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2025年6月30日 (月)

市場の事前コンセンサスを大きく下回った5月の鉱工業生産指数(IIP)

本日は月末ということで、経済産業省から5月の鉱工業生産指数(IIP)がそれぞれ公表されています。統計のヘッドラインとなるIIP生産指数は季節調整済みの系列で前月から▲0.9%の減産でした。3か月ぶりの減産となります。まず、日経新聞のサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

鉱工業生産指数、5月0.5%上昇 生産用機械や自動車けん引
経済産業省が30日発表した5月の鉱工業生産指数(2020年=100、季節調整済み)速報値は101.8となり、前月から0.5%上がった。生産用機械工業や自動車工業がけん引し、2カ月ぶりに上昇した。
全15業種のうち9業種が上昇し、5業種が低下、1業種が横ばいだった。生産の基調判断は前月の「一進一退」を据え置いた。
生産用機械工業は5.6%上がった。自動車向けの金型の生産が増えたほか、ショベル系掘削機械が伸びた。汎用・業務用機械工業は4.5%の上昇となった。軸受けの受注が増加したほか、輸出向けの圧縮機などの生産が増えた。
自動車工業は2.5%上昇した。普通乗用車の好調車種の生産増加が寄与した。ステアリングなど駆動伝導・操縦装置部品は前月までの生産調整からの反動で増えた。
自動車工業を除く輸送機械工業は16.3%低下した。航空機向けのエンジン部品や機体部品で、例年に比べて受注が少なかった。無機・有機化学工業は5.1%下がった。生産拠点が定期修理に入った影響で、ポリエチレンなどの生産が減少した。電子部品・デバイス工業は3.0%低下した。
主要企業の生産計画から算出する生産予測指数は6月に前月比で0.3%の上昇を見込む。企業の予測値は上振れしやすく、これまでの傾向をふまえた経産省による補正値はマイナス1.9%となった。電子部品・デバイス工業や電気・情報通信機械工業が伸びる一方で、自動車工業を含む輸送機械工業などが下押し要因となる。
経産省の担当者はトランプ米政権による自動車などへの関税政策の影響を指摘した。「前月に比べて生産や出荷への影響として、関税をあげる事業者がやや増えている」と語った。

やや長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、鉱工業生産と出荷のグラフは下の通りです。上のパネルは2020年=100となる鉱工業生産指数そのものであり、下は輸送機械を除く資本財出荷と耐久消費財出荷のそれぞれの指数です。いずれも季節調整済みの系列であり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、+3.5%の増産が予想されていましたので、実績である+0.5%増は市場予想から大きく下振れしました。レンジ下限が+0.5%でしたので、この下限と同水準となります。ただ、増産は増産ですし前月比プラスですので、統計作成官庁である経済産業省では生産の基調判断については、「一進一退」で据え置いています。昨年2024年7月から11か月連続で据え置かれています。先行きの生産については、製造工業生産予測指数を見ると、足下の6月は補正なしで+0.3%の増産、ただし、翌7月は▲0.7%の減産となっています。上方バイアスを除去した補正後では、6月の生産は▲3.4%の減産と試算されています。経済産業省の解説サイトによれば、5月統計における生産は、増産方向に寄与したのは、生産用機械工業が前月比+5.6%増で+0.47%の寄与度を示したほか、汎用・業務用機械工業が+4.5%増で+0.33%の寄与度、自動車工業が+2.5増の+0.32%の寄与度、などとなっており、他方、減産方向に寄与したのが、自動車を除く輸送機械工業が▲16.3%減で▲0.45%の寄与度、無機・有機化学工業が▲5.1%減で▲0.24%の寄与度、電子部品・デバイス工業が▲3.0%減で▲0.20%の寄与度、などとなっています。
広く報じられている通り、米国ではトランプ政権発足に伴って関税引上げを連発しています。日米交渉が進められているものの、とくに焦点となっている自動車工業をはじめとして輸出に依存する部分も決して無視できないことから、我が国の生産の先行きは極めて不透明となっています。日銀による再利上げとともに、トランプ関税がダウンサイドリスクを顕在化させかねない先行き懸念材料、もっとも大きな懸念材料のひとつといえます。リスクはダウンサイドに厚いと考えるべきです。

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2025年6月29日 (日)

伊藤将投手が完投完封でヤクルトに爆勝

  RHE
阪  神100040010 680
ヤクルト000000000 021

【神】伊藤将 - 坂本
【ヤ】アビラ、清水、荘司、丸山翔、松本健 - 古賀

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関西ではすでに梅雨明けし、東京も秒読みの蒸し暑い中、伊藤将投手が完投完封でヤクルトに爆勝でした。日曜日にこういう勝ち方をすると、明日からのお仕事がはかどるような気がします。
上の画像は本日のスタメンです。そうです。これですよね。前川選手が戻って6番に入り、佐藤輝選手がサードに、森下選手がライトに戻っています。頭部死球の中野二塁手が軽快な守備を見せましたし、ここから快進撃が始まる予感です。

甲子園に戻ってのジャイアンツ戦も、
がんばれタイガース!

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骨太方針「経済財政運営と改革の基本方針 2025」が決定されていたらしい

とても旧聞に属する話題ながら、6月13日、いわゆる骨太方針「経済財政運営と改革の基本方針 2025」が決定されていたらしいです。官邸サイトの画像と内閣府の文書へのリンクだけお示ししておきます。

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もともと、内閣府に勤務していた時でもほとんど興味なかったのですから、今でもほぼほぼ関心はありません。参議院選挙向けのアピールも兼ねているのかもしれません。

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2025年6月28日 (土)

今週の読書は経済書をはじめとして計7冊

今週の読書感想文は以下の通り計7冊です。
まず、ダニエル・ヴァルデンストロム『資産格差の経済史』(みすず書房)は、ピケティ教授が『21世紀の資本』で主張した格差の拡大のうちの富の格差拡大については否定し、富の水準は向上して豊かになり、住宅取得と年金貯蓄により富の格差は縮小している、と主張しています。坂井豊貴『[新版] 社会的選択理論への正体』(日本評論社)では、社会的な選択、特に投票による決定理論を扱っており、18世紀フランスのボルダとコンドルセから説き起こして、アローの不可能性定理まで、社会的な選択論を歴史的かつ理論的にコンパクトに解説し、この新版ではマジョリティ・ジャッジメントとレーティングが加えられています。荻原浩『我らが緑の大地』(角川書店)では、植物に関するスタートアップ企業であるグリーンプラネットの研究所に研究職として勤務する主人公が、知性と意図を持つ植物による反乱に対して研究所の仲間とともに世界の破滅を防ぐべく奮闘します。鈴木光司『ユビキタス』と読み比べたい作品です。秋山訓子『女性政治家が増えたら何が変わるのか』(集英社新書)では、タイトル通りに、女性政治家が増えるとどうなるかについて論じています。国政での女性政治家の進出が遅れていることから、主として地方公共団体に焦点が当てられており、特に、東京都杉並区が大きく取り上げられています。武田知弘『戦前の日本人』(宝島社新書)では、タイトル通りに、戦前、昭和初期くらいまでの日本の政治文化や風俗などを紹介しています。8章構成となっていて、順に、社会現象、政治、教育、性風俗、スポーツ、娯楽、家庭、都市生活が取り上げられています。札埜和雄『大阪弁の深み』(PHP新書)では、冒頭の大阪府警の採用募集ポスターから始まって、基本はユーモラスでありながら、優美ないし優雅とか上品な大阪弁ないし関西弁の特徴や魅力をさまざまな角度から考えようとしています。C.S. ルイス『ナルニア国物語5 馬と少年』(新潮文庫)は、ナルニア国シリーズ第5巻であり、ナルニア南方のカロールメンから奴隷に売られそうになった少年が馬に乗って北方のナルニアを目指し、途中でカロールメンの貴族の娘も同行するようになります。
今年の新刊書読書は1~5月に137冊を読んでレビューし、6月に入って先週と先々週で21冊、そして、今週の7冊を加えて、今年2025年前半1~6月合計で164冊となります。今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。なお、三方行成『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』(早川書房)も読んでいて、すでに、FacebookなどのSNSでシェアしていますが、2018年11月と数年前の出版であり、新刊書ではないと思いますので、本日のレビューには含めていません。

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まず、ダニエル・ヴァルデンストロム『資産格差の経済史』(みすず書房)を読みました。著者は、スウェーデンの産業経済学研究所の経済学教授を務めており、ご専門は経済的不平等、財政政策、経済史だそうです。本書の英語の原題は Richer and More Equal であり、2024年の出版です。本書の中身を一言で要約すると、要するに、ピケティ教授が『21世紀の資本』で主張した格差の拡大については、富の格差については否定し、英語の原題に示されている通り、富の水準は向上して豊かになり、富の格差は縮小している、ということになります。そして、その要因は、これまた、『21世紀の資本』の主張のように、戦争による破壊と累進課税制度というよりも、ふつうの市民の間での資産所有の拡大、とくに、自宅所有と年金貯蓄が大きな原動力になっている、という結論です。その結論をフランス、ドイツ、スペイン、スウェーデン、英国、米国の6か国のデータベースを作成して実証しようと試みています。加えて、20世紀には富の平等化が大いに進み、超富裕層の固定化はまったくなされていなくて流動的である、という結論も引き出しています。住宅所有の進展については、いわゆる広い意味での住宅ローンを提供する市場の成熟化により資金制約が緩和して、ふつうの市民が住宅を持てるようになった点を上げています。年金資産については、米国以外の欧州各国で社会保障の拡充がなされたわけですから、理解しやすいところかと考えます。ただ、そういった要因以上に富や資産の格差拡大が生じているのではないか、という実感があるのも事実です。本書でも確認しているように、ジニ係数で見て、フローである年間所得の格差の2倍くらいのストックの資産や富の格差があることは経済学における経験則ですし、ピケティ教授は、r>gという形で、成長率見合いの報酬の伸びしか得られない一般国民よりも、より高い成長がもたらされる資産保有者の方の所得が伸びて、富も蓄積される、と説得力を持って論じたわけです。1980年以降はオーター教授のいうところのスキル偏重型技術進歩、すなわち、高スキルの労働者に有利な技術進歩が進んだ結果として、所得格差が拡大していることも事実です。要するに、欧米では高所得者がさらに高所得になるという形で格差が進んでいるわけです。逆に、日本では雇用の非正規化などによって低所得者がさらに低所得に陥るという形で格差が拡大していることは多くのエコノミストのコンセンサスだろうと考えます。したがって、このフローの所得の格差拡大に関する議論をスキップする形で、あるいは、フローの所得の格差拡大を無視して、ストックの富や資産の格差が縮小している、という議論には大きな疑問があります。データベースについては詳細に見ていませんが、少なくとも、私が本書に収録されている限りの図表を見ていると、明らかに、1980年前後からの英米での新自由主義的な経済政策の採用により、富の格差が拡大しているのは事実だろうと思います。ただ、経済史としては、クズネッツ的な逆U字曲線に乗っかった形での平等化はまだ進んでいる、という主張もあり得るところだろうということは理解します。しかし、そうだとしても、前半の富の増加はともかく、所得格差の拡大に関する議論をすっ飛ばして、富の格差の平等化が進んでいるという本書の結論が多くのエコノミストのコンセンサスを得るのは難しそうな気がします。

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次に、坂井豊貴『[新版] 社会的選択理論への正体』(日本評論社)を読みました。著者は、慶應義塾大学経済学部の教授です。本書は書名に[新版]とあるように、新版ではないバージョンが2013年11月に出版されていて、私はそれも読んでいて、2014年にレビューしています。ほぼほぼ純粋なマイクロな経済学の選択理論のうち、経済的な選択、すなわち、消費対象の財とか生産の時期や量やといった経済的な選択ではなく、社会的な選択、特に投票による決定理論を扱っています。以前のバージョンと同じように、18世紀フランスのボルダとコンドルセから説き起こして、第5章と第6章のアローの不可能性定理まで、社会的な選択論を歴史的かつ理論的にコンパクトに解説しています。それらに加えて、この新版ではマジョリティ・ジャッジメントとレーティングについて新たに取り上げられています。詳細については、私自身が専門外なこともあって、読んでいただくしかありませんが、現在の単純多数決での決定だけではなく、何らかのウェイト付けをした上での投票とか、新たな決定方式を模索する上で参考になると考えます。ただ、政治的な投票において、例えば、女性の政治参加を促すためにクオータ制を取るとか、フランスの一部の地方自治体で実施されているペア投票制とかについては、まだ、学問的な解明が進んでいないのか、あるいは、著者や業界人の興味が薄いのか、本書ではまだ取り上げられてません。最後に、私が選択理論を軽視しがちであるひとつの理由は、無作為抽出により市民参加を基礎とするくじ引き民主主義=Lottocracyもかなりの程度に機能するんではないか、という思い込みがあるのですが、もちろん、そんなことをいっていては選択理論の学問的発展に何ら寄与しませんから、本書では取り上げていません。当然です。

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次に、荻原浩『我らが緑の大地』(角川書店)を読みました。著者は、小説家、それも、直木賞作家であり、長編小説として私は『ワンダーランド急行』と『笑う森』を読んだ記憶があります。本作品の主人公は植物に関するスタートアップ企業であるグリーンプラネットの研究所に研究職として勤める村岡野乃です。夫は単身米国で研究中であり、1才児の一樹とともに暮らしています。植物の会話=コミュニケーション能力について研究しています。すなわち、植物たちは分泌液を出すことで虫を呼び寄せたり、森の中できのこのような粘菌を張り巡らせることで意志の疎通を図り、同時に、意識を持って思考している、ということが判ってきています。その意思疎通について、AIを応用して翻訳して対話が出来ることを目指しています。グリーンプラネットの農場の視察に訪れた企業の社員が、生産された大豆を食べて救急搬送される事件が発生し、さらには、原因不明の山火事や、飢えて狂暴化した猿による襲撃、森を走る「謎の野人」の目撃情報など、奇怪な出来事が相次いで発生します。主人公の村岡野乃は、これらを知性と意図を持つ植物による反乱と考え、研究所の仲間とともに世界の破滅を防ぐべく奮闘します。ということで、詳細は読んでみてのお楽しみなのですが、1点だけ指摘しておきたいと思います。すなわち、同じ植物ホラーである鈴木光司『ユビキタス』(角川書店)と読み比べることを強くオススメします。たぶん、登場人物の多さや被害のスケールという点からは『ユビキタス』の方が壮大かつ精緻なホラーで、ハッキリいって、1枚上手なのだと私は思うのですが、本作品『我らが緑の大地』にも何とも捨てがたい魅力があります。その魅力は、登場人物のキャラクターに起因しているような気もします。ただ、どちらも、ラストがやや尻すぼみで淡々と終わる、というか、あっけなく解決してしまう点は少し残念に感じないでもありません。どうせフィクションなのですから、『リング』、『らせん』、『ループ』の三部作みたいに、地球が滅ぶ瀬戸際までストーリーを突き進めてもいいのに、と思わなくもありません。

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次に、秋山訓子『女性政治家が増えたら何が変わるのか』(集英社新書)を読みました。著者は、朝日新聞のジャーナリストであり、編集委員を務めています。まず、本書でも指摘されている通り、日本では女性の社会的、経済的、そして、政治的な参加が先進国とは思えないくらいに遅れており、特に、今月2025年6月12日に公表された世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダーギャップ報告書」では、調査対象148か国のうちの118位にランクされています。経済、教育、健康、政治の4分野の中で政治は1.000の満点に対してわずかに0.085と、見る影もありません。本書はタイトル通りに、その政治分野での女性政治家が増えるとどうなるかについて論じています。国政での女性政治家の進出が遅れていることから、主として地方公共団体に焦点が当てられており、特に、東京都杉並区が大きく取り上げられています。岸本区長が選出された折には私も大いに驚きましたが、さすがにそういった面での先進的な地域だと改めて実感した記憶があります。私自身は結婚した際に、杉並区にある公務員宿舎で新婚生活を始めて、子どもも生まれましたし、ジャカルタ赴任までの5年ほどを過ごした馴染みある地です。それはともかく、本書での情報源、というか取材対象は決して野党やリベラル勢力だけではなく、与党自民党の代議士にも及んでおり、偏りのない幅広い取材からの見方が示されています。「自民党は勝つためなら何でもする」わけですから、世間一般の流れに沿って、政権与党自身が変わる可能性を本書では否定していません。しかし、私自身はここ何年かの選択的夫婦別姓問題に関する自民党の態度を見て、本書のこの見方には疑問を持っています。加えて、私はエコノミストとして、政治分野を含めて、日本経済活性化の最後の砦が女性の政治経済分野での活躍だと感じています。フランスの一部地方自治体で実施されているペア選挙制度なんて、本書を読むまで知りませんでしたが、本書でも指摘しているように、クオータ制は世界100カ国超で採用されているわけですから、日本でも実現可能だと思います。私も経済学を教える際に、教育や気持ちの持ちようだけではなく、必要な場合には法令による規制や制度の整備などが政策的に必要と教えています。自由と平等の範囲内で女性の権利を広く認める制度が必要と感じます。とくに、本書では議論していないクリティカルマスの実現のために、政治の議員や企業の管理職などでクオータ制は導入すべき、と考えています。クオータ制は本書でも指摘されているように、家父長制的な社会構造のもとでの女性への不公正・不公平な扱いを修正する機能を持っている考えるべきです。選択的夫婦別姓に続く女性の参加拡大の次の手はクオータ制ではなかろうか、と私は考えています。

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次に、武田知弘『戦前の日本人』(宝島社新書)を読みました。著者は、ライターなんだろうと思います。本書では、タイトル通りに、戦前、昭和初期くらいまでの日本の政治文化や風俗などを紹介しています。8章構成となっていて、順に、社会現象、政治、教育、性風俗、スポーツ、娯楽、家庭、都市生活が取り上げられています。少なくとも、第2章の副題の「実は最先端の民主主義国家だった」というのは、きわめてミスリーディングといわざるを得ません。まあ、それ以外は、大雑把に、知っていることが多い気もしますが、それなりに楽しめる内容になっています。ただ、忘れるべきでないのは、戦前期日本は明らかに階級社会であり、今とは比べものにならないくらい格差が大きかったという点です。ですから、第5章のスポーツの副題「オリンピックでメダルを獲りまくっていた」というのは事実であるとしても、ごく一握りのトップクラスのアスリートに着目すれば、オリンピックのメダリストがいっぱい、ということですが、第4章の副題「いたるところに売春があった」のように、貧困に起因した身売りがいっぱいあったのも事実です。松本清張「天城越え」に登場する女性もそうですし、身売りに近い形での「奉公」も少なくありませんでした。本書で欠落しているのは、そういった貧困も含めて、農村部の国民生活です。戦後直後の1950年の時点ですら、就業者のうち第1次産業に重視している割合は50%近かったわけですから、現在の国民生活の実態に印象を近づけるべく最終章で都市生活を取り上げても、そういった都市住民が戦前期日本でマジョリティだったと考えるのは間違っています。私自身の関心分野に引きつけて、第3章の教育について考えると、副題が「お金がなくても優秀な子は大学まで行けた」となっていて、教員養成のための師範学校なんかが学費無料どころか、お給料をもらえた、というのは事実です。ですから、NHK朝ドラ「あんぱん」で主人公が師範学校に行っていたころのストーリーには少し私は違和感を持っていました。ただ、陸軍士官学校を持ち出すのはやや時代錯誤といえなくもありません。また、アジア近隣国から多数の留学生を受けいれていたのは、我が国における教育の質の高さよりは交通の便の関係ではないか、と考えなくもありません。飛行機でもって10-20時間で行ける時代と船で何か月もかかる時代では、留学先も違ってきます。繰り返しになりますが、それなりに楽しめる部分もありますが、本書の内容を鵜呑みにせずに批判的に受け止めるだけの読書や歴史の素養を持ちたいものです。

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次に、>札埜和雄『大阪弁の深み』(PHP新書)を読みました。著者は、龍谷大学文学部哲学科教授、日本笑い学会理事です。本書では、タイトル通りに、大阪弁≅関西弁の魅力を探ろうと試みています。その地方言葉の魅力を一言で表したのが表紙見開きに、「くすっと笑えるポスター、優美な大阪言葉」に凝縮されていると私も大いに同意します。基本はユーモラスでありながら、優美ないし優雅とか上品なのが、大阪弁≅関西弁の特徴や魅力なんだと思います。その魅力を冒頭の大阪府警の採用募集ポスターから始まって、ひらかたパーク=ひらパーで、また、街角でさまざま例を出しつつ、ややお固いところで、経済、行政、司法、あるいは、教育とスポーツでも確認しています。私は本書の大阪弁≅関西弁の特徴や魅力に加えて、理解しやすいというのも加えたいと思います。というのは、京都出身で関西弁を使いながら育ちつつ、大学卒業後は60歳の定年まで東京で公務員として勤務した身として、理解しがたい地方言葉は確実にあると感じているからです。発音で理解できない場合もあれば、たとえ文字にしてもまったく判らない、という場合も少なくありません。その昔に公務員住宅の年末大掃除に狩り出されて、「エンゾの掃除を頼む」と担当を決められてキョトンとしていると、「エンゾ掃除が嫌なのか」と文句をいわれたことがあります。そうではなく、「エンゾ」が何かを理解できなかったわけで、エンゾとはどぶや溝を指す方言であると説明されましたが、そんなのは知らなければ判るはずもありません。それなのに、どぶ掃除を嫌がっているというふうに受け止められるのは困るわけです。ところが、大阪弁≅関西弁はほぼほぼ全国で理解されるのではないか、と私は受け止めています。たぶん、人数が多かったり、メディアでの発信力が大きかったりするからだろうと思います。ただ、こういった大阪弁≅関西弁の魅力は、言葉の魅力だけではないと私は考えていますので、本書の指摘にもうひとつ、大阪人≅関西人のユーモラスで上品な性格や文化的な背景を加えた方がいいと感じています。もちろん、京都人のように、腹の中では決して上品なことを考えているわけではないにもかかわらず、口から出る言葉だけは上品で優美だったりする場合も少なくないのですが、言葉の表面だけではなく、その言葉が発せられる背景も言葉の魅力に大いに関係するのだろうと私は考えています。

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次に、C.S. ルイス『ナルニア国物語5 馬と少年』(新潮文庫)を読みました。著者は、著者は、アイルランド系の英国の小説家であるとともに、長らく英国ケンブリッジ大学の英文学教授を務めています。英語の原題は The Horse and His Boy であり、あくまで馬の方が主たる扱いを受けています。1954年の出版です。本書も、小澤身和子さんの訳し下ろしにより新潮文庫で復刊されているナルニア国物語のシリーズ第5巻です。繰り返しになりますが、あくまで馬のブリーの方が主であり、少年のシャスタが従という扱いです。本書の時期設定は、まだペペンシー家の4きょうだい、すなわち、ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーがナルニアに滞在しているころです。すでに、ナルニアは白い魔女から開放されています。そして、本書の冒頭に置かれた地図によれば、一番北に位置するナルニアに対して、一番南はカロールメンで、そのカロールメンから奴隷に売られそうになったシャスタがブリーに乗って逃げるところから始まります。ブリーはオスで、もともとがナルニアの馬でしたので、ナルニアへの道はよく知っていますし、何よりもしゃべることができます。そして、ブリーとシャスタがナルニアに向かう途中で同じカロールメンの貴族の娘であるアラヴィスと同行することになります。アラヴィスは父親の意向で老齢の宰相アホシュタと結婚させられそうになって、やっぱり、ナルニアのしゃべる牝馬のフインに乗ってナルニアを目指します。その途中で、彼らはカロールメンの王ティズロックの息子であるラバダシュがナルニアに侵攻する情報を聞きつけて、それをナルニアに伝えようとします。そして、最後は、シャスタの本当の姿が明らかになります。巻末の解説にもありますが、カロールメンはイスラム教の国を、北方のナルニアは欧州の国を、それぞれイメージさせるものがあり、そういった差別感情を読み取る読者もいるかもしれません。時代背景からして止むを得ないのかもしれませんが、違和感を覚える向きもあるかもしれません。でも、過剰に反応するのも読書の楽しみを損なう可能性がありますので、何とも悩ましいところです。

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2025年6月27日 (金)

伸びが鈍化し始めた5月の商業販売統計と改善が鈍化する5月の雇用統計

本日は月末閣議日ということで、経済産業省から商業販売統計が、さらに、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。いずれも5月の統計です。商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額は、季節調整していない原系列の統計で前年同月比+2.2%増の12兆8040億円を示し、季節調整済み指数は前月から▲0.2%の低下となっています。雇用統計のヘッドラインは、失業率は前月から横ばいで2.5%、有効求人倍率は▲0.02ポイント悪化して1.24倍を、それぞれ記録しています。まず、ロイターのサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

小売業販売5月は2.2%増、食品高でドラッグストア好調=経産省
経済産業省が27日に発表した5月の商業動態統計速報によると、小売業販売額(全店ベース)は前年比2.2%増12兆8040億円となった。ロイターの事前予測調査では2.7%増が予想されていた。コメなど食品値上げの継続でドラッグストアやスーパーなどの販売が伸びた。インバウンド関連は販売が減少した百貨店と菓子類が好調なコンビニエンスストアで明暗を分けた
<コメ代替で餅・パスタ好調、コンビニ菓子にインバウンド需要>
業種別の前年比では織物・衣服が7.2%増、機械器具小売業が5.8%増、医薬品・化粧品小売業が4.6%増などだった。
小売業販売額全体の押し上げに大きく寄与したのは医薬品・化粧品や飲食料品小売業で、食品価格の上昇が寄与した。
業態別の前年比ではドラッグストア6.4%増、スーパー5.4%増、コンビニエンスストア4.2%増、家電大型専門店4.7%増、ホームセンター0.6%増。
一方、百貨店は7.3%減となった。
コメなどの価格が高騰するなか、ドラッグストアは相対的に安い値段での販売が好調を維持している。スーパーはコメの値上げに加え「餅やパスタなどコメ代替食品の販売が伸びている」(経産省)という。
インバウンド関連では、百貨店販売は減少しているものの、「コンビニで菓子のインバウンド需要が伸びている」(同)という。
5月の気温が高かったため、家電大型専門店ではエアコンや扇風機の販売が伸びた。ホームセンターではファン付き作業服の販売が好調だった。
完全失業率は2.5%、3カ月連続で同水準 有効求人倍率1.24倍に低下
政府が27日に発表した5月の雇用関連指標は完全失業率が季節調整値で2.5%と、3カ月連続で同水準となった。有効求人倍率は1.24倍で、前月から0.02ポイント低下した。
ロイターの事前予測調査で完全失業率は2.5%、有効求人倍率は1.26倍が見込まれていた。
総務省によると、5月の就業者数は季節調整値で6837万人と、前月に比べて33万人増加。完全失業者数(同)は172万人で、4万人減少した。総務省の担当者は「失業状態だった人が就職したと推察される。雇用情勢は引き続き悪くない」と語った。
原数値の就業者数は6838万人で、比較可能な1953年以降で過去最多。正規の職員・従業員数は3723万人と、比較可能な2013年以降で過去最多だった。
<有効求人数、有効求職数とも増加>
厚生労働省によると、5月の有効求人数(季節調整値)は前月に比べて0.3%増加した。製造業や建設業、医療・福祉などで人手不足が継続している一方、物価高による各種コスト上昇で収益が圧迫され、採用を控える動きも出ている。
有効求職者数(同)は1.5%増加。物価高騰による先行き不安などから高年齢者層で新たな収益源を求めて求職活動を行う動きがみられるという。

複数の統計から取りましたので、やたらと長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、商業販売統計のヘッドラインとなる小売業販売額のグラフは上の通りです。上のパネルは季節調整していない原系列の小売業販売額の前年同月比増減率を、下は季節調整済みの2020年=100となる指数をプロットしています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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小売業販売のヘッドラインは季節調整していない原系列の前年同月比で見るのがエコノミストの間での慣例なのですが、見れば明らかな通り、伸び率はまだプラスを維持しているものの、やや伸びに鈍化が見られる上に、季節調整済みの系列では停滞感が明らかとなっていて、本日公表の5月統計では▲0.2%減のマイナスとなりました。引用した記事にある通り、ロイターでは季節調整していない原系列の小売業販売を前年同月比でみた伸びについて、市場の事前コンセンサスでは+2.7%増でしたので、実績の+2.2%増はこの観点からも下振れた印象です。統計作成官庁である経済産業省では基調判断について、季節調整済み指数の後方3か月移動平均により機械的に判断していて、本日公表の5月統計までの3か月後方移動平均の前月比が▲0.2%の低下となりましたので、2月からの「緩やかな上昇傾向」から明確に1ノッチ下方修正して「一進一退」に変更しています。加えて、参考まで、消費者物価指数(CPI)との関係では、5月統計ではヘッドライン上昇率が+3.5%となっていますので、小売業販売額の5月統計の前年同月比+2.2%の増加は、インフレ率を下回っており、実質消費はマイナスの可能性が高いといえます。さらに考慮しておくべき点は、国内需要ではなく海外からのインバウンドにより、部分的なりとも小売業販売額の伸びが支えられている可能性です。したがって、小売業販売額の伸びが国内消費の実態よりも過大に評価されている可能性は考慮されるべきです。

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続いて、雇用統計のグラフは上の通りです。いずれも季節調整済みの系列で、上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。よく知られたように、失業率は景気に対して遅行指標、有効求人倍率は一致指標、新規求人数ないし新規求人倍率は先行指標と見なされています。影を付けた部分は景気後退期を示しています。日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、失業率が2.5%有効求人倍率は1.26倍でしたし、引用した記事に見られるようにロイターでも失業率は2.5%、有効求人倍率は1.26倍が見込まれていました。本日公表された実績で、失業率が2.5%、有効求人倍率が1.24倍、というのは、市場の事前コンセンサスに比べると、やや下振れした印象です。ただし、いずれも予想のレンジ内ですから、人口減少局面下の人手不足を背景に、失業率・有効求人倍率ともに雇用の底堅さを示す水準が続いているように見えます。もちろん、そろそろ景気回復局面は後半期に入っている可能性が高いと考えるべきですし、その意味で、いっそうの雇用改善は難しいのかもしれません。雇用の先行指標とされている新規求人については、季節調整済みの系列で見て、5月統計では新規求人数・新規求人倍率ともに大きな減少や低下を示しています。単月での振れの激しい指標ながら、少し懸念されるところです。加えて、米国がソフトランディングに失敗して年内に景気後退局面に入る可能性が高まっており、いつまでも雇用の改善が続くわけではないと考えるべきです。ただ、現在の雇用改善鈍化の状態は、従来のように一気に悪化する景気後退局面とは異なるように見えます。

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2025年6月26日 (木)

来週7月1日公表予定の6月調査の日銀短観予想やいかに?

来週7月1日の公表を控えて、各シンクタンクから6月調査の日銀短観予想が出そろっています。いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、ネット上でオープンに公開されているリポートに限って、大企業製造業/非製造業の業況判断DIと全規模全産業の設備投資計画を取りまとめると下のテーブルの通りです。設備投資計画は来年度2025年度です。ただ、全規模全産業の設備投資計画の予想を出していないシンクタンクについては、適宜代替の予想を取っています。ヘッドラインは私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しましたが、可能な範囲で、先行き経済動向に注目しました。短観では先行きの業況判断なども調査していますが、より詳細な情報にご興味ある向きは左側の機関名にリンクを張ってあります。リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開くか、ダウンロード出来ると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちに Acrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名大企業製造業
大企業非製造業
<設備投資計画>
ヘッドライン
3月調査 (最近)+12
+35
<+0.1>
n.a.
日本総研+12
+34
<+3.1%>
先行き(9月調査)は、全規模・全産業で6月調査から▲1%ポイントの悪化を予想。製造業では、引き続き米国の関税引き上げに対する懸念が景況感を下押しする見通し。足元の資源価格の上昇などを受けて、素材系産業でも先行きの見方が慎重化する公算。一方、夏場にかけて物価が鈍化することで消費者マインドが改善し、対面サービスなどを中心に非製造業の景況感は幾分持ち直す見込み。
大和総研+14
+35
<+6.1%>
6 月日銀短観では、大企業製造業の業況判断 DI(先行き)は+11%pt(最近からの変化幅: ▲3%pt)、同非製造業は+34%pt(同: ▲1%pt)を予想する。
大企業製造業では、トランプ関税の悪影響をとりわけ強く受ける「自動車」で業況判断DI(先行き)が低下すると予想する。加えて、中国経済の停滞が続く中、同国向け輸出の多い機械関連の業種でも業況判断DI(先行き)が低下するとみている。
大企業非製造業については、トランプ関税が世界的な物流網に悪影響を与えるリスクへの警戒感から、「卸売」や「運輸・郵便」といった業種の業況判断DI(先行き)の低下を予想する。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+11
+35
<+4.5%>
大企業・製造業の業況判断DIの先行きは、2ポイントの悪化を予測する。トランプ関税を巡る日米関税交渉は依然着地点を見出すことができない状況にある模様だ。日本側は自動車等に対する25%の関税見直しが不可欠としており、米国との隔たりが大きい。ベッセント財務長官は、「誠意を持っている交渉していること」等を条件に、相互関税の猶予期間を一部延長する考えを示しており(6/11)、現状の関税水準(相互関税10%、特定品目25%(鉄鋼・アルミについては50%))が長期化する可能性がある。こうしたもとでは、特に鉄鋼・アルミや自動車といった高関税が課せられる業種の景況感の下押し圧力が強まる展開が予想される。
大企業・非製造業の業況判断DIの先行きは1ポイントの改善を予測する。春闘賃上げ率の高まりによる所得環境の改善により、先行きの個人消費は緩やかながらも回復するとみられるほか、好調なインバウンド消費も景況感の改善に寄与するだろう。トランプ関税は、卸売や海運など一部の業種に影響を与えるとみられるが、非製造業全体としてみれば、景況感は小幅ながらも改善を見込む。
ニッセイ基礎研+8
+32
<+4.0%>
先行きの景況感も総じて悪化が示されると予想。製造業では、トランプ関税の長期化やさらなる引き上げ、それに端を発する世界的な貿易摩擦への懸念が重石となる。非製造業でも、関税による悪影響の国内経済への波及のほか、物価高による消費の腰折れや各種コストの増加懸念が反映される形で、先行きの景況感が悪化すると見ている。
第一生命経済研+10
+36
<大企業製造業16.5%>
6月調査の日銀短観は、すでに実行されたトランプ関税の悪影響がじわじわと表れて、大企業・製造業の業況判断DIを小幅悪化させそうだ。非製造業は、前回比で改善が進むと予想する。日銀は、仕入価格・販売価格DIにも注目し、企業段階のインフレ圧力を測ろうとするだろう。
三菱総研+9
+34
<+4.9%>
先行きの業況判断DI(大企業)は、製造業+7%ポイント(3月調査「最近」から▲2%ポイント低下)、非製造業は+34%ポイント(同横ばい)を予測する。延期されている相互関税の上乗せ分の適用や、自動車関税の更なる引き上げの可能性が燻る中、日米間の関税交渉の着地点も予見しがたく、輸出環境を巡る不透明感は強い。製造業の景況感は一段と悪化するだろう。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+8
+34
<大企業全産業+5.7%>
大企業製造業の業況判断DI(最近)は、前回調査から4ポイント悪化の8と予測する。米国トランプ大統領による関税引き上げ等を受けて、素材業種、加工業種ともに業況感は悪化しよう。一方、先行きは、日米関税交渉の進展に対する期待が下支えとなり、業況判断DI(先行き)は1ポイント改善の9と企業マインドの底堅さを示す見通しになる可能性がある。
明治安田総研+10
+35
<+3.5%>
6月の先行きDIに関しても、大企業・製造業は2ポイント悪化の+8、中小企業・製造業も2ポイント悪化の▲2と予想する。米国による相互関税措置が90日間停止されるなか、これまで6度に及ぶ日米交渉が行なわれたが、いまだ合意には至っていない。焦点となる自動車関税について交渉が難航しているとの報道も相次いでおり、関税政策の不確実性の高まりは、先行きの業況感にも悪影響を与えるとみる。
農林中金総研+8
+33
<1.5%>
先行きに関しても、製造業を中心にトランプ関税の影響が徐々に出てくる可能性が高い。また、賃上げによる消費回復への期待は根強いもの、人件費増が業績圧迫につながることへの警戒もあるほか、人手不足感が高い非製造業を中心に業務を順調にこなせないことへの不安もあるとみられる。

見れば明らかな通り、3月調査から設備投資計画こそ上方改定されると見込まれるものの、景況感についてはやや下方にシフトし、先行きはまったく不透明です。先行き景況感が不透明な最大の理由は米国トランプ政権による関税などの通商政策の行方が方向感ないからです。加えて、ウクライナ戦争や中東における地政学的なリスクについても、方向感が失われていると考えるべきです。やはり経済外要因だったコロナ禍がかなり後景に退いたとはいえ、地政学リスクも含めて安定的なマクロ経済運営の基礎が失われているような気がしてなりません。私のようなアカデミック分野のエコノミストは「不明」とか、「不透明」の一言で済ませてしまいますが、人ごととはいえ、ビジネス界のエコノミストはタイヘンなんだろうと想像しています。
下の画像は、三菱総研のリポートから引用しています。

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2025年6月25日 (水)

+3%超の上昇率で高止まりする5月の企業向けサービス価格指数(SPPI)

本日、日銀から5月の企業向けサービス価格指数 (SPPI)が公表されています。ヘッドラインSPPIの前年同月比上昇率は前月4月の+3.4%からわずかに縮小して+3.3%を記録しています。ただ、変動の大きな国際運輸を除くコアSPPIの上昇率は前月から横ばいの+3.5%の上昇となっています。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。ロイターの記事は現時点でのものでホントのヘッドラインだけです。後ほどUPDATEされると思います。あしからず。

5月企業向けサービス価格、前年比3.3%上昇 前月比0.1%低下=日銀
日銀が25日に公表した5月の企業向けサービス価格指数速報は前年比で3.3%上昇する一方、前月比で0.1%低下した。4月は前年比3.4%上昇、前月比0.7%上昇(ともに改定値)だった。

注目の物価指標だけに、やや長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業向けサービス物価指数(SPPI)のグラフは下の通りです。上のパネルから順に、ヘッドラインのサービス物価(SPPI)上昇率及び変動の大きな国際運輸を除くコアSPPI上昇率とともに、企業物価(PPI)の国内物価上昇率もプロットしてあり、真ん中のパネルは日銀の公表資料の1ページ目のグラフをマネして、国内価格とサービス価格のそれぞれの指数水準をそのままプロットしています。一番下のパネルはヘッドラインSPPI上昇率の他に、日銀レビュー「企業向けサービス価格指数(SPPI)の人件費投入比率に基づく分類指数」で示された人件費投入比率に基づく分類指数のそれぞれの上昇率をプロットしています。影を付けた部分は、景気後退期を示しています。

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上のグラフで見ても明らかな通り、モノの方の企業物価指数(PPI)のトレンドはヘッドラインとなる国内物価指数で見る限り、2024年12月の前年同月比上昇率から再び+4%台となり、2025年4月統計まで+4%超の上昇率が続いた後、5月統計で+3.2%に減速しています。他方、本日公表された企業向けサービス物価指数(SPPI)は、指数水準としてコンスタントに上昇を続けている一方で、国内企業物価指数ほど上昇率が大きくないのが見て取れます。企業向けサービス価格指数(SPPI)のヘッドラインの前年同月比上昇率は、今年2025年1月に+3.5%の直近での上昇率のピークを記録してから、本日公表の2025年5月まで徐々に上昇率を縮小させていますが、まだ+3%台の上昇率を続けています。2024年10月からカウントしても8か月連続の+3%台の上昇率です。日銀物価目標の+2%を大きく上回って高止まりしているわけです。もちろん、日銀の物価目標+2%は消費者物価指数(CPI)のうち生鮮食品を除いた総合で定義されるコアCPIの上昇率ですから、本日公表の企業向けサービス価格指数(SPPI)とは指数を構成する品目もウェイトも大きく異なるものの、+3%超の上昇率はデフレに慣れきった国民や企業のマインドからすれば、かなり高い物価上昇と映っている可能性が高いと考えるべきです。人件費投入比率で分類した上昇率の違いをプロットした一番下のパネルを見ても、高人件費比率のサービス価格であっても+3%近い上昇率を示しています。すなわち、人件費をはじめとして幅広くコストアップが価格に転嫁されている印象です。その意味では、政府や日銀のいう物価と賃金の好循環が実現しているともいえますが、実態としては、物価上昇が賃金上昇を上回っており、国民生活が実質ベースで苦しくなっているのは事実と考えざるをえません。
もう少し詳しく、SPPIの大類別に基づいて5月統計のヘッドラインSPPI上昇率+3.3%への寄与度で見ると、宿泊サービスや機械修理や土木建築サービスなどの諸サービスが+1.73%ともっとも大きな寄与を示していて、ヘッドライン上昇率の半分超を占めています。諸サービスのうち、引用した記事にもあるように、宿泊サービスは4月の+17.2%の上昇から5月には+16.5%にやや縮小したとはいえ、インバウンド需要もあって引き続き2ケタ上昇が続いています。加えて、情報処理・提供サービスやソフトウェア開発やアクセスチャージなどといった情報通信が+0.53%、さらに、SPPI上昇率高止まりの背景となっている項目として、昨年2024年10月から郵便料金が値上げされた郵便・信書便、石油価格の影響が大きい道路貨物輸送さらに、旅行サービスなどの運輸・郵便が+0.50%、ほかに、不動産+0.25%、リース・レンタルも+0.10%、広告も+0.10%などとなっています。

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2025年6月24日 (火)

高校生のころからの集中的なアドバイスは大学の学士号取得に影響する

大学卒業と学位所得は低所得層出身学生にとって貧困脱出への大きな助けとなります。全米経済調査会(NBER)のワーキングペーパー "Increasing Degree Attainment Among Low-Income Students: The Role of Intensive Advising and College Quality" ではランダム化比較実験(RCT)と行政および調査データから高校や大学入学後の集中的なアドバイスが低所得層の学生の学士学位取得に有意な正の影響を及ぼすことを実証しています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

次に、NBERのサイトから論文のAbstractを引用すると以下の通りです。

Abstract
A college degree offers a pathway to economic mobility for low-income students. Using a multi-site randomized controlled trial combined with administrative and survey data, we demonstrate that intensive advising during high school and college significantly increases bachelor's degree attainment among lower-income students. We leverage unique data on pre-advising college preferences and causal forest methods to show that these gains are primarily driven by improvements in initial enrollment quality. Our results suggest that strategies targeting college choice may be a more effective and efficient means of increasing degree attainment than those focused solely on affordability.

では、どういったアドバイスなのかというと、やや抽象的ながら、"Advisors provide individualized support, helping students identify well-matched colleges and complete applications. They particularly encourage students to consider four-year institutions that offer an optimal combination of quality and affordability, with a focus on increasing bachelor's degree attainment." (p.4) ということになります。よく知られているように、日本では大学には入学すれば、かなり高い確率で学士号の学位を取得できるのですが、米国の場合はそうではありません。ですから、大学入学後のアドバイスも必要になります。本論文では、特に、baseline college ですから、大学の中でも下位校における集中的なアドバイスにより学士号の学位を取得できる確率が上がる、と指摘しています。そして、大学の学位を取得すれば、引用したAbstractの最初のセンテンスにあるように、"A college degree offers a pathway to economic mobility for low-income students." 低所得層からの脱出が可能になる道が開ける、ということです。下のグラフは、論文から Figure I: College Enrollment Over Time を引用しています。処置群が有意に対照群を上回っていることが読み取れます。なお、上のパネルはすべての大学、下は4年制大学の結果に限定しています。高校生や大学生を対象にRCTを行うことに対する倫理性面の問題については、私には疑問ナシとしないのですが、何らかの処置により大学で学位を得られることにより、所得階層のモビリティが高まるという点には合意します。

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2025年6月23日 (月)

日本経済研究センター(JCER)の長期経済予測「2075年 次世代AIが変える日本経済」

やや旧聞に属するトピックながら、日本経済研究センター(JCER)から長期経済予想「2075年 次世代AIが変える日本経済」の最終報告が明らかにされています。私自身は現時点ですでに60歳を大きく超えており、50年後の2075年に命長らえているとはとても思えませんが、大学で教えている20歳前後の大学生諸君はまだまだ元気にしていることと想像しますし、何といっても、エコノミストとしての関心からごく簡単に取り上げておきたいと思います。まず、JCERのサイトから主な予測結果を3点引用すると下の通りです。

主な予測結果
  • 人間と同等の能力を備えたAGIが社会に浸透し、幅広いタスク(作業)を担うと見込まれる【図表1】。このために、生成AI・AGIによる生産性上昇効果は、かつての電力や自動車の普及期に相当する規模まで拡大する【図表2】。
  • AGIとロボティクスが結び付く結果、ロボット技術に優位性を持つ中国のGDPが大幅に増加するが、人口減少が続くことから米中逆転には至らない【図表3】。日本はAGIを生かす人的資本拡大と産業変革を行えばGDP世界4位を維持可能【図表4】。一人当たりGDPは現在29位から25位まで上昇。また、名目GDPは2040年には1,000兆円を超えるとともに、一人当たり名目賃金は2024年比で約6割増となる
  • 産業別の生産額はAI・デジタル関連が大幅に増え、日本経済の大きな柱に。ヘルスケアは第2の柱。老化抑制など予防医療が伸びる。自動運転車などモビリティー関連も拡大【図表5】。

報告書は会員向けだけらしく、私の方ではまだ入手できていませんので、図表4: 実質GDPのランキング だけ下に引用しておきます。2075年における日本のGDP規模は、AGI=汎用人工知能を生かす人的資本拡大と産業変革を行えばGDP世界4位を維持可能、という見立てです。ただ、そういったことが出来てきてこなかったので、現在の日本の経済的ポジションの低下を招いてしまったので、11位まで低下する標準シナリオの方が実現可能性が高そうな気がしないでもありません。

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2025年6月22日 (日)

ソフトバンクに敗れて交流戦終了

  RHE
ソフトB000200100 351
阪  神000100000 152

【ソ】松本晴、津森、大山、松本裕、杉山 - 海野
【神】伊原、桐敷、富田、木下 - 坂本

ソフトバンクに完敗して、交流戦終了でした。
先発のドラ1ルーキー伊原投手はよく投げたのですが、4回の2失策がそのまま得点につながってしまいました。自責点ゼロでの敗戦投手です。ラッキーセブンのチャンスを逃した後、8回にはとどめを刺されて、完敗でした。相変わらず、森下選手がサッパリ打てません。今日は1-2番もノーヒットでした。頭部死球の中野二塁手が心配です。

リーグ再開後のヤクルト戦は、
がんばれタイガース!

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気候変動に関するOxFamのツイート

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上は、気候変動に関するOxFamのツイートのマンガです。以下のコメントが添えられています。

The far right is gutting climate laws, silencing activists, and spreading lies—backed by fossil fuel money. We must resist this sabotage.

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2025年6月21日 (土)

今週の読書は経済書のほかいろいろ読んで計6冊

今週の読書感想文は以下の通り、経済書のほかいろいろ読んで計6冊です。
まず、小田切宏之『競争政策論[第3版]』(日本評論社)は、大学の教科書としての活用を念頭に置きつつ、競争政策の経済学的な理論面だけではなく、公正取引委員会の審判や裁判の判例などを加えて、実例も豊富に収録されていて、一般のビジネスパーソンなどにも理解がはかどる内容となっています。森永卓郎・神山典士『さらば! グローバル資本主義』(東洋経済)では、共著の形ながら著者の1人であるアナリスト森永卓郎さんの絶筆ともいえ、一極集中で限界に達しつつある東京を離れたトカイナカの生活を語り、また、1985年JAL123便墜落をターニングポイントに、日本はことごとく米国の要求に従わざるを得なくなった、と主張しています。ジョディ・ローゼン『自転車』(左右社)では、200年前に発明された自転車についての自転車誌として世界各地の自転車に関する歴史と情報を、自転車を愛するジャーナリストが取りまとめています。馴染み深いアジアの情報もたくさん盛り込まれています。古藤日子『ぼっちのアリは死ぬ』(ちくま新書)では、実験で群れから引き離されて、孤立させられたアリはすみっこにいるようになり、果ては死んでしまう、という実験結果につき、その原因、というか、経緯を分子生物学で明らかにしようと試みています。ただ、アリは社会性あるとはいえ、人間に応用するにはムリがあるように感じました。石田祥『猫を処方いたします。 4』(PHP文芸文庫)は、京都市中京区麩屋町通上ル六角通西入ル富小路通下ル蛸薬師通東入ルにあり、なかなかたどり着かない「中京こころのびょういん」のニケ先生と看護師の千歳さんが、訪れる患者に薬ではなく猫を処方するシリーズ第4弾です。貴戸湊太『その塾講師、正体不明』(角川春樹事務所)では、中高生への個別指導を提供する学習塾の一番星学院桜台校に勤めている正体不明のアルバイト講師の不破が、中学生塾生の一番星(バンボシ)探偵団とともに、塾周辺で起きている連続通り魔事件の犯人解明に挑みます。
今年の新刊書読書は1~5月に137冊を読んでレビューし、6月に入って先週と先々週で15冊、そして、今週の6冊を加えて計158冊となります。半年足らずで150冊超ですので、今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。なお、最近のコメ問題の勉強、というか、授業準備として、小川真如『日本のコメ問題』(中公新書)も読んでいます。2022年6月と3年ほど前の出版であり、新刊書ではないと思いますので、本日のレビューには含めていません。『日本のコメ問題』も含めて、これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2などでシェアしたいと考えています。

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まず、小田切宏之『競争政策論[第3版]』(日本評論社)を読みました。著者は、一橋大学名誉教授であり、ご専門は産業組織論などとなっています。本書の初版は2008年、第2版は2017年に、それぞれ出版されており、昨年2024年に第3版が出ています。出版社からして学術書と考えるべきですが、出版社のサイトでは初級のテキストと位置づけられているようで、15回の大学の半期の授業を考慮して13章構成となっていますし、それほど難易度が高いわけではありません。一般のビジネスパーソンでも無理なく読みこなせることと思います。加えて、経済学的な理論面だけではなく、公正取引委員会の審判や裁判の判例などを加えてあり、実例も豊富に収録されていて、さらにいっそうビジネスパーソンの理解を進めてくれることと想像しています。私の専門はマクロ経済学であり、本書のようなマイクロな経済学はそれほど詳しくありませんが、読んでみて十分理解できると感じました。競争政策に関しては、まず、いわゆる厚生経済学の基本定理として、市場が競争的であればパレート最適な資源配分が達成される、というのがあります。要するに、競争市場は効率的なわけであり、逆に、競争制限的、典型的には独占やカルテルの存在は経済的な厚生を損なう、というわけです。他方で、資本主義的な経済では契約や営業の自由があります。厚生経済学の効率性というのは、そういった自由を制限するための公共の利益や公共の福祉があるわけです。その理論的な基礎と実例を本書では扱っています。特に、本書が版を重ねているのは、グローバル化の進展により競争政策の地平が広がり、さらに、最近のデジタル化によって、GAFAやプラットフォーム企業などの新たなビジネスモデルが現れたからといえます。総論としてはそういうことになり、詳細は読んでいただくしかありません。ということで、マイクロな経済学にそれほど専門性ない私の目から見て、独占市場に対する参入障壁が低い場合にコンテスタブル市場となって競争条件が整備される、また、プラットフォーム企業の競争をマルチサイド、というか、主として2サイドで見る、なんて点については知っていましたが、今回の読書でいくつか深まった点は以下の通りです。第1に、カルテルや談合における課徴金減免制度=リニエンシー制度、すなわち、内部告発のような形で、カルテルや談合の参加企業が自ら公正取引委員会に情報提供すると課徴金減免を受けられる制度なのですが、これは、いわゆる情報の非対称性を理論的根拠とすると教えられているようです。シロートながら、なるほどと感じた次第です。第2に、異なる財の間で代替性を測る需要の交差弾力性により競争関係は理解できるというのも新たな発見だったかもしれません。これも、シロート丸出しです。第3に、企業の合併や原価割れ販売にさまざまなケース、場合によっては十分に経済合理的で厚生を高める可能性あるケースがあることも勉強になりました。また、ネット接続などにおける不可欠設備の概念もよく整理されていました。最後に、研究開発やイノベーションについては、それなりの規模で市場支配力を有する企業の方が活発である、というシュンペーター仮説は、やっぱり、正しいと私は思います。

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次に、森永卓郎・神山典士『さらば! グローバル資本主義』(東洋経済)を読みました。著者は、今年2025年1月に亡くなった経済アナリストとノンフィクション作家です。森永本については、もう打止めと思っていたのですが、東洋経済から本書が共著の形ながら出版されましたので読んでみました。もちろん、基本的な主張は従来と変わりありません。トカイナカでつましく暮らし、一極集中で限界に達した東京からの脱出を語っています。私自身は2020年に東京を脱出しましたが、その後の5年余りで東京に限らず、日本に限らずのインフレが起こり、東京での生計費そのたは暴力的な上昇を続けています。特に本書の前半2章では、この一極集中とトカイナカへの脱出に焦点を当てています。東京では、教育と住宅がとてつもなく負担感を強め、さらに、国有地の払下げでメディアを東京に集中させ、情報まで一極集中してしまった現状を分析しています。ただ、私も子どもを東京に残して東京を脱出して故郷の関西に戻りましたが、脱出できる人とできない人がいる点は忘れるべきではありません。加えて、本書でもトカイナカはユートピアではないと明確に記している点も忘れるべきではありません。私のような半分引退した人間だけができるぜいたくかもしれません。とはいえ、私が大きく目からウロコを落としたのは第3章の1985年に起きたJAL123便墜落の見方です。従来から、1985年の日航機事故はボーイング社の整備の不手際によるものではなく、自衛隊機のミサイル誤射が原因という主張は見かけましたが、その発展形については私の理解が及んでいませんでした。この自衛隊による墜落の事実を米国に握られ、それをターニングポイントに日本はことごとく米国の要求に従わざるを得なくなった、という発展形を初めて理解しました。たとえば、1985年のプラザ合意による猛烈な円高の進行、そして、製造業の衰退、さらに、21世紀に入ってからの構造改革や新自由主義的な経済政策による格差拡大があり、それらの米国からの要求に加えて、財務省による緊縮財政が日本経済の現在の苦境をもたらした、という見方です。私自身は日航機事故の真実に関して何ら情報を持ち合わせませんので、本書が指摘するように、米国との関係について日航機事故が大きなターニングポイントになったかどうかについては不明です。ただ、戦後一貫して日本は米国に従属を強めており、目下の同盟者として米国の意に沿った政策運営を続けていますので、今さら、日航機事故がどうであれ関係ないような気もします。最後に、本書では政策レベルで対応すべき点に対して、個人レベルの対応で済ませよう、済ませるべき、としている点がいくつかあり、私は少し疑問を持っています。財務省の緊縮財政に対する反対はそれはそれでその通りなのですが、東京一極集中に関してはトカイナカなどを持ち出して、個人レベルでの対応を推奨してるかのごとき印象を受けます。これには私は同意できません。東京一極集中に対する政策対応を考えるべきです。この点は、現在のコメ問題にも通ずるものを感じます。コメ不足に対して家計レベルでの対応は限界があります。その昔の「欲しがりません、勝つまでは」を思い起こさせるような個人レベルでの対応の必要を論じるケースには、大いに眉につばして対応すべきであると私は考えています。

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次に、ジョディ・ローゼン『自転車』(左右社)を読みました。著者は、米国のジャーナリストであり、『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』などに音楽批評を寄港しているそうです。本書は、索引や注を含めると500ページ超の大作です。自転車を愛するジャーナリストによる自転車誌、自転車史となっています。まず、現在から約200年前に発明された自転車の歴史を簡単に概観しています。馬車のじゃまになるという観点から自転車を禁止した歴史から、200年後のコロナ禍での自転車によるデモ行進まで、とても興味深く、私なんぞの知らなかった歴史がひも解かれています。中国が1980年代の自転車大国から一転して自動車大国に至る転機に、天安門事件における自転車の果たした役割が重要であった点は刮目させられるものがありました。しかも、歴史の上での自転車に関するホラ話にも言及しています。レオナルド・ダ・ヴィンチが自転車の原型をなすスケッチをしたためていた、などです。また、自転車を実用性の面からだけではなく、見栄えの面からも評価しています。ただ、性的対象というのはやや行き過ぎの感を否めませんでした。第5章では、19世紀終わりの自転車狂の時代を象徴するメディア記事を大量に収録しています。その上で、というか、それらに交えて、世界各地の自転車について語っています。バングラデシュの過酷なリクシャの生活実態と仕事の実態、ブターン国王の自転車好き、などなど、我々日本人の身近なアジアのエピソードも豊富に収録しています。凍てつく零下30度の地での自転車については、とてもびっくりしました。タイタニック号にエクササイズ向けの自転車マシンがあったというのも初めて知りました。米国の200年紀=バイセンテニアルに因んで、バイクセンテニアルという行事があったのは、どこかで聞いた気がしましたが、詳細に語られていて印象的でした。そして、本書では決して自転車のいい面だけに着目しているわけではありません。最後の方では、自転車の墓場として廃棄が取り上げられます。パリのサンマルタン運河で水を抜いた際だけに知ることができる自転車の投棄の実態などなどです。さらに、植民地における自転車の負の役割についてもスポットが当てられています。単に自転車を賛美するだけでなく、こういった疑問も忘れずに取り上げています。ということで、日本でも自転車に乗る人はいっぱいいます。本書では、自転車は天気に勝てないと指摘していますが、私の知る限り、東京では短距離なら原則移動は自転車、雨が降ったらカッパを着てでも自転車、という人が決して少なくありませんでした。私の印象としては主婦の割合が高かったように記憶しています。私は雨の日はダメですが、自転車には乗ります。クロスバイクとロードバイクの2台を持っています。今週は梅雨の中休みでいいお天気が続きましたので、大学への出勤は自転車が多かったです。というか、月曜日以外は自転車で出勤していました。ただ、自転車、特にスポーツバイクに関しては1点だけ疑問があり、タイヤが細くて集合住宅などの自転車置き場のレールにうまく収まらないので、自宅内に持って入る人を見かけます。理解しなくもありませんが、やや過剰な取扱いと感じなくもなく、「王より飛車を可愛がり」という将棋の格言を思い出してしまいます。

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次に、古藤日子『ぼっちのアリは死ぬ』(ちくま新書)を読みました。著者は、東京大学大学院の薬学研究科を卒業した後、現在は国立研究開発法人産業技術総合研究所主任研究員としてアリの社会性研究を行っています。はい、これまた、私の専門分野である経済学からは遠く離れているような気がしますが、ハチと同じように社会性を持つ昆虫ですし、大学の図書館で誰か先生が推薦していたので借りて読んでみました。はい。結論はすごくシンプルであり、本書のタイトル通りです。実験で群れから引き離されて、ひとりぼっちにされたアリは死んでしまう、ということです。しかも、その孤立させられたアリはすみっこにいるようになり、果てに死んでしまう、ということで、その原因、というか、経緯を分子生物学で明らかにしようと試みています。学術的な中身については私は十分に理解した自信はありません。ただ、いくつかの点で自然科学だけでなく社会科学の観点から疑問に思うところがあります。まず第1に、、少なくとも、社会性、それも、真社会性があるとはいえ、アリの研究をそのまま人間社会に当てはめるのはムリだということです。当たり前です。人間は、ロビンソン・クルーソー的な状態に置かれてもそうそう早くすぐに死ぬことはありません。まあ、ロビンソン・クルーソーもフライデーという仲間が後にできるわけですが、1人になってもたくましく生き延びようと努力します。フィクションの小説とはいえ、生き延びようとする努力は真実に近いといえます。第2に、ぼっちのアリが死ぬクリティカルマスについては言及ないのが不思議です。1匹なら死ぬというのは実験で確かめられたとはいえ、2匹ならどうなのか、3匹ならどうなのか、といった形で、アリが死なないクリティカルマスについても知りたい、というのが私の疑問です。第3に、死因について私は理解がはかどりませんでした。活性酸素と酸化ストレスなのだそうですが、それを人間になぞらえることができるかどうか、私はキチンと読み取れた自信がありません。また、すみっこに行くという事実と死因が何らかの関係あるのか、ないのか、この点についても私が読み逃しているのかもしれませんが、特段の言及なかった気がします。いずれにせよ、本書冒頭で主張されているように、社会的な孤立が健康に悪影響を及ぼす、というのがたとえ事実であるとしても、本書の論証ははなはだ不足しているといわざるを得ません。加えて、アリにはないであろう心因性の死因が、直接の原因ではないとしても、人間にはありそうな気がします。この点も考慮する必要があるように思います。

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次に、石田祥『猫を処方いたします。 4』(PHP文芸文庫)を読みました。著者は、京都ご出身の小説家です。本書もすでにシリーズ第4巻となりました。京都市中京区麩屋町通上ル六角通西入ル富小路通下ル蛸薬師通東入ルにあり、なかなかたどり着かない「中京こころのびょういん」のニケ先生と看護師の千歳さん、さらに、京都市内の外れにある『保護猫センター都の家』の副センター長の梶原友弥などがレギュラーの登場人物であり、この第4巻は4話の短編を収録しています。第1話は、スマホ中毒、スマホ依存症のような11歳の小学生、稲田海斗が患者として、母親に連れられてやってきます。「先生に診てもらって治ったそうです」と母親が紹介者について話すと、「あはは。そんなアホな」とニケ先生が応じたりして軽妙な会話が交わされます。あんずという名のメス12歳、アメリカンショートヘアの老猫が処方されます。第2話では、自分のことを可愛くないと考えるルッキズムに陥った女子大生の荒川凪沙がやってきて、ナゴムという名の6歳のオス、エキゾチックショートヘアを処方されます。第3話では、建築現場で働く夫の陣内宗隆を持つ陣内サツキが主人公です。陣内サツキは50代後半でもう孫もいる年齢なのですが、数年前に死んだ愛猫のチャトが忘れられず、『保護猫センター都の家』に来ても、保護猫を引き取れません。夫の陣内宗隆が「中京こころのびょういん」に行って、ニニイという名の推定2歳の雑種メスを陣内サツキ向けに処方されます。第4話では、鳥井緑26歳と青21歳の姉弟が主人公です。青井緑が名称未定ながら、処方された後にシロと呼ぶようになった3か月のカオマニーの子猫を処方されますが、5日の処方期間だけでは返却されません。この最終話ではブリーダーがネコの大量死を招いた中京ニーニーズの事件について、情報が開示されます。最後の最後で、「中京こころのびょういん」が入居しているビルの取壊しの話が出てきます。さて、第5巻ではどうなりますことやら。

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次に、貴戸湊太『その塾講師、正体不明』(角川春樹事務所)を読みました。著者は、ミステリ作家なんですが、学園ミステリ『ユリコは一人だけになった』で第18回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2020年に改稿作品『そして、ユリコは一人になった』にて小説家デビューしています。最新刊は『図書館に火をつけたら』であり、それについては最近読んでレビューしたので、その前作の本書を読んでみました。舞台となるのは個別指導塾の一番星学院桜台校です。中高生を対象にしていて、室長の他に正社員講師が2名、そして、本書の主人公である不破勇吾はアルバイト講師28歳ですが、もちろん、不破勇吾の他にもアルバイト講師がいます。アルバイト講師は多くが大学生でタメ語で話して親しみやすいのですが、主人公の不破勇吾は前職不明の社会人で、しかも、タメ語では話さずに冷たく恐ろしい雰囲気を持っています。ただし、この不破勇吾の正体を明らかにすることが謎ではありません。不破勇吾の正体は第1話で早々に明らかにされます。ですから、謎解きの対象は一番星学院桜台校の周辺で起きている連続通り魔事件であり、最後は殺人事件まで起こってしまいます。本書はその謎解きに中学生の塾生たちの一番星(バンボシ)探偵団が挑み、最終的には塾生の探偵団と主人公の不破勇吾で謎を解き明かすことになります。3話から成る連作の短編集ないし中編集なのですが、単なる連続通り魔の犯人探しというミステリの要素だけでなく、学校ではないとはいえ学習塾を舞台にしていますので、大学受験や高校受験あるいは生徒の進路、親による教育虐待、学校と学習塾のいじめなどなど、学校と教育と生徒を取り巻くさまざまな社会的問題にも注意が払われています。ただ、一番星学院桜台校の関係者、すなわち、不破をはじめとする塾講師や室長、生徒とその親が主要な登場人物ですので、ミステリとしては限られた人間での犯人探しですから、犯人の動機の点などでやや底が浅い気はします。その分、でもないのでしょうが、教育問題をいっぱい盛り込んだ社会派の力作ミステリといえます。

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2025年6月20日 (金)

欧州でも暑いらしい

今週は夏本番の暑さでしたが、ウェザーニュースのコラム「ヨーロッパでも厳しい暑さ」によれば欧州でも暑いようです。
昨日6月19日(木)の最高気温はウェザーニュースのサイトから引用した下の画像の通りですが、スペインの首都マドリードでは37.3℃、スペイン国内では40℃を超えた地点もあったようです。英国のロンドンでも今年初めて30℃を超えています。
欧州の暑さの原因は、上空を流れる強い風である偏西風が大きく北に蛇行する「オメガブロック」だとウェザーニュースでは指摘しています。日欧でほぼほ同時に気温が急上昇しているわけですから、まあ、気候変動が大本の原因なんだろう、と私は考えています。

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コメ価格の上昇により5月の消費者物価指数(CPI)上昇率は再び加速

本日、総務省統計局から5月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の前年同月比で見て、前月の+3.5%からさらに加速して+3.7%を記録しています。まだまだ+3%台のインフレが続いています。日銀の物価目標である+2%以上の上昇は2022年4月から38か月、すなわち、3年余り続いています。ヘッドライン上昇率も+3.5%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率も+3.3%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

5月の消費者物価3.7%上昇 伸び拡大、コメは101.7%高
総務省が20日発表した5月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合が111.4となり、前年同月と比べて3.7%上昇した。4月の3.5%を上回り、3カ月連続で伸び率が拡大した。食料品の値上げなどが物価を押し上げた。コメ類の上昇幅は101.7%だった。
生鮮食品を除く総合の上昇幅は、直近でピークだった2023年1月以来、2年4カ月ぶりの大きさとなった。2%を上回るのは38カ月連続となる。QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は3.6%の上昇だった。
コメ類は101.7%上昇し、比較可能な1971年1月以降で最大の上げ幅となった。8カ月連続で過去最大を更新した。外食や調理食品にも波及し、外食のすしは6.3%、おにぎりは19.2%それぞれ上がった。
消費者物価指数で調べるコメは単一原料米で、ブレンド米を含まない。総務省によると、毎月同等の商品を調べられるよう全国の消費者が最も多く買っている商品を選択している。今回の調査期間は5月14~16日。
生鮮食品を除く食料は7.7%プラスで前月(7.0%)を上回った。品目別の上昇率をみると、チョコレートは27.1%だった。原材料価格の高騰で価格改定があったことが影響した。飲料はコーヒー豆が28.2%となった。主要原産国のブラジルが天候不良で出荷量が減少し、需給が逼迫した。
生鮮食品を含む総合は111.8で、前年同月と比べて3.5%上昇した。4月の3.6%から小幅になった。生鮮食品は0.1%下落で、4月(3.9%プラス)から大幅に下がった。キャベツは39.2%マイナスだった。4~5月の気候が生育に適しており、出荷が増えた。そのほかブロッコリー、ネギの価格が足元で下落した。
エネルギー価格は8.1%上がり、4月(9.3%)よりも伸び率が縮んだ。内訳は電気代が11.3%上がり、4月(13.5%)から伸びが鈍化した。再生可能エネルギーの普及を目的とした「再生可能エネルギー賦課金」が昨年5月に引き上げられ大幅に上昇した反動が出た。都市ガス代は6.3%プラスと、4月(4.7%)より伸びが拡大した。政府の電気・ガス代補助の終了を受けた値上げが影響した。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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引用した記事には、2パラめにあるように、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+3.6%ということでしたので、実績の+3.7%の上昇率はやや上振れた印象です。また、エネルギー関連の価格については、政府の「電気・ガス料金負担軽減支援事業」の終了に伴う値上げの影響が含まれています。続いて、品目別に消費者物価指数(CPI)の前年同月比上昇率とヘッドライン上昇率に対する寄与度を少し詳しく見ると、まず、食料とエネルギー価格の上昇が引き続き大きくなっています。すなわち、先月4月統計では生鮮食品を除く食料の上昇率が前年同月比+7.0%、ヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度+1.68%であったのが、5月統計ではそれぞれ+7.7%、+1.84%と、一段と高い上昇率と寄与度を示しています。寄与度差は+0.16%ポイントあります。他方で、エネルギー価格も上昇しています。すなわち、エネルギー価格については4月統計で+9.3%の上昇率、寄与度+0.71%でしたが、本日公表の5月統計でも上昇率+8.1%、寄与度+0.63%と高止まりしています。したがって、生鮮食品を除く食料とエネルギーだけで5月のヘッドラインCPI上昇率3.5%のうちの+2.5%ポイントほどを占めることになります。特に、食料の中で上昇率が大きいのはコメであり、生鮮食品を除く食料の寄与度+1.84%のうち、コシヒカリを除くうるち米だけで寄与度は+0.38%に達しています。上昇率は前年同月比で+101.0%ですから、昨年から2倍に値上げされている、ということになります。としても、また、電気代も高騰を続けており、4月統計の+13.5%の上昇に続いて、5月はも+11.3%の上昇と、2ケタ上昇が続いています。
多くのエコノミストが注目している食料の細かい内訳について、前年同月比上昇率とヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度で見ると、繰り返しになりますが、生鮮食品を除く食料が上昇率+7.7%、寄与度+1.84%に上ります。その食料の中で、これも繰り返しになりますが、コシヒカリを除くうるち米が+101.0%の上昇と2倍超に値上がりしていて、寄与度も+0.38%あります。備蓄米が出回り始めたとはいえ、価格だけでなく量もまだ不足しているように見受けられ、そもそも、スーパーなどの店頭で見かけなくなった気すらします。うるち米を含む穀類全体の寄与度は+0.66%に上ります。コメ価格の推移は下のグラフの通りです。コメ値上がりの余波を受けたおにぎりなどの調理食品が上昇率+6.4%、寄与度+0.24%、同様にすしなどの外食も上昇率+4.4%、寄与度+0.21%を示しています。主食のコメに加えて、カカオショックとも呼ばれたチョコレートなどの菓子類も上昇率+7.4%、寄与度+0.20%に上っています。ほかの食料でも、豚肉などの肉類が上昇率+6.2%、寄与度+0.16%、コーヒー豆などの飲料も上昇率+7.1%、寄与度0.12%、などなどと書き出せばキリがないほどです。食料や電気は国民生活に欠かせない基礎的な財であり、国民生活安定緊急措置法の規定に基づいて政令を改正して「米穀の譲渡制限」、すなわち、転売を禁止しましたが、こういった価格の安定を目指す政策を推進するとともに、価格上昇を上回る賃上げを目指した春闘の成果を期待しています。
最後に、総務省統計局の小売物価統計を元にした農林水産省資料「小売物価(東京都区部)の推移(総務省小売物価統計)」から引用した コメの小売価格 のグラフは下の通りです。昨年2024年年央くらいまで長らく5キロで2000~2500円のレンジにあったのですが、最近時点では5000円に近づいており、コメの猛烈な価格上昇が見て取れると思います。

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2025年6月19日 (木)

米国ではどの種類の米国人かで死亡率が違う

昨年封切りの近未来SF映画「シビル・ウォー」でどの種類の米国人かで生死を分ける場面があったやに聞き及んでいます。それについて、全米経済調査会(NBER)のワーキングペーパー "Racial Disparities in Mortality by Sex, Age, and Cause of Death" がそういった事実があることを実証しています。まず、論文の引用情報については下の通りです。

続いて、NBERのサイトから論文のAbstractを引用すると下の通りです。

Abstract
Racial differences in mortality are large, persistent and likely caused, at least in part, by racism. While the causal pathways linking racism to mortality are conceptually well defined, empirical evidence to support causal claims related to its effect on health is incomplete. In this study, we provide a unique set of facts about racial disparities in mortality that all theories of racism and health need to confront to be convincing. We measure racial disparities in mortality between ages 40 and 80 for both males and females and for several causes of death and, measure how those disparities change with age. Estimates indicate that racial disparities in mortality grow with age but at a decreasing rate. Estimates also indicate that the source of racial disparities in mortality changes with age, sex and cause of death. For men in their fifties, racial disparities in mortality are primarily caused by disparities in deaths due to external causes. For both sexes, it is racial disparities in death from healthcare amenable causes that are the main cause of racial disparities in mortality between ages 55 and 75. Notably, racial disparities in cancer and other causes of death are relatively small even though these causes of death account for over half of all deaths. Adjusting for economic resources and health largely eliminate racial disparities in mortality at all ages and the mediating effect of these factors grows with age. The pattern of results suggests that, to the extent that racism influences health, it is primarily through racism's effect on investments to treat healthcare amenable diseases that cause racial disparities in mortality.

続いて、論文から Figure 1. All-cause Hazard Rate of Dying by Sex, Race and Age を引用すると下の通りです。

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要するに、Abstractの最後のセンテンスにある "to the extent that racism influences health, it is primarily through racism's effect on investments to treat healthcare amenable diseases that cause racial disparities in mortality." ということなのだろうと思います。ですから、レイシズム、というか、人種的な偏見や差別によって医療を受けられない可能性は決して否定できませんが、レイシズムや人種的な偏見・差別が所得格差を生み出し、その所得格差が医療投資の差をもたらしている可能性も否定できません。死亡率という量的指標とともに、死亡原因という質的な面でも人種的な差がある点がこの論文で差の差(DiD)分析により報告されています。フロントドアが何であれ、バックドアの原因が人種的な偏見や差別にあることは明らかであり、それが現在のトランプ政権により増幅されている可能性が憂慮されます。はい、大いに憂慮されます。

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2025年6月18日 (水)

米国向け自動車輸出が落ち込んだ5月の貿易統計と反動減を示した4月の機械受注

本日、財務省から5月の貿易統計が、また、内閣府から4月の機械受注が、それぞれ公表されています。貿易統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比▲1.7%減の8兆1349億円に対して、輸入額は▲7.7%減の8兆7726億円、差引き貿易収支は▲6376億円の赤字を計上しています。また、機械受注のうち民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注は、季節調整済みの系列で見て前月から▲9.1%減の9190億円と、3か月ぶりの前月比マイナスを記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

5月輸出額、8カ月ぶり減少 米国向け自動車落ち込む
財務省が18日発表した5月の貿易統計速報によると、輸出額は前年同月に比べ1.7%減の8兆1349億円だった。8カ月ぶりに減少した。主に米国向けの自動車の輸出が落ち込んだ。トランプ米政権が4月に発動した追加関税の影響が広がり始めた可能性がある。
地域別の輸出額は、米国向けが11.1%減の1兆5140億円だった。このうち自動車の輸出額が24.7%減と大きく落ち込んだ。台数ベースでみると3.9%減にとどまっており、輸出価格が下がった影響が大きい。
日本車メーカーが関税の影響を和らげるため、価格を下げたり、価格の低い車種を優先して輸出したりした可能性がある。
米国向けの自動車部品や半導体製造装置などの輸出も落ち込んだ。米国からの輸入額は13.5%減った。対米輸出から同輸入を差し引いた貿易収支は4517億円の黒字で、5カ月ぶりに減少した。
中国向けの輸出は8.8%減の1兆4417億円だった。半導体製造装置や銅、ハイブリッド車(HV)などの輸出額が減った。
世界全体からの輸入額は8兆7726億円と7.7%減った。2カ月連続で減少した。原粗油は輸入数量が3.5%増、輸入額が18.9%減だった。資源価格の下落や円高が輸入額を押し下げた。
米国からの医薬品、中国からのパソコンや石油製品の輸入も増えた。
輸出から輸入を差し引いた貿易収支は6376億円の赤字になった。赤字は2カ月連続となる。
4月の機械受注、9.1%減 3カ月ぶりマイナス
内閣府が18日発表した4月の機械受注統計によると、設備投資の先行指標とされる船舶・電力を除く民需(季節調整済み)は前月比で9.1%減の9190億円だった。3カ月ぶりにマイナスに転じた。製造業、非製造業ともに前月比でマイナスだった。
基調判断は「持ち直しの動きがみられる」で据え置いた。QUICKが事前にまとめた船舶・電力を除く民需の市場予測の中央値は9.9%減だった。
内訳をみると、製造業が0.6%減の4566億円だった。17業種のうち、電気機械やはん用・生産用機械など7業種が前月比で減少した。
調査はトランプ米政権による関税措置が発動した4月の受注状況が対象となった。内閣府の担当者は「今月の数字上からは(政策の影響は)確認できない」と説明した。自動車・同付属品は20.3%減だったものの、鉄鋼業は39.9%増と伸びた。
非製造業(船舶・電力を除く)は11.8%減の4708億円だった。「その他非製造業」や金融業・保険業が落ち込んだ。
民需(船舶・電力除く)について毎月のぶれをならした3カ月移動平均は2.2%増でプラスを維持した。

包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、貿易統計のグラフは下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも△8908億円と、△9000億円近い貿易赤字が見込まれていたところ、実績の▲6376億円の赤字はやや上振れした印象です。季節調整済みの系列でも、3-5月の貿易赤字は▲3000-3500億円ですし、5月は▲3055億円の赤字を記録しています。いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、輸入は国内の生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。固定為替相場制度を取っていた高度成長期のように、「国際収支の天井」を意識した政策運営は、現在の変動為替制度の下ではまったく必要なく、比較優位に基づいた貿易が実行されればいいと考えています。それよりも、米国のトランプ新大統領の関税政策による世界貿易のかく乱によって資源配分の最適化が損なわれる可能性の方がよほど懸念されます。カナダで開催されていたG7会合における首脳会談では合意に至らなかったようですし、今後の進展が注目されます。
本日公表された5月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により主要品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油が数量ベースで+3.5%増、金額ベースで▲18.9%減となっています。エネルギーよりも注目されている食料品は金額ベースで▲3.4%減ながら、輸入総額は▲7.7%減ですので、品目別に見てそれほど減っていないともいえます。特に、食料品のうちの穀物類は数量ベースで+0.5%増、金額ベースでは▲6.8%減となっています。原料品のうちの非鉄金属鉱は数量ベースで▲10.4%減、金額ベースで▲24.2%減を記録しています。輸出に目を転ずると、輸送用機器のうちの自動車が数量ベースで+3.8%増となったものの、金額ベースでは▲6.9%減となっています。自動車輸出における数量ベース増の金額ベース減は明らかに、日本のメーカーあるいは輸出商社の方で関税分を負担して自動車価格に上乗せしていないことを表していると考えるべきです。どこまでこういった関税負担がサステイナブルであるかは私には不明です。電気機器も同じく▲3.5%減となっている一方で、一般機械が金額ベースで+3.1%増と伸びを示しています。引用した記事にあるように、「追加関税の影響が広がり始めた可能性」は否定できません。国別輸出の前年同月比もついでに見ておくと、中国向け輸出が前年同月比で▲8.8%減となったにもかかわらず、中国も含めたアジア向けの地域全体では+0.4%増の堅調な動きとなっています。他方で、米国向けは▲11.1%減と大きく落ち込んでいます。ただ、西欧向けは+3.1%増となっています。繰り返しになりますが、今後の輸出については、米国トランプ政権の関税政策次第と考えるべきです。

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続いて、機械受注のグラフは上の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。引用した記事では、「市場予測の中央値は9.9%減」とありますが、私が見ている範囲では、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも同じ前月比▲10.0%減でした。実績の▲9.1%減はやや上振れした印象ながら、大きなサプライズはありませんでした。いずれにせよ、3月統計で前月比+13.0%像を記録した後の4月統計の▲9.1%減ですから、先月の大幅増の反動と考えるべきです。ですので、記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では、基調判断を「持ち直しの動きがみられる」で据え置いています。季節調整済みの前月比で見て、製造業が▲0.6%減であった一方、船舶・電力除く非製造業は▲11.8%減となっています。1~3月期のコア機械受注は前期比で+3.9%増の2兆7632億円でしたが、4~6月期見通しでは▲2.1%の減少に転ずると見込まれていますので、4月統計はそれに沿った動きと見ることも出来ますが、トランプ関税次第では下振れする可能性も否定できません。
日銀短観などで示されたソフトデータの投資計画が着実な増加の方向を示している一方で、機械受注やGDPなどのハードデータで設備投資が増加していないという不整合があり、現時点ではまだ解消されているわけではないと私は考えています。人手不足は近い将来にはまだ続くことが歩く予想されますし、DXあるいはGXに向けた投資が盛り上がらないというのは、低迷する日本経済を象徴しているとはいえ、大きな懸念材料のひとつです。かつて、途上国では機械化が進まないのは人件費が安いからであるという議論が広く見受けられましたが、日本もそうなってしまうのでしょうか。でも、設備投資の今後の伸びを期待したいところですが、先行きについては決して楽観はできません。特に、繰り返しになりますが、米国のトランプ政権の関税政策や中東の地政学的リスクなどにより先行き不透明さが増していることは設備投資にはマイナス要因です。加えて、国内要因として、日銀が金利の追加引上げにご熱心ですので、すでに実行されている利上げの影響がラグを伴って現れる可能性も含めて、金利に敏感な設備投資には悪影響を及ぼすことは明らかですどう考えても、先行きについては、リスクは下方に厚いと考えるべきです。

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2025年6月17日 (火)

産労総合研究所「2025年度 決定初任給調査」中間集計やいかに?

先週木曜日の6月12日に、産労総合研究所から「2025年度 決定初任給調査」中間集計の結果が明らかにされています。62.7%の企業が初任給を引き上げたと回答しています。まず、産労総合研究所のサイトから中間報告の結果を2点引用すると以下の通りです。

2025年度 決定初任給調査 中間集計
  • 62.7%の企業が初任給を「引き上げた」
  • 大学卒【一律】23万6,868円 4.11%UP/高校卒【一律】19万7,459円 4.79%UP

続いて、『賃金事情』2025年6月5日号から 2025年度の初任給の改定状況 を引用すると以下の通りです。

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見れば明らかですが、初任給を引き上げた62.7%の企業の理由のうち、「人材を確保するため」が71.9%、「在籍者のベースアップがあったため」が56.3%に上っています。逆に、「現在の水準でも十分採用できるため」33.3%などの理由で初任給を据え置いた企業は29.4%を占めます。メディアなどで広く報じられているように、初任給を30万円に引き上げた企業もあり、初任給の動向は注目されるところです。

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2025年6月16日 (月)

今週は暑そう

今日まで、惰性で長袖を着用していましたが、今週は暑そうです。明日からはもっと軽装にしたいと考えています。でも、先日、軽装の半袖半ズボンにしたところ、「ふざけている」とディスる同僚教員がいたりしたので、その方とは顔を合わせないように心がけたいところです。
下の画像はウェザーニュースのサイトから週刊天気予報を引用しています。

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失業は常に健康を悪化させるわけではないのか?

一般に、失業は健康状態を悪化させると信じられていますが、性別などの詳細なグループに分けて分析した隣国の韓国における興味ある研究成果 "Is Job Loss Always Bad for Health? Evidence from National Health Screening" が明らかにされています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、ジャーナルのサイトからAbstractを引用すると下の通りです。

Abstract
We examine the effect of job displacement on mortality, hospitalization, biomarkers, and health behaviors in South Korea. We find that the impact on health differs between severe and less severe outcomes and also by gender. Men experience little impact on mortality and hospitalization except for an increase in suicide deaths, whereas their biomarkers and health behaviors improve. Women experience an increase in mortality and hospitalization due to cancer, but no significant effects on biomarkers or health behaviors. The study emphasizes the need to consider a comprehensive range of outcomes to accurately evaluate the effect of job loss on health.

要するに、重度か重度でないか、また、性別により失業の健康への影響が異なる、というわけです。男性の場合、重度のケースを考えると、自殺を別にすれば死亡率や入院率への影響はほとんどなく、重度でないバイオマーカーと健康行動はむしろ改善を示しています。女性の場合、重度のケースで、がんによる死亡率と入院率の増加が観察されていますが、重度でないバイオマーカーと健康行動には有意な影響を及ぼしていない、という結論です。結論の一部を示すグラフを論文のグラフ Figure 2: Displacement effect on cumulative mortality から引用すると下の通りです。下のパネルから、男性の Cumulative mortality (Suicide) は上昇するものの、上のパネルに見られるように、Cumulative mortality (All causes) には大きな影響が見られない、という推計結果が示されています。また、グラフは示しませんが、重度でないバイオマーカーと健康行動については、男性の場合はむしろ失業により改善し、女性の場合でも大きな影響は見られない、という分析が示されています。

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性別による差に関して、論文の結論では、"If men's workplaces were more hazardous and demanding than women's, the displacement effect on health would be less detrimental to male workers." という仮説を持ち出しています。ただ、私はこの説は疑わしいと受け止めています。男女間で相対的に男性の方の健康悪化度が女性よりも低い、ということであればOKなのでしょうが、男性の重度でない健康への失業の影響が絶対的にプラスであるわけですから、どうも怪しいと感じています。他方で、韓国経済の特有の条件がありそうな気もします。いずれにせよ、地理的にも文化的にも似通った部分の少なくない隣国での分析結果ですので、大いに興味あるところです。

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2025年6月15日 (日)

楽天にも3タテされて泥沼の6連敗

 十一十二 RHE
阪  神000000200000 290
楽  天000110000001x 392

【神】伊原、及川、岩嵜、湯浅 - 坂本、梅野
【楽】藤井、西垣、藤平、則本、今野、江原、内 - 大田、石原

もはやなすすべなく、楽天にも3タテされて泥沼の6連敗でした。
坂本捕手のがんばりで一時は追いつきましたが、結局、12回サヨナラ負けでした。いつぞやの矢野監督の開幕9連敗を思い出してしまいます。リリーフ陣は信頼できる投手に2イニングずつ任せましたが、執念の采配も実りませんでした。打つ方では森下選手がブレーキでした。

甲子園に戻ってのロッテ戦は、
がんばれタイガース!

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Springer Nature の研究力ランキング

先週6月11日に Springer Nature から Nature Index 2025 Research Leaders が明らかにされています。もともと、社会科学、特に経済学の日本の研究力は世界に対抗できるだけのものがないのですが、今さらながら、自然科学分野でも日本の研究力の低下に驚きます。日曜日ですので、結果だけ以下に引用しておきます。いずれも Springer Nature からで、上の英語のグラフとテーブルは Institution benchmarking for Japan から日本のトップ10機関の最近のスコアの推移を、下の日本語のテーブルは Springer Nature Japan のプレスリリースから同じく日本のトップ10研究機関のランキングを、それぞれ引用しています。ビミョーにランク順が違うのですが、まあ、大きな違いはないと思います。

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2025年6月14日 (土)

今週の読書はいろいろ読んで計8冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、保城広至『ODAの国際政治経済学』(千倉書房)では、政府開発援助=ODAについて、、国益に利するという利己的な面と発展途上国の開発に資するという利他的な面の両方を考え、さらに、定性的および定量的の両方のアプローチを試みています。エヴァン・トンプソン『仏教は科学なのか』(法藏館)では、仏教を他の宗教よりも優れているとみなし、仏教徒は本来的には合理的かつ経験主義的であり、したがって、宗教というよりは心の科学であるとする仏教モダニズムを批判しています。真下みこと『春はまたくる』(幻冬舎)では、高校の同級生でともに東京の大学に進学した2人の女性、すなわち、W大の理工学部に通う高学歴女子とインカレサークルで遊んでいる女子大の女性を主人公とし、大学生になって再会して友人となったこの2人のうち、女子大女子がW大の高学歴男子から性被害を受けます。土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』(宝島社)では、東京出身で大阪の大学生となった主人公の女子大生が、パン屋でアルバイトをする中で日常に潜むちょっとした謎を解明する5章構成の連作短編集です。第23回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作です。柴山哲也『なぜ日本のメディアはジャニーズ問題を報じられなかったのか』(平凡社新書)では、英国BBCの報道を待たなければジャニーズ問題を報じられなかった日本の大手メディアについて、権力・権威からの圧力とそれに対する忖度、さらに、記者クラブ制の弊害などについて論じています。おおたとしまさ『子どもの体験学びと格差』(文春新書)では、学力だけではなく、非認知能力のために子どもに体験をさせようとする現在の教育界を批判し、子どものころの体験がどうであれ、それが大人になってからの格差につながらないような社会を目指すべきと主張しています。林真理子『マリコ、東奔西走』(文春文庫)では、ほぼほぼ2023年中に「週刊文春」に掲載された著者のエッセイを取りまとめています。日大理事長のお仕事もチョッピリ紹介し、また、NHK朝ドラの評価なども私の見方と大いに共通する部分があります。石持浅海『夏休みの殺し屋』(文春文庫)は、この作者の殺し屋シリーズ第4作で、殺し屋が受けた殺人依頼について、依頼者や殺害の動機、あるいは、殺人に関する期間指定や殺害方法などのオプションの理由に関する謎を解明しようと試みる5話の短編を編んだ短編集です。
今年の新刊書読書は1~5月に137冊を読んでレビューし、6月に入って先週は7冊、そして、今週の8冊を加えて計152冊となります。半年足らずで150冊超ですので、今年も年間で300冊に達する可能性があると受け止めています。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2などでシェアしたいと考えています。

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まず、保城広至『ODAの国際政治経済学』(千倉書房)を読みました。著者は、東京大学社会科学研究所教授です。本書はタイトル通りに政府開発援助=ODAについて、2つの面、すなわち、国益に利するという利己的な面と発展途上国の開発に資するという利他的な面の両方を考え、さらに、ODAに対して定性的にアプローチしつつ、加えて、かなり基礎的で、それほど凝ったものではないもののの、定量的な分析も試みています。また、政策決定者の意図という解釈学の観点も含められています。まず、量的な分析として我が国のODAは1980年代以降、経済開発協力機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)の中で、国民所得比ではDAC平均に近い一方で、国民1人当たりではやや少ない、などの統計を示しています。私も援助活動に携わったことがあり、戦後の賠償とともにコロンボ計画などに沿ってODAが始まり、日本のODA第1号がインド向けである、などといった歴史的経緯は知っているのですが、本書冒頭でもそういった歴史が述べられています。そして、日本のODAの割と初期の特徴は輸出とのリンクが強く、決していわゆるタイドの紐付き援助ではないものの、ODAの供与にしたがって輸出が伸びるという利己的・利他的の両立がなされていた点が指摘されています。続いて、外交との関係で福田ドクトリンに注目しています。すなわち、(1) 日本は軍事大国にはならない、(2) 政治経済だけではなく文化や社会など幅広い分野での相互信頼を重視する、(3) 対等平等の関係の立場からの協力を進める、の3点が福田ドクトリンの中心であり、ベトナム戦争終了後の1977年にマニラで表明されています。この福田ドクトリンの趣旨に沿ったODAの展開がなされてきた、という分析です。私は、実は逆の方向を考えています。すなわち、本書ではほとんど無視していますが、ベトナム戦争終了後というタイミングで、いかに東南アジアの開発にコミットするのか、という観点からODAが進められ、後付で福田ドクトリンや外交政策が構築されていたように感じています。ただ、東南アジア向けのODAと違って、やや特殊な位置づけがなされているのが中国向けのODAです。1979年の当時の大平総理大臣の訪中でコミットし、2021年度末、すなわち、2022年3月末を持って終了した対中国ODAについては、歴史的経緯もあってなかなか単純ではありません。本書の分析を一面的と考える読者もいそうな気がします。そのあたりは読んでみてのお楽しみですが、少なくとも日本からのODAのレシピエントであった中国が、最近ではドナー側になっており、供与埼国で「債務奴隷」みたいに、債務を返済できない場合の差押えに回っている点くらいは言及が欲しかった気がします。そして、1992年に発表された「政府開発援助大綱」の重要性を指摘していますが、私はこれも後付ではないか、と考えています。1985年のプラザ合意から大幅な円高が進み、同時に、円高の影響軽減のための金融緩和により、1980年代後半に我が国ではバブル経済が発生し、あたかも、国力がドル建てで大きく増進されたように感じただけではなく、実際にドル建てのODA額が米国を抜いて世界一のドナーになったこともあり、少し勘違いが生じていた可能性は否定できません。その後、本書でも指摘しているように、2003年、2015年と「ODA大綱」は改定されていますが、世論の支持や関心が急速に薄れたことは本書でも指摘している通りです。もちろん、他方で、レシピエント側の、主として東南アジア各国の経済成長も見逃せません。最後に、大量の参考文献をコンパクトに整理した点には魅力を感じます。ただ、こういった本の常として、お値段が購買意欲を削ぐ可能性があります。

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次に、エヴァン・トンプソン『仏教は科学なのか』(法藏館)を読みました。著者は、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学哲学科教授であり、認知科学、心の哲学、現象学などの観点からの執筆活動をしているそうです。私は専門分野が違いますし、よく判りません。英語の原題は Why I Am Not a Buddhist であり、2020年の出版です。本書は、突き詰めていえば、何かを積極的に論証しようとしているわけではなく、逆に、欧米で主流となっている仏教モダニズム、すなわち、仏教を他の宗教よりも優れているとみなし、仏教徒は本来的には合理的かつ経験主義的であり、したがって、宗教というよりは心の科学やセラピー、あるいは、哲学や瞑想に基づく生き方であるという考えを批判するために書かれています。著者によれば、こういった仏教モダニズムは、仏教がコスモポリタニズムやコスモポリタン共同体に貢献できる価値ある正当な地位に位置づけられる妨げになっている、ということのようです。そして、著者が批判の対象としている運動の中では、神経科学にも特別な地位が与えられ、仏教と相まってニューラル・ブディズムの考えが生まれ、仏教的な悟りはある種の脳の状態、あるいは、固有の神経シグネチャーを持っており、この悟りに至る道であるマインドフルネスの実践は科学的な根拠に基づいた脳のトレーニングである、とされているようです。それを本書では批判しているわけです。ここまで来ると私の理解を超える部分もあります。ただ、本書の批判の対象については、おそらく、多くの日本人読者には十分な情報がないでしょうから、そのあたりは本書を読むに際して情報として得ておく必要があります。本書では、こういった批判の対象としている例として、ジャーナリストのロバート・ライト、あるいは、彼の著書である『なぜ今、仏教なのか - 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』を上げています。ということで、日本人である私には本書の立場は至極まっとうなものであり、仏教モダニズムの方に疑問が多いと感じるのですが、米国などでは事情が違っているようです。というのも、仏教、特に、日本的な仏教が海外に知られるようになったのは、何といっても、鈴木大拙先生の影響によります。ですから、海外で仏教を基にした連想ゲームは、単純化すれば、仏教→禅→瞑想=マインドフルネス、という連想になります。我が家は浄土真宗であり、坐禅などの自力による救済にはまったく重きを置かない宗派ですから、こういった海外の仏教観には大いに違和感あります。マインドフルネスに仏教を結びつけるのさえ抵抗あります。ただ、本書では、批判対象である仏教モダニズムにおける悟り、涅槃、あるいは、空などの見方などについて、ていねいに反論を加えており、海外における仏教の「曲解」一般は別としても、もしも読者が仏教徒であるならば、本来の自分の宗教観を鍛えるのにはいいような気がします。

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次に、真下みこと『春はまたくる』(幻冬舎)を読みました。著者は、小説家なのでしょうが、私は不勉強にして初読の作者さんでした。単純なストーリーとしては、高校のころは疎遠だった2人の女性の同級生が、ともに、東京の大学に通うようになって東京で再会して友人となる、というものです。2人の名は牧瀬順子と倉持紗奈です。牧瀬順子は陰キャで目立たず、高校のスクールカーストでは下の方だったのですが、東京の名門W大学理工学部に進学しプログラミングなどを勉強しています。他方、倉持紗奈は逆に陽キャで高校の中でも可愛くて、オシャレにも気を使っているものの、T女子大という、たぶん、そう偏差値の高くない大学に進学しています。この2人が東京で再会し、倉持紗奈が牧瀬順子の通うW大学の生協の学食にやって来るようになり、高校のころには考えられなかったことに、この2人の間に友情が芽生えて親しく交わるようになります。ただ、牧瀬順子の方は理工学部で実験があったりするのでズボン姿で化粧もせずにいる場合があったりする一方で、倉持紗奈は髪を明るくしたりしてオシャレにも気を使っています。質実剛健で勉強に励む牧瀬純子に対して、倉持紗奈は三角関数には理解が及ばない程度で、W大生からは軽く見られる一方で、逆に、W大生などの「高学歴男子はちょろい」と考えていたりします。そして、インカレのテニスサークルに入った倉持紗奈が性被害に遭います。男子3人女子2人の宅飲みで、もう1人の女子大生がキャンセルしたため、倉持紗奈は女子1人で参加して未成年飲酒をした上で被害に遭うわけです。性被害に遭った当初は、生理が来ずに妊娠も疑われましたが、妊娠は結果的に回避できていました。その後のストーリーは読んでみてのお楽しみです。牧瀬順子は倉持紗奈に対して、警察に訴えたり、あるいは過激にもSNSでの拡散を持ちかけたりしますが、当然に、倉持紗奈は泣き寝入りします。女子1人で派手なファッションで従業員や他人のいるお店ではない宅飲みに行って、未成年飲酒したのですから出るところには出られない、というわけです。そして、これも女性が性被害に遭った際によく聞くお話として、激しく自分で自分を責めることになります。ただ、かなり表面的で、しかも、いかにもあり得る的なストーリーです。その意味で、深みに欠ける気がしてなりませんでした。私は悪いヤツにはもっと大きな罰が下ってもいいような気すらしました。その意味で、私は読後感が悪かったのですが、もちろん、別の意味で読後感は決してよくありません。私の場合は何となく大学生を相手にする職業上の興味で読んでみた、といったところです。

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次に、土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』(宝島社)を読みました。著者は、大阪府箕面市生まれ、東京都府中市育ちで、大阪大学工学部応用理工学科を中退し、現在は漫画アシスタント兼漫画家をしつつ、本作品が第23回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、小説家デビューをしているそうです。ということで、舞台は阪急線石橋阪大前駅にある商店街のパン屋ノスティモです。ただ、ノスティモはパンだけではなくスイーツの部門があります。販売だけでなく、イートインできるスペースも持っていたりします。そして、主人公は一倉小春であり、ノスティモでアルバイトをしている大学1年生、私の想像ではおそらく阪大生で、作者とは逆に東京で生まれ育って大阪の大学に進学しています。そして、ストーリーは5章構成の連作短編集となっています。働く仲間には堂前店長や他のアルバイトがいて、パン屋が舞台となりますのでクロワッサン、フランスパン、シナモンロール、チョココルネ、カレーパンにちなんだストーリーとなっています。まず、「焦げたクロワッサン」では、小春と同じようにソーシャルゲーム『想剣演舞』のファンであり、やっぱり、ノスティモでアルバイトしている親友がアルバイトをやめるといい出します。「夢見るフランスパン」では、スイーツのパティスリー部門からヘルプに来た堀田紗都美が、なぜかフランスパンにクープ=切れ目を入れられません。「恋するシナモンロール」では、近くの、というか、堂前店長の出身校である豊中中央高校の幼なじみの男女の同級生が店に来て、イートインスペースでコーヒーがこぼれて男子生徒のカバンのお守りを汚してしまいます。「さよならチョココロネ」では、バレエを習う小学生の凛の母親の葉子がバレエ教室に行く途中でオートバイに乗ったひったくり被害に遭って、バッグからぶちまけられたうちで、母親の財布ではなく凛の財布だけが持ち去られます。「思い出のカレーパン」では、近くに住んでいて夫を亡くした梢江がノスティモに来て、夫が生前に夜勤明けに買ってきてくれたカレーパンを探しているといいます。はい、どの短編もよく出来ていて、ちょっとした日常生活に潜む謎の解明が鮮やかでした。ただ、日常の謎については謎のまま放置したほうがよくね、と考えられるものもあったりします。でも、ホームズのような専門の探偵ではあるまいし、そんなにしょっちゅう殺人事件が起こるという不自然さを回避できる日常の謎ミステリは、私も大好きです。

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次に、柴山哲也『なぜ日本のメディアはジャニーズ問題を報じられなかったのか』(平凡社新書)を読みました。著者は、ジャーナリストであり、朝日新聞や朝日ジャーナルでのご経験が長いように見受けました。本書で取り上げているテーマはタイトルから明らかだと思いますが、サブタイトルの「記者クラブという病理」が少しミスリードです。記者クラブに大きく依存した取材が主たる原因ではないのではないか、と私は考えているからです。要するに、BBCの報道を待たなければ、どうして日本の大手メディアはジャニーズ問題を報じられなかったのか、というテーマです。すなわち、芸能界だけでも、本書で取り上げているジャニーズ問題のほか、宝塚歌劇団いじめ事件、松本人志セクハラ裁判などなど、いろいろとありますが、その本質は、本書冒頭 p.4 にあるように「人間の尊厳の毀損」や「人権意識の不在」ではないか、という点に関して私も賛成です。マルクス主義的な見方ながら、生産手段を持たない労働者階級が労働サービスを売ることによって生計の基となる賃金を得る資本主義システムが、物神化=フェティシズムにまで達し、人間がその尊厳を尊重されることなくモノ化していることに大きな原因があります。ただ、社会主義革命を待たなくてもできることはいっぱいあると私は考えます。第1章冒頭では、当時の東洋経済新報社の主筆で、戦後に短期間ながら内閣総理大臣となった石橋湛山の大政翼賛会批判が取り上げられています。現実では、現在のメディア界の「新しい戦後」を私は大いに懸念しています。例えば、本書では、第3章で国境なき記者団(RSF)による報道の自由度ランキングにも注目しています。2009年に政権交代した直後の鳩山民主党内閣の際には、世界で11位まで上昇した日本の報道の自由度が、2012年の安倍内閣の成立とともに低下し始め、2024年には180国中で70位まで低下した事実に言及しています。なお、私が調べた範囲では、2025年には66位にチョッピリ上昇しています。その要因として、本書では政治権力からの圧力と、それに対するメディア側での忖度、サブタイトルにあるような記者クラブ制の弊害、そして、経済的停滞の4点を上げています。はい、私もおおむねその通りだと思いますが、メディア側の要因をもっと重視すべきではないかと考えています。すなわち、政治権力だけではなく、現在のメディアはあらゆる権力や権威に対して対抗できるだけの勢力となっていません。本書のテーマである芸能界の権力・権威もそうですし、東京から関西に引越して強く感じのは、それほどメインストリームのメディアではないスポーツ新聞まで、関西では阪神タイガースに対する批判が出来ないようです。監督の采配批判とかを報じたら、特オチとか何らかの報復措置があるんではないか、とすら感じることがあります。政治権力だけではなく、芸能界、さらにスポーツ界までニュースソースになりそうなあらゆる分野の権力や権威に忖度しまくるメディアは、もはや、メディアの名に値しない気すらします。ちなみに、ツイッタで見かけたDr.ナイフのツイート「日本のクオリティペーパー ベスト5」では1位が赤旗で、2位が週刊文春となっていました。この後に朝日新聞などが続くのですが、全国紙各紙はこのツートップをどう見ているのでしょうか。

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次に、おおたとしまさ『子どもの体験学びと格差』(文春新書)を読みました。著者は、教育ジャーナリストだそうです。実は、2か月ほど前の今年2025年4月半ばに今井悠介『体験格差』(講談社現代新書)を取り上げて、親の所得格差が子どもの体験格差につながり、子供のころの体験が少ないと社会情動的スキル、例えば、grit=やり抜く力などの非認知能力の格差を生み出し、子どもの将来の選択肢を狭める恐れがあることから、低所得家計への補助などを模索する動きについて紹介しています。しかし、本書は、この『体験格差』に対する批判も込めて、別の方向を打ち出しています。すなわち、メリトクラシー、あるいは、ハイパー・メリトクラシーに基づく格差を批判し、子どものころの体験がどうであれ、それが大人になってからの格差、特に、経済的な、あるいは、所得の格差につながるような経済社会を批判しています。はい、私は完全に宗旨替えしました。本書の主張に大きく賛同します。そして、本書ではそれほど明確には言及していませんが、こういったメリトクラシー批判はサンデル教授が数年前に『実力も運のうち 能力主義は正義か?』で主張していたポイントとほぼほぼ一致しているような気がします。加えて、本書では、子どもの体験を過剰に重視することが、別の意味で、親の経済的あるいは時間的負担を大きくし、親の方のウェルビーイングも毀損する可能性を指摘しています。また、体験学習ビジネスに対する批判にも鋭いものがあります。そうです。親に対しては子育ての一環としての体験学習を強迫症状的に考えさせている可能性を指摘していて、これは統一協会の「霊感商法」と根っこでは似通っているものがあるのではないかと私は感じています。おおよそ、これが第1章の主張のエッセンスであり、第2章と第3章は実際の実践活動を紹介している部分が少なくなく、まあ、私は本書を読み通しましたが、場合によっては第1章を読むだけで十分な読書効果が得られるような気もします。いずれにせよ、一般的な学力向上を目指し認知能力を育もうとする学習とともに、非認知能力を伸ばそうとする体験についても、こういった子どものころに受けた教育や生活上の実践などで身についたスキルが、後々の50年60年の長きに渡る人生の差を生み出すシステムに問題があるという気がしてなりません。それでは、努力を評価しないのか、といわれれば、決してそうではありません。特定の認知能力や非認知能力だけが評価される理由は成果としての生産性に直結しているわけで、経済学的な付加価値を生み出すのには有効かもしれませんが、そうではないスキルも正当に評価されるべきである、というのが、本書を離れての私の考えです。稼ぎ出せる所得だけで人間を評価するのを止めるべきで、そのための努力しか評価しないのは不当であり、もっと多様な人々からなる経済社会を目指すべき、というのが、繰り返しになりますが、本書を離れた私の主張です。最後の方は、ブックレビューではなくなってしまった部分もあります。ご容赦ください。

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次に、林真理子『マリコ、東奔西走』(文春文庫)を読みました。著者は、直木賞作家の小説家・エッセイストであるとともに、本書の売り言葉にあるように、日大の卒業生であり、日大理事長もお務めになっています。「週刊文春」に連載されている著者のエッセイを取りまとめて単行本にし、さらに本書はその文庫版です。収録されている期間は「週刊文春」の発刊日で見て、2022年1月13日号から2023年1月5-12日新春特大号までとなります。ですから、ほぼほぼ2023年1年間をカバーしていて、5月のゴールデンウィーク明けにはコロナの感染法上の分類変更があった、ということになります。はい、私はこの作者のエッセイを前々から読んでいるわけでは決してなく、まあ、「マリコ、日大理事長になる」という本のうたい文句にひかれて大学の図書館で借りて読んでみました。当然ながら、日大理事長としての職務や日大の理事会などの生々しい内幕暴露話をエッセイで取り上げているわけでもなく、その意味では少し物足りませんでしたが、直木賞作家のペンにより、さまざまな社会の出来事を取り上げて論じています。繰り返しになりますが、収録期間が2023年ほぼ丸ごと1年で、後半のゴールデンウィーク明けにコロナの感染法上の分類変更があって、まあ、なんと申しましょうかで、その意味で、社会生活が「正常化」した、ということになります。そして、さかのぼれば、2021年11月に当時の田中理事長が逮捕され、その後の2022年7月ですから、本書のカバレッジの期間の前で、著者は日大理事長に就任しています。そして、さらに時系列を続けると、本書のカバーする期間内の日大の事件としては、2023年8月にアメリカンフットボール部で薬物事件が発生しています。まあ、本書の背景についてはこれくらいとします。話題を大きく転換して、私が大いに共感したのはNHKの朝ドラの評価です。本書の執筆期間前の「カムカムエヴリバディ」をきわめて高く評価し、それに続く「ちむどんどん」をディスっています。私を含めて世間一般の評価とかなりの部分で一致するように受け止めています。我が家がジャカルタから帰国してからの20年余りで、私のNHK朝ドラ評価のトップは何といっても「エール」なんですが、それとほぼ同等の評価ができるのが「カムカムエヴリバディ」だと思います。ほかは、私のような散漫な読書だと忘れてしまった部分が多くあるような気がします。さすがの文章力ですからスラスラと読めて、その分、頭には残りにくいかもしれませんが、時間つぶしにはピッタリです。

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次に、石持浅海『夏休みの殺し屋』(文春文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家です。この作者による殺し屋シリーズ第4作です。前3作は、『殺し屋、やってます。』と『殺し屋、続けてます。』と『男と女、そして殺し屋』になります。私はすべて読んでいて、レビューも明らかにしていると思います。ですので、登場人物などのおさらいから始めます。基本は独立した短編集です。主人公の殺し屋は男女2人いて、何の連携も取っておらず独立しています。2人とも副業めいた殺し屋家業です。ただ、3作目の『男と女、そして殺し屋』と本作品では同じ短編に2人同時に登場するものもあります。男の殺し屋は富澤允、経営コンサルタントをしています。女性の方は鴻池知栄、アクセサリをネット販売しています。ですので、必ず殺人事件が起こるわけですが、犯人は殺し屋ですので犯人解明がミステリの主眼ではありません。殺人の依頼者は誰なのか、どうして殺人の依頼があったのかといった動機、あるいは、殺人に関する期間指定や殺害方法などのオプション指定があった場合の理由、などなどを殺し屋ご本人が解明しようと試みるわけです。ということで、本書は5話の短編から編まれています。あらすじなどは、順に、「近くで殺して」の殺し屋は富澤允です。大学院生をターゲットとする殺人依頼が来ます。オプションで依頼者への殺害の日付・時刻の報告と第1発見者の指定があります。「人形を埋める」の殺し屋は鴻池知栄です。ターゲットは30代後半の一人暮らしの女性です。奇妙なことに、畑に人形を埋め続けるの行動を繰り返しています。「残された者たち」の殺し屋は富澤允です。ただし、殺人事件の背景についてさまざまな推理を巡らせるのは殺し屋ではなく、被害者の同僚やその妻たちだったりします。会話とともにモノローグで謎が解き明かされます。「花を手向けて」の殺し屋は鴻池知栄です。ターゲットは20代半ばの好青年です。期間指定と死体に椿の花を添えてほしいというオプションがつきます。最後に、「夏休みの殺し屋」は富澤允と鴻池知栄の両方が登場します。したがって、というか、何というか、短編よりは少し長くて中編くらいのボリュームで章立てがなされています。独立した営業をしている殺し屋が2人ですのでターゲットも2人いて、自殺事件のあったお嬢様女子高校の生徒の母親、それから、その高校の別の女子高生です。タイトル通りに、夏休みが明けるまでという期間限定のオプションがつきます。どうして、依頼者や動機とともに、そのお嬢様女子高校で起こった事件の真相も含めて殺し屋たちが推理します。

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2025年6月13日 (金)

世界経済フォーラムによる「ジェンダーギャップ報告書」やいかに?

昨日6月12日、ダボス会議を主催する世界経済フォーラム(WEF)から今年度2025年版の「ジェンダーギャップ報告書」Global Gendaer Gap Report 2025 が明らかにされています。日本はわずかに+0.003ポイントながら昨年からスコアを伸ばして0.666を記録し、調査対象148か国のうちの118位にランクされました。対象国は昨年から2国増えましたが、ランクは118位は昨年と同じです。下のカントリーノートはリポートから引用しています。

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この指数は経済(Economic Participation and Opportunity)、教育(Educational Attainment)、健康(Health and Survival)、政治(Political Empowerment)の4分野のコンポーネントからなり、満点は1.000です。まあ、さまざまなメディアで広く報じられているところですし、今さらいうべき言葉もないのですが、一昨年2023年には満点で世界のトップだった教育分野も、昨年2024年は世界の47位に後退し、とうとう今年2025年は66位にまで下がっていますし、上のレーダーチャートから明らかなように、政治分野と経済分野のスコアが特に悪いことは明らかです。政治分野は満点1.000に対してわずかに0.085だったりします。学校の100点満点のテストでいえば、わずかに8点とか、9点なわけです。私の勤務する大学では単位は認められません。その意味では、経済分野も100点満点の61点ですから、60点を必要とするので単位所得はギリギリです。なお、私の方で時系列データをチェックし、G7各国のスコアを約20年間に渡ってプロットしたのが下のグラフです。一番下で底ばっているのが日本であり、20年間でほとんど改善が見られず、G7各国の中で最低のポジションをキープしているのが見て取れます。

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2025年6月12日 (木)

マイナスを記録した4-6月期の法人企業景気予測調査BSI

本日、財務省から4~6月期の法人企業景気予測調査が公表されています。ヘッドラインとなる大企業全産業の景況感判断指数(BSI)は足元の4~6月期は▲1.9とマイナスに転じたものの、先行き7~9月期には+5.2、10~12月期には+6.1と、順調に回復すると見込まれています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

大企業の4-6月景況感、5四半期ぶりにマイナス 米関税が重荷
内閣府と財務省が12日発表した4~6月期の法人企業景気予測調査によると、大企業全産業の景況判断指数(BSI)はマイナス1.9だった。5四半期ぶりにマイナスとなった。製造業がマイナス4.8と押し下げた。米国の関税政策が重荷になったとみられる。
製造業は2四半期連続でマイナスだった。米国が品目別関税をかけている業種で悪化が顕著だった。鉄鋼業は国内外の需要が減少しマイナス29.1、自動車・同付属品製造業がマイナス16.1だった。
非製造業はマイナス0.5と11四半期ぶりにマイナスとなった。卸売業で仕入れ価格が上昇したほか、情報通信業では放送局において広告収入が減少したことが響いた。
BSIは自社の景況が前の四半期より「上昇」と答えた企業の割合から「下降」の割合を引いた数値。前回1~3月期はプラス2.0だった。
大企業BSIの先行きは全産業ベースで7~9月期がプラス5.2、10~12月期がプラス6.1と改善が続く見通しだ。製造業のプラスが目立ち、半導体関連の受注などが見込まれる。
米国の関税政策の影響が大きい自動車・同付属品製造業は7~9月期、10~12月期ともにプラス0.6にとどまり、ほぼ横ばいの予想だ。
大企業と中小企業を含めた全産業の2025年度の設備投資額は前年度と比べ7.3%増える見込み。製造業が14.3%増とけん引する。
自動車・同付属品製造業で生産体制強化のための投資が増える。非製造業は3.6%増える見通しで、金融業や保険業の基幹システムなどへの投資が押し上げる。
25年度の全規模・全産業の売上高は前年度比2.1%の増収を見込む。食料品製造業は原材料価格の上昇分の価格転嫁が進むとみる。減価償却費などの増加が響き経常利益は2.1%の減益と予測する。
財務省の担当者は「米国の通商政策の影響による景気の下振れリスクや物価上昇などの影響を含め、今後とも企業動向について注視したい」と指摘した。

かなり長くなりましたが、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、法人企業景気予測調査のうち大企業の景況判断BSIのグラフは下の通りです。重なって少し見にくいかもしれませんが、赤と水色の折れ線の色分けは凡例の通り、濃い赤のラインが実績で、水色のラインが先行き予測です。影をつけた部分は、景気後退期を示しています。

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米国トランプ政権の通商政策が大きく響いて、BSIのヘッドラインとなる大企業全産業で見て4~6月期にマイナスをつけたものの、先行きでは7~9月期には+5.2、10~12月期にも+6.1と、企業マインドは順調に回復する見通しが示されています。足元の4~6月期においては、輸出に依存する割合が高く、それだけに米国の通商政策の影響を受けやすい製造業では△4.8と、非製造業▲0.5よりマイナス幅が大きくなっています。ただし先行きでは反動もあって、製造業は7~9月期+5.7、そして、10~10月期には+8.4と急速に回復する見込みです。いずれも、非製造業の7~9月期+5.0、10~12月期+5.0を上回る回復が見込まれています。また、引用した記事にはありませんが、雇用人員は引き続き大きな「不足気味」超を示しており、大企業全産業で見て6月末時点で+26.9の不足超、9月末で+23.2、12月末でも+22.0と大きな人手不足が継続する見通しです。設備投資計画は今年度2025年度に全規模全産業で+7.3%増が見込まれています。期待していいのではないかと思いますが、まだ、機械受注の統計やGDPに明確に反映されるまで至っていませんので、私自身は計画倒れになる可能性もまだ残っているものと認識しています。

果たして、7月1日公表予定の6月調査の日銀短観やいかに?

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2025年6月11日 (水)

+3.2%に上昇率が鈍化した5月の国内企業物価指数をどう見るか?

本日、日銀から5月の企業物価 (PPI) が公表されています。統計のヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で+3.2%の上昇となり、4月統計の+4.1%から上昇率がやや縮小したものの、依然として高い伸びが続いています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業物価指数、5月3.2%上昇 コメ価格高騰響く
日銀が11日発表した5月の企業物価指数(速報値、2020年平均=100)は126.3と前年同月比で3.2%上昇した。コメ価格高騰の影響は引き続きみられたが、4月(4.1%上昇)から伸び率は鈍化した。3%台となるのは24年11月以来、6カ月ぶり。民間予測の中央値(3.5%上昇)を0.3ポイント下回った。
企業物価指数は企業間で取引するモノの価格動向を示す。サービス価格の動向を示す企業向けサービス価格指数とともに消費者物価指数(CPI)に影響を与える。4月分の前年同月比上昇率は発表当初4.0%だったが、遡及修正で4.1%に変更された。
5月分の内訳をみると、コメ価格や鳥インフルエンザの感染拡大による鶏卵価格の上昇を受け、農林水産物は前年同月比42.8%上昇した。4月(43.5%上昇)から若干鈍化した。精米単独でみると82.3%上昇し、4月(81%上昇)から伸び率が拡大した。日銀によると、備蓄米の放出による影響は指数に含まれていない。
石油・石炭製品は前年同月比0.6%上昇と4月(6.3%上昇)から大幅に鈍化した。原油価格の下落を受けたためで、全体の伸び率の押し下げにもつながった。電力・都市ガス・水道は政府による電気ガス料金の補助金の終了や再エネ賦課金の引き上げが影響し、6.5%上昇した。
輸出物価指数の円ベースは前年同月比で6.4%下落と4月(4.3%下落)から下落幅が拡大した。トランプ政権の関税措置を見越した動きが影響したとみられる。日銀によれば、一部の企業が現地の子会社と自動車などの輸送用機器の販売価格を調整したという。
日銀が公表している515品目のうち、価格が上昇したのは364品目、下落したのは130品目だった。

インフレ動向が注目される中で、やや長くなってしまいましたが、いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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引用した記事にはありませんが、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率について、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+3.5%でしたし、ロイターでも同じく市場の事前こセンサスは+3.5%でしたので、実績の+3.2%はやや下振れした印象です。ただ、これでも日銀物価目標の+2%を大きく上回っていることが事実であり、高止まりしている要因は、引用した記事にもある通り、コメなどの農林水産物です。引用した記事にもある通り、農林水産物は前年同月比で見て4月+43.5%の後、本日公表の5月統計では+42.8%と、猛烈な上昇を見せています。軽く想像される通り、コメなどは生活必需品の食料のひとつであって、企業間取引の価格とはいえ当然に小売価格にも波及するわけですから、国民生活への影響も深刻度を増している可能性が高いと私は受け止めています。ただし、為替相場では2月から4月まで3か月連続で円高が進んだ後、5月もわずかに円安を記録したとはいえ、+0.2%の円安ですので、一定、物価を抑制する方向での変化であると考えるべきです。また、私自身が詳しくないので、エネルギー価格の参考として、日本総研「原油市場展望」(2025年6月)を見ておくと、「当面の原油価格は50ドル台半ばに向けて下落する見通し」と指摘しています。円ベースの輸入物価指数の前年同月比は、今年に入って、4月▲7.3%、5月△10.3%と下落しており、国内物価の上昇は国内要因による物価上昇であることは明らかです。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇率・下落率で少し詳しく見ると、まず繰り返しになりますが、農林水産物は4月の+43.5%から5月は+42.8%と高止まりしています。これに伴って、飲食料品の上昇率も4月の+4.0%から5月は+4.2%と加速しています。電力・都市ガス・水道は4月の+10.1%から、5月は+6.5%と上昇率を縮小させていますが、依然として高い上昇率が続いています。

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2025年6月10日 (火)

男女平等指標の公表は男女間の賃金格差を縮小させるか?

英国における男女間の賃金格差が、2018年からの男女平等指標(gender equality indicators)の公表により、どのように変化したかを分析した論文 "Pay Transparency and Gender Equality" が公表されています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、論文からAbstractを引用すると下の通りです。

Abstract
Since 2018, UK firms with at least 250 employees have been mandated to publicly disclose gender equality indicators. Exploiting variations in this mandate across firm size and time, we show that pay transparency closes 19 percent of the gender pay gap by reducing men's pay growth. By combining different sources of data, we also provide suggestive evidence that the public availability of the equality indicators enhances public scrutiny. In turn, employers more exposed to public scrutiny seem to reduce their gender pay gap the most.

続いて、論文から Figure 2. Event Studies-log Hourly Pay を引用すると下の通りです。

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見ての通り、女性の賃金上昇率が男性を上回ることによって、もっと詳しくいえば、男性の賃金上昇率が減速することによって、男女間の賃金格差が縮小している点は、まあ、何と申しましょうかで、やや悲しく感じるエコノミストもいそうな気がしますが、いずれにせよ、平たくいえば、企業の賃金原資を男性から女性により多く振り向けた結果であると考えることも出来ます。ですから、論文では p.437 で "As an increasing number of countries introduce pay transparency policies, it is especially important to understand the circumstances in which these laws are effective at reducing gender inequality." と指摘しています。日本でも、2022年7月8日から常時雇用する労働者数が301人以上の事業主は男女賃金の差異を公表することが義務つけられています。詳細は厚生労働省のサイト「男女の賃金の差異の公表について」で明らかにされています。日本でも男女間の賃金格差の縮小が進むことを願っています。

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2025年6月 9日 (月)

1-3月期2次QEの上方修正から景気後退について考える

本日、内閣府から1~3月期GDP統計速報2次QEが公表されています。季節調整済みの系列で前期比▲0.0%減、年率換算で▲0.2%減を記録しています。マイナス成長は4四半期連続ぶりです。1次QEから上方改定されています。なお、GDPデフレータは季節調整していない原系列の前年同期比で+3.3%、国内需要デフレータも+2.7%に達し、2年8四半期連続のプラスとなっています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

1-3月GDP改定値、年率0.2%減に上方修正 個人消費が上振れ
内閣府が9日発表した1~3月期の国内総生産(GDP)改定値は、物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.0%減、年率換算で0.2%減だった。5月発表の速報値(前期比0.2%減、年率0.7%減)から上方修正した。最新の経済指標を反映した結果、個人消費や民間在庫が上振れした。
マイナス成長は4四半期ぶり。QUICKが事前にまとめた民間予測の中心値(前期比0.2%減、年率0.7%減)を上回った。
項目別に見ると、GDPの過半を占める個人消費が速報値の前期比0.0%増から0.1%増に上振れした。サービス関連の最新の統計を反映した結果、外食などサービス、ゲームソフト・玩具の消費が堅調だった。
民間在庫の成長率への寄与度は速報値のプラス0.3ポイントから同0.6ポイントに上方修正した。最新統計を反映した結果、石油・天然ガスなどの原材料在庫が増えていた。
民間住宅は1.2%増から1.4%増となった。リフォーム需要の高まりなどが背景にある。
設備投資は前期比1.1%増と速報値の1.4%増から下方修正した。サービス産業の動態統計でソフトウエア関連の投資が振るわなかったことが影響した。
政府消費は速報値0.0%減を0.5%減に、公共投資は0.4%減を0.6%減にそれぞれ下方修正した。
輸出は速報値0.6%減を0.5%減に、輸入は2.9%増を3.0%増にそれぞれ修正した。海外需要の寄与度は変わらなかった。改定値で成長率のマイナス幅は縮小したものの、個人消費など内需が振るわない状況が続く。
2024年度の実質GDPは前年度比0.8%増で速報段階と同じだった。4年連続のプラス成長となった。

ということで、いつもの通り、とても適確にいろんなことが取りまとめられた記事なんですが、次に、GDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者報酬を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは実質ではなく名目ですし、GDPデフレータと内需デフレータだけは季節調整済み系列の前期比ではなく、伝統に従って季節調整していない原系列の前年同期比となっています。また、項目にアスタリスクを付して、数字がカッコに入っている民間在庫と内需寄与度・外需寄与度は前期比成長率に対する寄与度表示となっています。もちろん、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、データの完全性は無保証です。正確な計数は自己責任で最初にお示しした内閣府のリンク先からお願いします。

需要項目2024/1-32024/4-62024/7-92024/10-122025/1-3
1次QE2次QE
国内総生産 (GDP)▲0.3+1.0+0.2+0.6▲0.2▲0.0
民間消費▲0.6+0.8+0.7+0.1+0.0+0.1
民間住宅▲3.2+1.2+0.7▲0.2+1.4+1.1
民間設備▲0.7+1.3+0.1+0.6+1.4+1.1
民間在庫 *(+0.2)(+0.1)(+0.1)(▲0.3)(+0.3)(+0.6)
公的需要▲0.1+1.7▲0.1▲0.0+0.0▲0.4
内需寄与度 *(▲0.4)(+1.2)(+0.5)(▲0.2)(+0.7)(+0.8)
外需寄与度 *(+0.1)(▲0.3)(▲0.3)(+0.7)(▲0.8)(▲0.8)
輸出▲3.6+1.5+1.2+1.7▲0.6▲0.5
輸入▲3.8+2.7+2.2▲1.4+2.9+3.0
国内総所得 (GDI)▲0.4+1.3+0.2+0.7▲0.3▲0.1
国民総所得 (GNI)▲0.5+1.8+0.3+0.3+0.2+0.3
名目GDP+0.1+2.4+0.5+1.1+0.8+0.9
雇用者報酬+0.5+0.8+0.4+1.4▲1.3▲1.2
GDPデフレータ+3.1+3.1+2.4+2.3+3.3+3.3
内需デフレータ+2.0+2.6+2.2+2.4+2.7+2.7

上のテーブルに加えて、需要項目別の寄与度を示したグラフは以下の通りです。青い折れ線でプロットした季節調整済みの前期比成長率に対して積上げ棒グラフが需要項目別の寄与を示しており、縦軸の単位はパーセントです。グラフの色分けは凡例の通りとなっていますが、本日発表された1~3月期のGDP統計速報2次QEの最新データでは、前期比成長率が小幅ながらマイナス成長を示し、黒の純輸出が大きなマイナスの寄与度を、水色の設備投資が小幅なプラスの寄与を、灰色の在庫が大きなプラス寄与を、それぞれ示しているのが見て取れます。

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繰り返しになりますが、先月5月16日に公表された1次QEでは季節調整済みの系列で前期比▲0.2%、前期比年率で▲0.7%のマイナス成長でしたが、本日の2次QEではそれぞれ▲0.0%、▲0.2%に上方修正されています。ですので、1次QEから大きな改定はなく、消費と設備投資と住宅投資が小幅に上方修正された一方で、在庫投資が大きく上昇改定されています。プラス寄与の内需に対して、外需のマイナス寄与の方がやや大きく、合わせてGDP成長率とし小幅なマイナス、という結果です。現在の景気認識に大きな変更を加えるべき統計ではない、と考えています。在庫のプラス寄与幅が拡大していますが、成長率を少し押し上げた一方で在庫調整の停滞でもありますので、決してめでたい話ではありません。ただし、ロイターのサイトなどでは在庫増は原油と報じられていますから、いわゆる売残りかどうかはビミョーです。なお、引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、1次QEと同じく前期比年率で△0.7%のマイナスでしたので、1次QEから上方修正という方向ながら、原油とはいえ在庫による上振れという点を加味すれば、大きなサプライズなく受け止められているのではないかと思います。
先行きの景気に関して、特に、景気後退の見通しについて簡単に付け加えておきたいと思います。2点あり、私は日本は米国とともに今年2025年終わりか来年2026年早々には景気後退局面に入る可能性が高いと考えています。まず、本日公表の1~3月期の成長率の上方改定が在庫の積増しであり、この在庫が調整されることを考えれば、足元の4~6月期は2四半期連続でマイナス成長を記録する可能性が十分あります。ただし、2四半期連続のマイナス成長というテクニカルな景気後退というだけで、その後はいったん持ち直す可能性も十分あると見ています。しかし、2025年末から2026年年始にかけて、米国経済とともに沈んでいく可能性が大きいと思います。ただし、第2に、景気後退ともなれば急激な景気の悪化が見られるのが通常であり、それ故に景気後退については回避できれるのであれば回避すべきという考えがエコノミストの間では強いのですが、直前のリーマン証券破綻後の金融危機とか、コロナのパンデミックとか、きわめて厳しい景気の悪化に比べれば、今回の景気後退局面はそれほどではない可能性も十分あるのではないか、と私は考えています。要するに、景気後退に陥る可能性は高いが、やたらと深刻な景気後退ではない可能性も十分ある、といったところです。

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また、本日、内閣府から5月の景気ウォッチャーが公表されています。統計のヘッドラインを見ると、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から+1.8ポイント上昇の44.4、先行き判断DIも+2.1ポイント上昇の44.8を記録しています。5か月ぶりの上昇であり、米国の関税政策への過度な懸念が和らいだと見られています。コメの備蓄米放出も効果あったような気がします。ただ、統計作成官庁である内閣府では、基調判断を「このところ回復に弱さがみられる」で据え置いています。

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さらに、本日、財務省から4月の経常収支が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、季節調整していない原系列の統計で+2兆2580億円の黒字を計上しています。3か月連続の黒字です。

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2025年6月 8日 (日)

クリンナップのホームラン攻勢でオリックスを3タテ

  RHE
オリックス000100000 161
阪  神00400004x 893

【オ】祖谷、岩嵜、古田島、川瀬 - 福永、若月
【神】伊原、石黒、ネルソン、及川、岩貞 - 坂本

関西ダービーでオリックスを3タテでした。
3回は中野選手の先制タイムリーの後、森下選手のスリーランで一挙4点を取り、8回は真打ち佐藤輝選手のグランドスラムでダメ押しでした。ドラ1ルーキー伊原投手は、安定したピッチングで5勝目です。新人賞が射程に入ってきたように感じます。守備では、エラーもありましたが、坂本捕手や中野内野手がファインプレー連発でした。

ベルーナドームの西武戦も、
がんばれタイガース!

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2025年6月 7日 (土)

今週の読書は経済書なしで計7冊

今週の読書感想文は以下の通り、何と、私の専門分野である経済書なしで計7冊です。
まず、藤川直也『誤解を招いたとしたら申し訳ない』(講談社選書メチエ)では、タイトルのような条件付きで謝罪するかのごとき「謝罪もどき」を批判し、言語を介した人間間でのコミュニケーションについて、表の意味と裏の含意を区別し、学術的に解き明かそうと試みています。トミヤマユキコ『バディ入門』(大和書房)では、少女漫画などのサブカルの分野にも詳しい著者が、小説や映画などのフィクション、また、実在の人物を問わず2人組のバディ、友人とか恋愛よりも上位概念であるバディをを分析しようと試みています。高嶋哲夫『チェーン・ディザスターズ』(集英社)では、南海トラフ地震、首都圏直下型地震、超大型台風による水害、そして、富士山噴火による火山灰といった災害に対して、当選わずか2回にして30代の若き環境大臣である主人公の早乙女美来がどのように対応するかを描き出しています。村山由佳『PRIZE』(文藝春秋)では、ベストセラーを連発する女性小説家の主人公が直木賞受賞を強く願う承認欲求をモチーフに、デビューのきっかけとなったラノベ新人賞主催出版社の女性編集者と協力して、直木賞を獲りに行くストーリーであり、驚愕のラストが待っています。黒田明伸『歴史の中の貨幣』(岩波新書)では、室町時代を中心とする中世の東アジアにおいて、私鋳銭も含めて銅銭が中国と日本、さらに朝鮮やベトナムなどで使われていた歴史をひも解こうとしています。白井俊『世界の教育はどこへ向かうか』(中公新書)では、国連、経済開発協力機構(OECD)、ユネスコなどの国際機関での議論を基に、教育の目指すべきもの、「主体性」とは何か、身につけるべき「能力」とは何か、「探求」の検討、何をどこまで学ぶべきか、について議論しています。岸俊光『内調』(ちくま新書)では、3人のキーパーソン、初代内閣情報部長の横溝光暉、内閣官房調査室元職員からの内部資料を記事にした吉原公一郎、内閣官房情報室の主幹を務めた志垣民郎の3人の残した資料や証言などから、インテリジェンス機関である内調の通史を明らかにしようと試みています。
今年の新刊書読書は1~4月に99冊を読んでレビューし、5月には38冊で計137冊、6月最初の本日の7冊を加えて計144冊となります。これらの読書感想文については、Facebookやmixi、mixi2などでシェアしたいと考えています。

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まず、藤川直也『誤解を招いたとしたら申し訳ない』(講談社選書メチエ)を読みました。著者は、東京大学大学院総合文化研究科准教授であり、ご専門は言語哲学だそうです。私ごときが申し上げるまでもなく、最近に至るまで、政治家の失言や放言はいっぱいありますし、それらに対するいいわけもさまざまです。最近ではSNS上で炎上するような表現も見かけます。本書では、タイトルにあるような条件付きで謝罪するかのごとき「謝罪もどき(pseudo-apology)」を批判し、言語を介した人間間でのコミュニケーションについて学術的に解き明かそうと試みています。まず、表の意味と裏の含意を区別し、言行一致の責任ある振舞いの必要について論じています。例えば、本書では言及ありませんが、表と裏という意味では、「お子さん、ピアノの練習ご熱心ね」というのは、やかましいとか、うるさいという抗議や非難の含意があるのは広く知られている通りです。しかも、暗黙のうちに、幅広い聞き手に向けられた表向きのメッセージとは別の含意を判った人だけに伝えようとする犬笛とか、一定の前置きを付して言質を与えるのを回避するイチジクの葉とかについても、その不誠実な表現を批判しています。また、私なんかは「常識で判断」ということで済ませようとする傾向があるのですが、その常識が時と場合で異なる点も指摘しています。まあ、そうなんでしょう。ただ、2点だけ私の方から本書を読んだ上で疑問があります。第1は、言葉によるコミュニケーションを取ろうというのは、ベストではないかもしれませんが、それなりに人間らしい優れたコミュニケーションだと私は考えています。関西に来てからびっくりするのは、扉が閉まりかけたエレベーターに無言で突進する人が多い点です。それほど急がなくても、一言「エレベーター待って」といえば済むような気がしますが、東京に比べて関西では無言の突進が多いように感じます。第2に、たとえ、間違っていても発言が繰り返されると真実であるかのように受け止められる可能性があります。「うそも100回繰り返せば真実になる」というゲッベルスの言葉は人口に膾炙していると思います。現在の兵庫県知事がそうだと私は受け止めています。

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次に、トミヤマユキコ『バディ入門』(大和書房)を読みました。著者は、東北芸術工科大学芸術学部准教授であり、ご専門は日本近現代文学史だそうです。また、少女漫画などのサブカルの分野にも詳しいようです。本書では小説や映画などのフィクション、また、実在の人物を問わず、2人組のバディを分析しようと試みています。本書冒頭ではTBSドラマ「逃げ恥」の2人から始まります。ですから、バディを組む2人の性別にはこだわりがありません。男男、あるいは、女女の同性の2人でも、男女の組合せでも構わないというスタンスです。そして、友人とか、「逃げ恥」のように関係が進んで結婚までの関係もありです。友人とか恋愛よりもバディは上位概念であると本書では考えられています。フィクションでは「逃げ恥」のほかにも、日曜のアニメでは「サザエさん」の磯野カツオと中島弘、「ちびまる子ちゃん」のまる子とたまちゃん、ほかのアニメでも、「ドラゴンボール」の悟空とベジータ、「ぐりとぐら」の野ねずみ、などが取り上げられています。洋画などで私の知らないバディもいっぱい取り上げられていますが、バディではない上下関係のある2人は含まれていません。ですから、推理小説の古典的名作に登場するホームズとワトソンはバディではない、という判断です。対等平等の2人組で、お互いを高め合っていく過程にあるのがバディ、ということのようです。フィクション以外の実在の人物でも『胃が合うふたり』の千早茜と新井見枝香とか、ホントは血縁関係のない阿佐ヶ谷姉妹などにも言及されています。あるいは、9章では、人と道具、例えば、スポーツ選手とその道具などにも焦点を当てています。11章のライバルのバディも「なるほど、そうか」、と思わせるものがありました。でも、私が特に感激したのは、12章のアイドルグループにおける「シンメ」と「ケミ」です。「シンメ」と「ケミ」が何かは読んでみてのお楽しみですが、そういうふうに、アイドルグループを見ている人がいるとはまったく知りませんでした。AKBやNMB、あるいは、坂道系のアイドルグループを見る機会があれば、私も注目しようと思います。

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次に、高嶋哲夫『チェーン・ディザスターズ』(集英社)を読みました。著者は、エンタメ小説家なのですが、パニック小説を何冊か出版していて、私が読んだ『東京大洪水』、『首都感染』、『富士山噴火』などの作品があります。この作品はそういったパニック小説の延長線上に位置していると私は受け止めています。なお、出版社でも力を入れているようで本書の特設サイトが開設されています。タイトル通り、災害=ディザスターズがチェーンしてやって来るわけですが、出版社のサイトにもあるように、その災害そのものはネタバレではないと思います。災害は順に、南海トラフ巨大地震とそれに伴う津波、首都圏直下型地震、超大型台風による水害、そして、富士山噴火に伴う火山灰となります。その昔の『日本沈没』クラスの大災害なわけで、最後の富士山噴火に伴う火山灰により首都東京は放棄されます。客観的な災害はこういったものですが、こういった災害を乗り越えようとするのは、主観として超々トップの上から目線で捉えられています。主人公は早乙女美来です。代議士だった父親が倒れてニューヨークから帰国し、当選わずか2回にして30代の若き環境大臣に就任しています。そして、最初の南海トラフ地震が発生した直後に名古屋での現地対応に当たります。その名古屋では地元IT企業「ネクスト・アース」がAI技術を駆使して開発したアプリにより、災害対応が画期的に進んでいました。その後、南海トラフ地震で地盤が緩んでいたところに首都圏直下型地震が発生し、さらに、超大型台風により水害が迫り、富士山噴火により東京をはじめとする首都圏が火山灰によって人の住めない状態になってしまいます。主人公の早乙女美来は環境大臣から防災大臣、そして、総理大臣に上り詰め、こういった災害からの避難や災害復興に当たろうとするわけです。まあ、何と申しましょうかで、総理目線での連続災害ですので、一般市民はほぼほぼ登場しません。したがって、小説としては深みに欠ける部分があります。アマゾンのレビューで「ジュブナイルホラー」と表現しているのがありましたが、私もそんな気がします。

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次に、村山由佳『PRIZE』(文藝春秋)を読みました。著者は、小説家であり、本書のテーマのひとつとなっている直木賞は2003年の上半期に『星々の舟』で受賞しています。私は2003年は9月に帰国するまで外国暮らしでしたので、リアルタイムでの受賞のニュースは見ていないような気がします。ということで、主人公は女性小説家の天羽カインです。「無冠の女王」と呼ばれ、ラノベ新人賞でデビューして以来12年間ベストセラーを出し続け、本屋大賞など、いくつかの文学賞は受賞したものの、もっとも権威ある直木賞には届かず、その受賞を渇望しています。そして、なぜか、本書の出版社である文藝春秋は社名や雑誌名はそのまま登場させています。まあ、直木賞がそのままなものですから、そうなんでしょう。そして、天羽カインのデビューのきっかけとなったラノベ新人賞を主催していた南十字書房の女性編集者と協力して、直木賞を獲りに行くストーリーです。といえばそれだけなのですが、もちろん、出版業界のあれやこれやも詰め込まれていますし、作家と編集者のビミョーな関係も盛り沢山です。そして、いつもながらに小説家の想像力の豊かさに驚くのですが、驚くべきラストが用意されています。なるほど、こう来たか、という感じです。そのあたりは読んでみてのお楽しみとしておきます。最後に、本書の心理学的なテーマのひとつになっている承認欲求については、有名なマズローの欲求5段階説のひとつとして知られていることと思います。5段階とは、すなわち、(1) 生理的欲求、(2) 安全欲求、(3) 社会的欲求、(4) 承認欲求、(5) 自己実現欲求、となります。そして、これらについては単に心理学的な面だけではなく、経営学、教育学、あるいは、私の専門分野である経済学などにも応用されています。もう20年近く前に役所勤務から長崎大学に現役出向した際に、修士論文の中間報告会でマズローの欲求5段階説を応用した経営学の修士論文についての報告を聞いた記憶があります。脱線したので元に戻すと、本書での「直木賞がほしい」というのは、5段階のうちの4段階目の承認欲求に当たります。ただし、この承認欲求を飛び越えて自己実現欲求に至るケースもありそうな気がします。他方で、本書のように強く承認欲求が現れるケースも少なくないものと思います。単なる自己満足で終わるのではなく、外形的に明らかなシンボルが欲しい、そして、そういったシンボルがあれば一般的なステータスが高まる、というのも理解できると思います。例えば、単に英語がよくできる、というだけでなく、英検1級を持っている、といった資格に直木賞は相当するんではないかと思います。

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次に、黒田明伸『歴史の中の貨幣』(岩波新書)を読みました。著者は、私と同じ生まれ年なのですが、東京大学の名誉教授であり、現在は台湾師範大学講座教授を務めています。専門は歴史学なのだろうと想像しています。表紙画像に見える通り、副題は「銅銭がつないだ東アジア」となっており、地域的には東アジア、そして、タイトルにある「貨幣」とは、紙幣や高額の金貨などではなく銭=ゼニということになります。銅銭は金貨とともに、いうまでもなく、経済学的にいえば商品貨幣であり、重量により評価されます。金貨であれば、金を何グラム含んでいるか、という観点です。ですから、銅銭は貫単位でやり取りされる場合があります。他方で、銅銭は枚数による評価も存在します。仏教だけかもしれませんが三途の川を渡る料金は銅銭6枚の6文であり、その六文銭を家紋にしていたのが真田幸村だったりするわけです。本書では、その銅銭が中国と日本、さらに朝鮮やベトナムなどで使われていた歴史をひも解いています。おおよそ、10世紀から18世紀くらいを対象にしていますが、中心は日本でいう室町時代になります。例えば、モンゴル民族による元では、紙幣を好んで銅銭流通が衰えたりします。特に、11世紀になって酸化銅よりも埋蔵量の大きな硫化銅の精錬方法が確立して、銅銭が広く流通するようになります。銅を溶解して仏像にしたり、あるいは、銅銭は劣化しますのでびた銭が流通したりするのは私も知っていましたが、私も知らなかったような歴史的な事実がいっぱいありました。例えば、中国の銅銭のうちのいくつかは私鋳されていたものが少なくないとか、なのですが、経済学的に重要なのは2点読み取りました。第1に、古典派経済学の貨幣ヴェール説は誤りであったことが中世史からも明らかである点です。すなわち、著者はそれほど意識的な記述をしていませんが、貨幣が不足すると明らかに経済が停滞するという現実が読み取れます。第2に、租税を賦課する権力の存在なしに貨幣は自生しうるという歴史があります。この点は著者も気づいていて p.212 に明記しています。少し前に話題になった異端の経済学である現代貨幣理論(MMT)では、貨幣発生ではないとしても、貨幣流通の基礎として租税を賦課する権力の存在を置いていますので、歴史的に興味深い事実かもしれません。

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次に、白井俊『世界の教育はどこへ向かうか』(中公新書)を読みました。著者は、現在は内閣府に出向しているようですが、元をただせば文部科学省でキャリアを始めた現役国家公務員です。グローバル化の進展はともかく、デジタル化によって教育が大きく変化しようとしています。そういった流れに従って、先進各国でも教育改革が進められています。私も教員の端くれですので、今後の教育の方向性などについて情報を得るべく、本書を読んでみました。本書では、序章で日本に限定されない世界における教員不足について概観した後、国連、経済開発協力機構(OECD)、あるいは、ユネスコなどの国際機関での議論を基に、1章から5章に渡って、教育の目指すべきもの、「主体性」とは何か、子供達が身につけるべき「能力」は何か、総合的な教育で目標とされる「探求」の検討、そして、金融教育やプログラミングなどの必要性が指摘される中で何をどこまで学ぶことが必要か、について、それぞれ議論しています。日本では、スキルとか能力、特に、学力の向上が教育に関してクローズアップされ、本来の人間としての目標であるウェルビーイングが教育に関しては等閑視されがちになります。すなわち、「若いころの苦労」のひとつとして教育を受ける苦痛を耐え忍ぶ重要性が強調されたりしますが、どういった過ごし方をするのであれ、教育過程がガマンして耐え忍ぶものであっていいはずはありません。ただ、楽しい教育というのも少し違う気がします。私は大学の教員ですので、義務教育とは違って、必要最低限のリテラシーを身につけるのではなく、必要最低限よりもずっと高い目標を置くべき立場にあると考えています。それには、主体性を持ってさまざまな対象を探求し、結果として、高い職業能力を身につけることができるような教育が理想といえます。はい、そうです。教育は教育そのものとして独立しているわけではありません、人生すべてが学習であるというのはいいとしても、私が勤務する大学をはじめとして、学校における教育は然るべき時期に終了し、学校を終えれば何らかの生産的な活動に従事することを、私は学生諸君と接していて想定しています。経済学的にいえば、何らかの付加価値生産に携わることを私は考えており、単にウェルビーイングを重視するだけならば、何の学びもせずにドーパミンやセロトニンやオキシトシンが出るような教育がいいのかもしれませんが、教育はそれだけではないのだろうと考えています。もちろん、繰り返しになりますが、教育過程がガマンして耐え忍ぶものであっていいはずはありませんが、「楽しく学ぶ」の主たる要素は「学ぶ」ことにあり、「楽しむ」ことが教育の目的ではありません。教育は将来に向けた準備の過程なのです。

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次に、岸俊光『内調』(ちくま新書)を読みました。著者は、毎日新聞ご出身のジャーナリストです。日本のインテリジェンス機構の中核である内調こと、内閣情報調査室の実態を解明し通史を明らかにしようと試みています。この内調の創設以来のキーパーソンとして、初代内閣情報部長の横溝光暉、週刊誌のデスクをしていた際に内閣官房調査室元職員から内部資料を受け取って記事にした吉原公一郎、内閣官房情報室の主幹を務めた志垣民郎の3人の残した資料や証言などから、1936年の内閣情報委員会の創設に始まって、大雑把に1970年安保の終焉や当時の米国ニクソン大統領によるドルの交換停止や中国の承認と国連加盟などに至る1970年代半ばまでを射程に収めています。逆に、最近50年間は本書ではまだ追いきれていません。戦前の情報操作、すなわち、国民世論を戦争へと導く工作から始まって、戦後は冷戦下で情報を収集・分析し国家の行動指針まで練り上げるというインテリジェンス機関としての内調を分析しようと試みていますが、何としても読者に物足りない点が2つあります。まず第1に、公開情報に基づく内調の実態解明ですので、公開されていない部分で内調が何かとんでもないことをやっているんではないか、という疑念は残ります。第2に、第1の点に由来して、内調が情報の収集と分析だけに従事しているのか、それとも、何らかの作戦行動=オペレーションも手がけているのか、という点が不明です。例えば、もう30年以上も前のことながら、私は1990年代前半に在チリ大使館の経済アタッシェをしていましたが、1973年当時のアジェンデ大統領に対するピノチェト将軍のクー・デタには米国のインテリジェンス機関である中央情報局(CIA)が深く関わっていたと多くのチリ人は受け止めていました。最近では、テレビドラマながら「VIVANT」なんて、日本の情報機関がオペレーションを実行するかのごときストーリーも見られました。そのあたりに深く関わると、たぶん、何もいいことがないような気がしますが、だからこそ知りたいというのも理解してほしいところです。最後に、新書としては破格の分厚さです。

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2025年6月 6日 (金)

緩やかな減速を見せる5月の米国雇用統計

日本時間の今夜、米国労働省から5月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は、3月統計の+147千人増から5月統計では+139千人増と小幅な減速を見せ、失業率は前月から横ばいの4.2%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事をコンパクトに4パラ引用だけすると以下の通りです。

May jobs report released: Employers added 139K jobs; unemployment held steady
U.S. payroll growth slowed modestly in May as employers added 139,000 jobs amid uncertainty about President Trump's sweeping import tariffs, federal government layoffs and immigration crackdown.
The unemployment rate held steady at 4.2%, the Labor Department said Friday.
Before the report’s release, economists surveyed by Bloomberg estimated 125,000 jobs were added last month.
Job gains for March and April were revised down by a combined 95,000, portraying a weaker labor market than believed in late winter and early spring. March's total was downgraded from 185,000 to 120,000 and April's from 177,000 to 147,000.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。

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米国の雇用は非農業部門雇用者の増加が、3月の+120千人増から4月には147千人増にやや加速したものの、本日公表された5月統計では+139千人増に減速しました。加えて、前の3-4月の統計が下方修正されており、3月の伸びは+185千人増から+120千人増に、4月も+177千人増から+147千人増にそれぞれ改定されています。雇用統計の観点からは雇用の増加にはブレーキがかかり、トランプ政権の高関税政策とも相まって、景気後退懸念が現実化する可能性が出始めています。ただし、引用した記事にもあるように、Bloombergによる市場の事前コンセンサスは+125千人増でしたから、この市場予想からは上振れしていることになります。また、政府雇用は4月統計では+1千人増、5月統計ではとうとう△1千人減となっており、連邦政府職員の減少を反映して、公務員が減少しました。
すでに、広く報じられている通り、1~3月期米国GDPはマイナス成長を記録しています。基本的には、関税引上げを前にした輸入の急増が主因ですが、もしも、トランプ政権の関税引上げ政策が政権の目論見通りに実行されれば、消費者マインドが悪化して、年内に景気後退局面に入る可能性が高まると考えられます。ただし、他方で、関税分が価格に上乗せされればインフレが加速することから、米国金融政策当局である連邦準備制度理事会(FED)による金融政策の舵取りが難しくなっています。

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先行指数が大きく下降した4月の景気動向指数

本日、内閣府から4月の景気動向指数が公表されています。統計のヘッドラインを見ると、CI先行指数は前月から▲4.2ポイント下降の103.4を示し、CI一致指数も▲0.3ポイント下降の115.5を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから報道を引用すると以下の通りです。

景気一致指数 4月0.3ポイント低下、先行指数はコロナ禍以来の低下幅
内閣府が6日公表した4月の景気動向指数(速報値、2020年=100)によると、足元の景気を示す一致指数は前月比0.3ポイント低下の115.5と2カ月連続でマイナスとなった。先行指数は同4.2ポイント低下の103.4。3カ月連続のマイナスで、低下幅は新型コロナ感染が拡大した2020年4月以来の大きさだった。
一致指数から機械的に決める基調判断は、12カ月連続で「下げ止まりを示している」とした。
一致指数を構成する指標のうち、投資財出荷指数や輸出数量指数、生産指数などがマイナスに寄与した。フラットパネルや半導体製造装置の減少が響いた。輸出は欧州連合(EU)向けが悪化した。
先行指数は、トランプ関税の影響で消費者態度指数や日経商品指数、東証株価指数が悪化したのが響いた。新設住宅着工床面積も省エネ基準厳格化による駆け込み需要が3月に発生した反動で悪化した。

いつもながら、包括的によく取りまとめられている印象です。続いて、景気動向指数のグラフは下の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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3月統計のCI一致指数は2か月連続の悪化となりました。3か月後方移動平均も2か月ぶりの前月比マイナスを記録した一方で、7か月後方移動平均は9か月連続の上昇で、4月統計では+0.16ポイント改善しています。しかし、統計作成官庁である内閣府では基調判断は、今月も「下げ止まり」で据え置いています。引用した記事にもある通り、昨年2024年5月に変更されてから12か月連続で同じ基調判断の据置きです。なお、細かい点ながら、上方や下方への局面変化は7か月後方移動平均という長めのラグを考慮した判断基準なのですが、改善からの足踏み、あるいは、悪化からの下げ止まりは3か月後方移動平均で判断されます。ただ、「局面変化」は当該月に景気の山や谷があったことを示すわけではなく、景気の山や谷が「それ以前の数か月にあった可能性が高い」ことを示しているに過ぎない、という点は注意が必要です。いずれにせよ、私は従来から、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そう簡単には日本経済が景気後退局面に入ることはないと考えていて、それはそれで正しいと今でも変わりありませんが、米国経済に関する前提が崩れつつある印象で、米国経済が年内にリセッションに入る可能性はかなり高まってきており、日本経済も前後して景気後退に陥る可能性が十分あると考えています。理由は、ほかのエコノミストとたぶん同じでトランプ政権が乱発している関税政策です。関税率引上げによって、米国経済においてインフレの加速と消費者心理の悪化の両面から消費を大きく押し下げる効果が強いと考えています。加えて、日本経済はすでに景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありませんし、多くのエコノミストが円高を展望して待ち望んでいる金融引締めの経済へ影響は明らかにネガであり、引き続き、注視する必要があるのは当然です。
CI一致指数を構成する系列を前月差に対する寄与度に従って詳しく見ると、引用したロイターの記事にもあるように投資財出荷や輸出が下押ししており、投資財出荷指数(除輸送機械)が▲0.41ポイント、輸出数量指数が▲0.21ポイント、商業販売額(卸売業)(前年同月比)が▲0.18ポイント、生産指数(鉱工業)が▲0.16ポイントなどであり、他方、逆に前月差プラスとなったのは、鉱工業用生産財出荷指数が+0.27ポイント、耐久消費財出荷指数が+0.21ポイント、などでした。ついでに、引用した記事にありますので、前月差▲4.2ポイントと大きく下降したCI先行指数の下げ要因も数字を上げておくと、消費者態度指数が▲1.20ポイント、新設住宅着工床面積が▲1.08ポイント、日経商品指数(42種総合)が▲0.89ポイント、東証株価指数が▲0.63ポイントなどとなっています。

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2025年6月 5日 (木)

来週公表予定の1-3月期GDP統計速報2次QEやいかに?

必要な統計がほぼ出そろって、来週月曜日6月9日に、1~3月期GDP統計速報2次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる2次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下のテーブルの通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である1~3月期ではなく、足元の4~6月期から先行きの景気動向を重視して拾おうとしています。ただし、いつものことながら、2次QEは法人企業統計のオマケデリポートされる場合も少なくなく、先行き経済について言及しているシンクタンクは多くありません。例外はみずほリサーチ&テクノロジーズと明治安田総研だけであり、特に前者は詳細に分析していますので長々と引用してあります。いずれにせよ、1次情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
内閣府1次QE▲0.2%
(▲0.7%)
n.a.
日本総研▲0.2%
(▲0.9%)
今般の法人企業統計などを織り込んで改定される2025年1~3月期の実質GDP(2次QE)は、設備投資・公共投資ともに下方改定される見込み。この結果、成長率は前期比年率▲0.9%(前期比▲0.2%)と、1次QE(前期比年率▲0.7%、前期比▲0.2%)から小幅に下方改定されると予想。
大和総研▲0.2%
(▲0.8%)
2025年1-3月期のGDP2次速報(6月9日公表予定)では実質 GDP 成長率が前期比年率▲0.8%と、小幅ながら1次速報(同▲0.7%)から下方修正されると予想する。
みずほリサーチ&テクノロジーズ▲0.5%
(▲1.9%)
4~6月期以降の日本経済は、米国のトランプ政権による関税政策を受けて、25%の追加関税が課せられる自動車関連を中心に輸出や設備投資が下振れる公算が大きい。後述するように、4月時点では輸出・生産はトランプ関税による落ち込みは回避されているが、5~6月から7~9月期にかけて徐々に下振れ圧力が高まってくるだろう。当面は食料インフレの継続で、個人消費にも景気の牽引役を期待しにくく、4~6月期の実質GDPについては現時点ではゼロ成長近傍を予測しているが、テクニカルリセッション(2四半期連続のマイナス成長)に陥る可能性も否定できない状況だ。4月景気ウォッチャー調査をみても先行き判断DI(合計)は42.7Pt(前月差▲2.5Pt)に悪化しており、家計・企業ともに低下基調が継続している。家計動向関連では、物価高を受けて個人消費の低迷を懸念するコメントが目立つほか、企業動向関連では、トランプ関税の不透明感が設備投資を抑制する可能性を指摘する意見が散見される状況だ。
足元の個人消費の動向を確認すると、4月の実質小売業販売額は前月比+0.5%と一先ず下げ止まったとはいえ、低調な推移が継続している。5月の消費者態度指数をみても、株価が4月の落ち込みから回復するなど先行き不安が緩和したことから前月差+1.6ptと6カ月ぶりに上昇したものの、食料インフレを受けて暮らし向き等が3月の水準を下回り悪化基調が継続しており、4~6月期の個人消費は低調な推移が予想される。5月の東京都区部の消費者物価をみると生鮮除く食料の価格上昇が全体を押し上げる構図が継続しており、特に米類は前年比+93.7%(コアCPIへの寄与度は+0.46%Pt)と高値が続いている。帝国データバンク「「食品主要195社」価格改定動向調査」をみると、物流費や人件費等の価格転嫁を背景に飲食料品の値上げは2024年を大きく上回るペースで進展しており、米類を中心とした生活必需品の価格高騰が家計の節約志向を強める構図が続くだろう。なお、政府備蓄米の販売開始により家計の負担軽減効果が見込まれるものの、消費者物価の対象品目は単一原料米(コシヒカリorコシヒカリ以外)であり備蓄米を活用したブレンド米は対象外であることから消費者物価の押し下げ効果は限定的なものになる可能性が高い。備蓄米を活用したブレンド米が流通しつつある一方で足元の銘柄米の価格はなお高止まっており、需要シフトによる銘柄米の物価抑制効果は不透明である点に注意する必要がある。
一方、外需については、注目された4月の輸出数量指数(みずほリサーチ&テクノロジーズによる季節調整値)は前月比+0.9%と小幅に増加した。地域別にみると、米国向け輸出は数量ベースでは前月比+3.7%と増加した一方、金額ベースでみると減少しており、日本企業の一部では米関税対応の初動として(輸出数量の減少影響を緩和するため)輸出価格を引き下げる動きが出たとみられる。乗用車の輸出物価をみると、北米以外向けがほぼ横ばいである一方、北米向けは大幅に下落している点が目立つ。4月鉱工業生産をみても前月比▲0.9%と減産幅は小さく、現時点では、実需に合わせ日本企業が(現地販売価格が上がることを回避して)関税負担を負って輸出・生産を行っている可能性が高いと考えられる。しかし、輸出価格低下で関税コスト増をカバーすることは困難であることから、日系自動車メーカーでは6月入荷分からの値上げを決定する動きもみられるなど、現地販売価格の上昇は避けられない(5月のロイター企業調査によれば、トランプ関税による業績悪化懸念への対応として顧客への価格転嫁を挙げる日本企業は5割を超えている)。米国の自動車の在庫月数(3月分)は2か月程度であり、消費者が直面する販売価格が徐々に上昇することに伴う需要減により、先行きの対米輸出は弱含む公算が大きいとみている。一連の関税措置による世界経済の下振れに加え、米国市場から締め出された中国製品との第三国市場等における競争激化も輸出の逆風になるだろう。
ニッセイ基礎研▲0.1%
(▲0.5%)
6/9公表予定の25年1-3月期GDP2次速報では、実質GDPが前期比▲0.1%(前期比年率▲0.5%)となり、1次速報の前期比▲0.2%(前期比年率▲0.7%)から小幅上方修正されると予想する。
第一生命経済研▲0.2%
(▲0.7%)
2025年1-3期実質GDP(2次速報)を前期比年率▲0.7%(前期比▲0.2%)と、1次速報から変化なしと予想する。設備投資が小幅下方修正されるとみられる一方、公共投資が上方修正されることで相殺される可能性が高い。需要項目別で見ても大きな変更はないとみられ、景気認識に修正をもたらす結果にはならないだろう。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング▲0.2%
(▲0.7%)
2025年1~3月期の実質GDP成長率(2次速報値)は、1次速報値から微妙に下方修正されるが、全体の伸び率自体は前期比-0.2%(前期比年率換算-0.7%)から修正はない見込みである。このため、「景気は緩やかに持ち直している」との景気判断を修正する必要はないであろう。
三菱総研▲0.1%
(▲0.5%)
2025年1-3月期の実質GDP成長率(2次速報値)は、前期比▲0.1%(年率▲0.5%)と、1次速報値(同▲0.2%(年率▲0.7%))から小幅上方修正と予測する。
明治安田総研▲0.2%
(▲0.9%)
先行きの日本経済は基本的に緩慢な回復が続くというのがメインシナリオだが、あくまでトランプ政権の経済政策運営次第である。5月12日に米中の追加関税が互いに115%引き下げられたのは朗報だが、トランプ大統領は5月30日に鉄鋼・アルミニウムの関税を25%から50%に引き上げることを表明している。4度に及ぶ日本との交渉もまだ合意には至っておらず、依然として不確実性は高い。日米交渉で関税引き下げなどの進展があれば、景気への下押し圧力はある程度緩和される一方、上手くいかなければ、自動車を中心に生産や輸出の低迷が予想される。先行きが見通せないことから設備投資計画を見直す企業が増えることも考えられ、日本が景気後退に追い込まれる可能性も消えていない。

ということで、先月公表された1次QEから大きな変更はないものと予想されています。伸び率でいえば、2機関が1次QEから変更なく、季節調整済みの系列で前期比▲0.2%減、前期比年率▲0.7%減と見込んでいます。それから、上方改定が2機関、下方改定が4機関となります。ただし、下方改定されるとはいえ、マイナス成長で年率▲1.0%を超えると見込んでいるのはみずほリサーチ&テクノロジーズであり、ほかのシンクタンクでは下方改定されるとしても、1次QEの年率▲0.7%から0.1-0.2%ポイントマイナス幅が拡大するだけと予測しているようです。いずれにせよ、明記しているシンクタンクもありますが、景気判断に大きな変更を加える必要はないものと考えるべきです。また、足元の4~6月期から先行き見通しに関しては、何とも不透明としかいいようがありません。トランプ関税の詳細が未だに明らかではなく、したがって、我が国経済への影響についても測りかねるからです。ただ、現状で考える限り、私も含めた多くのエコノミストのコンセンサスは、今年後半から年末ころ、遅くとも来年早々に、日本経済は米国経済とともに景気後退に入る可能性が十分ある、というものだろうと思います。日米間の景気の山のズレはせいぜい1四半期ではないか、と私は見込んでいます。
最後に、下のグラフは明治安田総研のリポートから引用しています。仕上がりの姿が私の予想ともっともよく一致しています。

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2025年6月 4日 (水)

経済協力開発機構「OECD 経済見通し」OECD Economic Outlook やいかに?

日本時間の昨夜、経済開発協力機構(OECD)から 「OECD経済見通し」OECD Economic Outlook, volume 2025 issue 1OECD Economic Outlook が公表されています。副題は Tackling Uncertainty, Reviving Growth とされています。「不確実性に取り組み、成長を回復させる」といったところでしょうか。pdfの全文リポートもアップロードされています。ヘッドラインとなる世界経済の成長率見通しは、今年2025年が+2.9%、来年2026年も同じく+2.9%と見込まれています。今年2025年3月の最新の見通しでは、2025年+3.1%、2026年+3.0%でしたので、小幅に下方修正されたことになります。こういった国際機関のリポートに注目するのはこの私もブログの大きな特徴のひとつですので、プレスリリース資料からいくつか図表を引用知っつつ、簡単に取り上げおきたいと思います。

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まず、上のテーブルはプレスリリース資料から p.5 GDP growth projections - G20 economies を引用しています。繰り返しになりますが、ヘッドラインとなる世界経済の成長率見通しは、今年2025年が+2.9%、来年2026年も同じく+2.9%と見込まれていて、我が日本は2025年+0.7%、2026年+0.4%と予想されています。米国が2025年+1.6%、2026年+1.5%、そして、ユーロ圏欧州が2025年1.0%、2026年+1.2%ですから、先進国の中でも我が国は低い成長率にとどまるとの見立てです。

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続いて、上のテーブルはプレスリリース資料から p.7 Inflation projections を引用しています。2022年の露によるウクライナ侵攻を契機に始まった現在のインフレも、ようやく、来年2026年になると多くの国の中央銀行がインフレ目標としている+2%近傍にアンカーされるとの予想となっています。ただ、米国だけは2026年になっても+3%に近いインフレ率が見込まれていて、米国連邦準備制度理事会(FED)が金利の本格的な引き下げに舵を切るにはもう少し時間がかかりそうです。

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続いて、上のテーブルはプレスリリース資料から p.9 Further trade fragmentation will harm global growth を引用しています。成長率やインフレの見通しに基づいて、将来リスクをいくつか指摘していて、第1に、上のフラフにあるような通商政策による分断化の進行です。関税率の引上げ、関税政策に伴う家計の予備的貯蓄の増加、金融環境の悪化、そして、商品価格の低下をリスクとして指摘しています。ただ、日本のような資源輸入国では最後の商品価格の低下はむしろ成長促進要因となります。この通商政策リスクに加えて、医療・介護・年金などの社会保障への政府支出圧力の上昇による政府債務のサステイナビリティ、さらに、インフレ抑制のための金融引締めが低所得国の対外支払いを増加させる可能性などをリポートでは指摘しています。

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もちろん、こういった見通しやリスクに対して、貿易障壁の低減や財政のサステイナビリティの確保など、上のスライドにあるような政策対応を促しています。

最後に、こういった概括的な見通しに加えて、第2章では Reigniting investment for more resilient growth と題して、成長促進のための投資の重要性を指摘し、特に、the digital and knowledge-based economy に向けた投資促進の必要性を強調しています。下のグラフはプレスリリース資料から p.20 Investment has shifted towards the digital and knowledge-based economy を引用しています。ICT分野における我が国の投資の立遅れが明確に示されています。投資促進のために幅広いポリシーミックスが必要であるとして、競争促進政策、公共投資の増加、人材不足への対応、などを上げています。日本はどこまで遅れを取り戻せるでしょうか?

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2025年6月 3日 (火)

リモートワークは何をもたらすのか?

トルコの大規模コールセンターのデータを用いた "Remote Work, Employee Mix, and Performance" が NBER Working Paper として明らかにされています。コロナからオンラインによるリモートワークが大いに普及して、いわゆるヒステリシス効果により、ポストコロナでも完全にプレコロナに戻ることはなく一定割合のリモートワークが実施されているところ、興味ある結果が示されています。まず、論文の引用情報は以下の通りです。

続いて、AbstractをNBERのサイトから引用すると以下の通りです。

Abstract
We study the shift to fully remote work at a large call center in Turkey, highlighting three findings. First, fully remote work increased the share of women, including married women, rural and smaller-town residents. By accessing groups with traditionally lower labor-force participation the firm was able to increase its share of graduate employees by 14% without raising wages. Second, workforce productivity rose by 10%, reflecting shorter call durations for remote employees. This was facilitated by a quieter home working environment, avoiding the background noise in the office. Third, fully remote employees with initial in-person training saw higher long-run remote productivity and lower attrition rates. This underscores the advantages of initial in-person onboarding for fully remote employees.

本論文は、完全リモートワークを対象にしていて、ハイブリッドとか、完全ではないリモートワークではない点は注意が必要かもしれません。その上で、3点のファクトファインディングを列挙しています。まず第1に、それまで労働参加率が低かったグループ、例示としては既婚女性、地方など在住の女性の労働市場への参加を促しています。第2に、オフィスのような雑音のない執務環境により通話時間が短縮されて、労働生産性が10%向上しています。そして、第3に、初期に対面での研修を受けると、生産性の向上と離職率の低下が観察されています。第1のリモートワークにより地理的な条件に左右されることなく労働参加率が低かったグループの労働市場参入が拡大した、というのは当然です。第3の研修を受けると生産性が向上し離職率が低下した、というのも常識的にそうだろうと判断できます。やや不明なのは、第2の生産性の向上です。私が知る限り、森川正之「新型コロナと日本経済: 回顧と展望」などに見られるように、リモートワークは生産性が低下すると理解されています。森川論文では、主観的な生産性ながら、職場での生産性を100とすれば、自宅では62にまで低下する、との結論が示されています。

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続いて、生産性向上をビジュアルに確認するため、上のグラフは論文から Figure 4: Productivity rose after the shift to remote work, with more calls per hour and shorter call durations のうちの A: Number of calls, per hr と B: Call duration, sec per call の2枚のパネルを引用しています。見にくいのですが、横軸に年月が取られており、縦軸はそれぞれのパネルの表示の通りです。1時間あたりの通話数とそれぞれの通話時間の推移は、それぞれのパネルの青い折れ線グラフで示されており、その上下のエリアは95%の信頼区間です。縦に2本ある赤いラインはコロナによるロックダウンの開始時期と終了時期を表しています。ですので、左のパネルAに見られるように、コロナのパンデミックが始まった時期に1時間あたり10分ほどの通話が11本ほどに10%増加し、したがって、労働生産性は+10%上昇し、その要因は右のパネルBに見られるように、1通話当たりに要する通話時間が短くなったからです。
こういった形での労働生産性の向上は、コールセンター労働に特有なものである可能性は否定できません。各労働者が独立した、というか、明確にいえば、チームプレーとして組織だった労働をこなすのではなく、「孤立」した形で何らかのマニュアルを基に通話に対応するのでしょうから、職場でなくても自宅でも生産性が低下しない、さらに、静寂性が確保されるのであれば生産性が向上することもあり得る、ということなのだろうと私は理解しました。業務としてのコールセンター勤務の例外的な生産性向上であり、リモートワーク一般に拡大して解釈するのはムリがあるかもしれません。特に、日本の労働環境ではいわゆる「横のつながり」が生産性を支えている面があり、この論文の研究成果の一般化は難しいかもしれません。

最後の最後に、ややアサッテの方向ながら1点だけ指摘しておきたいと思います。すなわち、リモートワークは、ある意味で、マルクス主義経済学的にいえば、新たな「産業予備軍」を生み出すことに成功しています。したがって、賃上げを抑制する効果を持つ可能性があリそうな気がします。この点は忘れるべきではありません。

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2025年6月 2日 (月)

堅調な企業業績を反映する1-3月期の法人企業統計

本日、財務省から1~3月期の法人企業統計が公表されています。統計のヘッドラインは、季節調整していない原系列の統計で見て、売上高は前年同期比+4.3%増の404兆2311億円、経常利益も+3.8%増の28兆4694億円に上っています。さらに、設備投資も+6.4%増の18兆7975億円を記録しています。この設備投資を季節調整済みで見ると、GDP統計の基礎となる系列については前期比+1.6%増となっています。まず、日経新聞のサイトから各統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

全産業の設備投資、1-3月6.4%増 四半期で最高の18.7兆円
財務省が2日発表した2025年1~3月期の法人企業統計によると、全産業(金融・保険業を除く)のソフトウエアを含む設備投資は18兆7975億円で、前年同期と比べて6.4%増えた。2四半期ぶりのプラスとなり、四半期では過去最高額となった。食料品や自動車用鋼板の生産能力増強が目立った。
設備投資は製造業で4.2%増、非製造業で7.6%増となった。季節調整済みの前期比では全産業で1.6%伸びた。
経常利益は28兆4694億円で、前年同期と比べて3.8%増えた。2四半期連続のプラスとなり、1~3月期での過去最高額となった。
財務省は「景気が緩やかに回復している状況を反映したもの」だとの見解を示した。その上で「米国の通商政策の影響による景気の下振れリスクや物価上昇などの影響を含め今後とも企業の動向に注視したい」と付言した。
設備投資は製造業のうち、鉄鋼関連が21.8%増えた。自動車向けの鋼板の需要が伸び、生産能力を上げるための投資が相次いだ。食料品は13.1%増えた。
非製造業では運輸業・郵便業が19.3%増え、全体を押し上げた。鉄道事業者による駅周辺の再開発が活発になっているほか、輸送用の航空機や鉄道車両の導入が進んだ。
経常利益を業種別に見ると、製造業は2.4%減だった。海外での販売競争の激化や調達コストの上昇などで輸送用機械が28.0%減った。食料品は原材料価格の上昇が響いて26.0%減となった。
非製造業は7.0%増えた。建設業や不動産業が全体を押し上げた。価格転嫁が進んだことで建設業が22.4%増加した。分譲マンションの販売価格の上昇やオフィス需要の高まりを受けて不動産業は9.3%増だった。
売上高は全産業で404兆2311億円となり、4.3%増えた。四半期で過去最高となった。

長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、法人企業統計のヘッドラインに当たる売上高と経常利益と設備投資をプロットしたのが下のグラフです。色分けは凡例の通りです。ただし、グラフは季節調整済みの系列をプロットしています。季節調整していない原系列で記述された引用記事と少し印象が異なるかもしれません。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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法人企業統計の結果について、基本的に、企業業績は好調を維持していると考えるべきです。まさに、それが昨年来の株価に反映されているわけで、東証平均株価については、トランプ関税で揺れた4月初旬は3000円代前半まで落ちましたが、その後は回復して5月以降は3万円台後半の水準に回帰しています。1~3月期に関しては、2四半期ぶりに経常収支が悪化した点を指摘する意見もチラホラ見かけますが、季節調整済みの系列で見てわずかに前期比▲2.6%減であり、高い水準で推移していることは確かです。法人企業統計からは離れますが、他方で、株価はまだしも、住宅価格が大きく高騰しているのも報じられている通りです。東京では「億ション」を軽く超えて、「2億ション」というのも決してめずらしくはないようです。もちろん、法人企業統計の売上高や営業利益・経常利益などはすべて名目値で計測されていますので、物価上昇による水増しを含んでいる点は忘れるべきではありません。ですので、数量ベースの増産や設備投資増などにどこまで支えられているかは、現時点では明らかではありません。来週のGDP統計速報2次QEを待つ必要があります。もうひとつ私の目についたのは、設備投資の動向です。上のグラフのうちの下のパネルで見て、前々から企業業績に比べて設備投資が出遅れているという印象がありましたが、最近時点での堅調さは、人手不足に対応した本格的な設備投資増であることを私は期待しています。季節調整していない原系列の統計の前年同期比で見ても、設備投資に限らず、売上げや利益も含めて、売上高、経常利益、設備投資とも非製造業の中では、卸売業・小売業、サービス業や運輸業・郵便業が上位に食い込んでいる場合があります。人手不足による影響が大きい非製造業、中でも卸売業・小売業やサービス業の動向が注目されます。

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続いて、上のグラフは私の方で擬似的に試算した労働分配率及び設備投資とキャッシュフローの比率、さらに、利益剰余金、最後の4枚目は人件費と経常利益をそれぞれプロットしています。労働分配率は分子が人件費、分母は経常利益と人件費と減価償却費の和です。特別損益は無視しています。また、キャッシュフローは法人に対する実効税率を50%と仮置きして経常利益の半分と減価償却費の和でキャッシュフローを算出した上で、このキャッシュフローを分母に、分子はいうまでもなく設備投資そのものです。人件費と経常利益も額そのものです。利益剰余金を除いて、原系列の統計と後方4四半期移動平均をともにプロットしています。見れば明らかなんですが、コロナ禍を経て労働分配率が大きく低下を示しています。もう少し長い目で見れば、デフレに入るあたりの1990年代後半からほぼ一貫して労働分配率が低下を続けています。そして、現在でも労働分配率の低下は続いています。いろんな仮定を置いていますので評価は単純ではありませんが、デフレに入ったあたりの1990年代後半の75%近い水準と比べて、最近時点では▲20%ポイント近く労働分配率が低下している、あるいは、コロナ禍の期間の65%ほどと比べても▲10%ポイントほど低下している、と考えるべきです。名目GDPが約600兆円として50-100兆円ほど労働者から企業に移転があった可能性が示唆されています。ただ、さすがに分配については昨年2024年春闘では人口減少下の人手不足により賃上げ圧力が高まった結果として、労働分配率が下げ止まった可能性が示唆されていしたが、決してそうはなっていません。昨年春闘ではあれだけの賃上げがありながら、まだ労働分配率は低下し続けている可能性が高いと考えるべきです。これでは消費は伸びません。日本経済の成長には大きなマイナスだと私は考えています。設備投資/キャッシュフロー比率も底ばいを続けています。設備投資の本格的な増加が始まったことが期待される一方で、決して楽観的にはなれません。他方で、ストック指標なので評価に注意が必要とはいえ、利益剰余金はまだまだ伸びが続いています。また、4枚めのパネルにあるように、直近統計で2020年くらいからは、人件費の伸びが高まっている可能性が見て取れますが、人件費以上に経常利益が伸びているのがグラフの傾きから明らかです。加えて、トランプ関税などを考慮すると、現時点では人件費の伸びが続くかどうかは不明です。アベノミクスではトリックルダウンを想定していましたが、企業業績から勤労者の賃金へは滴り落ちてこなかった、というのがひとつの帰結といえます。勤労者の賃金が上がらない中で、企業業績だけが伸びて株価が上昇する経済が終焉して、資本分配率が低下して労働分配率が上昇することにより、決して高いインフレにならずに日本経済が成長するパスが実現できる可能性が生じており、それは中期的に望ましい、という私の考えは代わりありません。

本日の法人企業統計を受けて、来週6月9日に1~3月期のGDP統計速報2次QEが内閣府から公表される運びとなっています。私は1次QEから大きな変更はないと考えていますが、日を改めて取り上げたいと思います。

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2025年6月 1日 (日)

敵地で広島を3タテしてガッチリ首位固め

  RHE
阪  神200000033 8100
広  島000000000 040

【神】伊原、湯浅、及川、ネルソン - 坂本、榮枝
【広】森、島内、塹江、岡本、長谷部 - 坂倉

温存した岩崎投手を投入することなく、敵地で広島を3タテしてガッチリ首位固めで来週から交流戦です。
初回の森下選手のツーラン以降は重苦しい展開でしたが、7回ウラのピンチを湯浅投手が抑えて、8回には佐藤輝選手のスリーラン、9回にも1番2番でダメのダメを押しました。伊原投手は7回途中で降板しましたが、安定したピッチングで4勝目です。すごい新人だと思います。

交流戦も、
がんばれタイガース!

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