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2026年9月 5日 (土)

今週の読書はいろいろ読んで計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、小田正規『21世紀型通商政策への転換とその課題』(日本評論社)では、世界的に貿易自由化の通商政策が一段落した現在、食料自給率について議論し、付加価値貿易統計で見た貿易の姿を明らかにし、国境前の措置としての規制制度間整合を考え、最後に、経済安全保障に着目しています。小田真由『インフレ日本の安い賃金』(日経BP)では、国際比較から日本人は仕事に対してエンゲージメントが低く、幸福度も低く、その大きな原因は低所得にある、と指摘し、過剰スペックのために支払われないアンペイドな労働が少なくない、と強調していますが、解決策は具体性に欠けます。東野圭吾『永遠の記憶』(文藝春秋)はガリレオ・シリーズ最終作であり、2部構成の前半で、湯川教授と大学の同級生だった草薙管理官の部下の刑事である内海薫が帰宅途中のスーパーで70代の男にナイフで刺される、という傷害事件が発生し、後半で昔の事件との関連が解明されます。吉田修一『タイム・アフター・タイム』(幻冬舎)は、作家デビュー30周年という記念作品であり、主人公の男女2人の長崎での高校時代のラブストーリー、20年余り後に偶然再び出会ってからの40代のラブストーリー、ともにみずみずしい男女関係が明確な筆致で描き出されています。小砂川チト「ゾンビ回収婦」(『文藝春秋』収録)は第175回芥川賞受賞作品であり、年末師走の12月にAIに仕事を奪われて夫婦で失業してしまい、夫が演奏旅行に出てしまって残された妻が、ゲーム内のホテルでゾンビ回収婦になります。冒頭で、「労働といういち文化が終わった」と宣言されています。マシュー・リチャードソン『スパイたちの遺灰』(ハーパーBOOKS)では、諜報史を研究する冴えない大学准教授の主人公に、伝説のエージェントであり、米ソ冷戦期の伝説の凄腕スパイ、ロシア問題のエキスパートとしてMI6長官までも嘱望されていた女性スパイから、手記の一部のコピーが渡されます。
今年2026年の新刊書読書は、1~8月で209冊、9月に入ってから今週の6冊を加えて合計215冊となります。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のtwitter)、あるいは、mixi、mixi2などのSNSでシェアしたいと予定しています。

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まず、小田正規『21世紀型通商政策への転換とその課題』(日本評論社)を読みました。著者は、日本大学国際関係学部の准教授です。シンクタンクのご出身のようで、したがって、というか、何というか、本書ではぶっちぎりで難しい定量的な分析は示されていません。というか、ほとんど実証分析ではないような気がします。まず、本書でも強調されている通り、私の通商政策に関する認識も同じで、1993年に実質的に妥結されたウルグアイラウンドの後に、WTOの場でドーハラウンドが開始されましたが、約25年前の今世紀初頭に実態的に破綻、というか失敗してすでに終了したオワコンとなりました。私は授業なんかでは婉曲に「頓挫」と表現したりしていますが、まあ、失敗して終了しています。そのため、マルチの場での貿易交渉は二国間あるいは多国間でもWTO加盟国全体ではなく、いわば友好国間での自由貿易協定に重点が移ってしまいました。その上で、米国・メキシコ・カナダのUSMCAもありますし、世界のほかの国はともかく、とりわけ日本については、米国が抜けたもののTPPがCPTPPとして残り、さらにハイクオリティなRCEPも妥結しましたので、ほぼほぼ貿易の自由化、広い意味での貿易自由化の通商政策は一段落、大きく一段落したといえます。ここでついでながら、本書ではまったく言及ないものの、「本来の貿易自由化」、あるいは、「狭い意味での貿易自由化」とは輸入ゼロを含めた数量制限を撤廃して関税化することを指します。すなわち、関税さえ払えば「輸入が自由にできる」という意味です。ただ、多くの先進国ではこの意味での狭い貿易自由化はかなり前に終了していて、数量制限を撤廃して関税化した後に関税率を引き下げるのも含めて「広い意味での貿易自由化」を指す場合が多くなっています。本書では、サービス貿易については言及ないながら、関税の歴史を振り返った後、食料自給率について議論し、付加価値貿易統計で見た貿易の姿を明らかにし、国境を越える前の措置としての規制制度間整合を考え、最後に、経済安全保障に着目しています。ただ、全体的に浅く広く概観した印象です。食料自給率については、私の授業でも取り上げているフードロスの観点も取り入れており、一般にも判りやすく解説されています。ですので、出版社からしても学術書っぽく見えていますが、定量分析もほとんどなく、一般のビジネスパーソンでも十分読みこなせる内容となっています。その意味でも、オススメです。

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次に、小田真由『インフレ日本の安い賃金』(日経BP)を読みました。著者は、(株)小川製作所取締役だそうで、その会社は家業を引き継いだということのようです。家業の前はエンジニアであり、大学では経済学や経営学などを学んだわけではなく、理工学部のご出身です。本書では、かなり的確にオーバースペックの問題を、そういった用語なしで、指摘しようと試みています。すなわち、売り手として安くてハイスペックな良い製品・サービスを提供する、という一方で、買い手としての価値の受け取り方が重要(p.006)と指摘しています。たしかにそういう面があるのは否定できません。でも、それだけではなく、本書ではたくさん見逃しているところがあります。まず、本書の前半部分のエンゲージメントとか、幸福度は、経済学としてはほぼほぼ無視して差し支えありません。事実として確認しておけば、国際比較から明らかなように、日本人は仕事に対してエンゲージメントが低く、幸福度も低い、その大きな原因は低所得にある、という現実を本書では指摘しています。日本は先進国の中でも貧困が広がって、不平等・格差が大きい経済である点も強調されています。はい、その通りです。労働者のお給料とGDPは連動していて、高い相関がある、というか、定義的に一部をなしていて、賃金の総計に資本所得を加えれば分配のGDPに等しいハズです。その上で、最初に戻ると、過剰スペックでアンペイドな部分が大きい、という指摘です。これも部分的に正しいかと思います。私のような教師に即していえば、「やりがい搾取」ということになります。児童・生徒・学生かわいさに、お給料が支払われない労働をやっている、ということです。教師だけでなく、そういった過剰スペックのための支払われないアンペイドな労働が少なくないのが日本経済の特徴のひとつです。本書では、そういった点について第3-4章でラーメン屋さんを題材に議論しています。これも部分的には正しいと思いますが、それがすべてではないことには理解が及んでいないように見えます。第5章から指摘しているように、供給能力と需要ギャップもたしかにひとつの要因で否定はしませんが、第6章からの中小企業論となるともっと大きくスライスしています。例えば、p.160から始まる中小企業から日本経済の好循環をもたらす5つの理由については、最初のAI以外の4項目は、もう50年以上も条件として備わっていますから、ハッキリいって、今議論すべきなのは第1点目のAIだけしか残りません。ですので、最後は第6章で生産性を上げるとか、コストを適正に売値に反映させるとか、もう長らくいわれ続けてきたありきたりな処方箋しか提示できていません。具体性に欠ける点もあります。私の直感ながら、ひょっとしたら、現在の日本の低賃金は主流派経済学ではなく、マルクス主義経済学で解明できそうな気がしています。絶対的あるいは相対的な剰余価値の生産です。アンペイドな労働があって、フルで受け取れなくなっている一方で、資本所得の方にはそれほどアンペイドな部分はなくフルで受け取っていて、したがって、労働分配率が低下し続けています。その点は、最近の朝日新聞の記事「労働分配率、5年連続減 利益は過去最高 25年度法人調査」などのメディアの記事にも示されています。労働者にアンペイドな労働を強いる一方で、資本、特に大企業はガッポリ儲けているわけです。中小企業はアンペイドな労働に基づいてコストカットを強いられて、大企業の利潤の最大化に貢献させられているのではないでしょうか。アンペイドな労働の存在という現状分析はよかったのですが、対応策である処方箋は基本的に間違っている可能性が高い、と私は考えています。

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次に、東野圭吾『永遠の記憶』(文藝春秋)を読みました。著者は、日本でもっとも人気のあるミステリ作家の1人であり、先日大腸がんで亡くなっています。本作品は最新作であると同時に、絶筆というか、遺作というべきなのかもしれません。この作者の作品の中でもっとも人気あったシリーズのひとつである帝都大学湯川教授が真相を解明するガリレオのシリーズです。2部構成となっていて、前半第1部では、湯川教授と大学の同級生だった警視庁捜査1課の草薙管理官の部下の刑事である内海薫が、帰宅途中のスーパーでの買い物中に70代の男にナイフで刺される、という傷害事件が発生します。内海薫の命に別状はなかったのですが、入院する必要がありました。まったく何の面識も接点もないと見られた内海薫と犯人の関係をガリレオこと湯川教授の示唆によって解明し、後半第2部ではその犯人にまつわる人間関係を追っていくと過去の事件、具体的には直木賞受賞の『容疑者Xの献身』と結びつく、という結末となります。なにぶん、ミステリですのであらすじは早々に終えます。私はたぶんガリレオのシリーズは短編も長編も、もちろん、直木賞受賞の『容疑者Xの献身』も、湯川が准教授のころから教授に昇進してからも、また、草薙がいち刑事から管理官に出世し、内海がまだ登場しないころも登場してからも、ともかく、すべて読んでいると思います。この作品を読むとすると、できれば多くのガリレオ・シリーズの作品を事前に読んでおいた方がより楽しめるのは当然です。少なくとも、『容疑者Xの献身』のあらすじなりとも把握しておく方がいいような気がします。逆にいって、有名作家が亡くなったからといって、この作品だけを読もうとするのはオススメできません。また、特に第2部では、タイトルが「終活る」と書いて、「ふりかえる」と読ませていて、湯川も草薙も「終活」について何度か言及し、草薙の周囲、というか、内海をはじめとする警視庁捜査1課でも湯川と草薙の引退が話題になります。第2部のタイトルなりとも、作者の何らかの意図が感じられる言葉をキーワードにしている、と読む読者も少なくないものと思います。私は従来から、伊坂幸太郎が決して遵法精神が行き届いているわけではないやんちゃなミステリ作品を書く一方で、この作品の作者である東野圭吾は実に遵法精神あふれる作品が多い、と感じていたのですが、絶筆となったのであろうこの作品で、少し見方を変える必要があるように感じました。最後の最後に、私自身の好みからいえば、本書はガリレオシリーズとしては最高傑作のひとつかもしれませんが、この作者の作品としては、『白夜行』をもっとも高く評価しています。おそらく、『白夜行』に続く次点の傑作としてもガリレオシリーズではなく、『手紙』が私は好きです。

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次に、吉田修一『タイム・アフター・タイム』(幻冬舎)を読みました。著者は、長崎出身の芥川賞作家であり、最近では映画化された『国宝』の作者、ということになっています。純文学も大衆文学も、という二刀流です。本書は、作家デビュー30周年という記念作品であり、日経新聞に連載されていたものを単行本にして出版されています。出版社の方でも特設サイトを開設しています。本書の主人公はともに長崎出身で、高校の同級生だった久遠愛とオッソーこと尾崎颯です。冒頭で、2人が土砂降りの雨の中で、偶然にもタクシーに同乗して20年ぶりに出会います。同じ都立多摩公園に建設する美術館のプロジェクトで、オッソーは建設会社の、そして、久遠愛は広告代理店の、どちらも担当者でした。そして、主人公2人の高校生のころの長崎にさかのぼって、長い長いストーリーが始まります。久遠愛は酒屋の娘で、兄は酒屋を継ぐことなくトラック運輸の仕事を始めます。兄妹の母親は亡くなっていて、父親が再婚した継母がいたりします。オッソーは両親が離婚した母子家庭で、母親が県議会議員との不倫の際に交通事故死し、母親の妹である叔母の家に引き取られます。県議会議員の妻は高校にやってきて、オッソーに対して自分の夫はオッソーの母に誘惑されたとか、恨みごとを述べて去って行きます。その後、この女性は夫の後を引き継いで県議会議員から国会議員になったりします。叔母は子連れの夫と再婚していて、その連れ子はオッソーから見ると義理の従妹になるわけですが、オッソーや久遠愛と同じ高校の下級生だったりします。オッソーも、久遠愛も高校の成績は悪くなく、高校も進学校ですし大学進学を目指していますが、2人は高校3年生の夏休みには、友人たちとともに男女2人ずつの4人で友人の親が経営する民宿の手伝いのアルバイトでひと夏を過ごし、2学期になってからもオッソーは週末ごとに久遠愛の部屋を訪ね、久遠愛の兄は暖かく見守ります。しかし、高校3年生の冬休みになって、オッソーは叔母の家に居づらくなり、大学受験を目の前に控えて、久遠愛とともに沖縄へ逃避行に出ます。まあ、ここから先は読んでみてのお楽しみです。沖縄への逃避行は、特設サイトに吉田修一自身のエッセイとして日経新聞4月12日付けの「伊平屋島の卓球台」が転載されていますから、何とかギリギリでネタバレではないと思います。本書については、いろんな評価を見かけます。私はもともとがこの作者が大好きですし、この作品も500ページを超えるボリュームながら、ほぼほぼ一気読みでした。高校生という青春時代ながら、まあ、お子さまの恋愛ともいえるラブストーリー、それに加えて、20年余り後の40代のラブストーリー、ともにみずみずしい男女関係が明確な筆致で描き出されています。人物の造形が素晴らしいですし、作者の郷里である長崎、主人公2人が高校生活を送る長崎についても、私は長崎大学勤務の経験から親しみを持っています。ものすごくオススメの作品です。この作者のファンでなくても、『国宝』の映画を見ていなくても、ぜひとも読んでおくべき作品だと思います。ただ、最後に、ほぼほぼすべての登場人物の家庭、というか、夫婦関係がまだLGBTQなどの少数派であればまだしも、何らかの破綻の要素を持っているような気がして、少し、そのあたりは小説という特殊な作られた世界であるような気がしました。私の両親や私自身のような偕老同穴の夫婦関係ではありません。

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次に、小砂川チト「ゾンビ回収婦」(『文藝春秋』収録)を読みました。著者は、小説家であり、この作品はいうまでもなく第175回芥川賞受賞作品です。表紙画像を示している通り、私は単行本ではなく全文収録されている月刊『文藝春秋』2026年8月号で選評とともに読みました。ストーリーは、もう広く報道などで明らかな通り、8年勤続したにもかかわらず、年末師走の12月にAIに仕事を奪われて、夫とともに解雇された女性が、VRの世界で口唇期ホテルなるところで、NPC(NonPlayer Character)としてゾンビ回収婦を始める、というものです。ついでながら、夫の方は演奏旅行に出るといっていなくなってしまいます。はい、ストーリーは一向に進まず停滞します。選評で山田詠美は「スローダウン」と表現しています。SFテイストともいえますが、典拠は示せないながら、誰かが「ハイパーパンク小説」と呼んでいた気がします。ただ、選評で吉田修一が「クレーム小説」といっています。私は何度か表明しているように、雇用を重視し、国民がディーセントなお給料でやりたい仕事に就くのが、経済政策の最大の目標のひとつだと考えるエコノミストですが、この作品では冒頭に「労働といういち文化が終わった」と高らかに(?)宣言していたりします。はい、AIに仕事を奪われて失業すると、そうなのかもしれません。他方で、ロバート・キャパの言葉だったと記憶しているのですが、「私は大喜びで失業した従軍カメラマンとなり、生涯、失業したままでいたいと願っている」"I hope to stay unemployed as a war photographer 'til the end of my life." というのもあります。まあ、職業により失業の捉え方も違うのでしょう。ストーリーは停滞し、主人公は延々とゾンビ回収婦の仕事をゲーム内で続けるのですが、余りにも主人公がそれに適応・順応していて、私は読み進むうちに、現実世界と間違えてゲームであることを忘れてしまうほどでした。逆から考えると、現実感が失われているような気がします。前任者のグッドニュースさんと間違えられたり、アラスカやサラトガといった固有名詞の人名や地名が登場して、ゲームなんだと実感させられます。最後に、エコノミストの読者に戻って、「働かざる者食うべからず」ということわざが出てきます。働かなくてもお金がもらえるベーシックインカムが小説で登場するのは、まあ、もっと先のお話なんだろうと思ってしまいました。

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次に、マシュー・リチャードソン『スパイたちの遺灰』(ハーパーBOOKS)を読みました。著者は、ウェストミンスター大学の研究員、スピーチライターだそうで、私の著者に関する理解はそれほどはかどっていません。本書の英語の原題は The Scarlet Papers であり、2023年の出版です。英語の原題の "Scarlet" は色ではあるのですが、本書では人名です。その昔に、英国のMI6の凄腕スパイであり、MI6長官まで上り詰めようかという人物、という想定です。この小説の舞台は主として英国であり、主人公はLSE、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの諜報史の研究者、准教授ですが、まだ終身在職権(テニュア)は持っていません。そういった冴えない准教授のマックス・アーチャーのところに、伝説のエージェントであるスカーレット・キング、繰返しになりますが、米ソ冷戦期の伝説の凄腕スパイであり、ロシア問題のエキスパートとしてMI6長官までも嘱望されていましたが、小説の舞台となる2010年には90代となっている女性スパイから手記の一部がコピーとして提示されます。この女性スパイに関しては、今でも顔写真すら明らかではありません。そのスカーレット・キングからアーチャーに手記の一部のコピーが渡され、諜報史の専門家として中身を吟味するよう要請されます。すなわち、スカーレット・キングの諜報活動を記した手記を出版したいという意向です。本書は文庫版ながら600ページを超えるボリュームであり、そのマックス・アーチャーや年老いたスカーレット・キング、ほかの登場人物などの活動を記した現在パートの部分と、主人公のアーチャー抜きで冷戦当時のスカーレット・キングの諜報活動を追った過去パートの部分が交互に記述されます。加えて、現在パートでは、このスカーレット・キングの手記をめぐってMI5や英国と関係深いイスラエルやフランスの諜報機関が入り乱れます。さらに、現在パートでは、マックス・アーチャーの周囲の人物、離婚を進めている妻や父親などが、きわめてトリッキーな関係を見せます。もちろん、スカーレット・キングの活動の過去パートでは米国の諜報機関も活動していたりしますし、キム・フィルビーなどの二重スパイも多数登場します。何せ、スパイ小説です。それも、ドンパチを見せ場とする007ジェームズ・ボンドのようなスパイではなく、ジョン・ル・カレに登場するような心理戦を主戦場とするスパイが多い印象です。そもそも、スカーレット・キングはホンモノなのか、その手記はホンモノなのか、アーチャーの周囲の人々、スパイたちはどう動くのか、スパイ小説らしく、何回もちゃぶ台がひっくり返されます。ラストにはさらに大きなサプライズも用意されています。このあたりが帯に見える「ジェフリー・ディーヴァー絶賛!」につながるのだろうと思います。ただ、読み方によってはスパイ小説である必要は必ずしもなく、スパイ小説の形を借りたエンタメ小説、として読む読者もいっぱいいそうな気がします。というのも、スパイ小説としては大きな疑問があり、現場のエージェントがスパイ組織のトップの候補の1人に目されることって、特に、英国ではありえないような気がします。日本でいえば、ノンキャリアの叩き上げの刑事が警視総監になるようなものではないか、という気がします。そういった疑問を含めても、それでも、キャラや展開の面白い小説で、オススメです。

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