が増えた一方、賃上げによる労働条件の改善で転職を控える動きが広がり求職者が減った。
総務省が同日発表した3月の完全失業率(季節調整値)は2.5%で、前月と比べて0.1ポイント上昇した。
有効求人倍率は全国のハローワークで仕事を探す人1人あたり何件の求人があるかを示す。3月の有効求人数は前月比で0.3%増えた。有効求職者は1.2%減った。
景気の先行指標とされる新規求人数(原数値)は前年同月と比べて3.0%減った。産業別で卸売・小売業が7.7%の減少だった。特に小規模な商店で、光熱費の高騰や買い控えの影響から求人を絞る動きがみられるという。次いで生活関連サービス・娯楽業が6.9%減、教育・学習支援業が6.2%減だった。
2024年度平均の有効求人倍率は1.25倍で、23年度より0.04ポイント低下した。前年度を下回るのは2年連続。
24年度の有効求人は3.0%減り、2年連続の減少となった。物価高騰により企業収益が圧迫され製造業や建設業で求人を控える動きが続いた。宿泊・飲食業で、新型コロナウイルス禍後に求人を増やした反動により減少が続いたことも響いた。
有効求職者は0.2%増えた。要因について厚労省は「物価高の影響によって年金で生活する高齢者が生活費を補うため仕事を探す動きも見られる」としている。
24年度平均の完全失業率は2.5%で、前年度から0.1ポイント低下した。

続いて、雇用統計のグラフは下の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、失業率が2.4%有効求人倍率は1.24倍でしたし、ロイターによる事前コンセンサスでは失業率は2.4%、有効求人倍率は1.25倍が見込まれていました。本日公表された実績で、失業率が2.5%、有効求人倍率が1.26倍、というのは、やや下振れした印象ながら、大きなサプライズはありませんでした。人口減少局面下の人手不足を背景に、失業率・有効求人倍率ともに雇用の底堅さを示す水準が続いています。ただし、そろそろ景気回復局面は後半期に入っている可能性が高いと考えるべきですし、その意味で、いっそうの雇用改善は難しいのかもしれません。ただ、あくまで雇用統計は最近の失業率と有効求人倍率のように横ばいや改善と悪化のまだら模様である一方で、人口減少下での人手不足は続くでしょうが、米国がソフトランディングに失敗して年内に景気後退局面に入る可能性が高まっており、いつまでも雇用の改善が続くわけではないと考えるべきです。

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2025年5月 1日 (木)

成長率と物価上昇率が下方修正された日銀「展望リポート」の経済見通しとトランプ関税で大きく消費者マインドが低下した4月の消費者態度指数

昨日から本日5月1日にかけて開催されていた金融政策決定会合で政策金利を0.5%に据え置くと決定しました。また、同時に公表された「経済・物価情勢の展望 (展望リポート)」では、2025年度から27年度の経済見通しが明らかにされ、経済成長率については本年度2025年度+0.5%、来年度2026年度+0.7%を見込み、前回1月に示したリポートの見通しである2025年度+1.1%、2026年度+1.0%から下方修正しています。まず、「展望リポート」から2024~2027年度の政策委員の大勢見通しを引用すると以下の通りです。なお、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で、引用元である日銀の「展望リポート」からお願いします。

     
  実質GDP消費者物価指数
(除く生鮮食品)
(参考)
消費者物価指数
(除く生鮮食品・エネルギー)
 2024年度+0.7 ~ +0.7
<+0.7>
+2.7+2.3
 1月時点の見通し+0.4 ~ +0.6
<+0.5>
+2.0 ~ +2.3
<+2.2>
+2.1 ~ +2.3
<+2.2>
 2025年度+0.4 ~ +0.6
<+0.5>
+2.0 ~ +2.3
<+2.2>
+2.2 ~ +2.4
<+2.3>
 1月時点の見通し+0.9 ~ +1.1
<+1.1>
+2.2 ~ +2.6
<+2.4>
+2.0 ~ +2.3
<+2.1>
 2026年度+0.6 ~ +0.8
<+0.7>
+1.6 ~ +1.8
<+1.7>
+1.7 ~ +2.0
<+1.8>
 1月時点の見通し+0.8 ~ +1.0
<+1.0>
+1.8 ~ +2.1
<+2.0>
+1.9 ~ +2.2
<+2.1>
 2027年度+0.8 ~ +1.0
<+1.0>
+1.8 ~ +2.0
<+1.9>
+1.9 ~ +2.1
<+2.0>

上のテーブルは、本日公表された「展望リポート」の基本的見解のp.9から引用しており、その次のp.10には政策委員の経済・物価見通しとリスク評価が掲載されていて、大雑把に見て、実質GDPも消費者物価指数(除く生鮮食品)も、どちらもリスクは下方に厚いと判断している政策委員が多い印象ですし、「展望リポート」でもp.7で「リスクバランスは、経済の見通しについては、2025 年度と 2026 年度は下振れリスクの方が大きい。物価の見通しについても、2025 年度と 2026 年度は下振れリスクの方が大きい。」と明記しています。経済見通しについては「展望リポート」p.2で「先行きのわが国経済を展望すると、各国の通商政策等の影響を受けて、海外経済が減速し、わが国企業の収益なども下押しされるもとで、緩和的な金融環境などが下支え要因として作用するものの、成長ペースは鈍化すると考えられる。」と指摘し、物価についてもp.4で「消費者物価の基調的な上昇率は、成長ペース鈍化などの影響を受けて伸び悩むものの、その後は、成長率が高まるもとで人手不足感が強まり、中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられる。」としています。その上で、金融政策運営に関してはp.8で「引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」と、金利の追加引上げに前のめりの姿勢を崩していません。

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「展望リポート」を離れると、本日、内閣府から4月の消費者態度指数が公表されています。4月統計では、前月から大きく▲2.9ポイント低下して31.2を記録しています。消費者態度指数を構成する4項目の指標がすべて前月差で低下しました。詳しく見ると、「暮らし向き」が▲3.6ポイント低下し27.3、「雇用環境」が▲3.5ポイント低下し35.7、「耐久消費財の買い時判断」が▲3.1ポイント低下し24.2、「収入の増え方」が▲1.3ポイント低下し37.5を示しています。統計作成官庁である内閣府では、1月統計で基調判断を「改善に足踏みがみられる」から「足踏みがみられる」に明確に1ノッチ下方修正した後、4月統計ではさらに「弱含んでいる」と、これまた明確に1ノッチ下方修正しています。なお、消費者態度指数の低下は5か月連続です。従来から主張しているように、いくぶんなりとも、消費者マインドは物価上昇=インフレに連動している部分があると考えるべきですが、本日公表の4月統計については、米国トランプ政権の関税政策についても大きく影響していると考えるべきです。
また、インフレに伴って注目を集めている1年後の物価見通しは、5%以上上昇するとの回答が3月統計の55.3%から本日公表の4月統計ではとうとう60.0%に上昇する一方で、2%以上5%未満物価が上がるとの回答は31.2%から26.9%に低下し、物価上昇の見通しは高い方にシフトしています。そして、物価上昇を見込む割合は93.2%と9割を超える高い水準が続いています。

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