今週の読書は日本経済に関する経済書をはじめ計6冊
今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、星岳雄・松島斉[編著]『日本経済 信頼からの再生』(日本経済新聞出版)では、故宇沢弘文教授による『社会的共通資本』や『自動車の社会的費用』(いずれも岩波新書)などから議論を展開・拡張させていて、自然環境、社会インフラ、制度などのテーマの研究成果を取りまとめています。マーセル・ディルサス『独裁者の倒し方』(東洋経済)の特徴は、独裁者個人に着目するのではなく、システムの中で機能する独裁者を理解しようとしている点であり、冒頭で、独裁システムを走り続ける必要のあるランニングマシンに例えています。膨大な独裁政権やクーデタに関するデータに基づく議論です。栗林文夫『廃仏毀釈はなぜ起きたのか』(山川出版社)では、明治維新期の廃仏毀釈について、特に徹底的にすべての寺院が廃寺され、すべての僧侶が還俗させられた鹿児島の例を歴史学の観点から、『市来四郎日記』などの史料に基づいて解明しようと試みています。平石さなぎ『ギアを上げて、風を鳴らして』(集英社)では、宗教団体「荻堂創流会」の近畿支部で創父=開祖の生まれ変わりである「降り子」として信徒から崇拝の対象となっている吉沢癒知と転勤族の父親について何度も転校を繰り返してきた渡来クミの2人の小学4年生女子を主人公にしています。前田安正『AIに書けない文章を書く』(ちくまプリマー新書)は、生成AIが急速な発展を見せて、生成AIの助けを借りた文章もいっぱい目にするようになった現在、人間の思考や感情に立ち入ることも、表現することもできない生成AIには不可能な文章を書くという作業について考えています。林真理子『マリコ、アニバーサリー』(文春文庫)では、大雑把に2023年中の「週刊文春」に連載されているコラムを取りまとめていて、連載40周年と著者の古希のダブルアニバーサリーだそうです。セレブな著者ながら、決して嫌味にならない上品なトピックでエッセイを盛り上げています。
今年2026年の新刊書読書は、1~4月に合わせて97冊、5月に入ってから先週までの13冊と今週の6冊を加えて合計116冊となります。これらの読書感想文については、別途読んだ学術論文などとともに、できる限り、FacebookやX(昔のtwitter)、あるいは、mixi、mixi2などのSNSでシェアしたいと予定しています。
まず、星岳雄・松島斉[編著]『日本経済 信頼からの再生』(日本経済新聞出版)を読みました。編著者は、2人とも東京大学経済学部教授です。本書は、三井住友信託銀行の委託研究「社会的共通資本と信託」の成果を取りまとめているようです。委託研究のタイトルから想像される通り、故宇沢弘文教授による『社会的共通資本』や『自動車の社会的費用』(いずれも岩波新書)などから議論を展開・拡張させています。序章と終章を別にして3部構成となっており、第1部で自然環境に着目して気候変動や森林などを取り上げ、第2部では社会インフラとして都市や暗号資産を取り上げ、第3部で制度として医療、教育、金融に焦点を当てています。詳細は読んでみてのお楽しみなのですが、第3部に着目したいと思います。いつもの私の主張ですが、市場に商品として供給され、価格による効率的に配分される通常財だけで世界が成り立っているわけではありませんから、医療をはじめとする社会保障あるいは教育については、一定のコントロールを受けた価格により、何らかの社会的必要に応じて供給されることが重要です。典型的には、医療では保険制度が日本では導入され、医療費全額を患者が負担することなく、保険や公費で賄われている部分があります。高額医療だけでなく一般医療も価格に対する制限があり、薬についても保険調剤であれば、需給に基づく自由な価格設定という形にはなっていません。教育についても同様であり、高い購買力を持つ者に高度な教育が提供されるわけではなく、義務教育は憲法の定めにより無償で、義務教育でなくても中等教育の範囲の高校もかなり無償に近いような形で提供され、高等教育である大学については、一定、教育を受ける準備が整っていると試験などで判断された学生に対して提供されています。国公立大学は言うに及ばず、私が勤務する私大に対しても、以前からものすごく減少したとはいえ、一定程度の公費負担がなされています。こういった形の市場における価格付けに基づかない財やサービスの提供を、ピケティ教授が脱商品化と呼んでいるのだろうと私は解釈しています。そして、こういった市場の価格付けに基づかない供給の増加はコモンの拡大と称されるものなのであろうと私は考えています。ただ、本書では、第6章p.195で日本の医療について、「世界でも類を見ない自由放任主義的な体制」と評価している点は付け加えておきたいと思います。さらなる脱商品化の余地が大きいという主張です。他方で、教育については、本書では第7章p.219以下でコモンズとしての公教育の可能性を議論していたりもします。最後に、本書は当然に日本を前提にしていますから、「信託」はtrustであり、custodianではありません。custodianは枯渇性資源、典型的には石油や鉱物資源といったいわゆる天然資源の管理、特に、途上国での経済発展にどのように天然資源を用いるべきか、といった視点を提供します。英国オックスフォード大学のコリアー教授などが提唱しています。私のような開発経済学にも興味あるエコノミストとしては、本書のスコープ外とはいえ、そういったcustodianの信託という視点もどこかで言及してほしかった気がしています。
次に、マーセル・ディルサス『独裁者の倒し方』(東洋経済)を読みました。著者は、ドイツ人のようで、ドイツのキール大学安全保障政策研究所の客員研究員だそうです。ただし、本書は英国で英語の出版が最初のようで、英語の原題は How Tyrants Fall であり、2024年の出版です。本書のひとつの特徴は、独裁者個人に着目するのではなく、システムの中で機能する独裁者を理解しようとしている点です。その昔の「天皇機関説」になぞらえれば、「独裁者機関説」とも言えるかもしれません。まず、独裁システムをランニングマシン(普通は、トレッドミルだと思うのですが、ダメなんでしょうか)に例えています。走り続けないとかえって危険、周囲の政権エリートや軍人が反旗を翻しその座を奪いに来る、というわけです。トレッドミルから下りて、首尾よく亡命できたとしても送還・処刑されるおそれがあります。ただ、独裁者1人では独裁体制が維持できるはずもありません。当然です。ですから、本書では独裁者が必要とする3グループを明らかにしています。第1に、理論上大切な人々、あるいは、名目上の選挙母体、第2に、真の選挙母体、第3に、勝利連合、すなわち、真の選挙母体の中から選ばれる少数者、例えば、キャスティングボードを握る人たち、と指摘しています。そして、側近からの支持や忠誠が独裁者には必要であって、金品や何らかの利益を分与するわけですが、その側近が強力に台頭して独裁者の地位を脅かすことは避けねばなりません。ここにジレンマがあるという指摘です。加えて、軍隊からの支持も必要なのですが、クーデタを防止することにも配慮する必要があります。そして、本書のもうひとつの特徴は、かなり膨大な独裁政権やクーデタに関するデータベースを構築し、構造的あるいはシステム的な分析にとどまらず、他の研究成果からの引用も含めて、それなりのデータに基づく分析をしている点です。例えば、私が選挙とともに重視しているチェノウェス教授が提唱する3.5%ルールについては、失敗の例外を2件指摘していたりしますし、暗殺の確率について1910年代に1%あったが、21世紀の現在では0.3%を下回る、といった指摘もしています。最後に、独裁者の政権交代の難しさを取り上げています。私自身の1990年代前半における在チリ大使館の勤務の直前のピノチェット将軍からの民政移管は大きな例外と感じています。第8章では、外国による政権交代が失敗する理由をいくつか上げています。ただ、私自身の感想としては、たとえ独裁者であろうとも外国の武力介入による政権交代については、疑問を持つべきではないか、と考えています。最後の最後に、本書のテーマはいうまでもなく独裁、ないし、独裁者なのですが、第1に、民主化への道筋を探るという観点も忘れてはいません。第2に、現在の日本の高市内閣や米国のトランプ政権なども含めて、権力というものの本質が本書の分析からいくつか垣間見えます。私は専門外ですし、そういった読み方はしませんでしたが、こういった観点からの読書も十分できる良書だと思います。
次に、栗林文夫『廃仏毀釈はなぜ起きたのか』(山川出版社)を読みました。著者は、鹿児島県歴史・美術センター黎明館調査史料室長です。本書は、明治維新期の廃仏毀釈について、特に、すべての寺院が廃寺され、すべての僧侶が還俗させられた鹿児島の例を歴史学の観点から解明しようと試みています。タイトルはwhyの理由に焦点を当てていて、その回答は、p.195以下に取りまとめてあって、いわゆる「熱しやすく冷めやすい県民性」をはじめとして4点上げられています。ここは、レビューですべてを明らかにしてしまうことは不適当ですので、読んでみてのお楽しみです。本書が典拠としているのは、もちろん、多くの歴史書や史料が上げられていますが、私の目から見て、『市来四郎日記』と木脇啓四郎による『万留』が興味深いところでした。調べてみると、前者は、まさにご著者が勤務する鹿児島県歴史・美術センター黎明館で所蔵されているようです。実は、本書を読んでみようと思い立ったのは個人的な事情があります。すなわち、浄土真宗との関連です。本書では軽く言及されているだけで、まったく重視されていないながら、廃仏毀釈の揺り戻しとして、仏教空白地帯となった鹿児島に対して明治10年1877年の西南の役が終結した後に仏教各宗派の布教団が大挙して押し寄せています。その結果、これは本書でも言及ありますが、一向宗=浄土真宗の信者が大きく増加しています。これまた本書で言及されているところで、そもそも、江戸期から島津藩ではキリスト教はもちろん一向宗=浄土真宗もご禁制でした。ですので、藩主が帰依したり、祈願していたりした臨済宗をはじめとする禅宗や真言宗をはじめとする密教系の仏教が鹿児島では中心的な地位を占めていましたが、「隠れ念仏」は少なくなかった、と本書でも指摘していますので、浄土真宗信者が増える素地はあったといえるかもしれません。そして、実は、その鹿児島に派遣された中の1人が与謝野鉄幹の父でした。鉄幹自身も短期間ながら父親とともに幼少期に鹿児島に滞在しているようです。なお、与謝野鉄幹は西本願寺で得度していますが、私のばあさんもご同様に西本願寺で得度して法名をいただいていましたので、この得度がどの程度のものかは、私には不明です。私のひいばあさん、当然ながら、私の父から見たばあさん、もしくは、私のばあさんの義母は与謝野晶子と交流があり、その縁は浄土真宗だったと私の父は推測していました。そのあたりの興味もあって本書を読んでみた次第です。まあ、個人的な興味範囲でしたので、廃仏毀釈についてはそれほど理解が進んだわけではありません。悪しからず。
次に、平石さなぎ『ギアを上げて、風を鳴らして』(集英社)を読みました。著者は、作家なのでしょうが、この作品で第38回小説すばる新人賞を受賞しています。主人公は、いずれも小学4年生女子の吉沢癒知と渡来クミの2人です。それぞれの視点からのストーリーが交互に進みます。2人は、当然、同じ小学校に通っていますが、クミが普通のクラスであるのに対して、癒知は支援学級であるわかごま学級に通学しています。どうしてかというと、癒知は全国に20万人の信者を有する新興宗教団体「荻堂創流会」の近畿支部において、「降り子」と呼ばれる創父=開祖の生まれ変わりとして信徒たちから崇拝の対象となっている存在であり、頭はいいもののコミュニケーション能力に難があって、他の児童と問題を起こしがちなもので、わかごま学級に通っています。世話役の森田はもちろん、近畿支部長や支部幹部の母親の加奈からでさえ「癒知さま」と呼ばれ、定期的に「浄器の儀」という儀式を司り、教戒に従って食べ物にも制限があり、普通の小学生女子がスイーツを食べて「う~ん、しあわせ」という感覚は理解できません。儀式の折を別にして母親とすら肌を接することを禁じられていて、そういった教戒を破る破戒行為は創父の怒りをかって地獄に落ちるといわれています。宗教団体「荻堂創流会」は全国に20万人の信者を有し、在家のほかに、家族や親族と離れて教団の支部に住まいする信者も少なくありません。「浄器の儀」の儀式では、いかにも多額の玉串料が払われているようです。他方、父親の頻繁な転勤により、クミが関西の片田舎の梢が丘に引っ越してきて、教団近畿支部の癒知を見かけ興味を抱き、学校で接触を試みるところからストーリーは始まります。小学校を離れても、古い山城の隙間の空間を見つけて、まあ、男子小学生でいえば「秘密基地」のようにして2人いっしょに遊んだり、その近くの公園で癒知がクミの助けを得て自転車の練習をしたりするのが前半ストーリーとなります。4月の学年始まりから1年もしない晩秋になって、転勤族である父親の転勤で、クミも転校するのと同じタイミングから、後半ストーリーが大きく展開します。タイトルと表紙画像はリンクしていて、主人公である吉沢癒知と渡来クミが自転車で逃げているところです。なぜ、逃げているか、また、後半ストーリーの展開などは読んでみてのお楽しみです。何分、新興宗教が根底にある小説ですから、好み、というか、好き嫌いがあると思います。でも、しあわせとは何か、家族や親子の関係などなど、いろいろと深い意味も読み取れます。万人へのオススメは出来ませんが、読めば何かが得られる可能性のある小説です。
次に、前田安正『AIに書けない文章を書く』(ちくまプリマー新書)を読みました。著者は、文章コンサルティングファーム「未來交創株式会社」代表取締役だそうですが、長らく朝日新聞社で校閲のお仕事に携わってこられたようです。本書のタイトルを見て、たいそう大上段に振りかぶって力みかえった印象を受けますが、まあ、半分は売上げを意識した編集者の意向を反映しているんではないか、と私は想像しています。よく読めば、「現在の技術水準では」といった趣旨の但し書きが見つかると思います。はい、そのうちに、というか、ここ2-3年でAIの文章能力は多くの人間を凌駕するんだろうと思いますから、本書の賞味期限は短い可能性があります。ということで、生成AIが急速な発展を見せて、人間が自ら考えて文や文章を書くだけでなく、生成AIの助けを借りた文章もいっぱい目にするようになった現在、人間の思考や感情に立ち入ることも、もちろん、表現することもできない生成AIには不可能な文章を書くという作業について考えさせられる奥の深い本だといえます。加えて、私のように、大学生には卒論を、大学院生には修士論文を指導することが多い教師の身としてはとても参考になる部分があります。もちろん、本書で考えている対象は学術論文というよりは、事実関係だけでなく感情的なものも含めたリポート的な文章、それも、それほど長くない文章、という感じだと思います。私独特の本書の読み方かもしれませんが、やや学術論文やリポートの書き方に引きつけてレビューしたいと思います。まず、文章を構成する文は短く、というのはすべてに共通していることと思います。学術論文やリポートでも「一文一義」を大学では教えています。本書でもシンプルな文をオススメしているように見受けます。そして、少し学術論文やリポートとは異なりますが、本書では、よく言及されている5W1Hについては、往々にしてwhyが抜けている、と指摘しています。でも、少なくとも学術論文では、論文で取り上げたテーマについてのwhy=理由は必須です。私は授業の際にジョークとして、どうして卒業論文を書くのかといえば、卒業の必修単位だからというのがホントのところだけれど、そのように書くわけには行かない、と教えています。当然です。そして、本書でも同じですが、かなり曖昧な概念的な用語については注意して、場合によっては定義を明確にするように、あるいは、比較級の形にして、「AはBよりxx的」と書くように、私は注意を促す場合があります。例えば、効率的、多様性、合理的、近代化などです。そういったものを含めて、文や文章を書く上で、とても参考になる良い本だとオススメできます。ただ、私が本書と違う見方をしているのは、良い文章を書くためには、良い文章を読むことが良いトレーニングになるという点です。本書はこの点は必ずしも重視していないようです。ほかに、文章の定義が、冒頭第1章で「大辞林」から引いている定義と第3章の「日本大百科全書」で大きく異なっている点も気にならないわけではありませんし、最初に書いたように、AIはそのうちに軽く人間の文章能力を超えるでしょうし、本書と逆の視点でAIにしか書けない文章もあるでしょうし、いろいろと指摘しておきたいポイントはありますが、文や文章を書く人は読んでおいて損はないと思います。
次に、林真理子『マリコ、アニバーサリー』(文春文庫)を読みました。著者は、エッセイスト、直木賞作家であるとともに、日本大学の理事長職も務めています。本書は、「週刊文春」に連載されているコラムを取りまとめて、単行本として2024年に出版され、そして、今年2026年に文庫本として出版されています。タイトルに見られるように、何でも、コラムの連載開始40年で著者も古希を迎えたダブルアニバーサリーだそうです。なお、大雑把に2023年の「週刊文春」に収録されたコラムですが、2023年5月からの感染法上の分類変更がなされたコロナについては、それほど注目されていない印象でした。著者は、そもそも、文句なしにセレブでしょうし、年齢的にも自慢話が多くなるお年ごろなのだと思いますが、決して嫌味にならない上品なトピックでエッセイを盛り上げています。ですので、私なんぞがうかがいしれないセレブの世界を気軽に垣間見ることが出来ます。例えば、会食には手土産を持っていることが習慣になりつつある、なんてのは、気の置けない仲間との飲み会くらいしか参加しない田舎教師には初めてのお話でした。最後の方の「謦咳に接する」というタイトルのエッセイでは、私くらいの年配者から見ても神様クラスの作家がズラリと登場します。こういった神様クラスの作家の「謦咳」に本書のご著者は接しているんだ、と実感させられました。また、「週刊文春」収録のコラムといいつつ、「週間朝日」や「AERA」や「週刊新潮」やといった同業他誌に堂々と言及しているのも、いいのか、という気がしましたが、私も立命館大学に勤務してお給料をもらいつつ、同業他大学の同志社大学や龍谷大学などにもいっぱい話題にしているので、まあこんなものか、と受け止めています。巻末に収録されているコラム外の皇室モノについては、私はこのご著者の『李王家の縁談』は読んだものの、ちょっと嫌味ではないか、と感じる読者がいそうな一方で、逆に、心から感激する読者もいそうな気がします。いずれにせよ、週刊誌コラムを取りまとめていますので、ちょっとしたスキマ時間のお供に最適です。


![星岳雄・松島斉[編著]『日本経済 信頼からの再生』(日本経済新聞出版) photo](http://pokemon.cocolog-nifty.com/dummy.gif)
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