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2026年8月 1日 (土)

今週の読書は経済書やミステリなど計7冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、高久玲音『医療崩壊の経済学』(慶應義塾大学出版会)は、医療経済学の専門家による学術書であり、一般読者にはハードルが高い気もしますが、2020年のコロナのパンデミック直前の時期から、コロナ禍の時期の医療提供体制ほかについて論じ、我が国医療制度の現状を分析しています。玉木俊明『西洋史研究者をめざす人のために』(創元社)では、学生や院生、さらに、若手の研究者向けに研究の進め方なども含めて、西洋史研究者をめざす人々へのアドバイスがいろいろと展開されています。斎堂琴湖『桜葬』(光文社)では、冒頭の2023年3月、武蔵浦和駅で杖をついた男がホームからバラバラ死体を線路にばらまきペットボトルから液体をその死体の上にまいて火をつけ、ホームから500枚の1万円札もばらまき、しかも、最後に、武蔵野線の電車に飛び込み自殺を果たします。遠坂八重『死んだら永遠に休めます』(朝日新聞出版)では、東証プライム上場の大手企業の総務経理統括本部を舞台に、パワハラ上司の前川部長が、突然、メールで「失踪宣言」を出し、さらに、「私は殺されました」と題するメールが発信され、パワハラ被害を受けていた部下全員が容疑者として告発されます。藤崎翔『ある謎解き作家の遺書』(SCRAP出版)では、謎解きイベント制作会社の書籍編集部謎制作課に所属する若手職員が自殺し、警察署から自殺の真相解明のためにパズルを解いてほしいと依頼され、課長以下で自殺の真相を探り始めますが、ラストに大きなどんでん返しが待ち受けています。米澤穂信『倫敦スコーンの謎』(創元推理文庫)では、小市民シリーズ完結編の『冬期限定ボンボンショコラ事件』にて、小鳩常悟朗と小佐内ゆきの2人は高校を卒業してそれぞれ別の進路を行くのですが、本書はその前日譚であり、高校1年の冬から2年の1学期にかけての時期の短編4話を収録しています。J.D. サリンジャー『彼女の思い出/逆さまの森』(新潮文庫)では、従軍歴ある作者の経験も取り入れた短編集であり、邦訳は金原瑞人教授による新訳です。ブラックユーモアというか、独特のシニカルな見方が示されている一方で、とても軽やかな会話が交わされており、原文と邦訳のクオリティの高さが感じられます。
今年2026年の新刊書読書は、1~7月の半年あまりで177冊、8月に入ってから今週の7冊を加えて合計184冊となります。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のtwitter)、あるいは、mixi、mixi2などのSNSでシェアしたいと予定しています。

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まず、高久玲音『医療崩壊の経済学』(慶應義塾大学出版会)を読みました。著者は、一橋大学経済学部教授であり、ご専門は医療経済学だと思います。本書は完全に学術書であり、一般読者にはハードルが高い気もしますが、2020年のコロナのパンデミック前夜における段階から、コロナ禍の時期の医療提供体制ほかについて論じています。まず、コロナのパンデミック前ですら日本の医療提供体制には綻びが見え始めており、コロナ禍に入っても医療提供体制が短期には変えられないので、国民の行動変化・変容で乗り切るしかない、という意見が医療関係者の間で支配的であった、と指摘されています。要因のひとつには、自由開業制、フリーアクセス、出来高払いという医療提供体制が上げられています。ただ、本書でも指摘されているように、医療保険については国民皆保険で、診療費や医薬品の単価も政府の公定という医療体制は、それなりに機能し得る部分もあります。私も医療サービス市場の情報の非対称性から、ある意味で、当然と考えています。ただ、コロナ禍の時期に県立病院へのガバナンスが不十分であったとか、中小規模病院での幽霊病床の存在などの本書の分析については、専門外の私には実感できないところでした。本書では、コロナ以外にも救急医療の再編、患者の自己負担のあり方などの問題を取り上げ、さまざまなデータを活用して、診療報酬、医療保険制度、医療提供体制の3方向から我が国医療制度の現状を分析しています。繰返しになりますが、医療経済学の大雑把な基本的問題は、教育と同じで情報の非対称性ということになります。すなわち、医療や教育を提供する医師や教員の方が、提供される患者や学生よりも圧倒的に情報を持っているわけです。ですから、市場の失敗が生じて何らかの政府による規制が必要となります。まあ、マイクロ経済学の分野ですし、私の専門外ですが、いろいろと必要あって本書も読んでみました。十分に理解できた自信はありませんが、それなりに参考になったと受け止めています。最後に、私はこういった学術書はそれなりの読み方をしますが、参考文献リストの抜けがいくつか散見されました。大沢(2025)とか、吉川(2022)がなかった気がします。

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次に、玉木俊明『西洋史研究者をめざす人のために』(創元社)を読みました。著者は、京都産業大学経済学部の教授であり、ご専門は西洋経済史、特に、近世のバルト海貿易、ということのようです。実は私も京都大学経済学部では西洋経済史のゼミに所属していましたが、経済史については、文学部の歴史学からの研究と経済学部の経済学からの流れがあり、玉木教授は前者といえます。私の勤務する立命館大学経済学部の西洋経済史の担当准教授は後者の経済学からの流れであり、したがって、というか、何というか、立命館大学に来るまで非常勤講師のころにはマクロ経済学とかミクロ経済学の授業も経験ある、といったことを聞き及んでいます。ただ、いずれの歴史学も、本書で指摘されているようにランケの研究の影響を強く受けている点は確かです。私も大学に入学した直後に岩波文庫の『世界史概観』を読んだ記憶があります。経済学からの流れの経済史では、歴史の進み方に明らかなモデルがあり、マルクス主義経済学の史的唯物論の影響を強く受けている場合があります。そうでなければ、ノーベル経済学賞を受賞したノース教授のような制度学派です。本書では、東大の大塚先生の「西洋経済史序説」なんかも言及されています。マルクス主義的な史的唯物論は、原始共産制➜奴隷制➜封建制➜資本制➜社会主義➜共産主義、という生産関係により分類するモデルです。私が大学で教えている経済学には、マルクス主義のカケラもありませんが、マクロ経済学の生産関数は単純化していえば、資本ストックと労働をインプットして付加価値をアウトプットとして得る、というものです。ついでながら、付加価値の合計がGDPなわけです。ただ、資本制より前の段階では資本ストック、すなわち、機械や建て屋などがそれほど蓄積されておらず、ほぼほぼ人力で生産が進められていました。そこで、イングランドから始まる産業革命により、本書で指摘されているポメランツ的な大分岐が生じるわけです。私がよく言及するノーベル賞経済学者のクズネッツ教授は、世界には4種類の国しかなく、それは、先進国(developed)、後進国(undeveloped)、日本とアルゼンティンである、と指摘しています。その当時の時代背景からして、日本は後進国から先進国になった例外、逆に、アルゼンティンは先進国から後進国になった例外ということですので、先進国と後進国を分けるポイントは産業革命です。楽観的な視点からのアシュトン『産業革命』とか、悲観的な視点からのマントゥ『産業革命』とか、いくつかの分析があり、現時点では、制度学派的な見方が一定のコンセンサスを得ているような気もします。といったような経済史に関する蘊蓄は、私もそれなりに持っているのですが、本書では、学生や院生、さらに、若手の研究者向けに研究の進め方なども含めて、西洋史研究者をめざす人々へのアドバイスがいろいろと展開されています。

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次に、斎堂琴湖『桜葬』(光文社)を読みました。著者は、本書の奥付けでは会社員と紹介されています。2023年に『燃える氷華』で第27回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、その翌年にデビューしています。本書が2作目となります。一応、私は前作も読んでいます。なお、本書はすでに文庫版がでていますが、私は単行本で読んでいます。ということで、とても複雑な殺人事件をモチーフにしたミステリです。舞台は埼玉県警であり、前作と登場人物は少なくとも警察の刑事はかなりの程度の共通します。したがって、シリーズといえるかもしれません。冒頭、2023年3月の武蔵浦和駅で杖をついた男がホームからバラバラ死体を線路にばらまきペットボトルから液体をその死体の上にまいて火をつけ、ホームから500枚の1万円札もばらまき、しかも、最後に、武蔵野線の電車に十字を切って飛び込み自殺を果たします。3ページほどのプロローグで、自殺した杖をつく男の視点からこの一連の場面を描写した後、第1部でその3年前にさかのぼって、2020年3月のコロナのパンデミックのごく初期に、浦和という名がつく駅への爆破予告があり、電車が止まって警察官が警戒と捜査に当たる場面が展開されます。この第1部も20ページ足らずのボリュームです。そして、再び2023年3月の小説における現在に戻って、プロローグの事件の捜査が始まります。冒頭の杖をついた男、バラバラ死体を線路にバラまいて火をつけ、1万円札もばらまいた上に、電車に飛び込み自殺をする男の正体は、警察によって早々に突き止められます。したがって、どうしてこのような事件を引き起こしたのか、すなわち、Whydunnit を追求するミステリです。スタートがあまりに衝撃的で、絶対に現実にはありえないプロットです。はい、小説でしか読めません。現実離れしています。まさに、フィクションの世界です。前作の『燃える氷華』と似た感想で、作為的すぎて複雑怪奇、初期の伏尾美紀作品みたいに、いろんなものを詰め込みすぎた印象です。なお、冒頭がもっともグロいのですが、ほかにも少しグロテスクな場面があったりします。その意味で、万人にオススメできるミステリではない気がします。もし映画化でもされたら、R13くらいの指定があってもおかしくないです

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次に、遠坂八重『死んだら永遠に休めます』(朝日新聞出版)を読みました。著者は、ミステリ作家ではないかと思うのですが、2022年に『ドールハウスの惨劇』で第25回「ボイルドエッグズ新人賞」を受賞し、そのほかの著書に『怪物のゆりかご』があり、本書は3作目だそうです。ただ、私には初読の作家さんでした。本書の主人公は、東証プライム上場の大溝ベアリング川崎事業所総務経理統括本部(総経本部)勤務で、30歳手前の青瀬という女性総合職です。職場がきわめてブラックで長時間残業がある上に、パワハラ上司の前川部長から被害を受けています。前川部長は、総経本部以外の部署では外面よいものの、総経本部の部下に対しては書庫を説教部屋として使ってパワハラを繰り返し、夏の季節にはひいきの旅館の女将にいいところを見せるために、泊りがけでホタルを見る会と称して、部内全員で出かけたりします。青瀬は、アパートに帰宅してもゴミを捨てる気力もなく、シャワーすら忘れる時もあります。その前川部長が青瀬にホタルを見る会を欠席するように宣言した後、メールで「失踪宣言」を出し、さらに、1週間ほどして「私は殺されました」と題するメールが事業所の職員全員宛てに発信され、主人公の青瀬ほか総経本部の全員が容疑者として告発されていました。パワハラ上司が不在になって、やや生気を取り戻すことができた一方で、警察から事情聴取を受けたり、職場のほかの部署の職員から殺人犯に見なされたりで、主人公の青瀬と容疑者として部内で唯一告発されていない派遣社員の三井仁菜が失踪した前川部長の捜索を始めます。まず、前川部長が通っていたコンカフェの従業員を当たろうとしますが、その女性が殺害されてしまったりします。果たして、前川部長は生きているのか、死んでいるのか、死んでいるなら、犯人は誰なのか。職場の人間関係のビミョーなところがなかなか巧みに描き出されていました。基本、本書はイヤミスなんだろうと私は受け止めています。

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次に、藤崎翔『ある謎解き作家の遺書』(SCRAP出版)を読みました。著者は、芸人ではもはやなく、立派な、というか、何というか、小説家ではないかと思います。私もファンでいくつか小説を読んでいたりします。本書は、リアル脱出ゲームのSCRAPとタッグを組んだ小説となっています。ストーリーとしては、謎解きイベント制作会社のSCRAP書籍編集部謎制作課に所属する若手職員の舟木亮太郎が自殺します。謎制作課は自殺した舟木亮太郎のほか、千葉奈々子課長以下、竜崎哲広、佐上誠輔、天野梨帆がメンバーとなります。そこに、高円寺警察署から連絡が入り、自殺の真相解明のために舟木亮太郎の残したパズルを解いてほしいと依頼されます。高円寺署に出向いた謎制作課の4人は、田所幹男警部補と柳沢夏美巡査長とともに、舟木亮太郎のアパートに向かい、残されたパズルを解き始めます。そして、自殺の真相を探り始めます。ラストに大きなどんでん返しが待ち受けています。出版社のサイトに、pp.173-4にあるパズルのヒントが置いてあり、それに正答するとSNSに投稿できる画像がもらえたりします。はい、私もゲットしました。私は基本読書として本書を楽しみましたが、舟木の残した16問のパズルを解くというパズル集としても楽しむことができそうです。

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次に、米澤穂信『倫敦スコーンの謎』(創元推理文庫)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、本書はほぼほぼ完結したはずの小市民シリーズの短編集です。ですので、主人公は男女2人の高校生であり、小鳩常悟朗と小佐内ゆきとなります。2人は、たぶん、岐阜県と目される場所を舞台に、県立船戸高校の生徒であり、緩やかな同盟関係にあります。同盟関係の目的は、高校内で目立たず小市民でいること、もっといえば、2人のそれぞれの悪しき志向、すなわち、推理して、その推理を人に披露せずにいられない小鳩常悟朗、また、復讐をせずにいられない小佐内ゆき、のそれぞれの志向を封印して小市民を目指そう、ということです。すでに、このシリーズは2年ほど前の『冬期限定ボンボンショコラ事件』で終結しており、2人は高校を卒業してそれぞれ別の進路を行くような示唆がなされています。本書は、いわばその前日譚であり、2人が高校1年の冬から2年の1学期にかけての時期の短編4話を収録しています。あらすじは、順に、「桑港クッキーの謎」では、2人が高1の冬に船戸高校のOBの芸術家である縞大我氏がサンフランシスコ・ビエンナーレで黒熊賞を受賞し、ちょっとした話題になりテレビの取材で高校に残された縞氏の作品、県の美術展に出展した作品が見つかります。しかし、この作品が別の画家の模写であることが判明し、作品がオリジナルでなく模写であることを隠して出展していたのではないか、という疑惑が持ち上がります。続いて、「羅馬ジェラートの謎」では、小鳩くんが小佐内さんに3学期の期末試験の後、郊外のショッピングモールに新しく出店したジェラートショップ「アバーネッティーズ」のジェラートをごちそうすることになりますが、フードコートのテーブルでジェラートを前に、ジェラートには手もつけずにじっと座っているスーツ姿の女性がいます。続いて、「倫敦スコーンの謎」では、高2になって2人はそれぞれのクラスで、家庭科の調理実習でアフタヌーン・ティーのメニュー、すなわち、キュウリとトマトのサンドイッチ、茹で卵とバジルソースのカナッペ、さらに、スコーンを作ることになるのですが、小山内さんの班はスコーンが生焼けで失敗してしまいます。最後に、「維納ザッハトルテの謎」では、サンフランシスコ・ビエンナーレで黒熊賞を受賞した縞大我氏が船戸高校に講演会で来ることになり、学生に自分の作品を見てもらうために作品を送ってきたのですが、地震が起きて作品が壊れたことを小鳩くんが確認したにもかかわらず、講演会当日にはキズひとつない作品が展示されたりします。ない、基本ミステリであり、短編ですので殺人事件は起きませんが、主人公の小市民2人で謎解きに当たります。

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次に、J.D. サリンジャー『彼女の思い出/逆さまの森』(新潮文庫)を読みました。著者は、グラース家サーガや、何といっても、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』で有名な小説家です。作家ご本人には従軍歴があり、第2次大戦中のノルマンディー上陸作戦にも参加しているそうで、そういった経験も取り入れた短編集となっています。サリンジャーの初期短編集であり、20代のころの作品が中心です。なお、邦訳は金原瑞人教授による新訳です。収録短編のタイトルだけを列挙すると、表題作のひとつの「彼女の思い出」から始まって、「ヴァリオニ兄弟」、「すぐに覚えます」、「おれの軍曹」、「ボーイ・ミーツ・ガールが始まらない」、「新兵に関する個人的な覚書」、「ブルー・メロディ」、そして、最後は表題作のひとつである「逆さまの森」となり、これだけは短編というよりも中編くらいのボリュームで120ページ余りあります。収録されていたのは、Saturday Evening PostCosmoppolitan あるいは Esquire などであり、ブラックユーモアというか、独特のシニカルな見方が随所で示されている一方で、とても軽やかな会話が交わされていたりして、原文と邦訳のクオリティの高さが感じられます。ただ、どうしても1940年代の執筆作品ですから、中には人が死ぬ場面も少なくありません。人が死ぬ小説は私はそれほど好きではないのですが、時代背景としてやむを得ないものがあります。また、その後の1950-60年代の米国映画の場面を見ているような作品も少なくありませんでした。私のようにサリンジャーのファンであれば読んでおくべきかと思います。

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