今週の読書はいろいろ読んで計6冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、アンガス・ディートン『格差の国の経済学』(みすず書房)では、主流派である米国の経済学や経済学者=エコノミストについて、英国出身の著者なりの見方を示していて、効用ないし幸福度を考える際に、金銭へ固執してきた点を批判し、不平等の問題についても教育や健康まで幅広く考えています。情報処理演習教材作成委員会[編]『経済系のデータサイエンス』(学術図書出版社)では、立命館大学経済学部の教授陣が、Excel操作から始まって、データ分析の基礎として時系列データと横断面データを学び、さらに寄与度分析などを大学新入生向けに解説しています。読売新聞大阪本社取材班『絶望の凶弾』(中央公論新社)は、2022年7月8日の参議院選挙のさなかに、安倍晋三元総理が奈良で暗殺された事件から、その銃撃犯である山上徹也に対して奈良地裁が求刑通りの無期懲役の判決を下すまでの1294日の取材結果を取りまとめています。藤崎翔『お梅は魔法少女ごと呪いたい』(祥伝社文庫)は、戦国時代の呪いの人形であるお梅のシリーズ第3作であり、「ハッピー魔法少女イライザ」なる昭和45年に作られた西洋人っぽい外観の人形と出会いますが、相変わらず、人を不幸にするのではなく幸福をもたらしています。葉室麟『峠しぐれ』(文春文庫)は、徳川期の藩境にある峠の茶屋を部隊に、武芸の達人である半平と峠の弁天様と称される志乃の夫婦を軸に、さまざまな人間模様が描かれ、最後に、夫婦2人の謎が明らかにされます。個性的かつ魅力あふれるキャラクターが多数登場しエンタメ性に富んでいます。織守きょうや『キスに煙』(文春文庫)は、フィギュアスケート界を舞台に、ややBL小説的な展開を見せています。ミステリではありませんし、ラストにサプライズがあるかどうかは、読んでみてのお楽しみです。ただ、ちょっと拍子抜けかも。
今年2026年の新刊書読書は、1~4月に合わせて97冊、5月に入って今週の6冊を加えて合計103冊となります。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のtwitter)、あるいは、mixi、mixi2などのSNSでシェアしたいと予定しています。また、学術論文や国際機関のリポートなどもSNSで適宜取り上げたいと予定しています。
まず、アンガス・ディートン『格差の国の経済学』(みすず書房)を読みました。著者は、英国生まれで、米国プリンストン大学公共・国際問題大学院シニア・スカラー、同大経済学・国際問題名誉教授であり、2015年にノーベル経済学賞を受賞してます。ご専門は、貧困、不平等、医療、経済開発となっています。もっとも最近のご著書では、奥様のアン・ケース教授との共著で『絶望死のアメリカ』を私は読みました。なお、本書の英語の原題は Economics in America であり、2023年の出版です。本書は、英語の原題の通り、米国の経済学について、英国生まれの著者なりに概観しています。すなわち、大雑把に言って、シカゴ学派に代表されるミクロ経済学については、効率性を重視する余り不平等を許容し、いわゆる経済力を持つ経済主体、個人や企業に有利な見方を提供しかねない点を強調しています。他方で、ケインズ卿に由来するマクロ経済学については期待感が示されている気がします。まあ、私自身がマクロエコノミストですので、勝手な見方かもしれません。本書は経済学や経済学者=エコノミスト、特に主流派中の主流派である米国の経済学や経済学者=エコノミストについて、英国出身の著者なりの見方を示していますが、いくつかのメッセージを読み取ることが出来ます。まず、主流派の経済学ないしエコノミストが、効用ないし幸福度を考える際に、金銭へ固執してきた点を批判しています。現在では経済学だけでなく、すべての基準が金銭換算されかねないわけで、例えば、何らかの損害賠償は金銭支払いで済ませる場合が少なくないですし、何らかの代替基準の必要はあるかもしれません。さらに、経済発展や狭い経済学の範囲にはこだわらず医療や健康問題への言及も豊富に収録されています。不平等の問題についても、金銭的な不平等だけでなく、教育や健康まで幅広い問題を考え、特に、サンデル教授が『実力も運のうち』で指摘している大卒者の持つ大きな特権も、サンデル教授と同じように批判しています。最後の方の8章から11章は経済学者の実態に焦点を当てています。さすがに、ノーベル賞受賞のエコノミストですので、私なんぞとはまったく違う世界を垣間見ることが出来ました。ノーベル賞の授賞式に孫まで含めて一家旅行できるなんて、また、時の大統領にホワイトハウスに招待されるなんて、ごくごく限られたエコノミストだけに与えられる特権なのだと思います。
次に、情報処理演習教材作成委員会[編]『経済系のデータサイエンス 第2版』(学術図書出版社)を読みました。著者は、聞き慣れない委員会に見えるのですが、本の奥付けや出版社のサイトを見れば担当章別の執筆者が4名上げられており、すべて立命館大学経済学部の教授となっています。はい。私の同僚です。私自身は授業を見ていないのでわからないのですが、たぶん、新入生に対する情報処理演習の授業のテキストなのではないか、と想像しています。5章構成であり、最初に第1章でExcelの基本操作などを習得した後、第2章でデータ分析の基礎として時系列データと横断面データを学び、第3章で寄与度分析、第4章でグラフや統計量でデータの特徴を捉え、最後の第5章で回帰分析を取り上げています。大学新入生向けのテキストですから、私が熱心に読む必要あるレベル感ではありませんが、それほどExcelに習熟していない向きには、大学新入生でなくても有益ではなかろうかと思います。ただし、私は新入生から1年を経過した2年生向けの授業で第3章までを復習させることにしています。本書に書いてある内容を「習っていない」と主張する2回生は少なくないのが実情です。たぶん、「習っていない」のではなく、「覚えていない」が正しいのではないかと私は想像しています。
次に、読売新聞大阪本社取材班『絶望の凶弾』(中央公論新社)を読みました。著者は、新聞社の取材班です。表紙を見ての通りで、2022年7月8日の参議院選挙のさなかに、安倍晋三元総理が奈良で暗殺された事件から、その銃撃犯である山上徹也に対して奈良地裁が求刑通りの無期懲役の判決を下すまでの1294日の取材結果を取りまとめています。山上徹也だけを追っていますが、管見の限り、この事件に関するもっとも信頼性の高いルポルタージュだと思います。旧統一協会の妄信的な信者出会った母親、自殺した父と兄、もっとも熱心な援助を寄せていた父の兄である伯父、などなど、山上徹也を取り巻く親族との関係を明らかにし、親族や働いていた会社の関係者などへの取材を通じて明らかになった山上徹也の実像が、決して十分とは言えないながらも、明らかにしようと試みています。ただ、まだ判決が確定したわけではないという意味で裁判が終わったわけではありませんし、旧統一協会の解散問題も決着していません。戦後初めての総理大臣経験者の暗殺という事件の全貌、特に、旧統一協会の闇の部分の真相解明はまったく不十分です。政界との関係も明らかにされていません。最後に、本筋から離れて事実関係ながら3点だけ示すと、まず第1に、銃撃された安倍元総理に最初に駆けつけた、というか、呼ばれたのは、私の高校の同級生です。薄々漏れ聞いてはいました。そして第2に、本書もそうですが、旧統一教会と表記されています。私は旧統一協会と表記するのが正しいと考えています。本書p.32でも言及されている通り、文鮮明によって1954年に設立されたのは世界基督教統一神霊協会でした。第3に、本書では、旧統一協会の政治部隊である勝共連合にまったく言及がありません。こういった点を含めて、本書の取材記録もそのまま鵜呑みにするのではなく、それなりに批判的な目でもって読まれるべき本である可能性を指摘しておきたいと思います。
次に、藤崎翔『お梅は魔法少女ごと呪いたい』(祥伝社文庫)を読みました。著者は、元芸人にして現在ではもっとも売れている小説家の1人ではないかと思います。本書は、お梅シリーズの第3弾です。かつては戦国大名の一族を滅亡させたほどの呪いの人形なのに、約500年ぶりの令和に復活してからはまったく呪いの人形らしくもなく、人々を幸せにしてばかりいるお梅が主人公のコメディです。この第3作目では「ハッピー魔法少女イライザ」なる昭和45年に作られた西洋人っぽい外観の人形と出会います。イライザはそれほど流行らなかったアニメに由来し、お梅と反対で、人に幸せをもたらすという設定なのですが、失敗続きでそれほど人の幸せには役立っていません。でも、お梅が羨むような瞬間移動=ワープなどの特殊能力を持っています。イライザと出会う「ぷろろをぐ」と意外な展開の「ゑぴろをぐ」を別にして、5話の連作短編から構成されており、いつも通り、実に緻密で素晴らしい出来のコメディに仕上がっています。収録順にあらすじは以下の通りです。まず、「孝行息子を呪いたい」では認知症で記憶が怪しくなった老婆、そして、老婆を世話する中年男性ごと呪おうとします。続いて、「さっかあ少年を呪いたい」では、弱小チームの補欠をしているサッカー少年の試合の場で、両チームの不和を増幅しようとします。続いて、「修学旅行を呪いたい」では、田舎の高校の修学旅行のタクシー研修の4人の友人なし高校生の不仲を拡大しようと試みます。続いて、「とっぷすたあを呪いたい」では、シンガーソングライターにして俳優としても超トップクラスの男性一家を呪おうとします。最後に、「理解不能男女を呪いたい」では、ホストに貢ぐために風俗嬢になった女性と相手のホストの不幸を願います。「修学旅行を呪いたい」を例外として、ほかの短編では完全な勧善懲悪のストーリーとなっています。冒頭で、「人々を幸せにしてばかりいる」と書きましたが、正確には悪人はこってりと罰せられます。イライザとのかけ合いはおもしろいのですが、まあ、お梅単独でもいいかな、という気はします。「ゑぴろをぐ」の最後の最後に、本シリーズの今後の方向性に言及されていますが、実現するかどうかは、というか、作者に実現させようという意欲があるかどうかは不明です。
次に、葉室麟『峠しぐれ』(文春文庫)を読みました。著者は、時代小説家であり、2017年に亡くなっています。少し前に読んだ『蛍草』もそうでしたが、この作品も個性的かつ魅力あふれるキャラクターが多数登場しエンタメ性に富んでいます。本書は、双葉社から単行本で出版され、双葉文庫で1次文庫化された後、2024年に文春文庫で再文庫化されていて、私は文春文庫で読みました。時代は徳川期であり、岡野藩と結城藩の藩の境あたりの岡野藩側にある峠の茶屋が部隊となります。主人公は半平と志乃の夫婦です。半平は40過ぎで、峠の茶屋で町人に身をやつしながら、時代小説のチートスキルである武芸の達人です。志乃は30代半ばで峠の弁天様と称される美人です。その峠の茶屋に隣国の結城藩から味噌問屋がうまくいかずに夜逃げしてきた吉兵衛一家をはじめ、殺人も厭わぬ女盗賊が首領となっている盗賊団、半平に倅の剣の指南を乞う役人、そしてもちろん、時代小説の最大のテーマであるお家騒動などなど、最後に、半平と志乃の夫婦の深い闇のような秘密が解き明かされます。正義とはなにか、親子の情の重要性、そういった葉室流の時代小説の真髄が楽しめます。
次に、織守きょうや『キスに煙』(文春文庫)を読みました。著者は、エンタメ作家で、私は何冊かこの作家のミステリ作品を読んでいます。読んだうちで一番いい出来だったのは明らかに『花束は毒』で、本書の宣伝文句でも『花束は毒』と同じ作者である点が強調されている気がします。でも、本作品はミステリではありません。どちらかといえばBL小説と見なす読者が多そうな気がします。はい、深入りはしません。本作品の主人公は、たぶん、塩澤と志藤の2人の男性フィギュアスケート選手だろうと思います。ただ、塩澤はすでに引退し服飾デザイナーとして活躍しています。志藤もこの作品の進行中にフィギュアからアイスダンスに転向します。ペアの女性は実の姉だったりします。そういった折に、2人の先輩フィギュアスケート選手で、今は引退して日本でコーチをしていたミラーが自宅のバルコニーから転落死します。4部構成なのですが、基本、神の視点、というか、主人公ではない第3者の視点から描写されます。ただ、視点を提供するわけではないものの、最初が塩澤、2部が志藤、3部がもう一度塩澤、そして、4部がミラーを中心としたストーリー展開です。ただし、プロの小説家にしては文章がそれほどうまくなくて、読者によっては混乱する部分もあります。まあ、私の読み方が悪いだけかもしれません。それから、この作者のことですから、ラストに大きなサプライズがあるかという気がして読み進んだのですが、まあ、そのあたりは読んでみてのお楽しみです。読んでみてのお楽しみなのですが、全体的に、本書の出来は『花束は毒』よりは大きく落ちます。それほど期待すべきではありません。ただ、繰返しになりますが、BLファンであれば平均的な読者よりも高く評価する可能性はあります。
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