今週の読書はいろいろ読んで計5冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、白川方明『通貨に信用を刻印する』(日本経済新聞出版)では、おそらく安倍内閣によるデフレ脱却重視政策のアンチテーゼなのだろうと思いますが、インフレとデフレを非対称に見ていたりして、「時代の空気」をキーワードのひとつに、非伝統的な金融政策に対して懐疑的な見方が示されています。藤谷昌敏『経済安全保障と「経済インテリジェンス」』(芙蓉書房出版)では、サプライチェーンの脆弱性に関する指摘のほか、主として、半導体、AI、量子技術、サイバー空間など、いわゆる最先端技術の海外流出、特に、中国を念頭に置いた経済安全保障について具体例を論じています。首藤若菜『なぜ賃金は上がらないのか』(講談社現代新書)では、デフレ下で価格が動かないために賃金が雇用も含めた調整要因となってしまい、価格転嫁ができないことから賃上げが進まなかった現状、というか、現在のインフレが始まった2022年くらいまでの賃金動向を議論しています。黒猫ドラネコ『参政党と大陰謀論時代』(文春新書)では、現在の参政党の源流のひとつの反ワクチン運動の神真都Qから説き起こして、省庁解体や排外主義などの国政課題だけでなく、反ワクチンやスピリチュアル系の陰謀論などを展開するようになった経緯など、ウォッチした結果を報告しています。伊坂幸太郎ほか『プレゼント』(新潮文庫)は、新潮文庫50周年企画のアンソロジーです。「夏」を共通テーマとして7人の小説家の短編作品から編まれています。すべての作品が素晴らしいのですが、私はエコノミストとして、社会派ミステリの米澤穂信「無明」をイチ推しとします。
今年2026年の新刊書読書は、1~7月の半年あまりで177冊、8月に入ってから先週の7冊と今週の5冊を加えて合計189冊となります。なお、鈴木るりかの『さよなら、田中さん』からの田中花実を主人公とするシリーズを何冊か読んだのですが、新刊書ではありませんので、本日のレビューには含めていません。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のtwitter)、あるいは、mixi、mixi2などのSNSでシェアしたいと予定しています。
まず、白川方明『通貨に信用を刻印する』(日本経済新聞出版)を読みました。著者は、青山学院大学特別招聘教授なのですが、tぷぜんながら、日銀元総裁の方で知られていると思います。本書のタイトルは、アイケングリーン教授に由来するようです。数年前の著者による『中央銀行』から、世間一般の経済社会状況に関して、もっとも大きな変化があったのは2022年を起点とするインフレなのですが、この点についてはそれほど力点が置かれていないような印象を私は受けました。そういった前著からのここ数年来の経済の変化ではなく、同じようなポイントが前著と同じように繰り返されているという印象の方が強かった気がします。金融政策運営上で、少なくともバブル直前の1980年代半ばまで、為替レートが暗黙のうちに重視されていて、円高は困るという「時代の空気」で金融政策が運営されていたのはそこそこ事実だろうと思います。そういった「時代の空気」をひとつのキーワードとして本書を読み解くのも一案かという気がします。その上で、私がいくつか疑問に感じたのは、おそらく安倍内閣によるデフレ脱却重視政策のアンチテーゼなのだろうと思いますが、インフレとデフレを非対称に見ている点です。安倍内閣の当時のリフレ派、たぶん、私も含めた何人かのエコノミストはインフレもデフレもともに貨幣的な現象であって、したがって、金融政策で対応すべき、というのが主要な論調であったかという気がします。それに対して、本書の著者や翁教授などの伝統的な日銀エコノミストは、いわば「金融政策の無力性」のような主張を繰り返していたり、あるいは、デフレの原因を人口減少とか別のところに求めたりして、金融政策による対応を回避する姿勢が鮮明でした。私自身は、デフレにせよ、インフレにせよ、軽微なものであればともかく、通貨現象である点は変わりないと考えています。すなわち、私は授業で明確に教えていますが、一般物価水準とは通貨価値の逆数と考えるべきです。その昔にインフレによる預貯金の「目減り」という表現がありましたが、まさにその通りです。マイルドなインフレを目指すということは、通貨価値のマイルドな低下を容認することであり、財やサービスの名目の価値の緩やかな上昇をもたらすものです。ただ、本書の第4章のような物価の計測に疑問を呈するのは不可知論に陥る危険があり、科学的な分析を旨とするエコノミストの態度ではありません。逆に、ラスパイレス指数の上方バイアスについて口をつぐむのも公平な論評とはいえません。量的緩和をはじめとする非伝統的な金融政策に対しても第9章などで懐疑的な見方が示されていますが、特に、p.165 の引用部分は、たぶん、ローレンス・ボール教授による独立評価局のリポートであり、どこまでIMFによる公式見解であるかは私には不明です。まあ、経済学の場合、私もそうですが、自分に都合いい引用を持ち出すのは通常の手法だろうと思いますので、OKなのだという気はします。ただ、前著なども含めて、この著者の主張に私が違和感を覚えていた原因が判った気がします。第14章以降は政策運営面での実務的な内容も多くなるので、それ以前で考えても、本書ではエビデンスがデータに基づいていない気がします。ですので、本書の議論は全部ではないとしても神学論争的なものに見えがちで、エラい人が自分自身の信念を大きな声でいえば「勝ち」という気がしてなりません。ですから、「時代の空気」ではなく信念に基づく中央銀行の政策策定や運営が、ホンの少しながら怪しげに見えかねない恐れがあるのではないか、と危惧しています。少なくとも、「通貨に信用を刻印」し過ぎてデフレに戻るのは避けたいと思うのは、たぶん、私だけではないと思います。
次に、藤谷昌敏『経済安全保障と「経済インテリジェンス」』(芙蓉書房出版)を読みました。著者は、金沢工業大学産学連携室主任研究員・明倫館教授だそうですが、長らく公安調査庁にご勤務されていたようです。本書では、サプライチェーンの脆弱性に関する指摘もありますが、主として、半導体、AI、量子技術、サイバー空間など、いわゆる最先端技術の海外流出、特に、中国を念頭に置いた経済安全保障について論じています。ただ、どちらかというと、ケーススタディ、というか、実例を豊富に取り上げている印象です。そして、それぞれのケースで理論的な経済安全保障とか、インテリジェンスを小難しげに抽出するのではなく、模式的な概念図、私が公務員であったころには「ポンチ絵」と呼ばれていたものをいくつか援用して、私のようなシロートにもわかりやすく解説しています。ですので、本書は学術書とか専門書ではなく、広く一般読者を対象にしている印象です。冒頭章でインテリジェンスについて概説した後、第2章では中国の目覚ましい経済発展の背景には、「国家レベルで構築された経済戦略と、情報機関が主導する経済インテリジェンスがあった」(p.9)とはじめにで指摘した中心的な課題が展開されます。特に、中国建国後の大躍進政策、文化大革命、天安門事件を3つの災厄と指摘し、2010年出版の「中国の夢」、さらに、経済発展と安全保障が一体化した「一帯一路」構想について詳しく解説しています。ただ、米国の合成麻薬フェンタニルの原料出荷とか、私には不案内な部分も少なくなく、そのあたりは読んでいただくしかありません。そして、明示されているわけではありませんが、トゥキディデスの罠にいうように、米中対立の中で武力衝突が生じた場合に日本がどちらと協力するかは自明のこととして議論が進みます。加えて、攻撃的な経済安全保障と防御的なものとの違いについて、あるいは、セキュリティ・クリアランスについて、などなど、専門外の私には一知半解だった部分がていねいに一般向けに解説されています。また、大学に勤めている身として、より理工学的な分野とは思いますが、大学における技術情報、あるいは、留学生に関する対応など、私からは違和感ある部分も少なくありませんでした。第4章では中国による経済スパイ活動が取り上げられており、私個人が注目したのはハニートラップによる情報漏洩です。私がもっとも弱いところだという気がします。第5章の中国における情報機関では、孔子学院の存在について取り上げられていましたが、そのあたりは読んでいただくしかありません。第6章と第7章についても、読んでいただくしかないのですが、1点だけ、外国人による土地所有については私も一定の歯止めが必要だと考えています。本書のような経済安全保障という観点ではありませんが、日本が先進国の中の平均以下の下位国となり、円安も進んで日本の土地が安くなった現時点では、外国人が土地購入に参入するのは決して好ましくないと、私ですら考えています。最後に、本書に希薄な点として、政府の責任と企業の責任の役割分担が不明確です。医療保険の個人負担ではありませんが、日本では特に企業向けにはすべてを政府が面倒見るというシステムはとても異質です。私が国家公務員をしていたころには、通商産業省・経済産業省がこういった国家統制にやや前向きなところが見られましたが、どこまで政府が企業に肩代わりしてコスト負担するかについては、十分な国民的合意が必要です。
次に、首藤若菜『なぜ賃金は上がらないのか』(講談社現代新書)を読みました。著者は、立教大学経済学部教授であり、労使関係を専門とする研究者だそうです。本書はタイトル通りのリサーチ・クエスチョンに対して回答を試みています。まず、一般的な3つの理由、第1に、企業が値上げで儲かった分を労働者に還元せず、「内部留保」として貯めこんでいるという企業悪玉論、第2に、日本人の働き方は効率が悪く、「労働生産性」が低いとする労働生産性説、第3に、各企業の労働組合の交渉力が弱く、企業に対抗できていないとする組合弱体化説、本書ではこの3点について否定的な見方を示しています。まず、時間当たり賃金と月額賃金が乖離していて、短時間労働者の割合の増加、すなわち、非正規雇用の増加が実質賃金の停滞をもたらした要因として上げています。ただ、私の見方からすれば、これは内部留保の増大と軌を一にする企業悪玉説と考えるべきですが、本書では雇用者サイドからパートのシフトを減らすといった要望があることなどを理由として、私とは違う見方を示しています。やや疑問です。次に、物流、特にトラック輸送の業界を引き合いに出して、人手不足でありながら過当競争により賃金を引き上げられない現状を示しています。加えて、私が途上国で見てきたのと同じ現象が日本でも起こっているようで、賃金すなわち労働コストが安いために労働集約的な生産を志向し、設備投資して労働装備率を上げないために労働生産性が停滞する、という悲しい現状も本書は指摘しています。ハッキリと悪循環を生じていると考えるべきです。その上で、デフレ下で価格が動かないために賃金が雇用も含めた調整要因となってしまい、価格転嫁ができないことから賃上げが進まなかった現状、というか、過去形の2022年くらいまでの賃金動向を指摘しています。まさに、デフレの弊害そのものと考えるべきです。本書ではまったく指摘していませんが、私なんかも授業で教えているように、ボーナス制度が広く実施されている日本では賃金の柔軟性が高い、という従来からの特徴を踏まえています。本書では明示していませんが、「奥田の一喝」として有名な2002年のベアゼロ、量的な雇用を守ると称して、質的な賃金引き上げを否定した経営サイドの動きも一因として指摘しています。ただ、日本的な春闘はいわば「みんなで賃上げすれば怖くない」という囚人のジレンマを回避するには悪くないシステムだという点も強調しています。その上で、賃上げを起点とした経済の好循環をもたらす方向性を模索しています。これは、まさに、政府や日銀が目指している賃金が適正に価格に転嫁され、物価と賃金の好循環を目指す、ということです。政府・日銀の「好循環」は企業業績からトリクルダウンする、というのもひとつの視点でしたが、トリクルダウンは完全に破綻していますので、残るのは、デフレを脱却し、賃金と物価の好循環をもたらす、ということであり、この方向は、私も大いに賛成です。その意味で、賃金起点か物価起点か、という違いはあるとはいえ、本書は政府や日銀とほぼ同じ方向性を示していると考えるべきです。最後に、たぶん、ケーススタディの結果だとは思いますが、トラック輸送業界の例が多くて、その代表性に少し疑問を持ちましたが、私の方の誤解かもしれません。
次に、黒猫ドラネコ『参政党と大陰謀論時代』(文春新書)を読みました。著者は、ウェブライターであり、「スピリチュアルビジネス、疑似科学・偽医療、反ワクチン、陰謀論、デマなど胡散臭いものをウォッチしている」と本書では紹介されています。私は初読の著者でしたが、広い意味でのジャーナリストではないか、と想像しています。本書はタイトル通りに、参政党をウォッチした結果が報告されています。ただ、かなりリアルに偏っていて、集会やデモなんかには著者が参加しているようですが、SNSや動画配信サイトなどのネット情報に関しては、なぜか、ほとんど取り上げられていません。本書では、参政党の前身ではないとしても、ひとつの源流をなす反ワクチン運動を先導した神真都Qから第1章を説き起こしています。はい、私は神真都Qについては聞いたこともなく、本書を読むまでまったく知りませんでした。そして、第2章では、参政党が政党となり、反ワクチンやスピリチュアル系の陰謀論などを展開するようになった経緯などを報告しています。政党内部での粛清めいた幹部交代や人事などの軋轢を後づけた後、現在の神谷代表体制、本書では「独裁」という言葉も使っている体制の確立を報告し、第3章では国政選挙での議席獲得、第4章では反ワクチンから省庁解体、排外主義などを広く報告しています。私は参政党とはかなり真逆な政治経済的なスタンスですので、まったく関知しなかったのですが、、参政党はN党やつばさの党とは対立関係にあるようです。繰返しになりますが、私のようなスタンスの者から見れば、参政党や保守党やN党、つばさの党などはおんなじように見えて、十把一絡げに論じてしまうところがありました。いろいろとこの年齢に達しても知らないことの多い私には、情報を提供したり、あるいは、認識を正しくしてくれる読書であったと感謝しています。
次に、伊坂幸太郎ほか『プレゼント』(新潮文庫)を読みました。著者は、実に高名な小説家7人であり、本書は新潮文庫50周年企画のアンソロジーです。「夏」を共通テーマとしています。収録作品は順に、まず、伊坂幸太郎「ウッドペッカー荘事件」はSFテイストの作品であり、ワトソン役の主人公はいままで名探偵である白河ヨフネが解決してきた難事件を発表してきて、5つめが「BB湖事件」でしたが、最新の6件目の事件、ホテルの名を取って、タイトル通りの「ウッドペッカー荘事件」について、世に出すかどうかを迷っています。続いて、江國香織「二つの宇宙」では、人見知りが激しくて、こだわりも強く、ディズニーのプリンセスの中でベルの順位を気にするおばあちゃんが、これまた少し変わったところのあり、カポーティの『冷血』が好きで英文科に入ったガールフレンドと会うことになる大学生だったころの夏の思い出です。続いて、宮部みゆき「真実のトランク」は、弟の経営するバーで働く50代女性の主人公が20代のころを回想して、財団の渋い中年男性がバーに置いていったトランクをめぐるオカルチックなストーリーです。続いて、町田そのこ「きっとあの日の光と同じ」は、「コンビニ兄弟」シリーズのスピンオフ作品であり、親友にカノジョができた高校年生の夏、主人公は中学校のころの同級生と出会って、花火を楽しみます。続いて、米澤穂信「無明」では、猛暑だか酷暑だかの夏8月に、新宿駅でまだ若い母親が赤ん坊の首を絞めて殺そうとする殺人未遂事件が起こります。どうしてそのような犯行に及んだのかのwhydunnitの謎解きをする社会派ミステリです。続いて、梨木香歩「見越しのマツ」では、離婚して女性が実家に戻り、斜向かいの豪邸にマツの木が見えます。しかし、その豪邸のご亭主がなくなり、お屋敷が更地になります。続いて、恩田陸「伝説の季節」では、高校2年生だった主人公が卒業式に高3の卒業生からシンプルな形の古い鍵を渡され、その年のサヨコとなり、高校3年生になって受験勉強に忙しい夏に、高校に伝わる伝統を担う役回りとなります。それぞれに、特徴ある文体やさまざまなプロットが楽しめる極上のアンソロジーです。私はエコノミストとして、社会派ミステリの「無明」をイチ推しとします。
| 固定リンク



コメント
参政党にはちょっと胡散臭いと思っていましたが、反ワクとかスピリチャルなどの要素も入っていたんですね。この記事の解説で十分わかったような気がしました。まことに多彩な本をお読みになりますね。
投稿: kincyan | 2026年8月 8日 (土) 21時21分
>kincyanさん
>
>参政党にはちょっと胡散臭いと思っていましたが、反ワクとかスピリチャルなどの要素も入っていたんですね。この記事の解説で十分わかったような気がしました。まことに多彩な本をお読みになりますね。
は、いろんな本を読んでます。
参政党はアンチ外国人で票を伸ばしましたが、もともとは反ワクチンの主張です。およそ、科学的なるものにすべて反対しているような気がします。
投稿: ポケモンおとうさん | 2026年8月 8日 (土) 22時04分