今年納めの読書は経済書2冊のほか計7冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、小峰隆夫・村田啓子『最新 日本経済入門[第7版]』(日本評論社)は、いかにも大学の年半期に使う教科書を意識した構成ながら、それ以外にも日本経済について勉強したい幅広い読者に有益であろうと思います。ただ、大学に入学したばかりの1年生には少し骨かもしれません。佐藤隆広・西山博幸[編著]『新新貿易理論とインド経済』(ミネルヴァ書房)では、メリッツ教授らによる新々貿易理論(NNTT)を数式を展開しながら解説しつつ、NNTTの分析枠組みでもってインド経済を実証的に捉えようと試みています。ただ、推計結果には少し疑問があったりはします。宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』(新潮社)は、成瀬あかりを主人公とするシリーズ第3作、完結編です。京都大学に入学し理学部の1回生となった成瀬あかりは同じ学部の友人ができ、森見登美彦らの京大文学をテーマとする達磨研究会に入り、京都も極めようとします。幸村百理男『東大理三の悪魔』(宝島社)では、中学の数学の授業で「論理は1次元、理解は2次元、実感は3次元」という言葉を聞いてから、脳内で革命的変化が起きたように物事の見え方が変わり、成績を伸ばして東大理三に合格してした主人公と米国大富豪の後継者の関係でストーリーが進みます。池本大輔『サッチャー』(中公新書)では、英国初めての女性首相であり、1980年代の米国レーガン大統領とともに世界的に新自由主義的な経済政策を推し進めたサッチャー首相の伝記であり、経済政策とともに政治や外交、核兵器の廃絶などにおける英米の違いなども議論しています。辻村美月『嘘つきジェンガ』(文春文庫)では、嘘や詐欺で長らく保たれていた均衡が崩壊する時点がやって来る3話からなる短編集です。嘘や詐欺といった虚構の世界に入っていく人間の弱さといったものにも真剣に立ち向かって、何らかの解決を示している点が評価できる短編集です。背筋ほか『令和最恐ホラーセレクション クラガリ』(文春文庫)は、6話のホラー短編から編まれたアンソロジーです。人知を超えて近代科学では解明できないような奇怪な現象や怪異な存在が登場するわけではありませんが、違和感と呼ぶにはあまりにも大きな歪みを感じるホラー集です。
今年2025年の新刊書読書は1~11月に293冊を読んでレビューし、12月に入って先週までに312冊、今週の7冊を加えると合計で319冊となります。昨年に続いて、今年も年間で300冊に達しています。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。
まず、小峰隆夫・村田啓子『最新 日本経済入門[第7版]』(日本評論社)を読みました。著者はそれぞれ、大正大学地域構想研究所客員教授と立正大学大学院経済学研究科教授です。現職はそういうこということなのですが、お2人とも内閣府の官庁エコノミストのご出身で、当然に、私とは面識があります。本書は第7版ということで、前回の第6版が2020年3月の出版でしたから、コロナの緊急事態宣言の直前ということで、5年余りを経過して、それなりの変更あったことと思います。15章構成で、いかにも、大学の年半期の授業を意識しているのですが、それ以外にも日本経済について勉強したい幅広い読者に有益であろうと私は考えます。ただ、大学に入学したばかりの1年生には少し骨かもしれません。私の勤務する立命館大学経済学部でも、私が日本経済論を教えていたころは、大学2年生からの配当となっていました。本書も、ミクロ経済学やマクロ経済学などの基礎を1年生で勉強してから取り組む、といった感じかもしれません。15年前の長崎大学から今の立命館大学でも、私が授業で教科書として使っている有斐閣の『新 入門・日本経済』では、長らく続いたデフレの影響からか、物価やインフレ・デフレについて章立てしていませんが、本書ではキチンと章立てしていて物価安定の重要性や需給ギャップについても取り上げています。他方で、本書では企業部門の活動がスッポリと抜け落ちていて、日本経済のエンジンとしての企業活動が把握しにくくなっています。いかにも官庁エコノミストご出身らしいともいえますが、その点で私の不満が大きく、今後も有斐閣の教科書を使うような気がします。また、本書では高度成長の終焉については、1970年代の2度に及ぶ石油危機だけが原因ではないとしていて、私の見方に一致します。私の見解は役所にいたころの共著論文で「日本の実質経済成長率は、なぜ1970年代に屈折したのか」にある通りです。ただ、日本の戦後の経済史を極めて大雑把に振り返ると、1945年の終戦から超インフレ期も含めて10年ほどの戦後混乱期、1950年代なかばから1960年代を通じての高度成長期、1970年代の石油危機によるインフレやニクソン・ショックによる固定為替制の終焉、さらに、1980年代、特に、その後半のバブル経済期、1990年代初頭のバブル崩壊から始まる長い停滞期、特に、1990年代末からのデフレ期、と進むと、1970年代の石油危機やニクソン・ショックによる高度成長の終了、というのは、判りやすいといえば判りやすく、学術的な正確性よりも授業における学生の納得感という意味では捨てがたいことも事実です。まあ、「間違ったことを教えているのか」と問われれば反省すべき点はあるかもしれませんが、50年を経た今となってはそう重要でもない気もします。
次に、佐藤隆広・西山博幸[編著]『新新貿易理論とインド経済』(ミネルヴァ書房)を読みました。編著者はそれぞれ、神戸大学経済経営研究所教授と兵庫県立大学国際商経学部教授です。本書はタイトルからも明らかな通り、メリッツ教授らが切り開いた新々貿易理論(NNTT)を解説しつつ、NNTTの分析枠組みでもってインド経済を実証的に捉えようと試みています。ひとつお断りですが、本書では「新新貿易理論」と漢字を2つ並べていますが、このレビューでは通常の表記に従って「新々貿易理論」と表記しています。悪しからず。なお、本書は完全な学術書であり、冒頭の2章ではかなり詳細な数式の展開がなされています。ということで、3部構成のうち、前半2章では新々貿易理論(NNTT)、中盤の2章でグローバル化の中のインド経済、最後に日本企業のインド経済における活動に、それぞれ着目しています。私は今さらながらという気もしますが、メリッツ教授の新々貿易理論(NNTT)の理論展開の方に興味があり、インド経済は流し読みした程度です。これまた、今さらながらで、貿易理論は3世代あり、古典派経済学の伝統的なリカード貿易理論はいわゆる比較生産費説であり、私はこれを大学で教えています。絶対生産費ではなく国内における相対価格の優位性に基づいて貿易が行われる、というものです。ヘクシャー-オリーン・モデルとして精緻化され、国と国の間の貿易構造の説明には有効ですが、なぜ完全特化しないのか、あるいは、産業内の貿易については説明できません。戦後の経済学でデキシット教授とか、バグワティ教授が切り開いて、クルーグマン教授が完成してノーベル経済学賞を受賞したのが新貿易理論であり、規模の経済と製品差別化を導入して独占的競争貿易モデルを基にしています。産業間だけでなく産業内貿易についても説明力を有します。しかし、産業内ですべての企業が輸出を行うわけではありませんし、輸出が生産性の高い一部の企業だけであるという観察され定型化された事実を説明できません。最後の第3世代の新々貿易理論では企業に関して生産性が異なるという異質性を許容し、そのことによって輸出する企業と輸出しない企業が混在する現実経済を説明できることになりました。本書では、この新々貿易理論について、やや単純化し、例えば、貿易相手国を1国だけとして2国モデルにするとか、労働賃金をニューメレール財とするとかです。おそらく、これらの単純化によって数式の展開がかなり簡素化されているような気がします。そして、この理論展開を基にして、実際のデータを用いた実証分析がなされています。推計結果のパラメータの符号が理論値と反対だったり、統計的な有意性がなかったりして、少し疑問が残ったりはするのですが、こういうふうに実証するのかと勉強になりました。参考文献も私のような専門外のエコノミストには有り難かったです。
次に、宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』(新潮社)を読みました。著者は、小説家であり、京都大学文学部のご出身です。本書は成瀬あかりを主人公とする『成瀬は天下を取りにいく』と『成瀬は信じた道をいく』に続くシリーズ第3作、最終巻です。第1作の『成瀬は天下を取りにいく』が本屋大賞を受賞したこともあり、出版社では本シリーズの特設サイトを開設しています。本書では、成瀬あかりは膳所高校を卒業して京都大学理学部に入学しています。経済学部だったら、私の後輩だったのですが、チョッピリ残念です。6話の短編からなる連作短編集です。収録順にあらすじは以下の通りです。まず、「やすらぎハムエッグ」では、入学式で知り合った坪井さくらが視点を提供します。表紙画像は入学式に際して、おばあちゃんの着物を成瀬が着ているという設定です。坪井はほのかに思いを寄せる高校の同級生と同じ京大を目指し合格しますが、彼は東大に志望校を変更していました。しかし、京大に来て同じ理学部1回生の成瀬と知り合います。続いて、「実家が北白川」では、農学部1回生で家が北白川にある梅谷誠が視点を提供します。梅谷は、達磨研究会なる森見登美彦の京大文学をこよなく愛するサークルに入会し、成瀬と坪井もいっしょになります。サークル会長の工学部2回生の木崎輝翔からもらったガイドブックを基に成瀬は京都を極めようとします。続いて、「ぼきののか」では、私の勤務する立命館大学の学生、ぼきののか、こと、田中ののかという簿記の検定試験をテーマにした動画配信者が視点を提供します。ぼきののかは、簿記2級に落ちていたことを視聴者に正直にいえなかったのですが、北野天満宮で成瀬といっしょになり、また、視聴者から簿記2級不合格の事実を暴露されて炎上します。続いて、「そういう子なので」では、成瀬あかりの母親の美貴子がストーリーを進めます。地元のパトロール活動をしていた成瀬に、びわテレ「ぐるりんワイド」のプロデューサーから「びびっと!びわびと」への出演を依頼され、家にも取材に来て母親の美貴子もテレビに登場します。続いて、「親愛なるあなたへ」では、競技かるた高校選手権で成瀬と出会った西浦航一郎がストーリーを進めます。西浦は京都の大学、たぶん、京大ならざる京都の大学に入学し、広島を離れて下宿しているのですが、多忙を極める成瀬にはなかなか会うことがかなわず、鳩居堂のレターセットで成瀬に手紙を書いて文通しています。最後に、「琵琶湖の水は絶えずして」では、島崎みゆきが東京から成瀬に呼び出されてストーリーを進めます。すなわち、盲腸で入院したため、成瀬はびわ湖大津観光大使の仕事を篠崎かれんとともに果たすよう島崎に依頼します。この最終話では、オールスターキャストで、今までに成瀬と関わった多くの人物がズラリと登場します。最後に、本書は京大や京都の地理に詳しくなくても、それなりに楽しむことは十分可能です。主人公である成瀬あかりのキャラが眼目だからです。でも、私自身が京大OBでもあり、京大や京都の地理にそれなりに詳しいいわけで、もしもそうであればもっと楽しむことのできる小説だという気がします。鳩居堂は銀座にもありますが、寺町にもあります。達磨研究会がもっとも典拠が豊富そうな気がします。森見登美彦の小説『夜は短し歩けよ乙女』は京大文学のひとつでしょうし、達磨研究会のこたつと鍋は、明らかに、2018年2月の「京大こたつ事件」を下敷きにしています。「京大こたつ事件」を知らない読者はネット検索することをオススメします。最後の最後に、最終話は明らかに本シリーズを終了させることを目的に書かれています。ライヘンバッハの滝に主人公を突き落とすのもとってもクールな終わり方なのですが、こういったハッピーエンドも考えたものだと感心しました。
次に、幸村百理男『東大理三の悪魔』(宝島社)を読みました。著者は、東大理三から医学部を卒業した眼科医のようです。本書は今年2015年1月の出版で、私は単行本で読みましたが、早くも上下巻に分冊して文庫本となっているらしいです。というか、そもそも、本書はAmazon Kindle版として2024年4月に発表された『東大理三の悪魔』と同じ2024年8月に発表された続編『東大病院の天使』を合冊・加筆修正し、書籍化していますので、再度、分冊して文庫化される、ということのようです。出版業界は複雑です。本書では、その第1部が『東大理三の悪魔』に、第2部が『東大病院の天使』に相当します。全体を通じて、主人公はタムラノボルであり、第1部では東大生、すなわち学生ですが、第2部では研修医になっています。タムラノボルは中学の途中まではそれほど勉強ができずに、いじめられっ子でした。しかし、中学の数学の授業で、「論理は1次元、理解は2次元、実感は3次元」という言葉を聞いてから、脳内で革命的変化が起きたように物事の見え方が変わり、メキメキと成績を伸ばしてそのまま東大理三に合格してしまいます。同じ東大理三の学生で喫煙をする仲間を得ますが、同時に、駒場にある東大教養学部の図書館で、外見は明らかに女性であるのに男性名と考えられる間宮惣一を名乗る人物と出会います。間宮惣一とは、大学入学前の東大模試で異次元の点数を叩き出した人物であり、興味を引かれるのは当然です。主人公と間宮の間で極めて難解な会話が交わされます。世界は6次元であり、オモテ3次元とウラ3次元であるとか、世界を7次元まで展開するとか、あるいは、「旧約聖書」創世記の記述と現実世界の関係、などなどです。第2部に入ると、第1部で間宮惣一だった人物がシモーネ・ウィルスという名の女性、しかも、米国の大富豪の跡取りとして登場します。主人公は東大病院の研修医として肝臓外科で研修中であり、そこに富豪一族の当主のような人物が肝臓手術のために、1フロアにある病室をすべて押さえて入院してきます。シモーネと主人公の会話ほかから、聖書の創世記に基づく世界の始まり、宇宙の真理、生物の存在などを明らかにする試みが続けられます。最後に、私の感想でもないのですが、本書については、主人公の選択は私とは大きく異なります。ですので、何ともいえませんが、私のレビューに頼ることなく、実際に読んでみることをオススメします。本書は今世紀初頭の00年代で終わっています。ですから、続編があることは明らかであり、事実、出版社のサイトでも2026年1月早々の出版が告知されています。私がこのシリーズを読み続けるかどうかは未定です。
次に、池本大輔『サッチャー』(中公新書)を読みました。著者は、明治学院大学法学部教授です。タイトルはいうまでもなく英国の首相を務めたマーガレット・サッチャーであり、本書はマーガレット・サッチャーの伝記といえます。もちろん、眼目は英国首相の地位にあった1979-90年ということになります。私自身はエコノミストですし、1980年代の英国のサッチャー首相、米国のレーガン大統領、あるいは、日本の中曽根総理なども含めて、いわゆる新自由主義的な経済政策を推進して格差や不平等を拡大させた政策の実行者とみなしていますが、もちろん、政治家ですので経済政策だけではなく政治や外交、ほかに重要な政策を実行しています。もちろん、経済政策をはじめとする政策とともに、政策決定や政策実行の政治的スタイルなども論じています。私の興味ある範囲でいくつかの論点をピックアップすると、まず、経済政策については、通常の理解ではサッチャー政権では国営化されていた企業の民営化と規制緩和や労働組合運動への敵対的な姿勢が強調されるのですが、本書ではまず、資本移動の自由化を進めたのが不平等を拡大させて、同時に労働分配率を低下させ、ブルジョワジーというか資本家、企業寄りの政策であった点が強調されています。う~ん、確かにそういう面もありますが、ジャーナルにも採択されなかったIMFのワーキングペーパーなんかを根拠にしていて、やや疑問が残ります。やっぱり、国営企業の民営化、規制緩和による民間ビジネスの活動分野の拡大、さらに、本書でも強調している炭鉱ストに対する対応なんかがサッチャー政権の特徴ではなかったかという気がします。特に、炭鉱ストへの対応は、米国のレーガン政権における航空管制官の解雇と同様に大きな影響あった気がします。経済政策以外では、核廃絶に対する考えが英国のサッチャー首相と米国のレーガン大統領で大きく異なっていた、とする指摘は、私は専門外でもあって、初めて知りました。すなわち、米国のレーガン大統領は、いわゆるスターウォーズ計画でもってして、当時のソ連の核兵器を無力化し、核兵器廃絶の目標を堅持していたのに対し、英国のサッチャー首相は当時の東西の通常兵力の差を埋めるためには核兵器が必要、との立場だったということです。なるほど、という気はします。最後の最後に、現在の米国のトランプ政権が反エリートであって新自由主義から決別した、という見方がある一方で、トランプ政権の政策は新自由主義的であることは否定できない、とする見方もあります。私は圧倒的に後者の見方をしていますが、そういった米国だけでなく、米国や、もちろん、日本の政策動向を考えるうえでも参考になる読書でした。
次に、辻村美月『嘘つきジェンガ』(文春文庫)を読みました。著者は、とっても人気の小説家です。私は『かがみの孤城』などは読んでいますが、それほどたくさんの作品を読んでいるわけではありません。本書には、短編といってもいいのでしょうが、やや長い中編くらいの3話が収録されていて、タイトル通りに、嘘や詐欺といったテーマのもと、嘘をつく方とつかれる方の両方の視点から人間というものの不安定性を浮き彫りにしています。収録順に、あらすじを紹介すると、まず、「2020年のロマンス詐欺」では、地方から東京の大学に入学して下宿を始めた途端にコロナ禍で生活が一変し、入学式も取りやめ、バイトも見つからない男子学生が主人公であり、昨今でいう「匿・流」=匿名・流動型犯罪の闇バイトほどではありませんが、ネットを通じたロマンス詐欺でアルバイト代わりに収入を得ようとします。続いて、「五年目の受験詐欺」では専業主婦が主人公で、優秀な長男に比べて、やや伸び悩み気味の次男の中学受験に際して、教育コンサルタントの特別紹介の事前受験で夫にも内密に100万円を支払った過去があり、次男が高校生になった5年後にそれが詐欺であったことを知ります。「あの人のサロン詐欺」では、崇拝する漫画原作者のふりをして20代半ばから10年に渡ってオンラインサロンでファンと交流している「子ども部屋おばさん」が主人公です。漫画原作者が漏らした近くに見える東京スカイツリーの建設の進捗から、なりすましを思いついたのですが、何と、ご本人がハレンチ罪で逮捕されてしまいます。はい。どの短編も嘘や詐欺で長らく保たれていた均衡が崩壊する時点がやって来て、やっぱり、嘘や詐欺はそう長くは続けられない、という点が強く感じられます。ただ、そういった虚構の世界に入っていく人間の弱さといったものにも真剣に立ち向かって、何らかの解決を示している点が評価できる短編集です。本書は、オチのない純文学ではありませんから、何らかのオチはあります。基本はハッピーエンドと受け止める読者も多いのでしょうが、中には、いい終わり方ではない、と考える読者もいそうな気がします。最後の最後に、本書は2022年に単行本として出版されていて、私も最初の「2020年のロマンス詐欺」は何かのアンソロジーで読んだ記憶がありますが、今年になって文庫本化された最大のポイントは直木賞作家の一穂ミチの解説ではないだろうか、という気がします。その巻末の解説まで含めて、本書はいい作品だと感じました。
次に、背筋ほか『令和最恐ホラーセレクション クラガリ』(文春文庫)を読みました。著者は、ホラー小説家たちであり、本書は6話の短編を収録したアンソロジーです。収録順にあらすじを概観します。まず、背筋「オシャレ大好き」では、高級アパレルブランドのショップに勤める女性、その昔には「ハウスマヌカン」といっていたような気がする販売員が、お客さんと話していて急に「えっ?」となる場面がとっても怖いです。高価なファッションと消費欲望の裏に存在するある種の呪いが透けて見えます。続いて、澤村伊智「鶏」では、主人公が以前に出版社の編集者をしていたころのお話で、頼まれて深夜のオフィスで来訪者を応接し、少しオドオドした態度の男性が話し始めたのは鶏を食べることについてでした。続いて、コウイチ「金曜日のミッドナイト」では、取材でやってきたテレビディレクターが主人公で、テレビのディレクターであると同時にYouTuberでもあり、インタビュー内容が並べられているだけなのですが、取材を進めるとともに、その街全体に漂う不可解で奇妙な雰囲気、何かのズレ、などが増幅されてゆきます。続いて、はやせやすひろ×クダマツヒロシ「警察が認めた<最恐心霊物件>」では、YouTubeチャンネルに届いた連絡から、同棲を始めた女性が借りた部屋に幽霊が出て、警察に相談すると心霊物件だといわれてしまいます。続いて、栗原ちひろ「余った家」では、結婚を控えた主人公の女性が、婚約者とともに家族がナイショで所有している田園調布にある空き家を訪れると、いろいろと不可解な謎に遭遇します。主人公家族の御蔵家そのものがとってもブラックです。最後に、梨「恐怖症店」では、黒衣と助手の少年が「恐怖症」を売る店があり、プールの授業に欠席するために巨大水槽恐怖症を買ったのを皮切りに、自分の情のひとつと引換えに多くの恐怖症を買って行く少女がいたりします。はい。とっても季節外れに怪談を読んでしまいました。ひとつにはNHKの朝ドラ「バケバケ」を熱心に見ているせいかもしれません。人知を超えて近代科学では解明できないような奇怪な現象や怪異な存在が登場するわけではありませんが、違和感と呼ぶにはあまりにも大きな歪みを感じるホラー短編集でした。
| 固定リンク


![小峰隆夫・村田啓子『最新 日本経済入門[第7版]』(日本評論社) photo](http://pokemon.cocolog-nifty.com/dummy.gif)
コメント