2022年1月22日 (土)

今週の読書は経済書から仏教思想史まで計4冊!!!

今週の読書感想文は以下の通りです。なぜか、東京大学出版会の学術書が2冊とちくま新書も2冊という計4冊です。小説、特に、ミステリは入っていません。著者・編者は、それなりの知名度の経済学の研究者3人と仏教思想研究の大御所です。深尾京司[編]『サービス産業の生産性と日本経済』(東京大学出版会)では経済産業研究所などで開発されているJIPデータベースについての解説や、このデータを利用した定量分析の結果が示されています。ただ、よく、サービス産業の生産性向上が賃金上昇や日本の成長率の引き上げに必要と主張されますが、短期には疑問があると私は考えています。石見徹『日本経済衰退の構図』(東京大学出版会)では、バブル崩壊後の日本経済の失速について様々な角度から議論されていますが、政策的対応の提示に成功しているかどうかは判断が分かれると思います。原田泰『コロナ政策の費用対効果』(ちくま新書)では、かなり直感的で大雑把ながら一定の利用可能なデータを用いてコロナ対策の費用対効果について定量的な分析場加えられています。最後の木村清孝『教養としての仏教思想史』(ちくま新書)では、タイトル通りに、仏教の思想史が開祖のゴータマから日本近代まで実にわかりやすく、とは言いつつも、それなりの深さを持って展開されています。
今年それから、2022年に入ってからの新刊書読書は、読書感想文ポストのたびに4冊ずつで計12冊となっています。

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まず、深尾京司[編]『サービス産業の生産性と日本経済』(東京大学出版会) です。編者は、一橋大学の研究者です。出版社から見ても、ほぼほぼ完全な学術書と考えるべきです。ということで、2018年に改定されたJIPデータベースの解説をしていて、少しだけ応用研究の成果も収録しています。JIPデータベースとは経済産業研究所(RIETI)で開発されている産業別の基礎データであり、基本的には、産業構造の変化を把握するために雇用者や資本ストックなどの基礎的なデータを収録していますが、かなり詳細かつマニアックと評価する人もいるかもしれません。本書では、データベースそのものや推計方法などを解説しているほか、必ずしもJIPデータベースを使ったものばかりではありませんが、タイトル通りに、サービス産業の生産性分析を中心に議論を展開しています。もっとも、あまり関係のなさそうに見える論文もあります。2010年代以降、我が国ではかなり投資が抑制されていて、原因としては将来成長率の低下などが上げられていますが、JIPデータベースでも投資の伸び悩みは確認されています。他方で、広く論じられているように、我が国では賃金がまったく上昇しなくなってしまっており、賃金にも投資にも企業の資金が向かわず、ひたすら内部留保として溜め込まれている事実が浮き彫りになっっているといえます。サービス産業の生産性に関しては、人工知能(AI)やロボットとと関連する分析も収録されており、もちろん、こういった最先端技術と生産性は正の相関を示しています。医療サービスの質とコストに関しても分析が加えられているほか、物的な資本だけでなく無形資産や時間利用の観点から、家計の余暇活動、また、人的資本という意味では、不妊治療まで含めた議論が本書では展開されています。ただ、いつも感じる点ですが、生産性を論じる場合、今日強雨サイドのみに着目されて、短期の生産性で需要の果たす役割がまったく無視されている気がします。経済学的に重要な意味を持つ全要素生産性(TFP)は残渣でしか計測されませんが、通常の労働生産性であれば需要を雇用者数で割って求められるわけですから、短期に資本ストックが大きな変動なくても需要が動けば変動しますし、事実、日本の労働生産性はほぼ需要とシンクロして変動しています。もちろん、長い目で見れば供給サイドの分析も大いに有用であり、例えば、高度成長期には生産性の高い産業や企業に雇用者が移動することにより、経済全体の生産性が高まるという効果が見られましたが、少なくとも、1990年代初頭のバブル崩壊以降の時期では、雇用者をアウトプットとの比で減少させることにより生産性を高める努力がなされました。典型的には電気産業がそうです。ですから、もう少し本書とは違う視点が必要な気もします。

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次に、石見徹『日本経済衰退の構図』(東京大学出版会) です。著者は、東京大学の名誉教授であり、本来はマルクス主義経済学のエコノミストです。少し前に同じ出版社から荒巻健二『日本経済長期低迷の構造』という本も出ており、私も2019年9月8日付けの読書感想文をポストしています。最後の1文字が少し違うだけで、紛らわしいタイトルであると思いますが、まあ、仕方ないのかもしれません。ということで、マルクス主義経済学のエコノミスト、特に、その主流ですらない宇野派の東大名誉教授のエッセイですので、私には少し難解な部分もありました。基本は、戦後日本経済の発展や成長を支えてきたメカニズムが大いに弱体化している、ということなのだろうと思いますが、労使協調体制なんかは、現在の同盟労働組合のナショナルセンターである連合を見ている限り、労働組合がひどく経営サイドにすり寄っている気がします。その限りでは、労使協調は引き続き堅持されているのですが、労働者にメリットが及ばない形で、別の表現をすれば、労働者の搾取が激化する形で資本主義の延命、というか、日本経済の成長が支えられている気もします。特に、中小企業の淘汰を進めようとしているアトキンソン理論に対して、かなりの程度に同調を感じさせる部分が少なくなく、これでもマルクス主義経済学の立場からの視点といえるのだろうか、と主流派エコノミストの私ですら心配になります。加えて、日本経済の停滞を少子高齢化という人口動態で説明しようとするのは、まあ、流行りですので仕方ない面があるとは思いますが、少子化の原因のひとつに経済的理由による堕胎を合法化した優生保護法の改正に帰着させるのは、何とも私のは言いようのない違和感が残りました。他方で、財政赤字を経済に対するマイナス要因とする見方も、まあ、これ幅広く流布しているので容認するとして、その財政赤字の原因については正確に法人税などの直接税の引き下げと見抜いていたりもします。どこかの大阪のローカル政党のように「身を切る改革」といいつつも、政党交付金や文通費をちゃっかり懐に収めるのとは、さすがに、分析能力が違うと感心しました。日本経済について、いろんな見方を示しているのはいいと思いますが、互いに同じ本の中で矛盾しかねない論点があったりもしますし、必ずしも説得的ではありません。残念ながら、私は本書をそれほど高く評価するのは難しいと感じました。

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次に、原田泰『コロナ政策の費用対効果』(ちくま新書) です。著者は、官庁エコノミスト出身で日銀制作委員も務め、現在は名古屋商科大学の研究者です。というか、私は役所に勤務していたころに何度かこの著者の部下を務めたことがありますが、「日本の実質経済成長率は、なぜ1970年代に屈折したのか」と題する共著論文があるとはいえ、サッパリ評価されていなかったんだろうと思います。ということで、本書では、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染抑制のための措置について5章、経済への悪影響緩和のための措置を2章、計7章に渡ってタイトル通りの費用対効果が可能な範囲で考察されています。ただし、私のしるこの著者の性格と合致して、かなり大雑把な定量評価です。少なくとも確率分布を前提にした数量分析ではありませんから、帰無仮説を検定する形はまったく取られていません。例えば、7.8兆円をかけて3.9万床の病床を確保したのだから1床当たり2億円は高すぎる、といったカンジです。特に、興味深かったのは第3章のPCR検査のシーヤ派とスンナ派というネットスラングを使った対比で、私なども当初から指摘していたように、また、本書でも認めているように、ワクチンや特効薬がない初期の段階では検査を大規模に実施して陽性者を隔離する必要があると考えたのが正しいと結論しています。でも、この著者のひねくれたところで、どうしてそうならなかったのかについて、政治力学的な考察も加えています。コロナ不況を分析した後段では、供給ショックか、需要ショックかについて、かなりあいまいな結論しか導けていません。2020年段階では経済産業省の「通商白書」がかなり早い段階から供給ショック説を取り、内閣府の「経済財政白書」が需要ショックを考慮したのにと対象的でしたが、私は、おそらく、当初は供給ショックだったものが、需要ショックも一部に現れ、つい最近時点での自動車の半導体部品供給不足やマクドナルドのポテトSサイズ限定に見られるような供給ショックでも明らかな通り、基本的には供給ショックがドミナントで、一部に需要ショックも見られる、ということなのだろうと理解しています。ですから、本書でもGoToキャンペーンが否定されているように、需要喚起策は費用対効果が悪い、というか、実施すべきではない、と考えています。まあ、政治力学的にはどこかに利権があるのかもしれませんが、私は首都東京から遠く離れた関西に住んでいて、本書の著者ほどには、そのあたりの情報は持ち合わせません。最後に、本書のp.209に費用対効果を取りまとめた表があります。立ち読みで十分と考える向きには、この一表でかなりの程度に理解が進むものと期待されます。

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最後に、木村清孝『教養としての仏教思想史』(ちくま新書) です。著者は、東京大学名誉教授にして、鶴見大学学長なども務めた仏教研究の大御所です。新書ながら、巻末の略年表や索引まで含めると軽く400ページを超える大作です。もっとも、本書のタイトルである仏教思想史を論じるとすれば、学術書であれば10冊あっても足りないでしょうから、これくらいのコンパクトな新書で大雑把な仏教思想史を概観できるのは有り難いと思います。私自身は仏教とは心理の体型であると考えているのですが、何分、本書のテーマはその思想の歴史です。ですから、開祖のゴータマによる仏教の成立から始まって、私のようなシロートには中国に伝来するまでのチベットや東南アジアでとどまっているところまでの思想史はとても難しかったです。中国に伝来して、例の有名な玄奘三蔵法師あたりから少しずつ実感を持って接することが出来るようになり、そして、何と言っても浄土教系の思想が成立する頃からは、さらに身近な仏教を感じることができました。中国に入った仏教は、「陰陽説の影響を受けてまず業と輪廻の思想一定の変質を遂げ」(p.180)、その後の新仏教の時代が始まります。日本では鎌倉時代の仏教であり、圧倒的に浄土宗と禅宗が重要と私は考えています。もちろん、本書で強調するように、同じ禅宗でしかも時期的にも同じころに日本に伝来された栄西の臨済宗と道元の曹洞宗では大きな違いがあります。国家鎮護的な前者と個人の修行を重視する後者の姿には目を開かされます。浄土宗では、少なくとも法然の浄土宗と親鸞の浄土真宗には、私は大きな違いはないものと考えています。少なくとも在野の檀家にはほぼほぼ差はなく、むしろ、戎を受けるかどうかという点で僧侶の方に違いがあると私は認識しています。とても浩瀚な研究を下敷きにしたであろう本書は、私のような熱心な仏教徒からすればとても勉強になるのですが、唯一物足りなかったのは近代日本の明治期における廃仏毀釈の動きです。ほぼほぼ何も本書は語ってくれません。他の国でも廃仏の動きをした国は少なくなく、現在でもアフガニスタンでは偶像崇拝の一言で人類共通の重要な文化遺産が破壊されたりしています。明治期の日本における廃仏運動について、現在の仏教徒も関係がないわけではありませんから、もう少し言及が欲しかった気がします。

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2022年1月15日 (土)

今週の読書は経済書を中心にミステリも入れて計4冊!!!

今週の読書感想文は以下の通り、ハンナ・フライ『アルゴリズムの時代』(文藝春秋)、竹信三恵子『賃金破壊』(旬報社)、グイド・キャラブレイジ『法と経済学の未来』(弘文堂)、M.W.クレイヴン『ブラックサマーの殺人』(ハヤカワ・ミステリ文庫) の計4冊です。『アルゴリズムの時代』はアマゾンのリコメンデーションなどで我々も広く接するようになったアルゴリズムについて、数学者としてかなり客観的な議論を展開しています。『賃金破壊』は賃金を支える組合運動の重要性に焦点を当てていますが、特に、警察や検察による関西生コンの労働組合弾圧の実情が詳しく紹介されています。衝撃的です。M.W.クレイヴン『ブラックサマーの殺人』(ハヤカワ・ミステリ文庫)はワシントン・ポーのシリーズ第2弾で、とても複雑なサイコパスによる犯罪偽装を主人公のチームが謎解きします。なお、今年に入って、これまでのところ、新刊書読書はわずかに8冊にとどまっています。大学の授業がそろそろ終わって、リポートなどの採点はあるものの、時間的な余裕が出来ればもう少しピッチを上げて読書したいと考えています。

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まず、ハンナ・フライ『アルゴリズムの時代』(文藝春秋) です。著者は、英国の数学の研究者です。英語の原題は Hello World であり、2018年の出版です。タイトル通りに、データ処理のアルゴリズムについて豊富な実例を上げつつ論じています。章構成が奮っていて、影響力、データ、正義、医療、クルマ、犯罪、芸術の7章構成です。特に、驚いたのは、米国では裁判の量刑判断にアルゴリズムを使う場合があるようで、そこまで出来るのか、というのは初めて知りました。実際の実用可能性もさることながら、社会的な許容度も日本とは違うのだろうという気がします。なお、厳密に言えば、AIとアルゴリズムは違うのかもしれませんが、本書を読んだ印象では、かなり近いという気がします。すなわち、AIにせよ、アルゴリズムにせよ、私は確率計算であって、もっとも確率のいい方法を選ぶ、ということなんだろうと思います。ですから、本書でも指摘されているように、エラーは2通りあって、偽を真と間違う場合と、真を偽と間違う場合です。コロナ検査を例に持ち出すと、陽性なのに陰性と判定してしまうエラー1と陰性なのに陽性と判定してしまうエラー2です。医療などでは、このコロナの検査のケースなどでは、エラー1の方が潜在的なリスクが大きく、エラー2の方が許容範囲が大きいといえます。ですから、医療では、末期ガンの患者には残りの人生を短めに告知するバイアスがあると広く考えられていたりするわけです。ただし、そういったバイアスはヒトが主体的に行っているわけで、アルゴリズムが確率的に中立な回答をすれば、かなり世の中の受止めも変化する可能性があります。さらに、こういった社会的な許容度に関しては分野も大いに関係します。戦略の選択、例えば、野球で強硬策かバントで手堅く送るか、といった判断にアルゴリズムを使うことに対しては、ほとんど社会的な批判は生じないと考えられて許容度が高いのに対して、先ほどの例のように、刑事裁判の量刑や民事裁判の賠償額にアルゴリズムを適用することに対しては慎重な意見が多く出そうな気もします。ただ、そうはいいつつも、人間、というか、医師や裁判官といった専門家が判断するよりも、アルゴリズムに判断を委ねる比率が上昇する傾向にあることは確かでしょうし、本書のような観点から、そのアルゴリズムの特徴や欠陥や利点を知っておく必要はますます大きくなりそうです。

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次に、竹信三恵子『賃金破壊』(旬報社) です。著者は、ジャーナリスト出身の研究者ですが、本書の立ち位置はジャーナリストと考えていいのではないでしょうか。ですから、タイトルに見られるように研究者として賃金を主に論じているわけではなく、賃金を支える基盤としての労働組合をジャーナリストの視点から議論しています。そして、インタビュー先の労働組合とは産別の関西生コンです。私も東京にいる間はまったく知識が乏しかったのですが、関西に来て私大の教員となった後、同僚教員にも支援している人がいると知り、それなりに知識が蓄えられてきましたが、本書が指摘するように、まだまだ間違った見方も少なくないのではないかと思います。しかも、そういった謬見に基づいて警察や検察が、意図的かどうかは別にして、労働組合に対して敵対するような捜査活動をしている点は、本書で積極的に明らかにされています。そして、私の読後感でも、警察や検察は、おそらく、意図的に労働組合運動に対して敵対している可能性が高い、という気がしています。私の研究者としての見方からすれば、労働組合は賃金上昇の強力なテコであり、我が国で賃金が下がり続けているひとつの要因としての組織率の低下や労働組合の右傾化があります。組織率の低下は今さら論ずるまでもありませんし、最近、連合がナショナルセンターとして立憲民主党に対して昨年の総選挙結果に照らして共産党との決別を迫るなど、労働組合とは思えない、まるでどこかの与党別働隊の大阪ローカル政党のような方向性を打ち出した点など、ひどい有様です。もう10年ほど前の学術論文ですが、Galí, Jorge (2011) "The Return of the Wage Phillips Curve," Journal of the European Economic Association 9(3), June 2011, pp.436-61 においても、賃金への説明変数として労働組合の要因が正の相関関係を持って関数に入っていたりします。本書で指摘するように、公権力が労働組合運動を弾圧する日本というのは、私には信じられませんでしたが、こんな国では賃金が上がらないわけだと納得させられるものがありました。多くの人が本書を手に取って読むことを願っています。

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次に、グイド・キャラブレイジ『法と経済学の未来』(弘文堂) です。著者は、もうすでに引退した年齢ながら米国イェール大学ロースクールの研究者であり、法と経済学の学祭分野の大御所です。英語の原題は The Future of Law and Economics であり、2016年の出版です。本書ではマスグレイブ教授などの指摘するメリット財を中心に議論しています。ただ、我が国経済学界ではメリット財よりも「価値財」と呼ぶ方が一般的な気もします。もっとも、法学界は違うのかもしれません。マスグレイブ教授は著名な財政学や公共経済学の研究者でしたが、いわゆる消費の非競合性や非排除性を有する公共財と少し違って、価値財=メリット財はある個人が消費すれば、社会的な利益が他の人にも及ぶ財のことです。本書では徴兵や兵役を例に上げています。現時点での日本にはコロナのワクチン接種がある程度当てはまると考えます。ある個人がワクチンを摂取すれば、コロナに感染しにくくなって社会的な利益につながるからです。こういった価値財=メリット財は通常の市場において個々人の購買力に応じた資源配分をすることが適当ではないと考えられます。例えば、ゲームソフトであれば、お金持ちがいっぱい持っていても許容されるのでしょうが、お金持ちだけが何度もワクチン接種を受けられる一方で、経済的な余裕ない人はワクチン接種も十分に受けられない、というのは、社会的に許容されないだろうと考えられます。本書の例では、徴兵、というか、お金持ちがその経済力でもって兵役を逃れるのは社会的に疑問であるとしています。こういった価値財は、通常の財と同じで、基本的に多ければ多いほどいいのですが、その天井が通常の財よりもかなり低いと考えるべきです。まあ、ビールを何十リットルも飲めるわけではありませんが、ビールであれば「多々益々弁ず」の世界ですが、ワクチンでは回数を多く打てば青天井にそれだけ有効性が高まる、というものでもなく、上限値はそれほど高くないと考えられます。ですから、他方で、分配というものが重要になります。通常、エコノミストは一般財であれ、価値財=メリット財であれ、多ければ多いほど好ましく、他方で、分配が平等に近いほど好ましい、と考えます。ただ、それは、特に価値財=メリット財の場合は市場において達成されないわけですから、法律による強制を含めて考慮する必要がある、というわけです。経済学的には、私の専門とするマクロ経済学ではなく、もろにミクロ経済学的な分野なので、私も十分に理解できたわけではないかもしれませんが、新自由主義的な経済政策の下で格差が大きく拡大した日本でも、本書で展開されているような議論が必要となるような気がします。

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最後に、M.W.クレイヴン『ブラックサマーの殺人』(ハヤカワ・ミステリ文庫) です。著者は、英国のミステリ作家です。刑事ワシントン・ポーのシリーズ第2作であり、英語の原題は Black Summer であり、これは地名です。原作は2019年の出版です。私はシリーズ第1作の『ストーンサークルの殺人』も読んでいて、昨年2021年9月25日付けの読書感想文で取り上げています。本日着目するシリーズ第2作も、第2作と同じでとっても手が込んでいます。相変わらず、主人公のポーを分析巻のティリー・ブラッドショーとポーの上司のステファニー・フリン警部がサポートする、という作品です。さらに、本作品から病理医のエステル・ドイル医師も加わって、ポーの援護陣が手厚くなっています。それというのも、主人公のポーの危機が前作よりもさらに深刻化して、とうとう殺人犯として指名手配されてしまったからです。事件は、数年前にポーが解決に努力した殺人事件、ミシュランで3ツ星を取った英国のカリスマ・シェフがじつの娘を殺害したとされる事件で、その被害者が警察に出頭した、というか、正確には図書館に駐在している警察官のところに来た、ということから始まります。裁判でも殺人者と断定されたカリスマ・シェフはポーから見れば明らかなサイコパスなんですが、そのサイコパスは当然のように冤罪を主張しますし、加えて、地元警察のエリート警察官からも冤罪の原因を作った犯罪者のようにみなされて、ポーが地元警察から必要な捜査支援も得られず、それどころか、指名手配されて身動きができなくなりながらも、キチンと事件を解決する、というストーリーです。極めて複雑なプロットで、実際にはありえないタイプの犯罪だろうとは思いますが、それもまたミステリ小説の楽しみです。

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2022年1月 8日 (土)

今年初めてのブログ投稿は4冊分の読書感想文から!!!

昨夕にようやくインターネットが開通しました。引越しを機に回線業者を変更し、とても快適なネット環境を手に入れることができました。
ということで、今週、というか、2022年が明けて最初の読書感想文は以下の通りです。この私のブログの土曜日の恒例の読書感想文です。いつもは午前中の早い時間帯にポストするのですが、今日は実は、通常出勤日でした。大学生という20再前後の若者を相手にする大学教育ですので、明後日の「成人の日」は重要なイベントです。その月曜日の授業を本日の土曜日に代替して出勤する、というか、正確には私の場合は出勤したわけではなく、オンライン授業を行ったわけです。まあ、そこそこお給料はくれるのですが、人使いの荒い職場だという気がしないでもありません。この3連休は軽いウォーミングアップの期間とし、来週火曜日からは本格的にブログを復活させるべく計画しています。

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まず、小倉義明『地域金融の経済学』(慶應義塾大学出版会) です。著者は、早稲田大学の研究者です。本書は7章構成となっていますが、第3章まではたいとるのような地域金融機関ではなく、ゼロないし低金利下で利ざやが極めて薄くなった金融機関の経営分析などに当てられており、地域金融機関だけではなく、ほぼほぼすべての金融機関に当てはまる分析となっています。著者も十分認識しているようで、第4章の冒頭にはその旨の断り書きがあったりします。それはさておき、私は今回の引越しでもまとまった額の住宅ローンを組んだのですが、地元の地銀から借りました。大学の給与振込も同じ地元地銀です。実は、東京で初めて買ったマイホームはメガバンク系列の信託銀行から住宅ローンを借り入れたのですが、ハッキリいって、かなり大きな差を感じました。今度の地銀のようなビジネスをやっていては顧客が逃げます。私自身も出来る限り早くローンを返却して、ローンを返却し終えた暁には、給与振込も別の銀行に変更して、早々に口座を解約したいと考えています。それほどひどいビジネスをやっています。私も実体験をしてびっくりしました。ですから、昨年2021年12月11日付けの読書感想文でも、平凡社新書の高橋克英『地銀消滅』を読んで取り上げましたし、もう少し専門的な本書を大学の図書館から借りてみました。本書でも、金融の大幅緩和下で利ざやが縮小し、リスクテイクに走る地銀の姿が定量的に浮き彫りにされています。ただ、本書では、地域経済の困難を人口減少の観点からだけ捉えて、それを指標とした定量分析を行っています。確かに、都道府県別で地域経済衰退のひとつの指標としては考えられるところであるものの、ほかの代理変数はなかったのだろうかと思わないではいられませんでした。私も長崎という高知などとともに地域経済の衰退の激しい県で大学教員をしていた記憶がありますし、人口というのもいいような気もしますが、最大の懸念は人口がそれなりにキープされている沖縄県が特殊な例外になりそうな気がする点です。もう一つは、私の実体験に基づく実感で、人口減少との関連性低く地銀ビジネスの展開が極めて低レベルである点です。この地銀ビジネスのクオリティの低さが、ひょっとしたら、低金利下の利ざや縮小や人口減少とは関係なく地銀経営悪化の大きな要因なのではないか、と思わなくもありません。

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次に、フィリップ・コトラーほか『コトラーのH2Hマーケティング』(KADOKAWA) です。著者は、現在のマーケティング界の大御所といえる存在であり、長らく、米国ノースウェスタン大学の研究者でした。でも、本書については、私のクレジットでは「ほか」で済ませてしまったのですが、ファルチ教授とシュポンホルツ教授の2名の共著者がいるようで、実は、この2名のドイツ語の出版が元になっているようです。英語の原題は H2H Marketing であり、2020年の出版です。ということで、本書第5章のpp.308-09の2ページに渡って、戦後の学術的なマーケティングの歴史がコンパクトなテーブルに取りまとめられているのですが、本書はその流れから大きく外れて、H2H、すなわち、Human to Human、人と人を結ぶマーケティングがクローズアップされています。そして、今までのマーケティングは、私が行動経済学と対比させているように、いかに消費者、あるいは、他企業の購買部門を「騙して」とまではいわないまでも、「丸め込んで」自社の製品やサービスを購入させるか、という点に重点が置かれていたマーケティングを大きく転換し、「愛される企業」=Firms of Endearmentを目指すか、を目標に掲げています。私は経営学や、ましてや、マーケティングについてはそれほど専門的な知識も経験もありませんが、伝統的な経済学では、企業とは利潤最大化を目標とするgoing-concernの経済主体であると考えられています。そして、企業においては資本ストックと労働力を組み合わせて、付加価値を生み出す生産関数を基に活動を行っていると私は理解しています。ですから、本書の「愛される企業」と伝統的な経済学の両方が正しいとすれば、企業が愛されるようになれば利潤も増加し、最終目標である利潤最大化に対する目先の第1次目標が「愛される企業」である、と、理解することが出来ます。しかし、私は自信がありません。違っているような気もします。というのは、本書で、マーケティングについて論じている一方で、ユニバーサルなベーシックインカムについても取り上げていたりします。ホンの少しだけ言及している程度ですが、マーケティングの学問領域を大きくはみ出している気がします。もはや、マーケティングというよりは大きなく、ウリでの経済社会の哲学を論じているような雰囲気すらあります。決して、「オススメ」とまではいいませんが、とても興味深い議論の展開で、私自身も共感できる部分が少なくありませんでした。

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次に、山口薫・山口陽恵『公共貨幣入門』(インターナショナル新書) です。著者は、同志社大学から、現在はトルコの国立アンカラ社会科学大学の研究者と日本未来研究センターの研究者です。タイトル通りに公共貨幣ということで、中央銀行から発行される負債証券としての貨幣ではなく、政府が発行する資産としての貨幣に置き換えることを主張しています。日銀は廃止されて貨幣発行に関する政府部門となり、銀行のプルーデンス規制は字部分準備制度から100%準備を要求され、決済機能に特化したナローバンキングとなることを想定しているように私は読みました。そもそも、そんな貨幣制度改革が可能か、あるいは、必要かという議論が完全に抜け落ちていて、著者2人の信念を延々と展開しているだけですので、それほど判断材料がありませんでしたが、この公共貨幣システムに移行すれば、現在の日本経済が成長を取り戻すというロジックは、頭の回転が鈍くて私には理解できませんでした。おそらく、リフレ派と同じように、公共貨幣に切り替えた上で、ジャカスカ貨幣供給を増加させる、そして、財政資金はマネタイズして財政からも高圧経済を目指す、ということなのだろうと想像しています。他方で、現代貨幣理論(MMT)は激しい批判の対象となされています。直感的な私の理解によれば、公共貨幣論者は私のようなリフレ派よりも、そして、ついでながら、MMT)論者よりも、さらに左派の経済学ではないかと思うのですが、伝統的、というか、現時点での主流派的な私の経済学の理解では、本書をキチンと評価することは難しいような気がします。お手上げです。

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最後に、武井彩佳『歴史修正主義』(中公新書) です。著者は、学習院女子大学の研究者であり、専門はドイツの現代史、特に、ホロコースト研究だそうです。本書では、決して学術的ではなく、科学的な歴史学ではない「歴史修正主義」、そして、その歴史修正主義にすら入らないホロコースト否定論について議論を展開しています。日本でも、1995年2月に文藝春秋社が発行していた雑誌『マルコポーロ』がホロコーストを否定する記事を掲載して自主廃刊したこともありますし、ナチスやアウシュビッツなどのホロコーストに焦点を当てた本書のスコープの外ながら、日本でも侵略戦争を美化し、アジア四国を欧米の植民地から「解放」した、とする論調の歴史修正主義もまだまだ見受けられるところですから、こういった本書のようなキチンとした論者による解説は有益であろうと私は考えます。欧州でもネオナチのようなポピュリスト政党が支持を伸ばし、フランスでも右翼政党が大統領選で得票を上げるなど、ポピュリスト化や右翼化が進む中で、政治的な思想信条の自由、あるいは、表現の自由から大きくはみ出した形での歴史改竄の形を取る歴史修正主義に対しては、フェイクニュースなどのチェックとともに、ポストトゥルースの時代にあって、正しい対応を身につける必要があるといえます。

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2021年12月30日 (木)

今年最後の読書感想文!!!

今年最後の読書感想文は以下の通り計7冊です。
このブログで取り上げた新刊書だけで、1~3月期に56冊、4~6月も同じく56冊、7~9月で69冊と夏休みの時期があって少しペースアップし、さらに、その後、本日の7冊を含めて10~12月で65冊、今年の総計で246冊になりました。200冊は軽く越えるとして、やや250冊には届かない、ということで、私としては標準的な読書だった気がします。今年のベスト経済書は、私自身がどこかの経済週刊誌に回答した野口旭『反緊縮の経済学』が抜群だと思うのですが、私の見方は決して多数意見ではないようで、例えば、日経新聞のサイトでは「エコノミストが選ぶ 経済図書ベスト10」と題して、ロバート J. シラー『ナラティブ経済学』、櫻川昌哉『バブルの経済理論』、ショシャナ・ズボフ『監視資本主義』などが並んでいます。純粋に経済書ではないかもしれませんが、マイケル・サンデル『実力も運のうち』などもトップテンに入っています。さすがに、私はほぼほぼこれらは読んでいるのですが、『監視資本主義』だけは積ん読になっています。来年早々にも読みたいと思っています。
以下、最後の読書感想文を手短に抑えておきます。

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まず、辻村雅子・辻村和佑『マクロ経済統計と構造分析』(慶應義塾大学出版会) です。著者は、立正大学と慶應義塾大学の研究者です。私が公務員試験の準備でマクロ経済学の勉強を始めた時のテキストは、SNA統計が冒頭に置かれていたように記憶していますが、本書も、SNA統計を軸にして幅広いマクロ経済学を対象に議論を展開しています。出版社からみても、明らかに学術書なので一般読者を想定しているわけではないのでしょうが、上回生の学部生や博士前期課程1回生あたりの大学院生のマクロ経済学のテキストとしても利用な可能なレベルであると私は受け止めています。

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次に、日経BP[編]『世界を変える100の技術』(日経BP) です。冒頭の第1章を別にすれば、7章構成で100項目の技術を取り上げており、、エネルギー、ヘルスケア、IT、ライフ&ワーク、マテリアル&フード、セキュリティ、トランスポーテーション、となっています。私のようなエコノミストには理解の難しいテクノロジーが少なくなかったのですが、印象に残ったのは、35番ヘルスケアの「ころんだときだけ柔らかくなる床」、54番ライフ&ワークの「民間デジタル通貨」、57番これもライフ&ワークの「幸福度計測」といったあたりでした。

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次に、玉木俊明『金融化の世界史』(ちくま新書) です。著者は、京都産業大学の研究者で、私はこの著者の歴史研究成果の新書は大好きでいっぱい読んでいます。ただ、本書は、少し金融化の視点が違っている気がします。特に、タックスヘブンを強引に割り込ませている点が少し残念です。税制と金融に関する本書の議論は、ほとんど説得力ないと感じざるを得ませんでした。この両者を切り分けて考えた方がいいような気がします。

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次に、栗田路子ほか『夫婦別姓』(ちくま新書) です。著者は、海外在住で日本にルーツのあるジャーナリストが寄稿しています。各国事情としては、英国、フランス、ドイツ、ベルギー、米国とキリスト教国が並んだ後に、東アジアの中国と韓国が配されています。イスラム圏はダメだったんだろうか、という気がしてなりません。ただ、本書でも指摘されているように、法律で夫婦同姓を矯正する数少ない日本に住む身として、私は熱烈に選択的夫婦別姓を支持していますが、かならずしも、海外の例を参考に引く必要もなさそうな気もします。日本は日本で独自の選択的夫婦別姓の制度を構築すればいいだけ、と考えるのは私だけでしょうか?

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次に、高木和子『源氏物語を読む』(岩波新書) です。著者は、東大の研究者であり、平安文学を専門としています。『源氏物語』は、私も円地文子現代訳で飛読んだことがありますが、全体像をこのようにコンパクトに解説してもらえれば、とても参考になります。ただし、解説書で止まっているのではなく、現代訳のいくつか出ているところですし、『源氏物語』そのものも読むべきであろうと私は受け止めています。

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次に、立石博高『スペイン史10講』(岩波新書) です。著者は、東京外国語大学の学長も務めた研究者であり、スペイン近代史の専門家です。私は、在チリ日本大使館勤務の経験がありますので、それなりにスペイン語には親しみを持っていますが、まだ、スペインを訪れたことはありません。ファシズム期の人民戦線、フランコ独裁から民主化、そして、左翼政権での改革の推進と、日本並みにドラスティックな戦後史を持つスペインをコンパクトに解説しています。

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最後に、倉山満『ウルトラマンの伝言』(PHP新書) です。著者は、皇室史や憲政史の研究者として大学で憲法を教えていた経験もあるそうです。そして、本書は、『ウェストファリア体制』と『ウッドロー・ウィルソン』に続く3部作の完結編だそうですが、私は前2作を読んでいませんので、よく判りません。そういった周辺事情はさておき、私も決して嫌いではないので、趣味の範囲で、阪神タイガース、ポケモン、などとともにウルトラマンは興味を持って情報に接しているのですが、ここまで的を得て幅広いウルトラマンの解説書は初めてであり、一級品といえます。倅どもは、当然ながら、かなりの程度に私と趣味を同じくしているわけで、2人に共通してポケモン、そして、上の倅は阪神タイガース、下の倅はウルトラマンなのですが、下の倅にもオススメしたいと考えています。

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2021年12月19日 (日)

年末年始休みの読書案内

昨年から大学の教員に再就職して、今年も経済に関する新書の年末年始の読書案内を学生諸君に差し上げています。すべて出版社のサイトからの引用ですが、今年は全部で10冊、以下の通りです。

年末年始休みの読書案内
  1. 吉川洋 『人口と日本経済: 長寿、イノベーション、経済成長』 (中公新書)
    (出版社のサイトから)
    人口減少が進み、働き手が減っていく日本。財政赤字は拡大の一途をたどり、地方は「消滅」の危機にある。もはや衰退は不可避ではないか――。そんな思い込みに対し、長く人口問題と格闘してきた経済学は「否」と答える。経済成長の鍵を握るのはイノベーションであり、日本が世界有数の長寿国であることこそチャンスなのだ。日本に蔓延する「人口減少ペシミズム(悲観論)」を排し、日本経済の本当の課題に迫る。
  2. 福田慎一 『21世紀の長期停滞論: 日本の「実感なき景気回復」を探る』 (平凡社新書)
    (出版社のサイトから)
    21世紀型の長期停滞は、本来の実力より低いGDP水準に加え、「低インフレ」「低金利」状態が長期にわたって続くという特徴を持つ。
    日本では、アベノミクス以降、雇用関連など力強い経済指標は存在するが、賃金の上昇は限定的で、物価上昇の足取りも依然として重い。さらに、少子高齢化や財政赤字の拡大など懸念が増す一方である。
    日々高まる経済の現状への閉塞感から脱却するためにも、その原因を丁寧に検証し、根本的な解決策を探る。
  3. 斎藤幸平 『人新世の「資本論」』 (集英社新書)
    (出版社のサイトから)
    人類の経済活動が地球を破壊する「人新世」=環境危機の時代。
    気候変動を放置すれば、この社会は野蛮状態に陥るだろう。
    それを阻止するには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか。
    いや、危機の解決策はある。
    ヒントは、著者が発掘した晩期マルクスの思想の中に眠っていた。
    世界的に注目を浴びる俊英が、豊かな未来社会への道筋を具体的に描きだす!
  4. 宮崎勇ほか 『日本経済図説 第5版』 (岩波新書)
    (出版社のサイトから)
    経済発展の軌跡、国土と人口、産業構造、労働、金融、財政、国際収支、国民生活まで幅広く日本経済の実態を点検できる定番図説の改訂版。日銀の金融緩和策とアベノミクス、米中貿易戦争、パンデミック下で迫られるデジタルトランスフォーメーション、脱炭素化などの構造変革など、2013年の第4版以降の激変を加味した。
  5. 橘木俊詔 『日本の構造』 (講談社現代新書)
    (出版社のサイトから)
    ・男女間、役職者と一般社員、正規と非正規、大卒と高卒……、賃金格差は?
    ・なぜ日本の開廃業率は他国の3分の1しかないのか?
    ・高年収家庭は低年収家庭の3倍、学校外教育費に支出
    ・60代後半の就業率、男性は50%超、女性は30%超
    ・社会保障給付、高齢者・遺族への給付が51.2%
    ・なぜ日本では必要な人の10~20%しか生活保護を申請しないのか?
    ・資産額5億円以上は8.7万世帯
    ・東京の地方税収入は長崎県の2.3倍
    ・学力調査トップは秋田県と北陸3県……
    数字からいまの日本が浮かび上がる!
  6. 竹下隆一郎 『SDGsがひらくビジネス新時代』 (ちくま新書)
    (出版社のサイトから)
    SDGsの時代が始まっている。「働きがいも経済成長も」「ジェンダー平等を実現しよう」など一七の目標からなるSDGsに取り組む企業が増えてきた。消費者たちもSNSを通じて自らの価値観を積極的に発信し、企業はその声を無視できなくなっている。そして企業側も、SNSを通じて自らの社会的価値を発信するようになってきた。こうした流れは今、巨大なうねりとなって世界を変えようとしている。経営トップから「SDGs市民」まで幅広く取材し、現代社会が、そしてビジネスがどこへ向かおうとしているのか、鋭く考察。学生からビジネスパーソンまで必読の書!
  7. 永濱利廣 『経済危機はいつまで続くか』 (平凡社新書)
    (出版社のサイトから)
    新型コロナウイルスによるパンデミックによって、世界経済はリーマン・ショックを超える危機に見舞われている。大国アメリカが矢継ぎ早に大規模な経済対策を打ち出したことで、各国の経済は落ち着きを取り戻しつつある。だが日本の場合は、消費増税に加え、オリンピックの延期で内需はより悪化しているのだ。コロナ禍によって落ち込んだ景気は、どのタイミングで回復するのか。
    過去のデータや事例を駆使しながら、世界と日本経済のその後を予測する。
  8. 坂本貴志 『統計で考える働き方の未来: 高齢者が働き続ける国へ』 (ちくま新書)
    (出版社のサイトから)
    年金はもらえるのか?貯金はもつのか? 「悠々自適な老後」はあるのか? それとも、生活していくために死ぬまで働かなければいけないのか? 現在、将来の生活や仕事に対し、多くの人が不安を抱いている。しかし、本当に未来をそんなに不安に思う必要などあるのだろうか?本書は、労働の実態、高齢化や格差など日本社会の現状、賃金や社会保障制度の変遷等を統計データから分析することで、これからの日本人の働き方を考える。働き方の未来像を知るのに必読の一冊。
  9. 岩田規久男 『「日本型格差社会」からの脱出』 (光文社新書)
    (出版社のサイトから)
    1990年代以降、日本では格差が広がり続けている。例えば、非正規社員の増加は賃金格差を招き、ひいてはその子供世代の格差も助長している。さらに、世代ごとに受給額が下がる年金制度は、最大6000万円超の世代間格差のみならず、相続する子供・孫世代の世代内格差の原因に。所得再分配政策は、高齢者への社会保障に偏っており、現役世代の格差縮小にはほとんど寄与していない。
    そして、こうした格差はすべて、戦後、世界で日本しか経験していない長期デフレが根本にあり、そういった意味で他国とは異なる「日本型格差」といえる特徴的な格差である。では、この「日本型格差」を縮小し、成長を取り戻すにはどうすればよいのか。本書では、日銀副総裁を務めた著者が具体的な政策とともに提言。より生きやすい日本の未来を模索する。
  10. 森永卓郎 『グローバル資本主義の終わりとガンディーの経済学』 (集英社インターナショナル新書)
    (出版社のサイトから)
    行きつく先は破壊的な事態が生じるハードランディング!
    これから我々が標榜するのは、人と地球を救う経済学だ。 大型で猛烈な台風が次々と日本を襲う最大の理由は地球温暖化で海面温度が上昇しているから。温暖化は待ったなしだ。
    国連サミットのSDGs(持続可能な開発目標)の目標は格差をなくし地球を守ることだが、世界はこの理念とは真逆の方向に進んでいる。
    そこに新型コロナウイルスのパンデミックが追い打ちをかけ、グローバル資本主義の限界が露呈した。
    これから世界を救うのはガンディーの経済学だ。それは環境問題に加え、貧困や格差もなくす「隣人を助ける」原理である。

何ら、ご参考まで。

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2021年12月18日 (土)

今週の読書は新書なしの経済書・専門書と重厚な小説だけで計4冊!!!

今週の読書は、久しぶりに、新書はなく、経済書や教養書とともに、重厚な小説まで計4冊です。このブログで取り上げた新刊書だけで、1~3月期に56冊、4~6月も同じく56冊、7~9月で69冊と夏休みの時期があって少しペースアップし、さらに、その後、本日の4冊を含めて今週までに10~12月で48冊、今年の総計で229冊になりました。

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まず、ペリー・メーリング『21世紀のロンバード街』(東洋経済) です。著者は、米国ボストン大学の経済学者です。英語の原題は The New Lombard Street であり、2011年と10年前の出版です。もちろん、英国人のバジョットの古典的な名著である『ロンバード街』になぞらえたタイトルです。2011年の出版ですから、2007-08年のサブプライム・バブルの崩壊の後の金融危機の解明を試みています。ただ、その解明については成功しているとはいい難く、そのために邦訳が大きく遅れたともいえます。まあ、出版社の営業的な見方かもしれませんが、このコロナ禍の中で日本語版への序言を含めて出版される運びになったんではないか、と私はゲスの勘ぐりをしていたりします。やや言葉の遊びではないかと見えるレッテルの貼り替えで経済の本質を説明しようとし過ぎているきらいがあります。経済学ビューとファイナンシャル・ビューを対立させて中に著者のマネー・ビューを紛れ込ませたり、金融危機の際の銀行への流動性供給に関しても、バジョット的な適格担保に対する懲罰的な高金利による「最後の貸し手」機能に対置させる最後のディーラーなんて、どの程度の経済学的な意味があるのかは不明です。確かに、2008年からの金融危機の際には、インターバンクの取引が機能不全に陥ったために、民間銀行が中央銀行に開設している準備預金口座残高に付利して中央銀行の準備預金口座に流動性を確保した上で、それらを民間銀行に還流させるという手法が取られたことは確かですが、その後、欧州のECBや日銀では準備預金の一部なりともマイナス金利を適用する試みが続けられていますし、果たして、中央銀行が本書でいうところの「最後のディーラー」機能を発揮しているとはいい難い気もします。マイナス金利の登場前、というか、本格的なマイナス金利の分析が行われる前に本書は出版されていますので、スコープには含まれていません。10年前の出版物にそこまで期待するのは酷というものでしょうから、ある程度の制約があるものと理解した上で読み始めるのが吉かもしれません。また、米国人エコノミストの著作ですから、英国の実際のロンバード街、というか、イングランド銀行や米国の連邦準備制度理事会(FED)の活動の本質、あるいは、歴史的な考察にまで幅広く取り上げているわけではありません。ちょっと、物足りないかね、という気はします。強くします。

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次に、宮路秀作『経済は統計から学べ!』(ダイヤモンド社) です。著者は、代々木ゼミナール地理講師であり、2017年には『経済は地理から学べ!』を出版しています。この前著は私は未読であり、なかなかに興味深いタイトルなのですが、本書については、経済学が統計から学べるのはあまりにも当然ですから、まあ、そんなもんかという気がします。別の観点からロスリング『FACTFULNESS』の影響を受けているのは明らかです。ということで、経済を6つの視点から読み解こうと試みています。すなわち、人工、資源、貿易、工業、農林水産業、環境です。特に、貿易については日本は世界でも有数世界第4位の貿易高を有している、というのは、この数字を意外と思う人はかなり経済に関してシロートだという気がします。私は経済学部生向けの今週の授業でも取り上げましたし、この授業の最初の方の回で「日本は経済大国である」と明らかにしています。まあ、ついでに「軍事大国でもある」と付け加えたかったのですが、授業のスコープ外でしたのでヤメにしました。本書に視点を戻すと、そもそも本書は大学受験を控えた高校生向け、ないし、経済学の初学者向けでしょうから、それなりの読みどころはありそうで、私のように、逆に、大学で経済学を教えているエコノミストやビジネスパーソンには物足りないのは、ある意味で、当然かもしれません。ただ、高校の社会科でも学習するように、ペティ-クラークの法則などからも明らかで、非製造業が取り上げられていないのはやや不安に感じます。でも、さはさりながら、こういった良書を読んで経済学を志す高校生が増えてくれることを願っています。強く願っています。

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次に、ドミニク・フリスビー『税金の世界史』(河出書房新社) です。著者は、英国人の金融ライターであり、コメディアンでもあると紹介されています。やや、私には理解不能だったりします。日本ではこういう人は少ないような気がしますが、でも、コメディアンで家電に強い、といった人は少なからずいたりしますので、家電が金融に置き換わっているだけかもしれません。英語の原題は Daylight Robbery となっており、2019年の出版です。ということで、英語の原題は本書冒頭にあるように、著者の本国である英国で中世に窓に対して課税したため、窓の少ない家が建築されて日光の取り込みが出来なく不健康になった故事に加え、税金が白昼堂々の泥棒行為に近いという比喩の意味も込めて付けられているようです。ただ、さすがに、中世の窓税などは経済学的な観点ではなくエピソード的な役割を果たしているだけで、経済学的な意味からはさすがに近代以降の税金、特に、金本位制下の税金と現在のような不換紙幣制における税金では、かなり意味が違いますから、より現在に近い税制に私は興味を持ちました。もちろん、20世紀に入ってからも、本書にあるように、ラッファー・カーブのように、ブードゥー経済学に近い扱いを受けている税制理論もあったりします。ですから、税制に関する経済学的な理論解明、というよりは、いろんなエピソードを楽しみながら税金について考える、あるいは、リバタリアン的に政府や税制を揶揄して溜飲を下げる、といった利用が想定されているのかもしれません。例えば、ということでは、米国の南北戦争はホントは奴隷制を争点にした南北の対立から生じたわけではなく、北部諸州の関税確保のための武力行使だった、とかです。ほかに、リバタリアン的な観点から管理者のいないビット・コインが解説されていたり、デジタル・プラットフォームを運営するシェアリング・エコノミー業者、例えば、UberやAirbnbとかの企業活動と課税の問題などもいい線いっている気がします。税金については永遠に話題性が失われることはありませんし、読んでおいて損はないような気もします。

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最後に、小池真理子『神代憐れみたまえ』(新潮社) です。著者は、ミステリやホラーの分野を得意とする小説家ですが、本書はそういったミステリやホラーの要素はそれほど強くはありません。主人公は1951年生まれの百々子であり、大手製菓企業のご令嬢として大学までピアノを勉強します。しかし、小学校6年生のときに大手製菓会社の跡取りの両親を惨殺され、お手伝いさんの家でその一家に囲まれて生活して成人します。ほぼほぼ、ミステリの要素はありませんが、この主人公の両親の殺人事件の犯人、そしてその犯人の殺人の動機は、最後に名探偵が一気にどんでん返しに明らかにするのではなく、私の好きなパターンで、小説の進行とともに徐々に明らかにされて行きます。そして、私とほぼ同年代の主人公が60歳過ぎになった段階で、かなり特殊な終わり方をします。主人公が若年性痴呆症と診断されるのです。最後の終わり方が壮絶であるのは好みによりますが、主人公の人生そのものがかなり波乱万丈であっただけに、私の好みとしては、もっと淡々と終結を迎える方がよかった気もします。もちろん、こういった壮絶な終わり方を好む読者もいっぱいいそうな点は私のような不調法者にも理解できます。先ほど、極めて単純に「波乱万丈」と、私らしく貧弱な表現をしてしまいましたが、人生の進行に伴って生じるプラスのエピソードとマイナスのイベント、私のような単純で平凡な人生ではなく、いかにも小説になりそうな「塞翁が馬」的な人生、12歳の小学校高学年のころから、私のような平凡なサラリーマンであれば定年を超えた60歳過ぎまで、昭和に生まれて平成の終わりころまでの50年間を追った圧巻の一代記です。

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2021年12月11日 (土)

今週の読書は一般向け経済書をはじめとして計4冊と通常通り!!!

今週の読書は、シンクタンクのエコノミストの著書をはじめとして新人作家のミステリなどなど、以下の通りの計4冊でした。このブログで取り上げた新刊書だけで、1~3月期に56冊、4~6月も同じく56冊、7~9月で69冊と夏休みの時期があって少しペースアップし、さらに、その後、本日の4冊を含めて今週までに225冊になりました。今年中にはあと10冊前後ではないかと思います。なお、来週の学部生向けの授業で、昨年と同じように、新書を並べて「年末年始休みの読書案内」を示そうと予定しています。また、このブログでも紹介する予定ですが、今年は少し入れ替えをして10冊くらいを推薦することとしています。ゼミの学生には無理やりにでも読ませようと考えていますが、果たして、授業に出てきている学生諸君は読書するんでしょうか?

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まず、新家義貴『経済指標の読み方』(日本経済新聞出版) です。著者は、第一生命経済研のエコノミストです。なかなかに面白かったです。というのは、私はいわゆる官庁エコノミストの世界から大学の研究者という学術界に転身を図りましたので、ある意味で、両方の世界を知っているつもりなのですが、シンクタンクのエコノミストというのは、どうも、経済学的な思考のバックグラウンドにモデルを持っていないような気がします。ですから、いわゆる世間知の世界になります。逆に、学術界である大学の研究者は現実の経済を知らないわけではありませんが、モデルを分析対象にしています。ですから、専門知になります。これは経済学だけでなく、物理学なんかでも同じで、ホーキング博士は宇宙を研究していたわけですが、いわゆる目に見える宇宙をモデル化したものを、おそらくは、かなりの程度に数式で表されている宇宙のモデルを研究していたわけです。どうでもいいことながら、私が身をおいていた官庁エコノミストはこの中間か、ややが軸術会に近い印象を私自身は持っています。戻って、ですから、学術界の専門知の世界においては再現性というものが重視される一方で、世間知の世界においては各個人により出て来る結果はバラバラな可能性があります。「STAP細胞はあります!」と叫んでも、再現テストに合格しなければ博士号を剥奪されたりするわけです。ですから、私なんぞはモデルを展開するだけであればともかく、何らかの実証的な推計を含む研究成果を公表する際には、データとプログラム・ファイルを何年も保管しておいて、再現性のテストに耐えるようにしていたりします。でも、本書で展開されているのは世間知の経済指標の見方や予測のやり方であって、各人バラバラであろうかという気がします。ですから、本書の読ませどころは第5章までであって、特に、第6章の予測の部分は、個人のやり方の世界にとどまっていて、一般性、というか、科学的な再現性がないのは明白です。でも、こういったシンクタンクでメディアなんかにも露出したエコノミストは、喜んで雇う大学もあるんだろうと想像しています。最後に、とてもつまらないことを2点だけ追加すると、私は前の長崎大学の時に、2年生向けに経済指標を調べるゼミを持っていました。そこで教科書として使っていたのは、久保田博幸『ネットで調べる経済指標』(毎日コミュニケーションズ)だったんですが、絶版になってしまっているようです。誠に残念です。それから、本書で取り上げている経済指標の中に、なぜか、株価、為替、金利、貨幣供給といった金融関係の指標がスッポリと抜け落ちています。金利や貨幣供給なんかは、日銀の異次元緩和の下で指標としての有効性が低下したという気がしなくもないものの、株価は内閣府の景気動向指数の先行指数に組み込まれていますし、為替もテレビのニュースで毎日のように流されていて広く一般に知れ渡った指標です。おそらく、私が前と同じような経済指標に関する少人数のクラスを持つことになれば、たとえ異次元緩和の下で現時点では指標としての有効性が落ちているとしても、包括的に貨幣供給や金利も含めた経済指標を勉強させると思います。何故落としたのか、そのあたりは不明です。

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次に、寺尾文孝『闇の盾』(講談社) です。著者は、警察官から危機管理、というか、トラブル解決の専門家となって、今は日本リスクコントロールという会社の社長だそうです。ほぼほぼ、長らく公務員をして定年退職し、今は教員をしている身としては、大きなリスクに遭遇した経験も乏しく、それなりの興味を持って読み始めたのですが、まあ、基本的に、ややお年を召した方がご自分の半生を振り返っての「自伝」で自慢話しを展開している、というのに近い気がします。もちろん、その自慢話しがそれなりに興味を引き立てるものであるからこそ大手出版社から本で出ていることはいうまでもありません。著者が恩師と仰ぐ秦野元参議院議員をはじめとして、実に、ほぼほぼ実名で登場する人物が多く、私のような不勉強なものにも田中角栄元総理とか、上の表紙画像に見えるお二人とか、有名人も多く登場します。私のような一般ピープルはそれほど多くのトラブルに巻き込まれるわけではないのかもしれませんが、著名人であればそれなりのトラブルもあるでしょうし、そのトラブルから受けかねない潜在的なダメージも決して小さくないのだろうと想像できます。ただ、エコノミストの目から見て、本書の読ませどころはバブル期の経済事案です。イトマン事件をはじめとして、どうも、東京をホームグラウンドとする著者にしては関西案件が多いような気もしますが、バブル期に土地・ゴルフ会員権・絵画といった資産に群がって、しかも、それら資産を借入れでファイナンスして値上がりで利益を上げる、という、まあ、それほど健全とは思えない経済・金融活動で日本中が賑わっていた事実を感じ取ることが出来ます。私は大学の授業で景気変動を経済政策、すなわち、財政政策や金融政策で平準化させることを教えていて、不景気から景気浮揚を図る政策については説明しやすい一方で、逆に、好景気を冷やす必要性についてはついつい口ごもってしまうケースもあったりすることもあります。まあ、インフレが生じたら景気を冷やす必要がある、とは教えるのですが、デフレがマダ完全には脱却できていないわけですから、バブルのような好景気もインフレも、今の20歳前後の学生諸君には想像が及ばないのも判らなくもありません。それにしても、バブル期というのは、私自身が30歳前後で浮かれていて、バブル崩壊が一般的に認識される前に外交官として海外赴任してしまったものですから、今さらながらに、何だったのか、という疑問は残っています。

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次に、新川帆立『元彼の遺言状』(宝島社) です。著者は、新人ミステリ作家であり、この作品は上の表紙画像に見えるように、本年2021年第19回の『このミステリがすごい!』大賞受賞作です。主人公は20代後半のエリート女性弁護士であり、事務所から支給されるボーナスが250万円にダウンしたことで事務所を辞めて、タイトル通り、元カレの遺言状の謎を解くことを始めます。その元カレというのは、製薬会社のオーナー一族の御曹司であり、見た目も素晴らしい好男子であると設定されています。ただし、小説の出だしから、もう死んでいたりします。そして、何よりも奇妙な遺言状というのが、その元カレが死ぬ際に、元カレを殺した人物に全財産を譲る、ということになっています。もちろん、本書でも弁護士である主人公が指摘するように、それなりの遺留分というのはあるわけで、ホントにすべての遺産を相続できるわけではありません。その上、警察はすでに元カレの死因を自然死と公表しており、従って、元カレを殺した人物を捜査しようという意図もなく、一族がオーナーをしている製薬会社の代表者が、元カレの殺人者を認定する、ということになっています。もちろん、主人公が代理人を務める人物以外にも、数十億を超えるような遺産を目当てに自ら犯人を名乗り出る人がいっぱいいて、選考過程もコミカルに表現されています。すなわち、ホントに誰が殺人者であるかという真実ではなく、犯人が相続する株式の行方を重視して犯人が選考される、ということになります。プロットとしては、それほど、というか、少なくとも目を見張るような鮮やかな展開ではありませんし、いろいろとストーリーが流れた挙げ句に、最後の最後に、割とつまんない理由で犯人が判明したりするので、玉葱の皮をむくように徐々に少しずつ犯人が明らかになるタイプのミステリが好きな私からすれば、それほど高く評価できる内容ではありません。もちろん、新人ミステリ作家ですから、あまりな高望みは禁物であることは自覚しているつもりです。ただ、謎解きミステリとしては、まだまだ不十分かもしれませんが、人物像はよく描けており、キャラは立っています。ストーリーの運びはやや不自然な部分がなくはないものの、全体としては評価できるところです。ただ、ミステリの肝である謎解きだけが少し常識的に過ぎる、という気がしてなりません。新人作家のチャレンジなのですから、もう少し派手な展開もあっていいいような気も、併せて、しなくもありません。

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最後に、高橋克英『地銀消滅』(平凡社新書) です。著者は、証券会社や銀行などで銀行株のアナリストを経験したこともあるようで、今は金融機関向けのコンサルなのではないか、と私は受け止めています。麗々しく、日本金融学会会員、と著者略歴に書いてあるのは微笑ましかったです。ということで、内容はタイトル通りに、地銀の経営が行き詰まりつつあり、今後の合従連衡が進むのではないか、ということが明らかにされています。実は、3週間前の11月20日の読書感想文で取り上げた原田泰『デフレと闘う』にも何度か「地銀は終コン」である、と出ていましたが、私も最近になって、地銀と取引する機会があって、メガバンクとの差が大きいと実感しました。政府が中央政府と地方政府で3層のレイヤーとなっているわけで、銀行はそのままではないとしても、全国レベルのメガバンク、都道府県レベルの地銀=地方銀行、そして、区市町村ではないとしても、都道府県よりもさらに小さいレベルの信金・信組という構造になっていて、『デフレと闘う』ではメガバンクと信金・信組はまだいいとしても、地銀こそが過剰な人員をはじめとする経営リソースを抱えてムダが多い、という議論を展開していたのですが、本書では、メガバンクはともかく、地銀よりも規模の小さな信金・信組に関する議論は何らなされていません。私は公務員として東京でお仕事をして、メガバンク、あるいは、メガバンクの系列の信託銀行などに口座を持って、お給料の振込みや電気ガス料金などの公共料金の引落し、などといった通常業務の他に、マイホーム購入のための住宅ローン借入れなんぞも経験あるのですが、一般に、東京と比べて関西では何ごとにも時間がかかると思っていた矢先に、地銀もそうだと認識する出来事がいくつかありました。東京のメガバンクと関西の地銀の間のギャップについては、これが、メガバンクと地銀の差に帰着するのか、東京と関西の違いに起因するのか、私には定かには判別できませんが、確かに、東京のメガバンクと関西の地銀の差はかなりのもんだと実感しています。それを本書で改めて確認することが出来ました。決して私の偏見に基づく感覚ではないのだろうと思います。

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2021年12月 4日 (土)

今週の読書は少しもの足りずに計5冊!!!

今週の読書は、話題の書をいくつか読みましたが、ハッキリと期待外れでした。『幸福の歴史』は人間の性善説と性悪説の根本的な要因を見逃しているように見えますし、『アイデア資本主義』も目新しい主張は見られません。ただ、新書はいつも通りにコンパクトな内容です。それから、いつもお示ししている本年の読書の進行ですが、このブログで取り上げた新刊書だけで、1~3月期に56冊、4~6月も同じく56冊、7~9月で69冊と夏休みの時期があって少しペースアップし、さらに、その後、本日の5冊を含めて今週までに221冊になりました。年間250冊は少しムリそうな気がします。

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まず、ルトガー・ブレグマン『希望の歴史』上下(文藝春秋) です。著者は、歴史家となっていますが、ジャーナリストなんだろうと思います。4年ほど前の2017年9月にこの私のブログで、ベーシックインカムにスポットを当てた『隷属なき道』を読書感想文で取り上げています。本書では、人類というものが、決して狡猾であったり自分勝手な性格ではなく、その本性として善良であるという性善説を展開しています。私は2点疑問があり、まず第1に人間の本姓を他の条件から切り離して論じることの限界であり、第2に人間個々人の性格や性質から必ずしも集団としての人間の行動が演繹できるわけではない点です。最初のポイントについては、まあ、中国古典古代の春秋のいくつかの説にもあるように性善説も性悪説もどちらも成り立つ気がします。私のようなエコノミストの目から見て、性善説かつ性悪説であって、その底流は合理的というのがキーワードであり、従って、大雑把な表現ながら、十分な所得があって生活に余裕あるなら性善説が成り立ち、逆に、所得が不足して生活にゆとりなければ性悪説が成り立つような気がします。とても緩やかな関係ながら、例えば、所得と人口密度のよって犯罪の発生がある程度は説明できます。ですから、所得とか、あるいは、所得から派生する生活レベルと独立に性善性悪を語ることは完全に片手落ちです。意味がないとまではいいませんが、人間性善説を発見したければ豊かな社会から例を取ればいいでしょうし、性悪説であればその反対です。加えて、マルクス主義的な疎外の理論を待つまでもなく、人間個々人と集団としての国家や社会の動向はそれほど強くリンクするわけではありません。ケインズ経済学的な合成の誤謬というものも発生することもありますし、例えば、小学生が考えるように、人々の心から憎しみがなくなれば戦争が怒らないとの思考はいつも成り立つものではありません。第2のポイントは少し難しいかもしれませんが、第1の点については、性善説・性悪説ばかりではなく、他の多くの分野にも共通して成り立つ点は忘れるべきではありません。大学教員として教育の他に研究にも従事する身として、予算がタップリあれば研究が進むというのは、豊富な実例があります。教育にお金をタップリかければ学力は上がりますし、病気の治りも早くなるんではないでしょうか。現在の資本主義では悲しくも、おカネというものに還元されるわけですが、資本主義特有の見方を離れれば、「利用な可能なリソース」ということになります。保特やお金やと行ったエコノミスト特有の表現をお好みでなければ、利用可能なリソースがタップリあれば、人間には性善説が成り立ちますし、研究は進みますし、学力は上がり、病気の回復も早くなり、その他、好ましい方向にコトが進むのではないか、と考えるのは私だけでしょうか。従って、本書では、いろんな実例を並べているものの、例えば、今さらジンバルドー教授のスタンフォード監獄実験やミルグロム教授の実験を否定しても、何の生産的な結論も得られないと思うのですが、いずれにせよ、私には疑問だらけの主張だった気がします。

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次に、大川内直子『アイデア資本主義』(実業之日本社) です。著者は、本書のアイデア資本主義を実践するような企業を起業しています。ということで、いろんな主張を取りまとめているのですが、私は「インボリューション」という養護以外は、ほとんど目新しい主張を見かけませんでした。第5章の参考文献に挙げられている水野教授の『資本主義の終焉と歴史の危機』にかなりの部分を負っているような気がします。水野教授や最近の多くの論調と真っ向から対立させているように見えるのは、一定のセールス・ポイントにするつもりなのでしょうが、資本主義が終わって新しい経済システムが始まるというよりは、定義を変更し、「消費を抑制して将来への投資に蓄積する」という定義を新たに設定して、資本主義が継続する、という主張ではないなと思います。でも、これも定義次第では新たな資本主義の外延的延長、継続と大きな違いはありませんので、基本的には最近のいくつかの論調と変わるものではありません。私自身の歴史観では、工場における生産が始まった産業革命ころに資本の蓄積とともに成立した資本主義1.0が、20世紀の2度に渡る世界大戦、そして、その戦間期の大恐慌とともに、20世紀なかばからケインズ経済学に支えられた福祉国家として資本主義2.0に進化し、現時点では、今世紀初頭の金融危機やコロナ危機を契機として、資本主義3.0を模索している、ということになります。資本主義3.0は、もはや資本主義ではなく社会主義ないし共産主義かもしれませんし、別の資本主義かもしれません。資本主義にとっては、文字通り、資本の蓄積がもっとも重要な時代を画期する判断材料になります。そして、我々が暮らしている資本主義2.0では、その画期が1970年代です。1970年代までの資本主義2.0前期では、資本の蓄積が、戦争で失われたこともあって、十分ではなく、需要に対して供給が十分ではなかったため、経済学の分析も供給面の生産性を重視していました。逆に、1970年代から現時点まで、資本蓄積が十分進んで供給能力が十分であったことから、むしろケインズ的な需要不足を招いて、私のような高圧経済を重視するエコノミストも現れ、需要喚起の政策が必要となっています。でも、まだエコノミストの多くは供給サイドの生産性を、一所懸命に分析しているのが実情です。そして、そういった供給サイド重視のエコノミストも、ようやく、実物的な資本ストックよりも無形資本、intangible capital に気づきつつあるのが最近の経済論壇でも見かけることが出来るようになりました。本書でいう「アイデア」も実は、この無形資本の一種であると考えるべきです。でも、いくつかのアタラな資本主義への模索の動機も私は注目しています。すなわち、気候変動=地球温暖化の防止だったり、格差是正だったり、あるいは、本書ではさらなる成長の促進だったりするわけですが、物理学の大統一理論ではないですが、それらが統一的に把握される新しい経済学も私なりに考えたいと思います。

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次に、浜矩子ほか『日本人の給料』(宝島社新書) です。著者は、第1章から第7章まで7人いる、というか、著者というよりもインタビューを受けています。人事や賃金のコンサル2人、エコノミスト3人、労働組合と左派政党を代表して1人ずつ、という構成です。ですから、何ら統一性はないわけですが、私は東京都立大学の脇田教授の第3章が圧倒的に正しいと受け止めています。ほかに、政府の提灯持ちのように長期雇用かつ雇用の超安定性のために解雇ができない点を重視した議論を展開していたり、デジタル化の遅れなどの技術革新の遅れをい適していたりと、やや的を外した議論が多い気がします。もっとも、編集者からすれば、お給料=賃金が上がらない点について学術的にも迷走している中で、新書レベルで決定打が飛ばせるハズもなく、いろんな議論をいっぱい並べるという編集方針にも、私は一定の理解を示すべきか、という気がします。ただ、本書の最初の部分にある人事・賃金コンサルの人が、本書のテーマであるお給料ではなく、中小企業の経営の苦しさを日本人の高賃金に帰している議論は、やや目に余るものがあります。編集者として何とかならなかったものかという気がします。本筋に戻って、脇田教授の議論は企業の利益が賃金を圧迫しているというもので、経済学的にいえば、資本分配率が上昇して、労働分配率が低下している、ということになります。私はミクロ経済学的な見方ながら、基本的に資源=リソースの希少性に従った価格付けがなされ、従って、これほどまでに資本地区性が進んで人口減少社会になれば、労働分配率が上昇するのが当然と考えていますが、真逆になっているのは、労働組合の切り崩しとか、労使間の力関係が大きな影響を及ぼしている可能性を考慮せざるを得ません。マルクス主義的な見方をすれば、階級闘争ということになるのかもしれませんが、バフェットが "There's class warfare, all right, but it's my class, the rich class, that's making war, and we're winning." と New York Times でうそぶいているように、勝っているのは資本家階級のようです。

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最後に、小林誠[編著]『宇宙はなぜ物質でできているのか』(集英社新書) です。編著者は、今年亡くなった益川教授とともにノーベル物理学賞を受賞した物理学者です。今週火曜日にSPring-8を見学したことから、少し物理学に興味を持って読んだのですが、誠に申し訳ないながら、ほとんど理解できませんでした。収録されているのは、難しい物理学のお説の展開から、この宇宙物理学の学説史、はたまた、カミオカンデ、スーパーカミオカンデ、ハイパーカミオカンデといった大型施設を造る苦労話まで、いろいろなレベルの議論が展開されていて、すべてがすべて理解できなかったわけではないのですが、家大学院留学生とともに見学したSPring-8でのご説明とともに、恥ずかしながら理解が及びませんでした。申し訳なくもまったく書評になっていませんが、物理学の学問の香りに触れたければ、その限りに置いてオススメします。

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2021年11月27日 (土)

今週の読書は福祉国家に関する専門書のほか新書や文庫も併せて計5冊!!!

午前中、休講した講義の補講を延々としていたので読書感想文を取りまとめるのが遅くなってしまいました。
今週の読書は、研究費で買った福祉国家に関する経済書のほか、環境や経済などに関する新書が3冊、さらに、京都を舞台にした文庫のラノベと、以下の通り計5冊です。特に、最初の2冊はなかなかにオススメです。誠に残念ながら、今週はミステリに手が伸びませんでした。それから、いつもお示ししている本年の読書の進行ですが、このブログで取り上げた新刊書だけで、1~3月期に56冊、4~6月も同じく56冊、7~9月で69冊と夏休みの時期があって少しペースアップし、さらに、その後、本日の5冊を含めて10~11月分が216冊になりました。年間250冊は少しムリそうな気がします。12月に入ったら、学生諸君に「年末年始の読書案内」として新書の経済書を何冊かオススメしようと考えています。果たして、どれだけ読んでくれるのかは不安です。

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まず、デイヴィッド・ガーランド『福祉国家』(白水社) です。著者は、スコットランド生まれで、現在はニューヨーク大学の研究者です。よくわからないんですが、専門は犯罪学とか刑罰社会学だそうで、なぜに、福祉国家を論じているのかは、私には謎です。今年2021年9月11日付けの読書感想文で取り上げたカリド・コーザー『移民をどう考えるか』(勁草書房) と同じように、英国オックスフォード大学出版局から出ている A Very Short Introduction のシリーズの1冊で、英語の原題は The Welfare State であり、2016年の出版となっています。福祉国家=Wealfare Stateを短くしたWS1.0から2.0、そして、3.0まを論じているのですが、歴史的な発展段階に対応するとともに、大雑把に、福祉国家に対する考え方にも対応させている気がします。すなわち、第1に、WS1.0は貧困層に対する福祉の面を重視します。そして、WS2.0では殆どの先進国で広義の社会保障と呼ばれる分野をカバーします。すなわち、日本の場合には医療、年金、介護、そして、生活保護です。最後に、WS3.0というのは、まさに本書が焦点を当てているところであり、国家としての統治に関する福祉を念頭に置きます。ですから、多くの先進国は現在時点でまだWS2.0の段階にありますが、将来的には、国家のガバナンスについて福祉国家を中心に置くWS3.0の世界になるのかもしれません。私の専門分野である経済を中心に考えれば、従来のWS2.0的な所得の再分配だけでなく、資源配分のメカニズムとしての市場、そして、経済成長のコントロール、雇用はもちろん、財政や金融まで幅広く包含する国家システムとしての福祉国家を考える、ということになろうかと思います。ですから、著者の専門分野である犯罪学なんかも福祉国家の中で論じられるのかもしれません。あまり、私は自信ありませんが、そうなのかもしれません。もちろん、上の表紙画像の帯に見られるように、こういった議論の先駆者はデンマークのエスピン-アンデルセン教授であり、あまりにも有名で、私なんぞも授業で教えている福祉レジーム論、すなわち、自由主義的レジーム、社会民主主義的レジーム、保守主義的レジームから出発して、最終的にはWS3.0、すなわち、ガバナンス=統治の問題として福祉国家を必要不可欠なものとして捉えようとしています。ですから、WS3.0に至れば、ネオリベな経済政策の対極にある福祉国家ではなく、すなわち、市場と社会保障を対置させるのではなく、福祉あるいは社会保障を国家運営に絶対必要な要素として、どのように組み込むか、あるいは、活かすか、という観点です。最後にどうでもいいことながら、エシピン-アンデルセン教授の福祉レジーム論は、2012年版「厚生労働白書」第4章 「福祉レジーム」から社会保障・福祉国家を考えるで取り上げられており、私も授業で大いに活用しています。ひょっとしたら、軽くこの福祉レジーム論を見てから本書に進んだほうが理解がはかどるかもしれません。何ら、ご参考まで。

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次に、明日香壽川『グリーン・ニューディール』(岩波新書) です。著者は、東北大学の研究者なのですが、かなり過激にアクティビストの面もあるようで、デモ行進大好きな大学教員として私は好感を持っています。本書のタイトルであるグリーン・ニューディールは米国下院議員のAOC=Alexandria Ocasio-Cortezとセットで固有名詞的に語られるケースが多いような気がしますが、本書ではどうも普通名詞として扱っているようです。著者は、正義=ジャスティスの問題として気候変動=地球温暖化問題を考えており、私はまったく同感です。エコノミストの私が格差問題を数ある政策選択肢のひとつと考えておらず、社会正義に包含されるひとつの政策課題と受け止めているのと同じ考え方ではないか、と勝手に想像しています。私は定年まで公務員を勤め上げましたが、公務員の本領というのは、国民の選良であり、意思決定を下す国会議員に対する選択肢を提示することと、それらの中から選ばれた政策を効率よく実行することの2点が重要と、常々考えてきたのですが、経済的な格差是正とか、あるいは、気候変動の課題とかは、オプションを示すのではなく絶対的な正義の方向に政策を進めるのがもっとも重要と考えています。その意味で、本書には共感できる部分が少なからずあった気がします。ただ、経済学的な自由貿易の価値を実現するための貿易交渉が、実務的にはその昔の「バナナの叩き売り」のように、エセ国益を求めて交渉するようになってしまっているように、最近のロンドンでのCOP26も議論がどこまで実行されるのか不安です。気候変動=地球温暖化だけは人類だけでなく、地球上の多くの生物を絶滅の危機に晒しかねないわけですので、キチンとした科学的に正しい議論がなされることが必要です。本書は、グラフや画像が少なくて、逆に、字がいっぱい詰まっていて、一見すると読みにくそうなのですが、実は、説得力抜群です。懐疑論への反論も切れよく展開されています。とってもオススメです。

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次に、野口悠紀雄『データエコノミー入門』(PHP新書) です。著者は、ご存じ、財務省というよりも大蔵省ご出身のエコノミストです。ややタイトルに難ありで、本書でデータエコノミーに着目しているのはごくはじめの方だけで、残り大部分は銀行業務に関する記述で終始しています。なぜに、データが経済を回すのか、あるいは、企業活動としてデータが収益を生み出すのか、といった点はかなりの程度に「当然」なのか、無視されています。私の意地の悪い見方からすれば、データエコノミーなんて、ひと昔前のクレジットカードと同じで、停滞しつつある消費を無理やりに喚起するものでしかないような気もしなくもない、という見方に対する反論も聞きたい好奇心は満たされませんでした。広告をタイムリーに打てば消費者の購買意欲を強くそそる、ということなのでしょうが、代替される部分はどう考えるべきなのか、やや疑問です。ただ、著者に成り代わって私自身の見方に反論しておくと、おそらく、単純な広告宣伝の有効性を高めるだけではなく、マネーに関すデータが経済に有益で企業にも収益をもたらす、ということなのだろうと思います。というのは、本書でも指摘されているように、現金=キャッシュは金利がつかないだけでなく、極めて匿名性の高いマネーです。ですから、日本では高額紙幣がいくらでも通用しますが、私の経験では、例えば、米国の街中のスーパーやコンビニでは100ドル紙幣は大いに嫌がられます。光を当てたりして、ホンモノかどうかをかなり厳密にチェックした後でなければ受け取ってくれません。しかし、デジタルなマネーはデータとして追跡しやすいわけですし、マネーに関するデータは確かに収益を生みそうな気もします。ただ、本書はそこまで説得力あるわけではなく、私のような浅い読み方では、銀行業の新しい方法を少し垣間見る程度のお話、という気がしました。本書の内容が薄いのか、私の理解が浅いのか、まあ、そんなところです。

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次に、杉田俊介『マジョリティ男性にとってまっとうさとは何か』(集英社新書) です。著者は、批評家ということらしく、本書を読む限りでも、性差別などに関して広範な文献に当たっているようです。ということで、本書でいう「マジョリティ男性」とは、私の受け止めでは支配的な役割にある、というか、そういう役割にかつてあった男性ということのようです。日本ですから少し判りにくい気はしますし、「マジョリティ」がホントに「多数派」の意味で使われているかどうかも不安ですが、米国でいうなら、もう死語かもしれないものの、WASPということになりそうです。そして、日本社会では、おそらくあくまでおそらく、ですが、私は本書で指摘する「マジョリティ男性」に入っているものと自覚しています。そして、本書でも指摘しているように、日常的に無感覚で特段の意識をしたり葛藤があったりしないのがマジョリティの最大の利点である一方で、それなり大小があることも事実です。ただ、マジョリティでないという意味でのマイノリティよりもそのコストが格段に小さい点は当然です。マジョリティでないグループのコストのうちでは、各種の差別や偏見があるわけで、本書(p.24)では民族差別、性差別、障害者差別、社会的排除を受ける困窮者などを想定しています。そして、これらはひょっとしたら資本主義社会である限りは存在する可能性を指摘もしています。そうかもしれません。総合的に、いろんな文献をよく勉強されていて、一見、学術論文に近い印象を持つのですが、映画をいちいち長々と紹介して、ヘンに意味をもたせようとするのはやや疑問に感じました。私は「ゾートピア」以外の映画はよく知らなかったのですが、「ズートピア」って、私はヘッセの「車輪の下」のような見方をしていました。謎。

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最後に、白川紺子『京都くれなゐ荘奇譚』(PHP文芸文庫) です。著者は、同志社大学ご卒業の小説家であり、「後宮の烏」シリーズで人気のようですが、私は不勉強にして存じ上げませんでした。初めての作品です。ということで、基本的にファンタジー小説、ただし、女子高生JKを主人公にした青春小説ともいえます。長野の蠱師の一家に生まれ、「20歳まで生きられない」という呪いをかけられた少女を主人公として、タイトル通りに場所は京都を舞台としています。私も京都に住んでいますが、霊的なものがいっぱいいそうな土地ということになれば京都なのかもしれません。私の世界観とかなり共通する部分があるのですが、おそらく、シリーズ化されるであろう最初の作品のようですから、まだ本書の世界観は深まっていない印象です。加えて、ファンタジーというよりも、ややホラーなところもあり、好き嫌いは分かれるかもしれません。ハッキリとした主人公に対する敵キャラがいるわけではないのですが、どういう位置関係にあるのか不明な1000年蠱の高良の存在が気にかかりますし、主人公のJKは多気女王の血筋、というか、生まれ変わりなのかもしれませんし、まだまだ謎が多い展開です。私はラノベは決して嫌いではないので、何となく図書館で借りてしまいましたが、この先も読み続けるかどうかはビミョーなところか、という気がします。

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2021年11月20日 (土)

今週の読書は研究費で買った経済書2冊と図書館で借りた新書2冊の計4冊!!!

今週の読書は、新刊の経済書を研究費で購入したほか、新書を2冊読みました。昨年と同じように、学生諸君に「年末年始休みの読書案内」を差し上げるために、せっせと新書を読んでいます。小生つは含まれておらず、以下の通りの計4冊です。それから、いつもお示ししている本年の読書の進行ですが、このブログで取り上げた新刊書だけで、1~3月期に56冊、4~6月も同じく56冊、7~9月で69冊と夏休みの時期があって少しペースアップし、さらに、先週土曜日の恒例の読書感想文で取り上げた4冊と今週日曜日の2冊、さらに、今日の4冊を含めて10~11月分が211冊になりました。なお、どうでもいいことながら、経済週刊誌から今年のベスト経済書の推薦依頼があり、私は9月11日付けの読書感想文で取り上げた野口旭『反緊縮の経済学』(東洋経済)をトップに上げておきました。同僚教員との立ち話の雑談でも、「アレはいい本だ」という賛同を得ていたのですが、なぜか、参考リストに入っていませんでした。謎です。

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まず、原田泰『デフレと闘う』(中央公論新社) です。著者は、私の先輩であり、官庁エコノミストから大和総研に転じた後、日銀政策委員まで上り詰めています。私は適度に離れた年回りや業務が似通っていことなどから、3度も部下を務めて共著論文もあります。ですから、かなり経済学的な志向は似通っているのかもしれませんが、政治的、というか、私は官庁エコノミストの中でも、おそらく、最左派であることは間違いない一方で、本書で著者自身も自分のことをネオリベと認めています。ただし、左派と右派の違いはあっても、一昨日に取り上げた岡三証券のリポートではないですが、アベノミクスが世界標準からすればとても左派リベラルの経済政策であり、まったく分配政策を欠いているがために格差拡大の問題はあるとしても、雇用の増加につながっていた点は同じ認識ではないかという気がします。もちろん、本書は基本的に、日銀政策委員としての回顧録であり、この著者らしく、あまり、ポリティカル・コレクトネスを意識せずに、面白おかしくざっくばらんに書いています。口語体で本を書いている印象です。あとがきにもあるように、批判に反論するという傾向が強く、現在の与党連合のうちの宗教政党を支持している宗教団体が「折伏」という言葉で呼んでいる行為を私は思い起こしてしまいます。金融に関する回顧録ですが、タイトル通りに、デフレ克服が出来ていない点については、この著者らしく、景気はよくなった、雇用も増加した、その上でインフレになっていないんだからもっといいじゃないか、というスタンスのように見受けました。ただ、本書でも強く指摘されているように、金融政策とは期待に働きかける部分が大きく、従って、本書では白かった時代の日銀の金融政策によって、デフレ期待が強く強く国民に浸透してしまった点に加えて、財政政策でアベノミクスが2度に渡って消費税率を引き上げた点をデフレ脱却に至らなかった理由として上げています。それはそうだという気が、私もしますが、でも、黒くなった後の日銀も「日銀が金融政策をしても、あるいは、何をしても物価は上がらない」という好ましくない事実を示してしまったために、このデフレ期待をかえって強めてしまった失策がある点を、見事に見逃しています。岩田教授が副総裁に任命される際の国会審議で、自信満々で2年間での物価目標達成を豪語しながら、加えて、辞任でもって責任を取ると明言しておきながら、結局、8年余りを経過してもサッパリインフレ目標の2%に近づきもしない現状が、白い日銀のころのデフレ期待を、リフレ派の黒い日銀が意図せずして補強してしまっている、という点は明らかです。その意味で、それなりに罪深いものである気がします。

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次に、倉坂秀史『持続可能性の経済理論』(東洋経済) です。著者は、環境庁ご出身で現在は千葉大学の研究者です。環境経済学という分野があって、本書では、それとほぼほぼ同義の持続可能性に関する経済学、というのをタイトルにしているわけです。その昔の環境経済学については、公害などが典型的なのですが、私的コストと社会的コストの差がある外部経済、あるいは、経済の外部性、すなわち、市場の失敗として処理していたように思うのですが、本書を読んだ私の感想として、環境経済学の対象が自然である点が大きく強調されているように感じました。すなわち、自然から環境サービスというものを供給されて、個々の消費者、というか人類といってもいいのですが、我々はそれを需要、ないし、消費しているわけです。パッと考えつくのは森林浴などですが、それほど直接的でなくても、極地の氷河やアフリカの動物多様性などといった環境サービスも消費しているわけです。ただし、これらの環境サービスは人間が生産したものではありません。私は講義でよく経済学的な生産とは、資本ストックと労働を組み合わせて付加価値を得ることである、と学生諸君に教えています。ですが、環境サービスはこういった旧来の経済学で考えている生産から生み出されるものではありません。自然が供給してくれるわけです。ですから、極地の氷河やアフリカの生物多様性をはじめとして、人工的に再生産が不可能なものが多く、また、ある一定の限界を超えると永遠に失われるものも少なくありません。というか、ほぼほぼすべてそうです。加えて、自然が供給しているにしても、100年どころか、数億年に渡って生産される環境サービスもありますし、時間的なスパンが人間の生存世代を遥かに超えていたりします。ですから、市場における価格メカニズムでは最適な資源配分ができなくなっています。まあ、最後は市場の失敗に行き着くわけですが、私的なコストと社会的なコストのカイリよりは壮大な理論に仕上がっているわけです。本書ではそういった理論的な展開を、人工的な経済財の「私」-「フロー」-「名目」と自然が供給する環境財の「公」-「ストック」-「実質」などに組み直して、かなり判りやすく解説を加えています。そもそも、スミスなどの初期の古典派経済学ではサービスという概念も希薄で、財貨=モノを中心とする分析でしたから、環境経済学的な概念も成立しませんでしたが、現状では、先日のCOP26でも議論されているように、気候変動や温暖化防止まで幅広く含めた経済学の再構築が必要になっています。私はいかんせん不勉強な教師なのですが、専門外の理論とはいえ、このあたりの基礎は身につけておきたいと思います。

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次に、橘木俊詔『日本の構造』(講談社現代新書) です。著者は、ご存じ京都大学を退官したエコノミストです。先週取り上げた『日本経済図説 第5版』(岩波新書)に続いて、グラフやテーブルで豊富なデータも収録した図版集です。著者の専門分野に応じて、経済を中心に、労働・賃金、生活、社会保障や財政、などを収録していますが、教育や格差にまつわるいろんな話題、すなわち、地域蚊kさや所得格差なども幅広く取り上げています。先週の『日本経済図説 第5版』(岩波新書)と違うところは、事実を事実として明らかにするだけでなく、やや偏りある著者の見方ながら、そういった事実の背景にある原因や要因について著者なりの仮説を提示しているところです。もちろん、新書という限られた紙幅ですので、その仮設の検証はしていませんし、仮説を出しっぱなしになっているのですが、怪しげな説が散見されるものの、それはそれなりに、決して荒唐無稽なトンデモ論を展開しているわけではありません。その意味で説得力ある仮説といえるものが少なくありません。特に、成長と分配で総選挙に臨んだ岸田総理、当初の分配重視から成長に押されて腰砕けになっただけに、改めて、格差を直視し、項目としても多く取り上げて、分配の重要性を主張する点は意味あると私は考えています。特に、第5章の老後と社会保障、第6章の富裕層と貧困層について論じている部分では、高齢層に我が国の社会保障が偏っていて、家族や子供への支出が少ない点、あるいは、格差が親から子供に継承される割合が高まっている点など、ついつい、保守的なエコノミストが故意に隠そうとしている点を明らかにしているのは好感が持てます。

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最後に、岩田弘三『アルバイトの誕生』(平凡社新書) です。著者は、武蔵野大学の研究者であり、専門は教育社会学です。ですから、大学生、というか、高等教育機関に属する学生雅楽業の傍らにする労働についての歴史をひも解いています。その中心に東京帝国大学ないし東京大学を置いていますから、かなり偏っているんではないかと私は読む前から感じていたのですが、そんなことはありませんでした。そもそも、明治期に開始された近代的な学校制度における高等教育機関の学生は、かなりの程度の富裕層の子弟であり、学業の傍らに働く必要なんてなかったのではないか、と私は想像していましたが、決してそんなことはなく、学費にも事欠く学生が一定の割合でいたことは少し驚きでした。さらに、終戦直後の混乱期とはいえ、東大生がふすま張りをやったり、大工仕事を請け負ったりと、驚きの歴史が展開されます。もちろん、学生アルバイトに対する偏見は根強く、アルバイト経験ある学生は採用しないといい出す大企業があったり、といった歴史も明らかにされます。就学の必要から切羽詰まった学生アルバイトから、今では「小遣い稼ぎ」という言葉もありますが、遊興費のためのアルバイトなど、働く側の学生にとっても幅広い対応がなされるとともに、雇用する側の企業にとっても、ほぼほぼ正社員ばかりだった高度成長期には、人手不足で正社員採用ができない人員を補充するために消極的な採用を行う学生アルバイトから、今では正社員を代替する戦力としての積極的なフリーターやアルバイトの活用まで、大きく労使ともに姿勢が変わってきてしまいました。私は大学教員として目の当たりにしていますが、現在のコロナ禍で学生アルバイトもまた大きな変化を迫られています。こういった学生生活に不可欠な要素となったアルバイトを考える上で、なかなかの参考文献といえます。

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